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研修テキスト
平成22年度農政課題解決研修
主要果樹の病害虫防除技術
研修テキスト
平成22年7月29日~30日
独立行政法人農業・食品産業技術研究機構
果樹研究所
本研修テキストについては、引用等著作権法上認められた行為を
除き、果樹研究所の許可なく複製、転載はできませんので、利用さ
れ る 場 合 は 果 樹 研 究 所 ( 連 絡 先 : 電 話 番 号 : 029-838-6455) に お 問
い合せ下さい。
目 次
1日目 7月29日(木)
1.カイガラムシの効果的な防除技術 9:00~10:30
果樹害虫研究チーム上席研究員 新井朋徳
………
1
2.果樹の省農薬防除体系10:40~12:10
東北農研・企画管理部研究調整役 高梨祐明
………
10
3.ウイルス判定法13:15~15:30
カンキツグリーニング研究チーム長 岩波徹
………
16
4.ウイルスフリー苗の作成方法 15:45~17:15
研究支援センター遺伝資源室長 池谷祐幸
………
30
5.温水を用いた果樹類白紋羽病の治療技術 9::00~10:30
果樹病害研究チーム主任研究員 中村 仁
………
32
2日目 7月30日(金)
6. 総合討論 10:45~12:00
(資料なし)
1.カイガラムシの効果的な防除技術
果樹病害研究チーム上席研究員
新井朋徳
「カイガラムシの効果的な防除技術」
-ナシマルカイガラムシ(サンホーゼカイガラムシ)の防除技術 農業・食品産業技術総合研究機構 果樹研究所
果樹害虫研究チーム
新井朊徳
1.はじめに
ナシマルカイガラムシ(サンホーゼカイガラムシ)Diaspidiotus perniciosusは中国
東北部原産の害虫と考えられ,現在ではほぼ世界各地に分布する(11)。日本では北海
道から九州まで分布し,カンキツ,リンゴ,ナシ,ビワなど多くの果樹の害虫となって
いる。近年,リンゴなどの落葉果樹で複合交信攪乱剤を利用した減農薬栽培体系が普及
しつつあるが,それに伴いナシマルカイガラムシの発生が報告されるようになってきた。
本種が多発すると果実への直接的な加害に加え,枝枯れや樹勢の低下などが引き起こさ
れ,その被害の影響は複数年に及ぶこともある。ナシマルカイガラムシに対する有効な
天敵は報告されておらず,天敵による密度抑制が期待できないことから(13),殺虫剤
による密度抑制が必要である。今回,ナシマルカイガラムシ調査法と防除,および防除
時期決定の上で重要な発生生態について解説する。
2.ナシマルカイガラムシの生態
発育生態
ナシマルカイガラムシが属するマルカイガラムシ類は雌雄で発育形態が異なる。雌は
1齢幼虫(写真1,2),2齢幼虫(写真3)を経て雌成虫(写真4)となるが,雄は
1齢幼虫(写真1,2),2齢幼虫(写真5,6),前蛹(写真7),蛹(写真8)を
経て有翅の成虫(写真9)になる(11)。ナシマルカイガラムシを含めたマルカイガラ
ムシ類は,1齢幼虫のふ化直後の一時期(歩行幼虫,写真1)と雄成虫(写真9)以外
のステージは動くことができず,固着性である。また,マルカイガラムシ類の雄成虫は
口器が退化しており,短命であることから,ナシマルカイガラムシやアカマルカイガラ
ムシのように,雌を効率よく探すため雌が放出する性フェロモンを利用する種もいる。
ナシマルカイガラムシの発育ステージは介殻の形状と大きさ,介殻裏に付着した脱皮殻
の状態から判別できる。発育順に示すと,ふ化後間もない移動性のものは歩行幼虫(写
真1),定着し介殻裏に脱皮殻がない状態は1齢幼虫である(写真2)。
1
2
また,円形の介殻を形成し,介殻裏に直径約0.2mmの黄褐色の脱皮殻があり(写真3),
介殻の直径が0.6mm以下で雌雄の区別が付かないものは2齢幼虫で(写真3), 0.6mm
よりも大きいものは2齢雌幼虫である(写真5)。また,短径約0.6mmの長円形の介殻
を形成したものは2齢雄幼虫で(写真5、6),黒い一対の眼点,脚,触角が認められ
るものは前蛹(写真7),触角や脚がはっきりとし,尾端に突起が認められる状態のも
のは雄蛹(写真8)である。また,介殻裏に直径約0.4mmの脱皮殻があるものは雌成虫
で(写真4),介殻下に卵または歩行幼虫が認められるものは産子雌成虫である。
ナシマルカイガラムシの各発育態の発育日数に関する知見は少ないが,カボチャにお
ける1,2齢幼虫の発育日数は表1のようになる(8)。
表1 ナシマルカイガラムシ若齢幼虫の発育日数
-----------------------------------------------------------------------20℃
26℃
-----------------------------------------------------------------------1齢
13.5日
8.4日
2齢
9.5日
5.6日
-----------------------------------------------------------------------ナシマルカイガラムシの発育零点と発育上限温度はそれぞれ10.5,32.2℃で,ふ化から
産卵までに必要な有効積算温度は583日度となっている(8)。
発生生態
ナシマルカイガラムシの発生生態は和歌山県(12),徳島県(10),埻玉県(20)な
ど関東以西から主に報告されている。それらによると,歩行幼虫は年3回発生し,第1
世代,第2世代はいずれの地域でもおおよそ5月下旬~7月上旬,7月中旬~8月に発
生する。第3世代幼虫発生時期やピークは地域により異なり,早いところでは8月下旬
から発生が始まり,9月中旬ごろにピークとなる。また,千葉(16)でもナシマルカイ
ガラムシ歩行幼虫が5~6月,7月,9月に発生が認められると記載されている。上記
4県の幼虫ふ化時期は比較的一致していることから,関東以西では年3回の発生と考え
られる。越冬は1齢幼虫で行い,第3世代の1齢幼虫が越冬態となり翌年の発生源にな
るが,他の発育ステージは翌年の発生源とならない(14)。このため,冬季にステージ
が均一化され,翌年幼虫発生時期が比較的まとまるようになる。
一方,リンゴの主生産地である東北地方における発生は上記4県とは異なり,福島県
のふ化盛期は6月中旬,8月上旬~中旬,10月中下旬(福島県果樹試験場,1985,熊倉,
1986)であるが,岩手県では6月下旬~7月,8月下旬~9月(図1)(2)の年2回
であり,地域によりナシマルカイガラムシの発生時期および世代が異なる。
3
3.ナシマルカイガラムシ調査法
両面テープを利用した歩行幼虫発生調査法
ナシマルカイガラムシの調査法として,両面テープを利用し,捕獲される歩行幼虫の
発生量からナシマルカイガラムシの発生生態を推測する方法が報告されている(3)。
しかしながら日本では海外と異なり降雨量が多いことから,この方法で歩行幼虫の消長
を解明できるのかどうか不明である。そこで,2004年から2006年にかけて果樹研究所リ
ンゴ研究拠点内にある殺虫剤無散布リンゴ園内から調査樹54~55樹を選び,各樹から太
さ1~4 cmの枝1本について7日間隔で幅19mmの両面テープ(住友スリーエム株式会
社製,ScotchTM 666,幅19 mm)を設置・回収し,テープに捕獲された歩行幼虫数を実
体顕微鏡下で調査した。両面テープ設置期間は2004年6月2日から 11月5日,2005年
6月6日から10月31日,2006年5月29日から11月30日までとし,トラップに捕獲された
歩行幼虫個体数は,1日あたり1mあたりの個体数に変換した。
ナシマルカイガラムシの歩行幼虫の発生時期を図2に示した。2004年の樹上における
歩行幼虫発生時期(図1)と両面テープに捕獲された歩行幼虫の消長との比較から,両
面テープに捕獲された歩行幼虫の消長は実際の発生消長を反映していると考えられた。
3年間の歩行幼虫捕獲消長から,歩行幼虫は6月下旬~7月下旬,8月下旬~10月上旬
にみられ,6月下旬~7月上旬,8月末~9月上旬にかけて発生ピークを形成し,10
月に発生が終息した。この結果から,調査園におけるナシマルカイガラムシの発生回数
は年2回であり,6月下旬から7月下旬に捕獲された幼虫は第1世代,8月下旬から10
月上旬に捕獲された幼虫は第2世代と考えられた。このように,両面テープを利用して
ナシマルカイガラムシ歩行幼虫発生生態の解明が可能と考えられた。
4
歩行幼虫発生時期と積算温度の関係
ナシマルカイガラムシの発育零点と発育上限温度をそれぞれ10.5℃,32.2℃とし(8),
3月1日を起点として歩行幼虫発生時期の有効積算温度を算出した。有効積算温度を算
出するのに用いた気象データは,調査園より約3km南にある東北農業研究センターで記
録された厨川地区気象データを利用した。なお,有効積算温度を求める方法は,カンキ
ツのコナカイガラムシ類の解析で用いた簡易化した三角法(1)を利用した。
ナシマルカイガラムシ歩行幼虫の発生時期と,3月1日を起点として算出した有効積
算温度との関係を表2に示した。いずれの年も,第1世代歩行幼虫は330日度を越えた
頃から発生し,380日~450日度あたりで発生ピークとなり,600日度頃に終息した。ま
た,第2世代歩行幼虫は1000日度を越えた頃から発生し,1100~1200日度頃に発生ピー
クとなり,1500日度頃に終息した。ナシマルカイガラムシの防除時期としては歩行幼虫
の発生ピークか,その少し後が最も効果的であることが示されている(18)。今回求め
られた有効積算温度と歩行幼虫発生時期との間に一定の関係が認められたことから,気
温から歩行幼虫の発生時期を予測し,防除時期決定の一つの判断基準にできると考えら
れた。
5
フェロモントラップを利用した雄成虫発生調査法
ナシマルカイガラムシでは性フェロモンが解明されており,海外では性フェロモント
ラップが販売され,雄成虫の発生消長を把握し防除時期を予測する方法が検討されてい
る(3)。海外で使用されているフェロモントラップは紙製であることから,降水量の
多い日本で雄成虫の捕獲消長を把握できるのかどうか不明であった。そこで,フェロモ
ントラップを利用して雄成虫の羽化消長の把握が可能かどうかを解明するため,2004
年から2006年にかけて調査園内のリンゴ4樹にナシマルカイガラムシのフェロモント
ラップ(Trece社製Pherocon V Kit)を地上から約1.8mの位置に設置した。トラップ設
置期間は2004年5月6日~11月5日,2005年5月9日~10月31日,2006年4月28日~11
月30日までとし,7日間隔でトラップに捕獲された雄成虫数を実体顕微鏡下で調査した。
なお,トラップに捕獲された雄成虫数は1トラップあたり1日あたり虫数に変換した。
フェロモントラップに捕獲されたナシマルカイガラムシ雄成虫の消長を図3に示した。
2004年の樹上における各ステージの消長(図1)とフェロモントラップに捕獲された雄
成虫の消長との比較から,雄成虫の捕獲時期は樹上で雄幼虫か蛹が認められた時期の少
し後であったことから,雄成虫の消長は実際の発生消長を反映していると考えられた。
3年間の捕獲消長から,雄成虫は5月下旬~6月上旬,7月下旬~8月中旬にかけて多
く発生し,年により9月下旬~10月中旬にも発生した。ナシマルカイガラムシは1齢幼
虫で越冬することから(松浦・八田,1972),5月下旬~6月上旬に羽化した雄は越冬
世代,7月下旬~8月中旬の雄は第1世代,9月下旬から10月中旬の雄は第2世代と考
えられた。越冬世代雄成虫の羽化時期と,3月1日を起点として算出した有効積算温度
との関係をみたところ,越冬世代雄成虫は80日度を越えた頃から発生が始まり,126日
度あたりで発生ピークとなり,また第1世代雄成虫は619日度を越えた頃から発生が始
まり,815日度頃に発生ピークとなり,羽化時期と有効積算温度との間にある一定の関
係が認められた。
なお,3年間を通じてフェロモントラップは長雨の後の強風でとばされたことが1度
あったが,それ以外は特に調査の支障となることはなく,日本のような降雨の多い条件
でも利用できると考えられた。
6
雄成虫発生時期と積算温度
ナシマルカイガラムシの発育零点と発育上限温度をそれぞれ10.5℃,32.2℃とし(8),
越冬世代雄成虫の羽化ピークを起点として第1世代歩行幼虫発生時期の有効積算温度
を,また第1世代雄成虫の羽化ピークを起点として第2世代歩行幼虫発生時期の有効積
算温度を算出した。有効積算温度を算出するのに用いた気象データならびに,有効積算
温度を求める方法は,前述の方法を利用した。
雄成虫の羽化ピークを起点とした有効積算温度とナシマルカイガラムシ歩行幼虫の発
生時期との関係を表3に示した。第1世代歩行幼虫は越冬世代雄成虫の羽化ピークから
166日度を越えた頃から発生し,303日度あたりで発生ピークとなった。また,第2世代
歩行幼虫は第1世代雄成虫の羽化ピークから150日度を越えた頃から発生し,340日度頃
に発生ピークとなった。今回求められた有効積算温度と歩行幼虫発生時期との間に一定
の関係が認められたことから,気温から歩行幼虫の発生時期を予測し,防除時期決定の
一つの判断基準にできると考えられた。
3.防除
越冬期の防除
冬期から発芽前にハダニ類と同時防除で行われるマシン油乳剤の散布は本種に対して
も有効である。ただし,ハダニ類に対して登録がある濃度ではカイガラムシ類に対し効
果が劣ることがあるので,カイガラムシ類に対して登録がある濃度で使用する。
歩行幼虫に対する防除
ナシマルカイガラムシの防除には,歩行幼虫発生期間が比較的短い第1世代歩行幼虫
発生時期が適し,薬剤に弱い1齢幼虫が比較的そろう歩行幼虫発生ピークの少し後が適
期になると考えられる(14)。西日本ではこの時期は6月中旬頃に当たり,実際に有機
リン剤を使用した防除では,この時期の防除が最も効果が高いことが示されている(17)。
岩手県盛岡における歩行幼虫発生ピークは6月下旬から7月上旬であることから,7月
上旬が防除時期になると考えられる。また,第1世代歩行幼虫発生ピークと,ピークか
ら55.6,111日度経過した時にそれぞれ1回有機リン剤で防除したときの防除効果を調
査したところ,ピークから55.6日度(おおよそピークから5日)経過した時期が最も防
除効果が高いことが示されていることからも(18),歩行幼虫発生ピークの少し後が防
除適期になることが示されている。ただしこの試験では,ピーク時やピークから111日
度経過したときでも防除効果が高いことが示されている(18)ことから,発生ピークか
ら111日度経過するまでの間は防除適期になると考えられる。
7
ナシマルカイガラムシに対して登録のある薬剤は果樹の樹種により異なり,カンキツ
では比較的薬剤の選択肢が多い。カンキツで登録のある薬剤をあげると,夏期と冬期の
マシン油乳剤,フェニトロチオン乳剤,メチダチオン乳剤やブプロフェジン水和剤があ
り,さらにみかんで登録のある薬剤としてはフェントエート乳剤・水和剤,イソキサチ
オン乳剤・水和剤がある。また,カンキツでカイガラムシ類に登録のある薬剤としてマ
ラチオン乳剤がある。これら薬剤のうち,フェントエート乳剤,フェニトロチオン乳剤
はナシマルカイガラムシに対する防除効果が高いことが示されている(17)。また,ブ
プロフェジン水和剤も歩行幼虫の定着を長期にわたり阻害する効果があり、防除効果が
高い。
落葉果樹ではモモ以外ではナシマルカイガラムシに対し使用できる薬剤は少ない。モ
モでは発芽前のマシン油乳剤,ブプロフェジン水和剤,シアノホス水和剤,ダイアジノ
ン乳剤,マラチオン乳剤がカイガラムシ類に登録があるため,比較的選択肢が広いが,
他の果樹ではカイガラムシ類に対して登録のある薬剤がマシン油乳剤だけ,もしくは他
に1剤である場合が多い。主要果樹であるリンゴ,ナシでもマシン油乳剤とマラチオン
乳剤しかカイガラムシに登録がないことから,防除の際に使用薬剤に注意する。
ナシマルカイガラムシは今から約100年前に殺虫剤抵抗性が発達したことが報告され
(15),世界で最初に薬剤抵抗性が発達した害虫として知られているが,国内では現在
に至るまで,ナシマルカイガラムシの殺虫剤抵抗性に関して報告が認められないことか
ら,登録のある薬剤を使用することで防除が可能である。しかしながらカイガラムシ類
では最近薬剤抵抗性の発達が報告されるようになってきたことから(4)(6)(7)(19)(21),
ナシマルカイガラムシについてもむやみに薬剤散布を行うと抵抗性の発達が起こる可
能性もある。このため,殺虫剤による防除を行うときには防除適期に薬剤を使用し,不
必要な薬剤散布を行わないよう,心がける。
8
参考文献
1) 新井朊徳(1996)応動昆 40:25-34.
2) 新井朊徳(2007)北日本病虫研報.58:170-173.
3) Badenes-Perez, F. R. Zalom, F. G. and Bentley, W. J. (2002)J. Appl. Entomol.
126:545-549.
4) 愛媛県果樹試験場(2005)平成17年度近畿中国農業研究成果情報
http://wenarc.naro.affrc.go.jp/seika/seika_nendo/h17/03_kankyo/p85/index.html
5) 福島県果樹試験場(1985)福島県果樹試験場50年史 p. 100.
6) Grafton-Cardwell, E. E. and Vehrs, S. L. C. (1995)J. Econ. Entomol. 88:
495-504.
7) 伊沢宏毅(1987)応動昆中国支会報 29:53.
8) Jorgensen, C. D., Rice, R. E., Hoyt, S. C. and Westigard, P. H. (1981)
Can. Entomol. 113:149-159.
9) 熊倉正昭(1986)果樹の病害虫(山口・大竹編),全国農村教育協会,東京 pp.
281-282.
10) 賀川 実(1971)徳島果試研報 4:29-38.
11) 河合省三(1980)日本原色カイガラムシ図鑑,全国農村教育協会,東京,455pp.
12) 松浦 誠・八田茂嘉(1967)和歌山果試研報 1:23-32.
13) 松浦 誠・八田茂嘉(1971)関西病虫研報 13:21-24.
14) 松浦 誠・八田茂嘉(1972)関西病虫研報 14:26-32.
15) Melander, A. (1914)J. Econ. Entomol. 7:167-173.
16) 中垣至郎(1989)今月の農業 33:42-45.
17) 西野敏勝(1968)九州病害虫研究会報 14:65-67.
18) Rice, R. E. and Jones, R. A. (1988)J. Econ. Entomol. 81:293-299.
19) 静岡県茶業試験場(2005)平成17年度関東東海北陸農業研究成果情報
http://narc.naro.affrc.go.jp/chousei/shiryou/kankou/seika/kanto17/08/17_08_02.html
20) 高橋兼一(1975)関東東山病虫研報 22:119.
21) 和歌山県農林水産総合技術センター(2001)平成12年度近畿中国農業研究成果情報
http://wenarc.naro.affrc.go.jp/seika/seika_nendo/h12/kankyo/cgk00057.html
9
2.果樹の省農薬防除体系
東北農業研究センター・企画管理部研究調整役
高梨祐明
「岩手県における農薬 50%削減に向けたリンゴ栽培技術体系の確立」
(独)農研機構
東北農業研究センター
企画管理部研究調査役
高梨祐明
東北農研センターなどが平成 17~21 年度に実施した、地域農業確立総合研究「東北地域におけ
る農薬 50%削減リンゴ栽培体系の確立」は、地域一体となってリンゴの特別栽培(地域慣行に対
し化学農薬と化学肥料の使用を半分以下に削減した栽培)に取り組み、生産履歴保証を前面に出
したマーケティングで有利販売を実現し、農家所得の向上と産地の活性化を図る試みである。消
費者指向をプロモータとした高付加価値果実の生産技術開発と産地の活性化という視点で、本事
業での議論に幾ばくかの論点を提供できれば幸いである。
1.農薬削減に向けた生産現場の取り組み
現地実証試験地である JA いわて中央りんご部会の組織は図1に示すとおりである。農薬削減
の方向性は、単協時代、昭和 55 年旧乙部農協による病害虫発生予察活動の取り組みが発端となっ
ている。この間の歩みは表4に示すとおりであるが、広域合併を繰り返しながらも、予察活動を
基礎とした安全・安心産地の方向性を一貫して敷延
りんご部会本部
し、明確化して来た歴史が分かる。平成8年の性フ
ェロモン剤の試験的利用、平成 14 年の無登録農薬問
紫波支部
矢巾支部
都南支部
盛岡支部
題などの契機を経て、平成 15 年には全地域予察とコ
ンフューザ R 使用による農薬削減防除体系の地域統
会員数 315名 会員数 214名 会員数 368名 会員数 162名
一化、翌 16 年からはいよいよ全域特別栽培の取り組
栽培面積 200ha 栽培面積 82ha 栽培面積 285ha 栽培面積 150ha
みが始まっている。このような、JA いわて中央りん
ご部会の農薬削減路線は、「集団的な防除管理」と
防除委員会
図1
技術委員会
販売委員会
青年部委員会
JA いわて中央りんご部会組織
も称せられる、以下のユニークな取り組みによって
支えられている。
(1)予察活動と予察会議による防除の意志決定
特別栽培という極端な農薬削減体系が広域に実現した土壌として、予察体勢が整備され、実際
に機能していたことが重要である。JA いわて中央の予察体制と活動の概要は以下の通りである。
各地区の生産者の中から予察員を部会が指名する。予察員は、基本防除暦に定められた定期散布
の5日前に担当地域の病害虫発生状況を調査し、所定の書式(野帳)に結果をまとめて事務局(農
協)に提出する。農協担当者は野帳の集計、病害虫防除所の巡回調査、普及センターの生育調査
の結果などをまとめて検討資料を作成する。予察員は調査日の夜、各支部営農センター会議室に
集合し、資料に基づき次回防除内容(薬剤と期日)を検討して決める。予察による防除計画の変
更は珍しいことではない(表1)。予察会議には普及員等が毎回必ず出席して、適切な防除につ
いて助言する。農繁期の作業を終え、夕食を済ませた後の夜 7 時に、会議に集まる生産者の熱意
は並々ならぬものがある。地域総合研究の開始以来、筆者らはこの会議にほぼ毎回出席している
が、議論のレベルの高さと真剣さは驚異的である。
10
表1 平成21年度予察会議における基本防除暦の変更事例
時期
基本案
マシン油乳剤
展葉1週間
100倍
同
有機リン系殺
虫剤
落花10日 殺菌剤
8月上旬
殺菌剤、殺虫
(一部7月
剤、殺ダニ剤
中旬)
8月下旬
8月中旬
9月中旬
なし
変更内容
理由
備考
マシン油乳剤の倍率と散 ナミハダニ越冬世代の 予察で越冬多、青森
布時期の変更
防除
県の防除指針に準拠
多化性ハマキ、樹上
予察で樹上越冬アブラ
越冬性アブラムシの多
落花期以降に繰り下げ ムシ少、マイマイガ多
い園地はそのまま散
発予測への対策
布
開花が早かったため、
5月20日前後の実施
落花15日に近い時期に
予定。次は6月中旬ま
黒星病等
調整
で定期散布がないた
め、散布間隔の調整
昨年多発した果実病
斑落病に卓効のある殺 収穫期の果実病斑対 斑の対策として試行。
特定防除資材のため
菌剤の加用
策
ノーカウント。
8月以降3回の殺菌剤
の体系防除で、最も効
果的な散布間隔とする
定期散布(殺菌剤)の延 スス斑病の効果的防
ため。9月上旬の殺虫
期、ピレスロイド系殺虫 除、予察でシンクイム
剤はスモモヒメシンクイ
シ類の被害散見
剤の前倒し使用
対策であったが、モモ
シンクイガ防除の優先
順位が高まったため。
特定防除資材のため
殺ダニ剤の追加散布
ナミハダニの多発
ノーカウント
(2)農薬試験区の設置
管内9軒の生産者に依頼し、各 20a ほどの農薬試験のための圃場(農薬試験区)を9カ所設置
している。農薬試験区では将来の防除対策を見据え、新規登録された薬剤の実用性評価や、散布
時期、散布間隔の変更などの試験を実施する。特別栽培が開始されてからは、上限の 21 成分から
さらに成分回数を減じた体系の試験を実施している。試験区の体系は農薬取締法やそのガイドラ
インに準拠しており、生産物の流通は可能である。試験に用いる防除資材は無償提供されるが、
被害による減収は生産者負担なので、防除計画の作成に当たっては真剣である。
2.特別栽培防除体系の基本的考え方
岩手県のリンゴ防除基準では、主力品種である「ふじ」で 43 成分回数の化学農薬が使用される
こととなっている。従って、特別栽培の認証を得るためには、21 成分回数が化学農薬使用の上限
値になる。一般栽培と特別栽培の各種農薬の基本的な使用回数の対比を表3に示した。以下に農
薬削減の考え方について殺菌、殺虫剤別に記す。
表2
特別栽培と一般栽培の農薬成分回数の比較
図2
11
岩手県特別栽培認証シール
(1)殺菌剤の削減技術
殺菌剤については核となる農薬代替資材がない。そこで、病原菌の感染生態の解明に基づく重
点防除時期の選定、地域ごとの重要病害の検出、効果が高く、残効の長い薬剤の検索といった、
地道な対策が積み重ねられている。岩手県農研センターは平成 18 年度成果情報として、リンゴの
成育前半防除の合理化による 12 回 13 成分回数の殺菌剤体系を提示している(図3)。その核心
は、多くの病害の感染拡大期である 5 月から 6 月の防除薬剤を、地域の最重要病害に合わせて選
択することにより、6 月下旬以降を 15 日間隔にすることができるというものである。本課題では、
残された生育後半部分に焦点を合わせ、慣行で4回散布される 8,9 月の殺菌剤散布を 3 回に削減
する体系を確立し、全体で 11 回 12 成分回数の防除体系を完成させた。
4
病害名/月
5
(◇) ●
モニリア病
6
*
*
斑点落葉病
*
*
*
黒点病
*
*
*
●
*
*
*
◇
◇
◇
*
*
*
*
*
*
*
*
*
◇
◇
◇
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
●
輪紋病
炭疽病
褐斑病
●
●
●
●
●
すす斑病
1
削減体系の防除回数
2
3
4
5
慣行の防除回数
1
2
3
4
5
6
7
8
9 10
横棒は感染時期、網掛けは感染・発病が多くなる時期。
●:防除適期であり薬剤選択が必要,◇:定期散布が必要,*:他病害と同時防除される
図3
9
8
*
*
黒星病
7
11
◇
12
岩手県におけるリンゴ主要病害の感染時期と防除適期
実証試験地は褐斑病が警戒を要する病害であり、モニリア病や斑点落葉病については防除を軽
減できる地域と判定されている。これに基づいて基本防除暦を作成し、予察活動の中でさらに削
減を図りながら、状況に応じた殺菌剤削減体系を構築している。
(2)殺虫剤の削減技術
リンゴに経済的被害を与える害虫は多岐に渡るが、中でも果実を直接加害するシンクイムシ類
やハマキムシ類が最重要害虫となる。実証試験地で統一的に使用されているリンゴ用複合交信攪
乱剤コンフューザ RTM(信越化学工業社製)はモモシンクイガ、ナシヒメシンクイ、リンゴコカ
クモンハマキ、リンゴモンハマキ及びミダレカクモンハマキのチョウ目 5 種害虫を防除対象とし
て含む。5 月中旬にこの剤を設置することにより、慣行で 10 日から 14 日間隔で散布される殺虫
剤を 20~30 日間隔に広げ、12 成分回数を4~5成分回数に留めることができる。主な補完防除
対象はキンモンホソガ、アブラムシ類、カメムシ類、ケムシ類、シャクトリムシ類であり、それ
らを効率的に同時防除できる時期を選んで、殺虫剤散布が行われる。
12
表3
交信攪乱剤などノーカウント資材を活用した殺虫剤削減防除暦の事例
防 除 時 期
薬 剤
対 象 害 虫
3月下~4月上旬 マシン油乳剤
リンゴハダニ
4月下旬
有機リン剤
ハマキ、ケムシ、アブラムシ
ハマキ
5月上旬
BT剤
5月中下旬
有機リン剤、IGR剤、BT剤 キンモンホソガ、ハマキ、ケムシ、アブラムシ、カメムシ、チョッキリゾウムシ
5月中旬*
交信攪乱剤
シンクイ2種、ハマキ3種
6月下旬
ネオニコチノイド剤
殺ダニ剤
モモシンクイガ、ハマキ、キンモンホソガ、アブラムシ、カメムシ
ハダニ
7月上旬
有機リン剤
モモシンクイガ、ハマキ、キンモンホソガ、ギンモンハモグリガ、ケムシ
7月中旬
有機リン剤、合ピレ剤
モモシンクイガ、ハマキ、キンモンホソガ
7月下旬
有機リン剤
モモシンクイガ、ハマキ、キンモンホソガ、ケムシ
8月上旬
有機リン剤
殺ダニ剤
モモシンクイガ、ハマキ、キンモンホソガ、ケムシ
ハダニ
8月中旬
ネオニコチノイド剤
モモシンクイガ、ハマキ、キンモンホソガ
8月下旬
IGR剤、カーバメート剤
モモシンクイガ、ハマキ、キンモンホソガ
*交信攪乱剤を使うと取消線を施した部分の殺虫剤散布を削除することができる。
3.産地マーケティングによる有利販売の取り組み
特別栽培は生産コスト削減に直結する技術体系ではない。また、農薬の極端な削減は常に病虫
害による減収や品質低下の危険を孕むことから、実施に慎重な農家も多い。このようなことから、
特別栽培が農家に広く受け入れられるためには、販売上の有利性が確立されることが必須となる。
そのため、JA いわて中央りんご部会では、独自の農薬削減・生産履歴保証を前面に打ち出した有
利販売に取り組むために、共販活動の中で量販店を対象とした産地マーケティングを展開してい
る。実証試験地の過去 20 年を大きく3つの期間に類別し、農協の部会組織、防除体制についてま
とめたものを表4に、相対取引実績の推移を図4に示したが、特別栽培の取り組みと、量販店と
の相対取引の推進が表裏一体となって進められたことが分かるだろう。それには、図 1 に示した
ような、部会が生産と販売の両面を一元的に掌握しながら連携を図る体制が重要であった。
表4
JA いわて中央りんご部会の組織と防除体制の変遷
高級品産地指向期
時期
1990~1994年
農協 ・北乙部、乙部、飯岡農協合併、
都南農協が成立(1990年)
りん ・乙部、北乙部部会統合(1991年)
ご
・都南全地区部会統合(1994年)
部会 ・部会-地区班、および防除、技
術、販売の3専門部会体制
防除 ・北乙部地区で発生予察開始
体制 (1980年)
・都南地区統一発生予察開始
(1994年)
相対取引推進期
1995~2000年
・都南、紫波、矢巾農協合併、い
わて中央農協が成立(1999年)
・部会-支部会(都南、紫波、矢巾)
-地区班体制
・専門部会は部会専門部会-支
部専門部会(3部会)
・都南地区で交信攪乱剤試験
(40ha)が開始(1996年)
設備 ・光センサー選果ライン導入
投資 (1994年)
・蜜入りセンサー導入(1998年)
13
相対取引再編期
2001年~
・いわて中央農協に盛岡市農協吸
収合併(2006年)
・部会-支部会(都南、紫波、矢巾、
盛岡)体制
・専門部は前期と同断
・交信攪乱剤、都南全域、および
紫波、矢巾の一部に拡大
(300ha、2002年)
・全地域統一防除、交信攪乱剤
全面積設置統一発生予察開始
(2003年)
・特別栽培認証の取得(2004年)
・特別栽培の地域ローテーション
開始(2007年)
円/10kg
千円/10a
750
量販店との関係性強化
3,100
2,900
700
地域統一
防除開始
2,700
650
2,500
600
2,300
550
2,100
500
1,900
450
1,700
400
1,500
平成9年度
平成12年度
相対粗収益(千円)
図4
平成15年度
平成18年度
相対価格(2000年を基準とする )
JA いわて中央による相対取引実績の推移
(1)防除体系と共選・共販区分の連動
JA いわて中央りんご部会には特別栽培用 2 種類、一般栽培用 2 種類の防除暦が存在し、農家が
採用した防除暦によって出荷受付が分けられている。選果区分は販売区分と連動しており、特栽
品と一般品は厳密に分けて取り扱われる。予察会議で定めた防除計画に従って生産された果実は、
特栽、一般に関わらず、農協が生産履歴保証の一切について責任を持って販売する。しかし、農
家個人の判断で別の薬剤を使用した場合には、別の共選区分となり、販売上の優先順位は低く取
り扱われる。出荷する際、農家は栽培日誌を提出するが、その書式には予め統一防除暦の使用薬
剤と濃度が記されており、それに従う農家は散布期日を記入するだけで良いことになっている。
このような生産履歴管理の徹底は、商談の際に安全・安心産地の PR に大きく寄与している。こ
の中で、特別栽培品については、成分回数の総計だけでなく、使用した成分名リストまで含む内
容で公的認証が受けているため、格段に強い保証力を実現している。
(2)予約相対取引の推進
特別栽培は食味や外見のような直感的な指標で違いが分かるものではないため、青果市場で行
われる競りでは差別化が不可能に近い。これに対し、相対取引であれば、生産履歴等の付帯情報
を丁寧に説明し、価値を理解してもらうことができる。量販店との相対取引の契機を得るには、
他に類を見ない特徴的な商品が必要であり、高度な集団的管理が求められる特別栽培は希少価値
が高いことから、極めて有効な切り札となる。相対取引先の選択に当たっては、産地規模と見合
った販売力を持ち、安全・安心などの拘りを消費者に巧みに宣伝し、販売上の戦略的商材として
活用する術を知っている企業を選ぶことが重要である。産地と小売りの間で互恵的な関係を築く
ことができると、取引の拡大と安定的な持続を実現できる。その際、同質な果実を大きなロット
で揃えることが求められるため、一般品においても統一防除により生産履歴保証を徹底している
ことが効力を発揮している。近年は需給バランスの崩れから荷さばきが滞る年が多いが、そうい
う年にあっても相対取引であれば予約数量を確実に捌くことができて有利である。
14
(3)価格形成
前項で述べたとおり、特別栽培を端緒とした予約相対取引の推進は、荷さばき上の利点をもた
らすが、生産者にとって最大の興味は、特栽認証を取ることにより販売単価が満足に上昇するか
どうかである。この点について、平成 19 年度の試算では一般栽培(慣行防除)品を 100 とした場
合の特別栽培品の価格指数は 105~126 となり、明確な差が生じている。また、その価格差は上位
等級品ほど高いことが示された(表5)。
表5
慣行と 50%削減体系の価格
等階級
上位(贈答品)
(単位:%)
慣行防
50%削
除体系
減体系
100.0
126.1
中位(普通品)
100.0
109.6
下位(廉価品)
100.0
105.3
表6
特栽・相対取引導入前後の生産者平均手取り
価格の比較
単 位 :%、円
2000年
2007年
増減率
生産者平均手取価格
2104
2553
21
(10kg当 、実 額 )
東京中央卸平均価格
288
280
-3
(1kg当 )
生産者平均手取価格
2104
2629
25
(10kg当 、修 正 )
それのみならず、JA いわて中央に出荷した農家の平均手取額(市況の影響を平準化するため東
京中央卸売市場のリンゴ平均価格で補正した価格)を、特別栽培導入前の 2000(平成 12)年と導
入後の 2007(平成 19)年で比較すると、10Kg 単価で 525 円(25%)の上昇が認められた(表6)。
この価格差は、特別栽培の係増し経費(防除費の上昇分)である生産物 10Kg 当たり 42 円(19
年度試算)を吸収して余りあり、農家所得の向上に貢献することが示された。また、表6の価格
は一般栽培品を含むため、特別栽培の効果が産地のリンゴ販売全体に波及していることを示す。
4.おわりに
特別栽培に象徴される農薬削減と生産履歴保証による産地展開は、着実に実績を上げつつある。
しかし、病虫害に対する特別栽培体系の脆弱性は完全に克服されておらず、平成 19 年度からは特
栽を 2 年おきに担当する、地域ブロックローテーションが採用されている。特栽の経営的なメリ
ットが確立されているため、より安定的な防除体系の構築が課題として残されている。
15
3.ウイルス判定法
カンキツグリーニング研究チーム長
岩波徹
「ウイルス判定法」
農業・食品産業技術総合研究機構 果樹研究所
カンキツグリーニング研究チーム長
岩波 徹
1.
果樹ウイルスと検定技術
(1) 果樹ウイルス病の種類と被害
果樹のウイルス病は、苗木・穂木によって移動・拡散する。園地内の伝染の場
合も、最初は保毒苗木・穂木により持ちこまれることが多い。なお、テキスト
では、
「ウイロイド」
「ファイトプラズマ」や「カンキツグリーニング病原細菌」
も「ウイルス」性の病原体として扱う。
1) カンキツウイルス病の種類と被害
我が国のカンキツウイルス病では、戦前からウンシュウミカンの萎縮症
状が発生していたが、昭和 30~40 年代にかけて、ウイルス病であることが
判明し、温州萎縮病と命名された。また、一部のポンカンがカラタチ台木
との接ぎ木部に褐色の溝を生じ、活着不良となる接ぎ木部異常病は、カン
キツタターリーフウイルス(リンゴステムグルービングウイルスと同じ)
が原因であることが証明された。本ウイルスは、ウンシュウミカンにも広
く感染し、接ぎ木部異常病を起こしている。さらに、ハッサクなどの中晩
生カンキツで、カンキツトリステザウイルスが感染し、幹に凹凸を生じ、
果実が小玉化するステムピッティング病が目立つようになった。
カンキツエクソコーティスウイロイドは、カラタチ台木の樹皮の剥皮症
状を起こし、次第に樹勢を低下させる。我が国では、一部地域のレモンな
どを除き、発生は尐ない。現在では、エクソコーティスウイロイド以外に
も数種のウイロイドがカンキツに感染することが知られている。これらの
ウイロイドが重複感染すると樹勢が低下する傾向がある。
カンキツグリーニング病は、東南アジアの熱帯・亜熱帯地域に広く分布
している。我が国では昭和 63 年に西表島で初めて発生が確認された。現
在では、奄美大島より南の南西諸島のほぼ全域で発生している。
我が国に発生している主なウイルスは以下の通りである。
・温州萎縮ウイルス(Satsuma dwarf virus, 略称 SDV)
ウンシュウミカンに感染すると、葉が小型化し、舟形或いはさじ型に変
形して、叢生する。枝がいじけて,樹勢が低下する(図1)。イヨカン、ハ
16
ッサク、清見など中晩生カンキツでは、舟形葉やさじ型葉は生じないが、
黄化したり、極端に細長くなったりして、生育不良となる。カンキツモザ
イクウイルス(Citrus mosaic virus, 略称 CiMV)、ネーブル斑葉モザイクウ
イルス(Navel orange infectious mottling virus, 略称 NIMV)、ナツカン萎
縮ウイルス(Natsudaidai dwarf virus, 略称 NDV)、ヒュウガナツウイルス
(Hyuganatsu virus, HV)など病原性や抗原性の異なるいくつかの系統が
知られている。主に接ぎ木伝染するほか、土壌伝染する。土壌中の媒介生
物は不明である。いずれも
RT-PCR で高感度に検出で
きる。市販の ELISA やイ
ムノクロマト法キットで
も、高感度検出が可能であ
るが、NIMV などの一部の
分離株は検出されにくい
場合がある。
図1
温州萎縮病症状
・リンゴステムグリービングウイルス(Apple stem grooving virus, 略称
ASGV)
カラタチ台木との接ぎ木部に異常を起こすカンキツタターリーフウイル
スは、リンゴの高接病の病原の一つであるリンゴステムグリービングウイ
ルス(Apple stem grooving virus, 略
称 ASGV)と同種であるため、現在で
は ASGV と呼ばれる(図2)
。抗原性
の大きく異なる系統は知られていな
い。また、遺伝的な変異も、他のカン
キツウイルスに比べ小さい。接ぎ木で
のみ伝染する。RT-PCR で高感度に検
出でき、市販の ELISA やイムノクロ
マト法キットでも、検出可能である。
図2
カラタチ台木と温州ミカンの接ぎ木部異常(褐色の溝)
17
・カンキツトリステザウイルス(Citrus tristeza virus, 略称 CTV)
CTV は枝の木質部に多くの細かい溝(ピッティング)を生じるステムピ
ッティング系統(図3)とダイダイなどの実生苗を激しく黄化させるシー
ドリングイエローズ系がある。ピッティングが激しくなると果実が小さく
なる。ハッサク、オレンジなどの中晩生カンキツで被害が大きく、ウンシ
ュウミカンは耐病性が高いが早生温州で被害が目立つときがある。また、
カラタチは免疫性である。我が国のカンキツはほとんどが感染しているが、
カラタチ台木のウンシュウミカンを栽培していると被害は回避できる。接
ぎ木で伝染する他、ミカンクロアブラムシ、ワタアブラムシなどで半永続
的に伝搬される。ステムピッティング系統とシードリングイエローズ系の
いずれも RT-PCR で高感度に検出できる。市販の ELISA キットでも、高
感度検出が可能である。
図3
木質部のピッティング
図4
ミカンクロアブラムシ
・ウイロイド
カ ン キ ツ エ ク ソ コ ー テ ィ ス ウ イ ロ イ ド (citrus exocortis viroid, 略 称
CEVd)は、カラタチ台木に剥皮症状を起こして、穂木部分を衰弱させる。
この他、カンキツベントリーフウイロイド(citrus bent-leaf viroid, 略称
CBLVd) 、 カ ン キ ツ ウ イ ロ イ ド I-LSS (citurs viroid I-LSS, 略 称
CVd-I-LSS), カンキツウイロイド OS (citrus viroid OS, 略称 CVd-OS),
カンキツウイロイド III (Citrus viroid III, 略称 CVd-III), ホップ矮化ウ
イロイド (Hop stunt Viroid, 略称 HSVd)、カンキツウイロイド IV (Citrus
viroid IV, 略称 CVd-IV),の発生が知られ、これらのウイロイドの重複感染
18
で剥皮症状などが起こり、カンキツが衰弱する場合がある(図5)
。接ぎ木
で伝染する他、ナイフ、剪定鋏などを介して機械的に伝搬する。いずれも
RT-PCR で高感度に検出できる。
図5
カンキツウイロイドの感染により起こされたカラタチの剥皮症状
・グリーニング病原細菌(
‘Candidatus Liberibacter asiaticus’, 略称 Las)
カンキツのほとんどの品種に感染し、激しく葉を小型化、黄化させ、樹を
枯死させる (図6)。接ぎ木伝染するほかに、ミカンキジラミ(図7,8)
で伝搬する。ミカンキジラミの体内で細菌は増殖し、永続伝搬すると考え
られている。PCR 法、定量 PCR 法、LAMP 法などで、高感度に検出でき
るが、感染樹内に病原細菌が低濃度で散在するため、偽陰性となることも
多い。
図6
グリーニング病の葉における黄化症状
19
図7
ミカンキジラミ幼虫
図8
ミカンキジラミ成虫
・この他、カンキツベインエネーションウイルス (Citrus vein enation
virus 略称 CVEV)、カンキツ黄斑モザイクウイルスなどの報告があるが、
被害は目立たない。
2) リンゴウイルス病の種類と被害
我が国では、高接病がリンゴウイルス病の代表であった。高接ぎ病では
高接ぎによる品種更新を行った2~3年後に更新樹が急に衰弱して枯死す
ることがある。高接病の発端は、「ゴ-ルデン・デリシャス」や「スタ-キン
グ・デリシャス」などの導入新品種が既存品種である「紅玉」や「国光」の樹に
高接ぎされた 1930 年代である。1950 年代から 70 年代にかけて、さらに
市場性の高い品種が高接ぎされると大きな被害を出した。本病は更新用穂
木が保毒するリンゴクロロティックリーフスポットウイルス(ACLSV)、
リンゴステムピッティングウイルス(ASPV)、リンゴステムグルービング
ウイルス(ASGV)の 3 種のいずれかがが、高接ぎによって更新樹に伝染
し、感受性の台木(マルバカイドウ、ミツバカイドウ、コバノズミ等)を侵
すために起こる。これらの病原ウイルスの生物検定や ELISA などの検定
手法が確立され、さらに国指導による県及び民間レベルでのウイルスフリ
ー穂木及び台木の供給体制が整備されたため、80 年代に本病の発生は事実
上終息した。現在、リンゴの生産現場においてウイルス性病害の中心とな
っているのは、奇形果病、さび果病、ゆず果病といった果実に異常を起こ
す病気である。これらの病害の発生は局地的で被害は尐ないものの、商品
である果実に直接病徴を発現することから被害が発生した個々の生産農家
での経済的打撃は大きい。
20
我が国に発生している主なウイルス病は以下の通りである。
・高接病(病原:ACLSV、ASPV、ASGV)
我が国のリンゴ樹で使用されている台木のうち、マルバカイドウは
ACLSV 普通系(マルバカイドウを衰弱させる系統)により、実生繁殖性
であるミツバカイドウは個体間差があるが ACLSV(普通系とマルバ潜在
系の両方)
、ASPV、ASGV のいずれか(あるいはそれらの組み合わせ)に
より衰弱する。リンゴ実生や M9、M26、M27、MM106 等のわい性台木
はいずれの病原ウイルスにも抵抗性である。但し、最近育成された JM 系
台木のうち JM1、JM5 は ACLSV 普通系によって衰弱する。二重台方式
(マルバ台付き)のわい性台リンゴ樹は ACLSV 普通系に感染すると紋羽
病にかかりやすい傾向がある。各病原ウイルスは接ぎ木でのみ伝染する。
市販の ELISA キット(ASPV は要検討)や RT-PCR(ASPV 及び ASGV
は要検討)により、病原ウイルスの高感度診断ができる。しかしながら、
病原ウイルスの系統や検定組織内の濃度によっては検出できない場合も
考えられるため、特に無毒母樹を選定するような場合には指標植物による
生物検定も併用すべきである。ACLSV はコホクカイドウで、ASPV 及び
ASGV はミツバカイドウ(MO-65)により検定できる。コホクカイドウは
ASGV に対する感度が尐し劣るが 3 種の病原ウイルス全ての検定が可能で
ある。
図 9 高接ぎ病罹病樹のマルバカイドウ台木に発生したえそ
・モザイク病(病原:リンゴモザイクウイルス ApMV)
葉に黄白色の斑紋を生じる。高温により病徴が不明瞭になることがある。
一般圃場における発病はほとんどなく、接ぎ木でのみ伝染する。被検樹の
葉の肉眼観察することにより診断が可能である。ELISA キットも市販され
21
ているが、樹体内で偏在していることが多く、無病徴葉からは検出できな
いことがある。
・奇形果病(病原:不明)
果実にのみ病徴を発現し、幼果時から多数の凹凸を生じて奇形する。そ
の後、果実肥大とともに凹部が盛り上がり、コルク化したり裂果する(図
10)。発病程度に差があるが、現在の主要品種のほとんどで発病する。果
実異常を起こすウイルス性病害の中では最も発生が多く、近年では「ふじ」
「王林」などでの発生が目立つ。落花直後から数週間の気温が低く推移する
と病徴が激しくなることが多い。一般圃場では樹体の 2~3 本の枝のみで
異常果が認められる場合が多く、接ぎ木でのみ伝染する。病原不明のため、
診断は樹全体の幼果の注意深い観察に基づいて行うが、穂木を検定する場
合は奇形症状が明瞭に現れる品種(「ゴ-ルデン・デリシャス」または「世
界一」)の結果樹に高接ぎして果実を観察する。
図 10(奇形果)
・輪状さび果病(病原:不明)
主に果実に病徴が現れ、成熟果の表面に大小の輪状あるいは半輪状のさび
が1~数個発生する。最近では本病の発生はほとんど見られない。接ぎ木
でのみ伝染する。病原不明のため、被検樹全体の熟果を注意深く観察して
診断する。穂木を検定する場合は症状が明瞭に現れる品種(「ゴ-ルデン・
デリシャス」または「印度」)の結果樹に高接ぎして果実を観察する。なお、
欧米の文献には本病の病原を ACLSV と記したものがあるが、確かな根拠
が示されてはいない。
22
・さび果(斑入果)病(病原:リンゴさび果ウイロイド ASSVd)
主に果実に病徴を現す。品種による症状の差異が顕著で、果面にべっとり
したコルク質のさびを生じたり、着色時に斑入り果となる。現在の栽培品
種では斑入り果となるもの
が多いが、両方の症状を現
す品種もある。但し、「王林」
では、時に同じウイロイド
病であるゆず果病の病徴に
類似する。接ぎ木でのみ伝
染し RT-PCR により高感度
に検出できる。
図
11 さび果
・ゆず果病(病原:りんごゆず果ウイロイド AFCVd)
ほとんどの品種では主に果実に病徴を現す。成熟につれて果実表面にゴ
ルフボール状の多数の小さな凹凸が生じる。品種によっては着色時に斑入
りを伴う。「王林」で最も症状が顕著であり、果肉にも褐変を生じる。「スタ
ーキング・デリシャス」は例外で、果実に異常がなく、2 年生以上の枝幹表
面に年輪状の粗皮が認められる。接ぎ木でのみ伝染する。
AFCVd は RT-PCR
により高感度に検出できる。
3) ブドウウイルス病の種類と被害
我が国では「甲州」の「味無果病」が問題となっていた昭和40年代か
ら、ブドウのウイルス病が強く意識され始めた。本病の原因として「味無
果ウイルス」が提唱されたが、後に「葉巻ウイルス」と「フレックウイル
ス」の重複感染により、果実糖度が大きく減尐することが明らかになった。
本病発生を契機に、ブドウのウイルスフリー化が進められた。また、その
後「巨峰」の主幹の「ピッティング」
(樹皮下の幹に小穴や溝が生じる症状)
が問題となった。これもウイルスフリー化により、発症しないことが明ら
かとなり、さらに最近、この「巨峰」群品種の「ピッティング」症状と
「Rupestris stem pitting-associated virus」との関連が強く示唆される結
果が報告されている。また、
「リーフロール病」が自然伝搬することと、コ
ナカイガラムシによる虫媒伝染性も確認されている。
23
我が国に発生している主なウイルスは以下の通りである。
・ブドウ葉巻随伴ウイルス3(Grapevine leaf roll-associated virus 3, 略称:
GLRaV-3)
リーフロール病(図 12)の病原体のひとつと考えられ、感染株では葉巻、
葉の赤変などが見られる。果実の糖度の低下や果皮色の劣化にも関係があ
ると考えられ、ワインの品質に影響する。接ぎ木伝染のほか、コナカイガ
ラムシ類により伝搬される。後述の「フレックウイルス」と重複感染する
と、糖度が大きく低下し、
「味無果病」になることが示された。我が国では、
この他にブドウ葉巻随伴ウイルス1、2(Grapevine leaf roll-associated
virus 1, 2, 略称:GLRaV-1, -2)も発生している。これらウイルスは「リー
フロール病」との関係も示唆されているが、国内では不明な点が多い。な
お、
GLRaV-3 は RT-PCR 及び市販の ELISA キットで高感度に検出できる。
図 12 リーフロール病の症状
・ブドウフレックウイルス(Grapevine fleck virus, 略称:GFkV)
検定植物(セントジョージ)では新葉展開時期に退緑斑が生じるが、通
常の品種では明瞭な病徴は現れない。GLRaV-3 との重複感染で果実糖度が
大きく低下し、
「味無果病」の原因ウイルスのひとつとなる。接ぎ木でのみ
伝染する。なお、報告されたウイルス粒子の形状が我が国で先に発見され
た「ブドウ味無果ウイルス」と似ているため、これらは同一ウイルスの可
能性がある。なお、GFkV は RT-PCR で高感度に検出できるほか、市販の
ELISA キットでも十分検出可能である。
・ブドウ A ウイルス(Grapevine virus A, 略称:GVA)、ブドウ B ウイルス
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(Grapevine virus B, 略称:GVB)、ブドウ E ウイルス(仮称、Grapevine
virus E, 略称:GVE)
いずれのウイルスも国内のブドウから検出されるが、症状との関連は明
らかでない。これら3種のウイルスはいずれも Vitivirus 属に属し、接ぎ
木のほか、コナカイガラムシ類で伝搬される。海外では「ステムピッティ
ング」などのコーキーバーク(粗皮)症状との関連が示唆されているが、
単一のウイルスで症状は再現されていない。我が国では、生物検定で
「Corky bark」病と判定された樹からはこれら3種ウイルスのいずれも検
出される。またほとんどの場合、GLRaV-3 などと共に検出され、重複感染
によりリーフロール病の症状が重くなると言われることもあるが、確証は
ない。なお、これらウイルスは RT-PCR で高感度に検出できる。GVA, GVB
には ELISA キットも市販されているが、検出感度は必ずしも十分ではな
い。
・Rupestris stem pitting-associated virus, (略称:RSPaV)
巨峰、ピオーネ等国内の主要品種の「ピッティング」症状を呈する樹か
ら必ず検出されるウイルスであるため、
「ピッティング」症状(図 13)と
の関連が考えられている。
「Rugose wood」病(図 14)の原因ウイルスである
可能性が高い。定植数年後から樹皮下の幹の部分に小孔や小溝が認められ
はじめ、その部分の樹皮は剥がしにくくなる。その後の栽培管理が悪いと
樹勢が衰え、枯死に至る。糖度や着色には影響が無いようである。接ぎ木
のみで伝染する。RT-PCR により高感度に検出できる。
図 13 巨峰のピッティング
図 14 ピオーネのルゴースウッド
25
・ブドウえそ果ウイルス(Grapevine vein inner necrosis virus, 略称:
GINV)
我が国のみで発生するウイルスで、葉がモザイク症状となり、果実内部
にえそが生じる。巨峰群品種のみで発症し、一部の地域で大きな問題とな
ったが、発症樹の抜き取りと媒介虫の防除により、最近ではほとんど見ら
れなくなった。接ぎ木伝染のほか、ブドウハモグリダニにより伝搬される。
RT-PCR により高感度に検出できる。
・ブドウファンリーフウイルス(Grapevine fanleaf virus, 略称:GFLV)
我が国では、研究機関の遺伝資源にわずかに認められるものの、一般の
農家での発生は知られていない。海外では葉の奇形などの病徴が激しく、
接ぎ木伝染のほか、線虫媒介性であることが知られているが、我が国には
媒介能力のある線虫種が知られていない。本ウイルスを含む Nepovirus 属
の線虫媒介性のウイルスは、広範囲の植物に感染し、媒介能力を持つ線虫
が存在した場合には被害が大きいことから、輸入検疫上の重要ウイルスで
ある。なお、GFLV は、RT-PCR 及び市販の ELISA キットで高感度に検
出できる。
・その他我が国で発生が記録されているウイルス:日本植物病名目録によ
れば、エネーション病、萎縮病、ベインモザイク病、ウイルス病(タバコ
ネクロシスウイルス、Potyvirus)が記録されているが、いずれも散発的な
発生に留まっている。また、ウイロイド類の感染も報告されているが、現
在のところ、国内のブドウでの病徴・被害は顕在化していない。
なお、Grapevine Algerian latent virus がツノナス及びスターチスで発
見されているが、ブドウでの感染例は報告がない。
なお、海外では GFLV 以外に、線虫媒介性の各種 Nepovirus のブドウで
の発生が報告されている。また、ピアス病 (Pierce's disease) と呼ばれる
難培養性細菌による病害がアメリカのカリフォルニアで発生し、枯死に至
る激しい症状を起こしている。この病原体は「sharp shooter」と呼ばれる
わが国未発生のヨコバイにより媒介される。ヨーロッパではやはりヨコバ
イにより伝搬されるファイトプラズマによる病害も多く発生しており、葉
の黄化や激しい葉巻症状が認められる品種がある。また、ヨーロッパやオ
ーストラリア、南アフリカなどで、Syrah Decline と呼ばれブドウの品種
「シラー」の接ぎ木部にコブが生じ枯死に至らせる病害が問題となってい
る。本病の病原体は不明である。これらウイルス病のわが国への侵入・定
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着を阻止することは、大変重要なことである。
(2) ウイルス検定技術の現状
1) 生物検定法
・汁液接種法
検定植物の葉に検定したい植物の汁液を擦りつけてウイルスを感染させ、
検定植物の病徴からウイルスの有無や種類を判定する方法であり、特別な
機器を要しない簡単な方法である。植物やウイルスの種類によって適切な
緩衝液あるいは還元剤等を含む緩衝液中で検定したい病植物の葉を磨砕し、
検定植物にカーボランダムなどの微粉末をふりかけ、磨砕液を綿球などに
含ませたものでこすりつけ接種する。果樹ウイルスでは、温州萎縮ウイル
スのゴマ検定法や、ブドウファンリーフウイルスのキノア検定などが用い
られている。
発症までに数日から数週間を要すること、検定植物の育成にも手間がか
かること、同定のためには多くの種類の検定植物(指標植物)が必要なこ
と、汁液伝染性ではないウイルスには適用できないことなどの欠点がある
が、温室や網室などが使えれば手軽に行え、ウイルスの伝染・増殖が確認
できる点で確実にウイルスの存在を証明できる利点がある。ただし感度は
必ずしも高くない。
・接ぎ木検定法
検定したい病植物を検定植物に接ぎ木し、検定植物の発病からウイルス
の有無や種類を確認する方法である。汁液伝染性ではないウイルスや、未
知のウイルスであっても検定植物が発症すればウイルス性病原体の存在を
検知できる。ウイルスの種類を知るための検定植物(指標植物)を用いる
場合もあるが、検定したい病植物と同じ種・品種の健全植物を用いて伝染
性を確認する場合も多い。カンキツエクソコーティスウイロイドのエトロ
グシトロン検定、ブドウコーキーバークの LN33 による検定などが行われ
ている。一般的に感度は高いが、ウイルスの樹体内での局在性により、検
定漏れを起こす可能性はある。
2) 血清検定法
・ELISA 法(酵素結合抗体法)
96 個の穴があるプラスティックプレート(マイクロプレート)を用い、
植物汁液中のウイルスに酵素結合抗体を結合させたものを酵素反応により
発色させて検定する方法である。多数の検体を1-2日以内に検定でき、
感度も高く、工程の機械化も可能であることから、同時に多数検体の検定
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に向いている。この手法に適用するための抗体キットがいくつかの会社か
ら販売されている。
・イムノクロマト法
短冊状の膜上に抗体を線状に配置し、病植物汁液を膜に浸透させ、着色
抗体と反応したウイルスを抗体線状にトラップして可視化し判定する手法
で、病院におけるインフルエンザウイルスの判定などで見かけることも多
い。特別な器具も技術も不要であり、その場で 5-30 分程度で容易に判定
できることから、生産者などが自ら実施できる手法である。カンキツの温
州萎縮ウイルスで実用化されキットが市販されているほか、最近問題とな
っているプラムポックスウイルスでも実用化された。
遺伝子診断法
・PCR 法(RT-PCR, PCR)
Polymerase chain reaction (PCR) 法は、プライマーと呼ばれる短い合
成 DNA と DNA 合成酵素を利用して、目的とする DNA の断片を増幅する
方法である。通常 2 時間程度の反応時間で約 100 万倍に増幅することがで
き る 。 目 的 と す る 分 子 が RNA で あ る 場 合 は 、 逆 転 写 酵 素 (reverse
transcriptase)を用いて、RNA を DNA に変換してから、通常の PCR 反応
を行う。PCR 法、RT-PCR 法のいずれも極めて微量な量の DNA あるいは
RNA の分子を特異的に大量増幅することができるため、遺伝子研究では多
用される。病害診断の場合は、組織中の病原体 DNA あるいは RNA の分
子を目的として増幅する場合が多い。果樹ウイルスの多くが RNA ウイル
スであるため、RT-PCR 法で検出する例が多い。カンキツグリーニング病
原細菌の検出には、病原細菌ゲノム DNA を PCR 法で検出する。RT-PCR
法と PCR 法のいずれも、特異的増幅のためには、目的とする RNA または
DNA 分子の塩基配列に合致したプライマーを 2 対以上設計する必要があ
り、このためには、尐なくともプライマー部分の塩基配列の情報が不可欠
である。現在では、ほとんどの重要な果樹ウイルスの全部または部分的な
塩基配列が解読されているため、RT-PCR 法、PCR 法が適用できる。しか
しながら、同じウイルスでも分離株によって、塩基配列が数%程度異なっ
ている場合があり、検出漏れを防ぐためには、できるだけ多くの分離株に
共通した部分をプライマー領域として選択する必要がある。
RT-PCR 法、PCR 法で増幅した産物は、通常アガロースゲル電気泳動で、
分子量(大きさ)に応じて分画し、染色剤を用いて可視化して、分画され
た分子の像(バンド)の有無で、陽性か陰性かを判定する。よく用いられる
染色剤は、エチジウムブロマイドであり、RT-PCR 法、PCR 法の産物は紫
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外線照射により、蛍光バンドとして可視化される。
・等温増幅法(LAMP 法, ICAN 法)
DNA 合成酵素を用いて微量の DNA を特異的に増幅する点で上記の
PCR 法に類似している。PCR 法では、酵素反応を進めるために異なる温
度設定を繰り返す必要があり、温度条件を精密に制御する比較的高価な機
器が必要である。これに対し、LAMP 法および ICAN 法は、恒温で DNA
増幅を行い、また PCR 法ほど精密な温度制御が不要であるため、安価な
恒温槽で行える。LAMP 法も ICAN 法も DNA 増幅反応であるため、RNA
ウイルスの場合はやはり、一度逆転写反応で RNA を DNA にする必要が
ある。
29
4.ウイルスフリー苗の作成方法
研究支援センター遺伝資源室長
池谷祐幸
「果樹のウイルスフリー苗の作成方法」
農業・食品産業総合研究機構果樹研究所
研究支援センター遺伝資源室長
池谷祐幸
植物のウイルスフリー化技術の歴史
植物ウイルスの存在は、
「細菌濾過器を通過する未知の微生物」として 19 世紀の末に予
想され、1930 年代に電子顕微鏡でウイルス粒子が撮影されたことで実証された。しかし、
熱処理によるウイルス無毒化は、ウイルスの存在が十分実証されていなかった 1920 年代か
ら研究が始まっており、1930-40 年代には多くの植物において研究成果が発表された。その
後 1950-60 年代には植物の茎頂培養技術が確立したが、茎頂培養から得られた植物がウイ
ルスフリー化する場合もあることが判明した。こうして 1960 年代以降に、熱処理と茎頂培
養をそれぞれ単独ないし組み合わせたウイルスフリー化技術が、主として栄養繁殖性作物
の種苗生産において実用化された。
海外からの果樹遺伝資源の導入とウイルスフリー化
果樹研究所遺伝資源室は、日本における試験研究を目的とした果樹遺伝資源の輸入を実
質上一手に引き受けており、前身の農林省園芸試験場、農林水産省果樹試験場時代から合
計して1万点近い海外果樹遺伝資源の導入を行ってきた。
新品種の作出には新たな遺伝資源が必要であるが、そのソースの1つとして海外からの
遺伝資源の導入がある。しかし主要な農作物種では、海外からの病虫害の侵入を防ぐため
植物防疫法に基づき、最低でも1年程度は植物防疫所での隔離栽培が必要であり、この間
にウイルス感染の検査が行われる。海外から導入する遺伝資源の多くは、海外遺伝資源保
存機関の保存株や,野生個体、在来個体などの探索品であるため、半数程度は有害ウイル
スに感染している。この場合、有害ウイルスは法律上の輸入禁止品であるため、本来なら
ば遺伝資源の輸入ができなくなるが、試験研究目的の特別な輸入許可を取り、隔離環境下
で栽培している。その間にウイルスフリー化植物を作出し、植物防疫所の検査によりウイ
ルスが存在しないと認められると、日本国内の各地で自由に栽培することができるように
なる。ただし、この作業には最低でも2年程度を必要とする。上述の隔離栽培の期間と合
わせると最低でも5年程度はかかることになる。
果樹におけるウイルスフリー化の実際
ウイルスに感染した植物であっても、茎頂部だけは、程度の差はあるがウイルスフリー
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であると思われている。よって原理的には茎頂培養だけでもウイルスフリー化が可能であ
る。しかし、ウイルスフリー部分が茎頂分裂組織近辺のごく一部に限られる場合は、培養
による植物体獲得効率は非常に低くなる。そこで、まず植物体全体に対して熱処理を行う。
具体的には、植物体を38℃前後で栽培する。するとウイルスの増殖が阻害されるため、
この間に伸びてくるシュートでは茎頂近辺のかなり広い領域がウイルスフリーになると期
待される。さらに茎頂培養を行うと、外植体の大きさや実験技術の精巧さを気にせずとも、
高い効率でウイルスフリー化個体が獲得できる。
しかし茎頂培養法では植物体の成長が遅く、ウイルスの生物検定が可能な大きさになる
までには1年以上かかるという問題がある。このため、特に成長の遅いカンキツ類では、
茎頂を in vitro で培養するのではなく、カラタチの芽生えの茎を切断しそこへ外植片を置く
という「セミミクロ接木」を行う。また、多くのバラ科果樹ではウイルスフリーの領域が
肉眼的サイズになるので、実生台木を切り返して伸びてくる萌芽枝に、長さ数mmのシュ
ート先端を割り継ぎするだけでウイルスフリー化個体が得られる(図1)
。
図1.接ぎ木によるウイルスフリー化(リンゴ)
高温処理で延びてきたシュート
台木を切り返して萌芽させる
先端を取り葉を取り去る
茎を切断し切れ込みを入れる
さらに先端付近をV字に切り出す
接ぎ木する
1週間ほどで芽が伸びてくる
接ぎ木部分をシールする
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5.温水を用いた果樹類白紋羽病の治療技術
果樹病害研究チーム主任研究員
中村 仁
白紋羽病
果樹類の重要病害
ナシ・リンゴ・ブドウ・
ウメ・ビワ・イチジクなど
リンゴ
菌糸束が根上や土壌中
を伸展して隣接樹に感染
ナシ
菌糸束
扇状菌糸束
罹病根の表面
罹病根の樹皮下
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白紋羽病防除の問題点
・ 早期診断法がない → 手遅れ
・ 感染源が長期に残存 → 再発
・ 有効な対策は薬剤防除のみ → 労力 大
費用 高
環境負荷 大
そこで・・・
ナシ樹には影響のない温水を利用
病原菌を死滅させて罹病樹を治療する
白紋羽病菌が熱に弱いことを利用し,地温を
上げることで白紋羽病菌だけを死滅させる.
罹病樹を治療
・環境負荷がない
・熱による殺菌(耐性菌の出現の可能性低)
・農薬登録が不要
33
白紋羽病菌が生育できる温度
5℃ ~ 32℃
※ 35℃の長時間処理で死滅
ナシ樹根の熱耐性
40.0℃
42.5℃
45.0℃
47.5℃
50.0℃
45℃まで
障害なし
障害発生
障害発生
酵素活性による調査
温水を処理
地温を35℃以上,45℃以下に維持
・ 白紋羽病菌は死滅
・ ナシ樹には影響なし
罹病樹を治療できる!
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有効な温水処理の条件
・使用する温水 50℃
・点滴潅水チューブを用いて
土壌表面に点滴
・処理終了の目安
深さ 30 cm
(深さ 10 cm
35℃
45℃)
温水点滴処理
点滴チューブの設置の仕方
くし型
らせん型
半径1m
2mX2m
処理開始前に
マルチで被覆
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試作した温水処理機
温水処理機本体
器具運搬車
改良型点滴器具
1~2人で運搬可能
50℃ 温水を点滴処理した場合の地温の変化
(一例)
地温(
地温(℃)
50
地下10cm
45
地下30cm
40
35
30
25
20
15
0
5
10
↑処理終了
↑処理開始
15
20
25
30
35
40
経過時間(Hr)
経過時間
36
45
50
温水処理に要する時間・費用
1樹あたり
時間 4~6時間
水量 800~1000リットル
費用 約500円
(試算)
(処理条件・公共料金により変動)
・ 上水・井水
・ 灯油 (温水処理機ボイラー燃焼用)
・ 電源100V (温水処理機制御用)
留意点
・処理効率などを考慮すると,処理時期は
6月~10月が良い.
・土壌が黒ボク土あるいは褐色森林土からなる
園地で効果を確認している.
・傾斜地や固く締まった土壌などでは,効果が
劣る可能性がある.
・処理後は病気の再発に注意を払い,処理の
追加や他の防除手段を併用する.
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温水処理による治療技術 その将来性
● ナシ樹の細根量が増加する.
生育促進・樹体強化
● ナシ樹・リンゴ樹で同様の治療効果が
得られている.
他樹種への適用拡大
温水処理による白紋羽病治療技術は、「新たな農林水産政策を推
進する実用技術開発事業」により実用化されました。
中核機関 (独)農研機構 果樹研究所
参画機関 エムケー精工(株),長野県果樹試験場,長野県南信農業試験場,
茨城県農業総合センター園芸研究所
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