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肝胆膵領域における Differential THIの有用性
特 集 超音波画像診断 1 肝胆膵領域における Differential THI の有用性 国立がんセンター中央病院 臨床検査部 水口安則 の倍高調波(ハーモニック成分)を受信する方法 はじめに である。従来の基本波 B モード法では、送信周 近年のコンピュータ技術の進歩とともに、超音 波数帯域と同じ周波数帯域を受信し映像化する。 波診断装置も高性能、高分解能化してきており、 一方、THI 法では、送信周波数の倍の高調波信号 これまで描出困難であった小さな病変や、病変内 を pulse subtraction THI 方式で受信する。この高 のより細かな構造を描出することができるように 調波成分は、基本波よりビーム幅が細いため、方 なり、さらに正確な存在診断、質的診断に役立っ 位方向、厚み方向の分解能が向上する。また、サ ている。tissue harmonic imaging(THI)法は、よ イドローブレベル軽減効果によるアーチファクト り分解能の優れた B モード画像を得る方法で、す の軽減、多重反射の軽減、コントラスト分解能の でに臨床応用されている技術である。最近、この 向上などが得られる。しかしながら、帯域幅不足 従来の THI 法よりさらに一歩進んだ Differential のため距離分解能は改善されない、あるいは高周 THI 法が開発され、その臨床上の有用性が期待で 波受信のため深部領域における penetration が不 きる。今回、Differential THI の利用可能なコン 十分などの問題点があった。 ベックスプローブ、高周波リニアプローブおよび Differential THI は、dual frequency pulses(f1、 高周波コンベックスプローブを使用し、肝胆膵領 f 2)を送信し、二次高調波(2f1)とともに、差音成 域疾患における Differential THI の有用性につい 分(f 2 - f 1)を受診することによって、有効帯域幅 て検討を行ったので報告する。 を拡大し、従来の THI より空間分解能の優れた 画像を得る技術である 1、2)。図2に、 この差音信号、 加音信号の発生のしくみを示す。2周波数同時送 Differential THI とは 信された信号は、生態組織内で4つの信号成分が THI 法は、図 1 に示すように超音波の送信信号 発生する。この中でプローブ帯域内にある信号が 受信される。さらに受信の段階で基本波成分を除 去し、THI の性格を持った差音成分と倍音成分の 一部が取り出される。この手法を用いることによ プローブ帯域 プローブ帯域 基本波 倍高調波信号 f 従来のB 従来のB-mode 周波数 f 2f 従来のTHI 従来のTHI 周波数 り、従来の THI の課題であった距離方向の空間 分解能の改善、深部領域における penetration の 改善効果が得られるようになった。 図 1 従来の THI で使用する周波数 552 2006 年 5 月 特 集 超音波画像診断 1 プローブ帯域 f2 f1 周波数 f2 -f1 2f1 f1+f2 2f2 周波数 図 2 差音信号発生のしくみ PS-THI(BT) > D-THI(BT) 図 3 コンベックスプローブ(3.5MHz) に よ る pulse subtraction THI(PSTHI)と Differential THI(D-THI)画像 の比較 D-THI > PS-THI:D-THI の 画 質 が、PSTHI より優れている。 D-THI = PS-THI:D-THI の 画 質 と PS-THI の画質に差がない。 PS-THI > D-THI:D-THI の 画 質 が、PSTHI より劣っている。 (2/31) (1/22) 5% 6% 45% 48% (15/31) (14/31) 肝 56% (9/16) 胆道 D-THI(BT) = PS-THI(BT) コンベックスプローブ(3.5MHz)による pulse subtraction THI と Differential THI 画像の比較 44% (7/16) 41% 55% (9/22) (12/22) 膵 D-THI(BT) > PS-THI(BT) それぞれのモードの中で最も画質の良好な画像を 個々に選択し、どちらの画質が優れているかを空 間分解能(輪郭の明瞭さや細かな内部構造の描出 の有無) 、コントラスト分解能(病変内部性状や 最初に、腹部用コンベックスプローブ(PVT- fluid-solid differentiation) 、アーチファクトの軽減、 375BT、3.5MHz)を用い、pulse subtraction THI penetration の良好さの観点から比較した。 (PS -THI)と Differential THI(D-THI)の画質を 結果を図 3 に示す。肝疾患では D-THI の画質が 比較検討した。 PS -THI より優れていたのが、 31 病変中 14 病変(45 対象は転移性肝腫瘍を主とした肝疾患 31 病変、 %) 、同等であったのが 15 病変(48%) 、D-THI の 胆嚢癌、コレステロールポリープなどの胆道系疾 画質が、PS -THI より劣っていたのが、2 病変(6%) 患 16 病変、膵嚢胞性腫瘍などの膵疾患 22 病変、 であった。胆道系疾患では、16 病変中、それぞ 計 69 病変である。方法は、同一断層面における れ 9 病変(56%) 、7 病変(44%) 、0 病変(0%) 、 同一画像を3コマ以上撮影した。周波数、フォー 膵疾患では、22 病変中、それぞれ 12 病変(55%) 、 カス、dynamic range 以外のパラメータの設定は 9 病変(41%) 、1 病変(5%)であった。全体では、 全く同一とした。使用装置は、東芝メディカルシ D-THI の画質が PS -THI より優れていたのが、69 ステムズ(株)社製超音波診断装置 Aplio である。 病変中 35 病変(51%) 、同等であったのが 31 病変 Vol.38 No.5 553 図 4a 図 4b 巻頭カラー参照 図 4 多結節癒合型肝細胞癌 a:コンベックスプローブ(3.5MHz)による PS-THI。多結節癒合型肝細胞癌 S8-7、78mm 大。 b:同プローブによる D-THI。腫瘍輪郭不整像がより明瞭である。内部の線状高エコー像もより明瞭に認める。これは病 理組織学的検討にて、腫瘍内に取り残されたグリソン鞘の一部であることが判明している。 図 5a 図 5b 巻頭カラー参照 図 5 膵体尾部の漿液性嚢胞腺腫 a:コンベックスプローブ(3.5MHz)による PS-THI。膵体尾部の漿液性嚢胞腺腫 90mm 大。 b:同プローブによる D-THI。腫瘍内の非常に細かな多数の嚢胞成分の描出がより鮮明であり、これらの所見から的確な 質的診断を得ることができる。 (45%) 、D-THI の画質が、PS -THI より劣ってい 高分解能の画質を得ることができる。領域にとら たのが、3 病変(4%)であった。D -THIが優れて われず積極的に利用すべきと考える。対象は胆膵 いた具体的な症例を提示する。図 4 は、やや深部 系疾患、7 病変、方法は、前記記載と同様である。 領域に位置する多結節癒合型肝細胞癌である。 D -THI の画質が PS -THI より優れていたのが、7 D -THI では、ごつごつとした腫瘍輪郭不整像をよ 病変中 6 病変(86%) 、同等であったのが 1 病変(14 り明瞭に描出することができ、多結節癒合型の形 %)であり、D-THI の画質が、PS -THI より劣って 態を正確にとらえることができた。図 5 は、膵体 いた病変はなかった。 尾部の漿液性嚢胞腺腫である。診断の決め手とな 粘液産生性胆嚢癌の症例を示す(図 6) 。胆嚢体 る腫瘍内の非常に小さな嚢胞成分の描出がより鮮 部〜底部に乳頭状の隆起性腫瘍を認める。乳頭状 明である。 腫瘍の表面凹凸像は、D-THI でより明瞭に描出で きた。さらに、腫瘍表面から吐き出されたような、 高周波リニアプローブ(8MHz)における、 PS-THI と D-THI 画像の比較 胆嚢内腔に向かって伸びる筋状の細い粘液性構造 物を D-THI にてより細かく認識することができ た。図 7 は、比較的小さな膵体部の浸潤性膵管癌 次 に、 高 周 波 リ ニ ア プ ロ ー ブ(PLT-805、 である。高周波リニアプローブによる D-THI の 8MHz)を使用した、PS -THI と D -THI の画質を ため、多数の棘状突起構造を伴う不整形低エコー 比較した。高周波リニアプローブは、表在臓器の 腫瘍として描出可能であり、特徴的な形状と内部 みならず、腹部領域でも約3cmまでの深さに存在 低エコーを示すことから膵管癌と診断可能であっ する病変に対しては威力を発揮し、非常に優れた た。 554 2006 年 5 月 特 集 1 超音波画像診断 図 6a 図 6b 巻頭カラー参照 図 6 粘液産生性胆嚢癌 a:高周波リニアプローブ(8MHz)による PS-THI。粘液産生性胆嚢癌 35mm 大、胆嚢体部から底部に乳頭状腫瘍を 認める。 b:同プローブによる D-THI。腫瘍表面凹凸像は、D-THI でより明瞭に描出できる(矢印)。胆嚢内腔に向かって伸びる 筋状の細い粘液性構造物(矢頭)を、D-THI にてより細かく認めることができる。 図 7 膵体部浸潤性膵管癌 高周波リニアプローブ(8MHz)による D-THI。膵体部浸潤性膵管癌(矢印) 。 超音波上11mm大。高分解能のため多数の棘状突起構造を伴う不整形低エコー 腫瘍と認識できる。尾側主膵管拡張を伴わない。形状と内部エコーレベルより 膵管癌と診断可能である。 巻頭カラー参照 D-THI(6MHz) = D-THI(3.5MHz) 図 8 高周波コンベックスプローブを用いたD-THI 通常のコンベックスプローブ(3.5MHz)による D-THI と、高周波コンベックスプローブ(6MHz)に よ る D-THI 画 像 の 比 較 D-THI(6MHz)> D-THI (3.5MHz)。高周波コンベックスプローブの画質が、 通常のコンベックスプローブ(3.5MHz)より優れて いる。D-THI(6MHz)= D-THI(3.5MHz)。画質に 差がない。 27% 36% (3/11) (4/11) D-THI 使用可能な高周波コンベックス プローブ(6MHz)の有用性 64% (7/11) 肝 73% (8/11) 胆道 100% (32/32) 膵 D-THI(6MHz) > D-THI(3.5MHz) ローブからの深さが約 5cm までの位置に存在す る、肝疾患 11 病変、胆道系疾患 11 病変、膵疾患 32 病変(主に膵嚢胞性腫瘍) 、計 54 病変を対象と 最後に、高周波コンベックスプローブ(PVT- して、コンベックスプローブ(3.5MHz)による 674BT、6MHz)を用いたD-THIについて述べる。 D-THI と高周波コンベックスプローブ(6MHz) このプローブは、前述の腹部用コンベックスプロ による D-THI 画像を比較検討した。 ーブ(3.5MHz)より中心周波数が高いため、さら 結果を図 8 に示す。肝疾患では高周波コンベッ に良好な空間分解能を得ることができる。また、 クスプローブ(6MHz)を用いた D-THI の画質が、 近距離のフォーカスポイントが豊富であり、より 通常の腹部用コンベックスプローブ(3.5MHz)を 最適な関心部位にフォーカスを設定することがで 用いた D-THI より優れていたのが 11 病変中、7 病 きる。ただし、penetration は期待できない。プ 変(64%) 、同等であったのが 4 病変(36%)であ Vol.38 No.5 555 図 9a 図 9b 巻頭カラー参照 図 9 胆嚢コレステロールポリープの画像比較 a:通常のコンベックスプローブ(3.5MHz)による D-THI。胆嚢コレステロールポリープ、12mm 大。 b:高周波コンベックスプローブ(6MHz)による D-THI。ポリープの表面性状が細かく描出でき、内部 の高輝度エコー成分をより明瞭に認識できる。 図 10a 図 10b 巻頭カラー参照 図 10 膵漿液性嚢胞腺腫 a:通常のプローブ(3.5MHz)による D-THI。膵漿液性嚢胞腺腫、32mm 大。 b:高周波プローブ(6MHz)による D-THI。より多くの腫瘍内小嚢胞成分の認識が可能である。 図 11a 図 11b 巻頭カラー参照 図 11 膵管内乳頭粘液性腫瘍 a:通常のプローブ(3.5MHz)による D-THI。膵管内乳頭粘液性腫瘍、48mm 大。膵体部に 多数の嚢胞性腫瘤の集簇を認める。 b:高周波プローブ(6MHz)による D-THI。嚢胞成分内腔の「抜け像」がより鮮明である。 った。胆道系疾患では11 病変中8 病変(73%)が 胆嚢コレステロールポリープの画像比較である。 優れており、3 病変(27%)が同等であった。膵 胆嚢体部の有茎性隆起性病変は、高周波コンベッ 疾患では、全 32 病変で高周波プローブ(6MHz) クスプローブ(6MHz)にて、表面の性状をより の画質が優れていた。全体では、高周波プローブ 細かく描出可能であった。また、内部の点状高輝 (6MHz)による D-THIの画質が、通常のプローブ 度エコー成分をより明瞭に認識できた。膵漿液性 (3.5MHz)より優れていたのが 54 病変中 47 病変 嚢胞腺腫では、腫瘍内の小嚢胞成分をさらに細か (87%) 、 同等であったのが7 病変(13%)であった。 く、多数描出することができ、質的診断に非常に 高周波プローブ(3.5MHz)が劣っていた病変はな 役立った(図 10) 。膵管内乳頭粘液性腫瘍では、 かった。 集簇した嚢胞成分内腔の「抜け像」がより鮮明で 高周波コンベックスプローブ(6MHz)の画質 あった(図 11) 。 が優れていた具体的な症例を提示する。図 9 は、 556 2006 年 5 月 特 集 考察とまとめ 1 超音波画像診断 となっている。また、通常のコンベックスプロー ブのみならず、高周波リニアプローブあるいは高 D-THI と PS -THI の画質を比較したところ、コ 周波コンベックスプローブも、一部の腹部領域に ンベックスプローブ(3.5MHz)では、約50%の病 有効であり、病変の深度別に使い分けることによ 変 で D-THI の 画 質 が PS -THI よ り 優 れ て い た。 って最も適した画像を得ることができる。すなわ D -THI は、よりよいBモード画質を得る有用な手 ち、プローブからの距離が約 3cm までの病変に対 法と考えられる。一方、D -THI と PS -THI の画質 しては高周波リニアプローブ、プローブからの距 が同等であったのが 45%存在した。これは、PS - 離が 2 〜 5cm の深さの病変に対しては高周波コン THI がもともと高分解能の超音波画像を得る映像 ベックスプローブが有効である。特に主膵管拡張 化技術であるため、これらの病変においては明確 や嚢胞性病変などの膵疾患の精査において、意外 な画質の差を得られにくかったためと考えられる。 と高調波プローブによる検査を選択可能な場合が 高周波リニアプローブでは、7 病変中 6 病変で あり、多用している。 D-THI の画質が PS -THIより優れていた。さらに、 比較的近距離(プローブからの深さが約 5cm ま で)における病変に対する検討で、通常のコンベ おわりに ックスプローブ(3.5MHz)と高周波コンベックス 超音波映像技術の進歩は著しく、B モード画像 プローブ(6MHz)による D-THI の比較では、約 についても、基本波 B モード画像、tissue harmo - 90%の病変で高周波コンベックスプローブが良好 nic imaging(THI) 、Differential THI と、一歩一 な画質を得ることができた。 歩確実に画質が向上してきている。このような卓 以上、D-THI は、より優れた B モード画像を得 越した技術をいち早く取り入れることによって、 るための有効な技術と考える。 より的確な超音波診断を行うことが、明日からの 当院ではすでに、日常検査において標準で 超音波検査を受けられる方々のさらなる幸せにつ D-THI を使用しており、もはや必要不可欠な手段 ながると信じる。 参 考 文 献 1) 川岸哲也ほか : 差音を利用した新しいティッシュハー 2) 川岸哲也ほか : 差音を利用した THI における距離分解 モニックイメージング. 超音波医学 31,Supplement: 86, 能向上についての考察 . 超音波医学 32,Supplement: 2004 257, 2005 Vol.38 No.5 557