...

イ ギリス英語の諸相

by user

on
Category: Documents
7

views

Report

Comments

Transcript

イ ギリス英語の諸相
イギリス英語ゐ諸相
一文化的背景を中心に一
丸 山 孝 男
1.はじめに
英語が国際語,世界語と言われるようになってから久しい。とくに情報化時
代,.ソフト・・ウエアの時代と呼ばれる今日,国際的なコミュニケーションの手
段としての英語がますますそめ重要性を増してきている。’
国際語としての英語の特徴を一口で言うなら語彙が豊富であるということで
ある。そして語彙が豊富であるということは新語が続々と誕生しているからで
あり,社会に活力がある証拠でもある。新語は新しい社会状勢の一側面を映し
出す概念であり,アイデアでもある。新しい言葉は新しい時代の発想なのであ
る。
イギリスであれアメリカであれ,新聞や雑誌を読んで感ずることはかなりの
スピードで新語が次から次とつくりだされていることである。社会の動きが激
しく,かつ複雑になればなるほど,それを示す新し》・概念,即ち,新語が必要
になってくるわけだ。従って新語を理解することが新しい社会現象の理解のカ
ギになるのである。
だがこの小論でとりあげるのは新語とは限らない。いや新語はむしろ少な
い。また日本人にとって新語でも英語の母国語話者にとってはすでにいい古さ
れた表現であることは大いにあり得ることだ。昨年の在外研究の折,イギリス
で生活していたときに新聞や雑誌の記事からひろった言葉や街ででくわした広
告や掲示をもとにイギリス人の国民性や現代社会事情の一端に触れようとする
一115一
のが本稿の目的である。
2. 広がる禁煙運動
我国の禁煙対策は先進諸国の中で最も遅れているが,今やanti・smoking ca−
mpaigne(禁煙運動)は世界的な広がりを見せてきている。アメリカの上院本
会議は,飛行時間が90分以内の国内航空路線では喫煙を禁止するとの機内喫煙
法を可決しだし,禁煙を守らなかった乗客は1,000ドルの罰金,注意されても
禁煙せず,問題を起こした場合は,最高2,000ドルの罰金というかなり厳しい
内容になっている。
また最近の『カナダニュース』(1987年10月)によれば,カナダでもすでに
ヵナダ航空が国内便を禁煙にしているし,政府は,10月1日から,すべてのオ
フィスで指定区域以外の場所での喫煙を禁止するとともに,2年後の1989年か
らは連邦政府の職場での喫煙を一切認めないことになった。また政府は,職場
での喫煙を禁止するだけでなく,とくに青少年に対する禁煙キャンペーンも積
極的に展開していくと言う。
イギリスでも禁煙運動が近年,富に盛んになってきている。地下鉄の車両の
すべての窓に内からも外からも見えるようにNO SMOKINGのポスターが貼
られているし,テレビなども時折,Smoking is a dying habit.のキャンペー
ンを流している。
イギリスでの禁煙運動を推進するにあなって,最も積極的な役割を果してい
るのが,ASHである。 ASHとはA¢tion o堕Smoking and Healthの略称で
あり,1971年にvolunteerにより設立された民間団体である。 ASHにょれば
喫煙がスモーカーにとって,がんや狭心症などさまざまな病気の原因になるだ
けでなく,胎児や周理の人の健康にも悪影響を及ぼすという。じじっ禁煙運動
の中で今,いちばん論議の対象になっているのがpassive smokin9(受動喫煙
または間接喫煙)の問題である。passi▼e smoking(secondhand smokeとも
いう)とはたばこを吸わないのに喫煙者のそばにいることでたばこの煙にさら
されることをいう。
−116一
受動喫煙と健康に及ぼす悪影響との因果関係については議論のわかれるとこ
ろだが,あるデータによれば,・”夫が1・日1一14本たばこを吸う人の妻の肺がん
死亡率は,吸わない場合の1.42倍。15本∼19本だと1.53倍∴20本以上のヘビー
スモーカーの夫の場合には,1.9倍となつている。がと思うと受動喫煙が健康
に及ぼす影響に疑問を投げかけるような,The. .researchers−−Tfrom the lnsti−
tute of Cancer Research in Surrey,−conclude that passive smoking, for
life−10ng no−smokers, carries no signi丘cant increase in risk of lung ca−
ncer, bronchitis, or heart disdase−all comm6nly associated with smoking.
(The Times, June 20,1986)という調査結果もある。、
だがイギリスでは政府,世論,ジャーナリズム界が喫煙問題に関して一貫し
も て厳しい態度をとってきている。日本とは違いテレビを通じてのCMやタバコ
の自動販売機設置(ただし,パブやホテルを除く)、は禁止されている。とくに
若者を対象にした販売促進はしないなどの業界の自主規制も行なわれている。
タバコの箱に記載されている注意書きも,βove甲ment Health WARNING:
Cigarettes、Can seriously damage your he琴lthζそのものずばりでかなり手
きびしい。日本のタバ只の箱に記載されている「健康のため吸セ・過ぎに注意し
ましょう」とはずい分邑・ユアンスが違うし,・このGovernpaent Health WA−
RNINGはタバコの箱だけでなく雑誌に広告を出すときにも併記しなくては
ならない。英国鉄道も喫煙車よりも禁煙車の方が多いし・タ・クシーの中でも時
折,Thank you for not smoking.の掲示が見受けられる。郵便局ではすべて
禁煙だし,キャフェテリアやレ不トラン,o缶ceなどではThis is a no srpo−
king area.の掲示が目につく。
一昨年の5月,Birmingham Health Conference(バーミンガム健康協議会)
は,受動喫煙により毎年,1, OOO人が死亡しているというショッキングな報告
をする・し,・Anti・smoking ca皿paigner(禁煙運動家)であり, ASHのdirec・
torでもあるDavid Simpson氏は“Passive enforced smQking . violates the
right to health of no−smokers. They.must be protected against this noxi.
ous−form of pollution.”(Dai!y Mirror May 2,1986)と怒りをあらたにし,
−117 一
厳重な警告を発した。地下鉄での喫煙を全面的に禁止して以来,地下鉄の乗客
が20%も増加したという面白い報告もある。‘ISinCe. smoking was banned on
the underground the number of passengers has increased by 20 percent・”
〈The’Lon40n“ Stan dαrd, May 7,.1986):
・国民の健康志向とあいまって,受動喫煙にまつわる‘disputed’risk of pas・
si▼b smoking,(ケムリ.論争)ぱ当分の間,続きそうで’ある。
3.左党に朗報
英語では最も日常的な語でありながら・日本語に訳すことがむずかしい語がい
ろいろあるが,・その中の一つがPub(public houseの略)であろう。無理に
「居酒屋」とやってしまえばPub一のイメージが伝わらない。 Phbは日本で言
うところの赤チョウチシでもなければ,喫茶店でも・ないのだ。
昨年,ロンドシた住んでいたときに,街の情報,とくにウラ話を聞くため
に,〕昼夜を問あずlP面によく’出掛けた。 Pubに出掛けるたびに・Pubを語る
ことなしにイギリメの文化や社套を語るτごとはでぎなレヤど思ちたものである乙
Pubなしにイギリス人め生活はあり得ない。だからどんな片田舎でもPubは
ある。イギウ:スにはIt’s a ’poor street without a pub i「i ’it,という格言があ
るゆえ髄
である♂
イギリスのLicensing laws(drinking laws, pub Iawsともいう)(飲酒法)
による’drinking hours(licensing houfsとむい’う6)(アルコール類をのめる・
時間)τはかなり厳格なことで有名だ。平日が午前11時から午後3時までと,午
後5時30分から11時まで。日曜日は午前12時から午後2時までと,午後・7時が
ら10時30分までだ。閉店時間近ぐになると,Time at the pubという声が聞こ
えてくる。閉店時間ぴったりに帰る客は先ずいない。冗談まじりで1andlord
とやり合う客もいる。どこのPubも閉店後10分はくれる♂これをdrinking・up
time(飲みほしタイム)という。
ところがdrinking hoursを厳格に決めたlicensing lawsがイギリス人だけ
でなく旅行者の間でもきわめて不評なのである。昼間,街を歩きまわり疲れ果
一118一
てても休むところがないのである。日本のような喫茶店はもちろんない。公衆
トイレの極端に少ないロンドンではとくに困る。とくに旅行者にとってはPub
は公衆トイレとしてもusefulだからだ・/ こう・いう街の人々の不満の声が政
治家にも通じたのか,一昨年の春頃から,licensing lawsの改正の動きが議会内
で起こってきた。Home Secretary(内務大臣)のHurd氏が“The Government
is in favour of relaxing亡he l亘w on opening hours for public houses in
Englqnd and Wales.”(DailOV T6Z6留α助, May 20,1986)と言明し,それに
拍車をかけた。だが案の上,一部の議員や医学界,宗教団体などが alcohol
abuse(アルコール過用)の恐れありと反対の立場にまわり,改正案が提出さ
れるまでにはいたらなかったのである。
し粧レ,licensing Iawsの改正を求める声は根強く, Pubの12時間営業が
認められそうである。『英国ニュースダイジェスト』(July 15,1987)にょれ
ば,内務大臣のHurd氏が再び「日曜日を除く毎日,午前11時から午後11時
までのPubの通し営業が許可される筈」と明言したというのだ。このPubの
営業時間の改正は,女王のスピーチで保守党の公約達成のひとつに含まれるこ
と噂なると見られていたが・今回のHurd氏の発表は・これに先だって表明
されたものというとのことである。
Licensing Iawsの歴史は古く,1266年にビrルの値段を規制する法律がで
きたそうだが,酒類の販売に時間制限を設ける最初の法律が制定されたのは
1915年にさかのぼる。イギリス人には過去の歴史や伝統を重んじ,新しい変化
に対してかたくなに抵抗していく気質があるが,今回のpub lawsの改正の動
きは,遅まきながら時代の流れに逆らうこうはできないということか。っいで
に言えば少しみみっちい話だがPubの飲み仲間がよく使う言葉の一つにhead
というのがある。headとはビールをジョッキーについだときにできる泡の部
分のことだ。headが1cmぐらいあるだけでも, That’s a big headと言いな
がら満杯にしてもらうべく文句を言う者もいる。彼らにとってapint of beer
はかっちりとapintでなければならぬ。日本の酒場と比較してみるとその辺
が面白い。英米人の数字に対するきびしい観念と英語の複数形の語尾変化と無
一119一
関係ではあり得ないというようなことをどこかで読んだ記憶があるが,意外に
そう.なのかも知れない。
quinnessのこと.2冗談にNigerian Lagerと言うこともあるが,状況によっ
ては失礼になるので使わない方がよい。
4. エロはペンより強し.
イギリスのタブロイ’ド判の大乗紅の中でもとくに7’he StZn, Th〆岳曜,
Dδみ一引売俘or,・1胞廊αf the VVorlaは犯罪や王室や有名人のゴシップ,暴
露もの,・ヌコド写真などを掲載し,熾烈な読者獲得競争を繰りひろげているこ
とでつとに有名だ。その中でもヌード写真を売り物にし,発行部数が一躍トッ
プに踊りでだのが5珈である。’Sunは1964年の創刊だが,いわゆるpage three
gir1(第3面に掲載されるピンナップ・ガール)を登場させ,発行部数も400万
部以上になり,1984年にはそれまでトッフ゜の座にあったDαf砂LMirrorを抜
いたのである。何んのことはない新聞の第3爬一ジ目に上半身丸裸の女性の写
真を掲載しただけなめだ。第3ページ目に登場するので,こういうモデルは
page ’ 狽?窒??@gir1という名がつ駆たのであ’る。ただ単にpage threeと言っても
よいしpage three birdでもよい。 page threeと言っただけですべてのイギ
リス人にピーンとくるくらいpage three girLは「有名」なのだ。
、.ところが現在,.伝統と格式を重んじる紳士の国(?),イギリスの新聞業界
:(とくにタブロイド版大衆紙)一に異変が起きている。文字通りタブロイド戦争
といってよい。:それはiStar“ ?ェ毎日バストが100センチ以上もある15歳にな
る女性ヌード写真を掲載じはじめたのだ。・その結果,わずか3週間で発行部数
が7万部も増えたという層。これは前代未聞の「記録」であろう。
これまでの、Star’紙の発行部数はSun, Daily Mirrorと続き,第3番目で
あつた。Sun紙と同じく,毎日ヌー一一ド写真を掲載しているのだが,3ページ
目ではなく,7ぺ・一ジ目であり,’しかもモデルの.ことを独自にStar Birdあ
るいはStarbirdと呼んでいた。
航15歳の女性のヌード写真を掲載することにより発行部数を増やそうとする
一120一
Star紙の狙いはずばりあたったわけだが,センセーショナルな問題も付随し
て起きてきている。あまりのひどさに大手スポンサーが撤退を宣言し,7名の
社員が編集方針に抗議して会社をやめてしまうし,警察当局には2週間にわた’
って事情聴取を受けるという始末である。
発行部数を伸ばすのにヌード写真を掲載するという発案の背後にはpage
threeになる希望者がひけもぎらないということもある。 page three.になる
ことが芸能界への近道ということもあって,家庭によっては娘がpage three
になることをけしかけているところさえあるのだ。
1986年の6月のことであった。イギリスの.pational・heroとも言えるクリケ
ットの名選手・lan Bothamが麻薬を用いているということで,一切の国内試合
を禁止された。ところが,これに抗議してクリケットの試合中に22歳の素裸の
女性がグラ.ンドに飛び出したのだ。streakerである。.しかし,彼女の本当の
狙いは別のとこ、ろ}ζあった。.lan Bothamを擁護するためではなv》。 page
thrge gi.rl.になり.たいためにあえて, streakingという挙にでたのである。警
察に保護された後の彼女の告白に耳を傾けてみよう。“Ihave alWqys wanted
tg be o取e of The・’Sun’s Page T翠ree girls apd I thought doing this. might
翠aak¢my dream cQme true.”(Sun, June 7,1986)Page three girlになる
ことが,彼女にとって長年の夢であったのだ。、
.page three girlとして名が売れればそれはも.う立派なスターだ6彼女が行
きつくところpage three fanやpage three buffが群がる。いずれもpage
three gir1の熱狂的なファンのことだ。有名なpage three girl, Sam Foxの
場合を取り上げてみよう。 ’ 一’
.:Page Three girl Sam Fox had to be whisked off by helicopter when
4,000fans went甲ild yesterday。 Several children were.crushed and others
f母垣ted as,admirers mobbed sexy Sam at・the opening of a car show room
≒nBasing鼻toke, Hants.
Anxious mipders smuggled§am out to a waiting h¢licopter as fans ripr
ped their way into a marquee』and climbed,onto car bonnβts.(Sun, June
−121 一
2, 1986),
労働党の議員,Short、女史はpage three girlも the obscene publications
laws(ポルノ出版規制法)の中に組み入れるべく議会内で働きかけているのだ
がまだその成果が表われていない。page three girlの規制をめぐって議会内
では賛否両論があるものの,とにかく新聞の発行部数で見る限りStar紙の例
に見られる如く,「エロはペンよりも強し」なのである。
5・ ロンドンの警告板
一英語教師としてあちこち旅行して歩くと掲示や警告版を読むのも楽しみの
一つである。時には掲示をした当事者の思わくなどを考え.る余裕などはまった
くなく,うまい表現に思わず一人“感動”してしまうことさえある。
ロンドシには多種多様な警告版があるが,いちばん気になったのが泥棒に関
する警告版である。ロンドンの裏道の歴史をちょっとひもとくならば,泥棒や
窃盗に関する警告版など別に驚く1にあたらないのだが,’場所が場所だけに古本
屋や大学構内め警告版が今回とくに目についた。十数年前,ロンドンを訪れた
ときには,カバンを持ったままどこの古本屋でも自由た入いれたのだが,今で
な不可能だ。必ずと言らていいほど,’カウンターのところにPlease hand in
all bags at. the counter.という貼り紙がしてあり,その下にはThieves will
be pros6cutedとか, We always pr6secute shopliftersと書いてある。これに
さからう者は誰もいない。皆すなおにカバンをカヴンタ」の’ところに預けもく
もくと目あての本を探している。
泥棒にとって大学構内は最も「仕事」をしやすい場所らしい。ロンドン大学
本部の入口}こはW・・ni・g乏してW・lk i・thieve・are・’・t・w・・k, Keep y。。,
valuables with you at all.と書いてあったし,同大学に所属するアジア・ア
フリカ研究所の受付けにはDo not leave your bag, any valuables unatten.
ded. Walk in thieves are active in this collegeという警告版が出ていた。同
じ大学構内でありながら泥棒に関する警告の表現め仕方が微妙に違うわけだ。
ショックだったのはSoho Squareの教会でArticles of▽alue should not
一122 一
be left on seats whilst receiving holy communionというWarningを見い
出だしたときである。このWarningを見た瞬間,まさか教会内まではと思っ
たものだが,考えて見れば日本でもさい銭泥棒や香典泥棒カミ現に存在するし,
とりたてて驚くに値いしないのかも知れない。
大学構内のWarningにしても,日本の大学の講師控室でも近頃では「盗難
に注意」の貼り紙をしているところもあるからこういった一連のWarningを
根拠にロンドンの治安の悪さを嘆くのは当たらないのかも知れない。
ロンドンの英語学校Oxford House Collegeの学生控室にはPlease never
leave your bags, money・r other belongings unattended・Take care of them
ALWAYS.というのがあったが, neverの下に下線を入れ,更にalwaysを
大文字で書くことにより,Warningを強調しているのが印象的であった。
こういった一連のWarningを見る限り,やはりロンドンもニューヨークや
パリにつぐ「泥棒天国」なのかとも思うのだが,犯罪の増加が東京も含めて世
界の大都市の共通した現象であることもまた事実である。.
Buskerやstreet musicianはとくにロンドンの夏の風物詩をいうどる欠か
せぬ存在だが,地下鉄構内で演奏することは違法である。だが実際には,Bu−
skers and street musicians are not allowed to perform in this station. Ma−
ximum伽e£50と書いてあるWarningの真ん前で堂々と演奏しているのが
現実だ。僅か一年間のロンドン滞在であったが,筆者はbuskerが罰金を取ら
れたという話を聞いたこともないし,警官といざこざをおこしている現場を目
撃iしたこともない。buskerの数は相当いるにもかかわらずである。やはりイ
ギリス社会にも建前と本音があるらしい。建前上は違法なのだが,実際には黙
認されているわけだ。地下鉄や街頭でさまざまな音楽を聴かせる「街の音楽
家」’は市民や観光客を楽しませてくれるロンドン風物詩の一つなのである。当
局もそのことをよく知っているのであろう。さすがlunch time concertさえ
ある音楽を愛するお国柄とも言うべきか。それとも「罰金を科す」という掲示
をしておきながら,実際に取り締まらないのは,あとは本人の判断にまかせる
という大人の感覚とも言うべきか。
一 123 一
彼等の収入はいざ知らず,buskerやstreet musician ,になることが結構魅
力のある商売らしい。あるbuskerいわく,・「コンサートホールの観客は批評
するばかりで,楽しんでいない。地下鉄のお客は心から喜んでくれる」と。教
え子との10ve affairがきっかけになったとは言うものの音楽の教師をやめて
あえてstreet buskerの道を選んだ者もいる。’“A school music teacher, who
quit his job after・an alleged・romance with a・pupil, is now a street busker.”
(Sun, June 2, 1986).
しかし,、buskerやstreet musician『の取り扱いに関してはロンドンよりもニ
ュ白ヨークの方が一歩進んでいると言わざるを得ない。それはWa・rningや黙
認どころか,、buskerやstreet Musicianの質を高めようと地下鉄の元締であ
るマンハッタン交通局が構内演奏を公に認める「公認の音楽家」の選定にのり
だしたのだ。すでにそのためのオ=ディションが行なわれ,「これに「合格」し
た者は二十ヵ所の地下鉄構内で樹由に演奏できるという。応募者が選択した曲
目はモーツアルトなどの古典からジャズらブルー冬まで。もちろん当局側が「公
演料」を払うわけではない。音楽を聴いて不愉快になる者はいない。音楽は不
思議と人の心を和ませる。音楽こそはまぎれもなyqnternatignal lapguageな
のだ。今回の交通局の英断にニューヨ、一ク市民は拍手喝采である・とVlう。・Pン
ドンも遠からずニューヨナクのようになるのではあうまいか。
6.地下鉄内の掲示
地下鉄内の掲示で興味深く思ったのは,高齢者や身体の不自由な人に対する
優先席のことである。日本で言うところのシルバーシート。silvgr seatはも
ちろん和製英語である。シル容一シートに関する言い方にもいろいろある。も
bとも広く使われているのが,Please give dP this seat if an elderly or han・
dicapPed「person need it.という言い方である。 hadicapPedの腕曲語法di・
sableを使い∫Please offer this seat to an elderly or disabled passenger.と
いう言い、方をする場合もある。更に詳しくしかも遠まわしにDon’t .wait to be
asked・Please be ready to give up your seat to someone who may』need;it
−124 一
も コ バ ロ
皿ore than・you.’という言い方をする場合もあるが,この例は少ない。 elderly
やhadicappedという表現を一切使わずwho㎡欝nbed it㎡ore’than yoU差
いう言い方が何とも心憎い。
シルバーシートと言えば日本ではその利用の仕方をめぐって新聞の投書欄な
どで議論の的になることがたまにある。その多くはシルバーシートを若者や子
供が占領してけしからぬというわけだ。若者・と高齢者の間でちょっとした「論
争」が始まることもある。その点ロンドンの地下鉄のシルバーシートはsenior
citizen°やdisabled personにより静かに利用されているようである。
最後に子供連ttの入や重U’i荷物をかかえている乗客ぺの気]くばりの掲示を一
つ紹介U・でおこう吃一Certain sOat on buse6 and Unde士ground tfains afe nb脚
being designated for the elderly, the dis会bled and infirm, and for those
carrying c血ildren or heavy shopPing。 If you are occupying one of these
seats and see sonieone who is less able to stand than』
凾盾普@are, please do
no董wait to be’asked−give up your seatiこういうのは何ともほほえましい
掲示なのである!が;日本の地下鉄にはないPlease don・t put feet 6n seats.と
いうのもある。don’tの部分だけを消してPlease put feet on seatsどして己
まったイタズラを一度だけ見かけ’ ス。若いカップルが靴をはいたまま足を座席
のうえにのせてすわって硲る光景も何度か見た。’かと思うと子供が靴をほいた
まま座席の王に立どうとじヤ舟親に叱ら泥ている、ところにも出くわしたことも
ある:。’こうい’う光景は古今東西変わらずだ。
地下鉄の駅での面白い掲示と言えば自転車に関してだ。日本でも駅前広場の
自転車の放置は大問題だ。とくに地価高騰によリマイホームは遠くなるばかり
で新興住宅地のある駅前広場はひどく「自転車公害」という言葉さえあるくら
いである。筆者の住む八王子駅前は自転車のために歩道が完全に占拠されてい
る6ところがロンドンの郊外と言えば事情がガラリと変わる。中心街から僅か
地下鉄に30分乗っただけでそこは緑広がる典型的な住宅地だ。東京のように駅
前からすぐに商店街が続くということもなければ,歩道が自転車によって占拠
されているということはもちろんない。筆者が噌時利用していたNorthern
・−125一
IineのWoodside Park駅のプラットホームでBicycles may.be left here free
of charge, but at Owロer’s risk.という掲示を見たと,きには思わずニヤリとし
た。自転車を置いていいのは駅前広場なのではない。プラットホームの上であ
る! .この種の掲示で日本語と英語を比較して面白いと思うのは,日本語のそ
れは禁止的色彩が強いのに対し,英語のそれは,禁止しないが,後で起こった
事故の責任は自分で取れということである。大げさに聞こえるか$知れない
が,こういう掲示こそが個人主義の国の象徴といえるかも知れない。すべてを
個人の責任と判断に任せるわけだ。この種のものとしてはチャリング・クロス
駅前の広場にもUsers of this ear Park do so at their own risk. T血e mana’
gement will not accept responsibility for damage, acqdent or IOSs, という
掲示があった。ρttheir own risk という言い方にイギリス人の個人主義のす
べてが言い表わされている気が.してなら.ない。
,.地下鉄のエスカレーターもれっきとしたロンドン名物の一つだ。第二次大戦
中,防空壕の役目を果たしていただけあって,ロンドンの地下鉄は地下深く走
り,その結果エスカレーターも長くなる。急ぐ人のためにPlease.stand OP
the right.という掲示はあまりにも有名だ。たしかに合理的なやり方だ。とこ
ろがあれだけエスカレーターが長くなると子供はすぐに遊びを考える。何しろ
子供には,すべてのものをすぐに遊びの道具と化す天性が備わっているのだか
ら。思わぬ事故を防ぐべくChildren must stand clear of the ・sides and hold
①nto the handraiL They must not be allowed to play on the escalators.
というWarningが出されていた。
7. ダイアナ・フィーバー
1986年ダイアナ妃がはじめて日本を訪れたとき,日本全体がダイアナ・フィ
ーバーに陥ったそうだが,イギリスの新聞を見ている限り毎日がダイアナ・ブ
ィーバーだ。とくにタブロイド版の大衆紙にはダイアナ妃の写真がのらない日
はないと言っていいくらいだ。ロンドンで会った日本人の女子留学生はスキャ
ンダラスな王室の扱い方だけでイギリスの新聞は嫌いだと言っていたが,私も
一126一
彼女の気持ちがわからないわけではない。とにかくすべてがオーバーなのだ。
毎日毎日デカデカとした写真入りのスキャンダラスな記事を読んでいるといさ
さか食傷気味になる。日本の新聞の皇室の扱い方とはまるで違うのだ。いずれ
イギリスの新聞と王室,日本の新聞と皇室との比較研究をじっくりやらなけれ
ばならぬξそう思わざるを得ないほどイギリスの新聞の王室の扱い方はひどす
ぎる。だから逆に王室が新聞を批判することもある。
さて大衆紙がダイアナ妃を表わすのに好んで用いるのにDiがある。心から
の愛情をここめてか,それとも親しみ(?)をこめてか,とにかくDiという
文字が大衆紙にのらない日はない。たとえば,DIET・MAD Di meets a man
with a mountain・size appetiteという具合である。これはダイアナ妃が日本
を訪れたとき,小錦関に合ったときのSun(May 12,1986)の記事だ。やせ
細ったダイアナ妃を表わす形容詞として最も頻繁に使われるのがpencil−slim
という表現である。これも例を挙げておこう。
And the first thing the pencil−slim Princess asked yesterday was__
“How did you get THAT big!”(Sun, May 12,1968)Sarah, who is 5ft・
8ins. and nearly 10st., knows she will be compared with her f)encil・∫♂翻
future sister・in・law Prncess Diana on the big day.(Sunday Mir7−or, May
25,1986)このほかにSlimmer Diもよく用いられる表現だ。
8. む す び
考えれば考えるほどイギリスという国は不思議な国である。表面からだけで
は決してうかがい知ることのできぬ何かがある。簡単な言葉では言い表わすこ
とのできない不思議な魅力がある。伝統や歴史の重みなどと言ってしまえばあ
りふれた表現だ。イギリスの社会には時代を超えて生き続けている何かがあ
る。新しいものと古いものとが適度に混合し,そのことが妙に人の心を落ち着
かせる。保守性と前衛性と言ってしまえばあまりにも意味が限定される。何か
を言い表わしているようで実は何も言い表わしていないという気がしてならな
い。
−127 一
昨年イギリスに滞在していたときに私はしきりにイギリスの魅力について考
えていた。いや考えていたというよりは,とくにロンドンの街を散歩している
と,妙に心が落ちついてくるのを感じざるを得なかった。私のイギリス人の友
人はロンドンを評して「世界の大都市の中で最も魅力のある都市である」と言
っていたがあながち誇張とも思えない。例のDr, Johnsonの言葉“When a
man is tired of London, he is ti.red of life;for there is in London all
that life・can affQrd”は今でも真実なのだ。この言葉の背後には深遠なる意味
が隠されているのだ。.
(January 12,1988).
一128 一
Fly UP