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氏 名 :門田 慧奈 論 文 名 :The Arabidopsis Tetraploid Ecotype
(様式3) 氏 名 :門田 慧奈 論 文 名 :The Arabidopsis Tetraploid Ecotype, Mechtshausen, Overcomes the Handicap of Stomatal Opening That Is Typical for Tetraploid Plants and Achieves a High Gas Exchange Capacity (天然の 4 倍体シロイヌナズナである Mechtshausen は、一般的な 4 倍体 植物が抱えている気孔開口のハンディキャップを乗り越えて高いガス交 換効率を示す) 区 分 :甲 論 文 内 容 の 要 旨 高等植物の表皮に存在する気孔は体内と外部環境とをつなぐ通路として蒸散や酸素と二酸化炭素 (CO 2)のガス交換において重要な役割を果たしている。各々の植物が潜在的に保有しているガス 交換能力の最大値は、主に気孔のサイズと密度によって決まる。一般的に気孔密度とサイズとの間 には負の相関があり、葉面積当たりの気孔開口部面積の総和が一定であるとき、気孔密度が高くサ イズが小さいほどガス交換能力が高くなる。これは、気孔サイズが増大するほど気体が気孔内部を 通過するときの距離(気孔深度)が増加するために、空気抵抗が大きくなることに起因する。しか し、気孔開口部面積の総和が乱れるような極端な気孔サイズ(あるいは密度)の増加が起こったと き、植物のガス交換能力がどうなるのかについての知見はこれまでに得られていない。 モデル植物であるシロイヌナズナは北半球を中心に世界中に分布しており、それぞれの棲息地環 境に適応して多様な形質を獲得している。シロイヌナズナにはこのようなDNAレベルで分化した多 数の型(エコタイプ)が1,000系統以上報告されているが、本研究ではこのうち374系統のCO 2に対す る気孔応答性を、葉面温度変化を指標にして網羅的に解析する中で、Mechtshausen(Me-0)という 系統においてCO 2に対する葉面温度変化が低くなっていることを見いだした。Me-0エコタイプの CO 2応答性低下の原因を突き止めるため、Me-0の表皮を観察したところ、Me-0はシロイヌナズナの 標準系統であるColumbia(Col)と比較して、約1.9倍もの気孔面積を有しているが気孔密度は約60% まで低下していることが分かった。そこで本研究では、自然界に生息する植物において気孔の巨大 化がガス交換能力にどのような影響を与えるかを考察するために、Me-0の気孔巨大化の原因とガス 交換能力について調査した。 一般に知られている細胞サイズ拡大を引き起こす原因の一つに、倍数性の上昇がある。Me-0の気 孔サイズおよび密度を、2倍体であるCol系統をX線処理することで人為的に作製されたCol 4倍体系 統と比較したところ、両者は極めてよく似た表現型を示した。そこでMe-0の孔辺細胞内の核を蛍光 顕微鏡およびフローサイトメトリーを用いて調べた結果、Me-0では2倍体Colのほぼ2倍かつ4倍体 Colとほぼ同じ核サイズ及びDNA量を有することが分かった。このことから、Me-0の気孔が巨大化 している原因は倍数性の上昇であることが分かった。 次に、気孔コンダクタンスを指標にしてMe-0のガス交換能力をColの2倍体及び4倍体系統と比較 した。まず、気孔のサイズと密度から算出できる、推測上の気孔コンダクタンス最大値(anatomical g smax)を比較したところ、Me-0および4倍体Colでは共に葉面積当たりの気孔面積の総和が2倍体Col に比べて上昇しており、結果として両者は2倍体Colの1.3〜1.4倍ものanatomical g smaxを有することが 分かった。しかし、CO 2および明暗応答に対する実際の気孔コンダクタンス変化を測定したところ、 Me-0は、2倍体・4倍体のColよりも高いコンダクタンスを示す一方で、4倍体Colでは、Me-0のよう な気孔コンダクタンスの上昇は見られなかった。このMe-0と4倍体Colの気孔コンダクタンスの差は、 各々の気孔開口能力にある可能性が考えられた。そこでCO 2、湿度、明暗の3種類の環境シグナルに 対する気孔開度変化をそれぞれ調査したところ、Me-0は2倍体Colには劣るものの、4倍体Colよりも 高い気孔開口能力を有していることが分かった。一方で4倍体Colでは気孔が閉じ気味の傾向が見ら れた。この気孔開口能力の差の原因を推測するため、気孔閉鎖を誘導するアブシジン酸(ABA)に 対する応答性を調べたところ、4倍体Colは2倍体ColおよびMe-0に比べてABA感受性が高いことが分 かった。さらに、Me-0と4倍体Colの孔辺細胞間における遺伝子発現レベルの違いを、マイクロアレ イを用いて網羅的に解析した結果、4倍体ColはMe-0に比べて、ABA応答と関わりの深い、「防御応 答に関する遺伝子群」の発現レベルが高いことが分かった。また両者の間では「細胞壁の緩みに関 わる遺伝子群」の発現レベルが大きく変動していた。孔辺細胞の細胞壁の固さや緩みは気孔開閉の しやすさに直結するため、Me-0と4倍体Colでは孔辺細胞の構造的な面からも気孔開閉能力に差が出 ている可能性が示唆された。倍数性上昇によるABA応答関連・細胞壁関連遺伝子の発現変動、およ び気孔コンダクタンスの減少は他のシロイヌナズナエコタイプ(あるいは他植物種)での報告例も あることから、シロイヌナズナにおいて倍数性の上昇は遺伝子レベルで気孔閉鎖誘導を引き起こす 可能性がある。しかしMe-0ではこのような倍数性上昇による気孔開口能力の減少が抑えられており、 気孔サイズの拡大がもたらす潜在的ガス交換能力の向上を、十分に活かすことができることが分か った。以上のことから、本研究によって高等植物の4倍体は、潜在的には高いガス交換能力を持つが、 実際にガス交換効率を上昇させるには、巨大気孔を開かせるための高い気孔開口能力が必要である ことが分かった。本研究は巨大気孔がガス交換能を向上させることができるかという疑問に対し重 要な知見を提示している。