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εi - 富田 康生
ナノコンポジットマテリアルの光学と応用
Optics of nanocomposite materials and applications
富田康生
Yasuo Tomita
電気通信大学大学院 情報理工学研究科 先進理工学専攻
Department of Engineering Science, University of Electro-Communications
E-mail: [email protected]
We describe two well-known nanocomposite material structures and their effective dielectric
constants. We also explain holographic assembly of nanoparticles in a photopolymerizable
nanoparticle-polymer composite film and show several applications such as holographic data
storage, nonlinear optics and neutron optics.
1.はじめに ナノコンポジットマテリアル(NCM)はナノメ
ートルサイズのゲストナノ材料をホストマトリッ
クスに分散させた人工材料であり、そのマクロな光
学的、機械的、熱的、電気的な諸特性が構成成分の
バルクの特性に比べて大幅に改善出来るとともに、
バルク材料にはない新奇な特性を得ることも可能
となる[1, 2]。さらに、ホスト材料として光重合性モ
ノマー(フォトポリマー)を用いて無機あるいは有
機ナノ微粒子を高濃度に分散した光重合性ナノ微
粒子— ポリマーコンポジット (NPC) [3]は、ホログ
ラフィック光重合により光学的に透明なポリマー
中でのナノ微粒子アセンブリー[4]が可能であり、多
次元フォトニック格子構造を純光学的に単一ステ
ップで実現できる特徴があるため新しい NCM とし
て注目されている。本論文では、NCM の光学的特
性について簡単に述べた後に、光重合性 NPC の諸
特性とフォトニクスや中性子光学への応用につい
て紹介する。
2.ナノコンポジットマテリアルの光学 所望の光学的特性を NCM により実現するために
は、NPC に含まれる各構成成分の物性定数と NCM
の実効的物性定数との関係を明らかにする必要が
ある。そこで、ホスト材料中にランダムに分散され
ているゲスト材料の大きさと相互間距離が光の波
長に比べ十分小さい場合には NCM の実効誘電率
εeff(あるいは実効屈折率 neff)を理論的に得ること
が出来る。このスケールに関する条件は負の屈折率
が実現出来るメタマテリアルの成立条件と同じで
あるが、メタマテリアルではさらに人工的構造を有
する「ゲスト材料」が周期的に配列される点が NCM
とは異なる。また、フォトニック結晶が干渉や回折
現象を利用するために波長オーダーの周期的構造
を持つこととも NCM とは異なる。
NCM の具体的な構造に係わらずそのεeff の限界
値と構成成分の誘電率との関係は、構成成分が無損
失である場合にはウィーナー限界[5]として古くか
ら知られていて次式で与えられる。
−1
N
!N
$
## ∑ f iεi−1 && ≤ εeff ≤ ∑ f iεi ,
" i=1
%
i=1
(1)
ここで、fi(εi)は i 番目の構成成分の体積分率(誘電
率)、N は構成成分の総数である。この式によりεeff
がどの範囲に位置するかは分かるが、その具体的な
値を得ることは出来ない。
そこで、次にεeff の解析解を与える代表的な2つ
の幾何的構造を持つ NCM について考える。Fig. 1(a)
にホストマトリックス中に光波長よりも十分に小
さな球形ゲストナノ材料が波長よりも短い相互間
距離でランダムに分散されている幾何学的構造
(Maxwell-Garnett 構造)の NCM を示す。ミクロな
分極と局所場を考慮するとこの NCM のεeff は次式
で与えられる [6, 7]。
εeff − ε h
εeff + 2ε h
= fg
ε g − εh
ε g + 2ε h
,
(2)
ここで、εh(εg)はホスト(ゲストナノ)材料の誘電率、
fg はゲスト材料の体積分率で1より十分小さいと仮
定している。式(2)から、ゲストナノ材料が金属で
その誘電率実部がある波長域で負となる場合には、
右辺分母の実部が0になり NCMが共鳴状態となる。
これは局在表面プラズモン共鳴と呼ばれ、NCM の
吸収スペクトルはゲストナノ材料のそれから大き
く変化する。この例としてガラスに金属微粒子が分
散されたステンドガラスが呈する色彩がある。
Fig. 1(b)に Bruggeman 構造を示す。この構造は2
つの物質が互いにランダムに組み合わさって分布
しているのが特徴で、Maxwell-Garnett 構造とは異な
り系を対称に扱うことができる。詳細は省くが、こ
h
g
(a)
1
2
(b)
Fig. 1. (a) Maxwell-Garnett structure. (b) Bruggeman
structure.
応用物理学会分科会 日本光学会 第37回光学シンポジウム
の構造を持つ NCM のεeff は次式で与えられる[6, 7]。
f1
ε1 − εeff
ε1 + 2εeff
+ f2
ε 2 − εeff
ε 2 + 2εeff
= 0,
(3)
ここで、εi (fi)は i 番目の構成成分の誘電率(体積分
率)である。式(3)は構成される2つの成分に対して
対称なので、各成分の体積分率に制限はない。この
構造の具体例としては、空孔構造を持つ Vycor ガラ
ス(コーニング社)があり、除湿フィルター、空孔
部分に有機物質を浸透させた色ガラスやフォトポ
リマーを浸透させたホログラフィック記録材料な
どがあり、高い温度安定性の利点がある。
3.光重合性ナノ微粒子 — ポリマーコンポジット 3− 1.ホログラフィックアセンブリーの原理 光重合性 NPC は重合前では Maxwell-Garnett 構造
を有するが、空間的に不均質な光重合によるホログ
ラフィックアセンブリーでその構造を変えること
ができる。この手法はホログラフィック光重合に伴
う構成物質の化学ポテンシャルの空間的変化を利
用してモノマーとナノ微粒子を相互拡散させ、光強
度の空間分布に対応して光重合後のポリマー中で
ナノ微粒子密度の空間分布を形成するものである。
その原理を Fig. 2 に示す。光重合性モノマー中に一
様に分散されたナノ微粒子を含む光重合性 NPC に
二光束干渉露光を行うと[Fig. 2(a)]、光強度分布の明
部でモノマーが光重合反応を起こしポリマー化す
るためにモノマーが減少しモノマーの化学ポテン
シャルが減少して光強度分布暗部から明部へモノ
マーは拡散する。一方、ナノ微粒子は光感度を持た
ないためにモノマーの光重合に伴い光強度分布の
明部で化学ポテンシャルが増加する。その結果、ナ
ノ微粒子は光強度分布の明部から暗部へ拡散する
[Fig. 1(b)]。このモノマーとナノ微粒子の相互拡散過
程により、光重合後においてポリマー中でナノ微粒
子のホログラフィックアセンブリーが実現出来る。
そこで、ポリマーとの屈折率差の大きなナノ微粒子
を用いることで、一次元あるいは多次元のフォトニ
ック格子構造を単一ステップで cm オーダーの大面
積領域で形成出来る。Fig. 1(c)と Fig. 1(d)に SiO2 ナ
(a)
monomer
nanoparticle
(b)
recording
beams
(c)
(d)
Fig. 2. (a) Photopolymerizable monomer uniformly
dispersed with nanoparticles. (b) Mutual diffusion of
monomer and nanoparticles under holographic
exposure, resulting in holographic assembly of
nanoparticles in polymer. (c) Density distribution of
silica nanoparticles. (d) Density distribution of
formed polymer [4].
ノ微粒子をアクリルモノマーへ一様分散した光重
合性 NPC への二光束干渉露光で形成された SiO2 ナ
ノ微粒子と重合ポリマーの密度分布を表す電子ビ
ームマイクロアナライザー像を示す [4]。ナノ微粒
子のホログラフィックアセンブリーによりナノ微
粒子密度分布とポリマー密度分布とが違いに逆位
相で形成されていることがわかる。
3− 2.応用例
a. ホログラフィックデータ記録 前述のように光重合性 NPC では光重合後のポリ
マーとの屈折率差が大きなナノ微粒子を用いるこ
とで高屈折率変調の体積ホログラムを得ることが
出来る。加えて、ナノ微粒子分散により記録された
ホログラムの体積収縮の低減化や耐環境性(例えば、
温度特性)の改善も同時に可能になる。これらの利
点を活かして、ホログラフィックデータ記録システ
ム用記録メディアとして従来から検討されている
有機フォトポリマーの性能を凌ぐ記録メディアの
実現を目標に研究開発が行われている。
ラジカル連鎖重合反応を有するアクリル系モノ
マーに TiO2 ナノ微粒子を分散した光重合性 NPC[8]
による体積ホログラフィック記録の実証以来、無機
(SiO2 [9]、ZrO2 [10])・有機ナノ微粒子(ハイパー
ブランチポリマー [11])をアクリル系モノマーへ分
散した種々の光重合性 NPC の体積ホログラフィッ
ク記録特性が報告され、得られた屈折率変調Δn と
材料記録感度 S はホログラフィックデータ記録メ
ディアの要求値(Δn > 0.005、S > 500 cm/J)[12, 13]
を十分満たすことが示されている。しかし、使用さ
れているアクリル系モノマーのゲル化点は重合初
期に生じるために、ナノ微粒子分散による重合収縮
率の低減化は実現しているものの、ホログラフィッ
クデータ記録用メディアの要求値(< 0.5%)を満足
するには至っていなかった。そこで、ゲル化点が重
合後期に生じる逐次重合反応を有するチオール・エ
ンモノマーを用いることでΔn と S はアクリル系モ
ノマーを用いた場合と同等の値に保持したまま重
合収縮の大幅な低減化が実現された [14]。以下に、
この2級2官能チオールモノマーと3官能エンモ
ノマーを定比組成で混合したチオール・エンモノマ
ーへ SiO2 ナノ微粒子を分散した光重合性 NPC のホ
ログラフィック記録特性について紹介する。
Fig. 3 にΔn 飽和値の SiO2 ナノ微粒子分散濃度依
存性を示す。分散濃度が 20 vol.%でΔn の最大値 0.01
が得られている。Δn に分散濃度依存性が生じるの
は、ナノ微粒子の分散濃度増加による屈折率差の増
加と相互拡散の減少が競合するためである。Fig. 4
に重合収縮率の SiO2 ナノ微粒子分散濃度依存性を
示す。チオール・エンモノマーの使用により重合収
縮率がアクリルモノマーのそれ(図中の□)に比べ
て1桁近く低減されることがわかる。さらに、分散
濃度増加により重合収縮率は低減し、最大のΔn を
与える分散濃度 25 vol.%でホログラフィックデー
応用物理学会分科会 日本光学会 第37回光学シンポジウム
当たり 10 枚の多重度で総計 265 枚を記録した時の
前半部から後半部の再生画像 [15]を示す。記録した
データページのほとんどでシンボルエラーレート
が 0.001 程度、信号雑音比が2程度の良好な再生画
像が得られている。
Δn (×10 )
10
−3
8
sat
6
4
2
0
0
10
20
30
Concentration (vol.%)
40
Fig. 3. Saturated refractive index modulation Δnsat
versus concentration of SiO2 nanoparticles [14].
(a)
Shrinkage (%)
10
Fig. 6. Reconstructed 2D digital data page images of
(a) the 21st and (b) the 241st data page holograms in
recording order [15].
1
0.1
0
10
20
30
Concentration (vol.%)
40
Fig. 4. Polymerization shrinkage versus concentration
of SiO2 nanoparticles dispersed in thiol-ene (●) and
(meth)acrylate (□) monomers [14].
タ記録メディアの要求値(< 0.5%)程度まで重合収縮
率が低減出来ることがわかる。この結果はチオー
ル・エンモノマーのゲル化点がアクリルモノマーの
それよりも重合後期に生じるという観則事実[14]か
ら説明できる。Fig. 4 に 25 ºC で記録した平面ホロ
グラムの温度変化による膜厚変化を記録時の重合
収縮率を考慮して測定した結果を示す。温度変化は
ゲル化点が早期に生じ架橋密度が高いアクリルモ
ノマーのそれ(図中の□)に比べて大きいが、約
25 ºC から 55 ºC の温度範囲内でホログラフィック
データ記録メディアの要求値を満たすことがわか
る。Fig. 6 にチオール・エンモノマーを用いた光重
合性 NPC にシフト多重記録により 2:4 変調デジタ
ルページデータ(3600 シンボル)をビームスポット
4
Thickness change (%)
(b)
b. 非線形光学 NCM では局所場効果による内部光電場の増強に
よりバルク材料にくらべて非線形光学効果の増大
が期待できる。加えて、ナノ微粒子として半導体ナ
ノ結晶(量子ドット)を用いたときの量子サイズ効
果によっても非線形光学効果の増大が期待出来る。
これまでに、CdSe、CdS、CdTe、GaAs、PbS など
の半導体ナノ結晶を有機溶剤、ガラス、ポリマーな
どのマトリックスへ分散した材料の非線形光学効
果の研究が数多く報告されている [16]。これらの報
告は全てナノ結晶が透明なマトリックスに一様に
分散されたものであり、媒質のマクロな光非線形性
は空間的に一様である。それに対して、光重合性
NPC では大きな非線形光学効果を持つ半導体ナノ
結晶分布をホログラフィックナノ微粒子アセンブ
リーにより空間的に配列させることで非線形フォ
トニック格子構造をホログラフィックに単一ステ
ップで形成出来る [17]。
Fig. 6 に半導体 CdSe ナノ結晶をイオン液体モノ
マーに分散した光重合性 NPC を用いて Bragg 格子
を形成した時のΔn の CdSe ナノ結晶分散濃度依存性
を示す[18]。CdSe ナノ結晶と重合ポリマーとの大き
3
2
1
0
-1
-2
-3
-4
20
25
30
35
40
45
o
50
55
60
Temperature ( C)
Fig. 5. Thickness change of a hologram recorded at
25 ºC versus concentration of SiO2 nanoparticles
dispersed in thiol-ene (●) and (meth)acrylate (□)
monomers [14]. The yellowish band corresponds to
a criterion for thickness change (< 0.5%).
Fig. 6. Saturated refractive index modulation Δn
versus concentration of semiconductor CdSe
nanocrystals [18].
応用物理学会分科会 日本光学会 第37回光学シンポジウム
な屈折率差により 0.35 vol.%程度の分散濃度でも
0.005 程度の大きなΔn が得られることが分かる。
Fig. 7 に一様露光した光重合性 NPC を用いた波長
532nm のピコ秒レーザによる縮退多光波混合での
透過ビームパターンを示す [19]。フィルム中で生じ
る高次非線形光学効果により自己回折が生じて、3
次に加えて5次の非線形光学効果も生じる。
Fig. 7. Transmitted and self-diffracted beam patterns
through a semiconductor CdSe nanocrystal-polymer
nanocomposite film at 532 nm [19].
c. 中性子光学 中性子ビーム技術は波動性と粒子性を示す量子
ビームとして基礎科学研究、医療、生命科学、産業
などの広い分野への応用が期待されているが、原子
炉や加速器施設で発生出来る中性子ビームの輝度
はレーザーなどの電磁ビームに比べ桁違いに低く、
ビームエネルギー利用効率の向上により実効的に
ビーム輝度の増強と同じ能力を得ることが望まれ
ている。また、中性子干渉計では長さ 10 cm 程度の
シリコン完全結晶ウェハーを高精度に切り出して
マッハツェンダー型干渉計を構成し、シリコン単結
晶からの Bragg 回折により熱中性子ビームの分岐
や偏向を行っている。この中性子干渉計では中性子
ビームの波長および相互作用距離が長いほど測定
感度は増大するが[20]、単結晶の格子定数の2倍を
超える長波長の中性子(冷中性子)ビームには使用
できないなどの問題があった。 そこで我々は、SiO2 の中性子に対するコヒーレン
ト弾性散乱長の値が比較的大きいことに着目して、
SiO2 ナノ微粒子分散による光重合性 NPC を用いて
SiO2 ナノ微粒子分布を周期的に配列した Bragg 格子
をホログラフィック中性子光学素子として使用す
ることで、冷中性子ビームも含めた中性子ビームの
高利用効率化や中性子干渉計での中性子ビーム制
御を検討している。Fig.8 に波長 2 nm の冷中性子ビ
ームの SiO2 ナノ微粒子を用いた光重合性 NPC で作
成したホログラムからの回折効率の入射角依存性
を示す[21]。回折効率が 50%となるハーフミラー動
作が可能であることが分かる。また、回折効率が
83%のミラー動作も実証している[22]。
4.おわりに NCM はそのメソスコピックな空間構造にマクロ
な実効屈折率が大きく依存するとともに、局所場効
果によりマクロな非線形電気感受率が増強出来る
バルク材料にはない興味ある特徴がある。さらに、
光重合性 NPC では、ホログラフィック光重合によ
りナノ微粒子分布を純光学的に大面積かつ単一ス Fig. 7. Diffraction efficiencies of the transmitted and
diffracted neutron beams at a matter wavelength of 2
nm as a function of incident angle [21].
テップで制御して多次元フォトニック格子構造の
形成が可能となるため、フォトニクス、エレクトロ
ニクス、中性子光学などへの応用が期待出来る。
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15) Y. Tomita et al., SPIE Photonics Europe 2012,
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22) J. Klepp et al., Phys. Rev. A84 (2011) 013621.
応用物理学会分科会 日本光学会 第37回光学シンポジウム
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