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国公立美術館におけるエネルギー消費因子の分析
2011 年度日本建築学会 関東支部研究報告集 201 2 年 3 月 国公立美術館におけるエネルギー消費因子の分析 *1 ○ 田沼穣 8.建築社会システム-5.ストック・資産 美術館 光熱費 重回帰分析 公共文化施設 省エネルギー 1.序論 けるランニングコストの中でも多くの割合を占める光熱 1-1.研究背景 費を削減することで、美術館のランニングコスト抑制に 2011 年現在、環境資源に配慮したサステナブル社会に 繋がることがわかる。よって、その光熱費にはどの要因 移行するべく、建築物はより省エネルギーに取り組む必 が主に影響を与えているかの調査・分析を行い、今後の 要性が高くなった。そのためには LCC を考慮した設計、 美術館及び公共文化施設の LCC 設計や維持管理の見直し 維持管理の見直しが重要となる。公共文化施設において の指針を作る。 も、近年の財政圧迫により対策を立てる必要が出てきた。 1-3.研究方法 そこで公共文化施設の中でも、とりわけ意匠性が高く建 本研究は以下の方法で進めていく。 1. 物ごとにランニングコストに差が出やすい美術館に焦点 先行研究で調査した 113 箇所の美術館の中から光熱 を絞り、建物の消費エネルギーについて研究を行う。な 費のデータがある美術館を使用し、各数量(入場者数、 お、本研究は先行研究である「公共文化施設の運営に関 延床面積等)を SPSS に投じて光熱費の回帰式を作る。 2. する実態調査-国公立美術館の管理体制・維持費用分析」 の継続研究である。ここで先行研究の概要を述べる。 回帰式と実際の光熱費を比較して、その差が大きく 離れている美術館を対象に現地調査を行う。 まず、近年の美術館数推移(図 1)からストック数は安定 3. 傾向にあり、これからは現在ある美術館の老朽化や維持 現地調査のデータを基に、個々の美術館に対して光 熱費がかかる要因や維持管理に関する分析を行う。 4. 管理体制が懸念されることがうかがえる。そこで、現在 の美術館実態を探る必要があるため、全国の国公立美術 光熱費を上下させる要因を明らかにし、回帰式の信 頼性を向上させる。 1-4.研究対象 館を対象にアンケート調査を行い、管理体制や維持管理 費用、各費用との相関性などの分析をした。 先行研究で使用した全国の国公立美術館の内、アンケ ート調査に協力して頂いた 113 箇所の国公立美術館の中 で、 光熱費のデータがある 93 箇所の美術館を対象とする。 2.現地調査対象の選定 2-1.重回帰分析概要 本研究では現地調査対象を選定するために、SPSS を使 用して重回帰分析を行い、光熱費の回帰式を立てる。ま ず光熱費を従属変数とし、独立変数には入場者数、延床 面積、年間開館日数を入れた。独立変数を絞る際に、建 築面積と延床面積、入場者数と入場者収入などの共線性 が高いと予測される変数はどちらか一方を選び、清掃費 用、点検費用、修繕費、職員数など他の要因と比較して 図 1 美術館数の推移 大きく光熱費に影響を及ぼさないと予測されるものは予 1-2.研究目的 め省いている。 2-2.重回帰分析結果 先行研究で得られた結果の一部として SPSS より光熱費の回帰式①を得ることができた。 ・維持管理費用の中で、特に光熱水費がランニングコス トの約 55%を占めている。 光 熱 費 =2,519.316× 延 床 面 積 +35.483× 入 場 者 数 + 定 数 ・光熱水費の内訳は、約 92%が光熱費(電気代+ガス代)で 2,163,162.454 ある。 ① この式から延床面積と入場者数によって、高い信頼率 以上の 2 点が挙げられた。これより、国公立美術館にお で光熱費を推定できることがわかった。これより建物の 1 2011 年度日本建築学会 関東支部研究報告集 201 2 年 3 月 ・展示室 規模、入場者の出入りが影響を及ぼす大きな要因になっ ⇒入場者の動線上にある室の内、展示物を閲覧可能な、 ていると考えられる。 2-3.現地調査対象の選定 一般系統とは異なった空調管理を行っている室。 以上の SPSS で得られたデータを基に現地調査を行う ・収蔵庫 ⇒入場者の動線上にない室の内、展示品を保管、管理 美術館を選定する。本研究では光熱費/回帰式の割合を比 し、職員系統とは異なった空調管理を行っている室。 較し、割合の大きい美術館、小さい美術館、中間の値の 美術館の計 8 箇所の美術館を現地調査対象とした。 また、スクリーニングの結果として、ある美術館にお 3.現地調査 いて延床面積のデータに誤りがあることがわかった。よ 3-1.現地調査概要 って、再度データを回帰式に当てはめた結果を基にした 現地では館長や各系統の管理者を対象に、3-2 の項目に 分析を行っていくこととする。 4.現地調査分析 ついてヒアリング調査をする。他に、天井高や開口部面 ここでは現地調査の質問項目と図面などのデータから 積を現地での実測又は図面から確認する。また、同時に 以前のデータに誤りがないかスクリーニングを行う。 分析した一部の結果を記載する。グラフは同じ傾向のあ 3-2.現地調査質問項目 る美術館の中でその特徴をよく表した美術館のものを取 り上げている。 ~ソフト面~ 1. ①ほとんどの美術館で 5 月、8 月、1 月の連休が続く時期 空調の設定温度、空調稼働時間、湿度設定 の入場者数は増加する(図 2)。また、連休の傾向があまり ⇒季節、系統毎の温度及び湿度の空調設定と空調の稼働 時間。 見られない美術館は、入場者層は市内の利用者が多いと 2. いった特徴が挙げられる。 閉館時の空調以外の設備運転状況 ⇒閉館時に空調以外で稼働している設備。主に照明等。 3. 平 成19年度 入場者数 ⇒月毎、年度毎の入場者数の変化。開館日数との関係。 60,000 4. 50,000 問題点、不満な点 ⇒建物や設備に関して維持管理における意匠上の問題点。 5. 修繕費捻出方法 平成22年度 40,000 20,000 光熱費の内訳 ⇒美術館側が把握している範囲での光熱費の内訳。 10,000 ~ハード面~ 7. 平成 21年度 30,000 ⇒修繕費捻出に関する体制。 6. 平成20年度 (人 ) 0 その他光熱費に影響を与える設備 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 1月 2月 3月 ⇒他美術館と比較して特徴的な設備の中で光熱費に影響 図 2 連休の傾向が見られる美術館の入場者数の推移 を与えるもの。 8. 天井高 ②ほとんどの美術館で年度、月毎に入場者数は変動する (図 3)。変動がない美術館は常設展のみの展示である。 ⇒各室の床面から天井面までの高さ。吹き抜けがある場 合はその高さまでとする。 9. 開口部面積 ⇒換気と採光を行う開口部の面積。 平成15年度 平成18年度 平成21年度 (人 ) 10. 立地環境 平成16年度 平成19年度 平成17年度 平成20年度 35,000 ⇒美術館の気候や風土などの周辺環境や美術館までのア 30,000 クセス方法。 25,000 3-3.現地調査集計結果 20,000 本文ではアンケート集計結果を記載している。また、 15,000 本研究では美術館の室を 4 系統に分類した。以下が系統 10,000 分類の定義である。 5,000 ・職員系統 0 ⇒入場者の動線上にない室の内、収蔵庫を除いた室。 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 1月 2月 3月 ・一般系統 図 3 年度ごとに変動のある美術館の入場者数の推移 ⇒入場者の動線上にある室の内、展示室を除いた室。 2 2011 年度日本建築学会 関東支部研究報告集 201 2 年 3 月 ⑦平成 17 年度まで光熱費に減少傾向が見られる美術館 ③ほとんどの美術館で入場者数は光熱費に直接的な影響 は及ぼさない(図 4)。 入 場者数(人) がある(図 7) 。 入場者数 光熱費 光 熱費(万円) 光熱費 (万 円 ) 4,000 300 20,000 18,000 16,000 14,000 12,000 10,000 8,000 6,000 4,000 2,000 0 ガス代 電気代 3,500 250 3,000 200 2,500 150 2,000 100 1,500 1,000 50 500 0 0 図 4 入場者数と光熱費の関係性がない美術館 図 7 ある美術館の光熱費の推移 ⑤入場者数が光熱費と関係があると思われる美術館は、湿 ⑧空調稼働時間での傾向は、主に回帰式/光熱費の割合が 度管理が困難な美術館といった特徴が挙げられる(図 5)。 高い美術館が、展示室の空調稼働時間を 24 時間空調とし 入 場者数(人) 45,000 40,000 35,000 30,000 25,000 20,000 15,000 10,000 5,000 0 入場者数 光熱費 ていたことが挙げられる。収蔵庫はどの美術館も 24 時間 空調であることが多い(表 1)。 光 熱費(万円) 500 450 400 350 300 250 200 150 100 50 0 光熱費/回帰式 職員系統 平均空調 一般系統 稼働時間 収蔵庫 (h) 展示室 No,5 No,8 No,11 No,18 No,59 No,86 No,87 No,92 1.902 1.669 0.922 1.392 0.665 0.322 0.297 0.132 7.5 7.3 8 10 8 7.5 7 0 7.5 7.3 8 9 8 7.5 7 0 24 9 8 24 24 24 24 0 24 24 8 9 8 24 7 0 表 1 各美術館の系統ごとの空調稼働時間 ⑨容積における収蔵庫の割合は低く、展示室と一般系統 の割合が高い(図 8)。 職員系統 一般系統 図 5 入場者数と光熱費の関係性がある美術館 展示室 24% 32% ⑥平成 20 年度には光熱費増加、平成 21 年度以降は減少 収蔵庫 傾向が見られる美術館がある(図 6)。 (万円) 平成18年度 平成19年度 平成20年度 平成21年度 8% 36% 700 600 500 図 8 各系統の容積の平均比率 400 ⑩展示室の天井高は、回帰式/光熱費の割合にほぼ比例し 300 ている(図 9)。 200 (m) 9.0 8.0 7.0 6.0 5.0 4.0 3.0 2.0 1.0 0.0 100 0 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 1月 2月 3月 図 6 ある美術館の光熱費の推移 No,5 No,8 No,11 No,18 No,59 No,86 No,87 No,92 図 9 展示室における各美術館の平均天井高 3 2011 年度日本建築学会 関東支部研究報告集 201 2 年 3 月 5.総括 ・開口部面積による温度変化が影響する。ただし No,18 5-1.考察 美術館のように、建物全体がガラスと鉄骨の二重構造に ≪入場者数の推移に影響を与える要因≫ なっており、光や熱の流入が少ない美術館もある。その ①展示物の変化は入場者数に影響を与える可能性がある。 ため構造によっては当てはまらない場合もある。 5-2.対策 ②連休による入場者数の変動がある美術館が多い。 回帰式における誤差の検証において、具体的に見直す ≪入場者数と各費用の関係性≫ 点を挙げる。 ①光熱費と入場者数は直接的に関係ない美術館が多い。 例外として関係があると思われる No,18 美術館は二重構 ・省エネ法改正後の取り組みとして、主に影響が大きい 造により熱を溜めこむこと、No,59 美術館は湿度管理を温 とされる展示室の空調稼働時間を短縮する。また、貯蓄 度変化で調節していることが原因と思われる。 槽などを利用して電気料金が安い時間帯に電気を貯めて ②上下水道代は入場者数と関係ある美術館が多い。これ おき、日中に貯めた電力を使う。 は入場者数の増減にレストランやトイレの使用頻度が比 ・冬季のガス空調を効率的に使用する。ガス空調はイニ 例するためである。 シャルコストが高く、定期的なメンテナンスが必要とな ≪光熱費について≫ るが、ランニングコストは電気空調より安いとされてい ①光熱費は月単位で見ると、夏季のみ高い、冬季のみ高 て、メリットはエンジン排熱の再利用による暖房機能で い、夏季冬季共に高い、と美術館によってばらつきがあ ある。しかし、近年電気空調も効率的なものが増えたた る。これは主に電気代とガス代に依存している。光熱費 め、技術進歩に合わせた空調方式が必要である。 は平成 17 年度まで電気料金の継続的な低下、平成 20 年 ・設計の際には、展示室と一般系統の天井高を低くし、 度以降の電気・ガス料金の値上げ、平成 20 年度の省エネ 容積を小さくする。また、開口部面積も小さくする。 法改正による節電により変動があることがわかった。 ・展示室の空調管理を厳密に行う美術館は、展示品をケ ≪現地調査の質問項目からわかったこと≫ ースで囲い、その中だけ 24 時間空調を行うようにする。 ①空調設定に関しては、厳密な温度・湿度管理が必要で、 ・ガラス部にフィルムを貼る、展示室と一般系統との間 空調稼働時間の設定が美術館によって異なる『展示室の に断熱性の高いドアを設け閉館時に閉じるなど、建物の 空調管理』が光熱費に主に影響を与えると考えられる。 断熱性を上げる。 ②閉館時の設備運転状況においては空調管理が最も光熱 5-3.今後の課題 本研究では現地調査を行った美術館で分析を行ったた 費に影響を与える。 ③修繕費の捻出方法は運営団体の規模、各地域によって め、分析する母数が少なく、得られたデータに統一性が 異なる。 なかったことから、分析結果の実証が満足でないことが ④美術館側は光熱費の抑制には空調管理が重要だという 挙げられる。今後は現地調査を行う美術館を増やすこと、 認識を持っている。 質問項目の見直しと得られるデータの統一性を重点に置 ⑤空調以外で光熱費に特に影響を与える特徴的な設備は き研究を進める必要がある。主な追加するべき質問項目 どの美術館もない。 として、構造や材質といったハード面が挙げられる。ま ⑥各系統の延床面積の平均比率が一番高い系統は一般系 た、構造や材質、各費用や入場者数、立地環境等のなる 統、低い系統は収蔵庫である。これにより収蔵庫は、厳 べく近い条件下での比較分析も重要である。 密な空調管理が必要であるが空調範囲は狭いため、光熱 参考文献 費に与える影響は比較的低い。 ⑦各系統の平均天井高は一般系統と展示室が他 2 系統に 【文献】 比べ高い。 ・SPSS による多変量解析(2007 年) ⑧開口部面積は光熱費に影響を与える。 洋・廣瀬毅士 編著 オーム社 出版 ⑨立地環境は光熱費には影響を与えないが、入場者数の ・各美術館資料 変動に関係がある。 【ホームページ】 ≪回帰式の誤差≫ ・各美術館ホームページ ・光熱費には電気・ガス料金の値下げ及び値上げと省エ ・各地域電力会社ホームページ 村瀬洋一・高田 ネ法改正に対する取り組みによって年度ごとに差が出る。 ・気象庁(http://www.jma.go.jp/jma/index.html) ・展示室の空調稼働時間が大きく影響する。これは、容 ・経済産業省 積が大きく、断熱性が高くない展示室が多いためである。 (http://www.enecho.meti.go.jp/index.htm) 収蔵庫は 24 時間空調だが容積は小さく、断熱性も高いた *1 め、空調負荷が低く光熱費には大きな影響は及ぼさない。 年生 4 資源エネルギー庁 早稲田大学創造理工学部建築学科小松幸夫研究室 4