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都市交通サービスにおける「NEC the WISE」
AI による社会価値創造特集 NEC が目指す社会価値創造像 都市交通サービスにおける「NEC the WISE」 Mervyn CHEAH 要 旨 社会がスマートシティのビジョン実現を目指すうえで、都市交通サービスは市街地における移動性と生産性を牽引する重要な役割 を担っています。「NEC the WISE」における交通向けプログラムは、シンガポールなどの都市で、通勤者にとって円滑で便利な 運行サービスの実現を支援しています。その目的は、電車・バス・タクシー及びよりスマートな交通管理システムを、よりスマート な管理・最適化システムで構築することであり、最も速くかつ利便性の高い方法で通勤者の移動を確実にすることにあります。そ してそれは、性能監視や需要管理、スケジュール最適化、ソーシャルメディア分析などに AIを活用することで実現可能となります。 Keywords 人工知能(AI)/高度道路交通システム(ITS) /交通管理/先進公共交通システム 1. はじめに NEC はスマートシティのロードマップの開発を行ってい は、事故や激しい交通渋滞を引き起こす可能性のある潜 在的輻輳(ふくそう)地域で、より効率的な移動を促すた めに導入されました。 ます。このロードマップは、主に AIと最先端 ICT により実 しかし、いまだに公的な交通手段ではなく私的な交通手 現されるものです。新しい技術である「ブレイン・インスパ 段へ依存し続けている現状を考えると、都市交通システム イヤード・テクノロジー(脳型テクノロジー)」というトレン は依然として理想から程遠い状態といえます。自動車の個 ドを利用することに焦点を当てたこのプログラムは、信頼 人所有より公共交通機関の充実の方にこそ、近代的大都市 のコラボレーションをもたらす真のコネクテッドな国家と、 の未来があると市民に納得させるためには、速度・利便性・ さまざまなレベルの快適なライフスタイルの実現に必要な アクセス性を種々の公共交通機関で改善することが重要で タイムリーな情報を人々や企業に提供します。すなわち、 す。すなわち、私的な交通手段の利便性に競り勝つために、 危機の監視や迅速な対応を支援するための状況把握に必 当局は、利用料金を下げ、種々の交通機関の乗り継ぎを改 要な情報を、企業や市民、政府機関に提供します。 善し、最初から最後までスムーズでシームレスな移動手段 を提供し、さまざまな公共交通機関が相互連結し統一した 2. このビジョンが意図するもの —人間中心陸上交通システム システムの形成を実現しなければなりません。 そのようにして、公共交通機関をよりスマートで柔軟な ものにするには、従来の交通計画と管理ではもはや十分 社会がスマートシティのビジョン実現を目指すうえで、都 なものではなくなりました。その結果、交通計画当局と政 市交通サービスは、市街地における移動性と生産性を維 策決定者たちは、幅広い選択肢とその影響を考慮する必 持・向上する重要な役割を担っています。人口の多い大都 要に迫られることになりました。政策決定や立案、管理な 市では、増加し続ける通勤者と車両の数に対応すると同 どを行い、移動効率を高めるさまざまなサービスと利用可 時に、交通渋滞軽減のために、道路・鉄道網への投資と 能な交通手段の組み合わせを調整するには、より良い情報 開発が続けられています。道路・鉄道網の高度交通管理 とツールが必要です。更には、データそのものを、有用で、 NEC技報/Vol.69 No.1/AIによる社会価値創造特集 25 NEC が目指す社会価値創造像 都市交通サービスにおける「NEC the WISE」 信頼でき、アクセスしやすく、そして分かりやすいものにす シンガポールの運輸省は、向こう10 ~15 年の間に、下 る必要があります。ソーシャルメディアやセンサー、ビデ 記の3 方向からなるアプローチを採用することを目指して オカメラなどからの新しいデータ源には、交通機関の利便 います。 性を向上する新たな手段をもたらす可能性があります。以 第一に、交通手段の選択肢の充実を計画しています。バ 下に挙げる項目が、移動効率を変えるうえで中心となるで ス業界においては、既存の台数を現状の3 割増しにすると しょう。 同時に、競争力とサービスの基準を徐々に再構築する計 •より短い移動時間を実現する交通機関間の乗り継 ぎの最適化 画です。その一方で、鉄 道網を2030 年までに 360km に倍増する計画です(図 2)。これは10 世帯中8 世帯が、 •実際の移動に伴う行動分析に基づいた事業費用の 削減と利便性の向上 鉄道の駅まで10 分以内の範囲に住むことを意味します。 更に、公共交通事業者は、これらの各駅に利用しやすいレ •リアルタイムデータによる利用者へのより良い情 ンタル自転車を設置する予定です。目標は、2030 年まで 報・サービスの提供(あらゆる経路・時間・交通 に通勤の75%を公共交通機関によるものにし、2050 年 手段を対象) までにそれを85%にすることです。 •未来の交通ユーザーに備える連携システムの創出 次に、シンガポール運輸省は交通の代替手段の提供を 持続可能で環境にやさしく、費用対効果の高い、未来 開始しています。例えば「ナショナル・サイクリング・プラ の交通エコシステムの開発において、このように統合され ン」のもと、2030 年までに自転車道が現在の約 350km たアプローチは、簡便性・頻度・速度・費用の最適化を実 から700km に延長される予定です。道路の交通渋滞を 現する能力をサービス事業者へ確実に提供することがで 緩和し、より簡便で迅速な接続を推進する動きのなかで、 きます。 自転車や電動スクーターなどがまもなく歩道を走れるよう シンガポールは、世界で人口密度が高い国の1つであ になります。 り、伸び続ける交通需要と厳しい物理的スペースの制約を 最後に、シンガポール政府は、個人の自動車所有の増加 受けています。シンガポール政府は、シンガポールで暮ら に歯止めを掛けようとしており、カーシェアリングを奨励 して働く人々が公共交通機関を第一の交通手段として選 し、その立ち上げを支援しています。 ぶようになるための活動を開始し、利便性の向上に焦点を しかし、シンガポール運輸省の担当者は、以下のように 当てた「人間中心陸上交通システム(People-Centred 発言しています。 「改善の余地はまだまだあります。我々は、 Land Transport System)」のビジョンの実現へ向け 過去 5 年間で実現した改善の勢いを維持するべく、より多 て、取り組みを続けています。例えば、シンガポール政府 くのリソースへの投資を続け、新技術の導入を図り、革新 は、10 世帯中 6世帯が最寄りの駅まで徒歩10 分以内で 的な維持方法を採用することを計画しています」。 行けるようになることを計画しています。向こう5 年間で、 政府は鉄道に 20以上の新駅を追加する計画です(図1)。 North-East Line Extension Jurong Region Line 200 180 140 120 駅数 Downtown Line Tuas West Extension 160 Light Rail Transit の駅 100 Mass Rapid Transit の駅 80 60 Cross Island Line 40 20 Thomson-East Coast Line Downtown Line Extension Circle Line Stage 6 0 2010 2011 2012 2013 2014 2015 ・・・ 2020 ※シンガポール運輸省「Fact Sheet ‐ Public Transport Improvements and Future Plans」 (2015.8)をもとに作成 図 1 鉄道駅の増設計画 26 NEC技報/Vol.69 No.1/AIによる社会価値創造特集 ※シンガポール運輸省 「Fact Sheet ‐Public Transport Improvements and Future Plans」 (2015.8) をもとに作成 図 2 2030 年までの鉄道網(Mass Rapid Transit) 拡大計画 NEC が目指す社会価値創造像 都市交通サービスにおける「NEC the WISE」 3. 人間中心陸上交通システムに向けた NEC のソリューション ごと、更には1時間ごとの潜在的変動を予測すること を可能にします。 (2)スケジュール最適化 NEC は、 「見える化」 「分析」 「制御・誘導」の領域に この機能は、関連する作業規則や利用者需要に応え おいて、安全・安心・効率・公平な社会の実現に貢献する るため、サービスの効率とリソース配分の向上を支 AI 関連技術の開発を半世紀近く推進しています。NEC 援するようデザインされています。NEC のデータ分 は、人間の知識と AIの協働を利用して、社会が今日直面 析プラットフォームは、現在と未来の通勤者数を考 する、複雑に絡み合った課題の解決に取り組んでいます。 慮し、交通事業者によるバス運転手の管理を可能に 「NEC the WISE」として知られるこのAI 技術群は、我々 して、バスの運行スケジュールの最 適化を実現しま のそれらへの取り組みの確固たる証です。音声認識や画 す。更に重要なことに、このプラットフォームにはユー 像・映像認識、言語・意味論的理解、機械学習・予測・検 ザーフレンドリーでインタラクティブなユーザーインタ 出などをはじめとする、そのAI 技術の多くは、世界で前 フェースと可視化機能が備わっており、バスの故障な 例を見ないもの、もしくは世界で No.1と認められたもの どの予期せぬ事象が発生した場合にも、これらの機 です。更なる前進を遂げるため、NEC は、都市交通分野 能を駆使して、全体のスケジュールを正常に戻すため を含む、明確な1つの回答を持たない複雑な問題に対し、 の選択肢を提案します。 さまざまな提案を行う予定です。 (3)ソーシャルメディア分析 NEC the WISE の交通向けプログラムは、シンガポー 最善の計画と予測を持ってしても、組織はときに危機 ルなどの都市が、通勤者に円滑で便利な移動手段を提供 に陥ることがあります。組織が事態の発生について する支援を目指しています。その目標は、通勤者が 1つの 知る以前に、メディア(従来のメディアとソーシャルメ 場所から他の場所へ最も速く、最も便利な方法で移動す ディア)は既にニュースを報道し、共有し始めている ることを確実にするために、電車・バス・タクシー並びに こともしばしばです。有効な対応を行うためには、時 よりスマートな交通管理システムを実現し、よりスマートな 宜を得た真正の情報が組織には必要です。 管理・最適化システムを構築することにあります。 NEC のデータ分析プラットフォームは、ソーシャルメ 更に大きな目的は、できるだけ多くの自動車の個人所有 ディアをヒューマンセンサーとして活用する潜在能力 者に公共交通機関を利用することを奨励し、しかも移動に に着目しました。NEC は、例えばサービスの中断、長 今より時間が掛かることなく、更なる快適性を確実にする ことです。NEC the WISE の交通向けプログラムは、さ まざまな鉄道・バス路線のデータ取得、それに加えて鉄 道間の乗り換え、鉄道とバス間の乗り換え、バス同士の乗 り換えなどに焦点を当てます。 NEC the WISE の交通向けプログラムが現在取り組 んでいる3つの主な分野は、以下のとおりです。 (1)性能監視、需要管理 定刻運行はサービス品質の基準となります。非常に 精度の高いデータ取得技術を通して、NEC のデータ 分析プラットフォームは、常に鉄道とバス路線に生じ る負荷の調整を行い、公共交通機関当局や事業者が 正確な交通機関の運行を実現できるよう支援します。 このプラットフォームは、サービスの卓越性を損なう ことなく、事業者が車両数やバスの本数の増減を適 切に行えるように通勤者数の事前情報を提供し、1日 図 3 ソーシャルメディア向け NEC データ分析 プラットフォーム NEC技報/Vol.69 No.1/AIによる社会価値創造特集 27 NEC が目指す社会価値創造像 都市交通サービスにおける「NEC the WISE」 い待ち時間などを乗客にリアルタイムで警告する、交 通関連のリスクイベント(リスクが潜在する事象)を ソーシャルメディアのコンテンツから特定し、分析し、 発見する、世界トップクラスの RTEテクノロジーを開 発しました(図 3)。この技術は、ソーシャルメディア のサイトからのフィードをもとに、通勤者によって投 稿され、現場で実際に検証された、起こりうるサービ スレベルの大きな低下を分類かつ特定し、警告するこ とが可能です。 4. むすび NEC the WISE の交通向けプログラムは、交通事業 者による人間中心の陸上交通システムの提供を支援し、そ のための統合的な一連のAIサービスを公共交通当局と事 業者に提供することで、通勤者にとって円滑で便利な交通 サービスを実現します。自動車の少ない都市を目指し、個 人所有の自動車を運転することより、公共交通機関の利 用の方に魅力を感じる動機付けにもなります。 日本・ヨーロッパ・アメリカ・中国・シンガポール各国 にあるNEC の研究所は、NEC the WISE の交通向けプ ログラムの構築を協力して推進しています。このプログラ ムは、我々独自の NECデータ分析プラットフォームと相関 関係にある複数のAI 分析機能から構成されています。そ して直感的な可視化機能により、官公庁や企業、市民へ と、NEC のイノベーションによるスマートシティの暮らしを 提供します。 執筆者プロフィール Mervyn CHEAH Head & Vice President NEC Laboratories Singapore NEC Asia Pacific Pte. Ltd. 28 NEC技報/Vol.69 No.1/AIによる社会価値創造特集 NEC 技報のご案内 NEC 技報の論文をご覧いただきありがとうございます。 ご興味がありましたら、関連する他の論文もご一読ください。 NEC技報WEBサイトはこちら NEC技報 (日本語) NEC Technical Journal (英語) Vol.69 No.1 AIによる社会価値創造 ∼NEC the WISEの世界∼ AI による社会価値創造特集によせて AI 時代における社会ビジョン ∼人々の働き方、生き方、倫理のあり方∼ NEC が目指す AI による社会価値創造 ◇ 特集論文 NEC が目指す社会価値創造像 都市空間の安全・安心を支えるセーフティ・オペレーション 新たな消費エクスペリエンスを提供するリテール産業オペレーション 都市交通サービスにおける「NEC the WISE」 第四次産業革命を支えるインダストリー・オペレーション NEC が誇る最新の AI 技術 リアルタイム監視を実現する動画顔認証技術 社会インフラの保全を効率化する光学振動解析技術 IoT の活用を広げる物体指紋認証による個体識別 未知のサイバー攻撃を自動検知する自己学習型システム異常検知技術(ASI) 防犯カメラ映像から未登録の不審者を見つけ出す時空間データ横断プロファイリング きめ細かなマーケティングの実現に向けた顧客プロフィール推定技術 要因分析エンジンを用いた工場・プラントでの品質管理 予測から意思決定へ ∼予測型意思決定最適化∼ REFLEX によるバス運行の動的最適化 最先端の AI 技術開発における NEC のオープンイノベーション活動 脳の「ゆらぎ」を応用した超低消費電力のコンピュータで「おもろい社会」を実現 アナログ回路の活用により本物の脳を再現する「ブレインモルフィック AI」とは AI とシミュレーションを組み合わせ、データに乏しい状況でも意思決定を可能に AI 技術ブランド「NEC the WISE」 Vol.69 No.1 (2016年9月) 特集TOP