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オンライン ISSN 1347-4448 印刷版 ISSN 1348-5504 赤門マネジメント・レビュー 2 巻 6 号 (2003 年 6 月) 〔潮 流 2 0 0 3 〕第 六 回 タカラ式オリジナリティ創造術 遊び心がブランドをつくる ―会議をやめたらヒット商品連発― 森 摂 GBRC 主任研究員 E-mail: [email protected] 犬の鳴き声の翻訳機「バウリンガル」や電気自動車の「Q-CAR」など、ユニークな商 品でヒットを連発するタカラ。5 月に発表した中期計画では 3 年で売上高を倍近くに する強気のシナリオを書き上げた。少子化で玩具市場が伸び悩むなか、タカラはなぜ 右肩上がりの成長を目指せるのか。佐藤慶太社長は、商品開発でボトムアップ式の会 議をやめ、風通しを良くするとともに「遊び心を最大限に追求した」ことがヒット連 発につながったと振り返る。今後の課題は世界展開。 「近い将来、売上高の半分以上は 海外を見込む」という。海外での「タカラ」ブランド構築は急務だ。 アポ無しでも社長に会える 「社長、お約束していませんが、ちょっと時間ありますか?」。タカラ本社ライフカルチャ ーマーケティング部の梶田政彦(写真 1)は、よく商品開発の相談に社長室をアポ無しで訪 れる。梶田は「バウリンガル」をはじめビールサーバー、ゴージャス風呂など、数々の話題 商品を世に出した、いわばヒットメーカーだが、役職は次長。普通の上場企業では考えられ ない光景だ。 タカラには五つの事業部がある。 「ベイブレード」などの男児玩具、 「リカちゃんシリーズ」 など女児玩具、バウリンガルなどのライフカルチャー(LC)。それにマイク型カラオケの 「e-kara」と CS(ゲームソフト)だ。 なかでも、佐藤社長の肝いりで 2000 年に立ち上げた LC 事業部の動きが目覚しい。バウ 239 ©2003 Global Business Research Center www.gbrc.jp 森 摂 写真 1 リンガルのほか、 「なんちゃってシリーズ」は、バナナ の形をした携帯電話の受話器「そんなバナナ」や「ゴ 写真 2 ージャス風呂」 (写真 2)など、思わず笑ってしまうア イデア商品群。子供向け玩具専業というタカラのイメ ージを大きく変えるのに一役買った。 LC 事業部の売上高は、発足 3 年にしてすでに「女児 玩具」の 65 億円を抜いて 117 億円(今年 3 月期)と、 同社の主軸事業に成長した。今期はさらに、前期比 6 割増の 190 億円を見込んでいる。 決して「NO」とは言わない とは言うものの、梶田の部署は意外にこじんまりとしている。部下は開発が 3 人、マーケ ティング担当 3 人の 6 人だけ。毎週火曜日の午後にブレインストームをおこない、新商品の アイデアや、ネーミングや価格の設定、仕様の変更などを延々と話し合う。 「海亀の気持ちがよく分かる。産卵の時に涙を流すでしょう。産みの苦しみなんです」と 笑う梶田は見事な金髪。以前はパーマもかけていたそうで、これも「普通の会社」にはなか 240 〔潮流 2003〕 なかいない風貌だ。堅いスーツ姿の新入社員が入ってくると、ネクタイを外させ、派手目の シャツを近くのスーパーで買ってきて、それで営業回りをさせたりする。 梶田だけでなく、タカラの管理職は、上がってきたアイデアに対して、はっきりと「NO」 とは言わない。気分よくアイデアを出してもらうための心がけだ。その時は通らなくても、 また出せばよい。そんな含みを常に残す。これにより、自由闊達にアイデアを出す気風が育 まれる。 社長の佐藤慶太は、創業者・佐藤安太の次男。長男である元社長との確執もあり、いった ん退社して玩具の企画会社「ドリームズ・カム・トゥルー」を作っていたエピソードはよく 知られている。業績不振のリリーフ役として父親に呼び戻され、2000 年に社長就任。この 時、管理主義が蔓延していた社風を大きく変えようと決めた。 「会議は意思決定を停滞させる」 それまで商品開発は「S1(最初の企画段階) 」から「S4(役員会による正式決定) 」という ボトムアップ式の 4 段階の企画会議を経ないと商品化されなかった。この会議システムを廃 止、商品開発の決定権を各事業部長に委譲した。佐藤は「会議体で決めると、社内の制約条 件がいろいろと出てくる。ノーという役割の人間もいるので、ほとんど決まらなくなり、停 滞する」と解説する。 社員からの直接の相談も受ける。これにより意思決定のスピードが格段に早くなる。大ヒ ット商品になった e-kara は企画から商品化まで約半年。ビールサーバーは同じく 4 ヶ月半と いう驚異的なスピードだった。 梶田が 8 月の発売に向けて準備しているのは、 「我が家の消防団」 (6000 円)。本物の小型 消火器に鉄腕アトムやレトロ調のレーベルが貼ってあり、今までの冷たいイメージの消火器 とは一線を画す。「もっと部屋に溶け込めるデザインと大きさの消火器が求められているは ず」との読みだ。9 月には、世界最小 1.5 インチの液晶画面(シャープ製)をあしらった、 昭和 30 年代のジオラマセット「創造空間」 (19800 円)も売り出す(写真 1 の商品) 。 「遊び心」とブランドを加えてやる 昨年 12 月、世の中を驚かせたのが、 「Q-CAR」(写真 3=Q-CAR と佐藤社長) 。子会社の チョロ Q モーターズ(東京・江東)を通じて発売した電気自動車だ。今年 3 月までの初年 度に 300 台を売った後、今年度の販売は 1500 台を目指している。実現すれば、日本最大の 電気自動車メーカーになる可能性がある。 241 森 摂 写真 3 佐藤が、 「Q-CAR」をつくりたいと思ったきっかけは 2 年前の秋、トヨタ系の部品メーカ ー、アラコ社が製作した電気自動車に乗った体験だったという。 「非常に早く、加速もいい。 独特の浮遊感があり、まるでキントン雲に乗ったような気分だった」と振り返る。Q-CAR もそうだが、時速 50 キロは出ただろう。街で乗るには十分なスピードだ。 だが佐藤は「製品としては完成しているが、商品の魅力は今ひとつ」と感じた。デザイン もやぼったい。そこで、タカラのミニカー「チョロ Q」と結びつけた。 「最初に乗った電気 自動車は、クルマメーカーの発想。クルマメーカーがこれ以上のものをつくることはない。 これにタカラ独自の遊び心とブランドをつけると、間違いなく顧客に喜んでもらえる」と確 信したという。原色を使った派手な色遣いと、16 色にも及ぶ豊富な色のバリエーション。 デザインには徹底的にこだわり、チョロ Q の世界を実車で再現した。 電気自動車の次はカスタムカー 玩具メーカーが電気自動車を出すなど前代未聞。それだけに、法的な部分で足を引っ張ら れたくないと、努力を重ねた。車両としては原付枠だが、四輪車としての基準をできるだけ 満たすよう、改良を続ける。規定はないが、ストラトサーバー(サスペンション強化用の部 242 〔潮流 2003〕 品)を付けたり、ウィンカーの位置を四輪車に合わせて、ライトの外側に出したりした。製 造は、立川市にある昭和飛行機という老舗のアセンブリーメーカーだ。 購入客の層は幅広い。平均年齢は 30 歳代後半。男女比は男が 2 で女は 1。個人が 7 割で 法人が 3 割で、近所の買い物、通勤、お店の宣伝に使うことが多いという。 Q-CAR にシャシーを供給することになったアラコの関係者は、Q-CAR の人気ぶりに驚き を隠さなかった。「自分たち(アラコ)が売っても売れない。累計で 100 台程度なのに、な ぜこんなに売れるのか」 。 ここに、遊び心の秘訣がある。自動車メーカーは自社のインフラが大きいだけにビジネス 上の制約がある。タカラにとっては、それが逆にビジネスチャンスだ。自分でも 50 台もの 車を乗り継ぎ、カーマニアを自認する佐藤は「これは自動車メーカーはやらないな、でもタ カラがやれば受けそうだ、というものは、どんどんやっていきたい」と意欲を見せる。 チョロ Q モーターズは、実はガソリン車の販売も計画している。ある国産車のボディを 利用したカスタムカーで、東京モーターショーで発表した後、実際の販売もおこなう予定。 玩具メーカーがガソリン車まで手がけるのは例がない。 M & A 戦略も積極的に タカラの創業は 1955 年。創業者・佐藤安太が東京都葛飾区に設立した「佐藤ビニール工 業所」が前身だ。タカラという社名は創業の地・葛飾区宝町(当時の名称、現在は葛飾区青 戸)から付けた。今でもこの地に本社があるが、下町風情が残るのんびりとした街並み。ビ ジネス都心に本社を移さないのも、クリエイティビティを維持する秘訣だろう。 2003 年 3 月期の売上高は前年比 29%増の 857 億円。営業利益も 70 億円と 50%以上増えた。 佐藤社長が就任したころの低迷ムードは一掃され、右肩上がりの成長路線が再び見えてきた (グラフ 1) 。 M & A にも積極的に取り組む。昨年 10 月には三井物産 100%子会社の家電メーカー、日本 電熱(長野県南安曇郡)を買収したほか、大手玩具店キディランドの株式 20%取得、ミニチ ュアフィギュアの海洋堂との業務提携、ゲームソフトのアトラスへの資本参加、託児所運営 会社のコティ(札幌市)の買収による育児事業への進出など、矢継ぎ早の新規事業展開を進 めている。 バウリンガルもアメリカ上陸へ 今年 5 月に発表したタカラの中期計画は 2005 年に売上高を 1500 億円にまで伸ばす計画。 この戦略の主軸は、明らかに「海外市場」だ。少子化で日本の玩具市場は伸び悩んでいる。 243 森 摂 グラフ 1 2006 年には総人口が初めて減少に転じると予測され、大人を含めた国内市場も拡大は見込 めない。玩具やアニメなど日本のオリジナルコンテンツは世界の子供たちに人気があり、佐 藤は「日本市場は縮小均衡だが、世界的には圧倒的なチャンスがある」と見ている。 8 月にはバウリンガルを日韓に続いて米国でも発売するほか、ヨーロッパでの発売も視野 に入れた。 米国では男児向け玩具「トランスフォーマーズ」 (写真 4)や 「ベイブレード」 「e-kara」 の販売が依然として好調。今年 3 月期の連結売上高に占める海外売上高比率は 19%だが、佐 藤は「近い将来、タカラ連結売上高は半分以上が海外からになる」と見込んでいる。 佐藤はタカラの商品開発力に自信を持っている。「ハズブロやマテルなど米国メーカーの 商品開発機能は空洞化してきた」と言い切る。それは、米国ではトイザラスなど流通の力が 強くなりすぎたから、という。米国では大手流通に評価を受ける商品でないと、商品開発し にくくなった。メーカーがリスクをとるのではなく、 「キャラクターもの」 「ハリウッドもの」 の権利を買ってきて、ラベルを貼り付けて製品を出す手法が蔓延している。こうした状況も タカラの勝機だという。 244 〔潮流 2003〕 OEM からいかに抜け出せるか 海外戦略を進めるうえでは、世界ブランドの 写真 4 確立が大きな課題。北米市場はその象徴だ。実 は、トランスフォーマーズやベイブレードは、 ハズブロへの OEM(相手先ブランドによる生 産)供給。タカラとハズブロの包括提携(2001 年)以来、タカラが米国で玩具を発売する際に は、ハズブロに第一選択権が与えられた。これ は、トランスフォーマーズもベイブレードも、 アメリカの子供たちはタカラはおろか、日本メ ーカーの製品ということすら知らないことを意 味する。 一方、バウリンガルや e-kara など玩具以外のライフエンタテインメント分野は、ハズブロ ではなく、現地子会社のタカラ USA が担当する。実は、 「タカラ」が世界ブランドを築ける かどうかは、そのタカラ USA にかかっている。バウリンガルはタイム誌の 2002 年「最高の 発明品」で 42 点のうちのひとつに選ばれ、まだ少数だが What’s Takara? と思う人が増えて きた。単なるロゴやメッセージではなく、いかにユニークで斬新な新製品を投入し続けられ るかで、タカラの北米でのブランド構築の成否が決まる。その切り込み部隊がハズブロ USA になる。この現地子会社は最近、ローカリゼーション機能の強化が進んでいるが、小手先の 作業では済まされない。 さらに言うと、ハズブロとの関係は両刃の剣だ。いくらヒット商品をつぎ込んでも、OEM では自社ブランドは築けない。ハズブロの抵抗は予想されるが、いずれ包括提携の内容を見 直さなければならない時期がくるだろう。 流通の声を聞かないことが大事 いずれにしても、世界で成功するためには、相当のオリジナリティを保ち続けることが必 要になってくる。佐藤は重要な点として「テクニック的には、流通の声や営業の声を聞かな いこと。エンドユーザーが本当に評価するかということだけ考えて作り出すこと」を挙げる。 さらに「社内の既存インフラが邪魔をすることが多いので、それも無視することがブレーク スルーを生み出す」という。不況でモノづくりに悩むあらゆる消費財メーカーの経営者、開 発担当者にとって示唆的な発言だ。 (本文敬称略) (7 月の潮流 2003 は「クオリア、レクサス、テクニクス―プレミアムブランドの作り方」を掲載します。) 245 森 摂 246 赤門マネジメント・レビュー編集委員会 編集長 編集委員 編集担当 新宅 純二郎 阿部 誠 粕谷 誠 片平 秀貴 高橋 伸夫 西田 麻希 赤門マネジメント・レビュー 2 巻 6 号 2003 年 6 月 25 日発行 編集 東京大学大学院経済学研究科 ABAS/AMR 編集委員会 発行 特定非営利活動法人グローバルビジネスリサーチセンター 理事長 片平 秀貴 東京都千代田区丸の内 http://www.gbrc.jp 藤本 隆宏