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アニメーション産業
オンライン ISSN 1347-4448
印刷版 ISSN 1348-5504
赤門マネジメント・レビュー 3 巻 9 号 (2004 年 9 月)
〔潮 流 2 0 0 4 〕第 九 回
生まれ変わるメディア産業
アニメーション産業
―空洞化の背景と 3D・CG への岐路―
小林
雅一
GBRC 研究員
E-mail: [email protected]
今年は日本のアニメーション業界にとって、勝負の年となった。押井守、大友克洋、宮崎
駿の、いわゆる 3 大アニメ監督が久しぶりに大作を発表。こうしたスター監督が注目を浴び
る中で、次のような意見もよく聞かれる。
「アニメーションのクォリティを左右するのは制作現場。もちろん監督も重要だけど、やは
り現場が物凄く重要なんです。そこが結構、出資者側との温度差があるところ。スタジオが
変わると、同じ企画でも全然違うものになったりする。監督がどれほど優秀な人でも、スタ
ジオに力がないと(監督の構想を実現)できない」(プロダクション I.G の森下勝司プロデ
ューサー。I.G は「イノセンス」などを手がけた制作スタジオ)
これほど重要な制作現場の空洞化が始まって久しい。すでにアニメ制作の最も単調な部分
である「動画制作」の 8∼9 割は外国に発注されている。
「海外発注はまず台湾から始まって、韓国、中国、フィリピンと発注先が広がった。昔は余
った分を海外に任せていたが、今は先に海外にやらせ、やり残しを日本でやる有様だ」(ア
ニメーションの背景描画を請け負うアトリエロークの代表取締役で、杉並アニメ振興協議会
会長も務める川本征平氏)
こうした極端な海外依存の背景には何があるのだろうか。
日本のアニメーションの産業規模を示す科学的な統計値は存在しない。日本動画協会専務
理事・事務局長の山口康男氏の推定では、国内市場規模は約 2000 億円。マーチャンダイジ
ング収入なども入れた国内外の市場規模は 2∼3 兆円という。
日本のアニメ制作スタジオ(プロダクション)の数は、正式に登記されている会社だけで
430 社位あると言われる。その 8 割以上は東京にあり、中でも練馬区と杉並区に集中してい
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©2004 Global Business Research Center
www.gbrc.jp
小林
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る。杉並アニメ振興協議会の川本会長は、自分たちが置かれた立場を率直に語る。
「(アニメ業界には)自分でカネ集めて制作できる会社と、そうした会社から委託されて作
るだけの会社がある。俗に言う『下請け』と理解されても構わない。そういう会社は杉並に
60 くらいある。杉並アニメ振興協議会は、まさにそうした零細の集まりだ。最近『アニメ、
アニメ』と騒がれても、現場は我々のような家内工業の連中が支えてる。
今、(商社、証券会社、テレビ局など)色々な企業がアニメに参入しているのは、アニメ
の著作権を押さえたいからだ。もし売れたら、それは大変な金額になるからね。でも技術者
を育てるのは現場。それなのに、ある一線から、利益を上で先にとっちゃう。我々は与えら
れた制作費だけでやってる。人材を育てる余裕どころか、経営だけでも四苦八苦の状態なん
ですよ。
『そもそも(プロダクション側が)安い金でやらなければいいんだ』という人もいるが、
やらないわけにはいかない。請けた以上は、作品ができちゃう。中国持って行ったり、なん
やかんやして、無理やり作ってしまう。作ってる限り、状況は改善されないだろう」
これに対し、アニメ制作の海外発注をもっと肯定的に捉える見解もある。業界最大手の東
映アニメーション、常務取締役の大山秀徳氏はこう語る。
「うちの場合はフィリピンの子会社で、動画、仕上げ、撮影の作業をしています。今のとこ
ろ動画と彩色だけですが、そのうち原画も任せるようになるでしょう。今、フィリピン発の
キャラを使った企画を一本持ってます。『キャラクター・デザインが日本人でなければいけ
ない』ということはない。そもそも、外国という観念がない。アニメは元々ボーダーレスの
世界です。昔はアメリカのスタジオから、東映アニメーションが仕事を請けた。今は、東映
アニメーションが日本で企画とシナリオやって、絵コンテ以降は全部フィリピンに任せる。
あるいは CG は韓国と台湾に任せる。そういう時代なんです。
国内では業界全体が 2 極分化している。特定の会社はちゃんと利益出してるけど、そこか
ら下は慢性的に赤字の会社。彼らは赤字覚悟で受注せざるをない状況にあります。そうする
とクォリティの低いものしかできない。ウチはそれはやらない。多少金かかっても、クォリ
ティのいいもの出していく。うちの仕事をしてるとこには、少なくとも仕事量、支払いの面
では苦労はさせないように努力しています。でもそれと、海外発注はまた別の問題です。空
洞化を言うなら、むしろ日本ではなくてアメリカのアニメ産業でしょう。テレビ・アニメの
制作は全部、韓国や中国に頼んじゃいますからね」
手書きアニメを捨てて、フル CG に―日本に対抗するハリウッド
米アニメ産業は確かにそうした面で空洞化している。そこで起きていることは、もっと大
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〔潮流 2004〕
きな枠組みの中で捉えると、労働者を襲いつつあるオフショア化 Offshoring というトレンド
の一環でもある。
オフショア化とは、国内の仕事が海を越えて外国に飛んで行ってしまうことを指す。要す
るに仕事の遠距離アウトソーシングである。60 年代から 80 年代にかけて、アメリカを始め
とする先進国では、衣類、鉄鋼、自動車産業などが生産設備を次々と東南アジアなど労働コ
ストの安い国々に移転した。しかし今、進んでいるオフショア化では、かつての第 2 次産業
ではなく、ソフトウエア開発やサービス業など、ハイテクや第 3 次産業にまで及んできた点
がポイントである。世界的通信インフラの普及によって、それが可能になった。
たとえばアメリカの病院が、昼間撮影した患者の X 線写真を夕方、インターネットでイ
ンドの研究所に送る。すると 12 時間前後の時差を利用して、アメリカの医師が寝ている間
に、インドのスタッフが X 線写真を解析して、翌朝にはアメリカの医師の下に、その結果
が送り返されている。ソフトウエア開発しかり、商品のカスタマー・サポートしかりである。
これらの労働力が、どんどんインド、中国、東南アジア諸国に流れている。
いわばホワイト・カラー職の空洞化とも呼べる現象だが、当然ながらアメリカ国内にはそ
れに対する風当たりも強くなっている。オフショア化は 11 月の大統領選挙における争点の
ひとつにもなっている。現職のブッシュ大統領は、どちからかというとオフショア化を容認
する方向。対立候補のジョン・ケリー上院議員はこれに反対している。
しかしアニメ産業については、その仕事が韓国や中国に流れることへの非難は聞こえてこ
ない。伝統的な手書きアニメーターは憤懣やるかたなかろうが、彼らの声は大勢にかき消さ
れてしまう。ハリウッドのスタジオは、安いテレビ・アニメをとうの昔に捨ててしまったか
らだ。米アニメ産業の牙城とも言えるディズニーは、フロリダの制作スタジオを閉鎖。これ
に伴い、同スタジオが長年かけて育成した手書き(2D)アニメーターたちは職を失った。
ピクサーやディズニーに代表される米アニメーション産業は、ハイテク装備のフル CG(3D)
作品へと完全に方向転換したのである。
「アメリカのスタジオは、日本には真似のできない大規模なビジネスをやる力がある。そ
れは明らかに日本のアニメを意識した戦略だ。予算と技術を徹底的に投入し、『これなら日
本はついて来れないだろう』というところまでやる」(日本動画協会の山口氏)
これに対し日本では今後、背景処理など部分的に CG 化が進んで行くにせよ、基本は伝統
的な手書きアニメであろう。
「日本の武器は、手書きのセル調アニメの良さだと思う。これは手放さないだろう。むしろ
アメリカが 3D・CG になればなるほど、日本は有利だと思う。(今後、手書きアニメは)日
本もしくは韓国に頼むしか作れなくなるからだ」(プロダクション I.G の森下氏)
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小林
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図 1 映画、映像、テレビ、アニメーション関係の
講座を設けている大学等、高等教育機関の数
600
527
500
校
400
300
系列1
200
100
27
0
アメリカ
出所)東京大学
日本
浜野保樹教授の調べ
しかし「フル CG か、それとも手書きアニメか」の選択以上に本質的な問題は、アニメ制
作に対する姿勢、打ち込み方だろう。それを知るには、現在の米アニメ産業を代表するピク
サーと、日本のアニメ産業を比較すればいい。
ピクサーは 1995 年の「トイ・ストーリー」から昨年の「ファインディング・ニモ」まで、
驚異的なヒットを飛ばし続ける CG アニメ・スタジオである。カリフォルニア州エメリービ
ルに広がる 6 万平方メートルの広大な敷地。そこに立つレンガと鉄骨にガラス張りの巨大ス
タジオ。2 階まで吹き抜けの広々としたロビー。周りを取り囲む温水プールにサッカー場、
バレーボール・コート。「アニメーターの楽園」と呼ばれ、豪華な設備にばかり目を奪われ
がちなピクサーだが、本当の財産は 42 本に上る CG 関連特許とそれらを生み出した人材で
ある。
ピクサーの技術部門は 5 人の博士号取得者を抱えている。アート部門でも、その多くが修
士号取得者という選り抜きのアニメーター揃いだが、特筆すべきは彼らの結束力である。ピ
クサーは手がける作品の数を絞り込んで、1 本の作品に全アニメーターが精魂傾けて取り組
む。
アニメーターの離職率は限りなくゼロに近い。現在約 700 名の社員がいるが、ここ数年で
辞めたのは僅かに 2 名という。ピクサーの労務体制は、現在の日本のアニメーション業界と
対照的である。日本のアニメ・プロダクションは、同時並行的に何本もの番組制作をこなし、
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〔潮流 2004〕
国内外の下請け業者に仕事を投げてしまう。安定した雇用を保証されないアニメーターは、
あちこちの仕事を掛け持ちしている。それでも、必ずしも悪い作品ができるとは限らない。
きっちりと仕事をこなす外注業者やアニメーターも中には当然いるだろう。しかしピクサー
のように、全社員が一丸となって作品に取り組むという、姿勢や意気込みは望むべくもない。
そこから出来る作品には、自ずと違いが生じるはずだ。
新時代を担うアメリカのアニメ産業はピクサーだけではない。ドリームワークスもいれば、
彼らとの共同作業で「シュレック」を生み出した CG スタジオの PDI もいる。米アニメ産業
は、もはや見切りをつけた 2D アニメは海外に投げても、本丸のフル CG は国内で育て技術
を蓄積している。対照的に日本のアニメ産業は、
本丸である 2D アニメ制作の空洞化が進み、
それに代わるものがない。アニメ王国、日本の足元が揺らいでいる。
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赤門マネジメント・レビュー編集委員会
編集長
編集委員
編集担当
新宅 純二郎
阿部 誠 粕谷 誠
片平 秀貴
高橋 伸夫
西田 麻希
赤門マネジメント・レビュー 3 巻 9 号 2004 年 9 月 25 日発行
編集
東京大学大学院経済学研究科 ABAS/AMR 編集委員会
発行
特定非営利活動法人グローバルビジネスリサーチセンター
理事長 片平 秀貴
東京都千代田区丸の内
http://www.gbrc.jp
藤本 隆宏
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