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モグラの目とトマス・ブラウン

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モグラの目とトマス・ブラウン
モ グ ラ の 目 と トマ ス ・ブ ラ ウ ン
俗信 の蔓延 と論破
山根 正弘
はじめ に
この 世 は 人 間 に とっ て隠 され た 意 味 に満 ちた 暗 号 文 で 、た だ 解 読 を待 って い た 。
モ グ ラ
この よ うな次 第 で、 蝿 は人 生 の短 さを、 土 螢 は聖 霊 の光 を思 い 起 こ させ 、 土 竜
は誤 っ て 道 を見 失 った 盲 目の カ トリ ック教 徒 を象 徴 し、 毛 虫 は キ リス ト復 活 の
表 象 で あ っ た。(キ
ー ス ・トマ ス 『人 間 と自然界 』64頁)D
モ グ ラは 人 間 と同 じ哺 乳 類 で身 近 な小 動 物 で あ りなが ら、 意 外 にそ の姿 や 生 態 な
どは知 られ て い な い。日本 に は、哺 乳 類[綱]食
虫 目(Insectivora)モ
グ ラ科(Talpidae)
の うち、 四 属 七 種 の モ グ ラが 棲 息 し、 比 較 的 よ く目に す るの が 、 ア ズ マ モ グ ラや コ
ウベ モ グ ラで あ る。 しか し、 これ か ら掘 り起 こす モ グ ラは、 同 じモ グ ラ科 で あ るが 、
属 ・種 の 異 な る イギ リス を含 め 広 くヨー ロ ッパ に棲 息 す る ヨー ロ ッパ モ グ ラ(Talpa
europaea)で
あ る。 円筒 形 の 身体 で、 ビ ロー ドの よう な ダー ク グ レイ の 毛 で 全 身 覆
わ れ て い る。 ピ ンクの とが った 鼻 と退 化 した 目、 耳 も外 か らは判 別 で きな い。 短 い
四肢 と短 い尻 尾 。 大 きな前 足 に は鈎 爪 が あ りシ ョベ ル の役 割 を果 た す 。 夜 行 性 で 、
地 下 に坑 道 を張 り巡 らせ る。 縄 張 りを持 ち、 繁 殖 期 以 外 は単 独 で 暮 らす 。 冬 眠 は し
な い。 主 食 は ミ ミズ で、 昆 虫 や そ の幼 虫 な ど も食 らう。 植 物 の根 や 野 菜 も食 す る と
い う。 以 上 が これ か ら登 場 す るモ グ ラの プ ロ フ ィー ル で あ るが 、 こ こで 論 じる テ,___
一131一
マ は、 盲 目との形 容 辞 を付 され るモ グ ラの 目、 及 び そ の俗 信 で あ る。
1博
物誌 と俗 信の蔓 延
同 じ ヨ ー ロ ッ パ モ グ ラ 属 の 異 種 に メ ク ラ(盲
(地 中 海)モ
グ ラ(Talpacaeca)も
目)モ
グ ラ の 俗 称 を持 つ チ チ ュ ウ カ イ
存 在 す る が 、 ブ リ テ ン島 に棲 息 す る ヨー ロ ッパ モ
グ ラ に は 極 め て 小 さ な 眼 が あ る 。 ビ ロ ー ドの 毛 で 覆 わ れ て い る た め 、 外 か らで は 判
りづ ら い 。18世
1730-1793)は
紀 イ ギ リス の 作 家 オ リ ヴ ァ ー ・ゴ ー ル ドス ミ ス(OliverGoldsmith,C.
、 「も し も[モ
グ ラ の]眼
が も っ と大 き か っ た ら 、 土 が 落 ち て き て 中 に
入 り、 い つ も 傷 を 受 け や す か っ た ろ う」(『動 物 誌 』 第3巻
だ が 、 古 代 動 物 学 の 権 威 ア リ ス トテ レ ス(Aristotle)が
第16章)と
述 べ て い る2)。
観 察 したモ グ ラはチ チ ュ ウ カ
イ モ グ ラ で 、 眼 は 薄 皮 で 覆 わ れ て い て 盲 目で あ っ た 。
さて 、 人 間以 外 の動 物 も、 殻 皮 類 、 そ の他 の 不 完 全 な もの を 除 き、す べ て の類
に眼 が あ り、 胎 生 動 物 な ら、 モ グ ラ以 外 はす べ て そ うで あ る。 モ グ ラは あ る意
味 で は 眼 が あ る ともい える し、 まった くな い ともい え る。 なぜ な ら、 まっ た く見
え な い し、 外 か らは っ き り見 え る よ うな 眼 は な い か らで、 皮 膚 を は ぎ取 っ てみ
る と、 が ん らい 体 表 の、 眼 の ため に備 え られ た場 所 あ るい は 領 域 に、 眼 の領 域
と黒 目 とが あ って 、 あ た か も眼 が 発 生 の 途 中 で 退 化 し、 そ の 上 を皮 膚 が 被 っ た
もの の ようで あ る。(『動 物 誌 』第1巻 第9章)3)
古 代 ロ ー マ の 博 物 学 の 大 家 プ リ ニ ウ ス(Pliny)の
『
博 物 誌 』(NaturalHistory)で
も、
モ グ ラ の 眼 に 関 し て 、 そ の 典 拠 は ア リ ス トテ レ ス で あ る 。 薄 皮 を 剥 が す と 、 眼 に 似
た も の が あ る が 、 視 る 力 は な い と し て い る(11巻140節)4)。
だ が 、 中 世 の ス コ ラ 学 者 ア ル ベ ル ト ゥ ス ・マ グ ヌ ス(AlbertusMagnus,11931280)に
な る と、 事 情 は微 妙 に 違 っ て くる 。 彼 は懐 疑 的 な 態 度 で 、 モ グ ラ の 眼 を つ
ぶ さに観 察 す る。
一132一
TALPA(Mole)isasmallanimalthatbelongstotheclassofrodentsandis
sometimescalledthe`earth-mouse'or`blindmouse'...Inplaceofeyesit
hastinybarespots『bereftofhair.Itfeedsongrubs,butIhavealsowatchedit
eatingfrogsandtoads...Themolealsoconsumesearthworms;ifit
becomeshungryenough,itnibblesontherootsofplants,especiallylegumes.
(ManandtheBeasts,XX,143)5)
(モ グ ラ は 蓄 歯 類 に 属 す る 小 動 物 で 、 時 に 「地 鼠 」と か 「盲 目 鼠 」 と 呼 ば れ る 。[中
略]眼
の 箇 所 に は 、 毛 を 取 り除 く と 毛 の 生 え て い な い 小 さ な 点 が あ る 。 昆 虫 の
幼 虫 を 常 食 と す る が 、 蛙 や 慕 を 食 べ る の を 見 た こ と が あ る 。[中
略]モ
グ ラ は、
ま た ミ ミ ズ を 食 べ る が 、 腹 ぺ こ に な る と 植 物 、 特 に 豆 科 の 根 を 瑠 る 。)
現 代 の 生 物 学 的 な分 類 か らす る と、..類
は誤 りだ が 、 当 時 は メ ク ラネ ズ ミ(mole
rat)と の混 同 が 見 られ た の で あ ろ う。 しか し、 動 物 学 の 権 威 に逆 らっ て、 薄 皮 を剥
が さず とも毛 を 除 け た だ け で 眼 の 存 在 を報 告 して い る点 は、 進 歩 とい え る。 自分 の
目で 検 証 して いれ ば、 ア リス トテ レス と別 種 の モ グ ラを観 察 した の だ か ら、 当 然 と
い えば 当然 で あ る。 だ が 、 そ の一 方 で 、 ア ル ベ ル トゥス はモ グ ラの 生 き血 が 禿 の特
効 薬 で あ る との俗 信 を挙 げ て い る点 は、 中 世 的 な類 比 的 思 考 に 支 配 され て い た証 左
で あ ろ う。
と こ ろ が 、 イ ギ リス ・ル ネサ ンス期 の エ ドワ ー ド ・トプ セ ル(EdwardTopsell,
1572--1625)に
な る と、0旦
進 み か け た 自然 観 察 力 が 衰 退 した 印象 を受 け る。 トプ
セ ルが 『
動 物誌 』(丁加H∼3'or∫εqfFo配r8-Foo'ε4Bε
α∫'8,1607)に 掲 載 した モ グ ラの
図 版 に は、確 か に毛 で覆 わ れ て い な い小 さな 眼 が あ り、 開 い て い る。 そ れ に もか か
わ らず 、 ア リス トテ レスの テキ ス トを傍 らに置 きなが ら、 多 少 の脚 色 を して 綴 った と
思 われ る文 章 が 続 く。
Thesebeasts[moleslareallblindandwanteies,andthereforecamethe
prouerbeTalpacaciorTuphtoterosaspalacos,blinderthenaMole;tosignifie,
amanwithoutalliudgment,wit,orfore-sight:foritismostelegantlyapplyed
一133一
totheminde.Yetifanymanlookeearnestlyvpontheplaceswheretheeies
shouldgrow,heshallperceiuealittlepassage,drawingvpthemembranceor
littleskinnewhichisblack,andtherefore{Aristotlesaith)oftheminthis
nnannerprobably.
AllkindsofMoleswanttheirsight,becausetheyhauenottheireiesopen
andllakedasotherbeasts,butifamanpullvptheskinneoftheirbrowes
abouttheplaceoftheireies,whichisthickeandshawdoweththeirsight,he
shalperceiueintheminwardcoueredeies,fortheyhauetheblackcircle,and
apple,whichiscontainedtherein,andanotherpartofthewhitecircleor
ski皿e,butnotapparentlyeminent;neitherindeedecanthey,becausenatureat
thetimeofgenerationishindered,forfromthebrainestherebelongtothe
eiestwostrongneruypassages,whichareendedatthevpperteeth,and
thereforetheirnaturebeinghindered,itleauethanimperfectworkofsight
behindher.
YetthereisinthisBeastaplainandbaldpiaceoftheskinwheretheeies
shouldstand,hauingoutwardlyalittleblackspotlikeaMilletorPoppey-seed,
fastenedtoaNerueinwardly,bypressingit,therefollowethabtackhumoror
moystness,andbydissectionofaMoiegreatwithyoung,itisapparent(as
hathbeeneprooued}thattheyoungonesbeforebirthhaueeies,butafterbirth,
Iivingcontinuallyinthedarkearthwithoutlight,theyceasetogrowtoany
perfection;forindeedetheyneedethemnot,becausebeingoutoftheearth
theycannotliueaboueanhouroxtwo.{Topsell,499}6}
(モ グ ラ は 全 く 目 が 見 え ず 、 ま た 眼 も な い 、 そ れ 故
「モ グ ラ よ り 目 が 見 え な い 」
と い う 諺 が 生 ま れ た 。 そ の 意 味 す る と こ ろ は 、 全 く判 断 力 や 知 能 、 そ し て 先 見
の な い 人 物 で あ る 。 見 事 に 精 神 の 働 き に転 用 され て い る 。 け れ ど、 も し 、 本 来
眼 が あ る べ き と こ ろ を しげ し げ と眺 め て み る と、 黒 くな っ て い る 皮 膚 の 一 部 や
薄 皮 を 剥 が す こ と に よ り、 小 さ な 管 が 認 め ら れ る 、 そ れ 故 ア リ ス トテ レ ス は 眼
に つ い て お そ ら く こ の よ う に 述 べ て い る の で あ ろ う。 あ ら ゆ る 種 類 の モ グ ラ に
134
は視 力 が ない 、 なぜ な ら他 の 動 物 と違 っ て、 毛 で 覆 わ れ て い ない 開 い た 眼 が な
い か らだ 。 しか し、 眼 の あ た りの額 の 皮 膚 を剥 が せ ば、 そ の 皮 膚 は厚 く目を覆
って い るが 、 そ の 内 部 に皮 膚 で 覆 わ れ た眼 が 認 め られ る。 とい うの も、 黒 目 と
瞳 孔 が あ るの で 。[中 略]け れ ど、 モ グ ラ には 、 眼 が 本 来 あ るべ きと ころ に平 ら
で毛 の 生 えて い な い箇 所 が あ り、外 側 で は黍 や芥 子 粒 ほ どの小 さ な黒 点 であ る
が 、内側 で は神 経 で 繋 が って い て 、圧 力 をか け る と黒 い体 液 が 流 れ 出 る。そ して、
子 を孕 ん だ 母 モ グ ラを解 剖 す れ ば、 モ グ ラは胎 児 の と きに は眼 が あ っ た が 、 生
まれ た あ と常 に光 の な い 地 下 の 闇 の 中 で 暮 らす うち に 眼 が 完 成 しな い こ とは、
[立 証 済 み で]明 白で あ る、 とい うの は、 実 際 、 モ グ ラ は地 上 に 出 れ ば 一 、 二 時
間 も生 き られず 、 眼 を必 要 と しない の で 。)
トプ セ ル は、 「モ グ ラ につ い て 」("OftheMoleorWant")の
冒i頭で 、 従 来 よ りモ
グ ラが 欝 歯 類 に分 類 され る こ とに異 議 を唱 え る。 そ の 理 由 は、 欝 歯 類 の属 性 で あ る
湾 曲 した 二 本 の 長 い前 歯 が モ グ ラに見 られ な い か らで あ る とい う。 理 に適 った 主 張
で あ る。 しか し、 図 版 と相 違 す る古 典 的 な眼 の 記 述 を挙 げ 、 自己 矛 盾 を露 呈 す る。
そ の 上 、 胎 児 モ グ ラの 眼 につ い て 、 実 際 の発 生 とは全 く逆 の 説 明 をす る。 ヨー ロ ッ
パ モ グ ラは、 ア リス トテ レス の観 察 した モ グ ラ とは 違 い、 生 まれ た て の 頃 は盲 目で
しば ら くす る と眼 が 開 く。 これ らの 点 か らす る と、 トプ セ ルは イギ リス ・ル ネ サ ンス
期 か ら芽 生 え始 め る科 学 的 な 態 度 と、古 典 の 権 威 に服 従 す る態 度 とが 同 居 した 人 物
と考 え られ る。
ちな み に、 イギ リス 理 神 論 の 父 と称 され る チ ャー ベ リー 卿 エ ドワー ド ・ハ ー バ ー
ト(EdwardHerbert,c.1582-1648)は
、『
真 理 につ い て』(DeVeritate,1624)で
、
Men,then,whoisananimalofcomplicatedstructure,isendowedwith
numerousfaculties.Themoleisanundergroundcreatureandaccordinglycan
dowithoutsight.Zoophytescandowithoutotherexternalsensesexceptthe
senseoftouch.(Ch.5)7)
(し か る に 、人 間 は 複 雑 な 構 造 の 動 物 で あ る が 、数 多 く の 能 力 が 賦 与 さ れ て い る 。
一135一
モ グ ラ は 地 下 の 生 き 物 で あ り、 し た が っ て 視 力 が な くて も よ い 。 植 虫 類 は 触 覚
を 除 き 他 の 外 的 感 覚 が な くて も よ い)
と述 べ て い る 。 真 実 と 誤 謬 と を 弁 別 す る 定 理 の 確 立 に 努 め た エ ド ワ ー ド ・ハ ー バ ー
トで あ っ た が 、 モ グ ラ の 眼 に つ い て は 一 般 的 な 概 念 を 払 拭 で き て い な か っ た の だ ろ
うか 。
だ が 、 地 下 生 活 に 適 応 し 目が 退 化 し た モ グ ラ が 、 人 間 の も の を 見 る 能 力 と較 べ て 、
「盲 目」 と い う 形 容 辞 が 付 さ れ る の は 、 無 理 か ら ぬ こ と で あ ろ う 。 モ グ ラ が 盲 目 で あ
る と い う 俗 信 は 、 先 の トプ セ ル の 引 用 に 見 ら れ る よ う に 、 た や す く精 神 の 闇 に 転 嫁
され る 。
16世 紀 前 半 の 思 想 界 の 巨 人 エ ラ ス ム ス(Erasmus,c.1466-1536)は
Adages,1500)で
、『
格 言 集 』(The
「モ グ ラ の よ う に 盲 目 」("Talpacaecior:Ashlindasamole")を
取
り上 げ 、 「こ の 格 言 は 、 視 力 の 極 め て 乏 し い 人 や 判 断 力 の な い 人 の こ と を 指 す 。 と い
う の も 、 も し こ の 比 喩 表 現 が 精 神 に 転 用 さ れ た ら 、 さ ら に 面 白 く な る か ら 」(1.iii.55)
と コ メ ン ト し て い る8)。 同 様 に シ ェ イ ク ス ピ ア(WilliamShakespeare,1564-1616)
も 『
冬 物 語 』(TheWinter'sTale,1611)で
、 物 事 に 明 らか で な い 者 、 愚 か 者 を 指 し て
モ グ ラ と 呼 ん で い る("thesetwomoles,theseblindones,"IViv837)9)。
モ グ ラ の 眼 は 詩 の 世 界 で は 、 な に や ら怪 し げ な 存 在 で あ っ た 。 ロ バ ー ト ・ヘ リ ッ
ク(RobertHerrick,1591-1674)の
収 め られ た 妖 精 詩 三 部 作 の0つ
詩 集 『ヘ ス ペ リ デ ィ ー ズ 』(Hesperides,1648)に
「オ ベ 「
ロ ン の 饗 宴 」("OberonsFeast,"c.1626)で
は、
茸 の テ ー ブ ル の 上 に 動 物 ・植 物 界 か ら様 々 な 珍 味 が 並 べ ら れ る 。 例 え ば 、 動 物 で は 、
ネ ズ ミの 髭 、 ハ サ ミ ム シ の 薫 製 、 イ モ リ の 煮 込 み 腿 肉 な ど で あ る が 、 当 時 の 俗 信 で
は そ の 存 在 が 危 ぶ ま れ て い た モ グ ラ の 眼 も 含 ま れ る(44行)10}。
こ れ ら妖 精 王 オ ベ
ロ ン の た め に 用 意 さ れ る 珍 味 は 、 ま る で シ ェ イ ク ス ピ ア の 『マ ク ベ ス 』(Macbeth,
1606)に
登 場 す る 魔 女 が 大 釜 に 放 り込 む 毒 入 り臓 物 の 如 くで あ る 。 そ う い え ば 、 そ
の 奇 妙 な 食 材 の 中 に は 、 沼 に 棲 む 蛇 の 切 り身 や トカ ゲ の 脚 の 他 、 イ モ リ の 眼 が あ っ
た(4幕1場14)11)。
モ グ ラ の 眼 も、 な に か 魔 術 や 妖 術 を 連 想 させ る ア イ テ ム で あ っ
たか 。
一136一
Hブ
ラウンと俗信の論破
「偉 大 な 両=棲 類 」("greatAmphibium")と
称 さ れ る17世
ラ ウ ン(SirThomasBrowne,1605-1682)の
1658)、
紀 イ ギ リス の 医 師 トマ ス ・ブ
『
壷 葬 論 』(Hydriotaphia,Urne-Buriall,
ノ リ ッ ジ 近 傍 の 古 邑 ウ ォ ル シ ン ガ ム の 耕 地 で40か
ら50の
壺 が 発 掘 され た こ
とを 契 機 に 、 火 葬 や 土 葬 、 生 死 に 関 わ る 問 題 を 論 じた 随 筆 に 、 モ グ ラが 顔 を 覗 か せ
て い る。
ButiteratelyaffectingthepourtraitsofEnoch,Lazarus,Jonas,andtheVison
ofEZechiel,ashopefulldraughts,andhintingimageryoftheResurrection;
whichisthelifeofthegrave,andsweetensourhabitaionsintheLandof
MolesandPismires.(Chapter3)12)
(し か し[墓
所 に 相 応 し い 図 像 と し て]好
ん で 繰 返 し描 か れ る の は 、 エ ノ ク、 ラ
ザ ル ス 、 ヨ ナ の 肖像 や 、 未 来 の 希 望 を 表 す エ ゼ キ エ ル の 幻 、 お よ び 復 活 を 示 唆
イ メリ ジ
す る形 象 で あ って 、 これ こそ 墓 の 生 で あ り、 モ グ ラや 蟻 の地 にお け るわ れ わ れ
の 滞 在 を甘 美 な らしめ る もの で あ る。)
博 物 学 に精 通 して い た ブ ラウ ンは、 モ グ ラの 眼 に関心 を寄 せ るが 、 同 じ17世 紀 で
も初 頭 に活 躍 した トプ セ ル と事 情 は少 し違 う。1646年
見 』[俗 信 論](PseudodoxiaEpidemica,1658)の
に初 版 が 世 に 出 た 『伝 染 性 謬
第3巻 は、 二 十 数 種 類 の動 物 、 例
え ば馬 や 象 、 カメ レオ ン、 鯨 とい った 現 実 の 動 物 か ら、 不 死 鳥 や グ リフ ィ ンな ど想
像 上 に至 る まで 、 動 物 に まつ わ る伝 承 や 俗 信 を検 証 して い る。 そ の 第18章("Of
Moles,orMolls")は
モ グ ラ、特 にそ の 目に 関す る もの だ 。 モ グ ラが 盲 目で あ り眼 が
な い とい う俗 信 につ い て 、あれ これ と想 い をめ ぐらす 。俗 世 間で 言 わ れ てい る ように、
本 当 に モ グ ラ は盲 目な の か 。 そ れ と も、 眼 は あ る に は あ るが 節 穴 に す ぎ ない の か 。
眼 もな け れ ば もの も見 え な い の か 、 そ れ と も眼 が あ りものが 見 え る の か と、 順 に こ
れ らの 説 を検 討 して い く。 ブ ラウ ンの 結 論 と して は、 多 少 の 限定 条 件 付 きで 最 後 の
説 を採 る。 つ ま り、 モ グ ラに は 眼 が あ るが 不 完 全 な し ろ もの で 、 か す か な視 力 しか
一137一
な い とい うの が 、彼 の行 き着 い た推 論 の 結 果 で あ った 。 そ の 理 由 は、
...thatthey[moleslhaveeyesintheirheadismanifestuntoany,thatwants
themnotinhisown,andarediscoverable,notonelyinoldones,butaswe
haveobsexvedinyongandnakedconceptions,takenoutofthebellyofthe
dam...separatingtheselittleOrbes,andincludingtheminmagnifying
glasses,weediscernednomorethanAristotlementions...ablackhumour,
noranymoreiftheybeebroken:thatthereforetheyhaveeyeswemustof
necessitieaffirm,buttheybecomparativelyincompleteweeneednottodenie.
(III,18)13)
(モ グ ラ の 頭 に 眼 が あ る こ と は 、 頭 に 眼 が あ る 人 に は 明 白 で あ り 、 外 か ら 眼 が 認
め ら れ る の は 、 老 若 モ グ ラ だ け で は な く、 母 モ グ ラ の 腹 か ら 取 り出 し 毛 が 生 え
そ ろ わ な い 胎 児 に お い て も 同 じ で あ る 。[中
略]こ
れ ら小 さ な 眼 球 を 摘 出 し拡 大
鏡 を 当 て れ ば 、 ア リ ス トテ レ ス の 言 う 黒 目 だ け が 認 め ら れ た 。 だ が 、 も し そ の
眼 球 が壊 れ て い れ ば 、 そ れ 以 上 認 め られ な いの だが 。 そ れ故 、 必 然 の結 果 と し
て 、 モ グ ラ に は 眼 が あ る と 断 言 す る が 、 比 較 的 不 完 全 で あ る こ と も 否 め な い 。)
ブ ラ ウ ンは この 後 、 モ グ ラ に完 全 で な い に して も眼 が あ る の な ら、 そ の 機 能 もす
こ しは あ る はず 、 つ ま り視 る力 が あ るか らこそ 眼 が 備 わ っ て い る の で は な い か と、
目的 論 に基 づ い て推 論 をす る。 次 に、 生 け 捕 りに した モ グ ラの行 動 をつ ぶ さに観 察
す る。 彼 らは物 を避 け て走 るが 、 テー ブ ル の 上 か ら無 造 作 に落 ちた りす る の を 目の
当 た りに して 、 モ グ ラ に は 物 を は っ き りと見 極 め る力 が な い こ とを経 験 的 に 識 る。
そ こ で 最 終 的 に、 物 体 の 色 ・形 を識 別 で き る能 力 は な い が 、 お そ ら く光 を 認 め るだ
け の 視 力 は備 わ っ て い て、 完 全 に盲 目 と言 うこ とは で きな い、 と結 論 付 け る。 当 時
とし て は、 目か ら鱗 な らぬ 薄 皮 が 一 枚 剥 が れ る瞬 間 で あ っ た 。 た だ 、 ブ ラ ウ ンは鷲
の優 れ た視 力 と較 べ る と、 我 ら人 間 の 目も盲 目とい え る の と同 じで、 俗 信 で モ グ ラ
が そ の形 容 辞 を付 され て もや む を得 ない 、 と して い る14)。
当 時 の文 学 作 品 で は、 モ グ ラに は 「盲 目」とい う枕 詞 が 付 され るの が 一 般 で あ り、
一一13$
俗 信 で は 盲 目 が 定 説 に な っ て い た 。 そ れ は 、 ベ イ コ ン(FrancisBacon,1561-1626)
が 『学 問 の 進 歩 』(TheAdvancementofLearning,1605)で
述 べ て い る よ う に 、 「自
然 に 関 す る 虚 説 は 、 一 度 ひ ろ ま る と、 一 つ に は 民 衆 が 吟 味 を 怠 り、 昔 か ら の も の が
権 威 を 持 っ て い る た め に 、 一 つ に は 、 そ の よ うな 説 が 比 喩 と し て 、 ま た こ とば の あ
や と し て 用 い ら れ る た め に 、 決 し て 論 破 さ れ る こ と が な い か ら」(第2巻1・3)で
あ
る と 思 わ れ る15)。 ま た 、 そ れ は お そ ら く、 民 衆 レ ベ ル で は 、 ブ ラ ウ ン 自 身 が 『
伝 染
性 謬 見 』 の 第1巻
第3章
で 考 察 し て い る よ うに 、
ThusuntothemapieceofRhetorickisasufficientargumentofLogick,an
ApologueofAEsop,beyondaSyllogismeinBarbara;parablesthen
propositions,andproverbsmorepowerfullthendemonstxations.(1,3)
(修 辞 学 の 一 断 片 が 論 理 学 の 十 分 な 議 論 と 同 等 で あ り 、 イ ソ ッ プ の 寓 話 が 格 式
覚 え 歌 の 三 段 論 法 よ り 高 級 で 、 讐 え 話 が 命 題 よ り優 れ 、 諺 が 論 証 よ り 説 得 力 が
あ る か ら)
で あ り、 人 間 の 精 神 の 基 本 構 造 に 係 わ りが あ る 。 つ ま り、 人 は 論 理 よ り も 具 体 的 な
讐 え 話 に 説 得 さ れ る 傾 向 に あ る。
イ ギ リ ス ・エ リ ザ ベ ス 朝 の 詩 人 の 王 ス ペ ン サ ー(EdmundSpenser,c.1552-1599)
の処女作
『
羊 飼 の 暦 』(TheShepheardsCalender,1579>に
は 、E・Kの
名 で 記 され
た 推 薦 文 、 い わ ゆ る 「ハ ー ヴ ェ イ へ の 手 紙 」 が 付 さ れ て い る が 、 そ の 中 で 審 美 眼 の
な い 輩 が モ グ ラ に 喩 え ら椰 楡 さ れ る 。
OthersomenotsowelseeneintheEnglishtongeasperhapsinother
languages,iftheyhappentohereanoldewordalbeitverynaturalland
significant,cryeoutstreightway,thatwespeaknoEnglish,butgibbrish,or
rathersuch,asinoldtimeEvandersmotherspake.Whosefirstshameis,that
theyarenotashamed,intheirownmothertongestraungerstobecountedand
alienes.Thesecondshamenolessethenfirst,thatwhatsotheyunderstand
一139一
not,theystreightwaydeemetobese皿celesse,andnotataltobeunderstode.
MuchliketotheMoleinAEsopesfable,thatbeingblyndherselfe,wouldin
nowisebeperswaded,thatanybeastcouldsee.(``DedicatoryEpistle")且6)
(お そ ら く他 国 語 ほ ど に は 英 語 に 通 暁 し て い な い 別 の 人 々 は 、 た ま た ま 古 い 言 葉
を 聞 く と 、 そ れ が ご く 自 然 で 意 味 深 い も の で あ っ て も 、 す ぐ に 英 語 で は な く、
わ け の わ か らぬ 言 葉 を 話 し て い る と か 、 あ る い は 古 典 時 代 の 言 葉 で あ る とか い
っ て 批 判 を す る 。 そ の よ うな 連 中 の 恥 ず べ き最 初 の 点 は 、 母 国 語 に お い て は よ
そ 者 や 異 邦 人 と 考 え ら れ て も 恥 ず か し く な い こ と で あ り、 二 番 目 の 点 は 、 最 初
の点 に何』
ら劣 らず 恥 ず か し い が 、 自分 た ち が 分 か ら な い も の が 、 す ぐ に 無 意 味
で 全 く理 解 で き な い も の と 即 断 す る こ と で あ る 。 こ の よ う な 輩 は イ ソ ッ プ 寓 話
に 登 場 す る モ グ ラ と全 く同 じ で 、 自分 は 目 が 見 え な い も の だ か ら、 動 物 に 物 を
見 る 目 が あ る の だ と 、 ど の よ う に 言 葉 を 尽 く し て も 説 得 す る こ と が で き な い 。)
イ タ リ ア ・ル ネ サ ンス 期 ダ ン テ(Dante)の
132Dは
『神 曲』(TheDivineComedy,1307-
、 ラテ ン語 で は な く、 い わ ゆ る卑 俗 語 の イ タリア語 で 記 され た 。 母 語 に対
す る強 い愛 着 の 表 れ で あ った 。 同 様 に、 エ リザ ベ ス 朝 時 代 、 海 外 貿 易 の振 興 と経 済
の 発 展 に ともな い、 母 語 で あ る英 語 に対 す る誇 りが 高 まる。 ラテ ン語 に頼 らず とも、
国 語 で 高 尚 な テ ー マ を 論 じる こ とが で きる との 機 運 の 中、E・Kは
、『
羊 飼 の 暦 』で
古 風 な言 葉 遣 い を用 い る意 図 を説 明 す る とともに、 古 語 の 使 用 を批 判 す る輩 の機 先
を見 事 に制 す る。 そ れ は また 、 人 文 主 義 者 の ラ テ ン語 を範 とす る レ トリ ックの押 し
付 け に対 す る反 発 で もあ っ た。 引 用 でE・Kが
イ ソ ップ(風)と
称 した 寓 話 は 、実 在
の ものか 、 それ とも創 作 か は定 か で は な い 且7)。
た だ、イソ ップ寓 話 の起 源 は古 く、古 代 ギ リ シャで あ る。イギ リス で も、中 世 以 来 、
人 間 の様 々 な仕 草 や 行 動 を風 刺 した動 物 寓 話 は盛 ん で あ る。 チ ョー サ ー(Geoffrey
Chaucer,c.1345-1400)は12世
Renart)を
紀 後 半 フ ラ ンス で成 立 した 『狐 物 語 』(LeRomande
範 に、 『カ ン タベ リー 物 語 』(CanterburyTales,1387-1400)の
「尼 僧 付 の
僧 の物 語 」で 、狡 猜 な狐 が 逆 に雄 鶏 に騙 され る話 を語 り、 新 た な息 吹 を吹 き込 んだ 。
イギ リス で ま とま った 形 の イ ソ ップ 寓 話 を紹 介 した の は修 道 僧 ジ ョ ン ・リ ドゲ イ ト
一140一
(JohnLydgate,c.1370-1451}で
、韻文訳
『イ ソ ッ プ 寓 話 』(lsopesFabules)の
最後
に 教 訓 を 付 し た 。 イ ギ リ ス で 最 初 の 印 刷 業 者 ウ ィ リ ア ム ・キ ャ ク ス ト ン(William
Caxton,c.1421-1491)は
、 フ ラ マ ン 語(中
ofReynarttheFox,1481)を
期 オ ラ ン ダ 語)か
ら『
狐 物 語 』(TheHistarye
訳 す だ け で は な く、 イ ソ ッ プ 寓 話 の 翻 訳 も 手 掛 け た 。
ま た 、 チ ョ...._.サ
ー の 影 響 を 多 分 に 受 け た ス コ ッ トラ ン ドの 詩 人 ロ バ ー ト ・ヘ ン リ ス ン
(RobertHenryson,c.1425-c.1506)の
翻 案 『ブ リ ギ ア 人 イ ソ ッ プ の 寓 話 集 』(Th8
MorahFabillisofEsopethe、Phrygian,c.1480)で
は 、 狐 と雄 鶏 の 寓 話 が 繰 り返 し
述 べ ら れ る だ け で は な く 、 当 時 の 世 相 や 歴 史 的 な 事 件 が 鋭 く 反 映 さ れ る18)。 エ リ ザ
ベ ス 朝 に な っ て も 、 ス ペ ン サ ー 自 身 『バ バ ー ド ば あ さ ん の 話 』(Prosopopoia,Mother
H必
加 ハ
鷹 距 」8,1591)で
、 動 物 寓 話 の 手 法 を用 い 廷 臣 の 愚 行 を 風 刺 し た 。 狡 猜 な 狐
ほ ど寓 話 の 主 題 に な る こ とは な い が 、 モ グ ラ は 端 役 と し て 登 場 す る。 例 え ば 、 ヘ ン リ
ス ン で は 、 百 獣 の 王 ラ イ オ ン が 召 集 す る 会 議 に 「自 然 の 女 神 が 視 力 を 授 け な か っ た
の で 、 モ グ ラ は 小 猿(マ
ー モ セ ッ ト)に 手 を 引 か れ て や っ て 来 た 」("TheMarmisset
theMowdewartcouthleith,/BecausethatNaturedenyithadhirsicht..."[ll.
915-16))19)と
あ る 。 だ が 、 「ハ ー ヴ ェ イ へ の 手 紙 」 に 見 ら れ る よ う に 、 モ グ ラ の 目 に
ま つ わ る 寓 話 の 威 力 は 依 然 と し て 強 く、 比 喩 表 現 を 用 い て の 説 得 に は 抗 い が た い も
のが あ る。
17世 紀 も 終 わ り に 近 づ い た1697年
の 『農 耕 詩 』(Georgics)の
、 ドラ イ デ ン に よ っ て ウ ェ ル ギ リ ウ ス(Virgil)
英 訳 が 出 版 さ れ る が 、 そ こ で も モ グ ラ は 盲 目 と い う形 容
詞 が 付 さ れ る("...theblindlaboriousMole,/1nwindingMazesworksherhidden
Hole."[1,266-67])20)。
そ の よ うな 時 代 状 況 の 中 に あ っ て 、 ブ ラ ウ ン は 、 自分 の 目で
観 察 し頭 で 推 論 し、 理 性 に 適 っ た 結 論 を 導 き だ そ う と試 み た の で あ っ た 。 ブ ラ ウ ン
は1662年
に 創 設 さ れ る 王 立 協 会 の 初 期 会 員 の 一 人 ジ ョ ン ・イ ー ヴ リ ン(JohnEvelyne,
1620-1706)と
親 交 が あ っ た 。 ま た 彼 の 息 子 エ ド ワ ー ド ・ブ ラ ウ ンが1667年
にそ の
会 員 に 選 ば れ る な ど 、 い わ ゆ る 新 し い 哲 学 ・科 学 の 波 は 、 ブ ラ ウ ン に 確 実 に 押 し 寄
せ て い た 。 な お 、 イ ー ヴ リ ン 自 身 は 日 記 で 、[ア イ ル ラ ン ド総 督]オ
ー モ ン ド公[ジ
イ ム ズ ・バ トラ ー]か ら ア イ ル ラ ン ドに は モ グ ラ は い な い と 聞 い た 、と 記 し て い る(1661
年11月15日
付)21)。 ブ ラ ウ ン が 動 物 に ま つ わ る 俗 信 を 検 証 し 訂 正 に 努 め て か ら 約100
一141一
ェ
年 後 、 ギ ル バ ー ト ・ホ ワ イ ト(GilbertWhite,1720-1793)は
イ ギ リス 南 部 ハ ン プ シ
ャ ー の 片 田 舎 セ ル ボ ー ン村 で 牧 師 を 勤 め る か た わ ら、 自然 観 察 の 成 果 を 知 人 の 博 物
学 者 トマ ス ・ペ ナ ン トな ど に 書 き 送 っ た 。 そ の 結 果 で き あ が っ た 『セ ル ボ ー ン の 博 物
誌 』(TheNaturalHistoryandAntiquitiesofSelborne,1789)に
は、 モ グ ラは 三 度
登 場 す る が 、 い ず れ も 盲 目 の 「も 」 の 字 も 付 さ れ る こ と は な い(第1部
部 第48信
第40信
、 第2
及 び61信)22)。
むすび
古 代 ギ リシャ、 ア リス トテ レス は地 中海 モ グ ラ を観 察 し、 眼 が あ るべ き箇 所 の皮 を
剥 ぎ、小 さな黒 点 の存 在 を確 認 す る。 だ が 、視 る力 が な く盲 目 と報 告 す る。 これ は
一 般 民 衆 の認 識 と も合 致 して い て 、 広 く俗 信 と して受 け入 れ や す い もの で あ った 。
古 代 ロー マ の プ リニ ウス も、 ア リス トテ レス を権 威 と して追 随 した 。 中 世 の ス コラ学
者 アル ベ ル トゥス は、 ヨー ロ ッパ モ グ ラ を見 て ア リス トテ レス の テ キ ス トに疑 義 を差
し挟 み 、毛 を除 けた だ け で黒 点 が 確 認 で きると記 した 。17世 紀 の初 め 、トプセ ル が 『
動
物 誌 』を出 版 した ロ ン ドンで は、新 しい科 学 が 芽 生 え始 め た 頃 で あ ったが 、 ア リス ト
テ レス の権 威 に圧 され て、 アル ベ ル トゥス と同 じヨー ロ ッパ モ グ ラを観 察 して い なが
ら、 真 理 に至 る道 は閉 ざ され て い た。 図版 に 、 毛 で 覆 わ れ て い な い 開 い た 目を掲 げ
る 一 方 で 、 モ グ ラの 目を 記 述 す る際 、 眼 が な く盲 目との 古 典 の 権 威 を踏 襲 した。
1660年 の 王 政 復 古 後 、 王 立 協 会 が 設 立 され科 学 の発 達 が さ らに推 進 され る と、 ブ ラ
ウ ンは古 代 よ り蔓 延 す る迷 信 や 俗 信 を取 り上 げ 、 推 論 と実 験 を経 て論 破 に努 め た。
盲 目と考 え られ て い た モ グ ラは 日の下 に引 きず り出 され 、 醜 悪 だ が 愛 らしい体 躯 を晒
し、 もは や 暗 闇 の住 人 で は い られ な くな った。 つ ま り、眼 が あ るが 日の光 を感 じられ
る弱 視 で 、完 全 に盲 目と言 い切 れ な い と結 論 付 け る。 しか し、俗 信 として 「盲 目のモ
グ ラ」の威 力 は強 く、一 般 民 衆 の心 を惹 きつ け、論 破 され なが らも現 在 に至 って い る。
註
1)"Theworldwasacryptogramfullofhiddenmeaningsforman,butawaitingdecipherment...
一142一
ThemolesymbolizedtheblindPapist,unabletoseehiswayoutoferror."(KeithThomas,
Manandthe〈
死
α碗rα'Wわr♂4'C乃
侃8加gA'漉
OxfordUniversityPress,1996]64);キ
)
2 )
3
版 局1989年)86頁
ー ス
・トマ ス
『人 間 と 自 然 界 』 山 内 閥 監 訳(法
政 大 学 出
参 照 。
オ リ ヴ ァ ー
ア リス
蜘 セ3加E〃g!伽41500-1500[1983;rpt.NewYork:
・ゴ ー ル
トテ レ ス
ドス ミス
『動 物 誌 』 第 三 巻 四 足 獣IH、
『動 物 誌 』 上 巻 、 島 崎 三 郎 訳(岩
玉 井 東 助 編 訳(原
波 文 庫1998年)40頁
書 房1994年)33頁
。
。Cf."Allotherkindsof
animalshaveeyes,apartfromtheTestaceaandanyotherimperfectanimals;andallVivipara
haveeyesexceptthemole,thoughonemightconsiderthatinawayithaseyes,yetnotinthe
fullsense.Thefactisthatitcannotsee,andithasnoeyeswhichcanbedetectedexternally;
butiftheskinisremovedwefindithastheplacefortheeyesandthe"black"partsoftheeye
wheretheyshouldbe,andthepositionwhichisnaturallyprovidedexternallyforeyes,which
suggeststhattheeyesgetstuntedintheprocessoffbrmationandthattheskingrowsover.
{Aristotle,HistoriaAnimalium,Vol.lofBooks1--3,trans.A.L.Peck[Cambridge,Mass.:
)
4
HarvardUR1965]41)
``Offburfbotedcreaturesmoleshavenosight
,althoughtheypossessthesemblanceofeyesif
onedrawoffthecoveringmembrane."(Pliny,NaturalHistory,Vol.30fBooks8-11,2nd
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5
edn.,trans.H.Rackham[Cambridge,Mass.:HarvardURl983]519)
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)
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)
7
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)
8
123.
"SuidasandDiogenianusrecordthis
,referringtopeoplewhosesightisexceptionallypoor,or
whohavenojudgment,forthemetaphorwillbemorepleasingifitistransferredtothe
mind."(Erasmus,CollectedWorksofErasmus,Vol.310:FAdagesIiltoMOO,trans.
MargaretMannPhillips[Toronto:UniversityofTorontoPress,1982]281)
9)
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10)
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押
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ClarendonPress,corr.rpt.1968)120.
11)
WilliamShakespeare,Macbeth,ed.KennethMiur(London:Methuen,19'79).
12)
SirThorraasBrowne:TheMaj'OrWorks,ed.C.A.Patrides(London:Penguin,1977)290,(『
葬 論 』小 池 鉦 訳 、 澁 澤 龍 彦 文 学 館 第 三 巻
13)
壷
『脱 線 の 箱 』 所 収[筑
摩 書 房1991年]160頁
参 照)
SirThoniasBYOwne'sPseudodoxiaEpidernica,ed.RobinRobbins(4xford:ClarendonPress,
1981)233.
14)
ル ネ サ
ンス 期 ま で 、 紗 の 懸 か っ た モ グ ラ の 目 と対 極 を な す の は 、 眼 光 の 鋭 い オ オ ヤ マ ネ コ の 目 で
あ っ た 。さ す が に ブ ラ ウ ン は 山 猫 と い わ ず 鷲 を 例 に 出 す 。18世
EssayonMan)の
「書 簡1」("Epistlel,"ll.211-12)で
sightbetwixteachwidebetween,IThemole'sdimcurtain,andthelynx'sbeam..."(Poetical
Works,ed.HerbertDavis[London=OxfordUP,19bb]247)
一143一
紀 に な っ て もポ ー プ は
『人 間 論 』(An
山 猫 の 慣 例 を 用 い る 。"Whatmodesof
15)フ
ラ ン シ ス ・ベ イ コ ン[ベ
ー コ ン]『 学 問 の 進 歩 』 服 部 英 次 郎 ・多 田 英 次 訳(岩
波 文 庫1983年)128
頁 。Cf.C.S.LewisTheDcscardedtmage(1964;Cambridge:CatnbridgeUP,1994)152.(C・S・
ル イ ス 『廃 棄 さ れ た 宇 宙 像 』 山 形 和 美 監 訳[入
16)ス
参 照)
ペ ン サ ー の 引 用 は 、EdmundSpenser,PoeticalWorks,ed.J.C.SmithandE.DeSelincourt
(London:OxfordUP,1912;1969)に
2000年)を
17)中
坂 書 房2003]222頁
よ る 。 邦 訳 は 、 『ス ペ ン サ ー 詩 集 』 福 田 昇 八 訳(筑
摩 書 房
参 照 した 。
務 哲 郎 訳
『イ ソ ッ プ 寓 話 集 』(岩 波 文 庫1999年)及
び 山 本 光 雄 訳 同 文 庫(1942年;1986年)に
同 趣 の 寓 話 は 見 つ け ら れ な か っ た 。 な お 、 トプ セ ル が 記 し た モ グ ラ の 目 に 関 す る イ ソ ッ プ の 名 を
冠 す る 寓 話 を 挙 げ て お く 。"EsopehathaprettyfableoftheAsse,Ape,andMole,eachonce
complainingofothersnaturalwants:theAsse,thathehadnoHornes,andwastherefore
unarmed:theApe,thathehadnotailIikeotherbeastesofhisstatureandquantity,and
thereforeunhandsome;tobothwhichtheMolemakethaunswer,thattheymaywellbesilent,
forthatshewantetheies,andsoinsinuateth,thattheywhichcomplaineshallfindby
considerationandcomparisionoftheirownewantestoothers,thattheyarehappyandwant
nothingwere-profitableforthem."{Topsell,TheHistorieofFoure-FooteclBeastes499)
18)鈴
木 畳
・福 本 直 之 ・原 野 昇 訳
井 迫 夫 訳 、 下 巻(岩
2001年);ヘ
『狐 物 語 』(岩 波 文 庫2002年);チ
波 文 庫1995年)48-73頁;キ
ョー サ ー
『カ ン タ ベ リ ー 物 語 』 桝
ャ ク ス ト ン 『き つ ね 物 語 』 木 村 建 夫 訳(南
ン リ ス ン 『イ ソ ッ プ 寓 話 集 』鍋 島 能 正 訳(弓
雲 堂
書 房1981年)59-84頁;TheMinor、Poems
ofJohnLydgate,ed.HenryN.MacCracken(London:OxfordUP,1961}566-99;Subtyll
HistoryesandFablesofEsope,trans.WilliamCaxton(1483;rpt.NewYbrk:DaCapoPress,
1972).な
お 、 イ ソ ッ プ 寓 話 の 起 源 及 び そ の 変 遷 に つ い て は 、 中 務 哲 郎 『イ ソ ッ プ 寓 話 の 世 界 』(ち
く ま 新 書1996年)、
小 堀 桂 一 郎
『イ ソ ッ プ 寓 話
そ の 伝 承 と 変 容 』(講i談 社 学 術 文 庫2001年)を
参 照 した。
19)RobertHenryson,TheMoralFa61esofAesop,ed,andtrans.GeorgeD.Gopen(NotreDame,
Indiana:UniversityofNotreDame,1987)87.
20)JohnDryden,TheWorksofJohnDryden,Vol.50fTheWorksofVirgilinEnglish,1697,ed.W.
FrostandV.A.Dearing(Berkeley:L7niversityofCaliforniaPress,19$7)164.
21)"IdinewiththeDukeofOrmond:hisGracetoldmetherewerenoルloulesinIreland,norany
Ratts'tillate,&thatbutinoneCounty;butamistakethat5μ4θr∫wouldnotlivethere;onely
notpoyson..."(JohnEvelyn,TheDiaryofJohnEvelyn,Voi.30fKalendarium,1650-1672,
ed.E.S.deBeer[Oxford:ClarendonPress,1955]303)
22)ギ
ル バ ー ト ・ホ ワ イ ト 「セ ル ボ ー ン 博 物 誌 』 上 ・下 巻 、 寿 岳 文 章 訳(岩
下214頁
、256頁
波 文 庫1949年)上178頁
、
。
[附 記]筆 者 はか つ て 「シェイク ス ピアの 戯 曲 に お け るモ グ ラの イ メー ジー トプ セル の 『
動 物 誌 』(1607)
に 関 連 して一 」(英米 文 化 学 会 編 『
英 米 文 化 』第27号[1997年3月
ユ19-28頁)と 題 し て モ グ ラの 目 と
耳 を論 じた こ とが あ る。 引 用 に一 部 重 複 が 見 られ る が 、今 回 は博 物 誌 とブ ラウ ン とを中心 に、俗 信 の
伝 播 と打 破 を考 察 し、 前 掲 拙 論 の一 項 目を敷 宿 す る もの で あ る。
一144一
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