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平成 25 年 1 月 24 日
東京工業大学広報センター長
大谷 清
から
蛍光性の「殻」をもつ新型ミセルを作製
ー 色素分子の内包による特異な蛍光性能の発現 ー
【概要】
東京工業大学資源化学研究所の吉沢道人准教授と近藤圭大学院生らは、蛍光を発す
るカプセル型のミセル(用語1)を開発した。今回の研究は、ミセルの構成成分とし
て、蛍光性でパネル状のアントラセン(用語 2)を含む 湾曲型 の両親媒性分子(用
語 3)を開発することで実現した。この新型ミセルは、ナノレベルでサイズ制御が可
能で、色素分子を内包し、特異な蛍光性能を備えているため、新しい有機発光性材料
(有機 EL や蛍光センサー・プローブ、蛍光塗料など)への応用が期待される。
湾曲型分子は、水中でパネル部位でのπ-スタッキング相互作用(用語 4)により集
合して、2ナノメートル(nm)サイズの球状ミセルを形成する。このミセルは蛍光性
の「殻(=シェル)」をもつ分子カプセルとして機能し、色素分子を選択的に内包でき
る。これに紫外光を照射することで、ミセル骨格から色素への高効率的なエネルギー
移動による強い蛍光を発した。
これまでのミセルの大部分は、疎水性のアルカン(用語 5)に親水性の官能基を連
結した ひも状 の両親媒性分子からなり、水中で疎水性相互作用(用語 6)により球
●研究の背景と意義
状集合体を形成していた。そのため、それらのミセルは幅広いサイズの混合物として
存在し、強い蛍光性をもたない。これに対して新型ミセルは、湾曲型の両親媒性分子
のπ-スタッキング相互作用により厳密にサイズ制御され、また、アントラセンの「殻」
に起因した特異な蛍光性能を備えている。
この研究成果は、最先端・次世代研究開発支援プログラム(内閣府)の支援による
もので、ドイツ化学会雑誌「Angewandte Chemie International Edition」のオンラ
イン版に、平成 25 年 1 月 23 日付けで掲載された。
1
● 研究の背景とねらい
私たちは石けんや洗剤を使うことで、体や衣類、食器などに付着した汚れを洗い流す
ことができる。この日常生活で必要不可欠な洗浄剤は、水になじむ部分(=親水性)と
油になじむ部分(=疎水性)を連結した ひも状 の両親媒性分子からなる(図1a)
。こ
れらの分子は水中で、疎水性相互作用によって数∼数十nmのサイズ幅を持った球状集
合体 ミセル を形成する。ミセルの構造的な特徴は、ひも状分子の疎水性部分が内部
で集合し、親水性部位がその球状表面を覆うことである(図1b)。そのため、水中で疎
水性分子がミセル内部に取り込まれることで、水に溶けない 汚れ を溶かして、洗い流
すことができる。
このようなミセルは、様々な親水性および疎水性部位を有する両親媒性分子から合成
され、現在も食品、化粧品、塗料などの幅広い分野で利用されている。しかし、英国ブ
リストル大学のマクベイン(McBain)がその構造を最初に提言してから 100 年が過ぎ
た現在でも、汎用的なミセルの大部分は、ひも状の両親媒性分子が利用され、新しい分
子構造や分子間相互作用を活用した両親媒性分子による新規なミセルは開発されてい
ない。東工大の吉沢准教授らは合成化学の立場から、従来のミセルには見られない3つ
の特徴、
「π-スタッキング相互作用の利用」
「サイズ制御された構造」
「特異な蛍光性能」
を備えた新型ミセルの作製を約 2 年半前に開始した(図1c,d)。
(a)
(b)
(c)
(d)
親水性
親水性
疎水性
疎水性パネ
ひも状
ル
湾曲型
図1 (a)従来のひも状の両親媒性分子と(b)そのミセルの模式図.(c)今回開発した湾曲型の両親
媒性分子と(d)そのミセルの模式図。
● 研究内容
吉沢准教授と近藤大学院生らは、新しい形状と性質の両親媒性分子を設計した(図2)
。
第1に、疎水性部位として従来の鎖状で柔軟なアルカンから、パネル状で剛直な芳香族
分子であるアントラセンを利用した。第2に、このパネル状分子を 2 つ、120 度の角
度で連結した 湾曲型 の疎水性骨格を考案した。第3に、その湾曲部の外側に親水性の
官能基を持たせた。
この湾曲型の両親媒性分子の合成では、根岸カップリング反応(用語7)を利用する
ことで、煩雑な精製作業を必要とせず、簡単な洗浄操作で、目的分子をグラムスケール
2
で合成することができた。この湾曲型分子は水中、80℃で1分間程度の加熱をするだ
けで、収率 100%で目的のミセルを形成した(図2)。その構造は、原子間力顕微鏡(用
語8)などの粒子径の解析によって、外径が約 2 nm に規制され、4∼6つの湾曲型分
子から構成される球状のカプセル構造体であることが判明した(図3)。
上記で得られたミセルは、既知のミセルには見られない次の3つの特徴を示した。
π-スタッキング相互作用:従来のミセル形成では、水中での疎水性相互作用が駆動
力となっている。それに対して今回の研究では、両親媒性分子の湾曲型のパネル部位(ア
ントラセン部位)同士がπ-スタッキング相互作用することで、ミセルを形成している
(図3d)。このような従来法にない相互作用を駆動力にしているにもかかわらず、これ
までのミ セルと同 等また はそれ 以上の安 定性 を示した 。実際に 、水中 で高温 条件
( 70℃)
、強酸性や強塩基性の条件でも、ミセル構造は維持された。
サイズ制御:従来のミセルは、柔軟な両親媒性分子から形成しているため、幅広いサ
イズ(数∼数十 nm)の混合物として存在する。また、そのサイズは濃度に強く依存す
るため、利用可能な濃度条件が限定される。それに対して、今回のミセルは、剛直な両
親媒性分子から形成されるため、約 2 nm にサイズ制御されたカプセル状の構造体を与
えた(図 3c)。また、従来のミセルよりも濃度依存性は低く、1 mM∼数 10 mM の範
囲で同じサイズを示した。これにより、ミセルによるサイズ選択的な疎水性分子の内包
が可能となった。
特異な蛍光性能:新型ミセルは、アントラセンからなる蛍光性の「殻」をもつため、
特異な蛍光性能を示した。アントラセンは通常、紫外光照射により青色に発光する。そ
れに対して、水中で形成したミセルは、π-スタッキングしたアントラセンに由来して、
緑白色に発光した。また、この蛍光性ミセルは水中で、種々の色素分子を内包して特異
な蛍光発光を示した(図 4)。例えば、通常、短波長の光照射(370nm)では発光し
ない色素分子の DCM は、ミセルに内包されることで、その光照射でも特異的に赤色発
光した(図 4c)。この現象は、ミセルに含まれるアントラセン部位が短波長の光を吸収
し、そのエネルギーを内包した DCM に高い効率で転移することで(97%効率)
、DCM
からの強い蛍光が発することに起因する。すなわち、特異な蛍光性能を有する光機能性
ミセルを開発した。
N+
+N
O
O
2•NO3–
H2O
図2 湾曲型の両親媒性分子の構造と新型ミセルの合成:湾曲型の両親媒性分子は、水中でπスタッキング相互作用により集合して、球状のミセルを生成した。
3
(a)
(c)
4
3
N
60
40
2
nm
50
1
20
0
(b)
2.06 nm
1
1.97 nm
0
2
4
6
8 nm
2
2.28 nm
3
(d)
2.15 nm
4
30
nm
nm
30
図3 (a)ミセルの原子間力顕微鏡の画像。(b)その拡大図(山の部分がミセルに由来)。(c) 原子
間力顕微鏡から求めたミセルサイズのヒストグラム。(d)計算で求めた4つの両親媒性分子から
なるミセルの構造。
図4 (a)ミセルによる色素分子(G = DCM, NR)の内包。(b)水中でのミセルおよび色素分子を
内包したミセルの写真と紫外可視吸収スペクトル。(c)ミセルおよび色素分子を内包したミセル
の紫外光照射下(370 nm)での写真と蛍光スペクトル。
● 今後の研究展開
偶然にも、マクベインによるミセルの構造の提言から 100 年の記念すべき年に、新
しい両親媒性分子の設計により、従来のミセルでは見られない機能を有する新型ミセル
の構築を達成した。簡便かつ大量に合成でき、水や空気、熱、酸や塩基性に安定な今回
のミセルは、既存のミセルには無い厳密なサイズ制御と色素分子の内包能、特異な蛍光
性を備えることから、新しい発光性材料(有機 EL や蛍光センサー・プローブ、蛍光塗
4
料など)への応用が期待される。また、この分子設計を応用して、種々のパネル状の芳
香族分子を活用したミセルを構築することで、多様な蛍光色やサイズをもつ光機能性ミ
セルの開発も期待できる。
【用語説明】
(用語 1)ミセル:石けんなどに含まれる両親媒性分子(用語3)は、水に溶かすと、
ある濃度以上で疎水性の部分を内側に、親水性の部分を外側に向けたナノメートルサイ
ズの球状集合体を作る。この集合体をミセルという。
(用語 2)アントラセン:パネル状で剛直な芳香族分子。3つのベンゼンが横に縮合し
た化合物で、紫外光照射により青色の蛍光を発する。
(用語 3)両親媒性分子:1つの分子内に、水になじむ親水性の部分と油になじむ疎水
性の部分を合わせもつ化合物。界面活性剤とも呼ばれる。石けんや洗剤の主成分であり、
多くの有用な性質を持つため工業的に大量に合成され、日常的に使用されている。
(用語 4)π-スタッキング相互作用:パネル状の芳香族分子間で働く相互作用で、2
分子が平行に重なる配置が安定。この相互作用は DNA2重ラセン構造でも働いている。
(用語 5)アルカン:鎖状の柔軟な有機分子。炭素と水素のみから成り、疎水性である。
(用語 6)疎水性相互作用:油になじむ疎水性の化合物(または部位)は、水中に存在
する時、水から排除される形で集合体を形成する。この現象を疎水性相互作用と呼ぶ。
(用語 7)根岸カップリング反応:2010 年にノーベル化学賞を受賞した根岸英一先生
によって開発された、パラジウム触媒を利用した効率的な有機合成反応。
(用語 8)原子間力顕微鏡:固体表面上に配置した数ナノメートルサイズの試料に対し
て、顕微鏡の探針を走査することで、原子間に働く力を検出して試料の画像が得られる。
【掲載雑誌名、論文名および著者名】
Angewandte Chemie International Edition(ドイツ化学会雑誌)
Micelle-like Molecular Capsules with Anthracene Shells as Photoactive Hosts
(光機能性を有するミセル状の分子カプセル)
Kei Kondo, Akira Suzuki, Munetaka Akita, and Michito Yoshizawa
(近藤 圭、鈴木 輝、穐田宗隆、吉沢道人)
【研究支援】
最先端・次世代研究開発支援プログラム (内閣府)
【研究内容に関するお問合せ】
東京工業大学 資源化学研究所 准教授
吉沢道人
E-mail: [email protected]
TEL: 045-924-5284
FAX: 045-924-5230
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