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就学前教育・保育に関する考察 - プール学院大学・プール学院短期大学部

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就学前教育・保育に関する考察 - プール学院大学・プール学院短期大学部
プール学院大学研究紀要 第 56 号
2015 年,277 〜 289
就学前教育・保育に関する考察
- 韓国のヌリ課程と幼児教育振興院の機能から -
劉 眞 福 はじめに
日本と韓国には、それぞれ「三つ子の魂、百まで」、
「3 歳の癖、傘寿 (80 才 ) までいく」という諺があっ
て、古くから幼児教育の重要さは認識されてきた。また世界的に一番長く読まれている聖書にある「子
をその行くべき道に従って教えよ(箴言 22:6)」という教えからも、教育・幼児教育の重要さとその
責任は大人社会に問われてきた。そして、心理学者や脳科学者、最近は経済学分野でも科学的に様々
な研究を通して、就学前の幼児教育・保育の重要さと効率性が裏付けられてきている。
特に 2012 年、ノルウェーで開かれたハイレベル円卓会議で OECD 経済協力開発機構は幼児教育・
保育について、会員国に積極的に推奨した。この会議のテーマは、“Starting Strong : Implementing
Policies for High Quality Early Childhood Education and Care”「質の高い小学校就学前教育・保育
の政策実行に向けて」で、目的として幼児教育・保育への投資の経済的・社会的重要性に焦点をあ
てて、各国の注目を集めることを最初に掲げた。また、この会議の内容をまとめた文部科学省ホー
ムページ資料1)には図表 1 のように、就学前教育の投資効果として、「“幼児期のスキル形成はその
後の人的資本形成の基礎をつくる。学びは更なる学びへとつながる。幼児期へ の投資は重要である。”
Heckman and Masterov, 2007」の文言や「質の高い幼児教育・保育は、潜在成長力を高める最も効
率的な戦略。子どもが成人した時点での税負担能力を高め、社会政策費用を抑制する」などの文言で、
経済的効果が最も高いことを強調している。2)
しかし、OECD 国家を中心に就学前教育(幼児教育)が重要視されるようになったのは、日本の
ような少子化対策や経済的効果という観点よりも、おもに学力・貧困・ジェンダー格差対策という
観点からである。当会議について他の報告書によると、アメリカの早期教育研究のための国立研究
所の発表とアメリカのヘッドスタート(就学前の貧困児童に早期学習環境を用意するとして、政府
支援のもとに創設されたプログラム)の事例から、単に投資と費用の問題より質の高い就学前教育
は貧困層家庭の子どもに対する幼児教育・保育プログラムの効果が大きい3)。貧困層出身の子ども
が将来直面する可能性が高いというのは社会問題に対しても効果があるということと解釈できる。
特に、アメリカのヘッドスタートは 1960 年代の半ばから行っているプログラムで、低所得者層の就
学前の子ども(3‐4 才)を対象に公平なスタートを支援する成功した事例としてよく知られている。
278
プール学院大学研究紀要第 56 号
図表1
出典:内閣府 子ども子育て会議 (2013/4/26) 資料 4 から
さらに、最近(2015 年)スタートした「子ども・子育て支援新制度」の目的を見ると、①待機児
童の解消と人口減少が見込まれる地域の幼児期の学校教育・保育の基盤維持のため、②質の高い保育・
幼児教育の提供のため、③地域の子育て支援の充実のために4)設けられたという。その目的からも
やはり、子どもの公平なスタートの提供という視点よりはまだ、現実的な課題に少子化や待機児童
解決策に留まっているような印象は否定できない。
つぎは、日本の新制度と言われている「子ども・子育て支援新制度」を整理することで日本の就
学前教育を理解することとする。
1.日本の「子ども・子育て支援新制度」のスタート
この制度の背景としては、2006 年成立された「就学前の子どもに関する教育、保育等の総合的な
提供の推進に関する法律」に基づき、2006 年(平成 18)10 月 1 日から保育所、幼稚園に次いで新た
な第三の子育て支援施設として「認定こども園」が開設されたことがあげられる。就学前の幼児教育・
保育を提供する機能と子育ての相談活動や親子の集う場の提供の機能を備えるものに都道府県が認
定することになった。これについては、「待機児童の解消のための規制緩和」の名の下ですぐれた保
育制度を壊そうとするものだという批判もある。
2012 年には、少子化社会対策会議において決定した制度などに基づき「子ども・子育て支援法」
と同時に、「認定こども園法の一部改正」、「子ども・子育て支援法及び認定こども園法の一部改正法
の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(子ども・子育て関連 3 法)が成立された。
「3法案の趣旨:すべての子どもの良質な成育環境を保障し、子ども・子育て家庭を社会全体で支
援することを目的として、子ども・子育て支援関連の制度、財源を一元化して新しい仕組みを構築し、
就学前教育・保育に関する考察
279
質の高い学校教育・保育の一体的な提供、保育の量的拡充、家庭における養育支援の充実を図る。」(内
閣部資料)
そして、今年度(2015 年度)からはこれらの子ども・子育て関連 3 法に基づいて「子ども・子育
て新制度」がスタートした。この新制度は子ども・子育て本部を設置し、制度ことにばらばらな政
府の推進体制を内閣部中心に一元化を図ったことになる。しかし、認定制による不安、保育費、保育・
教育の質の懸念などなどの課題を抱えている。
「すべての子どもの良質な育成環境を保障する」ために新しい仕組みを構築するという日本政府の
目的は、幼稚園、保育所、認定こども園、小規模保育等に対する財政支援の一元化によって実現可
能なのだろうか。
このようにスタートした新制度では、大きな狙いは「認定こども園」の許可手続きを簡素化し、
新たに小規模保育等への給付(「地域型保育給付」)を創設することで、都市部における待機児童解
消とともに、子どもの数が減少傾向にある地域の保育機能の確保に対応するという意図がある。た
だし、どのくらい多くの施設が増えるのか、また増えたとしてとしても、保育の質と子どもの安全
を確保できるかどうかなどが未知数で、今後の就学前の教育・保育サービスの質と「すべての子ども」
の普遍性を担保する国家責任的役割が問われるであろう。
かつて、図表2で見られるように、日本と韓国は OECD 国家のなかで就学前サービスにおいて家
計からの支出が大きな位置を占めていることを指摘されてきた。また、幼児教育・保育の二元化(二
図表2日韓の幼児教育・保育
280
プール学院大学研究紀要第 56 号
本化)の状況で、公的支出の低さにも後ろめたさを感じてきたのであろう。その理由から日本と韓
国は、就学前の教育の公教育化を図りつつ二元化されているシステムに政策的な工夫を重ねてきた
のである。その結果が日本では「子ども・子育て支新制度」であって、韓国には幼保の共通課程「3
~ 5 才ヌリ課程5)」である。このように隣国である両国は、幼児教育・保育においても、課題を同
じくする場面が多く、互いに学びあえば発展に結びつくであろう。
次に最近、韓国が取り組んでいる、教育保育内容の規定の統一を図った幼児教育・保育の共通課
程「ヌリ課程」を紹介し日本への示唆点を探りたい。
2.就学前教育・保育課程としての「ヌリ課程」
近年、韓国のおいては、アメリカの「ヘッドスタート」のような貧困児童の早期支援プログラム
が民間からスタートされ、政府の国策事業になっている「We スタート」と「dream スタート」がある。
その事業の始まりは、2004年の新聞記事が社会的に世論になり、豊かな社会においての貧困児
童の将来を重んじる教育に対する格差問題や先進国における早期教育・保育の効果に対する期待か
らであった。このような社会のムードで韓国は 2005 年、大統領令に基づき低所得者層から無償化を
はかった。
1)韓国の幼児教育と保育
韓国の幼児教育と保育は、光復(植民地支配からの解放を意味)以降、文教部(当時の名称)の
管轄で幼稚園を担当してきて、乳幼児に関する保育は、1991 年嬰幼児保育法の制定により、それま
での多様な形態で運営されてきた保育施設が保健社会部(当時の名称)に帰属されるようになった。
これによって、韓国の乳幼児に対する保育及び教育の体制は幼稚園と保育施設に分かれて、関係法律、
管轄権及び行政体制、幼児教育機関と保育施設、教育及び保育課程、人材の名称と養成制度などで
二元化体制になっている。 [ カン・スンファ , 2008]
しかし、この二元化されてきた韓国の幼児教育と保育については統合論が早くも 1961 年、託児所
関連法として‘児童福利法’の制定当時から持続的に提起されてきた。様々な方法で幼児教育と保
オ リ ン イ ジ ッ プ
育の統合必要性が提起されて、2013 年には幼稚園と保育所(韓国では子どもの家という意味で、以下、
オリンイジップという。)の満 3-5 才児に共通教育課程「ヌリ過程」を適用し始めたことから、韓国
は実質、幼児教育と保育が統合されたともいえる。共通教育課程「ヌリ過程」は、幼保統合ついて、
新たな施設「認定こども園」を推進した日本とは異なる試みでもある。
281
就学前教育・保育に関する考察
図表3.日韓就学前教育状況
日本(2006)
韓 国
2006 年
2012 年以降
幼稚園(3 ~ 5 歳)
対象
幼稚園(3 ~ 5 歳)
幼稚園(3 ~ 5 歳)
保育所(3 ~ 5 歳)
就
5 歳 児 97%, 4 歳 児 94%, 3 5 歳児 50%, 4 歳児 33%, 3 5 歳 児 88%, 4 歳 児 87%,
学
3 歳児 85%
歳児 16%
在 歳児 75%
前
籍 保 育 を 含 む。 学 年 齢 に 5 歳児の就園率は、保育を(2012)
教
率 換 算 し た 推 計 値 に よ る 含めると 79%(2006)
育
(2006)
所管
文部科学省
教育科学技術部
教育科学技術部
保 対象
保育所(0 ~ 5 歳)
保育所(0 ~ 5 歳)
保育所(0 ~ 5 歳)
育 所管
厚生労働省
保健福祉家族部
保健福祉家族部
公私ともに有償 , 幼稚園で 5 歳児に対する幼児教育・ 5 歳児に対する幼児教育・
は 8 割の子どもが私立に 保 育 を そ れ ぞ れ 無 償 化。保育無償。
無償化の状
通うため、保護者の負担 2005 年より施行(大統領 3-5 歳 児 に 対 す る 幼 児 教
況
令に基づき低所得者層か 育・保育 2013 年より無償
が重い現状。
化。
ら順次実施)。
幼保統合ついて、施設「認 幼保統合ついて教育課程(教育内容)
備考
定こども園」を推進
参照 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/049/shiryo/08073029/001/001.htm
教育科学技術部 2014 年 9 月 9 日報道資料「2014 年 OECD 教育指標調査結果発表」資料より作成
2)「ヌリ課程」の導入背景
「ヌリ課程」の施行の背景について、教育科学技術部・保健福祉部が発行した「3 ~ 5 才年齢別ヌ
リ課程解説書」では、6つの理由をあげている。まず、①世界最低水準の出産率、2010 年合計出産
率 1.22 名で教育・保育費の負担が少子化を深化させている。また、それは②教育・保育に階層間の
格差を招いているとの解釈をしている。
就学前サービスについて OECD 国家を中心に無償教育・保育が拡大していく③国際的な潮流があ
るなか、韓国も国家レベルでの幼児教育・保育に対する公的投資を拡大する必要があるという判断
があった。特に幼児の教育・保育の保障はすべての幼児の公平なスタートとして④平等権の保障の
意味を持つ。
また、⑤幼児期の教育・保育の重要性と、多くの研究6)から⑥社会的・経済的な投資価値面から
受益率が高いという理由もあげている。
3)「標準保育課程」と「ヌリ課程」の内容
「標準保育課程」と「ヌリ課程」とは、現在、韓国において幼稚園とオリンイジップの運営におい
て要領や指針にあたる基準になるものである。「標準保育課程」の正式な名称「オリンイジップ標準
282
プール学院大学研究紀要第 56 号
保育課程」で、オリンイジップ ( 保育所 ) の 0 ~ 5 才の乳幼児に対して国家レベルでの普遍的かつ共
通的な保育目標・内容を全国に提示したものである。また、幼稚園のための「幼稚園教育課程」が「ヌ
リ課程」に変更された。
今まで幼稚園には健康生活、社会生活、表現生活、言語生活、探究生活の 5 領域で構成される幼
稚園教育課程、オリンイジップには基本生活、身体運動、意思相通、社会関係、芸術経験、自然探
究の 6 領域で構成される標準保育課程が設けられて、それぞれの課程に基づいて保育・教育が行わ
れていた。これまでの幼児教育・保育において 2012 年「5 才ヌリ課程」をはじめ 2013 年には 3 - 5
才の幼児に対する共通課程として「ヌリ課程」を設けることで、幼稚園とオリンイジップの幼児に
教育・保育内容の一元化と無償化を実現することができた。ここで無償化は生涯初めての出発点の
平等(公平なスタート)を保障するともいえる。
図表4.ヌリ課程(3 ~ 5 才無償の保育・教育)の概念図
幼稚園
教育課程
教育科学技術部
オリイジップ
標準保育課程
保健福祉部
5領域
3-5 才年齢別
健康生活、社会生活、
表現生活、言語生活、
探究生活
6領域
基本生活、身体運動、
意思相通、社会関係、
芸術経験、自然探究
ヌリ課程
⇒
身体運動・健康
意思相通
社会関係
芸術経験
自然探究
また「ヌリ課程」は、就学前の教育の質を保障する観点から、今までの幼稚園教育課程に既存の
標準保育課程の内容を多く取り入れることで幼児期において保育の重要性を確認しつつ、各内容に
おいても実施園ごとの差をなくすため、共通(同一)教育課程と教材、教員研修を徹底している。
幼稚園教育課程は「3 〜 5 歳ヌリ課程」に変更されたが、オリンイジップ標準保育課程は、0 〜 5
歳の乳幼児に国レベルで提供される普遍的で一般的な保育の目標と内容を提示したもので、0 〜 1 歳
の保育の課程、2 歳保育コース、満 3 〜 5 歳の保育コースに構成されて、満 3 〜 5 歳の保育コースに
は「ヌリ過程」を含むことになる。国レベルのオリンイジップ標準保育課程を実施することにより、
未就学児(0 〜 5 歳)が地域や施設ごとに差がなく、年齢の特性に合わせて普遍的で一般的な保育の
目標と内容の下に乳幼児の全人的発達と文化に適した内容の一貫性を実施しようと目的の保育の課
程である。
ヌリ課程の特性としては、教育・保育費を所得に応じて支援してきたことを、すべての階層に無
償で行うことで就学前教育の無償化をはかり、就学前教育の普遍性と公平性を取ることができたと
言える。そして、内容は幼児の基本素養と人格教育に重点を置いたことと、小学校の教育課程及び
標準保育課程との連携を考慮して体系化したことである。
283
就学前教育・保育に関する考察
図表5.ヌリ課程と標準保育課程の内容
標 準 保 育 課 程
ヌ リ 課 程(3-5 才)
身体運動・健 コミュニケー
基本生活
社会関係
芸術経験
康
ション
自分を知り尊 美しさを見つ
聞き
健康的な生活 感覚と体の認
ける
重する
話し
識
する
他人の感情を 芸術的に表現
読み
安全に生活す 身体の調節と
する
知る
書き
基本運動
る
家族を大切に 芸術を鑑賞す
身体活動に参
る
思う
加
他人ともに生
健康的な生活
きる
安全な生活
社会に関心を
持つ
0~1 才 , 2 才
自然探求
探求する態度
を育つ
数学的に探究
する
科学的に探究
する
「ヌリ課程」は 3 ~ 5 才児の心身の健康と発達を支え、民主市民の基礎づくりを目的に構成されて
いる。ヌリ課程の構成方向として
② 秩序、配慮、協力などの基本生活習慣正しい靭性を養うことに重点を置いて構成し
② 自律性と創造性を養うことに重点を置いて、全人的な人格の開発をなすように、
③ 人と自然を尊重し、韓国文化を理解することに重点を置き、
④ 3 〜 5 歳児のな発達特性を考慮して年齢別に
⑤ 身体運動・健康、コミュニケーション、社会関係、芸術経験、自然探求の 5 つの領域を中心に、
⑥ 小学校教育課程と 0 〜 2 歳の標準保育課程の連携を考慮して構成された。
編成・運営の面では、幼稚園の場合、今までの 1 日 3 ~ 5 時間の教育課程を基本として、その後
は放課後課程として運営している。また、オリンイジップは 1 日 12 時間を基本運営時間としている
ので、運営基準は維持しながら共通課程として午前中の運営を原則にして弾力的に編成している。
「ヌリ課程」の評価については、国家レベルの普遍的な目標と内容に準じ編成・運営されたかを評
価し、幼児に対する評価も行われる。幼児の特性と変化の程度を評価し、幼児の知識、機能、態度
を含んだ評価で、日常生活とヌリ課程活動の全般が評価され、幼児に対する理解、運営の改善及び、
保護者面談の材料として活用される。
3.幼児教育振興院の機能
ヌリ課程の施行で幼児教育・保育は社会の関心を受け幼児教育に対する支援規模も拡大(チェ・ウニョ
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プール学院大学研究紀要第 56 号
ン 2014)された。韓国政府が 2013 年発表した幼児教育発展 5 か年計画は、幼児教育の機会の拡大、
幼稚園運営の効率化、教育課程及び放課後課程の充実化、教員の専門性及びプライド(自矜心)強化、
幼児教育支援体系の強化の 5 つを中心に課題が選定(キム・ヨンオク外 2013)された。幼児教育支援体
系の強化領域には、幼児教育情報しステム構築、幼児教育振興院と幼児体験教育院の運営活性化、ヌ
リ課程の運営支援強化等が含まれている(チェ・ウニョン外 2014)。
幼児教育振興院と幼児体験教育院は、教育科学技術部が 2009 年発表した「幼児教育先進化計画」
の幼児教育支援体系の強化分野に「地域別幼児教育体験施設の拡大構築」の計画により、幼児教育振
興院の業務に体験教育を含み、推進された(チェ・ウニョン外 2014)。2015 年現在、幼児教育振興院は
13 か所運営されている。
次は 2015 年 5 月に 2 回目訪問7)した「大田幼児教育振興院」を紹介し、韓国政府の就学前教育・保
育の実情を考察する。
1)大田幼児教育振興院(http://dje-i.go.kr/main.do)
大田幼児教育振興院は 2013 年開所した幼児、教員、保護者、幼児機関のニーズを充足するための総
合的な幼児教育サービスを実施する大田広域市教育庁の直属機関である。
幼児にはヌリ課程と連携した多様な体験教育プログラムを提供し、教員(教諭)には現場中心の研究・
研修教材・教具の開発への支援の役割を果たしている。また、保護者には父母教育及び相談サービスを
とおして育児情報を提供することや地域にある幼稚園、オリンイジップなどの幼児施設と連携している。
また、幼児教育の質の向上を図るため、幼稚園機関評価も行っている。
設立目的として、①幼稚園教諭の研究・情報提供、プログラム及び教材・教具開発・普及、幼稚園研修
及び評価等を通した幼児教育振興をはかり、②幼児の発達段階及びヌリ課程を考慮した幼児体験教育プ
ログラムの運営、大規模の研修棟と体験棟を設けて、③保護者研修、幼児教育情報提供及び保護者の
家計支出の教育費の節約をはかる。また、幼児、教員、保護者が満足できる④相互的な支援体制を通し
て教育福祉を実現することとしている。
大田幼児教育振興院は図表6のように教育行政棟と体験棟でエリアを区分して、教育行政棟は、幼児
教育の従事者のための現場中心の研究・研修の場と、保護者の研修場として設けられていて、体験棟は
ヌリ課程と連携した多様な体験教育ができるエリア 4 として設けられている。
2)教員支援の役割
地域の幼稚園教員及び幼児教育関係者を対象に、幼稚園教員の専門性の向上と自己開発を図るととも
に、授業の質の向上と教授・学習方法の改善のために教員研修を実施している。
ヌリ課程の授業研究会を運営していて、3 〜 5 歳の年齢別ヌリ課程の運営に伴う様々な授業モデルの開
発、教授・学習方法の多様化のために地域内の幼児園教員を対象に行われている。また、幼児教育振興
就学前教育・保育に関する考察
285
院では、教材・教具の開発と普及事業をとおして教授・学習方法の改善を図っている。幼児教育の一般
化を図り、教員の業務軽減のためにヌリ教材・教具の開発と普及事業を行っている。教材・教具や教育活
動のための資料は無料レンタルサービスも行う。
プロッター・エドゥカッターなどの高価機器や、マルチメディア制作室を運営していて、様々なイベントの
大型印刷物の出力制作支援や、エデュカット型を利用して、教育活動に必要な形を選択し、資料を作成
することで、教授・学習方法の改善を図っている。利用はホームページで予約ができるようになっている。
特に、マルチメディア制作室は、ホームページを通して事前予約をして、専門家の支援を受けて授業の動
画や広報の映像物、イベントの写真や動画の編集など、教員の業務をサポートする。
図表6大田幼児教育振興院
http://dje-i.go.kr/main.do
3)幼児体験教育
幼児教育振興院は現役の幼稚園、オリンイジップにおいての幼児教育の従事者の味方的な役割を果た
しているなか、教育情報センターを運営することで、幼児教育関連教員と保護者を対象に、幼児教育専
門書、教養書籍、親の教育書籍、DVD などの貸し出しを行っている。教育の専門性向上のための様々な
研究・研修資料の提供と、新しい情報の提供で保護者の幼児教育に対する正しい理解を図る。特に、毎
月2回、地域の幼児のいる家庭に開放していて、ヌリ課程と連携するように意図された教育の場で楽しみ
ながら、幼児教育の重要さと子育てのヒントを得ている。
4)幼児体験教育棟
幼児体験教育は体験領域別に、
「サニ、ドゥリと一緒に宝山に隠れた宝探しに行こう」というテーマで、
サニ(山)コースとドゥリ
(野)コースで構成されていた。体験棟は3階建で、一階では、受付やオリエンテー
ション、昼食をするスペースである。2階と3階をコース別に分けている。
286
プール学院大学研究紀要第 56 号
図表7.大田幼児教育振興院の体験棟2階
http://dje-i.go.kr/main.do
2階のサニコースでは「しゃべる木の森」という言語領域で日常生活に必要な聞く、話す、読む、書く
に興味を持ち、基礎的な言語能力と正しい言語生活の習慣と態度を育てる領域である。探究領域の「秘
密を持っている森の泉」では、幼児の生活の場で好奇心を刺激し探究する基礎能力と態度を育む。造形
領域の「雲の上の魔法のガーデン」では、幼児が思って、感じたことを芸術的に表現し、鑑賞することが
できる。
体験棟の 3 階に設けられていたドゥリコースは、
「虹の下の私の町」といって社会文化領域として、子ど
もが住んでいる町の様々な機関や役割を体験することで、共に生きる方法を身につける。また、世界の国々
の文化を経験するように促し、世界市民としての資質を育てるねらいを持っている。健康安全領域の「お
いしくて珍しい公園」では、こどもが自分の身体を肯定的に認識し、食材をイメージできるようにしなが
ら、生活に必要な基本運動の力と健康で安全な生活習慣をはぐくむ。リズム領域の「音遊び楽器の国」は、
歌を歌い音と音楽を鑑賞し、演奏することで音楽的な素質を刺激し、動きや踊りで思ったこと感じたこと
を表現することで創意性を伸ばす領域である。
図表8.大田幼児教育振興院の体験棟3階
http://dje-i.go.kr/main.do
就学前教育・保育に関する考察
287
幼稚園やオリンイジップをとおして、園外活動で利用することができる大田幼児教育振興院は、1 日 120
名ずつ、240 名を受け入れが可能で、毎月 2、4週目の土曜日には体験教育保護者にも開放して家族間
の思い出作りや保護者の幼児教育への理解を高めている。ホームページからも申し込みが可能であるが、
毎回要約が埋まっている状況である。また、月1回の幼児の興味、現場のニーズに合わせて、文化・芸術
中心の特別体験活動を実施して、幼児の感性や創意性を育んでいる。
むすび
日本では、子ども・子育て支援新制度が実施されている。この制度は、少子化、子育て家庭の不
安と孤立感、待機児童の問題などを解消するために、幼児教育・保育の提供方式を「子ども・子育
て支援法」によって整備したと言えるだろう。しかし、現場では就学前教育・保育の質 / 量的課題
が残っている。
韓国でも就学前教育・保育の長い議論がありきで、2012 年になってようやく 5 歳児の無償教育・
保育が実現されて、2013 年には 3-5 歳まで拡大することができた。幼児教育と保育の二元化された
システムを教育課程の統合(ヌリ過程)で、すべての就学前の 3-5 歳の子どもに就学前教育課程を提
供することができるようになった。しかし、ヌリ課程の課題として財源確保と、ヌリ課程の担い手
である教員の研修は良質な就学前教育の決めてであろう。
全世界的に幼児教育に対する投資は幼児を教育し、貧困を退けて教育の平等を保障しようとする
社会的責務の一部として認識されてきている。「ヌリ課程」の無償教育・保育の実現に加え、教育科
学技術部の幼児教育振興院への取り組みは無償教育・保育を実践する機関として意義を持っている。
日本では 6 人に一人の貧困児童がいるとよく言われるのだが、今の日本には、児童館のような設備
があるものの、小規模だったり、民営化を進めているなかで、料金が発生するなど、普遍的なサー
ビスまでには評価できないところが多い。すべての子どもの良質な成育環境を保障するためにも、
公的な就学前教育システム、すなわち、民間を幼児教育・保育機関に引っ張り込む後押しをするよ
うな公的な就学前教育制度が今必要ではないのだろうか。
<註>
1)文部科学省ホームページ資料(http://www.mext.go.jp/)
「ノルウェー /OECD 就学前教育・保育ハイレベル円卓会議について」平成24年4月19日資料
2)OECD ホームページ資料(www.oecd.org/edu/earlychildhood/roundtable)
「OECD-Norway High-level Roundtable - Starting Strong: Implementing Policies for High Quality Early
Childhood Education and Care (ECEC)」23-24 January 2012 - Oslo, Norway
288
プール学院大学研究紀要第 56 号
3)駐 OECD 代表部のホームページ資料(http://oecd.mofa.go.kr/)
「2012 年 OECD 幼児教育保育高位級会議結果」 4)内閣府 子ども子育て会議 (2013/4/26)、資料 4、P2
5)ヌリ課程のネーミングについて:名称の公募をとして「5才共通課程」を2011年「5才ヌリ課程」公表
されて、無償教育・保育政策でありながら同時に、5才教育・保育課程を意味し、2013年の3~5才共
通課程も「3~5才ヌリ課程」となった。
6)Heckman(2006), Eppe project(2007), Perry Preschool Project(2003)
7)毎年、本研究者が大田市にあるモリアミッションセンターと連携し、
「福祉と韓国語研修」を行っている。5 回、
7 回目の研修で訪問し、その実践の現場を見学した。
<参考文献>
教育科学技術部・保健福祉部『3-5 才年齢別ヌリ課程解説書』2013
キム・ヨンオク他『幼児教育発展 5 ヵ年政策樹立政策研究』教育科学技術部 2013
チェ・ウンヨン他『2014 幼児教育政策の成果と課題』育児政策研究所 2014
カン・スンファ『教育文化研究第 14 - 2』「幼児教育・保育体制一元化法案の探索」2008
埋橋 孝文・矢野 裕俊『子どもの貧困/不利/ 困難を考えるⅠ:理論的アプローチと各国の取組み』2015
社会福祉の国際比較 ( 放送大学教材 ) 単行本 2015/3
こども未来財団『目で見る児童福祉』2005
勅使 千鶴「韓国における保育機関の公共性と保育の質 : 保育政策と実践にみる公共性と『保育の質』の向上への
取り組み」『日本福祉大学子ども発達学論集』(1), 25-43, 2009
<報告書及び報道資料>
内閣府ホームページ(www.cao.go.jp)「子ども子育て会議、資料 4」(2013/4/26)
文部科学省ホームページ資料(http://www.mext.go.jp/)
「ノルウェー /OECD 就学前教育・保育ハイレベル円卓会議について」平成 24 年 4 月 19 日資料
OECD ホームページ資料(www.oecd.org/edu/earlychildhood/roundtable)
「OECD-Norway High-level Roundtable - Starting Strong: Implementing Policies for High Quality Early
Childhood Education and Care (ECEC)」23-24 January 2012 - Oslo, Norway
駐 OECD 代表部のホームページ資料(http://oecd.mofa.go.kr/)
「2012 年 OECD 幼児教育保育高位級会議結果」
2014 年 9 月 9 日報道資料「2014 年 OECD 教育指標調査結果発表」資料
就学前教育・保育に関する考察
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(ABSTRACT)
A study of pre-school education and child care
- with the function of the Nuri program and Child Education
Development Institute in South Korea -
YOO, Jinbok In Japan, from this year, a new child care and support system has been implemented.
This system is for solving problems such as the low birth rate, anxiety the isolation of families
with children and waiting lists for education. The way of providing education and care for children
has improved by the Children, Child care and Support law. However, in the field, it remains a
qualitative and quantitative task of pre-school education and childcare.
In South Korea, there has also been a long debate about preschool childcare education.
In 2012, free education and child care for 5 year old children materialised and in 2013 it extended
from 3 to 5 year olds.
The dual system of early child education and child care has been integrated into the (Nuri
Program) preschool curriculum and therefore this pre-school education is able to be offered to
children between the age of 3 to 5 free of charge.
This study examined the function of the Nuri program and Child Education Development
Institute in South Korea and investigated the implications for Japan.
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