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談 話 室 189 生 活 衛 生 Vol. 53 No. 3(2009) 「クールビズ」はちっとも「クール」じゃない! 新 矢 将 尚 ─男性がネクタイをはずせば女性のひざ掛けが いらないオフィスになります。 ネクタイの原型は世界至る所に存在し、寒冷地 方では防寒用、温暖地方では暑さしのぎの濡れタ オルとして用いられ、首に巻く実用的なもので このキャッチフレーズとともに、2005 年夏から あったと言われている。装飾用としては、17 世紀 始まった「クールビズ」 。環境省が公募した「省エ のフランス国王ルイ 14 世がクロアチア兵の巻い ネルック」に代わる、夏の軽装の新名称である。5 ていたスカーフに魅せられ、宮廷ファッションと 年目に入り、定着してきたのか、ネクタイを外した して奨励し、それが一般に普及したと伝えられて スーツ姿を目にすることが増えてきたように思う。 いる。19 世紀のヨーロッパでは、ネクタイをいか に優雅にかつ粋に結ぶかということが、上流階級 しかし、それって「クール」なのだろうか? の男たちの最大の関心事であったようだ。季節を 問わず首に巻く、装飾としてのネクタイには機能 現在のスーツは 19 世紀中頃のラウンド・スーツ 性など皆無だが、ネクタイは体の中央に位置する が原型であると言われ、基本的な形はこの 150 年間 ため、否応にも他人の目を集中させることになる。 変わっていない。言わば、現代の男性の標準服であ それゆえに、ネクタイの柄や色は重要であり、スー る。スーツ(suit)には「同色・同素材でできた上 ツと同様に時と場所をわきまえて選ばれるべきも 下そろいの服」という意味もあるが、要するに上着 のとなった。ネクタイを締めることでスーツ姿が +ズボン(+ベスト)の服装一式のことである。背 完成し、その人の主体性やファッション性が表れ 広とも言う。必ずしも同一の柄や素材である必要は るのである。とりあえず締めているだけの人も、 なく、むしろディレクターズ・スーツのように、上 ネクタイをすることで、仕事をするのだと意思表 衣は黒無地を基調とし下衣は縞ズボンとする組み合 示をしているのだ。 わせの方が、格上の服装とされている。そして、こ の服装一式の要は、ネクタイにある。 したがって、ネクタイを締めないスーツ姿は、 見た目も締まらず、不作法であり不格好である。 まして、ボタンを複数外して胸元をはだけさせる なんて、おぞましい以外の何ものでもない。ネク タイを外したスーツ姿は、ちっともクールじゃな 「クールビズ」ロゴ い!(カッコよくない) — (55) — 談 話 室 190 それでもネクタイを外す理由は何だろうか。そ 服装の重要な点は、まずは相手に不快な思いを れは、暑いからである。首元が開いていれば、胸 させないことにあると思う。だからこそスーツに 部の熱を逃がすことができる。つまり、ファッショ ネクタイなのだ、と思われるかもしれない。それ ン性よりも機能性を優先しているのである。では、 は否定しない。肝心なのは、スーツにネクタイ姿 男性のアイデンティティたるネクタイを外してま でも、いかに涼しげに振る舞うかである。真夏の でも機能性を重視するのであれば、上着も脱いだ スーツにネクタイ姿は見るからに暑苦しい。とり らどうか。その方がさらに通気性がよくなり、涼 わけ暗色のものはそうである。そこで相手に「もっ 感はアップする。 と冷房を効かせましょうか」などと思わせては、 クールビズは台無しである。やせ我慢をしてでも しかし、Y シャツは元来下着であり、下着姿を クールに(涼しげに、かつ冷静に、さらにカッコ 人前にさらすのはまかりならん、と憤慨される紳 よく)振る舞うべきである。それができないなら、 士諸君もおられるかもしれない。ならばキャミ 真夏のスーツ姿はやめた方がよい。途中から上着 ソールを表に着たり、浴衣姿で昼間往来する女性 を脱いだりして服装を崩すのと、最初から上着を は許せないだろうか。否であろう。それがファッ 脱いだ服装でいるのと、どちらが不快に思われる ションとして定着しているからである。機能性を であろうか。機能性を優先しつつも相手に好感を 優先しても、ファッション性があれば、それは支 与え、同室の女性をいたわり、さらにエネルギー 持される。もちろん、これらはカジュアル(普段 の浪費を抑えて環境にも配慮するというのが、 着、くつろいだ服装)な装いであって、仕事着の 「クールビズ」の真髄であろう。 地位はまだ得られていない(ファッションモデル やキャンペーンガールは除く)が、ラウンド・ジャ 150 年続いているスーツの歴史に比べれば、クー ケットも最初は普段着であった。だから、Y シャ ルビズはたかだか 5 年に過ぎない。これからどの ツ姿が仕事着として認知されるかどうかは、これ ような装いが定着するかは、男性諸君がどのよう からのファッション性にかかっていると言えよ に主体性を示し、どのような機能性を選ぶかにか う。ネクタイがなければ襟元がさみしいが、ワイ かっていると言えよう。「クールビズ」から新た ドカラー、ボタンダウン、スタンドカラーなど、 な服装文化が生まれることを期待したい。 既に様々な襟の形のシャツが存在している。ある いは、これまでなかったような形のシャツが、こ なお、女性のひざ掛けが必要なくらいに冷房をか れから出てくるかもしれない。それに色や柄を組 けなければならない要因は、男性の服装以外にも、 み合わせ、清潔で、非礼なイメージを与えず、か 窓を開けられないために空調設備を必要とする現代 つ機能的なシャツが夏の標準服となればよいだろ の建物(特に高層建築)や乗り物(高速化と安全 う。上着を着たままでは、ちっともクールじゃな 性の追求)の構造にも問題があると考えているが、 い!(涼しくない) それについてはまたの機会に述べてみたい。 — (56) — (大阪市立環境科学研究所 都市環境担当)