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購買力平価予測にみるドル円相場

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購買力平価予測にみるドル円相場
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2015 年 11 月 30 日
購買力平価予測にみるドル円相場
市場調査部主任エコノミスト
130 円を上回る円安は反転後円高が急激に進む懸念
03-3591-1419
有田賢太郎
[email protected]
○ ドル円相場が購買力平価からかい離する事象は過去も生じていたが、短期的でありその後反転して
きた。金融政策の転換、あるいは積極的な為替誘導政策がドル円相場反転の主因であった。
○ 2020年までの消費者物価基準の購買力平価は1ドル=130円前後となる見通し。メインシナリオでは
ドル円相場は今後緩やかな円安ドル高に留まり、購買力平価を大きくは超えないと予想する。
○ 一方サブシナリオとして利上げに伴う急激なドル高進展も。その場合ドル高懸念から米当局が口先
介入や金融政策見直しを実施。結果ドル円相場は反転し、その後円高ドル安が急激に進む懸念あり。
1.はじめに
ドル円相場は2015年10月半ば頃から再び円安ドル高が進み始めた。2015年のドル円相場を振り返る
と、米利上げ期待から6月上旬に一時1ドル=125.86円まで円安が進んだ(図表1)。実に2002年以来の
円安水準であった。当時の急速な円安ドル高の進展に対し、米オバマ大統領が懸念を表明したとする
憶測報道(6/8、後に否定)や、日銀黒田総裁の「実質実効為替レート(2通貨間ではなく、諸通貨に
対して物価動向を加味した円の強さを示す指標)での更なる円安はありそうにない」という発言(6/10)
が同時期にあった。こうした報道や発言は円安ドル高への正式な懸念表明ではなかったが、市場は大
きく反応し、円高ドル安に戻すこととなった。市場がドル円相場の水準感を強く意識していた証左で
もある。
図表 1
ドル円相場の推移(左:2000 年以降、右:2015 年)
(円/ドル)
128
(円/ドル) 2002/3/29
140
135.15
2015/6/5
125.86 126
130
120
2015/6/5
125.86
124
110
122
100
120
90
118
80
116
70
60
00/1
03/1
06/1
09/1
(資料) Bloombergより、みずほ総合研究所作成
12/1
114
15/1 15/2 15/3 15/4 15/5 15/6 15/7
15/1
(年/月) (資料) Bloombergより、みずほ総合研究所作成
1
15/8
15/9 15/10 15/11
(年/月)
その後は中国株下落を起点として8月下旬から9月初旬にかけて発生した世界同時株安を受け、投資
家がリスクを取りずらい環境になったこと、また9月に米利上げが先送りされたことなどから、一旦は
円高に戻していた。しかし、10月に入り中国株下落が一服し市場に安心感が広がったことや、10月の
米雇用統計(11/4)の良好な結果などを受け米利上げ期待が再び高まったことなどから、ドル円相場
は再び円安ドル高地合いとなっている。
米国経済の底堅い推移が期待される中、米国は今後政策金利の引上げを実施していくことが予想さ
れる。一方で日本ではインフレ率が伸び悩む中で日銀の量的・質的緩和が当面継続し、更なる追加緩
和を実施する可能性も相応にあると考えられる。以上のような日米の金融政策の方向感の違いから、
今後もドル円相場は円安ドル高地合いが暫く続く可能性がある。では再び円安ドル高が進むとすれば、
中長期的な目線でみた場合、どこまでの円安、又はドル高が許容されうるのか、また許容水準を超え
た場合にどのようなプロセスで円高に反転するのか、というのが当然の疑問として出てくるところで
ある。
以上の問題意識に対する示唆を得るために、本稿では、円、及びドルの足元の水準感を振り返った
うえで、中長期的な為替レートの見通しに関する標準的な理論である購買力平価の視点から、大きく3
つの観点で整理・分析を行った。1点目として、過去の購買力平価とドル円相場の動きを踏まえ、ドル
円相場が反転するプロセスを整理した。2点目として、購買力平価の中長期的な見通しを推計し、今後
のドル円相場の水準感について評価を行った。3点目として、1、2点目を踏まえ、今後のドル円相場の
中長期的なシナリオについて考察した。
2.円は歴史的安値圏、ドルは対主要通貨では既に高値圏に
中長期的な目線での円やドルの水準感を捉えるために、前述の黒田総裁発言にもあった実質実効為
替レートの推移をみると、図表2、図表3の通りである。まず円の実質実効為替レートは、2015年6月に
67.8となり、1972年以来の安値水準となった。その後一旦は円高に戻したものの、依然歴史的な安値
圏を維持している状況にある。
図表 2
160
円の実質実効為替レート
(2010=100)
図表 3 ドルの実質実効為替レート(対主要通貨)
(1973/3 = 100)
140
1995/4
150.3
1985/3
131.6
130
140
2002/3
115.6
120
120
2015/10
103.2
110
100
100
2015/10
71.5
80
90
80
60
2015/6
67.8
1972/6
67.7
60
40
70/1
75/1
80/1
85/1
90/1
95/1
00/1
05/1
10/1
15/1
70
73/1
(年)
79/1
85/1
91/1
97/1
(注)主要通貨とは主として先進国通貨を指す。
(資料)FRBより、みずほ総合研究所作成
(資料)日本銀行より、みずほ総合研究所作成
2
03/1
09/1
15/1
(年/月)
一方でドルの実質実効為替レートはドル高基調にある。対主要通貨(主に先進国通貨)でのドルの
実質実効為替レートは2015年10月に103.2となっており、80年代半ば、00年代初頭に次ぐドル高水準と
なっている。
こうした状況下、米国のドル高懸念を示唆する内容が、足元でもいくつか発表されている。米ベー
ジュブック(地区連銀経済報告)
(10/14)では、ドル高が製造業や観光業の活動を抑制する要因と指
摘されている。また米財務省が公表する為替報告書(10/19)では、諸外国に対し通貨安誘導を目的と
した財政・金融政策をけん制する内容となった。いずれも米国内において、既に現在の水準がドル高
であることへの懸念を意識した内容となっている。
ではドル円相場の水準についてはどうとらえるべきであろうか。こうした2通貨間の水準感に関する
指標としては、購買力平価がある。
3.購買力平価からドル円相場がかい離した後の反転プロセスは 2 つ
購買力平価は中長期的に2国間の物価水準が均衡するような為替相場を指し、これまでの日米の購買
力平価の推移を示したものが図表4である。購買力平価の算出にあたっては、日米の物価水準が均衡し
ていたとする基準年を定義する必要があるが、以下のように定義した。
購買力平価が成立した基準年については、吉川(1995)や幸村・井上(2011)などの先行研究では1973
年や1975年、1975年第4四半期などで推計が行われているが、本稿では1973年を基準年とした。同年を
基準年とした理由としては、ドル円相場の固定相場制崩壊以降2年がたち、当時の実体経済を一定程度
反映した水準と考えられること、また同時期に日本の経常収支がほぼバランスしていたことがあげら
れる 1。
図表 4
購買力平価とドル円相場の推移
(円/ドル)
350
1982年
・米景気後退に伴う金融緩和(利下げ局面)
300
1985年
プラザ合意による各国協調でのドル高是正
250
200
150
15/9
130
1978年
カーター大統領ドル防衛策
(ドル安是正)
100
99
ドル円相場
購買力平価(73年消費者物価基準)
購買力平価(73年企業物価基準)
購買力平価(73年輸出物価基準)
50
0
73/1
78/1
83/1
88/1
66
1995年
各国協調による円高是正(+米のドル高容認)
93/1
(資料)日本銀行、総務省、米国労働省、Bloombergより、みずほ総合研究所作成
3
98/1
03/1
08/1
13/1
(年/月)
また基準となる物価については、消費者物価、企業物価、輸出物価各々で算出した。為替相場は各
国の政策判断の影響を大きく受けること、その政策判断のベースとなる物価指数はその国の経済・政
治情勢によっても変わり得ることなどから、幅をもってみる必要があり、本稿では各物価で推計を行
った。
以上の前提を踏まえ購買力平価とドル円相場の推移を比較すると、1973年以降のドル円相場はおお
むね企業物価基準の購買力平価を中心とし、消費者物価基準と輸出物価基準の購買力平価の間で推移
してきた。
また、過去の推移をみると、消費者物価基準の購買力平価を上回る円安、又は輸出物価基準の購買
力平価を下回る円高となる事象が一時的ではあるが、過去4回発生している。言い換えれば、どの物価
水準で見ても円安、または円高となることは起こり得るが、短期的であり、その後円高又は円安に反
転している。ではこうした相場の反転はどのようなプロセスを経て発生してきたのだろうか。
購買力平価説の一般的な考え方としては、為替レートと購買力平価にかい離が生じると物価格差が
発生し、二国間の競争力に差異が生じる。結果として一方から他方への輸出取引が拡大し、それと共
に為替の需給変動が起き、自然に購買力平価へ回帰していくという考え方である。ただし、実際には
上述のようなプロセスが常に成り立っているわけではなく、購買力平価説の限界については同説を提
示したCassel(1916)や吉川(1995)も既に指摘している。関税に代表されるように貿易財の需給条件
は必ずしも一定でないこと、またサービスなどの非貿易財は貿易財のようなプロセスが働きにくいこ
となどが指摘されている。また為替相場はインフレ格差以外の要素も影響するため、結果として購買
力平価から短期的には大きくかい離する事象が発生すると考えられる。
では実際に過去4回起きたドル円相場の反転はどのように発生したのか。結論から言えば、金融政策
の転換、あるいは積極的な通貨誘導政策への転換により引き起こされたと考えられる(図表5)。それ
ぞれの政策と背景となる当時の経済情勢を振り返ってみよう。
図表 5
購買力平価からかい離した後のドル円相場反転の 2 つのパス
政策
(目的)
金融政策転換
(物価安定)
積極的な通貨誘導政策への転換
(為替調整)
事例
1982年
1978年
1985年
1995年
事象
ドル高反転
ドル安反転
ドル高反転
円高反転
背景
米・景気悪化
米・インフレ率低下
米・貿易赤字
米・成長率鈍化
米・経常赤字増加
日・バブル崩壊
日・デフレ化
プロセス
金融政策転換
(引き締め⇒緩和)
ドル防衛策発表
(米国)
プラザ合意
(G5声明)
G7協調声明
手段
米利下げ
各国協調介入
(+米利上げ)
各国協調介入
各国協調介入
(資料)経済企画庁調査局「アメリカ経済白書(各年版)」、中谷悟・宮崎礼二「現代アメリカ経済分析」等より、みずほ総合研究所作成
4
1つ目の金融政策に関しては、1982年の円安ドル高からの反転がそれにあたる。当時の米国経済は全
米経済研究所(NBER)の基準では前年から景気後退局面が続いていた。第二次石油危機後の高インフレ
が前年頃から終息に向かっていたものの、失業率は10%を超え、実質経済成長率もマイナスとなって
いた。こうした経済環境下において、米国の金融政策は、高インフレ対策としての金融引き締めから、
景気浮揚策としての金融緩和に転換した(政策金利は1982年初の約15%から1982年末には一桁台まで
低下)。国内情勢を踏まえた金融政策の変更が、結果として円安ドル高からの反転を促したと考えら
れる。
もう1つの積極的な通貨誘導政策への転換に関しては、1978年におけるドル安是正、1985年のドル高
是正、1995年の円高是正が該当すると考えられる。
1978年はインフレ率の上昇と共に、米国の貿易赤字が拡大している局面であった。こうした中で当
時の米カーター大統領により、ドル安是正を目的とした各国協調介入の強化や政策金利の大幅な引き
上げなどの政策(ドル防衛策)が発表された。結果として、変動相場制開始以降続いていたドル安基
調からの転換がなされた。
1985年は前年末頃から米国の経済成長率が鈍化し、また米国の経常収支赤字が拡大していた時期で
ある。また、米国内ではドル高による海外輸入品増加に対する反発、いわゆる保護主義的な圧力が高
まりを見せていた。こうした中で米国は通貨政策として「ドル高容認」から「ドル高是正」へとシフ
トし、当時のG5(米・西独・英・仏・日)によるドル安誘導(プラザ合意)の声明が発表された。同
声明発表後にドル高からの反転がおき、その後急激なドル安が進むこととなった。
1995年は日本経済が景気後退局面にあり、日本の消費者物価も一時マイナスとなるような局面にあ
った。こうした中で円高ドル安の是正に向けてG7で共同声明が発表されたほか、円売りの協調介入が
実施された。こうした事象が実現できた背景には、米国経済が回復基調にあり、ドル高への反転を米
国が許容できる状況にあったことも大きな要素と考えらえる。
以上を整理すると、ドル円相場の反転は政治的・政策的プロセスが働いたことに起因すると考えら
れる。またそうしたプロセスが発生する背景には、通貨高となる国の経済・景気動向が後退局面にあ
り、政治的な圧力が発生しやすいことが特徴としてあげられる。もう一つ注目すべきは、過去4回のド
ル円相場の反転後には、急激に円高、又は円安が進んでいることにある。
では今後のドル円相場でも、同様の事象が発生しうるのであろうか。その観点から考察すべく、次
章以降では購買力平価の見通しを推計の上、今後のドル円相場の中長期見通しに関する考察を行った。
3.2020 年までの消費者物価基準の購買力平価は1ドル=130 円前後
本稿では、2020年までの消費者物価、企業物価、輸出物価基準での購買力平価の中期見通しを推計
した(図表6)。みずほ総合研究所の見通しでは、今後日本のインフレ率は今後一定程度上昇するとみ
ているが、米国のインフレ率を超えるには至らないと予想している2。そのため購買力平価はおおむね
横ばいから若干円高方向で推移する見通しである。また、消費者物価基準の購買力平価に関しては、
2017年4月の消費税増税を受け(本推計では増税を実施する前提)一時的に物価が上昇するため、購買
力平価も一旦は円安に進むが、その後再び円高に戻すと考えられる。結果として、2020年までの消費
者物価基準の購買力平価は1ドル=130円前後で推移するとみられる。
5
本稿執筆時点でドル円相場は1ドル=120円前半で推移していることから、現時点の為替水準が続け
ば消費者物価基準と企業物価基準の購買力平価の間に収まると考えられる。
一方で冒頭で述べたような日米の金融政策の方向感の違いから、為替相場は円安ドル高になる可能
性が引き続き想定される。そのため以下では、購買力平価との関係を踏まえつつ、ドル円相場の中長
期シナリオについて考察を行った。
図表 6
購買力平価の中長期見通し
(円/ドル)
200
実績
予想
180
160
140
133
120
125
121 (15/10)
100
92
80
60
63
40
ドル円相場
購買力平価(73年消費者物価基準)
購買力平価(73年企業物価基準)
購買力平価(73年輸出物価基準)
20
0
00/1
02/1
04/1
06/1
08/1
10/1
12/1
14/1
(注)予想値はみずほ総合研究所による推計。
(資料)日本銀行、総務省、米国労働省、Bloombergより、みずほ総合研究所作成
15/9
16/1
18/1
20/1
(年/月)
4.ドル円相場の中長期シナリオに関する考察
(1)メインシナリオは緩やかな円安ドル高に留まる見通し
米国経済は景気回復局面にあり、みずほ総合研究所の見通しでは2017年頃まで底堅い成長が続くこ
とを予想している。こうした中で今後米国の金融政策は同時期まで政策金利引上げを実施していくこ
とが予想される。9月に実施されたFOMC(9/16・17)で公表されたドットチャート 3によれば、2017年末
の米政策金利の中央値は2.625%(本稿執筆現在は米政策金利は0~0.25%)となっており、今後4半期
に1度程度のペースでの利上げ(毎四半期0.25%程度の利上げを前提)が予想されている。一方日本に
関しては、2017年4月に消費税増税などを控えていることなどを踏まえると、現在の金融緩和からの転
換は2018年以降になる可能性が高いとみている。
以上のような情勢を踏まえると、2017年頃までは日米の金融政策の方向性が異なる状況が続くと予
想される。そのためドル円相場のメインシナリオとしては、2017年頃まで円安ドル高基調となり、そ
の後米景気減速の兆しがみえはじめると共に円高ドル安に反転すると想定している。一方で日本の経
常収支は2015年に入ってから黒字基調で推移していること、また中国をはじめとする新興国経済の先
行き不透明感は未だ残存しており、こうした事象が足元円買い圧力となっている。特に新興国経済の
低迷は今後も続く可能性が高いことから、引き続き一定程度の円買いニーズが残ると考えられ、結果
として円安ドル高の進展スピードは非常に緩やかになることが想定される(図表7)。そのため、メイ
6
ンシナリオでは消費者物価基準での購買力平価を大きくは超えないと予想する。
以上が現時点のメインシナリオであるが、実際には円高反転の時期が早まるサブシナリオも考えら
れる。そしてこうしたシナリオの蓋然性は徐々に高まってきている。以下では、サブシナリオとその
観点で注目すべきポイントについて触れていく。
(2)円高反転の時期が早まる 3 つのサブシナリオ
ドル円相場に影響を与える要素はいくつか想定されるが、昨今の世界経済動向に鑑みれば、特に留
意すべきは特に以下の3点と考えられる。
① 米利上げペース鈍化でじりじりと円高が進むシナリオ
1点目は市場が予想するよりも、米利上げペースが遅くなるシナリオである。米利上げの判断材料と
して、9月のFOMC声明文では、世界経済や金融市場動向が短期的なインフレ率の下押し圧力になる可能
性があると述べられている。10月FOMC声明では同文言は削除されたものの、潜在的な懸念は引き続き
残っているとみるべきであろう。今後海外経済、特に中国をはじめとする新興国経済の動向が米利上
げペースを鈍化させる可能性が考えられよう。
市場関係者は中期的な米利上げを一定程度織り込んでいることから、利上げペース鈍化が明らかな
状況となれば、ドル円相場は円高ドル安に進む可能性が考えられる。
② 急速なドル高進展後反転し、急落するシナリオ
2点目は米利上げと共に急速に円安ドル高が進展し、購買力平価を大きく超えるシナリオである。先
進国では日欧が金融緩和局面にあり、新興国経済も軟調に推移する中で市場が想定している以上に早
いペースで米国が利上げを行った場合には、ドル買いが急速に進む懸念がある。
図表 7
(円/ドル)
160
購買力平価の見通しとドル円相場のシナリオ別の方向感
実績
予想
ドル円相場
購買力平価(73年消費者物価基準)
購買力平価(73年企業物価基準)
購買力平価(73年輸出物価基準)
140
120
メイン
サブ②
100
サブ③
サブ①
80
60
40
15/9
12/1
14/1
16/1
18/1
20/1
(注1)購買力平価の予想値はみずほ総合研究所による推計。
(注2)為替見通しはあくまで大きな方向感を示すものであり、正確な予想値を示すものではない点に留意。
(資料)日本銀行、総務省、米国労働省、Bloombergより、みずほ総合研究所作成
7
(年/月)
こうしたケースでは、ドル円相場が消費者物価基準の購買力平価を大きく上回り、その際には円安
ドル高に対する圧力がこれまで以上に高まることが予想される。具体的には、急激なドル高進展に対
して政府・金融当局が懸念を示す、いわゆる口先介入によって市場に働きかけることが考えられよう。
ドル高進展によって米国経済への悪影響がより懸念されるような事態となれば、金融当局が金融政策
を見直す可能性もある。また、金融政策の見直しが行われたにもかかわらず、更に円安ドル高が進ん
だ場合、積極的な通貨誘導政策に踏み切る可能性もでてくるだろう。
以上のような政策が実施されれば、ドル円相場は反転し、その後急激に円高ドル安が進むことが予
想される。
③ 円相場以外の通貨を主因として、円高ドル安に反転するシナリオ
ドル円相場が購買力平価の消費者物価を超えない場合においても、多通貨との関係からドル高に対
する懸念が高まり、結果としてドル円相場が反転する可能性もある。ドルの名目実効為替レート(2
通貨間ではなく、諸通貨に対してドルの強さを示す指標)の推移をみると、2015 年 8 月から 9 月にか
けて一段とドル高が進行していた(図表 8)。その主要因は新興国通貨対比でのドル高が進んだこと
にある。対新興国通貨で再びドル高が急激に進展すれば、ドル高への懸念が新興国及び米国において
高まり、円高ドル安に転じるシナリオが考えられる。
実際に 9 月に行われたG20(20 カ国財務大臣・中央銀行総裁会議)では、通貨の競争的な切り下
げ回避の共同声明が発表されるなど、ドル高新興国通貨安をけん制するような動きがみられた。現時
点では各国の方向感が一致しているとは言えないものの、今後注視が必要であろう。
現時点ではメインシナリオとサブシナリオを入れ替えるには至らないと考えているが、各シナリオ
の可能性を高める要素を注意深く見守る必要があるだろう。
図表 8
ドルの名目実効為替レートの推移
ドル・名目実効為替レート
ドル・名目実効為替レート、対主要通貨(主として先進国通貨)
ドル・名目実効為替レート、対その他重要貿易取引先通貨(主として新興国通貨)
(97/1 = 100)
160
150
140
130
120
110
100
ドル高
90
80
70
ドル安
60
97/1
00/1
03/1
06/1
09/1
12/1
15/1
(年/月)
(資料)FRBより、みずほ総合研究所作成
8
4.まとめ
本稿の目的は、過去の購買力平価とドル円相場の動きを踏まえ、ドル円相場が反転するプロセスを
明らかにしたうえで、今後の購買力平価の見通しを踏まえた中長期の為替相場のシナリオを考察する
ことにあった。
購買力平価からかい離した後の過去のドル円相場の反転は、金融政策の転換、あるいは積極的な通
貨誘導政策により起きてきた。またその背景には、為替高となる国が景気後退局面にあるケースが多
く、政治的圧力が高まりやすかったことも要因としてあげられる。
みずほ総合研究所の推計では、ドル円相場における 2020 年までの消費者物価基準での購買力平価は
1 ドル=130 円前後になると考えられる。そのため今後 1 ドル=130 円を大きく上回る円安が進めば、
円高反転のプロセスが進展する可能性がある。
日米の金融政策の方向感の違いから、メインシナリオとしては暫くは円安ドル高基調となるものの、
その進展は非常に緩やかであり、1 ドル=130 円を大きく上回るような円安ドル高にはならないと予想
する。米国が景気減速局面に入るとともに金融政策も転換し、その後は緩やかに円高が進むシナリオ
である。
一方でサブシナリオとして急激なドル高が進む可能性もある。その場合にはドル高への懸念の高ま
りを受け、当局が口先介入によるドル高けん制や、場合によっては金融政策の見直しなどを実施して
いくことが予想される。また、金融政策の見直しが行われたにもかかわらず、ドル高が更に進む事態
となれば、積極的な通貨誘導政策に踏み切る可能性もでてくるだろう。こうした政策が実施された後
はドル円相場は反転し、その後は急激に円高ドル安が進む可能性があるだろう。
メインシナリオとサブシナリオを現時点で入れ替えるには至らないが、各シナリオの可能性を高め
る要素として、今後は日米の動きと共に新興国の動向についても注視していく必要があろう。
【参考文献】
吉川洋(1992)
「日本経済とマクロ経済学」東洋経済新報社
幸村千佳良・井上智夫(2011)
「円レートの購買力平価」成蹊大学経済学部論集
Cassel,G.(1916)”The present situation of the foreign exchanges”Economic Journal
経済企画庁調査局(各年版)
「アメリカ経済白書」大蔵省印刷局
中谷悟・宮崎礼二(2013)
「現代アメリカ経済分析」日本評論社
徳田秀信・井上淳(2014)
「
「円安悪玉論」の検証と為替の政治学」みずほ総合研究所
公益財団法人国際通貨研究所も同様の理由から、1973 年を基準年としている。なお、2015 年 9 月の消費者物価基準
の購買力平価は、1975 年基準年で約 125 円、1980 年基準年で約 106 円となり、1973 年基準年より円高水準となった
2 物価見通しを含む中期経済見通しは、みずほ総合研究所「内外経済の中期見通し~長期展望も視野に、2020 年まで
の世界経済の行方~(http://www.mizuho-ri.co.jp/publication/research/pdf/forecast/outlook_150724.pdf )」をご参照
3 FOMC 参加者が各年末と長期的な政策金利の予想値をドット(点)で示したもの
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