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脳 梗 塞 - 医療法人 穂翔会 村田病院 脳神経外科専門病院
脳 梗 塞 脳梗塞とは、脳血管の狭窄や閉塞または不整脈(心房細動)などの心臓疾患 が原因となり、脳循環不全が発生し脳組織が壊死し不可逆的状態に陥った病態 をいいます。 脳梗塞の原因は、脳血管(とくに脳動脈)の閉塞であり、閉塞動脈の灌流領 域に特有の局所神経症状をきたします【 表−1 】。 局 所 神 経 症 状 目の前が暗くなる 黒 内 障 片側の手・足の脱力、しびれ感 対側片麻痺と感覚障害 言葉が出ない 失語 行動がおかしい、字が書けない 失行・失書 視野が狭くなる 視野障害(半盲) めまい、ふらつき 眩暈・運動失調 物が二重に見える 複視 しゃべりにくい・飲み込みにくい 構語障害・嚥下障害 閉 塞 動 脈 頚部内頸動脈 内頸動脈∼ 中大脳動脈 後大脳動脈 椎骨・脳底動脈 【 表−1 】局所神経症状と閉塞動脈 これらの局所神経症状は、脳血管の側副血行路(動脈閉塞部以外の動脈系の 血行路)の状態により、可逆的な一過性脳虚血発作(TIA)として症状が回復す るか、脳梗塞になるかが決定されます。 TIA とは、単一の脳血管灌流領域における局所神経症状を呈する短時間の発作 で、症状が 24 時間(多くは 15 分)以内に症状が消失するものと定義されます。 TIA の発症機序は、内頚動脈起始部の壁在血栓による微小塞栓、血行力学性、 心原性塞栓、ラクナ病変、高ヘマトクリット血症などがありますが、重要なこ とは、これら TIA が、脳梗塞の前兆であるという事実です。 このため、TIA 発症例では、危険因子検索を行うとともに、MRI・MRA による脳 および脳血管精査を行い、血栓性 TIA では抗血小板薬(シロスタゾール、クロ ビドグレル、アスピリン) 、塞栓性 TIA では抗凝固薬(ワーファリン)の服用が 必要になります。 脳梗塞の臨床病型は、①心原性脳塞栓症、②アテロ−ム血栓性梗塞、③ラク ナ梗塞の 3 型に分類され、その他として、解離性動脈瘤、もやもや病、静脈血 栓症、全身疾患(血液疾患、血管炎)などが分類されます。 1 臨床病型診断は、臨床経過と画像所見を参考にして行いますが、脳血栓症と 脳塞栓症の鑑別は困難なことも少なくありません。さらに、脳灌流障害の発症 機序から、血栓性、塞栓性、血行力学性の 3 型に分類されます(NINDS:1990) 【 図−1 】。 2006 年の急性脳梗塞 177 例の臨床病型別発症頻度は、 心原性脳塞栓症 21.9%、 アテロ−ム血栓性梗塞 40.6%、ラクナ梗塞 35.0%、その他 2.5%でした。 ① ② ③ 【 図−1 】 各臨床病型の代表的画像所見: ① 心原性脳塞栓症による出血性梗塞(CT) 、②アテロ−ム血栓症 (MRI 拡散強調画像)、③ラクナ梗塞(MRI 拡散強調画像:→) ①心原性脳塞栓症は、心臓疾患、とくに心臓弁膜症や動脈硬化にともなう不 整脈(心房細動)に起因した心腔内の血栓により、突発性に脳血管を閉塞する もので、ほとんどが塞栓性機序です。 ②アテロ−ム血栓性梗塞は、脳内や頚部の比較的大きな血管の粥状(アテロ ーム)硬化、③ラクナ梗塞は、脳の細い動脈(穿通枝)の脂肪硝子変性や細動 脈硬化に起因する閉塞であり、直径 10∼15 ミリ程度の小さな梗塞(ラクナ)を きたすものをいい、いずれも高血圧、糖尿病、高脂血症などに起因する血栓性 機序が主体ですが、頚動脈の壁在血栓由来の塞栓性機序、主幹動脈狭窄と脱水 (高ヘマトクリット血症)にともなう血行力学性機序のこともあります。 脳梗塞の治療は、A.急性期治療全身管理、B.急性期診断と治療、および C.再 発対策からなります。 急性期治療は、脳の不可逆的変化を最小限にくい止め、臨床症状の悪化を防 ぐ目的で行われます。脳梗塞に陥った脳の機能は失われるため、急性期治療は 神経欠損症状を完全になくするためのものではなく、また、発症後 24∼48 時間 の急性期においては、閉塞動脈の灌流障害の拡大と付随する脳浮腫のため、臨 床症状が悪化することは珍しくありません(進行性脳卒中) 。 2 A. 急性期全身管理 急性期全身管理の原則は、血圧・脳血流管理、全身合併症予防、急性期リハ ビリテーションです。 血圧・脳血流管理のため、体動にともなう変動を避け、食事・排泄を含めて ベッド上安静とし、輸液は脱水予防のため多めにします。 また、脳梗塞急性期の酸素不足は脳浮腫を助長するため、充分な酸素吸入を 行います。 血圧は、脳梗塞発症後の高血圧は 1∼2 週間で正常化すること、過度の降圧は 脳血流量の低下をきたすことから、通常 220/130mmHg まで降圧は行いません。 全身合併症予防は治療予後を左右し、一般的には誤嚥による肺炎や消化管出 血の合併が病状の悪化をきたすことがあります。 とくに、心原性脳塞栓症では、うっ血性心不全や肺梗塞の合併により重篤な 経過をとることがあり、心肺機能管理が重要です。 急性期リハビリテーションは、発症 48 時間を目安に、体位交換による心肺機 能管理と褥そう防止、四肢の廃用症候群防止、下肢の運動障害にともなう深部 静脈血栓症防止などの目的で開始します。 B. 急性期診断と治療 当院の 1)急性期診断手順と 2)治療方針を示します。 急性期治療は、脳血栓症と脳塞栓症で異なり、初期診断が重要です。 1)急性期診断手順 ①初期診断 CT 出血と early CT sign1)の有無 MRI/DWI 急性期梗塞の有無と範囲、CTDWI mismatch2)の有無 MRA 主幹動脈狭窄・閉塞の有無 1)早期梗塞所見、2)CT と拡散強調画像間の所見不一致 ②治療方針決定のための診断 MRI/PWI DWIPWI mismatch3)の有無 →tPA 静注療法の適応判定 4) 3DCTA・DSA 主幹動脈狭窄・閉塞の状態 →PTA の適応判定 3)拡散強調画像と潅流画像間の所見不一致、4)三次元 CT・脳血管撮影 3 2)治療方針 ①心原性脳塞栓症の内科治療 心原性脳塞栓症の治療は、抗凝固薬が適応になります。約 30 に合併する出血 性梗塞ではヘパリンやワ−ファリンの投与を一時中断します。 1 ヘパリン 5,000 単位、静注×1 回 その後、生食 100ml+ヘパリン 10,000 単位/24 時間、点滴×2 日間 2 生食 100ml+ラジカット 30mg×2 回/日、点滴×7 日間 3 入院翌日よりワーファリン(1mg)2T/日、内服開始 ②脳血栓症の内科治療 ラクナ梗塞とアテロ−ム血栓性梗塞では、抗血小板薬が適応になります。 1 入院時バファリン(330mg)1T、内服×1 回 2 入院時ヘパリン 5,000 単位、静注×1 回 その後、生食 100ml+ヘパリン 10,000 単位/24 時間、点滴×1 日 3 ラクナ梗塞: 低分子デキストラン 250ml(または 125ml)+キサンボン 40mg×2 回/ 日、点滴×3 日間、 その後、生食 100ml+キサンボン 40mg×2 回/日、点滴×4 日間 アテロ−ム血栓性梗塞: 低分子デキストラン 250ml(または 125ml)×2 回/日、点滴×3 日間、 スロンノン 60mg/24 時間、点滴×2 日間、 その後、生食 100ml+スロンノン 10mg×2 回/日、点滴×5 日間 4 生食 100ml+ラジカット 30mg×2 回/日、点滴×7 日間 5 入院翌日より、プレタール(100mg)2T/日、アスピリン(100mg)1T/日、 プラビックス(75mg)1T/日のいずれか、内服開始 ③tPA 静注療法と血管内治療 tPA 静注療法の対象は、発症 3 時間以内で、CT 上梗塞の早期徴候がなく、基 準以上の臨床重症度を認める症例に限定され、治療後の出血性梗塞の危険性が 問題となるため、年齢や基礎疾患を考慮した適応判定が必要です【 図‐2 】。 PTA は、カテーテル法により、主幹動脈閉塞部位の再開通とバルーンによる塞 栓破砕と動脈の拡張を図ります【 図−3 】。 4 【 図−2 】左中大脳動脈閉塞に対する tPA 静注療法 発症時の拡散強調画像と還流画像のミスマッチを認める(上段) 。 発症時認めた閉塞部位(矢印)は、24 時間後再開通した(下段) 。 【 図−3 】脳底動脈閉塞例 術前(左)術後(右)3DCTA:PTA により、狭窄動脈(←)の拡張を認める。 C. 再発対策 脳梗塞の再発は、全脳梗塞の 15%にみられ、1 ヶ月以内の再発は、血栓症では 4%、塞栓症では 10%といわれています。 5 1) 内科治療 心原性脳塞栓症では、ワ−ファリンを服用。初期量 2∼3mg/日より開始し、 INR で 2.0∼3.0 を目標に維持量を調整します。 脳血栓症(アテロ−ム血栓性梗塞・ラクナ梗塞)では、シロスタゾール(プ レタール 200mg/日) 、アスピリン(バイアスピリン)100mg/日あるいはクロピ ドグレル(プラビックス)75mg∼150mg/日を服薬します。 2)危険因子管理 脳梗塞発症の最大の危険因子は、加齢であり、高齢化社会での脳梗塞の増加 は避けられません。さらに、脳血栓症では、高血圧症、糖尿病、高脂血症、喫 煙、飲酒、運動不足(肥満)など生活習慣が関係することが知られており、心 原性脳塞栓症では、心臓弁膜症や動脈硬化にともなう不整脈(心房細動)が原 因になります。 危険因子管理は、脳梗塞の発症(一次)予防・再発(二次)予防に重要です(脳 血管障害の最新治療:2002) 。 高血圧症:予防的降圧目標は 140/90mmHg 以下。カルシウム拮抗薬と ARB と ACE 阻害薬は、一次・二次予防効果上ほぼ同等の有効性を示し、とくに、ACE 阻 害薬は、TIA 既往例の脳梗塞の二次予防効果が大きいとされます。 高脂血症:一次予防効果として、スタチン系薬剤により脳卒中発症率を 22∼ 32%、虚血性心疾患例における脳卒中発症率を 30%減少させます。二次予防治療 目標値は LDL100mg/dl 以下、HDL35mg/dl 以上、総コレステロール値 200mg/ dl 以下、中性脂肪値 TG200mg/dl 以下。 糖尿病:一次予防上、HbA1C1%につき脳卒中の発症率が 12%低下し、二次予防 血糖目標値は 126mg/dl 以下。 心房細動: 非弁膜症性心房細動例における脳卒中発症リスクについて、ワー ファリンは 62%、アスピリンは 22%減少させます。 3) 外科治療 頸動脈内膜剥離(CEA)は、頚部内頸動脈起始部狭窄例に対し、症状の有無に かかわらず内頚動脈狭窄の程度が 70∼99%の高度狭窄例、TIA または小梗塞の既 往を有する 50∼69%の中等度狭窄例、狭窄部潰瘍より発生する動脈原性塞栓症 の予防目的で施行します【 図‐4 】。 6 【 図−4 】左頚部内頸動脈に対する CEA 左:術前、右:術後 3DCTA で、左頚部内頸動脈狭窄部潰瘍形成(→) の消失を認める。 STAMCA バイパスは、脳主幹動脈(内頸動脈または中大脳動脈)閉塞や狭窄に 起因する TIA や小梗塞に対して、脳血管撮影ゼノン CT や PET による血行動態の 評価に基づき適応判定を行います。 手術の有効性に関する検討会(JET study)の中間報告では、手術により、死 亡と障害のリスク、同側再発のリスクがいずれも 60∼70%減少することが知られ ています【 図‐5 】。 【 図−5 】右内頚動脈閉塞に対する STAMCA バイパス 左:PET で右大脳血流低下を認め(↓) 、右:DSA で右内頸動脈閉塞(黒↓) に STAMCA バイパスを施行した。 回復期リハビリテーションは、発症した時点ですでに梗塞による脳損傷が存 在することから、梗塞の部位や大きさにより程度の差はあるものの、後遺症は 避けられませんが、日常生活動作(=ADL)の改善により在宅復帰と社会的不利 の克服を目指します。 7 脳梗塞の予後は、回復期リハビリテーション退院時の修正ランキン スケール (mRS)で評価し、mRS:0∼1 を社会復帰、2∼3 を軽度、4∼5 を重度の障害と分 類しました。脳梗塞臨床病型別予後を示します【 表−2 】。 心原性脳塞栓症 アテローム血栓性梗塞 ラクナ梗 塞 社会復帰 28.6 41.5 51.8 軽度障害 22.9 33.8 32.1 重度障害 34.3 21.5 14.3 死 亡 14.3 3.1 1.8 (%) 【 表−2 】臨床病型別治療予後 アテローム血栓性梗塞とラクナ梗塞では、内科治療により予後は極めて良好 で、40∼50%が社会復帰します。 一方、心原性脳塞栓症とアテローム血栓性梗塞では、大梗塞をきたすことが あり、後遺症率は 55%以上と高くなり、とくに、心原性脳塞栓症では、出血性 梗塞やうっ血性心不全を合併することにより、死亡率は高くなります。 2007 年 4 月 医療法人 穂翔会村田病院 脳神経外科 8