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ハモは冬眠する?

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ハモは冬眠する?
徳島水研だより 第 91 号(2014 年 12 月掲載)
ハモは冬眠する?
主幹兼副課長 上田幸男
Key word; ハモ,冬眠,避寒回遊,低水温,摂餌,体重変化
写真 1. 人工巣穴内に潜むハモ(平成 26 年 11 月 8 日昼間撮影)。冬期はやや体色が黒くなる。
ハモは徳島県を代表するブランド水産物であり,本県は京都や大阪市場への一大供給地にな
っています。このため,水産研究課鳴門庁舎では訪れた人にハモのことを知ってもらうために生き
たハモを展示し,併せてハモの生態や良質なハモを効率よく生産・供給するための技術について
研究を進めています。
ここでは,冬季の低水温期にハモがどのように海中で過ごしているか詳しく知るために,陸上水
槽に塩化ビニール製パイプ(人工巣穴)を敷設し,ハモの様子を観察してみました(写真 1.)。
2012 年 12 月 30 日から 2013 年 4 月 22 日に漁獲後 1 ヵ月が経過し,餌に馴致していな
い体重 202 〜 1,671g のハモ 44 個体を無給餌で(以下無給餌試験),2013 年 11 月 25 日か
ら 2014 年 5 月 25 日に餌に馴致させた体重 262 〜 1,244g のハモ 24 個体をアジ,イワシ等を
与えて飼育し(以下給餌試験),水温の低下に対して,摂餌量,生残,及び体重がどのように変化
するか調べてみました(表 1)。
表 1. 試験概要と結果
試験区
無給餌
給餌
開始日
平成24年12月30日
平成25年11月25日
終了日
平成25年4月22日
平成26年5月24日
114
181
天然魚(平成24年11
月19日漁獲)
天然魚(長期間飼育)
202-1671
262-1244
開始時個体数(A)
44
24
終了時個体数(B)
33
23
75.0
95.8
716
635
終了時平均体重 (Dg)
715
630
体重増減率(D/C%)
99.9
99.2
飼育日数
供試魚の由来
供試開始時の体重(g)
生残率(B/A%)
開始時平均体重(Cg)
※
無給餌試験では 114 日間の飼育で,生残率は 75%,生存個体の平均体重は試験開始時の
99.9%でした。一方,給餌試験では 181 日間で生残率が 95.8%,平均体重は試験開始時の
99.2% でほぼ増減はみられませんでした(表 1)。いずれの試験でも無摂餌期間が長いにもかか
わらず,体重は大きく減少しませんでした。
14
13
(
水 12
温
11
℃
10
死亡(8.6~8.9℃)
)
9
8
12/30
1/19
2013
2/8
2/28
3/20
4/9
図 1. 無給餌飼育試験における水温変化と死亡の関係。赤丸は死亡個体の出現日を示す。
摂餌
非摂餌
無給餌
(
19
18
17
水 16
温 15
13.6 ℃
14
℃ 13
12
11
10
9
8
11/25 12/15 1/4
2013
2014
12.6 ℃
)
1個体死亡
1/24
2/13
3/5
3/25
4/14
5/4
5/24
図 2. 給餌飼育試験における水温変化と摂餌,非摂餌及び死亡の関係。
給餌試験ではハモは水温が 13.6℃に低下する 12 月中旬頃から摂餌がみられなくなり,水温
が 12.6℃に上昇する 4 月中旬までほぼ摂餌がみられませんでした(図 2)。水温上昇期の方が
1℃低い水温から摂餌を開始するようです。
無給餌試験では水温が 8.6 〜 8.9℃に低下する時期に死亡が集中しました。一方,給餌試験
では水温が 10℃以下に低下する 2,3 月においても死亡することはありませんでした。これらの結
果から冬越し前の摂餌の大切さがよくわかります。冬越しの間,両試験区のハモはひたすらじっと
人工巣穴から出ることもなくじっとしていました。厳冬期に人工巣穴を水面から持ち上げて強制的
に巣穴から出すと機嫌悪そうに泳ぎ出すことから,動けるにもかかわらず沈静していると考えられ
ます。
では,この冬期の低水温の非摂餌期間の現象を「ハモの冬眠」と考えてよいのでしょうか。ウィキ
ペディアによると狭義の冬眠とは,「乳類や鳥類などの恒温動物の一部が,活動を停止し,体温を
低下させて食料の少ない冬期間を過ごすことを指し,変温性の魚類,両生類,は虫類,昆虫類な
どの節足動物,軟体動物などの無脊椎動物が冬期に極めて不活発な状態で過ごす「冬越し」にも
冬眠が使われる」と記されています(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%AC%E7%9C%AO)。
ハモは体温を低下させるかどうか不明ですが,摂餌がないにもかかわらず体重が減少しないこと,
巣穴から出ることもなく,極めて代謝を落として不活発になることから,この定義に従えば 12 月中
旬から 4 月中旬の水温 13.6℃以下の時期に「ハモは冬眠する」と言えそうです。
今回の試験を通して,冬眠前に十分餌を摂ったハモであれば,10℃を下回る冬期の低水温下
でも冬眠により越冬できることがわかりました。この冬眠に関する知見からハモの新たな仮説を提
唱できることになります。これまで本県の播磨灘や紀伊水道では冬期にほとんどハモが漁獲され
ないこと(多々良 1953)及び標識放流(岡﨑ほか 2012)から,本来南方系のハモは黒潮の影響を
受け暖かい太平洋岸へ移動すると考えられていました。しかし,今回得られた知見から 10℃以下
でも死亡しないことから,播磨灘や紀伊水道でも一部の個体は避寒回遊せずに巣穴に隠り越冬・
冬眠できる可能性が高いことがわかりました。つまり,瀬戸内海には避寒回遊するハモと越冬する
ハモがいるということです。
今回,野外で観察が困難な冬期のハモの生態を人工巣穴を用いた飼育試験から確認してみま
した。漁業から得られる情報とは概ね整合性が得られましたが,引き続き飼育を継続し,「冬眠」の
メカニズムを明らかにしたいと思っています。
参考文献
多々良薫(1953)紀伊水道域のハモ Muraneosox cinereus(Forskal)について(Ⅰ).内海区水産
研究所研究報告,4,107-117.
岡﨑孝博・上田幸男・濱野龍夫(2012)標識放流からみた瀬戸内海東部海域におけるハモの分
布と移動.日本水産学会誌,78(5)913-921.
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