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携帯電話の2006年「番号ポータビリティ」ショック

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携帯電話の2006年「番号ポータビリティ」ショック
09-NRI/p98-107 04.8.16 10:45 ページ 98
NAVIGATION & SOLUTION
携帯電話の2006年「番号ポータビリティ」ショック
吉川尚宏 韓 相薫 石綿昌平 岸本 章 文 智園
C O N T E N T S
Ⅰ 2006年度に導入される携帯電話の番号ポータビリティ
Ⅱ
諸外国の動向と注目すべき事業者の戦略
Ⅲ
2006年以降、日本市場で何が起こるのか
要約
1
総務省から携帯電話の番号ポータビリティに関するガイドラインが発表され、
2006年度の早期に導入されることが確実となった。これによりユーザーは、契
約する携帯電話事業者を変更しても、引き続き同じ電話番号を使用できる。
2
この制度はすでに多くの国で導入されており、導入を契機として、市場占有率
が大きく変化したり、価格競争が起こったりしている。
3
2004年1月に導入された韓国では、6月までの結果を見ると、市場占有率の面
では1位事業者であるSKTに厳しい結果となった。ただし営業利益面では、
SKT、KTF、LGTの3社とも導入前より水準を下げており、競争自体が価格
競争、マーケティング費用競争という側面の強かったことを物語っている。
4
米国では2003年11月に番号ポータビリティが導入された。導入後、勝ち組とな
ったのはベライゾン・ワイヤレスとネクステル・コミュニケーションズであ
る。前者は価格競争と一線を画し、通話品質の高さで、また後者は「プッシ
ュ・トゥ・トーク」というビジネス用に適したアプリケーションを擁すること
で、高付加価値顧客の維持、獲得に成果を上げている。
5
日本で2006年に導入された場合、価格競争が起こる可能性は十分にある。一方
で、事業者によっては価格以外の新たな競争軸を打ち出してくることも考えら
れる。商品の革新性(通信機能だけでなく、金融・決済機能を強調する端末な
ど)
、顧客接点の刷新(提携による新たなチャネルの開拓など)
、ブランド戦略
(高付加価値顧客向けの新ブランドなど)が新たな競争軸となり得る。携帯電
話業界自体が成長路線を描きにくくなるなかで新制度が導入されるため、合従
連衡や、製造業、金融業、放送業への進出などを促すことになろう。
98
知的資産創造/2004年9月号
当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
Copyright © 2004 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
09-NRI/p98-107 04.8.16 10:45 ページ 99
Ⅰ 2006年度に導入される携帯
電話の番号ポータビリティ
携帯電話のユーザーが、契約している携帯
電話事業者を変更する場合、これまでは電話
番号も変更する必要があった。しかし、「番
号ポータビリティ」制度が導入されれば、電
Ⅱ 諸外国の動向と注目すべき
事業者の戦略
1 マーケティング費用の増加で
大幅に利益が減少した韓国
(1)韓国市場の特殊性
韓国の携帯電話市場には、以下に示すよう
話番号を変えることなく、別の事業者に変更
に、いくつかの特殊性がある。
することができる(本稿では以下、番号ポー
①SKTの圧倒的な市場占有率
タビリティとは、携帯電話の番号ポータビリ
1988年に、SKT(SKテレコム)が韓国で
ティを指す)。
最初の携帯電話サービスを開始した。同社は
この制度は、ユーザーにとって関係方面へ
1996年初めまで、唯一の携帯電話事業者とし
の番号変更通知が不要になるなど利便性が向
て市場を独占し、99年以降も50%以上の市場
上するとともに、事業者間の競争を促すこと
占有率を維持してきた。
が、以前から期待されていた。しかし、導入
②非対称規制の導入
に伴う費用負担のあり方や導入効果が明確で
韓国政府は、SKTの支配力が強い市場で
なかったため、これまでは導入が見送られて
競争を促進するため、料金についてKTFと
いた。
LGT(LGテレコム)は申告制、SKTは認可
総務省では2003年11月から、「携帯電話の
制にするなど、非対称的な規制を課してき
番号ポータビリティの在り方に関する研究
ている。にもかかわらず、2003年の純増加入
会」を開催していたが、その検討結果を受
者の87%、売上高比率で61.6%をSKTが占
け、2004年5月28日に「携帯電話の番号ポー
めるなど、同社の支配的な地位は変化しなか
タビリティ導入に関するガイドライン」を発
った。
表した。これに伴い、日本でも2006年度の早
③事業者識別番号の存在
い時期に、番号ポータビリティが導入される
韓国では、携帯電話番号の先頭が、事業者
ことが確実となった。
を識別する番号となっている。SKTは011、
この制度は、すでに多くの国で導入されて
KTFは016、LGTは019がそれぞれの識別番
いる。それらの国では、番号ポータビリティ
号である。SKTが政府の非対称規制にもか
導入が引き金となって、事業者間の市場占有
かわらず、長年市場をリードできた理由とし
率が大きく変動したり、料金競争が生じたり
ては、先行的な市場参入、通話エリアの広
している。本稿では、比較的最近、番号ポー
さ注1などさまざまなものがあるが、その中で
タビリティが導入された韓国と米国、および
も重要な要素は「スピード011」に象徴され
香港の事例を分析することにより、日本市場
る同社のブランド価値であった。すなわち、
への影響を考察する。
識別番号である011自体がブランド価値を持
ち、SKT=011=高級品というイメージの構
携帯電話の2006年「番号ポータビリティ」ショック
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09-NRI/p98-107 04.8.16 10:45 ページ 100
築に成功したのである。
て他の事業者へ切り替えることを一定期間禁
止した(LGTを含むすべての事業者のユー
(2)番号ポータビリティ導入のインパクト
韓国政府が番号ポータビリティを導入した
ザーが番号ポータビリティを利用できるよう
になるのは2005年1月以降)。
のは2004年1月である。その狙いは「事業
また、識別番号のブランド化を完全になく
者=識別番号=ブランド」の関係を切ること
すため、2004年1月から新規加入者に付与
だった。このため、2004年1∼6月にはSKT
するすべての事業者の識別番号を010で統合
ユーザーだけが、7∼12月にはSKTとKTF
した。
のユーザーだけが利用できるという「時差制
番号ポータビリティは、2004年7月、2005
番号ポータビリティ」を導入した。すなわ
年1月と適用されるユーザーが段階的に増加
ち、後発事業者が有利となるように、後発事
していくが、2004年7月時点までにも以下の
業者の加入者が番号ポータビリティを利用し
ようなインパクトをもたらしている。
①純増加入者数の増大
韓国の携帯電話市場は、総人口に対する普
図 1 韓国における携帯電話加入者数の推移
300
全体加入者数
250
前
期
比 200
純
増
加 150
入
者
数
︵ 100
万
件
︶ 50
30.9
33.2
32.3
264.9
40
及率が2003年末時点ですでに70%に達してお
36.2
35
り、また純増加入者数が徐々に減少するな
30 全
体
25 加
入
者
20 数
︵
15 百
万
件
10 ︶
ど、飽和傾向が見られていた。しかし、番号
33.6
29.0
184.2
145.5
前期比純増加入者数
95.3
82.7
42.3
0
2001年
7∼12月
2002
1∼6
2003
1∼6
7∼12
7∼12
を果たした(図1、図2)。
②2位、3位事業者の市場占有率の拡大
番号ポータビリティ導入直前の2003年12月
0
末と2004年6月末の各社の市場占有率を比べ
2004
1∼6
てみると、1位事業者であるSKTは3.2ポイ
ント減少したが、KTFとLGTはそれぞれ1.9
ポイント、1.3ポイント増加した(図3)。こ
図 2 韓国における携帯電話の純増加入者数と解約数の推移
の市場占有率の変化は、2004年1月から6月
500
万
件
解約数
400
420.0
460.4
までSKTにとって不利な非対称規制が導入
されていたことが最も大きく影響している。
その分を考慮しても、業界関係者にとって、
337.7
339.7
309.8
264.9
200
争が、純増加入者数を大幅に増加させる役割
5
出所)韓国情報通信部の資料より作成
300
ポータビリティ導入以後、事業者間の過熱競
184.2
ったようである。
③価格競争、販売促進競争などによる営業
純増加入者数
145.5
100
利益率の低下
82.7
42.3
0
2002年
1∼6月
SKTの市場占有率低下は当初の想定以上だ
7 ∼ 12
2003
1∼ 6
7 ∼12
2004
1∼ 6
2004年1∼6月に、KTFとLGTは、SKT
出所)韓国情報通信部の資料より作成
100
知的資産創造/2004年9月号
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のユーザーを獲得するため、多様な料金制を
図 3 韓国の携帯電話各社の市場占有率
導入した。代表的な料金プランとして、「長
60
%
54.5
2003年12月
2004年 6月
51.3
期契約約定割引」、カップルの間では音声通
50
話料金が無料になる「無制限カップル料金」、
40
月決め一定金額を支払えば無制限に音声通話
33.0
31.1
が可能な「無制限定額制」などがある。
30
他方、SKTは市場を防御するため、「スピ
20
14.4
ード011スピード010」という新しいブラン
15.7
10
ドを導入し、またKTFやLGTと類似の料金
制を導入した。「スピード011スピード010」
0
SKT
は、「スピード011」の強いブランド力を010
LGT
KTF
注)LGT:LG テレコム、SKT:SK テレコム
出所)韓国情報通信部の資料および『朝鮮日報』
市場に転移させるために取り入れたメッセ
ージで、現在は「スピード010」を強調して
いる。
(次ページの図5)。
いずれにせよ、番号ポータビリティ導入
人的ネットワークを駆使した販売、ある
後、3社は攻撃と防御のためにマーケティン
いは端末機補助金の支給なども目立った。
グ費用を増やした。2004年第1四半期のマー
LGTとKTFは、人的ネットワーク販売に、
ケティング費用は3社とも前期に比べて増加
自社の社員だけでなく、親企業であるLGグ
し、その売上高に対する比率はいずれも20%
ループやKTグループの社員まで動員した。
前後に拡大した(図4)。各社の営業利益は、
さらに3社とも、違法とされている端末機補
番号ポータビリティ導入前の2003年第4四半
助金を支給し、1台30∼40万ウォン(1ウォ
期あたりから落ち込みが顕著となっている
ンは約0.1円)の端末機を、ユーザーに無料
図 4 韓国の携帯電話各社のマーケティング費用とその対売上高比
800
25
SKT のマーケティング費用
KTF のマーケティング費用
LGTのマーケティング費用
22.3
KTF の対売上高比
マ
ー 600
ケ
テ
ィ
ン
グ
費 400
用
︵
十
億
ウ
ォ 200
ン
︶
19.9
18.6
LGTの対売上高比
18.2
16.4
16.5
15.9
16.0
14.8
478
15.7
13.6
13.6
17.0
SKTの対売上高比
451
13.0
391
11.5
379
357
237
195
169
170
158
131
71
71
72
73
マ
20 ー
ケ
テ
ィ
ン
15 グ
費
用
の
対
10 売
上
高
比
5 ︵
%
︶
0
0
2003年
第 1四半期
第2
第3
第4
2004
第1
注)1ウォン=約0.1 円
出所)各社の事業報告書より作成
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韓国の携帯電話市場では、通話品質、端末
図 5 韓国の携帯電話各社の営業利益
機、料金の3要素が、携帯電話会社の選択に
1,000
SKT
800
817
751
際しての重要な基準である。これらに加え、
820
691
営 600
業
利
益
︵ 400
十
億
ウ
ォ 200
ン
︶
最近では「固定通信と無線通信の統合」も重
693
要な要素となっている。SKTは、価格競争
力は劣るものの、通話品質、端末機、および
固定通信と無線通信の統合で、他社より競争
KTF
195
227
46
57
0
力を持っている。
207
153
LGT
55
105
50
−17
−200
2003年
第1四半期
第2
第3
第4
2004
第1
出所)各社の事業報告書より作成
韓国政府は、SKTの支配的な地位を弱体
化させるため、事業者別に接続料を再算定す
ることなどを検討しているが、時差制番号ポ
ータビリティと010統合番号の導入以上の強
い手段は適用しにくいと考えられる。3社の
競争は、今後、徐々に価格競争から提供する
または4∼5万ウォンで販売した。その結
価値、たとえばブランドの競争へと移行して
果、韓国政府は2004年6月、3社に対して20
いくことが予想される。
∼40日にわたる営業停止を命じた。
2 通話品質とビジネスユーザーの
(3)価格競争から提供する価値の競争へ
2004年1∼6月には、KTF、LGTが制度
102
囲い込みで成否が分かれる米国
(1)大手6社が競合
的に有利な立場を利用して、SKTからの乗
米国において番号ポータビリティが導入さ
り換え加入者を獲得することができたが、今
れたのは2003年11月24日である。導入の初日
後もこのような状況が維持されるかどうかは
に約10万人が新制度を利用し、2004年4月ま
疑問である。SKTは、政府からの規制がよ
での半年間で約260万人のユーザーが、契約
り強化されることを憂慮して、2005年まで自
する携帯電話事業者を変更したと見られてい
社の市場占有率を上限52.3%で自主的に制限
る。この数は、米国の携帯電話ユーザーの
することを2004年5月に発表した。
2%弱にすぎず、必ずしも積極的な事業者変
これにより、過熱した市場の沈静化が予想
更が起こっているとはいえない。これは番号
されたが、KTFユーザーの番号ポータビリ
ポータビリティ導入の直前に、各事業者がそ
ティ利用が可能になった7月1日前後に、
ろって長期契約割引を勧めた結果であり、長
SKTは社員を動員した大規模な広報活動を
期契約が切れる2005年以降には、事業者変更
開始し、LG電子製の300万画素カメラ付き
率は上昇するものと考えられる。
端末をはじめ8種の戦略端末機を発売する
米国の大手携帯電話事業者6社(ベライ
など、攻撃的なマーケティングを開始して
ゾン・ワイヤレス、シンギュラー・ワイヤ
いる。
レス、AT&Tワイヤレス、スプリントPCS、
知的資産創造/2004年9月号
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TモバイルUSA、ネクステル・コミュニケー
によれば、米国6地域のうち5地域で、ベラ
ションズ)の市場占有率を図6に示す。ベラ
イゾン・ワイヤレスが通話品質で最高ランク
イゾン・ワイヤレスは、1位事業者として一
を獲得している注2。
貫して安定した市場占有率(25%程度)を保
同社は、このような通話品質の高さに加え
っているが、他方で、TモバイルUSAやネク
て、固定通信とのバンドルサービス(固定通
ステル・コミュニケーションズも市場占有率
信やブロードバンドなどを組み合わせた料金
を伸ばしている。
パッケージ)で顧客を囲い込むことに成功し
図7の解約率(自社ユーザー数に対する
ている。また、米国で初めて、第3世代の携
解約者数の割合)の推移を見ても、ベライゾ
帯電話方式の1つで高速データ通信が可能な
ン・ワイヤレスとネクステル・コミュニケー
「CDMA2000 1xEV−DO」のサービスをワ
ションズの解約率が他社と比較して低く、顧
客の囲い込みに成功していることがわかる。
その一方で、2番手グループのシンギュラ
ー・ワイヤレスやAT&Tワイヤレス、スプ
リントPCSなどは、番号ポータビリティ導入
前に積極的に料金の引き下げを断行したにも
図6 米国における大手携帯電話 6 社の市場占有率
30
%
25
20
かかわらず、解約率は上昇傾向にあり、それ
らの施策が顧客の囲い込みには寄与していな
いことがわかる。TモバイルUSAは、市場占
ペライゾン・ワイヤレス
18.4
23.5
シンギュラー・ワイヤレス
15.3
15.1
15
AT&Tワイヤレス
13.4
スプリントPCS
10.8
10
7.1
有率を伸ばしていながら、解約率が最も高い
水準にある。新規加入者数が解約者数を大き
24.8
5
10.1
8.9
ネクステル・コミュニケーションズ
8.3
TモバイルUSA
5.5
く上回ることにより、市場占有率の上昇が達
0
成されているのである。
2001年
2002
第3四半期 第1 2003
第1 第3 第3 2004
第1
出所)各社の公表データおよび野村総合研究所の推計
(2)注目2社の戦略
これらの結果から、番号ポータビリティが
導入された現在、優位なポジションにあるの
はベライゾン・ワイヤレスとネクステル・コ
図7 米国における大手携帯電話 6 社の解約率
5
%
4.4
TモバイルUSA
4
シンギュラー・ワイヤレス
スプリントPCS
ミュニケーションズの2社であるということ
ができよう。
3.3
3
3.0
2.9
2.6
両社の強みは何だろうか。ベライゾン・ワ
2
大手6社平均
2.1
イヤレスの最大の強みは通話品質である。こ
こでいう通話品質とは、通話エリアカバー率
1.7
1.6
AT&Tワイヤレス
1
ペライゾン・ワイヤレス
2.9
2.8
2.6
2.5
ネクステル・コミュニケーションズ
とほぼ同義ととらえて差し支えない。米国の
調査会社JDパワー・アンド・アソシエイツ
0
2002年
第1四半期
第3
2003
第1
第3
2004
第1
出所)各社の公表データおよび野村総合研究所の推計
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シントンDC、サンディエゴで開始するなど、
の導入に際し、通話品質と、プッシュ・ト
新規サービスの提供も積極的に行い、顧客満
ゥ・トークなどの独自技術によるサービスの
足度の向上を常に目指している。
提供とが、他との差別化要素になっている。
では、ネクステル・コミュニケーションズ
の戦略はどうだろう。同社の通話エリア自体
今後も、それらで強みを持っている事業者が
優位性を保っていくと考えられる。
はそれほど広くはない。むしろ、ベライゾ
ン・ワイヤレスに比べると、かなり限定さ
れているのが現状である。それにもかかわ
らず、顧客をつなぎとめ成長しているのは、
注3
「プッシュ・トゥ・トーク」 サービスが寄与
しているからである。
3 顧客価値に基づくブランド戦略
で成功した香港のCSL
(1)過当競争で収益が悪化
香港では、1999年に番号ポータビリティが
導入された。当時、新規参入事業者が多かっ
そもそもネクステル・コミュニケーション
た香港市場では、新規事業者が番号ポータビ
ズの加入者には、ビジネスユーザーが多いと
リティ導入を機に市場占有率を拡大しよう
いう特徴がある。同社は、自社の独特の顧客
と、積極的に料金値下げを主導した。月々の
基盤を利用して、ビジネス用途で有効なプッ
基本料金無料サービスや、端末の無料提供サ
シュ・トゥ・トークサービスを提供すること
ービスなどを事業者がこぞって実施した。そ
により、ビジネスユーザーを中心に新たな市
の結果、通信事業者全体の顧客単金(顧客1
場を拡大してきた。また、ビジネスユーザー
注4
が低下し、各事業
人当たりの月間売上高)
は事業者への愛着度が基本的に高く、事業者
者の収益の悪化を招く結果となった(図8)。
変更率が低いことも、優位なポジショニング
(2)CSLの戦略
の要因になっている。
このように米国では、番号ポータビリティ
新規事業者によって引き起こされた料金値
下げ競争によって、香港の事業者各社が収益
悪化に苦しむなか、ハチソン・テレコムに次
図8 香港の携帯電話 6 社の顧客単金
ぐ2番手事業者のCSLは、料金値下げに同調
500
450
するのではなく、独自戦略を選択した。同社
400
顧
客
単 300
金
︵
香
港 200
ド
ル
︶
100
がとった戦略は、「顧客価値に基づくブラン
340
330
320
290
280
270
250
ド戦略」と呼ぶことができるだろう。
これは、顧客を従来の属性によってではな
250
245
240
222
210
209
CSL
ハチソン・テレコム
サンデー
ピープルズフォン
ニューワールド・モビリティ
スマートーン
6 社平均
2000
2001
提供するサービスをカスタマイズしようとい
うものである。
たとえば、顧客価値の高いカテゴリーであ
るビジネスユーザーに対しては、「1010」と
0
1999年
く、顧客価値によって区分し、顧客層ごとに
2002
2003
いう上級ブランドとサービスを投入し、ユー
注 1)2003年は上半期のデータ
2)1香港ドル=約14円
出所)各社の公表データおよび野村総合研究所の推計
104
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ザーが業務効率を上げるためのモバイルソリ
ータビリティ導入時とタイミングを合わせ
ューション(携帯電話による問題解決策)サ
て、NTTドコモ、KDDI、ボーダフォン以外
ービスを提供した。一方、顧客価値が上述の
の新たな事業者が、TDD(時分割複信)な
カテゴリーほどでないユーザーに対しては、
ど新たな技術方式で参入してくる可能性も
「ワン・トゥ・フリー」というブランドを投
ある。
入し、人とのつながりを提供するためのコミ
ュニティサイトなどを提供した。
このように、それぞれのユーザーに対して
適切なサービスを提供することで、CSLは高
いずれにせよ、番号ポータビリティが価格
競争、補助金競争を促し、携帯電話業界全体
の収益性を悪化させる可能性は否定しきれ
ない。
い顧客満足度を得ることに成功した。その結
果、番号ポータビリティ導入後に各社が値下
2 新たな競争軸の登場
げ競争の結果として顧客単金を下げるなか
上記のような価格競争が発生する可能性が
で、相対的に高い顧客単金を維持することに
ある一方で、導入までに2年間あることによ
成功したのである。
り、事業者が価格以外の新たな競争軸を打ち
出してくる可能性もある。海外の事例から、
Ⅲ 2006年以降、日本市場で
何が起こるのか
いくつかのヒントが得られる。
(1)商品やサービスの革新
これまで述べてきた海外での番号ポータビ
従来の、携帯電話の機能による顧客つなぎ
リティ導入状況を参考に、2006年以降に日本
とめ効果が低くなってきているのであれば、
市場で何が起こるか、いくつかのシナリオを
新たな使い方や新たな用途を提案することで
想定してみたい。
顧客を引きつけるという方法が考えられる。
米国ネクステル・コミュニケーションズの
1 激しい価格競争の可能性
プッシュ・トゥ・トークは、まさにそうした
現在、韓国市場で起こっているように、あ
事例である。同社は、必ずしも番号ポータビ
るいは過去、香港市場で起こったように、価
リティ導入を前提として戦略的にサービスを
格競争が起こる可能性は否定しがたい。事業
提供したわけではなかったが、補助金競争や
注5
者が「囚人のジレンマ」 状態に置かれ、本
価格競争をせずとも、顧客を確保することが
来は値下げ競争を避けたいのに、値下げせざ
できている。
るを得ない状況に陥りがちである。
韓国SKTは、現在は劣勢だが、今後、プ
韓国では、携帯電話端末への販売補助金が
ッシュ・トゥ・トーク機能や DMB(デジタ
禁止されているにもかかわらず、そうした補
ルマルチメディア放送)機能を携帯電話端末
助金が提供されているところからも、競争の
に搭載することを予定している。また、日本
過熱ぶりがうかがえる。日本でも、似た事態
の事業者が開始した携帯電話への決済用 IC
になる可能性はある。また、2006年の番号ポ
(集積回路)チップの搭載も、携帯電話に新
携帯電話の2006年「番号ポータビリティ」ショック
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たなインフラ機能を追加して、商品自体の差
これまで携帯電話事業者は、番号ポータビ
別化を図ろうとする動きとして注目される。
リティがなかったがゆえに、比較的容易に顧
客をつなぎとめることができた。このような
(2)販売チャネルや顧客接点の改革
仕組み自体、他の業種の企業から見れば、恵
韓国では、高付加価値顧客の事業者変更に
まれたものとして映る。携帯電話事業者が他
おいて、人的ネットワークという販売チャネ
業種の企業と同じように、顧客をつなぎとめ
ルが大きな影響力を持った。比較的解約率が
る仕組みを考えなければならない時代になっ
低いと思われてきた高付加価値顧客も、人か
てきたのである。
らの勧めで意外に簡単に事業者を変更してし
まうことが明らかとなった。
4 携帯電話業界の構造転換も
同様のことは、日本で2001年にマイライン
一方で、携帯電話業界自体が成長の大きな
(電話会社事前登録制)サービスが導入され
曲がり角に来たことも確かである。すでに加
たときにも発生した。従来の販売チャネルと
入者数の伸びは鈍化し始め、顧客単金は低下
は異なる、新たな販売チャネルや顧客接点を
する一方である。番号ポータビリティはこう
持てる企業が勝者となるだろう。
した状況のなかで導入されるため、業界自体
の構造転換を促す可能性が高い。
(3)ブランド戦略の展開
1つ目は、事業者間の合従連衡である。固
成熟期を迎えた商品の場合、通常はブラン
定通信事業者の合従連衡は、2004年5月にソ
ド戦略を前面に押し出し、日用品化を防いで
フトバンクグループが日本テレコムを100%
いる。これとは対照的に、携帯電話市場はこ
子会社にすることを発表したことに代表され
れまであまりにもブランド戦略の色彩が弱か
るように、現実のものとなってきている。こ
った。その意味で、香港のCSLがとった「顧
の動きが、携帯電話事業者をも巻き込んだ動
客価値に基づくブランド戦略」は、示唆す
きとなる可能性はある。
るところが大きい。
2つ目は、新分野への進出である。韓国の
トヨタ自動車が、日本でも「レクサス」ブ
SKTはすでに携帯電話メーカーSKテレテッ
ランドで高級車市場を狙うのと同様、携帯電
クを傘下に持ち、SKYという独自ブランド
話事業者が従来とは異なるブランドで、高付
の携帯電話を製造、販売しており、中国への
加価値顧客向けにサービスを展開してもおか
輸出も開始している。また、金融業、放送業
しくない。
へ本格進出するための布石も打っている。こ
うした動きは、日本でも出てこよう。
3 顧客をつなぎとめる仕組みが
不可欠となる時代へ
重要なのは、携帯電話事業者が新しい競争
軸を発見し、そのうえで自社と他社の市場に
おける位置決めをできるかどうかである。
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注 ―――――――――――――――――――――――
●
1 SKTは周波数800メガヘルツを使うセルラー方
式だが、KTFとLGTは周波数1.8ギガヘルツを
使うPCS(パーソナル・コミュニケーション・
システムズ)方式で、基地局当たりの通話エリ
知的資産創造/2004年9月号
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アカバー率の点からは、セルラー方式の方が有
マーケティング戦略
利であるといわれている。
2 http://www.jdpa.com/pdf/2003113.pdf
韓 相薫(ハン・サンフン)
3 ユーザーは、トランシーバーを使うように、携
情報・通信コンサルティング一部副主任コンサルタ
帯電話のボタンを押すだけで複数の相手と即座
ント
に通信することができるという仕組み。
専門は情報通信事業者や自動車メーカーの事業戦
4 携帯電話業界ではARPU(Average Revenue
略・マーケティング戦略
Per User)と称している。
5 ゲームの理論の典型的モデル。2人の共犯者が
石綿昌平(いしわたしょうへい)
逮捕された場合、①一方が自白して他方が黙秘
情報・通信コンサルティング二部副主任コンサルタ
したとき、自白者は最も短期の刑(たとえば1
ント
年)、相手は最長期刑(同20年)、②両方とも
専門は情報通信業界およびエレクトロニクス業界の
黙秘したときは両者に比較的短い刑(同3年)、
産業分析・事業戦略
③両方とも自白したときは両者に比較的長い刑
(同10年)――が科されるという条件のもとで、
岸本 章(きしもとあきら)
両者の情報は当然遮断されるため、②の状況に
情報・通信コンサルティング二部コンサルタント
ならずに③になってしまう。
専門はエレクトロニクス業界全般(携帯電話産業、
ディスプレイ産業など)に関する事業戦略
著●
者 ――――――――――――――――――――――
●
吉川尚宏(よしかわなおひろ)
文 智園(ムン・ジウォン)
情報・通信コンサルティング一部長
ソウル支店経営コンサルティング室コンサルタント
専門は情報通信政策、情報通信事業者の事業戦略・
専門は情報通信事業者のマーケティング戦略
携帯電話の2006年「番号ポータビリティ」ショック
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