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http://repository.osakafu-u.ac.jp/dspace/ Title Author(s) Editor(s
 Title
Author(s)
学報. 号外 昭和58年第1号
大阪府立大学
Editor(s)
Citation
Issue Date
URL
1983-01-18
http://hdl.handle.net/10466/9544
Rights
http://repository.osakafu-u.ac.jp/dspace/
号外 第1号 1
昭和58年1月18日
報鞘
大阪府立大学
編集 発行
大阪府立大学事務局
次
目
告
昭和58年1月18日
示
学位論文内容の要旨及び論文審査結果の要旨公表
一1一一一一一一一i一一一一一一一一一一一一一一一一一−一t+一一一一一一一i一一一一一t一一一一一一一一一 1
1.論文内容の要旨
コンニャク(AmorPhoPhallus Kon/ac C.Koch )
生
口
示
は、北関東、東北、中部、中国の山間地帯の主幹作物で
ある。しかし年による生産の変動が大きく、これを安定
学位論文内容の要旨及び
させるには優良な試用塊茎の確保が最も必要である。3
年球または4年球の加工用塊茎になるまでには、種用塊
論文審査結果の要旨公表
茎として2∼3回の冬季を室内で貯蔵させる。慣行貯蔵
法では乾燥と保温によって腐敗を防いできたが、管理に
大阪府立大学告示第1号
大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学規則
労多く貯蔵成績も必ずしも安定していないのが現状であ
る。
第2号。以下「学位規程」という。)第15条第1項の
作物の傷疲から病原菌の侵害を受けることが腐敗の起
規定に基づき、昭和57年10月20日博士の学位を授
因であるときは、キュアリング(Curing)が貯蔵1こ
与したので、学位規程第16条第1項の規定leより、論
有効なことがある。コンニャクは従来キュァリングは無
文内容の要旨及び論文審査の結果の要旨を次のとおり公
効であるとされていたが、環境調節とくにCO2濃度を
表する。
低く調節すると可能になることがわかった。
昭和58年1月18日
本論文は、コンニャク塊茎のキ=アリングの環境条件
を求め、処理室の環境調節IC必要な基礎資料を提示する
大阪府立大学長 稲 葉 哲 雄
とともに、キュアリングが確実にできることを実証する
ものである。
みや
がわ
いつ べい
称号及び氏名農学博士宮川逸平
(学位規程第3条第2項該当者)
第1章 コンニャク塊茎の癒傷組織の形式
(兵庫県大正15年3月25日生)
1)塊茎の癒傷組織の形成におよぼす温度の影響
論 文名
コンニャク塊茎のキュアリング貯E室における環境調
節に関する研究
塊茎に浅く傷をつけ、温度を20℃から40℃、相
対湿度を約90%に保って日数の経過にしたがって形
成される癒傷組織、サなわちコルク細胞の層数を調べ
た。
その結果、最も速くそして整った細胞を形成させる
(1)
2 号外 第1号
昭和58年1月18日
温度は33℃であり、処理3日で形成が始まり、5∼
7日で5∼6層となった。30℃より低温では形成が
第2章 病原菌接種のコンニャク塊茎における
癒傷組織の形成
遅れ、36℃より高温では形成しなかった。このよう
lCコンニャク塊茎のコルク細胞は、温度33℃でよく
発達した。
2)塊茎の癒傷組織の形成}こおよぼすCO2濃度の影響
CO2濃度を、 O. 03%、5%、10%、20%、
30%、温度をそれぞれ33℃とし、相対湿度を
90∼100%の高湿区および60∼70%の低湿区
キ=アリングの効果を確実にするICは、処理開始時に
すでに病原菌が侵入しはじめている塊茎についても、そ
の病斑直下に癒傷組織を形成させる処理が必要であり、
処理の環境条件を実験によって求めた。
1)コンニャク乾腐病菌を接種した塊茎のキュアリング
コンニャク乾腐病菌〔Fusarivm solani(Martius)
とに分け、この条件下で形成するコルク細胞を調べた。
Appel et Wollenweber〕を接種した塊茎(温度
その結果、CO2濃度が標準大気に等しいO.03%で
25℃、相対湿度100%で48時間保ったもの)を、
最も細胞の形成が促され、処理3日で1∼2層、7∼
キ=アリング(温度30∼35℃、相対湿度90%)
8日で約6層となった。これには湿度の高・低による
し、貯蔵(温度7℃、相対湿度90%以上で5ケ月保
差がなかった。CO2濃度が5%になると細胞の形成が
存)した後に、発病状態を調べた。
遅れ始め、さらeCCO2濃度が高くなった20%の低湿
その結果、キュアリング4日処理で病斑直下に細胞
区および30%の高・低両湿区は、ともに8日間を経
が形成され、7日処理したものは発病が無かった。こ
過しても3層以上ic増加しなかった。
のように、乾腐病菌を接種した塊茎にキュアリングの
以上の結果は、非常に注目すべき現象で、コンニャ
効果が認められた。
ク塊茎のコルク細胞の形成に関しては、温度や湿度よ
2)コンニャク腐敗病菌を接種した塊茎のキュアリング
りもCO2環境が最大の影響を与える因子となっている
ことを示し、キュアリングを促進させるには、CO2
濃度を低く調節することが最も重要と考えられる。
3)吉田の実験方法による癒傷組織の形成
腐敗病菌を接種した塊茎(温度15℃、相対湿度
100%で24時間保ったもの)を、キュアリング(
温度30∼40℃、相対湿度60∼80%で8日処理)
し、貯蔵を4ケ月行った後、発病状態を調べた。
吉田(1956年目は、塊茎をデシケーター内に入
その結果、キ=アリングの温度が、40℃では塊茎
れて温度30℃で20日間処理して、コルク細胞を3
が高温障害を受け、38℃では発病率が75%となり
∼4層に認めたに過ぎない。筆者はこれをCO 2濃度
35℃および30℃では発病率が100%となった。
の影響と考え、吉田の実験方法を再現して調べた。
このように腐敗病菌を接種した塊茎icはキュアリング
その結果、容積3eのデシケーターに、12個体
の効果はなかった。
(1. 7 kg)および6個体(O. 8 kg)入れた区は、処理
3)塊茎上のコンニャク腐敗病菌の活性を弱めた後に、
4日または10日で、関内のCO 2濃度は20%以上と
キ=アリングする処理法
なり、コルク細胞は形成されず処理7日後IC塊茎は腐
敗した。3個体(O. 4 kg)区は7日でCO2濃度:は8%
となり、コルク細胞は1∼2層認められた。これに比
べ10個体(1.6 kg)を用いて換気してCO2濃度を
3−1 塊茎を高温湯lc浸漬した後、キ;アリングす
る処理
腐敗病菌を接種した塊茎を、湯温57.5℃で5∼
7分、または55. 0℃で7∼10分浸漬すると、そ
O. 05%に調節した区は、7日で5層に形成された。
の後icおけるキュアリングで熱害を受けることなく
したがって吉田は、CO2環境を考慮せずに実験し、
コルク細胞を形成し、貯蔵中に発病することがなか
結論を出していたことに問題があったと考えられる。
つた。それで上記の高温湯に浸漬した後温度33℃
4)癒傷組織の病原菌に対する抵抗性の確認
でキ=アリンして貯蔵する試験の結果、在来種3年
実験の結果、温度33℃、相対湿度80∼85%で
球(500個体)、支那種2年球(94個体)の発
5∼8日処理して形成させたコンニャク塊茎のコルク
病率はともに約3%、重量減少協約10%の好成績
細胞(4∼6層)は、貯蔵中においてコンニャク腐敗
病菌〔E]rzvinia carotovora(Jones)Holland〕
の侵害を防止する抵抗性を示した。
が得られた。
3−2 塊茎を低温で乾燥した後、キュアリングする
処理
腐敗病菌を接種した塊茎を、温度3∼5℃(相対
(2)
号外 第1号 3
昭和58年1月18日
湿度60∼70%)で風速IM/sec以上、または温
次に、堆積した貯蔵容器の内部を、換気扇を用いて
度7∼8℃(相対湿度60∼70%)風速2m/sec
直接通気させる設備は、塊茎と塊茎との間の風速を約
以上の条件で、3週間風乾燥させると、塊茎上の腐
150吻/secとすると、容器内の温度偏差は0.4℃以
敗病菌は不活性となった。それで、上記の低温乾燥
下でCO2濃度は容器の内外ともにα4%以下となった。
の後温度33℃でキ」アリングして貯蔵する試験の
このような二つの換気設備は、何れもCO2濃度や温
結果、在来種加工用3年目(580個体)、在来種
度などを均一化させて、塊茎のコルク細胞を5∼6層
2年球(亘00個体)の発病率は、前者で4%後者
に発達させた。
は2%となり、重量減少率を15∼20%に保つ好
成績が得られた。
3)CO2濃度調節のための換気にともなう熱損失
キュアリング処理室内のCO2を3%以下に調節する
このように、コンニャク塊茎をキ」アリングする
ための換気による熱損失は、コンニャク産地のキaア
には、その前に高温または低温乾燥によって腐敗病
リング処理期の最低気温出現時(一4℃)において、塊
菌の活性を弱める環境調節を必要とする。
茎処理量1tonにつき&9k cal/hrとなる。これは塊
茎呼吸熱の1/14∼1/5であるから、キュアリングの
第3章 コンニャク塊茎のキ=アリング貯蔵室
の構成と環境調節
キュアリング処理室の設計は、室内CO2濃度3%以下
ICSU節することを基準とする。
1)キュアリング処理室の換気風量
温度33℃、CO2濃度2%以下の条件下で、塊茎よ
暖房貢荷を増加させる必要は無い。
4)実用規模貯蔵室の設置と貯蔵実験
貯蔵室の構成は、高温湯処理室(18〃のと、キ=ア
リング第1、第2処理室(1 oit×2室)よりなる。1
室の大きさは農家の種用塊茎の平均保蔵量5t(mに基
づき設計した。
処理室の主な設備は、低温乾燥用のクーラー (1.5
り発生するCO2は、処理第1日は39.6鰍g・hr、第
kw)とキュアリング昇温用のヒーター(3.Okw)であ
2日は4a4鰍g・hrとなり、その後次第に低下して
る。この他に加湿器(0.3kw)、換気扇(O.06kw×4
第5日は16.0鰍2・hrとなった。
このような塊茎のCO2発生捕に対し、処理室内の
CO2濃度を3%以下に調節する換気風量は、次のよう
にあらわされる。
v
C ・M
(Cl−C2)
台、O.75kw×1台目、プロパン温湯暖房機(2昼OOO
kcal/hr)を設けた。
貯蔵実験では、温度5℃で3週間低温乾燥した後に
キュアリング貯蔵する区と、温度57. 5℃のbiIc 6分
浸漬した後にキュアリング貯蔵する区と、慣行の乾燥
貯蔵する区を設けて比較した。
ただし、V;換気風潮(厩/hr)
その結果、低温乾燥後キュアリング貯蔵する区が最
M;塊茎処理量(ton)
も優れ、発病率は在来種の3年加工用球を5ケ月貯蔵
C;温度33℃における塊茎のCO2発生量
した場合に限り3%で、4ケ月までの貯蔵および2年
( 4 9.4 g/ton ・ hr)
C1−C2;設定濃度に排出されるCO2(C1)と吸
入される新鮮空気中のCO2(C2)の濃
度差(57.49/nd)
したがって換気電量は、塊茎処理量1tonにつき、
0.86厩/hrとなり、これがキュアリング処理室の
球、1年球の全てが0%であった。重量減少率は15
%以上に保った。これに比べ慣行乾燥貯蔵5ケ月の発
病率は、3年加工四球で38%、2年球で12%、1
年球は0%であった。重量減少率は20%以下であっ
た。
以上のように基礎実験の結果から、コンニャク塊茎の
CO2濃度調節の換気基準となる。
キュアリング処理室のGO 2濃度を3%以下IC換気調節す
2)キュアリング処理室内のCO2濃度を均一一化するため
ることに設計基準を求め、実用規模貯蔵室によりコンニ
の換気設備
ャク塊茎のキュアリングが確実に出来ることを証明した。
堆積した貯蔵容器の周辺の空気を、換気扇を用いて
対流循環させる設備は、堆積容器の周辺の風速を40
∼60 on/もecとすると、容器内の温度偏差は1.0℃以
下でCO2三度は容器の内外ともに0.2%以下となった。
2.論文審査結果の要旨
コンニャク(AmorρゐoPliallus Konjae C.Koch)はdヒ
(3)
昭和58年1月18日
4 号外 第1号
関東、東北、中部、中国の山間地帯の主幹作物であるが、
ングの効果は認められなかったが、接種した塊茎を湯温
加工用の塊茎の大きさに生長するまでに3∼4年間栽培
57. 5℃では5∼7分、50℃では7∼10分浸漬した
しなければならない。その間、越冬のために2∼3回室
後、キュアリングを行うと、4ケ月後の発病率は3%で
内で貯蔵される。貯蔵中の腐敗を防止するため、慣行貯
あった。また気温3∼5℃、風速lm/secで3週間通風
蔵法では塊茎の乾燥と保温を行っているが、管理に多大
乾燥した後キ=アリングを行うと、4ケ月後の発病率は
の労力を要し、かつ貯蔵成績は良好とは言えず、新しい
2∼4%に止まることを確かめ、腐敗病菌IC対するコン
貯蔵法が望まれていた。
ニャク塊茎のキ=アリングの効果を明らかICした。
塊茎、塊根類はキュアリング(Curing)処理が貯蔵
4.キ=アリング処理室の設計の基準は、CO2濃度
に有効であることが知られているが、コンニャクだけは
を3%以下に調節することであり、塊茎の呼吸による
キュアリング処理の効果がないとされてきた。キ=アリ
CO2発生馴の経時変化を測定し、必要換気量の算出式
ングの目的は傷口における癒傷コルクの形成を促進し、
を求めた。
また無傷部表層のコルク層の発達を促し、貯蔵性を高め
5.これらの基礎実験にもとづき、農家の平均貯蔵容
ることにある。本研究はコンニャク塊茎においてもキニ
量(5トン)の実用規模処理室をつくり、実用化試験に
アリング処理は有効であるが、従来の方法とは異なる処
よってその有効性を確かめ、キ=アリング処理の指針を
理方法が必要であり、とくにキュアリング処理室内の
提示した。
CO2濃度を低くすることが最も重要であることを見出し
以上のごとく、本研究は従来無効とされていたコンニ
た。さらに乾腐病菌に対しては堀りおこした後、直ちに
ャク塊茎のキュアリング処理について研究し、キ=アリ
キュアリング過程に入ってよいが、腐敗病菌については、
ングの有効な処理条件を求めるとともに、実用処理室の
高温湯処理あるいは、低温通風乾燥処理を行った後キュ
設計基準をつくった。これらの成果はすでにコンニャク
アリング処理過程に入る必要のあることを示し、キュア
生産地において実用化され、大いに寄与している。
リング処理の環境調節条件を明確にした。
よって農学博士の学位を授与することを適当と認める。
本論文は3章よりなり、とくに次の諸点を明らかにし
審査委員
た。
主査 教授矢 吹万 寿
1.コンニャク塊茎の癒傷組織の形成と環境条件との
関係について、温度33℃の下で癒傷細胞がもっともよ
副査 教授 梅 田 重 夫
く形成され、5∼6日後には5∼6層の癒傷コルク細胞
副査教授井上忠男
が形成されていることを実験的に明らかにし、さらに
CO 2濃度が標準大気濃度(O. 03%)の時癒傷コルク細
胞の形成が良好で、5%以上になるとその形成は次第に
遅れ、20%以上ではほとんど形成されないことを確か
めた。
大阪府立大学告示第2号
大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学規則
第2号。以下「学位規程」という。)第15条第1項の
2 コンニャク塊茎のキAアリング処理は無効である
規定に基づき、昭和57年10月20日博士の学位を授
と結論づけた吉田氏(1956)の実験を追試したとこ
与したので、学位規程第16条第1項の規定により、論
ろ、実験装置内のCO 2濃度:は、処理開始4日後にはすで
文内容の要旨及び論文審査の結果の要旨を次のとおり公
に20%以上になり、癒傷コルク細胞の形成は1∼2層
表する。
に過ぎず、7日後に塊茎は腐敗した。したがって、吉田
昭和58年1月18日
氏の実験はCO2濃度を考慮せずie行われたことに問題が
あったと考えられた。
大阪府立大学長稲 葉 哲 雄
3.コンニャク塊茎への病原菌である乾腐病菌および
腐敗病菌を塊茎に接種し、開札組織の形成ならびに貯蔵
やましようじしろう
称号及び氏名 農学博士 山庄司 志 朗’
性について実験を行ったが、(a)乾腐病菌の場合は、キ
(学位規程第3条第2項該当者)
ュアリング処理を7日間行ったものは癒傷コルク細胞の
(大阪府 昭和25年2月22日生)
形成がよく、5ケ月後にも発病がなく、キュアリングの
効果は顕著であった。(b)腐敗病菌IC対してはキュアリ
(4)
号外 第1号 5
昭和58年1月18日
させる着色料の多くは親水性であるため、iQz消去効果
論 文 名
脂質の渉酸化に対する銅(ll)一ヒスチジン複合体
をもつ抗酸化剤も親水性のものが適していると思われる。
及び関連物質の抗酸化効果
そこで水溶液系におけるアミノ酸のi([}2消去効果と抗酸
化効果ICついて検討した。
リノール酸の40%アルコール水溶液(PH7.0)に、
妨を発生させる光増感剤メチレンブルーを添加し、可
1.論文内要の要旨
緒
論
視光線を照射すると、リノール酸は誘導期間を経ずに酸
化された。この系に各種アミノ酸を添加したところ、ヒ
食品成分である脂質の酸化は必須脂肪酸の減少や、
スチジン(His)が最大の抗酸化効果をもっていた。His
過酸化物の毒性発現をもたらすので、栄養学的に好まし
の抗酸化効果を熾消去剤トコフェロールのものと比較
くない反応である。そこで脂質の酸化、特に自動酸化を
するとHisの方がすぐれていた。トコフェロールは勤
防止するために、種々の抗酸化剤の開発研究がされてい
によって酸化されたが、この酸化はHisの添加により抑
る。しかし最近では、着色料の使用が多様化してきたの
制された。且isも1Q2と反応し、そのイミダゾール基が
で、着色料による脂質の光増感酸素酸化も考慮しなけれ
分解するが、His由来の過酸化物の蓄積はほとんどみら
ばならなくなってきた。事実、実用化されている一部の
れなかった。
着色料は、光増感剤として作用し、脂質の光酸化をひき
次に1勉によるHisならびに、リノール酸の酸化反廊
きおこす。そして、この光酸化に対して、従来の抗酸化
を、反応速度的に解析したところ、同じ条件でのHisの
剤が無効であることもわかってきた。また殺菌燈の紫外
酸化反応速度定数が、リノール酸のものより約100倍
線照射でも脂質の光酸化がおこる。このような現状から、
大きかった。したがって、Hi8の抗酸化効果は、妨消
これらの抗酸化剤は自動酸化ばかりでなく、光酸化にも
去効果によることがわかった。トコフェロールも同じ性
有効なものが望まれ、かつ、合成品よりも天然物のもの
質の抗酸化効果を示すが、水分含量の高い系ではHi8の
が好ましい。これらの要求を満足させるものとして、ト
方がトコフェロールよりもすぐれた抗酸化効果をもつこ
コフェロールが最近注目されている。しかし、これは不
とを明らかにすることができた。
安定な物質で、水分含量の高い系では光酸化を有効に防
止しない。
本研究は自動酸化を防止する比較的安定な天然抗酸化
剤として、アミノ酸をえらび、まだ研究されていない光
酸化に対する抗酸化効果を追求した。
第2章 フラビンモノヌクレォチド光増感酸素酸化
による脂質過酸化反応と銅(llhヒスチジン
複合体の抗酸化効果
光酸化では反応性の高い種々の活性酸素が発生し、こ
スーパーオキシドアニオン(02)自身は活性の低い酸
れが脂質の酸化の引金になると考えられる。また、この
索ラジカルであるが、02の不均化反応で且202が、さら
現象は光の種類によっても異なる。そこで本研究では、
に鉄([IDci)触媒作用で、より活性の高い水酸ラジカル(・OH)
光酸化を可視光線による光増感酸素酸化と、紫外線によ
が生じる。ζの様な02を発生させるフラビンモノヌク
る光酸化に分け、さらに前者を一重項酸素(繊)発生系
レオチド(FMN)光増感反応での脂質の酸化と、アミノ
と、スーパーオキシドアニオン(02)発生系に分けて、
酸の抗酸化効果について調べた。
それぞれの光酸化系における銅(皿)一ヒスチジン(His)
40%アルコール水溶液(pH:7.0)の可視光線による
複合体と関連物質の抗酸化効果について検討した。
FMN光増感反応系に、 H i sやトリプトファン(Trp)を
添加すると、02の発生が促進され、リノール酸の酸化
も容易におζつた。しかし、Hi sやTrpと同時に銅〔皿)を
第1章 一重項酸素による脂質過酸化反応とヒスチ
ジンの抗酸化効果
一重項酸素(102)は親電子的であるため、電子豊富な二
加えると、速かに鍼①一アミノ酸複合体が形成され、こ
れがσ2を消去し、リノール酸の酸化を防止した。特IC
銅⑪一一s複合体の抗酸化効果は大きく、その適当量の
重結合をもつ不飽和脂肪酸と直接反応し、過酸化物の生
添加leよって過酸化物の生成に必要な溶存酸素分子の消
成をもたらす。この様な過酸化反応に対して従来の合成
費は認められなくなった。Oiから生じるH202も銅㎝)
抗酸化剤(ラジカル捕捉剤)は無効である。熾を発生
一Hi s複合体によって、光酸化中に・OHの発生を伴わ
(5)
6 号外 第1号
昭和58年1月18日
ずに分解された。したがって、銅⑪一Hi8複合体はOi
もっていたが、リン脂質のリボソーム系では、複合体は
を消去したり、H202を非ラジカル分解して、リノール
自動酸化を促進しなかった。しかし、リボソーム系の
酸の酸化を未然に防止していることがわかった。この複
02関与の光酸化に対して、複合体は抗酸化効果をもた
合体はスーバ帽額キシドジスムターゼが添加できない系、
なかった。そこで、HisのかわりにH:is含有ペプチドを
すなわち、食品系に0卸肖去剤として添加することがで
用いたところ、Gly−Gly−Hi 8は銅(lltOs存在していて
きるため、その応用価値は高いと考えられる。
も、自動酸化ばかりでなく熾や02が関与する光酸化
も防止した。このペプチドの抗酸化効果は、リン脂質の
リボソーム系で大きかった。Gly−Gly−HisはHisに
第3章紫外線照射による脂質過酸化反応と銅肛)一一一一
アミノ酸複合体の抗酸化効果
比べて高価であるが、リン脂質を含む食品系に適した理
想的な抗酸化剤であると思われる。
紫外線による脂質の光酸化は、従来の合成抗酸化剤や、
妨消去剤トコフェロールによってほとんど抑制されな
い。その理由として、これらの抗酸化剤が光分解したり、
熾以外の活性酸素が酸化に関与していると考えられる
第5章 油脂食品の光増感酸素酸化に対するHisの
抗酸化効果
が、02の関与についてはよく知られていない。そこで、
102は0互に比べて反応性が非常に大きいため、ICb
OEの関与ならびにσを消去剤である銅(fi)一グリシン
関与の光酸化には注意しなければならない。1砲を発生
(Gly)複合体の抗酸化効果について検討した。Hisのか
させる強力な光増感剤に、Erythrosine、 Rρse bengal、
わりにGlyを使用した理由は、これまで効果のあった
Ihlωxineなどがあり、これらが現在使用されている赤色
Hisの場合のイミダゾ■一ル基の影響等を区別して考え得
の食用着色料である。もし、これらが油脂食品ic混入、
るためである。
あるいは添加されると著しい光酸化をうけることになる。
tJノール酸の40%アルコール水溶液(PE7.0)に紫
外線を煕射すると、Oiの発生とリノール酸の酸化が生
そこで、この様な光酸化を防止するために、Hisの抗酸
化効果について検討した。
じた。Oをの発生はH:202やリノール酸ヒドロペルオキ
不飽和脂肪酸を多く含むリン脂質と中性脂質のエマル
シドが分解したときにもみられ、特に後者の場合は溶存
ジョンからなる油脂食品に、Phloxineをわずかに着色.
酸素がOiの発生に関係していた。そして、この様な系
する程度に加え、可視光線を照射すると、著しい脂質の
に銅(llH GIy複合体を添加すると、02は消去され、リ
酸化がおきた。そして、この系に1%以下のMsを添加
ノール酸の酸化も抑制された。したがって、紫外線によ
すると、光酸化は抑制された。この抗酸化効果は、油脂
る光酸化では、アミノ酸の側鎖に関係なく、キレinpトさ
食品の光吸収率が高く、かつ酸性よりも中性のときに大
れた銅(口)が0互’を消去して、抗酸化効果を示すと考えら
きかった。他方、BHTなどのフェノール系の抗酸化剤は、
食品衛生法に定められている濃度範囲で、この様な光酸
れた。
化を抑制することはできず、また1q2消去剤β一カロチ
ンも不安定で着色をもたらすので、その使用に問題があ
第4章 脂質の光増感酸素酸化と自動酸化に対する
銅(ll)一Hi 8含有ペプチド複合体の抗酸化効
る。したがって、現在のところHisが有望な天然抗酸化
剤であると考えられる。
果
第1,a3章の結果から、妨の消去にはHisのイミ
ダゾール基が、また02の消去には銅(皿)がそれぞれ有効
2 論文審査結果の要旨
であることがわかった。一方、暗所での自動酸化に対し
脂質は蛋白質、糖質と共に食品成分として最も重要な
てHi sが抗酸化効果をもつことが知られているが、銅(ll)
ものの一つである。しかし空気中の酸素に起因する酸化
に関しては不明な点が多い。そこで自動酸化に対する銅
を意外に受けやすく、その結果、過酸化物の生成、分解、
⑪一His複合体の効果を調べると共に、 His関連物質の
重合等が生じて栄養学的にマイナスの因子が増えるばか
抗酸化効果についても検討した。
りでなく、さらに積極的な毒性の発現ともなって、しば
不飽和脂肪酸のアルコール水溶液系(pH7.0)では、銅
しば深刻な問題を提起することにもなる。このため、所
Φ》一Hi,複合体は銅(【Dよりも大きな自動酸化促進効果を
謂抗酸化剤の研究も発達し、合成抗酸化剤も開発されて
(6)
昭和58年1月18日
号外 第1号 7
来たが、最近になってBHT、 BHAなど食品添加物とし
で、Gly−Gly−Hi sのトリペプチドの効果が特に顕著
てかなり使用されていた抗酸化剤が発癌性の疑いにより
である。このペプチドの抗酸化効果は燐脂質のリボソー
使用禁止の方向に進み、関係者ICショックを与えている。
ム系で特に大きいことは、多くの食品中での脂質の存在
一方、食品中の脂質の自動酸化の現象そのものは包装
材料の変化や、食品取扱い現場の照明変化、さらに食品
形態を考えると注目に価する。
最後に油脂食品の光増感酸素酸化に対するHisの抗酸
用の人工着色料の影響などによって、これまで以上に、
化効果のモデルとして、現在実際IC使用されている食用
光照射が引金icなる光酸化の現象も看過できなくなって
着色料を、ごく少量加えた市販のマヨネーズに光照射を
来た。これと同時に、この光照射が引金になる脂質の酸
行って光酸化を観察した。この系に対する1%以下の
化が一一一■般の脂質酸化の機構解明を目指す研究者にとって、
Hisの添加が光酸化を充分に抑制した事実は一般の合成
重要な手掛りを与えるとも考えられる。
抗酸化剤が同様濃度では、ほとんど効果が無かったこと
本研究では、この食品中の脂質の光酸化を防止する抗
に較べて極めて示唆に富んだ知見と云える。
酸化剤を、できるだけ天然物に近い安全性の高いものに
以上、本研究は極めて複雑で研究が困難であると考え
見出し、現在の食品化学の重要な問題の一つに解決の糸
られている脂質の酸化の問題に対し、光増感現象を利用
口を与え、同時に安全性の高い抗酸化剤の開発に資する
して、これまで以上の解析に成功し、同時に、より安全
結果を示そうとしたものである。
な抗酸化剤の開発を示唆する多くの知見を得た。すなわ
研究は条件を単純化するため、食品脂質として代表的
ち、関連分野の学問にとって極めて有意義な研究であり、
な脂肪酸の一つのりノール酸を選び、これを40%エタ
食品化学、栄養化学をはじめ広く農芸化学全般に寄与す
ノールを含む燐酸緩衝液(PH7.0)に均一に溶解させた
るところ大であると思われる。よって農学博士の学位を
ものIC、光増感剤としてメチレンブルー(MB)またはフ
授与することを適当と認める。
ラビンモノヌクレオチド(FMN)を添加し、光照射の光
源は可視光線と紫外線を区別して行い、種々の角度から
審査委員
酸化の実体を検討した。
主査 教授高木 正之助
まず、可視光線の照射に対して、ヒスチジン(His)の
副査 教 授 北 岡 正三郎
添加は他の数種のアミノ酸に較べて顕著な抗酸化効果を
副査教授上田博夫
示した。その光励起により生ずる活性酸素の一重項酸素
副査 助教授 松 本 幸 雄
妨を消去する抗酸化効果はトコフェロールに匹敵する
結果を得、水分含量の高い食品中では、むしろトコフェ
ロールに勝る抗酸化剤となり得ることを示した。
大阪府立大学告示第3号
次にもう一つの活性酸素であるスーパーオキシドアニ
大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学規則
オン0互が引金となる脂質の過酸化では、0蒼を発生さ
第2号。以下「学位規程」という。)第15条第1項の
せる反応を行うFMNを増感剤とする光酸化を行わせ、
規定に基づき、昭和57年10月31日博士の学位を授
H:isまたはトリプト芳ン(Trp)と同時tc銅il)イオンを
与したので、学位規程第16条第1項の規定により、論
添加すると、これらのアミノ酸と銅イオンがキレート化
文内容の要旨及び論文審査の結果の要旨を次のとおり公
合物を作ることによって、0卸肖去効果を持つ、すぐれ
表する。
た抗酸化剤として働くことを見出した。
昭和58年1月18日
紫外線照射による脂質の光酸化には従来知られている
合成光酸化剤やトコフェロールもほとんど酸化防止効果
大阪府立大学長 稲 葉 哲 雄
を示さないが、銅①一グリシン(Gly)複合体、銅(①一
His複合体がいずれも効果があることを見出した。しか
ご
た
よう
ニ
称号及び氏名 農学博士 喜 多 洋 子
し、これらの銅ωアミノ酸複合体は、一方で光の関係し
(学位規程第3条第1項該当者)
ない自動酸化を促進する性質も観察され、幅広い抗酸化
(大阪府昭和27年7月10日生)
剤とは云い難い。これに対して、Hisを含むオリゴペプ
チドと銅但ゆ複合体が自動酸化ばかりでなく、妨や02
が関与する光酸化も阻害することが見出された。その中
論 文 名
タカアミラーゼAの化学修飾に関する速度論的研究
(7)
8号外曲1号
昭和58年1月18日
1.論文概要の要旨
(G2)iこよって修飾反応は影響を受けなかった。この事
はTAA中には活性部位から離れた所で表面に露出して
緒
言
塑の生産するタカアミラーゼA(TAA)は
デンプンなどのC{一1,4結合を、at raixlo皿に切断す
いるlrpが1個存在する事を示唆している。 K−IWS
では、最高5個のTtpが修飾され、アミロース,フェニ
ルα一マルトシド(φαM)膠質に対する活性もuative
るE・ndo型のα一アミラーゼであり、分子量51,000の1
の40∼50%にまで減少した。そこで、修飾酵素のこ
本のポリペプチド鎖から成るモノマーe酵素である。TAA
れら2種目基質に対する速度:パラメーター(Kln, ko)
の三次構造は、1979年に角戸らによって明らかにさ
を求めると、両基質ともにK:m値lc変化はなく、 ko値
れ、また全一次構造も1982年3月に戸田らによって
が修飾個数の増加と共に減少した。G2存在下では5個
決定されたばかりである。本酵素の物理化学的
のうち1個の臆pが修飾から保護され、また、2∼3個
性質は、本酵素が非常に■igidで安定なこともあって、
のTbepが修飾されてもkoの減少は見られなかった。これら
比較的早くから研究されており、伊勢村、高木、戸田、
の結果より、G2結合部位近傍に1個のTrpが存在し、
油谷らのすぐれたタンパク化学的研究(主に変性実験)
活性発現に何らかのかかわりを持っている事が推定され
が行なわれているが、その構造と機能に関する詳細な情
る。
報はあまり得られていない。また本酵素の活性部位の状
NBSによるTrpのケイ光消光反応をpH53,25℃
態については、グルコース残基7個分に相当する大きさ
でstopped flom・法により追跡した。その結果、 TAAと
であることが新田らによる速度論的研究によって明らか
NBSの反応は3相IC分かれた。第1相の二次反応速度
にされている。一方、酵素反応メカニズムの探索に有用
定数の値はモデル物質のN−acetyltrypto】細n ethyl
な手段である化学修飾に関しては、S且基に関する研究、
esterの値と一致した。また、 G2存在下では第1相の
及びLys残基ic関する修飾が主に池中らによって行なわ
速い反応が更に2相に分かれ、より小さい速度定数を持
れているが、これらの残基は触媒活性にあまり重要な役
つ相が新しく観測された。以上の結果より、TAA中の
割を果していないと考えられている。
9個のTtpのうち5個が溶媒と接し得る状態にあり、そ
そこで本研究では、TAAの活性部位の構造と機能に関
のうちD 2個口完全に表面に露出していると考えられる。この
する情報を得るため、数種のアミノ酸の化学修飾を試み、
表面の2個のうち、1個はG2結合部位近傍に存在し、
その触媒活性に及ぼす影響を速度論的に検討した。なお、
TAAが触媒活性を発現する上で何らかのかかわりがある
対象としたアミノ酸は、Trp,野r, Lアs, Hisである。
と思われるが、他の1個は活性部位から離れた所に存在
これらの結果と最近角戸らによって明らかにされたX線
すると考えられる。また、第2相の速度定数の値を検討
解析の結果とを比較対照し、それらのアミノ酸残基の役
割あるいは存在状態に関する考察を行なった。
第1章 Trp残基の存在状態と役割
TAAと基質、及び基質アナログが結合するとTbp残基
の環境がhydrophobicな状態に変化する事が、国方らに
した結果、5個のうち残りの3個は溶媒と接触できるが
少し分子内部に埋もれた状態で存在していると推定した。
第2章 恥及びLys残基のフエニルアゾベンゾイ
ル化
池中はTAAをフェニルアゾベンゾイル(PhAB)化する
より紫外吸収差スペクトル法によって見出されている。
と、アミロース活性は減少するが、φαM活性は2.5倍
ところが、大西らはTAAのTrp残基を1∼2個N−bro皿o−
に増加する事を報告している。この興味深い活性変化の
succinjmide(NB S)で化学修飾しても、アミラーゼ活性
原因を明確にする事を目的として、PhAB−TAAの触
には変化がない事を報告している。そこで、丁叩残基に
媒活性を速度論的に調べた。
特異性の高いK:oshland試薬(K:一IWS, K:一fi W S)を
修飾反応は池中の方法に従い、修飾試薬濃度は酵素の
用いてTAAのTrp残基を化学修飾し、更iこNBS}こよる
20倍とレた。このP hAB 一一 TAAはTYrとLys残基が、
狂pのケイ光消光反応を追跡してTAA中のTrp残基の
ともに修飾されていると考えられているが、本実験でも
存在状態と役割を明らかにしょうとした。
2. 3モルのPhAB基が、 TAAに取り込まれた。この
K一皿WSでは1個のTbpしか修飾されず、活性の変
PhAB−TAAの、各種基質に対する速度パラメーター
化も見られなかった。また、基質アナログのマルトース
を求めた結果、アミロース,β一シクロデキストリン
(8)
号外第1号 J
昭和58年1月18日
(β一CD),マルトオリゴ糖の全ての基質のkn値は、
∼20倍にも増加していた。PhAB−CI iこよる[[Yr残
nat ive酵素の値と変わらなかったが、 ko値が平均して
基の化学修飾の結果(血が1/3に減少,koに影響なし)
native・の約20%に減少した。しかし、合成基質であ
とは逆に、一s残基の化学修飾によって、2rαMのK:m
るφαMに対しては、他の基質とは反対にko値に変化
が変わらず、koだけがこのように著しく増加するとい
はなかったが、K:m値がnativeの1/3に減少した。
う結果は、非常に興味深い。一方、/αMを基質とした
次に、このPhAB−TAAをヒドロキシルアミンで処理
場合の、natiVe酵素と修飾酵素のko/Km−pHプロ
すると、野rに結合しているPhAB基だけが、遊離する
フィルは一致した。この事は、Hisの化学修飾によって、
という報告に従い、PhAB−TAAを0.7Mヒドロキシル
/αM水解反応に関与する活性解離基は、基質と結合し
アミン溶液中、20℃で3時間反応させると、修飾モル
ていない状態では、何の影響も受けていないという事を
数は1.3となった。このLysだけが修飾されたヒドロキ
示す。
シルアミン処理PhAB−TAA(HA・PhAB−TAA)の各
基質に対する速度パラメーターの変化を調べると、アミ
以上の様に、TAA中のHi s残基は、活性部位近傍に
存在し、活性発現に重要な役割を果していると推察され
ロース,β一CD,マルトトリオースに対しては、 K血値
るが、少なくとも、¢(XM水解の活性解離基ではない事
に変化はなく、ko値がnativeの50∼60%に回復し
が明らかである。
た。/αMIC対しては、 K皿, ko共IC native酵素と同
じ値を示した。
以上の結果より、TAA中の「rYr、及びLys残基は、
第4章 基質アナログによる阻害実験
触媒残基の近傍に存在すると考えられ、化学修飾によっ
TAAの基質結合部位の、更iこ詳しい情報を得るため
てアミロースなどのα一1.4グルコシド結合の切断速度
に、修飾酵素の阻害実験を行なった。各種基質アナログ
は減少するが、φαMのマルトースとフェノール間の切
による、修飾酵素の¢αM水解反応le対する阻害実験の
断速度は変化なく、野r,Lysはβ(XM加水分解icは何
結果、阻害型式は、全ての修飾酵素で、native酵素の
の役割も果していないと推定される。また、 PhAB−
型式と変わらなかったが、Ki値が、 P hABイAAと、
TAAのφαMへのKmが減少したのは、池中、大道らが
Hisが修飾されたTAAで、約2倍に増加した。この事
推定している様に、野■IC結合しているPhAB基と、
は、これら修飾酵索の基質アナログ結合部位に、微少な
戸αMのフェニル基とのhydrophobic interactionが
構造変化が生じている事を示唆する。
生じているためであろうと考えられる。
一方、アミロースを基質とした場合lCは、アナログの
Ki値が、/αMを基質とした場合のK値と異なるとい
う結果が得られたが、基質アナログが、TAAの活性部
第3章 His残基の化学修飾
TAAのHi s残基を、 diethア1 g)rrocarbonate(DEP)
位に、同時に、2分子結合していると考えたモデルで、
うまく説明できた。更に、¢αMを阻害剤とし、アミロ
を用い、p且5.8,25℃で化学修飾した。46・hM DEP
ースの水解反応に対する阻害実験を行なった結果、φαM
では、2個のMsが修飾され、2 3niM DEPでは、2∼
の猿値がφαM水解反応のK皿値より、かなり小さい値
3個のHisが修飾された。またG2存在下では、1個の
を示すという結果が得られた。他の単糖アナログと同様、
Hisが修飾から保護された。この結果は、 TAAの活性
φαMも2分子以上、活性部位に結合している可能性が
部位に、Hisが1残基存在している事を示唆する。
考えられる。
これは、TAAのクレフト内に、 Hisが存在するという
X線解析の結果と一・致する。
TAAのエトキシカルボニル化によって、アミロース
以上のStlC、[[YrあるいはHi sを化学修飾した場合、
修飾酵素の、アミロースと戸αMに対する活性は、減少
と増加という全く逆の変化が観察された。また、アミロ
に対する活性は、約5%に減少したが、ψαMに対する
ース水解のφαMによる阻害実験では、得られたK:i値
活性は、逆に10∼20倍にも増加した。そこで、修飾
が戸αM水解反応のKm値と異なっていた。これらの事
酵素の速度パラメーターを求めると、アミロース,マル
トトリオース,JZ「orM全ての基質について、 K:m値はna−
は、戸αM水解反応メtカニズムが、天然基質の場合と異
なっている事を示唆する。
tive TAAの値と変わらなかったが、 ko値が、アミロ
■一・
X,マルトトリオースでは減少し、/αMでは、10
(9)
10 号外第1号
昭和58年1月18日
2 論文審査結果の要旨
度パラメーターを求めた。また戸αMを基質とした場合
タカアミラーゼA.(TAA)は分子量5 1,000の1本の
のko/K:m一’pHプロフィルを求め、 His残基の修飾に
ポリペプチド鎖からなるE ndo型α一アミラーゼであり、
よる影響を検討した。
その物理化学的性質は古くから研究されている。しかし
その三次構造は1979年に角戸らにより、また478
以上の結果から、TAA中の2∼3個のHis残基が
DEPで修飾されるが、その中の少なくとも1個のHi 8
個のアミノ酸の全一次構造は1982年に戸田らによっ
残基はマルトースの結合部位近傍に存在すること、また
て決定されたばかりで、その構造と機能1こ関する情報は
化学修飾によりアミロースに対する活性は減少するが、
いまだ十分には得られていない。
逆にがαMに対する活性がnative TAAの10∼20倍
本研究はTAAの活性部位の構造と機能に関する情報
にも著しく増加することを見出し、この現象が分子活性
を得ることを目的とし、活性部位あるいはその近傍に存
koの変化に起因するものであり、His残基が基質との
在すると考えられる数種のアミノ酸を化学修飾すること
結合には重要な関与をしないこと、また、加水分解に関
により、TAAの触媒活性がどのような影響を受けるかを、
してHis残基は重要な役割を果たしていると考えられる
速度論的手法を用いて解析し、それらのアミノ酸残基の
が、少なくともJzr exM水解反応にかかわる活性解離基で
役割あるいは存在状態について新しい知見を得たもので
はないことを明らかにした。
ある。その結果を要約すれば次のようになる。
(1)「rrp残基を2種の水溶性のコシュランド試薬を
さらに、アミロースおよび2forMの加水分解反応に対
する各種基質アナログによる阻害実験を行ない、TAA
用いて化学修飾し、Trp残基の化学修飾によってTAA
の活性部位の構造への化学修飾の影響を、すべての化学
のアミロースおよびフェニルα一マルトシド(/orM)
修飾TAA Icついて詳しく検討している。またJtiαMを
に対する活性がどのように変化するかを調べると同時に、
阻害剤とするアミロー.スの加水分解反応の結果から、
修飾酵素の速度パラメーターを決定することによって、
/(XMがTAAの活性部位に2分子結合している可能性
その変化のあらわれ方を定量的lcvaべた。さらにTrp残
があることも見出している。
基の存在状態を検討するためic、 N一プロモコハク酸イ
以上の結果を総括すれば、TAA.中のTrp残基は活性
ミドICよるTrp残基のケイ光消光反応をストップドフロ
部位内に存在し、TAAが活性を発現するための高次構
ー法により追跡した。
造の保持に関係していること。野rおよびLys残基は
以上の実験結果から、TAA中に存在する9個のTrp
残基のうち5個が表面IC存在し、そのうちの2個は完全
TAAの活性部位近傍に存在するが、2fαMの水解には
何のかかわりもない状態で存在すること。Hi 8残基は、
に表面に露出して存在する。さらにこの2個のうち!個
アミロース水解に対する活性発現に重要な役割を果たし、
はマルトース結合部位近傍に存在し、TAAの活性な構
かつマルトース結合部位近傍tc存在することを明らかに
造の保持にかかわっていると推論した。
した。
② TYrおよびLアs残基について、フエニルアゾベ
ンゾイルクロリド(PhABC4)によりTAAのフェニルア
ゾベンゾイル(PhAB)化を行なったもの、およびそれ
本研究はTAAの触媒反応の発現に寄与していると
考えられる各種アミノ酸残基を化学修飾することによ
り、それらの残基の役割を速度論的手法を用いて明らか
をヒドロキシルアミン処理することにより’ryr残基に結
合しているPhAB基をはずしたものについて、 TAAの
にしたもので、本酵素の構造と機能の解明tc寄与すると
各種基質に対する反応の速度パラメーターの化学修飾に
ころ大である。一方では今後の研究を待ついくつかの興
もとつく変化を調べ、TAA中の「fyrおよびLys残基は
味ある事実を研究過程の中で見出している。これらのこ
活性部位近傍に存在し、化学修飾によって、アミロース
とは一般に酵素反応の速度論的解析の結果からどのよう
などのor−1,4結合を切断する速度は影響を受けるが、
な成果が期待されるかを呈示しているもので、本人の今
φαMのフェノールとマルトース間の結合を切断する速
度は影響を受けないことを明らかにした。
(3> Hi 8残基について、ジエチルピロカルボナbト
(DEP)によるエトキシカルボニル化を行ない、その反
後の研究にはもとより、広く速度論的解析に関心をもつ
人々にその有用性を示すものである。また本研究の過程
における申請者の問題の把握と研究の展開、方法論の選
応の過程ならびに化学修飾にともなう活性変化の追跡を
択は、申請者が自立して研究活動を行なうに必要な能力
行なうと共に、修飾酵素のTAAの各種基質に対する速
と学識を有することを証したものである。
(10)
昭和58年1月18日
号外第1号 11
目よって、農学博士の学位を授与することを適当と認め
第1章では、従来の研究成果を概観し、本研究の目的
と意義についてのべた。
る。
審査委員
第2章は靱性に関する研究結果であり、(1)正逆偏心回
主査教授渡辺武彦
副査教授三浦一夫
転式揺動とりべとしD転炉との合併法によるS≦O.009%
の低硫鋼の新量産技術と低回鋼の制御圧延技術との研究
副査 教授 高 木正之助
により、当時、世界で初めて圧延まま6 Okgf/筋級高靱
副査 講師 新 田 康 則
性高張力厚鋼板の量産を可能とした。(2)Nb含有熱延高
張力鋼板の強度と靱性を支配するオーステナイト中およ
びフェライト中でのNb(C,N)の析出挙動について独
自の方法icより基礎研究をおこない、オーステナイ中で
大阪府立大学告示第4号
大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学規則
のNb(C,N)の析出速度はNb含有量が高いほど大き
第2号。以下「学位規程」という。)第15条第1項の
くなり、また約980℃で最大となるいわゆるC曲線を
規定に基づき、昭和57年11月30日博士の学位を授
呈するが、低C量ではCまたはNではなくNbの拡散に
与したので、学位規程第16条第1項の規定により、論
よって律速されること、900∼1100℃で熱間加工
文内容の要旨及び論文審査の結果の要旨を次のとおり公
した直後のオーステナイトからは析出しないが、熱間加
工後の終了温度で恒温保持することによってオーステナ
表する。
昭和58年1月18日
イト中でのNb(C,N)の析出がいちじるしく促進され
ることをあきらかにした。いっぽうフェライト中での
大阪府立大学長稲葉哲雄
Nb、V、Alの析出速度は、NbおよびAl含有鋼では
Nbの拡散、VおよびAl含有鋼ではVの拡散、Nb、
称号及び氏名
じざいまる
じ
ろう
工学博士 自在丸 二 郎
VおよびAl含有鋼ではNbの拡散によって律速され、
(学位規程第3条第2項該当者)
またその含有量が多いほど析出速度が大きいことなどを
(大分県 昭和7年2月2日生)
あきらかにした。(3)ラインパイプ用フェライト・ベイナ
イト熱延高張力鋼板の強度と靱性におよぼす制御圧延条
論 文名
熱延高張力鋼板の延性および靱性の向上に関する研究
件およびその後の冷却条件の影響について、とくに靱性
にとって望ましいミクロ組織の観点から研究をおこなっ
た。その結果、同一化学成分のフェライト・パーライト
鋼よりもフェライト・ベイナイト鋼は常に高強度かつ高
1.論文内容の要旨
靱性を示し、①スラブ加熱温度の低下、オーステナイト
熱延鋼板は全鋼材のおよそ半量を占める工業上きわめ
再結晶域および未再結晶域での圧下率の増大、②仕上圧
て重要な製品であるが、近年の需要構造の質的変化にと
延後の冷却速度の増大と巻取温度の低下、が靱性向上に
もなって、高強度でありながら延性あるいは靱性に富み、
有効である。この場合、ベイナイト面積率が増大するに
実用特性のすぐれた熱延高張力鋼板の需要が急速に高ま
もかかわらず、1∼2汐のほぼ一定粒径の極微細ポリゴ
っている。1960年代後半にS量低減(≦O.OO9%)に
ナルフエライトの面積率の増大と組織の微細化により、
よる鋼の延性および靱性の顕著な向上効果について報告
靱性がかえって向上することをあきらかにした。④上記
し、低硫鋼の量産方法について提案して以来、鋼中不純
研究結果の適用例として、1 5ntn厚の×70ラインパイプ
物の低減、硫化物形態制御、低炭素化、制御圧延などの
用熱延高張力鋼板を製造した結果、酷寒地向(フェライ
適用により非調質高張力鋼板の延性および靱性は飛躍的
ト・ベイナイト鋼)および寒冷地向(フェライト・パー
に向上してきた。しかし、その強度一延性および強度一
ライト鋼)ともにすぐれた靱性を有することが示された。
靱性バランスの最大化のための、用途に応じたミクロ組
第3章は延性に関する研究結果であり、まず延性にと
織と製造条件に関する研究は、とくに熱延高張力鋼板に
って望ましい強化方式を検討した。その結果、結晶粒微
ついては不十分であった。本研究は熱延高張力鋼板の延
細化が強度と延性(主に局部伸び)を同時に向上させる
性、靱性および実用特性に対する昨今のきびしい要求に
もっとも望ましい強化方式ではあるが、引張強さの向上
答えることを目的としておこなったものである。
には限界があること、C、Si、MnおよびCrによる
(11)
12 号外第1号
昭和58年1月18日
強化はいずれも延性(主に一様伸び)低下をともなうが、
ットの有無)などによって大きく左右され、その疲労寿
低下量が最小の元素はSiであり、ついでC、Mnであり、
命の推定は、公称応力によるよりも、局部ひずみで整理
Crは有効な強化元素ではないこと、また低温変態組織
するほうがバラツキも小さく合理的である。㈲ラインパ
による強化は複合組織鋼を除き、強度一延性(主IC一一・様
イプ素材としての熱延高張力鋼板の超音波欠陥合否判定
伸び)バランスからみて望ましくない強化方式であるこ
上重要な、製管時の超音波欠陥サイズの変化挙動を追跡
とがわかった。ついで、Ti−Cr系70および8 Okgf:/瞬
し、その変化量に見合った素材合否判定が可能であるこ
級加工用ベイナイト日延鋼板の最適製造条件1こ関する基
となどをあきらかにした。
礎研究と量産実験をおこなった。2.0%Mn−O.39。Cr鋼
第6章では本研究の成果を総括した。
に、硫化物形状制御能力のほか、結晶粒微細化と析出強
化能を具備するTiをO.08%以上添加することが局部延
性のすぐれた7 Okgi/繍級以上のベイナイト鋼板の製造
2 論文審査結果の要旨
にきわめて有効であり、伸びフランジ性の要求がきびし
本論文は高強度であり、かつ高い延性あるいは靱性を
い用途には、さらにC量をO. 03%程度ic低減すること
備え、実用特性にもすぐれた熱延高張力鋼板の開発を目
により画期的な穴拡がり率が得られ、0.08%Cにおい
的として、一・連の基礎研究と量産研究を行なうと同時に、
ても、きびしい曲げ加工に耐える80匂三級鋼板が適
得られた鋼板を実用面で有効に活用するための実用化研
正な熱田条件によって得られることをあきらかにした。
究を行なった結果をまとめたもので、次のような成果を
さらにMoを添加せずIC Cr量を高めることにより、一様
得ている。
伸びのほか局部伸びもすぐれた55ないし60kgf/ni級
1)正逆偏心回転式揺動とリペによる製鋼溶銑の迅速
熱延ままフェライト・マルチンサイト鋼板が、O.05%C
脱硫とLD転炉との合併法によるS≦O.OO9%の低目鋼
−1.2%Si−O.8%Mn−1.5%Cr系鋼により通常の熱延条
の量産、ならびに低硫鋼の制御圧延icより圧延のままで
件で安定して量産可能であることをあきらか1こした。な
お、本研究に関連した現在までに硯究開発ずみの55な
いし80kgf/ni級加工用熱延鋼板の材料特性の比較検討
6 Okgf/踊級高靱性鋼板の製造技術を世界に先がけて確
立した。
2)Nb含有鋼板のオーステナイト中でのNb(C, N)
をおこなった。最後に、結晶粒界のパーライトの生成を
の析出挙動を独自の方法により定量化した。その析出速・
抑制するように熱延軟鋼板lc CrとZrを複合添加し、さ
度はおよそ980℃で最大となるC曲線を呈し、Nbの
らに結晶粒を大きくすること}ζより極低降伏点非時効性
拡散ICより律速され、 Nb含有量が高いほど大きいこと、
加工用鋼板が得られることを示した。
また熱間加工直後のオーステナイトからは析出しないが、
第4章では油井管用熱延高張力鋼板による電縫溶接部
加工終了温度での恒温保持により析出が著るしく促進さ
の延性と耐溝食性の向上について検討をおこなった。従
れることを明らかにした。一方、熱延鋼板のフェライト
来この用途に広く使用されていたREM(希土類元素)
中での各元素の拡散のための活性化エネルギーはNb、
処理の場合には、溶接部にREM(0,S)が集積しやす
V、Alの順に大きく、またその含有量が高いほど小さい
いことによって耐溝食性がいちじるしく低下するが、溶
ことなどを明らかにした。
銑の低硫化と同時に溶鋼のCa処理を併用すれば、電縫
3)ラインパイプ用鋼板としてフェライト・ベイナイ
溶接部表面に露出する非金属介在物が微細に球状化し、
ト鋼は制御圧延条件のいかんによらず、同一化学成分の
かつMnを含まないため溶接部の延性と凹凹食性が向上
フェライト・パーライト鋼よりも高強度かつ高靱性を示
することをはじめてあきらかにした。
し、制御圧延後の冷却速度の増大と巻取温度の低下によ
第5章では、上記日延高張力鋼板に関する研究成果を
り、ベイナイト面積率が増加するにも拘らず、1∼2ρ
実用面で有効le利用するための実用化研究をおこなった。
の極度微細ポリゴナルフエライト面積率の増大と組織の
その結果、(1)Nb含有加工用量延高張力鋼板により機械
微細化により、強度と共に靱性も向上することを明らか
的性質の均一なLPG容器を製造することは、容器の絞
にした。
り比と素材Nb量IC応じた適正な容器焼なまし温度の採
4)加工用鋼板の強度と延性を同時に向上させる最善
用により可能である。(2)加工用熱延高張力鋼板による自
の強化方式は結晶粒微細化であるが、引張強さの向上に
動車用シャーシフレームのすみ肉アーク溶接継手の疲労
は限界があるので、強化にともなう延性の低下が最も少
寿命は溶接ピーnドの形状(止端半径の大小、アンダーカ
ないSi、次いでqMnの効果が重要であること、低温変
(12)
昭和58年1月18日
号外第1号 13
態組織による強化法は複合組織鋼を除き延性の低下が大
せい
の
あき
お
称号及び氏名農学博士清野昭雄
(学位規程第3条第2項該当者)
きく、好ましい強化方式でないことを示した。
(東京都 昭和3年11月1日生)
5)結晶粒界のパーライトの生成を抑制するように
Cr、Zrを複合添加し、さらに結晶粒を粗大化することに
より、新しい極低降伏点非時効性加工用軟鋼板の開発に
論 文 名
有用放線菌の分類同定と保存に関する研究
成功しtc。
6)油井管用鋼板の製造に当り、溶銑の低硫化と溶鋼
のCa処理を併用すれば、電縫溶接部表面の非金属介在
物が微細に球状化し、従来、この用途に広く使用されて
1.論文内容の要旨
回た希土類元素(REM)処理の場合と異なり、溶接部へ
緒
のREM(0,S)の集積がなく、かつMnを含まないため
言
溶接部の延性と耐溝食性が向上することを初めて明らか
放線菌類は微生物の分類体系ではOrder Actinomyc−
にした。
etales Buctm 1917を含むClas8 A6tinomアce−
7)上記熱延鋼板における材料特性の向上を実用面で
tes Krassilnikov 1949に属する膨大な微生物群であ
有効に活用するための実用化研究を行ない、熱延鋼板の
る。最近までは放線菌類に含まれる微生物の範囲は比較
最適な実用条件を明らかにしtc。
的狭義に限定されてきtcが、 Bergey’s Manual of
以上の成果は、従来、熱延高張力鋼板の強度一延性お
Determinative B acteriolegyの第8版(1974)か
よび強度一靱性バランスの向上のための最適方法、なら
らはKrassilnikovの考え方が大幅にとり入れられて周
びに新材料の製造方法とその有効な実用化方法について
辺の形態分化が単純な微生物まで包含するようになった。
新しい知見を提供したもので、鉄鋼材料工学の分野に貢
放線菌類に属する微生物、特に好気性で形態分化の著
献するところ大であり、また、申請者が自立して研究活
しい一・群のものは、Waksmanのactino皿アcinの発見以
動を行なうに必要な能力と学識を有することを証したも
来、多種多様な構造と生物活性を有する抗生物質の生産
のである。
資源として重要視されるようになった。
本委員会は、本論文の審査ならびに学力確認試験の結
その結果として近年おびただしい数の有用放線菌がス
果から、工学博士の学位を授与することを適当と認める。
クリーニングされ、分類学的に研究された成果として新
しく提案された属や種の数も急増するに至った。その反
審査委員
面、十分な検討を欠いt提案も少なくなく、現在の放線
主査 教授 岡 林邦夫
菌分類学の中に大きな混乱を招いていることも否定でき
副査 教授 木 村
弘
ない。
副査 教授 中 山
豊
筆者はこの反省の上に立って、放線菌特iC StrePto−
mycesの種の分類の統合的な再検討をなすべきであると
考え、また国際細菌命名規約による”承認された種名”
大阪府立大学告示第5号
大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学規則
第2号。以下「学位規程」という。)第15日目1項の
を尊重する立場をとつt。この姿勢が現在極めて複雑化
している放線菌分類を理解し易くする方向へ導くことに
役立つと考えたからである。
規定に基づき、昭和57年12月10日博士の学位を授
このような観点の下で、いくつかの有用な放線菌(主
与したので、学位規程第16条第1項の規定により、論
としてStreptomyces)iCt)いて分類同定を研究した成果、
文内容の要旨及び論文審査の結果の要旨を次のとおり公
これらの研究中に蓄積したデータにもとずく放線菌の分
表する。
類に関する提案、さらIC永年にわたる放線菌のCulture
昭和58年1月18日
Collectionの維持の経験による菌株保存の知見に関す
る研究成果をまとめて漆論文を構成した。
大阪府立大学長 稲 葉 哲 雄
第1部 有用放線菌の分類と同定
(13)
14 号外 第1号
昭和58年1月18日
筆者は1963年から放線菌類の生産する抗生物質お
てよく知られているS.lavend”laeとは全く異なる培養
よびその他の有用物質の探索研究、特にその生産菌の分
的性質を示すことを認めたのでその分類学的研究を進め
離、培養、生物活性の検出、生産菌の菌学的同定、分類、
た。本馬は胞子がムコイドで包まれ擬似胞子のうを作る
保存に関する研究ic携わってきた。本論文中では8種の
性質を示し、その培養的性質からS.versiPetlislC最も
抗生物質生産菌、3種の酵素生産菌に関する研究を行い、
近いものと考えられたが、これは”非承認”種なので
以下の結果を得た。
1)イネのイモチ病に有効な農薬用抗生物質として、
S.versiPellis non nom. approb.に近縁する種と
同定するに止めた。
我国の研究者が世界で始めて開発したblasticidin S生
6)キ=ウリ灰色疫病菌にin vivoで有効な抗生物
産菌の分類学的研究を行クた。最初に見出された株の他
質capsimycinを生産する放線菌の分類学的研究を行っ
に、日本の各地の土壌からblasticidin S生産菌を5株
た。Capsimycin は化学構造的に既知抗生物質ikar−
分離し、その分類学的性質を精密に比較検討した結果、い
ug島mycinに極めて類似した物質であることが判ったの
ずれも同一の種S.griseochromogenes IC属させること
で、その生産菌S.Phaeochromogenes subsp. iharu 一一
が妥当であると結論し、その種としての新鑑別文を示し
ganensis とも比較検討した。その結果、 S. Phaeoch−
た。
romogenesとは分類学的に著しく異なるS. bottroPe−
2)抗腫瘍性抗生物質pri皿ocarcinを生産する新菌
株を見出し、新亜Pt S.diastatochromogenes subsp.
nsisまたはS. luteogriseusに近縁する菌種と同定し
た。
luteus Seino and Akasakiと命名した。また、 pri−
7)ニワトリコクシジウム症に有効な抗生物質として
mocarcinの原生産株Nocardia fukayaeの菌体ジアミ
ポリエーテル構造のイオン透過活性をもつ、いわゆるポ
ノピメリン酸を検討した結果、Streptomyces ec属させ
リエーテル抗生物質が最近注目されている。その中の1
ることを提案した。
つの新抗生物質M6016の生産菌がS. alb〃sec分類され
3)カンキツ潰瘍病菌に対し有効な抗生物質としてス
ることを示し、基本的な種の1つであるS.albusの種の
クリーニングされたyazumycinは水溶性塩基性の新抗
範囲について考察を示した。
生物質と推定されたが、その生産菌の分類学的研究を行
8)同じくポリエーテル抗生物質の新規物質である
った結果、典型的なS.tavendulaeと同定した。この種
ferensimycin A, Bを生産する菌株の分類学的研究を
はstreptothricin生産菌としてよく知られているもの
行った。この菌株は寒天培養上著しく粘質物を生じ、一
であるが、yazumycinもさらに精密に分画し検討され
見細菌状を呈する。しかしその顕微鏡観察や細胞分析か
た結果、既知のstreptothricin(racemomγcin A)であ
らStrePtomycesまたはActtnosPorangittm属と考えら
ることが確認された。抗生物質生産菌の同定がその生産
れ、特に擬似胞子のうを有する点から後者に近縁する点
する物質の推定に有効に利用された例の1つである。
もあるが、ActinosPorangiumが属としての分類学的正
4)イモチ菌にin vitroで強く作用し、かつタバコ
当性にやや疑問があるのでStrePtomyces lc属すると同
モザイクウイルスに有効な抗生物質 aabo皿ycinを生産
定した。その中ではS.myrogenusに最も近いと思われ
する放線菌の分類同定を研究した。その培養的観察から
るが、これは”未承認名”であるので、最終的な同定命
S. hygroscopi cus }c属することを認めたが、従来からこ
名に至らなかった。
の種の電子顕微鏡像について議論がある所から、筆者も
9)L−1]bpaの生産に有用なN−formyl dopaをN−
特に走査型電子顕微鏡を用いてその表面像を精細に検討
formyl tyrosineから効率よく生成する放線菌をスク
した結果、その表面が粗面(rugose)であることを重視
リーニングし、その分類学的研究を行った。菌学的性質
して、新亜種と同定し、S.hrgroscopicus subsp. a−
から既知菌株中で5.roseochromogenus non nom.ap−
abomyceticus Seinoと命名した。
prob.が最も近縁であると思われたが、現在基準株が存
5)Streptothricinは通常数個の,β一リジンを含み
在しないことから、本菌を単tC St.71−23として命名
その数(n=1∼6)により組成が分類され、ほとんどの
場合これらの複合物として生産される。カンキッ潰瘍病
するに止めた。
10)グルコースイソメラーゼを生産する放線菌をその
tc有効な抗生物質を生産する放線菌を分離しその生産物
発見者と共同で分類学的研究を行い、S. griseoftiSCus
を検討した結果、streptothricin B(po1アmycin B,
と同定した。その基準株として保存されているS.gri−
n=5)のみを生産し、かつstreptothricin生産菌とし
seofuscus(抗生物質bundlin生産株)のグルコースイ
(14)
号外 第1号 15
昭和58年1月18日
ソメラーゼ生産性を調べてみると顕著な活性が認められ、
上にわたって43属約1700株の放線菌を保存し、放線
保存菌株がこのようなスクリーニングに価値のあること
菌研究者のために、菌種同定のための基準株や、各種の
を知った。
スクリーニングに用いる菌株の分譲を行っている。それ
11>StrePtoceceus faecalisの生菌にも作用する細
胞壁溶解酵素(SR−1)を生産する放線菌の分類学的研
に伴って放線菌株保存法について検討し改良をはかった。
現在までに継代保存法、凍結保存法、凍結乾燥法につ
究を行い、S.r”tgersensis subsp. rutgersensisの基
いて検討を行ってきた。保存機関のチェックとして重要
準株と性状がほとんど一教したので、この亜種に属する
な形態観察培地について、栄養の少ないwater agarや
ものと同定した。
1/10potato carrot agarが有効に使用しうることを
認めた。
KCC Culture Collection }cおいて実際に保存され
第2部 放線菌の分類に関する提案
ている放線菌各属の保存方法および結果につき、その培
1)放線菌の属の分類は主としてその形態的特徴によ
地リストと共に、現状を一一vaとして記載した。これは
って組立てられているが、形態的性質は、その培養条件
数少ない放線菌保存記録として、研究者にとって有用な
が適当でなかっtcり、菌株の変異などによりその特徴が
指針となりうるものと考えられる。
観察できず、そのために同定が不可能であったり、時に
末尾に関連抗生物質の構造を示した。
は誤りをおかすことが少なくない。
そこで形態的特徴より更に安定的な形質とみられる全
細胞加水分解物の分析から、ジアミノピメリン酸の有無
とその光学異性体の決定、鑑別に利用できる糖の検出を
重要な指標とする二分法ICよる放線菌の属の検索式を作
遷ド臓轡
成した。ここに提案した方式は52の放線菌属を含み、
最も新しい検索式として放線菌の分類同定に活用しうる
(1) Blas匙ic量dln S
ものと考える。
2)放線菌の中でも最も有用菌を多く含むStrePtom−
CH3CONHC,COCH2CH2CONH2
11
yrces属の分類にあたって、その胞子の表面像が重要な
CH2
指標となることはすでに確立された事実である。しかし
Streptompaesの多くの種の胞子は表面平滑であり、そ
(M Primocarcin
れ以外の群の鑑別には役立つものの胞子表面像による分
類の有用性は限られたものであった。
筆者は多くの有用菌株、保存菌株の胞子icついて走査
電子顕微鏡による観察を行い、その実験条件についても
詳しい検討を重ねた。その結果、乾燥方法が観察結果に
大きな影響を与えることを見出し、従来1つの特徴とし
て提案されていtc胞子の三日月状の形態や、指骨状の電
顕像は試料の調製段階におけるアーティファクトである
と結論した。ま1:.r Srteptomycesの多くの平滑型の胞子
滞瞭
OH NH
l
tCOCHzgHCH2CH2CH2NH),H
NH2
は円筒型であるのに対し、横に長い密な胞子連鎖を有す
るとうもろこし型(maizeus)の群を独立した分類脂汁
Yazumycin A n=1
として採用することを提案した。
Yazumycm C n=2
Streptothricin B n=5
第3部放線菌の保存に関する知見
(U) Streptothricsns
筆者がcuratorとして管理しているKCC(科研化学
株式会社)Culture Collectionにおいては、10年以
(15)
16 号外 第1号
昭和58年1月18日
1)1963年から有用放線菌探索研究に携わってきた
届・H隻・パ1一一H
結果、8種の抗生物質生産菌、3種の酵素生産菌につい
て分類同定の結果を報告した。その主なものについて述
べると、①イモチ病に有効な最初の農薬用抗生物質であ
h AV“Y’r X, 5,rNH
るblasticidin S生産菌を広く分離し、それらの分類学
的形質の変異範囲を含め精細に検討した結果、いずれも
aV) Capsimycin
StrePtomyces griseochromogenesに属するものと結
論した。②抗腫瘍抗生物質primocarcinを生産する菌
MeO
He’
MρO 馳Me
t
”o
〆恥
株Nocardia f#kayaeの菌体申のジアミノピメリン酸の
ゆし。
化学的研究の結果、この属をStrePtomyces lc改訂した。
1功:㌶1:
,。メ 、。! ・σ
③イモチ病にin vitroで有効でかつタバコモザイクウ
イルスに強く作用するaabo皿アcin生産菌は、 St.妙一
groscopicus ac属するが、その胞子の表面を走査電子顕
騒。hO” 隔 H
微鏡を用いて検討した結果、粗面(rugose)である点を
(V) Antibiotic 6016
発見して新亜種として記載した。④ニワトリコクシジウ
ム病に有効な抗生物質として知られるポリエーテル系物
質のferensimycin A, Bを生産する菌株の分類学的研
憶cTt
究を行ない、寒天上で著しく粘質物を生ずる性質から、
Fu4e i 1C
卜4e
= : 撃
輝協・1訂ム
xo
量
隔トle
三 三〇
St. myxogenus iC最も近似するものと認めtが、この種
Rx
漸e OH 言H
Rl R2
が国際細菌学命名委員会で未承認名であるので、最終的
な同定命名を保留した。
2)以上の放線菌分類同定の研究を通じ、本論文著者
Ferensimycin A Me Me
は新種の設定には極めて慎重で、”承認”された種名を
Ferensimycin B Me Et
尊重する立場をとり、分類研究者として”lumper”
(”splitter”に対する)の考え方で、現在の放線菌分
類の混乱を収める指導原理の確立に努めた。
(VO Ferensimyc!ns
3)放線菌の属の分類は主にその形態的特徴によって
組立てられているが、これは観察に熟練を要し、時に誤
2 論文審査結果の要旨
った同定を生じやすい。そこでより安定な指標である全
放線菌は各種の抗生物質をはじめ、生理活性物質、酵
細胞加水分解物の分析ICよる化学的手法を多くとり入れ
素などの資源として、近年著しく研究が進み、それに対
た属の検索式を提案した。これは52の属を含み、放線
応してその分類学も化学分類学の手法を採り入れるなど、
菌分類検索式として最新のものである。
大きく変革されてきている。そのような情勢の下で、実
4)Streptomyces属の分類にあたって、胞子の表面
際の新放線菌分類同定の場においては指導原理の未確立
像は重要な観察点である。その観察手段として走査電子
から混乱を来たしている場合が少なくない、信頼すべき
顕微鏡を活用し、多くの菌株の観察例を総合した結果、
分類方式の確立が要望されている。
電顕試料の調製法によって生ずる誤まりを指摘し、また
本論文は、長期間にわたる有用放線菌探索研究の結果
多数を占める”smooth”型の内に、とうもろこし種子
として得られた新放線菌の分類同定研究報告、それらの
状の連鎖を特徴とする皿aizeus型を分類指標とL7c設定
研究体験に基づく放線菌分類体系および形態学的形質の
する提案を行なった。
採用に関する提案、放線菌保存機関(KCC※Culture
5)本論文著者の管理するKCC Culture Co11ectian
Cellection)の管理経験による放線菌保存に関する知見
は、10年以上にわたって43属約1700株の放線菌を
をまとめて構成したもので、その主な知見を要約すると
保存し、研究者のために同定の基準株やスクリーニング
次の如くである。
のための菌株を提供してきている。その管理経験に基づ
※科研化学株式会社 K akren Chemical Co.
(16)
いて、菌株の検査法や保存データによる知見を報告した。
昭和58年1月18日
号外第1号 17
これらは放線菌研究者にとって貴重な資料となり得るも
種の疾病或いは他の誘発因子との複合作用によって顕性
のである・。
化することが多い。このような疾病の一つとして、湯浅
以上のとおり本研究は応用微生物の重要な一部門であ
らによって報告された鶏貧血因子(Chicken anemia
る放線菌の分類および保存について、貴重な多くの指針
agent,以下CAA)による貧血がある。
や資料を提供したもので、この領域の研究の発展に貢献
CAAは1974年、細網内皮症ウイルスで汚染され
たMDワクチンの接種による事故発生の際、初めて発病
する所が大きいものと高く評価される。
よって学力確認結果と併せて農学博士の学位を授与す
鶏から分離された。この因子は、1)熱、エチルエーテ
ル、クロロホルム処理などに抵抗性を示すが、10分間
ることを適当と認める。
の煮沸及びフェノールでは不活化され、2)径25nm
以下の濾過性因子で、鶏日、発育鶏卵及びMD腫瘍由来
審査委員
主査教授酒井平一
副査観受外村健三
副査教授村尾澤夫
株化細胞で増殖・継代が可能であり、3)感染ヒナから
同居鶏へ水平に伝播し、4)GAAに対する移行抗体を
保有するヒナに対しては起病性を持たない。以上の諸性
質からCAAはウイルス様因子と考えられている。
CAAは貧血症状の有無とは無関係に、広く国内各地
大阪府立大学告示第6号
の鶏群に常在し、また伝染性ファブリキウス嚢病ウイル
大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学規則
ス(以下1BDV)との複合感染によって、容易に顕性
第2号。以下「学位規程」という。)第15条第1項の
化することが知られている。従って、これまで原因不明
規定に基づき、昭和57年12月10日博士の学位を授
とされてきた鶏の貧血性疾患の中には、CAAの関与す
与したので、学位規程第16条第1項の規定により、論
る症例が多数含まれているものと推定される。
文内容の要旨及び論文審査の結果の要旨を次のとおり公
表する。
本研究では、CAA接種鶏の病理学的所見を検討し、
その発病機序を明らかにすることに努めた。得られた成
昭和58年1月18日
績を以下に要約する。
なお本研究に用いたCAAは鶏ヒナの肝臓で継代され
大阪府立大学長 稲 葉 哲 雄
た岐阜1株で、また実験鶏には農林水産省家畜衛生試験
場支場で飼育されているPDL−1系の白色レグホン種
たに
ぐち
とし
称号及び氏名 農学博士 谷 ロ 稔 明
あき
SPF鶏を使用した。
(学位規程第3条第2項該当者)
(大阪府昭和22年4月9日生)
第1章 CAA接種ヒナの発病状況
論 文名
鶏貧血因子(chicken anemiaagent)に起
掴する疾病の病理学的研究
CAAを初生、1週齢、2週齢、3週齢及び4週齢の
5群のヒナに筋肉内接種し、各群別に発病及び死亡状況、
体重変化などを観察した。
初生時接種群では、接種後8日から動作はやや緩慢と
なり、10日頃から貧血が発現し始め、食欲は低下した。
1.論文内容の要旨
接種後14∼18日には、病勢の同期に達し、すべての
ヒナは羽毛を逆立て、食欲は廃絶し、沈衰が著しくなっ
緒
言
最近の防疫技術の目覚ましい進歩の結果、ニューカン
スル病、マレ・ク病(以下MD)、伝染性コリーザなど、
た。死亡は接種後12日から始まり、14∼18日}こ多
発し、23日まで認められた。接種後20日には、一部
のヒナは元気、食欲を回復し、貧血症状も消退し始め、
経済的損失の明らかな鶏伝染病の発生は著しく減少する
L
24日以降の耐過ヒナの大多数では貧血は消失した。下
傾向にある。その反面、多羽飼育による養鶏の普及と共
痢はいずれの時期にも見られなかった。体重は接種後12
に、過去には問題にされなかった疾病が表面化してきた。
日から増加を停止し、16∼18日では、減少した。初
これらの疾病は単独の病因で発現することはまれで、他
生時接種群の発病率は100%、死亡率は39∼70%
(17)
18 号外 第1号
であった。
昭和58年1月28日
などの未熟赤血球の出現率は、接種後8∼16日に著し
1週齢時接種群の発病率は7%、死亡率は0となり、
く低下した。この未熟赤血球の減少に先立って、接種4
また2週齢時以後の接種群では、発病するヒナは全く認
∼8日には赤芽球よりもはるかに幼若な形態を示す血球
められず、CAAに対するヒナの感受性は成長と共に急
芽細胞が一過性lc増加した。穎粒球系細胞は接種後12
速に低下することが明らかになった。
以上のように、CAAの鶏ヒナにおける起病性が実証
され、また野外例では把握しにくい本病の病態を解明す
ることができた。
∼16日に著しく減少し、一方、リンパ球及び単球の比
率は上昇した。接種後20日以降の回復期には、未熟赤
血球及び中日球系細胞の比率は上昇した。
以上の成績から、CAAによって感受性ヒナに惹起さ
れた貧血は、汎血球減少症(pancytopenia)と診断され、
骨髄の造血機能の著しい低下に基づくことが明らかにさ
第2章 GAA接種ヒナの血液学的所見
れた。
初生時にCAAを接種したヒナについて、ヘマトクリ
。ト値(以下Ht値)、赤血球数、白血球数、栓球数、白
第3章 CAA接種ヒナの肉眼的病理学所見
血球百分率、多染性又は未熟赤血球の出現率を算定し、
また骨髄中の血球像を観察した。
Ht値は接種後8日から低下し始め、16∼18日には、
対照正常ヒナの30∼38%に対して、2∼lG%とい
初生時にCAAを接種した後、経日的にヒナを剖検し、
また死亡例及び瀕死期殺例についても同様に検査した。
一部のヒナについては、肝臓、脾臓、左側胸線の全葉及
う極度に低い値を示し、特に死亡ヒナでは著明に低下し
びファブリキウス嚢(以下F嚢)の重量を測定して、比
た。貧血の著しい例では、血漿部は正常血漿の黄色調を
体重を求めた。
失い、無色透明となった。接種後20日以降、耐過鶏の
経日観察例では、接種後6日には骨髄の裾色及び胸腺
半数以上は正常なHt値に回復し、病勢の極期には不明
の萎縮が全例に認められ、10目には骨髄は正常の赤色
瞭であった白血球層も明視されるようになった。
調を失って黄色となり、胸腺は著しく萎縮し、また肝臓
赤血球数は且t値の低下と並行して減少した。すなわ
ち、対照ヒナの250∼380万/nd lc対して、接種後
の下色・腫大も見られた。これらの変化は接種後12∼
18日には更に高度となり、骨髄の膠様化、F嚢の著し
12∼16日にはほとんどのヒナが150万擁以下を
い萎縮、皮下の水腫、腺胃粘膜の出血、筋胃の魔欄、肝
示し、30万/㎡以下に激減する例も認められた。白血
臓の黄色網状壊死、腎臓の裾色・腫大、脾臓の裾色・腫
球数及び栓球数も接種後8日より減少した。病勢の極期
大又は萎縮、心臓の球状化などの変化も高率に認められ
には、白血球数は対照ヒナのほぼ1.5∼3万雇に対し
た。
て、3モ)扁以下を示すものが見られた。接種後20日
接種後20日以降においても、貧血症状が持続している
以降の耐過ヒナの一部には、なお赤血球数、白血球数及
ヒナでは、上記の変化はなお観察され、一部のヒナicは
び栓球数の減少が認められたが、多くの例ではこれらの
心臓の著しい球状化も見られた。しかし、耐過ヒナでは、
値は正常値に回復した。
骨髄は徐々に赤色調を増し、胸腺及びF嚢も次第に大き
血液塗抹検査では、接種後8日から赤血球の大小不同、
さを増した。
核の濃縮、細胞質の暗調化を特徴とする変性・老化の所
接種後24日及び28日の回復ヒナでは、骨髄は鮮紅
見が目立った。他方、正常な幼若ヒナに見られる多染性
色を呈し、胸腺及びF嚢は対照例以上に大きくなるもの
赤血球の出現率は、著しく低下し、僅かに認められた多
もあった。32日以降では、いずれの接種ヒナにも明瞭
染性赤血球の多くは、変性或いは巨大化していた。接種
な肉眼病変は認められなかった。
後10∼16日には、多染性赤血球はかりでなく、穎粒
接種後12∼23日の死亡例及び瀕死期門口では、骨
球、栓球も激滅し、鏡検の際、皆無に近い例もあった。
髄の黄色化、胸腺及びF嚢の著しい萎縮、肝臓、脾臓及
接種後16日以降の回復例では、末梢血日中に多数の未
び腎臓の裾色・腫大が頻繁に観察された。肝臓の黄色網
熟な赤血球及び穎粒球が出現した。しかし、これらの細
状壊死、腺胃粘膜の出血、筋胃の魔燗、皮下の水腫など
胞も4∼8日の経過で成熟血球に置換され、正常に復し
は、検査したヒナの14∼25%に認められた。
た。
骨髄塗抹検査では、前赤芽球、赤芽球、多染性赤血球
(18)
胸腺の比体重は接種後6日以降減少し、8∼24日に
は対照例の1/5∼1/6に低下した。しかし、24日以
昭和58年1月18日
降には比体重は増加し始め、対照ヒナよりも高値を示す
号外 第1号 19
後12日以降に明瞭となり、14∼18日には高度:とな
例も見られた。接種後32日以降の比体重は対照ヒナと
り、また回復期の病例では、リンパ球が再び集積し始め
全く差異を認めなかった。F嚢の比体重は接種後12日
た。
から減少し始め、14∼20日には著しく減少したが、
28日以降ほぼ正常に復した。
死亡例及び瀕死期殺例では、胸腺とF嚢の比体重の減
少は、経日観察例に比べて、一層明瞭であった。
接種後12日以降、肝臓では類洞の拡張と血漿成分の
貯留が、脾臓では葵組織の粗懸化が明瞭であ。た。接種
後14∼18日には、肝臓の類洞内及び脾臓の英組織に
血漿成分が貯留し、また肝臓の中心性巣状壊死、皮下織
の水腫・出血、腺胃粘膜固有層、心筋間、骨格筋間の新
鮮な出血巣、筋胃のケラチノイド層の角化異常、腺組織
第4章 CAA接種ヒナの病理組織学的所見
前章に記載した症例について、病理組織学的検査を行
い、以下の成績を得た。
の低形成なども認められた。しかし、溶血性貧血の際、
しばしば高度に認められる肝臓及び脾臓における血鉄素
の沈着は、必ずしも明瞭ではなかった。
骨髄では、接種後6日から洞内外の細胞密度は粗とな
以上の所見から、本病における貧血は骨髄の低形成或
り、nglC洞中央部の成熟赤血球の減少が著しかった。こ
いは無形成に基づく広義の再生不良性貧血と同定され、
のため、洞内は赤芽球或いは更に未分化な赤血球系細胞
各種臓器の壊死や出血・水腫は、高度の貧血に基づく低
lCよって構成され、後者の細胞は大きな淡明核と豊富な
酸素血症の結果、惹起されたものと考察された。また胸
好塩基性細胞質とを有していた。接種後8日には、洞内
腺皮質リンパ球が早期から著しく減少する所見は、これ
の赤血球系及び栓球系並びに洞外の穎粒球系の造血巣は、
に基づく免疫学的障害の関与を示唆した。
いずれも明瞭な低形成像を呈した。細胞成分の乏しくな
った洞内には、数個の未分化細胞が僅かに集積するに止
まった。接種後10∼16日には、洞外の造血巣はほと
第5章 CAA接種ヒナの電子顕微鏡的所見
んど脂肪細胞で置換され、無形成髄の像を呈した。この
組織学的所見を補完する目的で、初生時CAA接種ヒ
時期に死亡する例では、脂肪細胞の変性・水腫、血漿成
ナの骨髄、胸腺を主体に電子顕微鏡観察を行った。
分の洞内貯留並びに骨髄リンパ組織からのリンパ球消失
骨髄では、接種後4日から洞内の細胞密度は粗となり
も認められた。しかし、回復に向かクたヒナでは、接種
赤芽球、好塩基性赤芽球は正常骨髄像のようには互いに
後18日から洞内及び洞外に、好塩基性の細胞質を持つ
接着することはなく、孤立する傾向を示した。洞内外に
赤血球系及び穎粒球系細胞が出現し、経過と共に増数し
出現した大食細胞の細胞質内には変性・崩壊した赤血球
て一過性に過形成を呈し、以後、対照例と一級する骨髄
或いは穎粒球が貧食されており、またフェりチン粒子、
像を示すに至った。
脂質滴なども含まれていた。これらの細胞に混じって、
胸腺では、接種後4日から一部のヒナに皮質リンパ球
大型の核と豊富なリボゾームを有し、血球芽細胞と判定
の散発性消失が始まり、接種後6∼8日には、皮質の辺
される未分化細胞が出現した。低形成髄を呈した接種後
縁部から帯状又は網状にリンパ球が消失した。消失部の
6∼8日の骨髄では、町内腔は著しく狭小となり、多く
細網細胞は活性化像を示し、一部の細網細胞の核は著し
の月内には細胞が全く認められなかった。しかし、一部
く腫大していた。接種後12∼18日には、皮質はほと
の洞内には1∼数個の血球芽細胞、赤芽球及び大食細胞
んどリンパ球を喪失し、増殖した細網細胞と線維細胞に
が観察され、大食細胞の比率が高かった。血球芽細胞は
よって置換され、また髄質のリンパ球も著しく減少し、
洞壁に沿って、或いは町内に遊離した状態で認められた。
このため各小葉は高度の萎縮を呈した。この時期に死亡
洞外においても穎粒球系細胞は著しく減数し、脂質を胞
するヒナにおいても同様に、全例が胸腺リンパ球の高度
体内に満たす脂肪細胞が目立ち、また穎粒球系細胞を貫
の消失を示した。接種後18∼24日の回復期のヒナの
食した大食細胞、及び血球芽細胞も少数認められた。光
胸腺の皮質及び髄質には、成熟皮質リンパ球に比べて核
学顕微鏡下で無形成を呈した骨髄には、洞内及び洞外に
染色質に乏しく、やや大型の核を持つリンパ球が集団状
造血細胞は全く確認されず、洞壁の離開や内皮細胞の変
に出現し、ついには小葉全域を満たした。
性が認められた。
F嚢、脾臓、盲腸扁桃、肝臓、肺などのリンパ組織に
おけるリンパ球の減少は、胸腺よりもかなり遅れて接種
胸腺では、接種後5∼6日には胸腺皮質領域のリンパ
球の減少が明瞭となり、核質が粗に分布する不整形の核
(19)
20 号外 第1号
を持った細網細胞や、崩壊リンパ球を貧食し、グリコー
昭和58年1月18日
であろう。
ゲン穎粒及びライソゾームを富有する貧食性細網細胞が
目立った。これらの貧食性細網細胞の細胞質内には、電子
密度の高い粗大穎粒がしばしば存在し、この穎粒内には
第7章 CAAの起病性に及ぼす伝染性ファブリキ
ウス嚢病ウイルス感染の影響
直径17∼20nmの微細穎粒或いは微小管構造物が認
められた。回復期の皮質は、核質が粗に分布する核と遊
第1章及び第6章に述べた通り、CAAに対するヒナ
離リボゾームの豊かな細胞質とを有するリンパ球によっ
の感受性は、成長と共に著しく低下する。しかし、伝染
て占められていた。
性ファブリキウス嚢病ウイルス(以下IBDV)との複合
以上のように、骨髄では貧血の発現に先立って、洞内
作用により、CAAに対するヒナの感受性が高まること
からの成熟赤血球の消失、血球を貧食した大食細胞の増
が知られている。本章では、このような感受性上昇の発
加、未熟赤血球系細胞の減少・消失が確認され、造血の
現機序を解明するため、IBDVとCAAとの複合感染
場の異常、すなわち血球芽細胞、赤芽球などの増殖・分
実験を追試し、更に発病ヒナの血液学的、病理学的変化
化機能の低下を示唆する所見が得られた。電子顕微鏡観
を追究した。
察に当たっては、ウイルス粒子の検出に努めたが、本病
の病因と判定されるものは検出し得なかった。
実験には、IBDV単独感染群(以下IBDV群)、
CAA単独感染群(以下CAA群)、IBDV・CAA
複合感染群(以下複合群)、及び無接種対照群(以下対
照群)の4群を設定した。IBDVは初生時に経口接種
第6章 GAAの起病性に及ぼすヒナの成長の影響
第1章ic述べた通り、 CAAに対する感受性はヒナの
し、CAAは2週齢時に筋肉内接種した。 IBDV群及
び対照群は41缶21,28日目の各時期}こ4羽ずつ剖検
成長と共に著しく低下する。本章では、CAA接種時の
し、また複合群及びCAA群は21,28日齢の各時期に
ヒナの日齢と発現する病変の関係を更に究明するために、
4羽ずつ剖検した。更に複合群中の発病死亡例及び瀕死
初生、1週齢、2週齢、3週齢及び4週齢の各時期に各
期殺例、計10羽も併せて検査した。
群50∼60羽ずつ、それぞれCAAを筋肉内接種した。
接種後28日まで7日ごとに各群から4羽ずつ剖検し、
血液学的並びに病理学的に検査した。
初生時接種群では、貧血の発現に伴って、Ht値、多染
複合群では、CAA接種後14日に14羽中11羽が貧
血と著しい沈衰を示し、7週齢までに10羽が死亡した。
しかし、他の3群では、臨床的異常は全く観察されなか
った。
性赤血球及び顧粒球の比率は激減し、骨髄の黄色化、胸
骨髄塗抹検査も含めた血液学的検査では、複合群のみ
腺及びF嚢の萎縮、肝臓の裾色・腫大などが観察された。
にHt値の著しい低下、汎血球減少症、骨髄における未
組織学的にも、第4章に記載した所見にほぼ一致して、
熟血球の消失などが認められた。
骨髄の低形成或いは無形成、胸腺を初めとするリンパ組
病理学的検査では、IBDV群では、2週齢以降にF
織のリンパ球喪失、及び肝細胞の変性などの変化が観察
嚢の萎縮が明瞭となり、リンパ濾胞内のリンパ球の消失
された。
が目立ったが、他の臓器には著変を認めなかった。CA
これに対し、1∼4週日時接種の4群では、いずれの
A群では、CAA接種後7日の例のみに胸腺皮質リンパ
群においても、Ht値、多染性赤血球の出現率、白血球百
球の軽度な減少を認めたが、他には著変は見られなかっ
分率に著変は認められず、肉眼的にも、接種後14日に
た。一一一・方、複合群では、胸腺の萎縮と骨髄の下色がGA
僅かに胸腺が萎縮するに止まった。組織学的icは、1週
A接種後7日に軽度に観察され、 14日以降、著明にな
四時接種群において、7日後に骨髄造血巣の軽度な減量
った。特に発病死亡:例及び瀕死期一例には、胸腺、骨髄
が観察されたのみで、他日では、骨髄に全く異常は認め
の変化に加えて、肝臓、腎臓の腫大と著しい目色、心臓
られなかった。他方、胸腺の皮質リンパ球の減少は、こ
の球状化が明瞭で、腺胃粘膜や骨格筋の出血も散見され
れら4群とも接種後7日及び14日に観察された。
た。複合群のF嚢の萎縮は、IBDV群に比べてはるか
以上のように、CAAic対するヒナの感受性は、 CA
に高度であった。組織学的には、骨髄の低形成或いは無
A接種による骨髄病変形成の有無と密接に関連していた。
形成、胸腺を初めとするリンパ組織のリンパ球喪失、脾
接種時の週齢差によるこの感受性の差異は、CAA接種
臓の葵組織の粗霧化・壊死、肝臓の小葉中心性壊死、心
時の骨髄組織並びに免疫機能の発達状況を反映するもの
筋線維の粗髪化、心筋壊死などが多くの例に認められた。
(20)
昭和58年1月18日
号外 第1号 21
複合群の血液学的並びに病理学的所見中、F嚢の高度
の萎縮は主としてIBDVに起因すると考えられたが、
それ以外の各種の変化はCAAを初生ヒナに接種した際
の感受性の低下は、骨髄病変形成の減退と密接に関連す
ることが明らかにされた(第6章)
& あらかじめ初生時にIBDVを接種されたヒナは、
の所見と本質的に一致した。なお、複合群における発病
2週齢時のCAA接種によって高率に著明な貧血を発現
機序として、初生時のIBDV感染のために生じた免疫
し、発病ヒナの血液学的並びに病理学的所見は、初生時
抑制が、CAAの活発な体内増殖を許容するに至ったも
にCAAを接種されたヒナの所見と本質的に一致した。
のと考えられる。
(第7章)
以上の実験結果から、野外においても、ヒナの日齢や
9.CAA感染の顕性化には、感染時のヒナの日齢、
IBDVとの複合感染のような発病の条件さえ整えば、
造血機能或いは免疫機能の状態が密接に関連し、工BD
CAAの顕性感染が多発する可能性が示唆された。また
Vとの複合感染のような発病条件さえ整えば、野外にお
従来、原因不明とされてきた出血性・貧血性症候群の一
いてもCAAの顕性感染が多発する可能性が示唆され、
部には、CAAが関与する可能性があり、今後の鶏病対
今後の鶏病対策におけるCAAの重要性が指摘された。
策におけるCAAの重要性が指摘された。
総
括
1.CAAに対する鶏の感受性は初生時ec最も高く、
(第6,7章)
2 論文審査結果の要旨
鶏貧血因子(chicken anemia agent,以下CAA)
CAAを接種された初生ヒナは全例が高度の貧血に陥り、
は鶏に対する新顔の病原微生物として、1974年湯浅ら
死亡率は39∼70%を示した。1週四時の接種では、接
により初めて発見されたウイルス様因子である。国外に
種ヒナの7%が軽度に発病したに止まり、また2週齢以
おいては本因子に関してこれまでいかなる報告もない。
降のヒナへの接種では、発病は全く認められなかった。
CAAの病原性は強烈ではなく、感染鶏はしばしば無症
(第1章)
状に終始するためその病態は把握しにくく、またその発
2.血液学的検査の結果、発病ヒナの貧血は汎血球減
病機序は謎に満ちていた。CAA発見の当初から、申請
少症と診断され、骨髄の造血機能の著しい低下に基づく
者はその研究グループの一員として病理学的分野を担当
ことが明らかにされた。(第2章)
し、CAAの病原性の解明に努めた。本論文はその成果
3.肉眼的病理検査の結果、発病ヒナに特有な病変は
をとりまとめたもので、以下に述べる新知見を包含して
骨髄の裾色と胸腺の萎縮であり、これらの所見はCAA
接種後6日から明瞭となり、貧血の進行と共に高度化す
いる。
1.初生ヒナへのGAA接種では全例が高度の貧血に
ることが明らかにされた。(第3章)
陥り多数が死亡したが、1週齢時の接種では一部のヒナ
4 病理組織学検査の結果、発病ヒナの特徴的所見は
が軽度に発病するに止まり、また2週齢、3週齢及び4
骨髄造血組織の低形成或いは無形成と、胸腺を初めとす
る全身のリンパ組織icおけるリンパ球消失であることが
明らかにされた。(第4章)
5.電子顕微鏡的所見として、発病ヒナの骨髄では、
週齢のヒナへの接種では、発病は全く認められなかった。
2.血液学的並びに病理学的検査の結果、CAAに起
因する貧血は汎血球減少症と診断され、骨髄における造
血細胞の産生障害に基づく広義の再生不良性貧血と判定
病変初期に成熟赤血球の減少に伴って、洞内IC赤芽球の
された。また胸腺皮質リンパ球が早期から高度に減少す
孤立化、大食細胞と血球芽細胞の出現が目立った。
ることを明らかにした。
(第5章)
3. 1週齢以降のヒナへのCAA接種では骨髄病変は
6.2∼5の所見から、GAAに起因する貧血は造血
ほとんど認められず、成長に伴うCAAに対するヒナの
細胞の産生障害に基づく広義の再生不良性貧血と判定さ
感受性の低下は、骨髄病変形成の減退と密接に関連する
れた。また胸腺皮質リンパ球が早期から高度に減少する
ことを証明した。
所見は、本病の経過に免疫学的障害が関与する可能性を
4 あらかじめ初生時に伝染性ファブリキウス嚢病ウ
示唆した。(第2,3,45章)
イルス(以下工BDV)を接種されたヒナは、2週齢時
し
7. 1週齢以降のヒナへのCAA接種では、骨髄病変
のGAA接種によって高率に著明な貧血を発現し、発病
はほとんど認められず、成長に伴うCAAに対するヒナ
ヒナの血液学的並びに病理学的所見は、初生時にCAA
(21)
22 号外 第1号
昭和58年1月18日
を接種されたヒナの所見と一致することを明らかにした。
で副作用が少なく、グラム陽性菌およびマイコプラズマ
以上のように、本論文はCAAが惹起する血液学的並
感染症の治療薬として広く使用されている。しかしなが
びに病理学的変化の特徴を細部に渡って明らかにし、ま
ら、その使用に伴ない近年耐性菌の増加が報告されてお
たCAA感染の顕性化には感染時のヒナの日齢、造血機
り耐性菌に有効なMacの開発が望まれている。
能及び免疫機能の状態が密接に関連し、IBDVとの複
その薬剤耐性機構として、リボゾームの構造変化によ
合感染のような発病条件さえ整えば、野外においてもC
る薬剤との親和性の低下が明らかにされたが、これまで
AAの顕性感染が多発する可能性があることを提示した。
耐性菌に有効なMacを得たとの報告は見当らない。
これらの成果は鶏病理学の領域において学理的に有意義
そこで、著者は、耐性菌に有効なMacを開発する目
であると共に、今後の鶏病対策におけるCAAの重要性
的で協同研究者である岡本らが微生物変換法で調製した
を指摘し、実地面においても有用な資料を提供するもの
タイロシン(Tylosin,TS)の新規アシル化誘導体の抗
である。
菌活性を測定し、4”位水酸基にアシル基の導入された
本委員会は論文の審査及び学力確認試験の結果から、
農学博士の学位を授与することを適当と認める。
誘導体が既存のMacに高度耐性の耐性菌に有効である
ことを見い出した。
そこで次に、耐性菌に対するTS誘導体の抗菌活性発
現の機序を検討し、耐性菌に有効な誘導体は有効でない
審査委員
主査 教授 望 月
宏
副査教授橋本善之
副査 教授 尾 藤 行 雄
薬剤よりも十体に多く取り込まれ、さらにその蛋白合成
系を特異的に強く阻害することで活性を発現しているこ
とを明らかにした。
この作用機序を検討する過程で、リボゾームが感受性
の新しいMac耐性機構を持つ耐性菌が患者分離株に存
大阪府立大学告示第7号
大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学規則
在することを見い出した。その耐性機構について検討を
行ない、薬剤の透過性の低下であることを明らかにした。
第2号。以下「学位規程」という。)第15条第1項の
さらに、耐性菌により優れた治療効果を示す誘導体を
規定に基づき、昭和57年12月10日博士の学位を授
得るために、化学合成法によって各種置換基を4”位水
与したので、学位規程第16条第1項の規定により、論
酸基に導入して得たTS誘導体の、置換基の化学構造と
文内容の要旨及び論文審査の結果の要旨を次のとおり公
活性相関、その肝臓エステラーゼに対する安定性、およ
表する。
び経口投与による各誘導体の吸収を調べ、TS誘導体の
昭和58年夏月18日
構造修飾の方向について検討を行なった。その結果、耐
性菌に対する優れた抗菌活性ならびに経口投与での血中
大阪府立大学長 稲 葉 哲 雄
つち
や
有効濃度の上昇と持続性の改良を示す誘導体を得た。
まさ み
称号及び氏名農学博士土屋 正三
(学位規程第3条第2項該当者)
(山口県昭和22年1月3日生)
第1章 微生物変換法で得たTylosin誘導体
の抗菌活性
C−3位、C−4”位水酸基がアシル化された8種の
新規TS誘導体の中で、4”位にブチリル基あるいはイ
論 文 名
マクロライド耐性機構と耐性菌に有効なタイロシン、
ソバレリル基が導入された誘導体は既存のMacに高度
の誘導体に関する研究
耐性の誘導型、非誘導型のグラム陽性菌、およびマイコ
プラズマに有効であることを見い出した。
耐性菌に有効な誘導体の1つ、3−O−acetyl−4”一
〇一isovaleryltylosin(3Ac4”iVTS)を用い、その
1.論文内容の要旨
耐性誘導能を調べたが認められなかった。また、この誘
緒
言
マクロライド系抗生物質(Mac)は、経口投与が可能
(22)
導体に対する感受性菌の量nvitroでの耐性獲得速度は対
照に用いた既存のMacと差が見られなかった。
号外 第1号 23
昭和58年1月18日
相関関係があった。
第2章 マクロライド耐性Staphylococcus aureus
に対する3−0−Acetyl−4”一〇一isovaler−
yltylosinの作用入作
以上より、耐性菌に有効な3Ac4”iVTSは有効でな
い薬剤よりも菌体に多く取り込まれ、その蛋白合成系を
阻害することによって抗菌活性を発現していることが明
酵素法によって2種類の14C一標識TS誘導体を調製
らかになった。
し、これを用い患者分離の耐性菌、MS−8710、 MS−
一方、耐性菌に有効でない薬剤の無細胞ポリペプチド
9610株への蓄積量を測定した結果、有効ぢ3Ac4”i
合成系に対する阻害活性を測定した結果、MS−9610
VTSは有効でない誘導体の2∼4倍菌体に多く取り込ま
株では阻害度が低く、その抗菌活性と相関した。また、
これより、この耐性菌ではりボゾームの感受性の低下に
れた。
3Ac4”iVTSは、耐性菌の増殖を阻害する濃度でロ
よる耐性機構が示された。これに対し、MS−8710株
イシンの菌体高分子への取り込みを特異的に強く阻害し、
の無細胞ポリペプチド合成系は有効でない薬剤によって
これより耐性菌の蛋白合成系に作用することが示された。
強く阻害され、この耐性菌のリボゾームは有効でない薬
さらに両耐性菌の70S一リボゾームを用いた無細胞ポリペ
剤に対し感受性であることを明らかにした。リボゾーム
プチド合成系を確立し、この誘導体の阻害活性を測定し
が感受性の新しいMac耐性機構を持つ耐性菌が患者分
た結果、蛋白合成IC対する阻害度と抗菌活性との間には
離株で見い出されたのはこれが初めてである。
D−mycaminose
Cぐ3,CH3
凝静磯幌二:
o竃
CH3
1
㈹齢l
o’ L−mycarose
D−mycinose
Chemical structure
of 3−O−acety}一4”一〇一isovaleryftytosin
耐性リボゾームに高い結合能を示すために必要な誘導
第3章 耐性リボゾームへの誘導体の結合
と必要な化学構造
リボゾーム耐性菌であるMS−9610株の耐性リボゾー
体の化学構造として、4”位のアシル基、およびラクト
ン環の14位にメチレン鎖を介して結合しているマイシ
ノースの重要性が明らかになった。
ムへの誘導体の結合量を測定した。その無細胞ポリペプ
ヂド合成系において高い阻害活性を示した3Ac4”iVT
Sは低い阻害活性を示した誘導体の3倍多く結合し、耐
性リボゾームへの誘導体の結合量とその無細胞ポリペプ
第4章透過性の低下による耐性機構
患者分離株で新しく見い出されたリボゾームが感受性
チド合成系に対する阻害活性との間には相関関係が見ら
のMac耐性菌、 MS−8710株の耐性機構について、
れた。
(1)薬剤との接触後の誘導によるりボゾームの感受性の低
3Ac 4/i iv 「DSの耐性リボゾームへの結合は、耐性菌
に有効でない構造関連化合物を反応系に加えても阻害を
受けず、これより、この誘導体は耐性リボゾームに対し、
単に結合量が多いだけでなく親和性も高いことが示され
た。
下、②薬剤の不活化、および(3)薬剤の透過性の3点から
検討を行なった。
(1)および(2)による嚇性機構は検討した範囲では見い出
せなかった。
(3)による耐性機構を調べるためMS−8710株の耐性
(23)
24 号外 第1号
昭和58年1月18日
脱落株を分離し、耐性の脱落le伴う薬剤の菌体への蓄積
いる置換基は高い安定性を示した。イソバレリル基の場
量の変化を親株と比較した。その結果、耐性の脱落によ
合、α一またはβ一位への水酸基の導入でより安定性は
り耐性菌に有効でない薬剤の菌体への蓄積量は約3倍増
高くなった。環状分子を持つ置換基でも高い安定性を示
加した。これより、MS−8710株のMac耐性機構とし
すものが見られた。この場合、スルフォン酸エステルは
て薬剤の細胞への透過性の低下が示された。
カルボン酸エステルよりも高い安定性を示した。
薬剤の透過性の低下が細胞のどの部分の変化によって
起っているのかを検討した。細胞をEDTA、浸透圧シ。
ソク処理、およびスフェロブラスト化しても薬剤の透過
次に、各誘導体を200鰍gマウスに経口投与し、そ
の血中濃度を測定した。
3Ac4”iV’DSの投与30分後の血中濃度は20μ%4
性は上がらず、これより薬剤の非透過性は細胞壁より内
であり、「rsのα1μ%‘以下と比較し、著しい血中有
部の膜および菌体成分の変化によることが示唆された。
効濃度の上昇と持続性の改良が見られた。化学合成法で
この耐性菌への透過に必要な誘導体の化学構造として
得た抗菌活性の優れた誘導体の中でも高い血中濃度を示
4”位のアシル基とマイシノースが示された。透過性の優
すものが得られた。この場合、3位水酸基のアシル化で
れている薬剤は高い疎水性を示した。
血中濃度は高くなる傾向が見られた。
患者分離株を用い、リボゾームが感受性のMac耐性
菌の分布を調べた結果、8株中4株旧い出された。
本研究において、作用機序の検討に用いた3Ac4”iv
TSはMac耐性のマイコプラズマに有効なことが、 in
vivOの系でも確認され、耐性菌に経口投与で有効な治
療薬として、現在、開発が進められている。
第5章 4”位置換基の化学構造とマクロライ
ド耐性菌に対する活性相関
耐性菌に対する誘導体の活性発現で重要な役割を持つ
4”位置換基がその活性を発現するためには、残りのマ
イシノースの4ノ”位およびマイカミノースの2ノ位の第
二級水酸基はフリーである必要が示された。
化学合成法によって脂肪族置換基を4”位水酸基に選
択的に導入して得たTS誘導体ではその置換基の長さよ
りも立体構造の活性への影響が見られ、直鎖より分枝鎖
の置換基を持つものがより高い抗菌活性を示した。環状
2 四文暴査結果の要旨
本研究は、耐性菌tc有効なマクロライド系抗生物質の
開発を目的として計画されたものである。
本研究において得られた研究の成果は、次のように要
約される。
1.既存の16員環マクロライド系抗生物質の1つ、
分子を持つ置換基の導入によってさらに抗菌活性の高い
タイロシンの微生物変換法によって得たアシル化誘導体
誘導体が得られ、TSのMIC値が800,ttg/meであるM
の中で、4”位水酸基にアシル基が導入された誘導体は、
S−8710株に対し、6. 2 S U9/nt4の低い値を示した。
マクロライド系抗生物質に高度の耐性を獲得した誘導型、
またMa c耐性のMycoplasma gallisepticumに対し
非誘導型(構成型)のグラム陽性菌、およびマイコプラ
ても0,08μ%6のMIC値を示した。
ズマに優れた抗菌活性をもっていることを見い出した。
2.耐性菌に有効な誘導体を用い、その作用機序を患
者分離のStaph’yloceccus aureusを用いて検討し、耐性
第6章誘導体の生体内動態
菌に有効な誘導体は有効でないものより菌体に多く取り
In vivoにおけるTS誘導体の評価として、マウス肝
込まれ、そのリボゾームに多く結合し、その蛋白合成系
臓ホモジネイトのエステラーゼに対する4”位置換基の
を阻害することによって抗菌活性を発現していることを
安定性を検討した。
明らかにした。
4”位置換基の加水分解に対し、ラクトン環の化学構
3 作用機作を検討する過程で、リボゾームが感受性
造の影響が見られたがC−3位水酸基のアシル化による
のままのζれまで報告されていない新しい耐性菌が見つ
影響は見られなかった。
かった。その耐性機構についても検討し、薬剤の透過性
4”位置換基の化学構造により加水分解の受け方に差
が見られた。脂肪族置換基では直鎖のものがいずれも加
水分解を受けたのに対し、α一またはβ一位で分枝して
(en)
の低下のあることを見い出した。
4 タイロシン誘導体の構造と活性相関について検討
を行ない、耐性菌のリボゾームへの結合およびその細胞
昭和58年1月18日
号外 第1号 25
への透過において、L 一M ycaroseの4”位水酸基に導
昭和58年1月18日
入された置換基と、ラクトン環の14位にメチレン鎖を
介して結合しているD−Mycinoseが重要な働きをして
大阪府立大学長 稲 葉 哲 雄
,
いることを明らかにした。
5 タイロシン又は3−O一アセチルタイロシンを原
さ
たけ
ひろむ
称号及び氏名 工学博士 佐 竹
弘
料とし、化学合成法によって各種置換基を4”位水酸基
(学位規程第3条第2項該当者)
に選択的に導入して得た誘導体の抗菌活性を測定し、よ
(徳島県 昭昭22年8月25日生)
り優れた治療効果をもつ誘導体を得るための構造修飾の
方向について検討を行ない、タイロシンを含む既存のマ
論 文名
クロライド系抗生物質のMIC(皿inimu皿inhibitorア
ヨウ素酸塩の酸化還元反応とその電気分析への応用
concentrati(皿)がSOOμ9/n4、あるいはそれ以上の耐
に関する研究
性菌に6.25Ptg/■eの低い値を示すいくつかの誘導体を
得た。
6.尉性菌に有効な誘導体の経口投与での吸収、導入
1.諭文内容の要旨
した置換基の肝臓エステラーゼに対する皮定性を調べ、
ヨウ素化合物中でのヨウ素酸塩、特にヨウ目凹カリウ
構造と活性に関する知見を得た。これらの成果を基盤と
ムは種々の還元性物質に対する酸化剤として用いられる
して、in vivOで安定で、しかも吸収の著しく改善さ
JIS標準試薬である。この試薬と種々の還元性物質と
れた誘導体を得ることIC成功した。その一部の誘導体は、
の間の反応は一般に単純ではなく、特に2種類以上の還
すでに動物試験を終え、臨床での評価に入っている。
元性物質が共存する場合には、反応の解析がしばしば困
以上、マクロライド系抗生物質は、経口投与が可能で、
選択毒性が高く、副作用が少ないことからグラム陽性菌、
マイコプラズマ感染症に広く使用されているが、最近、
難になる。この種の酸化剤が関与する酸化還元過程を解
析する研究の進展が望まれていた。
本研究では、ヨウ素酸塩の還元過程がボルタンメトリ
その使用に伴い耐性菌の増加蔓延が報告されて来ている。
ーによって詳細に追跡できることに着目して、回転白金
しかしながら、これまで耐性菌に有効なマクロライド系
電極を用いるボルタンメトリーと定電位電流滴定法とを
抗生物質を開発したとの報告はない。耐性菌に有効で、
導入し、各種還元性物質にヨウ素酸塩を一定時間ごとに
しかも経口投与での吸収が著しく改善された誘導体を得、
一定量ずつ自動的に滴下したときの反応の電流一電位曲
これを基礎として細菌のマクロライドに対する耐性機構
線と、適当な設定電位における滴定曲線とを用いて、酸
の一端を解明したことは、学問的にも実際の応用面でも
化還元反応の機構を明らかにした。これらの結果を基に
極めて価値の高い研究である。
して、ヨウ素酸塩を用いる定電位電流滴定法が還元性物
よって農学博士の学位を授与することを適当と認める。
質の混合物の定量に応用できることを明らかにし、さら
に過ヨウ素酸塩を用いる方法が極微量の還元性物質の定
審査委員
主査 教授 村 尾 沢 夫
量に応用できることを示した。以上の結果を第1編と第
2編に分けて次に述べる。
副査 捌受 酒 井 平 一
副査教授外村健三
第1編ヨウ素酸塩および過ヨウ素酸塩の酸化
還元反応
大阪府立大学告示第8号
大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学規則
第2号。以下「学位規程」という。)第15条第1項の
第1章では、ヨウ素酸塩の還元過程と基礎液(還元性
物質を溶かす溶液)の組成との関係およびボルタンメト
リーによるヨウ素化合物の検出法について述べた。
規定に基づき、昭和57年12月20日博士の学位を授
第2章では、基礎液と,Uて塩化物や臭化物が共存する
与したので、学位規程第16条第1項の規定により、論
塩酸または硫酸溶液中で、種々の還元性物質にヨウ素酸
文内容の要旨及び論文審査の結果の要旨を次のとおり公
塩を反応させ、ヨウ素酸塩のポリハロゲン化物への還元
表する。
過程を調べた。
(25)
26 号外 第1号
得られた結果から、ヨウ素酸塩とヒドラジンおよびホ
昭和58年1月18日
目第1章では、ヒドラジン、ヒドロキシルアミンおよび
ルムアルデヒドオキシムとの反応は、塩酸基礎液または
その混合物の定量法への応用を述べた。ヒドラジンは塩
塩酸一塩化ナトリウム基礎液中で、迅速かつ定量的に進
酸基礎液または塩酸一塩化ナトリウム基礎液中では、ヒ
行することを見いだした。またヒドロキシルアミンとの
ドロキシルアミンの存否に関係なく、ヨウ素酸カリウム
反応は、塩酸一塩化ナトリウムー臭化力IJウム基礎液中
溶液を用いる電流滴定icよって迅速tc定量できることを
で定量的に進むが、塩酸やそれに塩化ナトリウムを添加
示した。ヒドロキシルアミンについては、塩酸一塩化ナ
した基礎液中では非常に遅いことを見いだした。
トリウムー臭化カリウム基礎液を用い、基礎液の温度を
反応のモル比は、ヒドラジンとヨウ素酸塩の場合、1:
高くして滴定するのが適当であることを示した。これら
1であり、ホルムアルデヒドオキシムまたはヒドロキシル
基礎日中でのヨウ素酸カリウムによる酸化速度の差を利
アミンとヨウ素酸塩の場合には、2;1であることを明
用して、上記の還元性物質の混合物を示差的に定量でき
らかにした。
ることを明らかにした。
ヒドロキノンおよびp一メチルアミノフェノールとヨ
第2章では、ヒドロキノン、p一メチルアミノフェノ
ウ素酸塩との反応は2:1のモル比で起り、塩酸基礎液
ールおよびそれら混合物をヨウ素酸カリウムによって定
または塩酸一塩化ナトリウム基礎日中で迅速に進行する
量する方法への応用を述べた。ヒドロキノンとp一メチ
が、この基礎液に臭化カリウムを添加するとp一メチル
ルアミノフェノールは、それぞれ塩酸基礎液および塩酸
アミノフェノールの反応速度が遅くなることを見いだし
一塩化ナトリウム基礎液中での微量分析が可能であるこ
とを示した。また塩酸基礎液に臭化カリウムを添加し、
た。
L一システインとL一シスチンは、塩酸基礎血中でヨ
滴定温度を低くして迅速に滴定することにより、p.一’メ
ウ素酸塩と迅速かつ定量的に反応し、L一システイン酸に
チルアミノフェノールの共存下で、ヒドロキノンを定量
酸化されることを明らかにした。このさい、基礎液を硫
することができると共ic、これらの両成分を迅速かつ簡
酸一臭化カリウム系に変えると、L一シスチンとの反応
単に示差定量できることを明らかにした。JISおよび
速度が遅くなることを見いだした。L一システインおよ
日本写真学会式等の写真現像剤中に含まれる上記の両成
びL一シスチンとヨウ素酸塩との反応のモル比は、それ
分の定量に応用できることを示した。
ぞれ2:3および2:5であることを明らかにした。
第3章では、L一システイン、L一シスチンおよびその
スルファニルアミド誘導体に対するヨウ素酸塩の反応
混合物をヨウ素酸カリウム溶液による滴定によって定量
は、塩酸(または硫酸)一臭化カリウム基礎液中でのス
する方法への応用について述べた。上記の両物質は、塩
ルファニルアミド、スルフイソミジン、スルファメトキ
酸基礎液中で迅速に微量分析を行なうことができること
シピリダジンおよびスルファメトキサゾールとは1:1
を示した。また硫酸一臭化カリウム基礎血中では、L一
のモル比で行なわれ、これらの物質中のアミノ基に対す
シスチンの共存下で、L一システインの定量が可能であ
る二つのオルト位置が定量的に臭素化されることを明ら
ることを明らかにした。さらに、これら基礎液中での植
かにした。上記の基礎液中でのスルファチアゾールとス
物質の反応性の差を利用して、混合している両者を遂次
ルファジアジンは、ヨウ素酸塩と2:3のモル比で反応
滴定する方法を考案した。
し、3個の臭素原子が、前者ではアミノ基に対する二つ
第4章では、スルファニルアミド誘導体の分析法への
のオルト位置とチアン㌧ル環とに1個ずつ入り、後者で
応用について述べた。6種類のスルファニルアミド誘導
はアミノ基に対する二つのオルト位置とピリミジン環と
体が塩酸一臭化カリウム基礎液申で容易に臭素化される
に1個ずつ入ると推論した。
第3章では、過ヨウ素酸塩と還元性物質との反応を調
ことを利用した電流滴定法を示した。この方法によると、
医薬品としてのサルファ剤の迅速分析が可能であり、
べた。その結果から、ヒドロキシルアミンは、微酸性溶
そのさいに錠剤希釈剤などの共存物の影響も受けないこ
液中で過ヨウ素酸塩と1:2のモル比で反応し、過ヨウ
とを明らかにした。
素酸塩からヨウ素酸塩を生成する酸化還元過程を明らか
第5章では、ホルムアルデヒドオキシム、ホルムアル
デヒドおよびそれらの混合物の定量法への応用について
にした。
述べた。ホルムアルデヒドオキシムは、塩酸一塩化ナト
第2編 ヨウ素酸カリウムの酸化還元反応を利
用した電気分析
(26)
リウム基礎液中でヨウ素酸カリウム溶液を用いる滴定法
によって定量できることを示した。またこの基礎月中で
昭和58年1月18日
は、ヒドロキシルアミンおよびホルムアルデヒドとヨウ
号外第1号 27
7)ホルムアルデヒド、ホルムアルデヒドオキシムお
素酸カリウムとの反応が遅いことを利用して、ホルムア
よびそれらの混合物については、基礎液中での酸化速度
ルデヒドを過剰のヒドロキシルアミンと反応させてホル
の差icよって、各成分が定量できることを示した。
ムァルデヒドオキシムに変化させたのち定量する方法を
以上の成果は、ボルタンメトリーと電流滴定法によっ
確立し、さらにホルムアルデヒドとホルムアルデヒド
て、ヨウ素酸塩と還元性物質の間の酸化還元過程を解明
オキシムの混合物中の両成分を定量できることを示した。
し、その結果に基づいて還元性物質およびその混合系の
第6章では、過ヨウ素酸塩を用いるヒドロキシルアミ
定量方法を確立したものであって、応用無機化学および
ンの定量への応用につ巨て述べた。過ヨウ素酸塩の還元
分析化学の分野に貢献するところ大であり、また申請者
によって混在してくるヨウ素酸塩の定量1こは、前者をモ
が自立して研究活動を行うのに必要な能力と学識を有す
リブデン酸アンモニウムでマスクしてから、後者をヨウ
ることを証したものである。
化カリウム溶液で滴定する迅速微量分析法が適当である
本委員会は、本論文の審査および学力確認試験の結果
ことをまず示した。ついで極微量のヒドロキシルァミン
から、工学博士の学位を授与することを適当と認める。
を定量する場合ICは、微酸性溶液中でヒドロキシルアミ
ンに大過剰の過ヨウ素酸を反応させ、生成する2倍モル
審査委員
のヨウ素酸塩を上記と同様lcne定することによって感度
主査教授田中雅美
よく定量できることを明らかにした。
副査 教授 林
忠 夫
副査教授宗森信
2 論文審査結果の要旨
本論文は、ヨウ素酸塩一還元性物質問の酸化還元過程
大阪府立大学告示第9号
の解析方法と、その定電位電流滴定分析への応用に関す
大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学規則
る研究をまとめたものであって、つぎのような成果を得
第2号。以下「学位規程」という。)第15条第1項の
ている。
規定に基づき、昭和57年12月20日博士の学位を授
1)還元性物質溶解液(基礎液)中でのヨウ素酸塩の
与したので、学位規程第16条第1項の規定lcより、論
還元過程をボルタンメトリーによって追跡する方法を明
文内容の要旨及び論文審査の結果の要旨を次のとおり公
らかにした。
2)ヨウ素酸塩による種々の還元性物質およびその混
表する。
昭和58年1月18日
合物の酸化反応の速度、それに対する基礎液組成の影響、
大阪府立大学長 稲 葉 哲 雄
その反応の定量性およびモル比などを明らかにし、その
成果を応用して、つぎの(3)∼⑦に示す還元性物質の定量
分析方法を確立した。
触す 伽
まもる
称号及び氏名 工学博士 高須賀
執
3)ヒドラジン、ヒドロキシルアミンおよびそれらの
(学位規程第3条第2項該当者)
混合物について、基礎液中でそれらが酸化される速度の
(愛媛県 昭和16年3月2日生)
差によって、各成分が定量できることを示した。このさ
い、過ヨウ素酸塩を用いる定量方法も示した。
論 文名
4)ヒドロキノン、p一メチルアミノフェノールおよ
有機化合物の分子内水素結合におよぼす立体配座お
びそれらの混合物については、基礎液組成と滴定温度を
よび電子状態の影響に関する研究
調節することによって、各成分が定量できることを示し
た。
5)L一システイン、L一シスチンおよびそれらの混
合物については、基礎液中での各成分の反応性の差によ
って、遂次滴定する定量方法を示した。
1.論文内容の要旨
水素結合は物質の物理的・化学的性質に大きな影響を
およぼす。したがってその力の特性に関しては、これま
6)6種のスルファニルアミド誘導体の分析方法を示
でも数多くの研究が行われてきた。分子内水素結合では、
し、サルファ剤の迅速定量を可能にした。
分子内にあるプロトン供与基とプロトン受容基の立体配
(幻)
28 号外 第1号
昭和58年1月18日
座と電子状態、両基間の相互作用様式などが水素結合の
シスー3一置換シクロヘキサノール類のVOHとAOH
形式や強さを支配するものと予想されるが、その精細に
とをCNDC/2計算より求め、実測値とよく一致する結
関してはなお不明な点が多い。本論文は、有機化合物の
果を得た。
分子内水素結合について、その特性を明らかにするため
第4章では、上記に示す①、⑪型オルトー置換フェノ
行った研究をまとめたものであり、7章よりなる。
ール類ICついて、分子内水素結合したOH基のVOH,、
第1章では、水素結合に関するこれまでの研究の沿革
AOHとプロトン化合シフトδOHとを測定し、つぎの
と発展、および本研究を行った動機と目的を述べた。
知見を得た。1)(1)型化合物では△〃OHの増加に伴っ
第2章では、CNDQ/2計算を行って、分子内水素結
て著しくAQHが増大し、(皿)型化合物ではAOHはあま
合の強さの尺度の基準となる飽和アルコール類のOH基
り増大せず、化合物の型に応じて△〃OHとAOHとの
の伸縮振動数〃OHに対するアルキル基の置換基効果を
間にそれぞれ別の直線関係が成立する。ことに(H)型化合
明らかにした。さらに、飽和アルコール類において、
物においては、分子内水素結合により誘起されるOH結
POHと170化学シフトおよびトリフルオロ酢酸によっ
合の双極子モーメントがπ一電子の非局在化によって減少
誘起されるα一炭素の13C化学シフトの変化との間にそ
するものと推定し、モデル分子のCNDQ/2計算を行い
れぞれ直線関係を見出し、かつその理論的解釈を行った。
この推定の正しいことを確証した。2)△〃OHとδOH
その際、飽和アルコール類および置換フェノール類の
との間には、化合物の型に関係なく、同一の直線関係が
〃OHと対応するメチルエーテル類およびアニソール類
得られる。ζの関係をもとに、これらの系の分子内水素
の170化学シフトとの間にもそれぞれ直線関係の成立す
結合エネルギーEを求める経験式(1)を導いた。
ることを見出した。
E = O.0133 ・AvoH 十 O.59(r=O.973) (1)
第3章では、分子内にOH基と種々のプロトン受容基
第5章では、0且基またはOAc基のβ位に次の図で
(OA c,OH, OR, S且, C=O, NH 2, NHR, NR 2)とをも
示すようなオルトーベンゼノ、エテノ、エポキシ、ある
つ各種脂環式化合物において、分子内水素結合に関与す
いはエピチオ基をもつビシクロ系化合物(次の図に示す
る〃OHのシフトム〃OHと水素結合距離RH.Yとの間
化合物の琴3,7,9などの数字で示した位置に0且基ま
に、プロトン受容基の種類に応じて、それぞれ一定の関
g
係にあることを見出した。これらの関係をもとに、分子
内水素結合における各プロトン受容基のプロトン受容力
の順序を決定した。またこれらの化合物では、△v。H
r.x
ts
r)N
7
、:逃
2 “
とOH:伸縮振動の面積強度AOHとの間にもそれぞれ一
定の関係の成立すること、および同一の△〃OHに対す
るAOHの増加度は強いプロトン受容基ほど小さくなる
ことを見出し、これらの分子内水素結合に対してはプロ
トン受容基から0且基への電荷移動が重要な寄与をする
ことを示した。一方、OH…π一電子系分子水素結合に
7
Jix・鰹・
o’ 一 s
おいては、エチレン系とベンゼン系で、△VOHとOH
たはOAc基が結合している化合物)の〃OH, A。H
基のHとπ一電子間の距離RH..πとの間に同一の直線関
およびOAc基の伸縮振動数Vc_o,Vc−oを測定し、
係が成立することを認め、両者の分子内水素結合のプロ
つぎの結果を得た。1)通例に反してこれらの化合物に
トン受容力はほぼ同じであることを示唆する結果を得た。
さらに、脂環化合物の分子内水素結合系のモデルとして、
おいては、分子内水素結合を形成しないf一一es造(アン
チ、エキソ)をもつ化’合物のAOHの値が分子水素結合
を形成するb 一es造(シン、エンド)をもつ化合物のもの
一H・.
o
ijH2 ijx
’x
o一’H.
より大きい。2)f一構造をもつ化合物OAc基の〃 c_o
は相当するb一構造をもつ化合物のものより高波数へ、
逆に〃。_oは低波数ヘシフトする。3)f一構造をもつ
アルコールのAOHはフrノールのAOHと飽和アルコ
ールのAoHとの中間の値であり、またf構造をもつア
(工)
(工工)
セテートの〃C#Oも酢酸フェニルのVC.Oと飽和アセテ
(gg)
昭和58年1月18日
号外 第1号 29
一トのVc_。との中間の値である。かっこの場合、β位
OAc基には、アンモニウムイオンの効果により、それ
の基の寄与の順序は電気陰性度の順序と一致しない。こ
ぞれフェノールのOH基に相当する分極と酢酸フェニル
れらの結果から、β位の基のπ一またはn一電子とOH
のアセトキシ基に相当する共鳴の減少のあることが明ら
基またはOA c基の結合しているsp3炭素原子との間に
かになった。
空間経由相互作用があるものと推定した。
第7章では、2一(2一メチルー3一クロロアニリノ)
第6章では、OH基またはOAc基のβ位に種々のア
ニコチン酸に4種類の結晶多形のあることを見出し、こ
ンモニウム基をもつ下図(1)《V)の化合物のVOH,VN+H,
れらの結晶について、水素結合に関係するIR吸収帯の
〃C_Oの位置と強度を測定し、つぎの結果を得た。1)
帰属、UVスペクトルの測定、およびX一線結晶解析を
〃OHとVN+Hは低波数ヘシフ5し、それに伴って面積
行い、つぎの知見を得た。1)結晶中の分子内水素結合
ぐ諭1・◎(亀
においても、NH伸縮振動数PNHとN……O間距離
/一y・、
AcO N
ノ
耳 R2
X
X一
(1)
X
(工工工〕
(工工}
RN_oとの間には、溶液中の分子内水素結合で認められ
るのと同様の関係が成
0/H
斡
[5[&H,
立する。2)結晶中の
分子内水素結合系の
RN.oは相当する分子
間水素結合系のRN.o
む
に比べて、0.2−O.3A
H4N一“.Rl
A.N/+Rl
AcO
1”x
CH
3 R2
,H R2
x
x
(工V)
(v)
短い。3)これら4種
の結晶の左図に示すね
じれ角θは、L7−7L8。の間で変化し、かっこの値の
小さなものほど結秘中のπ一一π$電子遷移に基づく吸収
帯の〃max は、長波長ヘシフトする。4)この〃max
とCOS 2 eとの間には、理論で予測されるように、良好
な直線関係(r=O.99)が成立する。
Rl and R2: Alkyi groups
以上、種々有機化合物について、分子の立体配座、電
子状態、結晶構造などの構造的特性と分子内水素結合の
強度AOH, AN+Hは著しく増大する。2)シフトム〃OH,
関与する諸性質との関係を明らかにし、分子内水素結合
△〃N+H・は、ハロゲンイオンX のイオン半径の小さな
の特性に関して多くの知見を得た。
ものほど大きい。3)△VOHの値はアンモニウムイオン
の種類によって、△〃N+Hの値はβ位置換基の種類によ
って変化する。4)(1)系の化合物の△〃OHおよび(V)
2.論文審査結果の要旨
系の化合物の〃。.=oのシフトムVc_。は、ねじれ角∠N
本論文は有機化合物の分子内水素結合の関与する諸性
CCO(τ)の小さなものほど大きく、τに依存して変化
質と分子の立体配座、電子状態、結晶構造などの構造的特
する。しかも、(1)系の化合物の△〃OHの値は、飽和アル
性との関係を検討した結果をまとめたもので、次のよう
コールとハロゲン化4級アンモニウムとの分子間水素結
な成果を得ている。
合ICよって生じる△〃OHの値より大きい。5)これら
1)飽和アルコール類において、OH:伸縮振動数と170
4級アンモニウム塩の△〃OHと△〃。_oとの間には直
NMR化学シフトおよびbリフルオロ酢酸によって誘起
線関係が成立する。これらの結果から、OH基および
されるα炭素の13CNMR化学シフトの変化との間にそ
N+H基とハロゲンイオンとの間には強い分子内水素結
れぞれ直線関係が成立することを示し、かっこの関係が
合があること、およびOH基およびOAc基とアンモニ
成立することを理論的に説明した。
ウムイオンとの間ICは強い空間経由相互作用があること
2)分子内にOH基と種々のプロトン受容基とをもつ
がわかった。ことに、ハロゲン化2一エンドーヒドロキシーお
一連の脂環式化合物ICついて、分子内水素結合形成に伴
よびハロゲン化2一エンドーアセトキシー3一エンドー
うOH伸縮振動数の変化と水索結合距離および相当する
トリメチルアンモニウムボラナン(τニoo)のOH基と
IR吸収帯の面積強度との関係を明らかにし、その結果
(29)
30 号外 第1号
昭和58年1月18日
に基づいて、各プロトン受容基のプロトン受容力の順序
大阪斤=立大学告示第10号
を決定した。また、この分子内水素結合では、プロトン
大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学規則
受容基からOH基への電荷移動が重要な寄与をすること
第2号。以下「学位規程」という。)第15条第1項の
を示した。
規定に基づき、昭和57年12月20日博士の学位を授
3)オルト置換フェノール類について、分子内で水素
与したので、学位規程第16条第1項の規定により、論
結合したOH基のIRスペクトル的特性と置換基の電子
文内容の要旨及び論文審査の結果の要旨を次のとおり公
的性質との関係を実験、理論両面から明らかにした。ま
表する。
た、分子内水素結合形成に伴うOH基の伸縮振動数の変
昭和58年1月18日
化と1H:NMB化学シフトとの関係を明らかにし、この関
係に基づいて、この系の分子内水素結合エネルギーを求
大阪府立大学長 稲 葉 哲 雄
める経験式を導いた。
4)OH基またはOAc基のβ位に種々の置換基をも
さだ
ひろ
たけ
し
称号及び氏名 工学博士 貞 廣 孟 史
つビシクロ系化合物について、OH基、 OAc基のIR
(学位規程第3条第2項該当者)
スペクトル的特性と分子の立体構造との関係を明らかに
(香川県 昭和15年10月3日生)
した。また、OH基、 OAc基がβ位置換基に対し、ア
ンチ、エキソ配座をもつ化合物においては、置換基のn
電子またはπ電子とOH:基、 OAc基の結合している
sp3
論 文名
硬質焼結合金の破壊靱性に関する研究
Y素原子との間に空間経由相互作用があることを示
した。
5)OH基またはOAc基のβ位に種々のアンモニウ
ム基をもつ化合物について、アンモニウム基の構造、対
1.論文内要の要旨
従来から硬質焼結合金の靱性の評価値として使用され
アニオンの種類および分子の立体構造とIRスペクトル
てきた抗折力は、組織因子との関係ではかなり解明され
の挙動との関係を明らかにした。また、OH基、 N+H
てきたが、欠損、チ・ビングなど、切削工具の脆性損傷
基とハロゲンイオンとの間には強い分子内水素結合があ
の解析には不適当であった。この点については、工具内
ること、およびOH基、 OAc基とアンモニウム基との
応力の解析や破壊力学的検討の結果、工具材料の破壊靱
間には強い空間経由相互作用があることを示した。
性が切削工具の脆性損傷に重要な役割を果すことがわか
6)2一(2一メチルー3一クロロアニリノ)ニコチ
ってきた。そこで、硬質焼結合金の破壊靱性を求めるた
ン酸に4種類の結晶多形のあることを見出し、これらの
めに数多くの破壊靱性試験法が提案されてきたが、破壊
結晶のX線結晶解析を行った。また、結晶中の分子構造
力学的に有効で、しかも簡単な試験法が確立されていな
や水素結合様式とIRおよびUVスペクトルの挙動との
い現状である。
関係を明らかにし、結晶中の分子内水素結合の特徴を明
本研究は、特別な試片や試験装置を必要とせず、しか
も破壊力学的に有効な破壊靱性を求める試験法を確立し、
示した。
以しの諸成果は分子内水素結合の特性に関して新しい
さらにこの破壊靱性と組織因子との関係を解明するとと
知見を提供したもので、構造化学や分子工学の分野に貢
もに、破壊靱性と工具の脆性損傷との関係を明確にする
献するところ大であり、また、申請者が自立して研究活
ことを目的として行なったもので7章から成っている。
動を行うに必要な能力と学識を有することを証したもの
第1章では、硬質焼結合金の靱性に関する従来の研究
結果を概説し、本研究の目的と方針を述べた。
である。
本委員会は本論文の審査ならびに学力確認試験の結果
第2章では、従来の靱性評価法であるビ。カース圧痕
から、工学博士の学位を授与することを適当と認める。
法による靱性評価について検討した。2−1節では、高
Co合金を含むWC−Go焼結合金のクラヅク抵抗に及
審査委員
(30)
ぼす試料表面の調整方法の影響について調べた。その結
主査 教授 大 辻 吉 男
果、圧痕から発生しているクランク長さは試料表面の調
副査 教授 北 尾 悌次郎
整に伴って生ずる変質層の状態に依存するが、変質層の
副査教授米田茂夫
影響を除去したのちでは、Go量にかかわらず、押込荷
号外第1号 31
昭和58年1月18日
重とクラゾク長さとの間に比例関係が存在し、その勾配、
わかった。4−3節では、WC−Co焼結合金のKrc
すなわちクラ.ク抵抗が試料固有の値を示すことが明ら
と圧痕法による破壊靱性Kiとの関係を調べ、 Kiの破
かとな2た。2−2節では、WC−Co焼結合金の圧痕
壊力学的検討を行なった。その結果、低Co合金または
に発生するクラ。クに破壊力学を適用して求めた圧痕法
細粒WC合金など高硬度合金ではKIcとKiとは比較
による破壊靱性K:iについて検討した。その結果、低Co
的よく一致することが明らかとなった。他の炭化物添加
合金または細粒WC合金では、 Ki値は押込荷重に関係
の場合でもK:iは、クラ。ク抵抗に比べて、KIcとよ
せず、その試料固有の値を示すが、高Co合金または粗
い対応を示し、小さい試片で簡単に測定できることから、
粒WC合金では、Ki値は押込荷重により大きく変化し、
工業的には品質管理のチェソク項目として十分利用でき
靱性評価値としては不適当であることが明らかとなった。
ることがわかった。
2−3節では、WC−Co焼結合金のクラ。ク抵抗に及
第5章では、WC−Co焼結合金以外の硬質焼結合金
ぼす組織因子の影響について検討した。その結果、Co
の破壊靱性KIcについて検討した。5 一一1節では、
量、WC粒度、 Co相の厚さの増加に伴いクラ。ク抵抗
Tic系およびTic−TiN系焼結合金のK:Icについて
は増大したが、tric, TaC, NbCなど炭化物の添加
検討した。その結果、硬さの増加に伴いKIcは増大し、
により、低下することが明らかとなった。
ビッカース硬さで比較するとTic−TiN系合金は、
第3章では、本研究で開発した破壊靱性KIc試験法
Tic系合金より高いKIcを示すが、 WC−Co合金
の詳細を述べた。3−1節では、開発した破壊靱性試験
より低い値を示すことが明らかとなった。さらにKIc
法を示し、その試験法で求めたWC−Co焼結合金の
と硬さとの関係に抽て硬額比較すると、炭素量、T i Nilk加
KIcと諸因子との関係を検討Ltaoその結果、本試験法
量の増加に伴いKiCは増大することがわかった。5−
では特別な試片や試験装置が不必要で、かつ鋭い先端を
2節では、WC−Ni系焼結合金のKlciCついて検討
有し、き裂先端に残留応力の発生の少ない予備き裂が試
した。その結果、Ni量、WC粒度の増加に伴いKIc
片に導入できるので破壊力学的に有効な破壊靱性が求め
は増大し、同じ結合相量、同じWC粒度で比較すると
られることが明らかとなった。3−2節ではこの試験法
WC−Ni合金はWC−Co合金に比べて硬さが低いが、
で求めたWC−Co焼結合金のKIcと組織因子との関
高いKIcを示すことが明らかとなった。これは、 Ni
係を検討した。その結果、Co量、WC粒度、 Go相の
結合相の硬さが低く、K:Icが高いことによる。したが
厚さならびにWC粒の分離度の増加に伴いKIcは増大
って、Ni結合相中に固溶するSi,田i, Cr, Moを添
することがわかった。
加し結合性を強化するとWC−Co合金に匹敵する硬さ
第4章では、破壊靱性KIcと従来からの靱性評価値
との関係を検討した。4−1節では、WC−Co焼結合
金のKIcと抗折力との関係を調べ、抗日力の破壊力学
とKrcを有するWC−Ni合金が得られることがわか
った。
第6章では、各種工具材料の破壊靱性KIcと切削試
的検討を行なった。その結果、低Co合金または細粒
験における耐欠損性との関係を検討した。6−1節では、
WC合金では、弾性的破壊挙動を示す脆性材料と見なされ、
Tic系、 Tic−TiN系工具の耐欠損性について検討
KiCは抗折力の増加に伴そ増大するが、高C(》合金または
した。その結果、硬さと靱性との比で示される脆性パラ
粗粒WC合金では、分散強化型材料と見なされ、KIcは抗
メーターの減少に伴い耐チ・ビング性は向上し、K」Ic
折ヵの増加に伴い低下する傾向を示すことが明らかとなっ
の増加に伴い耐欠損性は向上することがわかった。6−
た。,さらにKlcが脆性材料から延性材料まで一貫し
2節では、WC系工具の耐欠損性に及ぼす焼結温度の影
て材料の靱性を評価できるのこ対しく抗折目は全く別の2
響について検討した。その結果、耐欠損性はKiCの増
つD理論的取扱いを行禰訟らず、WC−c(治金の靱性を
加に伴い増大するが、高温焼結では、低温焼結に比べて、
抗折力筋で的確に判断できないことが明らかとなった。4−
低下することが明らかとなった。6−3節では、コーテ
2節では、WC−Co焼結合金のKlcとクラ.ク抵抗
ィング工具の耐欠損性について検討した。その結果、附
との関係を調べ、クラック抵抗の破壊力学的検討を行な
欠損性はコーティング母体のKIcの増加に伴い増大し、
った。その結果、WC−Co焼結合金のKlcは、クラ
KIcが耐欠損性の解胆に重要な要因となることが明ら
ック抵抗と密接な関係があり、ビッカース硬さ約1200
かとなった。
以上の高硬度合金では、KIc値から計算した臨界歪エ
第7章では、本研究の結果をまとめて総括した。
ネルギー解放率GiCはクラック抵抗と比例することが
(31)
32 号外 第1号
昭和58年1月18日
2 論文審査結果の要旨
本論文は、硬質焼結合金の靱性評価に関して、特別な
試験片や装置を必要とせず、しかも破壊力学的に有効な
破壊靱性を求める試験法を確立し、さらにこの破壊靱性
と組織因子との関係を解明するとともに、工具の脆性損
傷との関係を明確にすることを目的としたものであり、
次のような成果を得ている。
1)破壊力学的立場に立脚した予備き裂を導入する方
法を開発し、硬質焼結合金に適した破壊靱性試験法を確
立した。この方法で求めたWC−Co合金の破壊靱性は、
組織因子と相関があり、WC粒の分離度の増加に伴い増
大することを明らかicした。
2)硬質焼結合金の靱性評価値として従来から用いら
れてきた抗折目は、脆性的破壊挙動を示す低Co合金ま
たは細粒WC合金と、延性的破壊挙動を示す高Co合金
または粗粒WC合金に対して、それぞれ別個の理論的取
扱いをせねばならないが、破壊靱性は何れに対しても一
貫して硬質焼結合金の靱性を評価できることを明らかに
した。
3)従来から用いられている靱性評価値であるビンカ
ース圧痕のコーナーから発生するクラノク長さより求め
られるクラック抵抗は、ビッカース硬さ約1200以上の
高硬度合金においては破壊靱性とよい相関があることを
明らかにした。
4)Tic系、 Tic−TiN系合金においては、炭素
量およびtr・iN添加量の増加により、またWC−Ni系
合金においては、Si、 Crなどの添加による結合相の
強化により、WC−Co合金に匹敵する硬さと破壊靱性
を有する合金が得られることを明らかにした。
5)破壊靱性は、各種硬質工具材料の設計と改善、お
よび最適切削条件の選定に必要な耐欠損性試験の解析IC
重要な指針を与えることを明らかにした。
以上の成果は、WC−Co系合金をはじめとする硬質
焼結合金の靱性評価のための重要な知見を与えるもので、
粉末冶金工学の分野に貢献するところ大であり、また申
請者が自立して研究活動を行なうに必要な能力と学識を
有することを証したものである。
本委員会は、本論文の審査ならびに学力確認試験の結
果から、工学博士の学位を授与することを適当と認める。
審査委員
主査 教授 岡 林 邦 夫
副査 教授 山 本
久
副査 教授 朝 倉 健 二
(32)
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