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アルミニウム合金板の 成形シミュレーション技術
「軽金属材料の成形シミュレーションの高精度化技術」特集号:解 説 軽金属 第 65 巻 第 11 号(2015),549–553 アルミニウム合金板の 成形シミュレーション技術 小川 孝行 * Journal of The Japan Institute of Light Metals, Vol. 65, No. 11 (2015), 549–553 © 2015 The Japan Institute of Light Metals Forming simulation technology for aluminum alloy sheet Takayuki OGAWA* Keywords: aluminum, sheet metal forming, forming simulation 1. は じ め に 1980 年代終わりに FEM(有限要素法)を板成形解析に使 おうという動きが出てから四半世紀が過ぎ,今や FEM によ る成形シミュレーションは自動車車体部品から航空機部品に 至るまで幅広く適用されるようになってきた。近年は省エネ ルギーの観点から軽量化が期待できるアルミニウム合金製部 品が増えており,それに伴い成形シミュレーションもアルミ ニウム合金の成形を対象とすることが増えてきた。現在の成 形シミュレーションでもアルミニウム合金の成形に対し十分 に役立つ結果は得られているが,まだ工夫の余地も残ってい る。それを踏まえ本稿では成形シミュレーションの活用実例 の紹介と,より高度な活用方法や解析精度向上のための技術 の紹介を行う。 2. 現在の成形シミュレーション活用事例 2. 1 自動車車体部品(マツダ ロードスター) 人馬一体を実現すべく最軽量モデルが 1 トンを切ったこと が話題となっている 4 代目ロードスターには,図 1 に示すよ うに先代より多くのアルミニウム合金製部品が採用されてい 1) る 。しかも鉄鋼板に比べて成形性が劣るアルミニウム合金 を用いながら,深化した「魂動」デザインを実現すべくボ ディはアーティスティックな造形がなされている。例えばフ ロントフェンダでは通常の車種より張出し量が大きくなって おり成形難易度は高い。またアルミニウム合金は柔らかいこ とから外観品質問題も起きやすく,線ずれに至っては曲げ癖 のついた稜線が少しでもずれたら即アウトというシビアさで ある。これら成形性と外観品質を両立させる加工方案を見つ けることは非常に困難であったことは容易に想像できる。 この難題の解決のためマツダでは開発早期段階から成形シ ミュレーションを活用し,現物試作によるトライ & エラーで はやり切ることが困難な加工方向の見直しを伴う加工方案の 変更を幾度も行い,最適な成形方案を見つけていった。 アルミニウム合金製部品で悩ましいのは成形性や外観品質 だけでなく,低いヤング率によって引き起こされる大きなス プリングバックも大きな課題として立ちふさがる。単品部品 のスプリングバック対策だけでも苦労するものであるが,4 代目ロードスターからアルミニウム合金が採用されたフロン トフェンダでは,車両に組み付ける際に締結部の影響で部品 全体の形状(デザイン)が変化しやすいという二重苦を背 負っていた。そのため車両に組み付けた状態で設計通り(デ ザイナーが意図した意匠通り)の形状になるよう単品部品の 素性を作り込む必要があった。図 2 は,その対策(車両締結 位置の適正化)の検討のため成形シミュレーションソフトウ エア PAM-STAMP を用いて全プレス工程(スプリングバック を含む)を計算した後に,車両組付け時の締結に伴う形状(寸 法)の変化を予測したものである。成形シミュレーションを プレス工程の最適化だけに留まらず,車両組み立て時の寸法 精度育成にも活用している点が興味深い。 2. 2 航空機部品 軽量化が求められる航空機ではアルミニウム合金の利用が 古くから行われてきた。航空機は比較的少量生産なことか ら,部品の生産には特殊な成形方法が用いられることが多 い。図 3 はブラジルの航空機メーカであるエンブラエル社か ら提供されたもので,アルミニウム合金やチタン合金の板材 をストレッチフォーミングやフレックスフォーミングで成形 する様子を成形シミュレーションソフトウエア PAM-STAMP を用いて再現した結果である。 ストレッチフォーミングは板材の両端をクランプして引張 張力を与えながら金型に押し付けて成形する工法である。こ の工法をシミュレーション上に再現するには複雑な動作をす るクランプを現物通りに動かす設定を行う必要があるが,リ ンク機構を使った回転や並進の設定が行えるマルチボディシ ステム機能を用いれば容易に行える。クランプや金型の動き * 日本イーエスアイ株式会社 カスタマーソリューション開発部(〒160–0023 東京都新宿区西新宿 6–14–1 新宿グリーンタワービル 16F) ESI Japan, Ltd., Customer Solution Development (Shinjuku Green Tower Bldg. 16F, 6–14–1 Nishi-Shinjuku, Shinjuku-ku, Tokyo 160–0023) E-mail: [email protected] 受付日:平成 27 年 9 月 1 日 受理日:平成 27 年 10 月 2 日 550 軽金属 65(2015.11) 図 1 4 代目マツダロードスターにおけるアルミニウム 1) 部品採用部位 図 4 PAM-Diemaker for CATIA によるパラメトリック型 設計 行うことも可能である。実機の液圧制御方式に合わせて解析 設定を行えば,解析が容易になるとともに,解析によって得 られた最適な液圧制御パターンを実機で再現しやすくもな る。 図 2 アルミニウム製フロントフェンダのスプリング バック解析 図 3 ストレッチフォーミングとフレックスフォーミン グの事例 がストレッチフォーミングに合ったものに設定できれば,そ のほかの成形メカニズム自体は鉄鋼板のプレス成形と変わる ところはない。必然的に成形シミュレーションも実績のある 鉄鋼板と同等の精度が期待できる。もちろん成形後にクラン プや金型を取り外した状態にして,陰解法ソルバでワーク内 部応力が釣合う状態を計算することでスプリングバックを予 測することも可能である。 フレックスフォーミング(類似工法にバーソンプレスがあ る)は上型の代わりに厚いゴム膜を介した液圧を付与して ワークを下型に押し付けて形状を転写加工する工法である。 この工法をシミュレーション上に再現するには超弾性体であ るゴムの特性を扱える材料モデルが必要であり,成形シミュ レーションソフトウエア PAM-STAMP ではソリッド要素と組 み合わせて使える Mooney–Rivlin 則が用意されている。付属 する引張 – 圧縮特性から材料パラメータを同定する機能を用 いれば,使用するゴムの特性に応じた設定の変更も容易に 行える。さらに成形状態のコントロールという観点では液圧 の制御が重要となるが,成形シミュレーションでは時間の経 過に伴う液圧変化を直接設定することも可能であるし,液圧 チャンバ内への流量の制御による成形状態のコントロールを 3. アルミニウム適用部品拡大に向けた成形シミュ レーション活用術 3. 1 型設計 CAD と組み合わせた製品形状と加工方案の最 適化 一般的にアルミニウム合金板は鉄鋼板に比べて延性が低く 成形性が劣るため,鉄鋼板で量産できている製品をそのまま アルミニウム合金製にすることは難しく,アルミニウム合金 の特性に応じた製品の設計が求められる。当然,プレス加 工(加工工程数や加工方式の設定,各工程の金型設計)も同 様にアルミニウム合金専用設計が必要である。そこで成形シ ミュレーションによる検証が有用であるのは言うまでもない が,問題は多くの設計パターンを検証しようとすると,そ れと同数の金型モデル(3D CAD データ)が必要になるとい う点である。成形シミュレーションには成形加工面のモデ ル(曲面データ)があればよいが,3D CAD にて自由曲面を 多用して設計することの多いダイフェース(しわ押え)や余 肉(捨て絞り)を設計するのは 3D CAD の操作を熟知した技 術者にとってすら非常に手間がかかる作業である。それが ネックとなりアルミニウムに最適な製品形状や金型形状を見 つけきれないことも起こり得る。 その解決策として有効なのがプレス金型ダイフェース専用 設計ツールの活用である。このツールはダイフェース面の設 計だけでなく加工方向の検討や余肉(捨て絞り)形状の設計, トリムラインの抜角検証,リストライク型やベンド型の成形 面の設計などが,3D CAD 操作に習熟していなくとも行える ものである。図 4 は PAM-Diemaker for CATIA V5 でパラメト リック設計を行っている画面である。3 次元形状の変更が, R の大きさや壁の角度やバルジ余肉の高さなどの数値を変更 するだけでできるように幾何拘束が行われているのが特長で ある。金型 3D モデルの造形とともに加工条件設定も行える ようになっており,その出力情報は成形シミュレーションに 直接取り込むことができる。これらの特長により,様々に金 型形状を変えた解析検証が少ない工数で短期間に行えるのが 大きなメリットである。 J. JILM 65(2015.11) 図 5 アルミニウム合金材の温間成形シミュレーション 551 3) なお PAM-Diemaker for CATIA では,作成されるサーフェー スは B Spline 曲面であり CATIA の品質基準に則って作成され るので,そのまま細部の造形を詰めていけば NC 加工用のモ デルとしても使用できる。 3. 2 温間成形の適用による絞り成形性の向上 アルミニウム合金板の採用においてネックとなるものの一 つが軟鋼板に比べて大きく劣る絞り成形性である。その制約 を少しでも緩和しアルミニウム合金板の適用拡大が期待でき る技術として温間成形が挙げられる。これは,成形前にワー ク周辺部を加熱して変形抵抗を減らしダイキャビティ内への 流入を容易にすると同時に,成形中には常温の(あるいは冷 却した)パンチ肩に接触した部位のワークが冷却されること 2) で変形抵抗や強度を増加し深絞り成形性を向上させる技術 である。 この成形法で重要なのは温度管理であるのは言うまでもな いが,当然,成形シミュレーションでも温度の影響を考慮す ることができるようになっている。図 5 は日本イーエスアイ が神戸製鋼所と共同でドアインナ想定モデルを対象に成形 シミュレーションソフトウエア PAM-STAMP を用いてシミュ 3) レーションを行った事例 である。材料物性(応力 – ひずみ 線図)はワーク温度によって変化し,そのワーク温度は金型 との熱伝達ならびにワークの塑性変形に伴う発熱によって影 響を受ける。本シミュレーションでは成形前のワークは常温 であり,ブランクホルダで一定時間保持されることで所定温 度に加熱され,成形中は常温のパンチによってワークが冷却 される過程を再現している。 これにより温間成形時の金型やワークの温度設定の最適化 がシミュレーション上で可能なことは言うまでもないが,温 間成形を適用することでアルミニウム合金でも成形可能とな る部品を見つけられることも期待したい。 3. 3 超塑性の利用による深絞り部品への対応 組織を制御したアルミニウム合金を特定の温度域で極低 圧(極低速)でブロー成形すると数百 % もの高い伸びが得 4) られる 。少量生産に適しているため航空機部品に用いられ 図 6 アルミニウム合金材の超塑性加工のシミュレー ション ることが多いが,欧州では少量生産の高級車向けの部品にも 用いられている。 この加工方法のシミュレーションを行うには,アルミニウ ム合金物性(応力 – ひずみ関係)のひずみ速度依存性の考慮 を行うと同時に,実加工時間が数時間∼1 日に及ぶ長大な現 象を,実用的な時間内で解析する技術が必要となる。 一般的に動的陽解法を用いる成形シミュレーションでは加 工速度を数十∼数百倍に加速して解く一方で,ひずみ速度の 算出にあたっては時間軸に逆のスケーリングを掛けることで 実時間に戻している。これによって超塑性が発現する極低速 加工をシミュレートする場合においても実用的な計算時間を 実現している。 材料物性のひずみ速度依存性に関しては,ひずみとひずみ 速度によって線形に応力 – ひずみ関係が変化する場合には, ひずみ速度を用いた関数式を用い,非線形に応力 – ひずみ関 係が変化する場合にはσ(ε, ε )をテーブル形式で入力する 方式を利用することになる。いずれにせよ極低速でのひずみ 速度依存性を精度よく表す方式を選択することで,より正確 な流動応力の計算,ひいてはより高精度な解析が可能にな る。 図 6 はイギリスの自動車部品メーカから提供されたもの で,ドアインナの成形性評価にシミュレーションを適用した 事例である。少量生産であるということを逆手に取り,超塑 性を採用することで大物複雑部品の深絞りにチャレンジして いる点が興味深い。 軽金属 65(2015.11) 552 図 7 高精度材料モデルによるシミュレーション精度の 3) 向上 4. 成形シミュレーションの精度向上技術 4. 1 高精度な材料モデルの利用 軽金属学会の成形性評価シミュレーション技術開発部会 で議論されているように,アルミニウム合金板の成形予測 の精度向上にはアルミニウム合金板特有の材料モデルを用 5) いることが望ましい 。すでに市販の成形シミュレーション ソフトウエアには,一般的に広く用いられている Hill 48 以外 にも様々な異方性降伏関数が実装されているが,その中で は Yld2000-2d(PAM-STAMP では Barlat-2000 の名称で実装さ 6) , 7) れている)がアルミニウムに適していると言える 。ちな みに本稿第 3 章第 2 節で紹介したアルミニウム合金板の温間 成形においても材料モデルを Hill 48 から Yld91 に変えること で,コーナ部における板厚分布がより実験結果に近づいたと 3) いう結果が得られている (図 7)。 ただこれらの材料モデルを利用する上での課題は,十字 5) 形試験片による二軸引張や二軸バルジ試験などの材料試験 と材料パラメータ同定が一般企業にとって難易度が少々高い 8) ことである。二軸引張試験方法は ISO 規格化 されているが 大がかりな装置が必要であるし,なによりパラメータ同定に は面倒な数値計算(モデルによっては収束演算)が必要にな る。高精度な材料モデルの普及には,このあたりの改善が急 務と言えよう。 さらなる成形シミュレーションの精度向上ためには異方硬 9) ∼11) 化挙動の再現が有効であることが指摘されている 。そ れと同時に繰り返し曲げ曲げ戻し成形を受けるプレス成形に おいては,反転負荷時の応力低下を再現できる材料モデルの 9) 同時利用の必要性が指摘されている 。これに関しては,異 方性硬化挙動との同時利用はできないが,バウシンガ効果 12) を考慮できる Y–U モデル を Yld2000-2d 降伏関数と組み合 わせて用いることは可能である。すでに Y–U モデルは高張 力鋼板のスプリングバック予測精度向上に欠かせないものと 13)∼15) なっており実績も数多く報告 されている。このモデル が普及した要因としては,解析精度面だけでなく使い勝手の よいモデルであることも見逃せない。材料パラメータは弾性 挙動を表すものを含めると 10 個以上あり少ないとは言えな いが,材料パラメータ同定ソフトウエア MatPara を用いるこ 図 8 成形中の摩擦と塑性変形に伴う発熱の再現 とで繰り返し引張圧縮試験結果から Y–U モデルのパラメー タを比較的簡単に取得可能である。もちろんアルミニウム合 金の特性も同定可能である。さらに大きな利点として,引張 試験結果しかない場合でも Y–U パラメータの「推定」がで きる点が挙げられる。推定とはいえ引張特性は尊重した上 で,内蔵する材料データベースを用いてパラメータ同定を行 15) うので実用上問題のないレベルの結果が得られる 。 4. 2 加工発熱による摩擦抵抗力の変化の考慮 冷間プレスであっても連続生産中の摩擦熱やワークの塑性 変形に伴う発熱によってワークや金型の温度が上がることは 経験的によく知られた現象である。温度上昇に伴い摩擦抵抗 16) 力が変化する ことから,これが量産中の変動要因の一つ であると言える。摩擦抵抗力の変化は突然の成形不具合(わ れ,しわ)の発現や焼付き損傷の原因となり得るため,その 変化の度合いを成形シミュレーション上で再現することは意 味があると言える。 PAM-STAMP の最新版である V2015.1 では成形中の摩擦に よる発熱を予測し,それによる温度上昇に伴い摩擦係数を変 化させることが可能になっている。図 8 はアルミニウム合金 板の成形時の加工発熱による温度変化を予測したものであ る。さらにワークの熱膨張も考慮することができるので,金 型内のクリアランスに余裕がない部位で強当りが生じること の再現も期待できる。 成形シミュレーションで連続生産を再現することは現実的 でないが,1 ショットの解析でも熱考慮の有無による差が大 きい場合は量産時の変動要因となり得るとみなし,強当り部 を解消するための対策を事前に打つといった対応は十分に意 味があると言える。 5. お わ り に アルミニウム合金の薄板成形のシミュレーション技術を, 冷間プレスにおける事例や解析精度向上のコツやアルミニウ ム合金板適用拡大に役立つ技術にいたるまで,できる限り広 い視点で解説してきた。少しでも参考になれば幸いである。 参 考 文 献 1) マツダ技報,32(2015). 2) 櫻井健夫:神戸製鋼技報,59(2009),121–127. 3) 市 川 武 志,横 井 敦 史:Proceedings of PAM Users’Conference in Asia, (2010). J. JILM 65(2015.11) 4) 古河電工時報,114(2004),62–63. 5) 櫻井健夫,桑原利彦,宇都宮裕,西田進一,上間直幸,山中晃 徳:軽金属,63(2013),429–433. 6) 彌永大作,桑原利彦,上間直幸,浅野峰生:平成 23 年度塑性 加工春季講演会講演論文集,(2011),251–252. 7) 川口順平,桑原利彦,櫻井健夫:平成 25 年度塑性加工春季講 演会講演論文集,(2013),51–52. 8) ISO 16842: 2014, Metallic Materials̶Sheet and Strip̶Biaxial Tensile Testing Method Using Cruciform Specimen. 9) 彌 永 大 輔,瀧 澤 英 男,桑 原 利 彦:塑 性 と 加 工,55(2014), 55–61. 553 10) 川口順平,桑原利彦,櫻井健夫:平成 27 年度塑性加工春季講 演会講演論文集,(2015),119–120. 11) 森 崇裕,浅野峰生,上野洋一,上間直幸,桑原利彦:平成 27 年度塑性加工春季講演会講演論文集,(2015),153–154. 12) F. Yoshida and T. Uemori: Int. J. Mech. Sci., 45 (2003), 1687–1702. 13) Proceedings of PAM Users’Conference in Asia, (2009). 14) 近藤祐樹:プロセッシング計算力学分科会第 32 回セミナーテ キスト,(2011). 15) 吉田総仁:日本塑性加工学会板材成形分科会第 71 回セミナー テキスト,(2013),1–17. 16) 中村 保:素形材,53-7(2012),14–21.