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みずほリポート - みずほ総合研究所

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みずほリポート - みずほ総合研究所
みずほリポート
2002 年 7 月 12 日発行 02-01F
返還5周年を迎えた
香港経済の現状と展望
∼貿易・金融センターの地位は今後も維持されるか∼
《要旨》
1.香港は今年7月1日に、英国から中国への主権返還5周年を迎えた。返還前後には、
中国政府の香港への干渉により、香港の経済的安定・繁栄が損なわれるのではないか
との懸念もみられたが、実際には、そのような事態は発生しなかった。今後も中国政
府は、香港の安定維持、台湾との統一促進などを図るため、香港に対する不干渉政策
を維持する可能性が高い。
2.他方、経済面については、香港は 1997 年7月に勃発したアジア通貨危機、01 年の世
界経済の減速という二つの外的ショックに直面し、返還前に比べて成長率が低下した。
しかし、香港はこれらの外的ショックを受けたものの、アジアにおける貿易・金融セ
ンターとしての地位を維持してきた。また、対中ビジネスの統括拠点としての地位も
保たれてきた。
3.中期的にみた場合、上海が香港に比肩する国際金融センターにまで発展することは難
しいと考えられ、香港はアジアを代表する国際金融センターとしての地位を維持する
可能性が高い。ただし、貿易センターとしての地位は、相対的に低下する兆しがみえ
てきている。広東省の港湾の整備が進んだこと、これらの港湾のコンテナ取扱料が香
港と比べて安いことなどが理由で、香港から広東省へという取扱貨物の分散傾向がみ
られるようになってきているのである。中長期的にみた場合、広東省の港湾設備がさ
らに進むこと、依然として広東省の価格面での優位性が維持されるとみられることな
どから判断して、香港から広東省への取扱貨物の分散傾向が続くと考えられる。
4.
そのため、香港の中心産業である貿易業の成長力が返還前よりも低下するとみられる。
また、貿易業と並ぶ香港の主力産業である不動産業も、返還前のような高成長を望み
にくい。そのため、香港政府は、情報通信産業といった知識・技術集約型産業の発展
を促進するための政策を精力的に立案・実施している。ただし、香港の場合、研究開
発投資が他の先進国・地域に比べて活発ではない、技術者・研究者の数が相対的に少
ないという制約要因がある。そのため、知識・技術集約型産業が香港経済を力強く牽
引するようになるためには時間がかかると考えられる。
5.返還後、香港の財政赤字が拡大している。香港政府も、現状の財政構造を維持した場
合、6年後には財政余剰金が枯渇する可能性があると発表している。その事態を回避
するために、香港政府は消費税の導入などの増税策を検討している。香港政府は、外
国企業の香港離れを避けるために、大幅な増税を回避する方針を立てているが、今後
の税制改革論議を注目しておく必要があるだろう。
6.アジア通貨危機の発生後、香港ドルは投機的な売り圧力にさらされたが、00 年には香
港ドルに対する信認も回復し、現在でも固定相場制が維持されている。外貨準備の規
模、金融システムの安定性の高さ、政府の固定相場制維持に対する強いコミットメン
トなどから判断して、当面、現行の固定相場制が維持される可能性が高いと考えられ
る。
7.今後の香港経済の成長性をみた場合、香港は中国経済の高成長が見込まれるという大
きな好材料を抱えている。ただし、WTO加盟を契機とし、中国の投資環境の整備、
市場開放が進むことなどから判断して、貨物取扱量、対中ビジネスの統括拠点の機能
が香港から中国に分散していく傾向が強まると予想される。そのため、香港の成長率
は返還前と比較して低下すると考えられる。
8.中期的な香港と中国との分業関係をみた場合、香港は、①華南地区の貿易センター、
②同地区のビジネス統括拠点、③中国政府・企業の海外資金調達窓口としての役割を
担い、上海・北京などが華東・華北地区の貿易・ビジネス統括拠点としての役割を担
うようになっていくだろう。
みずほフィナンシャルグループ
富士総合研究所
調査研究部 中国担当
主事研究員
伊藤信悟(在台湾)
TEL:03-5281-7511
E-MAIL:[email protected]
《目次》
はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1
Ⅰ.返還後の中国政府の対香港政策・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3
1.香港返還後の政治・経済制度の枠組み・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3
2.中国政府による香港への介入はみられず・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6
Ⅱ.貿易・金融センターとしての地位の変化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8
1.返還後も維持された貿易・金融センターとしての地位・・・・・・・・・・・・ 8
2.貿易・国際金融センターの地位が保たれた理由・・・・・・・・・・・・・・・・ 13
Ⅲ.貿易センター機能の中国への分散・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17
1.
「オフショア貿易」の増加・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17
2.輸送方式の変化の理由・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 19
3.貿易センターとしての地位の展望・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22
Ⅳ.香港の国際金融センターとしての地位の展望・・・・・・・・・・・・・・・・
27
1.香港・上海の国際金融センターとしての規模比較・・・・・・・・・・・・・・ 27
2.中期的にみて香港の優位性はまだ続く・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 28
Ⅴ.産業高度化の圧力の高まりと新興産業の発展可能性・・・・・・・・・・・・・・ 32
1.香港の産業構造の変化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 32
2.産業高度化圧力のさらなる高まり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 33
3.政府の対策・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 35
4.今後の展望・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 39
Ⅵ.財政赤字の拡大と増税論議の高まり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 42
1.財政赤字の拡大・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 42
2.高まる増税論議とそのインパクト・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 46
Ⅶ.香港の固定相場制の安定性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 48
1.カレンシーボードシステムとは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 48
2.固定相場制の安定性の高さ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 49
Ⅶ.今後の展望・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 53
参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 56
《図表目次》
図表 1 香港の実質GDP成長率の推移・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1
図表 2 需要項目別実質GDP成長率の推移・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2
図表 3 基本法の経済関連規定の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4
図表 4 政治制度の新旧比較・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5
図表 5 立法機関の構成方法の変化(84∼03 年)
・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5
図表 6 中国政府の対香港政策に対する香港市民の評価・・・・・・・・・・・・・・ 7
図表 7 香港のコンテナ取扱量の推移・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8
図表 8 主要港のコンテナ取扱量の推移・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9
図表 9 外国為替市場のネットの1日当たり平均出来高・・・・・・・・・・・・・・ 9
図表 10 デリバティブの1日当たり平均出来高・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10
図表 11 株式市場時価総額・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 11
図表 12 香港に進出している世界 100 大銀行の数の推移・・・・・・・・・・・・・ 11
図表 13 外国企業の在香港地域統括拠点・地域事務所の設立数の推移・・・・・・・ 12
図表 14 地域統括拠点・地域事務所の管轄地域(01 年6月)
・・・・・・・・・・・ 13
図表 15 地域統括拠点・地域事務所の業務内容(01 年6月)
・・・・・・・・・・・ 13
図表 16 香港の投資環境に対する外資系企業の評価(01 年6月)
・・・・・・・・・ 14
図表 17 香港の貿易額に占める対中貿易額のシェアの変化・・・・・・・・・・・・ 15
図表 18 輸送方式の整理・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17
図表 19 貿易品の輸送形態の変化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18
図表 20 香港のコンテナ取扱量全体に占めるトランスシップメントのシェア・・・・ 18
図表 21 在香港企業による中国製品の輸送方式の変化・・・・・・・・・・・・・・ 19
図表 22 在香港企業による第三国・地域製品(中国製品を除く)の輸送方式の変化・ 19
図表 23 香港周辺の港湾・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 20
図表 24 塩田港の港湾整備状況・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 20
図表 25 ターミナルハンドリングチャージの比較(香港・深セン)
・・・・・・・・・ 21
図表 26 中国製品のオフショア貿易時の関連サービス利用地点・・・・・・・・・・ 22
図表 27 香港・深セン港のコンテナ取扱量の推移・・・・・・・・・・・・・・・・ 22
図表 28 深セン港のコンテナ取扱施設の整備計画(01∼05 年)
・・・・・・・・・・ 23
図表 29 今後の輸送方式の変化に対する展望(在香港企業)
・・・・・・・・・・・・ 24
図表 30 今後5年後の香港における機能別業務量の変化・・・・・・・・・・・・・ 24
図表 31 今後5年間の在香港企業の中国大陸・香港間分業関係・・・・・・・・・・ 25
図表 32 香港・上海の国際金融センター規模比較・・・・・・・・・・・・・・・・ 27
図表 33 GDPの産業別シェア(主要産業)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 33
図表 34 不動産購入価格の推移・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 34
図表 35 各種不動産の需給状況の推移・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 35
図表 36 デジタル 21 戦略(01 年版)の内容・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 37
図表 37 香港の研究開発投資の推移・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 40
図表 38 先進諸国・地域の研究開発投資の対GDP比率・・・・・・・・・・・・・ 40
図表 39 香港の研究開発従事者数の推移・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 40
図表 40 政府財政収支の対GDP比の推移・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 42
図表 41 名目GDPと政府財政収入・支出の推移・・・・・・・・・・・・・・・・・ 44
図表 42 香港の財政収入構造の特徴(98 年)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 44
図表 43 不動産関連財政収入の推移・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 45
図表 44 高齢化比率の推移・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 46
図表 45 香港ドルの対米ドルレートの推移・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 49
図表 46 香港ドルの実質実効為替レートの推移・・・・・・・・・・・・・・・・・ 50
図表 47 マネーサプライに対する外貨準備高の比率の推移・・・・・・・・・・・・ 51
図表 48 香港経済の中期予測(IMF)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 53
はじめに
香港は 2002 年7月1日に中国への返還5周年を迎えた。返還前後には、中国政府によ
る香港への干渉により、香港の経済的安定・繁栄が損なわれるのではないかとの懸念が根
強く唱えられてきたが、そのような事態は起こらなかった。
しかしその一方で、返還後、香港経済は、1997 年7月2日のタイ・バーツの暴落に端
を発したアジア通貨危機、01 年の世界的な景気減速という二つの外的なショックを受けた。
アジア通貨危機の影響により、香港の実質GDP成長率は 97 年第3四半期から低下し
はじめ、98 年には▲5.3%と大幅なマイナス成長を記録した(図表1)
。マイナス成長の要
因は、第一に、外部環境の悪化により、輸出が低迷したことである。第二に、投資が冷え
込んだことがあげられる。輸出の減少、大量の香港ドル売りを受けたことによる金利の上
昇が投資減少の主因である。第三に、失業率の上昇、賃金の伸び率の低下、不動産価格・
株価の下落による逆資産効果が原因で、個人消費が大幅に減少したためである。
図表 1 香港の実質GDP成長率の推移
12
(%)
10
8
6
4
2
0
▲2
▲4
▲6
▲8
90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 (年)
(資料)Census and Statistics Department 資料。
その後、香港経済は、99 年後半から輸出主導の回復基調に入り、00 年には実質GDP
成長率が 10.5%に達したものの、01 年には世界景気の減速の影響を受け、成長率は 0.1%
に低下した。
その結果、97∼01 年の年平均実質GDP成長率は 2.5%と、92∼96 年の同 5.2%に比べ
て大きく落ち込んでいる(図表2)
。需要項目別にみても、いずれの需要項目も伸び率が大
幅に低下している。このように、返還後、香港は2度にわたる外的なショックを受け、成
長率が大きく低下した。
1
図表 2 需要項目別実質GDP成長率の推移
(単位:%)
個人 政府 固定資
サービス
サービス 実質
財輸出
財輸入
消費 消費 本形成
輸出
輸入
GDP
92-96年平均 5.8
97-01年平均 1.2
4.1
2.7
10.0
▲0.7
12.0
3.6
7.9
4.1
13.3
2.8
6.2
1.2
5.2
2.5
(資料)Census and Statistics Department 資料により作成。
成長率低下に加えて、香港を取り巻く外的環境も変化している。とりわけ、香港に隣接
する中国が高成長を遂げており、市場開放や投資環境の整備もさらに進んでいる。中国の
高成長が貿易の拡大などを通じて、香港経済の発展を支える一方で、中国の市場開放や投
資環境の整備が、香港から中国への産業移転の大きな要因の一つとなっている。
返還後の成長率低下や外部環境の変化がみられるなか、今後も香港の「アジアにおける
貿易・金融センター」としての地位は保たれるのか。また、財政赤字が拡大するなどの問
題が出てきているが、香港経済にはどのような構造的な問題があり、それが香港経済の今
後の発展にいかなる影響を与えるのか。本稿では、これらの点を検討していく。
まず、第1章では、返還後の中国政府の対香港政策を簡単に振り返る。それを通じて、
懸念されたような中国政府による香港への干渉は特段行なわれなかったこと、また、不干
渉政策が今後も基本的に継続されるとみられる理由を説明する。
第2章では、香港の貿易センター、金融センターとしての地位が返還後にどのように変
化してきたのかを検証する。第3章、第4章では、香港が今後も貿易センター、金融セン
ターとしての地位を維持できるのかどうかを検討し、①金融センターとしての地位は中期
的にみて維持されるものの、②香港から中国への取扱貨物の分散傾向が強まり、香港の貿
易センターとしての地位が相対的に低下する可能性があることを示す。
このように、香港経済を支えてきた貿易関連産業の今後の発展性には制約があることな
どから判断して、香港でさらに産業高度化圧力が高まることが予想される。第5章では、
香港の産業高度化がスムーズに進むのかどうかについて検討する。
第6章では、返還後、財政赤字が拡大していることを説明する。あわせて、財政赤字縮
小策との一つとして浮上している増税論議を紹介し、増税が香港の投資環境に与える影響
を検討する。加えて、第7章では、香港政府はアジア通貨危機のなかでも固定相場制を維
持してきたが、固定相場制の安定性が今後も保たれるのかどうかについて検討する。終章
では、以上の分析を踏まえて、香港経済の中期展望を行なう。
2
Ⅰ.返還後の中国政府の対香港政策
1.香港返還後の政治・経済制度の枠組み
97 年7月1日、香港の主権が英国から中国に返還され、香港は中国の「特別行政区」と
なった。香港特別行政区の政治・経済制度は、84 年に中英間で正式調印された国際法「中
英共同宣言」
、および、中国の国内法「香港特別行政区基本法」
(90 年4月採択)により規
定されている。これら二つの法律を中国政府が遵守するのかどうかが、返還後の香港経済
に対する主要な関心事とされてきた。
「中英共同宣言」
、
「香港特別行政区基本法」では、返還後の香港の政治・経済制度は以
下のように規定されている。
(1)中英共同宣言の内容 ∼「一国二制度」
・
「港人治港」∼
中英共同宣言では、香港特別行政区には「一国二制度」
・
「港人治港」という統治原則が
適用されることが決定された。
「一国二制度」とは、香港には中国大陸の社会主義制度が適用されず、資本主義制度を
そのまま維持されるということを意味している。
他方、
「港人治港」は、中国全国人民代表大会の授権の下、
「香港市民が香港で高度な自
治を行なう」ことを全人代が保障するという意味である。具体的には、外交・防衛以外に
ついては、香港特別行政区が立法・行政・司法権をもつということを全人代が保障すると
いうことを指している。
(2)基本法の内容
中英共同宣言を受けて、90 年4月の中国第7期全国人民代表大会第3回会議で可決され
た「香港特別行政区基本法」では、返還後の香港のより具体的な経済制度・政策が規定さ
れている(図表 3)
。これによると、返還前の経済制度・政策が返還後も引き続き適用され
ることになっている。具体的には以下のとおりである。
資本主義制度・生活様式の維持という基本原則はもとより、経済政策の立案・実施権が
香港特別行政区政府に与えられている。また、返還前の経済政策の特徴であった財政均衡
主義・低税率政策、自由貿易政策などが、返還後も維持されることとされた。外為管理の
ない自由な金融市場も維持され、香港ドルの発行・流通も引き続き認められた。
3
図表 3 基本法の経済関連規定の概要
①基本原則
○ 資本主義制度・生活様式を 50 年間維持(§5)
○ 私有財産権の保護(§6、§105)
②財政政策・制度
○ 香港特別行政区の財政の独立性の保持(§106)
○ 財政均衡主義の保持(§107)
○ 独自の租税体系、低税率政策の保持(§108)
③貨幣・金融に関する政策・制度
(a) 原則
○ 国際金融センターとしての地位の保持(§109)
○ 香港特別行政区による貨幣・金融政策の制定(§110)
○ 金融企業の経営の自由の保障(§110)
○ 法に基づく管理・監督(§110)
(b) 貨幣制度
○ 香港ドルの法定通貨としての地位の維持(§111)
○ 香港ドルの発行権は香港特別行政区政府に帰属(§111)
○ 100%準備金に裏打ちされた香港ドルの発行制度の保持(§111)
○ 民間金融機関に対する香港ドル発行権授与制度の保持(§111)
○ 外国為替管理の禁止、資金の自由移動の保持(§112)
④貿易・産業政策
(a)貿易政策
○ 無関税政策、自由貿易政策の保持(§114、§115)
○ 独立した関税地域としての地位、貿易関連の国際組織等への参加、現在の
輸出割当、特恵関税等の維持(§116)
○ 香港特別行政区政府による原産地証明書の発行(§117)
(c) 産業政策
○ 各種産業政策の促進と環境保護への配慮(§118、§119)
⑤その他
○ 現在の法律の存続、土地契約、海運、民間航空制度の維持等
(資料)伊藤信悟『返還後の香港経済の行方−中国政府の対香港像−』富士総合研究所、1996 年9月、24 頁
(原典は「中華人民共和国香港特別行政区基本法」
)
。
他方、政治面については、基本法で規定されている政治制度の方が、返還前の政治制度
よりも、むしろ民主的なものに変更されたといえる。
例えば、三権構造(立法・行政・司法機関の関係)については、返還前は、英国国王が
任命する総督に立法権・行政権が集中していた(図表 4)
。立法評議会という組織はあった
が、立法に関する総督の諮問機関にすぎなかった。しかし、返還後は、立法会に行政長官
の弾劾権、行政長官には立法会の解散権が付与され、立法会と行政長官との間でチェック・
アンド・バランスが働くようになった。
また、立法会議員の選出方法についても、間接選挙枠が減少し、直接選挙枠が増加した
(図表 5)
。行政長官の選出方法についても、最終的には中国政府が任命権をもっているも
のの、香港市民からなる選挙委員会が候補者を選出するというプロセスが踏まれるように
なった。英領植民地時代においては、英国国王が総督を任命するだけであった。
司法面でも、返還前は、香港の終審権がロンドン枢密院司法委員会にあったが、返還後
4
は香港の終審法院に終審権が与えられた。
図表 4 政治制度の新旧比較
《返還前》
《総督》
*立法権と行政権を保持。
*英国国王が任命
諮問要請
任免・諮問要請
《立法評議会》
*立法に関する総督の諮問機関。
*選出方法は図表4
最高法院大法官の任免
《行政評議会》
*行政に関する総督の諮問
機関
《最高法院》
*司法権を保持(終審権はロンド
ン枢密院司法委員会に帰属)
《返還後》
《行政長官》
*行政権を保持。
*選挙委員会による選出
→中央人民政府が任命
任免・諮問要請
《立法会》
*立法権を保持
*選出方法は図表4
解散権
弾劾権
終審・高等
法院首席大法
官の任免
同意・不同意の表明
《行政会議》
*行政に関する行政長官の
諮問機関
《終審法院》
*司法権(終審権)を保持
(資料)伊藤信悟『返還後の香港経済の行方−中国政府の対香港像−』富士総合研究所、1996 年9月、26 頁。
図表 5 立法機関の構成方法の変化(84∼03 年)
(単位:人)
年
1984
1985
1988
1991
1995
1999
2003
公務員
(議長含む)
17
11
11
4
−
−
−
総督任命
30
22
20
*18
−
−
−
職能別
選挙
−
12
14
21
30
30
30
選挙委員会
による選挙
−
12
12
−
10
6
−
直接選挙
合計
−
−
−
18
20
24
30
47
57
57
60
60
60
60
(注)*は、総督が欠席時に議長を代行する副議長を含む。
「1999 年」は第2回立法会選挙、
「2003 年」は第
3回立法会選挙の議席数の構成を示すものであり、実際の選挙日程は、その年とずれる可能性がある。
(資料)Norman Miners, The Government and Politics of Hong Kong, Fifth Impression, Oxford University
Press, 1995。
5
2.中国政府による香港への介入はみられず
(1)基本法に忠実な中国政府の対香港政策
これまでのところ、中国政府は基本的に、上述した中英共同宣言および基本法の内容を
遵守しており、明白に基本法に違反する措置を打ち出したという事実は看取できない。
基本法に記載されている「一国二制度」
、
「香港人による香港の高度な自治」の原則の解
釈をめぐって、香港・中国間で摩擦は起こったことはあるものの1、それが香港経済に大き
な悪影響を与えるには至っていない。
政治面については、中国政府が、95 年に英国統治下で実施された立法評議会選挙で当選
した議員が自動的に返還後の立法会議員に就任することを拒否したため、97 年7月1日に
臨時立法会が設立されるという事態が生じた。しかし、98 年5月に第1回立法会選挙(任
期2年)が実施されたのを受け2、臨時立法会は解散された。00 年9月には、第2回立法
会選挙が実施されている3。02 年には董建華・行政長官が再選されており、現在、政治は
安定した状態にある。
香港の政治の安定は、外国企業からも評価されている。例えば、香港に進出している外
国企業に対するアンケート調査(01 年6月時点)では、54.2%の企業が「政治・治安が安
定している」と評価しており、「安定していない」との回答率は 3.6%にとどまっている。
香港市民も、中国政府の対香港政策を評価している。返還前から現在に至るまで、中国
政府の対香港政策に関する世論調査を実施している「Hong Kong Transition Project」の
1
その代表的な事例が、99 年6月、中国全国人民代表大会常務委員会が香港の終審法院の下した判決を覆した
という事件である。
ことの始まりは、99 年1月に香港終審法院が移民条例を基本法違反だと下した判決である。
移民条例は、香港永住民から生まれた子女で、中国大陸に在住している中国籍の子女が香港永住権を取得し
ようとした場合に必要な資格要件と手続き要件を定めている法律である。しかし、臨時立法会は返還直後に2
度移民条例を改正し、その要件を厳しくし、中国公安部が発行する移住許可証がなければ、これらの子女は香
港永住権を得られなくした。中国大陸から香港に大量の移民が押し寄せる可能性があったからである。
しかし、基本法第 24 条は、これらの子女に「香港永住民」としての資格を与えると規定している。そのた
め、
「中国公安部が発行した移住許可証を香港永住権付与の手続き要件とする移民条例は基本法に違反してい
る」との訴訟が行なわれたのである。
この訴訟では、本件が「香港の自治の範囲内」の案件なのか、それとも、
「香港の自治の範囲外」の案件な
のかが大きな焦点となった。基本法第 158 条では、
「香港の自治の範囲内」の案件であれば、香港終審法院が終
審権をもつとされている。他方、
「自治の範囲外」であれば、中国全国人民代表大会常務委員会(以下、全人代
常務委員会と略)が基本法の解釈権をもつことになる。
この点について、99 年1月に、香港終審法院は「本件は香港の自治の範囲内」と判断し、移民条例が定める
手続き要件を基本法違反だと判断した。
それに対して、中国の法律学者は同年2月、本件が「香港の自治の範囲外」の案件であり、全人代常務委員
会に基本法の解釈を求めずに下した香港終審法院の判決こそが基本法違反だと厳しく批判した。
結局、5月には、混乱を恐れた香港政府が、全人代常務委員会に対し、移民条例と関連する基本法の条項の
再解釈を依頼し、6月に全人代常務委員会が香港終審法院の判決を覆した。
全人代常務委員会の判断に対しては、①全人代常務委員会が基本法の解釈根拠としてあげた関連文書・法規
が恣意的に選ばれている、②「香港の自治の範囲」が狭められたとの批判が起こった。例えば、在香港商工会
議所の会員に対するアンケート調査では、約半数の会員が「法の支配」の後退であると回答した。また、この
騒動を受け、香港政府高官が外遊し、外国企業・政府に対して説明に回るという動きをみせた。
2 職能別選挙枠 30 議席、選挙委員会選挙枠 10 議席、直接選挙枠 20 議席。
3 職能別選挙枠 30 議席、選挙委員会選挙枠6議席、直接選挙枠 24 議席。
6
調査によると、返還以後、中国政府の対香港政策に「満足している」との回答率がほぼ一
貫して 50%を超えている(図表 6)
。
図表 6 中国政府の対香港政策に対する香港市民の評価
返還後
(%)
80
70
満足
60
50
40
30
20
不満足
10
0
2 8 2 9 2 7 6 1 4 6 7 10 4 7 11 4 8 11 4 7 11
94
95
96 97
98
99
00
01
(年)
(注)
「わからない」との回答、未回答分は除去。
(資料)The Hong Kong Transition Project, Winter of Despair, December 2001 により作成。
(3)今後の展望
今後も、中国政府は、基本法を遵守し、香港に対する干渉をできる限り控えるものと予
想される。その理由は、以下のとおりである。
第一に、香港市民の中国政府に対する信頼を維持し、香港の安定を保つ必要があるため
である。
第二に、中国政府が香港に干渉し、政治の安定や、法治・司法の独立が損なわれた場合、
企業の香港離れを引き起こす可能性があるからである。実際、在香港外資系企業は、香港
の「政治の安定」
、
「法治・司法の独立の維持」を香港の投資環境を判断するうえでの重要
な指標とみている(01 年6月時点の香港政府統計処の調査では、その重要度はそれぞれ3
番目、6番目にランクされている)4。
第三に、中国政府は、
「一国二制度」による台湾との統一を政策目標として掲げており、
中国政府の香港への干渉により香港の安定・繁栄が損なわれた場合、台湾との統一が難し
くなるためである。
以上から判断して、今後も、中国政府は香港への不干渉政策を堅持する可能性が高いと
考えられる。
Census and Statistics Department, Report on 2001 Annual Survey of Regional Offices Representing
Overseas Companies in Hong Kong, November 2001, p.40。
4
7
Ⅱ.貿易・金融センターとしての地位の変化
以上のように、香港の中国への返還は、香港経済に悪影響を与えなかった。また、香港
は、返還直後にはアジア通貨危機、01 年には世界経済の減速という外部環境の悪化にさら
され、低成長を余儀なくされたものの、今日に至るまでアジアにおける貿易・金融センタ
ーとしての地位を維持してきたといえる。
1.返還後も維持された貿易・金融センターとしての地位
(1)貿易センターとしての地位
香港のコンテナ取扱量は、アジア通貨危機や 01 年の世界経済の減速による貿易環境の
悪化などが理由で5、返還前と比べて伸び率が低下した(図表 7)
。
図表 7 香港のコンテナ取扱量の推移
(千TEU)
24,000
22,000
(%)
前年比伸び率
(右目盛)
20,000
30
取扱量
(左目盛)
25
18,000
16,000
20
14,000
12,000
15
10,000
10
8,000
6,000
5
4,000
2,000
0
0
-2,000
-4,000
▲5
90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 (年)
(注)TEU は、20 フィート×8フィート×8フィートの容量をもつコンテナ換算。
(資料)Census and Statistics Department, Hong Kong Shipping Statistics, October – December 2001, p.20、
台湾交通部『主要国家交通統計比較』各年版により作成。
しかし、他国・地域の港湾と比較した場合、98 年にシンガポールに世界第1位の座を奪
われたのを除けば、返還後も香港は世界一のコンテナ取扱量を保っている(図表 8)
。
5
コンテナ取扱量が減少したその他の理由としては、香港に隣接する深センの港湾整備の進展があるが、この
点については第3章で詳述する。
8
図表 8 主要港のコンテナ取扱量の推移
(単位:千 TEU)
1998 年
1 香港
13,460 香港
14,567 シンガポール
15,136
シンガポール
シンガポール
香港
2
12,944
14,135
14,582
3 高雄
5,063 高雄
5,693 高雄
6,271
順位
1999 年
2000 年
2001 年
順位
1
2
3
1996 年
香港
シンガポール
高雄
1997 年
16,211 香港
15,945 シンガポール
6,985 釜山
18,098 香港
17,087 シンガポール
7,540 釜山
17,826
15,571
7,800
(注)TEU は、20 フィート×8フィート×8フィートの容量をもつコンテナ換算。
(資料)Census and Statistics Department, Hong Kong Shipping Statistics, October – December 2001, p.20、
台湾交通部『主要国家交通統計比較』各年版により作成。
(2)金融センターとしての地位
香港の金融センターとしての地位は、世界全体でみた場合には、返還前に比べて若干低
下しているものの、依然としてアジアにおける主要な金融センターとしての地位を維持し
ている。
①外為市場
外為市場の1営業日あたりの平均出来高をみた場合、香港は 95 年4月時点の世界第5
位から 01 年4月の第7位に下落しているものの、アジアにおいては依然、日本、シンガ
ポールに次ぐ第3位を維持している(図表 9)
。外国為替・金利デリバティブについても、
世界全体でみた場合には、香港は順位を下げているものの、アジアにおいては、日本、シ
ンガポールに次ぐ市場規模を保っている(図表 10)
。
図表 9 外国為替市場のネットの1日当たり平均出来高
(単位:10 億米ドル)
順位 国・地域名
95年4月
国・地域名
98年4月
国・地域名
01年4月
1 英国
464 英国
637 英国
504
2 米国
244 米国
351 米国
254
3 日本
161 シンガポール
139 日本
147
4 シンガポール
105 日本
136 シンガポール
101
94 ドイツ
88
5 香港
90 ドイツ
6 スイス
86 スイス
82 スイス
71
7 ドイツ
76 香港
79 香港
67
8 フランス
58 フランス
72 オーストラリア
52
9 オーストラリア
40 オーストラリア
47 フランス
48
10 デンマーク
31 オランダ
41 カナダ
42
(資料)BIS, Triennial Central Bank Survey of Foreign Exchange and Derivatives Market Activity 2001 Final Results, March 18, 2002, p.74 により作成。
9
図表 10 デリバティブの1日当たり平均出来高
①外国為替デリバティブ
(単位:10 億米ドル)
順位 国・地域名
1 英国
2 米国
3 日本
4 シンガポール
5 香港
6 ドイツ
7 スイス
8 フランス
9 オーストラリア
10 デンマーク
95年4月
301
137
112
63
56
45
45
37
23
23
国・地域名
英国
米国
日本
シンガポール
フランス
ドイツ
スイス
香港
オーストラリア
オランダ
98年4月
468
235
89
85
58
58
57
49
29
27
国・地域名
英国
米国
日本
シンガポール
ドイツ
スイス
香港
フランス
オーストラリア
カナダ
01年4月
390
169
116
69
65
53
49
41
41
33
②金利デリバティブ
順位 国・地域名
95年4月
国・地域名
98年4月
国・地域名
01年4月
1 日本
477 英国
123 英国
238
2 英国
296 米国
58 米国
116
3 米国
222 フランス
41 ドイツ
94
4 フランス
109 日本
32 フランス
65
47 ドイツ
29 オランダ
24
5 ドイツ
6 シンガポール
40 カナダ
6 イタリア
24
7 オーストラリア
37 スイス
6 スペイン
20
5 日本
16
8 香港
18 シンガポール
9 カナダ
15 ベルギー
5 ベルギー
14
10 ベルギー
10 デンマーク
4 カナダ
10
11 スイス
7 イタリア
4 オーストラリア
10
12 デンマーク
4 スウェーデン
4 スイス
10
13
4 アイルランド
6
オランダ
14
3 デンマーク
6
オーストリア
15
3 ルクセンブルグ
4
スペイン
16
3 オーストリア
4
オーストラリア
17
3 スウェーデン
3
ノルウェー
3
18
2 シンガポール
香港
19
2 ノルウェー
3
フィンランド
20
2 香港
3
ルクセンブルグ
(資料)BIS, Triennial Central Bank Survey of Foreign Exchange and Derivatives Market Activity 2001 Final Results, March 18, 2002, p.p.116-119 により作成。
②株式市場・債券市場
株式市場の時価総額をみると、香港は 96 年以降一貫して世界第6位、アジア第2位を
維持している(図表 11)
。香港の債券市場の規模(発行残高)は、01 年末時点で 630 億米
ドルと、シンガポール(220 億米ドル)の約3倍であり、アジアでは日本に次ぎ第2位の
10
規模を誇っている6。
図表 11 株式市場時価総額
(単位:10 億米ドル、位)
96年末
97年末
順
順
金額
金額
位
位
98年末
順
金額
位
ニューヨーク
7,300 1 8,880 1 10,272
東京
2,986 2 2,085 2 2,440
ロンドン
1,733 3 2,068 3 2,298
Euronext
584 5 674 5
985
ドイツ
636 4 825 4 1,094
香港
450 6
413 6
344
上海
66 12 111 8
128
台湾
274 8 286 7
260
韓国
142 10
42 12
115
深セン
53 13 100 10
107
クアラルンプール 325 7
93 11
96
シンガポール
150 9 104 9
95
タイ
99 11
23 13
34
99年末
順
金額
位
1 11,441
2 4,455
3 2,955
5 1,503
4 1,432
6
608
8
176
7
376
9
306
10
144
11
140
12
193
13
57
00年末
順
金額
位
1 11,442
2 3,157
3 2,577
4 1,447
5 1,270
6
623
10
325
7
248
8
148
11
256
12
113
9
153
13
29
01年末
順
金額
位
1 11,027
2 2,265
3 2,150
4 1,844
5 1,072
6
506
7
333
9
293
11
194
8
192
12
119
10
116
13
36
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
(資料)臺灣証券交易所『國際主要股市月報』2002 年4月号により作成。
③国際バンキングセンター(International Banking Centre)機能
香港は依然として世界の大手銀行の集積地としての地位を保っている。香港に進出して
いる世界 100 大銀行の数は、96 年末の 81 行から 01 年末の 76 行に減少しているものの、
大幅には減少していない(図表 12)
。これは、世界の主要銀行が依然、香港をアジアにお
ける重要なバンキングセンターだとみなしていることの証であるといえよう。
図表 12 香港に進出している世界 100 大銀行の数の推移
(単位:行)
世界順位
96 年末
97 年末
98 年末
99 年末
00 年末
01 年末
1-20
19
19
19
20
20
20
21-50
26
26
25
25
26
24
51-100
36
36
35
33
33
32
合計
81
81
79
78
79
76
(注)免許銀行、限定免許銀行、預金受け入れ会社、駐在員事務所の形で香港に進出している外銀の数。香港
地場銀行は除く。
(資料)Hong Kong Monetary Authority, Annual Report 各年版により作成。
International Monetary Fund, People’s Republic of China ----Hong Kong Special Administrative Region:
Selected Issues, May 2002, p.66。
6
11
(3)地域統括拠点数の増加
香港は、アジア太平洋地域のビジネス、なかでも対中ビジネスの統括拠点として外国企
業から利用されてきたが、返還後もその数が増加している。
外国企業の「地域統括拠点(親会社の指示を頻繁に受けることなく、所管地域内のその
他の事務所・関連会社の業務・オペレーションを管轄できる権限が与えられている事務所)
」
の数は、96 年6月の 816 から 01 年6月の 944 に増加している(図表 13)
。これは主とし
て、日本・米国企業の増加によるものである(それぞれ同期間中に 38 社、33 社増加)
。ま
た、親会社の指示の下、所管地域内の事務所の業務・オペレーションを調整・管理してい
る「地域事務所」の数も同期間中に 1,491 から 2,293 に増加した。これも、主として日本・
米国企業の増加によるものである(それぞれ同期間中に 195 社、194 社増加)7。
これらの地域統括拠点・地域事務所の多くは、中国大陸を管轄しており、地域統括拠点
の 82.8%、地域事務所の 78.3%が中国大陸をカバーしている(図表 14)
。つまり、香港は
対中ビジネスの統括拠点としての機能をもっているのである8。
地域統括拠点・地域事務所の業務内容をみてみると、香港が貿易、金融センターである
ことを反映し、卸売・小売・貿易関連サービス、金融サービス、ビジネス・専門サービス
(会計士・弁護士など)が多い(図表 15)
。
図表 13 外国企業の在香港地域統括拠点・地域事務所の設立数の推移
(単位:社)
年
1996 年
1997 年
1998 年
1999 年
2000 年
2001 年
地域統括拠点
816
903
819
840
855
944
地域事務所
1,491
1,611
1,630
1,650
2,146
2,293
(注)
「地域統括拠点」は所管地域内のその他事務所・関連会社の業務・オペレーションをコントロール、管理
している事務所で、経常的に香港外の親会社の指示を受ける必要がない事務所を指す。他方、
「地域事務
所」は、香港およびその他の都市の事務所の業務・オペレーションを調整・管理している事務所だが、
経常的に香港外の親会社あるいは地域統括拠点の指示を受ける必要がある事務所を指す。調査時点は、
各年とも6月1日時点。
(資料)InvestHK ホームページ(www.investHK.gov.hk)により作成。
なお、中国企業については、96 年6月から 01 年の間に地域統括拠点数は 15 社減少している。中国企業の地
域事務所数も 44 社の増加にとどまっている。
8 ただし、この調査では、中国のどの地域までカバーしているかについては不明である。
7
12
図表 14 地域統括拠点・地域事務所の管轄地域(01 年6月)
(単位:社、%)
管轄地域
中国大陸
台湾
シンガポール
韓国
タイ
マレーシア
フィリピン
日本
インドネシア
オーストラリア
インド
その他
地域統括拠点
社数
シェア
782
82.8
486
51.5
392
41.5
356
37.7
329
34.9
312
33.1
311
32.9
298
31.6
276
29.2
220
23.3
216
22.9
135
14.3
地域事務所
社数
シェア
1,795
78.3
952
41.5
685
29.9
601
26.2
542
23.6
515
22.5
545
23.8
606
26.4
439
19.1
356
15.5
277
12.1
305
13.3
(注)シェアは、地域統括拠点、地域事務所の総数に占めるシェア。複数回答。
(資料)
Census and Statistics Department, Report on 2001 Annual Survey of Regional Offices Representing
Overseas Companies in Hong Kong, November 2001, p.29, p.35 により作成。
図表 15 地域統括拠点・地域事務所の業務内容(01 年6月)
(単位:社、%)
地域統括拠点
社
シェア
375
39.7
94
10.0
81
8.6
63
6.7
61
6.5
44
4.7
40
4.2
21
2.2
18
1.9
16
1.7
3
0.3
285
30.2
業務内容
卸売・小売・貿易関連サービス
金融サービス
ビジネス・専門サービス
製造業(電子)
運輸・同関連サービス
建設・建築・測量・エンジニア
IT
通信業
旅行・娯楽・飲食・ホテル業
マスコミ・マルチメディア
製造業(バイオ)
その他
地域事務所
社
シェア
1,061
46.3
224
9.8
235
10.2
87
3.8
125
5.5
89
3.9
80
3.5
34
1.5
40
1.7
25
1.1
7
0.3
479
20.9
(注)シェアは、地域統括拠点、地域事務所の総数に占めるシェア(それぞれ 944 社、2,293 社)
。複数回答。
(資料)
Census and Statistics Department, Report on 2001 Annual Survey of Regional Offices Representing
Overseas Companies in Hong Kong, November 2001, p.27, p.33 により作成。
2.貿易・国際金融センターの地位が保たれた理由
(1)返還後も維持された良好な投資環境
このように、香港は貿易・金融センターとしての地位を返還後も維持してきた。その理
由の一つは、返還前同様、投資環境が良好なまま保たれてきたからである。
図表 16 は、香港の投資環境に対する外資系企業の評価をまとめたものである(01 年6
月時点、香港政府統計処調査)
。これによると、
「簡素な税制・低税率」
、報道・出版・言論
の自由に裏打ちされた「自由な情報の流通」
、
「通信・運輸等のインフラ」
、
「資本取引の自
13
由」
、
「自由貿易港としての地位(原則非関税)
」
、
「地理的位置」
、
「清廉な政府」
、
「金融サー
ビスの利便性の高さ」
、
「ビジネス・専門サービスの利便性の高さ」
、
「政治・治安の安定」
、
「法治・司法の独立」の面で、過半数の外国企業が「良好」であると判断している。
図表 16 香港の投資環境に対する外資系企業の評価(01 年6月)
(単位:%)
評価事項
重要度 よい 中立 よくない 無意見
簡素な税制・低税率(Low and simple tax system)
75.8 17.3
0.9
6.0
1
自由な情報の流通(Free flow of information)
72.9 20.6
0.5
6.0
2
政治・治安の安定(Political stability and security)
54.2 36.4
3.6
5.9
3
清廉な政府(Corruption free government)
4
65.6 27.0
1.3
6.0
通信・運輸等のインフラ
5
71.5 21.4
1.4
5.7
(Communication, transport and other infrastructure)
法治・司法の独立
6
52.0 38.4
3.5
6.1
(Rule of law and independent judiciary)
企業に配慮した経済政策(Business-friendly
7
42.9 46.1
4.9
6.0
government economic policy)
資本取引の自由(Absence of exchange controls)
71.9 20.9
1.0
6.2
8
自由貿易港としての地位(Free port status)
69.6 22.8
1.3
6.3
9
公平な競争環境(Level playing field)
10 47.2 42.7
3.7
6.3
ビジネス・専門サービスの利便性の高さ(Availability of
11 54.5 35.0
4.6
5.9
business and professional support services)
英語のレベル(Level of English)
10.2
5.6
12 33.8 50.3
地理的位置(Geographical location)
1.6
5.8
13 65.7 27.0
スタッフの賃金、必要な人材の確保のしやすさ
14 16.7 43.8
33.8
5.7
(Cost and availability of staff)
効率が高く、官僚的でない政府サービス(Effective and
15 35.9 51.3
6.7
6.1
efficient civil service with minimal red tape)
知的財産権の保護
16 29.0 52.3
12.4
6.3
(Protection of intellectual property rights)
IT 関連サービスの利便性の高さ
17 45.7 43.3
5.1
5.9
(Availability of IT support)
金融サービスの利便性の高さ
18 64.2 27.0
2.8
6.0
(Availability of financial services)
環境保全のレベル(Environmental quality)
19 15.0 49.7
29.1
6.2
外 国 人 が 適 用 し や す い 文 化 ・ 環 境 (Easy cultural
20 43.0 47.2
3.4
6.3
acclimatization for expatriate staff)
居住コスト、住宅の確保のしやすさ(Cost and Availability
21
9.4 35.6
49.1
5.9
of residential accommodation)
中国語のレベル(Level of Putonghua)
20.1
5.9
22 18.2 55.8
(注)回答企業は、外資系企業の地域統括拠点、地域事務所、香港のみを管轄する事務所。
(資料)
Census and Statistics Department, Report on 2001 Annual Survey of Regional Offices Representing
Overseas Companies in Hong Kong, p.p.40-41 により作成。
なお、
「よくない」との回答率が「良好」とのそれを大きく上回っているのは、
「スタッ
フの賃金、必要な人材の確保のしやすさ」
、
「居住コスト、住宅の確保のしやすさ」であり、
コスト面、人材面では外国企業の評価は高くない。
14
(2)後背地・中国の高成長
香港が貿易・国際金融センターとしての地位を返還後も維持できたもう一つの理由は、
後背地である中国の高成長である。
例えば、中国の貿易の急速な拡大が、隣接する香港の貿易拡大に貢献している。中国の
貿易総額は、97 年以降も高い伸びを記録している。97∼01 年の年平均成長率は、92∼96
年の 13.5%よりも若干低下したものの、12.0%と二桁の伸びを維持している9。それに伴っ
て、香港の貿易総額に占める対中貿易のシェアも増加している(96 年時点の 35.8%から
01 年には同 40.3%に増加、図表 17)
。
図表 17 香港の貿易額に占める対中貿易額のシェアの変化
(単位:%)
年
輸入額
輸出総額
貿易総額
地場輸出額
1996
1997
1998
1999
2000
2001
再輸出額
37.1
37.7
40.6
43.6
43.1
43.5
34.3
29.0
35.2
35.8
34.9
30.2
35.7
36.3
34.4
29.8
35.1
37.6
33.3
29.6
33.9
38.6
34.5
29.9
35.1
38.9
36.9
32.3
37.4
40.3
(資料)Census and Statistics Department, Hong Kong Annual Digest of Statistics,2001 などにより作成。
また、地域統括拠点、地域事務所の増加は、上述のように、これらの拠点・事務所の約
8割が中国を所管していることから判断して、WTO加盟(01 年 12 月)による中国市場
の開放を見込んだものであると推察される。
金融センターの地位維持に対しても、中国経済の高成長が好影響を与えている。好影響
は、とくに株式市場で顕著である。
香港株式市場に上場している中国系企業には2種類ある。一つは、中国で設立登記され
ている中国企業(通称H株)
、もう一つは、香港で設立登記されている中国資本の企業(通
称レッドチップ)である。
02 年6月4日現在、H株関連銘柄は 50 社、レッドチップ関連銘柄は 68 社に上る10。う
ち、97 年7月以降の上場銘柄がそれぞれ、18 社、15 社となっており、アジア通貨危機や
01 年の世界経済の減速という悪材料のなかでも上場銘柄数が増加している。
H株の時価総額は 1213 億香港ドル、
レッドチップ銘柄は 8791 億香港ドルに達している
(02 年6月4日現在)
。
これは、香港株式市場全体の時価総額全体のそれぞれ 3.0%、21.9%
に相当する。ここから、中国系企業の上場が市場規模の拡大に貢献していることがわかる11。
9
中国対外貿易経済合作部ホームページ。
メインボードのみ。
「中国株速報」
(www.stock.serchina.ne.jp)による。
11 なお、95 年末時点のH株、レッドチップの時価総額は、香港株式市場全体のそれぞれ 0.7%、4.7%を占める
10
15
とりわけ、中国移動(97 年 10 月上場)
、中国聯通(00 年6月上場)
、中国海洋石油(01
年2月上場)といった大型レッドチップ銘柄の上場が市場規模の拡大に貢献している。な
お、これらの銘柄は現在、香港の代表的な株価指数であるハンセン指数の構成銘柄に指定
されている。
以上のように、中国経済の発展が香港の貿易・金融センター、対中ビジネスの統括拠点
としての地位の維持に貢献してきたといえる。
にとどまっていた(朱炎『1997 年 変わる香港経済 変わらない香港経済』東洋経済新報社、1997 年、174 頁)
。
16
Ⅲ.貿易センター機能の中国への分散
これまでみてきたように、アジア通貨危機や 01 年の世界経済の減速という二つのショ
ックを受けたものの、返還後も、香港はアジアにおける貿易・金融センター、対中ビジネ
スの統括拠点としての地位を概ね維持してきたといえる。香港がこれらの地位を維持でき
た理由の一つが中国経済の高成長にあることは、上記のとおりである。
しかし、その一方で、中国経済の高成長や開放政策の進展、投資環境の整備は、香港経
済に試練をももたらしている。具体的には、貿易センターとしての機能が香港から中国に
分散する傾向がみられるようになっているのである。
1.
「オフショア貿易」の増加
返還からの5年間に、在香港企業の貿易貨物の輸送方式が大きく変化している。その変
化とは、香港で通関を行ない、第三国に仕向ける「再輸出」中心からの輸送方式から、香
港で通関を行なわない「オフショア貿易」中心への輸送方式の変化である。
(1)
「オフショア」貿易の定義
「オフショア貿易(Offshore Trade)
」とは、香港で通関をしない輸送方式を指す(図表
18)
。「オフショア貿易」は、さらに二つに分類される。一つは、
「トランスシップメント
(Transshipment via Hong Kong)
」である。これは、香港では通関せずに、貨物の積み
替えだけを行なう輸送形態を指す。もう一つは、
「直接輸送(Direct Shipments)
」である。
これは、香港では通関も積み替えも行なわず、香港以外の生産地・調達先から直接第三国・
地域に輸送する方式である。
図表 18 輸送方式の整理
貿易形態
香港での通関
香港での積替
○
○
トランスシップメント
×
○
直接輸送
×
×
(資料)Hong Kong Trade Development Council, Hong Kong’s Trade and Trade Supporting Services: New
Developments and Prospects, January 2002 により作成。
再輸出
オフショア貿易
(2)増加するオフショア貿易
この分類に照らして、在香港企業の貿易貨物の輸送方式がどのように変化したかをみて
みると、輸出総額(地場輸出と再輸出の合計)に対するオフショア貿易の比率が拡大傾向
にあり、00 年ではオフショア貿易額が輸出総額を上回るようになっている(図表 19)
。
17
図表 19 貿易品の輸送形態の変化
(単位:百万香港ドル、%)
輸送形態
輸出総額(A)
・地場輸出
・再輸出
オフショア貿易(B)
B/A
1994 年
1997 年
2000 年
金額
伸び率 金額
伸び率 金額
伸び率
1,170
15.0
1,456
7.6
1,573
2.6
222
211
181
▲1.6
▲1.7
▲5.0
948
20.9
1,245
9.5
1,392
3.8
655
34.4
1,052
17.1
1,425
10.6
69.1
84.5
102.4
(注)1.オフショア貿易額は、在香港企業を対象に実施したアンケート調査をもとに、香港貿易発展局が香
港全体のオフショア貿易額を推計した値。
2.地場輸出とは、香港の天然資源、あるいは、香港における製造プロセスを通じて、その基本材料の
形状、性質、用途を永久的に変更した製品を指す。
3.再輸出とは、第三国・地域から香港に輸入した製品の形状、性質、用途を永久的に変更するような
製造プロセスを香港では行なわずに、輸出する製品を指す。
4.
「オフショア貿易」は、トランスシップメントと直接輸送の合計(香港で通関を行なわない輸送形態)
の合計。
5.
「伸び率」は、それぞれ 91∼94 年、94∼97 年、97∼00 年の年平均伸び率。
(資料)Hong Kong Trade Development Council, Hong Kong’s Trade and Trade Supporting Services: New
Developments and Prospects, January 2002, p.12 により作成。
また、香港貿易発展局の調査では、香港企業の 44.1%が 98∼00 年の間に、輸送方式を
香港からの再輸出ではなく、香港でのトランスシップメント、あるいは、製造先・調達先
から輸出先への直接輸送に切り替えたと回答している12。
実際、香港のコンテナ取扱量に占める輸出入貨物、トランスシップメント貨物のシェア
をみても、返還後、トランスシップメント貨物のシェアが拡大傾向にある(図表 20)
。
図表 20 香港のコンテナ取扱量全体に占めるトランスシップメントのシェア
(単位:%)
年
98
99
00
01
全体
100.0
100.0
100.0
100.0
卸荷
輸入
トランスシップメント
全体
積荷
輸出
トランスシップメント
67.0
60.6
55.0
52.2
33.0
100.0
65.5
34.5
39.4
100.0
62.8
37.2
45.0
100.0
61.0
39.0
47.8
100.0
56.4
43.6
(資料)Census and Statistics Department, Hong Kong Shipping Statistics, October - December 2001 によ
り作成。
(3)
「直接輸送」の急増
しかし、より顕著なのは、香港をまったく経由しない「直接輸送」の急増である。
香港貿易発展局が、在香港企業が中国で製造・仕入れた製品を第三国・地域に輸送する
際の輸送方式を調べたところ、中国から第三国・地域への「直接輸送」を行なっている企
12
Hong Kong Trade Development Council, Hong Kong’s Trade and Trade Supporting Services: New
Developments and Prospects, January 2002, p.9.
18
業のシェアは、94 年の 10.3%から 00 年には 23.5%に増加している(図表 21)
。
「香港で
のトランスシップメント」のシェアは、94 年の 11.7%から 00 年の 9.4%へと微減、
「香港
での再輸出」のシェアは、同期間中に 78.0%から 67.1%へと大幅に減少している。
また、香港企業が中国以外の第三国・地域で製造・仕入れた製品を輸送する際の方式に
ついても、直接輸送のシェア拡大、香港でのトランスシップメントのシェア微減、香港で
の再輸出のシェア大幅減という傾向が看取されている(図表 22)
。
図表 21 在香港企業による中国製品の輸送方式の変化
94 年
97 年
00 年
再輸出
78.0
71.8
67.1
香港経由のトランスシップメント
11.7
12.4
9.4
(単位:%)
中国から第三国・地域への直接輸送
10.3
15.8
23.5
(注)アンケート対象企業は 3,337 社の在香港企業。
(資料)Hong Kong Trade Development Council, Hong Kong’s Trade and Trade Supporting Services: New
Developments and Prospects, January 2002, p.8 により作成。
図表 22 在香港企業による第三国・地域製品(中国製品を除く)の輸送方式の変化
94 年
97 年
00 年
再輸出
45.8
40.4
35.0
香港経由のトランスシップメント
11.6
7.7
6.4
(単位:%)
第三国・地域への直接輸送
42.6
51.9
58.7
(注)アンケート対象企業は 3,337 社の在香港企業。
(資料)Hong Kong Trade Development Council, Hong Kong’s Trade and Trade Supporting Services: New
Developments and Prospects, January 2002, p.10 により作成。
2.輸送方式の変化の理由
(1)広東省の港湾整備の進展
香港企業が再輸出からオフショア貿易に輸送方式を切り替えている理由は、トランスシ
ップメントと直接貿易とで異なる。
再輸出からトランスシップメントへの切り替えが進んでいる理由は、香港の製造業の中
国進出がさらに進んだことにより、香港で一旦通関し、簡単な加工を行なう必要性がます
ます薄れているためである。
直接輸送の急増の主因は、深センの港湾整備の進展である(図表 23)
。深センの主力港
である塩田港では、現在までに第1期・第2期工事が終わっており、年間コンテナ処理能
力は 300 万 TEU に拡大されている(図表 24)
。また、24 時間 365 日のコンテナ処理が可
能である。定期路線も 02 年1月現在、44 本開設されている13。
13
塩田国際集装箱碼頭有限公司資料。
19
図表 23 香港周辺の港湾
(資料)Hong Kong Container Terminal Operators Association Ltd.資料。
図表 24 塩田港の港湾整備状況
面積
コンテナバース
バース延長
停泊地水深
航路水深
埠頭クレーン
ガントリークレーン
コンテナ収容能力
年間コンテナ処理能力
第1期・第2期
118ha
5
2,350m
14∼15m
14m
18 基
62 基
88,800TEU
3,000,000TEU
第3期
90ha
4
1,400m
16m
16m
18 基
48 基
63,000TEU
2,000,000TEU
合計
208ha
9
3,750m
14∼16m
16m
36 基
110 基
151,800TEU
5,000,000TEU
(注)第1期工事は 94 年4月、第2期工事は 99 年 11 月に完了している。第3期工事は、01 年 11 月 26 日に
Hutchison Port Holdings と深セン塩田国際集装箱碼頭(塩田国際)が合弁会社を結成し、着工された。
03 年には一部利用可能となり、工事の完了は 06 年半ばの予定。コンテナバースは5万トン級。
(資料)塩田国際集装箱碼頭有限公司資料により作成。
(2)香港の優位性の相対的な低下
在香港企業に対する香港貿易発展局のアンケート調査では、香港からの再輸出からオフ
ショア貿易に切り替えた、より具体的な理由として、①輸送コストの削減(68.1%)
、②顧
客の要求(49.6%)、③中国大陸における運送関連サービスが利用しやすくなったこと
(24.7%)があげられている。
①輸送コストの削減
香港政府経済局の調査では、東莞から 40 フィートのコンテナを米国に輸送する際、深
セン経由の方が香港経由よりも輸送コストが 139 米ドル安くなる(01 年時点)との結果
20
が出ている14。
この輸送コストのなかには、コンテナターミナルまでの陸上輸送費、税関申告費用、船
荷証券手続費用、船賃、燃料調整費、ターミナルハンドリングチャージなどが含まれてい
るが、なかでもターミナルハンドリングチャージの格差が大きい。20 フィートコンテナの
場合、香港の方が深センよりも 133 米ドル高く、40 フィートコンテナの場合、97 米ドル
高い(図表 25)
。また、コンテナターミナルまでの陸上輸送費についても、東莞−深セン
間よりも東莞−香港間の方が割高だといわれている15。
図表 25 ターミナルハンドリングチャージの比較(香港・深セン)
(単位:米ドル、%)
単位
20ft コンテナ
40ft コンテナ
香港
274 (100.0)
366 (100.0)
深セン
141 ( 51.5)
269 ( 73.5)
(注)2002 年5月末時点。米ドル換算。
()内は、香港を 100 とした場合の深センの価格。香港は、Transpacific
Stabilization Agreement に基づく価格。深センは北米路線の価格。
(資料)The Hong Kong Shippers’ Council 資料、World Eagle Logistics Co.,Ltd 資料により作成。
②顧客の要求
香港貿易発展局の調査によると、ウォルマート、トイザラスなどの海外の玩具バイヤー
が塩田港や他の中国大陸の港湾からの直接輸送を在香港企業に要求していることが明らか
になっている16。そのため、同調査では、玩具関連の在香港企業の 76.6%が、再輸出から
オフショア貿易への変更の理由として「海外バイヤーからの要求」をあげている(なお、
全産業を対象とした場合の同回答率は 49.6%)
。
③中国大陸における輸送関連サービスの発展
香港貿易発展局の調査によると、在香港企業が中国で生産した製品をオフショア貿易の
形で第三国・地域に輸出する際、76.9%の企業が中国内の業者(中国内の外資系企業も含
む)のフォワーダーサービスを受けていると回答している(01 年 1-3 月期時点、図表 26)
。
他方、香港内の業者を利用している企業は、全体の 19.7%と少ない。また、54.2%の企業
が中国で検査・証明関連サービスを受けている。貿易金融、貿易保険、仲裁については、
主として香港内の企業が提供するサービスを利用しているものの、物流サービスや検査・
証明関連サービスについては、すでに中国でサービスを受けやすい状況にあることが、こ
の調査からわかる。
Legislative Council, LC Paper No. CB(1)596/01-02, 26 November 2001, p.5。
例えば、20 フィートコンテナの場合、約 210 米ドルの格差があるとの調査がある(Pondroad 社調べ)
。ま
た、香港港湾・航運局も数字はあげていないものの、工場からコンテナターミナルまでの陸上輸送費の面で、
香港は深センに対し競争力が弱いと認めている(Hong Kong Port and Maritime Board, Hong Kong Port
Cargo Forecasts 2000/2001 Executive Summary, 2000, p.p.5-6)。
16 Hong Kong Trade Development Council, Hong Kong’s Trade and Trade Supporting Services: New
Developments and Prospects, January 2001, p.9。
14
15
21
図表 26 中国製品のオフショア貿易時の関連サービス利用地点
(単位:%)
サービスの内容
フォワーダー
貿易金融
貿易保険
検査・証明
仲裁
香港
19.7
84.1
68.3
40.7
59.8
中国大陸
76.9
14.8
28.7
54.2
36.6
香港+中国大陸
3.4
1.1
2.9
5.1
3.6
(注)アンケート対象企業は 3,337 社の在香港企業。
(資料)Hong Kong Trade Development Council, Hong Kong’s Trade and Trade Supporting Services: New
Developments and Prospects, January 2002, p.14 により作成。
(3)深セン港のコンテナ取扱量の急増
これらの傾向を反映し、近年、香港に近接する深セン港のコンテナ取扱量の伸び率が香
港を大幅に上回っており(図表 27)
、塩田港を主体とする深セン港のコンテナ取扱量は世
界第8位にまで拡大している。
図表 27 香港・深セン港のコンテナ取扱量の推移
(単位:万 TEU、%)
年
96
97
98
99
00
01
香港
取扱量
1,346
1,457
1,458
1,621
1,810
1,783
深セン港
伸び率
取扱量
伸び率
うち塩田港
取扱量
伸び率
7.3
8.2
0.1
11.2
11.6
▲ 1.5
59
126.9
35
218.2
115
94.9
64
82.9
195
69.6
104
62.5
298
52.8
159
52.9
399
33.9
215
35.2
508
27.3
275
27.9
(資料)Census and Statistics Department, Hong Kong Shipping Statistics, October - December 2001、塩
田国際集装箱碼有限公司資料などにより作成。
3.貿易センターとしての地位の展望
(1)短期
WTO加盟が後押しする形で、中国の貿易は引き続き高い伸びを示すと予想される。ゴ
ールドマン・サックスの試算(99 年 11 月発表)では、中国の輸出入額は 05 年には約 6000
億ドルに達し、99∼05 年の間に年平均 8.9%のペースで拡大するとの結果が出ている。そ
れが中国に隣接する香港にとって、貿易拡大のエンジンになると考えられる。
また、短期的にみた場合には、中国と第三国・地域の貿易をつなぐハブとしての香港の
役割が大幅に低下するとは考えられない。
第一に、広東省の港湾のコンテナ取扱量が処理能力の上限に近づいており、急速にコン
テナ取扱量を増加させることが難しいためである。例えば、01 年の塩田港のコンテナ取扱
量は 275 万TEUと、処理能力(300 万TEU/年)の 91.7%に達している。塩田港の第
三期の工事(完成後の処理能力は 200 万TEU)はすでに始まっているが、一部が使用可
能になるのが 03 年、工事が完了するのは 06 年のことである。なお、第 10 次五か年計画
22
期間(01∼05 年)における深センのコンテナ取扱施設の整備計画は図表 28 のとおりであ
る。
図表 28 深セン港のコンテナ取扱施設の整備計画(01∼05 年)
(単位:万TEU)
計画
蛇口第 17・18 バース
蛇口第 19∼22 バース
赤湾第 12・13 バース
塩田中第 10∼13 バース
合計
コンテナ処理能力
30
60
60
160
310
(資料)大勇「中国内地“十五”期間集装箱港口発展及規画初探」
(Hong Kong Shipper’s Council, Shipper’s
Today, Vol. 24#3, May/June 2001)により作成。
第二に、珠江沿いの港湾(赤湾などの深セン西部の港湾、広州港)の場合、水深が浅く、
大型のコンテナ船が入りにくいという制約がある。そのため、浚渫が必要とされている。
浚渫が完了するのは、深セン西部の港湾では 04 年(13.5m)
、広州港では 05 年(13m)
の予定である17。
第三に、香港は、広東省の港湾と比べて、ターミナルハンドリングチャージや陸上輸送
コスト面での競争力は弱いが、コンテナ処理速度、路線数・便数の多さの面で競争力を保
っている。例えば、ITを活用したコンテナターミナル運営会社・海運会社間の各種手続
き情報の共有、貨物取扱の迅速化(EDIの導入、ワン・ストップ・ポータルサイトの整
備、コンテナターミナル運営の自動化の推進)などの面で、香港は優位性をもっている18。
また、香港の場合、少なくとも 277 の世界の港湾との間で路線が結ばれている19。
(2)中長期
ただし、中長期的にみた場合には、香港から中国への貨物取扱の分散傾向が強まるもの
と考えられる。
第一に、近接する広東省の港湾整備が進むためである。第二に、WTO加盟後、中国の
輸送・物流関連サービスの対外開放が進み、同分野におけるサービスの質のさらなる向上
が見込まれるためである。第三に、中国への製造業の移転がさらに進むことで、製造・包
装といったプロセスを香港で行なう企業がますます減少することが予想されるからである。
在香港企業に対するアンケート調査(01 年1∼3月期時点)でも、香港から中国への貨
物取扱の分散が進むとの結果が出ている。今後、香港の再輸出が増加すると予測している
企業は全体の 18.5%にとどまっているのに対して、減少すると予測している企業は同
17 大勇「中国内地“十五”期間集装箱港口発展及規画初探」
(Hong Kong Shipper’s Council, Shipper’s Today,
Vol. 24#3, May/June 2001)
。
18 Hong Kong Container Terminal Operators Association Limited 資料。
19 02 年6月8日∼8月7日までに香港から出港する予定になっている貨物船の停泊地の合計数(SchedNet の
データベースによる)
。
23
49.1%に達している(図表 29)
。他方、香港経由のトランスシップメントや、香港を経由
しない直接輸送は増加すると予測している企業が多い。トランスシップメントが増加する
とみている企業は全体の 37.2%、直接輸送に至っては、76.7%の企業が増加するとみてい
る。
以上の理由から、香港から中国への貨物分散が進んでいくと考えられる。
図表 29 今後の輸送方式の変化に対する展望(在香港企業)
(単位:%)
輸送方式
再輸出
香港経由のトランスシップメント
直接輸送
急増
2.1
4.0
29.0
やや増加
16.4
33.2
47.7
変化なし
32.5
36.8
17.9
やや減少
37.9
20.4
3.6
激減
11.2
5.6
1.8
(注)アンケート対象企業は 3,337 社の在香港企業。
(資料)Hong Kong Trade Development Council, Hong Kong’s Trade and Trade Supporting Services: New
Developments and Prospects, January 2001, p.20 により作成。
(3)輸送・物流関連サービス機能も中国へ分散
輸送・物流関連サービスについても、香港から中国へと利用地が移っていくとみられる。
上記アンケート調査では、今後5年間のうちに、製造・包装、試作品製造といった製造プ
ロセス、原材料調達、品質管理、検査・証明など製造関連サービスだけでなく、フォワー
ダー、倉庫・在庫管理といった輸送・物流関連サービスについても、香港での業務量が減
少し(図表 30)
、中国の子会社が主たる役割を担うと答えている企業が多い(図表 31)
。
図表 30 今後5年後の香港における機能別業務量の変化
(単位:%)
機能
ビジネス交渉
マーケティング
市場調査
貿易金融・文書作成事務
保険
フォワーダー
製品開発・設計
試作品製造
原材料調達
製造・包装
品質管理
検査・証明
倉庫・在庫管理
仲裁
増加
維持
30.5
36.4
34.8
27.3
21.9
19.0
29.7
22.9
21.7
11.0
21.5
21.1
15.7
12.7
減少
54.7
48.8
50.0
62.0
66.6
48.3
44.8
44.8
43.1
51.8
47.2
51.4
49.2
68.2
14.8
14.8
15.2
10.7
11.5
32.7
25.5
32.3
35.2
37.2
31.3
27.5
35.1
19.2
(注)アンケート対象企業は 3,337 社の在香港企業。
(資料)Hong Kong Trade Development Council, Hong Kong’s Trade and Trade Supporting Services: New
Developments and Prospects, January 2002, p.20 により作成。
24
図表 31 今後5年間の在香港企業の中国大陸・香港間分業関係
(単位:%)
機能
地域統括拠点・事務所
ビジネス交渉
マーケティング
市場調査
貿易金融・文書作成事務
保険
フォワーダー
製品開発・設計
試作品製造
原材料調達
製造・包装
品質管理
検査・証明
倉庫・在庫管理
仲裁
香港
85.4
72.4
58.1
60.9
90.1
84.9
55.3
53.4
27.2
38.3
14.4
25.9
46.2
30.6
71.5
中国大陸
18.8
39.7
37.6
35.7
16.1
19.5
58.5
46.6
73.4
71.9
86.3
78.0
59.1
77.8
35.0
第三国・地域
5.0
18.5
30.5
25.1
4.4
6.9
9.0
16.2
11.0
20.2
10.8
10.5
12.0
5.9
9.6
(注)アンケート対象企業は 3,337 社の在香港企業。
(資料)Hong Kong Trade Development Council, Hong Kong’s Trade and Trade Supporting Services: New
Developments and Prospects, January 2002, p.19 により作成。
(3)香港政府の対策と展望
このように、香港から中国へと取扱貨物が分散し、香港の貿易センターとしての地位が
相対的に低下することが予想される。それを最小限にとどめるために、現在、以下の対策
が実施・検討されている。
①港湾施設の整備
第一の対策は、港湾施設の整備である。その代表が 98 年末に開始された第9コンテナ
ターミナルの建設である。同コンテナターミナルの建設により、6つのコンテナ用埠頭が
増設され、葵涌コンテナターミナルの年間コンテナ処理能力は 260 万TEU増加し、合計
1660 万TEUとなる予定である(03 年に一部操業開始の予定)20。
また、第 10 コンテナターミナルのフィージビリティ・スタディも始まっている。屯門
西、大嶼山西北、大嶼山東、青衣西南が候補地としてあげられており、香港政府は 2010
年ごろまでに完成させることを検討している21。
②中国・香港間の交通インフラの整備
第二の対策は、中国・香港間の交通インフラの整備である。具体的には、深センの平湖
の鉄道貨物ターミナルと香港の葵涌とを結ぶ「港湾鉄道線(Port Rail Line)
」の建設が検
討されている。現在、九龍広東鉄道会社が、フィージビリティ・スタディを行なっている
状況にある22。この鉄道の建設により、香港のコンテナ取扱量は 200 万TEU以上増加す
Hong Kong Container Terminal Operators Association Limited 資料。
Hong Kong Port and Maritime Board, Port Development Strategy Review 2001 Executive Summary,
September 2001, p.p.16-21。
22 Hong Kong Port and Maritime Board, Port Development Strategy Review 2001 Executive Summary,
September 2001, p.22, MVA/Maunsell, The Second Railway Development Study Executive Summary, May
2000, p.12, Transport Bureau, Railway Development Strategy 2000, May 2000, p.10。
20
21
25
ると試算されている。香港政府は、この鉄道の建設を通じて、中国内陸部と香港間の鉄道
貨物輸送を円滑化し、香港の港湾利用を促そうとしている。また、珠江デルタ東部と香港
間の道路の整備、珠江デルタ西部と香港間の高速海上輸送路線の整備などが計画されてい
る23。
③先進的な物流センターの建設
第三に、海運・空運・陸上輸送(鉄道・道路)が利用しやすく、多くの輸送・物流会社
が集積できる先進的な物流センターを建設することが検討されている(Value Added
Logistics Parks、空港、青衣、屯門に建設、04 年ごろの完成を目途)24。そのほかにも、
高度な物流サービスの提供に必要な人材の育成、通信インフラの整備などもあわせて行な
うことが検討されている。
しかし、上記のように広東省の港湾整備も進められることになっているうえ、これらの
港湾の価格競争力も強い。そのため、香港から中国へという貨物の分散傾向は、今後も続
くと考えられる。華南地域が世界有数のIT機器の輸出基地として成長していることなど
が香港の貿易量拡大に寄与するだろうが、従来と比較して、香港の貿易・輸送・物流業の
発展のスピードは緩やかなものになるだろう。
Hong Kong Port and Maritime Board, Study to Strengthen Hong Kong’s Role as the Preferred
International and Regional Transportation and Logistics Hub, 2001, p.6。
23
24
同上。
26
Ⅳ.香港の国際金融センターとしての地位の展望
以上のように、香港の貿易センターとしての地位は相対的に低下するとみられる。しか
し、国際金融センターとしての優位性は中期的にみて維持されると考えられる。
1.香港・上海の国際金融センターとしての規模比較
中国の将来の国際金融センターとなると予想されているのが上海である。また、中国政
府も上海を国際金融センターに育て上げることを目標として掲げている。そこで、今後、
上海が香港の国際金融センターとしての地位を脅かすことになるのかを検討していく。
現時点においては、上海は、①外貨管理が厳しく、資本取引の自由化が遅れている、②
金利が自由化されていない、③先物市場がないなど、金融市場が発展していないという状
況にあり、国際金融センターとして発展するうえでの重要な条件を欠いている。
実際、香港と上海の国際金融センターとしての規模を比較しても、香港の方が圧倒的に
規模が大きい(図表 32、上海のみのデータがとれない指標については中国全体の指標を利
用)
。
図表 32 香港・上海の国際金融センター規模比較
外資系金融機関数
銀行対外資産残高
香港
250 社(01 年末)
4505 億米ドル(00 年末)
銀行対外負債残高
3192 億米ドル(00 年末)
外為市場 1 営業日あたり
平均出来高(グロスベース)
株式市場時価総額
うち流通株
うちB株
名目GDP
人口
800.1 億米ドル
(01 年 4 月)
5061 億米ドル(01 年末)
−
−
1618 億米ドル(01 年)
676 万人(01 年末)
上海
69 社(01 年末)
1092 億米ドル
(00 年末、中国全体)
495 億米ドル
(00 年末、中国全体)
1.9 億米ドル
(01 年 4 月、中国全体)
3334 億米ドル(01 年末)
1013 億米ドル(01 年末)
79 億米ドル(01 年末)
599 億米ドル(01 年)
1327 万人(01 年末)
(注)香港の外資系金融機関数は、外国金融機関による免許銀行、限定免許銀行、預金受入会社の設立数。
(資料)各種資料により作成。
まず、外資系金融機関数をみてみると、香港が 250 社であるのに対して、上海は 60 社
にとどまっている。銀行の対外資産残高については、00 年末現在、香港は中国全体の 4.1
倍、対外負債残高については 6.4 倍の規模をもっている。
外為市場の1営業日あたりの平均出来高をみてみても、01 年4月時点で香港は中国全体
の約 400 倍の規模をもっている。しかも、中国の場合、外為・金利デリバティブ商品は発
展していない(香港の場合、01 年4月時点の1営業日あたりの出来高はそれぞれ 490 億
米ドル、30 億米ドル)
。
27
株式市場の時価総額については、香港は上海の 1.5 倍の規模であり、他の指標ほどの差
はない(01 年末)
。しかし、上海の場合、流通株の時価総額は市場全体の 30.4%、外国人
が取引可能なB株の時価総額は同 2.4%にすぎない。他方、香港の場合には、投資主体の
国籍による取引制限はまったくない。このように、上海株式市場の国際化は、香港に比べ
て大きく遅れているといえる。
2.中期的にみて香港の優位性はまだ続く
以上のように、現時点において、香港の国際金融センターとしての地位は、上海を大き
く上回るものであるといえる。では、今後、上海が急速に香港にキャッチアップし、香港
に比肩する国際金融センターになるのだろうか。
(1)上海がもつ好条件
①成長性の高さ
上海は国際金融センターとして発展していくうえで、経済の高成長が見込まれるという
大きな好条件を備えている。
96∼00 年の上海の実質GDP成長率は年平均で 11.3%(中国全体は 8.3%)
、01 年も
10.2%と高い成長率を記録している(中国全体は 7.3%)
。貿易額の伸び率も高く、96∼00
年の上海の年平均伸び率は 18.4%(中国全体は 13.1%)
、01 年も 11.3%となっている(中
国全体は 7.5%)
。
また、上海は、後背地として江蘇省、浙江省を抱えている。これらの2省の成長率も高
い(96∼00 年の年平均実質GDP成長率はそれぞれ 11.2%、11.0%)
。貿易額も高い伸び
を示している(同期間の貿易額の年平均伸び率はそれぞれ 21.9%、21.6%)
。
上海は今後も高い成長率を維持する可能性が高い。例えば、外国直接投資の受け入れと
いう観点からみて、上海は中国のなかでも最も好条件を備えている。
上海市、江蘇省、浙江省で構成される長江デルタ地区は、人口・経済規模が大きく、中
国のなかで所得水準が高い地域である25。そのため、WTO加盟に伴う中国市場の開放に
より、長江デルタ地区の市場を狙った外国直接投資が増加すると考えられる。また、同地
区には、大学・研究機関が多く、教育水準が高いことから、ハイテク関連の外国企業の投
資が今後増加するとみられる。実際、半導体・ノートブックパソコンに代表される台湾の
ITメーカーが長江デルタ地区に積極的に進出し、大きな産業集積を形成しつつある。
長江デルタ地区の高成長は、資金需要の高まり、貿易の拡大などにより、上海の金融サ
ービスに対する需要を速いペースで拡大させることになるだろう。
上海市・江蘇省・浙江省の人口は、00 年末現在、合計1億 3789 万人で中国全体の 10.9%を占めている。名
目GDPの規模は、00 年で 2314 億米ドルと、中国全体の 21.4%を占めており、人口のシェアを大きく上回っ
ている。
25
28
②WTO加盟による金融サービス市場の開放
また、WTO加盟による中国の金融サービス市場の開放も、上海の国際金融センターと
しての発展にプラスに働くものと考えられる。
例えば、外銀の人民元業務については、加盟後5年以内に地域制限が撤廃されることに
なっているほか、加盟後2年以内には中国企業、5年以内には中国人個人を対象とした預
金・貸出が解禁されることになっている。また、証券業、保険業についても、加盟後5年
以内に出資比率、業務内容、参入地域に対する規制が緩和される予定である26。
これらの金融サービス市場の開放は、外国金融機関の上海への進出を加速させ、競争激
化を通じて、金融サービスの質の向上を促すとみられる。これも、上海の国際金融センタ
ー化を促進する好材料だといえる。
(2)上海が抱える制約
これらの好材料はあるものの、上海が今後5年程度で香港に比肩する国際金融センター
になるのは困難だと考えられる。
①厳しい規制
第一に、中国の金融取引に関する規制が香港と比べて非常に厳しいからである。
香港の場合、資本取引規制はまったくない。しかし、中国では、資本取引に関わる外貨
の受け取り・支払、債権・債務の発生は厳格に規制されており、原則として審査許可制が
とられている27。また、株式取引についても、香港では非居住者でも自由に取引ができる
が、中国では外国人が取引可能なのは、B株に限定されている。
金利規制も厳しい。人民元建ての預金・貸出金利は、中央銀行による法定金利となって
いる28。貸出金利については、法定金利に一定のリスクプレミアムを加えることができる
ようになってきているものの、完全に自由化されているわけではない。為替レートも実質
固定化されている29。
金融サービス市場を発展させるためには、為替管理・資本取引規制の緩和、金利・為替
レートの自由化が必要である。だが、その前提として、金利や為替の急激な変動に金融機
関が堪えられるよう、金融機関の健全性の確保、金融監督管理体制の整備を行なう必要が
あるが、中国政府が抱えている課題は大きい。
銀行部門については、国有商業銀行の経営健全化が大きな課題となっている。中国の4
大国有商業銀行(中国銀行、工商銀行、建設銀行、農業銀行)の不良債権比率は 01 年末
26
九鼎国際編著『中国的承諾:中国加入WTO最新法規』九鼎国際、2002 年。
桑田良望『外資系企業に対する中国の外貨管理』2002 年版、富士総合研究所、2002 年5月、64 頁。
28 桑田良望「WTO加盟で中国の金融改革はどう進むか」
(みずほ銀行・みずほコーポレート銀行『みずほリサ
ーチ』2002 年6月号、p.7)
。
29 香港は固定相場制を採用しているが、
中国の通貨制度とは大きく異なる。香港金融管理局は、香港ドル紙幣、
および、銀行が保有する香港金融管理局への預け金に対して、1米ドル=7.8 香港ドルのレートで、米ドルの裏
づけを与えている。香港金融管理局は、銀行の求めに応じて、この固定レートで米ドルと香港ドルの交換をし
なければならない(カレンシーボードシステム)
。中国の場合は、人民元に対して外貨の裏づけが与えられてい
るわけではなく、中央銀行の介入により為替レートが固定されている状況にある。
27
29
時点で 25.36%と依然として高い30。今後、この比率を毎年2∼3%ずつ引き下げ、5年後
には 15%以下にすることが大きな経営課題とされている状況にある。国有商業銀行の自己
資本の増強も必要であり、年間 500 億元行なう必要があるといわれている31。また、国有
商業銀行の経営健全化を図る手段として、
上場株式会社化が長期的な目標とされているが、
不良債権処理・自己資本増強に加えて、業績の悪い国有企業との取引からの撤退などが必
要とされている32。
他方で、香港の銀行に対する監督管理体制はよく整備されており、銀行の健全性が保た
れている。例えば、自己資本比率は最低8%とされているが、香港金融管理局は個別の銀
行に対してそれよりも厳しい自己資本比率を要求できる権限が与えられている33。なお、
01 年の自己資本比率(香港の地場銀行全体)は 16.6%である。不良債権比率(全銀行、
対融資残高)も 4.09%と低い34。
中国の株式市場には、上場企業の財務内容の虚偽報告、インサイダー取引、証券会社に
よる違法なリターン保証の提供などの問題があり、これらを防止するための監督管理体制
の整備も求められている35。
②人材不足
上海が国際金融センターとして発展する上で、国際金融業務に通じた人材の少なさがネ
ックになる可能性があると指摘されている。
例えば、上海市の金融保険業の専門人材は 00 年時点で 15,000 人余りであるが、そのう
ち国際金融業務に通じた人材の不足はとりわけ少ないといわれている36。また、新華社に
よると、香港には 1300∼1400 名のCFA(米国 AIMR 認定証券アナリスト)がおり、今
後も年間 400∼500 名の規模で増加する見込みであるが、中国ではCFA資格取得者は 10
名にも満たない状況にあるといわれている37。このように、国際金融業務に通じた人材の
育成が課題となっている。
その他の課題としては、①法治の徹底による司法システムに対する信頼の確保、②報
道・言論の自由の確保があげられる。
30
桑田良望「WTO加盟で中国の金融改革はどう進むか」
(みずほ銀行・みずほコーポレート銀行『みずほリサ
ーチ』2002 年6月号、p.6)
。
31 桑田良望「WTO加盟と新たな中国金融体系の形成」
(財団法人国際金融情報センター『中国の金融制度改革
とその課題』2002 年3月、21∼22 頁)
。
32 同上、20∼21 頁。
33 その他にも、流動比率(流動負債に対する流動資産)を 25%超とすること、1債務者あるいはその債務者の
関連会社・個人に対する貸出を資本金の 25%以下とすること、銀行が株式投資を行なう場合、その金額を資本
金の 25%未満とすること、銀行の定期的な情報過剰義務などの監督管理制度が整備されている(International
Monetary Fund, People’s Republic of China ---- Hong Kong Special Administrative Region: Selected Issues
and Statistical Appendix, August 2001, p.33)。
34 Hong Kong Monetary Authority, Annual Report 2001, p.p.124-125。
35 柯隆「中国における証券市場の役割と国有企業改革」
(財団法人国際金融情報センター『中国の金融制度改革
とその課題』2002 年3月、39∼50 頁)
。
36 日本労働研究機構『海外労働時報』2001 年 11 月号
37 日本労働研究機構『海外労働時報』2002 年4月号。
30
(3)今後の展望
上記の課題を上海が5年程度の時間で実現し、香港と同程度の国際金融センターになる
ことは困難である。
例えば、金融関連規制の緩和の前提である国有商業銀行の経営改善は、経営状況の悪い
国有企業の切り捨て、従業員のリストラといった痛みを伴う。また、国有商業銀行の市場
経済への適応能力を高めるためには、政府が金融政策の手段である国有商業銀行への行政
命令を減らしていかなければならない。政府は、経済・社会の安定にも配慮しなければな
らないため、これらの改革を急速に進めることは容易ではないと考えられる。
また、国際金融業務に通じた人材、金融監督管理に従事する人材を短期間に育成するこ
とは難しい。
したがって、香港の国際金融センターとしての地位は、中期的にみて上海に奪われるこ
とはなく、上海は中国内における金融センターにとどまるものと考えられる。
31
Ⅴ.産業高度化の圧力の高まりと新興産業の発展可能性
香港から中国へ取扱貨物が分散し、貿易・輸送・物流業の発展のスピードが緩慢になる
と予想される。また、香港において大きなウェイトを占めている不動産業も以前ほどの急
成長を遂げることが難しくなってきている。そのため、香港では産業高度化圧力が今後さ
らに高まることが予想され、新規産業の早期立ち上げが課題とされている。
1.香港の産業構造の変化
(1)急速なサービス化
香港の産業構造は、80 年代半ば以降、急速にサービス化した。GDP全体に占める工業
のシェアは、
84 年の 32.2%をピークに急速に下降し、
00 年には 14.3%にとどまっている。
一方、サービス産業のシェアは、同期間に 67.3%から 85.6%に拡大している。
00 年時点の産業構造をより細かくみてみると、貿易関連産業(貿易業および運輸・倉庫
業)がGDP全体の 27.2%を占め、最大の産業となっている(図表 33)
。次いでシェアが
。その後
大きいのが、不動産関連産業(建設、不動産業、不動産権益38)である(24.8%)
順に、コミュニティ・社会・個人向けサービス(教育・医療・衛生・一般行政など、21.1%)
、
金融・保険・ビジネスサービス(16.7%)となっている。
(2)サービス化進展の背景
80 年代半ば以降の急速なサービス化の背景には、高成長に伴う賃金・地価の上昇、香港
ドルの実質的な切り上げ39に代表される産業構造調整圧力の高まりがあった。そのため、
香港の製造業企業は、賃金・地価が安く、改革開放の進展により投資環境が整備されはじ
めた中国、とりわけ隣接する広東省に生産拠点を移転するようになった。香港と中国間の
コスト格差は大きく、香港から中国への生産拠点の移転がその後も続いた。
38
不動産権益は、①個人の不動産賃貸収入、②自己所有不動産を賃貸としたと仮定した場合の賃貸料などで構
成されている。
39 83 年以降、香港では固定相場制が採用されてきたため、名目レートは、固定レートである1米ドル=7.8 香
港ドル付近を推移していた。しかし、香港の高インフレが原因で、80 年代半ば以降、香港ドルの実質的な対外
価値は上昇傾向にあった。
32
図表 33 GDPの産業別シェア(主要産業)
(単位:%)
貿易関連
年
計
貿易
不動産関連
運輸・倉
計
庫
建設
不動産
80 16.6
10.7
5.9 29.2
6.6
13.6
81 15.9
9.9
6.0 30.3
7.5
13.6
82 15.8
9.8
6.0 29.6
7.3
12.2
83 17.5
11.0
6.5 25.2
6.4
7.6
84 19.4
13.2
6.1 21.9
5.4
85 18.9
12.6
6.2 22.1
5.0
86 19.0
12.7
6.3 21.8
87 21.2
14.3
88 22.3
15.0
89 21.7
14.6
卸売・小
コミュニティ・社会・ 金融・保険・ビ
売
不動産権 個人向けサービス ジネスサービス ・飲食・ 製造
ホテル
益
8.9
通信
12.1
9.4
10.7
23.7
1.4
9.2
12.9
10.3
10.2
15.2
10.3
10.4
22.8
1.4
10.1
20.8
1.7
11.2
16.0
10.0
9.5
22.9
1.7
6.4
10.2
15.4
9.3
9.9
24.3
1.6
6.6
10.5
16.7
9.4
10.2
22.1
1.9
4.8
6.8
10.1
16.0
10.1
9.6
22.6
1.9
6.9 21.7
4.6
7.3
9.8
14.5
10.6
10.0
22.0
1.8
7.3 23.0
4.7
8.4
9.9
13.9
10.5
10.1
20.5
1.8
7.1 24.6
5.2
9.1
10.3
14.1
10.4
10.4
19.3
1.9
90 22.8
15.3
7.5 25.7
5.4
9.7
10.6
14.5
10.6
9.9
17.6
2.0
91 23.5
16.2
7.4 25.9
5.5
9.5
10.9
14.9
13.2
9.7
15.4
2.2
92 23.8
16.4
7.4 26.5
5.1
10.3
11.1
15.1
14.1
9.7
13.6
2.3
93 24.7
17.5
7.2 27.0
5.2
11.0
10.8
15.7
14.8
9.5
11.2
2.4
94 24.4
17.1
7.4 29.4
4.9
12.4
12.2
15.9
14.4
9.2
9.2
2.3
95 25.6
18.2
7.5 28.6
5.4
9.9
13.3
17.3
14.5
8.5
8.3
2.6
96 25.5
18.3
7.2 29.0
5.8
10.2
13.1
17.6
14.9
8.3
7.3
2.6
97 24.3
17.7
6.7 30.6
5.8
10.9
13.9
17.9
15.3
7.7
6.5
2.5
98 24.9
17.9
7.0 30.2
6.0
9.7
14.6
19.9
14.5
6.7
6.1
2.2
99 25.4
17.7
7.6 27.6
5.8
7.6
14.3
21.6
15.9
7.0
5.8
1.9
00 27.2 19.2
8.0 24.8
5.3
6.5
12.9
21.2
16.7
7.0
5.9
2.3
(注)金融機関のネットの金利収入がダブルカウントされているため、シェアの合計は 100.0%を超える。
(資料)香港特別行政区『二〇〇一年本地生産総値』2002 年3月、p.p.66-67、p.p.82-84 により作成。
2.産業高度化圧力のさらなる高まり
今後も、香港の産業高度化圧力は持続すると考えられる。
第一に、第3章でみたように、①香港から中国への取扱貨物の分散、②フォワーダー、
在庫管理・倉庫・検査・証明などの貿易関連サービスが中国に移転する動きが強まってい
くからである。これが、香港の主力産業である貿易関連産業の成長性を従来よりも弱める
とみられる。
第二に、製造業の移転も進むとみられる。上述のとおり、試作品製造、原材料調達、製
造・包装、品質管理の機能が中国にさらに移転することが見込まれている。また、04 年末
には多国間繊維取極
(MFA)
による繊維製品の輸入クォーター制が撤廃されることから、
これにより保護されてきた香港の繊維産業が中国などにさらに移転すると考えられる40。
40 香港の地場輸出全体に占めるアパレル製品・紡織品の地場輸出額のシェアは 01 年時点で 51.4%に占めてい
る。アパレル製品・紡織品製造業の従業員数は 99 年末現在、65,104 人、99 年のGDPに占める同産業のシェ
アは 1.3%となっている。
33
第三に、香港の支柱産業である不動産産業の成長性が低下すると考えられるからである。
香港の不動産市況は、97 年7月のアジア通貨危機以降、急速に悪化した(図表 34)
。01
年の世界経済の減速による景気悪化も加わり、02 年3月現在の民営住宅、店舗、工場の購
入価格は、
97 年7月時点の5割程度、
オフィスに至っては3割程度にまで下落している41。
図表 34 不動産購入価格の推移
(97年7月=100)
120
100
民営住宅
オフィス
店舗
工場
80
60
40
20
0
1
4
7 10 1
97
4
7 10 1
4
98
7 10 1
4
99
7 10 1
00
4
7 10 1
01
02
(月)
(年)
(資料)Rating and Valuation Department 資料により作成。
短期的にみて、香港の不動産市況の急速な回復は望みにくい。
第一に、民営住宅については、①空室量が増加傾向にある(図表 35)
、②02 年、03 年
に比較的大きな規模の新規供給が行なわれる、③雇用環境の大幅な改善には時間がかかる
とみられるからである。
第二に、オフィスについても、①空室率が依然として二桁台と高い、②新規供給量が 02
年、03 年と拡大傾向にある、③景気回復のスピードが緩慢なものになるとみられることな
どから、市況回復には時間がかかると予想される。
第三に、店舗については、①新規供給量が 02 年、03 年に絞られることや景気回復によ
り空室率が低下していくとみられるが、②個人消費の回復は緩慢になると予想されること
から、価格の上昇スピードも緩やかなものになるだろう。
第四に、工場については、製造業の海外移転が進んでおり、すでに着工停止となってい
る物件が多いといわれている。上記のとおり、製造業の海外移転がさらに加速するとみら
れることから、工場の価格は引き続き低迷すると考えられる。
中期的にみても、香港から中国への物流・貿易関連サービスの分散や製造業の海外移転
41
オフィスについては、02 年2月時点のデータ。
34
が続くとみられ、これらが香港の不動産市況の回復を下押しするものと考えられる。
図表 35 各種不動産の需給状況の推移
97 年
98 年
99 年
00 年
01 年
02 年
新規供給量
(戸)
18,200
22,280
35,320
25,790
26,260
30,400 28,000
新規入居量
(戸)
15,090
13,050
19,560
29,180
19,320
空室量
(戸)
35,980
43,820
59,140
54,950
60,410
N.A.
N.A.
空室率
(%)
3.8
4.5
5.9
5.4
5.7
N.A.
N.A.
新規供給量
(千㎡)
456
737
427
95
76
171
312
入居量
(千㎡)
314
254
501
424
3
N.A.
N.A.
空室量
(千㎡)
905
1,373
1,257
928
1,012
N.A.
N.A.
空室率
(%)
11.5
15.9
14.0
10.2
11.1
N.A.
N.A.
新規供給量
(千㎡)
249
208
205
64
132
123
91
新規入居量
(千㎡)
147
122
189
192
37
N.A.
N.A.
空室量
(千㎡)
763
827
824
675
751
N.A.
N.A.
空室率
(%)
8.9
9.4
9.2
7.5
8.2
N.A.
N.A.
新規供給量
(千㎡)
181
19
2
173
204
66
30
▲447
3
(千㎡)
31
▲162
4
新規入居量
N.A.
N.A.
1,802
1,938
1,731
1,484
1,923
N.A.
空室率
(%)
10.0
10.8
9.7
8.5
10.9
N.A.
(注)02 年、03 年の新規供給量は、Rating and Valuation Department の予測値。
(資料)Rating and Valuation Department, Hong Kong Property Review 2002 により作成。
N.A.
民営住宅
オフィス
店舗
工場
空室量
03 年
N.A.
(千㎡)
N.A.
N.A.
3.政府の対策
このように、香港経済のけん引役を果たしてきた貿易関連産業、不動産関連産業の成長
力が今後、低下すると予想される。そのなか、香港政府は以下の産業政策を発表し、香港
経済の長期的な発展を促そうとしている42。
(1)発展戦略委員会報告書 ∼今後 30 年の経済発展戦略∼
97 年 10 月、董建華・行政長官が施政方針演説で「発展戦略委員会」の発足を表明した
のを受けて、翌年から香港の長期的な発展戦略の検討作業が始まった。00 年2月には同委
員会の最終報告書が完成し、今後 30 年間の香港の発展戦略がまとまった43。
発展戦略の目標は、アジアにおける国際的都市、中国の主要都市としての地位を確実な
ものにすることとされている。その目標を実現するうえで、重要な役割を果たす産業・分
野として、①金融業・ビジネスサービス産業、②多国籍企業の地域統括拠点、③旅行業、
④情報サービス・通信業、⑤イノベーション・科学技術分野、⑥貿易・運輸・物流業、⑦
創造的・文化的活動が選定されている。
そして、これらの産業・分野の発展を促進するために、①中国大陸とのリンケージ強化、
42 日本貿易振興会『香港の産業政策と華南の産業動向』2001 年9月、斎藤浩史「香港−重要性増す中国のサー
ビスセンター」
(日本貿易振興会『メイド・イン・チャイナの衝撃』2001 年、199∼216 頁)を参照。
43 Commission on Strategic Development, Bringing the Vision to Life: Hong Kong’s Long-Term
Development Needs and Goals, February 2000。
35
②人材育成・誘致などによる競争力の強化、③国際的都市にふさわしい生活環境の改善、
④香港のイメージ向上や目標に対する香港市民の協力強化を実施する必要があると主張さ
れている。
(2)具体的な政策の内容
上記報告書であげられた重要産業・分野のうち、情報サービス・通信業、イノベーショ
ン・科学技術分野については、香港が強い競争力をもっていないか、経済全体に占める規
模が小さい状況にある44。
これまで香港の経済を支えてきた貿易・運輸・物流業や不動産業が今後、以前ほどのけ
ん引力をもたなくなると予想されるだけに、これらの新興産業が経済のけん引役となるか
どうかが香港経済にとって重要な意味をもつ。そこで、香港政府は、これらの新興産業を
育成するための数多くの政策を実施・検討している。
①「デジタル 21 戦略」
情報サービス・通信業の発展を促進するための代表的な政策としては、
「デジタル 21 戦
略」がある45。
この政策は、情報通信インフラの整備、情報通信サービスの発展促進により、香港を「世
界をリードする『デジタル都市』
」にすることを目標としたものであり、98 年に発表され
た。01 年までに①通信自由化、②政府サービスの電子化、③「サイバーポート計画」とよ
ばれる情報通信業向けのインフラ建設プロジェクトの着工46などが行なわれ、携帯電話・
インタネットユーザー数の増加などの成果がみられた。
01 年にはその成果を受けて、
「2001 年版デジタル戦略 21」が発表された。2001 年版の
目標は、
「電子商取引の分野で世界をリードすること、ITの応用・普及をさらに進めるこ
と」と設定されており、その目標を実現するために、インフラ整備や人材育成、技術開発
の促進などの措置が打ち出されている(図表 36)
。
44
例えば、香港は広帯域通信・携帯電話の普及度の面で、非常に高い水準にあり、通信インフラの整備状況は
良好であるが、通信業のGDPに占めるシェアは 2.3%と小さい(00 年)
。IT産業従業者数(機器製造、通信
設備の販売・貿易、通信業、ソフトウェア開発、データ処理など)の数は 01 年6月時点で8万人であり、従業
者全体の 2.5%にとどまっている(Census and Statistics Department, Hong Kong Monthly Digest of
Statistics, February 2002, p.FA14)。また、IT機器の製造業の競争力は弱く、95 年をピークに電子製品の地
場輸出額は停滞している(Census and Statistics Department, Hong Kong Monthly Digest of Statistics, May
2001, p.FD8)
。
45 Information Technology and Broadcasting Bureau, 2001 Hong Kong Digital 21 Strategy, May 2002。
46 サイバーポート計画は、世界をリードするIT関連企業の集積を香港に形成することを目的としたインフラ
開発計画である。具体的には、ITを活用したサービス、マルチメディア・コンテンツの開発に従事する企業
を 100 社以上誘致しようとしている。そのために、香港島南部に、優れた通信インフラを備えたインテリジェ
ントオフィス、交通インフラ、展示場、商業地、教育・娯楽施設、ホテル、住宅を建設している。02 年初頭に
はすでに一部のオフィスが完成し、企業が入居しはじめている。住宅部分を除く他の施設の完成は 03 年末の予
定(なお、住宅については 04∼07 年に完成する予定)
。
36
図表 36 デジタル 21 戦略(01 年版)の内容
1.世界最高レベルの電子商取引環境の整備
・ デジタル 21 戦略の国際的なプロモーション
・ 既存の電子商取引のためのインフラ、マルチメディアコンテンツの開発促進
・ サイバーポートにおける新しい情報インフラの運営開始
・ 電子商取引の普及促進
・ オープンかつ競争的な通信環境の形成促進
・ アジア地域における放送ハブとしての地位強化
・ 中国のWTO加盟に向けた香港の地位確立
2.香港政府の取り組みをIT活用の見本とする
・ 包括的な電子政府政策の制定
・ 電子サービス提供スキームのさらなる推進
・ 政府調達の電子化
・ 電子政府の推進に必要なインフラ、ツール、スキルの開発
・ 政府のIT関連プロジェクトのさらなる外注化
3.情報経済化に適応できる人材の開発
・ IT関連人材育成のためのタスクフォースの組織
・ 訓練・教育を通じたIT関連の人材の供給拡大
・ 香港以外の場所からのIT関連専門家の誘致促進
・ 情報経済化に適用可能な若年層の育成
4.香港社会の情報リテラシー向上
・ ITに関する社会的な関心・知識の増進
・ ITの活用促進
・ オンラインサービスへのアクセス促進を目的とした香港のベストプラクティスの解説出版
5.技術の開発能力の強化
・ 次世代の無線通信技術の開発
・ スマートカード技術の開発
・ デジタル地上波テレビの開発・普及
・ 次世代インターネット技術の開発への積極的な参加
(資料)Information Technology and Broadcasting Bureau, 2001 Hong Kong Digital 21 Strategy, May 2002
により作成。
②イノベーション・科学技術委員会報告書
董建華・行政長官が 97 年 10 月に香港を華南・アジアにおけるイノベーションセンター
にするとの方針を打ち出し、それに基づき、98 年3月にイノベーション・科学技術委員会
が組織された。同委員会は、98 年9月、99 年6月の2度にわたり、報告書を提出し、香
港のイノベーションセンター化に関する政策提言を行なった47。
イノベーションセンター化とは、知識・技術集約型産業、技術革新により高度化された
伝統的産業(製造業・サービス産業をともに含む)の集積地を形成するということを意味
している。
この政策目標を実現するために打ち出された主な措置と実施状況は以下のとおりであ
る。
47 Commission on Innovation and Technology, First Report, September 1998, Second and Final Report,
June 1999。
37
(a)イノベーション・科学技術政策に関わる政府組織の再編により、関係部門間の職務の
重複を避け、政策を推進しやすい専門部局を組成する(00 年4月のイノベーション・科学
技術顧問院会、同年7月のイノベーション・科学技術署の創設など)
。
(b)イノベーション・科学技術基金(Innovation and Technology Fund)の設立により、
企業・研究機関・業界団体・大学の研究開発活動に対する資金的な支援を行なう。また、
産学共同研究の支援のためにも資金的な支援を行なう。加えて、同基金の下で、小型企業
研究支援プログラム(Small Entrepreneur Research Assistance Program)を実施し、ベ
ンチャー企業の初動段階(試作品製造などの商品化以前の段階)に対する資金的援助を行
なう。イノベーション・科学技術基金は 99 年 11 月に設立され、01 年末までに 236 のプ
ロジェクトが認可され、5.3 億香港ドルの資金が提供されている。
(c)応用科学技術研究院(Applied Science and Technology Research Institute)の創設
により、香港の弱みである応用研究を活発化させ、基礎技術の商品化を促すとともに、人
材の育成・誘致を図る。同研究院は 00 年4月に創設され、現在、光学、無線通信、イン
ターネットコンテンツ・アプリケーション、
半導体設計技術などの研究が行なわれている。
(d)ベンチャーキャピタルである応用研究基金(Applied Research Fund、総額 7.5 億香
港ドル)の下で、93 年以来続けられているベンチャー企業への投資を継続する。01 年末
までに、計 18 社のハイテク企業に対して 3.1 億香港ドルの投資が行なわれている。
(e) サイエンスパークを立ち上げ、研究開発にふさわしいインフラを提供する(02 年よ
り入居開始、最終的な完成は 08 年の予定)
。02 年4月時点で 16 社の企業が入居を認めら
れている状況にある。
(f) サイエンスパーク、技術センター(Tech Centre)
、三つの工業団地の運営会社を統
合し、研究開発に関わるインフラの整備・運営の効率化を図る(01 年5月に完了)
。
(g) 特別融資スキーム(Special Finance Scheme)を立ち上げ、ベンチャー企業向けが
銀行から融資を受ける際に、政府保証を提供する(98 年8月に設立)
。00 年3月に、政府
保証額が 50 億香港ドルの上限に達したことから、00 年4月には新規申請の受付を停止し
ている。それまでに累計で 11,968 件、58 億香港ドルの保証が提供されている。
(h) 成長企業市場(Growth Enterprise Market、第二株式市場)を創設し、ベンチャー
企業の資金調達を円滑化する(99 年 11 月に創設)
。02 年5月末現在、137 社が上場して
おり、資金調達額は 224 億香港ドル、時価総額は 704 億香港ドルに達している。
(i) 特許申請支援金(Patent Application Grant Scheme)制度を構築し、特許申請数の
増加を図る(98 年より開始)
。01 年度には生産性促進局が 69 件の特許申請案件に対して
資金的援助を提供している。
(j) 中国をはじめとする発展途上国など、海外からの人材誘致を強化するとともに、企業
による技術者育成に対する補助金の支給や教育制度の整備などにより、人材の育成を加速
させる。具体的には、00 年から「優秀人材輸入計画」が実施された。これは、家族の帯同
条件など、入境・滞在条件を緩和することで、中国大陸・海外在住の中国大陸籍の人員、
38
途上国などをはじめとする海外の優秀な人材を誘致し、知識・技術集約型産業の発展を促
進しようとするものである。この計画の下、00 年には 369 人、01 年には 237 人が香港に
入境している48。01 年6月には、IT・金融サービス関連の優秀な中国人専門家を誘致す
るための「内地専業人材輸入計画」が開始され、01 年6∼12 月の間に 242 人が認可され
ている。
4.今後の展望
(1)プラス材料
香港は、①広帯域通信回線や携帯電話の普及度の高さ、②整備された通信インフラ、③
多国籍企業の集積地であり、高度な技術に対する需要が強いなど、情報通信・サービス産
業、イノベーション・科学技術分野の発展に有利な環境を備えている。
また、上記のように、返還後、これらの産業を育成するための多くの政策が実施されて
おり、今後も強化されていく予定になっている。
加えて、近年、香港の大手財閥企業がIT関連ビジネスに参入しはじめているという好
材料もある49。例えば、①長江グループ(香港株式市場における時価総額は 01 年で第1位)
による tom.com 社設立(ポータルサイト、コンテンツ作成など)
、②新鴻基グループ(第
2位)による数碼通(通信分野)
、新意網(インターネット分野)
、路通訊(コンテンツ事
業)の設立、③会徳豊グループ(第5位)による有線寛頻の事業内容拡大(インターネッ
ト事業)
、④盈科グループ(第8位)のインターネット事業への参入・香港テレコム買収、
⑤新世界グループ(第 15 位)による新世界電話、新世界傳動網の設立などである。IT
不況により、巨額な赤字を抱えている企業も少なくないが、財閥の資金がIT分野に動き
始めていることは、同分野の発展にとって、よい兆候であるといえよう。
(2)マイナス材料
ただし、他国・地域と比較して、香港の研究開発活動は活発ではない。香港の研究開発
投資の対GDP比率は、99 年時点でわずか 0.49%にすぎない(図表 37)
。民間企業に限定
した場合、その比率は 0.12%である。これは、他の先進諸国・地域と比較してもかなり低
い水準である(図表 38)
。また、人口1万人あたりの研究開発従事者(99 年)をみても、
10.2 人/万人にすぎず、研究開発に携わる人材の層が薄い(図表 39、なお台湾の場合は 40.3
人/万人)
。
48
49
Immigration Department 資料。
国際協力銀行『アジア諸国における通貨危機後の香港系華人企業グループの動向』2002 年3月、51∼62 頁。
39
図表 37 香港の研究開発投資の推移
(単位:百万香港ドル、%)
民間企業
高等教育機関
政府
合計
95 年
1,269.4
(0.12)
N.A.
(N.A.)
N.A.
(N.A.)
N.A.
(N.A.)
96 年
1,615.0
(0.14)
N.A.
(N.A.)
N.A.
(N.A.)
N.A.
(N.A.)
97 年
1,407.4
(0.11)
N.A.
(N.A.)
N.A.
(N.A.)
N.A.
(N.A.)
98 年
1,598.6
(0.13)
3,912.3
(0.32)
91.6
(0.007)
5,602.5
(0.45)
99 年
1,407.7
(0.12)
4,316.9
(0.36)
160.8
(0.013)
5,885.4
(0.49)
(注)
()内は、対GDP比。
( 資 料 ) Census and Statistics Department, Hong Kong Monthly Digest of Statistics, July 2002,
p.p.FC3-FC4 により作成。
図表 38 先進諸国・地域の研究開発投資の対GDP比率
(単位:%)
韓国
1.93
2.08
2.30
2.58
2.68
2.79
2.89
−
−
91 年
92 年
93 年
94 年
95 年
96 年
97 年
98 年
99 年
日本
2.74
2.71
2.63
2.59
2.69
2.74
2.85
2.98
−
米国
2.84
2.74
2.61
2.52
2.61
2.66
2.71
2.74
2.84*
ドイツ
2.61
2.48+
2.43
2.32+
2.26+
2.26+
2.29+
2.29+
−
フランス
2.41
2.42
2.45
2.38
2.31
2.30
2.21
2.18*
−
台湾
1.70@
1.78@
1.75@
1.77@
1.78@
1.80@
1.88@
1.97@
2.05@
英国
2.16
2.13
2.15
2.11
1.99
1.92
1.84
1.83
−
(注)*は暫定値、+は推計値、@は軍事関連の研究開発投資分を除いた比率。
(資料)Council for Economic Planning and Development, Taiwan Statistical Data Book, 2001, p.126 によ
り作成。
図表 39 香港の研究開発従事者数の推移
(単位:人、人/万人)
民間企業
高等教育機関
政府
合計
95 年
2,925
()
N.A.
(N.A.)
N.A.
(N.A.)
N.A.
(N.A.)
96 年
3,499
(5.4)
N.A.
(N.A.)
N.A.
(N.A.)
N.A.
(N.A.)
97 年
3,011
(4.6)
N.A.
(N.A.)
N.A.
(N.A.)
N.A.
(N.A.)
98 年
2,750
(4.2)
2,881
(4.4)
178
(0.3)
5,809
(8.8)
99 年
3,216
(4.8)
3,327
(5.0)
198
(0.3)
6,741
(10.2)
(注)
()内は、対人口比(人/万人)
。
(資料)Census and Statistics Department, Hong Kong Monthly Digest of Statistics, July 2002, p.FC3,
p.FC5 により作成。
香港政府は上記のように、中国などの研究者・技術者を香港に誘致することで、人材不
足の問題を緩和しようとしている。しかし、IT分野など、知識・技術集約型産業では、
40
他国・地域でも人材が不足しているといわれており、また、流動性も高いだけに、人材誘
致にも限界があると考えられる。現に、
「優秀人材輸入計画」では、年間 2,000 人ほどの
人材誘致が目標とされてきたが、実際には 00 年に 369 人、01 年に 237 人しか人材を集め
ることができていない。
(3)展望
以上を勘案すると、香港政府の産業高度化策を梃子として、新たな知識・技術集約型産
業が短期間に立ち上がり、香港経済の大きなけん引役となることは期待しにくい。行政長
官の諮問機関であるイノベーション・科学技術委員会も認めるように、知識・技術集約型
産業が経済のけん引役として大きく発展するためには、少なくとも 10 年程度の時間がか
かるとみた方がよいであろう50。
50
Commission on Innovation and Technology, Second and Final Report, June 1999。
41
Ⅵ.財政赤字の拡大と増税論議の高まり
1.財政赤字の拡大
(1)財政赤字の拡大
香港は財政均衡主義を財政政策の基本原則としてきた。実際にも、返還前においては、
財政黒字が基本的に維持されてきた。そのため、財政余剰金も増加傾向をたどり、97/98
年度には、同年度の財政支出の 28 か月分に相当する財政余剰金が蓄積されていた(4575
億香港ドル)
。
しかし、返還後、香港政府の財政収支は、98/99 年度以降(98 年4月∼99 年3月)
、99/00
年度を除き、一貫して赤字を記録している。01/02 年度には、GDP対比で▲5.2%もの財
政赤字となった見込みである(図表 40)
。その結果、財政余剰金も財政支出の 19 か月分に
まで減少している(3698 億香港ドル)
。
図表 40 政府財政収支の対GDP比の推移
6
(%)
5
経常収支(A)
非経常収支(B)
政府財政収支(A+B)
4
3
2
1
0
▲1
▲2
▲3
▲4
▲5
91/92
92/93
93/94
94/95
95/96
96/97
97/98
98/99
99/00
00/01
01/02 (年度)
(注)01/02 年度は予測値。
(資料)Advisory Committee on New Broad-based Taxes, Final Report to the Financial Secretary, February
2002, p.17。
しかも政府財政の内訳をみてみると、経常収支が 98/99 年度以降、一貫して赤字となっ
ている。この経常収支は、文字通り、職員給与や事務経費などに代表される「経常」的な
支出と、その支出のための収入の差額である。
02/03 年度の財政収支も赤字となる模様である。02 年3月に行なわれた財政司長の予算
報告では、02/03 年度の財政赤字は、前年度の 656 億香港ドルから 452 億香港ドルへと減
42
少するとされているが、依然として赤字の状態が続く見込みである51。また、政府財政経
常赤字についても、前年度よりも減少するものの(01/02 年度は 507 億香港ドルの赤字)
、
02/03 年度も 493 億香港ドルの赤字になると予測している。
ここからわかるように、返還後、財政均衡主義をモットーとする香港政府の財政状況が
安定性を欠くようになってきているといえる。
(2)財政赤字の原因
そこで、00 年3月に行なわれた 00/01 年度の政府予算報告では、財政赤字が短期的な景
気循環的要因によるものなのか、経済・社会の構造変化に起因するものなのかを研究する
ために、タスクフォースを組成することが発表された(Task Force on Review of Public
Finances)。以下では、02 年2月に発表された同タスクフォースの分析結果を紹介する。
①景気の悪化
香港の度重なる財政赤字の主因が、景気の低迷にあることは間違いない。91∼97 年の
間、実質GDP成長率は高かったが、98∼01 年には、アジア通貨危機や 01 年の世界経済
の減速により、実質GDP成長率が低下した(年平均 1.9%)
。
成長率の低下は、税収をはじめとする財政収入の減少を招いた。また、景気に悪影響を
与えることを避けるために、減税や政府サービスの対価である各種費用の値上げ凍結が行
なわれたり、財政支出の削減が回避されたりした52。
ただし、景気低迷だけでは、財政赤字の原因を説明することはできない。景気低迷に先
立つ 93/94 年度以来、名目GDPの動向とかけ離れた財政支出の増加、財政収入の減少が
みられるからである(図表 41)
。
②財政収入サイドの要因 ∼課税ベースの狭さ∼
(a)課税ベースの狭さ
財政赤字の財政収入サイドの要因として、課税ベースの狭さが指摘されている53。
香港の場合、OECD 加盟国やアジア太平洋地域の国々54と比較して、税収に占める法人
、特別消費
税55、資産課税(固定資産税、不動産・株などの取引に対する印紙税、相続税)
税・売上税(アルコール・タバコ・石油製品・賭博税)の比率が高い(98 年、図表 42)
。
対GDP比でも同様の結果が得られている。
The Financial Secretary, The 2002-03 Budget, Speech by the Financial Secretary, The Hon Antony
Leung, moving the Second Reading of the Appropriation Bill 2002, 6 March 2002。
51
52
香港の場合、通貨制度として対米ドルペッグ制を採用しているため、米ドル金利と香港ドル金利を連動させ
る必要があり、景気対策として金融政策を発動することはできない。そのため、景気対策の手段は、主として
財政政策に頼ることになる。
53 課税ベースの狭さとは、(ア)特定の経済活動に対する課税により財政収支の構造に歪みが生じ、また、セクタ
ー間で課税上、差別的待遇が発生すること、(イ)課税ベースが経済全体の動きを反映しなかったり、政府が財政
支出をまかなうことができない程度にしか財政収入を上げることができなかったりすることにより、財政収入
に安定性や回復力が欠けることを指す。KPMG, Hong Kong Government, Tax Base Study, KPMG
Consultancy Study for the Advisory Committee on New Broad-based Taxes, July 2001, p.p.26-27。
54 アジア太平洋地域とは、オーストラリア、カナダ、日本、韓国、メキシコ、米国、ニュージーランド、シン
ガポールを指す。
55 香港の場合は、Profit Tax がそれに相当する。
43
図表 41 名目GDPと政府財政収入・支出の推移
(91/92年度=100)
300
280
260
240
220
名目GDP
財政収入
財政支出
経常収入
経常支出
200
180
160
140
120
100
91/92
92/93
93/94
94/95
95/96
96/97
97/98
98/99
99/00
00/01
01/02
(年度)
(注)91/92 年度を 100 とした場合の指数の推移。01/02 年度は予測値。
(資料)Census and Statistics Department 資料、Advisory Committee on New Broad-based Taxes, Final
Report to the Financial Secretary, February 2002, Annex Ⅲ, p.p.1-2 により作成。
図表 42 香港の財政収入構造の特徴(98 年)
(単位:%)
税目・財源
香港
OECD 平均
アジア太平洋地
区平均
対税収比
27
27
31
対GDP比
3
10
8
法人税
対税収比
32
9
29
対GDP比
4
3
4
資産課税
対税収比
24
5
10
対GDP比
3
2
2
一般消費税・
対税収比
0
18
12
売上税
対GDP比
0
7
3
特別消費税・
対税収比
18
12
16
売上税
対GDP比
3
4
3
税収外財政収入 対税収比
80
16
22
対GDP比
9
6
7
(注)アジア太平洋地域とは、オーストラリア、カナダ、日本、韓国、メキシコ、米国、ニュージーランド、
シンガポールを指す。
(資料)KPMG, Hong Kong Government, Tax Base Study, KPMG Consultancy Study for the Advisory
Committee on New Broad-based Taxes, July 2001, p.34, 36, 38, 41, 43, 47 により作成。
個人所得税
その一方で、香港政府は社会保障税・給与税、一般消費税・売上税を導入しておらず、
課税ベースは OECD 諸国やアジア太平洋地域の国々と比べて狭いといえる。
しかも、法人税と資産課税による税収だけで税収全体の 56%を占めている。そのため、
香港の財政収入構造は、経済活動の低迷や資産価格の下落などを受けやすい構造になって
いる。
44
加えて、税収対比 80%に相当する財政収入が、税収以外の財源から調達されている(財
政収入の約 45%が税収以外の財源)
。具体的には、財政剰余金の運用による投資収益、政
府による土地売却益である。
このように、香港の財政収入は、景気変動とりわけ資産価格の変動の影響を強く受けや
すい構造になっているのである。
(b)不動産市況の影響を受けやすい構造
なかでも、香港の財政収入は、不動産市況の影響を強く受けやすい。香港の財政収入全
体に占める不動産関連収入(土地収入益、不動産取引に対する印紙税収入、不動産業・銀
。
行業からの法人税収入56)のシェアは、97/98 年度は 36.9%に達している(図表 43)
しかし、アジア通貨危機以後の不動産不況により、これらの不動産関連収入が減少傾向
にある。
図表 43 不動産関連財政収入の推移
年度
収支
土地売却益 A
印紙税 B
法人税
・不動産業 C
・銀行業 D
・その他
9192
9293
9394
9495
9596
9697
9798
8.9
6.9
25.0
6.7
4.0
14.3
8.9
9.5
32.7
9.7
5.8
17.2
18.5
12.8
39.3
13
7.0
19.3
19.1
9.5
40.0
13.7
7.1
19.2
19.4
7.6
42.1
14.5
8.0
19.6
27.0
15.1
45.5
14.3
8.7
22.5
63.6
17.3
44.2
14
9.0
21.2
(単位:10 億香港ドル)
9899000199
00
01
02
19.3
6.3
37.3
12.1
5.8
19.4
34.8
4.9
35.3
7.9
5.3
22.1
29.5
4.9
N.A.
N.A.
N.A.
N.A.
8.6
4.5
N.A.
N.A.
N.A.
N.A.
A∼D 合計
26.5
33.9
51.3
49.4
49.5
65.1 103.9
43.5
52.9
N.A.
N.A.
(注)1.01/02 年度は予測値。
2.土地売却益については、1997 年6月末まで、土地売却益の半分以上が土地基金に積み立てられてい
た。97 年7月1日からは土地売却益の全額が政府財政の非経常収入に計上されるようになった。そ
のため、返還前後で計上のベースが異なるため、単純な比較はできない。
3.印紙税は資産取引に対するものに限定。
(資料)Advisory Committee on New Broad-based Taxes, Final Report to the Financial Secretary, February
2002, p.p.18-19。
(c)不動産以外の要因 ∼香港経済の「産業空洞化」∼
中国WTO加盟による市場開放やグローバリゼーションの進展により、香港企業の中国
などへの移転が続いている。海外源泉の所得に対しては非課税であるため、企業の海外流
出は税収の減少となる。
③財政支出サイドの要因
(a)職員給与・年金・社会保障費の据え置き
政府消費支出とGDPのデフレータの推移を比較した場合、政府消費支出デフレータが
下方硬直性をもっていることがうかがえる。それは、政府消費支出の大きな構成要素であ
56
銀行業の法人税収入が組み入れられているのは、①銀行の融資残高に占める不動産関連融資(住宅融資、デ
ィベロッパー向け融資)のシェアが高いから(01 年末で 56%)
、②不動産市況が担保価値を通じて銀行の経営
に影響を与えるからである。
45
る職員給与、年金・失業者への最低生活保障費などの社会保障支出がデフレ下においても
削減されてこなかったためである。
(b)高齢化の進展
高齢化が進展してきたことによる社会保障支出の増加も、財政支出拡大の要因となって
いる(図表 44)
。2010 年以降は、さらに急速に高齢化が進むと予測されている。
図表 44 高齢化比率の推移
30
(%)
27.0
25
22.7
20
15
18.5
14.3
15.5
15.8
15.7
12.5
10
5
0
1991
1996
2001
2006
2011
2016
2021
2026
(年)
(注)全人口に占める 65 歳以上の人口の比率。
(資料)Advisory Committee on New Broad-based Taxes, Final Report to the Financial Secretary, February
2002, p.25。
2.高まる増税論議とそのインパクト
(1)増税策の検討開始 ∼消費税の導入∼
このように、香港が財政赤字に直面している背景には、財政収入・財政支出の両面にお
いて、構造的要因があると指摘されている。現行の財政構造を改革しなければ、金融市場
の安定や臨時の歳出増を支えてきた財政余剰金が今後6年程度の間に枯渇するおそれがあ
ることを香港政府も認めている(01/02 年予算報告)
。
上述のとおり、財政赤字の拡大の原因として、課税ベースの狭さが指摘されている。そ
のため、曾蔭権・財政司長(Financial Secretary、当時)は、00 年3月、課税ベース拡大
のための諮問委員会の組成を指示し(Advisory Committee on New Broad-based Taxes)
、
税収拡大策を検討させた。
同諮問委員会が、02 年2月に発表した最終報告書(Final Report to the Financial
Secretary)で提起した増税策は以下のとおりである57。
57 Advisory Committee on New Broad-based Taxes, Final Report to the Financial Secretary, February
2002、p.p.25-26。
46
①Goods and Services Tax の新規導入
Goods and Services Tax(消費税に相当)を速やかに導入すべきとの案が提起された。
消費税を導入した場合、個人消費には他のGDP需要項目と比較して変動が少ないという
一般的な特徴があるため、景気変動が税収に与える影響が軽減される58との判断がある。
具体的には、(a)税率は単一、低水準にする59、(b)中小企業の大半が納税義務の免除を受け
られるように、課税売上高を高めに設定する60、(c)輸出に対しては非課税とすることが建
議されている。
②その他の増税案
ただし、他国の例などから判断して、消費税の導入には少なくとも2年の準備期間が必
要となると諮問委員会とみている(具体的には3∼4年以内の導入を提案)
。その間に財政
赤字が発生し、それを縮小する必要がある場合には、以下の三つの増税策をとることを諮
問委員会は提起している。(a)賃貸物件に対する固定資産税の暫定的かつ若干の引き上げ
(現行は年間賃料評価額の5%)
、(b)個人所得税の控除額の引き下げ、(c)陸路・海路出境
税の導入がそれである。
(2)増税の影響
上述のように、現行の財政構造を改革しなければ、財政余剰金が枯渇する可能性がある
ことを政府が認めていることなどから、香港政府は諮問委員会の提案に基づき、増税に踏
み切る可能性が高いと考えられる。まだ詳細が固まっていないため、増税が与えるインパ
クトの大きさは不明だが、上記増税案が実施された際に発生する可能性がある影響は以下
のとおりである。
第一に、消費税の導入により、短期的に個人消費が冷え込むと考えられる。第二に、そ
れにより、企業の収益環境も短期的に悪化するとみられる。第三に、固定資産税の増加に
よる税負担の上昇が予想される。第四に、在香港駐在員の香港で発生した税金を負担して
いる企業にとっては、個人所得税の控除枠の削減によって、企業負担が増加することが考
えられる。
香港の貿易・金融センターとしての地位を維持することが香港政府の重要課題となって
いるため、企業の税負担が大幅に増加することは避けられる可能性は高いものの、今後の
増税論議には注目しておく必要があるだろう。
International Monetary Fund, Hong Kong SAR: Policy and Administrative Issues in Introducing a Good
and Service Tax, January 2001, p.13。
58
59 税率は、シンガポールの標準税率と同様の3%程度とすることが案としてあげられている(Advisory
Committee on New Broad-based Taxes, Final Report to the Financial Secretary, February 2002, p.25、
Appendix F p.6)
。なお、02 年6月現在、シンガポール政府は、消費税率を3%から5%に引き上げる税制改
正案を提出している(富士総合研究所『Asian Business News』2002 年6月 11 日)
。
60 例えば、納税義務水準を年間売上高 500 万香港ドルに設定すると、2001 年3月時点の統計に基づいて試算し
た場合、納税義務が発生する企業数は 50,700 社となると試算されている(同上、Annex F, p.2)
。
47
Ⅶ.香港の固定相場制の安定性
香港政府は、83 年以降、対米ドル固定相場制を採用してきた(1米ドル=7.8 香港ドル
の固定レート)
。その固定相場制の安定性が、返還直後に試されることになった。97 年7
月2日のタイ・バーツの大幅な減価を皮切りに、アジア通貨危機が起こり、他のアジア諸
国通貨に対して割高であるとの理由から、香港ドルに強い売り圧力がかかったためである
61。98
年8月には、ヘッジファンドによる株式市場・外為市場に対する大規模な投機売り
を防ぐために、香港金融管理局が株式市場に介入したほどであった。その後、アジア通貨
危機の収束により、香港ドルに対する投機売りも減少し、現在も1米ドル=7.8 香港ドル
の固定レートが保たれている。
では、今後も香港ドルの対米ドル固定相場制は維持されるのだろうか。まず、香港の通
貨制度について説明した後、その安定性について検討したい。
1.カレンシーボードシステムとは
香港の通貨制度は、カレンシーボードシステムとよばれる固定相場制である。
具体的には、香港ドル紙幣、および、銀行が香港金融管理局にもっている決済口座残高
(中銀預け金に相当)62に対して、1米ドル=7.8 香港ドルの固定レートで、米ドルの裏付
けが与えられている。銀行は、香港金融管理局との間で、この固定レートの下、自由に香
港ドルと米ドルを交換できる。
他方、市場レートは固定されていない。しかし、以下の裁定が働くため、香港ドルに対
する信認が崩壊しない限り、
上記の固定レートの付近で市場レートも推移することになる。
(1)現金裁定
一つは現金裁定である。例えば、市場レートが1米ドル=8.0 香港ドルになったとする。
その場合、銀行は市場レートで香港ドルを調達し、香港金融管理局に1米ドル=7.8 香港
ドルのレートで香港ドルを売る。それによって、銀行は1米ドルあたり 0.2 香港ドルの鞘
を抜くことができる。この裁定取引(すなわち外為市場での香港ドル買い)が続くことで、
市場レートは固定レートに収斂していく。
(2)金利裁定
もう一つは、金利裁定である。例えば、外為市場で大量の香港ドル売りが行なわれ、銀
行が香港金融管理局に対して香港ドル売りを続けると、
マネタリーベースが縮小していく。
その結果、香港ドル金利が米ドル金利に対して上昇する。金利が上昇すると、高金利を狙
った香港ドル買いの動きが起こり、市場レートが固定レートに収斂していく。
61
大きな売り圧力を受けたのは、①97 年7∼8月にかけての東南アジア通貨の急落、②10 月の台湾ドル切り
下げ、③12 月の韓国の金融危機、④98 年1月のインドネシア・ルピアの暴落、⑤5月のインドネシアでの暴動
発生、⑥6月のロシアの金融危機、⑦8月の円安や中国人民元切り下げ観測の強まりの際と、計7回に及んだ。
62 なお、同決済口座に米ドルの裏付けが与えられたのは、98 年9月である。それまでは、香港ドル紙幣のみ外
貨の裏付けが与えられていた。
48
(3)物価による輸出競争力の調整
為替レートが上記のように固定されているため、香港の輸出競争力の調整は、物価の変
動によって行なわれる。例えば、香港ドルが割高であると市場で評価され、香港ドル売り
が起こると、マネタリーベースの縮小、金利の上昇が引き起こされ、デフレ圧力がかかる。
それにより、香港の輸出競争力が回復していくのである。
香港の固定相場制は、マレーシアのように、中央銀行の裁量的介入により維持されてい
るのではなく、上記の裁定取引と価格調整により維持されている点で大きく異なる。
2.固定相場制の安定性の高さ
(1)香港ドルに対する信認の安定
現在のところ、香港ドルに対する信認は保たれている。香港ドルの対米ドルレートの推
移をみた場合、スポットレートとフォワードレートの差はアジア通貨危機以降、大幅に拡
大したが、99 年末には微小になっている。これが香港ドルに対する市場の信認回復を示し
ている(図表 45)
。
図表 45 香港ドルの対米ドルレートの推移
(香港ドル/米ドル)
7.70
スポットレート
7.75
7.80
7.85
7.90
フォワードレート
(3か月)
7.95
8.00
フォワードレート
(6か月)
8.05
8.10
1
7
96
1
7
97
1
7
1
98
7
99
1
7
00
1
7
01
1
02
(月末)
(年)
(資料)Hong Kong Monetary Authority 資料により作成。
(2)香港ドルの割高感の緩和
アジア通貨危機の際に香港ドルが投機売りされたのは、香港ドルが他通貨に対して割高
であると市場が判断したからである。しかし、香港ドルの割高感も緩和されてきている。
香港ドルの実質実効為替レートは、カレンシーボードシステムが採用された 83 年 10 月を
49
100 とした場合、98 年8月には 155.0 に達したが、02 年5月時点では 131.3 に低下して
いる(図表 46)
。
図表 46 香港ドルの実質実効為替レートの推移
(83年10月=100)
160
155
150
145
140
135
130
125
120
1
7
96
1
7
97
1
7
1
98
7
99
1
7
00
1
7
01
(月)
1
02
(年)
(注)月中平均値。
(資料)JP Morgan 資料により作成。
(3)大規模な香港ドル売りに対する耐性の高さ
また、大規模な香港ドル売りに対する防衛能力も高いと考えられる。第一に、香港のマ
ネーサプライに対する外貨準備高の比率が高い。01 年3月末時点で、外貨準備高はM1の
3.7 倍、M2の 43.5%、43.1%に相当する額に達している(図表 47)
。
第二に、銀行システムの安定度も高く、香港ドル売りによりデフレ圧力がかかり、不良
債権が増加したとしても、それをある程度吸収することができる状況にある。
例えば、銀行全体の貸出残高に対する分類債権比率63は 01 年末時点で 5.6%であり、貸
倒引当金分を控除した場合には 2.9%と低率である64。加えて、自己資本比率も厚く、16.6%
に達している。
63
64
「標準以下(substandard)
」
、
「疑問(doubtful)
」
、
「回収不能(loss)
」の合計額。
Hong Kong Monetary Authority, Annual Report, 2002, p.p.124-125。
50
図表 47 マネーサプライに対する外貨準備高の比率の推移
(単位:%)
97 年 1月末
7月末
98 年 1月末
7月末
99 年 1月末
7月末
00 年 1月末
7月末
01 年 1月末
7月末
02 年 1月末
2月末
3月末
対 M1比
対M2比
対M3比
230.9
304.1
394.9
438.8
393.3
387.3
337.4
391.3
402.1
433.3
371.1
369.5
374.1
33.1
37.1
46.3
42.8
38.8
37.4
38.7
39.9
43.5
45.4
44.1
44.2
43.5
32.7
36.7
45.8
42.5
38.5
37.2
38.5
39.6
43.3
45.0
43.7
43.8
43.1
(注)マネーサプライは香港ドル分のみ。
(資料)Hong Kong Monetary Authority 資料により作成。
(4)現行制度維持に対する香港政府の強い姿勢
香港政府は、現行のカレンシーボードシステムを維持すること、また、それが香港経済
の安定にとって望ましいことであるとの主張を繰り返し強調している。香港政府が示して
いる根拠は以下のとおりである65。
第一に、慎重な財政政策、財政余剰金の規模の大きさ、物価調整のスピードの速さ(市
場の柔軟性の高さ)
、金融システムの強さなど、経済のファンダメンタルズが良好であるた
め、大規模な香港ドル売りが行なわれたとしても、そのショックを吸収できる。第二に、
現行のカレンシーボードシステムが、香港が安定した金融センターであることに対する信
頼を支えており、市場の期待や経済政策に関する意思決定のアンカーとなっている。第三
に、米国経済と香港経済の連動性の高さなどから判断して、対米ドルペッグを維持するこ
とが望ましい。
また、香港特別行政区基本法の第 111 条では、100%外貨の裏付けをもった香港ドル紙
幣の発行が義務づけられており、フロート制に転換するためには基本法の改正が必要とな
るだろう。
(5)今後の展望
以上のように、香港ドル売りに対する防衛能力は高く、また、現行の通貨制度維持に対
する香港政府のコミットメントが強いことから判断して、現行のカレンシーボードシステ
ムが短期的にみて変更される可能性は少ないと考えられる。
International Monetary Fund, People’s Republic of China ---- Hong Kong Special Administrative Region:
2002 Article Ⅳ Consultation Discussions ---- Staff Report; and the Public Information Notice on the
Executive Board Discussion, May 2002, p.12。
65
51
なお、香港経済が今後も中国経済への依存度を高めていくと予想されるため、将来的に
は、香港ドルは人民元にペッグすることも一つの選択肢となるだろう。しかし、人民元が
ハードカレンシー化する前に、香港ドルが人民元にペッグした場合、香港ドルの交換性が
損なわれることになる。その場合には、香港の金融センターとしての地位に悪影響が及ぶ
ことになると考えられる。また、貿易面においては、香港と中国との連動性が高まってい
るものの、実質GDP成長率、株価、為替レート(フォワードレートの推移)の面では、
まだ連動性は高くない66。したがって、香港ドルの対人民元ペッグが現実性を増すのは、
人民元のハードカレンシー化、中国・香港間のさらなる経済一体化を待ってからになるだ
ろう。
International Monetary Fund, People’s Republic of China ---- Hong Kong Special Administrative Region:
Selected Issues, May 2002, p.p.6-8。
66
52
Ⅶ.今後の展望
(1)香港経済の今後の成長性
香港経済は、これまでみてきたように、中国経済の発展と市場開放・投資環境の整備に
より、取扱貨物、貿易・輸送・物流サービスの中国への分散という圧力をいままでよりも
強く受けるようになっていくとみられる。また、不動産業の発展のスピードも緩慢になる
と予想される。そのため、香港は強い産業調整圧力を受けることになるだろう。
それだけに、知識・技術集約型の新興産業の発展が望まれるが、その育成には時間がか
かるうえ、人材不足・研究開発投資の少なさという制約要因があることから、上記の貿易・
輸送・物流業、不動産業の成長性低下を補うことは容易ではないと考えられる。
むろん、中国経済の高成長が、香港の対中貿易の拡大、香港における中国関連金融ビジ
ネスの拡大、中国企業の対香港投資の増加、中国人観光客の増加などを通じて、香港経済
を支えていく大きな原動力となると予想される。また、香港政府も、中国経済の高成長を
香港経済の発展につなげるために、中国・香港間のインフラ整備などを精力的に行なって
いる。
香港の投資環境についても、増税が行なわれる可能性が高いという懸念材料はあるもの
の、簡素な税制、自由貿易港に代表される良好な環境は今後も維持される可能性が高い。
中国政府による香港への干渉も引き続き行なわれない可能性が高いだろう。
ただし、中国国内の投資環境の整備により、香港の貿易センター、対中ビジネスの統括
拠点としての機能が中国に分散されていくため、香港にもたらされるメリットも、以前に
比べて、相対的に縮小すると予想される。以上から判断して、香港の経済成長率は、返還
前と比べて低下することになると考えられる(なお、IMFの中期予測は図表 48)
。
図表 48 香港経済の中期予測(IMF)
(単位:%)
88∼97 98∼07
99 年
年平均 年平均
00 年
01 年
02 年
03 年
04 年
05 年
06 年
07 年
実質 GDP 成長率
5.0
3.1
3.0
10.5
0.1
1.5
3.6
4.5
4.5
4.3
4.0
寄与度
○内需
6.5
1.6 ▲5.1
9.3
0.2
1.4
3.6
4.5
4.4
4.3
4.2
・個人消費
3.5
1.3
0.4
3.1
1.1
0.7
1.7
2.7
2.7
2.5
2.4
・政府消費
0.4
0.1
0.3
0.2
0.4
0.1
0.1
0.1
0.1
0.1
0.1
・固定資本形成
▲6.3
2.6
0.2
2.8
0.6
0.6
1.1
1.6
1.6
1.6
1.6
・在庫
0.0
0.0
0.5
3.2 ▲1.9
0.0
0.8
0.1
0.1
0.1
0.1
○純輸出
▲1.5
1.4
8.1
1.2 ▲0.1
0.1
0.0
0.0
0.0
0.0 ▲0.1
潜在 GDP 格差
1.1 ▲2.9 ▲6.3
0.2 ▲2.8 ▲4.4 ▲4.1 ▲2.9 ▲1.8 ▲0.8
0.0
(資料)International Monetary Fund, People’s Republic of China ---- Hong Kong Special Administrative
Region: 2002 Article Ⅳ Consultation Discussions ---- Staff Report; and the Public Information
Notice on the Executive Board Discussion, May 2002, p.26 により作成。
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(2)今後の香港と中国の分業関係
中国経済の高成長による中国ビジネスの規模拡大、WTO加盟に伴う中国の投資環境の
改善を勘案すると、中長期的にみて、香港の対中ビジネスの統括拠点としての機能は、今
後、長江デルタ地区の中心都市である上海、華北地区の中心都市である北京に分散されて
いくことになるだろう。
実際、上海や北京に「傘型企業」とよばれる持ち株会社を設立する外国企業が増加して
おり、上海浦東地区だけで外資系持ち株会社が約 150 社あるといわれている(01 年時点)
67。これらの外国企業は、持ち株会社に対して、①中国内での投資、②配下の子会社に対
する機器・設備・部品の輸入代行、③子会社製品の内外への販売・アフターサービスの提
供、④マーケティング・情報収集などの機能を与えている。
今後は、市場開放の進展や対中投資の高度化により、長江デルタ地区や華北地区への投
資が増加するとみられる。そのため、上海や北京に持ち株会社を設立し、これらの地域の
事業を統括しようとする外国企業の数が増えていくことになるだろう。それにより、香港
の対中ビジネスの統括拠点としての役割は、華南地域を中心としたものになっていき、華
南地域の発展が香港経済の発展にとって今以上に重要性を増すことになるだろう。
他方で、中国の資金調達窓口としての香港の魅力は、中期的にみて維持されるであろう。
90 年代以降、中国政府は中国企業の海外進出を長期的な目標として掲げてきたが、その一
環として、香港での中国企業の株式上場、債券発行、シンジケートローン組成を支援して
きた。これまでの実績をみてみても、中国政府・企業による海外での起債は過去 10 年間
の累計で 280 億米ドルであったが、そのうち 230 億米ドルが香港で起債されている68。ま
た、中国企業の海外での株式上場先として香港が積極的に活用されていることは第2章で
みたとおりである。
中期的にみた場合、上海が香港に比肩する国際金融センターになることは難しく、上海
は中国国内における金融センターとして発展していくことになるだろう。また、中国政府
にとって香港の経済的繁栄・安定は重要な政策課題であることから、中国政府は引き続き
香港を重要な海外資金調達先として活用していく可能性が高いと考えられる。
以上から判断して、今後、香港は、華南地域における対中ビジネスの統括拠点、中国の
海外資金調達の窓口として発展していくことになるだろう。
『人民日報』2001 年 10 月 18 日。
International Monetary Fund, People’s Republic of China ----Hong Kong Special Administrative Region:
Selected Issues, May 2002, p.5。
67
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2002 年7月発行
調査研究部 中国担当
主事研究員 伊藤信悟(在台湾)
電話
03−5281−7511
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2002
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