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九州地区における自動車産業の拡大

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九州地区における自動車産業の拡大
名城論叢
39
2012 年9月
九州地区における自動車産業の拡大
――工場立地の問題と経営のグローバル化――
伊
目
藤
賢
次
次
はじめに
1.九州地区の自動車産業の現状と近年の動き
1.1
九州地区の3社の現状
1.2
九州地区における3社の位置
2.拡大の背景とそのメカニズム―日産の国際調達を中心に―
2.1
北九州地区の地理的条件の向上―国際物流網の整備による近距離化―
2.2
海外部品の品質向上
2.3
円高傾向の加速
2.4
FTA や EPA の締結の動き
2.5
国内生産の“六重苦”からの脱却
2.6
部品の共通化 / 標準化の動き
3.グローバルな視点から工場立地を考える
3.1
日産グループの事例から抽出できること
3.1.1
工場立地の考え方―国際調達の視点を含めること―
3.1.2
為替や FTA が大きなウェイトに
3.1.3
輸送インフラの整備と配慮が必要
3.1.4
日本,韓国,中国,台湾のさらなる一体化へ
3.1.5
近い将来の ASEAN やアジア地域への拡大
3.1.6
他の産業でも同じことが起こる
3.2
グローバルな視点からの立地に関する考察の試み
3.2.1
対象品のレベルを区分して考える
3.2.2
トヨタの「IMV」の示唆すること
3.2.3 「立地」の発展を考える基本ステップ
3.2.4
立地条件を変える基本要因
3.2.5
設計思想の大きな変化(モジュール化と標準化の流れ)
おわりに
はじめに
界における日本の自動車産業の健闘ぶりは,
かっては世界を席巻してきた日本の家電産業の
日本の産業の中でも,強い国際競争力を持ち
近年の大幅な凋落ぶりと対照的に,著しく目に
グローバルに活躍しているのが,自動車産業と
つくようになっている。しかしながら,日本の
素材・部品・設備産業などの一部の製造業と,
自動車産業は,内容を子細に見れば,
“常に大き
小売業(特にコンビニエンスストア)や宅配便
く変化している”ことが分かる。最近の最も大
などの一部のサービス産業である。とりわけ世
きな特徴は,厳しい環境条件の中で「グローバ
・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
40
第 13 巻
第2号
ル競争下での展開」度合いをますます強めてい
と現状をまとめた。表1を参照。
九州工場の設立(又は操業開始)の順序でみ
ることである。
九州地区に生産拠点をもっているのは,日産
ると,日産(1975 年)
,トヨタ(1992 年)
,ダイ
自動車(以下「日産」とする)
,トヨタ自動車(以
ハツ(2004 年)となる。日産はすでに 40 年近
下「トヨタ」とする),ダイハツ工業(以下「ダ
い歴史を,またトヨタは丁度 20 年の歴史をもっ
イハツ」とする)の3社である。日本の自動車
ている。結構長い歴史を持つと言えよう。
産業の近年の動きのもうひとつの出来事が,九
これは設立の経緯と関係していると思われ
州地区における生産規模の急速な拡大である。
る。最も大きな要因は,1960 年代から 1990 年
中でも日産の動きが顕著である(詳しくは本文
代にかけての生産台数の拡大に伴う国内工場に
で述ベる)。3社の 2012 年度の生産台数(計画
おける労働者不足への対応の為であった。それ
ベース)の合計でみると,140 万台を越すと言
まで,日産の主力工場は関東地区に,トヨタの
われている。これは過去最高水準であり,日本
主力工場は名古屋地区にあった。しかし生産拡
(1)
全体の生産台数の約 15%に相当する 。しか
大に伴う労働力の逼迫(工場作業者の不足)に
し,九州地区は,日本の中心からみれば西部の
より,まだそれが比較的に軽微であった九州地
離れた場所であるだけに,我々の関心は希薄に
区に進出したのである。何よりも雇用対策(労
なりやすい。
働者確保の為の対策)であった。
一般に生産拠点の立地は「消費(需要)地生
しかし日本の自動車産業の伸びをみると,そ
産」が原則とされるが,なぜ消費地から遠く離
れ以降は,バブル経済の崩壊とその後も引き続
れた九州地区で,自動車生産が近年拡大を続け
く円高傾向によって,基本的に,国内生産は横
ているのかについて,筆者は興味を引かれ,本
ばい(約 1000 万台前後 / 年)を続ける反面,海
稿で取り上げることとした。
外生産が急速に拡大していくのである。
「国内
・ ・ ・
・ ・
・
・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
まず九州地区の生産拡大の現状の動きの把握
生産の維持と海外生産の拡大」である。そして
とそれをもたらした要因を明らかにする。次
(2005 年前後に)
「海外生産が国内生産を上回
に,そうしたことを踏まえて,自動車産業の立
ることとなる。図1を参照。
地全体について,グローバルな視点も加えて考
・ ・
・
しかしながら,今年度(2012 年度)の生産計
察する。但し,後者は大きな課題であるだけに,
画台数を見ると,九州地区での生産台数は大幅
本稿は試論であることをあらかじめご了承願い
に増大していることが分かる。最も顕著な日産
たい。
を見ると,2012 年度には約 57 万台が計画され
ている。これは残業や休日出勤などを行って,
1.九州地区の自動車産業の現状と近年
の動き
1.1
九州地区の3社の現状
まず3社(日産,トヨタ,ダイハツ)の概要
⑴
設備能力以上に生産しようとする,最上限の数
値である。57 万台は,日産の国内生産全体(100
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
万台を少し上回る数値)の過半数を上回るもの
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
である。つまり九州地区が主力となりつつある
のである。
日本全体の 2011 年の自動車の国内生産台数は(震災の影響があったが)921 万台であり,140 万台はこの約 17%
となる。国内生産が回復すれば,この比率は若干低下するので約 15%とした。なお日産の国内生産台数は 112 万
台であった。従って,九州での生産計画台数の 57 万台が国内の“過半数を上回る”ことは間違いないと言えよう。
九州地区における自動車産業の拡大(伊藤)
表1
(社名)
所在地
41
九州地区における3社の活動状況
設立,操業
日産:
刈田工場(福岡
「日産自動 県苅田町)
車九州」
71.6万坪
1975年設立。
社名変更は2011
年8月
トヨタ:
宮田工場(福岡
「トヨタ自 県宮若市)
動車九州」 約34万坪
他に苅田工場,
小倉工場が有る
(エンジン他)
1992 年 12 月 操
業。
ダイハツ: 大分(中津)工
「ダイハツ 場(大分県中津
九州」
市)
39.4万坪
第1工場と第2
工場(隣接)
2004年操業。
(合計)
生産能力
(定時勤務)
生産車種
備考,その他
約43万台/年
*
2012 年 度 は 57
万台を計画(残
業や休出等)
セレナ,ティア
ナ,ムラーノ,
エクストレイ
ル,ラフェスタ,
デュアリス(輸
出車も)
工場内に「専用
埠 頭」を 開 港
(2000年)
。 敷
地内に「日産車
体九州」を設立
(2009年)
43万台/年
2012 年 度 は 35
万台(前年比2
割増)を計画
レクサス,SAI,
ハリアー,ハイ
ランダー等。
(一 部 輸 出 車
も。HV 車 を 含
む)
エンジンも(刈
田 工 場)
。HV
用トランスアク
スル(小倉工場)
46万台/年
2012 年 度:「増
産中」とのこと
だが詳細は不明
軽自動車
(乗用車,商用
車,ワゴン等全
車種)
*
(132万台?)
(備考):各社のHPをもとに筆者が作成した。但し日産とトヨタの2012年度の生産計画台数は新聞報道に基づく。
すでに述べたように,もともと日産の主力工
なお日産の九州工場には,表1にも記したよ
場は関東地区にあった。図2を参照。日産の追
うに,工場内に輸出入の為の“自社の専用埠頭”
浜工場,栃木工場,それにグループの日産車体
を保有している(すでに 2000 年に完成してい
の湘南工場などである。日産の国内生産に関す
る。国内工場では珍しい事例と思われる)。以
る基本方針は「年 1 0 0 万 台 の生産ラインを維
前は,日産は関東を代表する自動車メーカーで
持する」ことである。これは,⑴自社と関連企
あったことから考えると,生産の過半数を九州
業の生産及び雇用の維持のためである。同時
で生産する今年度の新しい事態は,全く予想で
に,⑵本社の生産技術の開発を行い,
「マザー工
きなかったことと言えよう。こうした事態が出
場」として維持する為に設定された最低水準の
現した理由については後で触れる。
・・・ ・ ・
生産規模でもある(後述するが,トヨタの国内
次はトヨタである。トヨタは中部地区を代表
生産の最低水準は「年 3 0 0 万台」である)
。日
する自動車メーカーであり,それは今も変わっ
産は,
(輸出台数の維持を含めた)国内生産の最
ていないが,最近は,従来の中部地区に,九州
低水準を維持するためにも,国内で最もコスト
と東北を加えた「 3 極体制」にシフトしつつあ
競争力の高い九州工場への生産移管を,小型車
る。図3を参照。なお九州の生産車種として
・・・ ・ ・
(2)
を中心に急速に進めている 。
⑵
・・ ・ ・
は,レクサスが中心で,2012 年度は約 35 万台
九州日産は「今後3年間で製造コストを3割下げる」ことを表明している(「日経産業新聞」2012 年 02 月 01 日
付)。その柱は労務費の削減と調達コストの削減である。後者は,海外調達比率を上げ,国内と海外の調達比率を
各々4割にしたいとされる。
42
第 13 巻
第2号
図1
日本の自動車産業の生産,販売,輸出の推移
(説明):海外生産が1985年頃を契機に急増し,2005年には国内生産を追い抜くほどの水準に達
している。概数であるが,海外生産によって全世界での生産台数を以前の2倍に増や
していると言えよう。
(引用):「日本経済新聞」(日付はいずれも2006年10月1日付と推定)。
(備考):伊藤賢次(2009)『新版 国際経営』創成社の261頁より引用。
を予定している。これは前年の2割増の水準で
あるし,トヨタはレクサスの HV 車を中心に経
ある。これは生産の約8割がレクサスを中心と
費の安い九州地区での生産を拡大している。な
した北米向けの輸出車で,しかも HV 車の割合
おトヨタの「3極体制」は,3極のそれぞれを
が高いので,生産台数が増加しているのである
専門化し,商品力を強化しようとする長期的な
(輸出だけに円高の影響を強く受けるが,人件
考え方に基づく 。
(3)
費の比較的安い九州地区はその点でまだ有利か
ダイハツは,少なくとも国内生産に関する限
と思われる。なおトヨタ九州の生産台数に関し
り,軽自動車の専門メーカーである。今や日本
ては,
「日本経済新聞」2012 年4月 14 日付によ
の新車市場で軽自動車は4割近くを占めるよう
る)。
になり,スズキとともに,好調な業績を誇って
トヨタは,小型車を東北地区に集結させよう
いる。2012 年度の同社の総生産台数は 64 万台
としている(但し輸出向けの小型車については,
とされているが,その中で九州工場の能力台数
基本的に「新興国を中心とした現地への生産シ
は 46 万台とされるが,今年度の実際の生産台
フト」の方針を推進している)
。日産は輸出採
数は不明である。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・
算に苦しんでいる小型車を経費が安く海外調達
が比較的容易な九州地区に急速にシフトしつつ
九州地区における自動車産業の拡大(伊藤)
図2
日産の国内主力工場レイアウト
(出所)
:2010年10月06日付の「日本経済新
聞」より引用。
図3
トヨタの国内主力工場のレイアウト
(出所):2011年06月30日の「日本経済新聞」より引用。
43
44
第 13 巻
第2号
図4
九州での3社の配置図(トヨタの資料に加筆)
(宮田工場)
ダイハツ九州中津工場
(同じ町に九州日産がある)
(備考):トヨタ九州の宮田工場は最も大きな四角の示す場所であ
る。
なお日産九州(苅田工場)の場所は,トヨタの苅田工場とほ
ぼ同じ位置にある。またダイハツ九州大分工場(中津工場)
も,トヨタや日産の工場に近く,いずれも九州の北部地区
・ ・ ・ ・ ・ ・
に集中している。
(出所):元の地図はトヨタ九州のHPより引用。
筆者が一部を加筆修正。
⑶
トヨタの「3極化」の動きについては,
「日本経済新聞」
(2012 年 06 月 30 日付)に拠る。3極化の狙いは,総
花的な“百貨店“ではなく,専門店が集まった“ショッピングモール型”を目指すとされる。
・ ・ ・ ・
また日産もトヨタも,全世界の視点から,基本的には国内の生産規模を縮小するとともに,(新興国を中心に)
・ ・ ・ ・ ・
海外生産規模を拡大しようとしている。九州地区の動きも,こうした大きな流れの中のひとつに位置付けられる
ものである。
なお日産は,日本市場で販売している小型車「マーチ」については,2010 年春からタイで生産したものをすで
に日本へ「逆輸入」している。こうした海外拠点の活用に関して,日産は日本の自動車メーカーで最も早い動き
を取っている会社と言えよう。
なおトヨタは九州工場での北米向けのレクサス ES では初の HV 生産開始に際して,豊田章男社長は,「(高級
車のデザインや HV システムなど)日本の巧みの技術を加味する商品だからこそ,日本発にこだわっていきたい」
と表明している(「日本経済新聞」2012 年 07 月 07 日付)。これも国内生産へのこだわりの一つの要因であろう。
九州地区における自動車産業の拡大(伊藤)
1.2
九州地区における3社の位置
れている。
具体的には,日産は 2012 年 7 月の新モデルか
九州地区における3社の場所が興味深い。図
4を参照。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
45
ら,小型車「ノート」の生産を現在の追浜工場
3社とも九州の北部の海岸地区に集中してい
(神奈川県横須賀市)から九州工場に移管す
る。日産とトヨタはいずれも福岡県にある(苅
る。それとともに,中国や韓国に加えて,イン
田町には日産九州とトヨタ九州の苅田工場の2
ドなどアジアからの部品を採用する予定であ
つがある)
。ダイハツ九州の中津工場は大分県
る。そうすることによって,
(輸入部品を含め
の中津市にあり,中津市は福岡県の東隣に隣接
た)現地(九州地区)における部品の調達比率を
した場所にある。地図に見るように,いずれも
約8割にまで高め,コスト競争力を強化する 。
・
(4)
沿岸部にある。
また同じグループの日産車体九州(日産九州
こうした地域は,九州最大の都市である福岡
の敷地内にある)では,2012 年の夏に新型商用
市や北九州市に近く,港湾(博多港や門司港)
車「NV 350 キャラバン」の立ち上りを予定し
や鉄道(新幹線や JR の各路線)や高速道路(九
ている。これに向けて,韓国製部品が金額ベー
州自動車道ほか)や空港(福岡空港や北九州空
スで2割採用される予定である。日産グループ
港)にも近く,社会インフラに恵まれている。
ではこれを,韓国製部品の本格的な調達の初の
また部品会社は,地理的に近い自動車メー
試みと位置付けて,今後拡大する考えとされる
カー3社の全部に納入することは(よほどの事
(詳細は後述する)
。
こうしたことが近年になって可能となった理
情がない限り)可能と思われる。特に独立系部
品メーカーほど有利であろう。
由としては次の通りである:
(補足説明:なお北九州市は,門司,小倉,戸
畑,八幡,若松の各地区が合併して 1963 年に誕
2.1
北九州地区の地理的条件の向上―国際物
流網の整備による近距離化―
生した大きな市で,
福岡市の東隣りに位置する。
・ ・ ・
日産九州,トヨタ九州宮田工場は,福岡市や北
北九州への輸入窓口の相手港は韓国の釜山港
九州市につながる場所にあり,それをさらに東
と中国の上海港である。釜山港と九州北部との
に延長にした場所にダイハツ九州の中津工場が
距離は約 200 KM であり,
「大阪∼名古屋」間の
位置する。同じ地域と括れるほどの場所に集中
それに等しい。また上海港と九州北部とは約
している)。
1,000 KM で,
「九州北部∼東京」間の距離に等
・ ・ ・
しい。上海からは,コンテナ船を使えば約 40
・ ・
2.拡大の背景とそのメカニズム―日産
の国際調達を中心に―
3社の中でも日産の急速な拡張ぶりが目に付
く。その最大の理由は,韓国や中国から低価格
時間で到着する。これは東京から門司港へ陸路
・
・ ・ ・ ・
で運ぶ時間と変わらない(つまり時間距離は同
じである。しかも日本の陸上運賃が,国際的に
みて相当高いことを考えると,海外品を使用す
るメリットは大きい)
。
・ ・ ・
の部品を輸入してコストダウンを実現すること
また釜山港は国際的な「ハブ港」であり,韓
にある。このことは,新聞等でも大きく報道さ
国品のみならず,中国やアジアなどからの部品
⑷
日産の小型車「ノート」の新モデル(2012 年 07 月立ち上り)の海外部品調達に関する内容は,
「日本経済新聞」
(2012 年 04 月 06 日付)による。
46
第 13 巻
第2号
図5
九州地区を取り巻く距離の一覧図
九州の自動車産業の主要拠点
北部九州を中心とする
半径1000キロメートルの円
北京 大連
青島
部品メーカーも
九州シフト
九州シフ
ソウル
釜山
日産自動車
追浜工場
ノートの生産
を移管
上海
ダイハツ九州
アジアからも
部品調達
日産自動車九州
・日産車体九州
インドなど
トヨタ自動車九州
(出所)
:
「日本経済新聞」
(2012年04月06日付)より引用。
一部を筆者が加筆している。
も,釜山港経由で容易に輸入することが出来る。
ことである。昨年 12 月に中国の青島に出張し
数多くの国際貨物定期船が就航している。
たが,青島港は大きく拡張されて立派に整備さ
つまり,韓国,中国,アジアの(素材や)部
れ,コンテナ貨物の荷扱量は世界9位で,中国
品が,近年の近隣諸国との物流網の整備によっ
の港の中では,上海,深セン,寧波に次いで,
て,日本国内と比べて孫色のない距離(時間距
第4位とのことであった。こうした青島港と韓
離)の場所として浮上してきたということであ
国中枢部が地理的にこれだけの近距離にあり,
る。図5を参照。
それが物流網として現実化しつつあることは,
話はやや外れるが,2012 年の5月に筆者は韓
国に出張し,ソウル南部の唐津(タンジン)に
筆者にとって大きな驚きであった。
「世の中は
急速に変化している」と感じた次第である。
ある現代製鉄所の工場を見学したが,その時に
通った平澤(ピョンテック)港が,中国の青島
2.2
海外部品の品質向上
まですぐ近く(確か 200 KM と記憶している)
こうした韓国,中国,アジアで作られる自動
にあると聞いて大変驚いたことがある。平澤港
車部品の品質は,
近年急速に向上してきている。
は,水深が仁川港に比べて 10 M 以上と深く,
これは日系自動車メーカーの現地進出に伴う部
仁川に代わる有望な港であるとのことであっ
品の現地調達比率の拡大に伴うものである。勿
た。地図を見ると分かるが,韓国と中国,とり
論,現地の自動車及び部品メーカー(代表例は
わけ山東半島は中国の中でも韓国と目と鼻の先
韓国の「現代自動車」や「起亜自動車」など)
の位置にあり,青島港は本当に近い(上海は青
自身による品質向上の努力と成果によるところ
島からすれば,それよりかなり南部の場所とな
が最も大きいと言えよう(韓国の自動車メー
る。図5を再度参照願いたい)。こうした地理
カーもアジア各地で現地生産を急速に拡大して
的関係も,日本人にはなかなか知られていない
いる)。日系部品メーカーに限らず,非日系な
九州地区における自動車産業の拡大(伊藤)
47
いし現地部品メーカーの品質力の改善が著し
圧迫している(詳しい説明は省略する)
。こう
い。
した国内の様々な制約要因からフリーである輸
入品の活用はコスト面からみて合理的である。
2.3
円高傾向の加速
長期的な円高傾向は,2011 年の春以降にさら
に強まり,一時は1米ドル 75 円台にまで上昇
2.6
部品の共通化 / 標準化の動き
自動車産業における近年の
“大きな技術変化”
した。これは日本の自動車メーカーにとって,
の流れとして,
エンジンやプラットフォーム
(車
製品輸出への大きなマイナス要因となっている
台)
や部品の共通化 / 統一化 / 標準化の動きが,
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
が,逆に海外品の輸入には大きなプラス要因と
グローバルな規模で急速に進められている。こ
なっている。自動車メーカーにとって,短期間
うしたことによる「コスト削減」と「品質の向
に2割近いという急速な円高である。製品輸出
上」が狙いであり,大手自動車メーカーを中心
で苦しんでいる日本の自動車メーカーにとって
に,強く推進されようとしている(詳細は後述
は,安くなった部品を使わない手は無いとの強
の第3章の第2節第5項を参照)。こうした動
い思いであろう。
きが,急速に拡大するとともに,競争の激化し
ている新興国市場を中心に展開され,本国日本
2.4
FTA や EPA の締結の動き
さらに,貿易の自由化である FTA(自由貿
及びアジアでも例外ではいられない。このこと
が,海外部品の輸入を加速している。
易協定)と EPA(経済連携協定)の拡大の動き
が,こうした部品輸入のみでなく,製品輸入の
以上に述べた様々な要因が作用して,日産九
拡大をも加速している。これらは貿易の自由化
州工場の新型「ノート」
(2012 年 07 月立ち上り
であり,関税の段階的な削減(最終的には「ゼ
予定)では(海外品を含めて)現地調達率が約
ロ」化)を目指している。とりわけ韓国は熱心
8割にも到達するほど,現調化が急速に進んで
に推進している。また ASEAN(東南アジア諸
いる。
国連合)やインドも積極的である。こうした近
また九州日産と同一敷地内にある日産車体九
隣諸国の貿易自由化への取り組みのメリット
州では,今年の夏に発売予定されている新型商
(輸入税の低減)
を享受しようと,
日本メーカー
用車「NV 350 キャラバン」の立ち上りに向け
が部品及び製品の輸入を加速している。
て,
韓国製部品が金額ベースで2割採用される。
これは日産・ルノー連合の傘下にある韓国のル
2.5
国内生産の“六重苦”からの脱却
ノーサムスン自動車の部品調達網を活用し,内
日本における製造業は,国際的に見て,次の
装材やミラーなどの部品を調達するためである
ような“六重苦”を背負っていると言われてい
(釜山周辺の 26 社が調達拠点に選定された)
。
る。即ち,①円高,②高い法人税,③貿易自由
日産グループではこれを,韓国製部品の“本格
化の遅れ,④環境対策費(地球温暖化対策の費
的な調達”の初の試みとし,今後拡大する方針
用等),⑤厳しい労働規制,⑥電力不足と高い電
である。価格は,日本品に比べて,数パーセン
力費である。本文ですでに述べた①以外にも,
ト安いと言われる 。
様々な要因がコスト増加要因として国内生産を
⑸
(5)
なおこうした日産の国際調達の加速化の動き
日産車体及び日産グループによる韓国部品調達の内容は,「日本経済新聞」(2012 年 01 月 19 日付)による。
48
第 13 巻
第2号
と比べて,トヨタとダイハツの国際調達の動き
(その為に,各国,各地域に活動拠点をも
はよく分からない(少なくとも新聞等では報道
つとともに,相互の取引を拡大し,グロー
されていない)。
バルな活動を展開することによって,為替
リスクを少なくする。メーカーではない
3.グローバルな視点から工場立地を考
える
3.1
日産グループの事例から抽出できること
が,日本の総合商社の活動が参考になる)。
⑵
FTA や EPA の締結が大きな影響を及
ぼす(貿易,特に製品の輸出市場。素材や
・ ・ ・ ・ ・ ・
部品の調達に限定されずに,双方向である
第3章では,こうした日産グループの動きに
点へ留意することが必要である)
。
見られることをベースにして,グローバルな視
こうした動きに適応したグローバルな経
点から今後の工場の立地問題を考察する。その
営ネットワークを構築する。但し,製造拠
前にまず既述の日産グループの事例から抽出で
点は中長期的に考察することが必要となる
きることをまとめてみる。
(理由は,製造拠点は投資額が大きく,
いっ
従来の考え方からの「新しい変化」
(新しい事
たん設立すると変更や撤退が困難である為
象)として次の6つのことが挙げられる:
である)。現実には結構難しい問題となる
(それに比べて,販売や調達の拠点は,比
3.1.1 工場立地の考え方に国際調達の視点を
含める
較的迅速かつ容易に変更が可能である)
。
⑶
各国の政策が互いに大きな影響を及ぼす
従来は,工場立地に関しては,国内中心,そ
ので,この点への配慮が強く求められる。
れも市場に近い大都市が中心であったが,今後
FTA 政策,EPA 政策,産業振興政策(国
は,海外からの部品(や素材)の「調達」を中
内産業,輸出産業)
,外資政策(各種特典ほ
心に,「近隣諸国を含めて一体のものとして考
か),税制などである。日本政府の政策も
える」必要がある。
重要であるが,世界各国の政策も同様に重
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
調達に関しては,特に海外の産業集積地に注
意を払う必要がある。どんな工業製品であろう
要である。グローバルな視点と各国への配
慮が一層求められる。
と,固有の裾野産業を必要としており,各国や
各地域において,特有の産業が発達するのはよ
3.1.3
輸送インフラの整備と配慮が必要
く見られることである。こうした産業集積を中
海上輸送,航空輸送,輸出入手続きの簡素化
心とした近隣諸国の発展に留意することが,こ
などへの考慮が必要である。
「ハブ」港の整備
れからは求められる。
が重要となる。これは海上輸送のみでなく,航
空貨物にもハブを配慮する必要があろう。日本
3.1.2
為替や FTA が大きなウェイトに
各国の通貨変動や政策が,
当事国のみでなく,
広範な海外各国により大きな影響を及ぼすこと
政府は,こうした対策が極めて弱いように思わ
れる(韓国を筆頭に,アジア各国はハブ港の整
備を積極的に推進しようとしている)
。
となる(言うまでもなく,為替変動は,経営全
般にも大きな影響を及ぼす)
。
従って,対策としては,
⑴
為替変動の影響を受けないようにする
3.1.4
日本,韓国,中国,台湾のさらなる一体
化へ
筆者は(台湾を含めて)
「4国間自由貿易圏」
九州地区における自動車産業の拡大(伊藤)
49
(仮称)と命名したい考えを持つ(近隣4カ国
なろう。なぜなら,各レベルでの検討ポイント
がお互いに,より一層国内レベルに近づくよう
が異なるからであり,企業は様々なレベルを組
になる。また同時に,
“お互いが最も近い競争
合せて経営しているからである:
相手”である,との意識を持つことになろう)
。
⑴完成品,⑵ユニット(部品のまとまり),
域内の一体化と更なる競争の激化が予想され
⑶部品,⑷素材,⑸機械設備等(金型や治
る。
工具等を含む)
各国の産業の成長が相互に大きな影響を与え
る(例:自動車産業,素材や組立産業など)
。
上記⑵のユニットとは,自動車で言えば,エ
ンジン,トランスミッション(変速機)などで,
「コア(中核)部品」とも呼ばれる。
3.1.5
近い将来の ASEAN やアジアへの拡大
タイ,インドネシア,マレーシア,インドほ
か。また「ASEAN + 3(日・中・韓)」の構想
がある。
以下は「部品」の国際調達に関する筆者の仮
説である(自動車を想定している)
:
1)部品や素材や機械設備ほど,速く広く国
基本的な考え方として,
「国」単位で考えるの
・ ・
・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・
際調達が進展する。
ではなく,(広い)
「地域」として捉える必要が
(理由:目に見えず,消費者には分から
ある。こうした新しい視点が,企業だけでなく
ないから)
。
国家にも求められる。
2)部品は次のように分類される:
A:
「標準部品」か「特殊部品」か(使用
3.1.6
他の産業でも同じことが起こる
こうした現象は,自動車に限定されない。他
量の多寡に関連する)
。
1:求められる材料や設備や技術や加
の産業でも,強弱の差はあるかもしれないが,
工が「特殊」か「一般」か。
基本的には同じ現象が起きることは間違いな
2:これはむしろ素材や加工に要求さ
い。こうしたことを経済の「グローバル化」の
具体的な現象として率直に受け止め,対策を講
ずるべきであろう。
れる「質」の問題である。
3:本当にそこまでのものが求められ
るのか(要求値の水準など)
。
B:
「専用部品」か「汎用部品」か(使用
3.2
グローバルな視点からの立地に関する考
察
それでは,上記の九州日産の事例からさらに
量の多寡に関連する)
。
1:設定時点での位置付けに拠る。
「モデル」を越えて使うことが出
視点を広げて,グローバルな視点から工場の立
来るか否か。
地問題について考えてみる。今後の展開の予測
取り組み姿勢にも拠る(融通性や
にも関することだけに,不明な点が多い。筆者
妥協も考慮される)
。
の大胆な“試論”とご理解願いたい。
C:
「コア部品」であるか否か(標準化や
共通化の必要性は高い)
3.2.1
対象品のレベルを区分して考える
1:例:エンジン,トランスミッショ
日産九州のケースは,完成車と部品のレベル
ン,プラットフォーム関係など。
で考えたが,企業の立地を考える場合には,以
2:重要部品であるだけに,機能確保
下のようにまず区分して検討することが大切と
が優先され,上記 A の特殊加工
50
第 13 巻
第2号
「MSP(Multi-Source Parts)
」(エン
が関係してこよう。
ジンとトランスミッション)
3)国際調達の方向性:
「標準部品」や「汎用
部品」になるほど速く広く進展する。
(コア部品に関する世界規模における
(理由:世界のどこででも生産されてお
生産拠点間での相互補完)。
り,また数量もまとまる為)
。
2:世界同一品質「Made by TOYOTA」
代表例が,エアコン,タイヤ,ミラー,
3:地域統括会社の活用(商流と物流:シン
ハンドル,ボルト&ナット等である。
専用部品や特殊部品になるほど,国際調
達に際して制約されるであろう。
ガポールほか)
。
こうした構想は,グローバル経営,即ち「グ
ローバルな調達・開発・生産・販売及び経営」
システムの先行事例であり,将来のあり方を考
3.2.2
トヨタの「IMV」の示唆すること
筆者は,トヨタの「IMV」
(多目的世界戦略
える際に,
大いに参考になることは間違いない。
詳細については不明な点も多い。
車)に以前から強い関心をもっている。同一プ
ラットフォームをもった商用車でありながら,
5つのモデル(トラックとしては3つ,それに
SUV と MINIVAN が加わる)を有し,世界 10
カ国でほぼ同時立ち上りを行い(2004 年 08 月
3.2.3「立地」の発展を考える基本ステップ
立地の基本ステップについて,筆者は以下の
ように考える:
原則:
「消費地生産」
(市場=需要に近い所で
にタイで操業開始される)
,その中の4つの拠
点(タイ,インドネシア,南ア,アルゼンチン)
生産する)
。
理由:顧客や市場への素早い対応が可能で,
輸送費が削減できる。
は,世界 140 カ国への輸出拠点となっている。
現在では,世界全体で年にほぼ 100 万台規模の
但し裾野の広い産業(例:自動車)の場合は,
生産・販売を行っているトヨタの(隠れた)ベ
「産業集積」の場所が適している。
ストセラーカーの一つである。但し興味深いの
理由:調達・生産の連携力と対応力,情報
は,日本(及び米国,中国)では1台も生産も
(6)
されていないし,販売もされていない 。
共有,技術開発(協力体制)が重要。
(産業集積の無い国では「KD 生産」
=輸入部
IMV の特徴は以下の通りである:
品による車輛組み立てが行われる。それも程
1:世界各地(10 カ国)で同時生産・同時販
度によって,完全な KD 生産とセミ KD 生産
売。
規模の利益の享受。標準化と統一化(同
一設計)がベース。
A:4カ国による世界全体への供給基地(輸
出拠点化)
。
B:供給ネットワークの構築(完成車,コア
部品)。
⑹
とに区分される)
立地の発展段階と検討事項としては次の通り
である:
立地の発展段階(筆者の試論に過ぎない)
:
⑴
第1段階:国内生産(国内市場向けのみ)
⑵
第2段階:国内生産+「輸出」
(輸出は後
で加わる)
詳細は,伊藤賢次(2007 年3月)
「トヨタの IMV(多目的世界戦略車)の現状と意義」名城大学『名城論叢』第
7巻第4号,143∼165 頁を参照願いたい。
概略は,伊藤賢次(2009)『新版国際経営』創成社の第 19 章にも掲載されている。
九州地区における自動車産業の拡大(伊藤)
⑶
51
第3段階:
「現地生産」
(←輸出)
。
を通る場合があるが,長期的には5
(現地市場の拡大と現地調達の拡大とが
の存在は続かない(又は大きくはな
並行して進む)。
らない)と思われる。
・ ・ ・ ・
基本は,現地市場向け
(輸入代替が目的)
。
それに伴い,経営レベルにおいても,IMV で
現調率拡大の推進。
⑷
(第2段階を飛び越して第3段階に進む
述べたようにグローバルなネットワークの下で
場合もある。近年の新興国市場を狙った
の総合的な経営が推進されることになろう。注
一部のメーカーの動きがこれに当たる)
意せねばならないのは,経営は総合的なシステ
第4段階:
「現地生産」の拡大(現地市場
ムであり,立地や生産のみの視点だけでは成立
向け+「輸出」
)
。
しないということである。
・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・
輸出割合にもよる(輸出数量,輸出比率,
仕向け国など)
3.2.4
(第2段階から,第3段階を飛び越して
第4段階に進む場合もある。近年の新興
⑸
立地条件を変える基本要因
上記の第3段階や第4段階への影響要因とし
て考えられるのは:
国市場を中心に輸出も同時に意図する一
1)現地市場の発展(将来性も含む)
。規模。
部のメーカーの動きがこれに当たる)
2)現地政府の政策や規制。
第5段階:輸出基地(新タイプの海外工
3)為替動向(円高:特に日本企業は大きく
・ ・
(8)
場):
「輸出」が主な目的。
影響されている)
輸出基地(「第3国向け」または「日本向
4)輸入税や規制:FTA,EPA。各種の経済
け」=「逆輸入」
)
圏(ASEAN ほか)
。
(第3段階や第4段階を飛び越して第5
5)技術移転の度合い。
段階に進む場合もある)
6)現地化(相手国やパートナーとの信頼,
・ ・ ・ ・
但し第5段階も長期的には続かないと
思われる(輸出数量の増大に伴い,仕向
実績など)
:取り組みの基本。
7)国内の生産革新の度合い(QCD の改善
向上)
:海外移転の阻止となる。
け地での現地生産への切り替えが起き
る。また輸出基地のメリットは,その国
また上記第2段階や第3段階の変化に伴い,
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
の経済の発展や政策変更等に伴って急速
国内生産も影響を受ける。
に薄れる場合が多い。特に人件費をはじ
基本:国内生産の減少
・ ・ ・
(7)
めとする経費が急増する為である) 。
(今回のトヨタと日産の国内生産の縮小の
(9)
発表がこれと符号している) 。
まとめ:上記「1→2→3→4」の経路が通
常の発展段階である(グローバルに
・ ・ ・ ・
みれば,1と2と3と4が共存する
という形態となる)
。但し途中で5
⑺
3.2.5
設計思想の大きな変化(モジュール化
と標準化の流れ)
自動車業界を巡る最大のトッピクスの一つ
輸出は一般に,世界中の競合メーカーとの間との厳しい競争となる。輸出をするための様々な優遇措置を準備
して海外からの投資を誘致する「フリーゾーン」
(輸出加工自由地域)は,長期間続くことはない。詳細は伊藤賢
次(2009)の 61∼64 頁を参照。なお輸出に関する掘り下げた研究は筆者の今後の課題のひとつである。
52
第 13 巻
第2号
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
は,自動車の設計技術の根本的な変化と言われ
ト が 発 揮 さ れ る 見 込 み で あ る。な お
る“大きな動き”である。代表的なメーカーの
MBQ の手法によって,全社ベースでみ
事例として次の3つが挙げられる:
た(売上高に対する)R&D 比率をすで
1:全メーカー:プラットフォームの標準
化 / 統一化(絞り込み)
:既に実施中。
(トヨタと日産は,下記3と4を参照)
。
に1ポイント引き下げた(2011 年 12 月
期)と言われる。
3:トヨタは Toyota New Global Architecture
2:VW が「モジュール生産」を最も先行し
(「TNGA」)の手法を導入しようとして
て推進していると言われる。部品の徹底
いる。この内容は,トヨタの主要車種の
的なモジュール化を推進している。部品
プラットフォームを3つ(B,MC,K)
の共通化と統一化により,設計・開発工
に絞り込み,この3つで総生産台数の5
数の大幅な削減を行うとともに,部品の
割をカバーしようとする構想である 。
点数削減と部品コストの大幅な低減を狙
4:日 産 は Common Module Family
う。VW の「MBQ」と呼ばれる手法が代
(「CMF」)の手法を導入しようとして
表例である。
いる。これは,同じプラットフォームを
⑻
(10)
2012 年夏の「A 3」モデルからこの手
使う複数の車種を同時に企画・開発する
法を採用。今年の年末にかけて発売が予
「グルーピング開発」の手法である 。
定されている「ゴルフ」
「パサート」
「ポ
上記3社のいずれもが,派生車種間の部品の
ロ」の3車種では年間 400 万台の数量と
共通化をできるだけ実施し,部品点数の削減と
なり,共通化による大きなコストメリッ
部品のコスト低減と開発期間の短縮を図ろうと
(11)
円高と FTA を活用して,日本からの輸出に代わって,海外からの輸出に切り替える動きが,2011 年夏頃から
・ ・ ・ ・ ・
始まっている(自動車の場合は,一般に製造ラインの変更や部品の調達などが伴うので,切り替えに時間がかか
・
ると言われる)。
トヨタはオーストラリア向けの「ハイエース」を日本からタイへ移管している(「日本経済新聞」
:2012 年 04 月
04 日付)。またトヨタとホンダは,韓国のウォン安も活用して,米国産車を韓国に輸出をしようとしている。こ
れは韓国内での高いシェアによって高収益を上げているライバルの現代自と起亜自に打撃を与える意味も込めら
れている。また海外拠点間の生産シフトの例をトヨタで挙げると,北米向け輸出の小型車「ヤリス」を,ユーロ安
を利用して日本生産からフランス生産に切り替えるようにしている(「日本経済新聞」
:2012 年 06 月 23 日夕刊)。
トヨタはこうした「国内外の生産体制の大幅な見直し」を現在強力に推進している。トヨタの基本方針は,現在
の国内生産の輸出比率の6割を5割に引き下げることであり,具体的には(海外拠点間のシフトも含む)
「海外生
産へのシフト」と(魅力ある車の開発による)「国内販売の増加」をその柱としている。
なお円高と FTA に対応した自動車以外の産業の事例であるが,工作機械メーカーであるヤマザキマザックと
森精機が,米国産の機械を韓国に輸出するとされる(円高・ドル安と FTA による8%の関税の撤廃を活用する
為)。なおヤマザキマザックは,部品やユニットの生産を中国・大連の工場に集中し,そこから全世界の工場(日
本を含めて5工場)へ供給するように計画している(いずれも「日本経済新聞」
:2012 年 07 月 02 日付)。こうし
た動きは,全産業に波及すると思われる。
⑼
両社の(長期的なレベルでの)国内生産の縮小については,トヨタについては「日本経済新聞」
(2012 年 06 月
20 日付),日産及びトヨタについては,
「日本経済新聞」
(2012 年 06 月 21 日付)を参照。内容は,トヨタは 50 万
台の生産能力の削減,日産は 15%(約 20 万台)の削減である。国内生産は一定数を維持するとしており,その狙
いを,両社とも,
「国内の雇用確保」と「マザー工場の維持(生産技術の革新)」としている。後者は,海外生産力
を維持・向上するために不可欠な国内活動と位置付けられている。
九州地区における自動車産業の拡大(伊藤)
53
する動きである。同時に「エンジン」の絞り込
可能性の検討を試みた。しかしまだ明確な方向
みと共通化も推進されている。
性を見出すには至っていない。大きく捉えるな
らば,
「グローバル経営とは何か」を,国際調達
こうした共通化 / 標準化 / 統一化がグローバ
ルな規模で施されるようになれば,ユニットや
や立地を事例に,自動車産業を対象に検討する
ことが,本稿の中心テーマである。
部品に関する国際調達も,従来以上に,急速か
つ広範囲な規模で展開されることは間違いない
今回残念ながら明らかに出来なかった点は,
今後ともフォローしていくつもりでいる。
ことと言えよう。上記 3.2.4 に述べた「立地に
(2012 年7月)
様々な変化をもたらす要因」に,さらに追加し
て注意を払う必要が増している。
付記
本稿の第1章と第2章の内容については,
おわりに
2012 年 05 月 26 日に韓国ソウルの東国大学で
開催された名城大学との国際共同研究会で発表
九州地区における自動車生産の拡大について
した「New Strategy of Japanese Automotive
の考察を行ったが,日産に見られる動きが,他
Company which is based in Kyusyu Area
社も含めて,今後どれだけ拡大するのかは,不
―Expansion of Economic Area of “ Korea,
明である。トヨタ九州やダイハツ九州大分工場
Taiwan, China + Asia”―」をベースとしてい
の実態は分からない(公開情報に頼っている状
る。第3章は新しく付け加えた。
態である)。さらに言えば,他の日本の自動車
メーカーの国際調達の実情は,殆ど明らかにさ
参考文献
れていない。日産九州の情報のみが,マスコミ
1:伊藤賢次(2007 年3月)
「トヨタの IMV(多目的
を通してよく伝わって来ているのに過ぎないの
世界戦略車)の現状と意義」
『名城論叢』第7巻第
かもしれない。
こうした動きはまだ小さいものに過ぎないか
4号,143∼165 頁
2:伊藤賢次(2009)
『新版国際経営』創成社,の第 19
章「グローバル経営の新戦略―トヨタの IMV(多
もしれないが,今後は,大きく拡大する可能性
があると,筆者は基本的に受け止めている。そ
目的世界戦略車)の事例―」(225 頁∼242 頁)
3:「日本経済新聞」,「日経産業新聞」(日付は各所に
うした考えをもとに,第3章では,いろいろな
表示)。
(2012 年 04 月 10
共通化を中心とするトヨタの新しい設計思想(「TNGA」)の詳細については「日本経済新聞」
⑽
日付)を参照(前日にトヨタが記者発表した内容である)。
トヨタが部品メーカーに直接発注する部品点数は現在 4,000∼5,000 品目あるが,この手法の導入によって部
品数が半減し,開発工数の効率は3割高まるとされる。なおこうした新しい手法による新モデル車は 2014 年∼
2015 年から発売される予定である。
⑾
日産の新しい設計思想(CMF)の詳細については,
「日産 CMF」として自らプレス発表を行っている(2012 年
02 月 27 日付)。詳細はそれを参照願いたい。
概要は,車の「ボディ」をまず4つに区分し(MPV,SUV,SED,H/B),そうしたボディに搭載する構成部品
を⑴「エンジン」
(区分は2つ:高速と低速),⑵「運転席」
(区分は3つ:高い,中間,低い),⑶「アンダーボディ」
を「FR」または「RR」に区分し(さらに各々の内容を,重量級,中間,軽量級の3つに区分する),さらに⑷「電
気及び電子制御」の合計で4つに区分し,これらの組合せで車を構成する / 完成するとしている。
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