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中国の吉祥デザイン ―王家大院を中心にして - Doors

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中国の吉祥デザイン ―王家大院を中心にして - Doors
 中国の吉祥デザイン
―王家大院を中心にして―
名 和 又 介
はじめに
2006年に山西省の世界遺産・五台山と平遥を訪問し、文化財の保存につい
て聞き取り調査をした。平遥訪問の後、関係者に王家大院(注1)の見学を勧め
られた。王家大院は平遥のさらに南の霊石にあり、当地の大邸宅が立派に保
存されているという。そこで半日を費やして王家大院を見て回った。王家大
院の規模の大きさと邸宅に保存されていた吉祥デザインに圧倒されたのであ
る。もちろん簡単な見学程度で大邸宅の文化財を云々する気持ちはない。
しかし王家大院で見た吉祥デザインは、各地の邸宅の壁画・門飾りや部屋
の装飾として共通し、また中国文化を代表する絵画・彫刻・陶磁器・服飾な
どにも繰り返され、正月用の年画・切絵などにも多用されていることに気が
ついた。中国文化の共有するデザインになっていることが理解できた。王家
大院で撮った写真をもとに、中国の吉祥デザインを勉強し、吉祥デザインそ
のものが中国文化の集大成のように思えたのである。
そこで写真をもとに、2回ほど吉祥デザインの報告をさせていただいた。
この原稿は、その報告をもとにして書いたものである。写真のデザインをか
かげて、その説明をすることで、吉祥デザインのもつ意味を考えてみたいと
思っている。吉祥の意味を解説する時には、「目出度い」から「鯛」と言っ
た同音の説明が多いのだが、なぜ同音で「鯛」のみに結びついたのかの説明
は不十分である。十分な説明は今後の課題としたい。
『言語文化』11-1:85−105ページ 2008.
同志社大学言語文化学会 ©名和又介
名 和 又 介
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1.獅子
図1は「双獅戯球」というデザイン
である。二頭の獅子が左右対称に描か
れている。その獅子はオスとメスから
なり、間に刺繍模様のあるマリがあっ
て二頭の獅子はそのマリをもてあそん
でいるように見える。刺繍のあるマリ
は男女の愛情を結ぶシンボルであ
図1
る(注2)。したがって二頭の獅子は愛情
深い夫婦の獅子であり、やがて二頭の間に子どもの獅子が誕生することを示
唆している。実際子どもの獅子が描かれているデザインも見受けられる。こ
れらのデザインは、愛情深い夫婦の存在と子どもの誕生すなわち子孫繁栄を
願った吉祥図であるといえる。
獅子について多少ふれなければならない。獅子は中国人にとって目にする
機会のない想像上の動物である。全く眼にすることがないかといえば、必ず
しも正しくない。中国の歴代皇帝の中には今でいう動植物園を作り、珍獣奇
獣をあつめて見学させたという。前漢の上林苑は武帝時代に拡大され、周囲
二百余里もあり、管理する役人もいて、珍しい植物が植えられ、奇獣が飼わ
(注3)
れていた。西暦133年に疏勒王(臣磐)が獅子と封牛を献じた記録もある。
実際に見た中国人もいれば、絵画で知った中国人もいたことであろう。と
もかく一応獅子の姿と形状は分かっていたと思われる。
次にこの獅子のイメージである。獅子は百獣の王者であることもまた伝え
られていた。中国における虎のイメージに近く、悪鬼を退治する虎に匹敵す
る霊獣として受け取られていたと思われる。屋敷の門前に石造の獅子を置い
て、家宅を守る悪鬼除けの役割をはたしたのである。唐の初期お墓の守り手
(注4)
として登場する鎮墓獣も獅子の姿を髣髴させる。
中国の吉祥デザイン―王家大院を中心にして―
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獅子舞についてもふれておきたい。今の獅子舞は中華街を中心に展開され
ている。日本の獅子舞は正月などに舞われるもので、やはり悪鬼祓いの縁起
ものである。西日本は伎楽系で獅子頭をもっている。東日本は風流系で獅子
頭以前は鹿頭であった可能性が大きいといわれている(注5)。獅子は中国にい
ないのでインド起源と考えられている。しかし獅子舞は中国で舞われ、中国
で祝われた伝統舞であることは疑いがない。
大きな獅子と小さな獅子が向かい合っているデザインもある。これは親子
の獅子ではなく、皇太子の教育担当を意味している。時代により名前は変わ
るものの、皇太子の教育係は太師・少師と呼ばれてきた。獅子の獅と教師の
師は同音であり、太師は大きい獅子に少師は小さい獅子になぞらえた次第で
ある。したがって獅子のデザインは高位・高官のシンボルでもあったという
ことになる。高位・高官だけでなく皇太子の先生という立場は教育者として
も名誉職としても最高の位置であっただろう。
百獣のライオンであり、同時に悪鬼退治の獅子は、屋敷や家宅を守る霊獣
(注6)
として崇められた。「神虎鎮宅」
の獅子版であると思えば分かりやすいだ
ろう。しかもこの霊獣は愛情深く、妻を愛しみ子どもを可愛がる、まさに百
獣の王者としてイメージされていった。さらに明清時代の二品武官の礼服の
デザインが獅子になったことも重要であろう。高位高官とりわけ武官のシン
ボルであったことは、「強い」「立派」のイメージ強化になっていよう。結果
が最初にしめした「双獅戯球」というデザインなのである。
2.鶴と鹿
図2は鶴のデザインである。鶴は千年、亀は万年といってお目出度い動物
である。中国では、鶴寿千歳といい、長寿のシンボルでもある。仙鳥であり、
羽族の長でもある。ここで中国人の鳥のイメージにふれたい。中国人は鳥を
どのように見なしてきたのだろう。洋の東西を問わず、古代人にとって空を
飛べることは魅力ある能力であった。太陽に向って飛んだイカロスの悲劇は
よく知られている。
名 和 又 介
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図2
図3
中国の場合は、凧を考えてみたい。中国凧の図案で目に付くのは、鳥の図
案である。実際驚くほど鳥型の凧が多いのである(注7)。図3を見ていただき
たい。山東省の潍坊にある凧工房で撮影した写真である。凧の図案としては、
鳥類以外にも龍や昆虫などの種類もある。しかしいずれも空を飛翔する、あ
るいは飛翔すると考えられる動物であることに変わりはない。空を飛べるこ
とへの願望や羨望の現われでもあろう。
明清の時代の文官礼服のデザインが、鳥類であったことも興味深い事実で
ある。鳥類に対する畏敬の念とともにカラフルで美しい鳥類への感嘆も存在
したと思われる。以下に一品から九品までの鳥類を紹介する。
一品 鶴
二品 錦鶏(きんけい)
三品 孔雀
四品 雁
五品 白雉
六品 鷺
七品 鴛鴦
八品 鶉
九品 三光鳥
中国の吉祥デザイン―王家大院を中心にして―
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二品の錦鶏はキジ科の鳥で和名はニシキ鳥、見事ないろどりをした美しい
鳥で、中国南西部の山地に生息している。大きさはチャボくらいである。メ
スは茶褐色で美しくない。五品の白雉は白い雉ではなく、ハッカンという同
じくキジ科の鳥で、錦鶏などとともに動物園で飼われているキジである。九
品の三光鳥は、スズメくらいの大きさで、オスは30cmにもなる長い尾を持っ
ている。頭から胸にかけて黒紫色、背は栗色で、目はあざやかなコバルト色
で美しい。あまりなじみのない鳥ではあるが、中国ではよく知られた鳥にな
るのだろう。
選ばれた鳥はいずれも色美しく際立った特徴を持っている。鶴は丹頂鶴を
イメージしているのであろう。どの鳥も立派な尾を持っている。官服のデザ
インだけでなく被った帽子の飾りも鳥の羽飾りであった。したがってデザイ
ンが見えなくても被った帽子の羽飾りで官位が見て取れたのである。高官の
お屋敷には、立派な帽子置きがあり、帽子は官位を誇示する重要な道具だっ
たのである。
鶴は一品官の文官礼服のデザインである。官僚機構のいわばトップという
ことになる。鶴が一羽描かれているデザインは最高官僚の荘厳な姿を意味し
ているのである。とりわけ朝日の中に屹立する一羽の鶴は、旭日(皇帝)の
信任をえて、堂々とした一品官の姿をイメージしているのである。鶴車は皇
太子の車であり、鶴杖は仙人の杖を意味していずれも庶民とは隔絶した世界
であることを示している。
鶴と対で描かれる動物に鹿がいる。
図4を見ていただきたい。鶴と鹿が花
咲き競う園庭で遊んでいる。世の中は
平和で、園庭には花が咲き誇り、高貴
で(孤高で)繊細な(用心深い)鶴や
鹿が春を満喫している図案である。こ
れは鹿(六と発音が近い)鶴(和と発
図4
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名 和 又 介
音が近い)同春、すなわち「六和同春」という意味で、六和とは天地東西南
北を意味していて、天地・四季すべて春のように長閑であることをイメージ
し、一種のユートピアを反映しているのである。
鹿は古代、王権を意味することもあり、鹿巾は仙人のかぶる頭巾でもあっ
た。鹿鳴は詩経に出てくる歌であり、科挙の合格祈願の歌でもあって、官僚
制度と深い関係があった。中国瀋陽には鹿鳴春という有名なレストランがあ
り、日本の鹿鳴館も同じ意味である(注8)。高官の後ろに鹿が存在すれば、後
鹿(厚禄)と重なり、やがて高官になって高い給料をもらえるという吉祥デ
ザインであった。
さらに鹿の角は牛の角などと同じように特別視されてきた。殷墟の甲骨文
字などを見ると鹿も牛も角が大きくデザイン化されている。デザイン化され
ているだけでなく特別の機能をもったものとして珍重されたようである。生
命力の源あるいは五穀豊穣のシンボルになっている(注9)。またその角である
鹿茸は貴重な漢方薬でもあり、強壮剤・強心剤として重宝されたのである。
麝香は麝香鹿の嚢から得られた芳香剤であり、薬用としても珍重された。人
参と共に高価な漢方薬でありその効果もあいまって鹿に対する畏敬の念は強
かったと思われる。鹿は霊獣として尊重され、吉祥デザインの絵柄として定
着したように思われる。
3.瓜
図5を見ていただきたい。「瓜瓞绵绵」という図柄である。詩経に「綿々
たる瓜と瓞(小瓜)よ」という言葉があり、蔓の上に瓜と小瓜が枯れること
なく永続していく意味である。蔓のもとに生ずる初生の瓜は小さく、蔓がの
びた先に生ずる瓜は大きいことから、子孫繁栄のたとえとして用いられた。
一族の連綿たる由緒と永続性を寿ぐデザインである。瓞の発音はdiéであり、
蝶のdiéと同じ発音なので、瓜の上や図上にチョウチョが描かれることもあ
る。図5は瓜の上にチョウチョが休んでいる図柄である。唐草模様などもこ
の瓜や蔓のデザインと同じく、つる草が枯れることなくいつまでも繁茂して
中国の吉祥デザイン―王家大院を中心にして―
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いくことを願望する吉祥デザインの一種と理
解してもいいのではないだろうか。
瓜は、桃瓜や瓜李(すもも)などの言葉か
らも分るように、美味しい果物・野菜の代表
でもあった。スイカは西瓜と書かれるが、ア
フリカ南部からシルクロードを経てもたらさ
れた。ハミ瓜も乾燥地域の果物で、喉の渇き
をいやす天からの授かり物であった。昔の人
図5
にとっても同じことで、「李下に冠を正さず、
瓜田に履を入れず」は疑わしいことをしない
例えであるが、李(すもも)も瓜も価値ある果物であったればこその言葉で
あった。
瓜の獲れる季節は、初夏(陰陽五行では朱夏)になり、生物が生長する季
節でもあった。植物の繁茂はとりわけ著しい。草刈の季節でもあり、刈って
も刈っても次々と生い茂ってくる。まさに生命の無限の力強さをあらわす季
節でもある。この瓜が沢山実り、蔓がのびていつまでも繁茂する様子は、ま
さしく子孫繁栄の象徴であったことがよく理解されよう。
4.猫とチョウチョ
小さい瓜と同じチョウチョはまた「寿居耄耋」の耋diéの発音とも通じる。
耄耋(ボウテツ)とは、耄が90歳の老人、耋が80歳の老人という意味である。
またそれぞれの発音は、猫(māo)や蝶(dié)と同じである。そこで90歳の
老人は猫に、80歳の老人はチョウチョに描かれる。猫とチョウチョが一緒に
描かれていたら、「寿居耄耋」のデザインだと理解できる。つまり「80歳、
90歳まで長生きする」というお目出度の言葉になる。さらに居の発音は菊の
発音とも通じるので、猫とチョウチョと菊の組み合わせになることもある。
図6は愛知県陶磁資料館で撮影した花瓶である。猫は描かれていないが、
名 和 又 介
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菊と乱舞するチョウチョが描かれている。こ
の組み合わせも「寿居耄耋」のデザインと見
なすことができよう。日本に入ってから猫が
無視され、菊とチョウチョだけのデザインに
変化した可能性もある。現在の中国でも猫と
チョウチョのデザインの意味を理解している
人はほとんどいないだろう。
天安門事件の時、小さいビンを鄧小平にな
図6
ぞらえる例えがあった。鄧小平の小平は小さ
いビン(小瓶)と同じ発音になるのである。
安徽省南部の大商人の部屋には、正面に目覚まし時計、右に花瓶、左に鏡が
飾られている。花瓶は平和のpíngと同じ発音だから平和を願い、鏡は安静の
jìngと同じ発音だから平静を願い、中央の時計は公正を意味している(注10)。
発音が同じだとすべて意味が通じる訳でもないのだが、通音を楽しむことが
中国語の大きな特徴でもある。
中国語の歇后语(注11)はその典型であろう。「蛤蟆跳井、不懂」は「ガマが
井戸に飛び込んだ、その心は、ポトン(分からない)」となり、ポトンとい
う擬音語と「不懂(分からない)」の同音を楽しんでいる。日本の和歌も掛
詞という同音で遊んでいる。「わが庵は都のたつみしかぞすむ世をうぢ山と
ひとはいふなり」の「しかぞすむ」は「鹿がすむ」と「このようにすむ」の
掛詞であり、宇治山は地名と「世を憂える」の掛詞である。同音が多いこと
は掛詞の発達する原因でもあろう。
5.蝙蝠
図7は五匹の蝙蝠が、寿という字を捧げもっているデザインである。「五
福捧寿」というお目出度い図柄で、長寿を寿ぐ意味になる。福という字の周
りに蝙蝠が描かれているデザインもお目出度い図柄である。蝙蝠という気味
の悪い動物がお目出度のシンボルになるのは多少抵抗があるかもしれない。
中国の吉祥デザイン―王家大院を中心にして―
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しかし中国では吉祥をもたらす動物な
のである。
中国では、蝙蝠はbiānfúという発音
になり、「幸せになる」と通音になる。
つまり蝙蝠は幸福をもたらす吉鳥なの
である。蝙蝠がなぜ吉鳥になるのか明
図7
確な説明はない。言葉として蝙蝠は、
仙鼠と表現されたこともあるので、やはり仙人のイメージがあったのかもし
れない(注12)。仙とは、前述した空を飛翔できるぐらいの意味であろうと思わ
れる。仙人の持つ特徴は、不老不死と空中飛翔にあるからである。
また鼠のイメージとも重なるようで、十二支の鼠が富をもたらすこととあ
いまってお目出度い動物になっている可能性もある。鼠年の時には金鼠を
飾ってお祝いすることもある。鼠は十二支の最初の動物で縁起がいいという
説もある。しかし中国語の鼠に関する言葉は悪いイメージを持っているよう
に思われる。例えば鼠技はつまらない技だし、鼠賊は取るに足らない悪人で
ある。それと対照的に蝙蝠は吉祥の動物として扱われているのは不思議に思
われる。
五匹の蝙蝠だけでなく、二匹の蝙蝠が向かい合った吉祥デザインもある。
幸福が二重になるというお目出度でもある。「五福捧寿」のデザインにもど
ると、五匹の蝙蝠は、五福だから、福・禄・寿・財・喜をあらわしているこ
とになる。その中でも寿の重要さをアピールしているデザインだと考えてい
いのだろう。
6.象
図8を見ていただきたい。象の彫刻であるが、象もまた吉祥の動物なので
ある。いままでの同音の説明から、大象(dàxiàng)は大祥に通じることを
理解していただけるだろう。これだけでもお目出度いシンボルになるのだが、
名 和 又 介
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さらに象に万年青を背負わせて、「万
象更新」の意味を持たせている。万年
青は常緑の植物で、枯れないことから
「常新」のイメージがある。つまり不
老不死につながるのである。一年が元
日から始まり、山も水も錦上花を添え、
万象が改まってすがすがしい気持ちで
図8
元日を迎える訳である。
獅子のところで述べたように、象もまた中国には存在しない動物である。し
かし皇帝の献上品として、また珍しい動物として描かれ、人々の注視を浴びた
ことであろう。玄宗皇帝の時代に献上された象は、見世物として衆人の喝采を
(注13) 浴びたという。その象達が安禄山に屠殺された悲劇も伝えられている。
象
牙は皇帝の工匠によって飾り物として制作された。玉(ギョク)どうよう象
牙は珍重されたことであろう。象牙で作られた装飾品は皇帝専用あるいは下
賜品として高い価値をもっていたと想像される。
象は仏教界でも聖獣として表現されている。菩薩は仏陀のことを意味した
が、やがて仏教の修行者にも使われ、後に文殊・普賢・地蔵・観音菩薩とし
て尊崇されるようになった。中国では文殊菩薩は五台山、普賢菩薩は峨眉山、
地蔵菩薩は九華山、観音菩薩は普陀山に祭られている。その普賢菩薩が騎乗
しているのが象である。文殊菩薩の乗っている獅子とともに聖獣として尊敬
されているのである(注14)。
7.猿と桃
図9を見ていただきたい。猿が桃を持ったデザインである。王家大院で一
番目についたのがこの種のデザインであった。桃だけでも吉祥の果物で、さ
まざまのバリエーションを見ることができる。桃だけを描いたもの(図10)
や長寿の文字の周囲に桃と蝙蝠を描いたものなど例をあげればきりがなくな
る。中華料理のフルコースの最後に出される点心にも寿桃がある。
中国の吉祥デザイン―王家大院を中心にして―
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図10
図9
桃は寿桃・仙桃・蟠桃(バントウ)といわれ長寿のシンボルなのである。「玉
桃を食べたら人は不老不死になる。早いうちに食べなかった人でも、死ぬ寸
(注15)
前に食べたら、その死体は朽ちないものとなる」(神農経)
寿桃・仙桃・
蟠桃も玉桃も霊妙不可思議な桃のことを意味している。蟠桃は中国原産の桃
で、円盤のように平たい桃の種類をいう。天上界の西王母の開く蟠桃会とは
桃パーティの名称であり、霊妙不可思議な桃を提供して参加者の長寿を保証
するのである。
桃がなぜ長寿と関わるのだろう。世界樹・宇宙樹という思想があり、世界
の中心はある種の樹木であり、そのもとに万物が生長していくという考えが
あった。中国の山海経という書物には、桃の樹がその世界樹であり、鬼(キ)
は東北の門から出入りしていたと書いている(注16)。桃は悪鬼を退治するとい
うイメージができるもとになった記述である。桃が本当に悪鬼を防ぐかどう
かは問題にしない。ここではあくまで桃のイメージを追い求めていくことに
する。
ドラキュラ退治に用いられるのは、十字架とニンニクであった。このニン
ニクの働きをしているのが桃であるといえば、分かりやすいだろう。悪鬼を
退治する弓も矢も、桃の木を使わねばならない。日本の神社の破魔矢も本来
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名 和 又 介
は桃の木で作られている。さらに仙人の持っている杖である。この杖も桃杖
といって桃の木で作られている。理由はもうお分かりだろう、桃が悪鬼を防
ぎ・退治するからである。
人間にもたらされる災難や不幸は、悪鬼が原因であると思われていた。そ
こに登場するのは悪鬼払いの呪術師やシャーマンであったが、悪鬼に有効な
武器が何より必要である。その武器そのものが桃や桃の樹だったのである。
中国でも年配の方は、お化け退治は桃の樹を用いるということを知っている。
悪鬼が追放されると人間は長寿が保証される。長寿を保証するものは強力な
悪鬼退治の武器でもあったという関係である。
猿について述べなければならない。猿に関わる言葉は、意馬心猿などのよ
(注17)
うに否定的な用い方が多い。しかし「霊猴献寿」
という吉祥デザインが
ある。猿は霊獣なのである。猿を意味する言葉に猿と猴がある。猿はテナガ
ザルを意味し、猴は尻尾の短い猿を意味している。しかし実際には猿の総称
として猴子が使われているようである。
猴は同音が侯につながり、公・侯・伯・子・男爵の二番目にあたる。侯爵
になることは、官僚機構のトップに位置することになる。最高位は公爵だが、
公爵は生まれながらの貴族が爵位をもらうもので一般人にとっては侯爵が最
高位に位置しているのである。猿の親子像や子供を背負った像が多くあらわ
れるが、その場合は「輩輩封侯」になり、代々侯爵に封じられるという吉祥
になる。
猿が馬に乗っている図柄も多いが、それは「馬上封侯」となり、「すぐに
昇進する」というお目出度い意味になる。猿と蜂が描かれていれば、同じく
「馬上封侯」になる。蜂と封は同音になり、通じるからである。猿は官位昇
進のシンボルになるのである。したがって猿が桃を持っている図柄は、長寿
と官位昇進を兼ねた、お目出度の重なったデザインになる。官僚機構にいる
役人にとってこの世の春を謳歌できる最高の境地でもあろう。
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8.ニワトリ
図11を見ていただきたい。ニワトリに子供
が乗って、如意(ニョイ)を手にしている。
ニワトリは吉祥の動物である。
「鶏が鳴くと日
が出る。人間の起居も、夜に戸を閉めて朝に
開けるように、家を守って難を防ぐ。功労を
報償するのは礼の要だから、門戸に鶏の絵を
(注18)
用いる。」(風俗通義)
ニワトリは朝を告
げる動物である。ニワトリが鳴くと夜が明け、
鬼の世界から人間の世界に変わるのである。
図11
風俗通義の功労とは、ニワトリの恩恵を感謝
することと、ニワトリのオス・公鶏が鳴くこ
とを公労すなわち功労とかけた言葉でもある。
ニワトリが鳴くという鶏鳴は、朝を告げるとともに、人間の世界が展開さ
れることも意味している。夜の世界の終焉を告げ、人間に災いをもたらす悪
鬼の恐れる瞬間でもあった。したがってニワトリは悪鬼避けとして尊重され
たのである。朝の到来だけでなく、一年の始まり元旦を告げるのもニワトリ
であった。鶏日や鶏旦は元旦のことを意味しているのである。また実際に中
国人の恐れる五毒(サソリ・ヘビ・ムカデ・ヤモリ・ヒキガエル)を食べた
り・退治したりする動物として歓迎されたのである。
また大鶏の同音は大吉につながる。悪鬼避けだけではなく、大吉だからお
目出度も倍になり、吉祥の動物として喜ばれたのである。ニワトリの背中に
揺銭樹(金のなる樹)をのせた図柄も多く、「大きく儲かる」という商売繁
盛のデザインにもなっている。牡丹の花と描かれていれば、牡丹は富貴花と
も呼ばれているので、「富貴大吉」となる。同じ図柄が「功名富貴」にもな
るのである。上述したように、雄の鶏が鳴けば、公鳴すなわち功名と同音と
なるからである。
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さらにニワトリにはトサカがある、鶏冠のことである。中国人は冠を重要
視した。孔子は冠を被り、正装を評価して中国文化の要と考えたふしがある。
正装しているのが中原の人間、乱れているのが文化の恩恵に浴していない
人々である。儒教の徒でない道教の隠者ですら、
「清流であれば冠の紐を洗い、
(注19) 川の流れが濁れば足を洗えばよい」などと述べている。
冠は官僚にとっ
て、一番大切な身分を誇示できる道具であった。
したがって鶏冠のあるニワトリは、官僚の典型になりえたのである。つま
り、科挙の試験に受かってお役人になれるという吉祥の動物でもあった。鶏
冠の冠はまた官と同音でもあった。図11にもどると、大きなニワトリに乗っ
た子供が、状元(科挙試験の最高得点者)の冠を被り、如意(思い通りにな
る)を持っている。しかも頭上の樹には鳥が見守っている。鳥は文官の正装
のデザインであったから、この子供は状元となって試験に合格し、文官の中
でも(状元+鶏冠)という「官の上に官を加える」という最高の境地を表現
しているデザインなのである。
9.麒麟
図12を見ていただきたい。麒麟に子供が
乗っていて、その手には蓮と笙を持っている。
麒麟は想像上の動物である。ユートピアにな
るとあらわれる鳳凰などと同じ瑞獣・霊獣で
ある。形は鹿に、尾は牛に、蹄は馬に、一角
の角を持ち、五彩の毛がそろい、聖人が出て
王道が行われれば現れると言われる。麒麟の
麒はメスを、麟はオスを意味している。鳳凰
も鳳がオス、凰がメスを意味している。
図12
この図柄は「麒麟送子」である。「天上の麒
麟の子を抱いてきて、善行を積み重ねた家に送る」という諺があり、この子
中国の吉祥デザイン―王家大院を中心にして―
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供は天上の神仙なので、麒麟児と称するのである。スポーツ界などでよく使
う麒麟児という言葉は、ここから出ているのである。この世の人間とは思え
ない働きをした青少年に与えられるほめ言葉であった。
さてこの子供が持っている蓮と笙の意味である。蓮は連続につながり、笙
は生まれるにつながるので、両者あわせて「連生貴子」と理解できる。つま
り「麒麟児のような頭のいい子が次々に生まれる」という子孫繁栄を意味し
た吉祥デザインなのである。子孫繁栄と科挙試験の合格祈願の吉祥デザイン
も多く見られ、「五子登科」「五子連登」「五子連科」「五子奪冠」などはすべ
て「子供が科挙試験を次々に及第する」というお目出度いデザインである。
さらに武官一品の礼服デザインは麒麟の図柄であった。二品が最初に紹介
した獅子になる。したがって文官の鶴デザインと同じく麒麟デザインは武官
の最高位のシンボルでもあった。武官最高位の図柄が平和の使徒ともいうべ
き麒麟であることは意味深いことである。戦争礼賛ではなく、「戦争は外交
の延長である」と述べた将軍(クラウゼヴィッツ)とあい通じる思想からき
ている。平和が最大の目的であり、戦争は平和をもたらすための一時的手段
であるという思いがこの麒麟デザインになっている。
以下に武官の動物デザインを紹介しよう。
一品 麒麟
二品 獅子
三品 豹
四品 虎
五品 熊
六品 彪
七品 彪(六・七品は同じ)
八品 犀
九品 海馬(セイウチ)
100
名 和 又 介
三品の豹から七品の彪まで獰猛な動物がならんでいる。熊をのぞいていず
れも虎・豹の類である。彪は小型の虎だから、虎の同類である。武官である
から獰猛な動物のデザインであることは理解できる。しかし獰猛さだけでは
なさそうである。むしろ虎や豹の色彩の美しさをイメージしているように思
われる。虎や豹の毛皮は王者の威厳を誇示するための重要な手段でもあった。
「虎豹」という言葉は、虎や豹の毛皮の美しさを意味する言葉でもあった。
また虎皮や虎紋なども虎の美しい斑紋のことを述べている。さらに王者の旗
や車の装飾には、虎や豹の尻尾の華麗さが欠かせなかった(注20)。
「君子は豹変す」という諺がある。態度が急変することを意味する言葉と
してよく使われている。しかし本来は、「豹の斑紋が美しく変化するように、
君子も善に向って変化しなければならない」という教訓めいた意味でもちい
られた。豹変という言葉とともに虎変という言葉もあったのである。豹だけ
でなく虎の模様も美しく、虎の模様のように美しく変化することを意味した。
虎や豹は獰猛な動物であるとともに、動物の王者の「強さ」と「美しさ」を
兼ねそなえているのである。
犀はインド犀であろう。体には鎧・兜を身につけ、猪のように一直線に突
進する恐ろしい動物である。インド犀も一本の角をもっている一角獣であり、
この角は貴重な薬用になった。海馬はセイウチのことである(注21)。体長は4
メートルにもなる巨大な動物で、何よりも牙の大きさは他を圧倒するに足る。
象牙ほどの価値はないが、デザイン化されたセイウチはやはり威厳をそなえ
ていただろうと想像されるのである。
おわりに
今回紹介できなかった吉祥デザインも数多くある。四神といわれる青龍・
朱雀・白虎・玄武などをはじめとして、麒麟と対になる鳳凰、龍虎の闘いの
龍や虎などもふれていない。「年々有魚」の魚、蓮や柿の吉祥デザインなど
の説明もできなかった。また次回を期したいと思う。
中国の吉祥デザイン―王家大院を中心にして―
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最後に日本との関わりである。中国から伝わった伝統行事は、本場の中国
では失われたが、日本には本来の形で残っているという事実がある。平安神
宮の「鬼やらい」などはその典型であろう。日本にある古式床しい伝統行事
をもう一度見直してみる必要がある。日本神話の金鵄などは鳥の吉祥デザイ
ンそのものではないだろうか。吉祥デザインの関わる範囲は広がりそうであ
る。
註釈
(注 1)王家大院:
中国山西省の霊石にあり、2006年に中国の重要文化財(重点文物保護単位)となっ
ている。太原王家が清代の数代にわたって築いた邸宅群であり、総面積は25万平
米もあり、幾つかの城壁に囲まれた邸宅から成り立っている。この邸宅に飾られ
ている吉祥デザインは数量も多く保存状態もよく、世界遺産にも申請中である。
(注 2)刺繍のマリ:
詩経に、好きな男性に果物を投げる習慣があったことを伝える詩が複数ある。例
えば
摽友梅
撃つや梅の実 その実は七つ さそう殿なら 吉日に
撃つや梅の実 その実は三つ さそう殿なら いまの間に
撃つや梅の実 手篭はつきた さそう殿なら 声かけて
またチワン族には、好きな男性に刺繍のマリを投げる習慣も伝えられている。刺
繍のあるマリは、愛情ある男女の関係を示唆するシンボルであるように思える。
宮中の雅なマリ蹴りも、古代のこうした意味合いを帯びたものかもしれない。
(注 3)獅子:
後漢書、西域伝七十八、
「陽嘉二年臣磐復献獅子封牛」疏勒はカシュガルを意味し、
封牛は首の部分がもりあがったこぶ牛のことである。
(注 4)鎮墓獣:
中国のお墓を守る悪鬼避けであり、唐の時代に多数出土する。奇怪な獣に模られ
た形からはじまり、やがて武神の姿になり、最後は僧形が多くなる。悪鬼避けと
名 和 又 介
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して、恐ろしい怪物から、強い武士に変化し、さらに仏教の普及とともに僧形に
なるのは興味深い点である。
(注 5)伎楽と風流:
神楽系(伎楽系も含まれる)と風流系などの踊りの分類である。伎楽は滑稽な無
言劇であり、獅子舞は伎楽のはじめに演じられて、舞台を鎮める役割をはたして
いるという。
(注 6)「神虎鎮宅」:
虎は悪鬼避けの代表であり、邸宅の守り神として尊崇されている。日本のイメー
ジは獰猛な動物でしかないが、中国では強い悪鬼避けの神である。
(注 7)凧の種類:
凧は中国語で風箏という。風を利用して空高くあげるのだが、空を飛ぶ鳥の声ま
でまねをしようとしたのか、音のでる工夫をこらして、空で箏のような音をさせ
た。そこで風箏と呼ぶのである。
(注 8)鹿鳴:
詩経、小雅、鹿鳴之什の篇名である。
詩序に「鹿鳴は、
群臣嘉賓を宴するなり。既に之に飲食せしめ、又幣帛を函に実て、
以ってその厚意をおこなう。然る後に忠臣嘉賓、その心を尽くすを得。」とある。
君主は群臣・賓客と飲食をともにして、お土産を用意し、自らの感謝の意を尽くす。
そうすれば群臣・賓客も君主の厚意に応えて、世界は安定するという意味である。
日本の鹿鳴館は外国人賓客を厚遇して不平等条約の改定・廃棄を期待した外交運
動であった。
(注 9)鹿の角:
角は地上の権威を象徴し、そのよりどころとなる<力>を表現する。兜や冠に角を
飾れば、それをかぶる者の力が倍加し、知力や霊力が横溢すると信じられた。(平
凡社大百科事典)動物の角はまたそれゆえ貴重な薬物として珍重され、鯨のイッ
カクや犀などの角も貴重な薬物として利用された。
(注10)飾りの時計・花瓶・鏡:
目覚まし時計と左右の花瓶・鏡をあわせて「待人处世公正礼貌、亲人一生平平静静」
(人には公正に礼儀正しく、身内には一生無事を祈る)を表現している。
(注11)歇后语:
しゃれ言葉の一種である。文中で引用したように、先の句を言えば、後の句は言
わなくても分かる言葉の遊びである。後の言葉は「休む・止まる」ことから歇后
语という。
(注12)蝙蝠:
日本では蝙蝠のことを天鼠と呼ぶこともある。
(注13)象の悲劇:
『サマルカンドの金の桃』(エドワード・H・シェーファー、勉誠出版)p145
中国の吉祥デザイン―王家大院を中心にして―
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(注14)インド起源の吉祥動物:
インドに起源を持つ吉祥動物も意外と多い。獅子・象・豹・犀などが考えられる。
さらに仏教(あるいはヒンズー教)の影響も大きいと考えられる。文殊菩薩・普
賢菩薩や孔雀明王などもそれらの例になるだろう。
(注15)神農経:
神農は中国神話の農業神であり、農業を伝え、薬草の効用を教えたという。『神
農本草経』は、中国最初の薬物学の著書であり、秦・漢時代に作られ、神農の名
を用いた。365種の薬物を記載し、上中下に分類し、別名・産地・味・効用など
も記されているが、原書はない。
(注16)山海経:
魯迅の『中国小説史略』に引用された山海経の部分である。『論衡』二十二の『山
海経』引用であり、いまの『山海経』テキストにはない。
「滄海の中に、度朔という山がある。その山の上には大きな桃の木があって(中略)
その枝の茂っているあたりの東北を鬼門といい、あまたの鬼どもが出入りすると
ころである。」
(注17)「灵猴献寿」:
霊獣の猿が長寿の寿ぎをするというお目出度い図案である。十二支の動物の長寿
の寿ぎはよく見られるデザインである。
(注18)風俗通義:
後漢の應劭の選になる十巻の書物である。毎巻総題があって大意を述べ、散目で
は説明をしている。
(注19)「清流であれば冠の紐を洗い、川の流れが濁れば足を洗えばよい」:
楚辞、漁夫
「滄浪之水清兮 可以濯吾纓 滄浪之水濁兮 可以濯吾足」
(注20)豹や虎の尻尾:
豹尾は皇帝の車を豹の尻尾で飾ることであり、豹尾車は飾った車のことである。
虎の尾をつけた旗や虎を模った用兵の目印もあった。
(注21)海馬:
海馬はタツノオトシゴとセイウチの両方の意味がある。ここでは武官の礼服のデ
ザインであるセイウチの意味になる。二本の大きな牙をもつセイウチは、武官の
シンボルとしてもふさわしい。
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名 和 又 介
参考文献
『中華五福吉祥図典』5巻(黄全信編、金世龍訳、国書刊行会)
『中国の少数民族』(村松一弥、毎日新聞社)
『ファーストエンペラーの遺産』(鶴間和幸、講談社・中国の歴史第3巻)
『後漢書』列伝八巻(吉川忠夫訓注、岩波書店)
『中国小説史略1』(中島長文訳注、平凡社)
中国語要約
中国有很多民间艺术。民间艺术的图案之中,我们常常看到吉祥图案。吉祥
是美好、幸运的形象。我以前在王家大院曾经看到过很多吉祥图案,但是回国
以后查阅了有关吉祥的资料,才知道图案所代表的含义。例如“双狮戏球”—
—它是一对恩爱的狮子夫妻,在它们中间有一个绣球,象征着爱情的结晶。一
对狮子高兴地把玩绣球的图案告诉我们:一对狮子恩恩爱爱地过日子,它们将
来会生下自己的孩子。它象征着人世间的夫妻也和这对狮子一样和睦相处,福
蔭子孙。
“寿居耄耋”是祝愿长寿的图案。猫与耄同音,图中的猫就寓意为九十岁的
老人。蝶和耋同音,因此图中的蝴蝶就象征着八十岁的老人。菊和居是谐音,
所以绘画中猫和蝴蝶一起嬉戏,旁边菊花盛开,这样的图案就寓意着“寿居耄
耋”,是祝福主人长寿到八十、九十岁的意思。如果不了解图案的寓意,我们
对这样的绘画就会觉得莫名其妙。
“麒麟送子”,意思是人们要多多积善,就会感动天帝,天帝会派麒麟送来麒
麟般的神童。麒麟子是神仙的孩子,所以他会在人间做出惊人的伟业。麒麟跟
凤凰一样,是天下和平的时候出现的灵兽,所以“麒麟送子”是非常难得的事。
能够得到天帝送来的麒麟子,会享受到无尽的幸福。
中国の吉祥デザイン―王家大院を中心にして―
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中国社会有很多吉祥图案,寺院、大院里也有很多,百货商店和展览会上也
有。特别是到了春节会更多起来。年画、剪纸、风筝的图案自不必说,每个人
的房子里边也会挂上许多这样的吉祥图案。吉祥画是中国文化的明珠,了解了
吉祥画才能够更加深入地了解中国人的内心世界。日本的吉祥画,其中一部分
就是从中国传来的。在这一方面,值得继续做进一步研究。
Propitious Pictures in China: The Art of Wangjia Dayuan
Matasuke NAWA
Keywords: propitious pictures, symbolic animals, imperial examinations
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