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1章 下訂/1章
第1章 受注段階で利益が見えているか ―速くて正確な売価・原価・利益の見積もりができる― この章のポイント 原価見積もりと価格見積もりはそれぞれ目的が違う。原価見積もり は価格決定で利益を見積もる参考資料であり、価格見積もりは受注す ることが目的である。受注検討から始まって顧客に見積書を提出して 成約に至るまでには7つの手順がある。 本章は手順1の受注検討依頼と手順2の原価見積もりである。 手順1の受注検討依頼では、価格見積もりに必要な見積もり条件な どの情報をとる。見積書が通るかどうかは、事前情報の質による。 手順2の原価見積もりでは、技術や製造に依頼することなく、営業 で原価と利益がわかる受注活動を目指す。迅速で正確な見積もりをす るには原価見積もりから価格見積もりまでを営業で行うことが望まし い。それには、技術と製造のノウハウをデータベース化したコストテ ーブルと見積もりシステムが必要である。 本章では交渉力に依存する価格折衝から知識力で勝ち取る見積もり を目指して、営業と購買の両者が知らなければならない共通の原価知 識を述べる。原価の中身を知ることが、価格見積もりでも大切である からである。 ・材料費は「材料単価/kg・個×消費量」で計算し、消費量計算では 歩留の見方がポイントであること。 ・加工費は「加工費レート×工数・時間」で計算し、加工費レートは 変動費と固定費に分け、消費量計算は工数・時間計算をすること を知ることである。 1―1 東京マラソンにどうやってエントリーするか ■東京マラソンの出場資格をとる 2 0 0 7年2月、東京マラソンが初めて開催された。4 2. 1 9 5キロのマラソンと 1 0キロの2種目の競技があり、東京都庁をスタートしてマラソンは東京ビッ クサイトまでを7時間の制限時間内に走る。参加資格の制限はあるが、2 0 1 0 年度には3. 5万人の出場枠に3 0万人を越える応募があった。1 9歳以上で6時 間4 0分以内に完走できる男女がマラソン参加資格である。招待選手でもない 限り、インターネットと専用振替用紙を使って申し込むが、申込開始日からわ ずか2日で出場枠を超える応募があるという。 出場資格は抽選によって決まる。抽選に当たって1人1万円の参加料を支払 うと、参加案内が送られてくる。そして、大会前日までの3日間に指定の場所 に出向いて参加受付を行うと、初めて出場資格が得られる。さすがに9倍近い 倍率をくぐった参加者だけのことはあって、大会当日は参加者の9 5% の人た ちが完走を果たす。出場資格を得るまでが激戦なのである。 ■受注レースにエントリーする 受注レースでも出場資格を得るまでが激戦であり「受注レースの申し込みに 始まって完走するまで」を営業と購買の立場から記述してみよう。マラソンは 東京マラソンだけではない。日本だけでも年間で1 0 0以上の大会が各地で開か れているので、自分に合ったレースにエントリーすればよい。 受注レースもエントリーから始まる。これまでの日本の産業構造は親―子― 孫関係のピラミッド型に成り立っていたので、この傘下に入れば商取引は比較 的容易であった。この枠組みは次第に崩れ、営業と購買はお互い新たな取引先 を見つけて商談をまとめ始めたが、コンピュータネットワークが商取引に多大 な影響を与えるようになる。その代表はネットワーク上での電子的な情報交換 によって、商品やサービスを分配したり売買したりする電子商取引(e コマー ス)であるが、売買の取引先拡大を目的としたインターネットの利用も広がり を見せている。会社の購買が開設したホームページに発注仕様を載せ、それを 各社の営業が検索して自社にあった物件をエントリーする。反対に、営業は自 10 第1章 受注段階で利益が見えているか 社の製品や技術情報をインターネットで売り込み、それを購買が見てアクセス する。こうしたビジネススタイルの変化は、国内はもとより広範なビジネスの グローバル化をもたらしている。 ■受注レースの出場資格をとる 東京マラソンは応募者が多くても最後は抽選で出場資格が決まるが、受注レ ースの相手はいずれもライバルである。エントリーしても見積書が通るまでの 条件が厳しいと、そこに「人」の営業力や購買力が介在する。迅速なエントリ ーと確実な見積内容があって、初めて出場権を得ることができる。 営業は見積書の提出が遅れればスタートからレースに遅れをとる。受注段階 での仕様や見積条件が曖昧では利益のゴールテープが切れない。見積段階で利 益の試算ができないで安値受注となる。営業力不足は制限時間内にゴールを切 ることができずに失格してしまうのである。 一方、購買は発注するときの見積条件を明示できず納品時に品質や納期トラ ブルを起こす。提出された見積書が高いか安いかがわからない。購買力不足は 原価高となって会社の業績を圧迫することになる。 これから始まる受注レースでは営業力、購買力の強化にしのぎを削り合いな がら、よきライバルとして共にレースに臨んで欲しいものである。 11 1―2 見積書の提出までの手順を踏む ■受注から見積書の提示までの手順 図は得意先の受注検討依頼に始まって、見積書を提出するまでの手順を示し たものである。この手順は対象製品が生産財にも消費財にも適用できるが、依 頼があってから見積もりをするケースは生産財に多い。生産財とは部品や工場 で使う機械のような生産手段として使われる財で、主な得意先は一般消費者で はなくメーカーである。生産財の価格見積もりは、得意先が限定されるが、得 意先ごとに製品が違うので、消費財に比べて見積書を書く頻度が圧倒的に多い。 受注情報があっても見積書の提出まで至らない物件もある。もしそれが、自 社の営業力に起因するのであれば、得意先への接触頻度が足りないか、見積内 容が悪いからである。せっかく見積書の提出まで漕ぎ着けても、成約に至らな い物件もある。それは見積内容が得意先のニーズに合っていないからである。 ■成約に至るステージを管理する 最初の手順である受注品検討依頼では、受注につながりそうな物件をとりあ えず登録する。受注物件には単なる情報から成約に近いものまであり、その確 度を 何 ス テ ー ジ か に 分 け て 管 理 す る と よ い。①話・情 報、②TEL・FAX・ Email、③訪問、④見積書、などのいずれのステージまで来ている物件かとい うことである。最初のステージの受注情報を多くして、その後の目減りを少な くするアクションを打てば受注増につながる。 それには、見積書の提出までにできるだけ多くの情報をとり、得意先のニー ズを探ることである。見積書に織り込む仕様条件を明確にすることは当然であ るが、購買動機、競合の有無、数量的背景、予算などの情報は見積書提出には 欠かせない。受注の確度が高まり、いよいよ見積依頼が出ると手順2からの見 積業務がスタートする。 ■営業ですべての見積業務を行う これまで、手順2の原価見積もりは技術や製造で行っている会社が多いが、 本書はすべての見積業務を営業で行うことができるよう執筆している。その条 件としては、技術者の見積ノウハウがコストテーブルというデータベースにな 12 第1章 受注段階で利益が見えているか って、営業に引き継がれ、原価が見えるようになることである。 データベースがあれば、営業が見積システムを使って、得意先の仕様条件に 合うコストを引き出すだけの作業になる。すると原価見積もり業務のほとんど は計算業務であり、コンピュータに任せることができる。 原価見積もりが終了すると価格見積もりに入る。これまでは原価見積もりと 価格見積もりの区分がなかった会社でも、両者の役割区分が大切である。 ■長続きする取引には適正価格であることが大切 発注側とサプライヤーの間で行われる売り買いは、発注側は安く、サプライ ヤー側は高く、という利害が相反する。どこかで妥協点を見つけない限り、両 者の取引は成立しない。発注側とサプライヤーが、相互に適正な利益を確保で きる価格であることが、長い目で相互の信頼関係を築くことができる。 発注側がサプライヤーに期待することは価格以外にも、製品の品質が仕様ど おりで不良がない状態、また納期は発注側の生産日程・工事日程に遅れること がないよう期待されている。 見積書の提示までの手順 手順1 受注品検討依頼 利益見積もりの参考 現状実力値原価 手順2 原価見積もり 価格見積もり 手順3 基準販売価格の計算 受注目的 受注意思値価格 手順4 損益シミュレーション 手順5 見積価格検討 手順6 価格見積値調整 手順7 提示見積書の作成 受注内容登録・見積条件 原価見積もり 概算見積もり :コスト 基本見積もり :材料費・加工費 詳細見積もり :単価×消費量 販管費・利益の加味 ・市場、希望価格・ロット ・原価構成・損益分岐点 承認 13 1―3 利益がわかる受注活動になっているか ■受注時に利益がわかれば受注の可否がわかる 世の中には2桁の利益を上げる優良企業も赤字企業もあるが、どれほど優れ た企業でも、扱っているすべての製品が黒字であることはない。新製品もあれ ば成熟製品もあり、これらがミックスされて収益を生み、成長をもたらしてい る。赤字企業はこの循環がうまくいっていないのだ。赤字の原因は企業によっ て異なるが、受注時の営業に問題があるケースを取り上げてみよう。 第1に、原価見積もりなしにいきなり販売価格を見積もっている会社がある。 そうだとすれば、受注時にどれだけ利益があるかが見えないので、値引き要求 があったときなどは、どこまでそれに応えてよいかわからない。 価格見積もりは受注をとること、原価見積もりは受注段階で利益をコントロ ールすることが目的である。適正な利益を得るには、製品・サービス品1個当 たりの見積原価を参考にしたうえでの価格見積もりでなければならない。そし て、見積売価と見積原価の差の利益幅に戦略を加味することである。 受注をした後、原価見積もりは技術部門の目標原価決定の基礎となり、利益 拡大のためのコストダウンや損益予想、経営計画の設定などに利用される。 ■見積もりは速やかに立ててこそ値打ちがでる 第2に、原価見積もりがうまくいってない会社には、最初の受注段階での仕 様の曖昧さや見積原価計算の誤りから、安い受注価格に決まることがある。見 積原価の誤りの多くは、実際より安い見積原価が算定されるからである。こう した誤りを防ごうとして見積もりにあまり時間がとられると、環境が変化して “計画の練り直し”を迫られる。 見積もりはそのときの環境条件を十分に折り込んで、速やかに立ててこそ値 打ちがある。見積もりには迅速性と正確性が要求されるのである。 ■技術や製造に原価見積もりを依頼すると 第3に、原価見積もりと価格見積もりを区別している企業でも、右図に示す ような葛藤がある。受注を受けた営業では、価格見積もりはできても原価見積 もりができないとして、それを技術や製造に依頼する。営業は技術や製造に依 14