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サル覚醒状態での脳機能イメージング
北陸地域アイソトープ研究会誌 第4号 2002 年 研究最前線 サル覚醒状態での脳機能イメージング 財団法人先端医学薬学研究センター 高 松 宏 幸,村 上 佳 裕,野 田 昭 宏,西 村 伸太郎 1 はじめに Positron Emission Tomography(PET)は非侵襲的 に脳機能を測定できる方法であり,臨床のみならず 前臨床(動物実験)においても使用可能な画像診断技 術である。実験動物への PET の応用は,病態生理の より詳細な解明や医薬品開発に有効な手段と考えら れる。PET のような画像診断技術を実験動物に応用 する上で,最も問題となるのが測定中の動物の固定 法である。これまで簡便な方法として,麻酔剤の使 用が行われてきた。しかしヒトの場合,覚醒状態で 測定されるのが通常であり,かつ麻酔剤が脳機能に 影響を与えることは明らかである。本来,PET のよ うなニューロイメージングは,種差を越えて客観的 な画像データを採取可能な技術であるはずが,麻酔 剤を使用することによりデータの信頼性が失われる ことになる。特に,脳高次機能の解析には, 「覚醒」 かつ「安静」状態での PET 測定が不可欠であると考 える。したがって,我々はヒトに近い実験動物とし てサルを選択し,安静覚醒状態で PET 測定を行うこ とにより,前臨床から臨床までを網羅した研究体制 の構築を目指している。 写真1 今回は,サルを安静覚醒状態で PET 計測するため に我々が検討してきた内容を紹介するとともに,サ ル安静覚醒状態での PET 計測の応用例をまとめて紹 介する。 2 動物用 PET カメラ サルを覚醒状態で PET 測定するためには最低限, 座位による固定が必要である。座位での PET 測定 が可能な動物用 PET カメラとして,我々は浜松ホ (写真1)を使用している。 トニクス社製 SHR7700 1) このカメラはガントリー(検出部)が 90 度回転させ ることが可能な世界で唯一の動物用 PET カメラで あり,サルをモンキーチェアに座らせた状態で PET 計測が可能である。 3 サルのトレーニング PET 計測中,サルが安静状態でモンキーチェアに 座らせるためには,サルのトレーニングが不可欠で ある。我々は雄性アカゲザル(5∼7歳齢)を使用し ている。トレーニングは,第1期としてサルをホー ムケージからチェアに覚醒状態で移動させるための 浜松ホトニクス社製動物 PET カメラ SHR7700 右写真はガントリーを 90 度回転させた中央にモンキーチェアーを設置した状態 − 48 − 北陸地域アイソトープ研究会誌 第4号 2002 年 トレーニングを行い,その後,第2期としてモンキ ーチェアにおよその PET 計測時間に相当する2時 間程度安静状態で座らせるトレーニングを施してい る。サルの馴化には個体差があるが,我々の場合, 第1期に約2週間,第2期に約2週間必要である。 第2期のトレーニングでは,トレーニング効果の判 定として血中コルチゾール値の測定を行っている。 コルチゾール値にも個体差があるが,約1週間のト レーニングにより,初日の値より約3分の1程度に 低下し,その後一定の値を保つケースが多い。その ときの値をその個体の安静状態値とし,本番の PET 測定後にも安静状態であったことを確認するための 指標としている。 4 安静覚醒状態でのデータベースの構築 トレーニング終了後,各個体に付き 15 O-H 2 O(1 GBq i.v.)による局所脳血流量(rCBF)と 1 8 F-FDG ( 370 MBq i.v.)に よ る 局 所 グ ル コ ー ス 代 謝 率 (rCMRglc)の測定を3回程度ずつ実施し,正常サル のデータベースを構築している。データベースはサ 図1 ル版3 D-SSP(NEUROSTAT)2)を用いて解剖学的標 準化を行った後,画像データ上で群間比較や個体間 比較が可能な体制を築いている。正常安静覚醒状態 の rCBF 及び rCMRglc の平均イメージを図1上段に 示す。 5 麻酔剤使用による影響 麻酔剤が脳機能に影響を与えることは明らかであ るが,実際にどの程度の影響があるのかを確かめる ために.イソフルレン麻酔下で rCBF と rCMRglc の 測定を行った。実験ではケタミン(0.5 mg/kg i.m.)に よる導入麻酔後,気管挿管を施し,0.2 ∼ 0.4 %イソ フルレン吸入麻酔下(30 % O2,70 % N2O)でミオブ ロックによる筋弛緩処置を行い,人口呼吸下で測定 を行った。測定中は血圧,心拍,ETCO2 を連続的に モニターし,血液ガスパラメーター(pO 2 ,pCO 2 , pH)の測定も実施し,麻酔の深度及び人工呼吸の条 件を一定状態に維持した。図1下段にイソフルレン 麻酔状態での rCBF 及び rCMRglc の平均イメージを 示す。イソフルレン処置により明らかな前頭葉の血 アカゲザルの局所脳血流量及びグルコース代謝率の平均イメージ 左上:覚醒状態での平均局所脳血流量(n=18) 右上:覚醒状態での平均局所脳グルコース代謝率(n=18) 左下:イソフルレン麻酔下での平均局所脳血流量(n=9) 右下:イソフルレン麻酔下での平均局所脳グルコース代謝率(n=9) − 49 − 北陸地域アイソトープ研究会誌 第4号 2002 年 流増加作用と全脳領域での rCMRglc 低下作用を有す ることが明らかとなった。これらのデータからも覚 醒状態での測定の重要性が明らかである。 6 サル安静覚醒状態 PET 測定技術の応用 サルを安静覚醒状態で PET 計測を行うことによ り,今後情動や記憶などの脳高次機能のイメージン グや種々の医薬品開発に応用できることが期待され る。我々はこの技術を応用して,加齢による脳機能 変化を若齢サルと老齢サルでの比較検討を行うこと によって明らかにしてきた。また,安静状態での画 像データに基づいて不安やストレス時の脳機能変化 を検討することにも成功している。医薬品開発の観 点からは,新規抗痴呆薬を経口投与した際の脳内濃 度測定などが可能な体制が確立された。以下にこれ ら応用例について述べる。 6.1 加齢に伴う脳機能変化 我 々 は 若 齢 サ ル( 6 . 2 ± 0 . 8 歳 齢 )と 老 齢 サ ル (20.9 ± 1.2 歳齢) を安静覚醒状態で PET 計測を行い, 老齢サルにおいて rCBF と rCMRglc が有意に低下し ていることを見出した 3)。これらの結果はヒトでの 検討結果と同じであり,前述のとおり,従来の麻酔 下での検討では見出せなかった結果であると考えら れる。また,サルにおいても加齢により脳機能が低 下していることから,老齢サルが抗痴呆薬や脳循環 代謝改善剤などの薬効評価を行う上で,重要な実験 動物であることが示唆された。事実,老齢サルに対 して新規抗痴呆薬を連続投与することにより,rCBF や rCMRglc の低下が改善されることも明らかとなっ ている 4)。このように覚醒サル PET 計測が加齢に伴 う脳機能変化の検討や新規医薬品の薬効評価判定に 有効であることが明らかとなった。 6.2 不安やストレス時の脳機能変化 覚醒安静状態でのサル脳機能のデータベースを基 に,不安やストレス惹起物質を投与した際の脳機能変 化をイメージングすることが可能になった。我々は不 安惹起物質として知られている m-chlorophenylpiperazine(mCPP)やストレス惹起物質として知られている FG7142 をサルに投与した場合の脳機能変化を検討し た 5,6)。不安及びストレスの判定には,血中コルチゾ ールの測定を行った。これらの手法により,不安やス トレスだけではなく,他の神経精神疾患への応用法も 考えられ,病態生理の解明や医薬品開発への応用が期 待される。 6.3 医薬品開発への応用 医薬品開発の上で現在,最も問題となっているの は前臨床と臨床の乖離の問題である。つまり,実験 動物を用いた病態モデルで十分な有効性を示す化合 物でも,臨床試験において有効性が検出できないこ とが多々あるからである。この原因として種差の問 題が考えられる。薬剤の有効性の検討には標的とな る臓器や組織中の薬剤濃度を至適濃度に維持させた 状態での評価が必要であるが,種差により標的組織 中の薬剤濃度が異なる可能性が考えられる。特に薬 剤が中枢神経に対する医薬品を開発する場合,薬剤 の脳内濃度を調べ,適切な濃度になるような投与 量・投与法を設定する必要がある。ヒトで薬剤の脳 内濃度を調べる手段としては,薬剤自体をポジトロ ン核種で標識し,PET により脳内濃度を測定するし か他に手段はないと考えられる。この原理的・方法 的な検討に覚醒サルでの検討が有効である。つまり, 中枢神経系に作用するような医薬品は経口投与可能 な剤形として開発される事が多く,経口投与での脳 内濃度測定は覚醒状態で行うしかない訳である。 我々は新規抗痴呆薬のポジトロンラベル化に成功し ており 7),さらにその薬剤をサルに経口投与し,脳 内濃度を PET により測定することに成功している 8)。 7 おわりに 覚醒サルを PET 測定することのメリットについ て述べてきた。安静状態での測定により,精神疾患 への応用や記憶などの脳高次機能の解明に有効であ ることが期待され,さらに今後の医薬品開発に不可 欠な手段になると考えている。冒頭でも述べたよう に元来,ニューロイメージングは種差を越えた脳機 能の検査法であるはずであり,安静覚醒状態での計 測法の確立がその概念を現実に変えたと考える。 参考文献 1)M. Watanabe, H. Okada, K. Shimizu, et al. : A high resolution animal PET scanner using compact PSPMT detectors, IEEE Trans Nucl. Sci., 44, 12771282(1997) 2)D.J. Cross, S. Minoshima, S. Nishimura, et al. : Three-dimensional stereotactic surface projection analysis of Macaque brain PET : Development and initial applications, J. Nucl. Med., 41, 1879-1887 (2000) 3)A. Noda, H. Ohba, T. Kakiuchi, et al. : Age-related changes in cerebral blood flow and glucose metab- − 50 − 北陸地域アイソトープ研究会誌 第4号 2002 年 olism in conscious rhesus monkeys, Brain. Res., 936, 76-81(2002) 4)A. Noda, H. Takamatsu, N. Matsuoka, et al. : FK960, a novel anti-dementia drug, improves regional cerebral blood flow and glucose metabolism in conscious aged monkeys, J. Nucl. Med., 43(Suppl.) , 235(2002) 5)H. Takamatsu, A. Noda, R. Ichise, et al. : PET images following treatment with an anxiety-evoking agent, mCPP in conscious rhesus monkeys, Jpn. J. Pharmacol., 88(Suppl.) , 237(2002) 6)松岡信也,山路隆之,原田勝也 他:PTSD の薬物 治療と新規治療薬創製への展望,分子精神医学, 2,39-45(2002) 7)Y. Murakami, S. Nishimura, A. Noda, et al. : Synthesis of 18F labelled FK960, a candidate anti-dementia drug, and PET studies in conscious monkeys, J. Label Compd. Radiopharm., 45, 1-10(2002) 8)A. Noda, H. Takamatsu, Y. Murakami, et al. : Measurement of brain concentration of FK960, for a novel anti-dementia drug development : A PET study in conscious rhesus monkeys, J. Nucl. Med. (in press) − 51 −