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そこに歌があった 奇 英花 「母さんはよなべをして、手袋編んでくれた

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そこに歌があった 奇 英花 「母さんはよなべをして、手袋編んでくれた
そこに歌があった
奇
英花
「母さんはよなべをして、手袋編んでくれた・・・」
この歌は私が子供の時、お爺さんとお婆さんに子守唄の替わりに聞かされ、意味も分からぬま
まに、今でも心に焼き付いている歌です。子供の時、祖父母はこの一冊の歌集も私にくれました。
そして、なかの100曲日本の歌を全部民族語の朝鮮語で翻訳もしてくれました。でも、祖父母
は中国人なのに、どうして日本語が分かるのでしょう。
祖父母は子供の時、日本語を学び始めました。でも、それはなんと無理矢理勉強させられたの
です。さらに、言語の自由も奪われてしまいました。学校で中国語や民族語の朝鮮語で話したら
すぐ殴られたり、ののしられたりしたと言いました。私に教えた歌もその辛い日々に覚えたもの
でした。思いがけない答えに、私は「どうしてそんな辛い記憶の中で覚えた日本語を、戦争が終
って50年も経つのに、今でも大切にしているのかしら。そして、孫の私にも教えたのかしら。」
との疑問にぶつかりました。
さて、私の家の家族パーティがある時、祖父母はいつも「浜辺の歌」を歌いました。お婆さん
は歌いながら踊りもしていました。でも、それは単に美しい歌に誘われたのでしょうか。歴史の
上での日本は悪く言われても、その中にはすばらしい文化があるのです。祖父母はその良さを見
つけて「いいものはいい」という、偏見にとらわれない広い心で日本を見据えたのではないでし
ょうか。
でも、日本へきて全く逆のことにぶつかるとは・・・ある日、私は喫茶店で、飲み物注文した
とき日本の友達に「きさんは烏龍茶でいいでしょ」と言われたことがあります。
「どうして私は烏
龍茶なの、私はオレンジジュース・・・」と反論したらその人は「ええ」と驚いたような顔を私
に向けました。
「なにが可笑しいの」でも、わけを聞くと、なんと「だってきさんは中国人だから」
との答えが返ってきました。中国人イコール烏龍茶?なんという偏見なのでしょう。
この事件をはじめとして、いろいろな壁にぶつかったりして「もういい、帰ろう!どうしてこ
こに残らなきゃならないの」と、メチャメチャ凹んだ時フット「あした浜辺のさまよえば」と口
をついて歌が出てきました。するとお婆さんの踊る姿、お爺さんの笑顔が浮かびました。そして、
知らず知らずに涙も出ました。泣きながら思わず「モーモ太郎さん、モーモ太郎さん、カラスと
一緒に帰りましょう」と子供のとき覚えた歌を歌って歌って歌いまくりました。すると、なんと
心が穏やかになったではありませんか。
「歌って一体なんなのかしら」
・・・そこで私は日本の方にインタビューしてみました。最初は
「えっ歌!」と一瞬たじろいでいましたが、徐々に自分の子供時代をよみがえらせて、歌を口ず
さんだり、とても安らいで見えました。遠足で歌った「ハイジイ」の歌、苦いお酒を一杯飲んで
歌った「赤とんぼ」、異郷の地で歌った「故郷」・・・その一つ一つの歌が一人一人の心の中にあ
ったのでした。
「歌は心の万華鏡」その時の心模様を映し出します。そうした心模様を表した歌を
ファイルした「心の歌集」が皆さんの中にあることを見つけました。そして、私のお爺さんとお
婆さんの心の中にも。
日本へきて、間もない頃、偶然童謡を歌うと、聞いた方はびっくりして「誰に習ったの」と聞
かれ、そして一緒に歌い始めたことがあります。始めは「あなたは中国人・・・」と言った壁が
あったのですが、その壁に歌という扉が開き、相手との距離が近くなりました。お互いに思い出
が浮かんで、話も多くなりました。初めて会った人なのに親友になったようです。日本語を話す
機会を願っている私にとって、これはとても「美味しい」ことでした。
さて、ここで目を世界に向けますと、歴史的に大きな戦争の時、敵も味方もなく、同じ歌を歌
われたことがあるそうです。第一次大戦の時の「リリィーマルレーン」、太平洋戦争の時の「ホー
ムスイートホーム」(埴生の宿)
・・・その歌で多くの人の命がすくわれ、また心の命もすくわれ
ました。歌は偉大ですね。
そういえば、祖父母への疑問の答えは「どんなよい歌でも歌い継がなければ、歌は存在しない」
という伝えることの大切さだったのではないでしょうか。私は歌を楽しむ心、そして広く偏見を
持たない心の尊さを祖父母から学びました。そして今、この壇上から皆さんに伝える喜びを味わ
っています。この喜びを皆さんが受け取っていただけたら、コンベンションホールからお帰りに
なるとき、あなたの心の歌を口ずさんで頂ければ、幸せです。賞味期限切れにならないうちにお
願いします。
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