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学習メモ
詩を味わう (全二回) え い け つ くろ だ さぶろう みやざわけん じ なか え とし お 第一回 そこにひとつの席が 黒田三郎 この世 中江俊夫 永訣の朝 宮沢賢治 第二回 学習のポイント ① 詩とは何か? 詩を読み、味わうために ② 「僕」の左側にある「ひとつの席」に座るべき人は? ③ この地球を覆っている無数の水たちと風たちについて ① ふたつのかけた陶椀、そして遠くへ行ってしまう妹 ② 「あめゆじゆとてちてけん じや」 妹 : の思いとは? ③ 「 Ora Orade...... 」 ロ : ーマ字で表記された妹の言葉 理解を深めるために 詩の中には、私たちが日常では使わないような言葉や表現が用いられたり、比 喩や倒置法や体言止めといった技法が用いられたりします。また、詩は、出来事 や気持ちを具体的に分かりやすく説明するのではなく、言葉が喚起するイメージ によって何かを言い表したりしようとすることが、しばしばです。 だから、詩は、何を表現しているのか、分かりにくい場合もあると思います。 でも、まずは、その言葉や表現の美しさを味わってください。時には私たちの意 表をつくような、言葉や表現の面白さ。言葉が喚起するイメージや、言葉が作り 出すリズム。そうしたものを味わってください。 その次に、詩人は何を言いたかったのか、何を表現したかったのかを、考えて みましょう。詩人は、自分の伝えたいこと、自分の表現したいことを、より効果 的に、より適確に、より印象的に描き出すために、その言葉やその表現を選び取 ったのです。耳をすませば、詩人の伝えたかったことや詩人の想いが、きっと伝 わってきます。 * * * 黒田三郎の『そこにひとつの席が』という詩は、恋愛をテーマにした詩です。 詩人と恋人とは、互いに愛し合っていたのに、そして恋人は、一夜は詩人のもと を訪れてくれたのに、でもその恋は悲しい結末を迎えることになりました。二人 を引き裂いたものは、 「この世の掟」です。連れ去られた恋人を、「今」も待ち続 ける詩人の悲しい叫びが、この詩から聞こえてくるでしょう。 第 11・12 回 * * * 中江俊夫の『この世』という詩は、地球と、そこに生きる命、そしてすべてを 包み込んでいる自然の摂理についてうたったものだと思います。命を生み出した 水や、命を育む風。水の中で生きている魚たちや水草たち、風の中で生きている 鳥たちや樹々……。ところで、この詩の中には、人間が出てきません。なぜでし − 21 − 長谷川達哉 現代文 第1回 第2回 講師 ▼ ラジオ学習メモ ょうか? そのことの意味を考えることが、この詩をより深く理解することにつ ながるはずだと思います。 * * * 宮沢賢治の『永訣の朝』という詩は、愛する妹が病のためにこの世を去る、そ の日の朝の出来事をうたったものです。詩人は、みぞれの降る中に立っています。 妹が「あめゆきとってきてください」と言ったから、その願いをかなえるために、 詩人は家の外に飛び出したのです。みぞれの降る中に立つ詩人の脳裏には、「(あ めゆじゆとてちてけんじや) 」 (あめゆきとってきてください)という妹の声が、 何度も聞こえてきます。 最愛の妹を失ってしまう、その悲しみ。悔しさ。憤り。そして、妹の「(あめ ゆじゆとてちてけんじや) 」という言葉に託されていた、本当の意味を発見した 時の、詩人の感動。そして、妹の思い・願いにこたえるために、「わたくしもま − 22 − つすぐにすすんでいくから」と決意する詩人。── あめゆきを取るために、二 第 11・12 回 つの陶椀を持って、みぞれが降る中に立つ詩人の、妹に対する想いや、揺れ動く 心を、この詩の中から読み取ってください。 現代文 ▼ ラジオ学習メモ そこにひとつの席が そこにひとつの席がある すわ 僕の左側に 「お坐り」 いつでもそう言えるように 僕の左側に いつも空いたままで ひとつの席がある 恋人よ 霧の夜にたった一度だけ あなたがそこに坐ったことがある あなたには父があり母があった ひき た あなたにはあなたの属する教会があった おきて 坐ったばかりのあなたを くろ だ さぶろう 黒田三郎 この世の掟が何と無造作に引立てて行ったことか あなたはこの世で心やさしい娘であり つつましい信徒でなければならなかった 恋人よ どんなに多くの者であなたはなければならなかったろう そのあなたが一夜 掟の網を小鳥のようにくぐり抜けて 僕の左側に坐りに来たのだった 一夜のうちに 僕の一生はすぎてしまったのであろうか ああ その夜以来 昼も夜も僕の左側にいつも空いたままで いたず ひとつの席がある (『ひとりの女に』) 僕は徒らに同じ言葉をくりかえすのだ 「お坐り」 そこにひとつの席がある − 23 − ▼作者紹介▲ 黒田三郎(くろだ・さぶろう) 1919年〜1980年。広島県生まれ。 あれ ち 詩人。1947年、田村隆一、鮎川信夫らとともに詩誌『荒地を創刊。主 第 11・12 回 長谷川達哉 な詩集に『失はれた墓碑銘』『小さなユリと』など。本文は『定本 黒田 三郎詩集』より。 現代文 講師 ▼ ラジオ学習メモ この世 水と 水は おたがいにわからなくなったりしない 水と 水は おたがいをよく知っている 魚たちや水草たちはそれを ちゃんとわかっている つまり この世には す いろんな水たちが棲んでいる 風と 風は おたがいにわからなくなったりしない き ぎ 風と 風は むしろおたがいのちがいをよく知っている 鳥たちや樹々はだから ほんとにしっかり呼びわける つまり この世には いろんな風たちが棲んでいる このいろんな無数の水たちと いろんな無数の風たちが 地球を覆っていて 一所懸命より深く包み込む ひな この大地をやわらかくつよく なか え とし お 中江俊夫 へん (『田舎詩篇』) いろんな無数のかたち有るものと無いものが すると雛みたいに 産まれる − 24 − ▼作者紹介▲ かい 中 江 俊 夫( な か え・ と し お ) 1 9 3 3 年 〜。 福 岡 県 生 ま れ。 詩 人。 1952年『魚のなかの時間』で、1950年代詩人の代表的存在となっ 第 11・12 回 長谷川達哉 た。谷川俊太郎らの『櫂』同人。詩集に『語彙集』『梨のつぶての』など。 本文は『田舎詩篇』より。 現代文 講師 ▼ ラジオ学習メモ えいけつ 永訣の朝 けふのうちに とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ (あめゆじゆとてちてけんじや) いんざん うすあかくいつそう陰惨な雲から みぞれはびちよびちよふつてくる じゆん (あめゆじゆとてちてけんじや) さい 青い蓴菜のもやうのついた これらふたつのかけた陶椀に おまへがたべるあめゆきをとらうとして わたくしはまがつたてつぱうだまのやうに このくらいみぞれのなかに飛びだした (あめゆじゆとてちてけんじや) さうえん 蒼鉛いろの暗い雲から みぞれはびちよびちよ沈んでくる ああとし子 死ぬといふいまごろになつて わたくしをいつしやうあかるくするために こんなさつぱりした雪のひとわんを おまへはわたくしにたのんだのだ ありがたうわたくしのけなげないもうとよ わたくしもまつすぐにすすんでいくから (あめゆじゆとてちてけんじや) はげしいはげしい熱やあへぎのあひだから おまへはわたくしにたのんだのだ 銀河や太陽 気圏などとよばれたせかいの そらからおちた雪のさいごのひとわんを…… ……ふたきれのみかげせきざいに みぞれはさびしくたまつてゐる わたくしはそのうへにあぶなくたち みやざわけん じ 宮沢賢治 第 11・12 回 しづく 現代文 雪と水とのまつしろな二相系をたもち − 25 − すきとほるつめたい雫にみちた このつややかな松のえだから わたくしのやさしいいもうとの さいごのたべものをもらつていかう 講師 長谷川達哉 ▼ ラジオ学習メモ あゐ わたしたちがいつしよにそだつてきたあひだ みなれたちやわんのこの藍のもやうにも もうけふおまへはわかれてしまふ ) ( Ora Orade Shitori egumo ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ あああのとざされた病室の くらいびやうぶやかやのなかに やさしくあをじろく燃えてゐる わたくしのけなげないもうとよ この雪はどこをえらばうにも あんまりどこもまつしろなのだ あんなおそろしいみだれたそらから このうつくしい雪がきたのだ (うまれでくるたて こんどはこたにわりやのごとばかりで くるしまなあよにうまれてくる) おまへがたべるこのふたわんのゆきに と そつ じき かは わたくしはいまこころからいのる どうかこれが兜率の天の食に変つて きよ か て やがてはおまへとみんなとに 聖い資糧をもたらすことを わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ 第 11・12 回 (『春と修羅』) 宮沢賢治(みやざわ・けんじ)1896年〜1933年。岩手県生まれ。 − 26 − ▼作者紹介▲ 詩人・童話作家。詩集に『春と修羅』、童話集『注文の多い料理店』『銀 河鉄道の夜』など。本文は『新修宮沢賢治全集 第二巻』より。 現代文 ▼ ラジオ学習メモ