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オープンイノベーション戦略における 組織デザインと人材

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オープンイノベーション戦略における 組織デザインと人材
オープンイノベーション戦略における
組織デザインと人材マネジメント
に関する研究
大阪大学大学院 経済学研究科
経営学系専攻 関口研究室
酒井 徹
i
概要
近年、製品ライフサイクルの短縮化が進み、企業の研究開発では製品開発スピードの向上
と更なる効率化が求められている。これに伴い、社外資源を有効に活用して製品開発を効率
化させるオープンイノベーション戦略が重要視されつつある。しかし、企業にとって自前主
義からの脱却は課題であり、特に日本企業は、外部との連携について十分に対応できる文化
や人材が不足していると認識されている。一方、オープンイノベーション戦略に取り組む際、
どのような組織デザインと人材マネジメントが必要であると考えられるかが、まだ明らか
にされていないのが現状である。そこで、日本企業の外部連携の現状、国内外のオープンイ
ノベーション戦略の事例などにより、オープンイノベーション戦略を実践するにあたり、ど
のような組織デザインと人材マネジメントが必要とされるのかについて調査した。
第1章では、企業のイノベーション創出やオープンイノベーション戦略に関連する先行
研究の文献レビューを行い、本研究で議論する上で必要な既存知識を整理した。
第2章では、オープンイノベーション戦略についての国内の状況を知るために、日本企業
の外部連携の現状について調査した。その結果、競争環境の変化や製品の技術分野の拡大な
どにより、もはや外部との連携は不可欠であり、外部連携の重要性が開発現場で認識されて
いることが示された。しかしながら、組織において外部と十分に対応できる文化や人材が不
足しており、組織デザインや人材マネジメントについての研究が重要であることを示した。
第3章では、オープンイノベーション戦略を実践する上で企業に求められる組織構造に
ついて分析、考察した。まず、企業においてどのような組織構造の構築が必要であるかにつ
いて、体系的に示されていない現状を踏まえ、この組織構造について新たに体系化すること
を目指し事例分析を行った。その結果、オープンイノベーション戦略を実践している代表的
な企業の事例から 3 パターンに分類できると考えられることを示した。さらに、この 3 種
類の組織構造の特徴を比較することで、どのような業界や企業に各構造が適しているのか
について明らかにした。
ii
具体的には、外部探索担当が外部の技術やアイデアを探索する狩猟型、外部の企業や研究
機関・大学の研究者を自社の敷地内に集める採集型、事業で深く関係する企業・機関・大学
との共同事業部署を設置する事業協働型の 3 種類の構造が考えられることを示した。
第 4 章では、企業がオープンイノベーション戦略を実践するにあたり、組織文化を変革す
ることが求められる。特に、NIH(Not Invented Here)と呼ばれる、社内技術に固執する企業行
動を克服することが必要である。これを可能にするための5つの手段を示し、企業および組
織で働く個人の両方にとって、外部資源の活用することに利点がある体制づくりやそれを
従業員に明確に伝えることが重要であることを示した。
第5章では、企業において、社内で必要とされる外部の適切な技術やアイデアを、外部の
どの人材・企業が持っているのかという情報を正確に入手することが、外部の適切な知の獲
得に不可欠である。従って、外部探索をより効果的に行う手段について検討することが重要
であると考えられる。そこで、外部探索の手段として、技術仲介者の活用、オープンイノベ
ーション・マッチングイベントの実施、人的ネットワークの構築・活用の 3 種類について示
した。特に人的ネットワークの構築が様々な大学や大企業、および中小・ベンチャー企業と
自社を結び付ける上で有効に機能しうることを示し、どのようにしてネットワークを構築
すべきか検討した。さらに、日本特有のネットワーク構築パターンとして、銀行・商社・広
告代理店がネットワークの仲介役になる可能性を指摘した。
第6章では、商品コンセプトの設計方法と、外部に求める技術ニーズの明確化の手法につ
いて事例を分析し検討した。商品コンセプトを作るには、顧客ニーズの抽出と、事業・技術
本部のシーズおよび意見の2つが影響すると考えられる。商品コンセプトが出来れば、自社
に足りない技術を自動的に明確化させることができる。従って、外部に求める技術ニーズを
明確化する上で、商品コンセプトの設計は重要な 1 つの手段である。そこで、商品コンセプ
トが生まれ、技術ニーズが明確化され、これらが集積される機能が組織内に必要であること
を示した。さらに、技術ニーズをもとに外部探索が行われ、外部シーズの情報が社内に蓄積
iii
される機構が、組織内に形成される必要性を示した。
第7章では、第 1 章から第 6 章まで検討してきたオープンイノベーション戦略を実践す
るための組織構造や組織の機能に求められる人材に注目し、特に外部探索を担当する人材
に求められる適性および能力、さらにその人材マネジメントについて考察した。具体的には、
オープンイノベーション戦略で外部と交渉するステップと、交渉学の観点、さらに外部探索
担当者の事例などから、外部探索の担当者に求められる重要な適性・能力と、その育成パタ
ーンについて検討した。
第8章では、本研究の結論として、オープンイノベーション戦略を実践する上で、企業に
求められる組織構造、機能、および人材マネジメントについて示した。
iv
目次
第1章
先行研究のレビューと本研究の目的 ..............................................................................1
1.1 先行研究のレビュー ................................................................................................................1
1.1.1 イノベーションとは .........................................................................................................1
1.1.2 破壊的イノベーション .....................................................................................................1
1.1.3 持続的イノベーション .....................................................................................................2
1.1.4 両利きの経営 .....................................................................................................................2
1.1.5 学習する組織 .....................................................................................................................3
1.1.6 コラボレーションと組織知の集積・拡散 .....................................................................3
1.1.7 企業における人材の創造性の定義 .................................................................................4
1.1.8 場の論理 .............................................................................................................................5
1.1.9 SECI モデル .......................................................................................................................5
1.1.10 オープンイノベーションの類型 ...................................................................................7
1.1.11 オープンイノベーションと技術力 ................................................................................7
1.1.12 オープンイノベーションと市場情報のマネジメント...............................................8
1.1.13 コンセンサス標準化とオープンイノベーション.......................................................9
1.2 本研究で扱うオープンイノベーションの類型と定義 ..................................................... 11
1.3 本研究の目的 .......................................................................................................................... 11
1.4 本論文の構成 .......................................................................................................................... 11
第2章 日本企業における外部連携の現状 ................................................................................13
第3章
オープンイノベーション戦略における組織構造 ........................................................15
3.1 組織構造の分類 ......................................................................................................................15
3.1.1 狩猟型組織構造 (Hunting external resources organization structure) ......................16
3.1.2 採集型組織構造 (Gathering external resources organization structure) ..................20
3.1.3 事業協働型組織構造 (Co-production organization structure) ...................................24
v
3.2 組織構造総括 ..........................................................................................................................30
第4章
組織文化で求められる変革 ............................................................................................33
第5章
オープンイノベーション戦略における外部探索の手段.............................................36
5.1 外部探索範囲に関する先行研究と探索手法検討の重要性...............................................36
5.2 外部探索の手段についての考察 ..........................................................................................36
5.2.1 技術仲介会社の利用 .......................................................................................................37
5.2.2 オープンイノベーション関連のイベントの実施........................................................37
5.2.3 人的ネットワークの活用 ...............................................................................................38
5.2.3(a)大学との連携 ......................................................................................................39
5.2.3(b)大企業・中堅企業やベンチャー企業との連携 ..............................................41
5.3 銀行・商社・広告代理店が仲介役を果たす可能性の考察...............................................43
第6章
商品コンセプト設計と外部に求める技術・アイデアのニーズ明確化.....................45
第7章
オープンイノベーション戦略における人材マネジメント.........................................49
7.1 オープンイノベーション戦略における外部企業との交渉のステップ...........................49
7.2 交渉段階における情報交換の駆け引き ..............................................................................49
7.3 外部と接触し交渉を行う人材に求められる能力と人材マネジメント...........................51
7.3.1 交渉学に基づく交渉の論理 ...........................................................................................51
7.3.2 オープンマインドなコミュニケーションと情報を出す技術の重要性....................52
第8章
結論 ....................................................................................................................................56
謝辞 ....................................................................................................................................................60
参考文献 ............................................................................................................................................61
vi
第1章
先行研究のレビューと本研究の目的
本章では、本研究に関連する先行文献のレビューを行う。
1.1 先行研究のレビュー
1.1.1 イノベーションとは 1)
シュンペーターは著書「経済発展の理論」のなかで、経済発展は外部要因の寄与よりもむ
しろ、内発的な要因により起こり、
「経済成長を動かすのは企業家による新結合だ」として
いる。その著書の中で、シュンペーターは新結合として具体的に 5 つの項目を取り上げてい
る。
・消費者にまだ知られていない新たな生産物、あるいは生産物の新しい品質の創造
・当該商品における新たな生産方法の実現
・新たな組織の実現、独占的地位の形成、またはそれの打破
・新たな販売経路の開拓、当該企業がこれまで参加していなかった市場の開拓
・原料あるいは中間材の新たな供給源の獲得
従って、企業にとってのイノベーションも、単に革新的な技術を開発するだけでなく、生
産方式や新たな供給源や販路の実現など、ビジネスモデルの変革をも意味すると考えられ
る。
1.1.2 破壊的イノベーション 2)
クリステンセンは企業が取り組むべきイノベーションとして「破壊的技術」の開発を主張
している。破壊的技術は、従来と全く異なる価値基準を市場にもたらす。一般的に、破壊的
技術の性能が既存製品の性能を下回るのは、主流市場での話である。しかし、破壊的技術に
1
は、そのほかに、主流から外れた少数の、たいていは新しい顧客に評価される特長がある。
破壊的技術を利用した製品のほうが通常は低価格、シンプル、小型で使い勝手が良い場合が
多い。以上のように、クリステンセンは分析している。本論文では、少し広義ではあるが、
従来とは全く異なる価値基準を市場にもたらす新技術あるいは新製品やそのコンセプトを
「破壊的イノベーション」という言葉を用いて示す。
1.1.3 持続的イノベーション 2)
破壊的イノベーションとは異なり、主要市場のメインの顧客が今まで評価してきた性能
指標での既存製品の性能を向上させることを特徴とした、製品性能を高める技術を「持続的
技術」と呼ぶ。本論文において、このような技術を開発することを持続的イノベーションあ
るいは改善的イノベーションという言葉を用いて示す。
1.1.4 両利きの経営
シュンペーターは、知は知から生まれ、知と知の組み合わせにより、新たな知を生み出す
ことができるとした 1)。つまり、イノベーションの本質は、知と知の新たなコラボレーショ
ンであること主張している。従って、イノベーションを生み出すには、一定の知の範囲を有
していることが必要となる。一方で、企業は既存の事業の知を深化させることで新たなイノ
ベーションへとつなげることができる。これらの「知の深化」と「知の探索」を経営のなか
でバランスをとることが、イノベーションを生み出すことが重要であるとされている。この
経営の考え方を「両利きの経営(ambidexterity)
」と呼ばれている。企業では、知の深化を重
視し、知の探索を軽視する傾向が多いことが指摘されている。これは、目の前の利益(業績)
を向上させるには、知の深化の方が効率的であり、知の探索は成功するか不確実な面もある
ことが多いためである。このように、知の探索が軽視され知の深化に傾倒するがゆえに、イ
ノベーションが起こりにくくなることを「コンピテンシー・トラップ」という。企業がイノ
ベーションの創出を、競争優位を得るための手段とする限り、このコンピテンシー・トラッ
2
プを回避することが肝要である。そのため、企業は組織として「知の探索」と「知の深化」
のバランスを維持し、コンピテンシー・トラップを回避するための戦略や体制を作ることが
重要である 3)。知の探索を重要視している代表的な企業としては、スリーエムがある。イノ
ベーションの促進を意識しており、技術系社員は勤務時間の15%を好きな研究に使って
よいという慣習がある 4)。
1.1.5 学習する組織 5)
継続的に適応し、変化する能力を意図的に備えた組織は、抵抗を受けることが少ない。こ
うした組織を、学習する組織と呼ぶ。学習する組織は、次のような特徴を持つ。①すべての
人が合意した共有のビジョンをもつ。②従来の考え方や問題解決、業務遂行に関わる標準的
に決められた方法を放棄する。③メンバーが全ての組織プロセス、活動、機能、環境とのか
かわりを相互関係システムの一部であると認識している。④批判や罰を恐れずお互いにオ
ープンなコミュニケーションを図る。⑤個人的な自己利益や分断された部門ごとの利益を
昇華させ、組織の共有ビジョンを達成するために協力する。
1.1.6 コラボレーションと組織知の集積・拡散 6)
コラボレーションは、異質なもの同士を組み合わせること、あるいはその協力作業を意味
するので、企業におけるコラボレーションは組織知を集積・拡散させる機能をもつ。組織に
おいて、異なる部門の人と交流することで、他部門に埋蔵されていた知識の活用や、両部門
の既存の知識体系の領域を超える新たな知識の創造が起こる。十川(2011)の調査によっても、
異なる部門間の交流が頻繁に行われている企業ほど、組織としての創造的な学習が実現さ
れる可能性が高いことが示されている。
3
1.1.7 企業における人材の創造性の定義
これまでのレビューでは、あくまで知と知のコラボレーションが、イノベーションを生み
出す上で、重要な1つの手段であり、企業側の視点でみた知の深化と知の探索の両立に関す
る研究成果について述べた。この節では、さらに企業がイノベーティブであるための人材の
創造性についての研究成果のレビューを行う 5)。
組織に属する個人は意思決定を行う。例えば、トップ・マネージャーは組織の目標を決め、
どんな製品やサービスを提供するのかを決める。また、意思決定はマネージャーだけに限ら
れるものではない。従業員も自分の仕事で、または周囲や自分の働く組織に影響を及ぼす意
思決定を行う。つまり、組織ではあらゆる個人が意思決定を行うことになる。この意思決定
を合理的に行うには、
「創造性」が必要である。創造性とは、多種様々な考えを独自の方法
で組み合わせる、または独特な発想を行うことで解を見つけ出すことができる能力である
と定義される。これは、研究者の日々の実験の発案・改善でも重要な能力であり、事業企画
や戦略の立案を行う人、営業・マーケティングの方法を考える人、多種様々な個人の能力・
仕事の成果に影響する。組織のイノベーション活動が、知と知の組み合わせ、すなわち個人
個人のコラボレーションで起こるのであれば、個々人の創造性がうまく発揮され、その成果
が組み合わさることが、イノベーション創出の原動力である。従って、個人の「創造性」は
組織のイノベーションの創出力に影響があると考えられる。
創造性は、①専門能力、②創造的思考能力、③内発的タスクモチベーションの3要素から
構成されると考えられている。専門能力は、仕事をする上で必要となる専門分野の知識・能
力であり、すべての創造的活動の基礎となる能力である。創造的思考能力は、創造性と関連
のあるパーソナリティ特性、類推能力、見慣れたものを違った角度から捉えることができる
といった能力が含まれる。パーソナリティ特性としては、知性、独立心、地震、リスク志向、
内的統制型のローカス・オブ・コントロール、あいまいさに対する耐性、欲求不満に対する
忍耐力が挙げられる。これらが創造的な発想に結びつくことが明らかにされている 5)。
4
創造的
思考能力
専門能力
創造性
内発的
タスク
モチベーション
図1 創造性を構成する 3 要素 5)
1.1.8 場の論理
伊丹は、場の概念に基づく新しいパラダイムを提唱した。場とは、人々が参加し、相互理
解や働きかけを行い、共通の体験をする、その枠組みである。場について事例の共通項から
理解している。共通項としては、
「ヨコ関係の情報交換と心理的刺激」、
「自然で自由な情報
発信と受信」
、
「密度の濃い、本音のコミュニケーション」、
「感情の交流、心理的刺激」、
「個
人の間の情報理解と情報蓄積」
、
「心理的エネルギー」を挙げている 7),8)。
1.1.9 SECI モデル
野中、竹内は知識創造のプロセスを SECI モデルとして提唱した(図2)
。暗黙知は言葉
では明確に示すことが難しい主観的な知識の事を指す。それに対して、形式知は明確化でき
る知識であり、他者にも理解可能な知識を指す。野中、竹内は知識創造のプロセスに、共同
5
化、表出化、連結化、内面化の4つのモードがあることを指摘している。共同化のモードで
は、相手の暗黙知を学習するために設置された「場」において、共感知として相手の暗黙知
を身に着けることが可能である。さらに、表出化において、その暗黙知を対話により、概念
知として概念化できる。連結化のモードでは、異なる形式知を組み合わせることにより、体
系知として確立させることができるとしている。内面化のモードでは、そのように体系化さ
れた形式知を実践することにより、新しい暗黙知を生み出すことができる。このようにして、
暗黙知は形式知化され、さらにその形式知から、暗黙知が生み出される。このような連鎖が
知識創造のプロセスとして存在すると示されており、ナレッジマネジメントでは、このよう
な連鎖を生むための場を創造することが重要である 9)。
暗黙知
暗黙知
暗黙知
暗黙知
共同化
表出化
内面化
連結化
形式知
形式知
図2 SECI モデル 9)
6
形式知
形式知
1.1.10 オープンイノベーションの類型
Chesbrough は、オープンイノベーションプロセスを大別して2つに分類した。①外部から
の技術やアイデアの導入による新たな価値の創造、②内部の技術・アイデアを外部に提供す
ることにより価値の創造や獲得に携わることである。各々について、前者をインバウンド型
オープンイノベーションと後者をアウトバウンド型オープンイノベーションとして示して
いる。インバウンド型のオープンイノベーションでは、オープンイノベーションが有効にな
る企業内外の条件を考察する手がかりを与えてきたことに研究の貢献があることが指摘さ
れている
10)。インバウンド型のオープンイノベーションを実施する場合、企業は内部の情
報を収集・整理だけでなく、どのような企業と連携すれば効果があるのかを明確にするため
に外部資源の探索を行う必要がある。外部探索について、Chiang が台湾企業 184 社に対し、
オープンな環境での探索の広さが、革新的なイノベーションと、オープンな環境での探索の
深さが改善的イノベーションとポジティブな関係にあることを示した 10),11)。Sofka は、欧州
5 か国 5000 以上の企業サンプルから探索戦略とイノベーションのパフォーマンスとの関係
を調べた。その結果、企業内部の R&D 投資が最も有効なのは市場志向の探索戦略を採った
場合であるのに対して、技術的に進んだ環境では、企業は新規な知識にアクセスしてイノベ
ーションのパフォーマンスを向上させるために科学的知識を入手しなければならないと主
張している 10),12)
1.1.11 オープンイノベーションと技術力
ものづくりには製品アーキテクチャという考え方がある。これは、製品の設計思想につい
ての考え方であり、大きく 2 つのアーキテクチャに分類される。1 つ目は製品を構成する
各々の部品が補完完結型であり、機能と部品が 1 対 1 に近いことを特徴とするモジュラー
型と、すべての部品が製品全体で最適化されるように設計されており、部品と機能の関係が
錯綜しているインテグラル型である
13)
。延岡は、オープン性の高いモジュラー型の製品開
発に関して、オープンイノベーションが広まることで、価値づくりに負の影響があると主張
7
している。オープンイノベーションでの価値づくりを実現するためには、①他社に模倣され
ない持続的な優位性の確立、②顧客が喜んで買うような顧客価値を同時に実現する必要が
ある 14)。この点においてオープンイノベーションにおけるマーケティングや革新的な発想、
商品コンセプト作りの重要性が示唆されていると考えられる。従って、次節で取り上げる市
場情報のマネジメントの議論は、オープンイノベーション戦略における価値づくりについ
て考える上で重要である。
1.1.12 オープンイノベーションと市場情報のマネジメント 15)
1990 年代以降、マーケティング分野では、企業の市場志向に関する研究が多数蓄積され
てきた。その中では、企業志向の中心的な概念として、現在や未来の顧客や外部要因につい
ての市場情報の生成と組織全体への普及が重要であることが指摘されている。改善的なイ
ノベーションでは、市場情報の利用がより高い成果を生むが、革新的なイノベーションはさ
ほど効果がないということが、実証研究などにより明らかにされている。一般に、企業がオ
ープンに外部の市場情報を探索すると、知識・知恵の増大と知の結合可能性が高まる 1),16),17)。
川上は、組織レベルでのオープンイノベーション戦略における市場情報マネジメントにつ
いて論じており、次のような課題を指摘している。
① 新規情報の探索と既存知識の活用のバランスをマネジメントする戦略的な意思決定を
誰が行うのか
② 社内に有する既存知識に対し、外部で探索された、相対的に一般政府編成が高いであろ
う新たな知識をいかに自社の事情に適合させるか
8
これらを含め、オープンイノベーション戦略を実践する上でのオープン化に伴う、外部企
業や未来の顧客のニーズ、技術情報などの市場情報をマネジメントするための内部変革の
方法は、今後重要な課題・研究テーマであることが指摘されている。
1.1.13 コンセンサス標準化とオープンイノベーション
前節では、市場情報についてどのようにマネジメントをするべきかに関する議論につい
て取り上げた。一方で、オープンイノベーションの範疇では、外部の知を自社の商品開発に
導入することだけでなく、外部の企業に働きかけることによって、自社の技術で標準化を図
ることに関する議論がなされている。多くのオープンイノベーションの研究では、経営資源
を流動化させ、外部と内部の知のコラボレーションによりイノベーションを起こすことを
主眼として論を展開している。これは、リソースベーストビュー(資源ベース論)を基にし
た考え方であるといえる 18)。一方で、企業自体の連携については、オープンイノベーション
が提唱されるよりも以前である1990年代前半から研究がなされている
19)。これは、ア
メリカでの独禁法の緩和に伴い、企業同士が連携しやすくなったことに起因している。企業
が協働して、技術開発やサービスを展開することが、果たして企業の利益の増大につながる
のかどうかも疑問があったため、共同での技術開発が成果につながるのかどうかやそのプ
ロセスについて学術界でも注目が集まっていた。独禁法の緩和により、可能となった企業連
携は、2つのパターンに分類される。①数社間の限定した企業間における戦略的なパートナ
ーシップである。この場合、技術開発の成果は当該企業間のみで享受できる。もう1つは、
②多数の企業がコンソーシアムを組み、共同開発を行うという企業連携のパターンである。
企業がコンソーシアムを組む場合、コンセンサス標準という産業標準を目指す。コンセンサ
ス標準はデジュリ標準とデファクト標準の両方の側面を併せ持つ
て表 1 に示す。
9
20)。これらの違いについ
表1 標準化プロセスの比較 20)(図表引用:立本(2010)
)
コンセンサス基準
デファクト基準
(事実上の標準)
デジュリ基準
(公的基準)
メンバーシップ
初期メンバーは自由に
決定できる(設置の柔軟
性)。コンソーシアムへ
の参加を断ることはでき
ない(メンバーシップの
オープン性)。多数決。
1社。2社以上の場
合は合計マーケッ
トシェアが一定以
下(例外的)。
複数社で固定的。メ
ンバーは既存企業。
満場一致の原則。
標準の対象
標準化の対象領域は自
由に決めることができる
(対象の柔軟性)。市場
導入前技術でも良い。
市場取引プロセス
を経てドミナントデ
ザインを獲得した
ものに標準が決定。
市場取引前に決定
できるが、一般に市
場で最も利用されて
いる使用が企画案と
して提出される。
公開の程度
標準化された内容は第
三者にも公開しなくては
いけない(情報のオープ
ン性)。
「誰に公開するか」、 標準化された内容は
「その程度、公開
第三者にも公開
(オープン性)。
するか」を任意に
決定できる(限定
的オープン性)。
具体的な例
PCISIG, DVDフォーラム, PC(IBM)/VTR(JVC)
AUTOSAR,
ETSI内GSM WG
ISO/IEC/ITU-T
当初コンセンサス標準は、そのオープン性から、競争戦略とは無関係であると考えられて
いた。しかし、近年の研究では、コンセンサス標準は戦略的な道具であり、産業進化の方向
性を決めたり、他企業を巻き込み自社に有利な産業構造を作り出したりすることに利用さ
れていることが明らかにされてきている 20)。
10
1.2 本研究で扱うオープンイノベーションの類型と定義
本稿では、自社に外部資源を流入させて技術開発活動を効率化するインバウンド型のオ
ープンイノベーションをオープンイノベーションとして定義し、議論を行う。
1.3 本研究の目的
近年オープンイノベーション戦略が重要視されつつある現状から、理論的な枠組みや企
業としてオープンイノベーション戦略を取り組む上での経営課題、外部探索の範囲とイノ
ベーション成果などについて調査されている。しかしながら、企業としての組織構造や組織
体制、人材マネジメントをどのように行えば、効果的にオープンイノベーションが実践でき
るのかという、学術的かつ実践的な示唆に富む研究は希少である。そこで、本研究では、企
業がオープンイノベーション戦略に取り組む際に、どのような組織構造を持つ必要があり、
どのような組織の機能や人材マネジメントが求められるかについて調査した。
1.4 本論文の構成
本論文の構成は8章構成であり、以下に各章の内容を示す。
第1章では、本研究に関わる内容について先行研究のレビューを行う。
第2章では、日本企業の外部連携の現状について明らかにする。
第3章では、企業がオープンイノベーション戦略を実践するにあたり、どのような組織構
造が求められるかについて分析、考察する。
第4章では、企業が組織文化としてオープンイノベーション戦略に対応するにはどのよう
にすればよいか整理・議論する。
第5章では、企業がオープンイノベーション戦略を実践する上で、どのようにして外部探索
を行うべきか議論する。
11
第6章では、商品コンセプト設計の重要性と、その手法について議論する。
第7章では、オープンイノベーション戦略を実践するにあたり、どのような人材マネジメン
トが求められるのかについて議論する。
第8章では、本研究の結論を示す。
12
第2章 日本企業における外部連携の現状
昨今、グローバル環境での競争激化や製品ライフサイクルの短縮化など、競争環境の変化
に対応するため、研究開発の重要性が増している。その中で企業では、研究開発スピードの
向上と事業化を目指す独自性の高い技術・製品の開発の達成に向けて、自社の研究開発の資
源をコア技術の開発に集中させ、周辺の技術を外部に求める動き、あるいは異分野の先端技
術を外部から導入する動きが増えている
21),22),23),24)
。こうした動きは活発化しており、その
ためにグループ企業内の情報共有や、サプライヤーとの連携、オープンイノベーションに取
り組むための部署を設置するなどといった行動をする企業が増加している。例えば、経済産
業研究所のアンケート結果によれば、オープンイノベーション関連業務の担当部門を設置
している日本企業としては、大阪ガス、資生堂、シャープなど5社について述べられている
22)。また、ダイキン工業株式会社は研究部門と事業部門ごとの開発部隊の人材やチームを集
め、社内のイノベーション創出の体制を統合化するとともに、オープンイノベーションのハ
ブとして機能することを目指す「テクノロジー・イノベーションセンター」を設立する予定
である
22)。このようにオープンイノベーションの重要性を認識して具体的な動きを見せる
日本企業も増加しつつある。その一方で、日本における外部との連携はコーポレート研究所
における研究開発の産学連携を中心として進んできたこともあり、企業のオープンイノベ
ーション意識は基礎研究段階での意識が強い。また、顧客やサプライヤーなど取引関係のあ
る企業や、グループ企業間での連携が多いことも指摘されている 23)。昨今の調査では、日本
の企業の技術開発の現場からは、
「いまや外部との連携は必要不可欠」23)、
「研究開発テーマ
が既存分野に留まらず多岐にわたるため、社内だけではカバーしきれなくなってきた。
」25)
との声があることが指摘されている。企業研究所は、従来だけでなく今後も大学との産学連
携を重視する意向がある一方で、中小企業やベンチャー企業との連携を望む企業も増して
おり、その際、連携が実現したケースは、取引先や大学関係者などの人脈を通じた紹介が多
いことが指摘されている 24)。一方、経済産業省が2010年に日系企業・外資系企業に対し
行ったアンケート調査では、外部連携の重要性は認識しているものの、外部との連携に十分
13
対応できる人材が不足しているや、外部の企業と連携に対し組織の文化の対応性が不足し
ていることが示されている 25)。
以上より、競争環境の変化等に伴い、技術開発における外部との連携は今や必要不可欠で
あるものの、企業の内部ではオープンイノベーションに対応できる組織文化と人材が十分
ではない。従って、オープンイノベーションに対応できる組織文化や人材を育てるための方
策を見つけることの重要性があると考えられる。
14
第3章
オープンイノベーション戦略における組織構造
企業がオープンイノベーションを実践するときに問題になるのは、どのような組織構造
をもち、どのような行動を取れば外部の知恵を獲得しイノベーションを創出できるのかと
いうことである。本章では、企業がオープンイノベーションを実践するときにどのような組
織構造が考えられるかについて、事例を用いながら示し、その強みと弱みなどの特徴、さら
にどのような企業にどの組織構造が適するのかについて示す。
3.1 組織構造の分類
オープンイノベーション戦略における組織構造について、体系的に示されていない現状
を踏まえ、この組織構造について本研究で新たに体系化した。その結果、オープンイノベー
ション戦略を実践している代表的な企業の事例から 3 パターンに分類できると考えられる。
それぞれについて以下のように呼称する。
① 狩猟型組織構造 (Hunting external resources organization structure)
② 採集型組織構造 (Gathering external resources organization structure)
③ 事業協働型組織構造 (Co-production organization structure)
狩猟型組織構造は外部の資源を獲得するため、自社の人材が外部の企業や人材を探索・交
渉し、自社との連携を図る(3.1.1 節詳述)。さらに採集型組織構造は、外部の企業や研究者
を自社の敷地内に集め、商品アイデアの発想や開発段階などで連携を図る(3.1.2 節詳述)
。
事業協働型組織構造は、自社の商品のバリューチェーンで深く関連する企業などと共同プ
ロジェクト部門を設置し、密接な連携を図る(3.1.3 節詳述)
。
以降では、この 3 種類の組織構造の説明と、その機能や特徴について分析、考察した結果
について示す。
15
3.1.1 狩猟型組織構造 (Hunting external resources organization structure)
狩猟型組織構造 (Hunting external resources organization structure)(以下、狩猟型)では、企
業の組織内部に外部技術探索部署を設け(図3参照)、探索を行う担当者が外部の企業や公
的機関などが有する、自社の事業に生かせそうな技術やアイデアを収集する。まず、事業ニ
ーズや商品コンセプトなどから、ニーズやコンセプトに応える上で自社が抱えている技術
課題や不足アイデアを明確化し、それらの情報が集まるプラットフォームのような機能を
外部探索の部署に形成する。このプラットフォームに集まった課題を解決できる技術・アイ
デアを外部探索の担当者が探し出し、その技術・アイデアの情報を本社のネットワークや研
究開発の部門と共有する。その後、外部技術・アイデアを活用することにより、課題解決に
つながると判断された場合は、その外部技術・アイデアの獲得を実行する。この獲得手法は、
アライアンスの締結、M&A、特許情報であれば特許のライセンシングといった手法が挙げ
られる。
マーケティング部署
製品ニーズ
製品コンセプト
デザイン部署
不足技術・アイデア
技術ニーズ
発掘・接触
技術情報
情報交換・交流
外部企業
外部技術探索担当
技術情報
技術部
エンジニアリング
技術提供・連携
M&Aなど
不足技術・アイデア
技術ニーズ
製品開発の実現
市場へ
図3 狩猟型組織構造の機能(部門間の情報交流と各部門の役割)
16
<事例 P&G のオープンイノベーション>
P&G はコネクトアンドディベロップ戦略を提唱している。コネクトアンドディベロップ
とは、外部の企業や公的機関がもつ技術を活用し新製品を開発するというオープンイノベ
ーション戦略である 26)。2000年以降、P&G は従来の自前主義を脱却し、世界中の外部
資源を有効に活用するようになり、外部技術を取り入れている比率は、2000 年は 15%であ
ったのに対し、2006 年では 35%を超えている 27)。
実際に外部の技術・アイデアの情報については、
「テクノロジーアントレプレナー」と呼
ばれる世界中に派遣された約 70 名の外部技術探索担当である技術系社員が収集してくる。
企業内部で明確化された不足技術のニーズ基づき、技術・アイデアの情報収集は企業外部の
人脈の形成や、試作品を見に行くこと、あるいは自身で特許および学術文献を調査すること
によって行われる。また、自身が築いた人脈を生かすように各事業部のマネージャーに働き
かける。発見した情報を社内のネットワークに流す際、
「ユーレカ・カタログ」と呼ばれる
フォーマットが存在する。製品概要や事業ニーズの適合性などが項目に含まれる 27)。
つまり、P&G のオープンイノベーションプロセスでは、不足技術のニーズ基づいた外部
技術・アイデアの収集、社内ネットワークへの送信、外部企業・公的機関あるいは個人との
面会を行う。従って、テクノロジーアントレプレナーがオープンイノベーションプロセスの
駆動力となり、外部と内部を仲介する機能を有している。また、外部技術を探索する部署に、
社内で不足している技術のニーズが集まり、外部技術情報はユーレカ・カタログを介して社
内で蓄積される。
狩猟型の組織構造における、企業内部から外部に求める技術ニーズの明確化の流れと、外
部探索を担当する部門の役割、さらに外部の技術を獲得するまでの流れについて以下に示
す。
17
① 自社や事業を成長させるための事業ニーズや製品コンセプトを設計し、自社内で賄える
技術・アイデアと、自社では賄えない技術・アイデアを明確化する。
「賄えない」技術・
アイデアとは自社では生み出せないもの、生み出すのに長い時間がかかると判断できる
ものである。
② 明確化された不足技術・アイデアのニーズ情報をリスト化するなどして自社内のプラッ
トフォーム機能に載せる(第6章で詳述)。これにより、外部探索担当の人材やその他
の人材に情報の見える化を行い、共有する。
③ 各事業部門でその事業や製品の改善に必要な不足技術・アイデアのニーズ、あるいは、
研究開発や商品化開発のなかで自社だけでは解決困難な課題を解決するために必要な
外部技術のニーズを外部探索担当の人材と共有する。
④ 事業・製品コンセプトからの外部技術・アイデアのニーズ、技術開発のなかで生じた自
社だけでは解決できない課題の解決法を求めるニーズ、この両方のニーズを達成するた
めに、外部技術探索担当の人材が外部資源の調査を行う。
⑤ 外部探索担当の人材が自社の事業の成長に生かせそうな外部技術・アイデアを見つけ出
せた場合、自社の技術開発部門やその他の部門の担当者と情報共有する。この場合、会
議や面会など直接的に連絡して情報を伝える場合もあれば、自社内のプラットフォーム
に技術情報を流すことで、多くの人と情報共有ができるようにシステム化する場合もあ
る。プラットフォームに技術情報を流す場合は、企業内で技術情報を記すための独自の
共通したフォーマットを用意し、企業内の多くの人にとって適切な情報の共有ができる
ようにする。
18
⑥ 技術・アイデアなどの外部資源の獲得を目指すことが、企業内や事業部内で決定された
場合、外部技術・アイデアを持つ企業や公的機関などの担当者と面会をする。この場合、
主に外部企業には公開情報を持ってきてもらうようにし、その中で、事業ニーズが満た
すことができそうかや、相手の意志について確認する。その後の面会では、いくつかの
段階を踏んで、企業アライアンスや特許ライセンシング、あるいは M&A などの契約を
締結する。
以上の段階を踏むことで、企業内部の情報の統合と、外部の情報の探索および内部への流
入、さらには外部の知の獲得を実現する。
この組織構造の特徴は、自社に不足している技術やアイデアを明確化し、外部探索の人材
がそれを基に外部探索を行うことで知の探索範囲を拡大することにより、自社の事業に必
要な外部資源の流入量を増大させイノベーション促進を図ることである。
製品コンセプト
設計部門
技術開発部門
不足技術・
アイデア
の共有
外部探索
担当部署
・・・内部の技術・アイデア
・・・外部の技術・アイデア
図4 企業内部部門による不足技術の明確化と外部探索担当部署の技術探索
19
3.1.2 採集型組織構造 (Gathering external resources organization structure)
採集型組織構造 (Gathering external-resources organization structure)(以下、採集型)では、
自社の事業に関連する分野、あるいは発展させる可能性がある分野など、様々な分野の企
業・機関や大学の研究者などを自社の敷地内に集め、各々の研究オフィスを設ける。技術開
発による他社との差別化や、破壊的イノベーションの推進に向け、様々な企業・機関との連
携や、企業の人材や研究者とのディスカッションのなかで、新しい製品のアイデア創発を行
う。自社の敷地のなかで、知識・知恵の交流や交換を行うことで、新製品の提案や製品実現
に向けた問題解決を目指すことを目的としている。フィリップスを代表例として事例を示
す。
営業・マーケティング
からのアイデアなど
生産・販売部門
との情報交換
自社
技術部門
アイデアの交換
インスパイア
技術的な連携
イノベーション
の創出
・・・外部パートナー(企業・研究者)
オープンイノベーションの場
図5 採集型組織構造におけるオープンイノベーションの場の設置、外部の企業・研究者
の採集と情報交換・技術提携
20
<事例 フィリップス社のオープンイノベーション>
フィリップスのオープンイノベーション戦略は、オランダのアイントホーフェン郊外に
ある「High Tech Campus」内で実施されている。この場所は、もともとフィリップス社の研
究オフィスがあった場所である。ここに、オランダの NXP Semiconductors 社などのグルー
プ企業のほか、米 IBM や米 Agilent Technologies 社などの大企業、コンサルティング企業や
ベンチャー企業などから構成される、50 社を超える企業と 6000 人以上の就業者が集結して
いる 28)。ここでは、アイデアの構想段階から、フィリップス社単独で行われず、他社と共同
で業務を行っていく場合がある。例えば、照明機器向けのレーザ・センサの成功事例も、構
想段階のアイデアは「High Tech Campus」で生み出され、実用化開発の段階では製造会社を
買収して製品生産をしている 28)。すなわち、この組織デザインでは、アイデア創出の段階か
ら他社の協力を求めたり、製品アイデアのインスピレーションを得やすいという点が特徴
である。
フィリップスは、2001年12月期に約3400億円という大赤字を計上したが、人員
削減と事業構成の大きな入れ替えにより、2012年には経常収支が約260億円の黒字
になるまで回復した。事業構成の入れ替えについては、
「選択と集中」に注力し、事業の柱
を医療機器、照明、家電の3本に絞り、残りの半導体、部品、ITサービスの 3 事業を他社
に売却した 29)。一方で、企業文化にも大幅な変化が生じ、かつては新製品開発において、技
術部門がイニシアチブを持っていたのに対し、現在は、営業・マーケティング部門の意見を
積極的に取り入れ、他の企業や大学などと協力して製品開発を行うオープンイノベーショ
ン戦略に取り組んでいる 29)。
「50%の製品の鍵となる差別化要因をこれまで付き合ったこ
とのない社外の組織の技術を取り込むオープンイノベーションで実現する」と R&D の活動
指針に具体的な事項を盛り込んでいる 30)。従って、将来を見据えた「選択と集中」、
「他部門
や外部を巻き込んだオープンな開発環境と企業文化の形成」が、フィリップスを経営改善に
向かわせている要因であると考察される。
フィリップスの事例ではオープンイノベーション戦略におけるトップのコミットメント
21
の重要性もうかがえる。複数の有望技術に賭けることによって数千億円規模のインパクト
のイノベーションを築くと研究開発の活動指針にも記してある。もともと総合家電メーカ
ーであったフィリップスは、まず日本のメーカーとの競争に苦戦し、その後、韓国や中国の
メーカーとのコスト競争にも苦戦した。そこで、コスト競争に打ち勝つには、模倣が容易な
少し優れた商品を作るのではなく、簡単には模倣されない新しい製品のカテゴリーを生み
出すような大きなインパクトのあるイノベーションに取り組むべきだという考え方になっ
たことが指摘されている 30)。つまり、市場のコモディティ化、あるいは他企業のコストリー
ダーシップ戦略に対し、企業が打ち勝つための戦略として破壊的イノベーションを目指し
たオープンイノベーション戦略を実行しており、これによりフィリップスは事業および商
品の競争優位性を見出そうとしたと考察できる。
マーケティング・
営業部門からの
知恵・アイデア
フィリップス
技術部門
アイデアの交換・創出
インスパイア
生産・販売など
外部パートナー
の探索
技術的な連携
HIGH TECH CAMPUS内
・・・外部パートナー(企業・研究者)
図6 フィリップス社 HIGH TECH CAMPUS 内の技術開発およびアイデア創発過程での
連携と社内部門とのつながり
22
狩猟型では、外部探索担当が存在し、商品コンセプトの実現に不足している技術・アイデ
アを探索する部署が存在していたが、採集型の組織構造ではその部門が必要ではない、ある
いはその規模は小さくて済む。この採集型の組織デザインの特徴は、アイデアの発想段階か
ら、さまざまな企業や研究者と意見交換や知識交流することができる点である。狩猟型の組
織デザインでは、商品コンセプトを考える部署や技術部門から、自社に不足している技術・
アイデアのニーズが集まり、それに対応できる技術・アイデアを外部探索担当が探索すると
いう流れが主流になるため、アイデアの交換を早い段階から外部と行っていくことは採集
型よりも難しい。外部探索担当が良いアイデアや技術を外部から見つけてきて、自社の部署
に提案するケースもあるが、そこでのアイデア活用の検討は外部技術探索担当が行ってお
り、外部の企業や人材と直接的に早い段階から自社の製品開発の担当者がアイデアを交流
させていくことは稀であり、より直接的なアイデア交流が早い段階から進むという点で採
集型の組織デザインの利点がある。しかしその一方で、採集型の組織デザインは自社内の敷
地に集めた企業や研究者が、アイデアや技術提携の主なパートナーとなりやすい面があり、
狩猟型の組織デザインように、外部探索担当が外部への探索を行う場合の方が、技術やアイ
デアの探索範囲の広さという点では優れているといえる。
23
3.1.3 事業協働型組織構造 (Co-production organization structure)
狩猟型では自社の事業ニーズや製品(サービス)コンセプト実現のために不足している技
術やアイデアを外部探索担当が外部に探索(狩猟)することを目的とした組織構造である。
採集型はイノベーション促進のために、技術交流、アイデアや情報の交換を行うために自社
の敷地内に企業や研究者を集め、知識的な交流と技術提携を進め、外部の技術や知恵を活用
しながら製品開発を推進していくための組織デザインである。事業協働型組織構造 (Coproduction organization structure)(以下、事業協働型)は特に自社の事業とかかわりの深い業
態の企業(例えば、サプライヤーや取引先、あるいは長い間共同事業を経験したことがある
企業、企業と共同のプロジェクトを実施している大学や公的研究機関など)と連携し、相互
各々の目標を達成するために協働して製品開発を進めるための組織構造である。具体的に
は、①連携する会社の社内すべての部門の情報を集められる機能と、②その事業・連携会社
のプロジェクトを管理する機能の 2 つを併せ持つ共同事業部門を設置する(図7参照)
。こ
れにより両社が協働して取り組む事業に必要な各部門の資源の情報が素早く集約され、各
企業は相手企業の各事業部門や研究所を周回し、一つ一つの情報を手探りで集め交渉して
いく必要がなくなり、より素早く効果的に相手企業の情報探索を行うことができる。加えて、
お互いの共同プロジェクトの実現に向けた連携ができるので、このプロジェクトの目的達
成は両者にとって必ず win-win である特徴を有する。つまり、両者の事業の成長に不可欠な
相手と事業成長に向けた目標を共有し、その達成に向けてお互いにとって素早い連携を目
指す手法である。この組織構造の特徴として、開発する商品のバリューチェーン上での価値
づくりに貢献している企業(機関・大学など)と提携することが望ましい。その理由は、①
商品づくりのお互いの目標共有がしやすいため、②研究・商品開発・生産・販売・マーケテ
ィングなど、本来なら分業しているであろう企業同士が手を組むことで、離れた部門の声や
情報を意図的に集めることができるためである。例えば、商品企画や研究開発においてもマ
ーケティングや製造現場の声を活かすことができる。
24
一方で、この組織構造は他のモデルと比べ、情報の機密性が極めて高いことも特徴である。
狩猟型・採集型・事業協働型のいずれにおいても、連携を進めるに当たりある程度の社内情
報の開示と、相手企業の事業・技術の情報をお互いに知ることが必要な場合があるが、事業
協働型の場合は、2社など特定の少数の企業同士が(あるいは大学・公的研究機関など)が
お互いの目標のためにのみ、情報開示を行うため、より緊密で機密性の高い情報交換を行う
ことが可能である。一方狩猟型は、必ずしも提携に結びつくとは限らない企業にも自社のニ
ーズを一定のレベルで外部に公開することが必要であり、採集型も自社の目標の達成に協
力してもらい、アイデア交換や知識交流しパートナーを求めていく過程で、自社の事業ニー
ズ、あるいは技術ニーズの公開が迫られる可能性を含んでいる。それに対し、事業協働型は
提携の目的を明確にし、特定の企業とだけ情報交換・共有をするため、オープンイノベーシ
ョンに関わる情報開示から交流、交渉、共同開発に至るまで、すべての過程で情報の機密性
が他の2つのデザインよりも優れている。
例えば、アパレルメーカーとそのサプライヤーである材料メーカーの2社の共同事業を
考える。この場合、アパレルメーカーが販売する服の機能性や質は、材料メーカーから納入
される材料(糸や生地など)による影響が大きい。従って、その材料の革新により、アパレ
ルメーカーの商品に今までにはない機能性や質感を持たせることができる可能性がある。
一方、材料メーカーにとっては、アパレルメーカーのもつマーケティング情報や販売現場の
声、製造過程の情報などが材料開発における新たなアイデアとなる可能性がある。従って、
これらが協働することで、革新的な材料や衣服商品を開発できる可能性が高まる。衣服商品
の売上高が増えることは、材料の売上高が増大することにつながるため、革新的な材料や衣
服商品の開発は両者の事業にとって期待される成果である。また、商品価値の向上を見据え
た材料開発を進めていくには、製造現場とも協力できる方が好ましい。以上より、画期的な
商品や機能の実現を目指してアパレルメーカーと材料メーカーが協力することが両者の事
業にとって相互の目的にかなうと考えられる。代表事例として、アパレルメーカーであるユ
ニクロと材料を供給している東レのオープンイノベーション事例を示す。
25
図7
事業協働型における組織構造
26
<事例 ユニクロと東レのオープンイノベーション>
東レは2000年に GO(グローバル・オペレーション)推進室という部門を創設した。
これは、東レとユニクロの垂直統合・異業種間の戦略的パートナーシップである 31)。東レは
様々な事業・商品開発に取り組んでいるため、社内に多くの専門知識をもつ部署が散在して
いる。この GO 推進室は、ユニクロとの連携開発に際して東レ内の様々な知識を集めるため
に設置された。このような組織がない場合、ユニクロが東レのもつ様々な専門知識を求めて、
東レ内の様々な研究所や事業所を訪問する必要がある。その後、本格的な交渉に移り、共同
開発に移るまで時間が多くかかってしまう。特に、その技術が新規性の高いものであるほど、
どの知識が必要で、利用可能なのかを知ることの難易度は高くなる 32)。そこで、両者の各事
業所・研究所や商品・マーケティングの情報などが集まる部署を両者の情報のハブとして設
置した。ここで生まれた代表的な製品は、「ヒートテック」である。
「
『コスト面では台湾や韓国などに及ばない。どれだけ高い技術力をもっていても、繊維
メーカーとして単に糸を売るだけの営業では太刀打ちできない状況にありましたから、や
はり、自分たちの持っている技術を活かした付加価値を、素材だけでなく商品ごと提案して
いかなければならないという思いを抱いていました。そして、ユニクロの担当者と、世の中
にないものを 2 社で共同して開発していきましょうと話し合ったんです』
。その頃から織物
に続いて、ニットでの共同開発がスタートする。(中略)
その後、ユニクロの担当者と共に試行錯誤を繰り返す中、ついに 2003 年に優れた発色性
をもつポリマーを使った LOCⅡという東レオリジナルのポリエステルを使用した夏物メン
ズ用インナーを開発。その時につくった吸水速乾機能を保持する中空紡績糸を、秋冬用のイ
ンナーに利用しようという話が持ち上がり、ついに両社が求めていた革新的商品ヒートテ
ックの第1号が誕生したのである。
」31)
27
事業ニーズ・
商品コンセプトの提案
商品開発の実施
業務的連携
相互の各事業部の
情報の共有
図8
事業協働型における共同事業部門の役割
しかしこれは、アパレルメーカーと材料メーカーにとって効果的な組織デザインの手法
であるだけではない。この組織デザインの特徴は、
「特定の企業(大学など)と協働するこ
とがお互いに強いメリットがあること」である。東レとユニクロの場合は新しい材料の知見
を衣服商品に積極的に応用することで、画期的な製品を生み出しているモデルであり、その
実現は両者にとって強いメリットがある。他の事例では、パナソニック株式会社と大阪大学
の共同ロボティクス&デザイン看工融合共同研究講座がある。看護に活かせるロボット部
門で協力を得ている。お互いにとって両者の知見を業務内容に生かすことができる。次にこ
の組織構造を採用する際に求められることを2つにまとめる。
① 連携が両者にとって強いメリットがあること
② 信頼関係が築ける間柄であること
28
①は事例をもとに示したように、両者に強いメリットがないと、継続した事業連携は望め
ないということを意味している。特に、研究・開発・生産・販売の中で強い関係性があれば、
新商品の提案や開発を目指すための合理性が両者に生まれ、業務に関わる情報や現場の声
を共有できることは、イノベーションの実現可能性や発想の幅を増長させることにつなが
ると考えられる。②については、相互にとって情報共有を行うということは信頼できるパー
トナーでなければならないことを意味している。特に、これまで共同開発や共同研究をして
いきた間柄、あるいはサプライヤーとして業務的連携を行ったことがある間柄など、両者の
事業や業務内容にとって重要視される関係であることが、戦略的なパートナーシップを構
築する上で望ましいと考えられる。
29
3.2 組織構造総括
3.1 節において、オープンイノベーション戦略を企業が実践する上で必要な組織構造につ
いて示した。この組織構造の特徴の比較についてまとめたものを表 2 に示す。狩猟型におい
て外部探索の対象となるのは、自社で商品コンセプト作りの段階で生じた技術ニーズと、事
業部門の技術開発部署から生じる技術ニーズの2つがあり、これらの技術ニーズが外部探
索の担当部署に集積する(第5章で示す)。これらのニーズを解決するため、外部の技術や
アイデアを探索する担当者が企業外部の企業や人材の持つ技術・アイデアを調査し、事業に
活用できるものを見つけ出した場合、企業内部に情報を送る。これに対して、採集型は、自
社(あるいは大学など)の敷地内に集められた企業・機関や大学の研究者が主に連携対象で
ある。この組織デザインの特徴は、自社との連携可能性を模索する主な企業や人材が明確に
なることと、商品コンセプトのアイデア出しの段階から協働できることである。このため、
主に限定された企業と密な連携を行い、知の深い探索を行える可能性があることがメリッ
トである。一方で、知の探索範囲は、狩猟型>採集型である。従って、より広く知の探索を
行い、早期に技術課題を解決して様々な商品を生み出したい場合は、狩猟型の方がより多く
の知と出会える可能性があるため、望ましいと考えられる。さらに、事業協働型の知の探索
範囲はより狭く、狩猟型>採集型>事業協働型の順である。この事業協働型のメリットは、
事業で扱う商品のバリューチェーン重要な部分を扱う企業(大学など)と密に深く連携をす
ることにより、他社の製品よりも、優れた性能や特殊な性能を追い求めることができる点で
ある。東レの事例で示したように、バリューチェーンで商品の価値づくりに大きく関与する
プレーヤー(企業・大学や各業界の人材など)同士が連携することでこれまでにはない商品
づくりが可能である。一方で、情報の機密性という点では、事業協働型>採集型>狩猟型の
順で優れている。従って、特に狩猟型では、案件ごとにどの程度の事業ニーズや情報の公開
を行うのかを検討しリスクマネジメントを行うことが重要となる。商品に求められる部材
や要素技術が多い場合は、狩猟型や採集型のように、多くの企業の知恵を巻き込み、商品開
30
発を進められる機能をもった組織デザインを行うことが望ましい。その一方で、一部の企
業・機関や大学と密に連携することでも、自社(あるいは大学など)の価値づくりにとって
重要な利点を得られる場合、それらの企業と深く連携する部署を設ける方が効率的である。
東レとユニクロの協働のように、相互の各部署の情報や連絡手段が集まる部署を設置する
で、お互いの連携や知の探索活動をより早く深く行うことができる。
表2 組織構造の特徴まとめ
31
狩猟型組織構造
採集型組織構造
事業協働型組織構造
Hunting external resources
organization structure
Gathering external-resources
organization structure
Co-production
organization structure
概要
自社内に外部の技術・アイデアな
どを探索する部署を設置し、
担当者が外部企業・機関や人材
から関連情報の収集を行う。
さらに、事業に活かせる資源を
見つけ出し、外部との接触・交渉
を行う。調査では、人的ネットワー
クの活用や、マッチングイベントの
実施、特許や文献調査などを行う。
自社の敷地内に企業や機関の研
究部門あるいは大学の研究者を
招き、研究オフィスを設置する。
商品(技術)開発過程での連携を
図る。様々な研究者などと
意見交換を行い、技術開発に
応用することができる。
相手(企業・機関や大学など)と
自社の協働に向け、相互の
情報が集まるハブとなる部署を
設置する。この部署を設置する
目的は、相互の事業や技術開発
の情報など、協働して
事業・商品開発を行う上で、
必要となる情報や資源を
迅速に集め共有することである。
知の探索
範囲
自社の事業に活かせる技術や
アイデアを持つ外部の
あらゆる企業・機関や人材
自社の敷地などに招いた企業・機
関や大学の研究者
事業で深く協働する
特定の企業や機関・大学
知の探索
範囲の広さ
広
中
狭
特定の企業のみならず、
新たな企業・機関や人材との
連携機会(可能性)を積極的に
発見できる。また、知の探索範囲
が広いため、自社の事業に活か
せる資源の選択肢を多く見つけ出
すことができる可能性がある。
メリット
技術ニーズが明確である場合は、
より多くの技術・アイデア導入の
選択肢を模索できた方が良い。
また、外部で見つけ出した技術
シーズが、自社の新規商品や
新事業を考えるための
発想につながる可能性がある。
デメリット
案件ごとにどの程度の情報公開
をするのかを詳細に検討し
リスクマネジメントする
ことが必要である。
外部探索の担当者に適した人材
を育成する必要がある。
業界や連携
における特徴
業界
特定の様々な企業と密な知の探索
活動を行うため、それらの企業の
新しい技術シーズを早期に商品開
発に応用できる可能性がある。
また、商品コンセプトのアイデア出
し段階から、外部の企業や人材の
知恵を活用できる可能性がある。
複数企業の最新のアイデアや技術
シーズの結合により、他社が模倣
できない先進的な商品を
より早期から検討を開始できる。
連携を見据えた、外部の知の
探索活動の範囲が限定的である
ため、その範囲外の企業や人材に
対して閉鎖的になる可能性がある。
特定の事業に活かすことができる
そうな新シーズを早い段階から、
製品化につなげることができる
可能性がある。
バリューチェーン上の重要な部分
の価値づくりで深い協働ができる。
限られた企業・機関や大学などの
間で結ばれた連携であり、
情報の機密性が高い。
目標達成に向けて、相互の各部門
の情報を素早く共有できる。
特定の事業・バリューチェーンで
深く関連した事業体以外の
新たな企業や人材と連携を
模索する場合には適さない。
バリューチェーンで強い結びつき
商品に求められる技術分野が広く、 基礎研究や技術シーズ段階から、
があり、連携することで新しい商品、
商品ライフサイクルが短い業界。
他業種との情報交換が重要な業界。
価値づくりができる関係があること。
各種メーカー、インフラ業界など
各種メーカー、創薬業界など
32
アパレル業界と繊維メーカー、
企業と大学研究の包括的契約など
第4章
組織文化で求められる変革
NIH 症候群の NIH は「Not Invented Here」の略であり、「ここ(自社の研究開発)で開発
されたものではないから受け入れない」という意味で用いられており、自社技術に固執する
企業行動を指す。これは、組織の風土や文化を反映していると考えられることが多い。オー
プンイノベーションを実践するにあたって、外部を積極的に活用した方が良いと企業内を
説得する必要があり時間を要し、特に研究開部隊からの抵抗が大きい 33)。これは、自前の技
術に対する自負などから生まれ、日欧の多くの大企業に内在する問題である 34)。さらに、外
部の技術を導入することで、そもそも自前主義であれば自分の仕事の範囲であった部分を、
外部の技術者の手を借りるということが技術者心理に反発の念を抱かせる可能性も考えら
れる。一方、技術者の社内評価の観点から NIH の原因を探る研究の流れもある。研究開発
は⑴自社の製品開発に活用できる新しい技術を生み出すこと、⑵外部で生み出された知識
や技術を評価することの2つの機能があるが、研究開発に携わる技術者の評価は⑴がメイ
ンとなると分析されており、このことが NIH につながる大きな要因の1つであると指摘さ
れている 32),35)。他には、技術者のなかには、オープンイノベーションの実践が「外部に仕事
が奪われる」ことや、
「研究所がいらなくなる」ことに結びつくと考える者がいる 36)。従っ
て、オープンイノベーションを推進し、オープンイノベーションを許容し積極的に運営でき
る組織文化を企業内に根付かせるためには、この NIH 症候群の解決は必要不可欠である。
既存の文献に基づいて、企業の人材がオープンイノベーション戦略を受け入れるための手
段を検討した結果を次の 5 つの項目に示す。さらに、その意義について考察する。
33
①オープンイノベーションを積極的に推進することで、クローズドイノベーションでは製
品化に至らなかったものでも、外部の技術を補完すること製品化を達成できる可能性が
高まる。さらに外部の知識・技術を活用することで、製品開発のスピードも向上させられ
ることで、売上高に対する研究開発費とその期間を短縮させ、企業としての製品開発の効
率と市場導入までの時間を短縮できるというメリット
27)
を強く理解させることが 1 つ目
の項目である。
②オープンイノベーションを推進することで技術開発投資資源が自社事業のコア技術の深
化や周辺技術の強化に集中投下されるという認識を持つことで、外部との連携を重視し
た開発体制に変わっても、研究開発人材はこれからも同様に必要とされる
36)ということ
を社内に理解させることが肝要である。これが 2 つ目の項目である。
③個々の技術者にとって、外部の知恵や技術を社内の開発に導入することの方が、自前で製
品を完成させるよりも合理的であるためのインセンティブを設ける必要がある。具体的
には、外部の知恵や技術を自社の開発に導入した場合、技術者の評価・報酬が自前で開発
を完成させるよりも有利になるしくみを作ることが 3 つ目の項目である。例えば、「製品
の開発スピード」を製品担当者の評価・報酬に関わる項目に盛り込むことである。こうす
れば、外部の知恵・技術を活用した方が開発期間を短縮させることができるため、製品開
発担当者の評価や報酬が高くなるというしくみを作ることができると考えられる。実際
に、オープンイノベーション戦略を実践している P&G では、開発スピードが製品開発担
当者個人の評価項目に入っている 27)。
34
④企業のトップの従業員にむけた宣言、オープンイノベーションのコミットメントの質に
よっても、従業員の受け入れ・反発の姿勢は異なってくる 36)。従って、オープンイノベー
ション戦略を実行する上での、組織における具体的な目標と将来のビジョンを明確に示
すことが NIH の克服の中で重要となる。これが 4 つ目の項目である。
⑤オープンイノベーション戦略を実行することで、実現した製品や財務面の成功・向上など
の成功体験を自社や社外に向けて伝えることが重要である。社員にとって成功体験を実
感することは、社員がオープンイノベーション戦略を受け入れ、より積極的な姿勢を示す
ための心理的なバックアップとなる 36)。これが5つ目の項目である。
NIH の克服にはこれらの5つの項目が効果的であると考えられる。その理由は、これらが
オープンイノベーション戦略の(企業全体の合理性だけでなく、組織で働く個人にとっての)
利点を従業員に理解させる制度や手段を示しているためである。
また、従業員のモチベーションや姿勢は、組織や企業のパフォーマンスに影響する 5)。従
って、企業がオープンイノベーション戦略に取り組む際、そのパフォーマンスを高めるには、
個々の従業員のモチベーションや姿勢にも気を配る必要があると考えられる。一方で、5項
目中の③、④は従業員評価や目標設定に「外部資源の導入」という要素を取り入れ、外部資
源の導入に前向きな姿勢を引き出すという考え方である。従業員の評価や目標設定は、従業
員のモチベーションにも影響を及ぼす。特に目標設定に関する理論では、具体的に特定した
挑戦しがいのある目標のほうが動機づけとして優れており、しかもその挑戦に対して抵抗
がある場合、目標設定プロセスに従業員を参画させることが有効であることが指摘されて
いる。これらの点について考慮し、オープンイノベーション戦略における従業員の動機づけ
についても検討される必要があると考えられる。
35
第5章
オープンイノベーション戦略における外部探索の手段
第3章でオープンイノベーション戦略を実践する場合に企業が構築すべき組織構造の分
類とその性質について示した。この章では、外部探索活動において、いかにして外部の技術
やアイデアをもつ人材や企業を見つけ出すかという外部探索の手段について検討する。
5.1 外部探索範囲に関する先行研究と探索手法検討の重要性
自社内にオープンイノベーションの機能を担当する部署を設置する傾向は、欧米に限ら
ず日本の企業でも増加傾向にある
22),25)。オープンイノベーションを担当する部署では、一
部の外部企業や大学などと積極的な連携に向かう場合もあれば、企業内の担当部署が外部
探索し、自社の事業ニーズに見合った技術やアイデアを見つけ出してくる場合もある(大阪
ガスの事例など)
。たしかに、イノベーションが技術やアイデアの新しい結合であるならば
1)、技術の探索範囲は広ければ広い方がコラボレーションさせる知の選択肢が増加するため、
効果的であるという見方できる。しかし、近年の研究では、探索範囲はある程度の広さが確
かに必要であるものの、広すぎるとかえって逆効果であることも指摘されている
10),39)。ま
た、オープンイノベーションの効果に関する研究では、技術探索を行う企業の種類や、どの
研究開発の段階で技術導入を行うのかによっても、イノベーションの創出における効果は
異なってくることが示唆されている
23),40)
。これらを総合すると、企業にとってどういった
部門でどんな企業と連携するかについて個別の課題ごとに検討していく余地がある。従っ
て、企業にとってどのような探索手法が存在するのかは重要なテーマであり、アプローチし
たい企業によって、探索方法を検討する必要がある。以上より、効率的な外部情報の収集を
行う必要があり、その手法の検討は重要なテーマである。
5.2 外部探索の手段についての考察
オープンイノベーションに取り組む際、とりわけ外部の情報を集め、外部の知を探索する
36
担当者にとっては、どのように取り組めばより早く効果的に目的とする技術・アイデアを見
つけ出すことができるのかは課題である。これは企業が外部探索の担当者を育成する上で
も重要な観点となる。オープンイノベーション戦略で外部探索の担当者が外部の有望な企
業や人材と結びつくには、人的あるいは企業間のネットワークを形成・利用する必要が
ある 37)。そこで、どのような人的ネットワークを形成すれば、自社に事業に活用できる
技術やアイデアを見つけ出すことができるのかについて考察する。
5.2.1 技術仲介会社の利用
ナインシグマやイノセンティブとった企業に代表される、オープンイノベーションを目
的とした技術仲介会社を活用する方法がある。ナインシグマやイノセンティブはアメリカ
の企業である。日本で企業の依頼を受け探索する技術仲介会社としては、TBWA 博報堂が
挙げられる
38)
。これらの企業は、様々な企業の持つオープンイノベーション課題を解決す
るために、多種多様なアイデアや技術を有する企業や人材のネットワークを構築しており、
ある企業から解決してほしいオープンイノベーション課題が案件として持つ込まれた際に
は、そのネットワークを活用して課題解決ができる人材や企業を見つけ出すことができる。
通常、企業がオープンイノベーションを実施するために外部の技術やアイデアを自力で探
索する過程では、自社の事業や技術に関する情報が外部に漏れる危険性が少なからず存在
する。しかしながら、技術仲介会社を活用すると、提携に相応しいと思われる企業が見つか
るまでは、企業名が匿名で扱われるため、企業にとって自社の事業や技術の情報が社外に漏
れる危険性を抑えることができる。
5.2.2 オープンイノベーション関連のイベントの実施
外部探索手段の一つは、数多くの企業群をある会場に集めて、自社内部と外部の技術やア
イデアとの結合可能性、事業連携の実現可能性を協議する(マッチングを図る)機会を提供
37
することである。これにより、企業が個別の企業の情報を手探りに探索するよりも、一挙に
多くの企業を集め効率良く探索する機会を作ることができる。実際、大阪に本社を置く大阪
ガス株式会社では、
「マッチングイベント」と称して、オープンイノベーション実施に向け
た自社のニーズに見合う技術やアイデアを持つ企業を多くの企業から見つけ出すイベント
を実施している 41)。ここでは、特に、日本に多く存在する技術力が高い中小企業・ベンチャ
ー企業、あるいは大学研究や公的機関の人材との情報交流することを目的にしている。多く
の研究者や企業を一度に一つの会場に集め、情報発信と情報収集を行うことは、企業や研究
者を 1 件ずつ調査し接触するよりも格段に探索の効率化を図ることができる。しかしなが
らその一方で、会場では、自社の事業ニーズ・技術ニーズを一定程度公開することが必要不
可欠であるため、どのような事業や技術の情報公開をどの程度行い、どのような情報を受け
取るべきなのかについて事前に検討しておくことが望ましいと考える。
5.2.3 人的ネットワークの活用
オープンイノベーションを実施する場合、自社の事業にとって相応しい技術を見つけ出
す必要があり、そのためには相応しい技術やアイデアをもつ人材や企業と出会う必要があ
る。このためには、自社が必要とする技術分野に詳しい人物や、事業に関わる知恵を持って
いる人材とネットワークでつながり、詳しい情報を受け取る必要がある。どういう人物や企
業が自社の求める技術やアイデアをもつのかについての情報を入手することが技術探索を
行う上での課題となる。この課題を解決する上で重要となるのが、外部の人的ネットワーク
を構築することである。自社が求める技術やアイデアの分野について詳しい人が誰かを知
っている人物(ネットワークコーディネーターと定義する)と知り合うことが技術探索を行
う際の道標となり、さらにはその小・中規模のコーディネーターたちを多く知っている人
(大規模ネットワークコーディネーター)とネットワークを構築することにより様々な企
業や人材の情報を入手できる(図9)。従って、ある分野での人材や企業と多くのつながり
を持つネットワークコーディネーターとの人的ネットワークを構築することが重要となる。
38
その結果、外部探索の際に、自社が必要とする分野の知恵やアイデアにたどり着くことがで
きると考えられる。
大規模ネットワーク
コーディネーター
中規模ネットワーク
コーディネーター
中規模ネットワーク
コーディネーター
中規模ネットワーク
コーディネーター
中規模ネットワーク
コーディネーター
小規模ネットワーク
コーディネーター
中規模ネットワーク
コーディネーター
小規模ネットワーク
コーディネーター
小規模ネットワーク
コーディネーター
小規模ネットワーク
コーディネーター
小規模ネットワーク
コーディネーター
小規模ネットワーク
コーディネーター
小規模ネットワーク
コーディネーター
技術・アイデアを
持つ人材・企業
技術・アイデアを
持つ人材・企業
技術・アイデアを
持つ人材・企業
技術・アイデアを
持つ人材・企業
技術・アイデアを
持つ人材・企業
図9 ネットワークコーディネーターを経由した人的ネットワークの構築・活用
5.2.3(a)大学との連携
大学との産学連携の取り組みは、以前から多く行われており、オープンイノベーションに
おいても、産学連携は重要な手段である。とりわけ日本では、大学との共同研究が外部連携
39
で多く取り組まれており、経済産業省が行ったアンケート調査の結果からも
25)
、技術開発
における大学との産学連携の重要性が企業に認識されている現状にある。一方、産学連携に
おける課題では、大学と企業との間で、事業感の一致やスピードの問題点などが挙げられて
いる。しかし、大学との共同研究を行うメリットは、最先端の新しい知識・知恵を開発過程
に導入することができるという意見が多い。つまり、企業にとって産学連携は最先端の知識
や知恵とコラボレーションを図ることに重要な利点があり、知の深化と知の探索を行う上
で、今後も産学連携は重要視され続けると考えられる。オープンイノベーションにおいて、
自社の事業ニーズに相応しい技術やアイデアをもつ大学を見つけだす過程を考えると、既
存だけでなく新規の大学や人物・研究室と技術開発分野での連携を模索していくことが、効
率的なイノベーションの実現に必要とされる。既存に加え新規のパートナーを見つけ出す
場合に課題となるのは、どの人物や研究室・大学と提携すれば、自社の事業ニーズに見合う
技術やアイデアを得られるのかである。この点においても、人的ネットワークを構築し活用
することが大切となる。人的ネットワークでは、社員が親交のある大学や研究室と知識交流
をするケースがある(代表例である、シャープのヘルシオの事例を後述する)37)。社員レベ
ルの親交関係から外部の優れた人材と知識交流を行える過程は確かに存在するものの、企
業として外部探索の範囲をさらに広げ、戦略的に機能させるには、外部探索の部署にいる人
材が、各分野のネットワークコーディネーターと人的ネットワークを構築することが必要
である。Chesbrough(2006)は、大学研究者との関係を構築することが、社内ではわからない
技術動向の調査や、優秀な大学院生の社内への獲得を行う上で重要であるという意味で、大
学関係者と継続的な関係を構築することがオープンイノベーションに効果的であるという
考えを支持している 36)。
<事例 シャープ株式会社のヘルシオの開発 37)>
2000 年代、シャープ株式会社は、新しい電子レンジのコンセプトとして、マグネトロン
を使用せず、環境と健康に良い電子調理器の製作を挙げた。そこで、これまでのマグネトロ
40
ンを用いた発熱ではなく、過熱水蒸気と呼ばれる、業務用のスチームを活用して、これまで
にはない新たな電子調理器を生み出すことを製品開発の新コンセプトとした。しかし、シャ
ープにとって過熱水蒸気への取り組みは新たな試みであり、社内に技術の蓄積はなく、過熱
水蒸気に関する専門的知識・ノウハウを社外の専門家に求めた。当時の技術系社員の出身校
である大阪府立大学に、過熱水蒸気について研究している人物がおり、シャープ株式会社は
研究開発における協力を求めた。電子調理器の設計開発はシャープ株式会社が担当し、その
電子調理器の機能や理論計算、実測評価などを大阪府立大学の人物が担当した。これは電気
製品のメーカーと大学の研究者との産学連携のオープンイノベーション事例であり、企業
と研究室の既存の付き合いではなく、外部技術・知恵の獲得のために、新規にパートナーシ
ップを組んだ代表的な例である。
5.2.3(b)大企業・中堅企業やベンチャー企業との連携
大企業や中堅企業の技術動向や企業動向の情報探索においても、外部探索の人材が有す
る人的ネットワークは有効に活用できる。外部の企業から発信される公開情報や新聞・雑誌
の情報では、より詳しく新しい情報を入手することは容易ではない。しかしながら、人的ネ
ットワークのなかに企業の人材や、企業に詳しい人材がいることで、より詳細な情報入手の
きっかけが生まれる場合があると考えられる。従って、企業を対象とした外部探索において
も、ネットワークコーディネーターの存在が、重要であることが示唆される。一方、オープ
ンイノベーションの探索範囲では、大企業や中堅企業だけでなく、小企業やベンチャー企業
の優れた技術も含まれる場合があると考えられる。実際、アメリカではベンチャー企業が成
長し市場において台頭するケースが増加しており、企業のオープンイノベーションでも、優
秀なベンチャー企業の技術を活用するケースが存在する 42)。その活用手段は M&A、特許ラ
イセンシング、アライアンス締結などが挙げられる。アメリカでベンチャー企業が台頭しつ
つある要因としては、優秀な理工系の人材がベンチャー企業に就職あるいは起業するケー
スが増えており、ベンチャーにおいても優れた技術やビジネスモデルが生まれやすくなっ
41
ていること、ベンチャーキャピタルの活動が盛んになりつつあることが挙げられる
42)
。今
後はアメリカに限らず、日本やその他の国においても、優秀なベンチャー企業の出現が増大
する可能性がある。一方、大企業や中堅企業にとって、ベンチャー企業の動向や詳細に精通
した人材を抱えているかというと、必ずしもその限りではない。ベンチャー企業の技術がど
の程度高度で信頼に値するかは重要な関心事である。従って、優秀なベンチャー企業の技術
やアイデア、あるいはノウハウを導入することを視野に入れた場合、ベンチャー企業につい
ての詳しい情報を収集するルートが必要となる。この情報のルートも、人的ネットワークが
重要であると考える。しかしながら、ベンチャー企業の情報収集にあたってはベンチャーキ
ャピタルとネットワークを結んでおく必要がある(図10)
。数多くのベンチャー企業の業
務内容や人的資源あるいは財務の情報など、各種の情報を収集しベンチャー企業の評価を
行っているベンチャーキャピタルなら、ベンチャー企業についてより詳しい情報を所持し
ていると考えられる。さらには、もしベンチャーキャピタルやその人材が、自社が提携した
いベンチャー企業とネットワークを有していれば、自社がそのベンチャー企業にアプロー
チする上できっかけを作りやすくなる可能性がある。
加えて、ベンチャー企業や中小企業の技術がオープンイノベーションで活用される場合、
大学関係者の紹介により実現したケースもある。図9でネットワークコーディネーターの
重要性を説明したが、ベンチャー企業の場合はベンチャーキャピタルあるいは大学関係者
といった、技術やアイデアの有効性を評価できる人材が適すると考えられる。
42
ベンチャーキャピタル
ベンチャー企業
ベンチャー企業
ベンチャー企業
ベンチャー企業
ベンチャー企業
図10 ベンチャーキャピタルを経由したベンチャー企業に関する情報収集
5.3 銀行・商社・広告代理店が仲介役を果たす可能性の考察
銀行・商社・広告代理店などは、様々な企業とネットワークを構築しており、また情報収
集や評価を行うこともある。日本ではこのような企業が、様々な業界の企業と共同している。
特に商社は国家間や企業間をまたいだプロジェクトが実施される場合は、資材の発注やプ
ロジェクトの様々なサポートを行う過程で、様々な企業をつなぐ役割を行う場合もある。一
方、オープンイノベーションの外部探索活動では企業同士の連携を模索・実践する必要があ
る。従って、その際に企業同士をつなぐ役割として銀行・商社・広告代理店が仲介役を果た
す可能性がある(図11)
。実際、TWBA 博報堂の例では、TWBA 博報堂が事業コンセプト
を設計し事業に参加する企業を募るという、オープンイノベーションを仲介する事業を開
始していることが知られている 38)。
また、日本特有の文化として、民族性の面で閉鎖的であることが指摘されている
43)。従
って、企業同士も情報を出し合うといったオープンな関係に、欧米などと比べるとなりにく
い可能性がある。一方、日本企業は、銀行や商社などの企業と自らの業務と密接な関係を築
きながら事業を展開してきた歴史がある
44)。従って、日本特有のオープンイノベーション
の進行メカニズムとして、銀行・商社・広告代理店が仲介役を果たし、企業連携を加速させ
る構造に発展していく可能性が示唆される。
43
企業G
企業A
情報収集・提携支援
企業H
企業B
企業仲介役
企業I
企業C
銀行・商社・広告代理店
企業J
企業D
企業K
企業E
企業L
企業F
図11 銀行・商社・広告代理店を経由したネットワーク
44
第6章
商品コンセプト設計と外部に求める技術・アイデアのニーズ明確化
この章では、企業において、どのようなメカニズムで商品コンセプトが設計されるべきか
について議論する。
オープンイノベーション戦略を行う上においても、どのようにすれば、顧客に望まれる新
製品のコンセプトを創出できるのかは企業にとって重要な問題である。商品コンセプト設
計は、持続的イノベーション、破壊的イノベーションいずれを目的としても重要であり 2)、
商品価値に影響する。また、商品コンセプト設計は外部探索を行う際の技術ニーズを生み出
すことにつながるため、外部企業を探索・情報交流をする上でも重要であると考えられる。
一方、オープンイノベーション戦略においても市場情報のマネジメントの重要性が指摘さ
れており
15)、市場情報をいかに収集・分析し商品コンセプトに活かすかは組織の機能にお
いて重要な課題である。商品コンセプトの設計に関して3つの手法があると考える。①顧客
ニーズを中心としたアプローチ、②技術開発のなかで生まれたアイデアを生かしたアプロ
ーチ、③これらが統合したアプローチ、これらの 3 つである。P&G を題材として、企業に
求められる商品コンセプト作りと外部に求める技術ニーズの明確化手法について考察する。
<事例 P&G の商品コンセプト・技術ニーズの明確化>
コネクトアンドディベロップ戦略は、まず製品のコンセプト作りからスタートする。P&G
は製品コンセプトのニーズ探し、すなわちイノベーション機会を探し出すための組織作り
として、
「フューチャーワークス」
、
「各事業部門における新規事業開発」、
「社外事業開発」
、
「消費者ニーズトップ10リスト」と呼ばれる4つの部署あるいはプロセスを有している。
●フューチャーワークス
45
多くの専門分野の人材を分野横断的に集めたチームで構成された組織である。既存の事
業やその枠にとらわれず、新たな分野やセグメントを作ったり、既存の事業カテゴリーを横
断的に捉えて新たな事業を創造したり、現存する事業に隣接する周辺事業を創出すること
を目的としている。各既存事業部門から独立的に存在するが、構想の早い段階で、スポンサ
ーとなる事業分野を見つけ、アドバイスを受ける。この事業分野は、構想が高い評価を受け
た後、商品化を担当する責任を有する 45)。
●各事業部門における新規事業開発
各事業分野の製品に限定して、持続的イノベーションと破壊的イノベーションの両方を
目指す組織である。既存の製品や技術をもとにして、新たな製品やコンセプトを生み出す。
このため、外部の技術を導入することが多い。事業部門の社員が最も消費者や事業に詳しい
ため、P&G の持続的イノベーションは主に事業部門にて行われる 45)。
●社外事業開発
P&G では外部の技術を探索・発見し、交渉に至るまでを担当する社外事業開発と呼ばれ
る部署が存在する。これにより、既存の事業分野それぞれが、個別に外部の技術を探索する
よりも、社内に外部技術探索の担当部署を設置した方が外部技術探索と発見にかかる速さ
も向上し、より多くの種々様々な情報を集積させることができる。外部から優れた技術・ア
イデアを集め、評価し、良い評価を得たものは企業内部のネットワークに流す。この流れを
増やし、もし良い技術・アイデアを見つけ、既存事業に生かせそうだと社外事業開発の担当
者が判断した場合、自ら事業部門に紹介することもある 45)。
●消費者ニーズトップ10
46
P&G では、どのようなニーズを満たせば、各商品ブランドを成長させられるのかについ
て、各事業部門から年に一回のヒアリング調査をしている。この調査結果から、企業全体と
各事業部門ごとに、消費者ニーズトップテンリストを製作している。これは、研究者や商品
開発者である社員の努力が、事業の成長に効果的につながるようにするために取り組んで
いる。この消費者ニーズは新たな商品コンセプトとなり、このコンセプトを実現する上で、
企業内に不足している技術を明確化する 27)。
P&G は消費者のニーズを汲み取る多くの機能を有している。こうして生まれた製品コン
セプトに具現する新製品を開発する上で、外部技術を取り入れている比率は、2000 年は 15%
であったのに対し、2006 年では 35%を超えている。企業としての目標は 50%である。さら
に、外部で開発された技術の要素を取り入れていないものの、外部の技術資源を発見したこ
とがきっかけになった製品を数に入れると 45%を超える
27)。つまり、企業として外部の技
術動向を積極的に収集していることで新たな製品化にこぎつけたものが約半数をしめるこ
とになり、外部の技術・アイデアを製品開発に効果的に生かしていることが理解できる。
「社外事業開発」において、実際に外部の技術・アイデアの情報については、「テクノロ
ジーアントレプレナー」と呼ばれる世界中に派遣された約 70 名の外部技術探索担当である
技術系社員が収集してくる。企業内部で明確化された不足技術のニーズ基づき、技術・アイ
デアの情報収集は企業外部の人脈の形成や、試作品を見に行くこと、あるいは自身で特許お
よび学術文献を調査することによって行われる。また、自身が築いた人脈を生かすように各
事業部のマネージャーに働きかける。発見した情報を社内のネットワークに流す際、
「ユー
レカ・カタログ」と呼ばれるフォーマットが存在する。製品概要や事業ニーズの適合性など
が項目に含まれる 27)。
従って、P&G のオープンイノベーションプロセスでは、不足技術のニーズ基づいた外部
47
技術・アイデアの収集、社内ネットワークへの送信、外部企業・公的機関あるいは個人との
面会を行う。つまり、テクノロジーアントレプレナーがオープンイノベーションプロセスの
駆動力となり、外部と内部を仲介する機能を有している。また、外部技術を探索する部署に、
社内で不足している技術のニーズが集まり、外部技術情報はユーレカカタログを介して社
内で蓄積される。このことは、社内に外部に求める技術ニーズと外部シーズの情報が蓄積さ
れるプラットフォームのような機能が存在することを示している。
以上より、外部に求める技術ニーズと収集した外部シーズの情報が蓄積される構造や機
能が社内に存在することが、商品コンセプトの設計や外部に求める技術ニーズの明確化に
貢献していることを示した。また、商品コンセプト作りの材料となる情報を、企業内部・外
部から商品コンセプト設計部門へと送る機構を整えることで、新製品のアイデアと外部に
求める技術ニーズの創出が効率化されること、さらに外部探索の人材が企業外部に派遣さ
れていることで、効率的に外部の情報を収集・評価する機構を組織に持たせることができる
ということが示された。
48
第7章
オープンイノベーション戦略における人材マネジメント
本章では、組織内で働く人材の育成やマネジメントの方法について議論する。これまで、
組織構造の在り方や、外部探索の手段や商品コンセプトの設計と技術ニーズの明確化手法
など、オープンイノベーションを行っていく上で、企業としてどのような行動を取る必要が
あるのかについて論じてきた。この章では、そこで働く人材に関して必要なマネジメントに
ついて議論する。具体的には、共同事業の契約成立前に行う外部企業との接触・交渉の担当
者の育成手法と、共同事業の契約成立後の共同プロジェクトを指揮するプロジェクトマネ
ージャーの育成手法について述べる。
7.1 オープンイノベーション戦略における外部企業との交渉のステップ
自社の商品開発に必要な技術やアイデアを外部に求め、外部企業に接触し共同事業など
の契約に至るまでには、いくつかのステップを踏む(図 12)。例えば、初めに接触する場合
は、主に公開情報の内容をもとにお互いの事業のマッチングの可能性を探る。その後、対象
企業にのみ限定公開できる情報を提示し、その後秘密保持規約を結び、より内部の情報を介
した交渉やサンプルの評価などに進んでいくことになる 46)。
7.2 交渉段階における情報交換の駆け引き
外部の企業や人材と協働できる可能性を探る場合は、できるかぎり正確な情報を聞き出
す必要がある。相手の有する技術や知恵が自社の目的にかなうのかどうかを判断する必要
があるためである。一方で、それは相手側にとっても同じであり、相手の企業や人材は、共
同開発が相手側にとって目的にかなう有効な手段なのかどうかを吟味するためにも内部の
具体的な情報を知りたい場合があると考えられる。従って、交渉の初期の段階から、自社の
情報は守り、相手の情報はできるだけ探りたいとう駆け引き(オープンイノベーション・デ
ィプロマシーと定義する)が存在すると考えられる(図13)
。
49
導入したい技術のニーズを持つ企業が
技術ニーズに見合う技術を持つ企業を見つけ出す
相手企業に面会(マッチング希望)を申請
公開情報をもとにマッチングに向けた情報交換
相手企業のみに限定公開できる情報の交換
マッチング継続であれば秘密保持規約を結び
数回面談を行う。
工場見学やサンプル交換の実施
成約条件の交換および可否の検討
両者合意して契約実行
実用化開発の実施
図 12 オープンイノベーション戦略における外部企業との交渉ステップの例
(近畿経済産業局の報告書 46)の図表をもとに筆者加筆)
50
情報
人企
材業
B
情報
人企
材業
オープンイノベーション
ディプロマシー
情報
(駆け引き)
情報
A
図 13 オープンイノベーション戦略での交渉段階における情報の駆け引き
そこで、外部企業と接触し交渉する担当者には、自社の不必要な情報公開はできるだけ避
け、自社の事業に必要とされる相手企業の情報をより具体的に入手する交渉力あるいは調
査力が求められると考えられる。これについて、著者が行ったインタビュー調査によっても、
同様のコメントを伺っている。
7.3 外部と接触し交渉を行う人材に求められる能力と人材マネジメント
7.3.1 交渉学に基づく交渉の論理
交渉学に対する考え方は、2つの流れがあり、①強硬な姿勢や策により交渉を勝ち取る、
タフ・ネゴシエーションの考え方、②協調的な交渉を行いお互いの便益を高める考え方の2
つである。オープンイノベーション戦略における交渉では、後者の方が適している。その理
由は、外部企業と接触する目的は自社の事業への相手企業の巻き込みであり、当然ながら相
手と良好な関係を築く方が望ましいためである。
51
協調的な交渉として統合型交渉がある 5)。相手側の利益にも配慮し、自分の利益と統合し
ながら交渉の進め方を考える交渉方法である。この交渉法の利点は、奪い合い交渉と比較す
ると自分と相手の両方の満足度を高める効果があることである。この考え方を企業間の交
渉に応用すると、自社の目的や利益と相手企業の目的や利益を統合して考えられる視野が、
外部企業と接触する担当者に求められると考えられる。
7.3.2 オープンマインドなコミュニケーションと情報を出す技術の重要性
外部探索の担当者には、外部との交渉において相手企業の目的や利益に配慮し交渉や提
案ができる能力の育成が求められることを 7.3.1 節で示した。ここでは、さらに外部探索の
担当者に求められる適性と、育成パターンについて考察する。
外部探索を担当する人材が行う業務は、①自社の事業に活用できる技術・アイデアをもつ
企業・機関や人材を調査し、見つけ出してくる業務と、②見つけ出した企業・機関や人材に
接触・交渉を行う業務、この2つがあると考えられる。①では外部の技術・アイデアの価値
評価や、自社事業への応用可能性を検討できることが担当者の必須条件であることが考え
られる。さらに、自社事業に応用可能性のある技術・アイデアを持っている企業や研究者が
複数いる場合は、それらのうちどの技術・アイデアを獲得すべきか見極める技術の目利き機
能が必要となると考えられる。従って、技術評価に専門性が求められる分野であるほど、そ
の分野の商品開発を経験している人材が適していると考えられる。一方で、②では不必要な
自社情報の公開は避け、自社に必要な相手の情報を詳細に入手する力や、相手企業の目的や
利益を考慮した上で統合型の交渉ができる視野や合意形成する力が求められると考えられ
る。
52
以上を踏まえて、外部探索を行い相手に接触する担当者の育成パターンとして 2 つの可
能性を示す。
(ア) 技術の目利きができる技術系社員で、交渉力や合意形成を図る力をもつ人材。
(イ) 交渉力や人的ネットワークの形成、コーディネーションを担当する人材と
技術の目利きを行える人材を分業し、ペアを組ませる。
(ここでのコーディネーションとは、人的ネットワークを活用し、オープンイノベーション
戦略で目的の技術やアイデアを持つ企業(あるいは人材)とそれを求める企業(あるいは人
材)とをつなぐことと定義する。
)
<(ア)の事例 大阪ガス株式会社の事例>
大阪ガス株式会社のオープンイノベーションは、技術戦略部のオープンイノベーション
室を経由して行われる。社内から持ち上がった技術ニーズはこのオープンイノベーション
室に集まり、技術ニーズを解決する技術やアイデアを、外部探索の担当者がマッチングイベ
ントや人的ネットワークを活用して探索する。担当者は、大阪ガス内外の情報が集まってく
る体制を築くには、大阪ガスがオープンイノベーションをしているということを、社内外に
知らせて自身がシンボル化する必要があったと語っている
47)
。大阪ガスの場合は、技術畑
を歩んできた人物が技術の目利きを行い、外部との接触・交渉・人的ネットワークの構築も
行っている 47)。
53
<(イ)の事例 塩野義製薬株式会社の事例>
塩野義製薬株式会社では、「シオノギ創薬イノベーションコンペ」(FINDS:PharmaInnovation Discovery competition Shionogi)という公募型の産学連携オープンイノベーション
に取り組んでいる 48)。この FINDS を担当する松本氏は、大学や公的機関と情報の交換や人
的ネットワークの構築を行うなど、主に産学連携のコーディネーションを担当しており、創
薬シーズや技術の目利きは研究者に任せている
48)
。つまり、オープンイノベーションにお
いて、コーディネーション業務は重要であり、これを FINDS の責任者が担当する一方で、
技術の目利きができる人材とペアを組むことでオープンイノベーションを推進している。
(ア)の育成パターンは、技術開発などを経験してきた人材が、経験を積む中で、技術の
目利きに加えコーディネーション力を身につける必要があると考えられる。
(イ)の育成パ
ターンにおいては、比較的若い世代の人材から、経験を積ませてオープンイノベーションを
担う人材に育て上げる必要がある。塩野義製薬株式会社 Global Development Office イノベー
ションデザイン部門長の坂田氏は、
「オープンマインドを持ち、コミュニケーションができ
ることが一番。コーディネーターでも研究者でも、情報をうまく出せない人では、オープン
イノベーションは無理ですね」と語っている 48)。
以上より、オープンイノベーション戦略で外部の企業や人材を探索する担当者には、
「不
必要な自社情報の公開は避け、自社に必要な相手の情報を詳細に入手する力や、相手企業の
目的や利益を考慮した上で統合型の交渉ができる視野や合意形成する力」
(7.3.2 節で詳述)
に加えて、オープンマインドな適性が求められると考えられる。
さらに、外部探索の担当者を育成するパターンは 2 種類考えられる。1 つ目は技術の目利
54
きができる技術系社員に対し、外部との交渉における統合型交渉の視野や合意形成を図る
力を経験や研修により育成するパターンである。2 つ目は、技術の目利き経験を積んだ技術
者と、各業界の人材や企業とコーディネーションする人材の 2 種類の人材を育成し、両者を
組ませて外部資源の探索や交渉を担当させる方法である。
55
第8章
結論
本研究では社外資源を有効に活用して製品開発を効率化させるオープンイノベーション
戦略が重要視されつつある背景から、第 1 章から第 7 章において、オープンイノベーショ
ン戦略における組織の構造やその機能、および人材マネジメントについて分析、考察した。
第1章では、本研究に関わる内容として、組織におけるイノベーション経営と知識創造の
プロセス、人材の創造性、およびオープンイノベーション戦略について、先行研究の文献レ
ビューを行った。
第2章では、日本企業における外部連携の現状について調査し、既存のアンケート調査の
結果や文献などを整理し、外部連携に十分に対応できる組織文化や人材が、企業に不足して
いると認識されていることを示した。
第3章では、オープンイノベーション戦略における組織構造について、体系化されていな
い現状から、新たな分類体系について明らかにした。具体的には、狩猟型、採集型、事業協
働型の 3 種類の組織構造を新たに呼称し、オープンイノベーション戦略を実践するための
組織構造がこれら3種類に分類でき、しかもその特徴について比較、考察することで、どの
ような特徴を持つ業界の企業にどの組織構造が相応しいかについて示した。
第4章では、外部の技術やアイデアの社内活動に導入することに対する抵抗を示す
NIH(Not Invented Here)がオープンイノベーション戦略の実践に妨げる傾向にあることを示
し、既存文献を整理と考察によりこれを克服するための解決策を示し、さらに従業員の動機
づけについても検討した。
56
第5章では、オープンイノベーション戦略において重要になる、外部資源の探索手法につ
いて、技術仲介会社の利用、オープンイノベーション・マッチングイベントの開催、人的ネ
ットワークの構築と活用の 3 点が有効であることを示した。さらに、日本特有の文化を背景
に、今後のオープンイノベーションの在り方について、銀行・商社・広告代理店などが仲介
者として活躍する可能性について述べた。
第 6 章では、組織における商品コンセプト作りと外部に求める技術ニーズの明確化が、オ
ープンイノベーション戦略での外部探索活動に対して重要になることについて述べた。
さらに、第 7 章では、外部探索を担当する人材に注目し、人材マネジメントの手法につい
て分析、考察した。具体的には、外部の企業や人材との交渉のステップや交渉学の観点から
外部と交渉を行う人材に求められる適性や能力について分析、考察した。さらに、外部資源
を探索・交渉する人材の育成パターンについて考察した。
以下に、本研究の特に重要な結論について示す。
(1) オープンイノベーション戦略における組織構造は、①狩猟型、②採集型、③事業協働型
の 3 種類の構造に分類できる(本研究にて呼称)
。
(2) 狩猟型では、組織構造の中に外部資源の情報を探索し収集する部署を設置する。この部
署が、自社の事業や商品開発に活かすことができる外部資源(技術やアイデアなど)の
情報を収集・評価し、自社の事業や商品開発に活かすことができる外部資源の情報を社
内に送る。社内で検討されその資源を自社の事業や商品開発に導入すると判断された
場合には、その外部資源を有する企業や人材との接触・交渉を図る。
57
(3) 採集型では、自社の敷地内に外部の企業や人材を集め各々の研究オフィスを設置する。
集められた企業や人材と新製品のアイデア交換や情報交流、さらに技術提携のための
協議などを自社内の部門(主に技術部門)が行い、自社の事業や商品開発に活かす。
(4) 採集型では、自社の敷地内に外部の企業や人材を集めることにより、より早期の段階か
ら社内外のアイデアや情報を交換できることが利点である。例えば、自社シーズをより
早期に外部との協働に生かすことができ、自社にはない外部のアイデアやシーズを自
社の商品開発に生かすこともできる。また、この敷地内で先端分野の共同研究を実施す
ることもできる。
(5) 事業協働型では、ある商品のバリューチェーンで深く関連するプレーヤー(企業や大学
など)同士が連携することで、画期的で優れた商品を生み出すことを目指す。協働する
プレーヤーの間に共同プロジェクトの部門を設置する。この部門は、お互いの各部署の
情報を集め、プレーヤー同士の意見交換を行う場所となり、さらには各部署への連絡機
能も有する。これにより、プレーヤー同士の交流や連絡をより早く、効率的に行うこと
ができる。
(6) 事業協働型を採用する際に求められることは以下2つである。
①連携が両者にとって強いメリットがあること
②信頼関係が築ける間柄であること
①については、両者に強いメリットがないと、継続した事業連携は望めないということ
を意味している。特に、研究・開発・生産・販売の中で強い関係性があれば、新商品の
提案や開発を目指すための合理性が両者に生まれ、業務に関わる情報や現場の声を共
有できることは、イノベーションの実現可能性や発想の幅を増長させることにつなが
ると考えられる。②については、相互にとって情報共有を行うということは信頼できる
58
パートナーでなければならないことを意味している。特に、これまで共同開発や共同研
究をしていきた間柄、あるいはサプライヤーとして業務的連携を行ったことがある間
柄など、両者の事業や業務内容にとって重要視される関係であることが、戦略的なパー
トナーシップを構築する上で望ましいと考えられる。
(7) 3 種類の組織構造を比較すると、外部資源を探索する範囲の広さは、狩猟型>採集型>
事業協働型の順である。従って、狩猟型では、最も多くの外部企業や人材の情報探索を
行うことができる。それに対し、採集型は限られた企業との協働を主な目的とする。ま
た、事業協働型は、バリューチェーン上で深く関連する特定の企業や大学との密接な探
索活動を行う。
(8) それに対し、情報の機密性の高さは、事業協働型>採集型>狩猟型の順である。狩猟型
では、最も多くの外部企業や人材の情報探索を行うことができるものの、どこにどの程
度の情報を出すべきかについて検討しリスクマネジメントを行うことが重要である。
(9) 商品の特徴を比較すると、優れた性能を特定の限られたプレーヤー(企業や大学)によ
って生み出すことができる商品は、事業協働型での密な連携を行うことが望ましい。そ
れに対して、商品性能が多く、多くのプレーヤーが商品性能に関わる場合は、狩猟型や
採集型で多くの企業や人材の知の探索活動を行うことが望ましい。さらに、狩猟型と採
集型を比較すると、狩猟型の探索活動は、外部に求める技術ニーズがある程度明確化さ
れていることが望ましく、採集型は、商品のアイデア出しやシーズ活用の検討など、で
きる限り早期の開発段階からの連携を行う場合がより適していると考えられる。
(10) 外部探索および交渉を行う人材に求められる適性はオープンマインドな性格である。
加えて、求められる能力は、不必要な自社情報の公開を避け、自社に必要な相手の情報
59
を詳細に入手する力や、相手企業の目的や利益を考慮した上で統合型の交渉ができる
視野や合意形成する力であると考えられる。
(11) 外部探索および交渉を行う人材の育成パターンは 2 種類考えられる。1 つ目は、技術の
目利きができる技術系社員に対し、外部との交渉における統合型交渉の視野や合意形
成を図る力を経験や研修により育成するパターンである。2 つ目は、技術の目利き経験
を積んだ技術者と、各業界の人材や企業とコーディネーションする人材の 2 種類の人
材を育成し、両者を組ませて外部資源の探索や交渉を担当させる方法である。
<おわりに>
本研究の成果が、日本企業におけるオープンイノベーション戦略の今後さらなる発展に
寄与することを祈る。
謝辞
本研究を遂行するにあたりまして、ご指導、ご教示いただきました大阪大学経済学研究科
60
経営学系専攻教授、関口倫紀博士に心から深く感謝申し上げます。特に、研究活動を通して、
研究分野の知識に加えて、幅広い視野で社会を俯瞰するため、さらには分析するために必要
な考え方をご教示いただき、社会に出る前の貴重な経験を積むことができました。
人材マネジメントや組織管理、グローバルな知識、企業についての知識など、様々な知識
をご教授いただきましたこと深く感謝申し上げます。
加えまして、楽しい時も辛い時も苦楽を共にした研究室のメンバーに深く感謝申し上げ
ます。国内外の様々な知識を情報共有・意見交換できたことは、私にとって貴重な経験です。
研究活動を送る上で様々な面から支えていただき、大変有意義な研究活動、研究室生活を送
ることができましたことを深く感謝いたします。
さらには、所属研究室は違えども、様々な交流や意見交換をさせていただいき、常に切磋
琢磨させていただいた経済学研究科同期の皆様に深く感謝いたします。
最後に精神的、経済的支援とともにいつも暖かく見守っていただいた両親に深く感謝申
し上げます。
2014 年
1月8日
酒井 徹
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