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びわ湖源流の郷 たかしま戦略
びわ湖源流の郷 たかしま戦略 =高島から全国に発信する生物多様性= ~水を養い 水と暮らし 水でつながる高島~ 基本構想編 はじめに 比良山地から野坂山地に続く美しい山並、水鳥が優雅に泳ぐ琵 琶湖畔の風景、長い歴史の中で形成された文化、豊かな水に育ま れた郷土料理等々…。高島市には、多様な生き物と共生する術が 先人から豊富に受け継がれ、今を生きる私たちに恵みをもたらし ています。 近年、このような生物多様性を保全しようとする動きが、世界 的に高まっています。我が国では、平成 20 年に生物多様性基本 法が施行され、生物多様性を保全するための国の行動計画である 生物多様性国家戦略が策定されました。 平成 22 年 10 月には、愛知県名古屋市で生物多様性条約第 10 回締約国会議(COP 10)が開催され、200 近い国や地域の中で、生物多様性の重要性や保全に向けた取り 組みが確認されました。さらに、COP10 において平成 23 年以降の 10 年間を「国連 生物多様性の 10 年」として定めることが決定し、国はもちろん、地方自治体において も生物多様性の保全に向けて地域独自の取り組みを盛り込んだ「生物多様性地域戦略」 の策定が進んでいます。 うみ こうした動きの中、母なる湖、琵琶湖の3分の1以上の水を生みだしている私たちの 高島市において、生物多様性地域戦略である「びわ湖源流の郷たかしま戦略」を策定い たしました。本戦略では、様々な環境が広がる高島市の特徴をわかりやすく伝えるため、 山地(上流部)、山麓・平地(中流部)、湖岸(下流部)の 3 つのエリアをそれぞれ「里 山(さとやま)・里住(さとすみ)・里湖(さとうみ)」と名付け、将来のあり方を示 しています。 生物多様性への取り組みは、単に自然や生き物を守るだけのものではなく、市民皆様 が日々の暮らしの中で大切に想い、行動することによって形を成し、地域が元気になっ ていくものと考えます。 「びわ湖源流の郷たかしま」の里山、里住、里湖に広がる豊かな自然や、様々な生き 物の恵みを、いつまでも後世に引き継いでいけるよう、市民皆様のより一層のご理解、 ご協力をお願いします。 平成24年3月 高島市長 びわ湖源流の郷たかしま戦略の策定によせて 琵琶湖は、ほぼ滋賀県域をその集水域とし、3,174 ㎢にわた る広い集水面積を擁する湖であり、その貯水容量は 27,500 ㎦ となります。また、琵琶湖から流れ出る河川は瀬田川だけであり、 その水は瀬田川から宇治川、淀川を流れ京阪神地域を潤していま す。それゆえ琵琶湖は京阪神地域の人口と産業活動を支える水資 源の供給先として注目されてきました。 しかし、琵琶湖の豊かで清浄な水は琵琶湖流域の自然環境によ って支えられています。流域に降る雨水、融雪水は河川通じて流 れるだけでなく、地表面の植生や腐植土から地下に浸透し、ゆっくりと琵琶湖に流れ出 しています。水田に灌漑された水も地下に浸透し、あるいは水路をたどり、多様な生命 を育みゆっくりと流れだしています。このような水循環を支えているのは、流域の植生 と多様な生物がつくりだしている生態系を通じる水循環であり、それが水を浄化する自 然のプロセスになっています。このような生態系がもたらしてくれている恵みを最近で は「生態系サービス」と呼んでいます。それはさらに、水資源や食料などの「供給サー ビス」、水浄化などの「調整サービス」、豊かな環境に接し心豊かにしてくれる「文化 的サービス」、それら多様なサービスをもたらす水循環そのものを支える「基盤的サー ビス」などと区別されています。 さて、高島地域のような里山では、これらの自然がもたらしてくれるサービスを自然 と人間とがうまく働きかけ合い、維持されている仕組みによって支えられていることが 分かっています。山の植生は、山が供給してくれる薪炭などを確保するために山を人が 管理することによって保たれてきました。人々が田圃を耕し除草し水を入れ、生物の多 様な田圃を維持してきました。琵琶湖沿岸のヨシ原はヨシの収穫を通じて、魚の産卵・ 生育の場が守られてきました。人々の手が入ることによって、豊かな自然が維持されて きたのです。 高島の人々は自然と共生し、その生業を発展させてきました。しかし、現在これらの 生業が成り立たなくなっています。山の仕事、農の仕事、地域の特産を生産する仕事が 経済的に成り立たなくなってきました。豊かな自然を維持する価値が評価されないこと がその一因です。豊かな自然の価値を再評価し、それが正しく評価される仕組みを再生 することが、高島の自然の保全、生物多様性の確保、地域の生活再生の鍵となっていま す。「びわ湖源流の郷たかしま戦略」が自然の価値を再評価し、高島の価値を高めるこ とに役立てられ、自然と人間の共生が取り戻されることを希求します。 平成24年 3 月 びわ湖源流の郷たかしま戦略策定会議会長 仁連孝昭 目 次 I 章 びわ湖源流の郷たかしま戦略とは---------- 1 V 章 高島市を取り巻く生物多様性とその課題 - 35 1. 本戦略の目的 ------------------------------------- 2 1. 生活に身近な生物多様性 ---------------------36 2. 本戦略の位置づけ ------------------------------- 2 2. 高島市が抱えている課題 ----------------------42 3. 対象とする区域 ----------------------------------- 2 II 章 生物多様性の重要性と保全に向けた動き 3 1. 生物多様性の重要性 ---------------------------- 4 2. 生物多様性をめぐる動き ------------------------ 7 III 章 高島市の概要 ------------------------------ 13 VI 章 生物多様性の保全を視野に入れてまちづくり に取り組んでいる高島の市民たち ------- 49 1. 高島市民の取り組み ----------------------------50 VⅡ章 高島市の目標とする姿 ------------------- 53 1. 高島市の将来目標 ------------------------------54 1. 高島市の特徴 ------------------------------------ 14 2. 高島市の気候 ------------------------------------ 16 3. 高島市の地形 ------------------------------------ 17 4. 高島市の森林 ------------------------------------ 18 5. 河川から琵琶湖へ注ぐ水 ---------------------- 19 6. 「びわ湖源流の郷」としての高島市の役割 -- 20 IV 章 高島市の豊かな生物相と課題 ------------ 21 1. 生物多様性の保全からみた 高島市特有の多様な自然環境 ----------- 22 2. 高島市の生き物たち ---------------------------- 31 表紙の写真 上段左からカワセミ、カタクリ、イワナ 下段左からホオノキ、ザゼンソウ I章 びわ湖源流の郷たかしま戦略とは 1 1. 本戦略の目的 滋賀県北西部に位置し、県内最大の面積を有する高島市は、琵琶湖へ注ぐ水のほぼ 3 分の 1 を生み 出す地域といわれています。 森林と平野、琵琶湖が川によって結ばれている自然豊かな本市では、これまでその自然を活かした魅 力あふれる文化を形成しつつ、自然と共に暮らしてきました。 「びわ湖源流の郷たかしま戦略」は、そのような本市の特徴を受け、市内の生物多様性の保全と持続可 能な利用を図ることによって、産業振興と地域の活性化を推進し、高島市ならではの生物多様性を次世代 に継承していくことを目的として策定するものです。 2. 本戦略の位置づけ 本戦略は、「生物多様性基本法」第 13 条※に規定される生物多様性地域戦略として位置づけます。ま た、本戦略は、国が策定した生物多様性国家戦略 2010 をはじめ、下記に示す滋賀県及び高島市の諸計 画などと整合を図るものとします。 滋賀県 国 生物多様性基本法 (平成20年6月施行) 高島市 滋賀県基本構想 (平成23年3月策定) 整合 滋賀県環境総合計画 (平成21年2月策定) 高島市環境基本計画 (平成19年7月策定) (平成23年見直し) マザーレイク21計画 (琵琶湖総合保全整備計画) (第2期平成23年3月度策定) 整合 その他高島市の計画 ・高島市バイオマスタウン構想 ・高島市農業振興計画 等 整合 生物多様性 国家戦略2010 (平成22年3月策定) ・ビオトープネットワーク 長期構想(平成21年2月策定) ・ふるさと滋賀の野生動植物との 調整 共生に関する基本計画 (第2期平成23年4月策定) 整合 高島市総合計画 (平成19年3月策定) (平成23年見直し) びわ湖源流の郷 たかしま戦略 ※生物多様性基本法第 13 条…都道府県及び市町村は、生物多様性国家戦略を基本として、単 独で又は共同して、当該都道府県又は市町村の区域内における 生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関する基本的な計 画(生物多様性地域戦略)を定めるよう努めなければならない。 3. 対象とする区域 本戦略の対象とする区域は、高島市全域とします。 市内に残る豊かな自然を今後も持続させていくために、高島市全域で生物多様性の保全・活用に取り 組みます。 2 II章 生物多様性の重要性と保全に向けた動き 3 1. 生物多様性の重要性 (1) 生物多様性と人々との関わり 生物多様性とは、いろいろな環境の中で生き物が生きている豊かさの状態を表す言葉です。生物多 様性は私たちの生活の様々なところで密接に関わっており、また多くの恵みをもたらしています。 生物多様性により得られる恩みのことを「生態系サービス」と呼びます。国際連合の提唱によって平成 12 年から平成 17 年にかけて行われたミレニアム生態系評価の報告書では、生態系サービスを以下の 4 つの機能に分類し、生物多様性の意義について紹介しています。 ■生態系サービスの種類 ①供給サービス (Provisioning Services) ②調整サービス (Regulating Services) 食料、燃料、木材、繊維、薬品、水な ど、人間の生活に重要な資源を供給する サービスを指します。 森林があることに よ っ て気候 が緩 和 さ れたり、水が浄化され たり、洪水が起こりに くくなるといった、環境 を制御するサービス のことを言います。 (写真:地元特産 品の販売) (写真:八ッ淵の滝) 私たちの生活に恵みを もたらす生物多様性 ④基盤サービス (Supporting Services) ③文化的サービス (Cultural Services) ①から③までのサービスの供給を支え るサービスのことを言います。例えば、光 合成による酸素の生成、土壌形成、栄養 循環、水循環などがこれに当たります。 人間の生活の中で精神的な充実、美的 な楽しみ、宗教・社会制度のしくみ、レクリ エーションの機会などを与えるサービスの ことを言います。 (写真:生活文化 の中ではぐくまれ た地場産業の 1 つ である扇骨業) (写真:ブナ原生林) 4 (2) 生物多様性の定義 生物多様性の定義は様々ありますが、我が国の生物多様性基本法においては、生物多様性条約で 言及されている「生態系」、「種」、「遺伝子」の 3 つのレベルから生物多様性を捉え、「様々な生態系が 存在すること並びに生物の種間及び種内に様々な差異が存在すること」と定義しています。 2010 年名古屋市で開かれた生物 多様性条約第 10 回締約国会議/ カルタヘナ議定書第 5 回締約国会 議(COP10/MOP5)ロゴマーク また、我が国の「生物多様性国家戦略 2010」では、「生 物多様性」を「生き物がもつ『個性』と『つながり』」という言 葉で表現しています。『個性』とは、同じ種であっても、個 体それぞれが少しずつ違うことや、それぞれの地域に特 有の自然があり、それが地域の文化と結びついて地域に 固有の風土を形成していることと説明されています。一方、 『つながり』については、食物連鎖とか生態系のつながり など、生き物どうしのつながりや世代を超えたいのちのつ ながりとされており、日本と世界、地域と地域、水の循環な どを通した大きなつながりもあると言われています。 高島市の様々な風景 5 我が国が平成 22 年(2010 年)に策定した「生物多様性国家戦略 2010」では、日本 の生物多様性が面している問題を4つの危機として整理しています。 ■第一の危機:「人間活動や開発による危機」 人間が生物を採取し過ぎることや、生物のすみかを破壊・劣化させることが原因である「生 物・生態系の減少・絶滅・消失」の危機です。この対策として、人間の活動が動植物や環境 へ与える影響を低減し、失われた生態系・生息地を再生する案が出されています。 ■第二の危機:「里地里山など人間活動の縮小による危機」 第一の危機とは反対に、人間の自然に対する働きかけが減少したために起こる危機です。 人工林や里地・里山地域など、自然と人間社会のつながりによって成立している生物多様性 に対して、地域社会の側が衰退し、草刈りや伐採など人為的かく乱が失われたことが原因で す。解決するには、地域ごとの特性に応じ、より効果的な保全・管理の仕組みづくりを進め ていくことが必要とされます。 ■第三の危機:「人間により持ち込まれたものによる危機」 これまで日本の生態系に存在しなかった要素(アライグマ・セイタカアワダチソウなどの 外来種、ダイオキシン・PCB などの化学物質など)によるかく乱の危機がこれに当たりま す。外来生物は、今までの生態系を大きく変化させる可能性があるので、侵入防止、侵入へ の早期発見・対応、住み着いた場合は駆除・管理というように、各段階で適切な手段を進め る必要があります。また、他への作用について未知な点がある化学物質による生態系への影 響のおそれでは、影響について事前のリスク評価を行い、またリスク管理も推進することが 必要です。 ■第四の危機:「地球温暖化による危機」 近年新たに加えられた危機です。平均気温が 1.5~2.5℃上昇すると、世界の動植物のう ち 20~30%の絶滅リスクが上昇する可能性があると言われています。 6 2. 生物多様性をめぐる動き (1) 生物多様性をめぐる国内外の動向 次に、生物多様性を取り巻く近年の国内外の動向について整理します。 国際(生物多様性条約(CBD)等) 平成 4 年 (1992) 平成 5 年 (1993) 平成7年 (1995) 平成 14 年 (2002) 平成 18 年 (2006) 我が国の国家戦略等の経緯 国連環境開発会議(リオ・地球サミット)で採択 条約発効 日本が CBD を締結 【生物多様性国家戦略】策定 CBD 第 6 回締約国会議(COP6:ハーグ) ☆「2010 年目標」の採択 CBD 第 8 回締約国会議(COP8:クリチバ) ☆民間参画に関する決議 【新・生物多様性国家戦略】策定 ★3 つの危機 平成 19 年 G8 環境大臣会合で、G8 史上初めて (2007) 「生物多様性」を主要議題として議論 【第三次生物多様性国家戦略】策定 ★3 つの危機+地球温暖化の危機 ★4 つの基本戦略 平成 20 年 CBD 第 9 回締約国会議(COP9:ボン) (2008) ☆都市と地方自治体について初めての決議 【生物多様性基本法】制定 平成 21 年 (2009) CBD 第 10 回締約国会議(COP10:名古屋) 平成 22 年 ☆ポスト 2010 年目標 ☆遺伝資源のアクセスと利益配分(ABS)に関する (2010) 名古屋議定書 平成 23 年 国連生物多様性の 10 年(平成 23 年~32 年) 国連持続可能な開発会議(リオ+20)(平成 24 年) (2011) COP11(平成 25 年) 以降 7 【生物多様性民間参画ガイドライン】策 定 【生物多様性地域戦略策定の手引き】 策定 【生物多様性国家戦略 2010】策定 【地域における多様な主体の連携によ る生物の多様性の保全のための活動 の促進等に関する法律】(生物多様性 保全促進法)制定 COP10 を受けた、新たな国家戦略の 策定に向けた動き (a) COP10※での決議事項 平成 22 年、愛知県名古屋市で COP10(第 10 回締約国会議)が開かれました。その会議での主な 決議事項を以下に整理します。 ■新戦略計画・愛知目標(ポスト 2010 年目標(平成 23 年~32 年)) ・ 平成 32 年までに生物多様性の損失をと止めるための効果的かつ緊急の行動を実施すること、2050 年までに自然と共生する世界にすることを目標に、20 個の個別目標を取り決めました。 ■遺伝資源のアクセスと利益配分(ABS)に関する名古屋議定書 ・ 生物多様性の保全と持続可能な利用を実現するため、遺伝資源と関連する伝統的知識などの利用 によって生じた利益を提供者へ公正に配分することを企業などに求め、決まりました。 ■持続可能な利用 ・ SATOYAMA イニシアティブ(里山のような自然資源の持続的な利用を実現するための取り組み)な どの推進の決定が採択されました。 ■気候変動と生物多様性 ・ 平成 24 年の国連持続可能な開発会議(リオ+20)を見据えた他のリオ条約(気候変動枠組条約及び 砂漠化対処条約)との共同活動の検討を行うことなどが決定されました。 ■多様な主体との協力 ・ 締約国によるビジネスと生物多様性の連携活動の推進や、民間部門による具体的な参画の奨励な どが採択されました。 ・ 平成 23 年から平成 32 年までを対象とする、地方自治体の生物多様性に関する行動計画を承認す るとともに、締約国や他の政府機関に対し、同計画の実施を奨励しました。 ■「国連生物多様性の 10 年」 ・ 我が国が提案した「国連生物多様性の 10 年」を国連総会で採択するよう勧告することが決定されま した。 ※COP10…生物多様性条約第 10 回締約国会議。生物多様性条約の締約国(193 の国と地域)が集 まる最高意思決定機関であり、2 年に一度開催されている。その第 10 回の会議が平成 22 年 10 月に愛知県名古屋市で行われた。 8 (b) 我が国における生物多様性保全の方向性 COP10 において、生物多様性保全に関する平成 23 年以降の世界目標として「愛知目標(愛知ター ゲット)」が定められました。この目標は 2050 年までの長期目標、2020 年までの短期目標、さらに短期 目標を達成するための 5 つの戦略目標と 20 の個別目標によって構成されており、生物多様性条約全 体の取り組みを進めるための柔軟な枠組として位置づけられています。 <愛知目標> ■長期目標<2050 年> 「自然と共生する(Living in harmony with nature)」世界 「2050 年までに、生物多様性が評価され、保全され、回復され、そして賢明に利用され、それによって 生態系サービスが保持され、健全な地球が維持され、全ての人々に不可欠な恩恵が与えられる」世界 ■短期目標<2020 年> 生物多様性の損失を止めるために効果的かつ緊急な行動を実施する ■個別目標 戦略目標A.生物多様性の主流化 目標 1:生物多様性の価値と、その保全・利用のための行動を人々が認識 目標 2:生物多様性の価値の、国と地方の制度への組み込み 目標 3:生物多様性に関する奨励措置の適正化 目標 4:(ビジネスを含むあらゆる関係者が)持続可能な生産・消費のための計画、自然資源利用 の影響の抑制 戦略目標B.生物多様性への直接的な圧力の減少、持続可能な利用促進 目標 5:森林を含む自然生息地の損失の速度が少なくとも半減、0に近づける 目標 6:水産資源の持続的管理、収穫など、生態系への漁業の影響を抑制 目標 7:農業、養殖業、林業の地域が、生物多様性保全のため持続的に管理 目標 8:過剰栄養などによる汚染の抑制 目標 9:侵略的外来種とその定着経路が特定、高優先度の種が制御、根絶など ぜいじゃく 目標 10:サンゴ礁その他の脆弱な生態系の健全性と機能を維持(2015 年まで) 戦略目標C.生態系、種および遺伝子の多様性の保護 目標 11:生物多様性に重要な地域(陸域の 17%、海域の 10%)が効果的に管理、保全 目標 12:既知の絶滅危惧種の絶滅および減少の防止、保全状況の維持、改善 目標 13:作物、家畜などの遺伝子の多様性を維持、流出最小化、保護戦略策定 戦略目標D.生物多様性、生態系サービスから得られる恩恵を強化 目標 14:生態系サービスにより、人の健康、生活、福利に貢献 目標 15:生態系の保全と回復(劣化した生態系の 15%以上)を通じて、気候変動の緩和と適応 および砂漠化対処に貢献 目標 16:名古屋議定書が、国内法制度に従って施行、運用(2015 年まで) 戦略目標E.参加型計画立案、知識管理と能力開発 目標 17:効果的で参加型の改訂生物多様性国家戦略および行動計画を策定 目標 18:先住民と地域社会の伝統的知識、工夫などの尊重、条約実施への参画 目標 19:生物多様性に関する知識、科学的基礎および技術が改善、共有、適用 目標 20:戦略計画実施のための資金資源動員が、現在レベルから顕著に増加 9 (c) 高島市での動向 これまでの高島市での生物多様性に関わる事柄を以下に示します。 平成 11 年(1999) 平成 13 年(2001) 「日本の棚田百選」に「畑の棚田」が選定 平成 17 年(2005) マキノ町・今津町・朽木村・安曇川町・高島町・新旭町の 5 町 1 村が合併 高島市環境基本条例 制定 高島市総合計画 策定 高島市未来へ誇れる環境保全条例 制定 高島市環境基本計画 策定 「重要文化的景観」に「高島市海津・西浜・知内の水辺景観」が選定 森林セラピー基地「びわこ水源の森 たかしま」として認定 環境省の「平成の名水百選」に「針江の生水」が選定 「高島の農業活性化プラン 高島市農業振興計画」 策定 「ため池百選」に「淡海湖」が選定 高島市バイオマスタウン構想 策定 「重要文化的景観」に「高島市針江・霜降の水辺景観」が選定 平成 19 年(2007) 平成 20 年(2008) 平成 21 年(2009) 平成 22 年(2010) あ い ば の 「日本の重要湿地 500」に「饗庭野湿原」が選定 (2) 高島市における「生物多様性戦略策定」の重要性 これまで見てきたように、これからの我が国の生物多様性に関する取り組みは、地域レベルでの実質 的な取り組みが強く求められていると言えます。既に一部自治体では、地域独自の生物多様性保全に 係る戦略を策定しており、今後ますますこのような動きは広まってくることが予想されます。 高島市においても市をあげた包括的な形での生物多様性保全に取り組む必要があると考えられ、よ り具体的な施策・活動の実践に結びつけていくことが重要です。 10 (3) 生物多様性地域戦略の策定状況 平成 24 年 2 月現在、生物多様性地域戦略を策定している自治体は下記に示すとおりです。 都道府県 千葉県(H20.3) 生物多様性ちば戦略 埼玉県(H20.3) 生物多様性全県戦略 長崎県(H21.3) 長崎県生物多様性保全計画 愛知県(H21.3) 政令指定都市 北九州市(H22.11) 北九州市生物多様性戦略 名古屋市(H22.3) 生物多様性 2010 なごや戦略 神戸市(H23.2) 生物多様性 神戸 2020 横浜市(H23.4) あいち自然環境保全戦略 ヨコハマbプラン(生物多様性横浜 -生物多様性の保全と持続可能な 行動計画) 市町村 流山市(H22.3) 生物多様性ながれやま戦略 高山市(H22.3) 生物多様性ひだたかやま戦略 (基本構想編) 明石市(H23.3) つなごう生きものネットワーク 生物多様性あかし戦略 柏市(H23.4) 利用を目指して- 柏市生きもの多様性プラン 兵庫県(H21.3) 岡崎市(H24.1) 生物多様性ひょうご戦略 生物多様性おかざき戦略 北海道(H22.7) 北海道生物多様性保全計画 栃木県(H22.9) 生物多様性とちぎ戦略 福島県(H23.3) ふくしま生物多様性推進計画 石川県(H23.3) 石川県生物多様性戦略ビジョン 大分県(H23.3) 生物多様性おおいた県戦略 熊本県(H23.3) 熊本県生物多様性保全戦略 岐阜県(H23.7) 生物多様性ぎふ戦略 11 12 III章 高島市の概要 13 1. 高島市の特徴 高島市は平成 17 年 1 月 1 日、マキノ町、今津町、朽木村、安曇川町、高島町、新旭町の 5 町 1 村が合 併して誕生した、滋賀県最大規模の市です。琵琶湖の西北部に位置し、陸地面積が約 511km2、琵琶湖 の湖面の面積が約 182km2 の合計約 693km2、総人口は約 5 万2千人の市となっています。東は琵琶湖に、 南西部は比良山地を境に大津市と京都府に、北西部は野坂山地を境に福井県に接しています。 高島市の位置 高島市は、古来より京都・奈良の都と北陸を結ぶ交通の 要所として栄えていました。陸上交通は、琵琶湖の西側を 沿って延びている西近江路や、塩漬けされた鯖を運搬する 鯖街道と呼ばれる若狭街道が主となり、これらの街道と大津 方面への湖上交通の拠点である港町や宿場町として利用 されていました。 また、近江聖人と称えられた日本陽明学の始祖、中江藤 樹先生生誕の地として知られているとともに、数多くの高島 商人(近江商人)を送り出した土地柄でもあります。一級河 川の安曇川などの河川により形成された平野を中心に古く から農業が営まれてきたほか、琵琶湖や河川での漁業、広 大な森林を活用した木材生産がおこなわれてきました。 鯖街道 中江藤樹画 14 市内の主要幹線道路は、国道 161 号、303 号、367 号が通っており、国道 161 号は、京阪神地域と北陸 地域を結び、国道 303 号は滋賀県湖北地域と福井県若狭町を結び、国道 367 号は本市と大津市、京都 市を結んでいます。鉄道は、JR湖西線が本市と京阪神地域とを結び人々の交通手段として重要な役割を 果たしています。 本市における自然公園は、琵琶湖国定公園と朽木・葛川県立自然公園があります。琵琶湖国定公園 は、朽木地域を除く各旧町の一部が指定されており、福井県と境をなす一部は特別保護地域に指定され ています。また、朽木・葛川県立自然公園は、朽木地域の西部と安曇川地域との境を含む安曇川流域に おいて指定されています。 また、本市においては、農用地区域が平野部に広く指定されており、山間部においても、道路沿いを中 心に分布がみられ、一部の地域では棚田が形成されています。 161 号 マキノ駅 近江中庄駅 JR 湖西線 303 号 近江今津駅 新旭駅 367 号 安曇川駅 近江高島駅 高島市の土地利用図 15 2. 高島市の気候 高島市の気候の特徴として、降水量の多さと冬季の寒さがあげられます。下記は滋賀県の年間降水量 と積雪深を表した図です。これをみると、湖南や湖東に比べて湖西や湖北では降水量・積雪ともに高い数 値を示していることが分かります。 湖西に位置する高島市では、毎年 2,000mm 近い降水量となり、積雪も 100cm となります。 さらに気温を見てみると、冬の最低気温は-3 度にまで達し、厳しい寒さとなります。降水量の多さと寒 気をもたらす原因は、冬季に若狭湾から伊勢湾にかけて流れる季節風の影響と考えられます。日本海側 からの冷たい空気と雪雲がこの季節風にのって高島市内に流れてくるため、冬の積雪が多くなり、厳しい 寒さとなるのです。 滋賀県の降水量(左)と積雪深(右) (出典:滋賀県の気候) (℃) 45 35 35 34.9 35.2 31 27.7 28.4 25.7 25 21.3 18 15 17.2 19 23.2 16 19.8 17.3 17.5 11.9 10.5 5 26.3 24.2 21.8 4.7 2.9 12.1 12.4 6.5 10 -3.3 -2.6 5.8 6.6 6.4 -1.5 -1.7 3月 4月 1 -3 -5 1月 2月 5月 平均 6月 7月 最高 8月 9月 10月 11月 12月 最低 高島市の気温変化(平成 22 年高島市統計書より作成) ばんしゅう 高島市は晩 秋 になるとしばしば「高島しぐれ」と呼ばれる降雨が起こります。この雨の原因 も若狭湾からの季節風であり、この季節風が比良山系に当たって高島市内に低い雨雲がかかるた め雨が多くなると考えられています。 日本海側気候の地方では「弁当忘れても傘忘れるな」という言葉があるほど雨の多い地域であ り、古くから雨と上手に付き合ってきたことがうかがえます。 16 3. 高島市の地形 高島市は市域の約半分が標高 300m を超えており、奥山では 550m 以上の標高となっています。 滋賀県は琵琶湖を中心とした近江盆地を形成しており、その周 りに古琵琶湖層からなる丘陵・段丘や扇状地・三角州がほぼ同心 円状に配列しているという地形になっています。高島市を含む琵 琶湖北西部は東側や南側に比べて丘陵・台地・低地の分布間隔 けいこく が狭く、直線的な断層谷と急斜面を流れる急な渓谷が多いことが 特徴です。それゆえ、奥山から湖岸まで多様な環境をもつ高島市 をつくりあげているのです。 滋賀県の山 (出典:帝国書院サイト) 凡 区 分 例 表 示 行政区域界 ▲三国山(876.3) 標高 85m 未満 標高 85~90m 未満 標高 90~100m 未満 標高 100~120m 未満 標高 120~140m 未満 ▲三重嶽(974.1) 標高 140~160m 未満 標高 160~180m 未満 標高 180~200m 未満 標高 200~250m 未満 標高 250~300m 未満 標高 300~350m 未満 標高 350~400m 未満 標高 400~450m 未満 標高 450~500m 未満 標高 500~550m 未満 標高 550m 以上 ▲百里ヶ岳(931.3) ▲阿弥陀山(412.4) ▲三国岳(959.0) 高島市の地形 17 4. 高島市の森林 多くの雨が降る高島市ですが、森林に降り注いだ雨は木々に吸収されるとともに土壌中に浸透し、やが て多くの河川となり、最後には琵琶湖に流れつきます。 森林には、生物多様性を保全する機能はもちろんのこと、二酸化炭素を吸収してくれる機能、土壌中に 水分を貯め少しずつ流出してくれる機能、植物や土壌微生物のはたらきによって水をきれいしてくれる機 能など、様々な機能を有しています。これらの機能をまとめて森林の多面的機能と呼びます。その中でも 水源かん養機能は、土壌中に水分を貯め少しずつ流出してくれる機能です。この機能が弱ると、たくさん の雨が降った時、土砂崩れや洪水がおこりやすくなってしまいます。森林面積が市内の 53%(琵琶湖を除 いた陸地面積では 72%)、県土の約 18%を占める高島市では、これら森林の持っている機能を保つことが 非常に重要な役割となっているのです。 森林の持っている多面的機能の紹介 ■快適環境形成機能 ■生物多様性保全 遺伝子保全 気候緩和 生物種保全 大気浄化 生態系保全 快適生活環境形成 ■保健・レクリエーション機能 ■地球環境保全 地球温暖化の緩和 療養 地球気候システムの安定化 保養 レクリエーション ■土砂災害防止機能/土壌保全機能 ■文化機能 表面侵食防止 表層崩壊防止 景観(ランドスケープ)・風致 その他の土砂災害防止 学習・教育 土砂流出防止 芸術 土壌保全(森林の生産力維持) 宗教・祭礼 その他の自然災害防止機能 伝統文化 地域の多様性維持(風土形成) ■水源涵養機能 ■物質生産機能 洪水緩和 水資源貯留 木材 水量調節 食糧 水質浄化 肥料 飼料 薬品その他の工業原料 緑化材料 観賞用植物 工芸材料 出典:林野庁サイト(http://www.rinya.maff.go.jp/j/keikaku/tamenteki/con_1.html) 18 5. 河川から琵琶湖へ注ぐ水 高島市内を流れる河川の水や地下水は、やがて日本最大の湖である琵琶湖に注ぎ込みます。滋賀県 全域で見ると、琵琶湖には大小 460 本の河川が流入しており、一級河川だけでも 119 本にのぼります。流 入する一級河川のうち、小規模な河川(流路延長が 5km 未満、または流域面積が 5km2 未満)は約 7 割を 占め、高島市に流れる安曇川のような大規模な河川は、湖西で唯一のものとなります。安曇川は、流域面 積が 310km2 にのぼり、琵琶湖に流入する河川の中でも野洲川に続き第 2 位の面積となっています。 一方、琵琶湖から流出する河川は、瀬田川ただ一本となっています。瀬田川は、京都府では宇治川と 呼び名を変え、桂川及び木津川と合流して 30km 流下し淀川となり、やがて大阪湾に注ぎます。琵琶湖の 集水域は、水道用水として大阪府、京都府、兵庫県、滋賀県、奈良県、三重県の約 1,400 万人に利用さ れており、工業用水としては大阪市、尼崎市、神戸市をはじめとする臨海工業地帯などに供給されていま す。琵琶湖の水は近畿圏の人々に対し、年間を通じて安定した水の供給を行っており、利用地域の産業 や日常生活において、無くてはならない存在といえます。 淀川集水域 19 6. 「びわ湖源流の郷」としての高島市の役割 高島市に降り注いだ多くの雨や雪解け水は森林からゆっくりと流れ出し、安曇川や石田川をはじめとす る数々の河川を経て、やがて琵琶湖へと流れつきます。その後、琵琶湖の水は京阪神 1,400 万人の生活 用水として供給されています。 高島市に広がる豊かな自然環境を今後も残していくことは、生物多様性を保全するとともに、「びわ湖源 流の郷」としての役割を担う本市にとって重要です。 そのことを深く理解し、生物多様性保全に向けた積極的な取り組みが求められます。 高島市と淀川水系の都市圏とのつながり 20 IV章 高島市の豊かな生物相と課題 21 1. 生物多様性の保全からみた高島市特有の多様な自然環境 さんろく 高島市には、山地、山麓・平地、湖岸と変化に富んだ様々な自然環境があります。そして、それぞれの エリアには、エリア特有の多様な環境が存在し、その環境に適合した生態系が成立しています。 生態系とは、生き物とそれらをとりまく環境とのまとまり、つながりのことです。生き物どうしは、互いに食 物連鎖(=食べる、食べられるという関係)でつながりあい、バランスをとっています。 これらの生態系は高島市特有の貴重な宝であり、この生態系を守ることは生物多様性の保全と直結す るといっても過言ではありません。 次ページからは、各エリアに存在する高島市らしい貴重な生態系の一例を紹介していきます。 (中流部) (上流部) 22 (下流部) ■上流部の山地エリア 〔ブナ林〕 生杉のブナ原生林 おい すぎ 標高約 650 メートルの奥深い山地にある生杉のブナ林 は、県自然公園の特別地域に指定されています。ブナ・ トチノキ・ホオノキ・イタヤカエデなどの高木が生え、豪雪 地帯に適応したエゾユズリハ、ハイイヌガヤなどの日本海 要素種が多く見られます。 〔渓流〕 あ ます 天増川 今津町西部山地のいくつもの谷川の水を集めて森林 地域を南流する天増川は、寒風川からの流れと合流し、 若狭湾に注いでいます。川岸には、ヤマシバカエデ、シ ラキ、マユミ、シナノキなどの樹木が茂り、渓流の美しい景 観に深みを与え、多くの野鳥や昆虫などを見ることができ ます。上流には規模の大きいハンノキ林があります。 八淵の滝 比良山系武奈ヶ岳に端を発する鴨川の源流に美しい 景観の滝があります。この滝には八つの渕があり、青磁 色をした水は実に清らかです。この渓流一帯の岩肌には、 ホンシャクナゲ、オオイワカガミなどが水しぶきを浴びな がら生育しています。整備された遊歩道には、アオハダ、 ミズメ、イヌブナ、キンキマメザクラなどいろいろな植物が 茂っています。 23 〔棚田〕 畑の棚田 比良の山裾に標高差 100m、合計 359 枚もの棚田が広 がっています。集落も石積みの上に建てられた家屋が多 く、その石と石の間にはベンケイソウ科の植物が沢山生 えています。水田の畦には多くの野草が生え、道路の両 側を流れる水路には、ミズタビラコ、ミゾホオズキなどの花 が見られます。スギの巨木が目立つ神社にも多様な植物 が見られます。 〔ため池〕 淡海湖(処女湖) 標高約 450m の石田川上流域にある淡海湖は面積 12 万㎡の大規模な人造湖です。この地域の気候は日本海 型気候の特性を持ち、森林区分では、冷温帯または暖 温帯から冷温帯への移行帯にあたると考えられています。 したがって、この気候の特性に応じた多種多様な植物が 繁茂し、それぞれ個性的な花を咲かせています。 ニホンカモシカ、ホンドリスなどのほ乳類や、ウグイス、 オオルリ、ホトトギスなどの野鳥、カエル、昆虫など多くの 動物が生息しています。 24 ■山地エリアの主な自然環境 ブナは日本の温帯を代表する広葉樹であり、か つては滋賀県内の標高 600~700m の冷涼な気候 の山地にはブナ林が発達していたといわれていま すが、大部分が伐採され、今ではブナの原生林が みられる地域は少なくなっています。 森の中には、ツキノワグマ、ニホンジカなどの動物たちが暮らして います。 しかし現在、ニホンジカの数が増え、立ち木の皮を剥いだり、新し く森の地面に生えてくる草木を食べてしまうことで、山の土壌が流出 してしまったり、森の中に生える草木の種類が少なくなってしまうと いう深刻な問題が起きています。 アシウスギは、日本海側の雪の多い地方に適 応したスギの変種です。下枝が雪の重みで地面 につくと、そこから根が出て独立した木になる性 質があります。また、雪により押し曲げられた枝 は、まるで株立ちしているように見えます。 朽木地域は、昔から良質な材木の産地として 知られています。現在でも高島市の主要な産業 のひとつである林業は、豊かな自然に支えられ ているといえます。 渓流には、ヤマトイワナやアマゴなどの魚 が生息し、渓流釣りを楽しむことができます。 25 さんろく ■中流部の山麓・平地エリア 〔雑木林〕 い し ば 石庭周辺の雑木林 高島市全域の里山には、あちらこちらに雑木林があり ますが、マキノでは以前からシイタケ栽培が行われてきた ことにより、ほだ木(シイタケの種菌を植えつける原木)を とる雑木林が残されてきました。 い し ば 石庭地区近くの雑木林もそのひとつで、「やまおやじ」 と名付けられている幹にこぶがあったり、大きな口を開け たりしたクヌギやコナラがあって、萌芽更新を繰り返してき たその木の昔を物語っています。春になると、カタクリ、キ クザキイチゲ、シュンラン、キンランといった植物が林床を 埋め、二次林である雑木林に人の手が入ることの大切さ を考えさせてくれます。 〔湿地〕 マキノ西浜の湿地帯 海津天神社の近くを JR 湖西線が走り、その北側に広 い湿地があります。一部は水田になっていますが、大部 分は湿地で、ハンノキ、イネ科の植物、イグサ科の植物等 が浅い水面を覆っています。多くの水田雑草も見られ、 カキツバタの群生している所もあります。 この湿地には、ハラビロトンボ、シオヤトンボ、コフキトン ボなどの多くのトンボが見られ、トンボの楽園になってい ます。 あ いば の 饗庭野湿原 あ い ば の 饗庭野湿原は、海抜 200~300mの饗庭野台地上にあ る自衛隊演習地内に立地しており、サギソウ、コバノトン ボソウ、アギナシ、ドクゼリなど、貧栄養性から富栄養性ま で多様な湿地性植物が生育しています。 また、タヌキモ群落やヨシ群落なども有しており、生物 多様性保全の観点から「日本の重要湿地 500」に選定さ れています。 26 〔社寺林〕 田中神社 鎌倉時代の石造品が6基ほどある田中神社の境内には、スダジイ、 ウラジロガシ、サカキ、カヤ、ヒノキ、スギなどの常緑高木が生えていま す。 信仰の対象となっていた神社や寺の林は、木が切り倒されずに残 っている所が多いために大木や老木が多く、大昔の自然の様子を知 らせてくれます。また、生き物が豊富にすむ貴重な環境となっていま す。 27 高島市の中山間部には、コナラ林が広く分布しま す。昔は薪を燃料にして利用していましたが、燃料 が石油などに代わってから、生活のために用いること は少なくなっています。 さんろく ■山麓・平地エリアの主な自然環境 高島市には、「日本の棚田百選」に選 ばれた「畑の棚田」があります。棚田は、 森と平地とが接する場所にあり、多くの生 き物たちのすみかになっています。 山地~山麓の尾根や斜面にはアカマツ林がみ られます。マツノマダラカミキリという甲虫がマツノ ザイセンチュウを媒介することによる「松枯れ」が 全国的に問題になりましたが、近年の被害面積は 減少しつつあります。 28 ■下流部の湖岸エリア 〔水田〕 わ ら その 藁園の水田地帯 高島市の平地には、写真のような水田が広がっていま あぜ す。田の中や 畦 、水路には、いわゆる水田雑草が多く見 られます。オモダカ、コナギ、イチョウウキゴケ、アカウキク サ、ヤナギタデ、ヒナガヤツリなど、種類は豊富です。また、 動物も多く、タニシのような貝、クモ、ホウネンエビのような 節足動物、トンボの幼虫、ガムシの幼虫のような水生昆虫、 トノサマガエル、ツチガエルのような両生類など、数えあ げればきりがありません。冬期間、水をためておく水田も あり、写真のように多くのコハクチョウが採餌しているのを 見ることができます。 〔内湖〕 貫川内湖 「ヨシ群落保全地域」に指定されている内湖は、北湖と 南湖に分かれ、コイ、フナ、ブラックバスなどが生息してい ます。抽水植物、浮葉植物、沈水植物、浮遊植物が多く 育つ沼には、カルガモ、バン、カイツブリなどの水鳥が一 年を通じて見られ、冬になると多くの渡り鳥でにぎわいま す。 〔湖岸〕 今津浜の松並木 湖岸には、1,000 本以上の大きなクロマツが約 4km続 き、美しい松並木をつくっています。 浜辺には、マンテマやコバンソウなどの帰化植物が多 く、海浜植物といわれるハマヒルガオやタチスズシロソウも 見られます。ハマダイコンやセイヨウカラシナも群生して います。 晩秋から春にかけて、ヒドリガモ、ヨシガモ、ホシハジロ、 キンクロハジロなど、たくさんの水鳥を見ることができま す。 29 川の近くは、洪水で水に浸かることもある不安定 な環境であり、ケヤキやエノキなどの河畔林がみら れます。 河畔林は、滋賀県内でも、都市部では河川改修 や開発などによって多くが失われましたが、高島市 内を流れる鴨川、安曇川、石田川には、まとまった 林がみられ、貴重な環境であるといえます。 ■湖岸エリアの主な自然環境 琵琶湖は日本最大の淡水湖です。琵琶 湖にだけ生息する種「固有種」も、61 種類に のぼります。これらのかけがえのない種の生 息環境を守っていくことが大切です。 高島市では、生き物と共生する農業である「生き もの田んぼ米」生産が行われています。冬場にも 田んぼに水を入れたり、水田魚道や亀かえるスロ ープの設置などの取り組みを通して、生き物たち で賑わう田んぼになっています。 30 2. 高島市の生き物たち 奥山から湖まで多様な環境に恵まれ、水でつながっている高島市には、それぞれの環境をすみかとす る生き物たちが数多く生息・生育しています。 また、分布の中心が日本海側にある植物や、琵琶湖湖岸の植物、琵琶湖だけに見られる固有の魚など、 特有の動植物がたくさんみられる豊かな地域でもあります。 これらの生き物たちは農業・林業・水産業などの営みとも密接につながっており、私たちの暮らしを様々 な形で支えています。 (1) 山地エリア(上流部)の主な生き物 哺乳類 両生類・爬虫類 鳥類 昆虫類 魚類・エビ・ カニ・貝類 植物 ツキノワグマ、ノウサギ、ムササビ、テン、アナグマ、ヤマネ、カモシカ ナガレヒキガエル、ヒダサンショウウオ、ハコネサンショウウオ、 ヤマアカガエル、タゴガエル、カジカガエル カワガラス、オオルリ、ヒガラ、コガラ、ヤマドリ、オオアカゲラ モートンイトトンボ、ヒラサナエ、ミヤマカワトンボ、サカハチチョウ、 イカリモンガ、アサギマダラ、カンタン アカザ、スナヤツメ、イワナ、アマゴ、カジカ、タカハヤ、サワガニ ナツツバキ、エゾユズリハ、ブナ、トチノキ、ホオノキ、カツラ、ミツデカエデ、 タムシバ、ホンシャクナゲ、キンキマメザクラ、サワフタギ、キブシ、イワナシ、 ビッチュウフウロ、トクワカソウ、バイカオウレン、バイケイソウ、オオバキスミレ、ニ ッコウキスゲ、キンコウカ、カキツバタ、トキソウ、イチリンソウ イワナ オオバキスミレ サワガニ イチリンソウ ホオノキ カキツバタ バイカオウレン ホンシャクナゲ トクワカソウ 31 さんろく (2) 山麓・平地エリア(中流部)の主な生き物 哺乳類 両生類・爬虫類 鳥類 昆虫類 魚類・エビ・ カニ・貝類 植物 イタチ、イノシシ、ニホンジカ、キツネ、タヌキ マムシ、モリアオガエル、シュレーゲルアオガエル、イシガメ、イモリ、 シマヘビ サシバ、フクロウ、トビ、ツミ、ホオジロ、キビタキ、キセキレイ、キジバト、 シジュウカラ、エナガ オトシブミ、コマルハナバチ、ハッチョウトンボ、ハラビロトンボ オイカワ、カワムツ、ウグイ、ホトケドジョウ、アブラハヤ タブノキ、スダジイ、アカマツ、コナラ、スギ、ヒノキ、ヤマツツジ、カタクリ、 オオイワカガミ、スミレサイシン、サワオグルマ、トキワイカリソウ、ウメバチソウ、 キクザキイチゲ、サンインシロカネソウ、ギンリョウソウ ニホンジカ イシガメ モリアオガエル シジュウカラ ハッチョウトンボ ホトケドジョウ スミレサイシン オオイワカガミ トキワイカリソウ カタクリ サワオグルマ ギンリョウソウ 32 (3) 湖岸エリア(下流部)の主な生き物 哺乳類 両生類・爬虫類 鳥類 昆虫類 魚類・エビ・ カニ・貝類 植物 コウベモグラ、アブラコウモリ、イタチ ナゴヤダルマガエル、ヤモリ、カナヘビ、ニホンアマガエル、ツチガエル、 カスミサンショウウオ ヒヨドリ、スズメ、カイツブリ、オオヨシキリ、バン、カワセミ、カワラヒワ、 ムクドリ、ジョウビタキ、タゲリ、ユリカモメ ゲンジボタル、ウチワヤンマ、ギンヤンマ、キイトトンボ、チョウトンボ、 モノサシトンボ、ツマグロヒョウモン アユ、オイカワ、ドンコ、ギンブナ、カネヒラ、アブラボテ、スジシマドジョウ、 ナマズ、スジエビ、ドブガイ エドヒガン、ハンノキ、アカメヤナギ、タチヤナギ、ヨシ、マコモ、ミクリ、 ザゼンソウ、バイカモ、ハナネコノメ、ミズオオバコ、サクラタデ、ミズトラノオ、 ノウルシ、エビモ、コカナダモ、ハマヒルガオ、ハマダイコン、タチスズシロソウ カワセミ ユリカモメ カスミサンショウウオ ツマグロヒョウモン ギンブナ アブラボテ ザゼンソウ ノウルシ ハナネコノメ ハマヒルガオ サクラタデ ミズトラノオ 33 34 V章 高島市を取り巻く生物多様性とその課題 35 1. 生活に身近な生物多様性 私たちの生活を振り返ってみると、一日の生活の中でも、多くの場面で生態系サービスの恩恵を受けて いることに気づきます。 この章では、高島市内での生態系サービスの利用例をみていきましょう。 ここで、奥山から湖まで様々な環境が広がる高島市の特徴をより分かりやすく伝えるために、本戦略で さんろく は山地(上流部)、山麓・山地(中流部)、湖岸(下流部)を 3 つのエリアに分け、それぞれを「里山(さとや ま)・里住(さとすみ)・里湖(さとうみ)」と名付けることにします。各名称の定義は下記のとおりです。 「里山(さとやま)」:一般的に言われている「里山」の意味にとどまらず、林業やレクリエーションな どで人々が利用する奥山までを含む上流部全体を指し、源流の郷の源となる エリアです。 「里住(さとすみ)」:水田を中心とする農地、河川、水路、市街地などが一体となって多様な環境を 形成する空間であり、人々の生活の中心となるエリアです。湖西線や国道 161 号が通っており、高島市の玄関口としての役割も果たしています。 「里湖(さとうみ)」:琵琶湖や湖岸を中心とした水辺空間を指すエリアです。ヨシ原、内湖など高 島市ならではの豊かな自然環境が広がり、多様な生物相がひろがっている エリアです。 様々な生態系サービスを利用している高島の現況をイラストで表してみます。 高島トレイル おいさで漁 湖西の松林 ザゼンソウ の群生地 棚田 えり漁 かばた やな漁 八ッ淵の滝 扇骨・繊維業 等の地場産業 内湖 現況の高島イメージ図 36 (1) 「里山(さとやま)」での生態系サービス (a) 産業 ・林業 高島市の民有林面積は 32,206ha であり、そのうち天然林が 50%、人工林が 47%となっています。木 材利用取扱高は約 1,200m3 にのぼり、降水量に恵まれていることからスギの生育に適しており、良質な 木材を生産しています。 人工林は、「間伐」とよばれる木の間引きを行うことで、林内に光が入り健全な木が育ちます。さらに、 間伐の実施は生物多様性を高めるとも言われています。 高島市では、積極的な間伐を行い地産地消による木材利用をはかるため、森林施業に関する様々 な制度を設けるとともに、間伐した木材を家屋などに利用する活動を行う「高島の木の家づくりネットワ ーク」を推進しています。 (出典:高島の木の家づくりネットワークサイト) (b) 景勝地 ・近江坂ブナ原生林 近江坂は、今津町と福井県若狭町を結ぶ古い峠道です。 この道が天増川上流にさしかかったところに、滋賀県で最 も規模の大きいブナ原生林があります。ブナ林は、人工林 などに比べて水源かん養機能(※p18 参照)が高く、「緑の ダム」と呼ばれています。 ・森林セラピー・セラピーロード 森林セラピーとは、森林環境の有する、自然が彩なす風 景や香り、音色や肌触りや生命力などの五感を通して感じ たり、森林環境の気候や地形、立地などを効果的に活用し たりすることによって、人々の心と身体の健康維持・増進を 図るものです。高島市では、琵琶湖の水源ともなっている 森林を健康づくり、癒しの空間として活用するため、平成 20 年 4 月に森林セラピー基地「びわこ水源の森 たかし ま」としての認定を受けました。 高島市のセラピーロードの中核施設と なっている 朽木いきものふれあいの里 37 ・高島トレイル 高島トレイルは乗鞍岳、三国山、赤坂山、大谷山、大御影山、三重嶽、武奈ヶ嶽、二の谷山、行者 やぶ 山、駒ケ岳、百里ヶ岳、三国峠、三国岳といった山々に整備された登山道です。このトレイルは、薮に 埋もれていた古道や、かつて使われていた山道を活かしたもので、各地で地元の人がこつこつと整備 してきた登山道を5町1村の合併とともにつなぎあわせてできたものです。日本列島の日本海側と太平 ぶんすいれい 洋側を区切る中央分水嶺※の中央部に位置し、東西南北の気候や植生を併せ持つ貴重な存在となっ ています。四季折々、自然の豊かさを感じることのできるレクリエーションとして人気を集め、年間 5 万 人が訪れます。 このように、高島市では、登山、スキー、釣りなど生態系サービスを活用したレジャーを目的に訪れ る人が大半を占めています。高島市の観光業は生態系サービスによって支えられているといっても過 言ではありません。 ※中央分水嶺…太平洋側と日本海側に注ぎ込む水系を分ける境界のこと ・棚田 き か が く 谷の傾斜地形に沿って、階段状につくられ、幾何学 模様に広がる棚田は人々の生活に様々な機能をもた らすと共に、美しい文化的景観を持つ自然環境として 多くの注目を集めています。滋賀県内では約 2,200ha の棚田がありますが、ここ高島市にある畑の棚田は県 内で唯一「日本の棚田百選」に選ばれています。 (c) 文化 ・トチノキ・ホオノキの利用 朽木地域を中心に立派なトチノキが多く存在しています。トチの実は大変渋が多く、そのままでは食 べられないので、何日も水にさらして渋抜きをしてから使用しなければならず、利用には大変手間がか かります。しかし、古くから各家庭で栃餅などとして日常的に食されてきました。現在では、地域の特産 品としても販売されています。 ホオノキは葉が大きいため、食物を盛ったり包んだりして利用されてきました。サワラビといわれる田 植えの初日の行事や田植えが終わった日は、ホオノキの葉の上にお米やワラビを乗せて神仏に供え るという伝承が、今も伝えられています。また、冬の時期に手作りの下駄をホオノキで作っていたなど、 生活の様々な場面で利用されていました。 38 (2) 「里住(さとすみ)」での生態系サービス (a) 産業 ・農業 高島市の農業出荷額(農作物の生産量を金額にしたもの)は県内でも上位を占めています(平成 18 年は東近江市、甲賀市に続き第 3 位)。そのうち約 6 割は米の売り上げであり、農地の利用も稲作が大 半を占めています。 市では農業の活性化とともに、生物多様性保全に向けた取り組みも行われています。以下にいくつ かの事例を紹介します。 【生物多様性に向けた取り組み例】 ・生きもの田んぼプロジェクト:地元の農家グループらが所属する、たかしま有機農法研究会による 取り組みです。人と生き物が豊かに暮らせる地域づくりに向けた活動 であり、化学農薬の使用制限、ビオトープ作り、環境共生型米づくり による「たかしま生きもの田んぼ米」の販売などを行っています。 ・農 産 ブ ラ ン ド 認 証 制 度 :高島市を代表する農産物および加工品を、安心・安全・高品質な特 産品として認証する制度です。農薬・化学肥料の使用程度によって 3つのランクに分類しています。認証された農産物・加工品は認証 マークを表示して出荷・販売されています。 ・魚 の ゆ り か ご 水 田 :滋賀県が行っている生物多様性に関する取り組みの一つです。人と 生き物が共生する、元来あるべき姿を取り戻すため、農家、地域、行 政が連携して、魚が水田まで自然に上れるよう魚道をつくり、魚に優 しい環境を取り戻す活動を行っています。高島市では、マキノ地域 などで実施されています。 農産ブランド認証のマーク たかしま生きもの田んぼ米の理念 39 ・扇骨業などの地場産業 高島市では、豊かな自然環境を活かして農業、林業、 せん こ つ 漁業の他にも、古くから綿織物や扇骨業などの地場産 業が発展してきました。 扇骨業とは、扇の骨格をつくる産業のことで、約 300 年前に安曇川流域の竹を利用して作ったことに始まる と言われています。高島市の扇骨は全国 9 割のシェア を占めており、「近江扇子」として製造販売されていま す。また、高島市の綿織物は明治以降、「高島ちぢみ、 高島クレープ」という名で全国に広まり、高温多湿な日 本の風土にあった商品を生産してきました。 (b) 景勝地 ・ザゼンソウの群生地 平地から山地の湿地に生息する植物で、2~3 月に 見ごろを迎えます。姿が座禅を組む僧侶の姿に似てい ることから、この名が付いたといわれています。滋賀県 内で大きく 4 ヵ所の群生地が知られており、高島市では 今津地域に群生地があります。昭和 61 年に環境庁の 特定植物群落、平成元年に滋賀県の「緑地環境保全 地域」に指定されました。今津地域にザゼンソウが生育 することは、古くからよく知られており、昭和 6 年に橋本 忠太郎氏が作成した「近江植物標本目録」などに生育 地が記載されています。 近年、「今津ザゼンソウまつり」が開催され、多くの観 光客を集めています。 (c) 文化 ・かばた しょうず かばたは、比良山系の伏流水である生水と呼ばれる 湧き水を暮らしに利用した仕組みです。水の豊富なこ の地域独特の、川と人間生活が密着した美しい風景を もといけ 作り出しています。まず、各家庭の元池から湧き出した つぼ い け 生水が壺池に入り、その水は料理、野菜洗い、洗顔に は たいけ 使われます。その後、端池に流れこみ、そこではたくさ んの鯉を飼い、鯉が料理の残飯などを食べて水が浄 化された後は家の前の小川に入り、やがて琵琶湖に流 れて行くという仕組みになっています。針江地区のか ばたは「平成の名水百選」にも選ばれています。 40 (3) 「里湖(さとうみ)」での生態系サービス (a) 産業 ・漁業 高島市では、琵琶湖の多様な魚介類を古くから利用してきたため、漁業が盛んでした。しかし、外来 魚や水草の異常繁茂などの理由から、漁業者の数や漁獲量は年々減少傾向にあります。一方で、近 年では珍しくなってきた伝統的な漁業が今なお行われており、観光名所として注目されています。 【高島市の伝統的漁業】 す やな漁:主に安曇川や石田川河口で行われている漁法で、簀 を扇形 そじょう に設置し、遡上 してきた鮎を川岸に追い込んで捕らえる漁法 です。安曇川のやな漁は「未来に残したい漁業漁村の歴史文 化財産百選」に選ばれています。 えり漁:湖岸から沖合に向かい矢印型に網を張り、湖岸によってきた魚 の習性をうまく利用し、「つぼ」と呼ばれる部分に誘導し閉じこ めて魚を捕らえる漁法です。魚偏に入ると書いて「えり」と読み ます。かつて、琵琶湖の湖岸ではえり漁が盛んに行われてい ましたが、埋め立て地の造成や工場排水などによる水質の悪 化によって漁獲量は減少し、近年では少なくなりました。 (b) 景勝地 ・ヨシの群生地 ヨシは主に湖岸や湿地などに生育する多年草で、 新旭地域の湖岸沿いには琵琶湖最大のヨシの群生 地があります。ヨシは湖魚や多くの野鳥の生息の場 となっているとともに、有機物を分解し琵琶湖の水 質保全に役立っています。 (c) 文化 ・鮒寿し(ふなずし) 鮒寿しは、琵琶湖の固有種であるニゴロブナを 塩漬けにし、ご飯と一緒に長時間漬け込んで発酵 させた、「なれずし」と呼ばれる保存食の一種です。 なれずしは稲作とともに古代の日本に伝えられたと いわれており、鮒寿しは原料であるフナが豊富な琵 琶湖周辺において発達したと考えられています。古 くから親しまれてきた食文化で、現在では高島市の 特産品としても人気があります。 (出典:滋賀県サイト) 41 2. 高島市が抱えている課題 生物多様性の恩恵を受けている一方で、高島市では以下に挙げられるような問題が生じています。 〈課題〉 〈問題点〉 森林の管理者不足 源流の郷の自然の危機 野生動物による 農林業被害の増加 森林内の生態系バランスが崩れ、森林本 来がもつべき多面的機能が十分に発揮さ れていない 外来種の増加 絶滅危惧種の増加 源流の郷のくらしの危機 高齢化の進行 高齢化の進行等により、高島市の活力を 支える人材等が不足 高島市民自らが市域の豊かな資源価値を 十分に活用できていない 里山の放置 耕作放棄地の増加 河川環境の悪化 源流の郷の役割の危機 内湖・自然湖岸 ヨシ群落の減少 琵琶湖の水環境の変化や外来種の侵入等 により、水辺の生きものの生息・生育環 境が悪化している 琵琶湖の水環境の変化 (1) 森林の管理者不足 高島市内では、天然林を伐採して人工林にするかつての「拡大造林」は大幅に減少し、現在では天 然林改良(生長や形質の悪い木を取り除き、健全な森林に改良すること)の育成増加を目指しています。 しかし、担い手不足や空き家の増加により管理する人の数が減少し、市内の林業は衰退傾向にあります。 源流の郷の原点となる健全な森づくりのために、森林管理の基盤づくりが求められています。 (2) 野生動物による農林業被害の増加 高島市では、毎年野生動物による農林業被害が生じています。林業では主にニホンジカやツキノワグ マによる剥皮害(樹皮を剥いで樹を枯らしてしまう被害)が、農業では主にニホンジカやニホンザル、イノ シシによる農作物被害が生じています。 ニホンジカによる林業被害は平成 15 年から大幅に増加し、平成 21 年には 74.2ha にのぼりました。剥 皮害だけでなく、新しく生えてくる植物の芽生えを食べてしまう食害も起きており、森林の更新や植生に 与える影響が非常に大きくなっています。特に被害が大きい朽木地域では、森林内の下草がほぼ消失 している場所もあり、森林生態系に深刻な影響を与えています。また、近年では淡海湖周辺の貴重なカ キツバタ群落がニホンジカの食害を受け規模が縮小しているといった、生物多様性の危機に直結するよ うな問題も生じています。 農業被害については、防止柵の設置などで被害は縮小しているものの、市内全域の問題となってき ています。平成 21 年度の農業被害面積は約 67ha にのぼり、被害金額は 8,346 万円となっています。 42 森林被害面積の推移 (ha) 90 80 76.8 74.4 74.2 70 57.6 60 50 40 30 26.5 22.2 20 10 0 9.5 18.4 11.9 20.5 22.2 13.2 13.1 16.0 10.5 0.6 平成7年 平成9年 平成11年 平成13年 平成15年 平成17年 平成19年 平成21年 ツキノワグマ ニホンジカ 出典:高島の森林・林業(平成 22 年) ニホンジカによる農林業被害が後を絶たない状況をうけて、高島市はこれまで様々な取り組 みを行ってきました。 【高島市の主な取り組み】 ・剥皮害を防ぐためのテープ巻き(平成 21 年度は滋賀県のテープ巻き面積の約半分を占め る 141ha 行いました) ・森林内のニホンジカの数の抑制(被害が著しい地域は重点的に有害捕獲を行っています) ・獣害防止柵の整備に対する補助(電気柵の設置に対し補助を行っています) これらの取り組み効果により、近年ニホンジカによる農業被害面積は減少傾向にあります (平成 12 年度 73ha、平成 21 年度 25ha)。しかし森林被害面積は未だに増加しており、 高島市の森林を守るために引き続き努力を続けていく必要があります。 ニホンジカによる剥皮害の様子(平成 21 年 5 月 朽木) 43 (3) 外来種の増加 「ふるさと滋賀の野生動植物との共生に関する条例」において「指定外来種」となっている動植物及び 「滋賀県で大切にすべき野生生物(滋賀県版レッドリスト 2000)」に記載されている「生態系に悪影響を 及ぼす外来種・移入種」は以下にあげる 61 種となっています。 また、琵琶湖では人によって持ち込まれて大増殖したオオクチバス(ブラックバス)やブルーギルとい った外来魚が生態系に大きな影響を与えているとともに、漁業被害にも発展しています。市内への外来 種の進入防止や早期発見のための体制づくりが求められています。 爬虫類 アライグマ*1 イノブタ*1 シマリス*1 タイワンザル*1 タイワンリス*1 チョウセンイタチ*1 ヌートリア*1 ノイヌ*1 ノネコ*1 ハクビシン*2 アカミミガメ(ミシシッピアカミミガメ)*1 ワニガメ カミツキガメ*1 両生類 ウシガエル*1 哺乳類 魚類 昆虫類 昆虫以外の節足動物 淡水貝類 その他の無脊椎動物 植物 アカウオ*1 オオクチバス(ブラックバス)*1 カダヤシ*1 コクチバス*1 ソウギョ*1 カムルチー*1 タイリクバラタナゴ*2 オオタナゴ ニジマス*1 ヨーロッパオオナマズ カワマス ブラウントラウト ピラニア類全種 ガー科全種 オヤニラミ ハクレン*1 ブルーギル*1 アオマツムシ*1 アメリカジガバチ*1 アメリカシロヒトリ*1 セイヨウオオマルハナバチ*1 ヒロヘリアオイラガ*1 ブタクサハムシ*1 アメリカザリガニ*1 セアカゴケグモ*1 タンカイザリガニ*1 外国産シジミ類*1 カワヒバリガイ*1 コモチカワツボ*2 サカマキガイ*1 スクミリンゴガイ*2 ハブタエモノアラガイ*1 オオミジンコ ヒレイケチョウガイ*1 オオマリコケムシ*1 イチビ ワルナスビ オオカナダモ*1 オオブタクサ*1 外来種タンポポ*1 ケナフ*1 コカナダモ*1 セイタカアワダチソウ*1 ハルジオン*1 ヒメジョオン*1 ボタンウキクサ*1 ホテイアオイ*1 出典 無印:「ふるさと滋賀の野生動植物との共生に関する条例」に基づく「指定外来種」 *1 :「滋賀県で大切にすべき野生生物(滋賀県版レッドリスト 2000)」に基づく「生態系に悪影響を及ぼす外来種・ 移入種」 *2 :両者に共通する種 タンカイザリガニは大正 15 年に食用として米国から輸 入されたザリガニで、今津町日置前の農業用ため池「淡海 湖(処女湖)」に放たれ、その後定着している外来種です。 かつては、同じく外来種であるウチダザリガニの亜種と いう位置づけで分類されていましたが、近年の研究で同種 か極めて近い亜種と判断され、タンカイザリガニはウチダ ザリガニの淡海湖個体群として扱われています。しかし平 成 18 年、他の小動物を捕食し生態系をかく乱している恐 タンカイザリガニ れがあることから、ウチダザリガニが国の特定外来生物に (出典:琵琶湖博物館電子図鑑) 指定されました。さらに、タンカイザリガニは「滋賀県で 大切にすべき野生生物」において生態系に悪影響を及ぼす外来種・移入種とされています。 それまで「淡海湖の固有種」としてタンカイザリガニをブラックバス等から保護してきた経 緯があった高島市では、駆除などとんでもないと困惑の声も聞かれます。タンカイザリガニ は守るべきか駆除するべきか、これは、外来生物と人間との関わり方を考えるきっかけとな る事例といえます。 44 (4) 絶滅危惧種の増加 滋賀県では地域レベルでの生物多様性保全を推進していくため、平成 19 年度から継続して「生きも の総合調査」に取り組んでおり、その成果として 2000 年版、2005 年版、2010 年版に「滋賀県で大切に すべき野生生物(滋賀県レッドデータブック)」を発刊しています。その結果によると、絶滅危惧種や希少 種の種数は増加傾向にあり、特に植物の種数が増えていることがわかります。 高島市でも多くの絶滅危惧種や希少種が分布しており、植物だけでも 161 種にのぼるといわれていま す(青木繁、未発表)。特に朽木地域や今津地域において、絶滅が心配される種の分布が多くなってい ます。 滋賀県で大切にすべき野生生物 (種) 1400 1200 【1034種】 1000 43 16 104 20 600 135 150 148 9 20 9 20 9 274 239 95 53 800 【1288種】 0 16 107 56 【1219種】 0 17 97 54 29 24 24 菌類 その他水生無脊椎動物 貝類(淡水・陸産) 魚類 昆虫類・クモ類 爬虫類 両生類 鳥類 哺乳類 植物 400 522 609 642 2005年版 2010年版 200 0 2000年版 出典:滋賀県で大切にすべき野生生物(2000、2005、2010)を基に作成 平成 23 年 7 月、高島市の小学生が市内の自然観察 会で絶滅危惧種に指定されているナガレホトケドジ ョウを発見しました。 ナガレホトケドジョウはタニノボリ科の淡水魚で、 和歌山県から岡山県までの本州瀬戸内斜面、高知県 を除く四国地方、福井県などの日本海側に分布して おり、山間部の自然度の高い場所に生息します。近 年工事や森林伐採の影響で環境が悪化し、数が少な くなってきています。滋賀県ではこれまで生息が確 認されていませんでしたが、その後琵琶湖博物館の 調査により他の川でも発見され、正式に滋賀県に生 息していることが明らかになりました。 身近な自然と触れ合う機会をたくさん持つことで、 このような新たな大発見もおこるかもしれません。 45 ナガレホトケドジョウ (出典:金尾滋史・中西康介・田和康太(平 成 23 年)滋賀県内の観察会で発見されたナ ガレホトケドジョウ Lefua sp.魚類自然誌研究 会会報「ボテジャコ」(16)3-6) (5) 高齢化の進行 高島市の人口のうち 65 歳以上の占める割合は年々増加しており、平成 22 年は 27.9%となっています。 また、高島市総合計画によると、平成 28 年には 65 歳以上が 31.5%に達すると推定されており、今後も高 齢化は進んでいくと考えられます。 (6) 里山の放置 ここでの「里山」は、原生的な自然と都市との中間に位置した、集落や農地、ため池、草原などが混在 した地域のことを指します。かつては薪や炭の生産のため活発に利用されていた里山ですが、化石燃 料へのエネルギー転換などによってその需要は減少し、近年では適切な管理がされないまま放置され ている状態が多く見られます。里山が放置されてしまうと、以下のような問題が生じます。 ① 植物の環境の質の低下:人が管理しないことで植生の遷移が進み、タケ・ササ類、つる植物など が生え高木が大径木化してくることで、日光が入りやすい明るい林から暗い林へと変化していき ます。このような変化は里山の環境に依存してきた動植物にとって生息・生育環境の質の低下や 喪失につながります。 ② あつれき 人と野生鳥獣の軋轢の深刻化:人の活動が後退したことなどにより、ニホンジカやニホンザル、イ ノシシなどの野生動物の分布域が拡大し、農林業や生活への影響が深刻化していきます。 ③ 景観や国土保全機能の低下:人の営みと自然が調和した伝統的な農山村の景観が失われてい きます。また、竹林の侵入や水田の減少などにより、水源のかん養や土砂流出の防止など森林 の国土保全機能の低下につながります。 (7) 耕作放棄地の増加 農業従事者の高齢化に伴い、田畑を手放す人や耕作をしない人も増えてきています。そのため、耕 作放棄地面積は年々増加傾向にあり、平成 19 年には経営耕地面積の 3.7%に当たる 152ha が耕作放棄 地となっています。 こうした現状をうけて、高島市では、耕作放棄地の防止活動の取り組みに対し交付金を支給する「中 山間地域振興事業」を平成 26 年度まで実施しており、さらに「高島市農業再生協議会」を設置し、担い 手農業者の育成・支援を行うなどの取り組みを行っています。 (ha) 160 152 140 123 120 100 80 73 60 40 20 0 平成7年 平成12年 耕作放棄地 平成19年 高島市における耕作放棄地面積の移り変わり 46 (8) 河川環境の悪化 急速な経済成長に伴い、農業生産の効率化のため農薬の使用増加やコンクリート護岸の改修工事 などが進んでいきました。これらの活動によって、次第に川は汚染されたり、湖と川とが分断されて生き 物の行き来が出来ない状態になってしまったりと、生き物にとって住みづらい環境が構築されていきまし た。 こうした現状をうけて、生き物のたくさん住む川を取り戻そうと、高島市内でも多くの活動が行われてい ます。例えば、針江地区や太田地区では、琵琶湖開発総合管理所によるビオトープ整備を行っており、 琵琶湖と農業用水路の連続性の回復や、在来種の保全を目指した活動を行っています。 (9) 内湖、自然湖岸、ヨシ群落の減少 琵琶湖岸や内湖に生育しているヨシ群落は、琵琶湖に生息する在来のフナ・コイなど多くの在来種に とって産卵の場、稚魚のすみかとして、また水鳥の営巣、採食、休息の場として、重要な機能を果たして います。しかしながら、県内で昭和 15 年に 37 箇所、約 2,900ha あった内湖は、平成 7 年には 23 箇所、 約 425ha まで減少し、自然湖岸も干拓、埋立や湖岸堤の整備などにより、面積が減少してきました。これ に伴ってヨシ群落の面積も、昭和 28 年の約 260ha から平成 19 年には約 170ha と減少しています。これ らの影響をうけて、カイツブリの生息数が減少するなど、水辺の鳥類をはじめ、水生動植物の生息・生育 が困難となっています。 高島市では「ヨシ群落保全事業」を実施しており、大きなヨシ群落が現在でも残っている新旭地域で は、ヨシの健全な保全育成を目的に毎年刈取りや清掃を行っています。 ヨシの刈取りの様子 47 (10) 琵琶湖の水環境の変化 琵琶湖は古くから富栄養化(湖の水にリンや窒素などが流入することでプランクトンの異常繁殖が起こ る現象)に伴うカビ臭や淡水赤潮の発生の慢性化、有機汚濁の進行、季節的なアンモニア性窒素濃度 の上昇あるいは微量有害物質の水域への混入などの水質汚濁問題が発生しています。 最近では「湖の深水層の低酸素化」という問題も注目され始めています。これは、高島市の接する北 湖のように水深が深い場所において発生する問題で、表層と深水層が対流して深水層にまで酸素が供 給される「全循環」と呼ばれる現象が不十分となる現象です。地球温暖化の影響で冬季に表層が十分 に冷やされないと生じるといわれていますが、まだ明らかになってない部分が多い問題ともいえます。し かし、全循環が不十分だと深水層まで酸素が行き届かず、琵琶湖にすむ生物の減少や、富栄養化によ る水質悪化につながる恐れもあるため、今後の動向に注目していく必要があります。 全循環の仕組み(出典:国土交通省「平成19年版日本の水資源」) 上記で紹介した全循環という現象は、一般に「琵琶湖の深呼吸」と呼ばれています。琵琶 湖の深層まで酸素がいきわたることを擬人化した表現であり、人々にとって親しみやすく、 また分かりやすい表現といえます。 2007 年、「琵琶湖の深呼吸」が暖冬の影響で約1ヶ月半遅れ、マスコミ等にも大きく取 り上げられました。幸い、翌年以降は平年並みの1月下旬に「琵琶湖の深呼吸」が確認され ていますが、今後も琵琶湖がたっぷりと呼吸ができるように、私たちは常に周囲の環境に対 し関心を持ち続けなければなりません。 48 VI章 生物多様性の保全を視野に入れて まちづくりに取り組んでいる高島の市民たち 49 1. 高島市民の取り組み 生物多様性の保全を目指す上で、高島には先述のようにいくつかの課題がありますが、その課題解決 に向け、市内では既に多様な市民活動が展開されています。皆で知恵を出し合い、心と力を合わせて生 物多様性の保全に取り組むその活動は、まちづくりにも結びついています。 以下に、それらの活動の一例を紹介します。 (1) 「大沼いきもの王国~大沢湿地ビオトープ」づくり(大沼区) マキノ町大沼区の集落近くの小字大沢あたりで、百瀬 川からの地下水が少しずつ湧き出し湿地を作っています。 そのあたりの休耕地には、アシやガマなどの水生植物が 密生して中に入り難い状況でした。 しかし大沼区で催した「ホタルまつり」がきっかけとなって、 この休耕地を借り受け、ビオトープ池をつくって「大沼いき もの王国」を実現することになりました。平成 22 年 6 月、土 地を掘削して上池と下池を作り、池周囲に観察路を作りま した。両方の池の間の湿地はわざとそのままにしておきま した。 現在、池には、珍しいミズオオバコなどいろいろな水生植物が生え、オオイトトンボやショウジョウトンボ など沢山のトンボが飛び交い、シマゲンゴロウやタイコウチなど多くの昆虫が見られるようになりました。ビ オトープ池で催す自然観察会には多くの人を集めています。 (2) 「今津ザセンソウまつり」の開催(いまづ自然観察クラブ) 今津町のザゼンソウ群生地には、数千株の発熱植物ザ ゼンソウが生え、早春には、僧侶が座禅をしているような姿 に見える花を咲かせます。この時期には、遠くの都市から も多くの人が訪れます。 「いまづ自然観察クラブ」や群生地のある宮西区の方々 は、湿地に侵入する竹を切ったり、除草をしたりして、一年 を通じて群生地の保全に努めています。 また、毎年 2 月末ごろ「今津ザゼンソウまつり」を催し、JR 近江今津駅から商店街を通って群生地までウォーキング をする案内をしたり、作成した資料をもとにザゼンソウについて詳しい説明をしたりしています。群生地近 くでは、地元特産物や食べ物を販売する「ザゼンソウ交流市」やザゼンソウの魅力について講話を聴く 「学びのつどい」を実施し、市民が出品したザゼンソウに係る文芸作品の展示等も行っています。 これらは、「いまづ自然観察クラブ」を含む「いまづザゼンソウまつり実行委員会」の企画・運営によっ て実行されており、同委員会ではザゼンソウ群生地に生息・生育する湿地特有の動植物について詳しく 説明した「ザゼンソウの四季」を発刊しています。 50 (3) 「エドヒガンウォーク」の開催(いまづ自然観察クラブ) エドヒガンは野生の桜で、約 250 株が今津町からマキノ 町にかけて分布しています。 「いまづ自然観察クラブ」は、ふるさとにこの桜をいつま でも残そうと、その分布状況を詳しく調べ、毎年、花が咲く 4 月上旬に「エドヒガンウォーク」を開催しています。点在す るエドヒガンを訪ねるだけでなく、エドヒガンの詳しい説明 をしてその特徴を知ってもらったり、深清水の柿畑の手入 れの仕方や柿のおいしさを説明したり、コース中に咲く春 の植物を観察したりして、参加者に今津の春を満喫しても らえるよう努めています。 エドヒガンの周りに生えてきた竹やつる植物の除去や施肥を行い、桜の保全活動も行っています。 (4) 「そばのまち散策~そばの花畑とそばうち体験・ベンガラと川戸のある町 並み散策」(いまづ自然観察クラブ) さんろく 毎年、10 月中旬、箱館山の山麓に広がるそば畑には、 そばの花が一面に咲き、秋の里山を飾ります。この時期に、 「いまづ自然観察クラブ」が案内人となって、そばの花畑と その周辺の秋の野草観察会を実施しています。 まず、里山全体の様子やそばの花のしくみ、訪れる虫、 含まれる栄養分などの説明をし、そばの花畑めぐりをし、そ の周辺の野草についても観察します。その後、そば打ち体 験をし、出来たてのそばで楽しい昼食をとります。午後は、 か わ と ベンガラの目立つ家屋と 川戸の続く三谷区の町並みを散 策します。 参加者は、ウォーキングの途中、三谷区の方が作っておられるダイズ、アズキ、ゴボウ、カブラなどを 見て「生まれて初めて土で栽培されている実物を見た。」と大喜びです。 さんろく (5) 「山麓の古いため池を利用したビオトープ」づくり(環境を守るいまづの会) さんろく 今津町伊井集落の背後の 山麓 に、明治時代の伊井区 の人によって作られた農業用の古いため池がありました。 今は使われていないためかなり荒れていましたが、平成 19 年の夏、伊井区の了承と協力を得て、ため池を利用したビ オトープの整備を行いました。猛暑の中、汗と泥にまみれ ながら 2 日間にわたって池の整備をし、倒れている樹木を 取り除き、周囲をめぐる観察路を作りました。よみがえった 池には、今津産のメダカを 60 匹放流しました。 後日、自然観察がしやすいように集落から池に通じる細 い道も整備し、案内板や説明用看板も設置しました。 自然観察等を実施し、小学生の環境学習の場としても活用されています。 現在、この池は、トンボの楽園となり、メダカが増え、水生昆虫も多く見られるようになりました。モリアオ ガエルの産卵も確認されています。 51 (6) 「みずすまし水田」づくり(高島地域みずすまし推進協議会) 「高島地域みずすまし推進協議会」は、アシやコマツカ サススキなどが密生していた休耕田を借り受け、川と水田 を魚が行き来できる環境づくりを行っています。 水田内に曲がりくねった水路を作り、水田に接している 川から水田内に水が入るように工夫をし、水が川に流出し ていく所に魚道を作り、それを「みずすまし水田」と呼んで います。 川が運んできた泥はこの水田に沈み、発生した多くのプ ランクトンやあたためられた水が流れ出す魚道からドジョウ、 フナ、スジシマドジョウ(県絶滅危惧種)などが田んぼに入 って産卵し、多くの幼い魚が琵琶湖に戻っていくようになりました。カスミサンショウウオ(県希少種)の産 卵も確認されています。 (7) トチノキなど源流の森の保全活動(巨木と水源の郷をまもる会) 安曇川源流域には、トチノキやカツラ、サワグルミな どが生育する、源流の森が残されています。しかも、 幹の太さが 3m を越すような巨樹が多数生育し、独特 の河畔林を形成しています。これらの森は、川の水質 保全の役割を担っており、琵琶湖の水を支えていま す。 「巨木と水源の郷をまもる会」は、様々な調査活動 によって、トチノキやブナなどの樹の分布と生育状況 を把握しています。あわせて、地域の人たちとともに保 全活動に取り組んでいます。 52 VII章 高島市の目標とする姿 53 1. 高島市の将来目標 豊かな森林資源を有した「びわ湖源流の郷」である高島市は、市民だけでなく琵琶湖・淀川水系の都市 圏で暮らす多くの人たちの生命・生活を支える貴重な役割を担っています。このため、市民と都市住民が それぞれの立場でその価値を認識し、連携しながら一体となって、豊かな自然環境を今後も守り育て、活 かしていくことが重要です。 以上のことから、高島市の生物多様性を活かした将来のまちの目標を次の通り設定します。 「びわ湖源流の郷たかしま」を全国へ =高島から全国に発信する生物多様性の魅力= ~水を養い 水と暮らし 水でつながる高島~ (1) 高島市の地勢を活かした「里山」「里住」「里湖」におけるめざすべき方向性 高島市には、山地~琵琶湖湖岸に至る地勢に沿って特徴的な生態系を有しています。本戦略では、 この地勢の特性を活かすという視点から、「里山」、「里住」、「里湖」に分けて、それぞれめざすべき方向 性を設定します。 ≪里山 ~上流部の山地エリア~≫ ブナ原生林、ミズナラ、コナラ等の里山林、渓流の保全など、森林機能が十分に発揮できるような適 切な里山保全を行いながら、集落での生活、トレッキングやスキーなどのレクリエーションなど、上流部 の自然環境や生活文化を活かした取り組みを進めます。また、獣害の防止や里山再生につなげるため に、林業の活性化や新たな山林設計の在り方について考えていきます。 ※単に集落周辺の森林を指すのではなく、奥山まで含んだ範囲とします。 さんろく ≪里住 ~中流部の山麓・平地エリア~≫ これからも身近な暮らしの中で自然の恵みを感じられるよう、水田を中心とする農地や、雑木林、河川、 ため池、湿地、扇状地や山裾などに見られる湧水環境など、多様な生物が生育・生息する水環境・緑 環境の保全に努めます。また、そのような多様の環境が市民の生活と一体となっている空間を活かし、 市民が自然環境と調和した暮らしを実現していくことのできる取り組みを進めます。そして市民が貴重な 動植物の生態を正しく理解し、生物多様性を身近に感じられるような環境教育の普及を進めます。 ≪里湖 ~下流部の湖岸エリア~≫ 湖岸の松並木やヤナギ林、ヨシ群生地、水生植物などの水辺空間の保全に努めます。また、有害な 外来生物の除去・利用を行います。さらには、里湖に生息する貴重な動植物を市民が正しく保全してい くための環境整備を行い、源流の郷として誇りをもち率先して水辺の生態系を守り続けられるような取り 組みを推進します。 54 (2) 高島市が元気になるために重視する方向性 生物多様性保全に向けた将来目標をめざすうえでは、単に生物多様性を保全するだけでなく、都市 圏の生命・生活を担う「びわ湖源流の郷」を誇りに感じながら、高島市が元気になっていくことが今後一 層重要です。 なりわい そのため、人々が安心して高島市で生活できる「暮らし」や「生業」、市民だけでなく都市住民を中心 とした多くの人たちが訪れ・楽しむ「連携・交流」の3つの視点を重視した取り組みを進めます。 ≪暮らし≫ 豊かな自然環境と調和した持続可能な暮らしが実現しているだけでなく、高齢社会に対応し、子ども から高齢者まで誰もが安全・安心に暮らしているまちを実現できる取り組みを進めます。 ≪生業≫ 市民一人ひとりが、高島市の生態系に育まれた農林水産業の重要性を認識し、人々の暮らしを支え る農林水産業が受け継がれていくような取り組みを進めます。 ≪連携・交流≫ 豊かな自然に恵まれた高島市の魅力を、高島市内外のより多くの人に知ってもらうとともに、市外の 人が高島市を訪れ、多様な自然環境を楽しみ、生態系を守る心を育ててもらえるような取り組みを進め ます。 【暮らし】 【生業】 【連携・交流】 いきいきたかしま プラン 循環型たかしま産業 プラン 私の好きなたかしま プラン 林産業の振興 里山 過疎集落の再生 での取り組み 山の魅力の発信 地域農業の活性化 里住 地場産業の振興 での取り組み 商業・観光の振興 水と共生するまちづくり 里湖 水郷文化の創造 での取り組み 水辺空間の保全 新しい絆づくり 里山・里住・里湖 雇用の創出 に共通する取り組み 地域の賑わい 55 (3) 将来目標の実現に向けたステップ 将来目標は、高島市が誇る豊かな生物多様性が保全された上で初めて実現するものです。 地勢を活かした「里山」「里住」「里湖」におけるめざすべき方向性を進める上でも、また、高島市が元 気になるために重視する方向性を進めるうえでも、特有の生物多様性を守り続けることが最も重要であり、 「びわ湖源流の郷たかしま戦略」を進めるうえでの根幹となるものと考えます。 よって全ての取り組みの基礎として、 「高島市特有の生物多様性を守り続けるための基盤をつくる」 ことが大前提となります。 そのためには、まず①生態系の価値の高さや高島市の暮らしとのつながりを「知る」ことが必要です。 そして、②この生態系を活かして新たな楽しみ方を「創る」ことで市内外の人が楽しみ、さらには③高島 市の魅力を感じ、その魅力を全国へと「広める」、といった段階的なステップを念頭に置きつつ、施策を 推進していきます。また、「広める」ことが「知る」きっかけをひろげ、「創る」、さらに「広める」ことにつなが るような好循環を目指していきます。 将来目標の実現に向けては、こうしたステップに留意しながら進めていくこととします。また、施策の推 進にあたっては、まずできることから着実に取り組み、その効果を確認しながら計画を検証・改善し、より 高い成果に結び付けていきます。 住んでいる人や訪れた人が 生態系の価値の高さ、 暮らしとのつながりを学び、理解する 活動を通じた人のつながりにより 高島市の生態系(価値の高さ、楽しみ方) を全国へ発信する ステップ3 ステップ1 高島市特有の生物多様性を 守り続けるための基盤をつくる ステップ2 理解することにより 生態系を活かした新たな楽しみを創り、 地域の活動へとつなげる 56 〈高島市の現況〉 〈問題点〉 〈高島市の将来目標〉 里山 <概要> ・平成 17 年に 5 町 1 村が合併 ・滋賀県最大規模の面積 <河川> ・一級河川である百瀬川、石田川、安曇川、 鴨川など多くの河川が流れる ・安曇川は琵琶湖に注ぎ込む河川の中で第 2 位の流域面積であり、このような大規模な 河川は湖西地方で唯一 <森林> ・市内の陸地面積の 72%が森林 ・天然林 50%、人工林 47% ・降水量が多く良質なスギが育つ <農業> ・耕地面積の 90%以上が水田(平成 17 年) ・経営耕地規模 2ha 以下であるものが全体 の約 80%(平成 17 年) <漁業> ・やな漁、えり漁といった伝統的漁業方法が 今もなお残されている ・漁獲量・漁業者ともに年々減少傾向にある <観光> ・観光客数は近年増加傾向にあり、平成 21 年は約 460 万人 ・観光の目的はスキーや釣り、キャンプなど 生態系サービスを利用している項目が大 部分を占める <商工> ・古くから扇骨業が盛んで、現在でも全国シ ェアの 90%を占める ・「高島ちぢみ」、「高島クレープ」と呼ば れる綿織物が有名 =高島から全国に発信する生物多様性の魅力= 森林の管理者不足 ~水を養い 水と暮らし 水でつながる高島~ 野生動物による農林業被害の増加 <気候> ・日本海側気候で冬は厳しい寒さ ・積雪深・降水量ともに多い ・晩秋に高島しぐれと呼ばれる雨が多い <地形> ・琵琶湖周辺に湖西平野が広がり、北に野坂 山地、南に比良山地が広がる ・琵琶湖北西側は琵琶湖東側・南側に比べて 丘陵・台地・低地の分布間隔が狭く、直線 的な断層谷と急斜面を流れる急な渓谷が 多い 「びわ湖源流の郷たかしま」を全国へ 河川環境の悪化 外来種の増加 里山の放置 絶滅危惧種の増加 耕作放棄地の増加 〈重視する方向性〉 【暮らし】 【生業】 【連携・交流】 いきいきたかしま プラン 循環型たかしま産業 プラン 私の好きなたかしま プラン 琵琶湖の水環境の変化 内湖、自然湖岸、 ヨシ群落の減少 高齢化の進行 林産業の振興 里山 過疎集落の再生 での取り組み 山の魅力の発信 地域農業の活性化 里住 里湖 里住 地場産業の振興 での取り組み 商業・観光の振興 水と共生するまちづくり 里湖 水郷文化の創造 での取り組み 新しい絆づくり 〈課題〉 源流の郷の自然の危機 森林内の生態系バランスが崩れ、森林本来が もつべき多面的機能が十分に発揮されていな い 水辺空間の保全 里山・里住・里湖 雇用の創出 に共通する取り組み 地域の賑わい 水を 養う 高島市の森林保全と持続可能な利用が必要 〈将来目標の実現に向けたステップ〉 源流の郷のくらしの危機 高齢化の進行等により、高島市の活力を支え る人材等が不足 高島市民自らが市域の豊かな資源価値を十分 に活用できていない 競争力のある地場産業の育成など、高島市の 更なる活性化が必要 生物多様性を身近に感じられるような教育の 普及が必要 活動を通じた人のつながりにより 高島市の生態系(価値の高さ、楽しみ方)を 全国へ発信する 水と 暮らす ステップ3 ステップ1 高島市特有の生物多様性を 守り続けるための基盤をつくる 源流の郷の役割の危機 琵琶湖の水環境の変化や外来種の侵入等によ り、水辺の生きものの生息・生育環境が悪化 している 住んでいる人や訪れた人が 生態系の価値の高さ、 暮らしとのつながりを学び、理解する 水で つながる ステップ2 生きものの住みやすい環境の創出が必要 理解することにより 生態系を活かした新たな楽しみを創り、 地域の活動へとつなげる 57 びわ湖源流の郷策定会議委員名簿 氏 (敬称略、委員は会長、副会長以下五十音順) 役 職 等 名 仁連 孝昭 滋賀県立大学 理事 副学長 会長 松見 茂 高島市エコライフ推進協議会 青木 繁 滋賀県立朽木いきものふれあいの里 伊吹 茂男 マキノ町農業協同組合 代表理事 組合長 黒川 陽一郎 滋賀県琵琶湖環境部自然環境保全課 小林 忠 高島市農産ブランド認証委員会 委員長 小林 雅人 (社)びわ湖高島観光協会 清水 重和 高島市商工会 副会長 副会長 会長 館長 課長 総務部長 戦略策定までの取り組み 平成23年7月14日 平成23年9月30日 平成23年10月25日 平成23年11月8日 びわ湖源流の郷たかしま戦略 (第1回)の開催 びわ湖源流の郷たかしま戦略 びわ湖源流の郷たかしま戦略 (第2回)の開催 びわ湖源流の郷たかしま戦略 (第3回)の開催 びわ湖源流の郷たかしま戦略 回)の開催 庁内ワーキンググループ会議 第1回策定委員会の開催 庁内ワーキンググループ会議 庁内ワーキンググループ会議 庁内ワーキンググループ(第4 平成23年12月11日 びわ湖源流の郷生物多様性フォーラムの開催 平成23年12月19日 びわ湖源流の郷たかしま戦略 第2回策定委員会の開催 平成24年2月23日 びわ湖源流の郷たかしま戦略 第3回策定委員会の開催 平成24年3月 びわ湖源流の郷たかしま戦略 策定 【資料提供一覧】 資料作成にあたり下記の方々に資料を提供していただきました。(五十音順) 青木 繁氏 社団法人 びわ湖高島観光協会 松見 茂氏 平成 24 年 3 月発行 編集・発行 高島市市民環境部環境政策課 滋賀県高島市新旭町北畑 565 番地 電話 0740-25-8123 FAX 0740-25-8145