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テロとインターネット 吉本秀子/山口県立大学マスコミュニケーション論
第 社会 3部 第 5章 社会全般 テロとインターネット 主流メディアとは違う視点を提供したインターネット イメージ戦争の時代、重要なメディアの多元性 テロは、メディアに報道されることを目 声明はマスメディアの貴重な情報源とな 的として行われる「メディアイベント」で っている。しかし、そのような場合はどち ある。メディアイベントとは、自然発生 らかといえば「例外」で、一般の市民が 的に起こる出来事ではなく、企画当初か マスメディアに登場する頻度がもっとも高 らマスメディアに報道されることを目的と いのは、犯罪者であるか、犯罪の被害者 して実施されるイベントのことをいう。そ である場合だ。 を提供してくれた。 キーワードは「イスラム」 たとえば、Islamicityは米国カリフォル ニア州に本部を置く「イスラム」をキー ういう意味では高校野球やサッカーなど さらに、メディアに登場する人物を人 ワードにした商業目的のポータルサイトで のスポーツ大会もメディアイベントだし、 種別に分類してみると、白人の場合は、 ある。ドットコム企業がポータルサイトを ある一定の社会的影響を狙って行われる 犯罪者以外の場合でも、たとえば市民と 次々に立ち上げていった1990年代後半に デモや討論会、訴訟などもメディアイベ して表彰されたり、市民団体の代表とし は、 Islamicityのような「 国 」 よりも ントである。今日では、国家の行う戦争 て紹介されたりするような形でメディアに 「文化」 「言語」を共通にした人々のため ですらもメディアイベントといえるかもし 登場する場合が多いが、黒人など有色人 の商業サイトが多く誕生している。そこ れない。 種の場合は白人に比べると普通の市民と では、街のスーパーマーケットのように、 して登場する頻度が白人より低く、犯罪 その文化に特有の食品や物がネット経由 者としてメディアフレームに入る場合が多 で販売されたりしているが、新聞・雑 い。白人よりも有色人種のほうが米国の 誌・テレビなどのメディアを見ることもで メディアに悪いイメージで登場する傾向が き、故郷を離れて米国という異国で暮ら あるというわけだ。 す移民の望郷の念を満足させてきた。掲 テロが目指した「メディアフレーム」 2001年9月11日、ニューヨークの世界 貿易センタービルに突っ込んだ「テロリ スト」たちも、事件が世界中に報道され、 国際報道をみると、アラブ系の人々は 示板も用意されていて、特定のテーマに 報道が世界中の人々に衝撃を与えること 米国のメディアに文化的にも誤解され、 ついて議論するフォーラムが提供されてい を目的としていたからこそ、ニューヨーク 歪められた形で報道されている。今回、 たりする。 という世界の情報の中心地を犯行の場に 米国で起きた同時多発テロに関する一連 選んだ。もし、彼らが報道されることを の報道は、実行犯がアラブ系だったこと、 目的としていなかったならば、場所はニ 米国がそれをアラブ系の組織による犯行 ューヨークである必要はなかった。メディ と断定したことで、 「アラブ=悪」という アが報道の話題として取り上げる範囲の 図式が補強される結果となった。 ニスタンが悪者扱いされていることに対す 代替メディアとしてのインターネット 報道偏向が生じる原因として、マスメ 画の一場面のようなメディアイベントを企 ディアが一握りの人々に支配されている 画したことになる。 ことが指摘されている。このような偏向 米国のマスコミュニケーション研究は、 を内包する新聞・テレビなどの主流メデ テレビ・新聞などの内容分析によって、 ィアに対する代替的メディアとしての役割 何がニュースになり、何がニュースになら を期待されてきたのが、インターネットだ ないか、つまり、メディアフレームに入っ った。今回の同時多発テロでも、多くの てくる題材の性質を実証的に明らかにし 人が代替メディアとしてインターネットで てきた。それによれば、マスメディアが取 現地からの情報を入手した。たとえば、 り上げる対象は、圧倒的に政府関係者が 英語のサイトとしての限界はあると思わ 多く、普通の市民が登場する機会は極端 れるが、Islamicity 動が盛んで、NPOや市民団体が発表する 184 インターネット白 書 2 0 0 2 る抗議のメッセージを掲載した。抗議文 は、Afghan Networkは同時多発テロ事 の暴力行為をメディアフレームに入れる ためにニューヨークという場所を選び、映 に少ない。米国は日本に比べれば市民活 Afghan Networkはカナダに拠点をも つサイトだが、同時多発テロ後、アフガ ことを「メディアフレーム」と呼ぶが、言 葉を換えれば、テロリストたちは自分ら 悪者扱いに抗議メッセージ Jump 02 Jump 01 件の犯人は許せないと考えるし、事件の 、Islamway 、Afghan Network Jump 03 など のサイトは、主流メディアとは違う視点 J J 図 1 アフガンの悪者扱いに抗議メッセージを掲載したAfghan Network 犠牲者には哀悼の意を表するが、事件の 時多発テロ事件の犯人たちは、彼ら同士 をとるべきだと明確に主張していた。こ 結果として、アフガニスタンまたはアフガ のコミュニケーションの中で「アメリカ= れに対し、軍事手段によらない平和的解 ニスタン人に悪の「烙印」が押されてし 悪」のイメージを作り上げ、補強してき 決手段がよいと主張していたのは、2コラ まっている現状に対して遺憾の意を表明 たのかもしれない。少なくとも、彼らにと ムだけだったという。Op-Ed欄は、もと するとし、米国の主流メディアを冷静に っての悪の象徴は、世界貿易センタービ もと対立意見を含めた多彩な意見を紙面 批判する内容のものだった。 ルとペンタゴン(国防総省)であったと に掲載するために設けられたものだが、こ いうことだろう。 の調査はOp-Ed欄にすらも戦争反対の意 米国にはインターネットが出現する以 前にも、多数のエスニックメディアが存 第二次世界大戦終結後まもなく書かれ 在しており、マスメディアのフレームに入 たユネスコ憲章の前文は、 「戦争は人の心 ってこない話題を補う役割を果たしてい の中で生まれる。だから、まず、心の中 た。これらのエスニックメディアが、イン に平和を打ち立てなければならない」と ターネットの出現で移民コミュニティーと いっている。20世紀において、戦争は国 いう枠を超えて、文化を同一にする本国 家と国家の間に行われるものだったが、 (本国が複数の場合もある)とも有機的 これからの「戦争」は今回の同時多発テ 見があまり掲載されなかったことを示すも のだった。 メディアの多元性確保のために Fairのような例外はあるが、同時多発 テロ事件以後、愛国的気分が高まる中で に結びつくことで、文化的多元性を国境 ロ事件とそれに続く米国の「報復戦争」 インターネット上で情報発信を行う非営 を超えて実現する役割を果たすようにな の例が示すように、必ずしも国家と国家 利系メディアの国家権力に対する「番犬」 った。 という単純な構図の中で行われるとは限 としての威勢までもが少し衰えたように見 らなくなった。乱暴な言い方になるが、 えたのが気がかりである。同時多発テロ これからの「戦争」は、国際報道が作り 事件以降、日本でも有事関連法案が国会 「アラブ=悪」と「米国=悪」のズレ 上げる、ある特定の善と悪との「イメー に提出されるなど、言論の自由に対する しかし、一方で、米国が同時多発テロ ジとイメージの間」で戦われることになる 国家規制が強化されつつある。 事件の容疑者とみるアル=カイーダのメ のかもしれない。だとすれば、マスメディ しかし、テロがメディアイベントである ンバーらも、インターネットを使って連絡 ア報道の歪みを検証し、批判していく仕 ことを考えれば、進むべき方向は逆だろ を取り合っていたといわれる。 事は、以前にもまして重要な位置を占め う。テロというメディアイベントをなくす ることになるだろう。 ためには、主流メディアの偏向を批判し、 米国政府当局がインターネットの通信 記録をプロバイダーから押収したのは、そ の通信記録をもとに犯人を特定するため それに対抗できるような代替的メディア 米国メディアの偏向を分析 だったが、このような政府の行為に対し が存在すること、つまり、多元的な情報 源が存在すること自体が重要なのではな マスコミュニケーション研究は、これま いだろうか。インターネットは、この代替 を果たすべきである米国のメディアから、 でも報道の歪みを明らかにすることでメデ メディアの役割を果たすものとして期待さ 今回ほとんど批判らしい批判が聞かれな ィアを批判し、戦争を心の中からなくそ れてきたという歴史を持つ。代替メディ かったことは気になる点である。 うという、ユネスコ憲章の実現に向けて アとしての役割を発揮し、メディア全体 努力してきたといえる。もちろん、まだそ の多元性を確保するための具体的施策が の成果は十分ではない。だが、このよう 今、求められている。 て、本来は「番犬=Watch Dog」の役割 米国の主流メディアが「アラブ=悪」 のイメージを構築してきたのと同様、同 な報道分析の伝統を汲む形で、たとえば (吉本秀子 山口県立大学マスコミュニケーション論) 米国のFair(Fairness and Accuracy in Reporting) Jump 04 は、インターネット で報道分析の結果を公開し、メディアの 偏向を明らかにしている。 昨年 11月、Fairは同時多発テロ事件 直後3週間のニューヨークタイムズ紙とワ シントンポスト紙のOp-Ed欄(反論欄) に掲載された合計 184のコラムの分析結 図2 報道分析の結果を公開、メディアの偏向を明らかにしたFair Jump 01 果を公開した。その結果によれば、184の www.Islamicity.com Jump 02 www.english.islamway.com 記事のうち、44の記事がテロに対する軍 Jump 03 www.afghan-network.net J Jump 04 www.fair.org 事的な対抗措置(military response) J インターネット白 書 2 0 0 2 185