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和文要旨

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和文要旨
基調講演
ポール・クルーグマン
プリンストン大学教授
(配布資料を踏まえた意訳・捕捉を含む)
この講演においては、まず空間経済学の概念的な枠組みを紹介し、後半ではアジアの地
域統合について触れる。
空間経済学について考える場合にまず必要なのは、国家を唯一の単位と見る見方からの
脱却が必要である。同じ国内でもアメリカの東西海岸のように EU の東西を結んだ距離以
上に離れている場合もあれば、カナダと米国の隣接する州は、国は違うが密接な関係にあ
る場合もある。
まず、空間経済学を考える4つの前提について提示したい。そのうちの2つは、アジア
の地域統合にも密接な関連を持っている。第1は、輸送コスト、あるいは遠距離でビジネ
スを行なうコストが重要であるという点である。今日では輸送や通信の技術が発達したが、
それでも 100 マイル離れた相手と 10000 マイル離れた相手ではビジネスをするコストが違
う訳で、距離が経済活動に与える影響は依然として大きいと言える。第2に、自国市場の
大きさが生産・貿易に影響するという点である(注:一国は、自国市場からの需要の大き
い製品をより多く生産し、海外に輸出する傾向があるという Home Market Effect 理論)。
第3は、集積がさらなる集積を生むと言う、自己強化型プロセスの存在である。第4に、
国境線の重要性である。経済関係にとって重要なのは、物理的な空間だけでなく、人為的
に定められた国境もまた重要な意味を持っている。
空間が経済活動に与える影響を示すモデルとしては、グラビディ(重力)モデルが良く
知られている。これは、2国間の貿易量は、両国の経済規模の積に比例し、両国間の距離
に反比例するというモデルである。図1(横軸:EU 全体を 100 とした時の EU 各国の GDP
規模(%)
,縦軸:米国と EU 全体の貿易額を 100 とした時の EU 各国の対米国貿易規模(%))
を見ると,EU 各国の米国との貿易量は、その経済規模とほぼ比例していることが分かる。
アイルランドは経済規模に比して相対的により多くの貿易を米国と行っているが、これは
米国がアイルランドに行った直接投資による効果と考えられ,オランダおよびベルギーの
貿易金額の相対的高さは同国国内の大きな貿易港の存在が理由として挙げられる。
ここで図1の国にさらにカナダ、メキシコを加えた同種の図2を見ると,カナダおよび
メキシコは EU 各国よりも経済規模に比して圧倒的に米国との貿易額が大きい。つまりこ
れは米国とカナダ、メキシコの距離が近いためである。スペイン程度の経済規模しか持た
ないカナダがスペインの 12 倍も米国と貿易を行っているのは地理的近接性が理由である。
NAFTA は米国、カナダ、メキシコという地理的に近接した国同士の経済統合であるため自
然な統合であるといえる。要するに,距離は経済関係を考える際に重要なのである。
一方、図3(カナダのブリティッシュ・コロンビア州の国内各州および米国各州との州
間交易)を見ると、例えばカナダ国内のアルバータ州との交易の方が距離的にはより近い
米国のワシントン州との交易よりも大きい。具体的には国境は 2000 マイル程の距離がある
のと同じ効果を持っていることが計算すると分かる。つまり、地理的な距離とともに、人
為的な国家の枠組みも依然として重要なのである。
次に、ホームマーケット効果について考えてみたい。これは、大きな自国市場を持つと
いうことは、ある製品を輸出する上で有利に働くということを意味する。これは、規模の
経済(注:例えば大きい規模になるほど平均生産コストが下がる効果)と密接な関連を持
っている。この効果が実際に機能しているかどうかについても詳細な分析が行われつつあ
る。
第3に、自己強化型プロセスの存在であるが、これは、一時的な些細な出来事が大きな
恒久的な影響を及ぼす可能性があることを意味している。いわゆる「複数均衡」である。
これについては賛否両方の実証研究がある。例えば戦争で爆撃を受けた日本の諸都市は,
爆撃による被害の大小に関わらず戦後になってほぼ戦前と同じ規模にまで回復したという
研究成果がある(注:つまり爆撃の大小という影響が後に大きく拡大することはなかった)。
一方、アメリカでは第2次世界大戦時の一時的な軍事産業の立地が、戦争終結後の産業立
地に大きな影響を与えたという研究もある(注:すなわち、自己強化型プロセスの存在を
意味する)。
それでは、地域統合に話を戻そう。輸送コスト、通信コストが低下した現在の世界にお
いて、距離は意味を持たなくなったのか、という点について考えてみよう。図4は 1910 年
と 1996 年で、イギリスの輸出先を比較したものである。距離が意味を持たなくなったと考
えられる現代の方がかえって近隣のヨーロッパ諸国への輸出が拡大しているのである。こ
のパラドックスは、次のように説明できる。1910 年当時は輸送・通信コストが大きかった
ため、貿易が成立するのは生産コストに大きな差がある場合、さらには自国では生産でき
ないものを輸入する場合であった。長距離の貿易が多かったのは、このためである。
ところが、輸送コストや通信コストが低下すると、遠隔地での生産管理が容易になり、
多くの国が製造業品を生産することができるようになった。図5は過去 40 年間における途
上国からの工業製品および農産品輸出シェアを示している。これを見ると、過去 40 年の間
に熱帯地域という立地からくる比較優位(注:他国より生産において相対的に優れた点)
により農産品輸出が高かった途上国の役割が、低賃金に基づく工業製品の輸出へと完全に
変化したといえる。次の段階として工業品の中でもより差別化された財を近隣の欧州諸国
より輸入することが増えてきたものと考えられる。
次に、アジア経済の現状について話すことにしよう。図6はアジア NIES の経済成長率
を示すが、成長率がかつてよりは低下して最近は 3∼4%で推移しており、これは(自分が
かつて行った)「アジアの奇跡という神話」(注:世界銀行が「東アジアの奇跡」で注目し
た東アジア諸国の高成長は、実は農村部から都市部への人口移動による労働移入など資源
投入型の発展であり、余剰人口が枯渇すると停滞する一過性の現象にすぎず、
「奇跡」は「神
話」にすぎないという議論)に関する議論と整合的である。
図7はアジア域内貿易を取り上げているが、1990 年と 2003 年で比較して、アジア域内
貿易にそれほどの変化は生じていない。実は大きな変化は中国に関して生じていることが
図8における日本の中国向け輸出シェアの拡大傾向から分かる。ただ、中国の経済発展に
よって、日本が特別に強い影響を受けた訳ではない。日本から中国への輸出が約5倍にな
ったのと同時に、世界の中国への輸出もまた5倍に伸びているのである。
現在、アジアの貿易のうち約半分を域内貿易が占めている。これは、EU には及ばないが、
かなり強い域内の経済関係であるといえる。中国の貿易の伸びが、これに大きな影響を与
えている。中国経済が順調に発展すると考え、また、経済地理学は距離の重要性を説いて
いる。この2つを考え合わせると、日中の貿易関係は、今後非常に重要になってくると言
えるだろう。
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