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メタファの心理学的研究 - 愛知教育大学学術情報リポジトリ
愛知教育大学研究報告,31(教育科学), pp. 165 180, February, 1982 メタフアの心理学的研究 -その理論的および方法論的検討子 安 増 生 Masuo KOYASU (心理学教室) I.序 言 比喩表現の一形式としてのメタファ(metaphor)の研究は,ギリシアの哲学者アリスト テレス以来の伝統があるが,近年までは,修辞学や文体論などの比較的マイナーな領域で 問題とされるにすぎなかった(一例として, Richards, 1936)。 しかし,最近では,認知科学や意味記憶の理論の展開とともに,メタファの心理学的研 究が盛んになりはじめた。たとえば, Lakoff & 展望したD. A. Norman編の“Perspectives Johnson (1981)は,最近の認知科学を on cognitive science " の1つの章の中でメ タファの構造を分析し,メタファの概念が日常の概念体系においてのみならす科学理論に とっても重要であると述べている。このような背景にあって, タファに関する研究が頓に目立つようになっている。本稿では, Reynolds,& Arter (1978)や藪内(1981 1970年代の後半から,メ Billow(1977), Ortony, )の文献展望を参照しながら,メタファの心理 学的研究について,理論的および方法論的な面から検討を加えていくこととする。その前 段階として,メタファとは何か,メタファにはどのような種類があるかについてます考え てみよう。 Ⅱ.メタフアの定義と分類 メタファは,いわゆる比喩表現の一種であるから,最初に上位概念である比喩について 考える。比喩とは,ある表現をおこなうときにことばを文字通り(literal)に用いるのでは なく,何か別のものの「たとえ」として用いることだと言えよう。たとえば, Time is money. (時は金なり。) という表現では,時間とお金がある物理的次元において等しいという意味はまったくなく, 貴重なもののたとえとして「金」を用いているにすぎない。 では,「時は貴重である。」と言わすに「時は金なり。」と表現するのは何故であろうか。 中村(1977b)は,比喩表現を用いる目的を次の2つに大別した。 「一つは,話し手の伝えたい物や事がらについて聞き手が予備知識をもっていないので, そのままストレートに表現したのでは理解してもらえないと話し手が判断して,その代 わりに,聞き手の知っている範囲からそれに似たものを見つけ出し,そちらをもち出す -165- 子 安 増 生 ことによって,自分がほんとうに伝えたい物や事がらを相手に類推させる場あいである。 もう一つは,話し手が伝えたい物や事がらについて聞き手が一応知っていることが話し 手にはわかっているのだが,話し手としては,ただ伝えるだけでなく,深く印象づけた いので,そのままストレートに言い表さすに,自分の伝えたい物や事がらと共通性があ り,しかもその点でもっと程度がいちじるしいというような他の物や事がらを持ち出す ことによって強調したい場あいである。」(P. 11) つまり,比喩は,一つは文字通りの表現が可能でない場合の代替措置として,もう一つ は表現をより効果的におこなうための手段として用いられるのである。修辞学が取り扱っ てきたのは,主に後者の側面についてであった。 ところで,日本語の「比喩」に相当する英語のことばを探してみても,ぴったりあてはま るものがないようである。比較的よく用いられるのぱfigure of speech ″ という言い方 で,「詞姿」とか「文彩」と訳されるものであるが,これには「たとえ」に関するものだけ でなく,たとえば。 Give よ。 me liberty , or give me 一 Patric Henry というような対照法( “figure death. (我に自由を与えよ,さもなくば死を与え のことば。) antithesis )までも含まれるのである。また,使用頻度は高くないが, of speech " の類義語としでtrope " という言い方もある。しかし,いすれにせ よ,日本語の「比喩」と正確に対応する英語の表現は見当たらないのである。 原因は,日本語の「比喩」にしても,英語の“figure このことの of speech ″や“trope ″ にしても, その概念の境界が明確でないことによるのではないだろうかと思われる。中村(1977a, 1977b)は,比喩の様々な分類を検討して,定義と分類が明確なのは直喩( 喩(metaphor)・諷喩( simile )・隠 allegory )の3つだけであり,他に活喩(personification)・提喩 (syneCdoche)・換喩(metonymy)・ 引喩( allusion )・張喩(hyperbole)・声喩 (onomatopoeia)などが区別されているけれども,それぞれの意味するものは必すしも明 確でない,と述べている。ここで,直喩・隠喩・諷喩とは次のようなものを言う。 (1)直喩:「あたかも」,「まるで」とか「ようだ」,「ごとし」,「みたいだ」ということばが 用いられ,たとえるものとたとえられるものが表面上区別される形式である。例として, 「疾きこと風の如し。」 (2)隠喩:「まるで」や「ようだ」のような説明語がつかす,比喩であることが表面上は隠 れているものをいう。先の「時は金なり。」がその一例である。 (3) 諷喩:真に伝えたいことを他の事がらに移しかえて表現するものである。たとえば, 「出る杭は打たれる。」という表現では,杭そのもののことを言っているのではなく,杭で 「でしゃばる人間」のことをあらわしている。 以上の直喩・隠喩・諷喩が比喩の最も中心的な形式であることは,日本語だけでなく英 語においてもあてはまるようである。 しかも,英語においては,“metaphor"がさらにそ の中心を占めるのである。比喩に関する英語の文献の大部分のタイトルが“metaphor ″ またはその形容詞形の“metaphoric(al)"という語を含んでおり,“simile'や“allegory・ をタイトルの中に用いたものは皆無に近い(例外は, Malgady,1977)。 しかし,“meta- phor ″ の中に直喩と隠喩の両方を入れたり,あえて両者を区別しない研究は少なくない (Gardner, Kircher, & Winner, 1 9 7 5 ; Ortony, -166 - Reynolds ,& Arter, 1978 ; Verbru- メタフアの心理学的研究 gge & McCarrell, “metaphor 1977; Winner, Engel, & Gardner, 1980など)。比喩表現の中で *は代表格であり,このことばで比喩全体をあらわすことさえある。特に,“me- taphoricCal)"は「比喩的」の意味で使われることが多い(このことは,部分が全体をたと える「提喩」の例となっている)。このような事情から,本橋でメタファという場合には, 隠喩そのものの他に,表現形式は異なるが基本的に類似している直喩と諷喩を含めたもの を指すこととする。 では,これまでメタファはどのように定義されてきたのであろうか。3種類の定義例を 下に引いてみる。 「メタファは,二つの別々の単語またはより大きな文の要素を,類似性の次元またはア ナロジー的な関係によって互いに関係づけるような一つの詞姿である。」(Billow, 1981, p. 430) Fメタファは,単語・句・文またはより大きな言語の部分かその習慣的な文脈から新し い領域へ移されるようなーつの詞姿である。」(Winner, 1979, P. 471) 「メタファは,その最も基本的な意味では,差違の直っ只中の類似性である。」(Kogan, Connor , Gross , & Fava, 1980, P. 1 ) 以上の定義は,いすれも完全なものではないが,「類似性」ということばが重要なキー・ ワードとなっている。この点については,後のメタファの理論の検討の時にとりあげる。 また, Koganらの定義は非常に抽象的でつかみどころがないが,これは,後に示すように, メタファを非言語的表現(視覚的メタファ)に拡張することを前提としているからである。 しかし,この問題はさておいて,ますメタファの基本的な形式から考えてみることにしよ う。 「時は金なり。」を再び例にとると,・この文の主題となる「時」のことをトピック( topic または主意(tenor)と言い,「金」のように比喩的に用いられているものを媒体(vehide )とよぶ。なお,主意一媒体という区別を最初におこなったのはRichards (1936)で ある。また,「時」と「金」とに共通するものーたとえば,「貴重さ」などーのことを グラウンド( ground)と言う。以上の説明で隠喩と直喩については記述できるが,諷喩に ついてはうまくいかない。「出る杭は打たれる。」という文をトピックー媒体という関係で 分析することはできない。 Billow(1975, 1977)は,メタファを類似性のメタファ(similarity 例的メタファ(proportional metaphor)と比 metaphor)とに区別することによって,謳喩をメタファの中 に取り込んだ。類似性のメタファは。 Hair is spaghetti 。 (髪はスパゲティだ。) のように,トピック(髪)と媒体(スパゲティ)が共有されたグラウンド(細く長い)を 持つ形式のものを言う。これに対し,比例的メタファは,4つ以上の要素が関連するもの で,たとえば。 My head is an apple without any core. (私の頭は芯のないリンゴだ。) という表現では。 (head:apple):( brain : core ) という比較がおこなわれている。つまり,比例的メタファはアナロジー(analogy)に近い 表現である。なお,この比例的メタファは, Billowのオリジナルな分類ではなく,既にア -167 - ) 子 安 増 生 リストテレスが『詩学』の中でおこなっているものである(橘, 1969)。以上のように考 えると,先の「出る杭は打たれる。」は,A(杭)とB(打たれる)の関係を表面上述べて いるが,実はC(出しゃばる人間)とD(頭を押さえつけられる)の関係を暗に示してい るわけである。 以上で,メタファの中に隠喩・直喩・諷喩を含めて考えられることが示された。次に, メタファのもう一つの分類を考えてみる。それは,M.Br6a1の分類による凍結メタファ (frozen metaphor)と新奇メタファ(novel 1978 ; Pollio &Pollio, metaphor)の区別である(Ortony et al., 1979)。凍結メタファとは,一度は新しいメタファであった表現が, 繰り返し用いられて言語の一部になりきったものをいう。たとえば。 the bonnet of a car (自動車のボンネット) と言うとき,ボンネットの原義である婦人帽のことを真っ先に思い浮かべるものはないだ ろう。このように,元来はメタファであったものが,言葉として定着すると,メタファの 意識が薄くなってしまう。そこで,凍結メタファのことを透明のメタファ(transparent metaphor)とも言う( Billow. 1977)。 メタファの定義と分類の問題は以上で尽きるわけではないが,次に,理論面からの検討 にうつる。 Ⅲ。メタフアの理論一類似性の問題 メタファの心理学的理論に関する研究は,まだその緒についたばかりと言ってよいが, 類似性のメタファにおけるトピックと媒体との類似性をめぐって検討がおこなわれている (Ortony, 1979; Tourangeau & Sternberg, 1981 )。 Ortony(1979)は,トピックαと媒体&の間の知覚された類似性s(a,b)が。 という式であらわされると仮定した。ここで,/1と召はaとかの特徴の集合,fAと/fBは AとBの値に基づく突出性( salience )の測度,θ・α・βはパラメータをそれぞれ示して いる。 (1)式がメタファを示している場合,AとBとの結び(A∩B)はグラウンドをあらわし, これが空集合であってはならない。 この(1)式は,あくまで理論的なものであって,個々の項やパラメータを算出する方法は 明示されていないが,次のように解釈することができる。ます, Ortonyの挙げた以下の 文例を考えてみよう。 例1. Billboards are like placards. 例2. Billboards are like warts. 例3. Billboards are like pears. (掲示板は西洋ナシのようなものである。) 例4. Chairs are like syllogisms. (イスは三段論法のようなものである。) 例5. Sleeping pills are like (掲示板はプラカードのようなものである。) (掲示板はコブのようなものである。) sermons. (睡眠薬はお説教のようなものである。) 例1は,いわゆる文字通りの比較を示している。掲示板(項目a)とプラカード(項目 0は,大きさや形状が少し異なるだけで,その機能はほぼ同じと考えてよい。この場合, A∩Bの内容は豊富だが, A ―BとB一Aの内容は僅かなので,両者の類似性s(a, -168 - b) メタフアの心理学的研究 は極めて高くなる。しかし,ここにはメタファの要素は殆ど含まれていない。 次の例2は,文字通りではない比較である。コブ(項目b)において高く,掲示板(項 目a)において低い突出性一一たとえば,「醜いこと」などー一一が存在する。この場合には, 直喩の関係が成立する。 例3や例4の場合には,項目aとbの間に殆どまたは全く共通する属性が存在しない。 この場合には,当然s(a,b)は小さくなる。 例5では,「眠くさせるもの」という共通属性が存在するが,これはaでは突出性が高い 力bでは低い。この場合には,逆転した直喩が知覚される(一般的に,メタファは,トピ ックと媒体を入れかえると成立しないという意味で,非対称的と言われる)。(1)式におい て,右辺の第一項がfB(A∩B)となっているのは,項目bの突出性の高さがメタファを 構成する際に重要であることを示すものである。 Ortonyは,メタファがメタファたるには,媒体の高い突出性の属性がトピックの低い突 出性の属性に適用可能であり,他方トピックに適用することの全く不可能な媒体の高い突 出性の属性の存在することが必要である,と述べている。さらに,認知心理学で重要なス キーマ(schema )の概念との関連では,「aはbである。」または「aはbのようである。」 と言うとき,聞き手のaについてのスキーマの中に,それまでは存在しなかったbのある 突出した属性を取り入れるように求めていることになる,と説明している。 以上のように,類似性に関するOrtonyのメタファ理論は,それ自体は非常に興味深い が,いくつかの問題点も含んでいる。まず第1に, Ortonyの理論は,データによる検証の 手続を経ておらす,しかも,検証を可能にする道さえ示されていない。第2に,これは類 似性のメタファに関する理論であって,比例的メタファについて取り扱うことができない。 第3に, Ortony自身も述べているように,メタファ性( て扱うものであって,メタファの質や適切性(aptness Tourangeau & Ste・rnberg (1981 )は, metaphoricity )の問題を主とし )の問題はあまり考慮されていない。 Ortonyの理論を基本的に継承しながら,上 述の第1と第3の問題に答えようとした。彼らは,まず類似性を領域内類似性(within domain similarity )と領域間類似性(between - domain similarity )に分けた。領域内 類似性とは,ある項目がその属する集合の他の要素と相対的に類似した位置を占める程度 のことであり,領域間類似性とは,その集合が互いに類似する程度のことである。この2 つの類似性は,次のような手続で操作的に定義された。 2つの実験に先立って,実験材料として用いられる項目間の距離が測られた。大学生の 被験者に,鳥・陸上の哺乳類・海の生物・船・航空機・陸上の乗物・アメリカ合衆国の歴 史的人物・現代の世界の指導者の8領域のどれかの20項目を順次与え,7段階評定形式の 21のセマンティック・ディファレンシャル尺度で評定させた。この尺度は,力(「強い」な ど),威信(「尊重される」など),攻撃性(「好戦的」など)のいすれかに関わるものとして 選択された。この他に,領域の名称について同様の評定をおこなう被験者群が用意された。 これらの評定の結果を因子分析したところ,18のセマンティック・ディファレンシャル尺 度について,「カー攻撃性」と「威信」の2因子が得られ,また,8つの領域については「動 物」・「乗物」・「人間」の3因子が得られた。この結果を利用して,任意の2つの項目の 非類似性(dissimilarity)が計算される。 たとえば,「白鳥」と「戦車」の全体的非類似性 - は,すべての鳥と陸上の乗物の差(領域間次元)と,白鳥と他の鳥および戦車と他の陸上 169 - - 子 安 増 生 の乗物を区別するもの(領域間次元)の両方によって影響を受ける。そこで,一般に項目 /AとBの間の全体的非類似性d(A.B) というユークリッド距離によって定義される。ここで,nま次元数(この実験の場合,全 体的非類似性ではn=5), aiとbiは次元iの座標上のAとBの位置を示す。この同じ式 によって,領域内距離n=2)と領域間距離(n=3)も算出できる。 次に,実験1では,別の大学生を対象に。 The owl is the horse among birds. (ふくろうは鳥の中の馬である。) というような64のメタファ文について,「良い一悪い」,「適切一不適切」,「おもしろい一 つまらない」,「好ましい一好ましくない」の4尺度で9段階評定を求める手続がとられた。 この4尺度は互いに相関が高く,4尺度の合計点を「メタファの質」と定義した。メタフ ァの質と非類似性の関係の結果は,次のようになった。 (1)領域間非類似性とメタファの質との間には,有意な負相関が見られた。 (2)領域内非類似性とメタファの質との間には,有意な正相関が見られた。 (3)全体的非類似性とメタファの質との間には,有意な相関関係がなかった。 このことを言いかえると,トピックと媒体の間の領域内距離が増加するほどメタファは 悪くなり,両者の領域間距離が増加するほどメタファは良くなるというものである。 次いで実験2では,メタファの媒体の部分が空所になっていて,4つの選択肢の順序づ けをおこなうという課題を用いて,媒体として選ばれやすい項目と非類似性との関係が検 討された。課題は2種類あり,被験者はどちらかの形式のみについて32のメタファが与え られた。第1は, among A crab is a sea creatures. (蟹は海の生物の中の ある。) の空所に入るものとして。(1) tiger,〔2〕mongoose, (3) rat, (4)horseの4つを順位づけ させるものであり。選択肢はすべて同一の領域に属している。第2は, A blue whale is a 一一 among sea creatures. (シロナガスクジラは海の生 物の中の一__である。) の空所に入るものを, (1)Killer whale, (2)Giscard d' Estaing (人名), (3) satellite (4)lion の中から順位づけさせるもので,選択肢はすべて異なる領域に属している。この実験の結 果は次のように要約できる。 (1)媒体として選ばれた順位と領域内非類似性との間には有意な負相関があった。 (2)媒体として選ばれた順位と領域間非類似性との間は無相関に近い。 (3)媒体として選ばれた順位と全体的非類似性との間の相関値もきわめて小さい。 つまり,実験1と2とでは,領域間非類似性の効果が一貫しないことが分かったのであ る。 Tourangeau & Sternbergの研究は,トピックと媒体の類似性とメタファの適切さの問 題を実際のデータに基づいて分析しようとした点に意義がある。しかし,データ収集の方 法においてかなりの独断と強引さを感ぜざるを得ない。そのことは, Tourangeau rnberg自身も論文の中で反省している。具体的には,領域内非類似性が僅か2つの次元に よって規定されている点やメタファの適切性を研究するにしては余りにも不自然なメタファ -170 - & Ste - メタファの心理学的研究 を用いる結果になったことなどである。 メタファを類似性の問題として検討していく場合に,理論を実証的水準で検証するため の方法の洗錬が今後の最も重要なポイントとなるに違いない。そこで,これまでメタファ の心理学的な研究法としてどのような手続がとられてきたかを,次にまとめてみよう。 IV.メタファ研究の方法論 既述のように,メタファはこれまで主として文体論や修辞学の分野で研究されてきた。 最近の本邦の研究では,日本の文学作品に見られるメタファの体系的分類をおこなった中 村(1977a)の報告は,文体論的メタファ研究の一つの成果であると言える。しかし, メタファは,文学作品というある意味で特殊な分野にとどまらす,われわれの日常の言語 と思考や科学の言語と思考においても重要であり,ここにメタファの心理学的研究の必要 な理由があるのだと言える。では,メタファを心理学的に研究するというのはどういうこ とであるのか。この問いに対する直接的な答にはならないが,Po1io & Polio(1979) は,児童がメタファを修得したと言うためには, (1)メタファの産出(production):メタファの言語を意味のあるやり方で使えること, (2)メタファの説明(explication (3)メタファの理解( ):メタファの言語の理由と方法を説明できること, comprehension ):他者が用いるメタファの言語の意味を理解でき ること, の3点が必要であると指摘している。メタファの産出・説明・理解の過程を調べることは, 確かにメタファ研究の基本的問題と考えて良いが,これを別の観点から補足すると次のよ うになる。 メタファの心理学的研究には,大別して2つの方向がある。第1は,メタファを刺激と して被験者に呈示し,その反応を観察するものである。メタファを呈示してその意味する ところを説明させる課題がこの代表的な例である。第2は,メタファが反応となるもので, メタファに関する様々な反応を規定する要因を分析していくものである。刺激としてのメ タファと反応としてのメタファが人間の言語および思考体系の中にどのように位置づけら れるかを調べることが(抽象的な表現であるが)メタファを心理学的に研究することの目 標であると言ってよいだろう。この点が,メタファ使用を個性記述的に調べる文体論的研 究や,メタファ使用の効果性を主として問題にする修辞学的研究とは趣を異にしている。 では,これまでにメタファの心理学的研究においてどのような方法がとられてきたかを まとめてみよう。以下に示すのは,筆者がおこなった分類の結果である。 1 1.1 言語的メタファ 観 察 法 これは,メタファの産出についてある場面を設定して観察していく方法で,特に幼児期 のメタファの発達を調べる場合にとられる。 Billow(1981 )では,2歳7ヵ月から6歳O力月の男児34人と女児39人を対象に,保 育園または幼稚園において,自由遊び中の言語行動が観察された。観察時間は1回30分で, - 1ヵ月間隔をあけて2度おこなわれた。その結果, 171 134の観察単位のうち,83のメタファ 子 安 増 生 が記録された。被験児の年齢を4段階に分けて調べると,むしろ年少児ほどメタファ出現 率が高いという結果が得られた。メタファの産出それ自体は,就学前児でも十分可能なの である。 Winner (1979)の研究では,一人の男児を2歳3ヵ月から4歳10ヵ月過ぎまで追跡し て観察する手続がとられた。 2週間または1ヵ月に1度,2名の調査者が被験児のところ を訪れ,1人は遊び相手になり,もう1人が記録をとった。初期の頃のメタファは動作を 伴うが,後になると動作を伴わないメタファの割合が多くなることなどが示された。 メタファの研究に限らないが,観察法は,最も基本的であると同時に,最も洗錬度の低 い方法であると言える。 1.2 パラフレーズ法 メタファやメタファを含むことわざを呈示し,その意味するところを説明させる手続を 一括してパラフレーズ法とよぶことにする。 Richardson & Church (1959)による,7 歳10ヵ月から12歳5ヵ月の児童64人に7種のことわざの意味を説明させた研究は,メタフ ァそのものを調べたものではないが,比例的メタファを取り扱ったものとして比較的古い 時期に属するものである。 パラフレーズ法の最も基本的な形式は,メタファ文を呈示し,その反応となるパラフレ ーズを何らかの形で評定して得点化するものである。次に,その研究例をいくつか引いて みる。 BiUow(1975)は,メタファの理解と認知的能力の関連性について,類似性のメタファ と具体的操作の思考,比例的メタファと形式的操作の思考がそれぞれ結びつくと仮定し, 5 ・ 7 ・ 9 ・11・13歳児各10人を対象に以下のような実験を行った。ます,第1段階では, 全年齢群に12のメタファ文を次々に読みあげてその解釈を求め,さらにもう1度,メタフ ァの内容を表現する絵とともにメタファ文を呈示して解釈を求めた。メタファの内容を表 現する絵というのは,たとえば。 The branch of the tree was her pony. (その木の枝は彼女の仔馬だった。) に対して,女の子が木の枝にまたがった絵のことを言う。また,具体的操作の思考は,集 合の包含関係の理解について調べられた。実験の第2段階では,9 ・11・13歳児を対象に 比例的メタファとことわざが12問すつ与えられた。形式的操作の思考は,組合せの推理の テストによって測られた。以上の実験の結果, (1)メタファの正しい解釈のパーセントは,類似性のメタファと比例的メタファのどちら についても,年齢とともに上昇すること, (2) 13歳児群以外は,絵の呈示によって正しい解釈のパーセントが10%以上向上したこと, (3)類似性のメタファと具体的操作の思考の間には有意な相関が見られたこと, (4)比例的メタファと形式的操作の思考の間にも有意な相関が見られたが,ことわざと形 式的操作の思考の間には関係がなかったこと, などの知見が得られた。 メタファの理解と操作的思考の関係をパラフレーズ法で調べたものの別の例としては, Cometa & Eson(1978)の実験がある。この実験では,被験児の思考が具体的操作の 段階か形式的操作の段階かを決める手続が,先のBillowの研究よりも少していねいにおこ - なわれ,いわゆるPiagetの課題のうち,量の保存・交差マトリックス・化学問題の3種が 172 - メタフアの心理学的研究 テストされた。メタファのパラフレーズは,その十分さについて5段階に評定され得点化 された。さらに,この実験では,メタファのパラフレーズを説明することが要求された。 つまり, Cometa & Esonは,メタファのパラフレーズとその説明を別のものと考えてい るのであるが,この区別が妥当であり必要であるかどうかは疑問であると筆者は考えてい る。それはさておき,操作的思考の段階が上がるほど,十分なパラフレーズが増加する傾 向が結果において見られたのである。 パラフレーズ法によるメタファの発達的研究の例としては,以上の他にも,直喩理解と 創造性・言語性知能・読みの能力などとの関係を調べたMalgady ーズ法と次に述べる選択法との比較をおこなったWinner, (1977)や,パラフレ Rosenstiel, & Gardner (1976) などがある。後者については,後に取り上げる。 次に,パラフレーズ法のヴァリエーションとして, Harris (1976)の研究を挙げるこ とができる。これは,大学生28人を対象とし,材料としてシェイクスピアの戯曲から36の メタファを選んでおこなわれた。この実験では,単にメタファをパラフレーズさせるだけ でなく,メタファ呈示からパラフレーズがはじまるまでの潜時を測ったり,終了後にメタ ファ文を自由再生させる手続がとられた。しかし,これによってメタファ理解の2段階処 理モデルを検証しようとする試みは失敗に終わっている。 パラフレーズ法もまた,パラフレーズした結果を評定する手順が含まれる点で,洗錬さ れた方法とは言い難い。 Ortony et a1. (1978)は,「メタファの力は,パラフレーズでき ない点にある。」(P. 922)と述べているが,これは含味すべき言葉であると筆者には思え るのである。また,パラフレーズ出現までの潜時を測度とするHarris (1976)の方法は, 理論的根拠が稀薄で,単なる思いつきの域を出ていないように思われる。 1.3 選 択 法 選択法には,大別して2種類がある。一つは,パラフレーズ法のかわりに,メタファの 意味するところを説明した文を含むいくつかの文の中から最も適切なものを選択させる形 式である。もう一つは,メタファの媒体(またはトピック)の部分を空所にした文を呈示 し,その部分に入る語句として最も適切なものをいくつかの選択肢の中から選ばせる形式 である。 ます,パラフレーズ法のかわりに用いられる選択法の例を挙げてみよう。 Winner, Rosenstiel, & Gardner (1976)は,メタファの理解の発達を魔術的段階・換 喩的段階・原始的メタファの段階・真正メタファの段階の4つに分け,それぞれの例とな るメタファの説明文を選択肢として用意した。たとえば。 After many years of working at the jail,the prison guard had become a hard rock that could not be moved. (多年にわたって牢獄で働いた後,その看守は動か すことのできぬ固い岩となった。) というメタファ文に対し,記述されていることを文字通りに受けとり,「人が岩になる。」 という魔術的解釈をおこなうことを魔術的段階,2つの項目を何らかの形で結びつけよう として,「看守は岩だらけの牢獄で働いた。」というような解釈をおこなうことを換喩的段 階,魔術や換喩的反応よりはましだが,まだメタファの真意をとらえることができすに「看 守は筋骨たくましく。岩のようである。」と理解することを原始的メタファの段階,そして, メタファのグラウンドを正確にとらえて「看守は囚人に対し手強い存在となった。」と理解 -173 - 子 安 増 することを真正のメタファの段階と言うのである。 生 6・7・8・10・12・14歳児計180人 を対象としておこなった実験の結果,魔術的段階は7歳,換喩的段階は6歳がピークであ り,真正メタファの理解は10歳ごろから増加することがわかった。同じ著者たちにょる次 の報告(Winner, Engel, & Gardner, 1980)では,選択肢の内容として,適切なメタフ ァの説明文,不適切なメタファの説明文,トピックに対する連想を含む説明文,媒体に対 する連想を含む説明文の4種が構成されている。 さらに, Pollio & Pollio(1979)では,17の凍結メタファと17の新奇メタファのそれ ぞれについて,正しいメタファの解釈を示す文,誤った比喩的解釈を示す文,2つの誤っ た文字通りの解釈文の4つが選択肢として与えられる手続がとられた。被験児は,4 8 年生149人であった。正しい選択について結果を分散分析にかけたところ,年齢の主効果 とメタファの種類の主効果が有意となった。つまり,7年生までは正しい選択率が上昇し たことと,凍結メタファの方が新奇メタファよりも正しい選択率が高かったことの2点が 確証されたのである。 次に,選択法の第2の種類についての説明にうつる。メタファの空所を埋めるために選 択肢を用意するという手続を用いた比較的初期の研究として,大学生を被験者としたKoen (1965)の実験がある。ます,予備手続として,雑誌や詩集からメタファに関連する42文 を選び,各文についてそのメタファの媒体語(METと略す)を取り出し,その部分に入 る直接的なことばを被験者に入れさせる。その結果,最も頻度の高かったものをその文の 文字通りの語(LITと略す)と定義する。たとえば。 ITCHES The sandpiper ran along the beach, leaving a row of tiny ARKS sand. (いそしぎが浜辺を走り,砂に小さな 縫い目 in the ST を残した。) しるし という文ではSTITCHESがMET,MARKSが・LITである。被験者は,各文を完成する のに良いと思う方を選択することが要求されるが,そのとき次の手がかり語セットのどれ かが同時に示される(被験者間条件)。それは,あらかじめ調べられたMETとLITの連 想反応語から, METとLITの共通連想語のうち最も頻度の高い2語とMETに特有な 連想語のうち最も頻度の高い2語を選んで構成されたMセット, METとLITの最頻共 通連想語2語とLITに特有な連想語のうち最も頻度の高い2語から成るLセット,およ び, METとLITの共通連想語から上位の4語を取り出して作ったKセットの3種類で ある。上の文例では。 Mセット:prints, indentation, imprints, thread。 Lセット:prints, dents, imprints, legs。 Kセット:prints, scratches,imprints, trail. となった。この実験の結果,Mセットが手がかりとして与えられるとMETが選ばれやす く,Lセットが手がかりとして与えられるとLITが選ばれやすいという知見が得られた。 第2の研究例は, Gardner, Kircher, Winner, & Perkins (1975)である。この実験で は,4・7・11・14・19歳の被験児131人に18のメタファ(正確には直喩)が呈示された。 メタファの呈示には, He looks as gigantic as .(彼は 174 と同じくらい巨大だ。) M メタフアの心理学的研究 という短文のみのS型,この短文の前にメタファのエンディングを暗示する2文がついた M型,短文の前に特にメタファのエンディングを暗示しない2文がついたN型の3種類が あった。はじめにそれぞれのメタファの空所に最も適切と思う語を自由に入れさせた後, 4つのエンディングの中から1つを選択させた。この4つのエンディングは,文字通りの 表現(たとえば「この世の最も巨大な人物」),慣習的に用いられる表現,適切なメタファ, 不適切なメタファのそれぞれを含むものだった。選択法の結果では,4歳児のみ不適切な メタファの選択率が高いこと,年齢とともに文字通りの表現が減少し適切なメタファが増 加することなどの知見が得られた。 第3の研究例は,既に述べたTourangeau & Sternberg (1981)のものであるが,ここ では繰り返さない。 上述のように,選択法には大別して2種類あるが,いすれの場合でも,適切な選択肢の 用意と被験者のデタラメな選択反応傾向の処理という選択法につきものの問題を避けて通 ることはできない。しかし,選択肢の構成原理が適切であれば,有効な情報が引き出せる と言えそうである。 1.4 完 成 法 これは,メタファのトピック又は媒体の部分が欠如した文を呈示し,適切な語句を入れ させる形式を言う。先に引いたGardner, Kircher, Winner, & Perkins (197 5)がこの 方法を用いた研究の例である。この研究では,選択法と完成法の結果が比較検討された。 選択法の場合と同じく,完成法の反応の分類には,文字通りの表現,慣習的に用いられる 表現,適切なメタファ,不適切なメタファの4カテゴリーが用いられた。その結果,特に 7歳児以上では,反応の大部分が慣習的に用いられる表現に分類された。 この例のように,完成法は単独で用いるよりも,選択法と併用した方が有効な情報を引 き出しやすいと思われる。 1.5 再 生 法 Verbrugge & McCarrell (1977)は,メタファが被験者にどのように解釈されたかを調 べる測度として,手がかりを与えてそのメタファを再生させることが有効であると主張し た。彼らの実験1では,次のような手続がとられた。 トピックは同一だが媒体の異なるメ タファの対を14組作成し,リストAとBと名づける。たとえば,リストAに。 Skyscrapers are honeycombs of glass. (摩天楼はガラスの蜂の巣だ。) というメタファがあるとすれば,リストBには。 Skyscrapers are the giraffes of a city.(摩天楼は都市の中のキリンだ。) というメタファが含まれる。それぞれのメタファのグラウンドは,「何百もの小さな単位 に分かれている」と,「まわりのものに較べると高い」ということである。大学生の被験 者に,はじめにリストAまたはBのどちらかを読んで聞かせる。その後,リストにあった 文章の再生が求められるが,その時の手がかりの与え方によって4群が設定された。すな わち,トピッ,クが手がかりとして与えられる群,受けた方のリストの媒体が手がかりとし て与えられる群,リストAのグラウンドが手がかりとして与えられる群,リストBのグラ ウンドが手がかりとして与えられる群の4種である。得点化は,トピックと媒体の両方が 正しく再生できれば正答とした。 トピック手がかり群も媒体手がかり群も正再生率がきわ めて高く,86%以上となった。このことは,再生すべき答の半分が手がかりとして与えら -175 子 安 増 生 れているのだから当然と言えよう。重要なことは,リストAをおぼえる群では,リストA のグラウンドを与えられた時の正再生率(70%)がリストBのグラウンドを与えられた時 の正再生率(22%)よりも高く,リストBをおぼえる群では,リストBのグラウンドを与 えられた時の正再正率(73%)がリストAのグラウンドを与えられた時の正再生率(26%) よりも高い,という結果である。メタファのグラウンドを示すことがその再生率を高める という結果は,メタファが表面的な語句としてだけでなく,解釈されて記憶されているこ との証明になると考えられる。 メタファの理解と記憶の間には,さまざまな要因が関与すると思われるので,簡単には 結論が出せないであろうが,今後さらに方法を洗錬していけば有力な結果を得ることがで きるものと期待される。 1.6 評 定 法 これは,メタファ文を呈示して,それから受ける印象を評定させるものである。この方 法は,実験材料として使用するメタファ文を決定する際にときどき用いられる。たとえば, Cometa & Eson(1978)は,本や雑誌からとった35のメタファ文を「ありふれているー めったにない」の次元で7段階評定させているし, Harris (1976)もメタファ文とメタフ ァでない文について「メタファ性」と「理解しやすさ」をそれぞれ5段階に評定させた。 他方,評定法を実験の中心部分に用いた例としては,前出のTourangeau & SternbergC 1 981)の実験1がある。この場合には,「メタファの質」に関する尺度の他に,「理解しや すさ」と「理解のスピード」について9段階評定をおこなうことが求められた。 実験材料として用いられるメタファ文の多くが研究者の恣意的選択によることの多い現 在の状況では,評定法が材料の決定のために大いに活用されることが望まれるが,実験の 中心に据えるほど有力なものかどうかは分からない。 1.7 一対比較法 Malgady (1977)は,メタファの鑑賞(appreciation)を研究の一方のテーマとしてと りあげ,13のメタファをパラフレーズさせた後,2つすつ対にして呈示し,どちらがたと えの表現として良いかを尋ねる手続を取った。 この方法は,被験者にとって課題要求(task demand )が大きすぎるという印象を与え る。また, M algadyは,一対比較法の課題構造を比例的メタファと同列に論じているが, これは議論が荒っぽいと言わざるをえない。 2。視覚的メタファ 最近のメタファ研究の新しい傾向は,メタファを言語としてだけでなく視覚的に扱おう とする試みがおこなわれるようになったことである。この視覚的メタファの研究はまだ文 献も少ないが,次に少しとりあげてみる。 2.1 絵画による選択法 Honeck, Sowry, & Voegtle (1978)は,10のことわざ形式のメタファ文を呈示し,そ れぞれについてことわざの解釈を示す絵とひっかけ(foi1)の絵のどちらかを選択させた。 被験者は,小学1・2・3年生60人である。 この方法は,言語的メタファにおける選択法のヴァリエーションである。 Honeck この方法を用いたのは,次の理由による。従来の知見では,幼児においてメタファの産出 -176 - らが メタフアの心理学的研究 と理解に発達的ズレがあり,特にことわざの理解が遅れるという結果が一般的である。し かし,これは,メタフアの理解を測定する方法が子どもに適していないことによるのであ って,適切な方法を用いれば,幼児もメタフアを理解できることが明らかになるだろう。 Honeckらは,このような仮説の下に絵画による選択課題を用いて調べ,ある程度仮説を支 持する結果を得た。しかし,何をもってメタフアの理解の指標とするかという定義の問題 を今後明らかにしていかないと,上のような議論は意味のないものとなってしまう。この 場合,理解の操作的定義にとどまらず,理解するとはどういうことかという認知理論の本 質的テーマにまで戻って考える必要があることは言うまでもない。 2.2 MTT法 Kogan, Connor, Gross, & Fava(1980)のM T T ( Metaphoric Triads TaSk)も, Honeckらと同じく,被験児に対する課題要求と失敗の経験を最少限にするという意図か ら生まれたものである。これは,認知スタイルの研究で用いられるC Styles S T ( Conceptual Test)の形式を模したもので,3枚の絵画を呈示し,どの2つが対になるかを尋ね るものである。 MTTでは,3枚のうちの2枚がメタフア的関係で結びつき,そのうちの 1枚と残りの1枚が非メタフア的(分析的,カテゴリー的,機能的など)関係で結びつく ように構成された。たとえば,「魚」,「蛇行する川」,「蛇」の3つの組では,後の2つがメ タフア的関係で結びついている。 っていた。 Koganらは, MTTは,セット1 15項目とセットII14項目から成り立 700人を越える児童・成人を対象にMTTを実施し,信頼性・妥 当性の検討と項目分析をおこなった。また,MTTの一部を用いて,訓練(フィードバッ クを与えることや絵にラベルを与えること)によってMTTの得点が増加するという結果 も得ている。 Koganらは,MTTの長所として,①得点化がやさしいこと,②信頼性が高いこと,③ 広い年齢範囲に適用できること,の3点を挙げている。確かに,材料としてのメタフアを これだけ体系的に検討した研究は,他には例を見ない。視覚的メタフアと言語的メタフア の違いについて理論的に明らかになれば,MTTはきわめて有効な方法になるであろう。 2.3 スーパーインポーズ法 最後に,Rothenberg&Sobe1(1980)のスーパーインポーズ(二重うつし)法をとり あげる。ここでは,ます,本や雑誌などから写真を選び,10対の35mmスライド(9対はカ ラー,1対はモノクローム)を作成した。 1つの対はプロジェクターによって5分間呈示 されるが,そのとき実験群では2枚のスライドがスクリーン上でスーパーインポーズされ たものを呈示され,統制群では並列してうつし出された2枚のスライドが見せられた。被 験者は,スライドを見ながら思いついたメタフアを書き記すように求められた。書かれた メタフアについて,英文学の教授ら2人がその創造性の程度を評定した。その結果,統制 群よりも実験群の方が評定された創造性得点が高かったのは,10対のスライドのうち3対 にすぎなかった。したがって,スーパーインポーズ呈示が創造的なメタフアを産出する刺 激になると結論することはできなかった。 V.結 語 本稿では,メタフアの心理学的研究について,最近の理論と方法を概観した。全体を通 ― Ill ― 子 安 増 生 じて言えることは,理論的研究は方法論的裏付けが乏しく,逆に,研究方法は多種多様だ が,明確な理論に裏打ちされた研究が少ないというのが現状であって,メタファの研究は まだまだ未開拓の領域だということである。それでは,メタファの研究が今後実りあるも のとなるためには何か必要であるかについて最後に考えてみよう。 問題点の第1は,実験材料としてのメタファ構成に関するものである。メタファの研究 は多数あっても,同一の材料を用いたものは2つとない。それぞれの研究者が,雑誌や書 物から恣意的に選んだか,または,自ら構成したメタファを用いて材料としたものが殆ど である。もちろん,既に述べたように,そのようにして選んだメタファを評定法によって さらに精選する手続をとった研究もある。しかし,ある研究者が使ったメタファを別の研 究者が使わない(使えない)ということは,一つ一つのメタファについての情報が蓄積さ れていかないということであり,きわめてロスが大きい。この原因は,メタファを実験材 料として用いるに際して,そのメタファの刺激としての特性を分析していくような基礎的 作業が十分でないことによると思われる。本邦でのメタファの心理学的な研究は,自己や 両親を動物・植物などにたとえさせるI M Q (Image Question )テストの検討をおこなっ た梅本・河合・斎藤・出井・岡田(1973)の研究などを除けば,皆無に近いから,始める とすればメタファの材料特性の検討からますスタートすべきであろう。 第2は,メタファとそれが用いられる文脈(context)との関連性の問題である。あ る文のメタファ性は,その文のみによって規定されるとは限らない(もちろん,このこと は,凍結メタファよりも新奇メタファについて生じやすいであろう。)これまでにも,メタ ファの文脈の問題を取り上げた研究が全くないわけではない。たとえば, Gardner et a1. (1975)の場合のS型・M型・N型の比較は明らかに文脈の効果を調べるためのものであ ったし,再生法を用いたKoen(1965)のMセット・Lセット・Kセットという手がかり セットの条件も広い意味では文脈の効果を調べるためのものと言えよう。しかし,全体と してみると,メタファ文のみを呈示する実験の方が圧倒的に多いのである。今後,文脈の 効果の問題をメタファ研究の中にどのように組み入れていくかがきわめて重要である。 最後に,表現の方法としてのメタファに功罪の両方があるとすれば,これまでの議論は 専らメタファのプラス面のみを取り上げてきたことになるが,メタファのマイナス面にも 目を向けていく必要がある。つまり,メタファが表現の正確さを犠牲にして表現の効果を 高めるものであれば,そこにはメタファの誤解と誤用の生する余地がある。ここでメタフ ァの誤解というのは, Winner et al. (1980)が取り土げたような,メタファの理解を求 められた方に原因がある誤解ではなく,ものごとを比喩的に表現すればその本質が理解で きたかのような気分にさせる,メタファそのものに内在する危険性を指す。また,ものご との本質を掩蔽するためにメタファを用いることをメタファの誤用とよぶことにする。こ のようなメタファの誤解と誤用の問題を研究することも,実際には困難かもしれないが, 重要なテーマである。 (昭和56年8月12日受理) -178- メタフアの心理学的研究 -179 - 子 安 -180- 増 生