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頂門の一針 - Melma!
2014/09/22発行 頂門の一針 □■■□──────────────────────────□■■□ わたなべ りやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」3434号 □■■□──────────────────────────□■■□ 2014(平成26)年9月22日(月) 谷垣氏の「律義」はどっちに向く?:今堀守通 中共ヤクザの脅し言葉:平井修一 保守主義を理論化する必要あり:宮崎正弘 大陸の動乱と遣唐使の廃止:伊勢雅臣 ヒトゲノムって知ってる?:渡部亮次郎 話 の 福 袋 読 者 の 声 身 辺 雑 記 □■■□──────────────────────────□■■□ 第3434号 発行周期 不定期(原則日曜日発行) 御意見・御感想は: [email protected] 購読(無料)申し込み御希望の方は 下記のホームページで手続きして下さい。 http://www.max.hi-ho.ne.jp/azur/ryojiro/chomon.htm バックナムバーは http://www.melma.com/backnumber_108241/ ブログはhttp://chomonryojiro.blog.fc2.com/ ━━━━━━━━━━━━━━━━ 谷垣氏の「律義」はどっちに向く? ━━━━━━━━━━━━━━━━ 今堀 守通 今月3日の内閣改造・自民党役員人事について、中曽根康弘元首相はこう 評価した。 「安倍晋三首相は『総理大臣病』になってきたな」 ここでいう「総理大臣病」とは、決して悪い意味ではない。安倍首相が 長期政権を意識した人事を行った−ということで、いわゆる「お友達」ば かりをそろえるようなことをせず、挙党態勢を意識し、派閥にもそれなり の配慮をしつつ、メリハリを利かせたということだ。 最大のサプライズであり目玉といわれた人事は、谷垣禎一前総裁の幹事長 起用だった。谷垣氏が幹事長になり、自民党内の結束は強まったといわれ ている。ところが、「谷垣幹事長」が安倍政権にプラスとなるのか、どう も怪しくなりつつある。 今月12日、谷垣氏、公明党の山口那津男代表、そして民主党の野田佳彦元 首相が「同窓会」を開いた。3人は、消費税率を段階的に8%、10%へと 引き上げるのを柱とする社会保障・税一体改革に合意し、関連法を成立さ せた当時の党首である。 翌13日 、谷垣氏はテレビ番組に出演し、来年秋の消費税率10%への引き 上げについて「あまり先送りしないようにしなければいけないのが基本 だ」と強調した。 谷垣氏は、「景気の動向をよく見ていかなきゃならないのは当然のことだ と思う」とも発言した。しかし、「上げたときのリスクはまだいろいろな 手で乗り越えられると思うが、上げなかったときのリスクは、なかなか打 つ手が難しくなる」と述べ、消費税率10%は「通過点」とも答えた。 18日の日本商工会議所の総会では、「国民に将来の安心感を持ってもらう 観点から、(10%への引き上げは)法律上からも自明と理解している」と 明言した。 谷垣氏の発言に「してやったり」の思いでいるのは、安倍政権と敵対関係 にある野田氏と、会に同席していた藤井裕久元財務相だろう。 「同窓会」は今年3月12日に続いて2回目だった。呼びかけたのは、元自 民党衆院議員の森田一・元運輸相だ。森田氏は大平正芳元首相の娘婿。大 平氏は、首相在任中に消費税の前身といえる「一般消費税」の導入を目指 し、現職のまま急死した。藤井氏は野田政権の「後見人」役を務め、民主 党政権時代に消費税増税の旗振り役を担った。森田、藤井両氏はともに旧 大蔵省OBである。 大平氏は3月12日が誕生日、6月12日が命日。1回目の「同窓会」は大平 氏の誕生日に合わせての開催、今回は「大平氏の月命日」ということで開 かれた。谷垣氏の幹事長就任と山口氏の代表4選を祝う会も兼ねたことに なっている。 ある出席者によると、藤井氏が乾杯の音頭で「消費税は予定通り上げな きゃいかんぞ」と谷垣氏らに「奮起」を促した。あとは大平氏にまつわる 話や、党首時代の思い出話に花を咲かせた。 藤井氏には大きな狙いがあった。安倍首相が消費税率10%への増税に慎重 であることを見越して、谷垣、山口両氏から首相に増税圧力をかけてほし いとの期待だ。自民、公明両党側が消費税増税で圧力をかければ安倍政権 は混乱するだろうという期待も透けてみえる。 余談になるが、藤井氏は終戦の日の先月15日、民主党の海江田万里代表に 党人事で注文をつけた。「反対野党に徹しろ」と。集団的自衛権の行使容 認を断固阻止することが念頭にある。 藤井氏は周辺に「集団安全保障はよいが、安倍首相が進めようとする集団 的自衛権は問題だ」と漏らしている。はたして、海江田氏は「挙党態勢」 の人事を断行したというが、集団的自衛権の行使容認に前向きな前原誠司 前国家戦略担当相ら保守系を主要ポストに置かず、排除した。 「同窓会」で、谷垣氏から「消費税は予定通り上げます」という趣旨の発 言はなかったという。しかし、谷垣氏は幹事長就任当初こそ安倍首相に歩 調を合わせる発言をしていたのが、12日の「同窓会」を境に「先祖返り」 したような発言に戻った。 安倍首相は19日、都内で講演し、消費税に関してこう発言した。 「谷垣さんに幹事長をお願いしたことを『消費税増税シフト』だといった 指摘もあったが、これは誤りだ。増税は税収を確保するためであり、増税 によって景気が悪化し、税収もままならないようなことであれば元も子も ない。私の考えは、谷垣さんに幹事長就任を打診するにあたって率直に申 し上げた」 安倍首相は昨年、8%へ引き上げる決断を最後まで渋った。今年4月以降 の景気は、8%増税の反動と夏の異常気象の影響で良好と言い切れない 中、「経済再生」を政権の第一に掲げた首相が、10%引き上げに慎重にな るのは当然のことだろう。 谷垣氏は、「お人好し」を自認し、魑魅魍魎が集まる永田町にあって「律 義」を重んじる珍しい政治家である。問題は、「律義」がどっちに向くかだ。 安倍首相が10%増税を先送りしたいとなれば、それに従うのか、それでも 3党合意の順守を訴え続けるのか。谷垣氏が首相に増税圧力をかけてきた ら、「政高党低」といわれる政治手法で安定させてきた安倍政権の屋台骨 は大きく揺らぐ。 安倍首相は谷垣氏に「なぜ『同窓会』に出たのだ」と言いたいところでは ないか。少なくとも、「同窓会」が安倍首相にプレッシャーを与えたのは 間違いない。(政治部次長) 産経ニュース【今週の政治デスクノート】2014.9.21 ━━━━━━━━━━ 中共ヤクザの脅し言葉 ━━━━━━━━━━ 平井 修一 中共の本質はヤクザ、ゴロツキだ。「中国政府高官『生きていられるのは 政府の寛容』、香港民主派への露骨な威嚇か」と大紀元日本が9月17日に 報じた。 ・・・ 中国政府駐香港特区連絡弁公室(中聯弁)のトップ、張暁明主任は8月末 の民主派議員との会談の際、「民主派が依然として生きていられるのは、 中国政府(共産党)の寛容と礼儀の証である」と話した。 香港紙・アップルデイリーは12日、AP通信社の報道を引用し、張暁明主任 は8月下旬に香港民主派との会談で「あなた達が生きていられるのは、政 府(共産党)の寛容と礼儀のおかげ」と話した。さらに「一党独裁の終了 を求めるのであれば、中国本土で生存することは出来ない」と話した。 11日付のロイター通信も、香港民主派議員・梁耀忠氏が、「北京当局は香 港民主派が特区長官への選挙出馬を許すかどうか」と質問したところ、張 主任は「あなた方が生きている事を許されているのは、国家が寛容である ことを示している」と即座に答えたと、2人の匿名の関係者の話を引用し て報じた。 一方、中国軍駐香港部隊の動きが、最近、活発化していると複数のメディ アが報じている。今年6月末、中国政府は一部の香港市民を駐香港部隊の 見学に招待し、テロ対策訓練を中心とした訓練を披露した。 7月末、「占中」(ビジネス中心街を占拠)する香港民主派の大規模な抗 議活動に対抗するために中国軍駐香港部隊は戦車や催涙弾を使った軍事演 習を行った。 8月28日朝、中国軍駐香港部隊の数台の装甲車列が香港市内の中心部を通 過した。複数の市民が目撃したという。中国当局は武力を誇示して香港人 を威嚇しているとみられ、香港の情勢は不安定で緊張がいっそう高まって いる。(以上) ・・・ 張は図らずも本音を漏らしたわけだ。「誰のおかげで生きていられると 思っているんだ。中共に逆らうとぶっ殺すぞ!」と。 習近平以下、中共党員は皆そう思い、国民のみならず周辺国にもこの態度 で臨んでいるのだ。 「東シナ海も南シナ海も4000年前から俺のもんだ。文句あるか、この野 郎。逆らうとぶっ殺すぞ!」「誰のおかげで商売できているんだ。ミカジ メ料払え。逆らうとおっぽり出すぞ!」 「ようよう学者さんよ、誰のおかげで飯にありついているのか分かってい るのかよ。学問の自由だと? 生意気言ってるとぶっ殺すぞ!」 「テメエの悪事は全部知ってるんだぜ。習近平さまに逆らったらハエ叩 き、虎退治でひねりつぶすぞ、この野郎!」 「ここにビルを建てるからな、さっさと出て行きな。いやだと? ここは 誰の土地だと思ってるんだ。共産党のものだろ。ぐずぐずしていると叩き だすぞ、この百姓!」 「ここは俺の縄張りだ、何嗅いでいるんだ、この野郎。戦闘機をぶつける ぞ。うちには血の気の多い奴が多いからな、死にたくなければ近寄るな。 お前、殺されたいのか? それならぶっ殺すぞ、この野郎!」 基本的に習近平はこう言っているのだ。 習近平が尊敬する毛沢東は「自分に反対する軍閥、官僚、買弁、地主、知 識人は敵だ」(1926年3月)とし、「革命は暴動であり、ひとつの階級が 他の階級を打倒す激烈な行動だ」(1927年3月)と書いている。 戦前の支那は統一国家が名目上はあっても事実上はなく、群雄割拠の戦国 時代。勝った奴らは「軍閥」=ヤクザ・マフィアと呼ばれ、負け組は「匪 賊」=愚連隊・チンピラと呼ばれた。 軍閥、匪賊は金が目当てだから住民はミカジメ料を払って、「まあ、お手 柔らかに」ということで、多分娼婦もつけて手打ちした。すべて「金目で しょ」ですんだのだ。 ところが共産主義の「赤匪」は基本的に貧乏人以外は全部殺しまくる。毛 沢東がそう指導したからだ。 「赤匪が来る」となると街も村も住民は逃げて、まったく無人と化したと いう。赤匪=中共軍は貧乏人、乞食以外は「この野郎」と容赦なく殺した からだろう。皆、赤匪をエボラ、イスラム国のように恐れた。 「革命はお上品で、おっとり、みやびやかで、おだやかで、おとなしく、 うやうやしく、つつましく、控えめなものではない」 毛沢東はこう言って、殺し尽くす、奪い尽くす、焼き尽くす、という「三 光作戦」をやったのだろう。文革や64天安門を見れば残虐性の一端が分かる。 昔から現代まで中共は「俺に逆らうとぶっ殺すぞ!」というのが初期設 定、デフォルトだ。我々はこのキチ○イに対し、「西側の秩序に逆らうと ぶっ殺すぞ!」と言うしかない。言うことを聞かなければ屠るしかない。 さっさとつぶすべし。(2014/9/2) ━━━━━━━━━━━━━━ 保守主義を理論化する必要あり ━━━━━━━━━━━━━━ ∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼ ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◇◆ ∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼ 「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 平成26年(2014)9月21日(日曜日) 通巻第4342号 日曜版 ∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼ (読書特集) ********************************* ∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼ ◆書評 ◇しょひょう ▼ブックレビュー ◎BOOKREVIEW◆ ∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼ 保守主義を理論化する必要あり、祖国再建の青写真を急ごう 混沌とした日本の思想界、「なんとなく保守」という現状を憂うる ♪ 小川栄太郎『最後の勝機』(PHP研究所) @@@@@@@@@@@@@@@@@ 副題に「救国政権の下で、日本国民は何を考え、どう戦うべきか」とある。 しかし「危機は勝機」とは昔から言われてきた箴言、いま日本が抱える問 題は尖閣、靖国、TPP、原発、歴史認識であり、この連続する国難を如 何に克服し、伝統ある祖国を保守するか、著者は真剣勝負に出た。 まず著者は「保守主義」とは何かを模索する。 評者(宮崎)に言わしめれば、現代日本の保守は3つのカテゴリーに区分 けができ、まことの保守、体制保守、そして生活保守である。 これらが、しかし冷戦終結前までは、おおざっぱに「反共」という陣営に あって、左翼と戦っていた。左翼が昔日の面影もなく後退して、左翼の牙 城=朝日新聞が命脈を絶とうとする今、保守は明確に分裂している。 著者は最初に、摘菜修や中野剛志とか、「保守」の新星を批判しつつ、保 守とは生活そのもののなかにあり、とした小林秀雄、福田恒存、江藤淳ら の思考の軌跡をたどる。 そして保守論壇の現況に言及し、こう言われる。 「国際的なネットワークやグローバリズムへの反感が、今の保守には大変 強い。幕末で言えば攘夷だ。しかし、結局、日本が幕末を生き延びられた のは攘夷の情念を超克して、尊皇開国を決断したからです。 それから大騒ぎになりそうなTPPでもそうなのですが、どうも今の保守 の議論は、攘夷を小さくした、旧来の自民党的保護主義に、根性が似てい る」。 女々しい議論が横行するが、「自主防衛で強靭な国家を選択する以外に 道はない」。 そうだ。そもそも独立国家に外国の軍隊がなぜ居るのかという議論が殆ど 為されていないのである。 また評者もつねづね言ってきたことだが、論壇は保守全盛となったが、文 壇は未だに左翼全盛なのである。大江が大御所で、グローバルをいう村上 春樹が偉そうに振る舞い、左翼崩れは論壇では論理が破産したが、論理を 無視する世界、つまり文学では左翼がいまも圧倒的に強い。文芸家協会は 保険の相互援助組合化しており、ペンクラブは左翼の吹きだまりとなった。 このゆゆしき現状について小川氏はいう。 「日本の出版界は、歴史に残る文豪を1人も世に出せなくなった。大碩学 もいなくなった。幸田露伴、泉鏡花、谷崎潤一郎、柳田国男、小林秀雄、 白川静。。。商売を度外視した世界だったからこそ、逆に長い目で見れば 末永く商売になる」にもかかわらず「目先のビジネスだけに血道を上げ、 出版界を枯れ果てた土壌にしたのは、グルーバリズムでもアメリカの日本 収奪でもなかった」のだ。 したがって国家百年の計を立て、日本を立て直す「基礎工事」をなすに は、次の三つが最も大切だと著者は言う。 第一に人口減少社会の対処。第二がエネルギー問題。第三は教育である。 基本的に賛成である。ただし、評者は第一が教育、第二がエネルギー、第 三は国防であり、人口減少は歴史教育が復活し日本人がもとのような「人 間」になれば自然に増えるので楽観視している。 人口バランスを取るための「移民奨励」などは愚の骨頂である。 それよりも、保守とは何か、日本の保守は何をしなければならないかの前 提として、著者は下記の分析を展開されている。 保守主義はイデオロギーではなく、日本人は古来より自然に親しみ、「自 国の伝統を創造し続けられた事が、日本で保守の理論化が進まなかった根 源的な要因」である。 また戦前は「保守思想が成立する意味も余地もなく、国民一丸となって富 国強兵に専念する一方、戦後初めて左翼への言論嬢の防御が必要となった ときには、防戦一方とな」っため、理論化が進まなかったと分析される。 その通りだろう。 第三に理論家を推進できなかった理由はアケデミズムの怠慢だった。 かくするうちに「ソ連の崩壊により冷戦が終わりました。日本は赤化から なんとか逃げられた。ところが、今度は、その事が日本の保守派を、また 油断させてしまった」のである。保守主義を考える格好の問題定義が並んだ。 まことに祖国再建への道のりは遠い。 ∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼ 読者の声 どくしゃのこえ READERS OPINIONS 読者 ∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼ ♪ (読者の声)貴誌前号の「樋泉克夫のコラム」にあった下記の文章は印象 的でした。 「(引用開始)良くも悪くも中国の近現代史を彩った女性を思いつくまま に拾いあげてみると、孫文の宋慶齢からはじまって蒋介石の宋美齢、毛沢 東の江青、林彪の葉群、劉少奇の王光美、周恩来のトウ頴超、トウ小平の 卓琳、近くでは温家宝の張培莉、薄熙来の谷開来を経て習近平の彭麗媛ま で。彼ら夫婦の歩みを政治的側面から追い掛けてみるなら、やはり『外觀 は格別であるけれど、實際は案外女尊男卑と云つてもいい位である』とい えないこともない」(引用止め)。 飜ってフェミニズムの国、アメリカの大統領夫人、如何でしょう? (HU生、京都府) (宮崎正弘のコメント)同文は次にこう続いています。「歴史に「もし」 はありえない。だが宋慶齢が存在しなかったら、晩年の孫文があれほどま でに左傾化しただろうか。宋美齢が得意の英語を駆使してルーズベルト以 下のワシントン要人を丸め込み、アメリカ社会に同情心を喚起しなかった ら蒋介石の対日戦略は大いに違っていたはずだ。 江青が政治権力の亡者でなく貞淑な妻だったら、毛沢東の尻を引っ叩いて 文革なんぞをおっぱじめることもなかったろう。王光美がハデに振る舞う ことなく江青の嫉妬心を逆撫でしなかったら、劉少奇は文革で無残な仕打 ちを受けはしなかったに違いない。 張培莉が超弩級の金銭亡者でなかったなら、温家宝だって2千数百億円規 模の 不正蓄財 に励みはしなかっただろう。谷開来が怪しげな英国人に 籠絡 されなかったら、今ごろ薄熙来は党中央常務委員として北京で権力 を恣にしていた・・・かも」(引用止め)と。 「一将功なって万骨枯る」とは真逆の皮肉でしょうか? さて女権が強いアメリカ、おそらく現在の趨勢がつづけば次期大統領はヒ ラリー・クリントンでしょうね。 戦後、男女同権とはいえ、アメリカの政治は男が引っ張った。出しゃばる 夫人は90年代まで目立たない。アイクもJFK、ジョンソン、ニクソ ン、フォードと夫人は淑女でした。JFK夫人があばずれぶりを発揮する のはJFK死後。それもJFKが無類の女好きで、マリリン・モンロー、 オートリー・ヘップバーンらを愛人にしていたことを知って、オナシスと 再婚する。 で、夫人が出しゃばり始めるのはカーターから。レーガンのときのナン シー夫人は占い師に凝って、しかしブッシュ二代は夫人は粛々と家事をこ なし政治に口を挟まなかったでしょう。夫人が夫の大統領よりしゃしゃり 出てきたのは、やっぱりヒラリーからではありませんか。 ♪ (読者の声2)貴誌前号の書評にでてきた中国でのジョーク。その辛辣さ に思わず吹き出しました。 曰く。「中国人はなぜモラルが世界最低になってしまったのかね」。「そ りゃそうさ、モラル最低の人間が中国のトップにいるから」 座布団十枚! (JJセブン) (宮崎正弘のコメント)でも、小生なら座布団十枚は石平さんの次の言葉 ですね。小生と石平さんとの最新作『2015 中国の真実』(ワック)のな かで、石平さんが述べているのは、 「中国は結局、同盟国をひとつも作れないんですよ。逆説的にいえば、 我々の立場からは、習近平さんのこの1年間を高く評価しなければならな いですね。中国を潰すのにそれほど頑張ってきたという業績を」 じっさいに習近平は軍に宴会禁止、贅沢禁止を言い渡してから軍の評判が たおち、徐才厚を失脚させ、軍幹部も反感が強くなり、財界は石油派と鉄 道利権を奪われて逆恨み、江沢民派との対決は決定的で、ここで戦略があ れば、団派を味方にするしかないのに、団派の幹部も粛正始めた。孤立無 援の状態が、いまの習近平で、しかも周囲にブレーンがいなくなった。 何処へ行った? 海外へ逃げたのです。 ♪ (読者の声3)西村真吾先生のブログ、面白いです。その一部を紹介しま すと、 「朝日新聞は、活字でその宣伝をする。しかし、NHKは映像でする。女 優の嘆き悲しむ涙を誘う演技でそれをする。よって、NHKは、朝日新聞 よりも、より深く反日のウイルスを視聴者である国民の心に浸透させる。 従って、NHKは、従軍慰安婦虚偽報道を活字で続けた朝日新聞よりも悪 質で巧妙な反日宣伝機関である。 本日の「花子とアン」は、息子を戦場で失った花子の友人が、花子が戦時 中にラジオで「兵隊さんがんばってください」とか言ったのを非難し、涙 を流して身を振るわせて、「息子を返せ」と詰め寄るシーンを放映していた。 このシーンによってNHKは、学徒動員で出征して戦死した息子は、アメ リカ軍によってではなく、悪い日本によって、悪い日本軍国主義によって 殺されたという被害者意識を視聴者に伝えていた。 これは、いつもながらの、戦争の悲劇を見せ付けるために使われる場面設 定であるが、実に見事に、占領軍最高司令官司令部(GHQ)の「War Guilt Infomation」そのものであった。 エボラ出血熱とスコットランド住民投票、そして、NHKとその近くのデ ング熱媒介の蚊にご注意を」 冴えてますね。NHKへの抗議活動、ますまる大きく続いています。 (FF子、小平) ♪ (読者の声4)「桜チャンネル」からお知らせです。 番組名:闘論!倒論!討論!2014「「恐怖大陸中国の実態」――中国の食の 危険性や環境汚染、経済犯罪被害等々を中心に議論します。 放送予定日:9月27日(土)20時00分∼23時00分 日本文化チャンネル桜(スカパー!528チャンネル) インターネット放送So-TV(http://www.so-tv.jp/) 「YouTube」「ニコニコチャンネル」オフィシャルサイト パネリスト(50音順敬称略):有本香(ジャーナリスト)、澁谷司(拓殖 大学海外事情研究所教授)、坂東忠信(元刑事・一般社団法人全国防犯啓 蒙推進機構理事)、廣瀬勝(中国投資を警告する日台共闘の会代表)、福 島香織(ジャーナリスト)、宮崎正弘(作家・評論家)、渡邉哲也(経済 評論家) 司会:水島総(日本文化チャンネル桜 代表) ━━━━━━━━━━━━ 大陸の動乱と遣唐使の廃止 ━━━━━━━━━━━━ 伊勢 雅臣 平安朝では学問も進み、戦乱の続く中国大陸から学ぶべきものは残ってい なかった。 ■1.「菅原道真が提唱した遣唐使廃止の理由」 「歴史教科書読み比べ(16):平安時代を支えた藤原氏の英智」[a]では、 天変地異がうち続く中でも、人口増を支えた藤原氏の奮闘を描いたが、内 乱のうち続く大陸との縁を切って、遣唐使を廃止したことも英断の一つで あった。 自由社の歴史教科書は「9世紀に入ると唐がおとろえた。朝廷は菅原道真 の意見を取り入れて、894(寛平6)年に遣唐使を廃止した」と述べ、「菅 原道真が提唱した遣唐使廃止の理由」と題するコラムで、次のような理由 を挙げている。[1,p68] (1) 中国では内乱が続いている。 (2) 遭難が多く、国家有為の人材を失う。 (3) 日本と唐の文化は対等で、もはや学ぶべきものはない。 (4) いつのまにか朝貢のようにあつかわれており、国の辱(はずかしめ) である。(「菅家文集」より) 遣唐使廃止は、わが国の文化的独立を象徴する歴史的な事件であり、その 廃止を提唱した菅原道真の説明を記載している点は優れた配慮だが、ここ の所はもう少し背景の説明が必要だ。 ■2.「唐や新羅の商船を利用して」 同じ遣唐使廃止を東京書籍版はこう説明する。 <東アジアの変化と遣唐使の廃止 その後も多くの僧が、唐や新羅の商船 を利用して日本と唐との間を行き来しましたが、唐では国内が乱れ、9世 紀にはその勢力が急速におとろえたため、日本は長く続けてきた遣唐使を 廃止しました。 唐は10世紀のはじめにほろび、やがて宋が中国を統一しました。同じ頃、 朝鮮半島では高麗(コリョ、こうらい)がおこり、新羅をほろぼしました。 日本は、宋や高麗とは正式な国交を結びませんでしたが、両国の商人の活 動を通じて、文物を輸入しました。>[2,P42] 自由社版よりはやや精しく中国大陸や朝鮮半島の情勢が書かれているが、 よく読むと、巧みなトリックによる偏向記述が隠されている。 「多くの僧が、唐や新羅の商船を利用して日本と唐との間を行き来し」た というのは、事実だが、その後、遣唐使廃止の文を続けているために、あ たかも遣唐使も「唐や新羅の商船」を使ったかのように誤解してしまう中 学生もいるだろう。 遣唐使船が日本の船である事は、Wikipediaの「大阪住吉の住吉大社で海 上安全の祈願を行い、海の神の『住吉大神』を船の舳先に祀り」という記 述[3]からも明らかである。そもそも大和朝廷は、すでに300年以上前の 663(天智2)年に、朝鮮半島の白村江の戦いで400隻もの軍船を送っている ほどの造船・操船技術を持っていた。[b] なのに「多くの僧が、唐や新羅の商船を利用して」というのは、大陸や半 島の戦乱から国内を守るために、大和朝廷が半鎖国政策をとって、日本の 商船の渡航を禁じていたからである。 ■3.戦乱うち続いた中国大陸と朝鮮半島 東書版では「唐では国内が乱れ」「宋が中国を統一しました」とか、「朝 鮮半島では高麗(コリョ、こうらい)がおこり」などと、さも平和的な政 権交代が起こったかのように記述しているが、当然、王朝交代には激しい 戦乱がつきものであった。 唐は907年に滅びたが、その末期には859年、868年と内乱が続き、874年か ら884まで10年も続いた黄巣の乱は全国に波及した。菅原道真が遣唐使 廃止を提唱した理由の第一に「中国では内乱が続いている」とあるのは、 この事である。 唐の滅亡後は、907年から960年の半世紀もの間、華北では5つの王朝が 興っては滅び、また華中、華南では10カ国もの地方政権が割拠したた め、この時代を「五代十国時代」と呼ぶ。 一方の新羅は唐との対立から長らく日本に従属し、朝貢する関係にあっ た。752(天平8)年には新羅王子が700余人もの新羅使を伴って朝貢した。 しかし、その北に渤海が興り、唐との戦いを始めると、新羅は唐に接近し て、渤海を攻撃する。 唐との関係が良くなると、新羅は日本に無礼な態度をとったり、また国内 が混乱すると、慇懃な態度に戻ったりと、その節操なき外交姿勢は現在の 韓国・北朝鮮と同様であった。 そして新羅の国内情勢が悪化すると、人民の一部が日本に亡命してきた り、賊と化して対馬や博多を襲ったりした。朝廷は842年に新羅人の入国 を禁じ、流民は食料を与えて帰国させ、商人は交易終了後、直ちに帰国さ せることを命じた。[3,p150] 内乱が続く中で、892年に南西部に後百済が興り、901年には北部で後高句 麗が建てられて、3国が争う時代に入る。そして後高句麗が政変により高 麗となり、後百済、新羅を亡ぼして、ようやく半島を統一したのは936年 であった。 10世紀前半は大陸も半島も、このような戦乱の最中にあった。 大和朝廷が、遣唐使をやめ、半鎖国状態をとったのは、こういう国際情勢 からだった。平安時代には、まさに平安のうちに国風文化が花開いたが、 その結果から見ても半鎖国政策は正しかったと判断しうる。 ■4.宋から輸入品 東書版は、遣唐使廃止後も「両国の商人の活動を通じて、文物を輸入しま した」という。あいかわらず「先進地域から文明を学んだ」というふうに 読めてしまうが、実際はどうだったのか。 大陸で群雄割拠した10国のうち、揚子江の下流、東シナ海に面した呉越国 は他国よりも平和だったために産業や文化が発達し、海外貿易も盛んで、 わが国にも936(承平6)年以降、数回使者を送ってきた。また、この地方 に960年、宋王朝が興り、半世紀ぶりに大陸を統一した。 宋の商船はしきりにわが国に来航して、12世紀の半ばまでの約2百年間に 70回以上に達した。朝廷は宋船の来航を制限する法令も出したが、貿易 の利益を狙う宋の商人は太宰府の管理する博多港をさけ、越前の敦賀など に密入国までした。 日本が「文物を輸入した」というのは史実の半面で、日本からの輸出品で 大儲けできるから、多くの宋船がやってきたのである。宋の商人が持って きたのは、絹織物、香、薬品、陶器、文房具、書籍など、平安貴族が珍重 する贅沢品が多かった。 輸入されたのは中国の文物に限らない。ペルシャ産のガラス器やインド、 東南アジアからの香木、染料、薬物なども唐を経由して輸入された。宋は 当時の国際貿易ネットワークの中心であった。宋の商人から輸入したと 言っても、「中国の進んだ文物を輸入した」とだけ理解しては一面的である。 また、東書版は何かと朝鮮を引き合いに出す習性をここでも見せて、わざ わざ高麗商人の活躍も記載している。 しかし、たとえば『日本全史』は「古代世界を結ぶ物流のネットワーク 輸入された文物」という見開き2ページの記事で、世界各地からの様々な 舶来商品を紹介しているが、そこには朝鮮産の商品は登場しない[4,p150]。 朝鮮は地理的な利点から仲介貿易には関わっても、平安貴族が珍重するよ うな文化財は産出していなかったようだ。 ■5.宋の商人が求めたもの 一方、宋の商人がわが国に求めたのは、金・銀・硫黄・水晶などの鉱産 物、絹、布などを中心として、金銀蒔絵(まきえ)、漆器類、扇・屏風・ 刀剣などの工芸品も珍重された。日本が一方的に「文物を輸入」したので はなく、互いの文化財を交換したのである。 1073(延久5)年、宋の第6代皇帝・神宗は、渡来していた日本僧の帰国に 際して、大和朝廷あての正式の国書と贈り物を持たせて、国交を開こうと した。しかし朝廷は国交再開には消極的だった。 宋との貿易は貴族の珍重する贅沢品が中心で、これ以上、拡大しても国益 が増進するはずもなく、また宋が統一したとはいえ、いつまた動乱に戻る かも知れない大陸に関わっては、国内の平和が脅かされる恐れもあったか らだろう。 日宋貿易とは言っても、宋の方が熱心で、日本の方が消極的だったという 史実を見れば、「文物を輸入しました」というより、「日本の文物を求め て、朝廷の半鎖国政策もものともせずに、宋や高麗の商船がやってきまし た」と書いた方が正確だろう。 ■6.日本から仏典を逆輸出 遣唐使廃止の理由の第3に「日本と唐の文化は対等で、もはや学ぶべきも のはない」という点も、国史を学ぶ上で重要なポイントだ。國學院大學名 誉教授の樋口清之氏は『うめぼし博士の逆・日本史3』で、こう語っている。 <遣唐使制度が始まってからわずか十数回も往復しただけで、平安初期に は、すでに中国の文化・文物の大部分が日本に輸入されてしまう。仏教経 典の全集というべき大蔵経も来てしまった。大蔵経とは、三蔵法師が天竺 (インド)から中国へ持ち帰って漢訳した仏典のことである。>[5,p105] 日本があらかたの仏典を持ち帰ったのに対して、中国では五代十国の戦乱 で、多くの文献が失われたようで、宋代に渡った日本人僧は逆に多くの書 籍を持っていった。 <1003年(長保5)年に入宋した天台宗の僧寂照(じゃくしょう)も多くの 書物を持っていったが、そのうちにも宋ではもはやみることのできなく なったものもあって、その一部はかの地の僧の手によって出版されたとい う。成尋(じょうじん)は天台宗や真言宗関係の経典6百巻以上をたずさ えて渡宋したが、これもかの地では貴重なものであったらしく、神宗に献 上されている。>[5,p155] ■7.中国以上に進んでいた我が国の仏教学 半世紀もの戦乱で多くの書物が失われたということは、焼かれた寺や殺さ れた僧も多かったであろう。そんな動乱の中で仏教研究が進むはずもな い。逆に平和な日本では、買い集めた仏典で研究に没頭することができ た。宮内庁書陵部の橋本義彦氏は日本の僧が入宋に際して、書物を持って いった事に関して、こう述べている。 「こうしたことは唐代までは見られなかったできごとで、わが国の仏教学 が中国と対等、あるいはそれ以上の地位まで進んだことを語っている」。 [5,p155] その実例として氏は、源信(942-1017)の著した「往生要集」が中国に送ら れ、多いにもてはやされた、という事実を挙げている。 また、上述の成尋の旅行記では、多くの学僧と会った話はあるが、教えを 受けた様子はなく、かえって法華経の講義をしたことが書かれている。 [5,p156] 寂照は宋に在ること30余年でかの地に没したが、その間第3代の皇帝真宋 をはじめ朝廷の人々に深く敬愛されたという。[5,p157] しかし、それではなぜ日本僧たちは、はるばる波濤を超え、危険を冒して 大陸に渡ったのか。彼らの目的は中国仏教の研究や、典籍の輸入ではな く、天台宗の根本道場である天台山に詣でたり、文殊菩薩があらわれると いう霊場五臺山に巡礼することだった。 たとえて言えば、中世以降の欧州のキリスト教徒が聖地エルサレムに巡礼 をするようなもので、そこで何を学んだかという事よりも、苦難を乗り越 えて、そこに行く事自体が修行だった。その求道心は立派である。 ■8.大陸で活躍した日本人 大陸に渡って活躍した日本人を見ても、日本の文明の程度がすでにひけを 取るものではなかった事が分かる。 弘法大師・空海は804(延暦23)年に遣唐使の一員として入唐した。船が目 的地のはるか南の福州に到着した為、地方の役人が怪しんで都への出発許 可を与えない。空海は遣唐大使の代理として福州観察使への手紙を書いた が、観察使はあまりに見事な漢文に驚き、ただちに疑いを捨てて、出発を 許した。[6,p107] 長安ではインド仏教の流れを伝える最後の高僧・恵果阿闍梨(けいかあ じゃり)に巡り会った。死期の迫っていた恵果は空海を見るや「われ先よ り汝の来たるを知り、相待つこと久し」と喜び、千人以上もいた弟子たち を差し置いて、ただちに密教の秘法をすべて空海に授けた。こうしてイン ド密教の正統は、日本に伝えられたのである。[6,p117] 留学生として有名なのは、奈良時代、717(養老元)年に入唐した阿倍仲麻 呂(あべのなかまろ)である。唐で科挙に合格し、高官にまで出世し、李 白や王維ら当時一流の文人たちと交際し、彼らに引けをとらない漢詩をつ くっていたという。 在唐35年にして、一度は帰国を許されて遣唐使の帰国船に乗り込んだ が、ベトナム中部に漂着し、唐に戻った。帰国船に乗り込む前の送別会 で、王維ら友人を前にして日本語で詠ったとされているのが、百人一首に 選ばれている次の歌である。 天の原ふりさけみれば春日なる三笠の山にいでし月かも 同じ天の原の月に照らされている、はるか郷里の山を偲ぶ切々とした望郷 の思いが伝わってくる。こういう歌で、遣唐使として渡唐し異境に客死し た先人の心を偲ぶことは、中学生の情操教育にも良いだろう。 ■リンク■ a. JOG(857) 歴史教科書読み比べ(16): 平安時代を支えた藤原氏の英智 平安時代は、藤原氏の専横と国司の人民収奪で乱れた時代だったのか? http://blog.jog-net.jp/201407/article_3.html b. JOG(808) 歴史教科書読み比べ(10) ∼ 白村江の戦い 老女帝から防人まで、祖国防衛に尽くした先人の思い。 http://blog.jog-net.jp/201307/article_7.html ■参考■(お勧め度、★★★★:必読∼★:専門家向け) →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。 1. 藤岡信勝『新しい歴史教科書―市販本 中学社会』★★★、自由社、H23 http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4915237613/japanontheg01-22/ 2. 五味文彦他『新編 新しい社会 歴史』、東京書籍、H17検定済み 3. ウィキペディアの執筆者,2014,「遣唐使」『ウィキペディア日本語 版』,(2014年9月18日取得, http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E9%81%A3%E5%94%90%E4%BD %BF&oldid=52588558) 4. 蟹江征治他『日本全史(ジャパン・クロニック)』★、講談社、H2 http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/406203994X/japanontheg01-22/ 5.橋本義彦『日本の歴史文庫(5) 貴族の世紀』★★、講談社、S50 http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/B000J9ETFY/japanontheg01-22/ 6.目崎徳衛『日本の歴史文庫(4) 平安王朝』★★、講談社、S50 http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/B000J9ETG8/japanontheg01-22/ ━━━━━━━━━━━━ ヒトゲノムって知ってる? ━━━━━━━━━━━━ 渡部 亮次郎 不摂生な食事や運動不足の生活をしていても糖尿病にならない人もいる。 同じ場所で同時に横綱に昇進した大鵬と柏戸。共に巨漢だったが、大鵬は 脳卒中に悩まされ、柏戸は糖尿病に取りつかれた。 <引退後の柏戸は過去10人の柏戸は全員が伊勢ノ海部屋を継承した伝統に 反して年寄鏡山として独立、自身の現役時代の戦場蔵前国技館最後の本場 所となる昭和59年9月場所で優勝の多賀竜などを育てた。 平成8年12月8日58歳で亡くなると鏡山部屋は元多賀竜の勝ノ浦が継承し た。腎臓病の悪化は深刻で亡くなる数年前には人工透析を受け続けた副作 用で骨が弱くなり「おい、見てくれよ、脚こんなになっちゃったよ」と 言っていたという。 これを見たかつての好敵手大鵬は少しでもよくなるようにと考えてカルシ ウム剤を渡したという。>『ウィキペディア(Wikipedia)』 腎臓病の悪化。その原因が糖尿病だった。わが師園田直とおんなじだ。糖 尿病でまず盲目になり、腎臓機能不全を補うため人工透析開始したが、す ぐ尽きた。享年70。 産経新聞によると、徳島大学の板倉光夫教授(ゲノム機能学)は日本人 2000人以上の比較から「SOCS2」や「MYL9」と呼ばれる遺伝子の微妙な差 が、糖尿病になりやすい体質に関係することを突き止めた。(2006年10月2 日付) この結果、板倉教授は、将来(5-10年後)は、自分が糖尿病になりやすい体 質かどうか、子供の時に分るようになる可能性がある、と言っている。 恐ろしいことになっているのだ。人間は死ぬのがいつか分らないから漫然 と生きていられる、といってきたのに、科学が進歩した結果、何の病気で 死ぬのかが分るようになるというのだ。 従って結婚の相手を選ぶのは、容貌や出自よりも遺伝子を調べることが先 というロマンのないことになるかもしれない。 <ヒトゲノムはヒトのゲノムである。 ヒトゲノムは核ゲノムとミトコン ドリアゲノムからなる。 ヒトゲノムの塩基配列の解読を目的とするヒトゲノム計画は1984年に最初 に提案され、1991年から始まり、2000年6月26日にドラフト配列の解読を 終了、2003年4月14日に全作業を終了した。 ヒトの遺伝子数は3万∼4万個あると考えられている。 核ゲノムは30億塩基対あり、24種の線状DNAに分かれて染色体を形成して おり、最も大きいものが2億5千万塩基対で、最も小さいものが5500万塩基 対である。 染色体は22種類の常染色体とXとYの2種類の性染色体に分類さ れる。 核を持たない赤血球をのぞく体細胞は2倍体であり、同じ種類の常染色体 を2本ずつ、性染色体を2本(女性はXとX、男性はXとY)の合計46本の染色体 を持っている。 生殖細胞は1倍体であり、常染色体を1本ずつ、性染色体 を1本の合計23本の染色体を持っている。 ミトコンドリアゲノムは16569塩基対の環状DNAでミトコンドリアの中に多 数存在している。 体細胞も生殖細胞も約8000個ずつ持っている。>(同) ヒトゲノム計画の成果と問題点 <すでにほぼ完成している染色体地図をもとに遺伝学的手法を使って、い くつかの病気に関係する遺伝子が発見されている。 嚢胞(のうほう)性線維症や筋ジストロフィー、ハンチントン舞踏病(→ 舞 踏病)などの遺伝性疾患に関与する遺伝子も同定(?同一であることを見極 めること?生物の分類上の所属を決定すること)されてきている。 日本の研究機関も、大腸癌(がん)抑制遺伝子、急性骨髄性白血病遺伝子な どを明らかにするという成果をあげている。これらは遺伝性疾患を治療す るために、よりよい遺伝子スクリーニングや新薬、遺伝子治療を開発する ための第1歩である。 ヒト遺伝子に存在する致命的な欠陥が修正できるようになれば、疾患に対 する取り組みは激変する可能性がある。 しかし、遺伝子変異が発見されても治療法がないことも多く、患者への告 知などが課題となっている。 また一方で、ヒトゲノムに関する情報が増加するにつれて、倫理的、社会 的、法的な面から多くの論議が出ている(→ バイオエシックス:応用倫理学)。 すでにヒトゲノム計画の初期の発見をめぐって、塩基配列の特許を認める ことが適切かどうか、保険会社やその従業員が遺伝子情報を入手できるよ うにするのは妥当なのか、悪用や乱用の規制はどうするのか、本来なら子 孫に伝えられるはずの遺伝的な欠陥を修正してもいいのか、といった問題 が世界中ではげしく議論されている。> Microsoft(R) Encarta(R) 2006. (C) 1993-2005 Microsoft Corporation. All rights reserved. 医学に詳しくなった元NHK記者石岡荘十さんのコメント。 DNAの解析が話題になるずっと前から循環器内科の医者は、初診で糖尿病 の家族がいないかどうかをしつこく訊くことになっていたそうです。 理由は―ー <米国では、ほかの病気ではすべて死亡率が下がっているのに、糖尿病患 者だけは死亡率が上がっているそうだ。 「それは日本でも同じ」と指摘するのは京都大医学部の臨床教授で、 JR京都専売病院の桝田出(いずる)内科部長。 ▽虚血性心疾患による死亡19%に上昇 「肥満などが原因で起こる2型糖尿病患者の最近10年間の死亡率は 同傾向にある」という。 死亡率が高い原因は、糖尿病の合併症として知られている腎症・腎不全に 加え、虚血性心疾患などの心臓病の発症が増えているためと考えられている。 「日本の2型糖尿病患者の死因分析では、虚血性心疾患による死亡が年と ともに増加中。1970年代後半では全体の10・9%だったが、 90年代前半には19%に上昇している」と桝田部長。 糖尿病を合併した心臓病(虚血性心疾患)については、いくつか問題点が あるらしい。>(以上、共同通信Medical News web版) このため循環器内科の医者はまず家族に糖尿病患者はいないか、しつこく 聞くことにしています。DNAの解析以前に症例データの数から統計的に、 「糖尿病体質は高い確率で受け継がれる」と考えていたからです。遺伝子 レベルでの新たな研究成果はそのことを裏付けたことになるのかもしれま せん。 また癌についても慶応大学の放射線科部長、近藤誠医師が著書の中で、お おむねこんなことを言っています。「癌には2つある。癌を克服したとよ く言うけどそれは本物(?)の癌ではない。癌もどきなのだ。だから治った。 本物の癌は生まれたときからDNAに組み込まれていて、全摘をしたからと いって完治はしない。 例の逸見(フジTVキャスター)さんの全摘はすべきでなかった」 と自分の病院の心臓外科医を批判して話題になりました。彼の著書「患者 よ、 がんと戦うな」(文春刊)はベストセラーになりました。 そんなわけで、いずれ遺伝子操作をめぐる大問題が確実に起きると私は 思っています。ただし、それまでに早くて20年というところだそうでま あ、孫子の時代のことでしょう。 ━━━━━━━ 話 の 福 袋 ━━━━━━━ ◎日本人が元氣になる記事です。 【国際ビジネスマンの日本千思万考】世界で中韓だけが日本への「否定」 が「肯定」を上回るという現実 2014.9.21 <http://sankei.jp.msn.com/west/west_economy/topics/west_economy-22644-t1. htm > 国際ビジネス] <http://sankei.jp.msn.com/west/west_economy/photos/140921/wec14092107 000004p1.htm> ?クールジャパン?として世界で人気のきゃりーぱみゅぱみゅの米ニュー ヨーク公演。チケットは完売し、海外での人気の高さを裏付け た=2013年4月(アソビシステム提供) ?クールジャパン?として世界で人気のきゃりーぱみゅぱみゅの米ニュー ヨーク公演。チケットは完売し、海外での人気の高さを裏付け た=2013年4月(アソビシステム提供) ■日本をもっと知ることが国際化 前回、カナダ在住時代に現地の最優秀代理店を日本へご招待し、彼らが日 本観光を十二分に楽しんだという話をご紹介しました。われわれ日本人で さえ意識していない観光資源がわが国にはたくさんあります。それをいか に世界に向けて発信するかが日本が観光大国になるためのカギですが、観 光に限らず、真の国際人とは、「自らの国をよく知り、よく語れる人」な のです。 まずは、日本が世界からどう見られているか、です。戦後日本が復活の過 程を終え、世界の経済大国にのし上がったとき、英エコノミスト誌のノー マン・マクレーが「驚くべき日本の台頭論」を、次いで米の未来学者ハー マン・カーンが「日本超大国論」を、社会学者のエズラ・ボーゲルが 「Japan as Number One−アメリカへの教訓」と続い たのは、数十年前のことでした。当時は「欧米に追いつき追い越せ」とい う情熱と努力が「人口ボーナス」(働く世代の割合が増えていくことに よって経済成長が後押しされること)の恩恵も受けて実ったのでした。 ところが冷戦終了後、急激なグローバル時代の到来に向けて、日本は新た な国家ビジョンと課題を自ら設定し、それに向かって自己革新することが 不可欠であったはずなのに、戦後教育による自虐志向に染まり、自国への 誇りをもてない多くの日本人は、国際化に後れをとり、自己規制から革新 への挑戦を怠り「ジリ貧経済」「失われた時代」へと、低迷に陥ってし まったのです。 ■足し算ではなく「割り算」の国富 問題は「これから」だと考えます。悲観論者は、少子高齢化の日本はます ます「人口オーナス(負荷)」を受け、ジリ貧から ドカ貧 へと向かうと 言い募りますが、逆に60年前の米国が、世界経済の50%を握りパックスア メリカーナと言われて以後も続く人口ボーナスの恩恵を生かせず、今では 20%以下にまで急落した現実と、そのうち米国を抜き世界一の経済大国に なると持ち上げられた人口大国・中国とて、早くも成長鈍化の下り坂に突 入している事態を見るにつけ、人口と経済を単純に結びつける議論は正鵠 を得ていないと思います。 一方で「人口オーナス」を心配された北欧諸国やドイツ、アジアではシン ガポールなどが、経済好調を続けていることにこそ、注目すべきではない でしょうか。カギは、足し算の国富ではなく、割り算の富、すなわち一人 当たりの国民所得を最大化する奈辺にあるようです。 ■世界は空前の日本ブーム 多くの日本人が自信を失っている一方で、マンガ・アニメに代表される ポップカルチャーが世界を席巻し、併せて食文化・美しい景観と自然を愛 でる伝統文化・環境保全・治安維持・道徳律の高さと奥ゆかしさ・先端科 学技術とモノ造りなど、世界は今「クールジャパン」に夢中で、空前の日 本ブームに沸いているといってもよいでしょう。 かなり行儀の悪い近隣の数カ国だけが「世界地図」であるわけではないこ とに思いを致し、日本人一人一人が、日本をもっと知り、誇りを取り戻 し、真の国際人として、世界200を超える国と自治領に向き合っていくべ き機会を大切にしてゆくべきときだと確信します。 英BBC放送の世論調査では、年次によって多少の順位変動はあるもの の、「世界によい影響を与えている国」として、毎年トップクラス (1−3位)に