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強磁場スピン通信 - 100テスラ領域の強磁場スピン科学

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強磁場スピン通信 - 100テスラ領域の強磁場スピン科学
強磁場スピン通信
High Magnetic Field Spin Science News
No.10
科学研究費補助金特定領域研究
100テスラ領域の強磁場スピン科学
Research Project, Grant-in-Aid for Scientific Research on
Priority Areas
High Magnetic Field Spin Science in 100 Tesla
目
次
はじめに
東北大学
野尻浩之
3
J-PARC における超強磁場中性子散乱装置の開発
東北大学
野尻浩之
4
TbB4 のパルス強磁場下共鳴 X 線回折実験
原子力機構
稲見俊哉
7
価数揺動物質の強磁場 X 線磁気円二色性分光
東京大学
松田康弘
10
磁場中粉末試料偏極中性子回折及び小角散乱による Fe16N2 磁性微粒子の研究
原子力機構
加倉井和久
13
スピネル磁性体LiCrMnO4の中性子散乱
原子力機構
松田雅昌
18
原子炉施設での 40T 級パルス磁場下中性子回折法の開発と磁場誘起転移の観測
東北大学
大山研司
21
量子磁性体における磁場誘起格子変形
東北大学
鳴海康雄
24
強磁場 NMR による銅酸化物及び鉄プニクタイト高温超伝導体の研究
岡山大学
鄭国慶
27
擬二次元三角格子反強磁性体 NiGa2S4 の強磁場多周波 ESR
大阪大学
萩原政幸
30
磁化プラトーを示す量子スピン磁性体 NH4CuCl3 におけるマグノン局在
上智大学
後藤貴行
33
パルス強磁場を用いた ESR 測定システムの開発と応用
神戸大学
太田仁
36
反強磁性リングクラスターCr8Ni におけるスピンフラストレーション効果
-NMR および強磁場磁化測定-
北海道大学
熊谷健一
39
単層 Bi 系高温超伝導体のエネルギーギャップに対する磁場効果
東北大学
小林典男
42
FeAs 系超伝導体における磁気光学イメージング
東京大学
為ヶ井強
45
強相関電子系の強磁場中局所電子状態解像
理化学研究所
花栗哲郎
48
量子ホール2次元電子系のスピンイメージング
千葉大学
音賢一
51
パウリ常磁性効果の効いた超伝導体の理論
岡山大学
町田一成
54
強磁場 STM の開発-冷凍機冷却超伝導マグネットを用いた強磁場 STM の現状-
東北大学
西嵜照和
57
非破壊 100 T 領域の精密物性研究
東京大学
金道浩一
60
多層グラファイトにおける3次元Dirac正孔と負性層間磁気抵抗
東京大学
長田俊人
63
1
パルス強磁場下におけるマルチフェロイック物質の研究とイメージングシステムの構築
東京大学
徳永将史
66
カンチレバーを用いた高磁場・高周波電子スピン共鳴装置の開発
神戸大学
大道英二
69
強相関 4f・5f 電子系における低温異常の磁気特性
北海道大学
網塚浩
72
単結晶 CeCu2Ge2 における磁場中物性測定
静岡大学
海老原孝雄
75
強磁場磁化と中性子・X 線回折による希土類金属間化合物の磁性研究
物・材機構
北澤英明
78
強磁場下半導体 2 次元電子系-局在電子系システムの最近の研究
物・材機構
高増正
81
希薄磁性半導体量子ホール系におけるサイクロトロン共鳴
物・材機構
今中康貴
84
鉄ヒ素系超伝導体関連物質 BaNi2P2 のハイブリッドマグネット使用による
ドハースファンアルフェン効果測定
物・材機構
寺嶋太一
87
超強磁場磁気光学物性探索-カーボンナノチューブの磁気励起子の
超強磁場アハラノフ・ボーム効果
東京大学
嶽山正二郎
90
電磁濃縮法磁場発生開発の現状および物性測定への応用
東京大学
小嶋映二
93
磁性半導体(Zn,Cr)Te 中の Cr 分布の不均一と磁化特性
筑波大学
黒田眞司
96
単層カーボンナノチューブの磁気光学特性に関する研究
熊本大学
横井裕之
99
多自由度相関系の強磁場電子物性
東北大学
石原純夫
102
強磁場下での化学反応の磁場効果
埼玉大学
若狭雅信
105
強磁場の創る新奇スピン秩序状態の理論解析
新潟大学
奥西巧一
108
ランタン系銅酸化物における量子振動の探索
大阪大学
安藤陽一
111
強相関電子系における強磁場下高エネルギーX線分光
岡山大学
原田勲
114
近藤半導体 Lu1-xYbxB12(0 < x < 0.25)の異方的磁気抵抗効果
広島大学
伊賀文俊
117
シアノバクテリア由来光化学 II 複合体の高磁場 ESR による研究
分子化学研究所
中村敏和
120
新奇な量子スピンフロップ現象の観測を目指す理論的研究
原子力機構
坂井徹
123
2
強磁場スピン科学のまとめと広がりの年に
野尻浩之
2009 年は特定領域研究:100 テスラ領域の強磁場スピン科学が後半の開始の年
を迎えます。本強磁場スピン通信 10 は、領域の 2008 年度の活動のまとめとし
て、昨年度の計画班の活動、そして 2008 年から新たに領域に加わった公募班の
活動など、領域 4 年目の活動を示すものとなっています。
2008 年度は、強磁場スピン科学の最終的な目標にむけて幾つかの大きな流れが
出てきた年でもあります。磁場発生、NMR の着実な進展、X 線 MCD など、領域が
開始されたときには、遠い目標としてしか見えなかったものが、実際の実験と
して実現し、発展することで、新しい分野としての広がりが期待されています。
そのことは、領域と関連した研究の広がりや、幾つかの受賞という形で、領域
外からの評価として示されてきています。その 1 つとして、2009 年 3 月には原
子力機構と共催の形で、強磁場の放射光 X 線研究への応用という国際会議を
SPring8 で開催し、20 名を越える海外の研究者を含めて、活発な討論が行われ
ました。こうした活動は領域の国際的な先導性を示すものです。また、最近多
くの研究者がこの分野に参入されていることも分野の広がりを示しています。
領域はあと 1 年となりましたが、この研究の深さと広がりをさらに推し進める
ためにも、まとめとして成果の発信に努めると共に、研究の展開をさらに図る
ことが大切であると考えられます。そこで大事なことは、領域の掲げている
先端計測の革新を軸にした強磁場スピン科学の推進
という目標と、その具体
的な計画を常に意識し、再確認し、共有し、そして領域外に広げることです。
特定領域、磁場スピン科学が、新しい木として、研究の果実を生むと共に、さ
らに周りの研究者を引きつけて、分野として発展してゆくことこそが、特定領
域のかなめであり、そのために 2009 年度も、国際会議の主催を含めて、総力を
挙げてゆきたいと考えています。
3
J-PARC における超強磁場中性子散乱装置の開発
東北大金研
野尻浩之,鳴海康雄,大山研司,岡田郷子,吉居俊輔
Development of Ultra-high Magnetic Field Neutron Diffraction at J-PARC
Hiroyuki Nojiri, Yasuo Narumi, Kenji Ohoyama, Kyoko Okada and Shunsuke Yoshii
IMR, Tohoku University
Developments of pulsed high magnetic fields for neutron diffraction
experiments have been conducted at J-PARC. We have succeeded in the
generation of 50 T with the J-PARC compact conical solenoid magnet. A
test experiment has been conducted at NOBORU spectrometer. The
system is capable of measuring magnetic field dependence of the magnetic
wave vector and of taking of several peaks in a longer pulse width.
超強磁場下における中性子実験は、磁場により誘起される様々な相の秩序変数を直接決定
するために必要不可欠である。例えば、フラストレーションを有する反強磁性体では、低温
で残る縮退を解消するために、格子や軌道とスピンとの結合を通じて複合的な相転移を生じ
る事が多い。この様な系で強い磁場によりスピンを配向すると、フラストレーションを制御
し、量子臨界性をあらわにする事が期待できる。また、最近話題になっているマルチフェロ
イック磁性体においては、しばしば非整合な磁気秩序が誘電性の発現に関与しており、その
機構に注目が集まっている。強磁場で磁気構造を制御しながら、磁性と誘電性の相関を解明
することは、極めて有効である。しかし、これらの系で現れる複雑に入り組んだ相の磁気的
秩序変数を強磁場中で直接決定するには中性子回折が必要である。
現在、定常磁場で中性子回折を行える範囲は 15-17 T である。我々は、このような現状を打
開するために、30-40 T 程度の JRR-3 原子炉を使った中性子回折実験の開発してきた。2008
年度は 100-200 回の磁場積算で基本磁気反射強度の磁場依存性が測定できるシステムを完成
させ、30 T を越える磁場領域での中性子回折の研究を進めてきた。原子炉中性子は、高い分
解能と低いバックグラウンド、強度の磁場依存性が測定出来ることなどに特徴があり、特に
整合磁気反射による磁気構造の研究に威力を発揮している。また、実験のコンパクトさから
ILL などの海外での実験も展開している。一方で、磁場中で周期や波数そのものが変化する
場合は、原子炉実験はあまり効率が良くない。このような場合には、白色中性子源であるパ
ルス中性子が必要であり、2008 年度は共用が開始された、J-PARC パルス中性子を用いた開発
を進めてきた。
パルス中性子においては、白色中性子を用いるので、散乱角は固定したまま波長で逆格子空
間を走査することが可能である。今回、コイルとしては、散乱角が 30 度取れるコーン型のコ
ンパクトなソレノイドコイルとした。これは中性子回折では比較的大きな試料が必要なため、
スプリット型ではギャップが大きくなり磁場強度が極端に落ちてしまうためである。このコ
4
イルを試験し、50 T 以上の磁場を発生することが出来た。J-PARC の第一期の最終強度を考え
ると 10 回程度の磁場発生でデータの取得が期待できるので、予想される 1000 回程度の最高
磁場における耐久性を考えれば、50 T 領域での中性子回折の実現が可能である。また 50 T
におけるエネルギーは約 120 kJ である。電源は最高充電圧 10 kV、蓄積エネルギー250 kJ で
あり、重量は 3.5 ton で、J-PARC 物質・生命実験施設に設置されている。
クライオスタットとしては、原子炉用に開発した逆転配置型を改良したドーナツインサート
を開発した。ドーナツインサートでは、窒素槽を最も内側において、コイルを窒素冷却する
ことで通常のパルス磁石を利用することが可能である。試料は、液体ヘリウムで冷却可能で
あり、減圧することで 2 K 以下の低温を達成でき、転移点の低い磁性体の測定が可能である。
検出器としては、PSD 検出器を 16 本配置することで水平方向 8 度、垂直方向 21 度を一度に
カバーすることが可能である。磁場中における磁気構造が変化し、周期の変化によりブラッ
グ反射が移動する事を容易に捉えることが出来る。
測定は次項の図のように TOF 法を用いて行う。この方法では、パルス陽子ビームのターゲッ
トへの衝突により、瞬間的に生成された白色中性子が試料に到達する時間を測定することで
分光を行う。実験に用いる NOBORU 分光器では、ターゲットからの距離は 11 m 近くあり、0.125 msec の時間領域で TOF スペクトルを測定する。一方、磁場のパルス幅は最高磁場の半分
の磁場においても約 7 msec と長く、ある散乱角において複数のブラッグ散乱を観測すること
が出来る。例えば、(00L)反射において、L の偶奇により磁気反射成分の有無が変わる場合、
磁場で強度や位置が変化しない核反射を参照ピークとして使用することで、強度の正確な評
価が可能となる。また、複数の磁気反射の同時計測が可能であるので、磁場と磁気反射の発
生タイミングを変えることで、異なる磁場における磁気反射強度を1つの設定で測定するこ
とも可能となる。イメージング検出器を用いた離散的な時間分割 X 線測定に近いが、白色中
性子を用いるので、いわゆるω走査でなく、θ走査であり、波数変化を出来ることが特徴で
ある。また、冷中性子を用いるので、磁気反射に有利な長波長の中性子の強度が強いことも
特長である。
2009 年 2 月にはこれらのシステムを分光器サイトで稼働してのテスト実験を行い、磁場発
生や同期など基本的な性能を確認することが出来た。J-PARC のビーム強度は、加速器の都合
で、現在は、2009 年初頭における予定強度 100 kW の 20 %程度の強度となっているため、期
待された強度をこのテスト実験で得ることは出来なかった。2009 年は、当面、強度の強い散
乱などに的を絞る事で、40-50 T 領域における中性子回折実験の検証からさらに応用へと進
めてゆく予定である。さらに、原子炉用に開発したポータブルなインサートを用いることで、
600 kW と J=PARC の目標強度での共用実験が既に始まっているオークリッジの SNS における
実験を予定しており、30 T 領域での中性子回折実験の普及が期待される。
5
Shutter
10
time(ms)
15
PSD446_pos38 3:36:06 PM 09.2.22
5
20
Collimator
PSD
Cryostat
High magnetic field Instruments for NeuTron Scattering
NOBORU spectrometer
Target
Hutch
Cabin
50
40
30
20
10
0
0
6
Pulse beam
Capacitor
Bank
Magnet test
Count (a.u.)/B(T)
TbB4 のパルス強磁場下共鳴 X 線回折実験
原子力機構、東大物性研 A、東北大金研 B、 広島大理 C、東北大理 D
稲見俊哉、大和田謙二、松田康弘 A、Z. W. OuyangB、
野尻浩之 B、松村武 C、村上洋一 D
Resonant X-ray Diffraction Study on TbB4 under Pulsed High Magnetic Fields
T. Inami, K. Ohwada, Y. H. MatsudaA, Z. W. OuyangB,
H. NojiriB, T. MatsumuraC,Y. MurakamiD
JAEA, ISSP University of TokyoA, IMR Tohoku UniversityB,
Hiroshima UniversityC, Tohoku UniversityD
We have carried out resonant x-ray diffraction experiments under pulsed
high magnetic fields on the Shastry-Sutherland lattice TbB4, which shows
a multi-step magnetization process between 17 T and 28 T. In recent
experiments, we have conducted polarization analysis of the scattered
x-rays, and it was found that the scattered x-rays are dominated by the
rotated channel (π→σ). The results support the previous conclusion that
the large XY components of the magnetic moment exist in the high-field
magnetization-plateau phases.
我々は非常に小型のパルスマグネットを用いて、強磁場下での放射光 X 線実験の開発を行
っている[1]。X 線回折実験については開発の初期に、強度の強い、いわゆる構造ピークの観
察に成功し、YbInCu4 や CdCr2O4 について磁場誘起の構造相転移の研究を展開した。現在は次
のステップとして、弱い反射(超格子反射や禁制反射、磁気反射、ATS 散乱)の観測に取り組
んでいる。その理由は、これらの反射は結晶の対称性や磁気秩序、四極子秩序といった物性
研究上重要な性質に対する直接的な情報を持っているからである。その初めとして、我々は
TbB4 の共鳴磁気回折ピークの磁場依存性の測定を続けている。
TbB4 を含む一連の RB4 化合物では、希土類イオンが Shastry-Sutherland 格子を組み、このた
めスピンならびに多極子間に強いフラストレーションが働き、興味深い物性が現れることが
期待されている。TbB4 では、c 軸に磁場を印加した際、17T と 28T の間で磁化が多段の階段
状に増加する現象が発見され、それぞれの磁化プラトー相がどのような磁気構造になってい
るのか、この多段の逐次相転移がどのような機構で出現しているのかといった点に興味が持
たれている[2]。さらに中性子回折で求まったゼロ磁場での磁気構造は c 軸と垂直な面内にス
ピンが寝ている構造であり[3]、c 軸に磁場を印加するとそれが起き上がってくるという単純
な予想と実際の磁化過程とは全く相容れない。
X 線の磁気散乱断面積は通常非常に小さいが、希土類イオンでは回折実験ができる短波長
領域にある L 吸収端での強度の共鳴増大が比較的大きく、これを利用すればパルス磁場下と
7
いう積算時間の短い実験条件下でも磁気回折の測定が可能である。我々はこの共鳴磁気 X 線
回折実験を TbB4 に対して行い、100 及び 500 磁気反射の磁場依存性を測定し、そこから高磁
場相の磁気構造が大きな c 軸垂直成分を持っていることを見出した。一方、放射光 X 線は高
い偏光度を持って入射しており、偏光解析が可能である。散乱過程の偏光依存性を明らかに
することは秩序パラメータの対称性を知る上で重要な情報となるが、しかしながら結晶アナ
ライザを用いた偏光解析は、検出器に届く強度が 5%程度に減少するため、積算時間の短い
パルス磁場下実験では実現困難と思われていた。我々は入射光にチョッパーを挿入すること
により、実効的に放射光による入熱を減らし、全入射光強度を(パルス磁場印加時に)利用でき
るようにすることで強度の問題を緩和することを試みた。
実験は SPring-8 の原子力機構専用ビームライン BL22XU を用いて行った。磁場発生は小型
のパルスマグネットを用いて行い、冷凍器としては GM 冷凍器を使用した。磁場印加方向は
c 軸で、散乱面に垂直である。100 反射の共鳴 X 線ピーク強度は偏光アナライザ透過後で毎秒
2 万カウントと十分強いとは言えなかったが、30 回の積算で 30T までの磁場変化を測定する
ことができた。結果は明瞭であり、17T から 28T の間でほぼπ→σ過程にしか強度が観測され
ず、π→π過程には全く強度が観測されなかった。共鳴磁気散乱振幅は m⋅(εi×εf) (m:磁気モーメ
ント、εi,f:入射、散乱偏光ベクトル)に比例するため、入射偏光がπ偏光の場合、π→σ過程は c
軸垂直成分を、π→π過程は c 軸平行成分を観測する。この結果は、従って、高磁場相が大き
な c 軸垂直成分を含むという従来からの主張を明確にしたことになる。さらに 500 反射の偏
光依存性も測定し、十分な強度が観測された 25T 程度までは同様にπ→σ過程に支配されてい
ることを明らかにした。これらの結果を総合すると、共鳴磁気回折に重畳する ATS 散乱の寄
与についても議論ができ、h00 反射(h:奇数)で観察される高磁場相の秩序変数は c 軸に垂直な
磁気モーメントであるとほぼ結論できる[4]。
X 線の散乱過程の偏光依存性を明らかにすることは、共鳴 X 線回折実験では秩序変数の対
称性を知る上で重要な要素となっている。今回、散乱光の偏光解析が可能であることを示し
たことで、磁気回折実験に加えて、ATS 散乱を用いた多極子秩序などの研究においても、秩
序変数の空間秩序の方向・周期だけでなく、秩序した多極子の対称性の議論が可能なことを
示したことになり、パルス強磁場下共鳴 X 線回折実験の開発において重要なステップになっ
たと言える。
[1] 松田、稲見ら, 固体物理 40 (2005) 882.
[2] S. Yoshii et al., J. Magn. Magn. Mater 310 (2006) 1282; Phys. Rev. Lett. 101 (2008) 087202.
[3] T. Matsumura et al., J. Phys. Soc. Jpn, 76 (2007) 015001.
[4] T. Inami et al., J. Phys. Soc. Jpn. 78 (2009) 033707.
8
Tb
17
28T
Shastry-Sutherland
(H//c)
! X
TbB4
TbB4
100
X
500
π-π
!" # $ % & ' ( & ' ) * + , - . /
π-σ
0%1 2 (34 # 5 6 7 8 9 8 : ; < + 7 !
100
π-σ
" # $ % & ' ( ) * + , - . /0 1 1 2 3 4 5 6 7 89
H: ' ; <3 IJ= 0 K >?L @@ 0' (M AN O B P4 CQ /R4 D ES F F G D /0T U>< : ? VW 0 >
100
9
価数揺動物質の強磁場 X 線磁気円二色性分光
東大物性研、東北大金研 A, 原子力機構 B
松田康弘、何 金龍、欧阳钟文 A、稲見俊哉 B,大和田謙二 B、野尻浩之 A
High-Magnetic-Field X-ray Magnetic Circular Dichroism in
Valence-Fluctuation Materials
Y. H. Matsuda, J. L. Her, Z. W. Ouyang A, T. InamiB, K. OhwadaB, H. NojiriA
ISSP, Univ. Tokyo, IMR, Tohoku Univ. A, JAEAB
X-ray magnetic circular dichroism (XMCD) in rare-earth valence
fluctuation materials, EuNi2(Si1-xGex)2 (x=0.82), EuNi2P2 and YbInCu4
has been investigated in high fields up to 40 T. Distinct two XMCD peaks
corresponding to the divalent and trivalent states of Eu were observed in
Eu-based materials. However, only one XMCD peak due to the trivalent
state of Yb was observed in YbInCu4. Although we have several possible
origins for the difference between Eu and Yb systems, the strength of the
c-f (conduction electron – f-electron) hybridization may be one of the
important parameters.
強磁場中の電子状態を調べる手法は極めて限られており、強磁場 X 線分光は最も期待さ
れる手法の 1 つである。これまでに我々は、超小型パルス磁場技術を用いて世界最高の 50 テ
スラ強磁場下での X 線吸収分光実験を実現し[1]、希土類金属間化合物における磁場誘起価
数転移における Yb や Eu 価数の直接観測に応用してきた [2,3] 。 X 線磁気円二色性(XMCD)
分光は、左右円偏光 X 線における差分吸収をみる手法であり、遷移の終状態の電子について
ミクロな磁気偏極に関する情報を得ることができる。しかし一方で XMCD の観測には物質に
磁化を誘起する必要があるため、従来、XMCD は強磁性体の研究が中心であり、反強磁性体
や常磁性体への適用はごくわずかしか行われていない。
40 テスラ級の強磁場を用いることで、
様々な興味深い磁性体の研究に XMCD を応用することが可能となり、大きな研究展開が期待
できる。ただし、XMCD 信号は 0.1 %∼数%の大きさであり、実効測定時間が短いパルス強
磁場下での実験には高い測定精度を実現する必要がある。前年度までに、パルスマグネット
の改良によるパルス幅の拡大や試料加工法の改善、ノイズ対策などに取り組み、世界最高磁
場である 40 テスラでの XMCD 実験を実現した。今年度はその技術を用い、価数揺動系の
XMCD について研究を進めた。
価数揺動現象は、局在したf電子と伝導電子が強く混成(c-f 混成)し、f殻の電子占有
数が揺らぐ現象である。このとき、f電子はある程度の遍歴性を有し、また、f電子の持つ
局在磁気モーメントが、伝導電子によるスクリーニングで消失したように見える状態が実現
10
するなど、局在電子と伝導電子の相関の観点から興味深い。これまでに、Eu 系価数揺動物質
EuNi2(Si1-xGex)2 (x=0.82) 及び EuNi2P2 について、Eu2+(f7, J=7/2)と Eu3+(f6, J=0)に起因した
2 つのピーク構造を持つ特異な XMCD スペクトルを観測してきた。Eu3+の基底状態は J=0 の
非磁性状態であるため、有限の XMCD 信号が Eu3+に対して観測されるのは必ずしも自明では
なく、伝導電子が媒介した磁気偏極誘起が 1 つの可能性として期待される。今年度、同様の
現象が他の価数揺動系でも生じるかを調べるために、典型的な価数揺動物質である YbInCu4
の強磁場 XMCD 実験を行った。YbInCu4 は約 42 K で価数転移し、Yb 価数が約 2.85 の価数揺
動状態となる。低温価数揺動状態ではパウリ常磁性的であり、磁場印加により約 30 T で磁場
誘起価数転移によるメタ磁性を示す。実験は SPring-8 の BL39XU で行い、測定温度は 5 K で
ある。磁場発生はパルス幅約 2 ms、内径 3 mm のミニマグネットを用いた。
Yb の L2, L3 XMCD 信号は共に 30 T 付近から立ち上がり、積分ピーク強度は磁化カーブと
良い一致を示すことがわかった。強磁場領域での XMCD スペクトルからは、Yb3+(f13, J=7/2)
に起因するピークが 1 本観測されたのみで、Yb2+(f14, J=0)に起因する明瞭なピークは観測され
なかった。Eu 系では、J=0 の非磁性状態の XMCD の起源の 1 つとして c-f 混成の強さが重要
であると現在予想しているが、YbInCu4 の c-f 混成強さが十分でないために 1 本の XMCD ピ
ークのみである可能性がある[4]。しかし、Yb と Eu では非磁性 J=0 状態での f 殻の占有電子
数が大きく異なり、Yb2+が S=0, L=0, J=0 であるのに対し、Eu3+が S=3, L=3, J=0 であり励起状
態 J=1, 2, ..が存在するため、Eu では J=1 以上の励起状態の寄与が少なからず存在する。この
効果がどの程度であるかは、現在正確な見積もりが難しいが、軟 X 線領域での実験から決定
できると考えられる。
また、別の観点から Yb 系の XMCD は Eu 系とは著しく異なる点が明らかになった。Eu 系
では L2, L3 XMCD スペクトルは符号の反転を除いてよく似ているが、Yb 系では L2 XMCD は
L3 に比べて強度は数分の1程度であり、スペクトル幅も大幅に減少している。結晶場の効果
や付加的な磁気偏極を 5d 電子に考えることで L2, L3 XMCD スペクトルの違いを説明できる可
能性があり、現在理論計算との比較・検討が進行中である。
[1] Y. H. Matsuda et al., J. Phys.: Conference Series 51 (2006) 490-493.
[2] Y. H. Matsuda, T. Inami et al., J. Phys. Soc. Jpn. 76 (2007) 034702.
[3] Y. H. Matsuda et al., J. Phys. Soc. Jpn. 77 (2008) 054713.
[4] A. Kotani, to be published in Euro. Phys. J. B (2009).
11
12
磁場中粉末試料偏極中性子回折及び小角散乱による Fe16N2 磁性微粒子の研究
日本原子力研究開発機構 1)、J-PARC センター2)、茨城大学 3)、日立マクセル 4)
加倉井和久 1)、武田全康 1)、奥隆之 2)、石井佑弥 3)、菊
池隆之 3)、玉井雄大 3), 萩谷裕之 3)、篠原武尚 2)、鈴木
淳市 2)、横山淳
3)
、西原美一 3)、佐々木勇治 4)、岸本
幹雄 4) 、粟野博之 4)
Polarized neutron small angle scattering and diffraction study of
Fe16N2 nanoparticles in saturating magnetic field
K. Kakurai1), M. Takeda1), T. Oku2), Y. Ishii3), T. Kikuchi3), Y. Tamai3), H.
Hagitani3), T. Shinohara2), J. Suzuki2), M. Yokoyama3), Y. Nishihara3), Y.
Sasaki4), M. Kishimoto4), H. Awano4): QuBS, JAEA1), J-PARC Center2),
Ibaraki Univ. 3) , Hitachi Maxell4)
Polarized neutron small angle neutron scattering (SANS) and diffraction
investigation on fully magnetized ferromagnetic Fe16N2 nano-particle
material is reported. It is demonstrated that the structural and magnetic
characterization of magnetically saturated complex materials can be
effectively performed using polarized neutron small angle scattering and
diffraction experiments.
Utilizing the contrast due to the magnetic interference term accessible by
polarized neutron scattering, the non-magnetic layer thickness and the
magnetic core size are evaluated quantitatively by fitting a core-shell model
to the polarized neutron SANS results. In the polarized neutron diffraction
experiments differently oxidized Fe16N2 nano-particle samples were
investigated. The magnetic moment of the Fe16N2 core is evaluated for
different degrees of oxidization and it is found that there is a correlation
between c-axis lattice constant and the magnetic moment of the Fe16N2 core
material.
These studies clearly show that the combination of the extreme high pulsed
13
magnetic field and the polarized neutron option at J-PARC pulsed neutron
instruments such as high-intensity SANS and powder diffractometer at the
will open up a new era in the magnetic materials characterization by means
of neutron scattering, because the number of samples which can be fully
magnetized would increase drastically by extending the available magnetic
field range. Utilizing the polarization dependence of the magnetic scattering
the method will be powerful to characterize complex magnetic materials
connonly found in industrial products.
信頼性の高い磁気テープの更なる大容量化を可能にする為には高感度 GMR
ヘッドの使用に耐えうる媒体ノイズの低減が必要である。媒体ノイズの低減に
は、磁性体の微粒子化が最も効果的である事から、磁性微粒子の開発が精力的
に行われている。従来使われてきた針状磁性粒子は粒子サイズが小さくなると
保磁力が著しく減少する事が知られている。日立マクセルで開発された窒化鉄
微粒子(NanoCAP)(図1)はその保磁力が結晶磁気異方性によることから、20nm
以下に微粒子化しても高い保磁力を維持できる。この窒化鉄は準安定相である
ことから、安定した微粒子を実現する為に粒子表面に緻密な非磁性酸化物層に
より表面被覆処理が施されている。この表面非磁性層の厚さの最適化は、磁気
テープの記録特性を最大化する上で、重要な課題である。
そこで、我々は、平均粒径 20nm 以下の球状 Fe-N 微粒子の表面非磁性層の厚
さを定量的に評価することを目的として、表面処理方法の異なる 2 種類の Fe-N
微粒子について、0.15< q [nm-1] ≦ 2 の範囲のデータを取得することを目指し
て、偏極中性子小角散乱実験を行った。図 2 に入射中性子のスピン状態を up と
down にしたときの小角散乱強度測定結果の一例を示す。図中の実線はコアの磁
性領域の体積と表面非磁性層部分の体積の比が一定になるようにしたコアシェ
ル構造モデル(図3)によるフィッティング結果を示す。全波数領域における
実験結果を良く再現している事が明らかである。このような測定から得られた
表面処理方法の異なる 2 種類の Fe-N 微粒子の表面非磁性層の厚さの結果が表1
に纏めてある。このように偏極中性子の磁性に対するコントラストを活用して、
ナノ微粒子の構造に関する重要な情報が簡便に得られる。
また Fe16N2 微粒子の磁性特性の理解を深める為に、偏極中性子回折実験を実
施して、異なる酸化処理を行った窒化鉄超微粒子試料(MV1-8)の磁気モーメント
14
を測定した。図4に入射中性子のスピン状態を up と down にしたときの粉末回
折パターン測定結果の一例が示してある。実線は昨年度の広波数領域を含む測
定から検証された不純物を含むフィッティングの結果で、スペクトルを良く再
現している。このような解析から得られた Fe16N2 の磁気モーメントの酸化度依
存性が図5に示してある。酸化度の増加に伴い、磁気モーメントが減少してい
る様子が明らかである。同時に求められた体積率から酸化度の増加に伴い
Fe16N2 のコア体積が減少していることから、磁気モーメントの窒化鉄粒径依存
性を示唆する結果が得られた。窒化鉄の更なる微粒子化を目指す上で重要な情
報であると思われる。
この一連の研究により偏極中性子小角散乱及び回折を活用した測定法により、
応用研究で遭遇する比較的多量の不確定非磁性物質を含む複雑な磁性体の構造
や磁性特性の解明が非常に簡便に出来る事が明らかになったと思われる。そし
て 100T 強磁場スピン科学の特定領域研究が目標としている J-PARC における
パルス高磁場試料環境と大強度小角散乱装置や粉末偏極中性子回折装置(図6)
の組み合わせによるより高精度な測定により、産業利用を含む応用研究におけ
る中性子磁性材料研究の新時代の可能性が明確に示されたと思われる。
15
70
220
図2
65
80
→ I (-)
図3
I (+) ←
75
2θ (deg.)
MV1
fit_MV1
Fe 16 N 2
Fe 4 N
Fe
Fe 3 O4
Al2 O3
70
85
75
90
図5
係数値 標準偏差
y0
=2052.8 ア 111
b
=-5.0955 ア 1.34
x202 =66.956 ア 0.0311
x220 =70.405 ア 0.0156
x103 =72.462 ア 0.0995
xFe4N =64.585 ア 0
xFe
=70.429 ア 0
xFe3O4=67.734 ア 0
xAl2O3 =68.174 ア 0
Fe16N2=0.0075099 ア 0.000246
Fe4N =192.49 ア 35.7
Fe
=213.57 ア 65.5
Fe3O4 =407.98 ア 124
Al2O3 =197.26 ア 34.5
m
=1.8803 ア 0.0503
w
=1.1778 ア 0.0174
Sample
M2
M6
Old Model
3.4nm
2.8nm
New Model
3.6 nm
3.1 nm
表 1 偏 極SAN Sの実験結果より求めた表面非磁性層の厚さ rs
Polarized neutron small angle scattering and powder diffraction
on Fe16N2 nanoparticle
10nm
202
16
図1
5000
4000
3000
2000
65
Fe16N2 particle
図4
103
Counts / 360 sec
Powder Diffractometer, iMateria
New era of
magnetic materials investigation
by means of polarized neutrons
+ Pulsed high magnetic
field
Small Angle Neutron Scattering Instrument, Hi-SANS
Polarizing Filter
Polarized neutrons
3He
図6
(By courtesy of J-PARC Center)
17
スピネル磁性体 LiCrMnO4 の中性子散乱
原子力機構, 埼玉大理工 A, 理研 B, 東大物性研 C
松田雅昌, 本多善太郎 A, 香取浩子 B, 高木英典 B, 植田浩明 C, 上田寛 C,
三田村裕幸 C, 金道浩一 C
Neutron Scattering Study of Spinel LiCrMnO4
Masaaki Matsuda, Zentaro HondaA, H. Aruga KatoriB, Hidenori Takagi B,
Hiroaki Ueda C, Yutaka Ueda C, Hiroyuki MitamuraC, Koichi KindoC
Japan Atomic Energy Agency (JAEA), Saitama Univ. A, RIKEN B, ISSP, Univ. of Tokyo C
LiCrMnO4 has the spinel structure, in which the Cr3+ and Mn4+ moments with
S=3/2 are randomly distributed in the pyrochlore lattice. It shows a spin-glass
behavior below Tg~13 K suggested from the magnetic susceptibility experiments.
Our neutron scattering study shows that short-range magnetic correlations with
characteristic Q~0.6 and 1.6 Å-1 develop at low temperatures. The correlation with
Q~1.6 Å-1 is explained by the antiferromagnetic fluctuations originating from the
hexagonal spin clusters, which is proposed in ZnCr2O4. In magnetic field, the
magnetic signal at 0.6 Å-1 is gradually reduced although the signal at 1.6 Å-1 is
retained.
我々は、幾何学的フラストレーションを有するスピネル磁性体の磁気構造と結晶構造の相関に
関する研究を行っている。この系の大きな特色は、強い磁気フラストレーションとスピン-格子相
互作用により、構造相転移と磁気相転移が密接に関連しながら発現することである。中性子散乱
によりスピネル磁性体の磁気構造および結晶構造を研究することは、この系における強いスピン格子相互作用の理解に不可欠である。我々は、これまでにスピネル磁性体 ACr2O4(A:非磁性元素
Cd, Hg)等の中性子散乱研究を行い、この系における強いスピン-格子相互作用を明らかにしてき
た。今年度は、関連物質として興味深いフラストレート磁性を示す LiCrMnO4 のスピン相関に関
する研究を行った。
LiCrMnO4 は立方晶スピネル構造を有しており、3d3(S=3/2)イオン(軌道の自由度を持たない)
である Cr3+と Mn4+がパイロクロア格子上にランダムに分布していると考えられる[1]。帯磁率測定
では 13K 以下で ZFC と FC 測定の間にヒステリシスが見られており、スピングラス的振る舞いを
示すことがわかっている。この現象をミクロな立場から明らかにするために、我々は粉末試料を
用いて中性子散乱実験を行った。その結果、低温で短距離磁気相関が発達するのを観測した。磁
気弾性散乱は Q~0.6 Å-1 と 1.6 Å-1 にブロードなピークを持つ。1.6 Å-1 付近にピークが見られる振る
舞いは ZnCr2O4 において転移温度以上で見られる振る舞いとほぼ同様であり、6 つの正四面体のそ
れぞれ 1 つの辺から構成される六角形の頂点上に位置するスピンの反強磁性揺らぎに起因すると
考えられる[2]。0.6 Å-1 付近のピークは第二近接スピン間の反強磁性相互作用にほぼ対応するが、
18
現時点ではその原因は完全に理解出来ていない。パイロクロア格子上の幾何学的フラストレート
磁性に起因した新しいタイプのスピン相関であると期待される。
また、LiCrMnO4 は ACr2O4 と同様に磁場中での振る舞いも興味深い。~45 T までの磁化測定によ
ると、フルモーメント 3µB の 1/3 から 1/2 程度で飽和する傾向が観測されている。
これは ACr2O4
で観測されたスピン-格子相互作用に起因した 1/2 磁化プラトーと傾向が似ている。この振る舞い
を明らかにするために 10 T までの中性子散乱実験を行った。その結果、Q~1.6 Å-1 の磁気シグナル
は変化しないが、0.6 Å-1 の磁気シグナルは磁場印加とともに次第に減少することがわかった。こ
れは、零磁場では 2 つの磁気相が共存しており、比較的低磁場で 1 つの磁気相のスピンが磁場方
向に強磁性的に向けられるためであると考えられる。この振る舞いは、Q~0.6 Å-1 のシグナルの原
因となる相互作用が比較的小さいことを示唆しており、第二近接のスピン間相互作用が関与して
いるというモデルと矛盾しない結果となっている。
参考文献
[1] M. Tachibana et al., Phys. Rev. B 66, 092406 (2002).
[2] S.-H. Lee et al., Nature 418, 856 (2002).
19
スピネル磁性体LiCrMnO4の中性子散乱
LiCrMnO4 (Cr3+, Mn4+: S=3/2)
���������������� 軌道自由度なし
1
2
2.5
4K
20 K
100 K
M. Tachibana et al., Phys. Rev. B 66, 092406 (2002)
0.5
LiCrMnO4
中性子散乱実験
5000
4000
3000
2000
1000
0
0
1.5
Q (A-1 )
3
2つのブロードなピーク
~1.6A-1のピークはZnCr2O4(T>TN)と同様
~0.6A-1のピークは第二近接スピン間の
反強磁性相関にほぼ対応
20
Li
O
Cr, Mn
帯磁率
スピングラス的振る舞い
Intensity (counts/10min.)
原子炉施設での 40T 級パルス磁場下中性子回折法の開発と磁場誘起転移
の観測
東北大金研,原研A,LNCMIB, ILLC,大山研司、吉居俊輔、黒澤和晃、岡田響子、野尻浩
之、松田雅昌,P. FringsB, F. DucB, B. VignoleB, G. L. J. A. RikkenB,L.-P. RegnaultC
Development of the Neutron Diffraction Experiment technique in Reactor
Facilities with a 40T Pulsed Magnet and Observations of Field-Induced
Magnetic Transitions
IMR, Tohoku Univ., Faculty Science, JAEAA. ,LNCMIB, ILLC,K. Ohoyama, S. Yoshii, K.
Kurosawa, K. Okada, H. Nojiri, M. MatsudaA,P. FringsB, F. DucB, B. VignoleB, G. L. J. A.
RikkenB, L.-P. RegnaultC
Aiming at realising neutron scattering experiments under 40T magnetic
fields, we are developing neutron scattering techniques with a compact
and portable pulsed magnetic field system.
We have performed pulsed
magnetic field experiments in some geometrically frustrated spin systems
on triple axis neutron spectrometers at reactors in JAEA in Japan and ILL
in France. The results indicates that the pulse magnetic field technique
provides fruitful information even in reactor facilities, particularly for
magnetic field dependence of order parameters of metamagnetic
transitions.
強相関電子系を研究する上で、強磁場中の中性子散乱実験の重要性は言を待たない。しか
し超伝導磁石を用いた中性子実験での最高磁場は、現状では国内では 13T(JAEA)、世界的
にも 17.5T(HMI,ドイツ)にとどまり、最先端研究の要求に答えるのには十分ではない。一
方、パルス磁場では、本河らが KEK において行った繰り返しパルス磁場実験により、25T
パルス磁場での中性子回折実験が実現している[1,2]。この方式はいまでも有効であるが、し
かし、1 万パルス程度の長時間積算が必要である上、装置が大型なであるためスペースの限
られる中性子散乱施設では設置が難しく、実験例は少ないのが現状である。そこで本特定研
究では、コンパクトなコンデンサーバンクと小型マグネットからなる磁場システムを中性子
回折実験用に開発した。パルス磁場は、原子炉中性子装置よりもパルス中性子装置の方が相
性がいいとかんがえられがちであるが、本計画では、原研3号炉の時間平均ビーム強度が
KEK よりはるかに強いことに着目し、金研中性子散乱装置 AKANE などを用いたテストを
2005 年度から開始し、2008 年度までの実験により、満足のいく成果をえている。すなわち、
逆空間のある一点での磁気反射強度の磁場変化を測定することにおいては、パルス中性子源
よりも原子炉中性子の方が有効である場合がおおい事を示した。
本研究で用いるパルス磁場システムの特徴は、コイルを液体窒素で直接冷却し、試料はコ
21
イルとは熱的に独立に液体ヘリウム温度まで冷却する方式をとっていることである。冷却能
力の大きい液体窒素でコイルを冷却することで、磁場発生時でのパルス間隔の短縮が可能で、
現システムでは 30T パルス磁場(パルス幅:約 2msec)の発生間隔は 6,7 分である。使用し
ている典型的なソレノイドコイルのサイズは内径 12 mm、長さ 16 mm で、小型コンデンサー
バンク(C=5.4mF, 3kV)を用いて最大 40T の磁場を安全に発生できる。また試料の温度上昇が
小さいことから、磁気転移中の温度変化の影響を最低限におさえることができる。試料は単
結晶をもちい、サファイア単結晶の土台に試料を固定し、ソレノイド中にセットする。基本
的には磁場と散乱ベクトルが垂直となる測定条件の測定になる。幾何学的な条件から、散乱
角の上限は約 30 度と制限されてしまうが、ほとんどの物質で第 1 ブリルアンゾーンの磁気反
射を観測することができる。これまでの測定で、絶縁体だけでなく、金属であっても、安定
して実験が可能であることがわかっており、この応用範囲はひろい。
2007 年までは国内の原研三号炉のさん軸分光器 AKANE で実験を行い成果をつみかさねた。
そこで 2008 年度には、システムが小型であることをいかし、フランス ILL の原子炉三軸分光
器の実験を行った。ILL は世界最強強度の中性子施設であり、パルス磁場実験には最適であ
る。試料は Shustry-Sutherland 格子 TbB4 で、この物質の特徴は、磁場が c 面にねている構
造ながら、c 軸に磁場をかけた場合に 17T から 30T までの間で 9 段もの磁気転移をしめすこ
とである。しかし、磁場誘起各相での磁気構造は、超伝導磁石では磁場がとどかないため、
これまでまったく解明されていなかった。今回の ILL 実験により、無磁場化での磁気秩序に
対応する k=(1,0,0)反射などの磁場変化を 30T まで測定することに成功し、各相での磁気構
造を推測することができた。その結果は、Yoshii により論文投稿中である。
フランスの強磁場グループのコンデンサーバンクを用いたが、それ以外の装置は基本的に
日本からすべて人力によって運んだ。すなわち、本システムを用いれば、コンデンサーバン
クのあるところであれば、世界中の中性子施設で実験可能であることをしめることができた。
参考文献
[1] M. Motokawa et al. :Physica B 155 (1989) 39.
[2] S. Mitsuda et al.:J. Phys. Stat. Solid 60 (1999) 1249.
[3] S. Mitsuda et al. KENS Report p230(1999/2000).
22
20
30
5-Sub.
T=4.9K
25
3
35x10
30
ILLでのパルス磁場実験
TbB4
7
6
Magnetization (µB / f.u.)
0
30
1
2
5
25
25
20
4
15
20
10
3
(100), 4.1 K
5
15
10
5
0
0
Magnetic Field (T)
TbB4での(100)磁気反射の磁場変化
23
原子炉施設での40T級パルス磁場下中性子回折法の開発と磁場誘起転移の観測
原研でのパルス磁場実験
15
(0.207,0.207,3/2)
10
CNT / sec / pulse
東北大金研,原研A ,LNCMIB, ILLC,大山研司、吉居俊輔、黒澤和晃、岡田響子、野尻浩之、松田雅昌,
25
20
15
10
5
0
5
Magnetic Field (T)
原研で測定したCuFeO2での
5倍周期反射の磁場変化
0
P. FringsB, F. DucB, B. VignoleB, G. L. J. A. RikkenB ,L.-P. RegnaultC
coil
beam,
散乱面でのコイル断面
H
Q
CNT/ 160µsec/ 136 pulse
量子磁性体における磁場誘起格子変形
東北大金研
鳴海康雄
Field-induced lattice deformations of quantum magnets
Yasuo Narumi: IMR, Tohoku University
Synchrotron
x-ray
diffraction
experiments
on
two
quantum
antiferromagnets SrCu2(BO3)2 and BaCoV2O8 subject to pulsed high
magnetic fields up to 40 T have been performed. SrCu2(BO3)2 shows a
negative lattice distortion in the tetragonal plane with increasing magnetic
field and the change is well scaled with the magnetization process.
BaCoV2O8 also shows a magnetostriction in the lattice constant a with
increasing magnetic field. After subtracting a contribution of Van-Vleck
term, the experimental result can be explained by a calculation for Ising
spin chain Hamiltonian based on Bethe Ansatz.
1、はじめに
スピン量子数が小さくスピン間の相互作用が 1 次元、もしくは 2 次元的につながった系
においては、量子多体効果に起因した様々な興味深い現象が期待され、精力的に研究されて
いる。我々は、磁場によって誘起される様々な量子相転移現象を磁性と構造という観点から
理解するために、放射光X線とパルス強磁場を組み合わせた磁場中X線回折装置を用いて研
究を行っている。磁気相関と結晶の弾性エネルギーが拮抗した系においては、安定な磁気的
基底状態を実現するために格子変形を伴った相転移の発現が期待される。我々は最近、2 種
類の量子磁性体化合物 SrCu2(BO3)2 と BaCo2V2O8 の単結晶試料を用いた磁場中X線回折実験を行
ったので、それらの結果について報告する。
2、SrCu2(BO3)2
正方晶の結晶構造を持つ SrCu2(BO3)2 は、2 次元面内で Cu ダイマーが交互に直交した磁気
的ネットワークを形成し、理論的には Shastry-Sutherland 格子と等価なモデル物質と考え
られている。この物質が示す特異な物性の一つに、トリプレット励起の強い局在性に起因し
た磁化プラトーの発現が挙げられる。パルス強磁場を用いた磁化測定により 1/8, 1/4, 1/3
プラトーの存在に関しては実験的に確認され、理論的には、磁場の印加により生じるトリプ
レット励起子が、各相の持つ磁化の大きさを反映して、正方格子状やストライプ状に配列す
ることで磁化プラトーを安定化させる、というモデルが提唱されている。我々は、スピンギ
ャップを持つ量子磁性体において、磁場によって誘起されるマクロな磁化が結晶構造とどう
関連するのか、またプラトー領域において結晶学的な対称性の変化に異常が起きないのかど
うかといった興味から、SPring-8/BL19LXU において SrCu2(BO3)2 の単結晶試料を用いて磁場
24
中放射光 X 線回折測定を行った。磁場を結晶の 2 次元面に垂直方向な c 軸に印加し、(1 1 0)
面を散乱面とする実験配置で、(8 8 0)反射の 2θの磁場依存性を測定した。その結果 20T
付近から発達する磁化の変化に対応して、面内で負の格子変形を観測した。この変化は磁化
過程に任意の負の係数をかけた形、つまり磁化の 1 次の関数として振る舞うことが判った。
この変化はダイマー内相互作用を担う Cu-O-Cu からなる超交換相互作用の角度依存性を考
えることで定性的に理解することができる[1]。
3、BaCo2V2O8
Co2+イオンが c 軸(z)方向にジグザグ鎖を形成している BaCo2V2O8 は正方晶の結晶構造を持
ち、相互作用の xy 成分に対して z 成分が約 2 倍の擬一次元イジング型反強磁性と考えられて
いる。c 軸に磁場を印加すると Hc=約 4T 付近から磁化が急激に立ち上がり Hs=23T 付近で飽和
する傾向を示すが、 Hc 以下および Hs 以上でも磁場に比例する成分が残っており、大きな
Van-Vleck 成分が存在している事を示している。低温での基底状態は c 軸方向に周期を持つ
Neel 秩序であるが、Hc 以上で非整合相関に起因したスピン液体相(無秩序相)へと転移する
ことが低温の比熱測定により確認されている。我々はこのスピン液体相における構造の知見
を得るために、BaCo2V2O8 の単結晶試料を用いて磁場中X線回折実験を行った。T=4.2K および
77K で c 軸に磁場を印加し、それに垂直な a 軸の磁場依存性を測定したところ、4.2K におい
ては Hc 以上で非線形な増加を示し、Hs を越えてもなお正の格子変形がみられた。77K の測定
でも磁場の 2 乗に比例する正の格子変形が観測され、この結果から温度に依存しない
Van-Vleck 常磁性による磁歪の存在が示唆される。77K のデータを 4.2K のデータから差し引
くことで得られた結果は Hs で一定になることから、この成分がスピン由来の磁歪に依るもの
であると考えられる。以上の結果に対して、弾性エネルギーを取り込んだイジングスピン鎖
のハミルトニアンを用いてベーテ仮説法により相互作用のエネルギーを計算し、その結果か
ら格子変位の磁場依存性を計算した結果と比較したところ、実験データを非常に良く説明出
来ることが解った。
4、最後に
本研究は、東大物性研の岩城雅裕、金道浩一、上田寛、SPring-8/理研の田中良和、勝又紘
一、石川哲也、北村英男、NIMS の寺田典樹、大阪大学の木村尚次郎、萩原政幸、京都大学の
陰山洋、東京工業大学の谷山智康、伊藤満、中国科学院の何長振、新潟大の奥西巧一、そし
て SPring-8/JASRI の豊川秀訓との共同研究である(敬称略)。
[1] Yasuo Narumi et. al.; J. Phys. Soc. Jpn. 78 (2009) 043702.
25
26
強磁場 NMR による銅酸化物及び鉄プニクタイト高温超伝導体の研究
岡山大学
自然科学研究科 鄭
国慶
NMR Study on Copper-Oxide and Iron-Pnictide high-Tc Superconductors under
High Magnetic-Fields
Guo-qing Zheng: Department of Physics, Okayama University
We have performed NMR studies under high magnetic fields to study the
electronic
states
in
copper-oxides,
cobalt-oxide
and
Iron-pnictides
superconductors. In addition to conventional NMR measurements, we
develop new technique of NMR under pulsed magnetic fields. We have
succeeded in observing NMR signals at pulsed fields up to 48 T and have
obtained the NMR spectra at such high field.
Cu、Co、Fe などの遷移金属酸化物やプニクタイトは高温超伝導などの現象を示し、強相関
電子が多彩な物理現象を織り成す典型的な舞台になっている。ここでは強磁場は外部制御パ
ラメターとして、電子状態の制御とそのプローブとして重要な役割を果たす。本研究では、
銅酸化物、コバルト酸化物、鉄プニクタイト超伝導体の電子状態を強磁場 NMR 法によって研
究している。
1) 鉄ニクタイト超伝導体のギャップ構造の解明
2008 年 2 月に LaFeAsO1-xFx が 26K で超伝導を示すことが発見され [1]、La を他の希土類
に置き換えることで Tc が 55K に上昇したため[2]、銅酸化物に代わる高温超伝導体として注
目 を 集 め た 。 我 々 は こ の 新 超 伝 導 体 の 特 性 を 解 明 す べ く NMR 測 定 を 行 っ た 。
PrFeAsO1-xFx(Tc=45K)のナイトシフトを図1に示す[3]。これはスピン1重項の形成および多
重ギャップの存在を示す結果である。多重ギャップの存在はスピン格子緩和率にも明白に現
れている(図2)[3,4]。これらの結果は鉄プニクタイトが銅酸化物(単一ギャップ)との決定
的な違いを示すもので、その後多くの実験によって確認された。
2 ) パ ル ス 強 磁 場 下 NMR 測 定
強い静磁場下のNMR研究成果の一例として、銅酸化物超伝導体Bi2Sr2-xLaxCuO6の低温電子物
性について報告する。本研究で明らかになった電子状態の詳細な相図を図3に示す。いわゆ
る『擬ギャップ』(常伝導状態で状態密度が失われる現象)温度(T*)が多層系の銅酸化物
超伝導体と同程度のものであり、ドーピング量の増加とともに減少し過剰ドープ域まで続く
ことが明らかになった[5]。
また、強磁場を印加することによって超伝導状態を抑制し、その背後をなす基底状態を調
べた。43T の磁場で超伝導が完全に抑制された後の擬ギャップ相は T=0 においても有限な
27
状態密度が残り、その大きさはxの減少とともに減少することが明らかになった。
本研究ではより高い磁場下での NMR 測定を目指して、パルス強磁場 NMR 技術を開発してい
る。磁場発生は大阪大学極限センターに設置した
金道式マグネット
に1MJ のコンデンサ
ーバンクを連結することによって行った。最大磁場の持続時間は約 1msec で、この間の磁場
均一度は 2
10-2 程度である。48テスラまでのパルス磁場下でスピンエコー法によって NMR
観測に成功した。また、コバルト酸化物超伝導体ののスペクトルの測定に成功した[6]。
[1] Y. Kamihara, T. Watanabe, M. Hirano, and H. Hosono, J. Am. Chem. Soc. 130, 3296 (2008).
[2] Z. -A. Ren et al, Chin. Phys. Lett. 25, 2215 (2008).
[3] K. Matano et al, Europhys. Lett. 83, 57001 (2008).
[4] S. Kawasaki et al, Phys. Rev. B 78, 220506 (R) (2008).
[5] G. -q. Zheng et al, Phys. Rev. Lett. 94, 047006 (2005).
[6] 本研究は阪大極限センター萩原研究室及び東大物性研金道研究室との共同研究である。
28
250
200
150
100
50
0
0.0
0.2
PG
T*
図1
Tc
0.4
1.0
図3
岡山大学 自然科学研究科 鄭 国慶
0.8
Bi2Sr 2-xLa xCuO 6
T1
Knight shift
PrFeAsO0.89F0.11
0.6
SC
1-x
図2
29
強磁場NMRによる銅酸化物及び鉄プニクタイト高温超伝導体の研究
Temperature (K)
擬二次元三角格子反強磁性体 NiGa2S4 の強磁場多周波 ESR
阪大極限セ、東大物性研 A、京大院理 B
萩原政幸, 山口博則、木村尚次郎, 南部雄亮 A,B, 中辻知 A, 前野悦輝 B, 金道浩一 A
High-field multi-frequency ESR in the quasi two dimensional triangular lattice
antiferromagnet NiGa2S4
Masayuki Hagiwara, Hironori Yamaguchi, Shojiro Kimura, Yusuke NambuA, B,
Satoru NakatsujiA, Yoshiteru MaenoB, Koichi KindoA
KYOKUGEN, Osaka University, ISSP, University of TokyoA, Kyoto UniversityB
We performed high-field multi-frequency electron spin resonance (ESR)
measurements on single crystal samples of the quasi-two-dimensional
triangular lattice antiferromagnet NiGa2S4. From the temperature
evolution of the ESR absorption linewidth, we find three distinct
temperature regions: those (i) above 23 K, (ii) between 23 K and 8.5 K,
and (iii) below 8.5 K. The linewidth is affected by the dynamics of Z2
vortices below 23 K and one of the conventional spiral resonance modes
explains well the frequency dependence of the ESR resonance fields far
below 8.5 K. Furthermore, we found an anomaly in the magnetization
curve around one third of the saturation magnetization for H c,
corresponding to softening of another resonance mode. These results
suggest the occurrence of a Z2 vortex-induced topological transition at 8.5
K.
昨年度の報告書の最後に少しだけ記載して今年度の報告書に詳細を記載すると書いた擬
二次元三角格子反強磁性体 NiGa2S4[1]の単結晶試料での強磁場多周波電子スピン共鳴(ESR)
実験の結果[2]をここに記載する。
NiGa2S4 は当初 0.35 K まで長距離秩序を示さないスピン量子数1の三角格子磁性体で、ス
ピン液体の出現が期待された化合物である[1]。帯磁率の温度変化においては 8.5 K あたりに
アノマリーを有し、低温でも有限の値を持つことからギャップレスの系であることが示され
ていた。また、比熱測定からおよそ 10 K と 80 K でピークを持ち、10 K 以下で T2 に比例する
振る舞いが観測されたことからエネルギー分散が線形な二次元磁性体であることが予想され
た。また、比熱は 7 T までの磁場中でほとんど変化しないこともわかっていた。粉末試料を
用いた中性子散乱実験で十分低温でもスピン相関長が伸びずにおよそ7格子間隔にしかなら
ないという報告もなされていた。その後、NMR や NQR 測定から 10 K 以下では MHz オーダ
ーで揺らいで弱く凍結したような状態であり、およそ 2 K 以下で異方的になることが報告さ
れた[3]。このように大変ユニークな物性を有する NiGa2S4 の三角格子面に垂直、平行に磁場
30
をかけて実験を行い、零磁場でおよそ 300 GHz のエネルギーギャップをもち高磁場で常磁性
共鳴ラインに漸近する共鳴モードが観測された。また、ESR シグナルの温度変化から共鳴磁
場はおよそ 30 K あたりから低磁場側にシフトすること、
また共鳴線幅は 80 K あたりから徐々
に大きくなり、およそ 23 K と 10 K あたりでアノマリーを持つことがわかった。この共鳴磁
場の線幅の温度変化を 80 K から 23 K まで二次元短距離相関が発達しているとして(T-TN)-p に
比例すると考え、NiGa2S4 では極低温までオーダーしないことから TN=0 K と仮定し臨界指数
は他の二次元ハイゼンベルグ反強磁性体の線幅の温度変化から求められていた P=2.5 を用い
て実験結果を調べたところこの温度領域で大変良い一致が見られた。23 K で短距離秩序によ
って臨界的に発散する共鳴線幅が抑えられることから、この短距離秩序を妨げるものがある
と考え、三角格子ハイゼンベルグ反強磁性体において理論的に示されている Z2 渦の発生[4]
を仮定した。8.5 K から 23 k の間の線幅を exp(Ev/kBT)で変化するものと考えて実験結果と比
較した。ここで、kB はボルツマン定数、Ev は自由な Z2 渦の活性化エネルギーでモンテカルロ
計算[4]によりボルテックス転移温度 Tv との間に Ev/Tv=5.32 の関係があることが示されている。
Tv=8.5 K として Ev を見積もり、線幅の温度変化を調べたところ、8.5 K から 23 K の間でよく
一致することがわかった。Tv 以下の温度である 1.3 K での共鳴磁場の周波数変化を、分子場
近似を用いて螺旋磁性共鳴モードで解析した。この際、中性子散乱の実験結果[1]を反映させ
て最近接相互作用定数 J1 と第三近接相互作用定数 J3 のみ(次近接相互作用定数 J2=0)を考え、
J1 を強磁性的、J3 を反強磁性的、J1/J3=-0.2 として観測された共鳴モードをだいたい説明する
ことができた。計算では磁場に対して僅かにしか変化しない共鳴モードもあるが、実験では
このモードは観測されなかった。磁場を大きくする共鳴モードのシグナルでも線幅が数テス
ラと大きいため、磁場変化の小さなこのモードに対応するシグナルの観測は困難だと考えら
れる。磁場を面内にかけた際には観測されていない共鳴モードはおよそ 40 T あたりでソフト
化するが、飽和磁化のおよそ 1/3 の位置を示す磁化曲線にアノマリーが観測された。反強磁
性磁気オーダーする三角格子反強磁性体で観測されている 1/3 磁化プラトーに対応するのか
もしれない。また、この計算で得られたパラメーターを用いて比熱を計算したところ、温度
の二乗に比例する比熱が得られた。同様にエネルギー分散を調べたところ、ギャップレスで
線形な 7 T までの磁場でほとんど変化しない分散が得られ、観測された比熱の実験結果とも
矛盾しないことが明らかとなった。これらの結果より、8.5 K より十分低温で磁気オーダーし
ていないにもかかわらずスピン波でよく記述できることが明らかになり、Z2 渦転移温度以下
でスピン波的になるという理論予想[5]とも一致し、8.5 K は Z2 渦によるトポロジカル転移温
度であることを実験的に示したと考えている。
[1] S. Nakatsuji et al., Science 309 (2005) 1697.
[2] H. Yamaguchi et al., Phys. Rev. B 78 (2008) 180404(R).
[3] H. Takeya et al.,Phys. Rev. B 77 (20087) 054429.
[4] H. Kawamura and S. Miyashita., J. Phys. Soc. Jpn. 53 (1984) 4138.
[5] H. Kawamura and A. Yamamoto, J. Phys. Soc. Jpn. 76 (2007) 073704.
31
Int. (counts/15sec)
4T
c
2 .9 5
3 .0 5
3 .2
極低温
磁場誘
起の新た
な磁気秩
序相にお
いて鎖方
向に変
調した非
整合の
磁気構
造を観測
した。
5 00 0
4 00 0
3 00 0
2 00 0
1 00 0
0
0
5
4
3
2
1
0
10
20
20
2D SRO
C sC o C l 3
ΔH1/2 (T)
5.6
5.2
4.8
4.4
4.0
60
12
Z2 vortex effect
40
40
20
80
60
0
1
2
3
4
5
100
24
H// c
584.8 GHz
16
50
g = 5 .6
M a gn e tization
g = 9 .2
Temperature (K)
30
CsCoCl3の磁気
秩序相のディス
クリートな磁気
励起が非常に高
い周波数領域ま
で観測できた。
0.08 Kの極低
温でも磁気秩
序を示さない
擬二次元三角
格子反強磁性
体NiGa2S4の
ESR共鳴線幅
の温度変化は
23 Kに変曲点
を有し、この
温度以下の線
幅変化はZ2ボ
ルテックスの
ダイナミック
スで説明でき
た。
三角格子反強磁性体NiGa2S4の共鳴線幅の温度変化
平成20年度の研究成果(萩原グループ)
BaCo2V2O8
Ba
VO4
CoO6
3 .1 5
32
Ba
3 .1
VO4
a CoO6
I41/acd (tetragonal): a = 12.444Å, c = 8.415Å
3
(4 0 L )- s c a n 0 .8 ~ 0 .9 K
2 .9
4 .5 T
4 .2 5 T
0 , 1 , 2 , 3 , 3 .5 , 3 .7 5 T
5T
2 .8 5
M a gn e tic fie ld (T )
Magnetization (μB/f. u.)
磁場誘起秩序ー無秩序転移を示す一次元イジング磁性体
BaCo2V2O8の磁場中非弾性中性子散乱実験
5000
4000
3000
2000
1000
0
2 .8
L (r.l.u .)
Frequency (GHz)
磁化プラトーを示す量子スピン磁性体
NH4CuCl3 におけるマグノン局在
上智大理工, 東工大理 A, 東北大金研 B
後藤貴行, 大沢明,田中秀数 A,佐々木孝彦 B,小林典男 B
NMR studies of triplet localization in the quantum spin system NH4CuCl3
Takayuki Goto, Akira Oosawa, Hidekazu TanakaA, Takahiko SasakiB, Norio KobayashiB
Tokyo Inst. Tech.A, IMR, Tohuku Univ.B
63/65
Cu-NMR experiments performed at high magnetic fields between the
one-quarter and three-quarters magnetization plateaus have revealed that
the two differently oriented dimers in the unit cell are equally occupied by
triplets, the fact of which limits the theoretical model on the periodic
structure of the localized triplets.
均質なスピンギャップ磁性体において磁場誘起されたトリプレットサイトは、近接スピンとの相互作
用の横成分によって系内を動き回り、ボース粒子とみなされる。動き回るトリプレットサイトは、結晶内
にシングレットとトリプレット波動関数のコヒーレントな混じり込みを生じさせ、これはボソンによるボー
スアインシュタイン凝縮(BEC)とみなすことが出来ると言われている。一方、乱れたスピンギャップ系や、
交換相互作用の縦成分が強い場合は、トリプレットサイトは結晶内で局在化し Wigner 結晶化する。
良く知られているように TlCuCl はマグノン BEC を引き起こす典型的なスピンギャップ磁性体であるが、
これと同形の結晶構造を持つ NH CuCl は磁気的性質は全く異なり、磁化曲線に二段のプラトーを示
す。このプラトーの発生原因について様々なモデルが提唱されているが、未だ解決に至っていない。
図1に NH CuCl の結晶構造を示す。単位胞内に方向の異なる二種のダイマーα、βが存在している。
Rüegg らによるモデルでは低温で b 軸が二倍長となった単位胞内に三種類の磁気的に非等価なダイ
マーが個数比1:2:1で存在し、それらが異なる飽和磁場を持つために二段のプラトーが生ずるとさ
れている。この三種類のダイマーの方向はα、β、αあるいはβ、α、βのいずれかである。
本研究では強磁場 NMR によって、NH CuCl において低
温で局在したトリプレットサイトの結晶内の配置について
の知見を得ることができた[2]。
以前に測定した強磁場 Cu-NMR スペクトルを図2に示す。
30T までの測定で、Cu 核の信号は、シングレットサイトから
のみのものが観測され、高磁場での信号は全て塩素核か
らのものである。トリプレットサイトの Cu 核の信号はオンサ
イトでの大きな超微細場の揺らぎのため、核スピン緩和時
間が短くなり過ぎて観測されない[1]。
図1 NH CuCl の結晶構造(P2 /c)。
3
4
4
3
3
4
3
4
33
3
1
シングレットサイトの信号についてダイマーα,
βのいずれからのものであるか帰属を調べるため、
強磁場中で単結晶を回転させながらスピンエコー
強度をプロットする測定を行った。図3に示すよう
に、各同位体、各遷移の信号をダイマーα、βに
ついて別々に観測することが出来た。ここで、測定
磁場は第一、第二プラトーの間であるため、三種
類の非等価ダイマーのうち最も低い飽和磁場を持つものは完全に磁化飽和しており、信号は観察さ
れない。よって、NMR で観察されるαとβの信号の強度比は異なるものと考えられる。しかしながら実
験結果は、α、βのダイマーが同
数観測されている。以上のことは
マグノンの配置モデルについて強
い束縛条件を課する結果となった
[2]。
図2
から
強磁場 Cu-NMR スペクトル。破線矢印は左
65/63
35
14
Cu, Cl, N 核のゼロシフト位置[1]。
最後に、これらの磁場誘起マ
グノンが結晶内空間において局
在していることが NMR によって
明らかになったことを記す。通
常、マクロ磁化と NMR によって
測定される局所磁化の温度依存
性は超微細結合定数を比例定数
( )
νQ=39.2MHz(主軸は Cu2O6 面に垂直)、ナイトシフト K=0
図3 強磁場での単結晶試料回転スペクトル 左 。右は、 電気四重
極定数
63
として得られた計算曲線。
としてスケールする。
しかし、本系の場合、塩素核の NMR ピークに、両者
の温度依存性がスケールするものと、全くしないもの
の二種類が現れた。
これは図4に示すように、マグノンが局在するダイ
マーサイト(A)とそうでないダイマー(B)からの信号
に対応するものと解釈できる[2]。マクロ磁化はマグ
ノンによって支配されるため、局在位置の局所磁化と
ほぼ一致する。一方、局在しないサイト(B)の局所磁
化は、低温でマグノンの局在長が縮まるに連れて単調
減少することが見て取れ、実際に実験結果と一致して
いる[2] 。
図4
低温で磁場誘起マグノンが局在す
るようす。円はダイ マーを、濃度はトリプ
レットの混成分率に対応している。水平
矢印はマグノンの局在長を表す。
[1]Hosoya et al., Physica B329-333 (2003) 977-978.
[2]Inoue et al., Phys. Rev. B, in press. (cond-mat/0903.2312)
34
c
α
β
α
α
β
α
α
上智大理工・後藤貴行
α, β とも同数観測
• High-field NMR (Inoue, PRB in press. cond-mat:0903.2312)
と の一方は¼プラトー以上で磁化飽和 (wipe out)
α の信号強度がβより小さくなるはず
b
• Rüegg’s model on the spin state of dimers
Rüegg, PRL93, 037207
α
磁化プラトーを示す量子スピン磁性体NH4CuCl3におけるマグノン局在
測定磁場範囲
¼~¾プラトーの
間の磁場領域
理論モデル
に束縛条件が
課される
35
パルス強磁場を用いた ESR 測定システムの開発と応用
神戸大分子フォトセ,神戸大連携創造 A,神戸大研究基盤セ B, 神戸大理 C,
東大物性研 D
太田仁,大久保晋,藤澤真士 A,
櫻井敬博 B, 大道英二 C,上床美也 D
Developments and Applications of Pulsed High Field ESR System
Hitoshi Ohta, Susumu Okubo, Masashi FujisawaA, Takahiro SakuraiB, Eiji OhmichiC, Yoshiya
Uwatoko D: Molecular Photoscience Research Center, Kobe Univ., Headquarters for
Innovative Cooperation and Development, Kobe Univ. A, Center for Supports to Research and
Education Activities, Kobe Univ. B, Graduate School of Science, Kobe Univ.C, ISSP,
University of TokyoD
Developments and applications of pulsed high field ESR system are presented. Using our
system, we have succeeded in observing the ferrimagnetic modes in Cu3(OH)2(MoO4)2, which
is the model substance of the S=1/2 diamond chain antiferromagnet. Extension of the
measurement to the 55T region is in progress. High field ESR measurements of other
quantum spin systems, such as S=1/2 kagome antiferromagnets, have been also performed. In
order to extend the multi-extreme conditions of our high field ESR system, the highest
pressure of the piston cylinder type pressure cell is extended up to 14 kbar, which can be
combined with the pulsed magnetic field up to 55 T. In the development for the highly
sensitive high field ESR using the cantilever, we have succeeded in observing ESR at 315
GHz, which is a world record to our knowledge.
平成20年度の成果は,以下のとおりである。
1)強磁場 ESR による量子スピン系の研究
S=1/2 ダイヤモンド鎖反強磁性体 Cu3(OH)2(MoO4)(リンデグレナイド)
の強磁場 ESR
2
測定をおこなった。以前測定をおこなったアズライトは,磁化率の温度依存性や低温
の磁化過程からその基底状態はスピン液体状態であると考えられ,低温の強磁場 ESR
では,モノマーからの常磁性共鳴的なモードと,singlet ダイマーの直接遷移からギ
ャップ的なモードが観測されていた。一方,リンデグレナイドは,磁化率の温度依存
性や低温の磁化過程からその基底状態はフェリ磁性状態であると予想される。そこで
粉末試料について,我々が強磁場 ESR を試みたところ,フェリ磁性共鳴と考えられる
モードが 1.8 K で観測された。(図)ダイヤモンド鎖は,少なくとも3部分副格子を
持つと考えられ,フェリ磁性共鳴モードを計算すると観測された2つのモード以外に
ギャップを持ち,磁場とともに周波数が減少するモードが期待される。高野の理論で
36
フェリ磁性状態を取る条件などを考慮すると,前述のモードは,900 GHz 以上のギャ
ップを持つことが予想される。そこで,現在このモードを観測してリンデグレナイド
における交換相互作用を決定すべく,1.8K において 55T パルス磁場を用いた強磁場
ESR 測定をすすめている。
さらに,最近物性研の廣井グループにより,S=1/2 カゴメ格子反強磁性体のモデル
物質 Cu3V2O7(OH)22H2O (Volborthite)や BaCu3V2O8(OH)2 (Vesigniete)の粉末試料が合成
され,その強磁場 ESR 測定をすすめた。そのスピンダイナミクスを明らかにするとと
もに,低温における励起を観測したが,理論で示唆されるようなスピンギャップの存
在はみられなかった。今後,これらの系が,スピン液体状態にあるのか検討していく
とともに,磁場配向試料を作成して,より精度の高いスピンダイナミクスの情報をえ
ることを目指す。
その他,新しいハニカム格子反強磁性体など様々な量子スピン系の強磁場 ESR 測定
をすすめた。
2)強磁場 ESR の多重極限化
平成17年度に 300kJ(10kV)のコンデンサーバンクと Cu-Ag マグネットの導入によ
り,最高磁場 55T を達成した。平成18年度は2種類のクライオスタットの作成と,
それぞれ外づけおよびクライオ内装着の QMC 社製磁場チューン型 InSb 検出器の導入
により,遠赤外(FIR)レーザーを用いて 1THz の高周波数領域の ESR 観測に成功した。
平成20年度は,クライオスタットの改良をすすめ,前節で述べたリンデグレナイド
など様々の量子スピン系の強磁場 ESR 測定をすすめている。一方,平成19年度は,
クライオスタットを改良し,NiCrAl 合金を用いた圧力セルで 12kbar の高圧下で 55T
のパルス強磁場 ESR の測定を可能にした。平成20年度は,その圧力を 14kbar にひ
きあげることに成功した。
このように多重極限強磁場 ESR の現状は磁場 55T,圧力 14kbar,温度 1.8K である。
3)強磁場 ESR のカンチレバーを用いた高感度化
引き続き強磁場 ESR の高感度化の方策として,カンチレバーを用いた ESR 測定法の
開発をすすめている。平成19年度に本特定領域で導入した高周波ロックイン検出器
を用い,7T の超伝導磁石を立ち上げて実験をおこなった。その結果,カンチレバーの
共振周波数とガン発信器の変調周波数を一致させることで感度を向上させるととも
に共鳴磁場を引き上げることに成功し,我々が知る限り世界最高の 315GHz での観測
に成功した。これに関連した論文を2報,Rev. Sci. Instrum.に出版した。
37
38
反強磁性リングクラスターCr8Ni におけるスピンフラストレーション効果
-NMR および強磁場磁化測定 北海道大学大学院理学研究院: 古川裕次、熊谷健一
Effects of spin frustrations on magnetic properties of the antiferromagnetic ring
cluster Cr8Ni: NMR and High Field Magnetization Studies
Y. Furukawa, Ken-ichi Kumagai:Department of Physics, Hokkaido University
Magnetic properties of odd spin number antiferromagnetic ring cluster
Cr8Ni have been investigated by nuclear magnetic resonance (NMR) and
high field magnetization measurements at very low temperatures below
1K. The Cr8Ni system is considered to be a spin frustration system due to
the odd number of magnetic ions. In this report, we report our recent
results of high field magnetization and NMR measurements on the Cr8Ni
ring cluster, which reveals a peculiar spin singlet ground state due to the
spin frustration.
近年の物質合成技術の進歩により、複数個の磁性イオン(スピン)が三角形や球状、あ
るいはリング状といったような様々な構造を持つクラスター磁性体が合成されている。我々
のグループでは、これまで反強磁性相互作用(J)を持つスピンをリング状に配置した Fe10(J
∼14K)、Fe6(J∼28K)や Cr8(J∼16K)などと呼ばれる反強磁性リングクラスターのスピンダイ
ナミクスやレベルクロス等の磁気特性を主として核磁気共鳴法(NMR)により調べてきた。最
近、反強磁性リングクラスターの一部の磁性イオンを他のイオンに置換したり、異なるイオ
ンを挿入することによりスピン系のトポロジーを変化させるが可能なってきており、それら
の系での磁気状態の研究が活発に行なわれている。そこ
で、今回、トータルスピンがゼロのスピンシングレット
基 底 状 態 を 持 つ 反 強 磁 性 リ ン グ ク ラ ス タ ー Cr8 に
Ni2+(s=1) を 挿 入 し た Cr8Ni([Cr 8 NiF9(O2CCMe3)18] ・
[(Me2NH2)])を対象に研究を行った。Cr8Ni は奇数個の
磁性イオンのスピン間に反強磁性相互作用が存在する
為、図 1 に模式的に示すようにスピンフラストレーショ
ンを有する系として考えられ、その磁気状態に注目が集
まっている。これまで行われた帯磁率の温度依存性
(1.8∼300K)の測定から Cr スピン間には JCr-Cr∼16K、
39
Fig.1. Schematic view of Cr8Ni
Cr スピンと Ni スピン間には JCr-Ni∼70K の反強磁性相互作用がそれぞれ存在することが報告
されており、基底状態はスピンフラストレーションに起因してトータルスピン S=0 のシング
レット状態である可能性が指摘されている。
しかしながらこれまで JCr-Cr よりも十分に低い
10
温度での物性測定が行われていない為その基
8
Cr8Ni
本研究では Cr8Ni の磁気的基底状態を明らか
にする目的で強磁場磁化過程および核磁気共
鳴(NMR)の測定を希釈冷凍機を用いて1K 以下
M( )
底状態はいまだ明確にされていない。そこで
6
4
2
の極低温領域で行った。
図 2 は 0.1K で磁化過程を測定した結果で
0
0
ある。磁場印加に伴い基底状態の変化を反映
10
して磁化のステップ状の増大が観測され、そ
の量子準位構造が明らかとなった。特に 2T 以
H(T)
20
30
Fig. 2 H-dependence of the magnetization
of Cr8Ni at T=0.1K
下の磁場で磁化が下に凸になっていることは、
基底状態が S=0 であることを示唆している。
図 3 には 0.2T 付近で測定したプロトン核
の NMR スペクトルの半値幅(FWHA)の温度依存
0.18
少し、0.5K 以下の低温でほぼ一定の値を示し
た。この結果は低温で帯磁率が減少したこと
を示している。図中の丸印は S=0 の基底状態
を持つことが知られている Cr8Cd の測定結果
である。極低温領域でこれら 2 つの試料で得
られた結果がほぼ一致しており、同じ基底状
態にあることを示している。以上の結果より、
スピンフラストレーション系反強磁性リング
クラスターCr8Ni の基底状態が S=0 のシングレ
ット状態であることが明らかとなった。
FWHA(MHz)
性を示す。温度減少に伴い FWHA はわずかに減
Cr8Ni
Cr8Cd
0.12
0.06
0.0
0.5
T(K)
1.0
Fig. 3. T- dependences of FWHA of
1
H-NMR spectrum of Cr8Ni (■) and
Cr8Cd (○).
本研究は、木内和樹(北大理)
、網代芳民(京大理)、鳴海康雄、金道浩一(物性研)
、F.Borsa
(Pavia 大)
、G.A. Timco, R.E.P. Winpenny(マンチェスター大)の各氏との共同研究であ
る。
40
1H-NMR
Ni
(H~0.2T)
スピンフラストレーション系反強磁性リングクラスターCr8Niの磁気状態
NMR及び強磁場磁化過程
強磁場磁化過程 (T=0.1K)
スピンフラストレーションンの効果により
基底状態がスピンシングレット状態で
あることを実験的に初めて明らかにした
(右図:スピン構造の古典的描像)
41
単層 Bi 系高温超伝導体のエネルギーギャップに対する磁場効果
東北大金研 小林典男、工藤一貴、西嵜照和、岡本大地
Magnetic Field Effects on the Energy Gap of the Single-Layer Bi-Based High-Tc
Superconductor
N. Kobayashi, K. Kudo, T. Nishizaki, D. Okamoto: IMR, Tohoku Univ.
Tunneling spectra of Pb-substituted Bi2201 show two kinds of peaks. In
7 T, peaks around 10 mV tend to be strongly suppressed, but ones around
20 mV do not depend on magnetic fields. Therefore, we conclude that
peaks around 10 mV and 20 mV possibly correspond to the
superconducting gap and the pseudogap, respectively.
1.はじめに
銅酸化物高温超伝導体では2種類のエネルギーギャップが観測されている。一つは超伝導
発現とともに形成される超伝導ギャップであり、もう一つは超伝導転移温度 Tc よりも高温か
ら観測される擬ギャップであるが、両者の関係は未だ明らかになっていない。
最近、角度分解光電子分光(ARPES)の実験から、2つのギャップが波数空間の違う場所で
同時に観測されることが報告された[1,2]。そこでは、ノード近くに超伝導ギャップ、アンチ
ノード近傍に擬ギャップが形成されると主張されている。同様の結果がラマン散乱からも報
告されており[3]、それらは超伝導ギャップと擬ギャップが全く異なる現象あるいは競合する
現象であることを示している。一方、実空間では、走査トンネル顕微分光(STM/STS)によっ
て2つのエネルギーギャップの存在が指摘された。トンネルスペクトルには高エネルギーの
ピークと低エネルギーのキンクが観測されるが[4,5]、それらのエネルギーが全く異なる空間
分布を示す[6,7]。起源については、トンネルスペクトルの温度変化の解析[8]や、STS と ARPES
の相補的解析[9]から、キンクが超伝導ギャップ、ピークが擬ギャップと主張されている。
本研究では、より直接的に2つのギャップの起源を探るために、磁場中で STM/STS を行い、
2つのギャップに対する磁場効果を調べる。超伝導に関係する現象であれば磁場中で抑制さ
れるので、どちらが超伝導ギャップであるか明白になると考えた。研究の対象としたのは、
Bi を Pb で部分置換した Bi 系高温超伝導体 Bi2Sr2CuO6+δ (Pb 置換 Bi2201)である。この物質で
は、Tc が最大でも 22K 程度と低いため、大きな磁場効果を期待できる。また、結晶構造は、
CuO2 伝導面が一層だけであり、構造相転移を生じないシンプルな系であるため、研究対象と
して有利である。さらに、本研究では、Bi を一部 Pb で置換することによって Bi 系特有の結
晶構造変調を抑制し、結晶構造をいっそう単純化している。
2.実験方法
Pb 置換 Bi2201 の単結晶試料を浮遊帯域溶融法によって育成し、窒素雰囲気中で熱処理し
てキャリア濃度を調整した(やや過剰ドープ:Tc ~ 20 K)。そして、超高真空中でへき開した単
42
結晶試料を用い、磁場中(0-7T)の STM/STS 測定を温度 4.6 K で行った。なお、今回測定した
試料に 4.6 K で 7 T の磁場を印加すると、渦糸は液体状態になる(磁化曲線から判断)。渦糸が
試料中を動き回り、超伝導を壊す効果を試料全体に及ぼしている状態である。
3.結果および考察
へき開面は Bi(Pb)-O 面である。Bi 原子と Pb 原子を区別できる明瞭な Bi(Pb)-O 原子面が観
測され、狙い通り、結晶構造変調が完全に抑制されていることを確認した。Bi(Pb)-O 原子面
の上をメッシュ状に走査しながら各点でトンネルスペクトルを測定した結果、ほぼ全てのト
ンネルスペクトルに明確なピーク構造が観測された。これは、ピークの無い V 字型のスペク
トルを部分的に示すランタノイド置換 Bi2201(Ln-Bi2201)[10]とは対照的である。さらに、ピ
ーク間隔からエネルギーギャップΔs を見積もってΔs の空間的分布を評価した結果、Δs の分
布幅(~5 meV≦Δs≦~20 meV)が、同じ程度のキャリア濃度を持つ Ln-Bi2201[10]と比べて非常
に狭いことが分かった。これらの違いは、両者の電子状態に対する乱れの違いによって説明
される。Ln-Bi2201 では、(1)結晶構造の変調、(2)Sr サイトの乱れ、(3)過剰酸素の分布によっ
て電子状態が乱されているのに対し、Pb-Bi2201 では、(1)と(2)の効果が小さく、比較的乱れ
の小さな電子状態が実現していると考えられる[11]。
Δs のヒストグラムはおよそ 10 mV に頂点を持ち、トンネルスペクトルを見ても 10 mV 付
近に数多くピークが存在する。一方、もう少し高いエネルギー側を見ると、明確ではないが、
10 mV ピークに重畳して 20 mV 以上にもピークがあることが分かった。これは2つのエネル
ギーギャップの存在を示している。10 mV と 20 mV のピークに対する磁場効果を調べるため
に、7 T の磁場を印加してトンネルスペクトルを測定した結果、10 mV ピークが減衰して 20
mV ピークが明瞭になることが分かった。この結果は、10 mV ピークが磁場で抑制され、20 mV
ピークが磁場に依存しないことを意味する。すなわち、10 mV ピークが超伝導ギャップに、
20 mV ピークが超伝導に関係しない擬ギャップに対応すると考えられる。10 mV のエネルギ
ーは、他の Bi2201 において観測されているキンクエネルギーと近いことから(最適ドープ La
置換 Bi2201:10mV[5]、過剰ドープ Pb-Bi2201:7mV[8])、これまでトンネルスペクトルに観
測されていた低エネルギーのキンク構造も超伝導ギャップに起因するものと推測される。
[1] K. Tanaka et al., Science 314 (2006) 1910.
[2] T. Kondo et al., Phys. Rev. Lett. 98 (2007) 267004.
[3] M. L. Tacon et al., Nature Phys. 2 (2006) 537.
[4] K. McElroy et al., Phys. Rev. Lett. 94 (2005) 197005.
[5] T. Machida et al., J. Phys. Soc. Jpn. 75 (2006) 083708.
[6] T. Kato et al., J. Phys. Soc. Jpn. 77 (2008) 054710.
[7] J. W. Alldredge et al., Nature Phys. 4 (2008) 319.
[8] M. C. Boyer et al., Nature Phys. 3 (2007) 802.
[9] J.-H. Ma et al., Phys. Rev. Lett. 101 (2008) 207002.
[10] A. Sugimoto et al., Phys. Rev. B 74 (2006) 094503.
[11] K. Kudo et al., J. Phys.: Conf. Ser. 150 (2009) 052133.
43
Probability (%)
5
!"
!"
10
15
20
25
(150Å)2
Δs
(mV)
30
7T
Δs
(mV)
・10mVのピーク: 超伝導コヒーレンスピーク
・20mVのピーク: 擬ギャップ
トンネルスペクトルの10mVピークが7Tの磁場中
で抑制され、0Tで目立たなかった20mVピークが
目立つようになる。20mVピークは磁場中で不変。
(150Å)2
Pb置換Bi2201のエネルギーギャップに対する磁場効果
0
0T
8
6
4
2
0
!s ( mV )
44
FeAs 系超伝導体における磁気光学イメージング
東大院工
為ヶ井強、土屋雄司、田縁俊光、仲島康行
Magneto-Optical Imaging of FeAs Superconductors
Tsuyoshi Tamegai, Yuji Tsuchiya, Toshihiro Taen, Yasuyuki Nakajima
Department of Applied Physics, The University of Tokyo
We have characterized superconducting properties of newly found FeAs
superconductors using magneto-optical imaging. In polycrystalline
RFeAsOF (R: rare earths) samples, the intergranular current is very low in
contrast to a large intragranular current. On the other hand, a
homogeneous superconducting state is identified in Ba(Fe1-xCox)2As2
single crystals despite the presence of large amount of impurities.
2008 年初頭の LaFeAsOF における高温超伝導の発見は、MgB2 発見以降停滞していた高温超
伝導体開発を再び活性化させた[1]。いまだ、高温超伝導の起因は明らかではないが、複数の
フェルミ面上に符号の異なる超伝導ギャップが発現しているとの考えも提案されている[2]。
一方、実用化を視野に入れた場合、鉄系高温超伝導体の臨界電流密度の大きさが問題となる
ことは言うまでもない。本研究では、いくつかの鉄系高温超伝導体の臨界電流密度特性の磁
気光学イメージングにより評価し、実用超伝導体としてのこの物質系のポテンシャルと問題
点を明らかにすることを目的とする。
鉄系超伝導体多結晶試料( RFeAsOF, R:希土類)は石英管を用いた常圧法と、キュービッ
クアンビルを用いた高圧法により作製した[3]。一方、Ba(Fe1-xCox)2As2 単結晶はセルフフラッ
クス法により成長し、遠心分離機を用いてフラックスの除去を行った[4]。
多結晶試料は切断・研磨の後、単結晶試料は切断の後、面内磁化ガーネット膜を用いて磁
気光学イメージングを行った。試料の冷却には振動の少ないフロー型クライオスタットを用
い、冷却 CCD を用いて画像の取得を行った。得られた磁気光学像の質を向上させるため、バ
図2
図1(b)の AB 間の磁束密度プロファイル。
図 1 (a) SmFeAsO0.8F0.2 多結晶の光学像と、
残留磁束状態における磁気光学像(b) 10 K、
(c) 20 K、(d) 30 K。
45
ックグラウンドとの差像法を用いている。
図1(a)に常圧合成した SmFeAsO0.8F0.2 多結晶の成形後の光学像を示す。再焼結を行ってい
るため、密度は高圧試料に匹敵するほど高く、空隙も少ない。図1(b)-(d)にこの試料の 10 K、
20 K、30 K での残留磁束状態における局所磁場分布を示す。一見して試料全体に渡るような
粒間電流が非常に小さいことが分かる。一方、各グレインは磁気的コントラストをもってお
り、粒内電流密度が大きいことを示す。図2に図1(b)の AB 間の磁束密度プロファイルの温
度依存性を示す。一番大きなピークに対し反磁場を無視した Bean モデルを適用することによ
り、この試料の粒内臨界電流密度は約 1.1x105 A/cm2(10 K)と評価できる。一方、粒間臨界電
流密度はこの値より2桁程度小さいことが、通電法による評価から確認されている。
図2に Ba(Fe0.93Co0.07)2As2 単結晶の残留磁束状態における局所磁場分布の温度依存性を示
す。690 Oe の磁場を印加した後の磁気光学像である。低温では、臨界電流密度が大きいため
(~3x105 A/cm2、10 K)、磁束が試料端付近のみしか侵入していない。一方、高温では、結晶
の欠陥に起因するプロファイルの欠損が有るものの、概ね試料全体にわたる臨界状態が形成
されている。超伝導面の Fe を約 10%Co で置換しているにもかかわらず、均一な超伝導状態が
実現していることは注目に値する。なお、この系の Tc の最大値は 22 K と報告されていたが、
25 K でも磁気的コントラストが残ることから、
25 K 以上の Tc が期待できるものと考えられる。
図3
Ba(Fe0.93Co0.07)2As2 単結晶の残留磁束状態における磁気光学像。
本研究で用いた多結晶体試料の一部は産業技術総合研究所伊豫彰、宮沢喜一、P. M.
Shirage、鬼頭聖、永崎洋各氏および東京工業大学神原陽一、平野正浩、細野秀雄各氏より供
給されたものである。
[1] Y. Kamihara, T. Watanabe, M. Hirano, H. Hosono, J. Am. Chem. Soc. 130, 3296 (2008).
[2] I. I. Mazin et al., Phys. Rev. Lett. 101, 057003 (2008).
[3] H. Kito, H. Eisaki, and A. Iyo, J. Phys. Soc. Jpn. 77, 063707 (2008).
[4] Y. Nakajima, T. Taen, and T. Tamegai, J. Phys Soc. Jpn. 78, 023702 (2009).
46
Ba(Fe0.93Co0.07)2As2単結晶
FeAs系超伝導体の磁気光学イメージング
SmFeAsO0.8F0.2多結晶
47
強相関電子系の強磁場中局所電子状態解像
理研
花栗哲郎
Spectroscopic Imaging Studies of Strongly Correlated Electron Systems under
High Magnetic Fields
Tetsuo Hanaguri: RIKEN
In order to investigate magnetic-field effects on the electronic-state
distribution in strongly-correlated electron systems, we have developed a
scanning tunneling microscope that works under combined extreme
conditions of ultrahigh vacuum, low temperature and high magnetic field.
We have applied this apparatus to investigate the “checkerboard”
electronic superstructure in the vortex core of Bi2Sr2CaCu2Oy. We argue
that characteristic features of the vortex “checkerboard” can be explained
by assuming that the vortex core is in the so-called quantum limit.
銅酸化物超伝導体に代表される強相関電子系では、電子状態の自己組織化や、不純物近傍
における局所相転移の誘起など、空間的に不均一な電子状態が物性発現に密接に関連してい
ると考えられている。また、強相関電子系では、スピンの自由度が重要であるため、磁場効
果の研究は興味深い。そこで、電子状態の空間分布とその磁場依存性を調べるツールとして、
低温超高真空強磁場の複合極限環境で動作する走査型トンネル顕微鏡(STM)の開発を行って
きた。電子状態のイメージングを行うためには、STM 像の各ピクセルでトンネルスペクトル
を取得する必要があるため、測定には数日を要することも珍しくない。このような長期間に
亘って安定な走査を行うため、剛性の目安となる機械的共振周波数を 5 kHz 以上に高めた
STM ユニットを設計し、市販の超高真空低温(圧力: ~10-11 Torr、温度: ~ 0.4 K)STM システ
ムに組み込むことによって、11 T までの強磁場中においてサブ meV のエネルギー分解能と原
子レベルの空間分解能の電子状態イメージングを可能にした。
強相関電子系特有の電子相転移を研究するためには、磁場に加えて温度を広い範囲で変化
させる必要がある。そこで、本年度は STM ユニットにヒーターを組み込み、高温での測定を
試みた。その結果、STM 像取得は 60 K 程度でも問題なく行うことが可能であることを確認
した。しかし、温度制御に伴うヒーターパワーのゆらぎの影響が高温で大きくなるため、長
時間を要する電子状態イメージングは、現在 30 K 程度が上限になっている。今後、制御パラ
メータの最適化、STM ユニットの小型化による均熱化促進によって、さらに高温へと測定範
囲を広げることを計画している。また、さらに高磁場へ測定範囲を広げる努力も行っている。
昨年度導入された 17.5 T 超伝導磁石に STM を組み込むための環境整備がほぼ終了したので、
来年度早々にはテストを開始できる見込みである。
既設の STM を用いて、高温超伝導体の磁束芯電子状態の研究を行った。これまでの STM
48
による研究から、Bi2Sr2CaCu2Oy の磁束芯には、周期が約 4a0(a0 は銅原子間距離)のチェッ
カーボード状の電子状態の長周期構造が存在することが知られている [1,2]。しかし、その起
源や超伝導との関連は未だに明らかになっていない。我々は昨年度、高温超伝導体
Ca2-xNaxCuO2Cl2 の超伝導状態における準粒子干渉(QPI)によって形成される電子定在波の磁
場依存性の測定を行い、磁束チェッカーボードと極近い波長を持つ定在波成分が磁場の印加
によって選択的に増強されることを見出した [3]。そこで、QPI と磁束チェッカーボードの相
関を詳しく調べることによって磁束チェッカーボードの起源を明らかにするため、本特定領
域研究 A03 班の東京大学為ヶ井グループで作製された Bi2Sr2CaCu2Oy(Tc = 92 K)を試料とし
て、磁束と QPI の同時イメージングを行った。
無磁場下と 11 T の磁場中でのトンネルコンダクタンスを Fourier 変換し、磁束チェッカー
ボードの構成要素の波数と、QPI を特徴付ける波数との比較を行った。その結果、磁束チェ
ッカーボードの波数は、QPI の波数の一部と一致することが分かった。この結果は、磁束チ
ェッカーボードが、QPI と同様に、Fermi 波数に関連していることを強く示唆する。また、磁
束周辺の詳細な電子状態イメージングを行ったところ、磁束の中心では Fermi エネルギー極
近傍の非占有状態に鋭い状態密度のピークが存在することが分かった。このピークは、約 2a0
の範囲に局在しており、チェッカーボードの周期で空間的に振動しながら急速に減衰する。
このような振る舞いは、磁束がいわゆる量子極限にあると考えれば、定性的に説明できる。
磁束は準粒子にとって一種のポテンシャル井戸であり、その内部には離散的なエネルギー準
位が形成される。準位の数はおよそ EF/Δで与えられる(EF: Fermi エネルギー、Δ: 超伝導ギ
ャップ)。従来超伝導体ではこの数は 1000 程度と大きく、個々の離散準位の影響は顕には現
れない。しかし、高温超伝導体では EF が小さく、Δが大きいため、離散準位の数が極少ない
量子極限が実現している可能性が高い。各準位の波動関数は、Bessel 関数で表現されるため、
空間的に振動している。この振動は一種の Friedel 振動であり、Fermi 波数で特徴付けられる。
また、磁束の中心では、占有状態の最低準位の振幅が零になるので、非占有状態で観測され
た状態密度ピークも説明することができる。このような描像が正しければ、高温超伝導体の
磁束芯は、単なる常伝導金属ではなく、量子ドットに近い状態にあることになる。
このように、量子極限を仮定すると磁束チェッカーボードの特徴を定性的に説明できるが、
定量的に十分であるのか、重畳する別の電子秩序を仮定する必要があるのか、今後、実験的、
理論的に検討する必要がある。
[1] J. E. Hoffman et al., Science 295 (2002) 466.
[2] K. Matsuba et al., J. Phys. Soc. Jpn. 76 (2007) 063704.
[3] T. Hanaguri et al., Science 323 (2009) 923.
49
H = 11T
(a)
(d)
(c)
T = 1.6 K, 15 nm x 15 nm
Sharp LDOS peak at the
center of the vortex
Figs. (c) and (d): dI/dV map
of the vortex and LDOS
spectra along the arrow
Vortex-‘checkerboard’related q-vectors, q1* and q5*,
coincide with the ingredients
of quasi-particle-interference
Figs. (a) and (b): linecuts
from FT-dI/dV maps
Vortex ‘checkerboard’ and quasi-particle interference
q5
q5*
Bi2Sr2CaCu2Oy (Tc ~ 92 K)
q1*
q1
H = 0T
(b)
Vortex ‘checkerboard’
may be associated with
the Friedel oscillation
around the quantumlimit vortex core.
50
量子ホール2次元電子系のスピンイメージング
千葉大学 大学院理学研究科,
音 賢一, 室 清文
Electron Spin Imaging in GaAs/AlGaAs Quantum Hall Devices
K. Oto and K. Muro: Graduate School of Science, Chiba University
We obtained the electron spin polarization image in a single layer
GaAs/AlGaAs quantum well at the quantum Hall effect (QHE) regime
by means of an optical fiber-based scanning Kerr rotation microscope.
The Kerr imaging reveals the local electron density fluctuation through
the degree of electron spin polarization.
In the current flowing ν=1
QHE state, the spatial distribution of spin polarization drastically
changes due to the carrier injection from the source and drain
electrodes of the order of only μA.
We demonstrate that the variation
of electron distribution in the current flowing ν=1 QHE state by means
of the spin polarization mapping.
低 温 ・ 強 磁 場 下 の 高 易 動 度 GaAs/AlGaAs2 次 元 電 子 系 で は 量 子 ホ ー ル 効 果 に 伴 う
多彩な現象が現れ、特に電子スピンに関連した空間分布を伴う様々な物理現象の舞
台となっている。整数量子ホール状態の2次元電子系のスピン偏極状態は、ゼーマ
ン分裂したランダウ準位の上下スピンの電子数差により決まるが、実際にはイオン
化不純物による2次元電子系のポテンシャルの乱れや電流によるホールポテンシャ
ル な ど の 影 響 を 受 け て 局 所 的 な ラ ン ダ ウ 準 位 占 有 数 ν が 場 所 に よ り 異 な る た め 、試
料内部でスピン偏極状態は空間分布を示す。また、核スピン偏極による有効ゼーマ
ンエネルギーや、スピン緩和を促すスカーミオン励起などの影響を受けて多様な空
間パターンを示し、量子ホール効果の電気伝導に影響を与えているものと考えられ
る。本研究では量子ホール状態での電子スピンの空間分布やダイナミクスと量子伝
導について光磁気カー回転計測を用いて詳細に調べている。
(1)量子ホール電子スピンイメージング測定系の開発(改良)と電流の可視化
平 成 2 0 年 度 は GaAs/AlGaAs 量 子 井 戸 2 次 元 電 子 系 を 対 象 に 、低 温・強 磁 場 の
下 で 微 弱 励 起 光 に よ る Kerr 回 転 を 用 い て 2 次 元 電 子 系 1 層 の 電 子 ス ピ ン 偏 極
について高感度・高分解能で検出できる測定系を開発・製作しイメージングを
行った。特に、光学窓を必要としないトップロード型で光ファイバーによる励
起および検出法を踏襲しつつ、励起光スポットのサイズを絞りフォーカス点を
正確に検知可能に改良し、空間分解能は4ミクロン程度にまで向上した。
試料に外部電流を流さない状態では、試料の電子濃度の空間分布に応じて局
51
所 ス ピ ン 偏 極 度 が 分 布 を 示 す 。温 度 4 .2 K 、占 有 数 ν = 1 に お け る 試 料 中 の
ス ピ ン 偏 極 イ メ ー ジ ン グ で は 、試 料 内 の 0 .1 % 以 下 の 僅 か な 電 子 濃 度 ゆ ら ぎ が
明瞭に可視化され、この方法により半導体2次元電子系の均一度を数ミクロン
の分解能で鋭敏に評価が可能であることを示した。さらに、試料に電流を流す
ことでホール効果によるポテンシャル分布が生じ、これにより生じた極めて僅
かな電子分布の変化がスピン偏極度に反映しイメージングが可能であることを
示 し た 。図 中 の イ メ ー ジ は 占 有 数 ν = 1 の 量 子 ホ ー ル 強 磁 性 状 態 に お け る ス ピ
ン偏極度のマッピングで、高々2マイクロアンペアの電流により、2次元電子
系のスピン偏極度の空間分布が無電流時から比べて顕著に変化し、定性的には
電流の有無により大きく変化する部分に集中して量子ホール電流が流れている
ものと考えられる。これは、電流分布の情報が電子スピン偏極度を通して可視
化されていることを意味しており、これまで実験的に困難であった核スピン偏
極による動的な電子スピン偏極度の変化や電流分布への影響の研究に、このス
ピンイメージングが有力な手法となることを示した。
なお、本イメージングシステムがトップロード型で、光学系もコンパクトで
可搬なサイズである特徴を活かして、平成21年度には東北大学金属材料研究
所の共同利用マグネットを用いて分数量子ホール効果でのスピンイメージング
等のさらに強磁場での実験を行う予定である。
(2)量子ホール系電子スピンのダイナミクス
(研究協力者:室清文 千葉大学教授、福岡大輔
理学研究科 )
量子ホール強磁性状態固有のスピン緩和時間を調べるため、2色ポンププロー
ブ 法 に よ る 擾 乱 を 与 え な い 選 択 励 起 と 高 感 度 Kerr 回 転 検 出 の 両 立 、お よ び 高 周
波 磁 場 印 加 に よ る 核 ス ピ ン 消 磁 を 行 っ て 時 間 分 解 Kerr 回 転 測 定 に よ る ス ピ ン
ダ イ ナ ミ ク ス の 測 定 を 行 っ た 。ス ピ ン 緩 和 時 間 は ラ ン ダ ウ 占 有 数 が ν = 1 や 3
の奇数占有数のとき鋭いピークを示し、その極近傍ではスカーミオンなどのス
ピン準粒子によると考えられるスピン緩和時間の著しい減少が観測された。
( 3 ) 量 子 ホ ー ル 系 Kerr 回 転 ス ペ ク ト ル
(研究協力者:室清文 千葉大学教授、 伊藤裕紀、福岡大輔
理学研究科 )
ま た 、GaAs/AlGaAs 量 子 ホ ー ル 系 の 光 磁 気 Kerr 回 転 ス ペ ク ト ル を 短 時 間 で 計 測
可能な高感度マルチチャンネル測定システムを開発した。磁気スペクトルは単
純なランダウ・ファンではなく、量子ホール系特有の多体効果による整数占有
数でのスペクトル先鋭化や分裂を示した。さらに、スピン偏極率の高精度計測
から占有数 ν=3や5においてもスカーミオン励起が存在することを示した。
52
BS
PM-Fiber
He
Piezo
Scanner
T>1.8 K
Bc9 T
Quantum Hall
Plateau (ν=1)
EF
ν<1 ν=1
Kerr signal
B
1<ν
-2μA
EF
電流による電子スピン分極の変化
量子ホール2次元電子系のスピンイメージング
Polarizer
Balanced
Photo-detector
Mirror
Multi-Mode
Optical Fiber
PBS
-
Kerr効果による電子スピン分極イメージング装置
Tunable Laser
λ∼800 nm
Kerr signal
Sample
光学ヘッド部分
PM Fiber
Lens
Polarizer
BS
Lens
Spot Size
φ= 4 μm
53
パウリ常磁性効果の効いた超伝導体の理論
岡山大自然科学研究科
町田一成、市岡優典、鈴木健太
Superconductors under Pauli paramagnetic effects
K. Machida, M. Ichioka and K.M. Suzuki :Okayama Univ.
We investigate theoretically Pauli paramagnetic effects on various
superconductors, based on
microscopic Eilenberger framework. Detailed
electronic structures of FFLO state are clarified. We analyzed Sr2RuO4 as
a typical Pauli limited superconductor with singlet pairing.
前年度に引き続いて第2種超伝導体に強磁場を印可したときに重要になるパウリ常磁性効
果についての理論を展開した。本年度においては特に、従来から積み上げてきた Eilenberger
方程式による微視的理論の結果を具体的な系に適用して理論の有効性を検討した。
具体的な適用例として今回取り上げたのは Sr2RuO4 である。これは Maeno 達によって十数年
前に発見されスピン3重項超伝導体の典型として議論されてきた物質である。初期の2つの
実験結果、即ち Knight shift が転移点以下で減少しないという事実、転移点以下で自発的に
内部磁場が発生するというミューオン実験の事実によってこの物質ではスピン3重項状態が
実現していると信じられてきた。一方でこの2次元性の高い系に平行磁場を印可すると Hc2
が強く抑制されるという事実も存在する。これらを統一的に理解する試みの一つとして今回
は面平行磁場の特異な諸現象がパウリ常磁性効果として理解可能であることを明らかにした。
その具体的は内容を簡潔に以下に報告する。
1)磁場中電子比熱、所謂 Sommerfeld 係数 γ の磁場依存性 γ(Η)は通常 s 対称の超伝導体の場
合はほぼ H の一次関数で増加し、d 対称等のギャップノードが存在する超伝導では上凸の振
舞いをする。これに対してパウリ常磁性効果の効いた超伝導体では下凸の振舞いを示すこと
を明らかにした。この特異な振舞いは Sr2RuO4 の面平行磁場下での γ(Η)に見られるものであ
る。事実、磁場の方位を面平行から面垂直の方向へ変化させると、この下凸の振舞いは角度
が数度傾けただけで消失する。それ以上の角度の磁場方位に対して γ(Η)は通常の上凸の振舞
いに戻る。この物質の強い2次元異方性のため、正確に面平行に磁場を印可したときのみに
軌道運動に伴う対破壊効果が生じるが、それから磁場方位がはずれるとパウリ効果は弱まり
通常の超伝導体として振舞うことになる。
54
2)以上の考察を他の物理量に適用する。磁化曲線の磁場変化はパウリ効果によって通常の
超伝導体と異なり、Hc2 近傍で鋭い立ち上がりの様子を示す。これはまさに Sr2RuO4 で観測
されている結果であり、この磁化の解析もこの物質がスピン一重項であることを支持してい
る。大事なことはこの1)と2)の解析がパウリ効果の大きさを示す物質パラメーターであ
る Maki parameter を一つ与えれば、統一的に説明可能であることである。
勿論、これだけでは説明は不十分である。先に述べた2つの実験事実について説明していな
い。Knight shift については考察を現在進めている。また、ミューオン実験についても慎重
に計算を進行させている。勿論望ましいのは、積極的にパウリ効果を直接中性子回折で観測
することである。もし理論どおり、渦芯が高磁場で膨張していることが観測されれば、問題
は一気に解決し、Sr2RuO4 のスピン3重項超伝導シナリオ説は否定される。実験が待たれる。
[1]
K. Machida and M. Ichioka, Phys. Rev. B77, 184515 (2008).
[2] M. Ichioka, et al, Phys. Rev. B76, 014503 (2007).
[3] T. Baba, et al, Phys. Rev. Lett., 100, 017003 (2008).
[4] K. Yano, et al, Phys. Rev. Lett., 100, 017004 (2008).
55
56
強磁場 STM の開発
-冷凍機冷却超伝導マグネットを用いた強磁場 STM の現状-
東北大金研
西嵜照和, 小林典男
Recent Development of High-Field STM for Cryocooled Superconducting
Magnet System
Terukazu Nishizaki, Norio Kobayashi, IMR, Tohuku Univ.
This project aims to develop new scanning tunneling microscopy
(STM)
for
the
hybrid
magnet
(30T-HM)
and
the
cryocooled
superconducting magnet (18T-CSM) and study the electronic state and
vortex state of high-temperature superconductors in high fields. We have
developed the small-sized STM head and the vibration isolator and
succeeded in obtaining the STM atomic image up to 18 T in 18T-CSM.
1. はじめに
走査型トンネル顕微鏡(STM)は原子スケールの空間分解能で位置を指定してトンネル分光
(STS)を行うことができる特徴的な手法であるため,酸化物高温超伝導体をはじめとする強相
関電子系物質のナノスケールでの電子状態の研究に非常に有効な手段である.また,高温超
伝導体の渦糸状態は強磁場中の超伝導特性を支配する重要なパラメータであるだけでなく,
渦糸コア内の準粒子励起の観測によって電子状態に関する情報を得ることも可能であること
から,強磁場下での STM/STS 実験が注目されている.10T 以下の弱磁場領域では,STM/STS
法を適用することは比較的容易であり,実際に多くのグループによって研究が行われている.
しかし,酸化物高温超伝導体におけるナノスケールの電子秩序状態,渦糸状態に対する磁場
効果の実空間観測などを行うためには,10T を超える強磁場領域における実験を可能にする
必要がある.
本研究の目的は,これまでの STM 装置では未踏の強磁領域において局所電子状態の測定を
可能にし,強相関電子系物質の電子状態の変化や高温超伝導体の渦糸状態について,ナノス
ケールの実空間観察を可能にするための実験装置と環境を構築することである.そのために,
最高磁場 18T の冷凍機冷却マグネット(18T-CSM)と最高磁場 30T の東北大金研ハイブリッド
マグネット(30T-HM)を使用することを念頭において小型の強磁場 STM の開発を行った.本報
告書では,これまでに行ってきた強磁場 STM 開発の現状について,18T-CSM を用いた強磁
場 STM の結果を中心に報告する.
2. 実験
STM 測定では探針-試料表面の距離をナノスケールでコントロールすることが必要であり,
大型施設に設置されている共同利用型強磁場マグネットでは環境ノイズが大きな障害となる.
57
このような問題点を解決するために,これまでに(a)小型の STM ヘッドの作製,(b) 完全非磁
性除振台の作製,(c) 環境振動ノイズ計測,などを行ってきた.
18T-CSM を用いた環境におけるノイズ特性を明らかにするために 18T-CSM 上に除振台と
STM を設置し,除振台の上下において振動計測を行った.また,標準試料 HOPG と PtIr 探針
を用いて最高磁場 18T まで強磁場 STM 測定を行った.
3.
実験結果
18T-CSM 上に設置した除振台の上下において,FFT アナライザー(Ono Sokki, DS-2000)とピ
ックアップセンサー(Ono Sokki, NP-7310)を用いて振動加速度の測定を行った.その結果,
18T-CSM 直上では振動加速度が ~0.4 m/s2 程度の大きな振幅を持つことが分かった.測定し
た振動加速度をフーリエ変換して得られた振動加速度レベル L = 20log(a/a0)の周波数依存性
の解析も同時に行った.ここで,a は振動加速度の実効値,a0 は基準値(1 m/s2)である.18T-CSM
直上の振動加速度レベルの周波数スペクトルは 200Hz 付近でシャープなピークを示すことが
分かった.この周波数は 18T-CSM の冷凍機の駆動周波数(~数 Hz)より大きいことからマグネ
ットシステムの共振周波数に対応していると考えられる.また,50Hz とその高調波において
も共振ピークが観測されたが,その強度は強くはなかった.
同様な測定を除振台上で行った結果,振動加速度の振幅が 2 桁以上抑制できること,除振
台による振動ノイズ除去の効果は広い周波数領域に及ぶことなどが分かった.また,STM の
トンネル電流ついても冷凍機を用いない実験室のノイズレベルと同程度まで改善されること
が分かった.
以上で開発したシステムを用い,室温,ゼロ磁場におけて HOPG の STM 像の測定を
18T-CSM 中で行った.除振台を用いない場合にはこれまでと同様に原子分解能は得られなか
ったが,除振台を用いることによりトンネル電流のノイズが大幅に低減され,2.5Å 間隔の
HOPG の原子配列が明瞭に観測された.また,18T の磁場中においてもゼロ磁場と同程度の
解像度の原子像が得られたたことから,作製した STM ヘッドは強磁場中でも安定に動作する
ことが分かった.
4.
まとめ
大型施設に設置されている強磁場マグネット中で動作可能な STM を開発し,除振台の特性
評価と STM 測定を行った.18T-CSM を用いた測定環境におけるノイズスペクトルの測定に
より,200Hz の強い振動ノイズは開発した除振台によって効果的に除去できることが分かっ
た.その結果,原理的に振動ノイズ源を含んでいる 18T-CSM を用いた実験環境において,最
大 18T までの強磁場中で原子分解能を持った STM 測定に世界で初めて成功した.
5.その他
上記以外に,3He 冷凍機を用いた STM (H<11T) により,ボロンドープダイヤモンドの渦糸
構造の測定に成功し,渦糸グラス状態が実現していることを明らかにした.
58
STM insert
position B
position A
z
y
Vibration-isolation table
590
590mm
GM cryocooler
2342 mm
GM-JT
cryocooler
18T-CSM
(c)
18 T
2
0.4
0.2
0
-0.2
-0.4
0.4
0.4
0.2
0
-0.2
-0.4
0
-20
-40
40
-60
-80
-100
0
0
18T-CSM
x
(a)
1.5
x
(b)
Top flange of 18T-CSM
(position A)
Vibration-isolation table
(position B)
time (s)
(c)
Top flange of 18T-CSM
(position A)
300
400
x
Vibration-isolation table
(position B)
200
Frequency (Hz)
0.5
18T-CSM
100
1
冷凍機冷却超伝導マグネット(18T-CSM)を用いた
Vibration acceleration signal
強磁場STM
and
d vibration
ib ti acceleration
l ti llevell
STM head
Signal
wire
Tip holder
PtIr tip
Sample
holder
Shear piezo
(Coarse Z)
(a)
(b)
2.5 Å
59
Vibration acceeleration (m/s )
Acceleration Level (dB)
Tube scanner
• XY scan
• Feedback
F db k Z
Bias
wire
Leaf
spring
11mm
STM images
g of HOPG
(I = 0.1 nA, V = 200 mV)
(a) (b) H = 0 T
(a),
T, 23
23.6Å×11.8
6Å×11 8 Å
Å.
(c) H = 18 T, 35.4 Å × 35.4 Å.
The vibration-isolation table is not
active in (a), but is active in (b) and (c).
123
30 mm
非破壊 100 T 領域の精密物性研究
東大物性研,金道浩一
Solid State Physics in the non-destructive 100 T-Class Fields
Koichi Kindo: ISSP
This study aims to generate a non-destructive 100 T field and carry out
precise measurements on strongly correlated electron systems and related
materials. For the purpose, we are going to develop new magnets and
technologies for precise control of measuring conditions. One of the
key-technology is producing large magnet. The large magnet should have
a large bore that allows us to make a better condition for the experiments.
A few kinds of the large magnet have been made and tested. Another
key-technology is a development of new Cu-Ag wire. A new wire is used
for a various experiments.
100T 領域での精密な物性測定を行うためには、ある程度の大きさのマグネットを作
る必要がある。これまでに 85T 程度の磁場発生に成功した二段パルス方式マグネット
では内コイルの内径が 5mmφであるが、これを広げることにより様々な可能性が期待
できる。例えば、更にもう一段の内コイルを設置して 100T に近づく事も可能となる
し、あるいは精密な実験を行う事も出来るようになる。この様な目的で製作されたの
が、内径 50mmφを持つマグネットである。このマグネットは 2.5mm×4mm の銅銀線を
使った 14 層コイルであり、従来の 2mm×3mm の線材に比べロングパルス化への対応が
可能となっている。このマグネットは、阪大強磁場に設置され、最大 40T、パルス幅
が約 30〜40 ミリ秒の磁場発生を確認している。マグネットの能力としては 60T 程度
まで発生可能と思われるが、40T 発生時で既に 800kJ を使っており、当面は 40T での
運用となる。今後、大きなエネルギーを持ったコンデンサーバンクを利用する事によ
り精密測定を実施する予定である。大きな磁場空間を利用すれば共振器を使った ESR
が可能となるし、少し大きな圧力セルを入れてピストンシリンダーを超える圧力下で
の物性測定も期待できる。また、2.5mm×4mm の銅銀線を用いた内径 23mmφの 17 層コ
イルも作成し、900kJ のエネルギー投入で 53T の磁場発生までを確認した。こちらも
線材の効果により発熱が抑えられており、今後のロングパルス化に向けた実験が進展
すると考えられる。
従来の線材を使ったコイル開発も進んでいる。SPring-8 や J-PARC における実験に
用いるパルスマグネットとしてコンパクトなソレノイドタイプのマグネットを開発
した。これまで放射光を利用した強磁場実験としては主として X 線回折測定を進めて
きた。これに用いられるマグネットはスプリット型であり、様々な用途に用いられる
60
利点の代わりに最大磁場が 40T と抑えられる点が問題であった。今年度は、60T での
実験が可能となるソレノイド型マグネットの開発を行った。コイルの基本パターンは、
従来のソレノイドコイルと変わらないが、コイルの長さ方向のスペースを削り、限ら
れたボアサイズに対して立体角を確保できるように工夫している。このタイプのマグ
ネットを SPring-8 での XMCD 測定および J-PARC での中性子実験に使用するため製作
し、55T までの磁場発生を確認した。XMCD の測定では結果が得られつつあり、原理的
には問題が無いようである。
パルスマグネット用の線材開発についても進展があった。物質・材料研究機構の研
究協力により作製された銅銀線は新たな組成で作られており、引っ張り強度が 1GPa
を超える線が完成した。断面積が 1mm×1.5mm の線材を用いたコイルを作り磁場テス
トを行ったところ、電源とのマッチングが取れていないため、発熱が顕著となり、64T
以上の磁場発生が困難となっている。これは 2.5mm×4mm の線材により発熱が抑えら
れた事実と比べることによりコイルの設計に対するヒントを与えている。コイル設計
を工夫してその強度を磁場発生に活かす方法を模索している。また、同じサイズの
1.3GPa の強度を持つ線材開発にも成功したため、これのテストも進めている。さらに
最近、2mm×3mm の線材で 1GPa を超える事に成功した。このサイズは従来の形のコイ
ルに反映できるため磁場上昇が期待できる。
この新線材のコンパクトさを利用した新しいマグネットを製作した。このマグネッ
トは、パルス磁場中で高速イメージング測定を行う目的で作られたもので、冷凍機を
用いて間接冷却を行いながらの磁場発生が可能となっている。ただし上述したとおり
発熱の問題で磁場の上限が約 40T と抑えられている。約 6 ミリ秒のパルス幅の時間で
イメージングの測定には成功しており、今後、時間幅の制限が短くできれば磁場の上
昇は可能である。
61
非破壊100テスラ領域の精密物性研究
物性研 金道浩一
・大口径マグネットの開発
・JPARC用マグネット
・100Tに向けた開発
大口径マグネットの開発
100Tに向けた開発
JPARC用マグネット
パルス磁場中の高速イメージング
62
多層グラファイトにおける3次元 Dirac 正孔と負性層間磁気抵抗
東京大学物性研究所
長田俊人, 内田和人, 鴻池貴子
Negative Interlayer Magnetoresistance
and Three-Dimensional Dirac Holes in Multilayer Graphite
T. Osada, K. Uchida, and T. Konoike: ISSP, University of Tokyo
Remarkable negative interlayer magnetoresistance has been observed in
bulk crystal graphite, in which graphene sheets stack alternatively. A
simple model of interlayer magnetotransport due to Landau subband
conduction has revealed that this phenomenon reflects Dirac fermion
nature of H-point holes in graphite.
層間結合が非常に弱い(<1meV)層状有機導体α-(BEDT-TTF)2I3などの多層Dirac電子
系においては、層間磁気伝導は隣接2層間のトンネル効果により支配され、また非常
に弱い磁場で各層の2次元Dirac電子系が量子極限状態に入ることから、顕著な負の層
間磁気抵抗が現れる。量子極限では各2次元層においてゼロモードLandau準位(n=0)
のみがFermi準位に位置するようになり、磁場の増加に伴い隣接層ゼロモード間のト
ンネル頻度が縮重度と共に増大するため、負性磁気抵抗が生ずるのである[1]。一方、
多層グラファイト結晶は、構造的には2次元Dirac電子系を有するグラフェン(単層グ
ラファイト)シートが交互積層したものであるが、層間結合が∼40meVと強いため単
純な多層Dirac電子系(擬2次元ゼロギャップ伝導体)とはならず、3次元バンド構造
が良く定義できる異方的半金属となる。グラフェンシートに垂直な磁場中の電子状態
は積層方向に分散を持つLandauサブバンド群に量子化され、強磁場中の層間伝導はこ
れらのバンド伝導機構によって支配されると考えられる。
この多層グラファイト単結晶について層間磁気抵抗の測定を行ったところ、顕著な
負の磁気抵抗を観測した。ここで信号に面内磁気抵抗成分が重畳しないよう、試料端
面は適正に処理しておく必要があった。グラファイトでは負性磁気抵抗が量子極限
(>7T) よ り 低 い 磁 場 か ら Shubnikov-de Haas 振 動 と 共 存 し て 現 れ る 。 こ の 点 が
α-(BEDT-TTF)2I3などの単純な多層Dirac電子系の場合と異なる。単純な2次元Dirac電子
系が積層した多層Dirac電子系では、たとえ層間結合が強くLandauサブバンド伝導が層
間伝導を与える場合でも、負性磁気抵抗が現れるのは量子極限領域だけなのである。
観測されたグラファイトの負性層間磁気抵抗と多層Dirac電子系のそれとの関係の
有無を調べるために、現実的なグラファイトのLandauサブバンド分散を用いて磁場中
層間伝導を評価した。具体的にはtrigonal warpingを無視( γ3=0)したSlonczewski-
63
Weiss-McClureモデルでLandauサブバンド分散を求め、異なるサブバンドのFermi点間
の散乱を無視して層間伝導度を評価した。その結果、量子極限以下の磁場領域でも、
Shubnikov-de Haas振動と共存して負性磁気抵抗が現れることを再現できた。
グラファイトのπバンドは4枚のバンドから成り、K点付近に電子ポケットを与え
る電子バンドとH点付近に正孔ポケットを与える正孔バンドが六角柱状のBrillouin領
域の縁のHKH軸に沿って背中合わせに縮退した構造となっている。ここで、この正孔
バンドは別のもう一つの電子バンドとH点付近の一点で準位交差しており、傾斜した
Dirac coneを形成している点が重要である。このためにH点付近の正孔バンドは3次元
Diracフェルミオン的性格を持つ。実際H点における正孔バンドのLandau準位のfan
chartは、Dirac電子特有のB1/2依存性を示す。従って正孔バンドは電子よりも弱い磁場
で量子極限に達し、最低正孔サブバンドの縮重度の増大に伴い層間伝導は電子系の
Shubnikov-de Haas振動と共存して負性磁気抵抗を示すことになる。より正確な議論に
は、散乱の磁場依存性やランダウ準位間の散乱も考慮する必要がある。
このように観測されたグラファイトの負性層間磁気抵抗は、正孔バンドの3次元
Dirac フェルミオン的な性格を反映したものであると解釈することができる。グラフ
ァイトは古くから多くの研究の対象とされてきた系であるが、本研究はグラファイト
の「新しい Dirac フェルミオン系」としての側面に光を当てたものであると言える。
[1] "Negative Interlayer Magnetoresistance and Zero-Mode Landau Level in Multilayer Dirac
Electron Systems", Toshihito Osada, J. Phys. Soc. Jpn. 77, No.8, 084711/1-5 (2008).
64
2
c
B
(b)
EF
E
(d)
ε1e(k)
ε2h(k)
kz
グラファイトのバンド構造
hole
ε3e(k)
electron
ε3hE(k)
K
H
F
HE
kz
グラファイトのLandauサブバンド分散
electron
K
hole
γ3=0, B=2T
hole
H
H
長田俊人,内田和人,鴻池貴子
10
Kish Graphite #4
グラファイトの負性層間磁気抵抗
T=2.0K
J
4
6
8
Magnetic Field (T)
hole
quantum limit
electron
quantum limit
10
グラファイトのLandauサブバンドから計算
した層間サブバンド伝導による磁気抵抗
2
東京大学物性研究所:
多層グラファイトにおける3次元Dirac正孔と負性層間磁気抵抗
0
1
0.5
0
4
6
8
Magnetic Field (T)
65
0.1
(a)
Interlayer Resistance Rzz (Ohm)
0.05
(c)
Interlayer Resistance Rzz (arb. units)
パルス強磁場下におけるマルチフェロイック物質の研究と
イメージングシステムの構築
東大物性研
徳永将史, 片倉稲子
Studies of Multiferroic Materials and Development of Imaging System in
Pulsed-High Magnetic Fields
Masashi Tokunaga and Ineko Katakura: ISSP, University of Tokyo
We studied magnetic field-induced changes in electric polarization in
various kinds of multiferroic materials and found gigantic magnetoelectric
effects in BiFeO3 at room temperature. We developed high-speed imaging
system in pulsed-magnetic fields up to 35 T, and succeeded in resolving
the field-induced melting of charge/orbital order in manganites.
我々はスピン自由度が、電荷・軌道・格子など、結晶内の他の自由度と結合した系に注目
している。本年度は、磁場印加によって電気分極が変化するマルチフェロイック物質の研究
を幅広く展開するとともに、強磁場中の構造相転移を解明する新しい手法としてパルス磁場
中の高速偏光顕微鏡システムを立ち上げた。
磁気秩序と強誘電性とが共存するいわゆるマルチフェロイック物質の存在は約半世紀前か
ら知られていた。最近マルチフェロイック物質における磁場誘起相転移によって巨大な電気
磁気効果が観測された事[1]をきっかけに再び注目が集まっている[2]。磁気モーメントおよ
び電気分極は互いに異なる時間・空間反転対称性を持つため、両者間の一次の相互作用は結
晶と磁気秩序とがある特別な対称性を持つ場合にのみ存在する。この特殊な磁気秩序はフラ
ストレーションのある磁性体で実現する事が多く、ほとんどのマルチフェロイック相は低温
でのみ観測されてきた。
本年度我々は、室温で磁気秩序と強誘電性とが共存する事が知られている唯一の物質であ
る BiFeO3[3,4]の強磁場物性を研究した。この物質ではビスマスの 6s 孤立電子対が電気分極
発生に寄与し、鉄イオンが磁性を担う。別々の原子が磁性と分極とを分けて担っているため、
一般には電気磁気効果が小さいと考えられてきた。その一方でこの物質に強磁場を印加する
と電気分極の変化を伴う磁気転移が存在するとの報告が過去にされていたが、多分極ドメイ
ン試料に対する測定であったためその詳細についてはよくわかっていなかった[5]。
我々はこの系におけるスピン系と電気分極との関係をより詳細に調べるため、55T までの
パルス強磁場下における磁化及び電気分極測定を行った。測定には京都大学化学研究所の東
氏によってフラックス法で合成された単分極ドメインの単結晶を使用した。本実験の結果、
低温で 18T 付近に磁化の跳びと同時に起こる急峻な電気分極の変化を観測した。転移におけ
る分極の変化はたかだか 5-30 µC/m2 であり、この物質の自発分極の値と比較して約 4 桁小さ
い[6]。相転移磁場は温度上昇とともに徐々に低磁場に移行するものの、室温においても存在
66
する。さらに高温の 600K までの分極測定の結果、ネール点に向けて転移が消失する様子が確
認できた。この相転移は、リフシッツ項を取り入れたギンツブルグ・ランダウ理論に基づく
考察で良く説明できる。この結果は、大きな電気分極を持つ系では電気分極が磁気構造を左
右する事、BiFeO3 における電気磁気効果が決して小さくない事を示しており、今後のマルチ
フェロイック物質の研究に新たな展開をもたらすものである。
本年度のもう一つの成果としてパルス強磁場下における高速偏光顕微鏡観察システムの実
現がある。偏光顕微鏡は一般に双晶構造を検出する際に有効な手段である。この手段を強磁
場と組み合わせる事で、様々な磁場誘起構造相転移を検出する事が可能になると期待できる。
そこで東京大学物性研究所の金道研究室で本研究のために開発された小型マグネットと、高
速度カメラ搭載の偏光顕微鏡システムとを組み合わせた高速イメージングシステムを構築し
た。マグネットはパルス幅約 5 ミリ秒で最大 35T まで発生可能である。
最初の観測対象として電荷軌道秩序の磁場融解現象を示すことが知られているマンガン酸
化物を選んだ。この系では軌道秩序の形成で生じる光学異方性のため、偏光顕微鏡下の画像
で軌道秩序状態は明るく見える[7]。本システムを用いた実験の結果、ペロフスカイト構造を
持つ Nd1/2Sr1/2MnO3 および層状物質である La1/2Sr3/2MnO4 において電荷軌道秩序の磁場融解現象
を明瞭に観察する事に成功した。後者の物質ではネール点より高温で相転移が連続的であり、
磁化や磁気抵抗測定では転移の有無があまりはっきりしない[8]。今回の偏光顕微鏡観察はこ
のような微妙な相転移を検出する際にも有効な手法であると考えられる。
本システムに用いた高速度カメラは 12 ビットの垂直分解能を持つため画像の定量的解析
が可能である。今後は双晶観察だけでなく、ファラデー回転による微小試料の磁化測定やマ
グネトクロミズムの観測など、より幅広い対象を視野に入れた研究を展開していく計画であ
る。
[1] T. Kimura et al., Nature 426 (2003) 55.
[2] 総説として M. Fiebig et al., J. Appl. Phys. 99 (2006) 08E302.
[3] G.A. Smolenskii et al., Sov. Phys. Solid State 2 (1961) 2651.
[4] P. Fischer et al., J. Phys. C 13 (1980) 1931.
[5] 総説として A. M. Kadomtseva et al., Phase Transitio ns 79 (2006) 1019.
[6] J. R. Teague et al. , Solid State Commun. 8 (1970) 1073.
[7] T.Ogasawara et al., Phys.Rev.B 63(2001)113105.
[8] M.Tokunaga et al., Phys.Rev.B 59(1999)11151.
67
25
0 T�
TCO=220K�
28 T�
La1/2Sr3/2MnO4の強磁場偏光顕微鏡観察�
徳永将史、片倉稲子�
東京大学物性研究所�国際超強磁場研究施設
20
H-increasing
15
µ0H (T)
P_lowT
P_highT
M
BiFeO3
10
200 µC/m2
550K
500K
450K
400K
350K
300K
250K
200K
150K
100K
77K
5
パルス強磁場下におけるマルチフェロイック物質の研究と
イメージングシステムの構築
15
10
5
T (K)
0
0 100 200 300 400 500 600 700
68
BiFeO3の室温巨大電気磁気効果�
20
25
30
0
P || [100]c
µ0H (T)
カンチレバーを用いた高磁場・高周波電子スピン共鳴装置の開発
神戸大学大学院理学研究科
大道英二
Development of high-field and high-frequency electron spin resonance system
using a cantilever
Eiji Ohmichi: Graduate School of Science, Kobe University
Electron spin resonance (ESR) using a microcantilever is a promising
candidate for a very sensitive ESR technique in the terahertz (THz) region.
Indeed, we previously reported ESR detection at 240 GHz in static
magnetic fields. In this study, we successfully extended the frequency
region up to 315 GHz with an improved measurement system and a 7T
superconducting magnet. This frequency was the highest record in ESR
measurement using a cantilever. In addition, we have applied an optical
modulation technique to the pulsed-field ESR experiments, and have
detected ESR signals at multiple frequencies, which were not observed in
the standard dc measurements.
カンチレバーを用いた電子スピン共鳴(ESR)測定法は微小試料のテラヘルツ領域におけ
る高感度 ESR 測定法として注目されている。試料を乗せるカンチレバー自身は 100 ミクロン
程度の大きさであることから微小試料に対する体積比が大きくとれる。また、カンチレバー
自身が周波数に依存しない検出器となっており、多周波数 ESR 測定を行うことができる。ま
た、電磁場の強度を変調し、変調周波数をカンチレバーの固有振動数に一致させることでカ
ンチレバーに機械共振を起こさせ、信号強度を大幅に増大させることができる。こういった
特徴は従来の透過型 ESR 測定にはないものである。将来的にテラヘルツ以上の周波数領域で
高感度 ESR 測定が可能になれば、新物質、生体試料など多くの分野で有用な測定手段になる
ことが期待できる。
これまで得られた成果として、パルス磁場中直流測定おける ESR 信号の初めての検出[1]、
定常磁場中光変調法による 240 GHz における ESR 信号の検出[2]などが挙げられる。しかし、
発生できる定常磁場の上限や高周波領域での電磁波強度の低下などから、これ以上高い周波
数領域では ESR 信号の検出をすることができていない。本研究では、電磁波を集光するため
のホーンを用い、また、共振の Q 値を大きくとるために熱交換ガスの圧力を調整するなど測
定上の改善を加えた。また、新たに7Tの超伝導磁石を用いることで高磁場領域の測定にも
対応できるよう測定系を再構築した。その結果、我々の研究室でガン発振器を用いて発生で
きる最高周波数の 315 GHz で ESR 信号の検出に成功した。この値はカンチレバーを用いた磁
気共鳴としては世界最高記録にあたる。約 1 µg の試料に対して信号雑音比では 3000 程度、
スピン感度としては 109 spins/G を実現することができた。
69
実用的な ESR 装置という観点からみると、さまざまな測定試料に対応できることは重要な
要素の一つである。本研究ではスピン濃度が薄く、また、通常1個の単結晶では高周波 ESR
測定が困難である分子性導体を取り上げ、測定を試みた。測定試料には分子性導体の一種で
あるフタロシアニン錯体を用いた。この系は結晶内に d 電子を持つ鉄イオンが含まれており、
π−d 相互作用の観点からも注目を集めている。本研究では一辺数十µm の微小単結晶を用いて
カンチレバーESR 測定を行い、80 GHz ならびに 90 GHz での ESR 信号検出に成功した。この結
果は過去に報告されている測定結果とも一致することがわかった。このことからもカンチレ
バーESR 測定の手法がさまざまな物質系に対しても適用可能であることがわかる。
定常磁場中での測定が成功したことを受けて、光変調測定の手法をパルス磁場中 ESR 測定
へと適用した。パルス磁場中では、短い磁場発生時間の間に測定を行う必要があるためロッ
クインアンプの時定数に制限がある。そのため測定条件としては定常磁場中測定に比べより
シビアになる。本研究では Co Tutton 塩についてパルス磁場中測定を行い複数の光源周波数
において ESR 信号の検出に成功した。信号雑音比としてはおよそ 10 程度であったが、検出で
きた ESR 信号は従来の直流測定による方法では検出ができなかった。このことは光変調法に
より検出感度が少なくとも 10 程度は改善できたことを意味している。また、電磁波強度の変
調周波数を変えていくとカンチレバーの固有振動数付近で信号強度が増大することも確認で
きた。パルス磁場中にもかかわらずこのような振る舞いが観測できたのは、用いたカンチレ
バーの固有振動数が十分に高い(∼10 kHz)ためである。しかし、変調周波数をカンチレバ
ーの固有振動数に一致させるとカンチレバー自身の振動と ESR 信号を判別できないという問
題点が明らかになったので、この点に関しては今後の課題として挙げられる。
今後は、より高い周波数領域における ESR 信号検出が望まれるため、後進行波管(BWO)を
用いた ESR 信号検出を行う必要がある。BWO では内部的に強度変調を行うことができないた
めチョッパを用いて変調を行う必要があるが、あまり高い変調周波数を取れないのでこれを
解決する必要がある。また、測定に最適化されたカンチレバーを MEMS 技術により自作し、測
定感度を上げることも今後の目標として挙げられる。
[1] E. Ohmichi et al., Rev. Sci. Instrum. 80 (2009) 013904/1-6.
[2] E. Ohmichi et al., Rev. Sci. Instrum. 79 (2008) 103903/1-5.
70
71
強相関 4f・5f 電子系における低温異常の磁気特性
北大理, 北大創成 A,信州大教育 B, 茨城大理 C, ブラウンシュバイク大 D,
東大物性研 E, 東北大金研 F, 原子力機構 G
網塚
齋藤
浩, 石原祐子, 西川大地, 清水悠晴, 森下
A
B
明, 日高宏之,
C
旬, 柳澤達也 ,天谷健一 , 横山 淳 , Stefan Süllow D,
Jan Kreitlow D, 沢井祥束 E, 佐藤桂輔 E, 金道浩一 E, 本間佳哉 F
Magnetic Properties of Anomalous Low-Temperature States in Strongly
Correlated 4f- and 5f-Electron Systems
Hiroshi Amitsuka, Yuko Ishihara, Daichi Nishikawa, Yusei Shimizu, Ikuto Kawasaki,
Akira Morishita, Hiroyuki Hidaka, Tatsuya YanagisawaA, Kenichi TenyaB,
Makoto YokoyamaC, Stefan SüllowD, Jan KreitlowD, Yoshiki SawaiE, Keisuke SatoE,
Koichi KindoE, Yoshiya HonmaF
Grad. Sch. of Sci., Hokkaido Univ., CRIS, Hokkaido Univ. A, Fucl. of Edu., Shinshu Univ.B,
Grad. Sch. of Sci., Ibaraki Univ.C, TU Braunschweig D, ISSP, Univ. of Tokyo.E,
IMR, Tohiku Univ. F
We summarize our ongoing research work on the issues of (i)
dc-magnetization of URu2Si2 under hydrostatic pressure, (ii) non-Fermi
liquid behavior in ferromagnetic CePt1-xRhx, (iii) magnetic anisotropy in
the 122 system, and (iv) developments of new experimental techniques
under multiple extreme conditions.
平成 20 年度の研究活動内容は以下のようにまとめられる。
1.URu2Si2 の静水圧下磁化測定
URu2Si2 おける To = 17.5 K の相転移は、長年の研究にもかかわらず秩序変数が不明であ
り、強相関電子系における「隠れた秩序(HO)」の問題の典型例とされる。最近、静水圧
下で HO から反強磁性(AF)秩序状態への 1 次相転移が起こることがわかり、圧力効果の
研究を通じたこの系の物性解明への期待が高まっている。しかしながら、P-T 相図上、有
限温度領域の振る舞いに関する報告間の不一致や、超強磁場下で起こるメタ磁性の圧力効
果と HO-AF 転移の関係が不明など、正確な圧力・磁場効果をさらに実験的に明らかにする
必要がある。最終的には 100 T 領域に及ぶこの物質の P-T-H 相図の作成を目標として、前
年度に引き続き、SQUID(MPMS)および 60 T パルスマグネットを用いた静水圧下磁化測
定を実施した。SQUID による dc 磁化測定は、Braunschweig 工科大学 S. Süllow 氏との国際
共同研究である。圧力 1 GPa, 磁場 5.5 T までの測定結果より、圧力誘起 AF 相が磁場によ
って急速に抑制されること、AF 相では低温磁化率が抑えられることを明らかにした。これ
72
と並行して、高圧下パルス強磁場中の磁化測定を東大物性研、国際超強磁場科学研究施設
(金道研)にて実施した。既に前年度、約 0.7GPa までの実験を行っており、今年度は高圧
領域への拡張と、試料を増量して S/N の向上を図る計画であった。しかし、加圧作業時に
試料及びセルを破損したためデータ取得に至らなかった。この経験を生かし、セルの構造
の改善点を検討し、改良型セルの設計・製作を現在進めている。
2.強磁性秩序消失領域における電子状態に関する研究
絶対零度で起こる連続的な相転移(量子相転移)は量子揺らぎによって支配され、その
臨界点(量子臨界点:QCP)近傍では、ランダウのフェルミ液体論から逸脱する振る舞い
(非フェルミ液体(NFL)異常)を示す例が、数多く見つかっている。NFL 異常の基本理
解は、QCP 近傍で発現する異方的超伝導の機構の理解にも繋がることが期待され、現在強
い関心を集めている。しかしながら、多くの研究は反強磁性 QCP に関するものであり、強
磁性についての研究例は少ない。私達は、Tc=5.7K の強磁性金属 CePt と、中間原子価状態
の常磁性金属 CeRh(いずれも斜方晶 CrB 型構造)の混晶系 CePt1-xRhx を作成し、比熱・磁
化・交流磁化率の低温での振る舞いを調べた。その結果、強磁性秩序は x の増加とともに
抑制され、x=0.75(以下 xc)付近で消失する、また xc より高濃度側で比熱と磁化率に顕著
な NFL 異常が現れることを見出した。この異常は x > xc の広い濃度範囲で現れる。さらに
xc 近傍ではクラスターグラス状態が発現しており、単純な強磁性の QCP は存在していない
ことを示した。既存の理論の中では、相関の乱れを本質とする量子 Griffiths-McCoy 特異性
によるスピン揺らぎの理論が、観測結果に比較的良く適合することを示した。
3.ThCr2Si2 構造における f 電子の結晶場効果
前年度に引き続き ThCr2Si2 構造を持ついわゆる 122 系で一般に観測される強い磁気異方
性の起源を解明すべく、La1-xRxRu2Si2 系(R = 希土類元素, x < 0.1)を対象に、f イオンの単
一サイト電子状態の系統的研究を進めた。希土類元素ほぼ全てについて磁化・比熱を測定
し、広く用いられている「LS 結合+結晶場効果」による近似手法では磁気異方性を定量的
に説明できない事実を明らかにした。また、調べた全ての希土類イオンに対する等価演算
子法による結晶場パラメータを、僅か 3 パラメータの有効点電荷を与えることで予想でき
ることを示した。
4.多重極限下精密物性測定手法の開発
日高、清水両名を中心に、mK 温度領域、発生圧力 3 ~ 4 GPa において実験可能な高圧下
精密 DC 磁化測定装置の開発に着手し、小型のインデンター型高圧セルを製作した。これ
を 3He-4He 希釈冷凍機内キャパシタンス式ファラデー法磁力計に搭載し、基礎データを取
得した。現在、感度を向上を図るため、セルの改良を進めている。また、ピストンシリン
ダー型セルを用いた磁場中、高圧下超音波音速測定システムの開発が柳澤を中心に進めら
れた。システムは既に完成し、現在実験が進行中である。
73
P (2 K)
AF
1
1.2
SQUID用
Cu-Be製
高圧セル
L=0
ThCr2Si2構造における結晶場効果の系統的研究
強相関4f・5f電子系における低温異常の磁場効果
T
P Mh(2K)
P Mm(2 K)
Ml
URu2Si2の静水圧下磁化測定
50
40
30
M1
TMm
TM2
0.6 0.8
P(GPa)
HO
0.4
URu2 Si2
0.2
インデンター型セル (~ 4 GPa)
極低温高圧下DC磁化測定システムの開発
ピストン
(WC)
試料
テフロンセル
マノメーター
シリンダー
(Cu-Be)
ピストンシリンダー型セル (~ 1.3 GPa)
74
20
10
0
0
CePt1-xRhx
NFL
強磁性CePt1-xRhxにおける非フェルミ液体異常
H (T)
単結晶 CeCu2Ge2 における磁場中物性測定
静大理, 東北大金研 A,東大物性研 B
海老原孝雄,杉山優介,
B
沢井祥束 ,鳴海康雄 A,金道浩一 B
Physical Properties in CeCu2Ge2 in magnetic field
Takao Ebihara, Yusuke Sugiyama, Yoshiki SawaiB, Yasuo NarumiA and Koichi KindoB:
Department of Physics, Shizuoka Univ.
IMR, Tohuku Univ.B
ISSP, University of Tokyo A,
Electrical resistivity and specific heat were measured in magnetic field
up to 14T. Residual resistivity and the slope of square temperature
dependence of resistivity indicate the system approaches valence
fluctuation quantum criticality when magnetic field increases.
CeCu2Ge2 は、重い電子系超伝導体の最初の例である CeCu2Si2 の参照物質として知ら
れ、またこの物質自身も圧力下で超伝導を示すことで知られる。CeCu2Ge2 は、CeCu2Si2
と結晶構造が同じで、Si サイトをイオン半径の大きな Ge で置き換えた状態に相当す
る。圧力を加えると、CeCu2Ge2 はスムーズに CeCu2Si2 と同じ性質を示すようになり、
これは Si で Ge を置換した時の格子定数変化と同じことを意味し、同じ相図を与える。
CeCu2Si2 および CeCu2Ge2 の圧力下超伝導は、CeIn3 や CePd2Si2 が示す圧力超伝導相のよ
うな、量子臨界点近傍に一つの山(ドーム)ができる物質群とは異なり、超伝導相に
二つの山(ドーム)が形成される。しかも圧力を加えることにより、第1の山よりも
第 2 の山の方が高い、つまり超伝導転移温度が高いという性質を示す。これらの特異
な超伝導相の出現を説明するために、Miyake 等による価数揺動量子臨界点が提唱され
ている[1]。つまり、第1の超伝導相はスピン揺動量子臨界点に起因し、第 2 の超伝
導相は価数揺動量子臨界点に起因するというものであり。Jaccard 等による高圧の実
験では、Miyake 等の提唱する価数揺動量子臨界点に起因する超伝導を支持する結果が
出ていた[1][2]。
本研究では、CeCu2Ge2 単結晶を合成して、電気抵抗の磁場依存性を測定し、残留抵
抗(ρ0)とフェルミ流体的振る舞いに従う時の電気抵抗の温度依存性から(ρ(T)
AT2
の A)を求め、それらの磁場依存性を明らかにした。これらの結果は、Miyake 等の提
唱する価数揺動量子臨界点に起因する超伝導を支持している。
[1]A. T. Holmes et al., J. Phys. Soc. Jpn. 76(2007)051002.
75
[2]D. Jaccard et al., Physica B 359-361(2005)333-340.
76
CeCu2Ge2単結晶
うす青色の1目盛りが1mmである
aは[100]方向を示し
画面手前向きがc方向で[001]方向である
77
強磁場磁化と中性子・X 線回折による希土類金属間化合物の磁性研究
物質・材料研究機構,原子力機構 A,Charles Univ.B,PSIC
北澤英明,稲見俊哉 A,寺田典樹,M. MihalikB,阿部英樹,A. Dönni,L.KellerC,J. ScheferC
Studies of high-field magnetization and neutron and X-ray diffractions in the
rare-earth intermetallic compounds
H. Kitazawa, T. InamiA, N. Terada, M. MihalikB, H. Abe, A. Dönni,
L. KellerC and J. ScheferC: NIMS, JAEAA, Charles Univ.B, PSI
C
We have reinvestigated magnetic properties of rare-earth intemetallic
compounds CeRh2Ge2 and GdPd2Al3 by magnetization, specific heat and
neutron diffraction and resonant magnetic X-ray diffraction experiments to
determine magnetic structures under magnetic fields.
希土類金属間化合物における磁性を理解する上で、伝導電子を介した RKKY 型の交換相互作
用や、近藤効果、希土類イオンの持つ軌道に起因する多極子効果、結晶場効果等を常に考慮
する必要がある。磁場は、これらの複雑な相互作用を1つ1つ解き明かすための大事な外部
パラメータである。本年度特に主に集中して研究した希土類3元系化合物 CeRh2Ge2 と GdPd2Al3
の単結晶を用いた磁場中中性子回折、共鳴 X 線回折実験結果を紹介する。
(1)多段階メタ磁性転移を示す CeRh2Ge2 の複雑な磁気相図と磁場中中性子回折
正方晶 ThCr2Si2 型結晶構造を持つ CeRh2Ge2 は、TN1=14.5K と TN2=8.9K で逐次転移を示す反強
磁性体である。1.5K における最初の粉末試料を用いた中性子回折実験では、不整合波数 k= [0,
0, 0.89]でサイン波振動した磁気構造を取ると報告された[1]。2002 年に、阿部らは単結晶
試料を用いた磁化測定より、c 軸方向にのみ多段階メタ磁性転移を観測し、8個の異なる磁
気相が比較的低磁場で存在する事を見出した[2]。磁化ステップの値が飽和磁化に対して簡単
な分数で示されたことから、c 軸方向にイジ
ング的に揃った磁化が、整合波数を持った磁
8
M(T)
M(B) up
M(B) down
Cp(T)
Old data
CeRh2Ge2
B // c
気構造の可能性が示唆された。得られた飽和
6
磁化の値が、粉末中性子回折で見積もられた
磁化の値とは大きく異なる為に単結晶を用
いた中性子回折実験が待たれていた。今回は、
スイス PSI の SINQ にある熱中性子単結晶回
B(T)
VI
12/13
VII
X
4
V
IV
6/7
IX
1/2
III
2
3/10
II 1/9
折計 TriCS を用いて、磁場方向に対して水平
0
からずれた位置で、検出器を構えることによ
2
4
I
VIII
6
8
T(K)
10
12
14
って、c 軸方向の磁気反射を捉える事に成功
図1.CeRh2Ge2 の磁気相図
した。まず、以前の研究と同様に、テトラア
ーク炉を用いたチョクラルスキー法で単結晶作成を試みたが、小さな単結晶しか得られず、
78
中性子実験には、体積が足りないことがわかった。そこで、新たに赤外線イメージ炉を用い
た浮遊帯域法に切り替え、成長条件を最適化したところ、数ミリ角の大型単結晶育成に成功
した。新しく得られた単結晶を用いた磁化及び、比熱測定により、磁場-温度(B-T)相図を
再調査したところ、図1に示すように以前観測された8個の相に加えて新たに2つの磁気相
を観測した。特に、以前の結果と大きく異なるところは、飽和する磁場が、3.6T から 6T ま
で引き上げられた事である。一方、ゼロ磁場における中性子磁気反射の温度変化において、
多結晶を用いた以前の実験結果と同様、TN2 で異常は観測されなかったが、1.5T の磁場を印加
すると、TN2 で小さな異常を観測した。また、1.5K において、 (1, 0, 0.11)のピークの 3T ま
での磁場変化を計測したところ、ピーク強度は、各相を通過する毎に階段状に変化するもの
の、波数自体は、磁場変化を受けないことがわかった。さらに詳細な実験が必要と思われる。
(2)希土類金属間化合物 GdPd2Al3 の幾何学的フラストレーション
六方晶系 PrNi2Al3 型結晶構造をとる GdPd2Al3 は、Gd3+イオンが c 面内に三角格子を作り、Gd
と Pd からなる面と Al のみからなる面が交互に積層した構造を取っている。TN1 = 16.8 K と
TN2 = 13.3 K に2段階の磁気転移点を示し、磁性を担う Gd3+イオンの 4f 電子が軌道角運動量
成分を持たないにもかかわらず、磁気秩序相で顕著な磁気異方性が観測されている。これま
での多結晶及び、単結晶を用いた物性研究により、我々は、イジング性の強いハイゼンベル
グスピン系三角格子反強磁性体モデルによっ
てそれらの特異な磁気的性質がよく再現でき
ることを示した[3]。
しかしながら中性子に対する Gd の大きな吸
収断面積に阻まれて、長い間、ミクロスコピ
ックな実験的検証はなされなかった。ごく最
近、Spring-8 BL22XU で Gd の L2 殻の吸収端の
エネルギーを利用した共鳴磁気 X 線回折実験
を行うことにより、磁気モーメントの情報を
得ることに成功した[4]。予想通り3副格子磁
図2.GdPd2Al3 におけるπ-σ及び、π−π成分の X 線
気秩序を裏付ける(4/3, 4/3, 0)の磁気ピーク
磁気ピーク強度の温度依存性
を TN1 = 17K 以下の温度で観測した。特に、図
2に示すように偏光解析を行うことにより、c 軸方向の磁気モーメントは、TN1 = 17K 以下か
ら発達するのに対して、c 面内方向の磁気モーメントは、TN1 = 13K 以下から発達することが
わかった。つまり、磁化で予想していた逐次相転移の証拠が得られた事になる。さらに、興
味深いことに、低温側の転移点 TN2 =14 K 以下で、不整合秩序を示す事がわかった。今後は、
磁場中での実験を計画しており、さらに詳細な議論が深まることに期待している。
[1] G. Venturini et al., Solid State Comm. 67 (1988) 193.
[2] H. Abe et al., Physica B 312-313 (2002) 253.
[3] H. Kitazawa et al., Physica B 259-261 (1999) 890.
[4] T. Inami et al., submitted to J. Phys. Soc. Japan.
79
B(T)
強磁場磁化と中性子・X線回折による希土類金属間化合物の磁性研究
6/7
12/13
III
3/10
6
CeRh2Ge2
B // c
10
X
IX
VIII
M(T)
M(B) up
M(B) down
Cp(T)
Old data
VII
14
5
(D)
(C)
(B)
(A)
10
T(K)
15
B // c
GdPd 2Al
3
GdPd2Al3の磁気相図(B//c)
30
25
20
15
10
5
0
0
GdPd2Al3単結晶の共鳴磁気X線回折
20
物質・材料研究機構,原子力機構A,Charles Univ.B ,PSIC
北澤英明,稲見俊哉A,寺田典樹,M. MihalikB,阿部英樹,A. Dönni,L. KellerC,J. ScheferC
VI
V
1/2
I
II 1/9
4
12
CeRh2Ge2の磁化と比熱実験から求めた
磁気相図(B//c)
IV
2
80
8
6
4
2
0
8
T(K)
B(T)
強磁場下半導体 2 次元電子系‐局在電子系システムの最近の研究
物質・材料研究機構
高増
正
Recent Development of Coupled Systems of Localized and Extended Electrons
in High Magnet Fields
Tadashi Takamasu: National Institute for Material Science.
We have studied two kinds of coupled systems of localized and
extended electrons under high magnetic fields. One is the two dimensional
electron system(2DES) with embedded self-organized quantum dots in the
barrier region of hetero-interface. In addition to the transport properties
measured formally,
cyclotron resonance measurements were performed
and found that two kinds of electrons appear in 2DES with the application
of gate voltage, indicating strong correlation with quantum dots realized in
the system. The other is a rare-earth Yb-ion doped near 2DES. With
photo-illuminations of different energy revealed that Yb-ion in AlAs forms
complicated iso-electron trap which affects strongly on the mobility of
2DES.
我々は、これまでに、GaAs/AlGaAsへテロ界面に形成される2次元電子系と量子ド
ットや希土類イオンに局在した電子との相関に着目して研究を行って来た。特に、2
次元電子系が強磁場で示す量子ホール効果は、電子散乱の特性によって輸送特性が敏
感に変化するため、局在電子系が2次元系に及ぼす影響を詳細に観察できるツールに
なると考えられる。今年度は、この2次元電子系を電子相関の検知に使用する方法で、
量子ドットを近接するバリア領域に埋め込んだ2次元電子系とYbイオンを埋め込んだ
2次元電子系について、以下のような研究を行った。
GaAs/AlGaAs ヘテロ接合の近傍に InGaAs 自己形成量子ドットを埋め込んだ系では、
量子ホール効果を示す低温輸送特性が、量子ドット中の電子数によって、特に量子極
限での電気抵抗に異常を示すことをこれまでに報告してきた。今回は、この系を用い
て、ミリ波から遠赤外領域でのサイクロトロン共鳴実験を行い、以下の興味深い現象
を発見した。通常の 2 次元電子系が示すサイクロトロンエネルギーが磁場に対して線
形に依存する線幅の細いサイクロトロン共鳴に加え、量子ドットを埋め込んだ系では、
不純物サイクロトロン共鳴に似た、非線形な磁場依存性を持つ比較的線幅の広いサイ
クロトロン共鳴線が見出された。また、この新しい共鳴線は、フロントトゲートによ
る量子ドットへの電子の出し入れに伴ってその強度を大きく変えるため、量子ドット
による散乱を反映した 2 次元電子系のサイクロトロン共鳴だと考えられる。この事実
は、1 層の 2 次元電子中に局在、非局在の 2 種類の電子が共存することを示しており、
81
先に報告した輸送現象に見られる量子ホール効果の異常と密接に結びついているも
のと考えられる。
半導体中伝導電子とスピン散乱を介した興味深い現象が予想される系として、希土
類不純物である Yb を導入した半導体があげられる。これまでにこの AlGaAs に Yb
をドープした系において、4f 状態からの発光現象、非電子ドープ量子井戸構造におけ
る微弱光での 2 次元電子の形成、および GaAs バンド中エネルギーでの未知のブロー
ドバンド発光を見出し報告してきた。この系の複雑さは、Yb が Ga(Al)サイトにド
ープされると等電子トラップを形成する点にある。本年度は、結晶中における Yb の
状態をより明確にするため、ヘテロ界面に形成される 2 次元電子系の近傍、AlGaAs
あるいは AlAs バリアー中への Yb のドープを行い、2 次元電子系の輸送現象に与える
影響を調べた。その結果、AlGaAs バリアーと AlAs バリアーの場合で、2 次元電子系
の輸送特性は大きく異なり、後者では、1.9eV 程度の高エネルギーの光を照射しない
と、2 次元電子の易動度が回復せず、低易動度 2 次元試料が示す磁場誘起絶縁状態を
示すことが分かった。一方、AlGaAs バリアーの場合は、1.5eV 程度の低エネルギーの
光照射で易動度の回復が見られ、こうした条件から、Yb イオンが GaAs 中に形成する
等電子トラップのエネルギー位置の推定に成功した。
また、こうした研究に加えて、強磁場下で用いるいくつかの新しい測定システムの
開発を行っている。特に、強磁場中 MFM の高度化を行い、微小電気回路中の電流の
つくる微小磁場の空間依存性の測定に成功し、現在、応用としての測定を行っている。
また、水冷銅磁石を用いた強磁場中で、100mK 程度の極低温を安定に実現することに
成功し、磁性金属試料の極限状態での研究への応用を行っている。
参考文献
[1] T. Takamasu, K. Sato, Y. Imanaka and K. Takehana , J. Physics, Conference Series 51, 2006, 591
[2] K.Sato, T.Takamasu and G.Kido, Physica E32, 2006, 305
[3] K. Takehana, T. Takamasu and M. Henini, JPSJ 75 , 2006, No. 114713
82
100
150
10
200
T = 1.7 K
-1
12
14
m* = 0.0690m0
-1
= 37.6 cm
ω0
8
Yb source: 250℃
―dark
―1.175
―1.234
―1.234
―1.370
―1.370
Eg(GaA
―1.540
―1.759 s)
―1.810
―1.864
2DEG
40 nm
30 nm
B [T]
GaAs
Al0.3Ga0.7As
Al0.3Ga0.7As
GaAs WL
20 nm Al0.3Ga0.7As: Yb
Si sheet
dope
20 nm
40 nm Al Ga As: Si
0.3
0.7
20 nm
―1.893 E (Al Ga0
0.
―1.922 g 0.3
―1.952 7As)
―2.049
Ybイオン-2次元近接系の強磁場輸送現象の
照射光エネルギー依存性
物質・材料研究機構 高増 正
強磁場下半導体2次元電子系-局在電子系システムの最近の研究
NU2208
50
6
Wavenumber (cm )
4
T = 1.7 K
2
ρXX [kΩ]
2.0
1.8
0
B [T]
83
1.6
1.4
1.2
1.0
0.8
200
150
100
50
0
B (T)
ρXX [kΩ]
ρXX [kΩ]
量子ドット-2次元近接系の
サイクロトロン共鳴
Tr(B) / Tr(B = 0 T)
-1
Wavenumber (cm )
希薄磁性半導体量子ホール系におけるサイクロトロン共鳴
物質・材料研究機構
今中康貴
Cyclotron resonance in quantum hall systems of
diluted magnetic semiconductors at high steady magnetic fields
Yasutaka Imanaka: National Institute for Materials Science
We have studied cyclotron resonance at the wide range of frequency in
quantum Hall systems of CdTe and CdMnTe at high magnetic fields. The
oscillatory behavior of magneto transmission against inverse magnetic
field is observed in CdMnTe 2DEGs with the use of the millimeter-vector
network analyzer down to 40GHz. The result indicates that the mobility of
the quantum Hall systems of the diluted magnetic semiconductor is still
higher even at lower magnetic fields. The giant Zeeman effect in CdMnTe
systems, however, causes the broadening of cyclotron resonance width at
the magnetic field satisfying the cyclotron energy is equal to the giant
Zeeman splitting energy.
サイクロトロン共鳴は、半導体におけるキャリアの有効質量を測定する最も直接的な方法
として、これまで様々な半導体の電子や正孔の有効質量を決定するのに貢献してきた。しか
しながらサイクロトロン共鳴条件を満たすために、移動度の高い試料や高い磁場が必要にな
るため、最近注目を集めている ZnO などを始めとするワイドギャップ半導体では未だにキャ
リアの有効質量が詳細に明らかになっていないものも多い。またテラヘルツやギガヘルツ帯
の光源が十分でないこともサイクロトロン共鳴実験の制約になっている場合が多く、簡単に
言えば、移動度の高い試料、高い磁場、広い周波数帯の光源が揃うことで、有効質量や共鳴
幅の磁場依存性、温度依存性などを通して、キャリアとの様々な相互作用や半導体中の磁気
プラズマ効果に関する知見を明らかできる強力な実験手段となりうる。
我々はこれまで強磁場におけるバンド間からバンド内の広い周波数帯域にわたる分光測定
を通して、多体効果が支配的な2次元電子系や希薄磁性半導体における磁気光学応答、半導
体スピン物性を明らかにしてきた。特に、テラヘルツ、ギガヘルツ帯の光源として、FIR レ
ーザー、フーリエ分光器、ラメラグレーティング、ベクトルネットワークアナライザ、ガン
ダイオードなど、多種広周波数帯の光源を駆使して、定常強磁場下でのサイクロトロン共鳴
によりワイドギャップ半導体の有効質量に関する情報を得てきた。
本年度は、II-VI 族希薄磁性半導体 CdMnTe/ CdMgTe の2次元電子系試料を中心に、磁性
が含まれている試料と含まれていない試料で何が異なり何が共通しているのかという希薄磁
性半導体のサイクロトロン共鳴の本質を明らかにすることを目的として、GHz 帯の広帯域送
受信器であるベクトルネットワークアナライザを用いて測定を行った。
84
これまでフーリエ分光器を使って THz 領域で行ってきた実験では、CdTe2次元電子系では
3T から 18T まで磁場範囲で鋭いサイクロトロン共鳴吸収が観測されたが、CdMnTe 希薄磁性
半導体2次元電子系では特に 5T 以下の磁場では共鳴吸収は観測されなかった。これは Mn ス
ピンモーメントがブリルアン関数に従って飽和する 5-10T 程度の磁場を印加した場合に鋭い
サイクロトロン共鳴が観測されることからも、希薄磁性半導体では低磁場領域で何らかの要
因(局在 Mn スピンと2次元電子の相互作用?)でキャリアの局在化が起きていることが原
因と考えられていた。但しフーリエ分光器の測定周波数限界が 1THz 程度(共鳴磁場 3T 程度)
であったため、より低磁場領域での測定はフーリエ分光器では不可能であった。
そこで前回、GHz 帯の送受信機であるミリメーターベクトルネットワークアナライザを使
用し、1THz 以下の周波数帯でサイクロトロン共鳴測定を行った。その結果、CdTe2次元電子
系の試料においては、非常に明瞭なサイクロトロン共鳴信号が 0.2T 程度までの弱磁場まで観
測されたが、CdMnTe2次元電子系では、640GHz 程度の周波数でも低温で明瞭な共鳴は観測
されなかった。これらの実験結果はフーリエ分光測定で観測されていた結果に準じており、
同様に2次元電子の局在化を示唆する結果となった。
しかしながら今年度、より低い周波数帯(40GHz-200GHz)での精密な測定を行ったところ、
意外にも明瞭なサイクロトロン共鳴が観測され、更にサイクロトロン共鳴が観測された磁場
よりも強磁場領域でシュブニコフドハース振動に対応した磁気透過光の振動現象が観測され
た。この結果により希薄磁性半導体CdMnTe2次元電子系の移動度が低磁場においても非磁性
系であるCdTe2次元電子系の移動度と同程度に高いことが明らかになった。この磁気透過光
の振動はキャリア濃度が高い試料で主に観測されており、磁気プラズマの一種であるヘリコ
ン波の透過条件(ω<ωc<ωp)とほぼ一致する。ヘリコン波は一般的に試料のホール伝導率(σxy)
に比例した透過率となるが、実験で得られているものは対角伝導率(σxx)の振る舞いに似てい
るため、使用している導波管とモードの関係などの詳細に関しては今後調べていく必要があ
る。いずれにしても極低温で良質なオーミックコンタクトが得にくい試料では、シュブニコ
フドハース振動を測定する手段として今後重要になると考えられる。
以上により、希薄磁性半導体におけるテラヘルツ領域及びミリ波領域(40GHz-650GHz)での
サイクロトロン共鳴の測定により明らかになったことは、200GHz 程度までの周波数帯では明
瞭な共鳴が観測されるが、それ以上の周波数領域では共鳴線幅が上記のシュブニコフ振動と
相まって非常に複雑で且つ磁場値により大きく変化するということである。このような異常
なサイクロトロン共鳴は非磁性系でこれまで観測されたことはなく、希薄磁性系で特徴的で
ある。異常が観測される磁場領域は、希薄磁性半導体の巨大ゼーマン効果を考慮に入れた簡
単なランダウ準位の計算により、アップスピン、ダウンスピンのランダウ準位の交差が起き
る磁場領域とほぼ一致し、線幅の変化がこの交差に伴うサイクロトロン共鳴とスピンフリッ
プ共鳴の共存によるものである可能性が高いことが分かった。実験結果からスピン軌道相互
作用によるスピン準位の混成が示唆され、Mn 濃度の異なる試料や異なる温度での測定を行う
ことで、より定量的な議論を行うことが今後の課題である。
85
86
鉄ヒ素系超伝導体関連物質BaNi2P2のハイブリッドマグネット使用による
ドハースファンアルフェン効果測定
物材機構、産総研A、神戸大学B 寺嶋太一、木俣基、薩川秀隆、原田淳之,
硲香織、今井基晴、宇治進也、鬼頭聖A、伊豫彰A、永崎洋A、播磨尚朝B
De Haas-Van Alphen Effect Measurements on a FeAs-Superconductor-Related
Compound BaNi2P2 Using a Hybrid Magnet
Taichi TERASHIMA, Motoi KIMATA, Hidetaka SATSUKAWA, Atsushi HARADA, Ka
ori HAZAMA, Motoharu IMAI, Shinya UJI, Hijiri KITOA, Akira IYOA, Hiroshi EISA
KIA, and Hisatomo HARIMAB: NIMS, AISTA, Kobe UniversityB
We have performed de Haas-van Alphen effect measurements on a
FeAs-superconductor-related compound BaNi2P2 using a hybrid magnet as
well as a superconducting magnet.
The observed Fermi surface is in
good agreement with that predicted by a band-structure calculation.
BaNi2P2は鉄ヒ素系高温超伝導体の一種で“122”と呼ばれるAFe2As2(A = Ca, Sr, Ba, Eu)
と同型でTc〜3Kの超伝導体であり、Ni化合物とFe化合物の電子状態の比較に適当な化合物で
ある。そこで、我々はBaNi2P2のドハースファンアルフェン(dHvA)効果測定とバンド計算を行
い,その電子状態について検討した。
BaNi2P2 単結晶試料は高圧合成法により合
成された。dHvA測定はトルク法で行い、物材
機構設置のハイブリッドマグネットおよび
超伝導磁石を使用した。バンド計算はFLAPW
法により行った。
図 1 にハイブリッドマグネットによる
35.7 T までの測定例を示す。生データを見
ると、高磁場側で早い振動周期の振動が出現
しているのがわかる。フーリエ変換では 5 ヶ
の dHvA 周波数が明瞭に確認できる。
様々な磁場方位での測定結果をまとめた
のが図2である。一見して明らかなように、
実測の dHvA 周波数(大きなマークで示して
F (T)
ある)とバンド計算の予測(小さいマークと
図 1:ハイブリッドマグネットを使用した
ドットで示してある)の一致は極めて良い。
BaNi2P2の磁気トルクdHvA振動の例(上)
バンド計算によればフェルミ面には 4 ヶの
とそのフーリエ変換(下)
。
シートがあるが、すべてのシートが実験的に
87
図 2:
(左)dHvA振動周波数の地場方位依存性。実測の周波数(大きなマーク)とバンド
計算からの予想(小さなマークとドット)を比較している。
(右)BaNi2P2のフェルミ面。
観測されたサイクロトロン軌道も示してある。
確認された。
本研究で得られた重要な知見をまとめると以下のようになる。
(i) 通常の LDA 近似のバンド計算で極めて正確にフェルミ面が計算できる。これは、FeAs 系
の場合、フェルミレベル近傍の電子状態が As の位置に異常に敏感で、バンド計算に様々
な問題が生じるのと対照的である。
(ii) フェルミ面は大きく3次元的である。これは小さく2次元的な FeAs 系のフェルミ面と
対照的である。次元性の違いは、単純化して言えば、Ni と Fe の電子数の違いにより、
フェルミ準位が、Ni では Ni と P の反結合性軌道にあるのに対して、Fe では Fe-d の非結
合性軌道にあるためである。
(iii) 質量増強(1+λ)は 2 倍程度である。この値は、第一原理計算により求められたBaNi2As2
の電子格子相互作用と整合しており[1]、質量増強の大半は電子格子相互作用によるもの
と考えられる。
この成果は T. Terashima et al., J. Phys. Soc. Jpn. 78, 033706 (2009)として出版さ
れた。
[1] A. Subedi and D. J. Singh, Phys. Rev. B 78, 132511 (2008).
88
89
超強磁場磁気光学物性探索
―
カーボンナノチューブの磁気励起子の超強磁場アハラノフ・ボーム効果
東大物性研
嶽山正二郎,小嶋映二
Aharonov-Bohm splittings of the magneto-excitons in carbon nanotubes
in ultra-high magnetic fields
Shojiro Takeyama, Eiji Kojima: ISSP, University of Tokyo
We have succeeded in observing Aharonov-Bohm (AB) exciton
splittings in the 2nd sub-band absorption spectra of single wall carbon
nanotubes (SWNT) by applying a magnetic field up to 300 T.
Ultra-high magnetic field was generated by the electro-magnetic flux
compression method. The AB splitting in magnetic fields was found to
be 70 % of that deduced from the theory by Ajiki and Ando. Zero field
(exchange) splittings were found to be as large as 30-55 meV, almost 10
times larger than those reported for the 1st sub-band excitons. The
energy positions of the bright and dark exciton levels were determined
for the samples with the chiralities (7,5),(10,2), and (9,5), respectively.
単層カーボンナノチューブ (SWNT) のチューブ軸に平行に磁場(B//)を印加することによっ
て、アハラノフ‐ボーム (AB) 効果によるエネルギーバンドギャップの分裂が生じることは
よく知られている。SWNT 磁気励起子の AB 効果は、これまで、主に発光スペクトルの観測か
ら議論されてきた。発光プロセスによる観測では局在効果などによって生じる現象と混同す
る可能性が高いので、我々は、吸収(透過)スペクトルをもとに議論すべきであるという立
場に立っている。吸収スペクトルは一般に線幅が広いため、明確な AB 分裂を観測するには
100 T 以上の超強磁場が必要である。
我々は、溶液分散型のミセル化 SWNT(HiPco 法にて作成された東大院工丸山研究室から提
供)試料を用いて、超強磁場下で光吸収スペクトルの分裂の観測とそのための装置開発を進
めてきた。電磁濃縮法によってより強い超強磁場までの磁気光学測定を行うためには、でき
るだけ限られた試料空間の中で試料と光学系をうまく(磁場方向と光入射方向が垂直なフォ
イクト)配置する必要がある。そのため特殊な試料セル、小型プリズムを組み合わせたホル
ダーを開発し、直径 9 mm の中に全てを納めることができるようにした。
また、特殊フィル
ムの装着により電磁濃縮でのライナー最終収縮時の閃光を防ぐことができた。その結果、第
2 サブバンド光吸収スペクトルの AB 分裂を電磁濃縮法によって 300 T の超強磁場まで観測す
ることに世界で初めて成功するに至った。今回の測定では、カイラリティ(10,2)、(9,5)、(7,5)
のギャップを有する半導体試料である。
90
また、SWNT の励起子はブリルアン帯の K, K’点の谷間のクーロン相互作用によって光学許
容な明励起子と禁制な暗励起子を形成することが理論的に予測されている。AB 効果が縮退を
解くことで、これらの励起子準位のエネルギー位置関係が明確になる。このことは、カーボ
ンナノチューブの発光効率にも関係する応用上も重要な情報である。今回の実験で得られた
結果から、励起子分裂幅は、これまで報告されてきた第 1 サブバンド領域での数 meV とは大
きく異なり、30-55 meV になることが示された。更に、カイラリティに依存して、暗励起子
準位と明励起子準位のエネルギー位置関係が変わることを見出した。すなわち、カイラリテ
ィ(7,5)、 (10,2)では明励起子、(9,5)は暗励起子が最低エネルギー状態という結果を得た。
これは、カイラリティ(n,m)において、n-m=3N+νとしたとき、ν=+1 では暗がν=-1 で明励起
子が低エネルギー側に位置すると主張する横井等の第 2 サブバンドでの実験からの報告と矛
盾しない。
得られた結果をまとめると、励起子 AB 分裂ΔAB=μB//としたときの傾きμ[meV/T]、また、
ゼロ磁場での分裂幅Δbd[meV]など表1のようになった。磁場による分裂係数μは理論的予測
[1]よりぴったり 70%小さいことカイラリティに依らず再現していることは注目に値する。こ
れらの値を用いて、夫々のカイラリティでの吸収スペクトルの振動子強度の磁場変化も旨く
説明できた。
カイラリティ
直径
分裂幅
励起子
μexp
μtheory
(n,m): ν
(nm)
Δbd[meV]
(低位置)
[meV/T]
[meV/T]
(7,5): -1
0.83
32±25
明
0.56±0.16
0.75
0.7
(10,2): -1
0.88
55±28
明
0.57±0.18
0.77
0.7
(9,5): +1
0.97
51±32
暗
0.68±0.21
0.98
0.7
μexp/μtheory
[1] H. Ajiki and T. Ando, J. Phys. Soc. Jpn. 62, 1255 (1993).
共同研究者:大坪勇貴(2009 年 3 月修士課程修了、現在、
(株)パナソニック勤務)
91
Absorption (arb.units)
2.0
B // E
R.T.
(7,5)
O.D.
0.1
(9,5)
1.9
B=
300±30 T
240±25 T
200±20 T
150±15 T
120±10 T
100±8 T
80±8 T
70±5 T
60±5 T
50±5 T
330
240
160
80
(9,5)
(7,5)
•(10,2), (7,5)
高エネルギーシフト
低エネルギーシフト
100 meVに及ぶエネルギーシフト、
AB分裂
ピーク分裂が観測される
•(9,5)
ゼロ磁場での明暗励起子準位の位置関係
20±5 T
0T
(10,2)
単層カーボンナノチューブ磁気光吸収スペクト
ルとAB効果 ー 超強磁場 300 T
(10,2)
1.7
1.8
HiPco/SDBS/D2O
1.6
Photon Energy (eV)
92
電磁濃縮法磁場発生開発の現状および物性測定への応用
東大物性研
小嶋映二,宮田敦彦,澤部博信,嶽山正二郎
Recent developments of electro-magnetic flux compression and its application
to the measurements in solid-state physics.
Eiji Kojima, Atsuhiko Miyata, Hironobu Sawabe, Shojiro Takeyama
: ISSP, University of Tokyo
We successfully broke the world record of the indoor highest magnetic
field by electro-magnetic flux compression using a Cu lining coil system.
We applied this system to the Faraday rotation measurement in ZnCr2O4
which is a geometrically frustrated antiferromagnet. We could observe a
full magnetization process up to 400 T at 6 K in this material.
電磁濃縮法磁場発生開発
100テスラを超える磁場領域は超強磁場領域と呼ばれ、破壊型のパルス磁石を用いてのみ発
生可能な極限的な磁場領域である。物性研究所で行われている電磁濃縮法は室内世界最高の磁
場(>600 T)を発生可能な方法である。最近、我々は Cu ライニングコイルという銅板を鉄コイル内側
に挿入した構造のコイルを用いることで、濃縮の効率および円筒対称性を向上させることができてい
る。
平成 20 年度においては、種磁場コイルの開発を行った。これにより種磁場は従来の 3.2 テスラか
ら 3.8 テスラに増強された。種磁場 3.8 テスラ、メインエネルギー4.0 メガジュールの条件で電磁濃縮
磁場発生実験を行ったところ、700 テスラを超える磁場を発生し、室内最高磁場記録を更新した。
種磁場 3.2 テスラの条件での濃縮磁場と種磁場 3.8 テスラの条件での濃縮磁場を比較すると、種
磁場と濃縮磁場には正の相関(ほぼ線形)が見られた(図(a))。種磁場を増加させるとさらなる強磁場
発生が期待できることから 4.4 テスラ級の種磁場開発を行っている。これを用いることで室内磁場発
生記録の再更新が期待できる。
また、大型 Cu ライニングコイルを用いた電磁濃縮磁場発生の実験を行った。大型コイルを用いる
狙いは、初期磁束を大きくできることと投入エネルギーを増加できることである。実験の結果、大型コ
イルを用いると標準サイズのコイルと比較して磁場発生空間を大きく取ることができることが分かった。
実験結果から見積もると直径 10mm 程度の空間に 600 テスラ程度の磁場が発生できると予想される。
このことは、クライオスタットを用いた低温での物性測定などにおいてより高い磁場までの測定を可能
とする結果と言える。
さらに、Cu ライニングコイルと 5 メガジュールバンクを用いたロングパルスシングルターンコイルの
開発も行った。通常のシングルターンコイルでの磁場パルスの時間幅は 10 マイクロ秒であるが、この
ロングパルスシングルターンコイルではパルス幅 100 マイクロ秒と 10 倍程度長い時間幅のパルス磁
場が発生でき、測定に有利である。現在、2.7 メガジュールの投入エネルギーで 85 テスラのパルス磁
93
場が得られている。
フラストレーションスピネル ZnCr2O4 の 400 テスラ磁場下のファラデー回転測定
スピネル酸化物 ZnCr2O4 は磁性を担う Cr3+のスピン間に反強磁性的な相互作用が働き、
Cr イオンがパイロクロア格子を形成し、幾何学的にフラストレートしたスピン系である。こ
の物質は、ワイス温度が‐390 K であるが、実際のネール温度は 12 K であり、両者の違いが
桁違いに大きく非常に強いフラストレーションがネール秩序を妨げている[1]。また、この物
質ではネール秩序とともに格子の変形が起きることが知られており、強い幾何学的フラスト
レーションのもとで格子-スピンの相互作用が働いている系であるといえる。この物質は、Cr
スピン間の交換相互作用が大きいため磁化過程を調べるためには、超強磁場が必要となる。
これまで、この物質において1巻きコイル法を用いた超強磁場下におけるファラデー回転測
定を行っている。その結果、120 テスラ付近で、1 次相転移を示すファラデー回転角の不連続
な跳びが観測され、さらにその後、135 テスラまで線形な増大を示した後、プラトーを示す
振る舞いが見られた。このような振る舞いは K. Penc らの理論[2]と定量的にもよく一致して
おり、120 テスラから 135 テスラまでの領域はキャント 2:1:1 相であると解釈した。
平成 20 年度は、スタイキャスト製クライオスタットなどの開発により、低温(6 K)で、電
磁濃縮法を用いて 400 テスラまでの磁場下での ZnCr2O4 のファラデー回転測定に成功し、磁
化が飽和するまでの全磁化過程の観測ができた。ZnCr2O4 単結晶試料は、物性研究所上田寛研
究室助教、植田浩明氏より提供していただいた。図(b)にその結果を示す。縦軸は、50 テスラ
までの磁化測定の結果[3]と比較することでファラデー回転角を磁化 M (µB/Cr)に換算してあ
る。190 テスラまでの範囲内では、1巻きコイルで観測されている結果とほぼ一致している。
これより高い磁場領域で 240, 290, 350, 390 テスラのところで新たに相転移と思われる異常
が観測された。390 テスラの異常は Penc らの理論予想によるとフェロ相への相転移であると
考えられる。その他の相転移は Penc らの理論では予想されていない。図(b)より 240, 290, 350
テスラの磁場に対応する磁化はそれぞれ全磁化の 2/3,3/4,5/6 となる。現在のところこの相転
移に関する詳細は明らかになっていないが、仮に、この物質で 135 テスラから 160 テスラの
1/2 プラトーにおいてロンボヘドラルの磁気構造が実現しているとすれば、磁場と平行なスピ
ンをもつカゴメ格子層と反平行なスピンをもつ3角格子層が積層した磁気構造となる。この
ような場合に、磁場をさらに印加することで3角格子層のスピンが2アップ 1 ダウン、ある
いは1アップ2ダウンなどの磁気構造をとれば 2/3,5/6 のなどの磁化に対応する異常が説明
可能と考えられる。もし、このようなことが起きているとすると、3次元系であるパイロク
ロア格子から磁場印加により2次元系である3角格子の磁性が発現していることになり、非
常に興味深い。
[1]H. Ueda et al., Phys. Rev. Lett. 94, 047202(2005)
[2]K. Penc et al., Phys. Rev. Lett. 93, 197203(2004)
[3]H. Ueda et al., Phys. Rev. B 73, 094415(2005)
94
(a) Seed field vs Compressed
Field
(b) Full magnetization process of
ZnCr2O4 up to 400 T
390 T
350 T
290 T
240 T
95
磁性半導体(Zn,Cr)Te 中の Cr 分布の不均一と磁化特性
筑波大物質工1、物質・材料研究機構2
黒田 眞司1、石川 弘一郎1、西尾 陽太郎1、三留 正則2、板東 義雄2
Inhomogeneous Cr distribution in magnetic semiconductor (Zn,Cr)Te and
magnetic properties
Shinji Kuroda1, Kôichirô Ishikawa1, Yôtarô Nishio1, Masanori Mitome2, Yoshio Bando2
1
Institute of Materials Science, University of Tsukuba
2
National Institute for Materials Science (NIMS)
The magnetic properties of (Zn,Cr)Te thin film in which Cr ions are
distributed inhomogeneously in the host crystal are investigated. It is
found that its magnetic properties are characterized by superparamagnetic
features such as the irreversibility and the blocking phenomena in the
temperature dependence of magnetization. In the magnetic-field
dependence, the hysteretic behaviors are observed at low temperatures. At
higher temperature, the magnetization vs. magnetic field curves can be
fitted to Langevin function, which indicates that the magnetization is
described as the ensemble of atomic paramagnets. In addition, the
temporal relaxation of magnetization after turning off magnetic fields is
also observed, suggesting the quasi-stable state of magnetization.
スピントロニクスへの応用を目指して、室温以上の高い温度で強磁性となる半導体新物
質の探索が活発に行われているが、現在まで物質固有の性質として室温強磁性が確認されて
いる例は少ない。磁性元素を高濃度に含む磁性半導体の合成の際に、不可避的に生成される
微量の異相析出物が物質固有の性質としての強磁性を確認する上での障害と考えられてきた
が、最近は別の要因として母体半導体中の磁性元素の分布が磁性半導体の磁化特性を議論す
る上で重要な鍵となることが認識され始めている。特に磁性スピン間の磁気的相互作用の及
ぶ範囲が短距離である場合には、磁性元素の凝集した領域の存在が強磁性の発現や転移温度
の上昇に不可欠であることが提唱されている[1]。実験的にも、さまざまな種類の磁性半導体
で磁性元素が高濃度に凝集したナノ領域が形成され、それに伴い強磁性転移温度が上昇する
ことが報告されている[2,3]。我々のこれまでの(Zn,Cr)Te における研究でも、結晶中の Cr の分
布と磁化特性との間には相関があり、ドナー性不純物であるヨウ素のドーピングにより Cr
分布が不均一となり、それに伴い強磁性転移温度が上昇することが明らかにされている[4]。
この相関は、Cr の不均一分布において Cr の凝集したナノ領域が強磁性クラスターとしては
たらく結果、結晶全体の磁性が超常磁性的となり、磁化曲線における履歴現象(ヒステリシス)
96
などの強磁性的な振る舞いを示すものと考えられる。今回はこのような Cr の凝集領域が形成
された結晶において、強磁場における振る舞いを含めた磁化特性のさまざまな側面を詳細に
調べた。
試料は分子線エピタキシー(MBE)により成長したCrの平均組成約 4%のヨウ素ドープ
(Zn,Cr)Te薄膜を測定の対象とした。この結晶においては、エネルギー分散型X線スペクトル
測定(EDS)により、閃亜鉛鉱型構造の結晶中に大きさ 10~20nmのCr凝集領域の形成が確認され
ている。超伝導磁束量子干渉計(SQUID)による磁化測定の結果、磁化の温度依存性(M-T)では
零磁場中冷却(ZFC)と磁場中冷却(FC)の両過程の間で不可逆性が現れ、またZFC過程ではM-T
曲線にカスプが生じるブロッキング現象が見られた。磁化の磁場依存性(M-H)では低温でヒス
テリシスが現れるが、その温度範囲はM-T曲線に現れるブロッキング温度TB以下であり、ヒ
B
ステリシスがクラスターの磁気異方性によることを示している。それより高い温度範囲では
M-H曲線はランジュバン関数でフィットでき、系全体の磁化は孤立したCr凝集クラスターの
磁化の重ね合わせに帰せられることを示している。ランジュバン関数へのフィッティングよ
り個々のクラスターの磁気モーメントの大きさとしてボーア磁子の千倍程度の値が得られた
が、これはEDS観察におけるCr凝集領域のサイズから予想される値よりかなり小さく、凝集
領域内のすべてのCrスピンのすべてが強磁性に寄与している訳ではないことを示している。
さらに低温では一定の外部磁場を印加後に磁場をゼロにすると、磁化が時間と共に徐々に緩
和する現象が見られ、この系の磁化が準安定状態であることが示唆された。
参考文献
[1] K. Sato et al., Jpn. J. Appl. Phys. 44, L948 (2005).
[2] L. Gu et al., J. Magn. Magn. Mater. 290-291, 1395 (2005).
[3] M. Jamet et al., Nature Mater. 5, 653 (2006).
[4] S. Kuroda et al., Nature Mater. 6, 440 (2007).
97
5
0
-1
-0
0
M-T curve
10
5
0
ΤB = 40K
100
nZCT#52 (Cr 4.3%)
χ
300
-1
ΘP ∼ 260K
200
Temperature [K]
3000
2000
1000
0
-1
0
H ⊥ plane
0
M ~ 1300 μB
(Langevin function)
Atomic paramagnet
Irreversibility between FC and ZFC processes
Cusp in M-T curve (ZFC process)
Magnetization [emu/cc]
30K
50K
100K
150K
200K
250K
300K
FC
4
2K
50K
100K
150K
200K
250K
300K
EDS Cr mapping
0.1μm
Zn1-xCrxTe:I (x = 0.043)
3
H ⊥ plane
2
1
磁性半導体(Zn,Cr)Te中のCr分布の不均一と磁化特性
30K
2K
10K
H [T] 1
1
ZF C
H/T [T/K]
98
χ [Oe cc/emu]
Zn1-xCrxTe:I
(x = 0.043)
2 2
1 0
-2
0 -1
-1
0
Magnetic Field [T]
-2
-5 -4 -3 -2 -1
0
M-H curve
Magnetic Moment [ μB/Cr]
M / MS
単層カーボンナノチューブの磁気光学特性に関する研究
熊本大・院自然
横井裕之
Magneto-optical Properties of Single-walled Carbon Nanotubes
Hiroyuki Yokoi: Grad. School of Sci. and Technol., Kumamoto Univ.
This study aims to clarify electronic states of single-walled carbon
nanotubes (SWNTs) through ultra-high field magneto-optical studies. A
near-infrared megagauss magneto-optical absorption system has been
developed, and employed in order to study the exciton states at the first
subband gap in (6, 5), (7, 5) and (8, 4) semiconducting SWNTs.
本研究では、単層カーボンナノチューブ(以下、単層ナノチューブ)における量子干渉効
果の検証と多体効果の調査、さらにそれらの効果の競合現象の調査により、単層ナノチュー
ブにおける電子光物性を明らかにすることを目的としている。単層ナノチューブではその一
次元的な構造のために室温でも励起子が安定に存在しており、励起子のエネルギー状態が光
物性に大きく表れる。単層ナノチューブにおける励起子エネルギー状態の特徴として、ブリ
ュアン帯の K 点と K’点における電子エネルギー状態が縮退しているために、谷内および谷間
相互作用によって励起子状態が一重項状態と三重項状態に分裂することが理論的に予想され
ている[1]。これらのうち、一重項の奇状態のみが光学的に活性(”bright”)で一重項の偶状態
と三重項状態は不活性(”dark”)となる。一重項の”bright”-”dark”励起子分裂では、どちらが
エネルギー的に下方に位置するかという問題が、単層ナノチューブにおける重要な研究課題
の一つとなっている。
この課題を実験的に検証するためには、磁場がたいへん強力な研究手段となる。単層ナノ
チューブ内を磁束が突き抜けるとアハラノフ-ボーム効果により磁束に対して右向きと左向
きの周方向境界条件に位相のズレが生じるために、K 点と K’点におけるエネルギーバンド端
の縮退が解ける[2]。このアハラノフ-ボーム効果によるエネルギー分裂が K, K’谷内および谷
間相互作用より大きくなれば、励起子の一重項-三重項分裂状態が解除されて、”dark”励起子
状態が”bright”化して、強磁場域で観測されるようになると予想される[1]。その出現位置から
一重項”bright”-”dark”励起子分裂のエネルギー配置を判定することが可能である。まさに、量
子干渉効果と多体効果の競合を磁場でコントロールすることにより、単層ナノチューブにお
ける励起子状態の解明が可能となる。
従来の実験的検証では、近赤外域に観測される第 1 サブバンド励起子発光について、その
強度とエネルギー位置の磁場依存性と温度依存性を調査し、観測された全ての励起子におい
て、”dark”励起子状態の方が低エネルギー側に位置するという報告がなされてきた[3-6]。この
ように発光を観測する手法では、低エネルギー側の励起子しか観測できないことなどの理由
により、振動子強度の理論的予測[1]との比較が困難である。また、未検討の局在効果が観測
99
結果を左右している可能性を排除できない。一方、磁気光吸収測定では振動子強度に応じた
吸収スペクトルが得られるため、理論と直接的に対応させて検証することが可能である。し
かしながら、発光に比べて吸収ではピーク形状がブロードになるために、励起子吸収ピーク
の磁場変化を観測するためには発光測定よりも強い磁場が必要とされる。われわれは一巻き
コイル法による極短パルス超強磁場下磁気光吸収測定により、単層ナノチューブの励起子状
態を調査してきた。平成 19 年度までの研究成果として、可視光域で超強磁場下磁気光吸収ス
ペクトルを測定[7]することにより、カイラリティーベクトルが(6, 5)あるいは(7, 5)である半導
性単層ナノチューブの第 2 サブバンド励起子吸収ピークの磁場変化を 170 T まで明瞭に観測
することに成功した。磁場印加により出現する吸収ピークのエネルギー位置などから、第 2
サブバンド励起子状態の一重項分裂において低エネルギー側に位置するのは、(6, 5)単層ナノ
チューブでは”dark”励起子で、(7, 5)単層ナノチューブでは”bright”励起子であることを示した。
この解釈は従来の磁気発光に基づく実験報告とは異なっている。この相違が、第 1 サブバ
ンド励起子と第 2 サブバンド励起子の違いにより生ずるのか、あるいは、発光測定と吸収測
定の違いにより生ずるのかについてさらに検討を進めるために、近赤外域における極短パル
ス超強磁場下磁気光吸収測定システムを新たに開発した。近赤外域では十分な感度のストリ
ークカメラが利用できないため、高感度の InGaAs アレー検出器を極短パルス磁場の頂上近傍
で 1 秒間のみ露光する方式を取った。この間の磁場の変動は 1.2%程度であり、超強磁場下
の測定としては十分な磁場精度である。その結果、(6, 5), (7, 5)チューブでは”dark”励起子が、
(8, 4)チューブでは”bright”励起子が低エネルギー側に位置するという結果が得られた。磁気発
光測定による研究では、これらのカイラリティーのチューブはいずれも”dark”励起子が低エネ
ルギー側に位置すると報告されており、やはり、磁気吸収と磁気発光では結果が矛盾してい
ることが明らかとなった。ただ、 単層ナノチューブの直径が小さくなるとともに 一重
項”bright”-”dark”励起子分裂の大きさが大きくなるという傾向は定性的に一致しており、両者
の観測結果には何らかの相関があると考えられる。平成 21 年度は、一重項分裂におけるエネ
ルギー配置の観測結果が測定手法によって異なる原因を探って、単層ナノチューブにおける
励起子状態を本質的に明らかにすることを目標とする。
[1] T. Ando, J. Phys. Soc. Jpn., 75, 024707 (2006).
[2] H. Ajiki and T. Ando, Phys. B, 201, 349 (1994).
[3] I.B. Mortimer and R.J. Nicholas, Phys. Rev. Lett., 98, 027404 (2007).
[4] J. Shaver et al., Nano Lett., 7, 1851 (2007).
[5] A. Srivastava et al., Phys. Rev. Lett., 101, 087402 (2008).
[6] R. Matsunaga et al., Phys. Rev. Lett., 101, 147404 (2008).
[7] H. Yokoi et al., in Institute of Physics Conference Series 187 (Tayler & Franics, 2006), p. 285.
共同研究者: 東大物性研
嶽山正二郎、小嶋映二
産総研ナノテク研究部門 南
信次
100
e
近赤外域パルス超強磁場下
磁気光吸収測定システムの開発
一巻きコイル式超強磁場装置
による磁場波形
1 μs
9 100T領域で近赤外域磁気吸収スペク
トル測定に初めて成功
9 100T領域で磁場精度1.2%
9 高いS/N比による高精度なピーク解析
9 一重項明励起子-暗励起子分裂にお
いて示唆される低エネルギー側分岐
¾ (6, 5), (7, 5)チューブ:暗励起子
¾ (8, 4)チューブ:明励起子
共同研究者: 東大物性研 嶽山正二郎・小嶋映二、産総研ナノテク 南 信次
熊本大・院・自然 横井 裕之
単層カーボンナノチューブの磁気光学特性に関する研究
e
h
暗
明
K, K’点での谷内・谷間相互作用
h
K点
K’点
励起子状態の分裂
または
GS
アハラノフ-ボーム効果
によるK, K’点の縮退解除
K’
K
GS
101
多自由度相関系の強磁場電子物性
東北大学大学院理学研究科
石原純夫
Electronic properties in correlated electron systems with multi-degrees of
freedom and high magnetic field
Sumio Ishihara, Department of Physics, Tohoku University
We have investigated magnetic field effects and x-ray spectroscopy in
correlated electron systems with multi-degrees of freedom. In particular,
we have done the following two themes. [1] Orbital states in correlated
electron system with spin polarization, and [2] Spin state transition and
phase separation in multi-orbital Hubbard model.
多自由度を有する相関電子系では、強い電子間相互作用と多自由度の存在に起因して多彩な
相の競争と相境界での大きな揺らぎが生じる。磁場により直接コントロールできるのはスピ
ン自由度であるが、その相互作用は数 K から数十 K と小さいため通常はスピン配列や方向の
変化が生じることに留まる。スピンと電荷、軌道、格子の自由度が強く結合した多自由度強
結合系では、磁場によるわずかなスピンの変化が電荷、軌道、格子に大きな変化をもたらし、
電子状態や伝導性の劇的な変化が期待される。本特定領域の研究課題では、多自由度相関電
子系における強磁場下の新規な物性に関して、その微視的起源の解明と新たな物性の理論予
測を行うことを目的とした。平成 20 年度に行った我々のグループの理論研究について以下に
紹介する。
[1] 多自由度相関系におけるスピン分極軌道状態
ペロフスカイト構造をもつ RTiO3(R=La, Y 等)では、ホール・ドーピングによる金属絶縁
体転移や相境界近傍において観測される異常な金属状態に多くの興味がもたれている。特に
スピンが分極した状態における軌道状態については、軌道自由度がもつ高い対称性のために
新規な軌道状態が期待され、これまでいくつかの理論研究がなされている。Khalliulin 等は
絶対零度において 3 つの軌道が等しい重みをもつ長距離軌道秩序が発生すること、大きな揺
らぎのために有限温度ではこの秩序が不安定なることを指摘した。この研究では軌道秩序を
仮定した絶対零度における理論解析に基づいており、近似の妥当性や有限温度における軌道
状態については明らかになっていない。
我々はスピンが分極した t2g 軌道模型について、量子モンテカルロ法を用いた数値計算を行
うことで有限温度の軌道状態について解析を行った[1]。軌道擬スピンのスタッガード相関関
数やスタッガード軌道感受率の計算から、通常の反強的軌道秩序や Khalliulin らが指摘した
軌道秩序は 0.3J(J は相互作用定数)程度まで実現しないことが見出された。また短距離の
軌道相関が低温で発達するが、空間の対称性を破る二量体化も生じないことがダイマー秩序
102
パラメータの解析から指摘される。感受率の温度変化や軌道一重項相関関数の解析から、我々
は低温でギャップを持った軌道状態が実現している可能性を指摘した。このような軌道状態
はスピンの分極による軌道空間の高い対称性のもとに実現しているものであり、今後磁場下
の X 線散乱測定等の実験と理論計算との詳細な比較検討が望まれる。
[2] スピン自由度を有する強相関系におけるスピン転移と相分離
ペロフスカイト型コバルト酸化物 R1-xAxCoO3 はそのコバルトイオンにおいてスピン状態の自由度と
それらの間の転移を示す物質として多くの実験、理論研究がなされている。Co3+では(t2g)6 の低スピン
状態(LS)、(t2g)5(eg)1の中間スピン状態(IS)ならびに(t2g)4(eg)2の高スピン状態(HS)の 3 つのスピン状
態を取ることが可能であり、これらの間のスピン転移が温度変化やキャリアーの導入により生じること
が知られている。特に La1-xSrxCoO3 では x=0 の低温では LS 状態にあり、x>0.25 で HS 強磁性金属
状態が実現する。その中間のキャリアー濃度領域でスピングラスや相分離状態が小角中性子散乱
や NMR 等により見出されている。これらの電子状態がこの領域で発現する大きな磁気抵抗効果の
起源と考えられている。
我々はコバルト酸化物におけるこれらの現象の起源を探るために、多軌道ハバード模型における
スピン転移と相分離について理論的に解析を行った[2]。ここでは各サイトに eg 軌道を代表する A 軌
道と t2g 軌道を代表する B 軌道の二つの軌道を考える。サイト当たりの電子数が 2 個の場合、(a2)状態
が低スピン状態に、(a1b1)状態が高スピン状態に相当する。軌道のエネルギー準位差Δとフント結合 J
の大小により、この二つのスピン状態を取り得る。我々は計算方法として変分モンテカルロ法を用い
ることで、2 次元の 2 軌道ハバード模型における電子状態の解析を行った。この結果、x=0 で LS バン
ド絶縁体が実現するパラメータ領域においてキャリアーを導入すると、高ホール濃度領域で HS 強磁
性状態が実現すること、またその中間領域で相分離状態のエネルギーが一様状態のそれより低くな
ることを見出した。また磁化のキャリアー濃度依存性が単純な rigid バンド模型から予想されるそれよ
り顕著であることが明らかとなり、これは実験結果とコンシステントであることが見出された。この相分
離は LS バンド絶縁体と HS 強磁性金属との共存状態であり、A バンドと B バンドのバンド幅が異なる
ことに起因する。これらの計算結果をもとに現実の La1-xSrxCoO3 におけるスピン転移、相分離現象と、
磁場の印加による巨大磁気抵抗効果の起源について議論を行った。
[1]T. Tanaka, and S. Ishihara, Phys. Rev. B 78, 153106-1-4 (2008).
[2]R. Suzuki, T. Watanabe, and S. Ishihara, (in preparation).
103
104
強磁場下での化学反応の磁場効果
埼玉大院・理工
若狭雅信
Magnetic Field Effects on Chemical Reactions under High Fields
Masanobu Wakasa: Saitama Univ.
We have studied magnetic field effects on photochemical reactions by
the nano-second laser flash photolysis technique under the magnetic fields
of up to 30 T. In this report, we present our recent study with ionic liquids
and an improvement of the pulsed magnet in our laboratories.
溶液中の光化学反応に対する磁場効果に関しては,これまで多くの実験的,理論的な研究
がなされてきた。光化学反応に対する磁場効果は,反応中間体ラジカル上の不対電子スピン
と外部磁場が相互作用することによって生じる。この相互作用エネルギーの大きさは,溶媒
の熱運動や反応の活性化エネルギーと比較し非常に小さい。しかし,不対電子スピン間の量
子力学的な作用によって,外部磁場は光化学反応の収率に大きな効果を与える。そこで本年
度は,30 T 以上の強磁場に注目して以下の研究を行った。
1.イオン液体中での光化学反応磁場効果
最近,我々は,光化学反応の磁場効果が溶媒粘度に強く依存することを見出した[1]。さら
に,磁場効果に反映される溶媒粘度はマクロな溶媒粘度ではなく,光化学反応に実効的なミ
クロな溶媒粘度であることを明らかにした。これらのことは,磁場効果の観測から,不均一
系で進行する化学反応の反応環境場を評価できることを示している。一方,イオン液体は,
その特異な性質から近年最も注目されている物質の一つであり,これまでの研究よりイオン
液体中では強いアニオン-カチオン相互作用および疎水的相互作用によりドメイン構造が形
成されていることが示唆されている。しかし,その詳細は不明である。そこで,イオン液体
中での光化学反応に対する磁場効果の研究を行い,そのドメイン構造の解明を目指した [2]。
4級アンモニウム系のイオン液体 TMPA TFSI 中で,ベンゾフェノン(BP)のチオフェノー
ル(PhSH)およびフェノール(PhOH)からの水素引き抜き反応に対する磁場効果を測定した。
磁場依存性は図1のように特異的な形状を示した。スピンダイナミクス,拡散,反応ダイナ
ミクスを取り入れて,stochastic Liouville equation(SLE)による解析を行った結果,イ
オン液体のドメイン構造は,図2のようなミセル様のモデルで説明できることがわかった。
2.ビッター型水冷パルスマグネットの改良
このような磁場効果測定から,光化学反応の反応環境場を議論するためには幅広い磁場領
域での実験データが非常に有用となる。そこで,物材機構(高増ら)の協力を得て,ビッタ
ー型水冷パルスマグネットの改良を行った。従来のパルスマグネットのボアは直径 25 mm で
105
あるが,今回 20 mm にすることで発生磁場を増加させることができた(図3)。さらに現在,
小型化を目指した改良を行っている。
3.50 T 級巻き線型水冷パルスマグネットの開発
より高磁場での化学反応の磁場効果の研究および新規磁場効果の発見のために,物性研(金
道ら)の協力を得て,50 T 級巻き線型水冷パルスマグネットの開発を開始した。強度と冷却
水の流路の問題で,残念ながらまだ開発に成功していないが,今後も継続して開発を行う予
定である。
図1. TMPA TFSI 中での BP と PhSH の
図2. イオン液体 TMPA TFSI のドメ
磁場効果の磁場依存性と SLE 解析結果
インモデル
図3. ビッター型水冷パルスマグネット
の磁場強度(3000 V)
[1] Hamasaki, A.; Yago, T.; Wakasa, M. J. Phys. Chem. B 2008, 112, 14185-14192.
[2] Hamasaki, A.; Yago, T.; Takamasu, T.; Kido, G.; Wakasa, M. J. Phys. Chem. B 2008, 112,
3375–3379.
106
強磁場下での化学反応の磁場効果
(1) イオン液体中での光化学反応に対する磁場効果とドメインモデル
(2) 改良型水冷パルスマグネット(ボア20 mm)
埼玉大院・理工 若狭雅信
107
強磁場の創る新奇スピン秩序状態の理論解析
新潟大理学部物理学科,
奥西巧一
東京大学物性研究所,
鈴木隆史
Novel field-induced orders induced by high magnetic fields
Kouichi Okunishi : Department of Physics, Niigata University
Takahumi Suzuki : ISSP, University of Tokyo
On the basis of density matrix renormalization group and quantum
monte-carlo simulations, we clarified the onedimensional nature of the
magnetstriction for quasi one dimensional(1D) XXZ chain for BaCo2V2O8 .
We have also discussed the field-induced vector spin chirality in the
zigzag spin chain..
本特定領域での強磁場測定実験により、これまで擬 1 次元スピン系 BaCo2V2O8において新
奇磁場誘起秩序が観測されたが、理論解析との融合によりその秩序が 1 次元性を反映した
非整合秩序相であることが明らかになっている。この物質は擬 1 次元 S=1/2XXZ スピン鎖
XXZ 鎖模型により記述されるが、絶対 0 度臨界磁場以上の XXZ 鎖は朝永―ラッティンジャ
ー液体と呼ばれる臨界的なスピン液体状態であり相関関数の振る舞い
,
によって特徴付けられることが分かっている。ここで η は臨界指数、
磁化で決まる波数
は一様磁化,
である。BaCo2V2O8に対応するイジング型 XXZ 鎖では
異方性のため低磁場領域でη>1、すなわち非整合な波数をもち振動する、磁場に平行な
縦相関が支配的になる領域が低磁場領域に存在し、鎖間相互作用により SzSz 相関関数の振
る舞いを色濃く反映した磁場に平行な振動成分を持つ非整合秩序状態が実現する。理論結
果と実験結果の一致は大変よく、中性子回折でも非整合秩序相が実現されていることが確
認されている。また、非整合秩序への転移について量子モンテカルロ法により 1 次転移が
示唆されているが[1]、まだよく分かっていない部分も多く、引き続き詳細な解析が必要で
ある。
この様な状況下、阪大極限の実験グループにより、磁歪の測定とX線回折による格子間
隔の磁場による変位が測定された。格子歪の影響を静的な古典バネとして扱うと、磁歪は、
であたえられる。ここでαは比例定数
k はバネ定数で、
は鎖方向の交換相互作用エ
ネルギー期待値であり絶対 0 度の鎖 1 本の値はベーテ仮設を用いて計算可能である。また、
有限温度の 3 次元系に埋め込まれた鎖の
は向きつきループアルゴリズムによる量子
108
モンテカルロ法(SSE)で調べることができる。結果は、鎖間相互作用が弱い系であること
を反映して 1 次元系のベーテ仮設の厳密解で、磁歪の磁場依存性の全体的な振る舞いは定
量的に説明できることが分かった。個別に見ると磁歪には磁化の立ち上がり近傍に小さな
くぼみが現れるが、周りの鎖の秩序からくる 3 次元性が効いてくる可能性があるとかんが
え、量子モンテカルロによるシミュレーションをおこなった。結果的には単純な格子模型
によるシミュレーションからはそのようなくぼみは再現できないことが示唆された。この
ため、実際のらせん状の原子配置や軌道角運動量の効果を考慮に入れる必要があることが
分かった。
一方、これとは別に、フラストレーション系でのマルチフェロイクスなどに関連して、
ベクトルスピンカイラリティーの自由度が注目を集めている。ベクトルスピンカイラリテ
ィーはスピンカレント演算子と等価でありその秩序化が基礎および応用の両面から重要と
なっている。とくにジグザグスピン鎖におけるカイラル秩序は、対応する候補物質もある
ことから興味を引いているが、これまでカイラル秩序の自発的破れは相関関数の長距離の
振る舞いや場の理論による解析的な扱いによりその存在がしめされていたにもかかわらず、
秩序パラメーターそのものが数値的に直接計算されたことはなかった。これはスピン行列
の位相の取り方の慣習から、数値計算上カイラリティーに結合する外場が厳密にゼロにな
っているためである。これを克服するために超伝導のジョセフソン系とのアナロジーから
スピンの回転角を調整し、数値計算上もカイラリティー秩序を直接計算することが可能で
あることを示した。実際、密度行列繰り込み群法に応用し、ジグザグ XY 鎖に対してカイラ
リティーを直接計算し、カレントの向(パリティー対称性)の破れに対応する Z2 対称性の
自発的破れが起こることを示した。また、ジグザグハイゼンベルク鎖においても磁場によ
りカイラル秩序が誘起されることを示し、さらに、磁気相図を完成させることに成功した
[2]。
このほか、拡張アンサンブル法の一種である Wang-Landau 法を擬 1 次元古典スピン系
けに拡張し、鎖方向と鎖間方向に対応する 2 次元エネルギー空間を導入し、その 2 次元空
間における状態密度求めた。それに基づき、低エネルギー励起における擬 1 次元系の特徴
と比熱の臨界現象におけるスケーリング解析の擬 1 次元特有の現象を分析した[3]。
なお、大阪大学極限量子科学センター、木村尚次郎氏、および新潟大学自然科学研究科
院生田辺孝行氏との共同研究であることを付記しておく。
--------[1]T. Suzuki, N. Kawashima and K. Okunishi, LT25, J.Phys.Conf. series (2009).
[2]Kouichi Okunishi, On calculation of vector spin chirality for zigzag spin chains" J.
Phys. Soc. Jpn. 77, (2008) 114004
[3] Takayuki Tanabe and Kouichi Okunishi, Wang-Landau simulation for the
quasi-one-dimensional Ising model" to appear in JPSJ
109
新潟大理学部
奥西巧一
J1
n
J2
even
odd
東大物性研
鈴木隆史
n+2
n+1
強磁場の創る新奇スピン秩序状態の理論解析
擬1次元XXZ鎖
磁歪 –e に比例
BaCo2V2O8
スピンカイラリティー
110
ランタン系銅酸化物における量子振動の探索
大阪大学産業科学研究所
安藤陽一
Search for Quantum Oscillations in La-based Cuprates
Yoichi Ando: ISIR, Osaka University
This project aims to observe quantum oscillations in lightly-hole doped
La2CuO4 system under very high magnetic fields, to clarify the nature of
the “Fermi arc” observed by the angle-resolved photoemission
spectroscopy in underdoped cuprates. In FY2008 we built a system for
electro-chemical oxidation, and we are now establishing the annealing
condition for realizing maximal oxygen staging to achieve a long electron
mean free path.
これまでに行われた銅酸化物高温超伝導体の角度分解光電子分光実験により、ホール濃度
の少ないアンダードープ銅酸化物ではフェルミ面が分断された「フェルミアーク」と呼ばれ
る異常な電子構造が観測されることが明らかになっているが、ごく最近、アンダードープ
YBa2Cu3O6.5 の超強磁場中ホール抵抗において小さなポケット状のフェルミ面の存在を示唆
する量子振動が観測され、フェルミアークの正体の解明に途を開く成果として大きな注目を
集めている[1]。しかしながらこの Y 系銅酸化物の実験では CuO 鎖の寄与やd波超伝導状態
の影響など判らない点が多く、観測された量子振動から明確な結論は引き出せない。そこで
本研究では、CuO 鎖を持たず、また上部臨界磁場 Hc2 も Y 系より低いランタン系銅酸化物の
磁気輸送特性における量子振動の探索を行う。この系で量子振動が観測されればフェルミア
ークに関する直接的な情報が得られ、高温超伝導の舞台である銅酸化物特有の電子状態を理
解する上で決定的な実験となる。
上記の目的達成のために最も重要なのは電子の平均自由行程が非常に長いランタン系銅酸
化物試料の作製である。このためには電子を散乱する原因となる結晶の乱れを極力少なくし
つつ、必要な量の正孔をドープする工夫が必要となる。そこで本研究では、母物質である
La2CuO4 に過剰酸素を導入したときに起こる「ステージング」と呼ばれる秩序化現象を利用
して乱れの少ないアンダードープ試料を作製する。そうして作製した試料を状況に応じて日
本または米国の超強磁場発生施設に持ち込み、60 テスラ以上の超強磁場中で磁気抵抗とホー
ル抵抗を測定して量子振動の観測を試みる。
本年度はまず、大阪大学における研究代表者の研究室においてフローティングゾーン法を
用いた高品質単結晶作製を行うために必要な実験設備を整え、La2CuO4 の高品質単結晶を作
製した。さらにこの単結晶を電気化学酸化するための設備を立ち上げ、電気化学酸化の最適
条件を決定した。これまでにほぼ 100%の体積分率で 28 K の超伝導を示す試料の作製に成功
しており、現在は過剰酸素のステージングのための最適熱処理条件の探索を行っているとこ
111
ろである。また電気化学酸化した単結晶は非常に脆く割れやすいため、このような試料で安
定的に電気抵抗率測定を行うための技術開発も行っている。
また上記の研究と並行して、銅酸化物高温超伝導体に関する国際共同研究を積極的に展開
した。特筆すべき成果としては、LSCO 系高温超伝導体における極低温常伝導ホール係数の
ドープ量依存性の測定によって銅酸化物におけるフェルミ面再構成に関わる量子相転移の存
在を確立したこと[2]、Y 系銅酸化物における光学伝導度の磁場依存性の測定によって超流体
密度が比較的低い磁場で大きく抑制され現象を明らかにしたこと[3]などが挙げられる。
さらに研究代表者の研究室における量子振動測定に関する技術・知見を深めるために、内因
性スピンホール効果に関係して近年注目を集めている PbS や Bi1-xSbx の高品質単結晶を作製
して Shubnikov-de Haas 振動および de Haas-van Alphen 振動の測定・解析を行った。
[1] N. Doiron-Leyraud et al., Nature 447 (2007), 565.
[2] F. F. Balakirev, J. B. Betts, A. Migliori, I. Tsukada, Y. Ando, and G. S. Boebinger,
Phys. Rev. Lett. 102 (2009) 017004-(1-4).
[3] A. D. LaForge, W. J. Padilla, K. S. Burch, Z. Q. Li, A. A. Schafgans, K. Segawa,
Y. Ando, and D. N. Basov, Phys. Rev. B 79 (2009) 104516-(1-8).
112
δ=0.026試料の調製と評価
•
•
酸素は実際にドープされ超伝導を示すが、 抵抗率の
振舞いから試料内には不均一に分布していることが
わかる。
電流値の時間積分から見積られる酸素のドープ量は
実際よりかなり大きくなるので、バックグラウンド電流
の正確な評価が必須。
電気化学酸化の過程
•
アニール等を工夫することにより酸素の均一化を図
ることが重要。
抵抗率
帯磁率
ランタン系銅酸化物における量子振動の探索 (阪大産研 安藤陽一)
La2CuO4+δ
Wells et al., Science (1997).
単純な構造を持ち、さらにHc2も比較
単純な構造を持ち、さらに
的低いランタン系において量子振動
が観測できれば、アンダードープ銅酸
化物における電子状態の本質を明確
に知ることができる。
このため本研究では、La2CuO4+d単
結晶における酸素の秩序化を利用し
て電子の平均自由行程が非常に長い
試料を作製し 量子振動の観測を目
試料を作製し、
指している。
113
強相関電子系における強磁場下高エネルギーX線分光
岡山大学大学院自然科学研究科,
原田
勲,尾古昌崇,岡田耕三
High Energy X-ray Spectroscopy of Strongly Correlated Electron Systems
in High Magnetic Fields
Isao Harada, Masataka Oko, Kozo Okada: GNST, Okayama University
Field-induced valence transitions have been investigated theoretically based
on an effective model, taking into account the hybridization between a localized
4f electron and an itinerant conduction electron.
The model has been applied to
EuNi2(Si0.18Ge0.82)2, which shows the transition from the Eu3+ nonmagnetic phase
to the Eu2+ magnetic phase under high magnetic fields.
X-ray absorption
spectroscopy (XAS) and their magnetic circular dichroism (XMCD) at the
L-edges of Eu is shown to be one of the most ideal means to study a microscopic
origin of such a transition and to predict the information concerning a
hybridization between 4f electrons and conduction electrons.
On the other hand, the low-energy excitation spectra of a Haldane compound,
NDMAP in high magnetic fields observed by low-temperature ESR have been
successfully analized by our phenomenological field theory, suggesting a novel
phase transition at around 14 T, already observed in NDMAP.
幾つかの希土類元素(Ce, Yb, Eu, Sm など)化合物では、希土類イオンの原子価が整数として定ま
らず中途半端な値をとる。このことが原因となり、それらの物質は様々な特異な物性を示すことが多
い。この現象は混合原子価と呼ばれ、局在した希土類元素の4f電子と遍歴している伝導電子間の
混成や電子相関に深く関係し、物性研究者の興味を集めている。一方、強磁場の生成法が最近格
段 に 進 歩 し、例 えば 、40 テスラ(T)の 磁 場 印 加 に より、混 合 原 子 価 化 合 物 として知 られ てい る
EuNi2(Si0.18Ge0.82)2 での磁場誘起価数相転移が、高エネルギーX線分光(XAS)により観測される
という画期的な実験が行われた。
このような状況にあって、強磁場下の XAS やそれらの磁気円 2 色性(XMCD)実験は、世界中での
競争の渦中にある。今や、生成されるパルス磁場は 100T に達し、その強磁場エネルギーは交換相
互作用や時には電子系のバンドエネルギーと同程度になり、磁場により異なった電子状態が実現さ
れる状況が生じている。このように、これまでに無い新しい電子状態の実現と制御を求めて、多くの
研究者がこれらの問題に集中している。加えて、それらの新しい電子状態が原子選択性、殻選択性
という他には見られない特徴を持つミクロな観測手段、XAS や XMCD、により、ミクロな立場から詳細
に検討され始めている。
本研究での目標は、実験でなされた事実、 磁場により Eu の価数転移を誘起しそれを XAS や
114
XMCD により観測した 、をサポートしその意義を明らかにすることである。そのため、電子状態を局
在した4f電子と遍歴している伝導電子の系として考慮し、それらの間の混成や電子相関を取り入れ
たモデルを構築することにより、この物質が示す磁場誘起価数相転移を再現するとともに XAS や
XMCD のスペクトルをモデルに基づいて定量的に計算した。そして、この実験が、XAS や XMCD の
元素選択性を有効に生かし、Eu の価数転移を的確に捉えていることを示した。私たちのモデルで
は基底状態において (4f)6 の状態にある Eu3+ と (4f )7L
(L は伝導電子帯に正孔があることを示
す) の状態にある Eu2+ とが量子力学的に混成している。 Eu3+は 非磁性の状態にあり、Eu2+は磁
気的状態にあることを考慮すると、磁場により Eu2+ のゼーマンエネルギー利得が大きくなることによ
る価数転移が容易に想像できる。このような状態にある Eu の XAS や XMCD を計算し、2 ピークそ
れぞれのスペクトルの強度比を比較することにより Eu の価数や磁気状態が正確に見積もられること
を明らかにした。このような研究により、磁場誘起価数相転移における電子状態変化の詳細と XAS
及び XMCD スペクトルとの関連を明らかにし、これらの実験から得られる電子系に対する詳細な情報
がどのようなものであるかを明らかにした[1]。このことにより、価数相転移の物理的基礎付けやこれら
の理論に基づく電子材料の開発にも新たな道を開くことが期待される。
しかし問題も残されている。そのひとつに、XAS 終状態に存在するコアホールによる多体効果で、
価数の見積りに曖昧さを導入するばかりでなく、励起状態における磁気分極にも重要な影響を及ぼ
すことが懸念されている。今後、コアホールによる効果の役割を明らかにし、この物質での磁気円 2
色性(MCD)の研究を発展させることが課題である。
一方、Ni(C_5H_14N_2)_2N_3(PF_6) (以下 NDMAP と略記) における磁場誘起相転移の研究や各相
における低エネルギースペクトルの研究も継続され、平成 20 年度にも成果を挙げた。NDMAP は、整
数スピンからなるハイゼンベルク反強磁性鎖、いわゆるハルデン鎖であり、過去の実験ではそのエネ
ルギーギャップを外部磁場により閉じ、長距離秩序相を誘起した。 私たちは以前からこの問題に取
り組み、高磁場で起きる相転移に関連する低励起モードを DMRG や現象論的な場の理論などの方
法により予言していた[2]。NDMAP では Ni2+ イオンの S=1 スピンが反強磁性鎖を形成しているが、
各スピンがかなり大きな容易面型磁気異方性を有するためにその振る舞いは磁場の角度に大きく依
存する[3]。私たちは、NDMAP におけるスピンの異方性主軸が c 軸から傾いていることに起因する、
スピンが異なった方向にオーダーする秩序相間の一次相転移 (Spin-Reorientation 転移) として解
釈し、それらの相での低励起スペクトルのソフト化を予言した[2]。最近、低温で測定可能なESR装
置が阪大において完成し、低エネルギー励起状態が観測された[4]が、その観測された低励起スペ
クトルの磁場変化は私たちの予言と一致する。このことは、私たちの主張、 スピンの異方性軸の結
晶主軸からのずれがもたらす多彩な現象 、が正しい物理描像を捉えているものであることを示す。
[1] Y. H. Matsuda et al., J. Phys. Soc. Jpn., 77 (2008) 054713.
[2] H. Miyazaki et al., J. Phys. Soc. Jpn. 75 (2006) 094708 (1-8).
[3] T. Kashiwagi et al., Phys. Rev. B 79 (2009) 024403.
[4] T. Kashiwagi et al., unpublished.
115
X-ray
磁場
ESR
磁場
長距離秩序相
Mag. state • Gapless
excitation
Eu2+
• Triplet
• 磁性
強相関電子系における強磁場下
高エネルギーX線分光
Eu3+
• Singlet
• 非磁性
磁場誘起価数転移
Haldane state
Nonmag. state
• Spin-gap
磁場誘起相転移
岡山大学大学院自然科学研究科 原田 勲,尾古昌崇,岡田耕三
XAS at Eu LIII-edge
116
近藤半導体Lu1-xYbxB12(0 < x < 0.25)の異方的磁気抵抗効果
広島大学先端物質
伊賀文俊
Anisotropic Magnetoresistance in the Kondo Semiconductor
Yb1-xLuxB12 (0 < x < 0.25)
Fumitoshi Iga: ADSM, Hiroshima Univ.
The energy gap in the Kondo semiconductor YbB12 collapses under high
magnetic field. The critical field BC depends on the field direction; 47 T
for B//[100] and 54 T for B//[110] and B//[111]. Between 40 T and BC, the
electrical resistivity drops by two orders of magnitude, then it becomes
constant above BC. We have measured the magnetoresistance (MR) of
single crystals Yb1-xLuxB12 (0≤x≤0.25) by using a 36 ms pulsed filed up to
68 T. For x=0.01, positive MR appears in B//[100] prior to the
semiconductor to metal transition at 47 T. For x=0.05, the transition
disappears in B//[100], whereas the transitions remain at 54 T in B//[110]
and B//[111]. This anisotropic collapse of the energy gap in Yb1-xLuxB12 is
attributed to the anisotropic response of the in-gap state. The strongly
correlated nature of the in-gap state was suggested by the specific heat and
photoemission measurements.
エネルギーギャップ200 K 程度の大きさを持つ近藤半導体YbB12のギャップ形成機構
を強磁場応答により明らかにしようと言うのが本公募研究の狙いである。現在は、いよい
よ平成21年度より本格的に稼働する物性研超強磁場施設の100 T フライホイールマグネ
ットでの磁化および、磁気抵抗測定に向けて準備を進めているところである。それと同時
に、従来の70 T 級マグネット(パルス幅∼36 msec)でもホール効果をはじめ、さまざま
な実験手法の開発により、新たな知見が得られてきた。平成20年度は主としてYbB12のエ
ネルギーギャップ形成におけるLu置換効果を、磁化と磁気抵抗測定により探索した。磁化
及び、磁気抵抗の磁場依存性、温度依存性をLu置換1%と5%でB//[100], [110], [111]方向に
ついて測定(T = 1.3 K, 4.2 K)し、さらには12.5 %、25 %の試料についても測定を進め
ている。その結果、転移磁場前後で、これまではっきりしなかった磁場依存性が明らかに
なってきた。
磁化測定では、x = 0から0.05まで転移磁場の異方性に(BC = 47 T :[100], 54 T: [110],
[111])大きな変化はなかった。しかし、転移磁場以降の磁化の上昇は、Yb-B間の p-f 混
成が強いと思われるB//[100]方向で大きく抑制されていく。磁気抵抗はx = 0.01, 0.05のと
き、B//[110], [111]で負の磁気抵抗効果効果を示し、BC = 54 T ではっきりとヒステレシス
117
を伴う急激な抵抗減少が観測される。すなわち、このLu置換量では、まだはっきりと半導
体-金属転移が存在する。一方、B//[100]ではx = 0.01, 0.05のそれぞれで、10 T と50 T
に山を持つ正の磁気抵抗効果が現れる。この山の裾は高磁場まで続き、x = 0.05では50 T
においてさえはっきりとした転移を示さず、抵抗減少が緩やかであった。このため、x=0.
05では磁場方向によって、転移が消失するかのように見える。これが本当かどうかホール
効果を測定したところ、ちゃんとB//[100]でキャリアの急激な減少が観測され、転移がきち
んと起こっていることが確認された。
ホール効果では、YbB12においてキャリア数は低磁場B = 10 T まで2桁ほど増大し、小
さなピークを作る現象が観測された。さらに磁場を増大させると10-50 T までは、キャリ
ア数はほぼ一定値を示し、50 T 近傍で再び半導体金属転移に伴って急激に増大していく。
低磁場で確認されたキャリア数の増大は、YbB12のエネルギーギャップ内状態の磁場応答
と考えられる。その応答は温度降下とともに大きく変化し、1 K以下では磁気励起子に対
応する内部構造さえ見えてくる。ところが、わずかLu 1%置換の試料では、キャリア数は
1桁程度しか増大せず、低磁場での大きなキャリアの増大もなくなる。Lu希釈により生じ
た新たなギャップ内の状態密度が、YbB12で存在していた複雑な状態密度分布を覆いつく
してしまったためと考えられる。その新たな状態が、Lu 5%では大きな正の磁気抵抗の起
源となっていると考えられる。以上の実験結果は、ギャップ内状態の内部構造が単純でな
いことを示唆している。図では、1 K 以下で発見されたYbB12における磁気抵抗の振動現
象を理解するために、c-f 混成バンド内に形成される磁気励起子バンドのイメージを示し
た。極めて直観的な単純モデルにすぎないが、これといった有力な候補モデルがない現状
を踏まえ、あえて提案を試みる。Yb-B間の混成バンド間の小さなエネルギーギャップ⊿E2
内に、水素原子軌道的な磁気励起子バンドがいくつも形成されるとする。磁場をかけてい
くとゼーマンエネルギーによるバンドシフトにより、励起子バンドと下部のバンドが交差
するたびに磁気抵抗に周期的な振動が現れると考えている。
合金Lu1-xYbxB12での強磁場磁化や磁気抵抗、ホール効果の測定は、磁場B = 50 T 以上
での磁場誘起金属転移がLu置換量の増大とともに、どのように変化していくのかを明らか
にすることも目的の一つである。一般に提唱されているc-f hybridizationモデルではコヒー
レンス効果が数%程度のLu置換により、たちまち消えてしまうと予想されるが、比熱測定
では50%ものLu置換まで、200 K のエネルギーギャップが大きさを変えずに残っているこ
とがわかっている[1]。このため、Kondo効果のsingle site効果がエネルギーギャップ形成
に重要との指摘があり[2]、この検証も本研究で可能となればと期待する。
[1] F. Iga et al., J. Magn. Magn. Matter. 76&77 (1985) 156; Physica B 259-261 (1999) 312.
[ 2 ] K. A. Kikoin et al., JETP 58 (1983) 582.
118
⊿E
2
+
-
3
2
n=1
X
+
-
-
+
c-f混成
充満した下部c-f混成バンド
Γ
空の上部c-f混成バンド
YbB12の強磁場効果:金属非金属転移とギャップ内状態の磁気励起子描像
⊿E
2
常磁性近藤格子金属状態(FL?)
n=3のc-f励起子軌道
119
シアノバクテリア由来光化学 II 複合体の高磁場 ESR による研究
東北大多元研, 岡山大 A, 分子研 B, 総研大 C
松岡秀人, 沈建仁 A, 中村敏和 B,C
High Field ESR Study of Cyanobacterial Photosystem II
Hideto Matsuoka, Jian-Ren ShenA, Toshikazu NakamuraB,C:IMRAM, Tohoku Univ.,
Okayama Univ.A, Institute for Molecular ScienceB, Univ. of Advanced StudiesC
In this work, we have carried out W-band ESR measurements of the Yz
tyrosine radical and the S2-state water-oxidizing complex on single
crystals and frozen solutions of PSII RCs from the thermophilic
cyanobacterium Thermosynechococcus vulcanus in order to gain a deep
insight into the water-oxidation.
【序 論 】酸素発生を担う光化学系 II(PSII)反応中心複合体の 3 次元構造は、これまでに複数の研究
グループにより明らかにされてきた。しかし最も高い空間分解能でも 2.9Å であり、クロロフィルへの電
子ドナー分子(チロシン残基 Yz)や酸素発生中心 Mn4クラスターなど小分子の構造や分子配向の精
密決定には至っていない。また、Mn4クラスターの酸化状態がX線照射により変化することも示唆され
ており、非破壊的かつ選択的に常磁性種を観測できるESR法は酸素発生メカニズムを解明する上
で有用な研究手法になると考えられる。そこで本研究では、シアノバクテリア由来 PSII 反応中心の単
結晶および凍結溶液試料を用いて、X-, Q-, W-band ESR 分光法による実験を行った。さらに、高感
度かつ高分解測定を可能とするW-band パルスESR装置の開発も行った。
【結 果 と考 察 】
1. チ ロシ ン Yz
273K 付近でキセノンランプによる光照射後、直ちに液体窒素で試料を凍結させることでチロシンラ
ジカル Yz を捕捉し、多周波ESR測定を行った。図 1 には凍結溶液試料に対して得られたスペクトル
を示す。点線は室温付近で Yz ラジカルを失活させたのち測定したアニール後のスペクトルであり、
実線は光照射直後からアニール後を引いた差スペクトルを示す。前者は安定なもう一つのチロシン
ラジカル Yd のスペクトル、後者は Yz ラジカルのスペクトルに帰属される。しかし、チロシンラジカルの
低温における W-band 測定では、マイクロ波による飽和が容易に起こるため、十分なマイクロ波が照
射できず、得られたスペクトルは S/N 比が非常に悪い。図 2 には同様にして得られた Yz ラジカルお
よび Yd ラジカルの単結晶 W-band ESR スペクトルを示す。小さな g テンソルの異方性にも関わらず、
明確な角度変化を観測することができた。しかし、完全解析にはまだ成功しておらず、溶液試料と同
様にマイクロ波飽和の影響を排除したパルスESR測定が必要と考えられる。
2. W-band パ ル ス ESR 装 置 の 構 築 と酸 素 発 生 中 心 Mn4 クラスター
すでに所有している W-band ESR 装置をパルス化するため、新たにパルスマイクロ波ブリッジと
120
図1 凍結溶液試料を用いて 80K で測定し
たチロシンラジカルの W-band EPR スペクト
ル: 点線はアニール後の(Yd)、実線は光照
射後からアニール後を引いたスペクトル(Yz).
図 2 単結晶試料を用いて 80K で測定
したチロシンラジカルの W-band EPR ス
ペクトル:点線はアニール後の(Yd)、実
線は光照射後からアニール後を引いた
スペクトル(Yz).
その制御システムの構築を行った。パルスマイクロ波ブリッジの構成は、まず誘電体共振器型発振器
により 7.300GHz のマイクロ波を発振し、それを IMPATT CW frequency multiplier により 13 倍に逓倍
する。そして得られた 94.9GHz のマイクロ波を high speed PIN switch によりパルス化し、パルス ESR
測定を加納としている。ブリッジの制御は National Instrument 社の Labview プログラムを用いることで
行った。
構築した W-band パルス ESR 装置を用いて酸素発生中心 Mn4クラスターのパルスESR測定を行
った。200K で 3 分間キセノンランプによる光照射を行い、その後液体
窒素以下まで急冷したのち光照射を止めて、測定温度まで試料を冷
却することでS2 状態を補足した。得られた結果を図 3 に示す。3.38T
付近にシャープなチロシンラジカル由来のシグナルに加えて、0.2T
以上に渡るブロードな Mn4クラスター由来のシグナルを観測した。π/2
パルスは 28ns、積算回数は 500 である。ドイツのグループがすでに
Bruker 社製の W-band パルスESR装置を用いて、Mn4クラスター由
来のパルス ESR スペクトルの観測を行っているが、それよりもひと桁
少ない積算回数で同等の S/N 比のスペクトルを観測することができた。
このことより、構築したパルス ESR 装置の高い感度を確認することが
でき、十分に微小な単結晶試料を用いた測定に適用可能であること
がわかった。今後単結晶パルス ESR 測定を行うとともに、酸素発生
に関わる水分子の情報を得るため、パルス ESR 装置の改良を行
い、Eletron-electron Double resonance-detected NMR(EDNMR)測
定も行っていく予定である。
121
図 3 凍結溶液試料を用
いて 6K で測定した酸素
発生中心 Mn 4 クラスター
の W-band パルス ESR ス
ペクトル.
122
新奇な量子スピンフロップ現象の観測を目指す理論的研究
原子力機構 SPring-8, 兵庫県立大学
坂井徹
Theoretical Study to Observe a Novel Quantum Spin Flop
Toru Sakai : JAEA SPring-8, University of Hyogo
Quasi-one-dimensional quantum spin systems with the easy-axis
anisotropy in magnetic field are theoretically investigated using the
numerical exact diagonalization, the density matrix renormalization group
(DMRG) and the finite-size scaling analysis. It was found that a
field-induced nematic phase appears at some critical field in the
anisotropic spin ladder and the mixed spin chain. The nematic phase is
characterized by the power-law decay in the correlation function of the
second-order spin moment. In addition at some higher critical field a
quantum phase transition can occur to the conventional field-induced
Tomonaga-Luttinger
liquid.
Several
typical
magnetization
curves
calculated by DMRG will be presented. For example, Fig. 1 shows the
magnetization curve of the S=1/2 spin ladder with ferromagnetic rung
coupling (Jrung=-Jleg) and easy-axis anisotropy Δrung=2.0 calculated by
DMRG for L=192. The double-step ( δ Sz=2) region at about
0.4<H/Hs<0.75 is the spin nematic phase, and the single-step (δSz=1)
region at about 0.75<H/Hs<0.95 is the conventional Tomonaga Luttinger
liquid phase. A reentrant transition to the nematic phase occurs at
H/Hs~0.95. Every field-induced quantum phase transition is of the
second-order. We also investigate an effect of the ring exchange on these
field-induced transitions and try to explain the mechanism of the double
step spin flop transition, which was observed in the spin ladder compound
IPA-CuCl3.
磁化容易軸を持つ反強磁性体に対し、この容易軸に平衡な磁場をかけると、ある臨界磁場
でスピンフロップと呼ばれる相転移が起きることが古くから知られている。これは、ネール
秩序が磁場に平衡な向きから垂直な向きに変るために起き、磁化のジャンプを伴う一次相転
移である。これまでの研究において、我々は量子効果の強い一次元スピン系を中心に、この
スピンフロップ転移に対応する磁場誘起相転移がどのような形で現れるか、数値対角化を中
心とする数値的解析により調べてきた。それによると、結合定数のイジング異方性が十分大
きく、基底状態がネール秩序を持つ S=1/2 反強磁性スピンラダー系は、S=1/2 XXZ スピン鎖
\cite{yang}と同様、磁化が連続に立ち上がる二次相転移となることが示されている。とくに
123
最近の研究では、ラダーの足を反強磁性、桁を強磁性として桁方向にイジング異方性を加え
たモデルを解析し、異方性が十分大きくて基底状態が秩序化している場合、やはり磁化が連
続的に立ち上がる二次相転移となることがわかった。この磁化が立ち上がった直後は、桁方
向に束縛状態を作るマグノン・ペアがギャップレスの朝永ラッティンジャー流体を形成する
が、もうひとつの臨界磁場いおいて、このマグノン・ペアが解離する二次相転移が起きるこ
ともわかった。したがって、このスピンラダー系では、スピンフロップ転移に相当する磁場
誘起相転移が、2段階の二次相転移になることが示された。これは、負の一軸異方性 D を持
つ S=1 反強磁性鎖で予測されている相転移と、同様のメカニズムを持つと考えられる。この
2段階の磁場誘起二次相転移の中間相は、スピン四重極
1.0
m
秩序に対応する相関長が発散したギャップレス相で、ラ
ダー間相互作用のある擬一次元系では、スピンネマティ
ック相となる[1]。
本研究では、まず数値対角化と有限サイズスケーリン
0.5
グによる磁化過程の相図を示す。また、実際の磁化曲線
が本当に連続的に変化する二次転移であるかどうか、あ
るいは磁化曲線にはどのような異常が現れるのかを調べ
る目的で、密度行列繰り込み群により、システムサイズ
0.0
0.0
0.5
1.0 H/Hs
の大きな系の磁化曲線を計算したので、その結果を図1
図1:DMRG による磁化曲線( Jrung
に示す。本研究で予測する新しい磁場誘起スピン・ネマ
= - Jleg, Δrung=2.0)。
ティック相を伴う量子スピンフロップ転移が、実際のス
ピンラダー化合物 IPA-CuCl3[2]において観測される可
能性について検討中である。
[1] T. Sakai, T. Tonegawa and K. Okamoto, in preparation.
[2] T. Masuda, A. Zheludev, H. Manaka, L. –P. Regnault, J. –H. Chung and Y. Qiu: Phys. Rev.
Lett. 96 (2006) 047210.
124
125
Fly UP