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第1編 労働法総論

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第1編 労働法総論
第1編 労働法総論
第1章 労働法の概要
1.市民法の原理と労働法
第1編 労働法総論
第1章 労働法の概要
1.市民法の原理と労働法
(1)労働法とは
労働法とは、個別的労働関係(注 1)及び集団的労使関係(注 2)を規律する法律の総称である。
労働関係に入る前提としての労働市場を律する法律を別途分類する考え方もあるが、本テキストで
は広義の個別的労働関係と捉えて個別的労働関係に含めることにする。
また、「労働関係」ということばは、労働者と使用者との間の「労務の提供-賃金支払」を軸と
する関係を言い、使用者の指揮監督下における労務の提供という特徴がある。出向や労働者派遣の
場合は、出向元事業主・出向先事業主及び派遣元事業主・派遣先事業主と労働者との関係も労働関
係の中に含まれるが、違法な労働者供給事業から労働者供給を受ける場合の供給先事業主との関係
は、そこに労働契約関係が生じなければ「労働関係」にあたらない。
注 1.個別的労働関係=不特定多数の労働者と使用者との労働力需給関係及び個々の労働者と使用者との間の労
働契約の締結、展開、終了をめぐる関係をいう。
注 2.集団的労使関係=労働者の団結体である労働組合の結成、組織、運営及び労働組合と使用者(又はそれぞれ
の団体)との団体交渉を中心とした関係をいう。
(2)労働関係における市民法の原理の修正
市民法の基本原理として、①自由と平等の原則(契約自由の原則・私的自治の原理などとも呼ば
れる)、②過失責任制、がある。しかし、労働者が使用者に対し労働力を提供して賃金を得る関係
(「労働関係」という。)は、過去の歴史において、独立対等な当事者間の自由な合意に基づく契約
関係(「雇用契約」という。)として捉えられ、市民法の基本原理をそのまま適用した結果、種々の
問題が生じることになった。すなわち、
①
労働者と使用者の経済的実力の違いによる実質的不平等契約による低賃金・長時間労働が契
約自由の名のもとに放置され、細井和喜蔵の「女工哀史」
(大正 14 年)や山本茂実の「ああ!
野麦峠」
(昭和 43 年)などに描かれた女性・年少者の酷使が健康破壊などの社会問題を引き起
こしたこと
②
劣悪な作業環境や長時間労働による疲労の結果、労働災害に遭遇しても過失責任制のもとで
は使用者の過失を立証しない限り補償を受けることが困難であったこと
③ 契約締結の自由や解約の自由は、使用者の採用の自由及び解雇の自由が是認され、労働者は
使用者の恣意や経済情勢に翻弄されて失業する羽目に陥ること
④ 労働者の求職や就職をめぐって営利職業紹介業などによる中間搾取や強制労働などが生じた
こと
⑤ 労働者の自立救済行為としての団体行動は禁止され、雇用契約上の義務違反や刑事罰の対象
とされたことなどである。
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第1編 労働法総論
第1章 労働法の概要
1.市民法の原理と労働法
このような弊害を排除し健全な労働市場の形成、就業機会の平等化、公正な労働条件の確保等を
図ることを目的として、資本主義社会における使用者と労働者との契約関係上の不公正を法の強制
力をもって是正するとともに労働者と使用者とが対等の立場に立って自主的に労働条件を決定す
る枠組みを構築するため、その交渉に当たり労働者に① 団結権、② 団体交渉権(労働協約締結権
が含まれる。
)、③ 団体行動権(争議権、組合活動権)を与えるものである。
また、契約の自由を修正するものとして労働条件の最低基準を定める労働基準法、最低賃金法な
どがあり、過失責任制を修正するものとして業務災害における災害補償について使用者の無過失責
任制の採用、労使交渉を促進させ集団的労使関係の安定化を図るものとして労働組合法などが挙げ
られる。
以上のように、労働法の概念は、①労働者保護法と②団結権承認とによって契約自由の原則を修
正し、労働者の広義の生存権を保障するものである。このことは使用者側からみれば、契約不自由
の原則であることにほかならない。
(3)国民の基本的権利
日本国憲法 25 条は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と、
いわゆる生存権的基本権を定めている。この生存権的基本権を労働関係の分野を対象とした個別的
な原則・権利として規定したものが、①勤労権(27 条 1 項)、②勤労条件基準の法定(27 条 2 項)、
③団結権・団体交渉権・団体行動権(28 条)である。
日本国憲法
(集会・結社・表現の自由、通信の秘密)
第 21 条
2
集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
(国民の生存権、国の社会保障的義務)
第 25 条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2
国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなけ
ればならない。
(勤労の権利義務、勤労条件の基準、児童酷使の禁止)
第 27 条 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
2
賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。
3
児童は、これを酷使してはならない。
(勤労者の団結権)
第 28 条 勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。
1)勤労権
憲法 27 条 1 項は「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ」と、国民は勤労の権利を有
し、また、勤労の義務を負っていることを明らかにしている。
国民の勤労の権利を具現化する国の政策として、
①
労働者が自己の能力と適性を生かした労働の機会を得られるよう労働市場の体制を整える
政策として「職業安定法」、
「雇用対策法」、
「職業能力開発促進法」、
「障害者の雇用の促進等に
関する法律」
、「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」など
②
労働の機会を得られない労働者の生活を保障する政策として「雇用保険法」など
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第1章 労働法の概要
1.市民法の原理と労働法
③
労働災害により労働能力を喪失した稼得能力を事業主に代わって塡補する「労働者災害補
償保険法」
などがある。
国民の勤労の義務に関しては、国は労働意欲をもたない者のために生存を確保するための施策を
講じる必要はない、という結論になる。そこで、雇用保険の失業給付は労働の意思を有するもので
なければその対象としないこととされており、公共職業安定所を通じて求職活動を行うことが要件
とされている(注)。
また、生活保護法は保護の補足性という原則を掲げており「保護は、生活に困窮する者が、その
利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを
要件として行われる」(生活保護法 4 条)と規定し、生活扶助その他の生活保護法による給付は、
資産の処分、勤労による収入などでも足りない部分を補足的に給付するものとしている。
注.雇用保険法 4 条 3 項は「この法律において「失業」とは、被保険者が離職し、労働の意思及び能力を有する
にもかかわらず、職業に就くことができない状態にあることをいう。 」と、失業の要件として「離職」のほ
かに労働する「意思」と「能力」が必要としている。
2)勤労条件の基準の法定
憲法 27 条 2 項は「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。」
と規定し、勤労条件の決定を使用者と労働者との間の契約に任せっぱなしにするのではなく、国が
契約内容に直接介入して「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件」の基準を法律で定めるべき責
務を負っていることを明らかにしたものである。これに対応する立法として「労働基準法」
、
「最低
賃金法」、
「賃金の支払の確保に関する法律」、
「労働安全衛生法」、
「じん肺法」、
「労働者災害補償保
険法」、「船員法」などがある。
このうち、労働基準法・労働安全衛生法・最低賃金法などは労働条件の最低基準を法律が保障す
るもので、これを下回る労働者・使用者間の契約は無効とされる。
※公務員との比較
国家公務員の場合の勤務条件は、
「一般職の職員の給与に関する法律」
「一般職の勤務時間、休暇
等に関する法律」に代表されるように、すべて法律及び法律に基づく人事院規則等によって規定さ
れている。
これに対し、労働基準法その他の民間労働法では、法律は最低基準を保障し具体的な労働条件は
労使間の交渉にゆだねる方式をとっている。
⇒ 労働条件(勤務条件)の改定の仕組みは、公務員時代は法律を改定することによりその効力が保障されたが、
民間労働法では労働契約内容を変更する労使の合意が原則的に必要なため、その手続きが複雑化してい
る。
3)労働三権
憲法 28 条で保障される勤労者の団結権・団体交渉権・団体行動権を「労働三権」と呼んでいる。
このような権利を保障した背景には、先進資本主義諸国では、労働者の団結権や争議行為その他
の団体行動は、当初は刑事責任を課する立法や法理によって抑圧され、次いで民事責任(損害賠償
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第1章 労働法の概要
1.市民法の原理と労働法
責任)を課する法理によって抑制された過去の歴史がある。そして、それら諸国においては、これ
ら抑圧する立法の撤廃と責任法理の修正とが行われ、やがて、労働協約に特別の効力(規範的効力・
一般的拘束力-注)を与えたり、労働者の団結権を侵害する使用者の不当労働行為を禁止するなど
の法整備がなされることになる。
注.規範的効力=労働協約に違反する労働条件を定める労働契約の当該部分を無効とし、無効となった部分を協
約で定める基準によるものとすること(労組法 16 条)
一般的拘束力=大部分の労働者に対して適用される労働協約は他の非組合員である労働者に対しても適用さ
れること(労組法 17 条・18 条)。企業内において自動的に適用される一般的拘束力と厚生労働大
臣又は都道府県知事の決定により地域単位で適用される地域的の一般的拘束力とがある。
イ 団結権
団結権は労働者が労働条件の改善を図ることを目的として団体を結成し、それを運営すること
を保障する権利である。それは、具体的には、主として労働組合を結成し運営する権利であるが、
争議団のような一時的な団結体を結成し運営することも含まれる。
団結権に類似した権利として「結社の自由」
(憲法 21 条)があるが、これは純然たる自由権的
基本権であり、生存権的基本権である「団結権」(憲法 28 条)とは原理的に異なる。すなわち、
自由権的基本権である「結社の自由」は結社しない自由も含むものであるのに対し、生存権的基
本権である「団結権」は団結力を保護する必要から団結しない自由(消極的団結権ともいう。)
を含まないのである。実際に、クローズド・ショップ制やユニオン・ショップ制(注 2)のもと
にあっては、組合に加入しない自由は認められない(注)
。
注.ユニオン・ショップ制
採用後一定期間内に過半数労働組合への加入が義務付けられ、採用後に加入しない、あるいは組合から脱退
又は除名されたら使用者は解雇の義務を負うという制度をいう。通常、過半数組合と締結する労働協約に当該
条項を設けるので「ユニオン・ショップ協定」と呼ばれる。これに対し、労働組合の加入を労働者の自由意思
に任せるのが「オープン・ショップ」である。日本では企業別組合の形態が一般的であるため、ユニオン・シ
ョップ制が広く普及してきた。
※公務員の場合
公務員の場合は、「職員は、職員団体を結成し、若しくは結成せず、又はこれに加入し、若しく
は加入しないことができる。」
(国公法 108 条 3 項)と職員団体に加入しない自由が規定されている
が、そのような明文規定がなければ保障されないものである。国公法のほか、地公法 52 条 3 項、
特労法 4 条 1 項、地公労法 5 条 1 項にも同様な規定がある。
⇒ 公務員の場合は法律によってユニオン・ショップ制が禁止されているが、民間においては過半数組合とユニ
オン・ショップ協定を締結する自由が認められている。
ロ 団体交渉権
団体交渉権は、労働者が使用者と団体交渉を行うことを保障する権利である。使用者は、労働
者の代表である労働組合から交渉を求められたときは、誠実に交渉に応じなければならない。正
当な理由がなく交渉に応じないときは、労働組合又は労働者は労働委員会へ不当労働行為の救済
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第1編 労働法総論
第1章 労働法の概要
1.市民法の原理と労働法
の申立てをすることができる(労組法 27 条 1 項)。
わが国では、団体交渉権は、労組法上のすべての労働組合に認められ、複数組合が併存する場
合においては少数組合に対しても保障される。
なお、使用者が交渉に応じる義務は「労働組合」から申込まれた「団体交渉」であって、組合
組織を持たない任意団体や労働者単独の交渉に応じる義務はない。この点については第3編 第
4章 団体交渉(第 10 回(2 月)を予定)の項で詳しく触れる。
⇒ 労働組合が要求する団体交渉に正当な理由がなく応じないと、不当労働行為となり得る。
ハ 団体行動権
団体行動権には、
「争議権」と「組合活動権」とがある。
a.争議権
争議権は集団的労務の不提供でありストライキを中心とした権利と解される。その目的は団体
交渉における労使の対等性を確保し、交渉の行き詰まりを打開するためのものと把握すべきであ
る。
正当な争議行為に対しては刑事免責及び民事免責が付与されるほか、正当な争議行為を理由と
する解雇その他の不利益取扱い(懲戒処分、昇給差別など)は無効となる。
b.組合活動権
団体交渉権及び争議権によって免責され得ない態様の団体行動は、一定範囲で「組合活動権」
として保障される。具体的には、ビラ貼り・配布、リボン・腕章の着用、デモ、集会などである。
正当な組合活動に対して刑事免責が適用されることに異論はないが、民事免責が適用されるか否
かについては、労組法が「使用者は、同盟罷業その他の争議行為であつて正当なものによつて損
害を受けたことの故をもつて、労働組合又はその組合員に対し賠償を請求することができない。」
(労組法 8 条)と、争議に限って民事免責を規定しているところから、議論が割れている。
①憲法 28 条の免責効果から組合活動を除外すべき理由はなく、組合活動についても民事免責
は適用されるとするもの(菅野「労働法」P29、P577、西谷「労組法 P221」)、②組合活動は日常
の業務執行を含む広い概念であり、労務不給付(無断離席など)すべてについて民事責任まで否
定することは妥当でないとして、民事免責は適用されないとするもの(山口「労組法」P290)と
に分かれるが、通説は①の民事免責適用とされる。
しかし、大学・独法の人事として①の民事免責適用の立場に立つのは適当でないと思うが、こ
れについては第3編 第6章(第 10 回を予定)で詳しく述べる。
労組法
(目的)
第 1 条 第1項 略
2
刑法 (明治四十年法律第四十五号)第三十五条 の規定は、労働組合の団体交渉その他の行為で
あつて前項に掲げる目的を達成するためにした正当なものについて適用があるものとする。但し、い
かなる場合においても、暴力の行使は、労働組合の正当な行為と解釈されてはならない。
(損害賠償)
第 8 条
使用者は、同盟罷業その他の争議行為であつて正当なものによつて損害を受けたことの故
をもつて、労働組合又はその組合員に対し賠償を請求することができない。
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第1章 労働法の概要
2.労働三法及び労働法の体系
刑法
(正当行為)
第 35 条
法令又は正当な業務による行為は、罰しない。
争議権と組合活動権の大きな違いは、争議の場合は労務不給付(職場離脱や誠実労務提供義務違
反など)を理由として懲戒処分その他不利益な取扱いができないのに対し、組合活動の場合は就業時
間中に使用者の許可なく行うことはできず、違反に対して懲戒処分などの不利益取扱いをすることが
可能であることである。
⇒ 労働三権(団結権・団体交渉権・団体行動権)は、憲法で保障された生存権的基本権である。
2.労働三法及び労働法の体系
(1)労働三法
労働法の範囲に属する法律は数多い。そのうちとくに重要な法律は、①労働基準法、②労働組合
法、③労働関係調整法であり、これを労働三法と呼んでいる。
しかし、労働争議が年々減少し③の役割が後退しつつあり(注)、代わって平成 20 年 3 月から施
行された労働契約法が労働法の中で重要な位置づけになるものと思われる。野川 忍教授は、労働
契約法について「労働契約法は、労働基準法、労働組合法と並んで、これからの時代の『新しい労
働三法』といえるほど重要な法律です。」と述べておられる(野川「労契法」P3)。
注.労働争議件数は、昭和 40 年代には年間1万件を超えていたものが、平成 18 年には 662 件(参加人員 62 万
人)にまで減少している。
(2)労働法の体系
労働法を大別すると大分類の個別的労働関係と集団的労使関係とに分けられる。中分類の分け方
にはいくつかの方法があるが、本テキストでは、行政の担当区分により個別的労働関係については、
① 労働基準、② 職業安定、③ 雇用均等と分類し、集団的労使関係については、団結権とした。
行政の担当はそれぞれ厚生労働省の労働基準局、職業安定局、雇用均等・児童家庭局及び大臣官房
労政担当参事官室である。
第 1-1-1 図 労働法の体系
大分類
中分類
個別的
労働基準
労働関係
(労働基準局)
小分類
内
労働契約法
容
労働関係における公正さを確保するため労働契約
の原則を掲げた法律。労働契約における民事上のル
ールを定めたもので罰則規定はない。
労働基準法
雇用労働者の労働条件の最低基準を定めた法律。労
働時間、労働契約、賃金、労働時間等、年次有給休
暇、就業規則などについて具体的に定めている。
労働安全衛生法
S47 年に労働基準法の安全衛生規定が独立してで
きた法律。安全管理者、衛生管理者などの選任義務、
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第1章 労働法の概要
2.労働三法及び労働法の体系
健康診断の実施義務、クレーンや有害物などに対す
る規制などを定めている。
最低賃金法
S34 年に労働基準法の最低賃金規定が独立してで
きた法律。業種、地域ごとに最低基準を定め、罰則
をもって強制する。
賃金の支払の確保等
倒産企業の未払い賃金を国が立替え払する制度。資
に関する法律
金は労災保険の保険料の一部を使っている。
家内労働法
家内で物の加工などを行う労働者の委託主に対し
て、工賃の支払、最低工賃、などを義務づけている。
家内労働者は労働基準法の労働者ではないため、独
自の法律で保護している。
労働時間等の設定の
厚生労働大臣は労働時間等設定改善に関する指針
改善に関する特別措
を定めること、事業主は労働時間等設定改善委員会
置法
を設置する努力義務などを定めている。
短時間労働者の雇用
パート労働者について、その適正な労働条件の確
管理の改善等に関す
保、雇用管理の改善、通常の労働者への転換の推進
る法律(パート労働
等を通じて、その待遇改善を規定する法律。平成
法)
19 年改正において、雇入れ時の労働条件の文書(雇
入通知書)の交付義務、通常の労働者との均衡ある
待遇の確保、苦情処理等について事業主の責務が定
められた。
職業安定
雇用対策法
経済及び社会の発展並びに完全雇用の達成に資す
るため国が雇用に関し必要な施策を総合的に講ず
(職業安定局)
ることを定めた法律。
平成 19 年改正において、募集・採用時の年齢制限
禁止、外国人雇用に伴う届出義務等の事業主の責務
が強化された。
職業安定法
職業選択の自由、均等待遇、個人情報の取扱い、求
人の申し込みなどについて規定している。また、公
共職業安定所の紹介事業、有料職業紹介事業の許可
制なとどについて規定している。
労働者派遣事業の適
一般労働者派遣事業(派遣先があるごとに労働者を
正な運営の確保及び
雇入れて派遣する事業)の許可制、特定労働者派遣
派遣労働者の就業条
事業(常用労働者のみを派遣する事業)の届出制、
件の整備等に関する
派遣労働者に対する労働条件の明示などを定めて
法律(労働者派遣法)
いる。
高年齢者等の雇用の
企業が定年年齢を定める場合は 60 歳を下回ること
安定等に関する法律
ができないこと、60 歳以上 65 歳未満の間の雇用の
(高年齢者法)
確保を段階的に実施すべきこと、45 歳以上の離職
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第1章 労働法の概要
2.労働三法及び労働法の体系
する労働者に対し事業主は再就職の援助の努力義
務などを定めている。
障害者の雇用の促進
障害者の雇用の場を確保するため、事業主は障害者
等に関する法律(障害
雇用率 1.8%(特殊法人は 2.1%)を達成しなけれ
者法)
ばならない。達成できない場合は不足人数1人当た
り月額5万円の納付金を納付しなければならない。
雇用均等
雇用の分野における
採用・配置・昇進・教育訓練・福利厚生・定年・退
(雇用均等・児
男女の均等な機会の
職・解雇など雇用の分野において、男女の機会均等
童家庭局)
待遇の確保に関する
を保障した法律。セクハラに関し事業主に雇用管理
法律(男女雇用機会均
上の配慮義務も課している。
等法)
育児休業、介護休業等
1歳未満の子の育児、又は家族介護を行う男女労働
育児又は家族介護を
者に対して休業を保障した法律。休業期間は育児原
行う労働者の福祉に
則1年・最長 1 年 6 か月、介護最長 93 日間。
関する法律(育児・介
護休業法)
集団的
団結権(労政) 労働組合法
労働者が使用者と対等な立場に立って交渉するた
労働関係
めに労働組合を組織して団結し、団体交渉をするこ
とを保障する法律。その結果、定められたものが労
働協約である。使用者の不当労働行為(団結権侵害
行為)を禁止している。
労働関係調整法
労働争議を予防し、解決するための法律。その方法
として、中央と地方に労働委員会を設置し斡旋、調
停、仲裁を行う。
その他
労働保険
労働者災害補償保険
労基法上使用者に課せられた災害補償義務を代わ
法
って履行する無過失責任制損害填補制度。
雇用保険法
労働者が離職した場合に生じる収入の途絶を救済
する短期生活保障制度。
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第1編 労働法総論だ第
第1章 労働法の概要
3.国立大学法人に適用される労働法令
3.国立大学法人に適用される労働法令
(1)法人化に伴う適用法令の変化
1)概
要
平成 15 年 7 月に成立した国立大学法人法によって、国の機関であった国立大学は、平成 16 年 4
月から国立大学法人へと移行した。これに伴い当然であるが、国立大学法人に勤務する教職員には、
国家公務員時代に適用されていた国家公務員法及びそれに基づく給与や勤務条件に関する諸法令
はいずれも適用されないこととなった。適用されないものは「一般職の公務員の給与に関する法律」,
「一般職の職員の勤務時間,休暇等に関する法律」,
「国家公務員退職手当法」,
「国家公務員災害補
償法」,
「公立の大学における外国人の任用等に関する特別措置法」,
「国家公務員宿舎法」,
「教育公
務員特例法」、これらの法律にもとづく各種規則や人事院規則などである。例外的に適用されるの
は,常勤職員に対して適用される「国家公務員共済法」だけである。
これらに代わって,労基法および労組法を中核とする労働関係法規が全面的に適用され、職員は
私企業部門の労働者と異ならない法制のもとに置かれている。また,国立大学法人は労働保険(労
災保険と雇用保険)の適用事業となり,職員は、常勤・非常勤を問わず両保険制度が適用される。
医療保険・年金保険の社会保険は、常勤職員については、前述のとおり国家公務員時代から引き
続いて国家公務員共済法が適用される。非常勤職員については、民間に適用される健康保険法及び
厚生年金保険法が適用される。
災害補償については、国家公務員災害補償法に代わって労働者災害補償保険が適用される。また、
国家公務員時代には適用されなかった雇用保険制度(失業保険制度)が適用され、離職した場合の
生活保障としての求職者給付のほか教育訓練給付・高年齢雇用継続給付・育児休業給付・介護休業
給付など各種給付を受けることができる。
2)守秘義務及び「みなし公務員制」の適用
国立大学法人の教職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない、とされており、
退職後も同様である(守秘義務)。また、刑法の適用については「みなし公務員」
(注)とされる(国
大法 19 条)ので、教職員には収賄罪(刑法 197 条)の適用がある。
なお、国立大学法人の教職員等の執務中に暴行・脅迫を行う者に対しては、単なる威力妨害罪で
はなく公務執行妨害罪(刑法 95 条)が適用される。
大学共同利用機関法人の職員に就いても、守秘義務及びみなし公務員制の規定が国立大学法人の
教職員の場合と同様に適用される(国大法 26 条)。
注.みなし公務員制
公務員ではないがその従事する公平性・中立性を維持するため、刑法その他罰則の適用については「公務
に従事する職員」とみなして収賄罪などの規定を適用する。国立大学法人のほか非特定独立行政法人にも適
用される(独立行政法人の個別法に規定されている場合に限る。)。
国立大学法人法
(役員及び職員の秘密保持義務)
第 18 条
国立大学法人の役員及び職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。
その職を退いた後も、同様とする。
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第1編 労働法総論だ第
第1章 労働法の概要
3.国立大学法人に適用される労働法令
(役員及び職員の地位)
第 19 条
国立大学法人の役員及び職員は、刑法 (明治四十年法律第四十五号)その他の罰則の
適用については、法令により公務に従事する職員とみなす。
例:独立行政法人情報通信研究機構法
(役員及び職員の地位)
第 13 条
機構の役員及び職員は、刑法 (明治四十年法律第四十五号)その他の罰則の適用につ
いては、法令により公務に従事する職員とみなす。
3)職員の給与
職員の給与については給与法の適用を受けないから原則的には自由に定めることができるが、人
件費の大部分を国庫が負担する特殊事情から、一定の制約をうける。
具体的には、次のような制約である(国立大学法人法 35 条で準用する独立行政法人通則法 63
条)。
① 職員の給与は、その勤務成績が考慮されるものでなければならない。
② 給与及び退職手当の基準は主務大臣への届出・公表を要し、変更した場合も同様である。
③ 上記②の基準は、大学の業務実績を考慮したものであり、社会一般の情勢に適合したものと
なるように定めなければならない。
国立大学法人法
(独立行政法人通則法 の規定の準用)
第 35 条
独立行政法人通則法第三条 、第七条第二項、第八条第一項、第九条、第十一条、第十四
条から第十七条まで、第二十四条から第二十六条まで、第二十八条、第三十一条から第四十条まで、
第四十一条第一項、第四十二条から第五十条まで、第五十二条、第五十三条、第六十一条及び第六十
三条から第六十六条までの規定は、国立大学法人等について準用する。この場合において、これらの
規定中「主務大臣」とあるのは「文部科学大臣」と、「主務省令」とあるのは「文部科学省令」と、
「評価委員会」とあり、及び「当該評価委員会」とあるのは「国立大学法人評価委員会」と読み替え
るほか、次の表の上欄に掲げる同法 の規定中同表の中欄に掲げる字句は、それぞれ同表の下欄に掲
げる字句に読み替えるものとする。
以下
略
独立行政法人通則法
(職員の給与等)
第 63 条
特定独立行政法人以外の独立行政法人の職員の給与は、その職員の勤務成績が考慮され
るものでなければならない。
2
特定独立行政法人以外の独立行政法人は、その職員の給与及び退職手当の支給の基準を定め、
これを主務大臣に届け出るとともに、公表しなければならない。これを変更したときも、同様とする。
3
前項の給与及び退職手当の支給の基準は、当該独立行政法人の業務の実績を考慮し、かつ、社
会一般の情勢に適合したものとなるように定められなければならない。
10
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第1編 労働法総論だ第
第1章 労働法の概要
3.国立大学法人に適用される労働法令
4)就業規則による規制
それでは、国家公務員時代に国公法その他の法律によって規定されていた職務専念義務、政治
活動の制限、兼業、倫理などはどうなるのであろうか。それは、各大学の考え方に基づく就業規
則の規定に従うことになる。その意味では、自由裁量の幅が拡がったといえるが、反面、権利の
濫用・公序良俗違反など民事における制約を受けることになる。また、就業規則を労働者にとっ
て不利益に変更する場合は、その変更内容について厳格な合理性が求められるという制約も受け
ることになる。
(2)公務員の「勤務関係」と民間の「労働関係」
こうして,国家公務員の勤務に関する法律関係(勤務関係)は,労働契約を基礎とする法律関係
(労働関係)へと変わった。この移行により,職員が働くにあたっての法的な環境は根本的な変化
を遂げ,基本的な考え方として、①「勤務条件」から「労働条件」へ、②法定による身分保障から
権利の濫用による制限へ、というシステムの変更に注目する必要がある。
1) 「勤務条件」から「労働条件」へ
第一は、公務員の勤務関係における「勤務条件」から,労働契約にもとづく「労働条件」のシス
テムへと変わったという点である。公務員の勤務条件は,国民主権や民主主義からくる基本的要請
のもとで,勤務条件法定主義という基本原理で貫かれている(国公法 28 条)。給与・退職金はもち
ろん,勤務時間,休日,休暇や災害補償など勤務条件のすべてにわたって,法律またはその委任を
受けた諸規則で定めることが義務づけられており,職員個人には交渉の余地がなかった。また,法
律の負託を受けた人事院や施設長などが一方的な規則制定権を有し,勤務条件がその規則で縛られ
るのも、そうした要請に従った結果にほかならなかった(「国大労働関係」P9)。
これに対して,国立大学法人においては、労働関係は私的自治の原則(自由と平等の原則)のも
とに置かれており、労働条件はすべて当事者間の合意で定めることが基本である。労基法等の法律
はその最低基準を保障しているに過ぎない。また当事者の一方のみが相手方の労働条件を決定する
ことも特別の前提がある場合に限定され(注)、労働者と使用者は対等な立場で労働条件を決定す
るものとされる(労基法 2 条 1 項)。また、個々の労働者の労働条件を定める労働契約は、労使の
合意に基づいて締結・変更すべきものとされる(労契法 3 条 1 項)。
したがって,法人化後の職員の労働条件は,
「決定される」のではなく,労使が自ら「決定する」
労働条件決定システム、すなわち、つくり上げていく方式に変わったのである。
注.労働契約法では、「変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、①労働者の受ける不
利益の程度、②労働条件の変更の必要性、③変更後の就業規則の内容の相当性、④労働組合等との交渉の状況
⑤その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件
は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。」
(①~⑤の番号は宮田挿入。労契法 10 条)と、
就業規則の周知と内容の合理性を要件に、就業規則の変更による労働契約の内容の変更を肯定している。
2)法定による身分保障から権利の濫用による制限へ
第二は、法定による身分保障が撤廃されたことである。
公務員は身分保障のもとにあり,法律または人事院規則に定める事由による場合でなければ,そ
の意に反して,免職,降任,休職を受けることはなかった(国公法 75 条)。これに対して,労働契
約のもとでは,就業規則等の定めに応じて使用者は解雇や降格,休職などの不利益な扱いをするこ
とが権利の濫用に反しない範囲内で可能である(注)。この点においても、独自の人事制度の設計
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第1編 労働法総論だ第
第1章 労働法の概要
3.国立大学法人に適用される労働法令
が可能となるが、その反面、個々の大学規則において解雇・降格・休職・懲戒などの具体的規程を
整備しなければ、使用者の権限を行使し得ないことになる。
注.もつとも、公務員の平等原則(国公法 27 条)、身分保障の原則(国公法 33 条 3 項)
、分限・懲戒についての
公正性(国公法 74 条 1 項)などの諸原則は、民間と比して峻別するほどのものとまで解されず、民間労働者
も解雇権濫用の法理によって恣意的解雇から保護されていることを考えると、身分保障についても公務員と民
間労働者との間には強度の共通性が存在するとの指摘もある(西谷「労働法」P66)。
思うに、国公法の身分保障の原則と民間の解雇権濫用の法理とでは内容的にさほど異なるものでないが、実
際にこれまで運用されてきた経緯においては、国公法の場合は職員に甘く、民間ではときとして違法な解雇が
横行しがちであった、ということではなかろうか?
では国の機関である国立大学から国立大学法人へと設置形態が変更され、適用される法律が変化
するなかで、労働条件をめぐっての法律的な環境はどのように変わったのだろうか。その大枠を確
認しておく。
①
労働条件決定制度は、国公法と人事院規則などによる統一的画一的全国的決定制度から、労
基法を中心とする労働保護法の最低限保障を前提とする個別大学の個別的決定制度へ、と変化
した。その結果、国立大学時代の労働条件などの水準を維持するためには、各個別大学におけ
る努力と工夫が必要とされることとなった。
②
労働者(教員)の権利性は明確になり、労働基本権が全面的に保障され、中心的には団体交
渉を通じて、労働者と労働組合の主体的な努力によって労働条件を向上させる道が拓けた。
③
労働者・使用者間の権利と義務の関係は表裏の関係にあり、権利と義務を明確にした制度設
計・規則制定が必要とされる。
(深谷信夫「大学教員の労働時間制度と裁量労働時間制」労働法律旬報 2007.11.15 No1659 号)
⇒ 国立大学法人の職員には、労基法・労組法をはじめ民間労働法が全面的に適用される。
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第1編 労働法総論
第1章 労働法の概要
4.特定独立行政法人に適用される労働法令
4.特定独立行政法人に適用される労働法令
(1)概
要
独立行政法人には特定独立行政法人と非特定独立行政法人とがある。
特定独立行政法人は、その業務の停滞が国民生活又は社会情勢の安定に直接かつ著しい支障を及
ぼすものとみとめられるもの、その他当該独立行政法人の目的・業務の性質等を総合的に勘案して
その役員及び職員に国家公務員の身分を与えることが必要と認められるもの、として個別法で定め
られた独立行政法人である(独立行政法人通則法 2 条 2 項)。
そして、特定独立行政法人は国の機関ではなく民間と同様な法制の適用を受けるが、そこに勤務
する職員は国家公務員であるという特殊な形態を採っており、原則的には労基法、労組法などの民
間法制の適用を受けつつ国家公務員法も一部を除いて適用される(注 1、注 2)
。また、「特定独立
行政法人等の労働関係に関する法律」(特労法)に定める規定が労組法に優先して適用される。
一方、非特定独立行政法人の場合は、そこに勤務する職員は非公務員であり、国立大学法人の教
職員と同様に民間と同じ法制の適用を受ける。
平成 21 年 10 月 1 日現在の特定独立行政法人は、次の8法人である。
① 国立公文書館(内閣府所管)
② 統計センター(総務省所管)
③ 造幣局(財務省所管)
④ 国立印刷局(同上)
⑤ 国立病院機構(厚生労働省所管)
⑥ 農林水産消費安全技術センター(農林水産省所管)
⑦ 製品評価技術基盤機構(経済産業省所管)
⑧ 駐留軍等労働者労務管理機構(防衛省所管)
注 1.特定独法職員に対する労基法の適用
一般に国家公務員に対して労基法は適用されない(国公法附則 16 条)が、特定独法の職員(国家公務員)
については特労法 37 条によって国公法附則 16 条の規定が排除されるため、労基法が全面的に適用される。
注 2.特定独法職員に対する労組法の適用
一般に国家公務員に対して労組法は労基法と同様に適用されない(国公法附則 16 条)が、特定独法の職
員(国家公務員)については特労法 37 条によって国公法附則 16 条の規定が排除されるため、労組法は原則
的には適用されることになる。ただし、特労法 3 条 1 項によってまず特労法が優先的に適用され、特労法に
定めがないものについて労組法(一部除外される。)が適用される。
国家公務員法附則
第 16 条
労働組合法(昭和二十四年法律第百七十四号)、労働関係調整法(昭和二十一年法律第二
十五号)、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)、船員法(昭和二十二年法律第百号)、最低賃
金法(昭和三十四年法律第百三十七号)
、じん肺法(昭和三十五年法律第三十号)、労働安全衛生法(昭
和四十七年法律第五十七号)及び船員災害防止活動の促進に関する法律(昭和四十二年法律第六十一
号)並びにこれらの法律に基いて発せられる命令は、第二条の一般職に属する職員には、これを適用
しない。
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第1編 労働法総論
第1章 労働法の概要
4.特定独立行政法人に適用される労働法令
特定独立行政法人等の労働関係に関する法律
(労働組合法 との関係等)
第3条
職員に関する労働関係については、この法律の定めるところにより、この法律に定めのな
いものについては、労働組合法 (昭和二十四年法律第百七十四号。第五条第二項第八号、第七条第
一号ただし書、第八条、第十八条、第二十四条の二第一項及び第二項、第二十七条の十三第二項、第
二十八条、第三十一条並びに第三十二条の規定を除く。)の定めるところによる。以下 略
(他の法律の適用除外)
第 37 条
一
次に掲げる法律の規定は、職員については、適用しない。
国家公務員法第三条第二項 から第四項 まで、第三条の二、第十七条、第十七条の二、第十九
条、第二十条、第二十二条、第二十三条、第七十一条、第七十三条、第七十七条、第八十四条第二項、
第八十四条の二、第八十六条から第八十八条まで、第九十六条第二項、第九十八条第二項及び第三項、
第百条第四項、第百八条の二から第百八条の七まで並びに附則第十六条の規定
第2号以下 略
(2)国家公務員関係の法律の適用
特定独立行政法人の職員は国家公務員としての身分は維持されているから、国家公務員法は原則
的には適用される。ただし、次の条項は適用されない(通則法 59 条 1 項 2 号)。
第 18 条(給与の支払いの監理)
第 28 条(情勢適応の原則)1 項前段を除く。
第 29 条~第 32 条 職階制関係
第 62 条(給与の根本基準)
第 63 条~第 70 条 給与準則
第 72 条 2 項・3 項(勤務成績の評定)
第 75 条 2 項(身分保障)
第 106 条(勤務条件の人事院規則への委任)
身分保障に関しては、第 75 条 1 項の「職員は、法律又は人事院規則に定める事由による場合で
なければ、その意に反して、降任され、休職され、又は免職されることはない。」という規定が適
用されるから、特定独立行政法人の職員に対して原則的に身分保障がなされる。ただし、降給に関
しては、人事院規則の規定によらずに個別特定独法の就業規則に基づいて実施することが可能であ
る(国公法 75 条 2 項の適用除外)。
倫理、兼業に関しては、「国家公務員倫理法」及び国公法 103 条(私企業からの隔離)が適用さ
れる。その他、信用失墜行為(国公法 99 条)
、秘密を守る義務(同法 100 条)、職務に専念する義
務(同法 101 条)、政治行為の制限(同法 102 条)も適用される。
その他国家公務員関連法規については、次の法律又は法律の条項が適用されない(通則法 59 条
1 項 3 号~8 号)。
①
国家公務員の寒冷地手当に関する法律
②
一般職の職員の給与に関する法律
③
国家公務員の職階制に関する法律
④
国家公務員の育児休業等に関する法律
第 5 条 2 項(休業中給与を支給しない規定)
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第1編 労働法総論
第1章 労働法の概要
4.特定独立行政法人に適用される労働法令
第 7 条の 2(期末手当等の支給)
第 8 条(職務復帰後における給与等の取扱い)
第 11 条(不利益取扱いの禁止)
⑤
一般職の職員の勤務時間、休暇等に関する法律
⑥
一般職の任期付職員の採用及び給与の特例に関する法律
第 7 条~第 9 条(給与準則・人事院への委任等)
⇒ 特定独法の職員(国家公務員)については、国公法の大部分は適用されず、国公法が適用されるのは身分
保障、倫理関係、守秘義務などに限られる。
(3)労働法関係の法律の適用
特定独法の職員に対する労働法関係の法律の適用は、まず、労働基準法が全面的に適用される(通
則法 59 条 5 項)。
次に労働組合法については、まず特労法が適用され、特労法に定めがないものについて労働組合
法が適用される。ただし、国家公務員という特殊性から、次の各法律又は法律の条項は適用されな
い(特労法 3 条 1 項)。
労働組合法第 5 条第 2 項第 8 号(組合員の過半数により決定するスト権確立規定)
第 7 条第 1 号ただし書(過半数組合とのユニオン・ショップ協定締結)
第 8 条(民事免責)
第 18 条(労働協約の地域的な一般的拘束力)
第 24 条の 2 第 1 項及び第 2 項(中労委における審査方法)
第 27 条の 13 第 2 項(裁判の管轄)
第 28 条(罰則)
第 31 条(両罰規定)
第 32 条(過料)
なお、特定独立行政法人に勤務する職員は国家公務員であるので国家公務員災害補償法が適用さ
れるから、労働者災害補償保険法は適用されない(通則法 59 条 1 項 1 号)
(4)特定独立行政法人における給与・勤務時間等
特定独立行政法人の職員の給与は、国家公務員であるが一般職の職員の給与に関する法律の適用を受
けないので独自に定めることができるが、その職務の内容と責任に応じるものであり、かつ、職員が発
揮した能率が考慮されるものでなければならない。その給与の支給の基準は、国家公務員の給与、民間
企業の従業員の給与、当該特定独立行政法人の業務の実績及び中期計画における人件費の見積りその他
の事情を考慮して定められなければならない(通則法 57 条)
。
同様に、特定独立行政法人の職員の勤務時間、休憩、休日及び休暇については一般職の職員の勤務時
間、休暇等に関する法律の適用がないので独自に定めることが可能であるが、国家公務員の勤務条件そ
の他の事情を考慮したものでなければならない(通則法 58 条)
。
給与及び勤務時間・休憩・休日・休暇に関する規程は主務大臣へ届け出るとともに、公表しなければ
ならないこととされており、これを変更したときも同様である(通則法 57 条 2 項、58 条 1 項)。
(5)特定独立行政法人における集団的労使関係
国家公務員法の適用のもとでは、団結権と一定の制限のもとでの団体交渉権が保障されていたに
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第1編 労働法総論
第1章 労働法の概要
4.特定独立行政法人に適用される労働法令
過ぎなかったが(国公法 108 条の 2 第 3 項、108 条の 5)、特定独立行政法人においては、争議は禁
止される(特労法 17 条 1 項)ものの団結権、団体交渉権は民間と同様に完全に保障され、国公法
で認められなかった労働協約を締結することも可能である。
特定独立行政法人における集団的労使関係に関する法律の適用は、まず「特定独立行政法人等の
労働関係に関する法律」(特労法)が適用され、特労法に定めのないものについては原則として労
働組合法が適用される。この場合に一部の条項が適用されないことについては、3)(13 ページ)
ですでに述べた。
特定独立行政法人と組合との団体交渉は、専ら、特定独立行政法人を代表する交渉委員と組合を
代表する交渉委員とにより行うこととされており、労使ともにあらかじめ選任した交渉委員によっ
て団体交渉が行われる(特労法 9 条)。
団体交渉の対象となる事項は次の事項に限られる(特労法 8 条)。
① 賃金その他の給与、労働時間、休憩、休日及び休暇に関する事項
② 昇職、降職、転職、免職、休職、先任権及び懲戒の基準に関する事項
③ 労働に関する安全、衛生及び災害補償に関する事項
④ 前三号に掲げるもののほか、労働条件に関する事項
なお、「管理及び運営に関する事項は、団体交渉の対象とすることができない」こととされてい
る(特労法 8 条本文ただし書。実際の運用面の問題については、第3の第3章不当労働行為の項(第
9回(1月)を予定)で詳述する。
)。
⇒ 特定独立行政法人の職員には、労基法が全面的に適用されるほか、労組法は一部条項を適用除外して適
用される。国家公務員法については身分保障に関する条項などが適用されるほか、大部分の条項が適用され
ない。
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第1編 労働法総論
第1章 労働法の概要
5.非特定独立行政法人に適用される労働法令
5.非特定独立行政法人に適用される労働法令
特定独立行政法人に該当しない非特定独立行政法人(非公務員型)の職員については、国立大学
法人の職員の場合と同様に、労基法および労組法を中核とする労働関係法規が全面的に適用され、
私企業部門の労働者と異ならない法制の適用を受ける。また,非特定独立行政法人は労働保険(労
災保険と雇用保険)の適用事業となり,職員は、常勤・非常勤を問わず両保険制度が適用されてい
る。
医療保険・年金保険の社会保険は、その適用はまちまちであり、常勤職員については、前述のと
おり国家公務員時代から引き続いて国家公務員共済法が適用される法人と完全に民間に移行し健
康保険法及び厚生年金保険法が適用される法人とがある。非常勤職員については、民間に適用され
る健康保険法及び厚生年金保険法が適用される。
平成 21 年 10 月 1 日現在の非特定独立行政法人は、情報通信研究機構、理化学研究所、雇用・能
力開発機構、農業・食品産業技術総合研究機構、産業総合研究所、水資源機構など計90法人ある。
⇒ 非特定独立行政法人の職員には、国立大学法人の職員の場合と同様に労基法・労組法をはじめ民間労働
法が全面的に適用される。
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第1編 労働法総論
労
第1章 労働法の概要
5.非特
特定独立行政法
法人に適用され
れる労働法令
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第1編 労働法総論
第1章 労働法の概要
6.公務員に適用される労働法令
6.公務員に適用される労働法令
(1)労働基準法の適用問題
公務員は労基法の適用対象である「労働者」の定義(労基法 9 条)から除外されていないし、労
基法は、国、都道府県、市町村その他これに準じるべきものについても適用があるものとされてい
る(労基法 112 条)。
しかし、国公法附則 16 条は「労働組合法、労働関係調整法、労働基準法、船員法、最低賃金法、
じん肺法、労働安全衛生法及び船員災害防止活動の促進に関する法律並びにこれらの法律に基いて
発せられる命令は、第二条の一般職に属する職員には、これを適用しない。」としているので、一
般職の国家公務員に対しては国公法の規定によって労基法・労組法などを適用除外している。ただ
し、厳密には、国家公務員法の精神に抵触せず同法に基づく法律又は人事院規則に矛盾しない範囲
内において労基法の規定が「準用」される(国公法昭和 23 年改正法附則 3 条)ので、まったく無
関係というわけではない(※)。
特定独立行政法人等の労働関係に関する法律(特労法)が適用される現業の国家公務員(特定独
立行政法人の職員、林野庁職員)については、国公法附則 16 条が適用されない(特労法 37 条 1
項 1 号)ため、労基法が全面的に適用される。
地方公務員の場合は、非現業の地方公務員については、労基法は原則として適用されるが、労使
協定に関わる事項・災害補償規定・就業規則に関連する事項などは除外される(地公法 58 条 3 項)。
(除外される条項は労基法第 2 条 、第 14 条第 2 項及び第 3 項、第 24 条第 1 項、第 32 条の 3 から
第 32 条の 5 まで、第 38 条の 2 第 2 項及び第 3 項、第 38 条の 3、第 38 条の 4、第 39 条第 5 項、第
75 条から第 93 条まで並びに第 102 条の規定である。
)
地方公営企業に勤務する地方公務員、それと同一の扱いを受ける単純労務職員、特定地方独立行
政法人の職員については、有期労働契約に関する規定などを除いて労基法がほぼ全面的に適用され
る(地公企 39 条 1 項、地公労附則 4 条、地独 53 条 1 項 1 号)
。
(除外される条項は労基法 14 条 2 項・3 項(有期労働契約関係)、75 条から 88 条までの規定(災害
補償関係)である。)
※国に使用される派遣労働者の場合
派遣労働者は派遣元に雇用され、実際の業務遂行上の指揮命令は派遣先から受けるという特殊性か
ら、労働者派遣法は特例措置を設け、労働時間に関する事項などの一定事項について派遣先に労基法
その他関係法令上の使用者責任を課している(派遣法 44 条~47 条の 2)
では、国が派遣労働者を受け入れる場合に派遣先である国にも労基法の使用者責任が適用されるの
か、という問題について、通達は「適用される」としている(昭 61.6.6 基発 333 号)。
⇒ 労基法は、非現業の国家公務員には適用されない(国公法附則 16 条)が、現業国家公務員(特定独立行政
法人の職員、林野庁職員)には適用される。
⇒ 労基法は、非現業の地方公務員には一部適用除外の上で原則的に適用されるが、現業地方公務員につい
ては、ほぼ全面的に適用される。
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第1章 労働法の概要
6.公務員に適用される労働法令
労基法
(国及び公共団体についての適用)
第 112 条
この法律及びこの法律に基いて発する命令は、国、都道府県、市町村その他これに準ず
べきものについても適用あるものとする。
国公法
附則
第 16 条
労働組合法(昭和二十四年法律第百七十四号)
、労働関係調整法(昭和二十一年法律第二
十五号)、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)、船員法(昭和二十二年法律第百号)
、最低賃金
法(昭和三十四年法律第百三十七号)、じん肺法(昭和三十五年法律第三十号)、労働安全衛生法(昭
和四十七年法律第五十七号)及び船員災害防止活動の促進に関する法律(昭和四十二年法律第六十一
号)並びにこれらの法律に基いて発せられる命令は、第二条の一般職に属する職員には、これを適用
しない。
昭和 23 年改正附則
第3条
一般職に属する職員に関しては、別に法律が制定実施されるまでの間、国家公務員法の精
神にてい触せず、且つ、同法に基く法律又は人事院規則で定められた事項に矛盾しない範囲内におい
て、労働基準法及び船員法並びにこれらに基く命令の規定を準用する。但し、労働基準監督機関の職
権に関する規定は、一般職に属する職員の勤務条件に関しては、準用しない。
地公法
(他の法律の適用除外)
第 58 条
3
第1項・第2項 略
労働基準法第二条 、第十四条第二項及び第三項、第二十四条第一項、第三十二条の三から第三
十二条の五まで、第三十八条の二第二項及び第三項、第三十八条の三、第三十八条の四、第三十九条
第五項、第七十五条から第九十三条まで並びに第百二条の規定、労働安全衛生法第九十二条 の規定、
船員法 (昭和二十二年法律第百号)第六条 中労働基準法第二条 に関する部分、第三十条、第三十七
条中勤務条件に関する部分、第五十三条第一項、第八十九条から第百条まで、第百二条及び第百八条
中勤務条件に関する部分の規定並びに船員災害防止活動の促進に関する法律第六十二条 の規定並び
にこれらの規定に基づく命令の規定は、職員に関して適用しない。ただし、労働基準法第百二条 の規
定、労働安全衛生法第九十二条 の規定、船員法第三十七条 及び第百八条 中勤務条件に関する部分の
規定並びに船員災害防止活動の促進に関する法律第六十二条 の規定並びにこれらの規定に基づく命
令の規定は、地方公共団体の行う労働基準法 別表第一第一号から第十号まで及び第十三号から第十五
号までに掲げる事業に従事する職員に、同法第七十五条 から第八十八条 まで及び船員法第八十九条
から第九十六条 までの規定は、地方公務員災害補償法 (昭和四十二年法律第百二十一号)第二条第
一項 に規定する者以外の職員に関しては適用する。
第4項・第5項 略
地公法 58 条3項を労基法に関する部分に限って整理すると、次のようになる。
3
労働基準法第二条 、第十四条第二項及び第三項、第二十四条第一項、第三十二条の三から第三十
二条の五まで、第三十八条の二第二項及び第三項、第三十八条の三、第三十八条の四、第三十九条第五
項、第七十五条から第九十三条まで並びに第百二条の規定は、職員に関して適用しない。ただし、労働
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第1編 労働法総論
第1章 労働法の概要
6.公務員に適用される労働法令
基準法第百二条 の規定は、地方公共団体の行う労働基準法 別表第一第一号から第十号まで及び第十三
号から第十五号までに掲げる事業に従事する職員に、同法第七十五条 から第八十八条 までの規定は、
地方公務員災害補償法 (昭和四十二年法律第百二十一号)第二条第一項 に規定する者以外の職員に関
しては適用する。
地公企法
(他の法律の適用除外等)
第 39 条
企業職員については、地方公務員法第五条 、第八条(第一項第六号、第三項及び第五項
を除く。)、第十四条第二項、第二十三条から第二十六条の三まで、第二十六条の五第三項、第三十七
条、第三十九条第四項、第四十条第二項、第四十六条から第四十九条まで、第五十二条から第五十六
条まで及び第五十八条(同条第三項中労働基準法第十四条第二項 及び第三項 に係る部分並びに同法
第七十五条 から第八十八条 まで及び船員法第八十九条 から第九十六条 までに係る部分(地方公務
員災害補償法 (昭和四十二年法律第百二十一号)第二条第一項 に規定する者に適用される場合に限
る。)を除く。
)、地方公務員の育児休業等に関する法律 (平成三年法律第百十号)第四条第二項 、第
七条、第八条、第十四条、第十五条及び第十九条、地方公共団体の一般職の任期付研究員の採用等に
関する法律 (平成十二年法律第五十一号)第六条 並びに行政不服審査法 (昭和三十七年法律第百六
十号)の規定は、適用しない。
第2項以下 略
地公企法 39 条 1 項を労基法に関する部分に限って整理すると、次のようになる。
企業職員については、地方公務員法第五十八条(同条第三項中労働基準法第十四条第二項 及び第三
項 に係る部分並びに同法第七十五条 から第八十八条 まで及び船員法第八十九条 から第九十六条 ま
でに係る部分(地方公務員災害補償法 (昭和四十二年法律第百二十一号)第二条第一項 に規定する者
に適用される場合に限る。
)を除く。)の規定は、適用しない。
(2)労働契約法の適用
労働契約法は、国家公務員、地方公務員ともに適用されない(労契法 19 条)。
国・地方公共団体等と公務員との関係は労働契約関係であるとはいえず、公法上の勤務関係であ
ると解される(注)。
注.「長野郵政局懲戒停職事件」最高裁二小判決昭 49.7.19
「現業公務員は、一般職の国家公務員(国公法二条二項、公労法二条二項二号、国の経営する企業に勤務す
る職員の給与等に関する特例法二条二項参照)として、国の行政機関に勤務するものであり、しかも、その勤
務関係の根幹をなす任用、分限、懲戒、服務等については、国公法及びそれに基づく人事院規則の詳細な規定
がほぼ全面的に適用されている(なお、郵政省設置法二〇条参照)などの点に鑑みると、その勤務関係は、基
本的には、公法的規律に服する公法上の関係であるといわざるをえない。」
⇒ 公務員と国(又は地方公共団体)との関係は労働契約ではなく、公法上の勤務関係(又は公権力による任用
関係)である。
21
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第1編 労働法総論
第1章 労働法の概要
6.公務員に適用される労働法令
労契法
(適用除外)
第 19 条
2
この法律は、国家公務員及び地方公務員については、適用しない。
この法律は、使用者が同居の親族のみを使用する場合の労働契約については、適用しない。
(3)労働組合法の適用
前述1)で述べたとおり、非現業の国家公務員に対しては、国公法附則 16 条により労組法は適
用されない。
現業の国家公務員の労働関係については、まず特労法が適用され、特労法に定めがない事項につ
いては労組法の定めるところ(ユニオン・ショップ、民事免責、労働協約のもつ地域的の一般的拘
束力に関する規定などを適用除外。
)によるものとされる(特労法 3 条 1 項)。
(4)公務員のもつ特殊性と労働法との比較
現行の国家公務員法その他の公務員関係法が設けている公務員に特有の諸規定は、民間におい
てはどのように取り扱われており、また、大学・独法においてはどのように取扱うべきものであろ
うか。
任用、服務規律、政治活動の禁止、労働基本権について、順次述べる。(資料1(25 ページ))
1)任
用・身分保障
公務員の場合は、平等取扱の原則によって人種・信条・性別・社会的身分・門地・政治的意見・
政治的所属関係によつて差別されないことが明確にされ、平等な取扱いを受ける(国公法 27 条、
地公法 13 条)。 労基法においては、労働条件全般に関し労働者の国籍・信条・社会的身分を理由
として差別的取扱いが禁じられており、性別に関しては賃金について労基法が差別を禁止し、配
置・昇進・退職の勧奨・解雇その他の一定事項について男女雇用機会均等法が差別を禁止している
(労基法 3 条、均等法 6 条)。しかし、募集・採用に関しては、国籍・信条・社会的身分を理由と
して差別的取扱いを禁止する明文規定はなく、男女雇用機会均等法が性別に関し均等機会の付与を
義務付けているだけである(均等法 5 条)。
給与・勤務時間・その他の勤務条件に関する基礎事項については、公務員の場合は社会一般情勢
に適応するよう人事院が勧告することを義務づけられているのに対し(国公法 28 条、地公法 14
条)、民間においては労働条件の最低基準については労基法その他労働法によって保障されるもの
の、一般的には市場競争原理にゆだねられている。
身分保障については、国公法 75 条 1 項の「職員は、法律又は人事院規則に定める事由による場
合でなければ、その意に反して、降任され、休職され、又は免職されることはない。」あるいは地
公法 27 条 2 項の「職員は、この法律で定める事由による場合でなければ、その意に反して、降任
され、若しくは免職されず、この法律又は条例で定める事由による場合でなければ、その意に反し
て、休職されず、又、条例で定める事由による場合でなければ、その意に反して降給されることが
ない。」という規定によって確保されているのに対し、民間では身分保障がないといわれる。しか
し、規定そのものには、公務員と民間とで大きな違いがなく、西谷 敏教授は「公務員と民間労働
者の間には強度の共通性が存在する。」と述べられている(西谷「労働法」P66-注)。
思うに、公務員の場合には、過去において規定どおりの運用がなされなかった(規定に抵触する
行為があっても見逃されていた。)例が目立つのに対し、民間ではときとしてルールを超える違法
22
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第1編 労働法総論
第1章 労働法の概要
6.公務員に適用される労働法令
な措置がまかりとおっている面があったということではなかろうか。
注.
(公務員の)
「身分保障は、不当な政治的圧力による罷免や懲戒を防止して公務の中立性を確保するための
ものである。いずれも「全体の奉仕者」としての公務員像から要請される面をもっており、これらの点で、
公務員と民間労働者が相違することは否定できない。
しかし、任用に関するこうした諸原則は、公務員の勤務関係を民間のそれと峻別するほどの要請とまでは
解されない。民間労働者も解雇権濫用法理(労基法旧 18 条の 2、労契法 16 条)によって恣意的解雇から保
護されていることを考えると、身分保障についても、公務員と民間労働者の間には強度の共通性が存在する。」
2)服務規律
公務員の服務規律として、①上司の命令に服する義務(国公法 98 条 1 項、地公法 32 条)、②信
用失墜行為の禁止(国公法 99 条、地公法 33 条)、③秘密保持義務(国公法 100 条、地公法 34 条)、
④職務専念義務(国公法 101 条 1 項第 1 文、地公法 35 条)、⑤兼職禁止(国公法 101 条 1 項第 2
文・3 文)、⑥私企業への関与の制限(国公法 103 条、地公法 38 条)などがある。これらは公務員
の勤務に直接かかわる義務であるが、①~④については、民間労働者の労働契約から生じる義務と
基本的に変わるものでない。
公務員の場合、④職務専念義務は「職員は、法律又は命令の定める場合を除いては、その勤務時
間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、政府がなすべき責を有する職務にの
み従事しなければならない。」というように、極めて強力な義務を課している。しかし、勤務時間
中は注意力のすべてを職責遂行のためにといわれても、現実には不可能であり、その意味では民間
と変わらない。
また、⑤兼職禁止、⑥私企業への関与の制限、については公務員のもつ職務の公共性に基づく規
定であると解される。民間労働者の場合は、兼職禁止に関しては企業の人材活用の方針にもよるが、
必要に応じて兼職させることもある。
3)政治活動の禁止
国公法 102 条 1 項は、職員に対して、選挙権の行使以外の政治活動で人事院規則 14-7 に定める
行為を幅広く禁止している。違反者に対しては懲役又は罰金刑が予定されている(国公法 110 条
19 号)。地公法 36 条も政治活動を制限しているが、禁止の範囲は国家公務員の場合よりも限定的
で狭く、罰則も付されていない。
このような制限が憲法 21 条の表現の自由に反するのではないかという批判に対して、判例は「行
政の中立的運営」とこれに対する「国民の信頼」という観点から表現の自由に反しないとしている。
民間の場合は、一般に勤務時間外の政治活動を禁止されるものでない。ただし、大学・独法の施設
内における政治活動については、法人がもつ公共的性格から一定の制限を設けている法人が多いよ
うである。
4)労働基本権の制限
公務員は一般的に団結権(組合を結成すること)自体は禁止されるものでないが、一定の制約を
受ける。
まず、警察職員、消防職員、海上保安庁職員、刑務所施設に勤務する職員、自衛隊員は、職務の
性質上国民生活への重大な影響を与えることから、職員団体を結成すること自体を禁止される(国
公法 108 条の 2 第 5 項、地公法 52 条 5 項、自衛隊法 64 条 1 項)。
23
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第1編 労働法総論
第1章 労働法の概要
6.公務員に適用される労働法令
非現業の公務員は職員団体を結成することができるが、人事院へ登録しなければ当局との交渉は
行うことができないし、所轄官庁の許可を受けなければ在籍専従を置くこともできない(国労法
108 条の 2 第 3 項、108 条の 5、108 条の 6 第 1 項)。交渉においても、管理運営事項を含まないこ
と、あらかじめ指名する役員しか交渉に出席できないことなどの制約がある(国公法 108 条の 5
第 3 項~7 項、地公法 55 条 3 項~7 項)、
公務員のショップ制についてはオープンショップ制を採用しており、ユニオンショップ制を採る
ことはできないし、労働協約を締結することも認められないほか、争議も禁止される(国公法 108
条の 2 第 2 項、108 条の 5 第 2 項、97 条 2 項)
。
⇒ 施設内において政治活動を禁止することは、民間でも可能である。
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第1編 労働法総論
第1章 労働法の概要
資 料
資料1(P22 関係)
国家公務員と民間労働者との比較
項
目
平等取扱い
任 情勢適応
用
国家公務員
民間労働者
・平等取扱いあり
・平等取扱いあり
人種・信条・性別・社会的身分・門
労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由
地・政治的意見・政治的所属関係に
として、賃金、労働時間その他の労働条件
よつて、差別されてはならない(国
について、差別的取扱をしてはならない
公法 27 条)。
(労基法 3 条)。
給与・勤務時間その他勤務条件に関
労働条件の最低基準については労基法そ
する基礎事項は、社会一般の情勢に
の他労働法によって保障されるものの、一
適応するように随時これを変更する
般的には市場競争原理にゆだねられてい
ため、人事院勧告が出される(国公
る。
法 28 条)
。
身分保障
職員は、法律又は人事院規則に定め
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社
る事由による場合でなければ、その
会通念上相当であると認められない場合
意に反して降任され・休職され・免
は、その権利を濫用したものとして、無効
職されることはない(国公法 75 条 1
とする(労契法 16 条)
。
項)。
服従義務
・服従義務あり
・服従義務あり
職員は、その職務を遂行するについ
通常、就業規則に規定し、労働者は契約上
て、法令に従い、且つ、上司の職務
の義務として服従義務があるといえる。
上の命令に忠実に従わなければなら
ない(国公法 98 条 1 項)
。
服 信 用 失 墜 行 ・信用失墜行為の禁止あり
為の禁止
務
規
・信用失墜行為の禁止あり
職員は、その官職の信用を傷つけ、
通常、就業規則に規定し、労働者は契約上
又は官職全体の不名誉となるような
の義務として信用失墜行為が禁止される
行為をしてはならない(国公法 99
といえる。
条)。
守秘義務
律
・守秘義務あり
・守秘義務あり
職員は、職務上知ることのできた秘
通常、就業規則に規定し、労働者は契約上
密を漏らしてはならない。その職を
の義務として守秘義務ありといえる。
退いた後といえども同様とする(国
公法 100 条)
。
兼職禁止
・兼職禁止、二重に給与受給禁止
・企業の人材活用の方針にもよるが、原則
職員は、法律又は命令の定める場合
的には会社の許可が必要である。
を除いては、官職を兼ねてはならな
い。職員は、官職を兼ねる場合にお
いても、それに対して給与を受けて
はならない(国公法 101 条 1 項)。
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第1編 労働法総論
第1章 労働法の概要
資 料
私企業への
関与制限
・私企業への関与禁止
・企業の人材活用の方針にもよるが、一般
職員は、私企業を営むことを目的
的には厳格な制限を設けることは少ない。
とする会社その他の団体の役員、顧
問若しくは評議員の職を兼ね、又は
自ら営利企業を営んではならない
(国公法 103 条 1 項)。
政 政 治 活 動 の ・政治活動禁止
治 禁止
・政治活動は自由
職員は、政党又は政治的目的のた
勤務時間外の政治活動については、原則
活
めに、寄附金その他の利益を求め・
として禁止することはできない。
動
受領し・これらの行為に関与し・人
ただし、施設管理面から一定の制約を設け
禁
事院規則で定める政治的行為をして
ることは可能と解する。
止
はならない(国公法 102 条 1 項)。
職員団体・労
働組合の結
成
・職員組合の結成は自由である。
・労働組合の結成は自由である。
職員は、職員団体を結成し、若し
労組法は、労働組合の結成について特別
くは結成せず、又はこれに加入し、
な手続きを必要とせず、自由設立主義をと
若しくは加入しないことができる
っている。
(国公法 108 条の 2 第 3 項)。
団体交渉
労
働
基
・登録職員団体とのみ交渉に応じる。 ・労働組合からの団交申入れに対し、使用
当局は、登録された職員団体から職
者には誠実応諾義務がある。
員の給与、勤務時間その他の勤務条
使用者は、雇用する労働者の代表者と団体
件等に関し交渉の申入れがあったと
交渉をすることを正当な理由がなくて拒
きは、これにに応じるものとする(国
んではならない(労組法 7 条 2 号)。
公法 108 条の 5 第 1 項)
。
ショップ制
本
権
・オープンショップ制
・オープンショップ制・ユニオンショップ
職員団体に加入するか加入しないか
制・クローズドショップ制のいずれの制度
は職員個人が決定することができる
も採用することができる。
(国公法 108 条の 2 第 2 項)。
ユニオンショップ制は過半数組合とのみ
締結することができる(労組法 7 条 1 号)。
労働協約の
・労働協約締結権なし
・労働協約締結権あり
締結
職員団体と当局との交渉は、団体協
労使の合意があれば自由に締結すること
約を締結する権利を含まないものと
ができる(労組法 14 条)。
する(国公法 108 条の 5 第 2 項)。
争議
・争議禁止
・刑事免責及び民事免責
職員は、同盟罷業、怠業その他の
労働組合の正当な行為は罰せられない(労
争議行為をなし、又は政府の活動
組法 1 条 2 項)。
能率を低下させる怠業的行為をし
争議行為であって正当なものによって受
てはならない(国公法 97 条 2 項)。 けた損害について賠償請求することはで
きない(労組法 8 条)。
26
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第1編 労働法総論
第2章 労働関係
1.労働基準法の理念等
第2章
労 働 関 係
この章では、労働関係にまつわる基本事項について説明する。
労働関係とは、使用者・労働者間の労務の提供・賃金支払を軸とする関係をいう。「労働関係の当
事者」という場合は、使用者・労働者のほかに、それぞれの団体、すなわち使用者団体と労働組合を
含む関係をいう。
労働者派遣の場合は、派遣元と労働者との関係のほかに派遣先と労働者との関係を含めた関係が
「労働関係」であり、在籍出向の場合は出向元と労働者との関係のほかに、出向先と労働者との関係
を含めた関係が「労働関係」である。
1.労働基準法の理念等
(1)労働基準法の理念
労働基準法(以下「労基法」という。)は、労働契約関係下にある労働者の労働条件の最低基準
を定めた法律である。その基本理念は次の三点である。
① 労働条件の決定に関する基本原則を明確にしたこと
② 労働関係に残存する封建的な遺制を排除すること(徒弟制度の弊害、タコ部屋的奴隷制な
ど)
③ 最低労働条件に関して国際基準を取入れたこと
1)基本原則の闡明(センメイ)
労基法制定時の国会における提案理由説明において、政府は「この法案の作成にあたり特に政府
が考慮した事項の第一点は、労働条件の決定に関する基本原則の闡明(※)ということであります。
すでに労働条件について契約自由の原則を修正し、国家が基準を決定する以上、その基本原則が定
まるべきは当然でありますが、これを法律に闡明することにより労使双方にとってその赴くべきと
ころを占めさんとするものであります。本法案第一条に労働条件の原則として労働条件は労働者が
人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものたることを規定し、以下労働憲章的な規定
を設けたのはかかる趣旨に基づくものであります。」と述べているように、労働条件の原則は労基
法 1 条 1 項に定めるとおり「労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべき」水準で
ある。
「人たるに値する生活」とは、憲法 25 条 1 項の「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生
活を営む権利を有する。」という規定により与えられると考えるべきであるから、健康でしかも自
己の創造性を主体的に展開していくことが可能な生活にほかならない(厚労省「労基法コメ」P18)。
※闡明(センメイ)
明瞭でなかった道理や意義を明らかにすること。「教義を―する」
宣言して明らかにすること。「自国の立場を―する」
2)封建的な遺制を排除
第二として、労働基準法は、労働関係に残存していた封建的な遺制を排除することを目的として
いる。労基法案の提案理由説明においても「労働契約締結の結果として労働者、使用者の間におい
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第1編 労働法総論
第2章 労働関係
1.労働基準法の理念等
て、使用従属の特別関係が設定されるのは当然のことでありますが、かかる特別関係はややもすれ
ば労働関係の当事者間に身分的な拘束関係が惹起しやすいのであります。今なお、摘発されつつあ
る監獄部屋のごとき極端な事例は暫くおくとするも、長期労働契約、前借金、強制貯蓄、寄宿舎制
度の所産として現存しつつある封建的な遺制は、労働条件の基準設定にあたって厳に一掃すべしと
考えるのであります。」と述べているように、労働関係に残存する封建的遺制の一掃こそ、労働基
準法の基本理念の第二の柱である。
3)国際基準の取入れ
第三として、労基法は最低労働条件の国際水準を取入れたことである。すなわち、戦前において
は、我が国は、国際的水準をはるかに下回った労働保護法しかもたず、劣悪な労働条件に基づく生
産が広く行われていたため、我が国の輸出品がソーシャル・ダンピングとして国際的な非難を受け
た。戦後、民主的な文化国家として再出発して国際社会に名誉ある地位を占めるためには、世界各
国が公正と考えている労働条件を進んでとり入れることが要請されるし、また、国内的にも輸出依
存度の高い我が国経済を持続的に発展させていくためには適正な労働条件によって高能率による
優良品の生産をし、もって世界の輸出競争場裡に臨むことが何よりも必要なことであった。
労働基準法案の提案理由説明のなかでも「1919 年以来の国際労働会議で最低基準として採択さ
れ、今日ひろくわが国においても理解されている八時間労働制、週休制、年次有給休暇制のごとき
基本的な制度を一応の基準として、この法律の最低労働条件を定めたことであります。戦前わが国
の労働条件が劣悪なことは、国際的にも顕著なものでありました。敗戦の結果荒廃に帰せるわが国
の産業は、その負担力において著しく弱化していることは否めないのでありますが、政府としては、
なお日本再建の重要な役割を担当する労働者に対して、国際的に是認されている基本的労働条件を
保障し、もって労働者の心からなる協力を期待することが、日本の産業復興と国際社会への復帰を
促進するゆえんであると信ずるのであります。」と述べているとおり、労基法をもって初めて国際
的水準にある労働条件をもつことになったといえる。
この基本理念を達成するため、労基法は、労働条件の決定に関し「2.労働条件の原則等」(31
ページ以下)に示すとおり、7つの原則を掲げている。
(2)労働基準法の法的性格
労基法は公法としての性格を有し、国家権力が使用者に一定の義務を課すほか、ときには私的関
係である労働契約の内容にまで介入する。労基法で定める労働条件は最低のものであり、これを下
回る労働条件を定める私的契約(労働契約)の当該条項を無効とした上、さらに労基法で定める労
働条件に書き替える力を有している(直律効)
。
⇒ 労働基準法という法律を端的にいい表すと、「労働条件の最低基準を定めた法律」ということができる。
(3)労働基準法の適用の範囲
1)適用除外
労基法は、日本国内で行われる事業に対して適用される。ただし、同居の親族のみを使用する事
業及び家事使用人については適用されない(労基法 116 条 2 項)。
同居の親族を使用している事業が他人を1人でも使用していれば適用事業となる。その場合に、
同居の親族は実質上事業主と利益を一にしていて事業主と同一の地位にあると認められ場合は労
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第1編 労働法総論
第2章 労働関係
1.労働基準法の理念等
基法上の労働者ではない。しかし、同居の親族であっても、一般事務、現場作業等に従事し、かつ、
作業に関する指揮監督に従っていることが明らかであり、労働時間等の管理、賃金の決定・支払い
その他からみて当該事業場の他の労働者と同様な就労の実態を有し、賃金もこれに応じて支払われ
ている場合には、労基法上の労働者と解することができる(昭 54.4.2 基発 153 号)。
「家事使用人」とは、家事一般に使用される労働者をいう。たとえば「法人に雇われ、その役職
員の家庭において、その家族の指揮命令のもとで家事一般に従事している者は家事使用人である。」
(昭 63.3.14 基発 150 号)。
一方、個人家庭における家事を事業として請負う者に雇われてその指揮命令ののもとに家事を行
う者は家事使用人に該当しない(したがって、労基法が適用される。
)。
個人開業医の見習看護師、旅館の女性従業員、個人事業の見習い・内弟子などのように事業の労
働者が家事に従事したり家事使用人が事業の手伝いをするような場合がある。通達は、個人開業医
の場合について、「家事使用人として雇用し看護婦の業務を手伝わせる場合」は労基法の適用はな
く、「2~3名を雇用して看護婦見習の業務に従事させ、かたわら家事その他の業務に従事させる
場合」は看護婦見習いの業務が本来の業務であり労基法が適用される、としている(昭 24.4.13
基収 886 号)。要するにどちらが本来の業務であるかによって判断することになる(厚労省「労基
法コメ」下巻 P1017)。
2)船員に対する適用
労基法は、船員法 1 条 1 項 1 号に規定する船員については、原則として適用されない。ただし、
総則(1 条~11 条)及びそれに対する罰則の規定(117 条~119 条、121 条)は適用される(労基
法 116 条 1 項)。
船員法
(船員)
第 1 条
この法律で船員とは、日本船舶又は日本船舶以外の国土交通省令の定める船舶に乗り組む
船長及び海員並びに予備船員をいう。
2
前項に規定する船舶には、次の船舶を含まない。
一
総トン数五トン未満の船舶
二
湖、川又は港のみを航行する船舶
三
政令の定める総トン数三十トン未満の漁船
四
前三号に掲げるもののほか、船舶職員及び小型船舶操縦者法 (昭和二十六年法律第百四十九
号)第二条第四項 に規定する小型船舶であつて、スポーツ又はレクリエーションの用に供するヨ
ット、モーターボートその他のその航海の目的、期間及び態様、運航体制等からみて船員労働の
特殊性が認められない船舶として国土交通省令の定めるもの
「海員」とは、船内で使用される船長以外の乗組員で労働の対償として給料その他の報酬を支払
われる者をいう(船員法 2 条 1 項)
。 船内における酒場・理髪店・洗濯屋などの船員以外の労働者
も船内使用の乗組員であるから、直接に運航業務に携わっていなくても海員となる。
「予備船員」とは、前条第一項に規定する船舶に乗り組むため雇用されている者で船内で使用さ
れていないものをいう(船員法 2 条 2 項)。 船員業務に従事していないけれども船員法の適用を受
ける。
なお、①総トン数五トン未満の船舶、②湖、川又は港のみを航行する船舶、③政令の定める総ト
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第1編 労働法総論
第2章 労働関係
1.労働基準法の理念等
ン数三十トン未満の漁船などの乗組員については、船員法の適用を受けないので労基法が全面的に
適用される。
⇒ 船員については、労基法総則に定める7原則は適用されるが、それ以外の規定は適用されない。
3)労働基準法の適用に関する問題
イ 国外にある日本の商社・銀行等の支店・出張所等にも適用されるのか
労基法は、行政取締法規として日本国内にある事業にだけ適用されるから、海外にある日本の
商社・銀行等の支店・出張所等であって事業として実態を備えているものについては適用されな
い。しかしながら、たとえば、日本国内の土木建築事業が国外で作業を行う場合で、一切の工事
が日本にある業者の責任において行われており、国外における作業場が独立した事業としての実
態がないと認められる場合には、現地における作業も含めて労基法の適用があると解される。こ
の場合は、現地での違反に対しその行為者に罰則を適用することはできないが、日本国内にある
使用者に責任があるときは、その使用者が処罰されることになる(昭 25.8.24 基発 776 号)
。
ロ 日本国内にある外国人が経営する会社にも適用されるのか
日本国内にある外国人についても日本人と区別することなく適用されるので、外国人が経営す
る会社及び外国人労働者についても労基法は全面的に適用される。
ただし、外交特権を有する外交官等については、わが国の裁判権は原則として及ばないことと
されている(昭 43.10.9 基収 4194 号)。
(4)法施行の実施手段
1)刑事上の手段
訓示的規定を除くほとんどすべての条項について刑事罰則を規定し、取締り法規としての実効性
を担保している。
2)民事上の手段
労基法の規定に違反する契約を無効とし(強行法規)、無効となった部分を同法で定める基準に
置き換える直律効力性を有している。
3)行政による監督機関
労基法の規定を遵守しているかどうかを監督するための行政機関として、厚生労働省に労働基準
局を設け、傘下の組織として各都道府県労働局、労働基準監督署を組織し、労働基準監督官を配置
している(労基法 97 条)。
労働基準監督官は、事業場に臨検し、帳簿書類の提出を求め、尋問を行う権限が与えられており、
労基法違反の罪について刑事訴訟法に規定する司法警察官(注)の職務を行うこととされている
(101 条、102 条)。
労働基準監督官は、労働基準監督官試験に合格した専門官であり、労働基準行政の主要職務であ
る厚生労働省労働基準局長、都道府県労働局長及び労働基準監督署長は、労働基準監督官でなけれ
ばその職に就くことができない(労基法 97 条 2 項)など、労働基準行政の中核を担っている。
注.司法警察官=刑事訴訟法には「司法警察官」という用語は使われていないが、検察官とともに捜査を担当す
る「司法警察員」の職務を行うものと思われる。
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第1編 労働法総論
第2章 労働関係
2.労働条件の原則等
4)労働基準監督官等への申告
また、労基法違反の事実の摘発を容易にするため、事業場に労基法違反の事実がある場合におい
て、労働者は、その事実を労働基準監督官等へ申告することができることとし、使用者は、当該申
告をしたことを理由として解雇その他不利益取扱いをしてはならない、とされている(104 条)。
なお、労基法は解雇する場合の手続き(解雇の予告、労働者が請求した場合の解雇事由の証明書の
交付など)について規定しているが、解雇事由の適法性については一般基準を示していない(平成
20 年 2 月末日までは 18 条の 2 に「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当である
と認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と規定されていたが、同
年 3 月より労働契約法が施行されたことにともない、同条の規定は労働契約法 16 条へ移行した。)
(注)。
注.解雇に関する紛争解決については、監督機関である労働基準監督署等では取り扱わないので、裁判に訴える
方法のほかは、次のいずれかの方法を利用することになる。
① 「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」に基づいて都道府県労働局内に設置された紛争調整委員
会によるあっせん
② 「裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律」に基づいて民間紛争解決手続きを業として行う事業者
(認証紛争解決事業者)による紛争解決手続き(いわゆる「ADR」)
③ 「労働審判法」に基づく裁判所による労働審判 → 原則3回以内の迅速な審理で審判を下し、2週間以内
に異議を申立てると訴訟へ移行する。異議を申し立てないと審判の結果が確定し、拘束力をもつ。
2.労働条件の原則等
労働条件の原則については労基法総則に規定があり、次のとおり1条から7条までに7つの原則
を掲げている。なお、労働契約法は労働契約の締結・変更に関し原則を掲げているが、その点につ
いては第2.第1章第2節で詳述する(第2回(6月)を予定)。
(1)労働条件の原則
労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすものでなければならない
(労基法 1 条 1 項)。
この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を理
由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければな
らない(労基法 1 条 2 項)。
労基法は、労働者に人格として価値ある生活を営む必要を満たすべき労働条件の保障を宣明した
ものであり、これが労基法解釈の基本観念を示すものである(昭 22.9.13 発基 17 号)。また、
「こ
の基準を理由として」とは、労働基準法に規定があることが労働条件低下の決定的理由となってい
ることをいうのであり、社会経済情勢の変動などの理由によるものまで禁止するものでない(昭
22.9.13 発基 17 号)。
労基法
(労働条件の原則)
第 1 条 第1項 略
2
この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を
31
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第1編 労働法総論
第2章 労働関係
2.労働条件の原則等
理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければ
ならない。
※労働条件の向上とは何か
どのようなことを労働条件の向上といい、どのようなことを労働条件の低下というのだろうか。
たとえば、休憩時間についていえば、1時間であるものを 30 分にすることは労働条件の低下であ
るのか、1時間 30 分にすることは労働条件の向上と判断するのか、2時間にすれば?、3時間に
すれば?、という疑問が残る。
同じように、契約期間については、1年であるものを6か月にすると労働条件の向上となるのか、
それとも低下とされるのか、2年にすることはどうか、3年では?、4年では?、という疑問があ
る。残念ながらこれを論じた参考書をみかけない。そのときどきの社会一般の常識に照らして判断
するほかなさそうである。
1)議論となる前提
労働条件の向上・低下を考えるときに、次の前提に留意すべきであろう。
①「労働条件」の意義
労働条件とは、賃金、労働時間はもちろんのこと、解雇、災害保補償、安全衛生、寄宿舎等に
関する条件を含む労働者の職場における一切の待遇をいう(厚労省「労基法コメ」上巻 P63)。
② 労働条件の性質
最高裁が「労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の
性質からいって、当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同
意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない」(「秋北バス事件」最高裁
大法廷判決昭 43.12.25)と述べたように、労働条件は、集合的に処理され、統一的かつ画一的に
決定されるべき性質のものである。
2)参考となる裁判例
新しい事務員を雇ったため従来から在籍する事務員に残業をやらせる必要がなくなったため「残
業をしないか、それが嫌なら辞めてくれ」と使用者が告げた事案で、裁判所は、「Yの発言は、残
業手当の請求権を将来にわたり放棄するか退職するかの二者択一を迫ったものであって、かかる状
況でXが退職を選んだとしても、これはもはや自発的意思によるものであるとはいえないというべ
きであり、Yの発言は、実質的には、解雇の意思表示に該当するというべきである。」と判断して
いる(「千代田工業(退職金請求)事件」大阪高裁判決平 2.3.8)。
これは、明らかに、残業をさせないということは労働条件の低下という判断であって、長時間労
働が必ずしも劣悪な労働環境であると考えていない(賃金が増大するから)、ということにつなが
る。問題は、労働者個人が労働条件の低下と考えたからなのか、この企業においてはそうなのか、
事務員という職種ではそうなのか、一般に労働者全般についてそうなのか、ということであるが、
残念ながらこの例ではその点に答えていない。
しかし、上記1)②の「労働条件の性質」から考えると、その向上・低下を論じる場合も労働者
個人の主観によるものでなく、労働者集団の主観をもとに論じる必要があるように思われる(私見)。
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第1編 労働法総論
第2章 労働関係
2.労働条件の原則等
では、労働者集団をどのように捉えるか?いくつかの考え方が想定される。
① 業種や職種による集団として考える
たとえば、体力の消耗が激しい建設現場の作業員の業務と、冷暖房完備のオフィスで事務を
行う業務とでは、労働時間に関する一般的な傾向が異なる。
② 企業や地域による集団として考える
たとえば、国大・独法の常勤職員の給与水準・福利厚生施設を基準とする労働者と、最低賃
金法すれすれの賃金水準である町工場の労働者とでは、長時間労働に対する一般的な傾向が異
なる。
③ わが国全般の労働者として考える
労働者を業種や企業ごとに捉えるのではなく、現在におけるわが国全般の労働者にとってど
うであるかによる。
3)他の要素を評価するか?
労働条件を変更すると、たとえば、①労働時間が減少すると賃金も減少する、②休憩時間が増加
すると拘束時間が増加する、というように、労働者にとって相反する面も生じる。したがって、単
純に定義的に決めつけるのではなく、総合的に判断する必要があるのではないか。
4)時間外労働の限度を360時間から240時間にする評価
政府が時間外労働の短縮を推進していることは明かである(注)から、一般的・定義的にいえば
労働条件が向上したと評価される。ただし、これを打ち消すような職種・企業などの特殊性があれ
ば必ずしも労働条件の向上とはいえないが、そのようなことがなければ一般的・定義的評価に従う
べきであるといえよう。
注.たとえば「労働時間等設定改善指針」(平 18.3.31 厚労告 197 号-平成 22 年版労働法全書 P553)
では、時短については、所定労働時間の短縮と同様に所定外労働の削減についても労働条件の向上と
解している。
1.(2)労働時間の短縮の推進
「労働者が健康で充実した生活を送るための基盤の一つとして、生活時間の十分な確保が重要であり、
事業主が労働時間等の設定の改善を図るに当たっては、労働時間の短縮が欠かせない。このため、事
業主は、今後とも、週 40 時間労働制の導入、年次有給休暇の取得促進及び所定外労働の削減に努め
ることが重要である。」
⇒ 労働条件の向上とは、そのときどきの社会一般の常識に照らして判断すべきものであろう。
(2)労働条件の決定
労働条件は、労働者と使用者が対等の立場において決定すべきものである(労基法 2 条 1 項)。
労働者及び使用者は、労働協約、就業規則及び労働契約を遵守し、誠実に各々その義務を履行し
なければならない(労基法 2 条 2 項)。
この条項は理念を宣明したものであって、労働者と使用者が対等の立場において決定したもので
ない労働条件を直ちに無効とする趣旨ではない。そのような労働条件は団体交渉によって解決すべ
きものと解される。
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第1編 労働法総論
第2章 労働関係
2.労働条件の原則等
(3)均等待遇
1)国籍・信条・社会的身分を理由とする差別
使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として賃金、労働時間その他の労働条件(注
1)について差別的取扱いをしてはならない(労基法 3 条)
。
信条に基づく外部的言動が職場規律を乱す場合に解雇することは、本条に抵触しない(注)。
注.「日紡貝塚工場事件」最高裁三小判決
昭 30.11.22
「労基法第三条は、使用者が労働者の信条即ち宗教的思想的或いは政治的信念を理由とし解雇を含
む労働条件について差別的取扱をするのを禁止し、且つは憲法第一四条が法の下に国民の平等を保障
する趣旨より見れば、現在日共党が合法政党としてその存続を公認せられている以上、単に同党員又
はその同調者であることの一事のみを以て直にこれを解雇するのは正当でない。しかし右の各法条は、
その信条に基く行為によって、労働者が不当にその職場規律を紊乱し、労働能率を低下し又は作業を
阻害して、他人の権利を侵害することまでも許容するものでなく、かかる場合に使用者がこの労働者
に対し相当の限度において解雇その他所定の制裁を加え不利益な取扱をなし得ることは当然の事理
である。」
差別的取扱いとは、先入観や偏見をもって他と区別することをいう。不利に取り扱うことのみな
らず有利に取り扱うことも含まれる(昭 22.9.13 発基 17 号)。
2)性別による差別
なお、「性別」については、労基法は次項(4)に定める賃金以外の労働条件について差別的取
扱いを直接禁止しているものでないが、男女雇用機会均等法において、労働契約下にある労働条件
のみならず雇用の分野全般にわたって性による差別を禁止している(注 2)(ただし、労基法 4 条
違反には罰則の適用があるが、男女雇用機会均等法違反には罰則は設けられていない。)。
注 1.労働条件 = 労働条件とは職場における労働者の待遇に関する一切のものをいう。賃金、労働時間はその
代表的なものであるが、その他災害補償、安全衛生、寄宿舎などの他解雇も含まれる。ただし、
雇入れ(採用)は含まれない。
注 2.男女雇用機会均等法による性差別の禁止
男女雇用機会均等法は、①配置・昇進・降格・教育訓練(6 条 1 号)、②福利厚生(6 条 2 号、均等則 1 条)
、
③職種・雇用形態の変更(6 条 3 号)、④退職の勧奨・定年・解雇・労働契約の更新(6 条 4 号)、の各項目につ
いて、労働者の性別を理由として差別的取扱いをしてはならない旨を定めている。
「募集及び採用」(法5条)に関しては均等な機会付与を義務付けている。
3)募集・採用時における年齢による差別禁止
雇用対策法は、事業主は、労働者の募集及び採用について、厚生労働省令の定めるところによりそ
の年齢にかかわりなく均等な機会を与えなければならないこととしている(雇対法 10 条、)。
具体的には、次の場合を除いて、募集・採用に際し年齢制限を設けてはならない(雇対則 1 条の
3 第 1 項)。
① 定年の年齢を下回ることを条件とする(無期契約に限る)
② 労基法等が年齢により就業を禁止している業務
③ 年齢制限をすることが合理的である次の場合
a.新規学卒者等の募集・採用(無期契約に限る)
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第2章 労働関係
2.労働条件の原則等
b.技能継承等の必要上年齢構成是正のための限定募集・採用(無期契約に限る)
c.俳優、子役等の募集・採用
d.60 歳以上の高齢者の募集・採用
労働者の募集・採用に当たっては、職務の内容、当該職務の遂行に必要な労働者の適性・能力・経験・
技能の程度等をできる限り明示するものとする。これは、事業主にとっては職務に適合する労働者を雇
い入れるために役立ち、労働者にとっては保有する能力を有効に活用することができる職業をその年齢
。
にかかわらず選択することを容易にするための措置である(雇対則 1 条の 3 第 1 項)
⇒ 募集・採用は労働契約締結前の条件であるから労働条件とは解されず、均等待遇の適用を受けない。
(4)男女同一賃金の原則
使用者は、労働者が女性であることを理由として、賃金について男性と差別的取扱いをしては
ならない(労基法 4 条)
。
これに関連して、産前産後の休業や生理休暇に対して賃金を支払うことは、一見して女性有利に
取扱うようにみえるが、これは出産、生理という肉体的条件による休業を無給にしないというに止
まり、女性なるが故に男性に比較して有利に取扱うものとはいえない、と考えられる。
女性が結婚して退職するいわゆる「寿退職」の場合や出産を機に退職する場合に退職手当を優遇
する措置は、
「差別的取扱い」と判断される。
注.「差別」の意義
「差別」の意義について、常識的には「偏見や先入観などをもとに、特定の人々に対して不利益・不平等な
扱いをすること」という意味で用いられるが、本来は「ある基準に基づいて、差をつけて区別すること、扱い
に違いをつけること」という意義である(三省堂「大辞林」第二版)。
(5)強制労働の禁止
使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって、労働
者の意思に反して労働を強制してはならない(労基法 5 条)。
かつての土建の飯場、鉱山の納屋等にみられた「監獄部屋」、
「タコ部屋」などがその典型例であ
り、それ以外でも工場寄宿舎、風俗営業等における悪習を排除しようとするものである。
この強制労働の禁止規定に違反した者に対する罰則は、労基法上もっとも重い刑罰(1年以上
10 年以下の懲役又は 20 万円以上 300 万円以下の罰金)が予定されている(労基法 117 条)。
⇒ 強制労働の禁止に違反する行為は、労基法上もっとも重い刑罰が科せられる。
(6)中間搾取の排除
何人も法律に基づいて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得てはならない
(労基法 6 条)。
「法律に基づいて許される場合」は、職業安定法及び船員職業安定法に規定する場合がある(職
安法 30 条、36 条 1 項)。
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第1編 労働法総論
第2章 労働関係
2.労働条件の原則等
① 職業安定法関係
a.建設業務に就く職業又は港湾運送業務に就く職業を除き、有料職業紹介を厚生労働大臣の許
可を受けて行うことが認められているが、その場合、同法施行規則で定める手数料又は厚生労
働大臣に届け出た手数料表に基づく手数料を受けることが認められている。
b.労働者を雇用しようとする者が、同法第三六条第一項の規定による厚生労働大臣の許可を受
けて、その被用者以外の者をして労働者の募集を行わせる場合には、同条第二項の規定により、
その被用者以外の者は、その募集を行わせた者から、厚生労働大臣の認可を受けた報酬を受け
ることができる。
② 船員職業安定法関係
船舶所有者は、同法第四五条第一項により国土交通大臣の許可を受けたときは、その被用者
以外の者に船員の募集を行わせることができるが、その場合、同条第二項の規定により、その
被用者以外の者は、国土交通大臣の許可を受けた報酬を受けることができる。
なお、右の職業安定法及び船員職業安定法により許された場合であっても、それぞれの法律で認
められている手数料、報酬等のほかに利益を受けるときは、本条に違反することとなる。
以上のごとく、法律によって許されているのは、雇用開始に当たっての、就業の斡旋又は募集に
ついてである。
「業として他人の就業に介入」するとは、反復継続の意思をもって、労働者が労働関係に入るこ
と、労働関係を継続すること又は終了させることに何らかの因果関係(影響力)を有する関与をい
う、とされている。「就業に介入」するとは、職業のあっせん・紹介にとどまらず、労働関係の存
続・終了に伴う関与を含む広い概念である。
(7)公民権行使の保障
労働者が労働時間中に選挙権その他公民としての権利を行使し又は公の職務を執行するために
必要な時間を請求した場合は、使用者は拒んではではならない。ただし、権利の行使又は公の職務
の執行に妨げがない限り、請求された時刻を変更することができる(労基法 7 条)。
「選挙権その他公民としての権利」とは、公職選挙法上の選挙権・被選挙権、地方自治法上の直
接請求権などをいう。「公の職務」とは、国会・地方議会の議員、労働委員会の委員、訴訟におけ
る証人などをいう。したがって、公職への立候補及び選挙活動は公民権の行使の保障の対象となら
ないので、職員は年休・欠勤等の手続きを行うことになる。
なお、公務員の場合は政治活動が禁止されている(国公法 102 条)ため、公職へ立候補し選挙活
動を行うためには公務員を退職しなければならなかったが、国立大学法人・非特定独立行政法人の
職員に関しては就業規則の規定によることになる。一般的には、権利の濫用の禁止の観点から勤務
時間外の政治活動を禁止すること困難であろう。しかし、立候補・選挙活動は年休等を利用してで
きるとしても、当選して議員活動を行うということになれば、業務に生じる支障の程度に応じて休
職・退職の措置をとることは可能である(就業規則にその旨規定を設ける必要がある。)(注)。
注.「森下製薬事件」大津地裁決定昭 55.10.17
「労働者が公共団体の公務員に就任したことによって労働契約上の義務を遂行することが困難と
なり、使用者の業務遂行が阻害されるような場合にあっては、このことを理由として、使用者が当
該労働者に対し、右阻害の程度に応じて、解雇したり、休職とすることはなんら前記公民権行使を
保障した規定に抵触するものではなく、許容されるものと解するのが相当である。」
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3.罰
第1編 労働法総論
第2章 労働関係
則・4.事業の概念
3.罰 則
(1)行為者処罰主義
労働基準法違反があった場合、行為者は懲役刑又は罰金刑に処せられる。もっとも重い違反は強
制労働の禁止規定(労基法 5 条)違反で、1年以上 10 年以下の懲役又は 20 万円以上 100 万円以下
の罰金が科される(労基法 117 条)
。
行為者とは、たとえば、違法な時間外労働を命じた場合、その権限を有し現実に残業を命じた者
が罰則の対象となるものである。
(2)両罰規定
次に、行為者が罰せられるほか、事業主(大学法人・独法などの法人)に対しても原則として罰
金刑を科す両罰規定が設けられている(労基法 121 条 1 項)。
事業主が法人の場合において、その代表者(大学法人の場合は学長・理事長)が違反の事実を知
りその防止に必要な措置を講じなかった場合又は違反を教唆した場合は、当該代表者も行為者とし
て罰する(懲役もある。
)。
ことばを換えていえば、行為者に対しては罰金刑のほかに懲役刑が予定されているのに対し、法
人の代表者に対しては違反是正の事実を知りながらその防止措置を講じなかった等の悪質な場合
を除けば、罰金刑のみであるということであるということである。
4.事業の概念
(1)事業とは
事業というには、まず、業として継続的に行われるものであることを要する(注 1)。営利の目
的をもって行われるものはもちろん、非営利のもの、たとえば、社会事業団体や宗教団体が行う継
続的活動も事業に該当する。
事業であるどうかの判断は、労働者を保護すべき実体を有するかによって決めるべきものであり、
たとえば、他人の鉱区を盗掘する会社のような従業員ぐるみで刑法上の犯罪を行うようなものは事
業とされないが、何も知らない者を使用して禁輸品を密貿易する会社は事業とされるべきものと判
断される(厚労省「労基法コメ」上巻 P107)。
また、事業とは「「工場、鉱山、事務所、店舗等の如く一定の場所において相関連する組織のも
とに業として継続的に行われる作業の一体をいう」
(昭 28.5.4 基発 361 号)から、たとえば、大学
の個人研究室で大学教員が個人的に「秘書」を雇用して継続的に作業を行わせていても、一般的に
は、労基法上の適用事業に当たらないと解される(野川「労契法」P78、荒木「労契法」P69)(注
2)。
注 1.下井 隆史教授は、
「事業」とは「業として継続して行われる」ものであるから、労働関係が存在していて
も労基法の適用がない場合はある、と指摘しておられる(下井「労基法」P24)。
注 2.荒木「労契法」P69 は、次のように記述している。
「労基法上は『事業』とは、一定の場所で相関連する組織のもとに業として継続的に行われる作業の一体を
いうと解されている。大学の研究室などはこの要件を満たさないと思われるので、個人研究室で勤務する秘書
と大学教員との契約などは、労働基準法上の労働契約にはあたらないが、労働契約法上の労働契約には該当し
うることになろう。」
37
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3.罰
第1編 労働法総論
第2章 労働関係
則・4.事業の概念
(2)適用の単位
1)労基法の適用
労基法の適用の単位としての事業は、次のように取扱う(昭 28.5.4 基発 361 号)。
① 「工場、鉱山、事務所、店舗等の如く一定の場所において相関連する組織のもとに業として
継続的に行われる作業の一体をいうのであって必ずしもいわゆる経営上一体をなす支店、工場
等を総合した全事業を指称するものでない。」
② 「一の事業であるか否かは主として場所的観念によって決定すべきもので、同一の場所にあ
るものは原則として分割することなく一個の事業として、場所的に分散しているものは原則と
して別個の事業とすること。」
③
しかし、場所的観念だけで適用すると実情に合わないこともあるので、そのような場合には
「同一の場所にあっても、著しく労働の態様を異にする部門が存在する場合に、その部門が主
たる部門との関連において従事労働者、労務管理等が明確に区分され、かつ、主たる部門と切
り離して適用を定めることによって労基法がより適切に運用できる場合には、その部門を一の
独立の事業とすること。例えば工場内の診療所、食堂等の如きはこれに該当する。」
④
「個々の労働者の業務による分割は認められない。」
⑤ 「出張所、支所等で規模が小さく組織的関連ないし事務能力を勘案して一の事業という程度
の独立性のないもの」は「直近上位の機構と一括して一の事業として取り扱うこと。」とされ
ており、たとえば、新聞社の通信部や労務管理が一体として行われていない建設現場などは、
直近上位の機構と一括して取扱うこととされている(昭 23.5.20 基発 799 号、昭 63.9.16 基発
601 号の 2)。
2)労災保険法の適用
労災保険の場合も同様と考えてよく、上記昭 28.5.4 基発 361 号と表現は少し異なるが、次のよ
うな通達がある(昭 62.3.13 発労徴 6 号)。
【事業の単位】
(1)継続事業
工場、鉱山、事務所等のごとく、事業の性質上事業の期間が一般的には予定し得ない事業を継続事
業という。
継続事業については、同一場所にあるものは分割することなく一の事業とし、場所的に分離されて
いるものは別個の事業として取扱う。
ただし、同一場所にあっても、その活動の場を明確に区分することができ、経理、人事、経営等業
務上の指揮監督を異にする部門があって、活動組織上独立したものと認められる場合には、独立した
事業として取り扱う。
また、場所的に独立しているものであっても、出張所、支所、事務所等で労働者が少なく、組織的
に直近の事業に対し独立性があるとは言い難いものについては、直近の事業に包括して全体を一の事
業として取扱う。
3)附属施設の取扱い
なお、付属施設が本部から分離して単独の事業として適用すべきか否かの判断は、直近上位の組
織から独立しているかどうかによることとなるが、その判断基準は必ずしも明確になっていない。
考えられる要素は、次のようなものであろう。
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3.罰
第1編 労働法総論
第2章 労働関係
則・4.事業の概念
①
施設が仮設的なものか、恒常的なものか
②
労働者数がどれほどか(数名か、10 名を超えているか)
③
人事面で、現地採用を行うことがあるか、人事評価をする者が駐在しているか
④
大学の組織の一部として認知されているか
⑤
経理面で単独の事業所コードをもつなど独立した予算管理がなされているか
⑥
指揮命令をする者が駐在しているのか
4)海外の土木建築工事
日本の建設業者が海外において土木建設工事を施工する場合に、国外の作業場が一の独立した事
業と認められない場合には、現地における作業に労働基準法が適用される。
労基法違反行為が国外で行われたときは刑法総則の規定により罰則は適用されない。ただし、国
内にある使用者に責任があるときは、この使用者は罰せられる。なお、労基法違反行為が国外で行
われたため罰則の適用がない場合であっても、使用者の民事上の責任を追及することができる(昭
25.8.24 基発 776 号)。
5)日本企業の海外支店における解雇
たとえば、東京にある本社からニューヨーク支店に派遣されている駐在員が解雇された場合,労
基法 20 条の解雇予告の制度は適用されるであろうか。解雇には合理的な理由が必要であるとする
労働契約法 16 条についてはどうか。
伝統的な枠組によれば,刑事罰や行政取締など公権力の行使により実現される「公法」について
は,この点は各法規の地域的通用範囲の問題となるが,民法などの「私法」の領域では,労働契約
にどの国の法を適用すべきかという準拠法の問題が生じる。
では、公法と私法の混合的な性格をもつ労働法においてはどうかというと,行政取締法規として
の労基法は国家権力の行使と強く結びついているので,基本的に属地主義が妥当すると思われる。
これに対し,民事法規としての労基法については
① 「法の適用に関する通則法」7 条により,原則として当事者が通用の有無を選択できるとす
る説
② 労基法は,事業が日本国内に存在する場合に強行的に適用される(絶対的強行法規)と考え
る説
があるが,労基法が刑事制裁や行政取締により実効性を確保するシステムをとっていることから
すると,後者が妥当である(山川「雇用関係法」P29)。
労働安全衛生法や労災保険法,あるいは労働組合法も,労基法と同様に絶対的強行法規にあたる
といえよう(注)。
したがって、前述ニューヨーク支店駐在員の解雇の事案については、国内法である労基法 20 条
及び労契法 16 条が適用されると考えるべきである。
注.「インターナショナル・エア・サービス事件」東京地決昭 40.4.26
「米国企業が日本国内で就労する米国人を解雇した事案につき労働組合法を強行的に適用した
とみられる。
」と、山川 隆一教授は述べておられる(山川「雇用関係法」P29)
。詳細不詳。
⇒ 行政取締法規としての労基法は基本的に属地主義、民事法規としての労基法については事業が日本国内
に存在する場合に強行的に適用される絶対的強行法規、と解するのが妥当である。
39
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3.罰
第1編 労働法総論
第2章 労働関係
則・4.事業の概念
法の適用に関する通則法(平 18.6.21 法律 78 号=旧法例)
(当事者による準拠法の選択)
第7条
法律行為の成立及び効力は、当事者が当該法律行為の当時に選択した地の法による。
(当事者による準拠法の選択がない場合)
第 8 条
前条の規定による選択がないときは、法律行為の成立及び効力は、当該法律行為の当時に
おいて当該法律行為に最も密接な関係がある地の法による。
2
前項の場合において、法律行為において特徴的な給付を当事者の一方のみが行うものであるとき
は、その給付を行う当事者の常居所地法(その当事者が当該法律行為に関係する事業所を有する場合
にあっては当該事業所の所在地の法、その当事者が当該法律行為に関係する二以上の事業所で法を異
にする地に所在するものを有する場合にあってはその主たる事業所の所在地の法)を当該法律行為に
最も密接な関係がある地の法と推定する。
3
第一項の場合において、不動産を目的物とする法律行為については、前項の規定にかかわらず、
その不動産の所在地法を当該法律行為に最も密接な関係がある地の法と推定する。
(当事者による準拠法の変更)
第 9 条
当事者は、法律行為の成立及び効力について適用すべき法を変更することができる。ただ
し、第三者の権利を害することとなるときは、その変更をその第三者に対抗することができない。
(労働契約の特例)
第 12 条
労働契約の成立及び効力について第七条又は第九条の規定による選択又は変更により適
用すべき法が当該労働契約に最も密接な関係がある地の法以外の法である場合であっても、労働者が
当該労働契約に最も密接な関係がある地の法中の特定の強行規定を適用すべき旨の意思を使用者に対
し表示したときは、当該労働契約の成立及び効力に関しその強行規定の定める事項については、その
強行規定をも適用する。
2
前項の規定の適用に当たっては、当該労働契約において労務を提供すべき地の法(その労務を提
供すべき地を特定することができない場合にあっては、当該労働者を雇い入れた事業所の所在地の法。
次項において同じ。
)を当該労働契約に最も密接な関係がある地の法と推定する。
3
労働契約の成立及び効力について第七条の規定による選択がないときは、当該労働契約の成立及
び効力については、第八条第二項の規定にかかわらず、当該労働契約において労務を提供すべき地の
法を当該労働契約に最も密接な関係がある地の法と推定する。
(3)事業の種類
平成 10 年改正前の労基法は、
「この法律は左の各号の一に該当する事業又は事務所について適用
する。」として 1 号~17 号にわたって事業の種類を列挙していた(平成 10 年改正前の労基法 8 条)。
それはほとんどすべての事業を網羅していたので包括適用に近かったが、なお、個人の営むサービ
ス業(塾、翻訳業、警備業など)や選挙事務所などは適用事業に該当せず、適用もれが生じていた。
しかし、平成 10 年の労基法の大改正により第 8 条を削除することにより号別適用方式を廃し包
括適用方式とすることとしたため、適用もれは解消した。
現行法においても、労働時間関係の規定において事業の種類による適用の違いがあるため、従来
の 17 号にわたる事業の種類を整理し 1 号~15 号の事業を労基法別表第一に掲げている。この別表
第一の意義は労働時間関係の規定の区分のために設けられたものであるから、1 号~15 号の事業に
該当しない事業であっても労基法の適用が除外されるものでない。
40
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3.罰
第1編 労働法総論
第2章 労働関係
則・4.事業の概念
労基法別表第一
別表第一 (第三十三条、第四十条、第四十一条、第五十六条、第六十一条関係)
一
物の製造、改造、加工、修理、洗浄、選別、包装、装飾、仕上げ、販売のためにする仕立て、破
壊若しくは解体又は材料の変造の事業(電気、ガス又は各種動力の発生、変更若しくは伝導の事業及
び水道の事業を含む。)
二
鉱業、石切り業その他土石又は鉱物採取の事業
三
土木、建築その他工作物の建設、改造、保存、修理、変更、破壊、解体又はその準備の事業
四
道路、鉄道、軌道、索道、船舶又は航空機による旅客又は貨物の運送の事業
五
ドック、船舶、岸壁、波止場、停車場又は倉庫における貨物の取扱いの事業
六
土地の耕作若しくは開墾又は植物の栽植、栽培、採取若しくは伐採の事業その他農林の事業
七
動物の飼育又は水産動植物の採捕若しくは養殖の事業その他の畜産、養蚕又は水産の事業
八
物品の販売、配給、保管若しくは賃貸又は理容の事業
九
金融、保険、媒介、周旋、集金、案内又は広告の事業
十
映画の製作又は映写、演劇その他興行の事業
十一
郵便、信書便又は電気通信の事業
十二
教育、研究又は調査の事業
十三
病者又は虚弱者の治療、看護その他保健衛生の事業
十四
旅館、料理店、飲食店、接客業又は娯楽場の事業
十五
焼却、清掃又はと畜場の事業
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第1編 労働法総論
第2章 労働関係
5.労働者
5.労働者
(1)労働者の概念
労基法や労組法などの主要法規や判例法理などは、通常「労働者」を対象として適用されるため、
ある労務提供者が労働者に該当するか否かはきわめて重要な判断基準である。しかし、法律の規定
はきわめて概括的であって、労務供給関係の多様化・複雑化に対応しきれていない面があるように
思う。
労働法上の「労働者」の概念は三つに分けられる(私見)
。
第一は労基法上の労働者であり、労働安全衛生法、最低賃金法、労働者災害補償保険法上の労働
者も労基法上の労働者と同一である。第二は労働契約法上の労働者である。これが労基法上の労働
者と同一であるかどうかについては、議論があるところである。第三は労組法上の労働者であり、
この労働者を中心とする団体だけが労組法上の労働組合とみなされる。労組法上の労働者の範囲は、
労基法上の労働者の範囲よりも広い。
第 1-2-1 図 労働者の定義
法
律
労働基準法
条
項
9条
条
文
この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以
下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。
労働契約法
2条1項
この法律において「労働者」とは、使用者に使用されて労働し、賃金
を支払われる者をいう。
労働組合法
3条
この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、賃金、給料その他
これに準ずる収入によつて生活する者をいう。
この三者に共通していることは、労働関係の基礎である使用者・労働者間における「従属的関係
下における労務の提供」
・「賃金の支払い」を軸としていることである。
(2)労働基準法上の労働者
1)
「使用従属関係」及び「賃金支払」の二側面
労働者とは、職業の種類を問わず事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう
(労基法 9 条)。
労働者であるか否かの判断は、
「使用従属関係(指揮監督下の労働)」及び「賃金支払」の二側面
からなされる。この労働者性の判断基準について、旧労働省の諮問機関である「労働基準法研究会」
が昭和 60 年に出した報告書が参考になる。同報告書では、
「使用従属性に関する判断基準」と「労
働者性の判断を補強する要素」に大別し、前者をさらに「指揮監督下の労働」と「報酬の労務対償
性」に関する判断基準とし、使用従属性の判断が困難な事例については、補足的に労働者性を補強
する要素をも考慮して総合的に判断するものとして、次のような枠組みを示している(資料2 58
ページ参照)。
⇒ 労基法上の労働者であるか否かは、「使用従属関係(指揮監督下の労働)」があるか、また「賃金支払」がな
されるか、という二側面から判断される。
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第1編 労働法総論
第2章 労働関係
5.労働者
第 1-2-1 図 労働者性の判断要素
労務提供が指揮監督下で行われること
・諾否の自由の有無
・「使用者」の具体的な指揮命令を受けている
・通常の業務以外の業務にも従事することがある
使用従属性
・勤務場所及び勤務時間が指定されている
・労務提供の代替性が認められている
労働者性の判断
報酬が労務の対償として支払われること
・時間給を基礎として計算される
・欠勤した場合には応分の報酬が控除される
・残業した場合に別の手当が支払われる
事業者性の有無
・本人所有の器具が高価
・報酬が著しく高額
・独自の商号使用が可
労働者性を補強する要素
専属度
・専属性の程度が高い
・報酬に固定部分がある
その他
・労働者として認識している
・就業規則が適用される
つまり、労働者性の判断基準は、原則的には①使用者の指揮監督下における労務提供であるか、
②支払われる報酬が労務の対償であるか(賃金であるか)
、によってなされる。
しかしながら,現実には、指揮監督の程度及び態様の多様性、報酬の性格の不明確さ等から、具
体的事例では「指揮監督下の労働」であるか、「賃金支払」が行われているかということが明確さ
を欠き,これらの基準によって「労働者性」の判断をすることが困難な場合がある。
そのような場合に、「専属度」、「収入額」等の諸要素をも考慮して、総合判断することによって
「労働者性」の有無を判断せざるを得ないものと考える。
2)
「賃金支払」義務がない契約
なお、
「使用従属関係(指揮監督下の労働)
」があり「賃金支払」義務がない契約は形式的には労
働契約に該当しないが、それは実態に即して判断すべきであり、契約書において賃金に関する記載
がなく、賃金の合意がなくても、就労実態が指揮命令下の労働と評価されれば労務供給者は「労働
者」にあたると考えるべきである。土田道夫教授は、ピアノ調律の研修生契約に賃金に関する合意
がないことから直ちに労働契約であることを否定し、賃金請求権も発生しないとして請求を棄却し
た裁判例(「ユーロピアノ事件」東京地裁判決平 14.12.25-注)を批判し「適切でない」と述べて
おられる(土田「労契法」P48)。
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第1編 労働法総論
第2章 労働関係
5.労働者
濱口桂一郎教授も「仮に契約書に「給与は6ヶ月間で1円とする」と書いてあったとすれば、
(法
違反の問題は格別)労働契約でないとの認定はあり得まい。それが『0円』であれば自動的に労働
契約ではなくなると考えるのは著しく不均衡である。」と述べて判決を批判し、
「0円」という賃金
を認めるべきと主張しておられる。
それは、労働基準法の立法者意思を確認すると、「労働基準法9条について『ある種の接客業に
従事する女子の如く、唯単に客より報酬を受けるに過ぎない者』であっても、『客より報酬を受け
うる利益』も賃金に含まれるとされ」
(寺本廣作『労働基準法解説』)るからである、と説明されて
いる(ジュリスト 2004 年 5 月 1/15 日号)。
注.「ユーロピアノ事件」東京地裁判決平 14.12.25
本件契約は「研修を要するピアノ技術者に適用」され、「研修期間中は、本人の技術の向上と会社
の利益に貢献することのバランスをとる前提で業務に従事する。ピアノ販売に関する総合的な知識・
経験の修得も目的とする」。「給与は6か月間は、初級技術習得後はアルバイト料を支給することは
あるが原則無給、その後は時給を支給し、一定技術習得後は月給を支払う」。研修期間は最長2年間
本件契約書には「労働の対償としての賃金を支払うことやその金額、賃金支払開始の具体的時期につ
いての記載はなく、報酬ないし賃金の支払いが当事者の合意の内容となっていないことが認められ
る」。従って、「本件契約には労働契約の不可欠の要素である労働の対償として支払われる賃金につ
いての合意がないから、本件契約は労働契約ではないというべきであるし、同様の理由で雇用契約で
はないというべきである」。
⇒ この「ユーロピアノ事件」の判決のように、労働関係を形式のみにこだわり実態を考慮しない教条主義的態度
は、労働法において排斥されるべきである。
次に、ボランティア活動も問題となることがあるが、西谷 敏教授は、
「純粋のボランティアは『労
働者』ではない。」としながらも、最近、自治体・外郭団体・NPOなどで広がりつつある「有償
ボランティア」について、労基法や最低賃金法の脱法は許されないとの観点から、勤務実態や報酬
の額・性格などの諸事情を勘案して判断されるべきで、「労働者」とみなされる可能性がある、と
述べられている(西谷「労働法」P54)。
⇒ 無償のボランティア活動に従事する者は労働者でないが、有償のボランティアの場合は労働者とみなされる
場合がある。
(3)労働契約法上の労働者
労働契約法は労働契約の関係における労働者と使用者との権利義務の理念や規範を定めたもの
であるが、労働者の定義について「使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者をいう」と
している(契約法 2 条 1 項)。
「使用者に使用されて」とは、労務提供の形態や報酬の労務対償性及びこれらに関連する諸要素
を勘案して使用従属関係が認められるということであり、これが認められる場合には、「労働者」
に該当する。この判断基準は、労働基準法第 9 条の「労働者」の判断と同様の考え方である(平
20.1.23 基発 0123004 号)。つまり、労働契約法においても労基法と同様に、使用従属関係が認め
られることが、労働契約成立、あるいは「労働者」の判断の前提となるものである。
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第1編 労働法総論
第2章 労働関係
5.労働者
また、形式的には民法 632 条の「請負」、同法 643 条の「委任」又は非典型契約で労務を提供す
る者であっても、実態として使用従属関係が認められる場合には、労働契約法の「労働者」に該当
する(同上通達)。
他方、労働基準法は労働関係における労働者保護のために労働関係の基本原則と最低労働条件
を定めたものであるが、労働者の定義について「職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事
業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」と、これまた文言は労働契約法と
酷似している。そして、労基法はその適用される労働関係について「労働契約」という文言を用い
ており、その文言は労働契約法においても使用される(契約法 6 条等)。
この契約法の「使用されて労働し、賃金を支払われる」関係と労基法の「使用され、賃金を支払
われる」関係は同一と考えられる。したがって、労働契約法と労働基準法は、基本的には同一の概
念である労働契約関係を適用対象とするが、労働基準法の場合は「(労基法が適用される)事業に
使用される」という要件が付加されることになる(菅野「労働法」P83)。
たとえば、特定独立行政法人の職員である国家公務員については、労基法の適用を排除している
国公法附則 16 条の規定を特労法 37 条によって適用除外しているので、労基法が全面的に適用され
るが、労働契約法は適用されない(同法 19 条で国家公務員を適用除外している)。
※労働契約成立の時期に関する考察
労基法上の「労働者」と労契法上の「労働者」とでは、その範囲は原則的に同じであるとしても、
労働契約の成立の時期に違いがあるのではないか、と個人的に考えている。それは、労契法では「合
意」が基本であるのに対し、労基法は「事実」重視であるからである。
仮に、労基法は適用事業に「使用される」事実が生じなければ労働契約は成立していないと考え、
労契法の場合は「労働契約は、労働契約の締結当事者である労働者及び使用者の合意のみにより成立
するものであること」
(平 20.1.23 基発 0123004 号)とされるように、
「使用される」ことについての
合意のみで成立する、と整理できればすっきりするが、「使用される」前の段階である採用内定は労
基法の問題ではなく労契法上の問題ということになってしまうし、採用が決定し初日に勤務するため
の通勤途上の災害補償は保護されるのか、という疑問も生じる。初日の通勤災害の問題については第
2編第1章第3節1.(1)2)
(平 22.6.18 第2回)で詳述。
(4)労働組合法上の労働者
労組法上の労働者は「職業の種類を問わず、賃金、給料その他これに準ずる収入によって生活す
る者」と定義される(労組法 3 条)。そして、労務供給者の事業組織への組み入れ、仕事の諾否の
自由、指揮監督を受ける程度、報酬の決定方法などを総合的に判断するにあたり、失業者を含む広
い概念である点を除けば、労基法上の「労働者」の判断の方法とさほど異ならない。
しかし、労組法における「労働者」の定義は、団体交渉助成のための保護を与えるべき者はいか
なる者かという観点から定められたものであるのに対し、労基法の「労働者」の定義は労働条件の
基準を適用すべき者はいかなる者かという観点から定められたものであるので、おのずから違いが
ある。菅野和夫教授は、この違いについて「ヘップサンダル賃加工者のような自宅における賃加工
者は、労組法上の労働者であっても、労基法上の労働者ではありえない。」と説明している(菅野
「労働法」P480)(注)。
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第1編 労働法総論
第2章 労働関係
5.労働者
注.「東京ヘップサンダル工事件」中労委決定昭 35.8.31
「職人は、毎日業者のところへ出頭して、その指図による仕事を受け、その事業計画のままに労働力を提供
して、対価として工賃収入を得ている者であって・・・『賃金、給料その他これに準ずる収入によって生活し
ている者』と認めて差し支えない」と判示した。
なお、一般職の国家公務員(特労法の適用を受ける国家公務員を除く。)及び一般職の地方公務
員(地方公営企業等の労働関係に関する法律の適用を受ける地方公務員を除く。)については、労
組法の適用が除外されているので、労組法上の労働者ではない(国家公務員法附則 16 条、地方公
務員法 58 条 1 項)。
特労法又は地公労法の適用を受ける国家公務員又は地方公務員は、原則として労組法の適用を受
けるので、労組法上の労働者である。
もっとも、一般職の国家公務員又は地方公務員も一般的には民間の労働者によって組織される労
働組合に加入することが禁止されているわけでないから、当該労働組合が労組法上の労働者が主体
となっている(労組法 2 条本文)という条件を害しない限り、一般職の国家公務員又は地方公務員
が労働組合に加入することは原則として差し支えない(昭 24.4.19 労収 239 号)。
(5)「労働者性」に関する個別事例
1)工務店の仕事を請け負う大工は労働者ではない
最近の裁判において、工務店の仕事を請け負う形で稼働していた大工が労災保険上の労働者に当
たるかどうかが争点となった事案で、この研究会報告の判断枠組みに沿って次のような判断を下し
たものがある。
①現場監督に連絡すれば、工期に遅れない限り、仕事を休んだり、所定の時刻より遅れて作業を
開始したり、所定時刻前に作業を切り上げたりすることが自由であったこと、②報酬の取決めは完
全な出来高払いの方式が中心であり、その額は工務店の従業員の給与よりも相当高額であったこと、
③一般的に必要な大工道具一式を自ら所有し現場に持ち込んで使用していたこと、④工務店の就業
規則の適用を受けず、年次有給休暇や退職金制度の適用がなかったこと、⑤医療保険は個人加入で
ある国民健康保険に加入し、所得税は給与所得の取扱いをしていなかったことなどの事実があった。
判決は、工務店の指揮監督のもとに労務を提供していたと評価することはできず、報酬は仕事の
完成に対して支払われたものであって労務の提供の対価として支払われたものとみるのは困難で
あり、自己使用の道具の持込み使用状況、専属制の程度等に照らしても労働基準法上の労働者に該
当せず、労災保険法上の労働者にも該当しない、として労働者性を否定した(「藤沢労基署長事件」
最高裁一小判決平 19.6.26)。
⇒ この事件を受けて神奈川労働基準局管内では、このような一人親方について、労災保険の対象となる特別
加入制度に加入するよう指導しているそうである。
2)芸能プロダクションと歌手志願者との契約は労働契約(労働者)
「被告は、原告の定めた時間内に原告の指定する場所において芸能出演等を行い、被告は出演時
間等を原告の了解なしに変更しないこと、他社交渉をしない旨の義務を負い、原告は被告に対し、
一か月二〇万円の出演料名目の金銭を支払う旨の義務を負う旨の記載があり、これによれば、被告
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第1編 労働法総論
第2章 労働関係
5.労働者
は、原告の一方的指揮命令に従って、芸能出演等に出演し、その対価として原告から定額の賃金を
受けるものというべきであるから、本件契約は、その実質において雇用契約(労働契約)にほかな
らず、労働基準法の適用を受けるものというべきである。」と判示し、本件契約が被用者である被
告の責めに帰すべき事由により解除され、被告が歌手を廃業したため前記諸費用が結果的に無駄に
支出された費用等になったとしても、被告は原告に対し、被告を歌手として売り出すための前記諸
費用の賠償義務を負うものではないとされた(「スター芸能企画事件」東京地裁判決平 6.09.08)。
3)車持ち込み運転手は労働者に当たらない
一般に、労基法、労基法から派生した労安衛法・労災保険法等の労働保護法規、労働契約法理の
適用対象となる「労働者」の範囲は、労基法を基準として決められる。具体的な判断要素としては、
①勤務時間・勤務場所の拘束の程度と有無、②業務の内容及び遂行方法に対する指揮命令の有無、
③仕事の依頼に対する諾否の自由の有無、④機械や器具の所有や負担関係、⑤報酬の額や性格、⑥
専属性の有無などが挙げられており、これらの要素を総合的に考慮して「労働者」に当たるか否か
が判断される。
車持ち込み運転手の労働者性を判断した初の最高裁判決である「横浜南労基署長(旭紙業)事件」
では、「①勤務時間・勤務場所の拘束の程度と有無」、「②業務の内容及び遂行方法に対する指揮命
令の有無」については、一般の従業員と同程度の拘束を受けていないことを重視し、「③仕事の依
頼に対する諾否の自由の有無」、
「⑥専属性の有無」については、それほど重視せずに、次のように
判示し、労働者性を否定している。
「本件事実関係の下においては、Xは、トラックを所有し、自己の危険と計算の下に運送業務に従
事していたものである……。Aは、運送という業務の性質上当然に必要とされる運送物品、運送先及
び納入時刻の指示をしていた以外には、Xの業務の遂行に関し、特段の指揮監督を行っていたとはい
えない。時間的、場所的な拘束の程度も、一般の従業員と比較してはるかに緩やかで…… ある。報
酬の支払方法、租税及び各種保険料の負担等についてみても、Xが労基法上の労働者にあたるとすべ
き事情はない。そうであれば、Xは、専属的にAの製品の運送業務に携わっており、Aの運送係の指
示を拒否する自由はなかったこと、毎日の始業時刻及び終業時刻は、Aの運送係の指示内容によって
事実上決定されることなどを考慮しても、Xは労基法及び労災保険法上の労働者にはあたらない」
(「横浜南労基署長(旭紙業)事件」最高裁一小判決平 8.11.28)
。
4)大学病院の研修医は労働者である
医師国家試験に合格したBは、病院の休診日等を除き,原則的に,午前7時30分から午後10
時まで,本件病院内において,指導医の指示に従って一般外来患者の検査の予約・採血の指示を行
って診察を補助し、問診や点滴を行い,処方せんの作成を行うほか,検査等を見学するなど臨床研
修に従事すべきこととされていた。また、病院は,Bの臨床研修期間中,Bに対して奨学金として
月額6万円の金員及び1回当たり1万円の副直手当を「奨学金等」という名目で支払っていた。
最高裁は、研修医は一般的に労基法の労働者に当たると次のように判示し、Bは労働者であると
した。
「医師は,免許を受けた後も,2年以上大学の医学部若しくは大学附置の研究所の附属施設であ
る病院又は厚生大臣の指定する病院において,臨床研修を行うように努めるものとすると定めてい
る。この臨床研修は,医師の資質の向上を図ることを目的とするものであり,教育的な側面を有し
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第1編 労働法総論
第2章 労働関係
5.労働者
ているが,そのプログラムに従い,臨床研修指導医の指導の下に,研修医が医療行為等に従事する
ことを予定している。そして,研修医がこのようにして医療行為等に従事する場合には,これらの
行為等は病院の開設者のための労務の遂行という側面を不可避的に有することとなるのであり,病
院の開設者の指揮監督の下にこれを行ったと評価することができる限り,上記研修医は労働基準法
9条所定の労働者に当たるものというべきである。」(「関西医科大学事件」最高裁二小判決平
17.6.3)
5)証券会社の外務員は労働者でない
会社の顧客から株式その他の有価証券の売買又はその委託の媒介、取次又はその代理の注文を受
けた場合、これを右会社に通じて売買その他の証券取引を成立させるいわゆる外務行為に従事すべ
き義務を負担し外務員契約で働いていた者は、雇傭契約ではなく、委任若しくは委任類似の契約で
あり、少くとも労働基準法の適用さるべき性質のものでない、と次のように判示した。
「原判示によれば、有価証券の売買取引を業とするA株式会社と上告人との間に成立した外務員
契約において、上告人は外務員として、右会社の顧客から株式その他の有価証券の売買又はその委
託の媒介、取次又はその代理の注文を受けた場合、これを右会社に通じて売買その他の証券取引を
成立させるいわゆる外務行為に従事すべき義務を負担し、右会社はこれに対する報酬として出来高
に応じて賃金を支払う義務あると同時に上告人がなした有価証券の売買委託を受理すべき義務を
負担していたものであり、右契約には期間の定めがなかったというのであるから、右契約は内容上
雇傭契約ではなく、委任若しくは委任類似の契約であり、少くとも労働基準法の適用さるべき性質
のものでないと解するを相当とする。」(
「山崎証券事件」最高裁一小判決昭 36.5.25)
(6)請負と労働関係
民法の請負とは「当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対
してその報酬を支払うことを約する」ものである(民法 632 条)。それは、
「当事者の一方が相手方
に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約する」雇用
契約(民法 623 条)とは異なり、請負契約による下請負人は、自己の業務として注文主から独立し
て処理する限り、労基法上の労働者となることはない(昭 23.1.9 基発 14 号)。
しかし、形式上は請負のような形をとっていても、その実態において使用従属関係が認められ
るときは労働関係ありと判断され、当該請負人は労基法上の労働者であることになる。この実態
判断についての基準を示すものとして、次の規定が参考になる。
①
職業安定法が定める労働者供給事業と請負との区別(職安則4条)
②
労働者派遣法に基づく労働省派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準
(昭 61.4.17 労告 37 号)
。
1)労働者供給事業と請負との区別
形式が請負契約であっても、次の各号のすべてに該当する場合を除き、労働者供給の事業を行う
者とする。また、次のすべてに該当する場合であっても、違反することを免れるため故意に偽装さ
れたものであつてその事業の真の目的が労働力の供給にあるときは、労働者供給の事業を行う者で
あることを免れることができない(職安則4条)。
つまり、職安法の観点からは事業者性の有無に重点を置いて、次の①~④のすべてに該当するも
のが「請負」であると解している。
①
作業の完成について事業主としての財政上及び法律上のすべての責任を負うものであるこ
と。
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第1編 労働法総論
第2章 労働関係
5.労働者
②
作業に従事する労働者を、指揮監督するものであること。
③
作業に従事する労働者に対し、使用者として法律に規定されたすべての義務を負うものであ
ること。
④
自ら提供する機械、設備、器材(業務上必要なる簡易な工具を除く。)若しくはその作業に
必要な材料、資材を使用し又は企画若しくは専門的な技術若しくは専門的な経験を必要とする
作業を行うものであつて、単に肉体的な労働力を提供するものでないこと。
請負であると主張できる要点は、①財政上・法律上の事業主責任を負うこと、②労働者を直接
指揮監督すること、③自ら提供する機材を使って専門的な技術・経験を必要とする作業を行うも
のであること、である。
⇒ 労働者供給事業と請負との区別は、業務を請け負うことに事業者性(機材・設備の保持、危険負担など)が
あるのか、それとも単なる労働力の提供に過ぎないのかがポイントである。
2)労働者派遣事業と請負
請負の形式による契約により行う業務に自己の雇用する労働者を従事させることを業として行
う事業主であっても、当該事業主が当該業務の処理に関し次の各号のいずれにも該当する場合を除
き、労働者派遣事業を行う事業主とする。また、次の各号のいずれにも該当する事業主であっても、
それが法の規定に違反することを免れるため故意に偽装されたものであつてその事業の真の目的
が労働者派遣を業として行うことにあるときは、労働者派遣事業を行う事業主であることを免れる
ことができない(昭 61.4.17 労告 37 号)。
つまり、派遣法の観点からは労働者が注文主(派遣先)の指揮命令下にあるかに重点を置いて、
次の①及び②のいずれにも該当するものが「請負」であると解している。
①
次のイ、ロ及びハのいずれにも該当することにより自己の雇用する労働者の労働力を自ら直
接利用するものであること。
イ
次のいずれにも該当することにより業務の遂行に関する指示その他の管理を自ら行うも
のであること。
a.労働者に対する業務の遂行方法に関する指示その他の管理を自ら行うこと。
b.労働者の業務の遂行に関する評価等に係る指示その他の管理を自ら行うこと。
ロ
次のいずれにも該当することにより労働時間等に関する指示その他の管理を自ら行うも
のであること。
a.労働者の始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇等に関する指示その他の管理(こ
れらの単なる把握を除く。)を自ら行うこと。
b.労働者の労働時間を延長する場合又は労働者を休日に労働させる場合における指示その
他の管理(これらの場合における労働時間等の単なる把握を除く。)を自ら行うこと。
ハ
次のいずれにも該当することにより企業における秩序の維持、確保等のための指示その他
の管理を自ら行うものであること。
a.労働者の服務上の規律に関する事項についての指示その他の管理を自ら行うこと。
b.労働者の配置等の決定及び変更を自ら行うこと。
②
次のイ、ロ及びハのいずれにも該当することにより請負契約により請け負つた業務を自己の
業務として当該契約の相手方から独立して処理するものであること。
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第1編 労働法総論
第2章 労働関係
5.労働者
イ
業務の処理に要する資金につき、すべて自らの責任の下に調達し、かつ、支弁すること。
ロ
業務の処理について、民法、商法その他の法律に規定された事業主としてのすべての責任
を負うこと。
ハ
次のいずれかに該当するものであつて、単に肉体的な労働力を提供するものでないこと。
a.自己の責任と負担で準備し、調達する機械、設備若しくは器材(業務上必要な簡易な工
具を除く。)又は材料若しくは資材により、業務を処理すること。
b.自ら行う企画又は自己の有する専門的な技術若しくは経験に基づいて、業務を処理する
こと。
請負であると主張できる要点は、
①
請負業者が自己の雇用する労働者の労働力を自ら直接利用するものであること
②
請負業者が自己の業務として当該契約の相手方から独立して処理するものであること
の2つを満たすことである。
⇒ 労働者派遣事業と請負との区別は、派遣元の事業者性よりも派遣先事業が労働者を直接指揮命令するの
か否かがポイントである。
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第1編 労働法総論
第2章 労働関係
6.使用者
6.使用者
(1)使用者の概念
1)労働基準法上の使用者
使用者とは、事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業
主のために行為をするすべての者をいう(労基法 10 条)。つまり、使用者とは、次の①~③をいう
ものである。
①
事業主
②
事業の経営担当者
③
その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者
使用者の概念は事業主や経営者だけでなく、かなり広い点に注意しなければならない。
通達では、
「『使用者』とは本法各条の義務についての履行の責任者をいい、その認定は部長、課
長等の形式にとらわれることなく各事業において、本法各条の義務について実質的に一定の権限を
与えられているか否かによるが、かかる権限が与えられておらず、単に上司の命令伝達者にすぎぬ
場合は使用者とみなされないこと。」としており、実質的権限に重点を置くこととしている(昭
22.9.13 発基 17 号)。
裁判例でも、「本件のような具体的事実関係において使用者に該当するものと認められるものが
多数存する場合において何人が当該行為者として責に任ずるべきものであるかは具体的事実につ
きその何れが法益侵害行為者と認むべきかによって決定されるべきものであって、場合によっては
行為者として責に任ずべき者が重複的に存在することも敢えて不可ではないというべきである。」
と、具体的事実に基づいて決定されるべきとしているものがある(「東芝電気川岸工場事件」東京
高裁判決昭 25.12.19)。
また、上記裁判例において判示しているように、「使用者」は具体的事実においてその実質的な
責任が誰にあるのかによって決まるものであるから、その概念は相対的なものである。その者が労
働者であっても、同時にある事項について権限と責任をもっていれば、その事項に関しては使用者
となる場合があるのである。したがって、企業内で比較的地位の高い取締役、工場長、部長、課長
等の者から作業現場監督といわれるそれほど地位が高くない者に至るまで、その権限と責任に応じ
て「使用者」に該当することになる。単に地位の高低だけでは「使用者」となるかどうかを結論づ
けることができない(厚労省「労基法コメ」上巻 P152)。
2)労働契約法上の使用者
労契法の使用者とは、労働者と相対する労働契約の締結当事者であり、その使用する労働者に対
して賃金を支払う者」である。
したがって、個人企業の場合はその企業主個人を、会社その他の法人組織の場合はその法人その
ものをいうものであり、労基法の使用者の範囲の①に当たる。つまり、労契法の使用者の範囲は労
基法のそれより狭い。
3)労働組合法上の使用者
労組法上の使用者とは、労働組合活動を中心とするいわゆる集団的労使関係の一方の当事者を意
味するものであり、労働委員会が救済命令を発する際の名宛人たる「使用者」、すなわち経営主体
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第1編 労働法総論
第2章 労働関係
6.使用者
(事業主)である(注)
。
したがって、法人であれば法人そのものが使用者であり、その点では労契法上の使用者と同じで
ある。
注.「済生会中央病院事件」最高裁三小判決昭 60.7.19
「法人組織において右の使用者にあたる者は当該法人以外には存在しないのであるから、救済命令の名宛
人となるべき者は右法人以外には考えられず、また、右構成部分は法人組織に含まれるもので両者は全体と
部分の関係にある一体のものであるから、右構成部分を名宛人とする救済命令は、実質的には右構成部分を
含む当該法人を名宛人とし、これに対し命令の内容を実現することを義務付ける趣旨のものと解するのが相
当である。」
⇒ 労契法及び労組法上の「使用者」は、経営主体(事業主)を指す。
⇒ これに対し労基法上の使用者は、経営主体(事業主)のほかに経営担当者及び事業主のために行為す
るすべての者が含まれ、その範囲は相対的、かつ、広範囲である。
(2)労働者派遣法における使用者責任
使用者としての責任は、一般的には労働契約関係がある労働者に対して負うものであるが、派遣
労働者を受け入れる事業においては、就労の実態が派遣先において行われる特殊性から、労働者派
遣法は、労働者派遣を受け入れる派遣先事業主の使用者責任について特例を設けており、派遣先事
業主も派遣元事業主と分担して又は共同で責任を負うこととしている(派遣法 44 条、45 条、47
条の 2)。
具体的には、派遣労働者に係る労働時間管理、休憩、休日に関する労基法上の使用者責任を派遣
先事業主に負わせるが、派遣労働者の労働時間等の枠組みの設定に関する事項である①1か月単位
の変形労働時間制、②フレックスタイム制、③1年単位の変形労働時間制の手続き、④時間外・休
日労働協定(三六協定)の締結・届出については派遣元事業主がその義務を負うことになる(労基
法 32 条以下の規定について。)。そして、派遣先事業主は、派遣元事業主が組んだ変形労働時間制
の枠組みの範囲内で派遣労働者を使用することができる。
その他、労働安全衛生法上の安全配慮義務、均等法上のセクハラに対する雇用管理上の配慮義務
等(事業主責任)等についても派遣元事業主と分担して使用者責任を負うものとされている(安衛
法 3 条、均等法 11 条について。)。
詳細については、資料3(68 ページ)に掲げた。
⇒ 派遣労働者に対する労基法上の使用者責任は、労働時間・休憩・休日に関しては派遣先事業主が問
われる。
⇒ 派遣労働者を時間外労働に従事させるときは、派遣元(人材派遣会社)において三六協定が締結されて
いなければならない。
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第1編 労働法総論
第2章 労働関係
6.使用者
(3)使用者の安全配慮義務
安全配慮義務という概念は、今まで法令に明文化されていたわけではなかったが、判例法理とし
て確立してきたものである。それが、平成 20 年 3 月より施行された労働契約法によって、「使用
者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、
必要な配慮をするものとする。」(契約法 5 条)と、明文化されるに至った。
安全配慮義務は、契約に付随して使用者に課せられる当然の責務であり、その根拠は民法の不法
行為、債務不履行、労働安全衛生法の安全・健康確保義務などの条項に由来するといわれる。具体
的には、「危険を予見し」その「危険を回避する措置を講じる」義務である。
安全配慮義務は、かつては主に工業(製造業)など薬品や重機などの危険物を取り扱う職場で比
較的早くから問題とされてきた。最近では、後述する「電通損害賠償事件」のようなサービス業等
で安全配慮義務が問題となる事案が増大してきており、その内容も業務上の負荷や長時間労働によ
る「過労死」
、うつ病による自殺などが目立ってきており、損害賠償額が高額化してきている。
具体的には、第2.第1章第4節2.(1)で記述する(第2回(6月)を予定)。
(4)子会社労働者に対する親会社の責任
「親会社」とは、ある株式会社の議決権総数の過半数を有するなどして当該株式会社(子会社)
の経営を支配している株式会社・持株会社等である。その親会社が子会社の労働者に対し労働契約
上の責任を負わないことは、原則として当然である。ただし、
「法人格否認の法理」
(注)が適用さ
れて、子会社の労働者が親会社に対し責任を問うことができる場合がある。
注.「法人格否認の法理」
特定の事案について会社の法人格の独立性を否定し、会社とその背後の株主とを同一視して事案の公平な解
決を図る法理であり、親子会社間の法人格の異別性を否認する形で雇用契約の継承が肯定される。
法人格否認の法理が適用されるのは、①法人格が濫用されている場合、又は②法人格が形骸化している場合
である。
法人格が濫用されているか否かは、次のいずれをも要すると解するのが相当である(「徳島船井
電機事件」徳島地裁判決昭 50.7.23)。
①
背後の実体である親会社が、子会社を現実的・統一的に支配しうる地位にあり、子会社とそ
の背後にある親会社とが実質的に同一であること(支配の要件)
②
背後の実体である親会社が会社形態を利用するにつき違法または不当な目的を有している
こと(目的の要件)
法人格否定の法理が適用されるべきか否かが争点となった裁判例をみると、かつては肯定したも
のが多かったが近年は否定するものが目立つようになっているという(下井「労基法」P35)。
1)肯定例:「徳島船井電機事件」徳島地裁判決昭 50.7.23
「A会社は実質上B会社の一製造部門にすぎず、経済的には単一の企業体とみられるのみならず、
現実的にも、同社はA会社の企業活動のすべての面にわたって統一的に支配しており、本件解散も
その指導と是認とのもとに行なわれたことは前記認定のとおりであるから、前記偽装解散及び法人
格否認の法理によりA会社の解散による解雇はB会社に対する関係では無効で、右解雇と同時に、
同社従業員の雇用契約上の地位は、そのままB会社に承継せられたものといわねばならない。」
2)否定例:「大阪空港事業事件」大阪地裁判決平 12.9.20
「被告とA会社との間に出資関係はなく、役員についても全く交流はなかったものであって、い
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第1編 労働法総論
第2章 労働関係
6.使用者
わゆる親子会社でもなく、被告とA会社が経済的同一性を有していたということはできない。原告
らは、A会社に独立した請負業者としての実態がなかった旨主張するところ、その業務が被告の業
務と混同していたり、被告の指示に基づいてなされており、労働者派遣法に反する旨の指摘を受け
たことは認められるものの、それ故直ちに右業務に従事する者が被告の従業員となる訳ではなく、
これらの従業員についてもその出退勤はA会社において管理し、その賃金はA会社から支払われて
いたものであって、右事実をもってA会社の法人としての実体を否定することにはならない。」
※違法派遣の法的性質
平成 12 年の「大阪空港事業事件」では違法派遣について、
「それ故直ちに右業務に従事する者が被
告の従業員となる訳ではな(い)
」と、派遣労働者と派遣先との労働契約の存在を否定している。
「松下プラズマディスプレイ(偽装請負)事件」大阪高裁判決平 20.4.25 では、違法な派遣により生じ
た派遣労働者と派遣先との間の使用従属関係は、法的には黙示の労働契約が成立したと判断したが、最
高裁は、請負事業から支給を受けていた給与等の額を注文者が事実上決定していたといえるような事情
もうかがわれず,請負人が配置を含む被上告人の具体的な就業態様を一定の限度で決定し得る地位にあ
ったものと認められる、として雇用契約関係が黙示的に成立していたものと評価することはできない、
とした(
「松下プラズマディスプレイ(偽装請負)事件」最高裁二小判決平 21.12.18)。
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第1編 労働法総論
第2章 労働関係
7.賃 金
7.賃 金
(1)賃金の概念
賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働
者に支払うものをいう(労基法 11 条)。
労働者にとって、賃金が唯一の生活費収入であるから、労働保護法規としての労基法はこれをな
るべく広く捉え、労働の対償性があれば、通貨(現金)でなく現物であっても賃金としている。た
だし、現物で支払うためには労働協約が必要である。しかし、賃金が現実に支払われている態様は
きわめて多様で、何が賃金であるかを見極めることは困難であることが多い。
労基法 11 条は、
「賃金」の概念を、①労働の対償性があるもの、②使用者が労働者に支払うもの、
と二側面から規定し、名称のいかんを問わないとしている。
(2)「労働の対償性」の判断基準
「労働の対償」であるかどうかは、給付の性質や内容によって判断されることになるが、その判
断もやはり容易ではない。そこで、行政は、実務上、次の3点から労働の対償性を判断している。
1)任意的恩恵的給付
任意的恩恵的であるものは、賃金とされない。たとえば、使用者が任意に慶弔見舞金を与える場
合は賃金とみないが、その支給について就業規則等により支給条件が明確にされたものは、労働の
対償として賃金と認められる(昭 22.9.13 発基 17 号)(注)
。
注.就業規則等により支給条件が明確にされた慶弔見舞金は労基法上の賃金であるが、実務上の取扱いとして、
労災保険や雇用保険の保険料算定基礎となる「賃金総額」には含めない。
2)福利厚生給付
労働者の福利厚生のために支給する利益、費用は、賃金とされない。なお、「福利厚生施設の範
囲はなるべく広く解釈すること」とする解釈例規がある(昭 22.12.9 基発 452 号)。たとえば、住
宅の貸与は原則として賃金とはされないが、住宅の貸与を受けない者に対して定額の均衡手当が支
給されている場合は、住居の利益の評価額を限度として住宅貸与の利益は賃金であると解される
(厚労省「労基法コメ」上巻 P158)
。
食事の供与については、次のような通達がある。
「食事の供与(労働者が使用者の定める施設に住み込み1日に2食以上支給を受けるような特
殊の場合のものを除く)は、その支給のための代金を徴収すると否とを問わず、次の各号の条件
を満たす限り、原則として、これを賃金として取扱わず福利厚生として取扱うこと。
①
食事の供与のために賃金の減額を伴わないこと。
②
食事の供与が就業規則、労働協約等に定められ、明確な労働条件の内容となっている場合
でないこと。
③
食事の供与による利益の客観的評価額が、社会通念上、僅少なものとみとめられるもので
あること。」
(昭 30.10.10 基発 644 号)
3)企業設備・業務費
作業服、作業用品代、出張旅費、社用交際費、器具損料などは、賃金とされない。通勤手当ない
し通勤定期券は労働契約の原則からいえば労働者が負担すべきものであるので業務費に該当せず、
賃金とされる。
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第1編 労働法総論
第2章 労働関係
7.賃 金
賃金であるかどうか判断するのは実務上なかなか難しいが、紛らわしいものについて、第2.第
2章賃金の項で個別に説明を加える。(第4回(8月)を予定)
(3)使用者が支払うもの
賃金の概念の2つ目は「使用者が労働者に支払うもの」であるから、たとえば、旅館の従業員等
が客から受け取るチップは賃金ではない(昭 23.2.3 基発 164 号)。しかし、料理店や風俗店などに
おいて客から受けるチップのみで生活している者の場合は、チップ収入を受けるために必要な営業
設備を使用し得る利益そのものが賃金に当たると解される。
なお、チップに類するものであっても、使用者が奉仕料として一定率を定め、客に請求し収納し
たものを当日出勤した労働者に全額を均等配分している場合は、賃金である。
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第1編 労働法総論
第1章 労働関係
資 料
資料2(P42 関係)
労働基準法研究会が示した「労働者性」判断基準
労働基準法研究会報告
労働基準法の「労働者」判断基準について
昭和60年12月19日
第1
労働基準法の「労働者」の判断
1.労働基準法第 9 条は、その適用対象である「労働者」を「使用される者で、賃金を支払われる者を
いう」と規定している。これによれば、
「労働者」であるか否か、すなわち「労働者性」の有無は「使
用される=指揮監督下の労働」という労務提供の形態及び「賃金支払」という報酬の労務に対する対
償性、すなわち報酬が提供された労務に対するものであるかどうかということによって判断されるこ
ととなる。この二つの基準を総称して,
「使用従属性」と呼ぶこととする。
2.しかしながら,現実には、指揮監督の程度及び態様の多様性、報酬の性格の不明確さ等から、具体
的事例では「指揮監督下の労働」であるか、
「賃金支払」が行われているかということが明確性を欠き,
これらの基準によって「労働者性の判断をすることが困難な場合がある。
このような限界的事例については、
「使用従属性」の有無すなわち「指揮監督下の労働」であるか、
「報酬が賃金として支払われている」かどうかを判断するに当たり、
「専属度」、
「収入額」等の諸要素
をも考慮して、総合判断することによって「労働者性」の有無を判断せざるを得ないものと考える。
3.なお、
「労働者性」の有無を法律、制度等の目的、趣旨と相関させて、ケース・パイ・ケースで「労
働者」であるか否かを判断する方法も考え得るが、少なくとも、労働基準法関係法制については、使
用従属の関係にある労働者の保護を共通の目的とするものであり、また、全国画一的な監督行政を運
営していく上で、
「労働者」となったり、ならなかったりすることは適当でなく、共通の判断によるべ
きものであろう。
収入額
指揮監督下の労働
労働者性 = 使用従属性
専属度
報酬の労務に対する対償性
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第1編 労働法総論
第1章 労働関係
資 料
第2
「労働者性」の判断基準
以上のように「労働者牲」の判断に当たっては、雇用契約、請負契約といった形式的な契約形式の
いかんにかかわらず、実質的な使用従属関係を、労務提供の形態や報酬の労務対償性及びこれらに関
連する諸要素をも勘案して総合的に判断する必要がある場合があるので、その具体的判断基準を明確
にしなければならない。
この点については、現在の複雑な労働関係の実態のなかでは、普遍的な判断基準を明示することは、
必ずしも容易ではないが、多数の学説、裁判例等が種々具体的判断基準を示しており、次のように考
えるべきであろう。
1.「使用従属牲」に関する判断基準
′
(1)「指揮監督下の労働」に関する判断基準
労働が他人の指揮監督下において行われているかどうか、すなわち他人に従属して労働を提供して
いるかどうかに関する判断基準としては、種々の分類があり得るが、次のように整理することができ
よう。
イ 仕事の依頼.業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無
「使用者」の具体的な仕事の依頼、業務従事の提示等に対して諾否の自由を有していれば、他人に
従属して労務を提供するとは言えず、対等な当事者間の関係となり、指揮監督関係を否定する重要な
要素となる。
これに対して、具体的な仕事の依頻、業務従事の指示等に対して拒否する自由を有しない場合は、
一応,指揮監督関係を推認させる重要な要素となる。なお、当事者間の契約によっては.一定の包括
的な仕事の依親を受諾した以上、当該包括的な仕事の一部である個々具体的な仕事の依頼については
拒否する自由が当然制限される場合があり、また、専属下請けのように事実上、仕事の依頼を拒否す
ることができないという場合もあり、このような場合には、直ちに指揮監督関係を肯定することはで
きず、その事実関係だけでなく、契約内容等も勘案する必要がある。
ロ
業務遂行上の指揮監督の有無
(イ)業務の内容及び遂行方法に対する指揮命令の有無
業務の内容及び遂行方法について「使用者」の具体的な指揮命令を受けていることは、指揮監督
関係の基本的かつ重要な要素である。しかしながら、この点も指揮命令の程度が重要であり、通常
注文者が行う程度の指示等に止まる場合には、指揮監督を受けているとは言えない。なお、管弦楽
団、バンドマンの場合のように、業務の性質上放送局等「使用者」の具体的な指揮命令になじまな
い業務については、それらの者が放送事業等当該事業の遂行上不可欠なものとして事業組織に組み
入れられている点をもって、
「使用者」の一般的な指揮命令を受けていると判断する裁判例(注)が
あり、参考にすべきであろう。
注.
「中部日本放送(CBC管弦楽団)事件」最高裁一小判決昭 51.05.06
「本件の自由出演契約が、会社において放送の都度演奏者と出演条件等を交渉して個別的に契約を
締結することの困難さと煩雑さとを回避し、楽団員をあらかじめ会社の事業組織のなかに組み入れて
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第1編 労働法総論
第1章 労働関係
資 料
おくことによって、放送事業の遂行上不可欠な演奏労働力を恒常的に確保しようとするものであるこ
とは明らかであり、この点においては専属出演契約及び優先出演契約と異なるところがない。」とし
て、楽団員は、労働組合法の適用を受けるべき労働者にあたると判示した。
(ロ)その他
そのほか「使用者」の命令、依頼等により通常予定されている業務以外の業務に従事することが
ある場合には「使用者」の一般的な指揮命令を受けているとの判断補強する重要な要素となろう。
ハ
拘束牲の有無
勤務場所及び勤務時間が指定され・管理されていることは,一般的には、指揮監督関係の重要な
要素である。しかしながら、業務の性質上(例えば、演奏)安全を確保する必要上(例えば、建設)
等から必然的に勤務場所及び勤務時間が指定される場合があり、当該指定が業務の性質等によるも
のか、業務の遂行を指揮命令する必要によるものか見極める必要がある。
ニ
代替性の有無-指揮監督関係の判断を補強する要素-
本人に代わって他の者が労働を提供することが認められているか否か、また、本人が自らの判断
によって補助者を使うことが認められているか否か等労務提供に代替牲が認められているか否か
は、指揮監督関係そのものに関する基本的な判断基準ではないが、労務提供の代替性が認められて
いる場合には、指揮監督関係を否定する要素のひとつとなる。
(2)報酬の労務対償性に関するする判断基準
労働基準法第 11 条は、
「賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対
象として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。」と規定している。すなわち.使用者が労働者
に対して支払うものであって、労働の対償であれは、名称の如何を問わず「賃金」である。この場合
の「労働の対償」とは、結局において「労働者が使用者の指揮監督の下で行う労働に対して支払うも
の」と言うべきものであるから、報酬が「賃金」であるか否かによって逆に「使用従属性」を判断す
ることはできない。
しかしながら、報酬が時間給を基礎として計算される等労働の結果による較差が少ない、欠勤した
場合には応分の報酬が控除され、いわゆる残業をした場合には通常の報酬とは別の手当が支給される
等報酬の性格が使用者の指揮監督の下に一定時間労務を提供していることに対する対価と判断される
場合には、「使用従属牲」を補強することとなる。
2.「労働者性」の判断を補強する要素
前述のとおり、「労働者性」が問題となる限界的事例については、「使用従属性」の判断が困難な場合
があり、その場合には、以下の要素をも勘案して、総合判断する必要がある。
(1)事業者性の有無
労働者は機械、器具、原材料等の生産手段を有しないのが通例であるが、最近におけるいわゆる傭
車運転手のように、相当高価なトラック等を所有して労務を提供する例がある。このような事例につ
いては、前記 1 の基準のみをもって「労働者性を判断することが適当でなく、その者の「事業者性」
の有無を併せて、総合判断することが適当な場合もある。
59
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第1編 労働法総論
第1章 労働関係
資 料
イ
機械、器具の負担関係
本人が所有する機械、器具が安価な場合には問題ないが.著しく高価な場合には自らの計算と危険
負担に基づいて事業経営を行う「事業者」としての性格が強く、
「労働者性」を弱める要素となるもの
と考えられる。
ロ
報酬の額
報酬の額が当該企業において同様の業務に従事している正規従業員に比して著しく高額である場合
には、上記イと関連するが、一般的には、当該報酬は、労務提供に対する賃金ではなく、自らの計算
と危険負担に基づいて事業経営を行う「事業者」に対する代金の支払と認められ、その結果、
「労働者
性」を弱める要素となるものと考えられる。
ハ
その他
以上のほか、裁判例においては、業務遂行上の損害に対する責任を負う、独自の商号使用が認めら
れている等の点を「事業者」としての性格を補強する要素としているものがある。
(2)専属制の程度
特定の企業に対する専属制の有無は、直接に「使用従属制」の有無を左右するものでなく、特に専
属制がないことをもって労働者性を弱めることとならないが、
「労働者性」の有無に関する判断を補強
する要素のひとつと考えられる。
イ
他社の業務に従事することが制度上制約され、また、時間的余裕がなく事実上困難である場合に
は、専属制の程度が高く、いわゆる経済的に当該企業に従属していると考えられ、
「労働者性」を補強
する要素のひとつと考えて差し支えないであろう。なお、専属下請のような場合については、上記 1(1)
イと同様留意する必要がある。
ロ
報酬に固定部分がある、業務の配分等により事実上固定給となっている。その額も生計を維持し
うる程度のものである等報酬に生活保障的な要素が強いと認められる場合には、上記イと同様、
「労働
者性」を補強するものと考えて差し支えないであろう。
(3)その他
以上のほか、裁判例においては、①採用、委託等の際の選考過程が正規従業員の採用の場合とほと
んど同様であること、②報酬について給与所得として源泉徴収を行っていること、③労働保険の適用
対象としていること、④服務規律を適用していること、⑤退職金制度、福利厚生を適用していること
等「使用者」がその者を自らの労働者と認識していると推認される点を「労働者性」を肯定する判断
の補強事由とするものがある。
60
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第1編 労働法総論
第1章 労働関係
資 料
第3
具体的事案
1.傭車運転手
いわゆる「傭車運転手」とは,自己所有のトラック等により,他人の依頼、命令等に基づいて製品等
の運送業務に従事する者であるが,その「労働者性」の判断に当たっては,一般にその所有するトラッ
ク等が高価なことから.「使用従属性」の有無の判断とともに,「事業者」としての性格の有無の判断も
必要となる。
‘
〔判断基準〕
(1) 使用従属性に関する判断基準
イ
「指揮監督下の労働」に関する基準
(イ) 仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無
当該諾否の自由があることは.指揮監督関係の存在を否定する重要な要素となるが、一方,当
該諾否の自由がないことは.契約内容等による場合もあり,指揮監督関係の存在を補強するひと
つの要素に過ぎないものと考えられる。
(ロ) 業務遂行上の指揮監督の有無
①
業務の内容及び遂行方法に対する指揮命令の有無
運送物品,運送先及び納入時刻の指定は,運送と一いう業務の性格上当然であり,これらが指
定されていることは業務遂行上の指揮監督の有無に関係するものではない。
運送経路、出発時刻の管理,運送方法の指示等がなされ,運送業務の遂行が「使用者」の管理
下で行われていると認められる場合には、業務遂行上の指揮命令を受けているものと考えられ,
指揮監督関係の存在を肯定する重要な要素となる。
②
その他
当該「傭車運転手」が契約による運送という通常の業務のほか,
「使用者」の依頼,命令等によ
り他の業務に従事する場合があることは、当該運送業務及び他の業務全体を通じて指揮監督を受
けていることを補強する重要な要素となる。
(ハ) 拘束性の有無
勤務場所及び勤務時間が指定,管理されていないことは,指揮監督関係の存在を否定する重要な
要素となるが、一方、これらが指定、管理されていても,それはその業務内容から必然的に必要と
なる場合もあり,指揮監督関係の存在を肯定するひとつの要素となるに過ぎないものと考えられる。
(ニ) 代替性の有無-指揮監督関係の判断を補強する要素-
他の者が代わって労務提供を行う,補助者を使う等労務提供の代替性が認められている場合には,
指揮監督関係を否定する要素となるが、一方、代替性が認められていない場合には,指揮監督関係
の存在を補強する要素のひとつとなる。
ロ
報酬の労務対償性の有無の判断基準
報酬が,出来高制ではなく.時間単位,日単位で支払われる畢合には、下記((2).ィ,ロ)のよう
にその額が高い場合であっても報酬の労務対償性が強く,
「使用従属性」の存在を補強する重要な要素
となる。
(2)
「労働者性」の判断を補強する要素
イ
事業者性の有無
(イ)機械.器具の負担関係
61
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第1編 労働法総論
第1章 労働関係
資 料
「傭車運転手」は高価なトラック等を自ら所有するのであるから.一応,
「事業者性」があるも
のと推認される。
(ロ) 報融の額
報酬の額が同社の同種の業務に従事する正規従業員に此して著しく高額な場合には、当該報酬は、
事業者に対する運送代金の支払と考えられ、
「労働者性」を弱める要素となる。ただし、報酬の算定
方法によっては、報酬の額が著しく高額なことそのことが「労働者性」を弱める要素とはならない
場合もある(上記(1)、ロ参照)
。
ロ
専属性の程度
(イ) 他社の業務に従事することが制約され、又は他社の業務に従事する場合であっても、それが「使
用者」の紹介、斡旋等によるものであるということは、専属性の程度を高めるという意味であり、
「労働者性」を補強する要素のひとつとなる場合もあるものと考えられる。
(ロ) 報酬に固定給部分がある等生活保障的要素が強いと認められる場合にも、上記(イ)と同様、
「労
働者性」を補強する要素のひとつになるものと考えられる。
ハ
その他
報酬について給与所得として源泉徴収を行っているか否か、労働保険の適用対象としているか否
か、服務規律を適用しているか否か等は、当事者の認識を推認する要素であり、当該判断を補強す
るものとして考えて差し支えないであろう。
2.在宅勤務者
いわゆる「在宅勤務者」とは、自宅において就業する労働者をいうが、このような就業形態の者は
今後増加していくものと考えられることから、自営業者、家内労働者と区別し、どのような形態の「在
宅勤務者」が労働基準法第9条の「労働者」に該当するか、その判断基準を明確にする必要がある。
〔判断基準〕
(1)「使用従属性」に関する判断基準
イ
「指揮監督下の労働」に関する判断基準
(イ)仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無
当該諾否の自由があることは、指揮監督関係を否定する重要な要素となるが、一方、当該諾否
の自由がないことは、契約内容等による場合もあり、指揮監督関係の存在を補強するひとつの要
素に過ぎないものと考えられる。
(ロ)業務遂行上の指揮監督の有無
会社が業務の具体的内容及び遂行方法を指示し、業務の進捗状況を本人からの報告等により把
握、管理している場合には、業務遂行過程で「使用者」の指揮監督を受けていると考えられ、指
揮監督関係を肯定する重要な要素となる。
(ハ)拘束性の有無
勤務時間が定められ、本人の自主管理及び報告により「使用者」が管理している場合には、指
揮監督関係を肯定する重要な要素となる。
(ニ)代替性の有無 -指揮監督関係の判断を補強する要素-
当該業務に従事することについて代替性が認められている場合には、指揮監督関係を否定する
要素となる。
ロ
報酬の労務対償性の有無
62
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第1編 労働法総論
第1章 労働関係
資 料
報酬が、時間給、日給、月給等時間を単位として計算される場合には、
「使用従属性」を補強する
重要な要素となる。
(2)「労働者性」の判断を補強する要素
イ
事業者性の有無
(イ)機械、器具の負担関係
自宅に設置する機械、器具が会社より無償貸与されている場合には、
「事業者性」を薄める要素
となるものと考えられる。
(ロ)報酬の額
報酬の額が、同社の同種の業務に従事する正規従業員に比して著しく高額な場合には、
「労働者
性」を薄める要素となるものと考えられるが、通常そのような例は少ない。
ロ
専属性の程度
(イ)他社の業務に従事することが制約され、又は事実上困難な場合には、専属性の程度が高く、
「労
働者性」を補強する要素のひとつとなる。
(ロ)報酬に固定給部分がある等生活保障的要素が強いと認められる場合も、上記(イ)と同様、
「労
働者性」を補強する要素のひとつとなる。
ハ
その他
報酬について給与所得としての源泉徴収を行っているか否か、労働保険の対象としているか否か、
採用、委託等の際の選考過程が正規従業員の場合と同様であるか否か等は、当事者の認識を推認す
る要素に過ぎないものではあるが、上記の各基準によっては、
「労働者性」の有無が明確とならない
場合には、判断基準のひとつとして考えなければならないであろう。
(事例1)傭車運転手A P47 労働者ではない
1
事業等の概要
(1) 事業の内容
建築用コンクリートブロックの製造及び販売
(2) 傭車運転手の業務の種類,内容
自己所有のトラック(4トン及び11トン車,1人1車)による製品(コンクリートブロック)の運送
2
当該傭車運転手の契約内容及び就業の実態
(1) 契約関係
書面契約はなく,口頭により,製品を県外の得意先に運送することを約したもので,その報酬(運
賃)は製品の種類,行先及び箇数により定めている。
(2) 業務従事の諾否の自由
会社は配車表を作成し,配車伝票によって業務を処理しており,一般的にはこれに従って運送して
いたが,時にこれを拒否するケース(特段の不利益取扱いはない。)もあり,基本的には傭車運転手の
自由意思が認められているo
(3) 指揮命令
運送業務の方法等に関して具体的な指揮命令はなく,業務遂行に当たって補助者を使用すること
等も傭車運転手の自由な判断にまかされ,時に上記(2)の配車伝票に納入時刻の指定がされる程度で
傭車運転手自身に業務遂行についての裁量が広く認められている.
63
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第1編 労働法総論
第1章 労働関係
資 料
(4) 就業時間の拘束性
通常、傭車運転手は午後会社で積荷して自宅に帰り,翌日,自宅から運送先に直行しており,出勤時
刻等の定め、日又は週当たりの就業時間等の定めはない。
(5) 報酬の性格
報酬は運賃のみで,運賃には車両維持費、ガソリン代,保険料等の経費と運転業務の報酬が含まれ
ていたと考えられるが,その区分は明確にされていない。
(6) 報酬の額
報酬の額は月額約40万円と,社内運転手の17-18万円に比してかなり高い。
(7) 専属性
契約上他社への就業禁止は定めておらず、現に他の傭車運転手2名程度は他社の運送にも従事して
いる。
(8) 社会保険,税金等
社会保険,雇用保険等には加入せず値入は国民健康保険に加入),また報酬については給与所得と
しての源泉徴収が行われず,傭車運転手本人が事業所得として申告している。
3
「労働者性」の判断
(1) 「使用従属性Jについて
①仕事の依源,業務従事の指示等に対する諾否の自由があること,②業務遂行についての裁量が広く
認められており,他人から業務遂行上の指揮監督を受けているとは認められないこと,③勤務時間が指
定、管理されていないこと,④自らの判断で補助者を使うことが認められており,労務提供の代替性が
認められていることから使用従属性はないものと考えられ,⑤報酬が出来高払いであって,労働対慣性
が希薄であることは,当該判断を補強する要素である。
(2) 「労働者性」の判断を補強する要素について
①高価なトラックを自ら所有していること,②報酬の額は同社の社内運転手に比してかなり高いこ
と,③他社への就業が禁止されておらず,専属性が希薄であること,④社会保険の加入,税金の面で同社
の労働者として取り扱われていなかったことは「労働者性」を弱める要素である。
(3) 結論
本事例の傭車運転手は,労働基準法第9条の「労働者」ではないと考えられる。
(事例2)傭車運転手B P48
1 事業等の概要
労働者である
(1) 事業の内容
主として公共土木工事の設計、施工
(2) 傭車運転手の業務の種類,内容
会社施工の工事現場において土砂の運搬の業務に従事するいわゆる白ナンバーのダンプ運転手
2
当該傭車運転手の契約内容及び就業の実態
(1) 傭車運転手は.積載量10トンのダンプカー1台を所有し,会社と契約して会社施工の工事現場で土砂
運搬を行っている。契約書は作成しておらず,専属として土砂運搬を行うもので,本人が自己の意思で
他社の建設現場へダンプ持ちで働きに行くことは暗黙のうちに会社を退社するに等しいものと考えら
れている。
(2) ダンプを稼働した場合の報酬は1日につき35,000円であり,その請求は本人が毎月末に締め切って計
64
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第1編 労働法総論
第1章 労働関係
資 料
算のうえ会社に対し行っている。会社は.この請求に基づいて稼働日数をチェックし,本人の銀行口座
へ翌月10日に振り込んでいるが,この報酬については、給与所得としての源泉徴収をせず,傭車運転手
本人が事業所得として青色申告をしている。
(3) 稼働時間は.午前8時から午後5時までとなっているが,ダンプよる土砂運搬がない場合は,現場作業
員として就労することもできる。この場合には,賃金として1日につき5.500円が支払われる。したがっ
て,本人は土砂運搬作業の有無にかかわらず,始業時間までに現場に出勤しており.現場では,いずれの
場合にも現場責任者の指示を受け、出面表にはそれぞれの時間数が記録されている。現場作業員として
就労した場合の賃金は,一般労働者と同様月末締切りで翌月5日に現金で支払われ,この分については,
給与所得としての源泉徴収されている。
(4) ダンプの所有は傭車運転手本人となっており,ローン返済費(月15万円),燃料費(月20日稼働で15-16
万円),修理費,自動車税等は本人負担となっている。
(5) 社会保険,雇用保険には加入していない。
3
「労働者性」の判断
(1) 「使用従属性」について
①業務遂行について現場責任者の指示を受けていること,②土砂運搬がない場合は,現場責任者の指
示を受け現場作業員として就労することがあること、③勤務時間は午前8時から午後5時までと指定さ
れ,実際の労働時間数が現場において出面表により記録されていること,に加え,④土砂運搬の報酬は
下記(2)でみるようにかなり高額ではあるが、出来高ではなく日額で計算されていることから,「使用従
属性」があるものと考えられる。
(2) 「労働者性」の判断を補強する要素について
①高価なトラックを自ら所有していること,②報酬の衝は月20日稼働で70万円(ローン返済費及び燃
料費を差し引くと約40万円)であって、その他の事情を考慮してもかなり高額であること,③社会保険
の加入、税金の面で同社の労働者として取り扱われていないことは「労働者性」を弱める要素であるが,
上記(1)による「使用従属性」の判断を覆すものではない。
(3) 結論
本事例の傭車運転手は、労働基準法第9条の「労働者」であると考えられる。
(事例3)在宅勤務者A
1 事業等の概要
労働者である
(1)事業の内容
ソフトウェアの開発、計算業務の受託、電算室の総括的管理運営
(2)在宅勤務者の業務の種類、内容
会社よりミニファックスで伝送される仕様書等に基づき、プログラムの設計、コーディング、机
上でのデバッグを行う。
2
在宅勤務者の契約内容及び就業の実態
(1)契約関係
期間の定めのない雇用契約により、正社員として採用している。
(2)業務の諾否の自由
会社から指示された業務を拒否することは、病気等特別な理由がない限り、認められていない。
65
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第1編 労働法総論
第1章 労働関係
資 料
(3)指揮命令
業務内容は仕様書等に従ってプログラムの設計等を行うことであり、定型化しており、通常、細
かな指示等は必要ない。なお、10日に1回の出社の義務があり、その際、細かい打合せ等をする
こともある。
(4)就業時間の拘束性
勤務時間は、一般従業員と同じく午前9時から午後5時(休憩1時間)と決められており、労働
時間の管理、計算は本人に委ねている。
(5)報酬の性格及び額
報酬は、一般従業員と同じく月給制(固定給)である。
(6)専属性
正社員であるので、他社への就業は禁止されている。
(7)機械、器具の負担
末端機器及び電話代は、会社が全額負担している。
3
「労働者性」の判断
(1)「使用従属性」について
①業務の具体的内容について、仕様書等により業務の性質上必要な指示がなされていること、②労
働時間の管理は、本人に委ねられているが、勤務時間が定められていること、③会社から指示された
業務を拒否することはできないこと、に加えて、④報酬が固定給の月給であることから、
「使用従属性」
があるものと考えられる。
(2)「労働者性」の判断を補強する要素について
①業務の遂行に必要な末端機器及び電話代が会社負担であること、②報酬の額が他の一般従業員と
同等であること、③正社員として他社の業務に従事することが禁止されていること、④採用過程、税
金の取扱い、労働保険の適用等についても一般従業員と同じ取扱いであることは、
「労働者性」を補強
する要素である。
(3)結
論
本事例の在宅勤務者は、労働基準法第9条の「労働者」であると考えられる。
(事例4)在宅勤務者B
1 事業等の概要
労働者でない
(1)事業の内容
速記、文書処理
(2)在宅勤務者の業務の種類、内容
元正社員であった速記者が、会議録等を録音したテープを自宅に持ち帰り、ワープロに入力する。
2
在宅勤務者の契約内容及び就業の実態
(1)契約関係
「委託契約」により、納期まで1週間~1か月程度の余裕のある仕事を委託しており、納期の迫
っているものは正社員にやらせている。
(2)業務の諾否の自由
電話により又は出社時に、できるかどうかを確認して委託している。
66
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第1編 労働法総論
第1章 労働関係
資 料
(3)指揮命令
業務の内容が定型化しており、個々具体的に指示することは必要なく、週1回程度の出社時及び
電話により進捗状況を確認している。
(4)就業時間の拘束性
勤務時間の定めはなく、1日何時間くらい仕事ができるかを本人に聴き、委託する量を決める。
(5)報酬の性格及び額
在宅勤務者個々人についてテープ1時間当たりの単価を決めており、テープの時間数に応じた出
来高制としている。
(6)機械、器具の負担
会社がワープロを無償で貸与している。
(7)その他
給与所得としての源泉徴収、労働保険への加入はしていない。
3
「労働者性」の判断
(1)「使用従属性」について
①会社からの委託を断ることもあること、②勤務時間の定めはなく、本人の希望により委託する
量を決めていること、③報酬は、本人の能力により単価を定める出来高制であること、④業務の遂
行方法等について特段の指示がないことから、
「使用従属性」はないものと考えられる。
(2)「労働者性」の判断を補強する要素について
業務の遂行に必要なワープロは会社が負担しているが、他に「労働者性」を補強する要素はない。
(3)結論
本事例の在宅勤務者は、労働基準法第9条の「労働者」ではないと考えられる。
以
上
注.青字、太字化、下線、図示は、編集者の処理である。
67
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第1編 労働法総論
第1章 労働関係
資 料
資料3(P53 関係)
派遣労働者に対する労基法等の適用に関する特例
(事業として行う場合でなくても適用される)
派 遣 元
派 遣 先
法定労働時間
派遣先が守らなければならない(派遣法
(労基法 32 条)
44 条 2 項)
。労働時間の把握義務も派遣先
にあると解される。
変形労働時間制
派遣元が労使協定を締結し、就業規則 派遣先は、派遣元が構築した枠組みの範
(労基法 32 条の 2~
等で枠組みを作る。
囲内で労働させることができる(派遣法
44 条 2 項)
。
32 条の 5)
専門業務型みなし 派遣先が労使協定を締結し、就業規則 派遣先は、派遣元が構築した枠組みに基
労働時間制
等で枠組みを作る。
づいてみなし労働時間制を適用すること
ができる。
(労基法 38 条の 3)
企画業務型裁量労 派遣労働者を企画業務型裁量労働制により使用することはできない(昭 61.6.6 基
働制
発 333 号)。
(労基法 38 条の 4)
休
憩
派遣先が法定休憩を与えなければならな
(労基法 34 条)
い(派遣法 44 条 2 項)。
休
派遣先が法定休日を与えなければならな
日
い(派遣法 44 条 2 項)。
(労基法 35 条)
時間外・休日労働
派遣元が36協定を締結し、労働基準 派遣先は、派遣元が締結した36協定の
(労基法 35 条)
監督署長へ届け出る。
範囲内で労働させることができる(派遣
法 44 条 2 項)
。
派遣先の36協定で時間外・休日労働を
させることはできない。
緊急災害時
派遣先が労働基準監督署長の許可を受け
(労基法 33 条)
て時間外・休日労働をさせることができ
る(派遣法 44 条 2 項)。
割増賃金
すべて派遣元が支払わなければならな
(労基法 37 条)
い。
年次有給休暇
派遣元が与えなければならない。
(労基法 39 条)
産前産後の休業
派遣元が与えなければならない。
(労基法 65 条)
妊産婦保護
すべて派遣先が負う(派遣法 44 条 2 項)
。
(労基法 66 条)
育児時間
派遣先が与えなければならない(派遣法
(労基法 67 条)
44 条 2 項)
68
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第1編 労働法総論
第1章 労働関係
資 料
生理休暇
派遣先が与えなければならない(派遣法
(労基法 68 条)
44 条 2 項)
。
災害補償
派遣元に補償責任がある。
(派遣元にお
(労基法 75~88 条) いて労災保険料を納付する。
)
安全衛生確保義務
派遣元に確保義務がある。
派遣先にも派遣元と同様に確保義務があ
る(派遣法 45 条 1 項)。
(安衛法 3 条)
一般安全衛生教育
雇入れ時及び作業内容変更時について 作業内容変更時については派遣先も共同
(安衛法 59 条 1 項) は派遣元に実施義務がある。
して実施義務がある(派遣法 45 条 1 項)
。
特別安全衛生教育
特別の安全衛生教育は、派遣先が行わな
(安衛法 59 条 3 項)
ければならない(派遣法 45 条 3 項)。
一般健康診断
派遣元が行わなければならない。
(安衛法 66 条 1 項)
特殊健康診断
派遣先が行わなければならない(派遣法
(安衛法 66 条 2 項)
45 条 3 項)
。
労働者死傷病報告
派遣元、派遣先とも報告しなければならない(安衛則 97 条)
。
(安衛則 97 条)
セクハラに対する 派遣元に雇用管理上の配慮義務があ 派遣先にも指揮命令上の配慮義務がある
配慮(均等法 21 条) る。
(派遣法 47 条の 2)
。
派遣法 44 条(労基法の適用に関する特例)、45 条(安衛法の適用に関する特例)、47 条の 2(均等法の適
用に関する特例)も参照のこと。
69
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第1編 労働法総論
第3章 多様な就業形態
1.概 要
第3章
この章では、①労働者派遣、②請
多様な就業形態
負、③出
向、④労働者供給、といった多様な就労形態に
ついて説明する。それぞれの法的意義について理解することが日常の労務管理において役立つもの
である。また、大学・独法における独自の就業形態である「謝金就業」についても言及する。
1 概 要
事業を行う場合には、通常、事業主(使用者)自らが労働者を雇入れ、直接指揮命令して業務を
行うが、他企業の労働者を自己の業務のために直接指揮命令したり、業務処理を外部業者に請け負
わせたりする場合もある。具体的には、労働者派遣、出向、業務処理請負(業務委託)などといっ
た就業形態であり、場合によっては職業安定法で禁止される労働者供給事業からの労働者受入れと
いう問題もある。これらの多様な就業形態を法的側面から整理し、①労働者派遣、②請負、③在籍
出向、④労働者供給、の各形態について説明する。
一方、事業主(使用者)が労働者を直接雇用する場合にも、ⓐ正規職員、ⓑ有期雇用の非正規職
員という区分があり、非正規職員の働き方は、正規職員と同じようにフルタイムで就労する者と主
として家計の補助を目的としパートタイムで就労する者とがいる。そして、それらの労働者に対す
る労働法や社会保険の適用もそれぞれ異なる場合があるので整理する必要がある。ⓑについては、
第8章非正規職員の雇用の章において詳述する。(第8回(12 月)を予定)
1)労働者派遣
「労働者派遣」とは、自己の雇用する労働者を当該雇用関係のもとで、他人の指揮命令を受けて
他人のために労働に従事させることをいう。この場合、労働者を他人に雇用させることを約してす
るものを含まない(派遣法 2 条 1 号)。他人に雇用させることを約してする労働者派遣は、別途職
安法の労働者供給として規制する。
2)出
向
「出向」には「在籍型出向」と「移籍型出向」とがある。
在籍型出向は、出向先と出向労働者との間に出向元から委ねられた指揮命令関係ではなく、労働
契約関係及びこれに基づく指揮命令関係がある形態である。移籍型出向は、出向先との間にのみ労
働契約関係がある形態であり、出向元と出向労働者との労働契約関係は終了している。
しかし、世間一般では「出向」についてさまざまな用い方をしており必ずしもこの定義に当ては
まらない「出向」もある(派遣型出向)。
3)請
負
「請負」は、その目的が「仕事の完成」であり、その遂行のため通常、請負業者は労働者を使用
するが、請負業者の労働者は発注者の指揮命令を受けない(民法 632 条)。
4)労働者供給
「労働者供給」とは、自己の影響下にある労働者(直接雇用する労働者のほか、事実上の支配関係
にある者も含む。)を供給契約に基づいて他人の指揮命令を受けて労働に従事させる(他人に雇用
させることを含む。)ことを言い、労働者派遣を含まない(職安法 4 条 6 項)。
70
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第1編 労働法総論
第3章 多様な就業形態
2.労働者派遣・3.出 向
2 労働者派遣
労働者派遣とは、自己の雇用する労働者を当該雇用関係のもとで、他人の指揮命令を受けて他人
のために労働に従事させることをいう。この場合、労働者を他人に雇用させることを約してするも
のを含まない(派遣法 2 条 1 号)
(そのようなものは第 1-3-9 図(77~79 ページ)の「労働者供給
C」に該当し、業として行うと職安法に違反する)。
派遣先事業主は受け入れた派遣労働者を指揮命令することができるが、その根拠及び範囲は、通
常、派遣元事業主と派遣先事業主との間で締結される派遣契約によって定められる。ただし、派遣
法は、派遣労働者に対する労働基準法その他労働法の適用に関し特例を設けており、派遣労働者を
受け入れる派遣先事業主に対しても強制的に使用者責任が課せられる場合がある。たとえば、派遣
契約において一定範囲で時間外労働を行わせることができることを定めていても、派遣元において
三六協定の締結・届出がなければ、実際に時間外労働を行わせた派遣先事業主が労基法違反を問わ
れることになる。
労働者派遣を事業として行うには厚生労働大臣の許可(登録型)又は届出(常用型)が必要であ
り、また、受入れ側は、許可・届出のない事業主から労働者派遣を受けてはならないこととされて
いる(派遣法 5 条、16 条、24 条の 2)。
労働者派遣については、第 13 章において詳述する(第8回(12 月)を予定)。
3 出 向
(1)出向の概念
一般に、出向(在籍出向をいう。)は、通常、出向元・出向先双方との労働契約関係があり、出
向先において労務を提供する、と説明される(資料4 第 1-3-2 図(83 ページ)参照)。しかし、
この説明は、昭和 61 年に労働者派遣法が施行された際にその取締上の要請から「出向」と「労働
者派遣」とを区別するために厚生労働省(当時は労働省)が定義したものであって、必ずしも世間
一般で行われている「出向」を網羅して説明したものでない。事実、有斐閣発行「新法律学事典」
第三版では、
「出向」について次のように説明している。
※「新法律学事典」の「出向」についての説明
「狭義には、労働者が自己の雇用先の企業に在籍したまま、他の企業の事業所において相当長期間
にわたって当該他企業の業務に従事することをいう。長期出張、社外勤務、応援派遣、休職派遣等と
も称される。広義には、このような狭義の出向に加えて、転籍あるいは移籍(労働者が自己の雇用先
の企業から他の企業へ籍を移して当該他企業の業務に従事すること)を含めて用いられる。この場合
には、狭義の出向は在籍出向、転籍(転籍)は移籍出向と呼ばれたりする。」
つまり一般的用法は、出向先との労働関係についてあまり厳密に規定することなく出向先の業務
に従事することを「出向」というのである。
なお、平成 20 年の 3 月に施行された労働契約法では、
「使用者が労働者に出向を命ずることがで
きる場合において、当該出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に
照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は、無効とする。
」と規定し、
出向の必要性、選定の事情その他の事情に照らし権利の濫用禁止の観点から制限を受けることを定
めている(契約法 14 条)。しかし、出向そのものを定義しておらず、どのようなものを「出向」と
71
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第1編 労働法総論
第3章 多様な就業形態
2.労働者派遣・3.出 向
いうのかいま一つ明確でなく、「使用者が労働者に出向を命ずることができる場合」とは、結局、
判例法理に従うほかない。詳しくは第9章第4節出向の項(第7回(11 月)を予定)で述べる。
※出向と労働者供給との関係
下記(2)1)の基発 333 号の定義をはじめ諸説に従っても、在籍型出向は、法的には労働者供給
に該当する(職安法 4 条 6 項)。そのため出向を業として行うと労働者供給事業に該当するが、しか
しながら、「業として行う」の判断にあたっては、①労働者を離職させず関係会社において雇用機会
を確保する、②経営指導、技術指導のため行う、③職業能力開発の一環として行う、④企業グループ
内の人事交流の一環として行う等の目的を有している場合は、形式的に繰り返す行為があったとして
も、社会通念上、業として行われていると判断されることは少ないと考えられる、とされている(厚
生労働省「労働者派遣事業関係業務取扱要領」第1の1(4)ホ)
。
(2)出向の種類
1)在籍型出向
昭和 61 年に労働者派遣法が施行されて労働者派遣と在籍出向を区別する必要が生じたところか
ら、旧労働省は次のような通達を出している。
「在籍型出向は、出向先と出向労働者との間に出向元から委ねられた指揮命令関係ではなく、労
働契約関係及びこれに基づく指揮命令関係がある形態である。・・・在籍型出向の出向労働者につ
いては、出向元及び出向先の双方とそれぞれ労働契約関係があるので、出向元及び出向先に対して
は、それぞれ労働契約関係が存する程度で労働基準法等の適用がある。」(昭 61.6.6 基発 333 号)。
この見解によれば、在籍型出向は、出向元事業主との労働契約を継続しつつ出向先事業主とも労働
契約を締結することとしており、単なる指揮命令関係でない点で労働者派遣と異なる。
出向は、労働者が在籍する企業ではなく他の企業の指揮命令を受けて労働を提供する点で労働者
派遣と共通する。両者の違いはどのようなものであるのだろうか?
厚労省の見解では、労働者派遣では派遣先と労働者との間に労働契約が存在しないのに対し、出
向(在籍型)においては出向先と労働者との間にも労働契約が存在する二重契約である、としてい
る。しかし、学説は必ずしもこれを支持していない。詳しくは第7回(11 月を予定)で述べる。
2)移籍型出向(転籍)
同通達は、移籍型出向についても見解を示しており「移籍型出向は、出向先との間にのみ労働契
約関係がある形態であり、出向元と出向労働者との労働契約関係は終了しており、労働者派遣には
該当しない。なお、移籍型出向の出向労働者については、出向先とのみ労働契約関係があるので、
出向先についてのみ労働基準法等の適用がある。」としている。
また、在籍型出向では、一定期間出向先に勤務した後、出向元に復帰することを前提とする場合
が普通であるが、移籍型出向では復帰を予定しないのが普通である(東大「注釈労基法」上巻 P234)。
(3)出向の目的
出向の目的について、①人事交流型(関係企業間において人事異動を円滑かつ合理的に運営する
ために行うもの)、②業務提携型(関係企業間の業務提携を緊密化するために行うもの)、③実習型
(一定期間経過後呼び戻すことを前提に、業務を習得させるために行うもの)、④要員調整型(関
係企業間において一時的に要因を調整するために行うもの)等に分類できる(労働基準法研究会報
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第1編 労働法総論
第3章 多様な就業形態
2.労働者派遣・3.出 向
告昭 59.10.18)。
国立大学の場合、地域の公的機関等に対する人的支援が期待されるところから、復帰を前提とす
る移籍型出向を行うことが多いようである。また、大学側としてはそのような期待に応える反面、
職員に幅広く実務を経験させる人材育成プログラムの一環として出向を活用している面もある。な
お、移籍型出向は「復帰を予定しないのが普通である」(東大「注釈労基法」上巻 P234 有斐閣刊
2004 年)から、国立大学の例は特殊な部類に属する。
(4)出向命令権
同一法人内における人事異動である配転の場合は、一般的に、採用の際などにあらかじめ包括的
な同意を取りつけておけば、配転命令権が認められる。
これに対し法人間の人事異動である「在籍型出向」を命令する場合は、包括的同意のほか、次の
ような配慮が必要とされる(
「具体的同意」ともいう。)。
①
密接な関連会社間の日常的な出向であること
②
出向規程などによって出向期間中の賃金・労働時間・出向の期間・復帰後の処遇などについ
て労働者の利益に配慮した労働条件が確保されていること(注 1)
③
権利の濫用面から出向の必要性・人選に合理性があること(注 2)
注 1.
「新日本製鐵事件」最高裁二小判決平 15.4.18 では、①「会社は従業員に対し業務上の必要によって社外勤
務させることがある。」という規定があること、②労働協約である社外勤務協定において、社外勤務の定義、
出向期間、出向中の社員の地位、賃金、退職金、各種の出向手当、昇格・昇給等の査定その他処遇等に関して
出向労働者の利益に配慮した詳細な規定が設けられていること、というような事情の下においては、「個別的
合意なしに、Yの従業員としての地位を維持しながら出向先であるA社においてその指揮監督の下に労務を提
供することを命ずる本件各出向命令を発令することができるというべきである。」と判示している。
注 2.労働契約法 14 条は、「使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において、当該出向の命令が、そ
の必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合
には、当該命令は、無効とする。」と規定している。
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第1編 労働法総論
第3章 多様な就業形態
4.請 負
4 請 負
(1)請負の概念
請負は、その目的が「仕事の完成」であり、その遂行のため通常、請負業者は労働者を使用す
る(注 1)。請負業者と労働者との関係は、一般に雇用契約に基づく使用従属関係であり、労基法
をはじめとする労働法の適用を受けるのは当然である。しかし、注文者が請負業者の雇用する労働
者を直接指揮することはあり得ず、仮に、実態として注文者が請負業者の労働者を直接指揮命令す
ると、それは労働者派遣法 2 条 1 号に定める「労働者派遣」に等しい関係になってしまう(資料4
第 1-3-3 図 83 ページ参照)。
これを「業として」行うと、無許可(又は無届)で労働者派遣事業を行っていることになり、
派遣法上の罰則の対象となるほか、安全配慮義務を負わなければならない場合も生じる(注 2)。
注 1.民法 632 条(請負)
「請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支
払うことを約することによって、その効力を生ずる。」
注 2.
「三菱重工業神戸造船所事件」
最高裁一小判決 H3.4.11
三菱重工業神戸造船所で稼働していた下請企業労働者が騒音性難聴障害を理由として損害賠償請求した事
件。労働者は、労務提供に当たって元請企業の管理する設備、工具等を用い、事実上元請企業の指揮監督を受
けて稼働し、その作業内容も元請労働者とほとんど同じであった。このような事実関係の下においては、元請
企業は下請労働者と特別な社会的接触の関係に入ったものであり、信義則上、下請労働者に対し、下請企業と
同様に安全配慮義務を負うとされた。
(2)職安法・派遣法における「請負」の概念
民法 632 条の「請負」は「ある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してそ
の報酬を支払うことを約する」、と仕事の完成に重点をおいて規定しており、
「労働に従事すること
を約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約する」と、使用従属的労務の提供に重点
を置く民法 623 条の「雇用」と区別している。
これに対して、
「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準」
(昭 61.4.17
労告 37 号)の告示は、現実の企業社会で行われている他人の労働形態を利用する「請負」・
「業務
処理請負」
・
「業務委託」
・
「アウトソーシング」などと称されているものと「労働者派遣」とを区別
するために定められたものである。したがって、告示は、①労務管理上の観点、②事業経営の観点
から「事業としての独立性」の判断基準を定めているのであって、民法の請負契約のような仕事の
完成を目的としているか否かに重点があるわけでなく、民法 656 条の「準委任」
(法律行為でない
事務の委託)も含んだ広い概念であると考えられている(安西「採用・退職」P780)。
⇒ 職安法・派遣法で「派遣」との対比で用いる「請負」は、民法 632 条の請負のみでなく民法 656 条の準委
任をも含む概念であり、注文主から独立して業務を行う事業者性を有しているかに重点をおいて判断さ
れる。
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第1編 労働法総論
第3章 多様な就業形態
4.請 負
(3)一人請負派遣(手間請け)
IT業界や家電製品の保守業務などで業務を一人で請け負って行う「一人請負派遣」という就労
形態がある。建設業における「手間請け」、運送業における「傭車運転者」などもこの形態に属し、
その実態は複雑多様である。形式的には上記の請負契約の様式を採っているが実際には発注者が労
働者を直接指揮し、出退勤を管理したり、下記第 1-3-7 図の「一人請負人」に対して指揮命令をし
たりすること(従属的労働)が見受けられ、さらには、請け負った仕事をさらに一人請負派遣の下
請けへ発注する場合などがあり、請負と称していながら「労働者派遣」、
「労働者供給」などに該当
するような就労形態もみられる。
第 1-3-7図
一人請負派遣
(請負人が直接作業を行う)
請負契約
一人請負人
発注者
注.発注者は「仕事を完成する」ことを求めることができるだけであって、遂行方法、時間
配分等について指揮することはできない。直接指揮すると、一人請負人の労働者性及び労
働契約の存在を肯定する要素となる。
(4)偽装請負
平成 18 年夏、朝日新聞が報じた一連の報道によると、家電・精密機器メーカーの工場において
“偽装請負”が行われており、都道府県労働局の調査・是正措置がなされたという。
“偽装請負”とは、実態は労働者派遣であるにもかかわらず、形式上請負の形をとる就労形態の
ことで、資料4(83 ページ)第 1-3-5 図に示したように、発注者が請負業者の労働者を直接指揮
命令する就業形態をいう。
松下プラズマディスプレィ(MPDP)茨木工場(大阪府)で問題となったケースはもっと手が込ん
でいて、発注者であるメーカーの社員を請負業者に大量出向させて実質的に請負業者の労働者を直
接指揮していた事例であり、大阪労働局に派遣法違反として摘発されている。資料4(83 ページ)
第 1-3-6 図に示した
出向者は、出向元(同図では発注者 MPDP)及び出向先(同請負業者)の双方と雇用契約がある
二重雇用関係にあり、通常は出向先の業務に従事するので請負業者の雇用する労働者を直接指揮命
令することもあり得ることで法に反するものでないが、出向の真の目的が、故意に偽装することに
よって MPDP の社員による請負業者の労働者を直接指揮することにあるとすれば、労働者派遣事業
を行う(無許可の)事業主であるとして労働者派遣法違反を免れることはできない。
偽装請負が行われる理由は、①派遣元が労働者派遣事業の許可を受けていないため、②派遣期間
が1年(平成 18 年当時。現在は 3 年)を超える場合に派遣先に雇用の申込み義務が生じるため、
③派遣先(工場側)に労働安全衛生法上の安全配慮義務が生じるため、④派遣先(工場側)が直接
指揮命令しなければ品質が確保できないため、などが考えられる。
⇒
この新聞報道が問題化した後、厚生労働省は「製造業の請負事業の雇用管理の改善及び適正化の促進
に向けた取組について」というガイドラインを作成し、請負事業主及び発注者に対する周知・啓発に取
組み出した。
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第1編 労働法総論
第3章 多様な就業形態
5.労働者供給
なお、平成 20 年 4 月 25 日大阪高裁は、MPDP 茨木工場で違法な偽装請負の状態で働かされたとし
て雇用の確認などを求めた裁判で、大阪高裁は「当初から両者間には黙示の労働契約が成立してい
る」として、月 24 万円の賃金の支払いを同社に命じた。請負契約は無効であり脱法的な「労働者
供給契約」だとして、労働の実態をみて直接雇用を命じた(朝日新聞朝刊平 20.4.25)が、最高裁は、
偽装請負は違法な労働者派遣であるとし、雇用契約申込み義務が生じるにしても黙示の労働契約が成立
しているものでないとした(「松下プラズマディスプレイ(偽装請負)事件」最高裁二小判決平 21.12.18)。
詳しくは第2第 13 章「労働者派遣」(第8回(12 月)を予定)で述べる。)
。
5 労働者供給
(1)労働者供給事業の禁止
「労働者供給」とは、自己の影響下にある労働者(直接雇用する労働者のほか、事実上の支配関
係にある者も含む。)を供給契約に基づいて他人の指揮命令を受けて労働に従事させる(他人に雇
用させることを含む。)ことを言い、労働者派遣を含まないとしている。この場合、供給元と労働
者、及び供給先と労働者との関係は、労働契約関係にあるか否かを問わず何らかの支配従属関係(指
揮命令関係)があれば成立するという特徴がある(職安法 4 条 6 項)
。
職業安定法は、労働組合が厚生労働大臣の許可を受けて無料の労働者供給事業を行うほかは、何
人も労働者供給事業を行うことを禁止しており、その労働者供給事業から労働者を受け入れて自ら
の指揮命令の下で労働させることも禁止している(職安法 44 条、45 条)。それは、労働者供給事
業を行う者の一方的な意思によって、労働者の自由な意思を無視して労働させる強制労働の弊害や、
支配従属関係を利用して本来労働者に帰属すべき賃金をピンハネする中間搾取の弊害が生じるお
それがあるからである。
また、「労働者供給」の概念は、本来労働者派遣を含む広い概念であって、直接雇用しているか
否かにかかわらず、何らかの形で労働力を利用する就業形態はすべて「労働者供給」の概念に含ま
れ、労働組合が厚生労働大臣の許可を受けて無料の労働者供給事業を行うほかは、「事業」として
行うことをすべて禁止するものである(ただし、そのような就業形態から労働者派遣に該当するも
のは除かれる。)。
資料4(83 ページ)第 1-3-4 図の「供給元」と「労働者」との関係を示す線のうち実線は「労
働契約関係」を示している。そして、「供給先」と「労働者」との関係を示す線のうち点線は「指
揮命令関係」を示している。この関係は第 1-3-1 図の労働者派遣の関係に等しい。このことからも
分かるように、派遣法が制定されるまでは、「労働者派遣」は労働者供給として「事業」として行
うことが禁止されていたものである(現在では、労働者派遣に該当するものは労働者供給の概念か
ら除外している-職安法 4 条 6 項)
。
※中間搾取の排除
労基法 6 条は「何人も、法律に基づいて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を
得てはならない。」と、罰則付き(1年以下の懲役又は50万円以下の罰金)で中間搾取の排除を規
定している。
「労働者供給」事業は、ただ行うだけでも職安法により罰則付き(1年以下の懲役又は100万円以
下の罰金)で禁止されるほか、それによって利益を得るとさらに労基法違反の罰則が加わることにな
る。
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第1編 労働法総論
第3章 多様な就業形態
5.労働者供給
(2)家電量販店におけるヘルパーの就労実態
新聞報道によると、家電量販店がメーカーから派遣されている販売員(ヘルパー)を直接指揮命
令していたことが職安法に反し、労働局の是正命令を受けたと報じられている。この関係を図示す
ると、次のとおりであり、家電メーカーが供給元、量販店が供給先に相当する資料4(83 ページ)
第 1-3-4 図の関係に等しく、労働者供給事業に該当する。
第 1-3-8 図
家電量販店におけるヘルパーの就労実態
人材派遣会社
家電メーカー
派遣契約
派遣元
派遣先
労働契約関係
指揮命令関係
派遣労働者
実質的な指揮命令関係
量販店
勤務場所
(3)「労働者供給」、「労働者派遣」及び「在籍出向」の関係
労働者供給の概念はかなり広いもので、在籍出向も含まれるほか、労働者派遣法が施行される前
(昭和 61 年 7 月 1 日前)は、労働者派遣をも含む概念であった。それが労働者派遣法の施行によ
り労働者派遣については別途規制することが可能となったため、現在では、労働者供給の概念から
労働者派遣に相当する部分を除いている(職安法 4 条 6 項。下記第 1-3-9 図参照)。しかし、在籍
出向については、現在でも法制上は労働者供給に該当するので、出向を業として行うと職安法に違
反することになる。
しかしながら、「業として行う」の判断にあたっては、①労働者を離職させず関係会社において
雇用機会を確保する、②経営指導、技術指導のため行う、③職業能力開発の一環として行う、④企
業グループ内の人事交流の一環として行う等の目的を有している場合は、形式的に繰り返す行為が
あったとしても、社会通念上、業として行われていると判断されることは少ないと考えられる、と
されている(厚生労働省「労働者派遣事業関係業務取扱要領」第1の1(4)ホ)。
労働者供給、労働者派遣及び在籍出向の関係を図示すれば、次のとおりである。
第 1-3-9 図
労働者供給・労働者派遣・在籍出向の関係
労働者派遣法制定前
供給先との関係
労働契約関係
指揮命令関係
供給元との関係
労働契約関係
労働者供給
支配従属関係
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第1編 労働法総論
第3章 多様な就業形態
5.労働者供給
労働者派遣法制定以後
供給元との関係
労働契約関係
供給先との関係
労働契約関係
指揮命令関係
労働者供給B
労働者派遣
(在籍型出向)
支配従属関係
供給先が雇用
を約するもの
労働者供給C
労働者供給A
(4)労働者供給の事例
「労働者供給」に該当する典型的事例としては、戦前に行われていたもので、石炭の採掘場等に
おいて、人夫紹介業者がその日の人夫の必要人員を鉱山事業者から一括して請け負い、自己の影響
下にある労働者を供給して、報酬は一括して繰込手当として紹介業者が受け取る、という慣行があ
った。現在では暴力団が傘下の組員を建設現場などで働かせることなどがこれに相当するのではな
いだろうか。これを「業として行う」と職安法 44 条(労働者供給事業の禁止)に抵触することに
なり、さらにそれによって利益を得ると「業として他人の就業に介入して利益を得」たことになり、
労基法 6 条(中間搾取の排除)違反する。
(5)労働者供給と職業紹介との違い
「職業紹介」とは、求人及び求職の申込みを受け、求人者と求職者との間における労働契約関係
の成立のあっせんをすることをいう(職安法 4 条 1 項)。
職業紹介を事業として行うには、有料職業紹介事業について厚生労働大臣の許可を必要とし、無
料の職業紹介事業については学校等、農業協同組合・商工会議所等が厚生労働大臣へ届出てその生
徒・構成員のために行うことが認められている(職安法 33 条の 2、33 条の 3、職安則 25 条の 3)。
その他厚生労働大臣の許可を受けて無料の職業紹介事業を行う方法もある(職安法 33 条 1 項)。
労働者供給も職業紹介も何らかの形で他人の就業に影響(介入)を及ぼすものであるが、職業紹
介は労働契約関係の成立にのみ関与するのに対し、労働者供給は労働契約関係のみでなく労働関係
(注)全般についてその成立、存続に関与し、場合によってはその終了にも関与する。
注.労働関係=「労働契約関係」が雇用されることを前提にするのに対し、「労働関係」ということばは、就労
に関して、雇用されることを含む微妙な使い分けをする。すなわち、
① 労働者派遣の場合
派遣元と労働者との間の労働契約関係及び派遣先と労働者との間の指揮命令関係を合わせたものが全体と
して当該労働者の労働関係となる。
② 労働者供給の場合
イ 供給元と労働者との間に労働契約関係がある場合(第9図の労働者供給B及びC)
労働者派遣と同様に考える。
ロ 供給元と労働者との関係が単なる支配従属関係であるとき(第9図の労働者供給A)
供給先と労働者との関係が労働関係であり、供給元は「供給先と労働者との労働関係の外にある第三者」
となる。
として取り扱われる(昭 61.6.6 基発 333 号
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第1編 労働法総論
第3章 多様な就業形態
5.労働者供給
(6)黙示の労働契約の成立要件
山川 隆一教授は、
「サガテレビ事件」福岡高裁判決昭 58.6.7、
「いよ銀行・いよぎんスタッフサ
ービス事件」高松高裁判決平 18.5.18 などをもとに、黙示の労働契約の成立を認めるためには、次
の点が満たされる必要があるとしている(山川「雇用関係法」P12)(注 1、注 2)。
① 「派遣元」従業員が受入企業の指揮命令を受けて就労しているのみでは足りず、受入企業が
指揮命令以外に採用・配置や懲戒など労働者に対する管理を行うなど「派遣先」が労務供給先
であると評価できる実態があること
② 「派遣先」がそれら労働者の賃金を決定していること
同教授は、このような関係がある場合にはじめて労務提供に対する報酬支払いの関係が認定でき
るであろう、としている(民法 623 条、労契法 6 条参照)。また、このような「派遣元」企業は労
働者供給を行うものとして職安法 44 条違反に当たる場合があるが、そのことから直ちに派遣先と
労働者との間に労働契約が成立したと解されるわけではない。
注 1.「サガテレビ事件」福岡高裁判決昭 58.6.7
「労働契約といえども、もとより黙示の意思の合致によっても成立しうるものであるから、事業場
内下請労働者(派遣労働者)の如く、外形上親企業(派遣先企業)の正規の従業員と殆んど差異のな
い形で労務を提供し、したがって、派遣先企業との間に事実上の使用従属関係が存在し、しかも、派
遣元企業がそもそも企業としての独自性を有しないとか、企業としての独立性を欠いていて派遣先企
業の労務担当の代行機関と同一視しうるものである等その存在が形式的名目的なものに過ぎず、かつ、
派遣先企業が派遣労働者の賃金額その他の労働条件を決定していると認めるべき事情のあるときに
は、派遣労働者と派遣先企業との間に黙示の労働契約が締結されたものと認めうべき余地があること
はいうまでもない。
」
注 2.「いよ銀行・いよぎんスタッフサービス事件」高松高裁判決平 18.5.18
「派遣労働者と派遣先との間に黙示の雇用契約が成立したといえるためには、単に両者の間に事実
上の使用従属関係があるというだけではなく、諸般の事情に照らして、派遣労働者が派遣先の指揮命
令のもとに派遣先に労務を供給する意思を有し、これに関し派遣先が派遣労働者に賃金を支払う意思
が推認され、社会通念上両者間で雇用契約を締結する意思表示の合致があったと評価できるに足りる
特段の事情が存在することが必要である。」
「特段の事情が存在する」とは、法人格否認の法理(※)を適用し得る場合やはそれに準じるよう
な場合を指し、そのような場合には派遣先と派遣労働者との間で雇用契約が成立しているものと認め
ることができるとする。
※法人格否認の法理 = たとえば、派遣元が派遣労働者との間で雇用契約を締結している場合であっ
ても、派遣元が実態を有せず、派遣先の組織の一部と化していたり派遣先の賃金支払いの代行機関と
なっていているような場合には、派遣元の法人格は否定され派遣先が雇用主者責任を負わなければな
らないとする法理をいう。
79
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第1編 労働法総論
第3章 多様な就業形態
6.謝金就業
6.謝金就業
(1)概
要
大学・独法の独自の就業形態として、「謝金就業」という形態がある。
本来、講演などを依頼したときにその報酬として支払う費用項目(謝金)を用いて、その多くは
部局(学部)ないし教授が直接採用し、教授秘書業務や研究室の雑役などに使用する。その「謝金」
はお礼であって雇用の対価である「賃金」ではない、との位置づけで、社会保険の加入や年次有給
休暇付与など就業規則の適用を除外している例が見受けられる(注)
。
その実態は、給与に対する源泉徴収はするものの適用する就業規則がなく、労働法制上は治外法
権的取扱いがなされているようである。
これを冷静にみれば、使用従属関係下の労務提供であり、当該謝金就業者は「労働者」であると
考えられ、支払われる報酬の費用項目の違いは使用者側の経理上の問題であって、労働者性を否定
することはできない。
注.週刊東洋経済 2007.10.13 号
ある国立大学で7年強の間教授秘書として働いてきた30代女性が社会保険未加入問題を告発し加入が認
められたが、その後1年経っても数百人いると思われる同種の謝金就業の労働者(同誌は「謝金雇用」と呼ん
でいる。)の加入手続きをとっていないことなどを問題視し、記事に取り上げている。
(2)税務処理と労災への対応
1)税務処理上の区分
謝金就業の実態は千差万別のようであるが、大別して税務上の「報酬・料金」の区分(「報酬的
謝金」ということにする。)と「給与」の区分(「給与的謝金」とよぶことにする。)とにわけるこ
とができよう。このような区分をするのは、同じ謝金就業であってもその実態に応じて税務処理が
異なるからであり、税務監査の結果このような分類がなされたものと思われる。このうち、前者に
ついては一般的に労働者性が否定されるので人事管理上の問題は起こらないが、後者の「給与的謝
金」の区分に該当する者については労働者性が推定され、少なくとも労災保険の保険料の対象とし
なければならない。
2)「報酬的謝金」と「給与的謝金」との見分け方
税務上「給与所得」として捉えるのは労働者の賃金のみとは限らず、役員報酬なども含まれるが、
一般的には労働者性の有無によって「報酬的謝金」又は「給与的謝金」に分類される。
労働者性の判断基準は第2章5.
(42 ページ以下)に示したので参照されたい。ここでは、資料
5「Yes No 式労働者性の判断基準」も参照されたい(84 ページ)。
(3)雇保・健保・厚保の加入問題
一般に謝金就業の場合はパートタイム就業であるから、労働者性を有する者の雇保・健保・厚保
の加入取扱いは、次のようになる。
1)雇用保険
次の①及び②を満たす者は被保険者となる。
①
1年以上引き続き雇用されることが見込まれる者であること。
② 1週間の所定労働時間が 20 時間以上であること。
80
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第1編 労働法総論
第3章 多様な就業形態
6.謝金就業
当初の雇入時には1年以上反復して雇用されることが見込まれない場合であっても、その後の就
労実績等からみて、1年以上反復して雇用されることが見込まれることとなった場合には、その時
点から雇用保険が適用される。
2)健康保険及び厚生年金保険の加入条件
健保・厚保では「2か月以内の期間を定めて使用される者」は被保険者としない(健保法 3 条 1
項、厚保法 12 条 2 号)。しかしながら、契約が継続・更新され所定の期間を超えると、その時点で
社会保険の加入義務が生じることになる。
また、被保険者資格は「常用的使用関係」にあるか否かにより判断するものとされ、具体的には、
次の①と②のいずれにも該当する場合に、常用的使用関係にあることとなり加入の義務が生じる
(下記厚生省保険課長の内翰を参照)。
①
1日または1週間の所定労働時間が一般社員のおおむね4分の3以上の場合
②
1月の所定労働日数が一般社員のおおむね4分の3以上の場合
昭和55年6月6日付け厚生省保険局保険課長の内翰(抄)
短時間就労者(いわゆるパートタイマー)にかかる健康保険及び厚生年金保険の被保険者資格の取
扱いについては、各都道府県、社会保険事務所において、当該地方の実情等を勘案し、各個別に取扱
基準を定めるなどによりその運用が行われているところです。
もとより、健康保険及び厚生年金保険が適用されるべきか否かは、健康保険法及び厚生年金保険法
の趣旨から当該就労者が当該事業所と常時使用関係にあるかどうかにより判断すべきものですが、短
時間就労者が当該事業所と使用関係にあるかどうかについては、今後の適用にあたり次の点に留意す
べきであると考えます。
1.常用使用関係にあるか否かは、当該就労者の労働日数、労働時間、就労形態、職務内容等を総合
的に勘案して認定すべきものであること。
2.その場合、1日又は1週の所定労働時間及び1月の所定労働日数が当該事業所において同種の業
務に従事する通常の就労者の所定労働時間及び所定労働日数のおおむね4分の3以上である就労
者については、原則として健康保険及び厚生年金保険の被保険者として取り扱うべきであること。
3.上記2に該当する者以外の者であっても1の趣旨に従い、被保険者として取扱うことが適当な場
合が考えられるので、その認定に当たっては、当該就労者の就労の形態等個々の具体的事例に即し
て判断すべきものであること。
(上記2.の「1日又は1週の所定労働時間」は「まず1日の時間でみるべきで、1週間にならして考
えるのは日によって勤務時間が異なる変則的な時だけである。」東京社会保険事務局の説明)
※特許庁非常勤職員の社会保険未加入問題
特許庁の非常勤職員の雇用に関し、週4日勤務、1日7.25時間で、健康保険、厚生年金には加入し
ない、という条件で雇用している実態について、東京社会保険事務局の説明では上記文中「1日又は
1週の所定労働時間」の意義について、「1週間にならして考えるのは日によって勤務時間が異なる
変則的な時だけ。まず1日の時間でみるべきで、被保険者にしないといけないケース」と指摘してい
る、と報じられている(朝日新聞平成18年11月27日朝刊)
。
81
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第1編 労働法総論
第3章 多様な就業形態
6.謝金就業
※4分の3は所定労働時間を基準とするが実態も加味される
京都市の区役所などで夜間や休日の宿日直業務に従事する非常勤嘱託員の男性ら9人が、事業主で
ある市が厚生年金保険の資格届け出義務を怠ったため、年金を受給できなかったとして、京都市を相
手取り、計5700万円余の損害賠償を求めた訴訟の判決が30日、京都地裁であった。
窪田正彦裁判長は「原告らの労働時間は仮眠時間を除いても一般職員の四分の三以上あり、原告ら
は厚生年金の被保険者資格を有する。届け出義務を怠った市側の措置は違法だが、確認請求などをし
なかった原告らにも過失がある」として、市に計3400万円余の支払いを命じた。
[時事通信ニュース速報1999/09/30]
3)実務上の対応
実務において「謝金」という取扱いは人事制度及び労働法の対応上不便であるから、「給与的謝
金」(パートであることが前提)のうち、常用的使用関係(たとえば、雇用期間が2か月以上見込
まれ、1日6時間以上かつ週4日以上勤務する者)については「謝金」的な取扱いでなく、非常勤
就業規則上の職員として取扱う必要があろう。前述週刊東洋経済の謝金雇用問題も、きっかけは社
会保険事務所への社会保険未加入を告発したことによって表面化している。
つぎに、部局(学部)ないし現場の教授は常用的使用関係で雇用する見込みであることが分かっ
ていながら、体裁だけは2か月以内の臨時的雇用であるかのように取りつくろって書類上の手続き
をする傾向があるようである。これは、労働法上のコンプライアンス上問題があるばかりでなく、
謝金就業をする者の福祉に配慮しない非人間的取扱いであるという非難を免れない。その辺の事情
を人事部門と現場とが同じ価値観をもって改善に取り組む必要がある。
(4)改善の方向性
謝金就業の実態は、適用する就業規則がなく部局(学部)ないし教授が独自に行うことができる
こともあり、しかも就業者数も相当数に及ぶ。中には、同一人が同時に複数の謝金就業をしている
こともあるようである。
改善の方向性としては、問題化しやすい事項から改善していくより手はないのではないか。その
例を挙げると、次のような順序であろうか。
①
解雇その他雇止めに関する規程の整備
解雇・雇止めに関するトラブルは労働者にとって譲歩しがたい重要なものである。
採用時における契約期間更新の有無・「有り」の場合は更新する場合(又は更新しない場合)
の基準、最終契約の際に「更新しない」旨の明示などを徹底する。
②
社会保険加入手続
法定要件を満たす者について、社会保険加入手続きを進める。
③
休暇の付与等
年次有給休暇、育児休業・介護休業、産前産後休業など法令によって保護されている休暇を
付与する仕組みを作る。→
④
結局のところ就業規則の整備。
残業未払いの解消
時間外・休日労働の実態を把握する。実情によっては三六協定において枠を設ける必要があ
る。
82
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第1編 労働法総論
第3章 多様な就業形態
資 料
資料4(P70,73,74,75 関係)
さまざまな就業形態
第 1-3-1 図 労働者派遣
第 1-3-2 図 在籍型出向
(派遣法 2 条)
(昭 61.6.6 基発 333 号)
派遣契約
派遣元
出向契約
派遣先
出向元
指揮命令関係
労働契約関係
出向先
労働契約関係
労働契約関係
(雇用関係)
(雇用関係)
労働者
第 1-3-3 図 請
労働者
負(業務委託)
第 1-3-4 図 労働者供給
(民法 632 条)
(職安法 4 条⑥、44 条)
請負契約
供給契約
発注者
請負業者
供給先
供給元
労働契約関係
労働契約関係又は
労働契約関係又
(雇用関係)
事実上の支配関係
は指揮命令関係
労働者
労働者
第 1-3-5 図 “偽装請負”契約
第 1-3-6図 “偽装請負”その2
(実質的には労働者派遣)
(松下 PDP の例)
形式的には請負契約
出向契約
発注者
請負業者
発注者
請負業者
大量出向(200 人)
労働契約関係
実際は発注者
労働契約関係
(雇用関係)
が直接指揮
(雇用関係)
労働者
出向者が直接指揮
命令
労働者
83
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第1編 労働法総論
第3章 多様な就業形態
資 料
資料 5(P80 関係)
Yes No 式
項
1
目
諾否の自由
労働者性の判断基準
内
容
労働者
請
負
仕事の依頼に対して諾否の自由がありますか?
・仕事の依頼を自由に断ることができるのであれば労
×
○
×
○
×
○
○
×
○
×
働者性を否定する要素となる。
2
拘束性
勤務場所、勤務時間は自由ですか?
・勤務場所、勤務時間を本人が自由に決めて仕事をす
ることができるのであれば、労働性を否定する要素と
なる。
3
代替性
本人に代わって他の者が労務を提供することが認
められていますか?
・他の人へ業務処理を依頼してもよいのであれば、労
働者性を否定する要素となる。
4
指揮命令
業務の内容及び遂行方法について「使用者」の具体
的な指揮命令を受けていますか?
・具体的な指揮命令を受けていれば労働者性を肯定す
る要素となる。
5
他の業務への従
使用者の命令・依頼により定められた業務以外の業
事
務に従事することがありますか?
・他の業務にも従事しなければならないのであれば、
労働者性を肯定する要素となる。
以上の観点からみて、総合的に判断する。
84
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第1編 労働法総論
第4章 個別労働関係紛争の解決手続き
1.紛争の解決手続きの概要
第4章 個別労働関係紛争の解決手続き
この章では、労働関係紛争のうち個別労働関係紛争についてその解決手続きを述べる。行政機関に
よる解決手続きは、都道府県労働局長及び同局長の指示による紛争調整委員会によるもの、地方公共
団体の機関である都道府県労働委員会によるものなどがあり、主として調整的解決を目指す。司法機
関による解決手続きには、労働審判制度のほか民事通常訴訟などがあり、主として判定的解決を目指
すが和解のような調整的解決を果たす機能も有する。
1.紛争の解決手続きの概要
(1)労働関係紛争の類型
労働関係紛争は、労働者と使用者との間でその権利・義務をめぐって生じる対立のことである。
もつとも典型的な例は賃金の未払い・解雇などであるが、その他転勤・昇進などの人事や出産・育
児休業などにまつわる不利益取扱いなどあらゆる労働条件に関し紛争が生じ得る。
労働関係紛争は、労働者側の紛争当事者が個別労働者であるか集団であるかによって「個別労働
関係紛争」と「集団労働関係紛争」とに分けられるが、後者については第3.集団的労使関係(第
9回・第 10 回を予定)において詳述することとし、この章では前者の個別労働関係紛争の解決手
続きについてのみ記述する。
第 1-4-1 図 労働者側当事者による分類
関係法令
・個別労働関係紛争解決促進法
個別労働関係紛争
・裁判外紛争解決促進法
・労働審判法
労働関係紛争
集団労使関係紛争
・労働組合法
・労働関係調整法
個々の労働者の解雇や労働条件をめぐる対立も、労働組合(地域合同労組など)が団体交渉等で
解決をめざす場合には集団労働関係紛争となる。個別労働関係紛争・集団個別労働関係紛争のいず
れであっても「権利紛争」及び「利益紛争」となり得るが、個別労働関係紛争の大多数は権利紛争
である。もっとも、年俸額の決定などは例外的に利益紛争となり得るものである(西谷「労働法」
P121)。
(2)労働関係紛争解決の形態
労働関係紛争を解決する方法は、労使の自主的解決を別として、二つに大別される。
第一は「調整的解決」であり、主として行政機関(都道府県労働局、都道府県労働委員会など)
の関与により紛争当事者の利益の調整を図り、その合意に基づいて解決する方法である。解決手法
としてあっせん、調停、仲裁、和解などがある。このほか、労基法等違反に対する労働基準監督署
や都道府県労働局の取締りや指導も間接的に紛争解決に寄与している。
85
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第1編 労働法総論
第4章 個別労働関係紛争の解決手続き
1.紛争の解決手続きの概要
第二は「判定的解決」であり、裁判所や労働委員会が労使当事者の権利・義務の存否やその実現
について判断を下すという方法である。
利益紛争の場合はもっぱら調整的解決をめざすほかないが、解雇などの権利紛争は基本的には判
定的解決をめざすことになる。しかし、権利紛争についても当初から調整的解決をめざしたり(例:
都道府県労働局のあっせん)、交渉の途中で調整的に解決を図ったりすることがある(例:裁判所
による和解・調停成立)。このような現状に対して西谷 敏教授は「それは、当事者の当面の満足が
得られる限り有用であるが、そうした解決方法の積み重ねが、長期的には法的原則や権利を空洞化
させるおそれがあることに留意すべきである。
」と、警告を発している(西谷「労働法」P122)。
(3)行政機関による紛争解決手続き
労働関係紛争が企業内において解決しえない場合、ある企業内の解決が適切でない場合などには、
公的機関による解決が必要となる。紛争一般についての公的な解決手続きは裁判所におけるもので
あるが、労働関係に関しては、行政による解決手続きが実際上大きな役割を果たしている。
まず、労働法規の実施を監督する行政機関が事実上紛争解決機能を果たすことも少なくない。た
とえば、労働基準監督機関は、労基法等の遵守についての監督と取締りを責務としているが、労働
関係紛争が労基法等違反の形をとる場合には、罰則を背景とする是正勧告などの行政指導を通じて
使用者に法違反を是正させることにより、結果的に紛争の解決を実現することがある。権限に差異
はあるが、雇用機会均等法や労働者派遣法・職業安定法の違反を所管する都道府県労働局も同様の
機能を果たしている。
次に、集団的労使紛争については、従来から労働委員会という専門的行政委員会がより直接的に
紛争解決機能を与えられてきた。労働委員会は、労働関係法によりあっせん・調停・仲裁という争
議調整サービスを提供するとともに、労働組合法により不当労働行為の判定と救済を行う。
他方、個別労働関係紛争に関しては、従来、上記のように労働基準監督機関等が事実上の紛争解
決にあたる他は、行政機関には紛争解決権限は明示的には与えられておらず、そのような状況のな
かで都道府県の労政主管事務所が、行政サービスとして、個別紛争を中心に労働相談を実施し、地
域によっては、簡易なあっせんを行ってきた。
しかし、後述するように、平成 13 年に個別労働関係紛争解決促進法が成立し新たな行政的紛争
解決制度が確立された。すなわち、
① 厚生労働省の地方機関である都道府県労働局(総合労働相談コーナー)における相談・情報
提供
② 都道府県労働局長による助言・指導
③ 紛争調整委員会によるあっせん(雇用機会均等法・パートタイム労働法上の紛争については
調停)
という 3 つの局面からなる紛争解決制度の創設である。
また、個別労働関係紛争解決促進法法が、④各地方公共団体も、相談・情報提供・あっせんなど
により、個別紛争の解決を推進するように努めるものとしたこともあって、多くの地方公共団体に
おける労働委員会も、個別労働関係紛争のあっせんを行うに至っている。
平成 19 年に都道府県労働局が受けた個別労働関係紛争の相談件数は 19 万 7,637 件、労働局が助
言・指導した件数 6,591 件、あっせん申請受理件数 7,844 件(合意が成立したしたものは 38.4%)
であり、後述する裁判所が取扱う労働事件よりも多い。
86
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第1編 労働法総論
第4章 個別労働関係紛争の解決手続き
1.紛争の解決手続きの概要
第 1-4-2 図 行政・司法による紛争解決の形態
労働基準監督署
労基法等違反に対し取締り・指導等を行う。
個別紛争解決促進法 4 条
当事者の双方又は一方からの求めに応じて必要
都道府県労働局
な助言・指導をすることができる。
男女雇用機会均等法 29 条 1 項
当事者からの求めがなくても必要があると認め
都道府県労働局
「総合労働相談コーナー」
が窓口
るときは、報告をもとめ、助言・指導・勧告を
することができる。
パート労働法 21 条 1 項
育児・介護休業法 52 条の 4 第 1 項
当事者の双方又は一方からの求めにより必要な
助言・指導・勧告をすることができる。
個別紛争解決促進法 5 条
当事者の双方又は一方から申請によりあっせん
を行う。
男女雇用機会均等法 18 条
紛争調整委員会
当事者の双方又は一方から申請により調停を行
う。
パート労働法 22 条 1 項
育児・介護休業法 52 条の 5 第 1 項
当事者の双方又は一方からの申請により調停を
行う。
個別紛争解決促進法 20 条 1 項
地方公共団体
都道府県労働委員会
自主的な解決を促進するため情報の提供・相
談・あっせん等を推進するよう努める。
原則として3回以内の審理により労働審判委員
労働審判制度
会が審判を下す。当事者から異議の申立てがあ
れば正式裁判へ移行する。
裁 判 所
判定的解決手続きとして①民事通常訴訟、②保
労働民事裁判等
全訴訟、③少額訴訟などがあり、調整的解決手
続きとして民事調停がある。
87
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第1編 労働法総論
第4章 個別労働関係紛争の解決手続き
1.紛争の解決手続きの概要
(4)裁判所による紛争解決
裁判所は、従来から、権利紛争としての労働関係紛争を最終的に解決する究極の公的機関として
の位置づけを与えられてきた。個別紛争の増加を反映して取扱い件数も増加しており、裁判所に提
訴された労働関係民事訴訟事件(通常訴訟事件と仮処分事件を含めた地裁第 1 審新受件数)は、平
成初期は年間 1,000 件あまりであったのが、平成 16 年では 3,100 件と 3 倍に増加した。
前述した行政機関の取り扱う相談件数の多さなどからすると、わが国では、労働関係紛争への対
応は、裁判所よりもむしろ行政機関が主として担ってきたものということができる。こうした現象
の背景としては、裁判所(及び弁護士)へのアクセスが時間や費用の面などで容易ではなかったこ
とがあげられる。にもかかわらず、裁判所は、権利義務の判定等を通じて労使間のルールを設定す
ることによって、わが国の労働関係に大きな影響を与えてきた。そして、最近では、司法制度改革
の一環として、増加する個別労働関係紛争に対応して、裁判官と労使の専門家が合議体(労働審判
委員会)を構成して、個別労働関係紛争に対し 3 回以内の期日で調停とそれが効を奏さない場合の
審判を行う労働審判手続きが、平成 15 年 4 月 26 日の労働審判法の制定によって制度化され、平成
18 年 4 月 1 日に施行された。個別労働関係紛争に適合した簡易迅速な専門的解決手続きが、裁判
所において発足し順調に利用され始めている。
⇒ わが国では、労働関係紛争への対応は、裁判所よりもむしろ行政機関が主として担ってきた。
88
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第1編 労働法総論
第4章 個別労働関係紛争の解決手続き
2.個別労働関係紛争解決促進法
2.個別労働関係紛争解決促進法
(1)法制定の経緯
従来わが国の労働法制は、集団的労使紛争につき、労働委員会による争議調整と不当労働行為の
救済の制度を設けてきたが、個別労働紛争については、法律上特別な紛争解決システムを用意して
こなかった。しかし、前述のように、近年に至り、集団紛争が減少する反面で個別労働関係紛争が
増大する傾向が生じたため、新たな個別労働関係紛争解決制度の設計が検討の対象となり、労働委
員会による調整の実施や裁判所での雇用関係調停の導入など様々な提案がなされた。他方、平成
10 年の労基法改正により、都道府県労働基準局が労働条件紛争についての解決援助機能をもつこ
ととなり(旧労基法 105 条の 3(※))、さらに、厚生労働省は、地方分権一括法の成立をうけた組
織再編の結果誕生した都道府県労働局において、個別紛争全般について調停を行う委員会を設置す
る構想を打ち出した。
最終的には、平成 13 年 10 月に施行した個別労働関係紛争解決促進法(平成 13 年法律第 112 号
「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」)において、国が都道府県労働局における相談・
情報提供と同局長による助言・指導、及び新たに設置される紛争調整委員会によるあっせんを行う
ものとされ、他方、地方公共団体においても、都道府県労働委員会等により個別労働関係紛争のあ
っせん等の調整を行うことができる、「複線型紛争解決制度」が採用されることとなった。
※旧労基法 105 条の 3(紛争の解決の捷助)
都道府県労働基準局長は、労働条件についての労働者と使用者との間の紛争(労働関係調整法(昭
和二十一年法律第二十五号)第六条に規定する労働争議に当たる紛争、国営企業労働関係法(昭和二
十三年法律第二百五十七号)第二十に規定する紛争及び雇用の分野における男女の均等な機会及び待
遇の確保等に関する法律(昭和四十七年法律第百十三号)第十二条第一項に規定する紛争を除く。)
に関し、当該紛争の当事者の双方又は一方からその解決につき援助を求められた場合には、当該当事
者に対し、必要な助言又は指導をすることができる。
2
都道府県労働基準局長は、前項に規定する助言又は指導をするため必要があると認めるときは、広
く産業社会の実情に通じ、かつ、労働問題に関し専門的知識を有する者の意見を聴くものとする。
(平成 10 年法律 112 号・追加。平成 13 年法律 112 号「個別労働関係紛争解決促進法」の制定により、
同法4条に移行した。)
⇒ 個別労働関係紛争解決促進法による行政機関の「調整的解決」は、国が行うものとして都道府県労働局長
の助言・指導、及び紛争調整委員会によるあっせんがあり、地方公共団体が行うものとして都道府県労働委
員会等によるあっせん等がある。
(2)制度の対象となる紛争及び対象者
こうして制定された個別労働関係紛争解決促進法は、募集採用に関する紛争を含め、労働条件そ
の他労働関係に関する事項についての個々の労働者(求職者)と事業主との間の紛争(「個別労働
関係紛争」)を対象とし、調整によりその迅速かつ適正な解決を図るものである(個別紛争解決促
進法 1 条)。
このように、
本法の適用対象となるのは個別的労働関係に関して生じた紛争であるが、
その範囲は、募集採用の際の紛争も含まれる広範なものである。
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第1編 労働法総論
第4章 個別労働関係紛争の解決手続き
2.個別労働関係紛争解決促進法
社員持株会の給付・社宅の明渡し・労災上積み補償などの福利厚生的なものが対象となるのかに
ついて、安西 愈弁護士は「個別的な労働契約に基づく債権、債務といったものなら対象となろう。」
と述べておられる(安西「採用・退職」P979)
。
この個別労働関係紛争解決促進法の対象となる紛争の具体的内容は、次のようなものが考えられ
る。
① 解雇・雇止め・配置転換・出向・昇進・昇格、労働条件に係る差別的取扱い、労働条件の不
利益変更等の労働条件に関する紛争
②セクシャル・ハラスメント、いじめ等の就業環境に関する紛争
③労働契約の承継、競業避止特約等の労働契約に関する紛争
④募集・採用に関する差別的取扱いに関する紛争(ただし、「あっせん」「調停」の対象外)
なお、次の紛争については個別労働関係紛争解決促進法の対象から除外されている。
a.すでに労働争議となっている紛争や労働争議となるおそれがある紛争
b.男女雇用機会均等法が処理する女性であることを理由とする差別に関する紛争(男女雇用
機会均等法に基づいて処理される。
)
c.パート労働法が処理する労働条件の明示や通常の労働者との均等又は均衡待遇に係る紛争
(パート労働法に基づいて処理される。)
次に、個別労働関係紛争解決促進法が適用対象とする紛争当事者となり得るのは個々の労働者と
事業主であり、労働者の家族や相続人、あるいは労働組合は労働者側当事者とはなり得ず、使用者
側当事者も労基法 10 条にいう「使用者」全般をいうものではなく、事業主に限られる。
⇒ 個別労働関係紛争解決促進法の紛争当事者となり得る者は個々の労働者に限られ、労働者の家族や相続
人、労働組合などは労働者側当事者となり得ない。
(3)総合労働相談コーナーの創設
個別労働関係紛争解決促進法は、個別労働関係紛争の予防と自主的な解決の促進のため、労働者
や事業主等に対して情報の提供、相談その他の援助を行うものとしている(個別紛争解決促進法 3
条)。これは、労働関係における不満や苦情の中には、法令や判例についての知識の不十分さなど
に基づくものも多く、情報提供や相談により解決が期待できることによるものである。
本条に基づき、各都道府県労働局は、局内や労働基準監督署内、あるいは主要都市の駅周辺ビル
内など全国約 300 箇所に総合労働相談コーナー(※)を設置したうえ、総合労働相談員により情
報提供や相談を実施している。同コーナーでは労働関係についての相談等を広く受け付けているが、
労基法・職安法・均等法などの法令違反とみられる事案は所轄の行政機関の処理に委ね、それ以外
の事案は、必要に応じ、次に述べる都道府県労働局長による紛争解決援助制度の対象とする。
※厚生労働省「総合労働相談コーナー」
対象労働条件、募集・採用、男女均等取扱い、いじめなど、労働問題に関するあらゆる分野につい
ての労働者、事業主からの相談を、専門の相談員が、面談あるいは電話で受けている(相談は無料)
。
http://www.mhlw.go.jp/general/seido/chihou/kaiketu/soudan.html
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第1編 労働法総論
第4章 個別労働関係紛争の解決手続き
2.個別労働関係紛争解決促進法
(4)都道府県労働局長の助言・指導
個別労働関係紛争については、当事者の一方または双方から解決のための援助を求められた場合、
都道府県労働局長が必要な助言または指導をすることができる(個別紛争解促法 4 条 1 項)。行政
機関において、事実関係を整理したうえで、法令や判例等に照らし、紛争当事者に対する助言・指
導という形で問題点を指摘したり解決の方向性を示すことにより、紛争の自主的解決を促進しよう
とする制度である。助言指導を行うため必要がある場合、都道府県労働局長は、産業社会の実情に
通じた労働問題の専門家の意見を聴くものとされている(同条 2 項)
。
この助言・指導制度の対象となるのは、個別労働関係紛争であり、労調法及び特労法の定める労
働争議(労調 6 条、特労法 26 条 1 項)にあたる紛争(労調法等の手続きによる)は除かれる。
また、男女雇用機会均等法(以下「均等法」という。)及びパートタイム労働法(以下「パート
労働法」という。)のもとでの紛争(均等法上の差別禁止及び事業主の講ずべき措置をめぐる紛争、
及び、パート労働法上の具体的行為規範をめぐる紛争)については、個別労働関係紛争解決促進法
の定める都道府県労働局長の助言・指導の規定は適用されず(均等法 16 条、特労法 20 条)
、それ
ら法律自身が、紛争当事者の求めがある場合の都道府県労働局長による助言・指導・勧告の権限を
規定している(勧告まで可能であることが特徴。均等法 17 条、特労法 21 条)。その他、裁判所に
おいて係争中であるか、または確定判決が出されている紛争などは、助言・指導の必要性がないも
のと判断される。
事業主は、こうした紛争解決の援助を求めたことを理由にして、労働者に対して解雇その他の不
利益取扱いをしてはならない(個別紛争解促法 4 条 3 項、均等法 17 条 2 項、特労法 21 条 2 項)。
※改正育児・介護休業法による紛争解決
平成 22 年 6 月 30 日から施行される改正育児・介護休業法では、育児・介護に関する事項の紛争に
ついて、均等法・パート労働法と同様に都道府県労働局長による助言・指導・勧告をすることができ
ることとなる(改正育介法 52 条の 4 第 1 項)。
(5)紛争調整委員会によるあっせん
1)紛争調整委員会の構成
個別労働関係紛争解決促進法は、さらに、当事者の双方または一方から申請があった場合におい
て、都道府県労働局長が必要と認めたときには、紛争調整委員会に個別労働関係紛争のあっせんを
行わせるものとしている(個別紛争解促法 5 条)
。対象となる紛争の範囲は(2)と同様であるが、
均等法およびパート労働法上の紛争については、それら法律の定める紛争調整委員会による調停制
度が用いられる(均等法 16 条、特労法 20 条)
。紛争調整委員会が当事者間の話し合いを促進させ
ることにより、紛争の円満な自主的解決を図ろうとする制度である。
紛争調整委員会は各都道府県労働局に置かれ(個別紛争解促法 6 条 1 項)、学識経験者から任命さ
れる委員(非常勤で任期 2 年)3 人以上 12 人以内で組織する(個別紛争解促法 7 条・8 条)。あっ
せんは、委員のうちから会長が事件ごとに指名する 3 人のあっせん委員により行われる(個別紛争
解促法 12 条 1 項)。
2)個別労働関係紛争解決促進法によるあっせん
あっせんは、あっせん委員が当事者の間に立って話し合いを促進することを目的とする非公開の
調整的手続きであり(出席は強制されない)、制度上は、当事者の自主性に重点が置かれる点に特
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第1編 労働法総論
第4章 個別労働関係紛争の解決手続き
2.個別労働関係紛争解決促進法
色がある(後述するあっせん案の提示も、当事者の話し合いに方向性を示すためのものである。ち
なみに、均等法やパート労働法の「調停」の場合は調停案の受諾を求めることに重点が置かれてい
る)。
あっせん手続きは、当事者の双方または一方の申請があった場合において、都道府県労働局長が
必要があると認めるときに紛争調整委員会にあっせんを委任することにより開始される。これを受
けて、紛争調整委員会の会長はあっせん委員 3 名を指名し、当該あっせん委員は当事者等から事情
を聴取し双方の主張の要点を確かめ、実情に即して事件が解決するように努める(個別紛争解促法
12 条 2 項)。実際上はあっせん委員 3 名のうち 1 名があっせんの一部を担当することができる(施
行規則 7 条 1 項)こととされており、1名が中心となって実務を取扱う例が多いようである。
あっせん委員は、必要に応じ参考人からの意見聴取等を行うほか、事件の解決に必要なあっせん
案を全員一致により作成し、当事者に提示することができる(個別紛争解促法 13 条)。また、関係
労使の代表から意見を聴くこともできる(個別紛争解促法 14 条)。「事件の解決に必要」とは、当
事者双方があっせん案の提示を求めた場合などが該当する(施行規則 9 条 1 項)
。
あっせん案に沿って当事者間で合意が成立した場合には、通常、民法上の和解契約として取り扱
われる。
紛争解決の見込みがない場合(施行規則 12 条)は、あっせん委員は手続きを打ち切ることがで
きる(法 15 条)。
具体的には、紛争当事者の他の一方(通常は事業主側)があっせんの手続きに参加する意思がな
いときなどの場合は手続きを打ち切ることになるので、実際の実効性は十分とはいえない。手続き
を打ち切る事由は、次のとおりである(施行規則 12 条)。
① 紛争当事者の一方が、あっせんの手続に参加する意思がない旨を表明したとき。
② 提示されたあっせん案について、紛争当事者の一方又は双方が受諾しないとき。
③ 紛争当事者の一方又は双方があっせんの打切りを申し出たとき。
④ 意見聴取その他あっせんの手続の進行に関して紛争当事者間で意見が一致しないため、あっ
せんの手続の進行に支障があると認めるとき。
⑤ 前各号に掲げるもののほか、あっせんによっては紛争の解決の見込みがないと認めるとき。
あっせんが打ち切られた場合、当該あっせん申請を行った者がその旨の通知を受けてから 30 日
以内にその対象となった請求につき訴えを提起したときは、時効の中断に関してはあっせん申請の
時に訴えの提起があったものとみなされる(個別紛争解促法 16 条)。
なお、紛争解決援助制度におけると同様に、事業主は、あっせんの申請をしたことを理由として
労働者に対し解雇等の不利益な取扱いをしてはならない(個別紛争解促法 5 条 2 項)。
⇒ 個別労働関係紛争解決促進法によるあっせん案は、当事者双方から提示を求められた場合に作成す
る(当事者の一方は、あっせんを望まなければ拒否すればよい。)。
個別労働関係紛争解決促進法
(あっせんの委任)
第5条
都道府県労働局長は、前条第一項に規定する個別労働関係紛争(労働者の募集及び採用に関
する事項についての紛争を除く。
)について、当該個別労働関係紛争の当事者(以下「紛争当事者」と
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第1編 労働法総論
第4章 個別労働関係紛争の解決手続き
2.個別労働関係紛争解決促進法
いう。
)の双方又は一方からあっせんの申請があった場合において当該個別労働関係紛争の解決のため
に必要があると認めるときは、紛争調整委員会にあっせんを行わせるものとする。
(あっせん)
第 12 条
委員会によるあっせんは、委員のうちから会長が事件ごとに指名する三人のあっせん委員
によって行う。
2
あっせん委員は、紛争当事者間をあっせんし、双方の主張の要点を確かめ、実情に即して事件が
解決されるように努めなければならない。
第 13 条
あっせん委員は、紛争当事者から意見を聴取するほか、必要に応じ、参考人から意見を聴
取し、又はこれらの者から意見書の提出を求め、事件の解決に必要なあっせん案を作成し、これを紛
争当事者に提示することができる。
2
前項のあっせん案の作成は、あっせん委員の全員一致をもって行うものとする。
第 14 条
あっせん委員は、紛争当事者からの申立てに基づき必要があると認めるときは、当該委員
会が置かれる都道府県労働局の管轄区域内の主要な労働者団体又は事業主団体が指名する関係労働者
を代表する者又は関係事業主を代表する者から当該事件につき意見を聴くものとする。
第 15 条
あっせん委員は、あっせんに係る紛争について、あっせんによっては紛争の解決の見込み
がないと認めるときは、あっせんを打ち切ることができる。
(時効の中断)
第 16 条
前条の規定によりあっせんが打ち切られた場合において、当該あっせんの申請をした者が
その旨の通知を受けた日から三十日以内にあっせんの目的となった請求について訴えを提起したとき
は、時効の中断に関しては、あっせんの申請の時に、訴えの提起があったものとみなす。
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第1編 労働法総論
第4章 個別労働関係紛争の解決手続き
3.男女雇用機会均等法等による紛争の解決
3.男女雇用機会均等法等による紛争の解決
(1)概
要
前述2.のとおり、個別労働関係紛争解決促進法による解決手段は、①都道府県労働局長による
助言・指導、②紛争調整委員会によるあっせん、であった。しかし、②によるあっせん案の作成・
提示・受諾の一連の手続きは、紛争当事者の一方が、あっせんの手続に参加する意思がない場合に
は打切りとなるため、労働者保護の立場からすれば十分とはいえない。
そこで、主に女性労働者の雇用の分野における均等な待遇の実現に関係する均等法、パート労働
法、育児・介護休業法では、紛争の解決に関し個別労働関係紛争解決促進法によるのでなく、独自
の紛争解決システムを有している。
具体的には、①都道府県労働局長の助言・指導・勧告、②紛争調整委員会による調停、である。
(2)男女雇用機会均等法による紛争の解決
1)苦情の自主的解決
性別を理由とする差別的取扱い等に関する苦情については、まず、企業内に労使をそれぞれ代表
する者を構成員とする苦情処理機関を設け、事業主は当該苦情処理機関に対し苦情の処理をゆだね
る等その自主的な解決を図るように努めなければならない(均等法 15 条)。
苦情処理の方法は必ずしも前述苦情処理機関にゆだねることでなければならないわけではない
が、この方法が苦情処理の方法としてもっとも適切な方法の一つとして例示されている。
なお、紛争解決の手段として都道府県労働局長による紛争解決の援助等があるが、企業内の自主
的解決方法を経た後でなければ援助の対象としないという趣旨ではなく、独立した紛争解決の手段
として利用することは可能である。しかしながら、企業の雇用管理に関する労働者の苦情や労使間
の紛争は本来労使で自主的に解決することが望ましいことにかんがみれば、まず、企業内において
自主的解決の努力を行うことが望まれるものである(平 18.10.11 雇児発 1011002 号)。
⇒ 事業主は、性別を理由とする差別的取扱い等に関する苦情の処理をゆだねる苦情処理機関を設ける等自主
的な解決を図る努力義務がある。
2)都道府県労働局長による助言・指導・勧告
男女雇用機会均等法においては、前述2.(4)の個別労働関係紛争解決促進法による紛争当事
者の求めがある場合の都道府県労働局長の助言・指導の権限とは別に、厚生労働大臣は、男女雇用
機会均等法の施行に関し必要があると認めるときは、紛争当事者の求めがなくても、事業主に対し
て、報告を求め、または助言・指導・勧告をすることができるとされている(均等法 29 条 1 項)。
厚生労働大臣のこの権限は、労働者による相談や援助の求めの有無にかかわらず行使することがで
きる点に特長があり、また当該事業主のもとでの特定の紛争についてのみならず当該企業の雇用管
理一般について行使することができる(そこで一般的指導権限と称される)。実際には、この権限
は都道府県労働局長に委任され、同局長によって行使される(同条 2 項)。差別禁止規定(5 条~7
条・9 条 1 項~3 項)及び事業主の講ずべき措置(11 条~13 条)に違反している事業主に対しては、
この権限行使として是正勧告が行われ、事業主がこれに従わない場合には、厚生労働大臣の名によ
って当該違反と勧告不服従の公表をすることができる(均等法 30 条)。
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第1編 労働法総論
第4章 個別労働関係紛争の解決手続き
3.男女雇用機会均等法等による紛争の解決
3)紛争調整委員会による調停
都道府県労働局長は、募集、採用に関する紛争を除き、均等法の差別禁止規定及び事業主の講ず
べき措置に関する紛争について、関係当事者の双方または一方から調停の申請がある場合において、
当該紛争の解決のために必要があると認めるときは、紛争解決調整委員会に調停を行わせることが
できる(均等法 18 条)。従采は、当事者の一方の調停申請については相手方当事者の同意がなけれ
ば調停に付しえないこととされていたが、平成 9 年改正で相手方当事者の同意がなくても調停を開
始できることとした。調停は、紛争調整委員会の委員の中からあらかじめ指名された 3 名の調停委
員によって行われる(均等法 19 条)。紛争調整委員会は、調停のため必要があると認めるときは、
関係当事者等の出頭を求め、その意見を聴くことができる(均等法 21 条。平成 18 年法律 82 号で
追加)。
紛争調整委員会は、調停案を作成し、関係当事者に対してその受諾を勧告することができる(均
等法 22 条)。
⇒ 男女雇用機会均等法による「調停」は、相手方当事者の同意がなくても開始することができるし、調停
案を作成しその受諾を勧告することができる。
男女雇用機会均等法
(調停の委任)
第 18 条
都道府県労働局長は、第十六条に規定する紛争(労働者の募集及び採用についての紛争を
除く。)について、当該紛争の当事者(以下「関係当事者」という。)の双方又は一方から調停の申
請があつた場合において当該紛争の解決のために必要があると認めるときは、個別労働関係紛争の
解決の促進に関する法律第六条第一項の紛争調整委員会(以下「委員会」という。)に調停を行わせ
るものとする。
(第2項 略)
(調停)
第 19 条
前条第一項の規定に基づく調停(以下この節において「調停」という。)は、三人の調停
委員が行う。
2
調停委員は、委員会の委員のうちから、会長があらかじめ指名する。
第 20 条
委員会は、調停のため必要があると認めるときは、関係当事者の出頭を求め、その意見を
聴くことができる。
2
委員会は、第十一条第一項に定める事項についての労働者と事業主との間の紛争に係る調停のた
めに必要があると認め、かつ、関係当事者の双方の同意があるときは、関係当事者のほか、当該事
件に係る職場において性的な言動を行つたとされる者の出頭を求め、その意見を聴くことができる。
第 21 条
委員会は、関係当事者からの申立てに基づき必要があると認めるときは、当該委員会が置
かれる都道府県労働局の管轄区域内の主要な労働者団体又は事業主団体が指名する関係労働者を代
表する者又は関係事業主を代表する者から当該事件につき意見を聴くものとする。
第 22 条
委員会は、調停案を作成し、関係当事者に対しその受諾を勧告することができる。
第 23 条
委員会は、調停に係る紛争について調停による解決の見込みがないと認めるときは、調停
を打ち切ることができる。
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第1編 労働法総論
第4章 個別労働関係紛争の解決手続き
3.男女雇用機会均等法等による紛争の解決
(第2項 略)
(時効の中断)
第 24 条
前条第一項の規定により調停が打ち切られた場合において、当該調停の申請をした者が同
条第二項の通知を受けた日から三十日以内に調停の目的となつた請求について訴えを提起したとき
は、時効の中断に関しては、調停の申請の時に、訴えの提起があつたものとみなす。
(3)育児・介護休業法に関する紛争の解決
1)苦情の自主的解決
育児・介護休業に関する事項についての苦情は、まず、企業内に労使をそれぞれ代表する者を
構成員とする苦情処理機関を設け、事業主は当該苦情処理機関に対し苦情の処理をゆだねる等その
自主的な解決を図るように努めなければならない(育介法 52 条の 2)。
この紛争の自主的解決の促進については、男女雇用機会均等法及びパートタイム労働法の場
合と同様である。
2)都道府県労働局長の助言・指導・勧告
育児・介護休業法においては、紛争の当事者の双方又は一方からの求めにより、都道府県労働局
長は育児・介護休業等に関する労働者と事業主との紛争について、必要な助言・指導・勧告をする
ことができる(育介法 52 条の 4 第 1 項)。
また、厚生労働大臣の権限として、紛争当事者の求めがなくても事業主に対して報告を求め、又
は助言・指導・勧告をすることができる点についても、男女雇用機会均等法の場合(均等法 29 条
1 項)と同様である(育介法 56 条)。
3)紛争調整委員会による調停
育児・介護休業法においては、育児・介護休業法に規定する事項に関する紛争について当事者双
方又は一方からの申請があった場合において当該紛争の解決に必要と認めるときは、紛争調整委員
会による調停が行われる(育介法 52 条の 5 第 1 項)。
育児・介護休業法
(苦情の自主的解決)
第52条の2
事業主は、第2章から第5章まで、第23条及び第26条に定める事項に関し、労働者から
苦情の申出を受けたときは、苦情処理機関(事業主を代表する者及び当該事業所の労働者を代表する
者を構成員とする当該事業所の労働者の苦情を処理するための機関をいう。)に対し当該苦情の処理
をゆだねる等その自主的な解決を図るように努めなければならない。
(紛争の解決の促進に関する特例)
第52条の3
前条の事項についての労働者と事業主との間の紛争については、個別労働関係紛争の
解決の促進に関する法律(平成13年法律第112号)第4条の規定は適用せず、次条に定めるところによ
る。
(紛争の解決の援助)
第52条の4
都道府県労働局長は、前条に規定する紛争に関し、当該紛争の当事者の双方又は一方
からその解決につき援助を求められた場合には、当該紛争の当事者に対し、必要な助言、指導又は勧
告をすることができる。
第2項 略
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第1編 労働法総論
第4章 個別労働関係紛争の解決手続き
3.男女雇用機会均等法等による紛争の解決
(調停の委任)
第52条の5 都道府県労働局長は、第52条の3に規定する紛争について、当該紛争の当事者の双方又は
一方から調停の申請があった場合において当該紛争の解決のために必要があると認めるときは、個別
労働関係紛争の解決の促進に関する法律第6条第1項の紛争調整委員会に調停を行わせるものとする。
第2項 略
(報告の徴収並びに助言、指導及び勧告)
第56条 厚生労働大臣は、この法律の施行に関し必要があると認めるときは、事業主に対して、報告
を求め、又は助言、指導若しくは勧告をすることができる。
(公表)
第 56 条の 2
厚生労働大臣は、(中略)の規定に違反している事業主に対し、前条の規定による勧
告をした場合において、その勧告を受けた者がこれに従わなかったときは、その旨を公表することが
できる。
(4)パートタイム労働法に関する紛争の解決
1)苦情の自主的解決
短時間労働者の労働条件に関する事項や育児・介護休業に関する事項についての苦情は、ま
ず、企業内に労使をそれぞれ代表する者を構成員とする苦情処理機関を設け、事業主は当該苦情処
理機関に対し苦情の処理をゆだねる等その自主的な解決を図るように努めなければならない(パー
ト労働法 19 条)。
この紛争の自主的解決の促進については、上記(2)1)の男女雇用機会均等法及び(3)
1)の育児・介護休業法の場合と同様である。
2)都道府県労働局長の助言・指導・勧告
パートタイム労働法においては、男女雇用機会均等法及び育児・介護休業法と同様に、紛争の
当事者の双方又は一方からの求めにより、都道府県労働局長は短時間労働者と事業主との間の紛争
について、必要な助言・指導・勧告をすることができる(パート労働法 21 条 1 項)。
男女雇用機会均等法及び育児・介護休業法では、厚生労働大臣の権限として、紛争当事者の求
めがなくても事業主に対して、報告を求め、または助言・指導・勧告をすることができることとさ
れていたが(均等法 29 条 1 項)パートタイム労働法ではこのような規定がないため、紛争の当事
者の双方又は一方からの求めがなければ行われない。ただし、個別労働関係紛争解決促進法の場合
と違って「勧告」まで行うことができるところに特徴がある。
3)紛争調整委員会による調停
パートタイム労働法においては、パートタイム労働法・育児介護休業法に規定する次の事項に関
する紛争について、当事者双方または一方からの申請があった場合において当該紛争の解決に必要
と認めるときは、紛争調整委員会による調停が行われる(パート労働法 22 条 1 項)。
①労働条件に関する文書交付等の義務(パート労働法 6 条 1 項)
②差別的取扱いの禁止(8 条 1 項)
③教育訓練に関する措置義務(10 条 1 項)
④福利厚生に関する配慮義務(11 条)
⑤通常労働者への転換の措置義務(12 条 1 項)
⑥待遇の決定に関する説明義務(13 条)
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第1編 労働法総論
第4章 個別労働関係紛争の解決手続き
3.男女雇用機会均等法等による紛争の解決
事業主は、その雇用する短時間労働者が、都道府県労働局長に紛争解決援助の申出をしたことま
たは調停申請をしたことを理由として、当該労働者を解雇その他不利益取扱いをしてはならない
(パート労働法 21 条 2 項・22 条 2 項)。
これら紛争調整委員会による調停に付すことができる紛争については、個別労働関係紛争解決促
進法における助言・指導やあっせんの手続きは適用されない(パート労働法 20 条)。そして、その
調停の手続きについては、雇用機会均等法の調停に関する規定が準用される(パート労働法 23 条)。
⇒ パート労働法による「調停」は、男女雇用機会均等法の場合と同様に、相手方当事者の同意がなくても
開始することができるし、調停案を作成しその受諾を勧告することができる。
パート労働法
(紛争の解決の援助)
第 21 条
都道府県労働局長は、前条に規定する紛争に関し、当該紛争の当事者の双方又は一方から
その解決につき援助を求められた場合には、当該紛争の当事者に対し、必要な助言、指導又は勧告を
することができる。
2
事業主は、短時間労働者が前項の援助を求めたことを理由として、当該短時間労働者に対して解
雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
(調停の委任)
第 22 条
都道府県労働局長は、第二十条に規定する紛争について、当該紛争の当事者の双方又は一
方から調停の申請があった場合において当該紛争の解決のために必要があると認めるときは、個別労
働関係紛争の解決の促進に関する法律第六条第一項 の紛争調整委員会に調停を行わせるものとする。
2
前条第二項の規定は、短時間労働者が前項の申請をした場合について準用する。
(調停)
第 23 条
雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律 (昭和四十七年法
律第百十三号)第十九条 、第二十条第一項及び第二十一条から第二十六条までの規定は、前条第一項
の調停の手続について準用する。この場合において、同法第十九条第一項 中「前条第一項」とあるの
は「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律第二十二条第一項」と、同法第二十条第一項中「関
係当事者」とあるのは「関係当事者又は関係当事者と同一の事業所に雇用される労働者その他の参考
人」と、同法第二十五条第一項中「第十八条第一項」とあるのは「短時間労働者の雇用管理の改善等
に関する法律第二十二条第一項」と読み替えるものとする。
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第1編 労働法総論
第4章 個別労働関係紛争の解決手続き
3.男女雇用機会均等法等による紛争の解決
(5)労働委員会によるあっせん等
地方分権推進のための平成 11 年の地方自治法の改正により、地方労働委員会(現在は都道府県
労働委員会)の事務は、地方公共団体に固有の「自治事務」となったことから(地方自治法 180
条の 5 第 2 項 2 号)、労働組合法上の不当労働行為救済手続き及び労働関係調整法所定の労働争議
調整手続きの他、各地方公共団体の判断にもとづき、当該団体の長がその権限事務を委任すること
により、個別紛争の解決手続きを労働委員会に担当させることが可能となった(地方自治法 180
条の 2)。また、個別労働関係紛争解決促進法のもとで、地方公共団体は、当該地域の実情に応じ、
個別紛争の未然防止及び自主的解決の促進のため、労働者や事業主等に対する情報提供、相談、あ
っせんその他の必要な措置を推進するように努めるものとされた(20 条 1 項)。
そこで、地方公共団体の多くは、条例や要綱を定めて、実際に都道府県労働委員会に個別紛争の
解決機能を担わせるようになっている(平成 19 年 1 月現在で 44 道府県)。具体的な紛争解決制度
は地方公共団体により異なるが、労政事務所の相談サービスや独自の相談サービスと連携し、そこ
での相談案件の中で、当事者が望む場合に、会長に指名されたあっせん員があっせんにあたるとい
う仕組みが一般的である。
こうした地方公共団体の施策を支援するため、国は、情報の提供その他必要な措置を講ずるもの
とされており(個別紛争解促法 20 条 2 項)、また、中央労働委員会は、都道府県労働委員会が個別
紛争解決にあたる場合には、必要な助言指導をすることができるとされている(同条 3 項)
。
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第1編 労働法総論
第4章 個別労働関係紛争の解決手続き
5.労働審判制度
5.労働審判制度
(1)概
要
司法制度改革のなかで、現行の労働裁判の不十分さも問題となり、労働裁判所制度の創設を含め
てさまざまな提案がなされた。結局、裁判制度の抜本的改革には至らなかったが、平成 16 年に労
働審判法が成立し、平成 18 年 4 月から施行された。
労働審判制度は、全国の各地方裁判所に設置される独特の制度で、裁判官である「労働審判官」
1 人と、
「労働関係に関する専門的知識経験を有する者」
(実際には労働組合と使用者団体からそれ
ぞれ推薦される)2 人の審判員によって、労働審判委員会を構成し(労審法 7~9 条)、原則 3 回ま
での審理によって(労審法 15 条 2 項)、個別労働関係紛争を迅速に解決しようとするものである。
労働審判委員会における評決にあたって、労働審判員は労働審判官と同等の権利をもっており(労
審法 12 条 1 項)、この点で、公益委員だけが不当労働行為の審査権限をもつ労働委員会との相違が
認められる。
(2)対象となる紛争
労働審判制度の対象となるのは、「労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々
の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争」(労審法 1 条)である。具体的には、解雇、
雇止め、配転、出向、賃金・退職金請求権、懲戒処分、労働条件変更の拘束力などをめぐる、個々
の労働者と事業主との間の権利紛争が対象となる。
労働者相互間の紛争、労働関係とは無関係な労働者と事業主個人の紛争、労働組合と使用者の集
団的な紛争はこの制度の対象とはならない。労働契約関係ではない労働関係である派遣労働者と派
遣先の関係については、労働基準法のいくつもの規定が準用され(労働者派遣 44 条)、安全配慮
義務も肯定されること、労働審判法が対象となる紛争を「労働者・使用者間」ではなく「労働者・
事業主間」と表現していることを考えると、ここでいう「労働関係」に入ると考えられる。他方、
募集・応募の段階は労働関係とは言いがたいが、労働契約関係が解約権留保付きで成立している採
用内定関係に入れば、「労働関係」といえる。国家公務員法や地方公務員法によって規律されてい
る公務員関係は、民事の紛争ではないので入らないとの整理がなされている。
⇒ 労働審判制度が取扱う「労働関係」には、派遣労働者と派遣先との紛争や採用内定関係下の紛争も含
まれる。
⇒ 公務員については、国家公務員法・地方公務員法によって規律される関係であり民事紛争ではないた
め、取扱われない。
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第1編 労働法総論
第4章 個別労働関係紛争の解決手続き
5.労働審判制度
(3)特
色
労働審判制度特色を挙げると、次のとおりである。
① 地方裁判所において、裁判官 1 名と労働関係の専門的な知識経験を有する者 2 名(労使それ
ぞれから 1 人ずつ、非常勤)によって構成される合議体(労働審判委員会)が紛争処理を行う
こと。
②
同紛争が労働者の生活をかけた紛争であることから、原則として「3 回以内の期日において、
審理を終結しなければならない」として、紛争の迅速で集中的な解決を図ること(労審法 15
条 2 項)。
③ 当事者の互譲による和解が紛争をより迅速に実質的に解決するものであることから、「調停
の成立による解決の見込みがある場合にはこれを試み」る、として、手続きの中に調停を包み
込んでいること。調停による解決が成立すれば、それは裁判上の和解と同一の効力をもつ(労
審法 29 条)。
④
調停によって紛争を解決できないときに、権利関係を踏まえつつ、事案の実情に即した解決
を行うための審判を下すこと。審判では、権利関係を確認したり、金銭の支払い等の財産上の
給付を命じたりすることができ、また、その他紛争の解決のために相当と認める事項を定める
ことができる(労審法 20 条)。
⑤ 訴訟手続きとの連携である。当事者から異議の申立てがあれば、労働審判は失効し(21 条 3
項)、労働審判の申立てのときに遡って訴えの提起があったものとみなされる(22 条 1 項)。
(4)審
理
労働審判委員会は、3 回までの審理の間に調停の成立に努め、調停が成立しない場合には審判を
行う(労審法 20 条)。調停が成立した場合や審判に当事者双方が同意した場合には、それに裁判上
の和解と同一の効力が認められるが、審判に対して当事者が2週間以内に異議を申し立てた場合、
審判は失効し(21 条)、労働審判手続きの申立のときに訴訟の提起があったものとみなされる(22
条 1 項)。委員会は、事案の性質に照らして労働審判手続きが適当でない場合、労働審判事件を終
了させることができ、この場合も訴訟の提起が擬制される(24 条)。
この制度において重要な役割は果たす労働審判は、審理の結果認められる当事者間の権利義務関
係及び労働審判手続きの経過を踏まえて当事者間の権利関係を確認し、金銭の支払、物の引渡しそ
の他の財産上の給付を命じ、その他個別労働関係民事紛争の解決をするために相当と認める事項を
定めることができるとされる(20 条 1 項・2 項)。ここに、裁判と民事調停の中間的性格をもつ労
働審判制度の特徴がよくあらわれている。西谷 敏教授は労働審判制度の運用が民事調停的な解決
に偏ることを危惧し、「調停と審判が一体化され、労働審判制度が過度に調整的な解決制度となれ
ば、迅速な権利救済という本来の趣旨から離れる危険性がある。」と指摘しておられる(西谷「労
働法」P125)
。
労働審判法
(目的)
第1条
この法律は、労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主
との間に生じた民事に関する紛争(以下「個別労働関係民事紛争」という。)に関し、裁判所において、
裁判官及び労働関係に関する専門的な知識経験を有する者で組織する委員会が、当事者の申立てによ
り、事件を審理し、調停の成立による解決の見込みがある場合にはこれを試み、その解決に至らない
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第1編 労働法総論
第4章 個別労働関係紛争の解決手続き
5.労働審判制度
場合には、労働審判(個別労働関係民事紛争について当事者間の権利関係を踏まえつつ事案の実情に
即した解決をするために必要な審判をいう。以下同じ。
)を行う手続(以下「労働審判手続」という。)
を設けることにより、紛争の実情に即した迅速、適正かつ実効的な解決を図ることを目的とする。
(迅速な手続)
第 15 条
労働審判委員会は、速やかに、当事者の陳述を聴いて争点及び証拠の整理をしなければな
らない。
2
労働審判手続においては、特別の事情がある場合を除き、三回以内の期日において、審理を終結
しなければならない。
(労働審判)
第 20 条
労働審判委員会は、審理の結果認められる当事者間の権利関係及び労働審判手続の経過を
踏まえて、労働審判を行う。
2
労働審判においては、当事者間の権利関係を確認し、金銭の支払、物の引渡しその他の財産上の
給付を命じ、その他個別労働関係民事紛争の解決をするために相当と認める事項を定めることができ
る。
第3項~第7項 略
(異議の申立て等)
第 21 条
当事者は、労働審判に対し、前条第四項の規定による審判書の送達又は同条第六項の規定
による労働審判の告知を受けた日から二週間の不変期間内に、裁判所に異議の申立てをすることがで
きる。
2
裁判所は、異議の申立てが不適法であると認めるときは、決定で、これを却下しなければならな
い。
3
適法な異議の申立てがあったときは、労働審判は、その効力を失う。
4
適法な異議の申立てがないときは、労働審判は、裁判上の和解と同一の効力を有する。
第5項 略
(訴え提起の擬制)
第 22 条
労働審判に対し適法な異議の申立てがあったときは、労働審判手続の申立てに係る請求に
ついては、当該労働審判手続の申立ての時に、当該労働審判が行われた際に労働審判事件が係属して
いた地方裁判所に訴えの提起があったものとみなす。
第2項・第3項 略
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第4章 個別労働関係紛争の解決手続き
6.労働民事裁判等
6.労働民事裁判等
(1)概
要
1)労働民事裁判の種類
わが国では、諸外国にみられる労働裁判所等は存在しないため、通常裁判所が労働事件を取り扱
うが、東京や大阪などの大規模な地方裁判所には、労働事件をもっぱらあるいは集中的に取り扱う
専門部・集中部が置かれている。次に事物管轄は、簡易裁判所と地方裁判所の第一審裁判所として
の権限に関するものであり、訴額 140 万円以下の事件は簡易裁判所(裁判所法 33 条 1 項)、それ以
外の事件は地方裁判所の管轄に属する。
労働民事裁判には、①民事通常訴訟、②保全訴訟(とくに仮処分)とがある。その他小規模な紛
争(訴額 60 万円以下)については簡易迅速な手続きによる③少額訴訟を利用することもできるし、
裁判所が主導する調整型の手続きである④民事調停によって当事者の合意に基づく紛争解決を図
ることも可能である。
以前は民事通常訴訟に代わって仮処分手続きが紛争解決に大きな役割を果たした。しかし、民事
通常訴訟が迅速化されてきたこと、裁判所が被保全権利を認める場合も保全の必要性判断に慎重に
なってきたこと(地位保全を容易に認めず、賃金仮払いの額を限定する等)などから次第に件数が
少なくなり、労働審判制度が仮処分の機能を相当程度代替することになってきている。
日本では労働民事裁判の件数は非常に少ない。平成以降、解雇や賃金不払いなどの個別労働紛争
が急増しているが、労働民事裁判の件数は仮処分事件を含めて年間 2,500~3,000 件程度(平成 19
年度で 2,246 件)で推移しており、他の先進諸国(たとえばドイツでは年間 50~60 万件)に比較
して著しく少ない。その原因は多様であるが、現在の裁判制度が必ずしも労働事件に適したものと
なっていないことにもその一因があると、西谷 敏教授は指摘されている(西谷「労働法」P122~
123)。
2)文書提出命令
労働事件をめぐる訴訟は、使用者側に証拠が偏在するという特徴があり、その開示が重要な意味
をもつ。近年、民事訴訟法の改正により文書提出命令の範囲が拡大され、この点での一定の改善が
見られる。すなわち、民事訴訟法 220 条は、相手方から要求された場合に文書提出の義務を定めて
おり、次の例外事項を除いて文書の所持者はその提出を拒むことができない。
① 公務員の職務上の秘密に関する文書で、その提出により公共の利益を害し、または公務の遂
行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの(4 号ロ)、
② 守秘義務にかかわるもの(4 号ハ)、
③ もっぱら所持者の利用に供するための文書(4 号ニ)
これまでの裁判例では、①就業規則変更の合理性が問題になっている場合に会社の収益状況、財
務状況等が記載されている文書が除外文書に該当しないとして提出が命じられた事例(「全日本検
数協会事件」神戸地裁決定平 16.1.14)、②労働者名簿・賃金台帳(労基法 107、108 条)は男女差
別の立証のために不可欠であり上記例外のいずれにも該当せず、また電子データ化された資格歴等
は準文書(民訴法 231 条)に該当するとして提出が命じられた事例(「藤沢薬品工業事件」大阪高
裁決定平 17.4.12)、③労働基準監督官等の作成した労災事故に関する災害調査復命書のうち、事
業場の安全管理体制・事故の発生状況・発生原因等に関する部分は上記①に該当しないとして提出
が命じられた例(「金沢労基署長事件」最高裁三小決定平 17.10.14)、などがある。
(西谷「労働法」
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6.労働民事裁判等
P123、菅野「労働法」P744)また、プライバシー保護の観点から、賃金台帳のうち原告以外の部分
については範囲を限定するとともに、具体的氏名を削除して提出を命じた事例もある(「京ガス事
件」大阪高裁決定平 11.7.12)。
民事訴訟法
(文書提出義務)
第 220 条
次に掲げる場合には、文書の所持者は、その提出を拒むことができない。
一
当事者が訴訟において引用した文書を自ら所持するとき。
二
挙証者が文書の所持者に対しその引渡し又は閲覧を求めることができるとき。
三
文書が挙証者の利益のために作成され、又は挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作
成されたとき。
四
前三号に掲げる場合のほか、文書が次に掲げるもののいずれにも該当しないとき。
イ
文書の所持者又は文書の所持者と第百九十六条各号に掲げる関係を有する者についての同条に
規定する事項が記載されている文書
ロ
公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著
しい支障を生ずるおそれがあるもの
ハ
第百九十七条第一項第二号に規定する事実又は同項第三号に規定する事項で、黙秘の義務が免
除されていないものが記載されている文書
ニ
専ら文書の所持者の利用に供するための文書(国又は地方公共団体が所持する文書にあっては、
公務員が組織的に用いるものを除く。)
ホ
刑事事件に係る訴訟に関する書類若しくは少年の保護事件の記録又はこれらの事件において押
収されている文書
(2)民事通常訴訟
1)訴えの提起
訴えの提起は、原告が訴状を裁判所に提出することにより開始される(民訴法 133 条 1 項)。訴
状には、当事者および法定代理人、ならびに請求の趣旨および請求の原因(請求の特定に必要な事
実)を記載することが必要であり(民訴法 133 条)、さらに請求を理由づける事実等の記載も求め
られる(民訴則 53 条)。労働事件における請求の趣旨としては、賃金等の支払請求や、労働契約上
の権利を有する地位の確認請求(解雇等の無効を争う場合)などが典型的なものである。
訴えが適法なものとして認められるためには、当事者能力・訴訟能力・当事者適格・訴えの利益
などの訴訟要件を備えることが必要である。当事者能力は、法人格のない労働組合の場合は問題と
なることがあり、代表者の定めがある社団であればそれが肯定される(民訴法 29 条)。当事者適格
に関しては、労働組合員の個別紛争に関して組合自身がこれを有するか、すなわち任意的訴訟担当
の可否が問題となるが、判例は否定に解している。
訴えの利益は、解雇・懲戒処分などの無効確認訴訟においては、単なる事実や過去の法律関係の
確認は原則として許されないと解されているが、これらは、現在における労働契約上の地位の確認
や、懲戒処分の付着しない契約上の地位を確認する趣旨に引きなおして取り扱うことが可能である。
⇒ 労働組合は、組合員の個別労働関係紛争に関し訴訟担当能力はない。
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6.労働民事裁判等
2)争点整理手続き・証拠調べ手続き
訴訟事件では、公開の法廷における口頭弁論による審理に基づき判決が下されるが、そのための
手続として、争点整理手続き、証拠調べ手続きが行われる。争点整理の過程では、訴訟物について
の判断に必要な要件事実、およびそれに関連する間接事実を明らかにすることが重要となる。労働
事件においては、「権利濫用」などの規範的要件が多用されるため、それを基礎づける具体的事実
が重要となり、また、不当労働行為意思の認定などでは、間接事実が重要な役割を果たす。
証拠による事実認定は、証拠調べの結果等に基づいて、裁判官が自由な心証に基づいて行う(247
条)。事実の存否について裁判所が心証を形成しえない場合には、立証責任の分配に従って法令を
適用することになる。
3)判
決
訴訟の終了原因には訴えの取下げや訴訟上の和解など当事者の行為によるものもあるが、裁判所
によるものとしては終局判決が典型的なものである。終局判決は訴訟要件の欠如として訴えを却下
する訴訟判決と、訴訟物について請求認容や棄却など実体法上の判断を行う本案判決とがある。判
決が適法に言い渡された場合には、その内容に応じて、既判力(確定判決の場合)や執行力(確定
判決または仮執行宣言が付された判決の場合)などの効力が生じる。
また、民事訴訟に係る紛争は、実際には当事者間の交渉による和解によって解決することが多く、
労働関係事件についても同様である。和解は訴訟手続のいかなる段階においても可能である。和解
は、典型的には、当事者が訴訟手続外で自主的に行って折の取下げとなる場合と、裁判所の関与に
よって訴訟手続きのなかで行われる場合とがある。和解の内容は、調書に記載されたときは確定判
決と同一の効力を有する。
(3)保全訴訟
1)保全訴訟の概要
保全訴訟は、以上のような通常訴訟(本案訴訟)による権利の実現を保全するために、簡易迅速
な審理によって(立証も疎明で足りる)、裁判所が一定の仮の措置をとる暫定的・付随的な訴訟手
続きである(民事保全手続きとも呼ばれる)。措置の内容としては、金銭債権者が将来の強制執行
を保全するために、債務者の責任財産を仮に差し押えて処分権を奪う仮差押え、物に関する給付請
求権についての強制執行を保全するためにその現状維持を命ずる係争物に関する仮処分、および、
将来の強制執行とは別個の観点から、争いのある権利関係について、著しい損害や急迫の危険を避
けるため仮定的に一定の法律上の地位の実現を命ずる、仮の地位を定める仮処分がある。
労働関係紛争において圧倒的に多いのは仮処分事件であり、解雇された労働者が従業員たる地位
を仮に定める(地位保全仮処分)とともに、賃金の仮払いを命じる仮処分(賃金仮払仮処分)を申
し立てるのが典型的な事例である。
仮処分の申立ては、申立書を裁判所に提出して行う(民事保全法 13 条 1 項、同規則 1 条)。また、
仮処分においては、被保全権利(本案訴訟によって保全すべき権利)と保全の必要性を疎明しなけ
ればならない(民事保全法 13 条 2 項)。
賃金仮払い仮処分においては、労働者は賃金を唯一の生計手段とするのが通常であるから、解雇
等によりその途が絶たれたことは一般に保全の必要性を基礎づけ得るものであるが、近年には、従
前の賃金全額ではなく、債権者と家族の生活に必要な限度の額に仮払額を限定するとともに、仮払
期間に関しても、将来分については本案一審判決言い渡しまでとするものが比較的多く、過去分に
ついても慎重に判断する傾向がみられる。菅野 和夫教授は、
「東京地裁では、原則として 1 年間に
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第4章 個別労働関係紛争の解決手続き
6.労働民事裁判等
限定する運用がなされている」と述べておられる(菅野「労働法」P748)。
配転命令が争われる事案では、配転命令の効力を停止したり、配転先での就労義務を負わない地
位を仮に定めたりする例がみられる(出向や休職、懲戒処分などについても同様の主文が用いられ
る)。
使用者側申立の仮処分としては、労働争議における業務妨害禁止仮処分が命じられたり、経営者
の自宅付近における街宣活動を禁止する仮処分などが命じられる。
民事保全法
(申立て及び疎明)
第 13 条
保全命令の申立ては、その趣旨並びに保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性を明
らかにして、これをしなければならない。
2
保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性は、疎明しなければならない。
(4)少額訴訟
少額訴訟とは、一定の小規模な民事紛争に関し、とくに簡易迅速な手続きにより審理・裁判を行
う手続きである。この手続きは、少額紛争に関し、従来の簡易裁判所の手続きよりもさらに簡便な
手続きを創設して市民の司法へのアクセスを高めるため、平成 12 年施行の新民事訴訟法により導
入された。その対象となるのは、訴額 60 万円以下の金銭請求事件であり、簡易裁判所が事物管轄
をもつ(民訴 368 条 1 項)。
労働事件における少額な労働関係紛争の主なものは未払賃金請求と解雇予告手当請求が多い。
少額訴訟は、原則として 1 回の口頭弁論で審理を完了し、判決は口頭弁論終結後直ちに行うことが
原則とされる(民訴法 374 条 1 項)。
少額訴訟による未払賃金請求および解雇予告手当請求については、訴提起を容易にするために裁
判所によって定型訴状が用意されている。
⇒ 訴額 60 万円以下の金銭請求事件については、少額訴訟として簡易迅速な方法により審理・裁判を行う
制度がある。
民事訴訟法
(少額訴訟の要件等)
第 368 条
簡易裁判所においては、訴訟の目的の価額が六十万円以下の金銭の支払の請求を目的と
する訴えについて、少額訴訟による審理及び裁判を求めることができる。ただし、同一の簡易裁判所
において同一の年に最高裁判所規則で定める回数を超えてこれを求めることができない。
(第2項・第3項 略)
(判決の言渡し)
第 374 条
判決の言渡しは、相当でないと認める場合を除き、口頭弁論の終結後直ちにする。
(第2項 略)
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第4章 個別労働関係紛争の解決手続き
6.労働民事裁判等
(5)民事調停
民事調停は、民事紛争につき、裁判官(調停主任)と民事調停委員(民間人から選任される)に
より構成される調停委員会が、当事者の合意に基づく紛争解決を図る調整型の手続きである。
労働審判制度の施行後は、同制度が手続きのなかに調停をも包み込んでいるので、労働関係に専
門的な調停制度のニーズは基本的に充たされることとなる。ただし、労働審判制度は地裁に設けら
れるものなので、簡裁での民事調停は一定の補足的機能を果たす可能性がある。
調停手続きにおいては、調停委員会が当事者から事情を聴取し、同委員会が調停案を作成するな
どして、当事者が合意により解決するように試みる。調停が成立した場合は、裁判上の和解と同一
の効力をもつ(民事調停法 16 条)。
裁判所は、調停が成立しない場合で相当と認めるときは、民事調停委員の意見を聴いて調停に代
わる決定をすることができる(民事調停法 17 条)。この決定に対して当事者は 2 週間以内に異議を
申し立てることができ、異議申立があったときは決定は効力を失うが、申立てがなかったときは決
定は裁判上の和解と同一の効力をもつ(民事調停法 18 条)。
民事調停法
(調停の成立・効力)
第 16 条
調停において当事者間に合意が成立し、これを調書に記載したときは、調停が成立したも
のとし、その記載は、裁判上の和解と同一の効力を有する。
(調停に代わる決定)
第 17 条
裁判所は、調停委員会の調停が成立する見込みがない場合において相当であると認めると
きは、当該調停委員会を組織する民事調停委員の意見を聴き、当事者双方のために衡平に考慮し、一
切の事情を見て、職権で、当事者双方の申立ての趣旨に反しない限度で、事件の解決のために必要な
決定をすることができる。この決定においては、金銭の支払、物の引渡しその他の財産上の給付を命
ずることができる。
(異議の申立)
第 18 条
前条の決定に対しては、当事者又は利害関係人は、異議の申立をすることができる。その
期間は、当事者が決定の告知を受けた日から二週間とする。
2
前項の期間内に異議の申立があつたときは、同項の決定は、その効力を失う。
3
第一項の期間内に異議の申立がないときは、同項の決定は、裁判上の和解と同一の効力を有する。
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