Comments
Description
Transcript
固体化学_4
物質工学科4年 固体化学 平成 27 年度 §8 金属,半導体,絶縁体 これまでに,固体内の電子がイオンによる周期ポテンシャルの中を運動するとき,電子状態の ことを Bloch 状態といい,その状態のエネルギーはバンドを構成することがわかった。もう少し 詳しく言うと,Bloch 状態の波動関数とエネルギーはそれぞれ Bloch 関数 k (x ) とバンドエネルギ ー E ( k ) で記述されということである。量子数は,波数 k とバンドの番号 である。 ここでは,最初に,実際に電子がバンドを占有するときのことがらを詳しく述べる。これによ り,Fermi レベルの位置がわかる。ある場合は,それはバンドギャップの中に存在する。次に,固 体の電気的性質が Fermi レベルの位置に依存することを述べる。つまり,それがバンドの途中に あるときは,固体は金属となり,バンドギャップの中に存在するときは絶縁体となる。また,絶 縁体であっても,バンドギャップがそんなに大きくないときは半導体となる。これらのことを, この節で詳しく論ずる。 8.1 1 枚のバンドの占有数 波数 k に対して許容される範囲は第1B.Z.である。それは G / 2 G k G /2 で与えられ, 2 / a である。この B.Z 内でバンドを描く方式を還元ゾーン形式(reduced zone scheme)と呼 んだ。第1B.Z.内で許容される k の値は,k (2 / L)n で与えられる。ここで,L は 1 次元結晶の 長さ, n は整数である。第1B.Z.は長さG を持つので,この中に許容される k の個数は G 2 /L 2 a L 2 1 Na a 1 N (8.1) となる。a は格子定数,N は単位胞の個数である。式(8.1)は,許容される k の個数が単位胞の個数 に等しいことを示す。従って,1枚のバンドには,k (2 / L)n で指定される N 個の Bloch 状態が 存在する。しかし,それぞれの Bloch 状態は上向きと下向きのスピンに関して2重に縮退してい るので,1枚のバンドには全部で 2N 個の Bloch 状態が存在する。つまり,1枚のバンドは,全部で 2N 個の電子を収容できる。 8.2 電子数と Fermi レベル 単位胞内に原子が1個含まれ,固体内でその原子が +1 価のイオンとなっているときは,自由 電子の個数は N である。このときは,電子は第1バンドをエネルギーの低い方から丁度半分だけ 占有する。その最高位のエネルギーがこのときの Fermi エネルギーである。その位置が Fermi レベ ルであり,これはバンドの途中に位置する。Fermi レベルが位置しているバンドのことを伝導帯 (conduction band)と呼んでいる。 また,原子が +2 価のイオンとなるときは,自由電子の個数は 2N なので,電子は第1バンド内 の状態を全部占有する。第1バンドと第2バンドの間には,バンドギャップが存在するので,Fermi レベルはその中にある。ここでは省略するが,詳しい議論によれば,Fermi レベルはそのギャップ の中間の位置にあることがわかっている。Fermi レベルの下に位置する満杯のバンドを価電子帯 (valence band)と呼んでいる。 - 49 - 物質工学科4年 固体化学 平成 27 年度 原子が +3 価のイオンのときは,自由電子の個数は 3N なので,第1バンドは 2N 個の電子を詰めた段階で 満杯になっているので,残りの N 個は第2バンドをエ 電子数と EF の位置の関係(1次元) n : free carrier number/ (unit cell) ネルギーの低い方から丁度半分だけ占有する。即ち, 3rd band 4 (絶縁体) E F(4) 第1バンドが価電子帯,第2バンドが伝導帯となって いる。伝導帯の最高位のエネルギーがこのときの 2nd band Fermi レベルであり,これは第2バンドの途中を横切 3 (金属) E F(3) 2 (絶縁体) E F(2) る位置にある。 以上から次のことがわかる。イオンの価数が奇数の ときは,Fermi レベルは何番目かのバンドの途中の位 E g 置にある。偶数のときは,Fermi レベルはバンドギャ n=1 (金属) ップの中に存在する。 E F(1) 1st band また,単位胞内に A 原子と B 原子が1個ずつ,併せ て2個含まれるとし,A 原子は+2 価,B 原子は-1 価の イオンとなっているとする。このときは,単位胞から a 正味 1 個の自由電子が出るので,自由電子の個数は N a k a であり,Fermi レベルはバンドの途中を横切ることになる。ただし,単位胞内に2種類のイオンが 存在することを反映して,周期ポテンシャルの形はもっと複雑なので,このときのバンド構造も 複雑になると考えられる。このように,単位胞内に異種イオンが複数存在するときも,Fermi レベ ルの位置は,この単位胞から何個の自由電子が出てくるかで決まる。 【Q8-1】一次元固体において,単位胞から 1 個の自由電子が出るときの Fermi エネルギー E F を求 めよ。バンドエネルギーには,二波近似から得られた式(7.40)を用いよ。また,単位胞から 3 個の 自由電子が出るときの E F も求めよ。 8.3 金属,半導体および絶縁体が生ずる理由 (1)単位胞から自由電子が奇数個出るとき 8.2 で述べたように,単位胞内に原子が1個含まれ,固体内でその原子が +1 価のイオンとなっ ているときなどがこの場合に相当する。このときは,自由電子の全個数は N の奇数倍で伝導帯が 出来る。電子はその伝導帯をエネルギーの低い方から丁度半分だけ占有し,その最高位のエネル ギーがこのときの Fermi レベルである。このレベルは伝導帯の途中を横切っている。伝導帯の下 に位置して満杯となっているバンドは全て価電子帯である。このときは,固体は電気を伝えやす い金属となる。その理由は次の通りである。 Fermi レベルの直ぐ上の Bloch 状態は空いているので,この固体に電場(電圧)をかけるとき, そのレベルに位置する電子は加速されてエネルギーを増加させ,その空の Bloch 状態に容易に励 起されることができる。その加速と励起は電子が不純物や格子振動などの散乱体に衝突するまで 続く。加速により衝突は何度も生ずるが,あるところでそれらは平衡に到達する。平衡状態では, - 50 - 物質工学科4年 固体化学 平成 27 年度 電場 バンドにおける電子の分布状況は, E 電場をかける以前に比べて平行移 動していて,電場と同じ向きの速 E 正味の J 空 度の電子と反対向きの速度の電子 (右図参照) 。ここで,速度の向き EF EF の個数にはアンバランスが生ずる 占有 と波数ベクトルの向きは同じであ ることを注意しておく。電子は負 の電気を有するので,電場と反対 向きの速度の電子の方が同じ向き の電子に比べて多くなっている。 従って,電場と同じ向きに電流が 0 生じ,この固体は電気的には金属 k 2 L k 0 2 L k k (metal)となると考えることができる。 (2)単位胞から自由電子が偶数個出るとき このときは 8.2 で述べたように,自由電子の全個数は N の偶数倍で Fermi レベルはバンドギャ ップ(禁制帯)の中に位置する。この状況下では,Fermi レベルの下に位置するバンドは全て価電 子帯でそれらは電子で満杯となっている(右下図参照) 。通常の大きさの電場をかけてもそれによ るエネルギーはバンドギャップ E g より遙かに小さいので,電子はそのギャップを飛び越えて励起 されることはない。従って,電場をかけても,バンド内における電子の占有状況に変化はなく, 電場と同じ向きまたは反対向きの速度を有する電子の個数に差は生じないので,両者の向きによ る電流は打ち消して正味の電流はゼロである。このときは,固体は電気的には絶縁体(insulator) となる。ただし,高電圧をかけると電子は大きなエネルギーを貰うことができるので,ある臨界 値で満杯になっているバンドからバンドギャップを飛び越えて直ぐ上の空のバンドへの遷移が可 能となる。この遷移はなだれのように発生するので大電流が流 Model for Insulating Material れる。この現象は電気的破壊現象と言える。 次に,バンドギャップがそんなに大きくない場合を考えてお く(ここで, 1eV 104 K を記憶しておくことは重要である) 。 このときは,電場を掛けないときでも,温度により熱的励起が conduction band 発生する。即ち,価電子帯の電子が禁制帯の上に位置する空の バンドの底に遷移して自由担体(free carrier)が生じ,価電子 体の頂上付近には遷移した電子の抜け殻が生ずる。この抜け殻 を正孔(hole)という。free carrier と hole は電場をかけること Eg EF valence band により動くことができるので電流を運ぶことが出来る。以下で k は,free carrier と hole のことを併せて単にキャリアと言うこと にする。このように,バンドギャップがそんなに大きくない固 - 51 - 2 L Z.B. 物質工学科4年 固体化学 平成 27 年度 体では,熱励起されたキャリアが電流を運ぶことが出来るので,絶縁体とは区別して半導体 (semiconductor)と呼んでいる。半導体では,温度が高いほど,熱励起によるキャリア数が増加 するので,その電気抵抗は小さくなる。これは,5節で述べたように,金属の電気抵抗の温度依存 性とは反対の性質である。さらに,半導体では,金属に比べればキャリア数は多くはないので, 電気抵抗の大きさは金属と絶縁体の中間位になる。 E g が 5eV 以下のものを半導体と呼んでいる。 この値は大き過ぎるように思えるが,現実には,半導体においては不純物(impurity)を混入させ て不純物による準位をバンドギャップ内につくって,ギャップの大きさを変えることによりキャ リア数をコントロールすることが多い。 (3)複雑な場合 単位胞内に異なる複数の原子が存在するときは,周期ポテンシャルの形は単純ではなくむしろ 複雑な様相を示すかもしれない。このようなときは,そのポテンシャルから得られるバンド構造 も単純ではないであろう。バンド構造が単純でないときは,この固体の電気的性質もこれまでに 述べて来た金属,絶縁体,半導体とは異なる種類のものになることがある。その代表は,半金属 (semi-metal)である。これは,単位胞内から自由電子が出てこないようなときに起こる可能性が ある。例えば, A 原子と B 原子が単位胞内にあって, A2 B 2 になるようなときである。半金属で は,free carrier と hole の個数が等しい。これは,2枚のバンドがあって,1枚目のバンドが頂上 を持ち,他の1枚のバンドが底を持っていて,かつそれらがブリルアンゾーンの異なる位置にあ るときに起こる。このバンド構造において,Fermi レベルが2枚のバンドを横切ることにより,最 初のバンドではその頂上付近に hole が存在し,2つめのバンドの底付近にはそれと同数の電子が 存在する,ということが起こる。これは電気的には中性であるが,電気伝導の面から見ると金属 的である。 【Q8-2】1 次元結晶を構成する原子が奇数の価数になりやすいときはその結晶は金属となり,偶 数の価数になりやすいときは絶縁体(または半導体)となることを上で説明した。しかし,Mg などは+2 価になりやすく偶数価数にも関わらず電気的には金属である(この訳で Mg などはアル カリ土類金属と呼ばれる) 。Mg が金属になる理由を考えてみよ。 - 52 - 物質工学科4年 固体化学 平成 27 年度 9 逆格子とブリルアンゾーン 結晶内においては,電子は原子またはイオンからの周期ポテンシャルの中を運動する。そのポ テンシャルの形は結晶構造とそれを構成する原子の種類による。7節で見たように,そこでは1 次元の場合を扱ったが,周期ポテンシャルは結晶構造の格子の周期を持つので,それを Fourier 級 数に展開して考えると都合が良い。これを実際の3次元結晶構造の場合にも拡張するためには, 逆格子(reciprocal lattice)というものを導入するのが便利である。それは実空間における格子構造 に対応して決められるもので,実空間の Fourier 空間として意味づけられる。 9.1 逆格子 3次元のある結晶構造を考えよう。一般に,結晶構造は1つの格子構造の上に付随している。 結晶構造における周期ポテンシャルをV (r ) とし,格子構造の格子ベクトルを Rn とするとき,V (r ) の周期性は次式で表される。 V (r Rn ) ここで, Rn V (r ) n1a1 n2a2 (9.1) n 3a 3 であり, a1, a2 , a 3 は格子の基本並進ベクトル, n1, n2 , n 3 は整数で ある。V (r ) は周期関数なので次のように Fourier 級数に展開できる。 V (r ) G V (G )e iG r (9.2) ここで,V (r ) は実なのでV (G)* V ( G ) が成立する。G は展開に利用したベクトルであるが,後 でわかるように逆格子ベクトルと呼ばれ,以下のように決められる。 式(9.2)よりV (r V (r Rn ) の展開は Rn ) G V (G )e iG (r Rn ) G V (G )e iG re iG Rn (9.3) である。式(9.1)より,これは式(9.2)に等しくなければならないので e iG Rn G Rn 2 m ( m :整数) 1 を得る。これより (9.4) を得る。G はこの式を満足するという条件から決められる。G を求めることを以下で簡単な格子 構造について行い,最後に, a1, a2 , a 3 による一般形を与える。 9.1.1 1次元 格子ベクトルは Rn na で与えられる。a は格 子定数である。式(9.4)は Gna 2 m のように書 ける。これが任意の整数 n に対して成り立つた めには G Gn 2 n :逆格子点 a a Rn 1 a Rn x Rn 実格子空間 (9.5) - 53 - 1 物質工学科4年 固体化学 平成 27 年度 である。ここで, n は整数である。Gn は波数 k と同じ次元を持つ直線上の点を定義し,その集合 を逆格子と言う。 Rn で与えられる実格子の逆格子 という意味である。式(9.2)は,V (Gn ) V (x ) Vn e n 2 nx a i 2 a Vn とすると (9.6) Gn k Gn 2 となる。これは式(7.23a)と同じである。 Gn 1 y 正方格子の単位胞(unit cell)は2つの基本並進ベクトル a1 よび y 方向の単位ベクトルである。 Rn a1 とすると式(9.4)は 2 m となり,これより最も簡単な形のG を求めると G 2 mxˆ a mb1 となる。次に, Rn G ( b1 2 xˆ ) a mb2 を得る。一般に,Rn ( b2 n1a1 2 yˆ ) a m1b1 m2b2 このとき, G Rn は m m1n1 a2 x 実格子空間 2 m より (9.7b) 2 a n2a2 なので逆格子ベクトルG の一 b2 m2n2 ) なので式(9.4)における m 逆格子点 b1 2 a (9.7c) 2 (m1n1 a a1 般形は b1, b2 を用いて次式で与えられる。 G a (9.7a) a2 とすると,同様にして a2 G 2 myˆ a 格子点 axˆ , ayˆ で作られる正方形である。ここで,x̂ と ŷ はそれぞれ x お a1 G 1 逆格子空間 9.1.2 2 次元:正方格子 a2 Gn m2n2 である。 b1 , b2 は逆格子における基本並進 ベクトルである。逆格子も正方格子であることは容易にわかる。 逆格子空間 9.1.3 3 次元 (1) 単純立方格子 単純立方格子(simple cubic lattice)(右図)の単位胞は3つ の基本並進ベクトル a1 axˆ ,a2 ayˆ ,a 3 azˆ で作られる 立方体である。ここで,x̂ ,ŷ ,ẑ はそれぞれ x , y , z 方 向 の 単 位 ベ ク ト ル で あ る 。 格 子 ベ ク ト ル Rn は Rn n1a1 n2a2 n 3a 3 である。正方格子と同様に考えると z a a 3 逆格子における基本並進ベクトル b1, b2 , b3 は b1 2 xˆ , a b2 2 yˆ , a b3 2 zˆ a (9.8a) - 54 - 格子点 O a 2 y a a 1 a x 物質工学科4年 固体化学 平成 27 年度 となる。逆格子ベクトルG は G m1b1 m2b2 m 3b3 (9.8b) で与えられ,逆格子も単純立方格子である。 【Q9-1】 単純立方格子において,(100)面の面間隔を求めよ。次に,(110)面の面間隔と (111)面の面 間隔も求めよ。また,(211)面の面間隔はどうなるか。 (2) 体心立方格子 体心立方格子 (bcc.; body centered cubic lattice)の単位胞は次の3つの基本並進ベクトルで作ら れる平行六面体である。 a (xˆ 2 a1 yˆ 格子ベクトルを Rn G a ( xˆ 2 zˆ) , a2 n1a1 n2a2 yˆ a (xˆ 2 zˆ) , a 3 zˆ) (9.9) n 3a 3 とする。逆格子の基本並進ベクトルを b1, b2 , b3 とすると m1b1 m2b2 m 3b3 である。式(9.4)より次式を得る。 Rn G (n1a1 n2a2 2 m yˆ n 3a 3 ) (m1b1 m2b2 z m3b3 ) (9.10) この等式が成り立つように b1, b2 , b3 を決める。そのためには 次の関係式が成り立てばよい。 bi ai bi a j 2 (i 1,2, 3) (9.11a) 0 (i j) (9.11b) つまり,全てをあらわに書くと次式である。 b1 a1 b2 a1 b3 a1 2 0 0 b1 a2 b2 a2 b3 a2 0 2 0 b1 a 3 b2 a 3 b3 a 3 0 0 a2 a3 x a1 b.c.c. (9.11c) 2 式(9.11c)からわかるように,b1 は a2 と a 3 の両方に垂直である。ただし,a1 には垂直ではない。従 っ て , b1 の 向 き は 外 積 a2 2 /[a1 (a2 a 3 の 向 き に 一 致 す る 。 あ と は , b1 a1 2 とするために因子 a 3 )] を掛けておけばよい。 b2 と b3 についても同様に考えることができる。これらの 考察から b1, b2 , b3 は次式で与えられることが容易にわかる。 a2 a 3 a 3 a1 a1 a 2 b1 2 , b2 2 , b3 2 a1 (a2 a 3 ) a1 (a2 a 3 ) a1 (a2 a 3 ) ここで,式(9.11a)を確かめるためには等式 a1 (a2 a3 ) a2 (a 3 a1 ) (9.12) a 3 (a1 a2 ) が成り立つこ とに注意しなければならない。この等式はベクトルの 3 重積がもつ性質で,幾何学的にはその絶 対値は a1, a2 , a 3 でつくられる平行六面体の体積を表す。つまり,| a1 (a2 a 3 ) | vc とおくと,vc は 実格子(bcc)の単位胞の体積に等しい。bcc については,計算の結果 b1, b2 , b3 は次のようになる。 - 55 - y 物質工学科4年 固体化学 平成 27 年度 2 (xˆ a b1 yˆ), 2 (yˆ a b2 zˆ), 2 (zˆ a b3 xˆ) (9.13) 【Q9-2】 式(9.13)を導け。 z (3) 面心立方格子 面心立方格子(fcc;face centered cubic lattice)の単位胞は次 の3つの基本並進ベクトルで作られる平行六面体である。 a (xˆ 2 a1 yˆ), a2 a (yˆ 2 zˆ), a (zˆ 2 a3 xˆ) a a3 (9.14) a2 a1 逆格子の基本並進ベクトル b1, b2 , b3 は bcc におけるのと同様 の方法で求めることができる。つまり,式(9.10)に相当する a f.c.c. x 式 か ら 式 (9.11) に 相 当 す る も の を 得 る 。 似 た 考 察 か ら b1, b2 , b3 は式(9.12)で与えられることが容易にわかる。式 a y (9.12)は b1, b2 , b3 に対する一般的公式であることも容易にわ かる。式(9.14)を用いると,fcc に対する b1, b2 , b3 は次式で与えられることも容易にわかる。 2 (xˆ a b1 yˆ zˆ), 2 ( xˆ a b2 yˆ zˆ), b3 2 (xˆ a yˆ zˆ) (9.15) 式(9.15)を(9.9)と比較するとわかるように,fcc の逆格子は bcc である。また,式(9.13)と(9.14) の比較から bcc の逆格子は fcc である。この 2 つの格子は互いに実格子と逆格子の関係にある。これ はよく現れるので憶えておくとよい。 【Q9-3】 式(9.13)と式(9.15)を導け。 【Q9-4】 六方格子の基本並進ベクトルは a1 a (xˆ 2 とることができる。(1) 単位胞の体積は vc ( 3 / 2)a 2c であることを証明せよ。(2) 逆格子の基本 2 (xˆ a 並進ベクトル b1, b2 , b3 は b1 1 yˆ) , b2 3 3yˆ) ,a2 2 ( xˆ a a ( xˆ 2 1 yˆ) , b3 3 3yˆ) ,a 3 czˆ のように 2 zˆ となることを証明 c せよ。(3) 六方格子はそれ自身が逆格子であるが軸の回転を伴っていることを証明せよ。 9.2 ブリルアンゾーン k 空間に逆格子を重ね合わせた空間を改めて k 空間と呼ぶことにする。7.2 節で述べたように, 1次元については,k 空間において,k で指定される状態と k G で指定される状態は同じである。 これから k の独立な値の範囲が存在し,それをブリルアンゾーン(B.Z.)と呼んだ。この概念は 2 次元および 3 次元の格子にも拡張できる。Bloch の定理(その 1)から,式(7.27a)と(7.27b)に対応 する次式が成り立つことは容易にわかる。 k (r Rn ) e ik Rn k (r ) (9.8a) - 56 - 物質工学科4年 固体化学 平成 27 年度 k G (r Rn ) e i(k G ) Rn k G (r ) e ik Rn k G (r ) (9.8b) ここで,G は任意の逆格子ベクトルである。式(9.8b)では(9.4)を用いた。これより,1 次元より高 い次元についても,k で指定される状態と k G で指定される状態が同じであることがわかる。従って, 7.2 節における議論と同様にして次式を得ることができる。 k G (r ) k (r ) , k で指定される状態と k Ek G Ek (9.8c) G で指定される状態が同じであることから, k の独立な値の範囲を k 空間のある範囲に限ることが出来る。この範囲が第 1 ブリルアンゾーン(第1B.Z.)である。 9.2.1 正方格子のブリルアンゾーン Γ 直線は逆格子ベクト ルの垂直二等分線 正方格子については,第 1 B.Z.は式(9.7)で与えら れる b1 と b2 で張られる逆格子を用いて次のよう Γ 3 4 る逆格子点を選びそれを k 空間の原点とする。その 等分線を考える。この二等分線は逆格子点の近い順 Γ 4 3 1 4 Γ 3 2 3 原点から隣接する逆格子点へのベクトルの垂直二 4 Γ 2 2 逆格子点 4 3 2 4 がいくつもできるが,最も内側の領域(一辺の長さ 2 a の正方形)が第 1 B.Z.である。それは,この領 Γ Γ 4 3 に考えて行く。その結果,二等分線で囲まれた領域 域内の任意の k に対して k 4 4 に構成することができる(右図参照)。最初に,あ 3 Γ 4 3 Γ 4 4 G は必ずこの領域 逆格子点は全てΓ点 の外にあることから容易にわかる。第 1 B.Z.の次に Γ 内側にある領域が第 2 B.Z.である。図では, 第 1 B.Z., Γ 正方格子:逆格子空間のB.Z.への分割 第 2 B.Z. に 1, 2 の数字が記されている。第 2 B.Z. は今の k 空間に対しては 4 つに離れて存在していて,個々の形は直角三角形である。しかし,そ れらを適当なG だけ平行移動して第 1 B.Z.内に移せば,これら 4 つにより第 1 B.Z.を隙間無くか ky つ重なり合うことなく覆うことができる。従って,第 2 B.Z. の面積は第 1 B.Z.の面積と同じである。同様にして,第 3 Γ (3) B.Z, 第 4 B.Z,・・・ が構成され,これらの B.Z.の面積も のことである。 右に正方格子の B.Z.を改めて示した。B.Z.内の対称性の (3) の差は (2 a , 0) ,(0, a ) である。2 点 ( a , 0) と ( a , 0) a , 0) でこれは式(9.7a)の逆格子ベクトル b1 に等 しくこの 2 点が同じ状態を表すことがわかる。ただし,2 - 57 - Σ (3) X (2) X Γ kx (3) M Γ Γ M Z Δ Γ X (3) 第 1 B.Z.の原点で最も対称性の高い点である。この点は, 標は ( (3) (2) (1) Γ (2) X 高い点と軸には図のように記号が付けられている。Γ点は 逆格子点の位置でもある。X 点は次に対称性の高い点で座 X M 第 1 B.Z.の面積に等しい。通常,単に B.Z.といえば第 1 B.Z. Γ (3) X (2) M (3) Γ 正方格子のブリルアンゾーン (1)第1B.Z. (2)第2B.Z. (3)第3B.Z. Γ 物質工学科4年 固体化学 平成 27 年度 点 ( a , 0) と (0, a ) については,差は逆格子ベクトルにはならず同じ状態ではないが,B.Z.に垂 直でΓ点を通る軸の回りの 90°回転により重なるという性質を有する。このように結晶の回転操 作により重ね合わすことが出来る点も同じ文字で表し,そこではバンドエネルギーは等しい値を 持つ。しかし,波動関数(Bloch 関数)は同じでないことに注意されたい。対称軸にはΔ(Γ-X) , Z(X-M) ,Σ(Γ-M)の記号が付されている。 【Q9-5】 正方格子の第 4 B.Z.を前頁の下の図に書き入れよ。 9.2.2 Wigner – Seitz セル 直ぐ上でのべたように第 1 B.Z.は逆格子ベクトルの垂直二等分線で囲まれる最も内側に存在す る図形のことである。この第 1 B.Z.は正方格子の逆格子の単位胞とみなすことができる。このと きこの単位胞を Wigner-Seitz セルという。その中に格子点は1個だけ含まれ,そのセルにより全 平面を満たすことができる。ただし次のことを注意しておかねばならない。Wigner-Seitz セルは逆 格子に対してだけ定義されるものではなく,実格子にたいしても定義されるものであるというこ とである。つまり,実格子であれ逆格子であれ,とにかく格子があったとき,その中のある格子 点からの第1近接格子点,第2近接格子点, までの線分の垂直2等分線(3次元格子では垂直 2等分面)で囲まれた面積(体積)が最小の図形をその格子の Wigner-Seitz セルという。第 1 B.Z. は逆格子の Wigner-Seitz セルであると言える。 9.2.3 単純立方格子のブリルアンゾーン 単純立方格子の B.Z.について述べる。考え方は直ぐ上で述べた正方格子に対してと同じである。 逆格子は式(9.8a)で与えられる b1, b2 , b3 で定義される。適当な逆格子点を原点に選んで,周辺の逆 格子点に対して近い順に逆格子ベクトルの垂直二等分面を考える。垂直二等分面で囲まれた領域 がいくつもできるが,最も内側の領域(一辺の長さ 2 a の立方体)が第 1 B.Z.である。第 2 B.Z, 第 3 B.Z,第 4 B.Z,・・・ も正方格子のときと同様に考えるこ とができ,それらの体積は全て第 1 B.Z.のものに等しい。単 に B.Z.といえば第 1 B.Z.のことであり,それは逆格子の Wigner-Seitz セルに等しい。 B.Z.を右図に示した。B.Z.の原点にはどんな格子であろう と 点という名称を与えている。点や軸など対称性の高いも のにも名称を与えている。通常,B.Z.の境界面上における点 や軸には大文字のアルファベット,B.Z.内部に含まれる軸に は大文字のギリシア文字が付される。対称点および対称軸の 座 標 は 次 の 通 り で あ る ; (0, 0, 0), (p, p, p) ;ただし,ここで 2 X ( 12 , 0, 0), M ( 21 , 12 , 0), a を単位としていて, 0 - 58 - p 1 2 R( 12 , 12 , 12 ), である。 (p, 0, 0), Z ( 12 , p, 0), 物質工学科4年 固体化学 平成 27 年度 9.2.4 bcc と fcc のブリルアンゾーン bcc と fcc の逆格子ベクトルは 9.1.3 の(2)と(3)で与えた。また,そこで述べたようにそれらは互 いに実格子と逆格子の関係にあり,この関係を相補性(duality)と呼ぶ。相補性から,bcc の B.Z.は fcc の Wigner-Seitz セルであり,fcc の B.Z.は bcc のそれである。これらの B.Z.の図は次頁に示すの で相補性を確認して欲しい。対称点および対称軸の座標は次の通りである; bcc: (0, 0, 0), H (1, 0, 0), N ( 12 , 12 , 0), P ( 12 , 12 , 12 ), (p, 0, 0), (p, p, 0), G (1 fcc: (0, 0, 0), X (1, 0, 0), W (1, 21 , 0), K ( 43 , 43 , 0), L( 12 , 12 , 21 ), ここで,単位は 2 a であり, 0 p 1 2 p, p, 0), F (1 (p, 0, 0), (p, p, 0), Q(1 p, p, p) p, 21 , p) である。 【Q9-7】 六方格子の第1ブリルアンゾーンの略図を画け。 9.3 空格子のバンド構造 空格子とは周期ポテンシャルはゼロであるが格子の周期性は考慮された格子ということである。 従って,空格子のバンド構造は,周期性を有する格子の中を運動する自由電子のバンド構造とい うことになる。このとき量子数となっている波数ベクトル k は B.Z.の中に制限される。これらに ついては,7.5.2 節で 1 次元の場合に関してもっと詳しく説明したのでそこを参照されたい。 ここでは,2次元の代表として空格子としての正方格子におけるバンド構造,即ち正方格子の 中を運動する自由電子のバンド構造を求めてそれを表す方法に関して少し詳しい説明をする。さ らに,3次元については,bcc と fcc について言及するが,これらについては正方格子に対するバ ンド構造を求める方法を単純に拡張すればよい。 空格子のバンド構造がわかれば,有限の周期ポテンシャルが存在するときどうなるのかについ て概略的なこと即ちギャップが発生する場所などはわかるので,それについても簡単に述べる。 9.3.1 正方格子 正方格子の中を運動する自由電子のエネルギーが次式で与えられることは容易にわかる。 - 59 - 物質工学科4年 固体化学 平成 27 年度 2 Ek 2m (k Gn )2 (9.9) ここで, k は波数ベクトルで第1B.Z.内にあり,Gn は逆格子ベクトルで式(9.7c)より Gn n1b1 n2b2 で与えられる。 k Ek 2 a (n1, n2 ) (9.10) 2 a (px , py ) および E X(1) 4E X(1) (px n1 )2 (py 2 n2 )2 (2ma 2 ) とおいて式(9.10)を用いると Ek は (9.11a) と書くことができる。ここで, E X(1) は後でわかるように X 点における第1バンドのエネルギーに Ek k E px , py 1 2 等しい。また, 4 (px (1) X 1 2 n1 )2 を定義しておく。 Ek よりも k のグラフは px k である。 E X(1) で規格化された無次元のエネルギー (py n2 )2 k (9.11b) を考える方が扱いやすい。 py 平面上で B.Z.( 1 2 px , py 1 2 )を定義域とする曲面となるが,一般に曲 面を描くのは難しい。さらに,整数 n1, n2 を変えると曲面つまりバンドは何枚もできる。従って, px py 平面にバンドを描くのはその複雑さのため困難であると言える。 k をもっと見やすい形に 表すには,そのグラフをΔ,Z,Σなどの対称軸上で描くことである。こうすればバンドは1次元 のときのように曲線となり,バンドを描くことは容易となる。このとき,B.Z.の対称点や対称軸 以外の k (一般点という)におけるバンドは描かないということになるが,一般点でのバンドは, 対称軸上でのバンド構造から外挿して想像すればよい。 対称軸上でのバンド構造を求めることを考える。Δ軸,Z 軸,Σ軸では Δ軸: Z 軸: Σ軸: Δ軸上の n2 k k 4 (p n1 )2 n22 (0 px k 4 ( 12 n1 )2 (p n2 )2 (px k 4 (p n1 )2 (p n2 )2 (px 1 2 , py 0) (9.12a) ,0 py p py p, 0 p 1 2 は次のようになる。 1 2 ) 1 2 (9.12b) ) (9.12c) をいくつかの n1, n2 に関して表すと次のようになる。 n2 0 n1 0 p k k 4p X 2 1 n1 0 1 0 k 4p X 4 2 4 5 -1 4(p 1)2 4 1 -1 4(p 1)2 4 8 5 1 4(p 1) 4 9 1 4(p 1) 4 8 13 -2 4(p 2) 16 9 -2 4(p 2) 4 20 13 2 2 - 60 - 2 2 物質工学科4年 固体化学 平成 27 年度 12 この表の結果を用いると Δ 軸上のエネルギー の小さい方のバンドエネルギーを描くことが でき,バンド構造は右図のようになる。 同様にして,Z 軸と Σ 軸におけるバンド構 (1) (2) 8 (2) (2) (2) 内の数字はそのバンドの縮退度を表す。即ち (2) (2)はそのバンドが 2 重縮退で曲線が 2 本重な 10 8 6 (1) (2) (1) (2) (2) 2 0 (1) (2) (1) それぞれのバンドの分散曲線に付けた( ) 12 (2) (2) (2) 4 省略する。 (2) 10 6 造も求めて描くことができるが,その詳細は k (2) Z 2 (1) (1) X 4 0 M 空格子(正方格子)のバンド構造 ( )内の数字は縮退度を表す っていることを表す。Γ,X, M などの対称点 で左右から入り込んで出会うバンド曲線の本数は等しくなければならない。 最後に,周期ポテンシャルの効果を簡単に論じる。X 点における最低エネルギーは 1 でこれに は 2 個の平面波が属していて 2 重に縮退している。この縮退はポテンシャルの導入により解け, ギャップが発生する。解け方は 7.9.1 節で行った 2 波近似の方法によりわかる。また,Γ 点でエネ ルギー値 4 には 4 個の平面波の状態が属し縮退しているが,この縮退がポテンシャルにより解け てどのようにギャップが発生するかは 4 波近似によりわかる。ただし,ポテンシャルを導入した とき平面波の組み合わせで表される固有状態(Bloch 状態)は 4 波近似を利用しなくても群論を応 用しても求められる。即ち,固有状態のできかたは結晶の回転対称性を反映している。群論は全 ての対称点と対称軸における縮退に応用でき,ギャップ発生後の固有状態を事前に求めることが できる。群論については次の文献を参照して欲しい:和光システム研究所 著「固体の中の電子- バンド計算の基礎と応用-」 (これはテクニカルなことが沢山書かれていて良い本である) 。ギャップ の大きさなどの具体的な値については定量的に与えられた周期ポテンシャルを用いて数値計算な どをしなければならない。 【Q9-8】 Z 軸とΣ軸におけるバンド構造も求め上の右図のようになることを確認せよ。 9.3.2 bcc と fcc bcc と fcc の中を運動する自由電子のエネルギー,即ちそれらを空格子としたときのバンド構造 は,直ぐ上で述べた正方格子のときと同様にして求めそして描くことができる。ここでは結果だ けを次頁に示す。バンド構造は対称軸上で描かれている。対称軸は 9.2.4 節の B.Z. の図を参照さ れたい。バンドの曲線付近に書かれた 1 , 2 , X5 などの記号は群論の既約表現を表すもので,そ れから縮退度や固有関数などかなりの物理的内容がわかるのであるが,ここでは群論の知識は仮 定していないので,既約表現についての説明は割愛する。 次に周期ポテンシャルの効果を考えよう。正方格子のところでも述べたように,対称点や対称 軸での縮退が解ける。それを具体的に見るために Na 金属(bcc)と Al 金属(fcc)について APW 法で計算されたバンド構造も示した。空格子のバンド構造と実際の結晶のものを比較すると,バ ンドは既約表現ごとに解けそしてグループ化されることがわかる。 - 61 - 物質工学科4年 固体化学 平成 27 年度 最後に,フェルミ準位の位置についても考察すると,Na と Al が確かに金属であることもわか る。詳細については,次の文献などを参照されたい:山下次郎著, 「固体電子論」 ,朝倉書店。 - 62 -