...

Title バックカントリー体験がもたらす効果について

by user

on
Category: Documents
14

views

Report

Comments

Transcript

Title バックカントリー体験がもたらす効果について
Title
バックカントリー体験がもたらす効果について ―大学でのバックカン
トリースキー授業におけるMeans-End Analysis―
Author(s)
濱谷, 弘志
Citation
北海道教育大学紀要. 教育科学編, 66(2): 247-252
Issue Date
2016-02
URL
http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/7872
Rights
Hokkaido University of Education
北海道教育大学紀要(教育科学編)第66巻 第2号
Journal of Hokkaido University of Education(Education)Vol. 66, No.2
平 成 28 年 2 月
February, 2016
バックカントリー体験がもたらす効果について
― 大学でのバックカントリースキー授業におけるMeans-End Analysis ―
濱 谷 弘 志
北海道教育大学岩見沢校 自然体験活動研究室
About the effect the backcountry experience brings
― Means-End Analysis about backcountry ski class in university ―
HAMATANI Hiroshi
Department of nature experience activity, Iwamizawa Campus, Hokkaido University of Education
概 要
本研究はバックカントリー体験が,参加者に及ぼす効果とその要因の関系性を明らかにする
ことを目的とした。マーケティング調査で利用されるMeans-End Analysis(ME研究)を用
いて,大学のバックカントリースキー授業の参加者に対してラダリング調査を行なった。調査
は,バックカントリー体験中のどのような機会(要因)がどのような体験として認知され,結
果どのような価値(効果)をもたらすのかについて関係を調べた。調査の結果,4つの要因よ
り,6つの効果につながる関係が見られた。
1.研究の背景
Education)がある。ウィルダネス教育とは,お
もに国立公園や国立森林などの手つかずの大自然
日本において野外教育には,冒険教育と環境教
の中で行われる教育であり,大自然が教材となる
育という2つの領域の存在が知られている。その
ことで人間的な成長とともに,自然に対する環境
考え方は,野外教育先進国である北米の野外教育
倫理観を学べる教育手法である。おもな活動とし
の考え方が基礎となっている。しかしながら,近
ては,数日間に渡りテントなどでの宿泊を伴う
年,北米においては領域の細分化が進み,都市部
バックパッキングや縦走登山,スキー場外でツ
の人工的な環境で行われる教育や自然豊かな環境
アーを伴うバックカントリースキーやバックカン
で行われる教育などといった,プログラムが行わ
トリーボードなどが挙げられ,北米ではこの分野
れる環境での分類が主流となってきている。その
の研究も数多くされている。
領域のひとつにウィルダネス教育(Wilderness
日本社会に目を向けてみると,日本ではこれま
247
濱 谷 弘 志
で,人の手で管理された自然環境で野外活動を行
視する,属性-結果-価値のつながりをヒエラルキ
うことが多かった。しかしながら,近年,冬の野
カルバリューマップ(HVM)にモデル化するも
外活動としてスキー場ゲレンデ外,いわゆるバッ
のである。Goldenberg et al.(2005)4)やHaras et
クカントリーでのスキーやスノーボード愛好家が
al.(2006)5)は,この手法を用いて,キャンプ効
増加しており,それに伴って遭難事故のニュース
果とその要因を明らかにする調査を行っている。
を目にするのも珍しくなくなった。一般的にバッ
おもに成人を対象とした調査を行い,参加者の体
クカントリースキー,ボードとは,必要な装備や
験が個人の中で,どのような体験として解釈され,
食べ物,飲み物などをバックパックに背負い,自
その後どのような学習効果をもたらすのかという
分の足で頂上などを目指して歩いて登り,その後
一連のプロセスについて明らかにした。日本国内
スキーやスノーボードなどで滑走を楽しむ活動で
6)
7)
や岡田ら(2009)
がME研
でも,岡村ら(2009)
ある。管理の行き届いたスキー場でリフトなどを
究を利用した調査を行っている。
利用し滑ることのみを楽しむのではなく,ツアー
Marshの研究によると,バックカントリー体験
という形態で自然の山や森を歩いて登り,途中で
により,「集中した」「ふりかえり」「美しさにふ
休憩や食事などを行い,自然のままの森や斜面を
れる」「チャレンジ」「静寂」「仲間との共有」「た
滑るといった,一連のプロセスを楽しむ活動であ
のしい」「自己成長」「健康的」という9つの体験
る。
認知が起こり,「超越」「つながり」「気づき」「満
一昔前に山スキーと言われていた時代では,一
足」「充電」「感謝」「平和」「自信」という8つの
般のスキーヤーの姿は少なく,限られた愛好家が
効果に発展することが明らかとなった。
山スキーを行う傾向が強かったが,用具の進化や
バックカントリースキーの魅力とは一体どのよ
パウダースノーを楽しむスキーヤー,ボーダーの
うなものなのか,また,年々愛好家が増え,人気
増加などによって,年々多くの人がスキー場の延
が高まる要因として,その体験が内面にどのよう
長として,バックカントリーに入っている。
な影響を与えるのか。日本ではこの分野において
の研究はあまりされていない。そこで本研究の目
的は,バックカントリースキーツアー体験がどの
2.先行研究
ような体験,効果に発展するかを調査し,その効
春山スキーにおける中高年者の意識特性調査を
果と要因の関係を明らかにすることとした。
1)
行った大橋ら(2004) によると,山スキーの魅
力は「自然の中でスキーすること」
「景色のすば
らしさ」
などとされ,活動を続ける主な動機となっ
3.研究方法
ているのは「自然に触れたい」という気持ちとさ
3. 1.調査対象者
れている。
調査対象者は,北海道教育大学岩見沢校スポー
MarshはMeans-End Analysis(ME研究)を用
ツ教育課程アウトドア・ライフ専攻授業「冬の
いてバックカントリー体験の効果と要因の関係性
フィールド経験実習Ⅱ」を受講した2年生11名(男
2)
について調査 を行った。ME研究はマーケティ
4名,女7名)である。授業「冬のフィールド経
ング調査において,消費者の購買意思決定課程を
験実習Ⅱ」はアウトドア・ライフ専攻の2年生必
明らかにするために,Gutmanによって開発され
修の専門授業であり,平成27年3月15-17日の3
た 研 究 手 法3)で あ る。 商 品 の 特 徴 を 表 す 属 性
日間,北海道空知郡上富良野町白銀温泉をベース
(Attribute)
,
そこから得られる結果
(Consequence)
,
その先につながる価値観(Value)というつなが
りをラダリングという手法で調査し,消費者が重
248
として行われた。
バックカントリー体験がもたらす効果について
3. 2.授業の概要
を始め,途中昼食を挟んで三段山頂上に登頂した。
授業の目的は,
「自然のままの山に自らの足で
この日は,学生主体で行動し,危険箇所のみ教員
登り,そして滑ることを通じて,冬の自然を体験
が先導してルートを登った。登頂後はベースまで,
できるバックカントリースキーを実際の冬山で学
教員が先導してバックカントリー滑降を行った。
ぶ」であった。授業の概要は,初日大学から移動
3日目は午前中のみの活動であった。活動は学
後,
翌日のバックカントリースキーツアーに備え,
生のみで行う課題として与えられ,自分たちで
午後から実技と知識に関する講習が行われた。学
ルートファインディングをしながら制限時間内
生は2グループに分かれ,標高1,010mの白銀荘
に,目標のゴールにたどり着くという内容であっ
から,教員が先導してハイクアップを開始した。
た。朝食後2~3名の小グループに分かれ,白銀
ルートは三段山中腹に位置する,通称二段目と呼
荘から樹林帯の中をストレートハイクで登り,教
ばれる標高1,310mまで登り,その地点で翌日の
員から提示された標高1,150mのポイントを目指
ツアーに備え,トレーニングとして雪崩の弱層テ
した。ポイント到着後は,登ってきた樹林帯の中
スト用ピットを掘り,テストを行った。その後足
のルートをスキーで下り,白銀荘まで戻った。安
慣らしも兼ねてベースの白銀温泉まで教員が先導
全上各グループに教員一人が同行したが,基本的
してバックカントリー滑降を行った。
に学生の意思決定には関わらなかった。
2日目は,この実習のメインかつ最も長時間の
活動となる,日帰りでの三段山ピークアタックツ
3. 3.調査方法
アーが行われた。朝食後,その日の目標である三
調査は,ツアー中のどの活動場面が,どのよう
段山頂上(標高1,748m)を目指しハイクアップ
な体験と認知され,どのような効果につながった
図-1.BCスキーツアー HVM(cut off level=0)
249
濱 谷 弘 志
図-2.BCスキーツアー HVM(cut off level=2)
かという関係性を調査するため,Marshの研究を
レンジ体験」「静寂な体験」「仲間との共有体験」
参考にして,著者が作成した「バックカントリー
「たのしい体験」
「自己成長体験」
「健康的な体験」
スキーツアーふりかえりシート」を用いて,授業
から回答を選択した。これらの3つの質問を1
終了後にラダリング調査を行った。調査は以下の
セットとして,1人につき3回以上回答を求めた。
3つの質問に対して回答を求めた。
データの分析は,3E(Experiential Education
質問1「バックカントリースキーツアーで一番
Evaluation)フォーム8)9)10)11)12)を用い,ヒエラ
感じた気持ちはなんですか」に対して,
「超越」
「つ
ルキカルバリューマップ(HVM)を得た。
ながり」
「気づき」
「満足」
「充電」
「感謝」
「平和」
「自信」から回答を選択した。
質問2「その気持を一番感じたのはどの活動で
4.結 果
すか」に対して,「二段目までの登り(1日目)」
調査の結果34件の有効回答が得られた。全回答
「弱層テスト」
「スキーでの下り(1日目)」「三
を元に作成したヒエラルキカルバリューマップ
段山登り(2日目)」「三段山登頂(2日目)」「山
(HVM)を図1に示す。より強い関係性を見る
頂からのスキーでの下り(2日目)」「ルートファ
ため,カットオフレベルを2(回答数が2以下の
インディング(3日目)」「森のなかの下り(3日
ものを削除する作業)に統制した結果を図2に示
目)
」から回答を選択した。
した。
質問3「その活動があなたにとってどのような
3日間の活動中,最も多く得られた関係は「山
意味がありましたか」に対して,
「集中した体験」
頂からのスキーでの下り(2日目)」
(13件)が「た
「ふりかえり体験」「美しさにふれる体験」「チャ
のしい体験」(8件)と認知され,
「満足」(11件)
250
バックカントリー体験がもたらす効果について
という効果に発展したものであった。同様に「山
れる。また,頂上までの登りは,途中に休憩時間
頂からのスキーでの下り(2日目)」は「チャレ
や食事時間などがあり,登るペースも時間をかけ
ンジ体験」
(7件)と認知され,
「気づき」(8件)
ゆっくりと登った。さらに,肉体的にきつい時に
にも発展した。
は,景色を眺めることで精神的に気持ちを紛らわ
「三段山登り(2日目)」(8件)は「静寂な体
せる機会が再三あったと考えられる。このような
験」
(4件)と認知され,「平和」(4件)という
ことから,活動中,周りの景色を眺める機会が多
効果に発展した。同様に「三段山登り(2日目)」
かったことが「美しさに触れる体験」になったと
は
「美しさに触れる体験」
(5件)と認知されたが,
考えられる。
共通した効果には発展しなかった。
「ルートファインディング」が「自己成長体験」
「ルートファインディング」(4件)は「自己
と認知され「自信」「満足」となった関係につい
成長体験」
(6件)と認知され,
「自信」
(4件)
「満
ては,活動が学生に課題として与えられ,活動中
足」
(11件)という効果に発展した。
に「達成できる,できない,難しい,無理かな,
「三段山登頂」
(4件)は「仲間との共有体験」
不安」などの葛藤が生まれたことと,最終的に達
(4件)と認知され,「つながり」(3件)という
成できた体験が関係していると考えられる。
効果に発展した。
「三段山登頂」が「仲間との共有体験」と認知
され「つながり」となった関係は,バックカント
5.考 察
リースキーツアーの登りを開始してから,同じ時
間や空間を共有し,苦しい場面も共に超えてきた
「山頂からのスキーでの下り(2日目)」が「た
ことで,山頂にゴールした時には一体感が生まれ
のしい体験」と認知され,
「満足」という関係が
たと考えられる。登山のプロセスとも似通ったも
最も強いつながりとなったのは,学生にとってス
のがあり,それがつながりを得ることとなったと
キーでの下りはツアーのメイン活動であり,最も
考えられる。
期待され楽しみにしていた機会であったと考えら
れる。そのため,多くの学生にとって,強く体験
の認知→効果へと発展したと考えられる。また期
6.まとめ
待していたと同時に,バックカントリースキー初
本研究は,バックカントリースキーツアー体験
体験者を中心に,圧雪されていない自然のままの
がどのような体験,効果に発展するかを調査し,
雪面を滑ることに不安を抱えていたことも考えら
その効果と要因の関係を明らかにすることとし
れ,初めての挑戦に挑んだことが「チャレンジ」
た。その結果,4つの要因から,6つの体験認知
体験として捉えられ,その後の「気づき」につな
が起こり,5つの効果に至ったことが明らかと
がったと考えられる。
なった。
「三段山登り(2日目)」が「静寂な体験」と
認知され「平和」となった関係については,長時
間自然に触れたことが関係していると考えられ
7.今後の課題
る。雄大な十勝連峰のエリアで,頂上に向けた登
第一に,さらに多くの回答を得ることが挙げら
りの最中では,日常生活で聞こえてくる喧騒や雑
れる。今回の調査で得られたデータ数には限界が
音などがほとんど無く,風の音や自分たちの足音
あり,データ数としては満足の行く数とは言えな
などといった自然の音のみしか聞こえない環境で
い。データ数を増やすことにより,分析結果の妥
あった。そういった環境で活動を続けていること
当性を高めることが求められる。
で,普段には無い心の安らぎが生まれたと考えら
第二に,調査対象者の多様性が挙げられる。今
251
濱 谷 弘 志
回の調査では対象者が大学生に限定されていたた
10)岡村泰斗(2013)
:ウィルダネスプログラムを導入し
め,今後はより幅広い年齢層の対象者やバックカ
た新入社員研修の成果:3Eフォームを用いて,日本野
ントリー経験年数が多い対象などにも回答を求
外教育学会第16回大会プログラム・研究発表抄録集,
56-57
め,年齢やバックカントリースキーの経験値によ
11)岡村泰斗,古川和,濱谷弘志,高山昌紀,島崎晋亮,
る比較などを行い,どのような違いが表れるかを
渡辺佐智,寺田匡志,岡田成弘,佐藤冬果,篠原健二
検証することが挙げられる。
(2012)冒険教育を導入した新入社員研修の効果:3E
第三に,教育としてバックカントリー体験を教
フォームを用いて,日本野外教育学会第15回大会プロ
グラム・研究発表抄録集,100-101
材とするために,さらにどのような教育効果が得
12)Mark Wagstaff, Taito Okamura (2013) Assesing
られるのか,そのためにはどのような機会(活動
the Impact of a WEA Outdoor Leadership Course, 日
場面)が有効なのかを引き続き調査することが挙
本野外教育学会第16回大会プログラム・研究発表抄録
げられる。
集,112-113
(岩見沢校准教授)
註
1)大橋正春,植木毅,長井健二,高橋健一(2004)
:春
山スキーにおける中高年の意識特性,新潟大学教育人
間科学部紀要6⑵ 347-353
2)Marsh, Paul E (2008). Backcountry Adventure as
Spiritual Experience:A Means-End Study, Indiana
University, School of Health, Physical Education and
Recreation
3)Gutman A. (1982). A means-end chain model based
on consumer categorization processes. Journal of
Marketing, 46, 60-72
4)Goldenberg, M. A., McAvoy, L., & Klenosky, D. B.
(2005). Outcomes from the components of an
Outward Bound Experience. Journal of Experiential
Education, 28⑵, 123-146
5)Haras, K. Bunting, G., & Witt, P. (2006). Meaningful
involvement opportunities in ropes course programs.
Journal of Leisure Research, 38⑶, 339-362
6)岡村泰斗,岡田成弘,荒木恵理(2009)Means-End
Analysisを用いたキャンプ効果の測定,日本野外教育
学会第12回大会プログラム・研究発表抄録集,50-51
7)岡田成弘,岡村泰斗(2009)組織キャンプが参加者
の環境リテラシーに及ぼす効果と要因の関連,日本野
外教育学会第12回大会プログラム・研究発表抄録集,
48-49
8)岡村泰斗,岡田成弘(2012)Experiential Education
Evaluation Form : 3Eフォームの開発,Camp Meeting
in Japan 2012 -第16回日本キャンプ会議- 抄録集,
公益社団法人 日本キャンプ協会,10-11
9)岡村泰斗(2012)Experiential Education Evaluation
Form : 3Eフォームのデモンストレーション,Camp
Meeting in Japan 2012 -第16回日本キャンプ会議- 抄録集,公益社団法人 日本キャンプ協会,12-15
252
Fly UP