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Title 子どもの手の巧緻性と造形教育
Title
子どもの手の巧緻性と造形教育 : ドイツの幼稚園に学ぶ
Author(s)
阿部, 宏行
Citation
北海道教育大学紀要. 教育科学編, 67(1): 377-387
Issue Date
2016-08
URL
http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/8015
Rights
Hokkaido University of Education
北海道教育大学紀要(教育科学編)第67巻 第1号
Journal of Hokkaido University of Education(Education)Vol. 67, No.1
平 成 28 年 8 月
August, 2016
子どもの手の巧緻性と造形教育
~ドイツの幼稚園に学ぶ~
阿 部 宏 行
北海道教育大学岩見沢校美術教育研究室
Manual Skills in Children and Education of Arts and Crafts
~ Learn from “Deutschland Kindergarten” ~
ABE Hiroyuki
Department of Art Education, Iwamizawa Campus, Hokkaido University of Education
概 要
本研究は,科研費による「子どもの手の巧緻性に関する基礎研究と授業の改善の一考察」
(2012.4~2015.3 研究課題24653241)の2カ年の研究を経て,昨年度は子どもの幸福度
が上位を占める北欧デンマークの幼稚園を訪問し,社会基盤や教育に関する考え方など論述し
た。今年度は,幼稚園教育の原点ともいえるドイツの幼稚園を訪れ,子どもの情操を育てる木
の玩具など,子どもの手の巧緻性を高める教育の在り方を検証し考察する。
はじめに
学校も変化し始めた。過疎地の学校では人間関係
の固定化が生まれたり,その地域独自の遊びも衰
子どもの手の巧緻性について指力を調査し,60
退し,テレビゲームなど均質化した遊びが主流に
年前の幼児・児童の調査結果と比較検討したが,
なったりしている。
大きな差は認められなかった。しかし,併せて行っ
発達に応じた遊びで,特に,手や指などを十分
た紙の切断調査では,切る手と紙を持つ手の連動
に使う玩具(おもちゃ)と,子どもの想像力や創
性にぎこちなさのある児童が検出された。子ども
造性の関係,知育や情操との関係などを,育成し
を取り巻く社会的な背景が60年で大きく変わり,
たい資質や能力の関係で検証する必要があると考
屋外遊びから,室内遊びへ,集団遊びから個人遊
え本研究とした。
びへ,創造的な遊びから受動的な遊びへなど,
「遊
び」も変化した。
また,少子化から集団として機能する幼稚園や
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阿 部 宏 行
1 研究の目的
初に幼稚園を設立したブランケンブルグ
(Blankenburg)の博物館を見学した。27日にゾ
手先の器用さなどと呼ばれる手の巧緻性は,そ
ンネベブルク(Sonneberg)の公営のケッペンド
れぞれの社会背景などをもとに育成されてきた。
ルファー幼稚園(教育理念はモンテッソーリで,
この手の器用さは,家庭教育や社会教育として,
フレーベルの考えも併用して運営)を視察した。
自然を対象に培われる技能であったり,また職業
同日にはおもちゃ博物館で,ドイツにおける玩具
教育の一環として用具や材料を扱ったりする技能
の歴史と教育との関係を研修した。28日にはニュ
として扱われてきた。また,学校教育においても
ルンベルグ(Nämberch)にて国際玩具見本市を
幼稚園での表現活動や図画工作・美術などの教科
見学し,幼児と玩具に関する研修を行った。29日
教育なども創造的な技能を培う目的で大切にされ
にはニュルンベルグでシュタイナー学校・保育・
てきた経緯がある。
幼稚園を視察した。
子どもを取り巻く社会的背景が急激に変容する
5日間で5か所の保育・幼稚園及び学校を視察
時代にあって,
「本物に触れる」「実際の活動を通
し,それぞれの特徴とドイツにおける教育理念と
して学ぶ」など,子どもが直接手に触れ,自らの
実際,また,手の巧緻性に関わる玩具や指導のあ
思考・判断のもとに,材料を変化させたり,加工
り方について考察する。
したりする体験が少なくなっている。
単に,ものを与え触れる機会を増やすことを研
究の目的とはしていない。
3 研究にあたって
真に子どもにとって「もの」と自分とのかかわ
はじめに,我が国の幼児教育は,1876年にフ
りや,実際に「もの」に触れることの意味を問い
レーベルの設立したキンダーガーデンを規範とし
直し,教育改善の一助とする研究としている。
た幼稚園が東京女子師範学校(現お茶の水女子大
ここでは,
「もの」と教育のかかわりに深く根
学)に付設されて一世紀以上の歴史を歩んできた。
ざしたドイツの教育を学ぶことで,我が国の幼児
この間,幼稚園や保育所など,集団保育の施設は,
教育・義務教育の在り方を手の巧緻性と情操の育
全国に飛躍的に展開され現在に至っている。
ちなどから論ずることができると考えたからであ
現在も家庭教育を基盤としながらも幼稚園や保
る。
育所が「生きる力の基礎」を培う幼児教育の担い
手となっている。
2 研究の方法
1980年代の保育では「量的な拡大から質的な拡
大」が叫ばれ,我が国でも様々な試みが展開され
特に,ここでは,幼児教育の実際の場面を視察
たが,社会の変化に流され,狭い経験主義や一時
し,子どもと「もの」との関係,指導する教員の
的な風潮に左右されるなど,保育の在り方が今な
立場,心の耕しといった情操との関係を見出すこ
お問い続けられている。
とから,幼児教育の原点であるフレーベル,モン
現在は18歳までに身に付けたい資質能力の顕在
テッソーリ,シュタイナーの教育観と実際の視察
化,就学前の幼児教育と小学校教育の円滑な接続
を併せて,論を展開することにする。
に向けた「アプローチカリキュラム」や小学校入
ドイツでの視察は,平成28年1月25日にカッセ
学期の「スタートカリキュラム」の一貫性なども,
ル(Kassel)においてモンテッソーリ幼稚園とシュ
解決しなければならない喫緊の課題として取り上
タイナー学校・幼稚園を見学した。26日にワー
げられている。
マール近郊にあるフレーベルの出生地オーベルワ
イスバッハのフレーベル幼稚園とフレーベルが最
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子どもの手の巧緻性と造形教育
て,
子どもの発達を援助することを理念としていた。
4 ドイツの幼児教育
フレーベルは遊びを子どもの本性にかない最も豊
⑴ 就学前教育の歴史的展開
かな人間形成に寄与する教育と考えていた。そこ
フレーベル以前のドイツにおいて就学前の教育
で,1840年ブランケンブルクに最初の幼稚園(現在
は,
フランスの哲学者で教育学者のルソー(Jean-
のフリードリッヒ・フレーベル博物館)
を設立した。
Jacques Rousseau,1712-1778) が 教 育 論 に 関
して論じた『エミール』の「自然の最初の衝動は
① フレーベルの芸術教育
つねに正しい」という前提を立てた上で,子ども
フレーベルの芸術教育に対する考え方は,「芸
の自発性や内発性を重視し,社会から守られる存
術教育では,生徒は隙間のない不断の指導による
在とした教育論を展開している。就学前の教育に
訓練を通してのみ目標を達成できる」2)として,
ついて,
「徳や真理を教えること」ではなく,「心
自分の中に外界を受け入れ,自らの内面に立ち上
を悪徳から,精神を誤謬から保護すること」を目
がる精神を感じ取り,認識することの大切さを説
的としている。この自然を基とする教育観は,フ
いている。はじめは模倣であっても,表現を重ね
レーベル以後のドイツの幼児教育に少なからず影
ることで自由な表現を身に付けるという。「つま
響を及ぼしている。
り肉体の鍛錬はわれわれに固有の教授によっては
ルソーに影響を受けたスイスのペスタロッチ
予行練習であり,(中略)すでに生徒たち自身の
(Johann Heinrich Pestalozzi,1746-1827) は
生活の中に適用を見だしている」3)とし,教授さ
幼児期の直観教授の重要性を説いている。ペスタ
れ身に付けた能力が,生活の中で働く,能力の転
1)
ロッチらが主張する「自由な自己活動」 は,子
移を説いている。
どもの野外でのびのびした遊びや運動,採集活動,
自発的な観察活動や自主的な栽培活動など,ドイ
② 子ども観の変化
ツにおける幼児教育の礎を形成したと言える。
フレーベルは,子どもが生まれることを「眼に
みえない精神的な本質,永遠に存在する本質があ
⑵ フレーベルの教育
らわれること,実存するようになること」4)とし
フリードリッヒ・ヴィルヘルム・アウグスト・
て,精神的本質が現実のものとなり,永遠の存在
フレーベル(Friedrich Wilhelm August Fröbel,
が有限な現存在になると,親自身にとっての喜び
1782-1852)は,チューリンゲンの森のほとりに
は人類すべての喜びになると唱えている。
あるオーベルワイスバッハに生まれた。幼児期の
一人一人の個別の喜びでありながらも,全体的
フレーベルは,不遇な生活を強いられ,その痛み
な人間のなかの一人であることの喜びでありなが
を癒したのがドイツの森での自然体験であったと
ら,教育を受けることによって,人類すべてに共
いう。こうしたフレーベルの生い立ちが,のちの
通する文化遺産を継承し再生産することで,自分
幼稚園創設につながったといえる。
なりの方法で人類に寄与することができることを
フレーベルの教育的活動は,就学前の教育が人
意味する。
間形成上重要な意味をもつことを自らの人生経験
この教育の実相は,強制的な教育ではなく,子
から学んだといえる。また,フレーベルの生きた
どものもつ神性,自主性,自主的決断力を伸ばす
時代には社会の工業化も進み,女性や子どもも働
教育をめざし,その達成のために,幼児期におい
き手として進出するようになり,家庭教育や就学
ては遊戯や作業を重要な教育内容としたのであ
前教育の改善の必要性に迫られていたこともある。
る。幼稚園を美しい自然の庭(ガルテン)を理想
フレーベルは,子どもをただ預かる,あるいは教
郷として掲げ,
「キンダーガルテン」
(子どもの園)
え込むことではなく,遊びの中で,また遊びを通し
として,幼稚園が誕生したのである。
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阿 部 宏 行
⑶ シュタイナーの教育
材質にまでこだわり,子どもの繊細な五感をやわ
オーストリア出身のルドルフ・シュタイナー
らかく刺激するよう配慮がなされている。また,
(Rudolf Steiner 1861-1925)は,人智学の思
教具を通し,暗記でなく経験に基づいて質量や数
想のもとに,精神世界における啓発活動を広め,
量の感覚を養うことと,同時に教具を通して感じ
社会を平和に導く「社会有機体三分節化」理論を
取れる形容詞などの言語教育も組み込まれている。
打ち出し,
「精神における自由」,「経済における
友愛」
,
「法・政治における平等」を唱えた。
1919年にシュトゥットガルトに「自由ヴァルド
5 ドイツの幼児教育・学校教育の実際
ロフ学校」が誕生し,芸術教育,言語教育,治療
⑴ フレーベルの幼稚園の実際
教育としてのオイリュトミー(Eurythmy 身体,
① フレーベルの幼稚園
精神,
魂の全人的人間が自己の身体を楽器として,
平成28年1月26日(火)にフレーベルが誕生し
ミクロコスモスの人間が,マクロコスモスの宇宙
たオーバーヴァイスバッハにある幼稚園を訪問し
を意識しようとする身体芸術)を位置づけている。
た。この幼稚園は労働者福祉協会が設立してい
同じ担任による12年間の一貫教育,同じ科目を3
て,80名の幼児(0歳~10歳※学童保育を含む)
~5時間集中して行う「エポック授業」など独自
が在籍している。フレーベルの教育理念を指導方
な教育が行われた。芸術教育においては,直線と
針として,子どもが生まれながらにして持ってい
円の描画に始まる「フォルメン線画」
,画用紙に
る素質や個性に適切に働きかける教育を実践して
水をたっぷり含ませ,その上に3原色などの色を
いる。
たらして色の拡がりを観察する「ぬらし絵」など
の美術教育,耳を澄ますところから始まる音楽教
育など,芸術と融合した教育が施されている。結
果により過程が重視されている。さらに物語の鑑
賞における想像性の重視,発達7年周期説(誕生
から7歳までの意志のもとの形成期,7歳から14
歳までの感情のもとの形成期,14歳から21歳まで
の思考力の形成期)に合わせた独自なカリキュラ
ムが組まれている。
⑷ モンテッソーリの教育思想
イタリアに生まれたマリア・モンテッソーリ
(Maria Montessori 1870-1952)は,1896年に
写真1 オーバーヴァイスバッハの山並と傾斜を利
用した広大な庭から見た園舎
イタリアで女性として最初の医学博士となり,精
薄児の研究に取り組む中で,教育の可能性を確信
フレーベルは,ものの形や色,音の重要性を説
し,その研究成果が健常児の教育効果が高められ
いている。玄関を入るとすぐ前の壁には木のモ
ることが確かめられた。1907年にローマの貧困地
チーフがあり,木琴の音・木の形・木と鳥などが
区に建てられた教育施設「子どもの家(Casa dei
配置されている。木の形には幾何学など数学的な
Bambini)
」と名付けられた。この子どもの家は,
要素が埋め込まれている。また玄関天井には,フ
教育玩具と共に世界中に知れ渡るところとなっ
レーベルが最初につくった「ボール」がつるして
た。モンテッソーリ教育の特徴の一つである教育
ある。年長の子どもたちが,鳩の歌と踊りで出迎
教具は教具の形,大きさへの配慮,手触り,重さ,
えてくれた。ギター演奏は,輪になる,移動が可
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子どもの手の巧緻性と造形教育
能などから養成校でもピアノでなく保育士の必須
義務となっている。年齢別の学級を編制し「色」
によるクラスの識別(年少:緑 年中:黄・青 年長:赤)をするなど色を生活に生かしている。
子どもたちの成長の記録は,一人一人のファイ
ル(年少から年中・年長へと持ち上がり,保護者
も自由に閲覧することができる)がある。
また,フレーベルの命名したキンダーガーテン
(子どもの庭)が重要として,傾斜を利用した広
い遊び場が幼稚園を取り囲んでいる。
写真3 指導者と年長児の昼食の様子
② フレーベル博物館
このフリードリヒ・フレーベル博物館
(Friedrich-
フレーベルにとって「庭」は,彼の教育思想に
Fröbel-Museum)は,フレーベルが1839年に,バー
重要な役割を持ち,作物や花の栽培を通して,自
ト・ブランケンブルクで最初「遊びと作業の施設」
分も自然の中の命であり,育てた作物も命である
として始め,後に「幼稚園」(キンダーガルテン
ことを学ぶことでできるとしている。庭は命の尊
「Kindwrgarten」 の 最 初 の 施 設 を 再 利 用 し て
さや感謝の心を育てるのである。
1982年に開館した。
館内にはフレーベルの思想を基本展示とし,8
⑵ シュタイナーの幼稚園・学校の実際
個の立方体など初期の「恩物」が展示されている。
① シュタイナー幼稚園・学校
a カッセル市のシュタイナー幼稚園・学校
平成28年1月25日(月)に訪問した。はじめに
小学校そして,中高等学校,そのあとに学童保育
の施設,幼稚園の順に回った。その後移動して教
員の研修センターと保育施設を視察した。
敷地内に川が流れるこのシュタイナー幼稚園・
学校の特徴は小学校において,カリキュラムの中
心に,「食べること」,「つくりだすこと」を置き
自分や生活,そして自然とのかかわりを学ぶ教育
活動を重視して行っている。作物の育成では,職
業生産的な栽培ではなく,自らが口にしている作
写真2 フレーベルの恩物「ケルン2A」やブロッ
クの展開例の展示
物がどのようにして成長するのかなどを知るため
であり,発想は子どもに委ねるようにして,その
上で,苦労・失敗を重ねることも学びと考えてい
これらの恩物は多くを子どもに与えるのではな
る。また,「つくりだすこと」では,作品に意味
く,限られた形や数から幾つも発見できることに
をもたせるのではなく,つくることそのものから,
重点を置いた指導を意図している。つまり教材(教
つくることの意味や自分とのかかわりについて考
具)として,対面的な指導(保育)を行うための
える時間としている。
ものであって,一斉学習など多くの子どもに多用
これらはシュタイナーの教育思想である。「目
するには限界がある。
は動きを導き,動きは変化を導く」として変化は,
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阿 部 宏 行
次の思考・判断を生み出し,新しい世界をつくる。
教員のための教育センターでは,工作室があり,
変化は創造であるとしている。
ここで教員は,粘土や木で,発達に応じた作品を
〈目と動き,手と脳〉は,離れているようにみ
つくり,その過程で,子どもの心理状態と指導技
えるが常に〈連動〉している。全ての感覚(器官
術を学ぶ。また,施設には,舞台のある大ホール
機能)を働かせる〈連動〉こそが,創造的な技能
があり,子どもたちの教育成果の発表や講演会な
につながるという理念に基づいて行われている。
どが催される。ギャラリーでは,ドイツ生まれシュ
タイナー学校を卒業した現代彫刻家ヨーゼフ・ボ
イスが,1982年にカッセルで開催されたドクメン
タ7の『7000本の樫の木』プロジェクトの30年以
上経た現在の様子を写したパネル展示があった。
その展示には「石は過去,木は未来」とあり,
大きく成長した木と,その横にあって変わらぬま
まの石碑が,写真パネルにあった。「石は人類の
遺産・木は子ども」の意味が込められていた。
我々がすべきことは,次の時代を担う人間(子
ども)を育てることであり,「私たちは自然から
生まれ,自然に還る」そのために「心身」を育て
写真4 丸太から形を彫り出す木工作を行う小学校
高学年
ることである。
「身体は自然であり,精神である。」
学童保育の施設では,
「子どもに必要なのは,
〈呼
b ニュルンベルグ市のシュタイナー幼稚園・
吸〉である。学校で,いっぱい吸い込んだ知恵(知
ことを体現するシュタイナーの教育思想である。
学校
識や技能)を吐きだすことで,心身は保たれる。
1月29日(金)に訪問した。この幼稚園・学校
遊びはすべてを吐き出し,次への力を吸い込む源
はユネスコのESD(持続可能な開発のための教
(エネルギー)をつくりだす。」理念に基づいて
育で,社会づくりの担い手を育むことを目的とす
指導が行われていた。
る)に認証されている。創立70年を迎えた,この
幼稚園・学校は乳幼児120名,児童・生徒数900名
が在籍するマンモス校である。
写真5 川が流れる校舎の横の遊び場で遊ぶ学童保
育の子どもたち
写真6 園舎の左手が保育所で右手が幼稚園
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子どもの手の巧緻性と造形教育
0歳~2歳が保育所,3歳~6歳が幼稚園に在
⑶ モンテッソーリの幼稚園の実際
籍し,約20名程度4クラスが異年齢で構成されて
① カッセル市のモンテッソーリ幼稚園
いる。学童保育は小学校1年~4年生までが利用
1月25日(月)に訪問した。カッセル郊外の広
できる。一貫校のため19年間同じ環境で学ぶ児
大な森の中にある幼稚園(隣接して小学校)で3
童・生徒が在籍している。
歳~6歳までの36名の幼児が在籍し,教員5名,
敷地内には,養蜂のための施設や有機肥料をつ
実習生1名で指導にあたっていた。朝7時30分か
くる施設なども整備されている。
ら午後3時30分までが就学時間になっている。特
別な日として,月曜日に「森の日」が設定され,
近隣の森を遊び場として活動している。また,金
曜日には,「音楽の日」として外部から音楽専門
の教員が来て,音楽教育を行っている。
写真7 生徒の木工作品を紹介する副校長
マイスター制度が基本のドイツにおいては,高
い技能を身に付けることに重点が置かれている。
訪問前は,シュタイナー教育の神秘主義の考え
から,霊媒や超現実的な観点をどのように教育活
写真8 広大な森の中にある校舎,左手が小学校,
右手が幼稚園
動に取り込んでいるのか関心があったが現実的に
は「教育」にかかわることに否定的な印象であっ
② ゾンネブルグ市のケッペンドルファー幼稚園
た。目に見えるもの・目に見えないもの,耳に聞
1月27日(水)に訪問した。モンテッソーリを
こえるもの・聞こえないもの,手に触れることの
中心としフレーベルの考えも併せた教育思想を基
できるもの・触れることのできないものなどいろ
本としたプロテスタント系の公営の幼稚園であ
いろある。しかし,ここで大切にされるのは「自
る。障害児の受け入れと言語および身体機能を回
分の」ということである。他人ではなく,自分の
復するための常駐するセラピストの導入も図り,
目や耳でとらえられるものである。
機能訓練や障害児教育にも積極的な幼稚園であ
だからこそ,本物であること,どのような過程
る。地域の支援センターとしての役割も担ってい
を経て作物や品物ができあがるのかを体験できる
る。教材(教具)の充実と指導の在り方の徹底研
ことにこだわっている。作物の栽培,家畜の飼育,
修を実施して教員の質的向上を図っている。理念
木や粘土の造形,養蜂の飼育,腐葉土の作成など
(目的),教材(教具),教師の資質の向上が,教
の教育カリキュラムの根幹にあるのは,自分は「自
育(保育)の充実につながると考える。
然」から生まれ,自然に還ることにある。自然こ
そが,私たちを形づくっていることを視察から学
んだ。
383
阿 部 宏 行
ぺスタロッチ,モンテッソーリなどを深く研究し,
フレーベルの根本精神を讃えている。しかし,倉
橋は「恩物」をマニュアル通りに机上に並べるだ
けの幼児教育から脱却を図ろうとしていた。そこ
で系列に分類・整理されていたフレーベルの「恩
物」を全部混ぜこぜにして竹籠に入れて,子ども
たちが自由に遊ぶことのできる「積木玩具」にし
てしまった。子どもの遊びと生活は同一のものと
して扱い,遊びの本質に,子どもの生活があると
した。
写真9 知育ゲームを楽しむ年長児と指導者
本来フレーベルは,この「遊具」を通して,人
間が根源的にもっている創造的な欲求を十全に開
6 手の巧緻性と玩具
発する教育,愛の教育をめざした。それは「神を
ひとつの創造的な実存と考え,宇宙の創造は神の
ドイツの幼稚園で使用される教育教具としての
本性そのものの現れである」としたのである。
玩具や家具の多くが木製である。理由の一つに,
創造されたすべてに宿る有機的な必然性を認
身の回りにある樹木から,手にしている玩具がつ
め,科学として追求できるものと考え,万物を統
くられていることが理解できるからである。プラ
一する「原理」としてとらえている。その原理と
スチック製品のような利便性を追ってできた何か
創造的な本性を合わせ持つのが「遊具」(玩具)
らできあがるのかわからないものではない。また,
である。
手を使うことは,脳を育てることになるなど,子
どもが手に触れることを前提に玩具がつくられて
① 乳児や幼児と玩具
いる。
このたびのドイツでの幼稚園・学校訪問で,
乳児や幼児は,体全体の感覚を働かせて玩具に
手や指先を十分に使う事例を多く見出すことがで
触ったり,見たり,握ったり,掴んだり,捻った
きた。
り,舐めたりする。そこで,はじめて子どもは,
すべての形に,点・線・面があることを感得する。
⑴ 子どもの発達と玩具
点のつながりが線になり,線のつながりが面,
フレーベルは「万物の統一的な原理を洞察する
面のつながりが立体になっていることを体を通し
媒介物としての遊具」といい,モンテッソーリは
て学んでいる。存在しているすべてのものには,
「子どもは目的意識をもった作業を愛し,その作
3つの軸が直角に交叉していて,上下,左右,前
業をうながす道具」として玩具を定義している。
後が生まれて立体になっている科学的な側面を見
フレーベルの提唱したのは「遊びの道具」であ
出すことができるのである。
るのに対して,日本語訳の際に「恩物」として紹
本来,子どもには表現せずにいられない表現欲
介されたことで,宗教的な意味合いが増してし
求があり,表す・生み出す・つくりだすという営
まった。
みの中で,子どもの世界や文化がつくられる。玩
このフレーベルの教育思想は,
「恩物」ととも
具は,子どもが内なる世界を表現するための媒介
に日本にも大きな影響を与えた。我が国で最初の
物といえる。一つの木切れが,飛行機になったり,
幼稚園では,当初,フレーベルの教育理念に依拠
橋になったり,イメージの拡がりと共に,自らの
していた。この教条主義に対抗したのが,1917年
世界を広げるものになるのである。
に赴任した倉橋惣三であった。倉橋はフレーベル,
384
子どもの手の巧緻性と造形教育
② 集中力と玩具
モンテッソーリは,子どもは長時間集中して製
作などの活動を行うことはできないというこれま
での考えを覆すできごとを子どもから発見する。
子どもは注意を集中することができる。そして
それは,子どもに満足感と精神的安定をもたらす
ものである。すなわち,モンテッソーリは,子ど
もは自由を保障されると,誰にも指示されなくて
も自らの興味・関心に従って活動に熱心に取り組
み,
その活動を十分満足するまで行うことができ,
将来にわたる成長の糧となることを論じている。
カッセルの幼稚園では,個々で遊べる道具とし
写真12 ロウソクにマッチで火をつけて遊ぶ幼児
(左)ドライバーでネジを回す幼児(右)
て,トレイの中に,遊具が揃っていて,遊びたい
ものを自分で選び,自分の席で遊ぶ。その遊具の
基本は,
「本物」を使うこと,手や指先など身体
性を重視した活動を保障するものである。
写真13 大人の使用するような万力を回し,木片を
切断しようとする幼児
写真10 オレンジを絞ってジュースをつくり,グラ
スに注ぎ飲もうとする幼児
③ 育てたい資質・能力と玩具
ドイツの幼稚園や学校などを視察して,国民性
と感じていたことは,教育の成果であり,今も大
切にしていることであった。それは堅実性であり
質実性である。マイスター制度に代表されるよう
に,大学に進学する生徒は30%未満で,高等学校
卒業時点で,職に就く生徒が70%以上いる現実で
ある。ここに自立性を幼少期から育てることに伝
統的に取り組んできたことによる。昨年度視察し
たデンマークは,自分の適性と職業とが合致する
まで転職し,そのための知識や技能は専門の学校
で無償で受講できるしくみがあるのとは,異なる
写真11 小豆大の空容器にスポイトで一滴ずつ置い
ていく遊びをする幼児
が技能を身に付けることに関しては,徹底した教
育が行われているといえる。
385
阿 部 宏 行
この歴史的背景には,ドイツ国民が森を愛し,
幼児にとって遊びは学びである。学びによって
森から学ぶことを伝統的に受け継いできたことも
得られるのは生きるための資質・能力である。
無縁ではない。木から家や家具が生まれ,畑から
遊びは,人間のすべての資質能力を総動員して
作物が生まれ,動物や家畜と共に生きる生活を大
行われる営みなのである。
切にしてきた生活から学んだ知恵である。
幼児期の本物に触れることであり,触れるもの
は「自然」を実感できるものということである。
7 ドイツの幼児教育の課題
それは子どもの遊びの中にある「自然そのもの」
カッセル市のシュタイナー保育所で働く日本人
を大切にしているということである。
の筒井ゆう紀教諭がドイツの教育の現状と課題に
ついて語った。筒井はカッセルでシュタイナー教
⑵ 子どもの能力の育成
育を学び保育士の資格をとり,保育所に勤務して
発達心理学では,発達とは,子どもの思考・判
いる。
断における知的な能力の変化を表すことが多い。
「(現状において懸念していることは)やはり
情緒や感情の発達もあるが研究対象になることが
教育者として理想とする環境と,行政側から要求
少ない。要するに発達とは,ある年齢に達すと,
されるものが合わないということです。教育への
なぜか一連の知的作業が,とりたてて「学習する」
成果を証明するように,また園の質を証明するた
とか「教示される」ことがないのに「できるよう
めに,様々なことが要求されるようになりました。
になっている」ような事態を示している。これは
この傾向はどんどん進んでいくことでしょう。し
様々な諸能力(生物学的成長や学習の積み重ねの
かし,子どもとの触れ合いというのは,そのよう
結果)が相互に関係しあって構成される「構造」
に日々効果を証明しなければならないものでしょ
が整うと,その「構造」のおよぶ範囲で,一連の
うか。ドイツでもハイパーアクティブな子ども(多
知的作業が一気に「できるようになっている」と
動傾向のある子ども)が増えてきていると言われ
いう状況が生み出されている。
ていますし,それは日々感じられることです。そ
このような考えは「構成主義」と呼ばれ,生物
れでも,子どもたちを受け入れる環境は変わりま
学的な成長よりも,社会的な相互交渉過程で獲得
せん。むしろ,子どもと保育士にとってどんどん
5)
する「社会的構成主義」 とよばれ,今は,この
厳しくなってきているのではないかと思います。
発達観が主流になっている。
また,シュタイナー教育に興味を示し,自ら関わっ
ていこうという親が減ってきているのも(子ども
が園に通っていても),困っていることかもしれ
ません。全体的に,教育が親の意識から離れ,ど
んどん人任せになってきているのではない
か・・・と思うこともあります。」と現状と課題
を語った。
効率主義・成果の可視化など園経営などにおい
て課題となっているのは,我が国と同じ状況にあ
る。また,保護者の意識の変化は「教育」の恩恵
を受けるから,「託児」という預ける意識への変
化である。
写真14 広大な園庭で遊ぶケッペンドルファー幼稚
園の園児
386
子どもの手の巧緻性と造形教育
*)岩間浩『学校空間の研究 もう一つの学校改革をめ
まとめ
ざして』岩間教育学文化研究所 星雲社 2014
幼児にとって遊びは学びである。この意味と理
念を理解し,自らの感覚を十分に用いた身体性に
*)マルギッタ・ロックシュタイン著 木内陽一・松村
納央子訳『遊びが子どもを育てる フレーベルの〈幼
稚園〉と〈教育遊具〉
』福村出版 2014
あふれた遊び,教具を使った構成遊び,集団で行
*)モンテッソーリ著 林信二郎・石井仁訳『モンテッ
う協働的な遊び,製作遊び,労働模倣遊び,自然
ソーリの教育 子どもの発達と可能性 子どもの何を
や道具を使った遊びなど,どれも子どもの生活に
直結した遊びであり,どれも,自分と自然,自分
と他者など,自己の確立に向けた教育と結び合っ
知るべきか』あすなろ書房 1980
*)佐伯胖『幼児教育へのいざない 円熟した保育者に
なるために』UP選書280 東京大学出版会 2001
*)和久洋三編集『おもちゃの科学 第1号』おもちゃ
の科学研究会 小峰書店 1985
ている。
感情のコントロールも含め,
「自分で決めたこ
とを自分の責任において行動する」ということで
ある。森も身近な材料も自分を取り巻く環境であ
り,自分を鍛える自然でもある。特に,ドイツ人
に森を愛し,森から受ける恩恵を固有の財産とし
ていた。
この訪問を通して,手先や手だけにとどまらず
写 真
※写真1~14は,それぞれの施設長の許可を得て撮影し
たものを掲載している。
(岩見沢校教授)
あらゆる身体感覚(身体性)をつかった幼児教育
の充実と,つくりだす造形教育の重要性を再認識
するとともに,自発的な遊びの重要性,つくりだ
す活動の保障,用具や教材の整備,そして教員の
資質能力の向上などが教育の目標を達成する条件
になることも学んだ。
引用文献
1)岩崎次男『世界の幼児教育 5』日本らいぶらり
1983 p19
2)小原國芳・荘司雅子『フレーベル全集 第一巻』玉
川大学出版部 1977 p370
3)同 p371
4)小原國芳・荘司雅子『フレーベル全集 第三巻』玉
川大学出版部 1977 p336
5)佐伯胖『幼児教育へのいざない 円熟した保育者に
なるために』東京大学出版会 2001 p50
参考文献
*)フレーベル著・長田新訳『フレーベル自伝』岩波書
店岩波文庫 1961
*)中田基昭『子どもから学ぶ教育学』東京教育出版会
2013
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