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内部格付手法の方が、中小企業向け貸出に有利となる見込み-

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内部格付手法の方が、中小企業向け貸出に有利となる見込み-
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CENTRAL
CENTRAL
BANK
BANK
金済
融調
調査
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海外経
15−8
No
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(2
20
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04
0.
.1
1.
07 )
総合研究所
〒1 0 4 -0031 東 京 都 中 央 区 京 橋 3 - 8 - 1
TEL.03-3563- 7541 FAX.03-3563-7551
URL http://www.scbri.jp
新BIS規制の概要と中小企業金融への影響
−内部格付手法の方が、中小企業向け貸出に有利となる見込み−
視点
現行BIS規制に代わる「新BIS規制」は、2004 年半ばまでに内容が固まった上で、2006
年 12 月期(四半期開示の実施を前提に邦銀も)から完全実施される予定となっている。わが
国においては、金融機関の自己資本比率算出にかかる国内基準は、分母の計算方法について現
行BIS規制と同じ方法によっているため、新BIS規制の導入にあたって国内基準も何らか
の変更が加えられる可能性があることから、情報提供の必要があると判断した次第である。特
に新BIS規制では、信用リスク・アセット額のうち中小企業向け貸出にかかるリスク・ウェ
イトの面で、内部格付手法の方が、標準的手法よりも有利になる可能性が指摘されていること
から、その点についても併せて報告することとした 。
要旨
l 「新BIS規制」のポイントは、(1)信用リスク計測の精緻化、(2)分母に新たにオペ
レーショナル・リスクの導入が図られたこと、の2点である。
l 信用リスク・アセット額の計算は、外部格付や金融機関の内部格付の利用などを通じて、現
行基準よりも精緻で複雑な複数の方法の中から金融機関が選択する。担保や保証、引当金の
効果もより精緻に反映され、その結果、よりリスク感応度の高い規制となる。
l 規制上、リテール・ポートフォリオと定義される中小企業や個人向け債権については、その
小口リスク分散効果が強く認められ、リスク・ウェイトが現行の 100%から大幅に引き下げ
られる。ただしその引き下げ効果は、現行に近い標準的手法よりも、より高度で複雑であり、
コストもかかると予想される内部格付手法の方が大きいと目されている。個別金融機関の状
況に応じた手法の選択を行わないと、リテール市場での競争上不利になるおそれがある。
l 新たに、事務事故や組織内犯罪の発生などによるオペレーショナル・リスクもリスク要因と
して加味された。
l 自己資本規制に加え、監督上の検証プロセス、市場規律からなる3つの柱が立てられた。
なお、本レポートを作成した時点においては、新BIS規制の内容も、わが国の国内基準へ
の導入も決定していないため、本レポートで述べる新BIS規制の概要は第3次市中協議案に
依拠したものであり、中小企業貸出市場への影響もレポート作成時点で可能な観測にとどめて
いる。
キーワード
内部格付手法、オペレーショナル ・リスク、リテール ・ポートフォリオ、中小企業向け債権 、
3つの柱
©信金中央金庫 総合研究所
目次
1.新BIS規制導入の背景と経緯
(1)現行BIS規制について
(2)新BIS規制導入の背景 ∼現行BIS規制の問題点
イ.リスク計測方法の粗さ
ロ.銀行のリスク管理手法の高度化
ハ.金融機関の内部管理と市場規律の重要性の高まり
(3)新BIS規制導入の経緯
2.新BIS規制の特徴
(1)信用リスク計測の精緻化
イ.複数の信用リスク計測手法からの選択適用
①標準的手法(The Standardised Approach)
②基礎的内部格付手法(The Foundation Internal Rating-Based Approach)
③先進的内部格付手法(The Advanced Internal Ratings-Based Approach)
ロ.担保、保証等のリスク削減効果の考慮
①現行BIS規制での担保、保証の取扱い
②新BIS規制による適格な担保の範囲の拡張
③新BIS規制による適格な保証の範囲の拡張
ハ.90 日以上延滞債権の引当率の考慮
ニ.リテール・ポートフォリオの小口リスク分散効果への配慮
ホ.リテール以外の中小企業の小口リスク分散効果への配慮
(2)オペレーショナル・リスクの導入
イ.基礎的指標手法(The Basic Indicator Approach)
ロ.標準的手法(The Standardized Approach)
①(狭義の)標準的手法(The Standardized Approach)
②代替的標準手法(The Alternative Standardised Approach)
ハ.先進的計測手法(The Advanced Measurement Approach)
3.自己資本規制、監督上の検証プロセス、市場規律の3つの柱
(1)3つの柱の必要性
(2)監督上の検証プロセス
(3)市場規律
4.新BIS規制の導入が中小企業金融に与える影響
(1)国内基準にも反映される公算が高い新BIS規制
(2)全体として厳しくはならないといわれる新BIS規制
(3)中小企業向け、リテール向け市場への影響
(4)海外のコミュニティ銀行の新BIS規制に対する反応
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金融調査情報 15−8
2004.1.7
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1.新BIS規制導入の背景と経緯
(1)現行BIS規制について
BIS規制1とは、「国際決済銀行(BIS:Bank for International Settlements)
のバーゼル委員会によって決定される、国際業務を展開する各国銀行の競争条件の
衡平化および国際銀行システムの健全性、安定性の強化を目的として、国際的に銀
行業務を展開する金融機関に対して適用される自己資本比率規制」であり、その基
本的な考え方は、金融機関が自ら有するリスクに見合った額だけの自己資本を確保
することで、その経営の健全性を確保させるというものである。
現行BIS規制は、1988 年6月に公表され、経過措置を経て 92 年 12 月期(日本
では 93 年3月期)から実施されたものがベースとなっている。同規制による自己資
本比率は、金融機関が保有する個々の貸出・運用資産にその信用リスクに応じたリ
スク・ウェイトを掛けてリスク・アセット額を算出し、自己資本を同リスク・アセ
ットで除することによって算出されるもので、国際業務を行う金融機関については
同比率を8%以上に保つことが義務付けられている。その後 97 年 12 月期には市場
リスク規制(日本では 98 年3月期実施)が追加実施されて現行の規制内容となって
いる2。
(2)新BIS規制導入の背景 ∼現行BIS規制の問題点
前掲のとおり現行BIS規制は 1988 年に合意されたものであるが、その後 10 年
を経る間に、新たな金融商品が次々と導入される一方、各金融機関のリスク管理手
法も高度化するなど、各国の金融機関を取り巻く環境は大きく変貌し、現行BIS
規制は、以下の点で金融機関の健全性認定の基準としては必ずしもそぐわなくなっ
てきた。
イ.リスク計測方法の粗さ
現行BIS規制では、事業法人向け債権の場合リスク・ウェイトは一律 100%で
あり、当該債権が正常か不良か、外部信用評価機関の付ける外部格付が高いか低い
か、不良債権の引当率が高いか低いかなどは反映されていないなど、リスク・アセ
ットの計測にあたっての個別資産の信用リスク、損失発生見込みが十分に加味され
1
BIS規制(基準)、ないしBIS自己資本比率規制(基準)という呼称は、日本で用いられる呼称で、海外で
はバーゼル合意と呼ばれる。
2
日本では、93 年 3 月期から導入された信用リスク規制をBIS1 次規制、98 年3月期から実施された市場リスク
規制のことをBIS2次規制と呼んだため、今回の新規制のことをBIS3次規制と呼んでいる。これに対し海外
では、BIS1 次規制のことを「バーゼルⅠ」と呼ぶものの、BIS2次規制についてはバーゼルⅠの修正として
扱っており、今回の新規制を「バーゼルⅡ」と呼んでいる。本稿では定義の混乱を防ぐため、現行の信用リスク規
制・市場リスク規制をあわせて「現 行 B I S 規 制」とし、今回の新規制については「新 B I S 規 制」と呼ぶことに
する。
2
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ない場合がある。加えて、クレジット・デリバティブなど新しい金融手法の拡大や、
ITシステムへの依存度の高まりにより、現行BIS規制では十分把握しきれない
リスクの重要度も増してきている。
ロ.銀行のリスク管理手法の高度化
金融機関の業務やリスク管理手法が高度化・多様化する中で、すべての金融機関
に同じ基準を強制することで、各金融機関内でのBIS規制対応と内部管理による
リスク評価という「管理の2重構造」が生じ、システム投資コストも2重となると
いった問題も出てきた。
ハ.金融機関の内部管理と市場規律の重要性の高まり
現行の自己資本比率規制(8%)は、あくまでも最低限必要な水準という位置付
けであり、各国によって自己資本比率規制以外の諸制度等も異なる。このため、自
己資本比率規制のような、直接的かつ画一的な規制を課すのみでなく、銀行自身の
内部管理の充実(銀行自身による資本戦略の立案と当局による検証)や、市場規律
(情報開示の徹底による透明性の向上)といった点にも重点を置いた規制を設ける
ことで、銀行サイドのインセンティブと外部モニターという枠組みを機能させ、金
融システムの健全性をより確固たるものとしようという考え方が出てきた。
(3)新BIS規制導入の経緯
上記(2)の環境変化を踏まえ、国際決済銀行(BIS)においてはこれまで次
の過程で新BIS規制導入の準備が進められてきた。なお後述するように、今回の
新BIS規制の内容に関しては、市中協議案に対して幅広い意見が寄せられたこと
から、規制案の最終的な決定時期、適用開始時期はこれまでも数度にわたって延期
されてきている3。
1998 年 バーゼル委員会がBIS規制見直し作業を開始
1999 年6月 第1次市中協議案の公表
2001 年1月 第2次市中協議案の公表
2003 年4月 第3次市中協議案の公表
2004 年半ばまで 新BIS規制決定予定(2003 年末決定予定を延期)
2005 年 12 月期 先進的な手法4を利用する場合の予備計算開始
2006 年 12 月期 新BIS規制の適用開始(邦銀も四半期決算を前提に 2006
3
新BIS規制の内容については今なお市中協議を経ている段階であるため、以 下 本 稿 で は「 第 3 次 市 中 協 議 案( C
P 3 ) の 内 容 」 を も っ て 新 B I S 規 制 の 内 容 と す る。
4
ここで先進的な手法とは、信用リスクの内部格付手法とオペレーショナル・リスクの先進的計測手法のこと。
3
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年 12 月からの予定)
2.新BIS規制の特徴
新BIS規制を現行BIS規制と比べた場合の大きな特徴は、(1)信用リスク計
測の精緻化、(2)オペレーショナル・リスクの導入が図られたことといえる。また、
金融システムの健全性の維持に対する規制の効果を高めるため、最低限満たされなけ
ればならない自己資本比率規制に加えて、規制の枠組みとして監督上の検証、市場規
律を加えた3つの柱が確立され、多角的な監視体制が敷かれている。
新BIS規制の枠組みを簡単に整理し、現行BIS規制と比較すれば図表1のよう
になる5。
(図表1)BIS規制の枠組みの新旧比較表
現行BIS規制
自己資本比率規制
自己資本
≧8%
信用リスク+市場リスク
新BIS規制
第1の柱:自己資本比率規制
自己資本
≧8%
信用リスク+市場リスク+オペレーショナル・リスク
(1)信用リスク計測手法の精緻化
・外部格付を利用できる「標準的手法」と、内部格付を利
用した、より高度な計測手法である「内部格付手法」の
2つを選択肢として提示し、よりリスク感応度の高い規
制となっている。
・担保、保証、引当金のリスク削減効果を勘案
・リテール・ポートフォリオやそれ以外の中小企業向け債
権の小口リスク分散効果の勘案
(2)オペレーショナル・リスクの新設
第2の柱:監督上の検証プロセス
・監督当局による銀行のBIS規制対応態勢への検証によ
るチェック
・当面の最低所要自己資本を超えて、景気変動に耐えうる
余裕を持った適正自己資本を視野に入れた資本戦略の確立
第3の柱:市場規律
・銀行が新BIS規制準拠にあたっての自己裁量部分に関
する情報を開示し、市場参加者からの監視を受ける。
(備考)日銀資料をもとに信金中金総合研究所作成
5
本稿では、株式の取扱いやスペシャライズド・レンディング(プロジェクト・ファイナンスなど、特定の資産を
返済源とする融資のこと)、資産の証券化などに関する詳細な規制については、信用金庫業界に対する重要性が相
対的に小さい分野であることから割愛する。また、今回のBIS規制の見直しでは、分子である自己資本額の計算
方法の見直しは行われないため、本稿は分子についての議論も省略することにする。加えて市場リスクの取扱いに
ついても、現行規制からの変更がない一方、信用金庫が準拠する現行の国内基準は市場リスクを考慮しないため、
市場リスクについての詳細も省略する。
4
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(1)信用リスク計測の精緻化
現行BIS規制の信用リスクの計測手法が粗いことから、新BIS規制では信用リ
スクの計測をより精緻化することとされた。具体的には、イ.複数の信用リスク計測
手法からの選択適用、ロ.担保、保証等のリスク削減効果の考慮、ハ.90 日以上延
滞債権の引当率の考慮、ニ.リテール・ポートフォリオの小口リスク分散効果への配
慮、ホ.リテール以外の中小企業の小口リスク分散効果への配慮である。全体として、
リスクをよりきめ細かく見た上でリスクに応じたリスク・ウェイトが設定されるなど、
よりリスク感応度の高い内容となっている。
イ.複数の信用リスク計測手法からの選択適用
現行BIS規制では、自己資本比率を計算する際の分母となるリスク・アセットの
計測については、債務者別を基本とした資産分類にバーゼル委員会によって一律に決
められたリスク・ウェイトを各資産分類別の残高に掛けて再評価し、合計して求めて
いた。例えば、国債 200 億円と企業向け貸出 800 億円を資産として持つ金融機関の
場合、国債のリスク・ウェイトは0%、企業向け貸出のリスク・ウェイトは 100%で
あるため、信用リスク・アセットの合計額は 800 億円(=200 億円×0%+800 億円
×100%)であった。したがって、分子に当たる自己資本額が 64 億円であれば、自
己資本比率は 8.0%(64 億円÷800 億円)ということになる。
これに対し新BIS規制では、①標準的手法、②基礎的内部格付手法、③先進的内
部格付手法の3つの中から個々の金融機関が選択して適用することが可能となった。
① 標 準 的 手 法 (T h e Standardised Approach )
現行BIS規制のようにバーゼル委員会が一律に決めた資産分類別のリスク・ウェ
イトによるほか、各国の監督当局が認定した外部信用評価機関6の外部格付情報を利
用した貸出先別のリスク・ウェイトも用いることができる。
例えば、大企業向け債権の場合、現行BIS規制ではリスク・ウェイトは一律 100%
であったが、新BIS規制の標準的手法では以下のようなリスク・ウェイトとなる
(図
表2)。
(図表2)標準的手法における大企業向け債権の外部格付別リスク・ウェイト
外部格付
AAA ∼ AA A+ ∼A−
BBB + ∼ BB B+以下
無格付
−
−
リスク・ウェイト
20%
50%
100%
150%
100%
(備考)1.外部格付を利用しない場合無格付のリスク・ウェイトを適用する。
2.出所はバーゼル委員会第3次市中協議案
6
新BIS規制上は、外部信用評価機関はまず、客観性、独立性、国際的入手可能性・透明性、情報開示、資源、
信頼性の6つの適格性基準を、すべて満たさなければならない。
5
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例えば 1,000 億円の大企業向け債権ポートフォリオの場合、現行BIS規制では
リスク・ウェイトは一律 100%であるため、リスク・アセットも 1,000 億円という
ことになる。これに対し、新BIS規制の標準的手法を選択し、外部格付を利用し
た場合には、大企業向け貸出の外部格付別構成が異なれば信用リスク・アセット額
も変わることとなる。
上記の例のように貸出残高が同じでも、外部格付A−以上の優良資産の構成比が
高ければ、現行BIS規制の場合に比べて、信用リスク・アセット額が減少し、自
己資本比率を引き上げる効果が期待できる一方、より格付の低い資産のウェイトが
高いと信用リスク・アセット額が大きくなる場合もある。
② 基 礎 的 内 部 格 付 手 法(The Foundation Internal Rating-Based Approach )
新BIS規制では、内部格付に基づくリスク・アセットの算出方法も認めている。
これを内部格付手法(IRB:Internal Rating-Based Approach)という。IRB
とは、個々の金融機関が内部格付を行って信用リスク別に分類した債権グループご
とに、平均のデフォルト関連データを計算し、それをバーゼル委員会があらかじめ
設定した決定式に代入して、その債権グループに対する信用リスク・アセット額を
きめ細かく計算するものであり、「基礎的IRB」と「先進的IRB」の2つの手
法がある。
まず、デフォルト関連データには「デフォルト率(PD:Probability of Default)」、
「デフォルト時損失率(LGD:Loss Given Default)」、「デフォルト時エクス
ポージャー(EAD:Exposure at Default)」、「平均残存期間(M:Effective
Maturity)」の4つがある。その内容は図表3のとおりである。
基礎的IRBとは、上記のデフォルト関連データのうち、PDのみ、金融機関の
内部推計データを用いる方法である。LGD、EAD7、Mについてはバーゼル委員
会が推計したものが用いられる。
(図表3)デフォルト関連データの内容
PD
LGD
EAD
M
その金融機関の内部格付別の、総貸出先数のうちの 1 年当りデフォルト発生
先数の割合
内部格付別に、デフォルトを起こした貸出の名目額に対する損失額の割合。
複数のデフォルト事例のLGDは損失額で加重平均される。
LGDを推計するときの貸出名目額を示し、正確には法的に債務者により銀
行に支払われるべき額であって、個別引当金や部分債権放棄額を差し引く前
の額である。
債権の平均残存期間のこと。
(備考)第3次市中協議案より信金中金総合研究所作成
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厳密にはEADを計算する上でオフ・バランス取引をオン・バランス取引の残高に換算する係数
6
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事業法人向け、公共部門向け、金融機関向け資産については、PDの内部推計に
対して、0.03%の下限が設定されている。LGDは、バーゼル委員会により、無担
保の普通債権に対しては 45%、無担保の劣後債権については 75%が与えられてい
る。
これらをもとに、信用リスク・アセット額算定の、基本的な考え方は次の計算式
のように表すこともできる。ここでいうPD×LGD(=期待損失率(EL :
Expected Loss))は長期平均的な損失率の期待値である。
信用リスク・アセット額の基本的な考え方=PD×LGD×EAD×12.58
実際には、今回の新BIS規制案のIRBでは、信用リスクをより幅広く複雑に
捉えているため9、信用リスク・アセット額の計算式はMも変数に含むなど、より複
雑なものとなっている。本稿では、計算式の詳細については割愛する。
また、使用するデフォルト関連データは原則、5年分のデータに基づいて計算さ
れなければならないが、2006 年 12 月期からの3年間の経過措置10 が設けられてい
る。
③ 先 進 的 内 部 格 付 手 法(The Advanced Internal Ratings-Based Approach )
事業法人向け、政府・公共部門向け、銀行向け資産については、基礎的IRBの
他に先進的IRBがある。個々の銀行は内部格付に基づく債権グループ別のPD、
LGD、EAD(脚注7参照)、M(例外部分11を除き)を内部推計で求め、利用し
なければならない。ただし、LGDとEADについては、それぞれの内部推計の要
件を満たせない場合は、基礎的IRBと同様に扱える。
Mの内部推計値は、元利金を受け取るまでの期間を元利金の名目額で加重平均し
て求める。一部の短期取引を除き、平均残存期間には下限1年、上限5年が設けら
8
PD×LGD=1年当り期待損失率であり、これにEADを乗じることで期待損失額が求められる。期待損失額
だけ自己資本額が要求されることになるので、これを信用リスク・アセット額に換算するため8%で除せられる
(12.5 倍される)ことで算出される。
9
個別の時点では、確率は高くないが、ELを超える高い損失率が結果的に発生する恐れがある。そこでそのELを
超える部分である非期待損失率(UL:Unexpected Loss)もカバーしようと考えている。具体的には利益の出る
方から順に考えて起こりうる確率 99.9%の範囲で最大の損失率をEL+ULと想定している。そのため、IRBで
用いられる信用リスク・アセット額の決定式は、PD、LGDを入力すればELばかりでなくULの分も含まれる
形となっており、統計学的に難解なものとなっている。さらに、発表された第3次市中協議案に対する市中の意見
(IRBでのELは貸出金利の信用リスク・プレミアム分でカバーされているはずであり、信用リスクについて自
己資本がカバーすべきなのはUL部分のみであるというもの。)を受けて、バーゼル委員会は部分的修正案を出し、
年末までに市中から意見聴取を行う予定である。
10
2006 年 12 月期時点では2年分のデータによればよく、3年の経過期間に毎年1年分加えて5年分とすればよい。
11
2.(1)ホ.であげられたリテール以外の中小企業に対する債権については、各国当局の裁量で全銀行一律M
を 2.5 年として取り扱ってよい。
7
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れている。
先進的IRBの場合、PDは最低5年、LGDとEADは最低7年分のデータに
基づいて推定されなければならない。
上記の基礎的または先進的IRBを採用するにあたっては、新BIS規制導入1
年前の 2005 年 12 月期から、現行BIS規制と並行してこれらの手法により最低所
要自己資本額を試行計算しなければならない。
また、これら基礎的または先進的IRBは、はじめは特定の資産分類別に導入し、
段階的に適用範囲を広げることも監督当局の判断で認めることができるが、一度IR
Bを導入した部分が標準的手法に戻ることと、先進的IRBが基礎的IRBに戻るこ
とは原則として認められない。
なお、基礎的または先進的IRBを用いる金融機関は、その導入する手法の内容に
ついて監督当局からの承認を受けなくてはならない。
ロ.担保、保証等のリスク削減効果の考慮
①現行BIS規制での担保、保証の取扱い
現行BIS規制は、担保や保証の信用リスク削減効果については、現金およびOE
CD諸国の中央政府、中央政a府以外の公的部門、あるいは特定の国際開発銀行の発
行する債券の担保と保証など、限定的にしか考慮されていない。ただし居住用不動産
を担保とする住宅ローンなどの場合は、そのリスク削減効果が加味され、リスク・ウ
ェイトは 50%となっている。
②新BIS規制による適格な担保の範囲の拡張
新BIS規制では、広範な金融資産が担保としてのリスク削減効果を考慮されるこ
とになった。具体的には、事業会社や銀行が発行する一定の条件を満たす債券や、主
要な株価指数に採用されている株式、金、投資信託なども適格金融資産担保に加えら
れた。リスクの軽減効果の計測手法も、標準的手法、IRBなど手法に応じて示され
ている。
また、商業用不動産担保も含めた不動産担保全般についても、そのリスク削減効
果について考慮されている。リスクの削減効果の計測手法には、ここでも標準的手
法と内部格付手法がある。
標準的手法においては、各国での商業用不動産担保貸出が不良債権化した経験か
ら、原則商業用不動産担保貸出のリスク・ウェイトは 100%とするべきだとしなが
らも、例外的な取扱い12の可能性について触れている。今後の規制内容決定と国内基
12
条件を満たしたものについては、担保不動産の時価の 50%以下かつ、資産によって保全される抵当貸出額の 60%
以下である貸出部分には 50%の優遇的なリスク・ウエイトを適用できるとしている。ただし、新BIS規制自身、
8
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準への準用を通じて、最終的な取扱いがどうなるか、引き続き注目される。また居
住用不動産担保の債権についても、リスク・ウェイトが現行の 50%から 35%に引
き下げられることとなっている。
基礎的IRBでは、事業法人、ソブリン、銀行向け債権について、商業用不動産
や居住用不動産なども適格物的担保として、そのリスク削減効果が認められている。
リスク・ウェイトの計算時に利用する、バーゼル委員会が指定している 45%のLG
Dが、その担保不動産時価の債権に対するカバー率に応じて、最低 35%まで軽減さ
れるルールとなっており、これにより、リスク・ウェイトも軽減されることになる。
金融資産担保の場合も、担保によるカバー率によりLGDは無担保の場合の 45%か
ら最低0%にまで引き下げられる。
これに対し、先進的IRBによりLGDが個々の銀行により計測される場合は、
LGDにリスク削減効果が織り込まれることとなる。
③新BIS規制による適格な保証の範囲の拡張
新BIS規制では適格保証人の範囲も拡張されている。
標準的手法においては、債務者よりも低いリスク・ウェイトのソブリン、公共部門、
および銀行と、外部格付A−以上の事業法人(保険会社を含む)による保証(クレジ
ット・デリバティブ取引の相手方としてプロテクションを提供する場合を含む:以下
本稿における「保証」には、クレジット・デリバティブ取引を含むこととする)につ
いて、そのリスク削減考課が認められることとなった。リスク・ウェイト算出にあた
っては、債権のうち保証によってカバーされている部分については保証人のリスク・
ウェイトが、アンカバー部分については債務者のリスク・ウェイトが適用される。
例えば、貸出に対する保証カバー率が 50%で、保証人のリスク・ウェイトが 50%、
債務者のリスク・ウェイトが 100%である場合、貸出全体のリスク・ウェイトは(100%
×50%)+(50%×50%)=75%となる。
基礎的IRBの場合は、適格保証人の範囲が標準的手法よりも広く扱われる。保証
人に外部格付がない場合でも、金融機関の内部格付におけるデフォルト率で見て、外
部格付A-以上に相当するものであれば、適格保証人として扱うことが出来る。リス
ク・ウェイトの算出については、標準的手法の場合と同様である。
先進的IRBの場合は、デフォルト関連データを内部推計するため、PDかLGD
に、保証またはプロテクションの効果を独自に加味していくこととなる。保証人の範
囲に制限はないが、何らかの内部基準が必要になる。
この条件は厳しいものであると評している。
9
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ハ .9 0 日 以 上 延 滞 債 権 に 対 す る 引 当 率 の 考 慮
現行BIS規制では、延滞債権13についても正常先債権と同様に 100%をリスク・
ウェイトとしてきた。
これに対し、新BIS規制の標準的手法では、個別引当金による延滞債権残高の引
当率に応じ、債権額から個別引当金を差し引いた部分に対して 50∼150%のリスク・
ウェイトが適用されることになった(図表4)。帳簿上の 90 日以上延滞債権が 100
億円ある場合で、その引当率が 10%なら 90 億円×150%の 135 億円が信用リスク・
アセット額となる一方、引当率が 60%の場合にはリスク・アセットは、40 億円×50%
=20 億円にもなりうる。
(図表4)90 日以上延滞債権の引当率別リスク ・ウェイト
引当率
20%未満
20%以上 50%未満 50%以上
リスク・ウェイト 150%
100%
100%(各国裁量で 50%も可)
(備考)出所はバーゼル委員会第3次市中協議案
IRBについても同様に、貸倒引当金などのリスク削減効果を加味する仕組みとな
っている。
特定の債権に対する個別引当金や償却額は、デフォルト債権から将来生じる期待損
失額(EL×その債権のEAD)を減じる効果を持っていることから、個別引当金の
リスク資産相当分(個別引当金/8%、すなわち個別引当金×12.5)だけ分母である
リスク・アセットから差し引くことが認められる。
IRBの場合には、特定の債権ポートフォリオに対して引き当てられている一般引
当金についても、当該ポートフォリオのELの範囲内で上記の場合と同様に、そのリ
スク削減効果が加味されることになっている。
ニ.リテール・ポートフォリオの小口リスク分散効果への配慮
新BIS規制では、各債務者に対する債権残高が 100 万ユーロ(約 1.3 億円14)未
満であるなど一定の条件を満たす中小企業向け債権と個人向け債権からなるポート
フォリオについては、その小口リスク分散効果が期待できるとして、「リテール・ポ
ートフォリオ」として資産分類されている。
標準的手法の場合、リテール・ポートフォリオにはリボルビング型貸付とクレジッ
ト・ライン(クレジット・カード、当座貸越を含む)、個人向けローン・リース(割
賦返済ローン、自動車ローン・リース、学資ローンなどで、住宅ローンは含まない)、
中小企業向けの貸出とコミットメント・ラインが該当する。上場、非上場を問わず、
13
14
新BIS規制では「9 0 日以上」延滞債権を「延滞債権」として扱っている。
本稿では1ユーロ=130 円で円換算している。
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株式や債券などの有価証券は含まれない。
ここでいう中小企業の殆どは外部格付を取得していないと考えられるため、標準的
手法では本来 100%のリスク・ウェイトが適用されるが、「リテール・ポートフォリ
オ」として扱われる場合は、その小口リスク分散効果を加味して 75%のリスク・ウ
ェイトが適用される。
IRBについては、基礎的、先進的の区別はない。標準的手法で挙げた中小企業向
け債権、個人向け債権に加えて居住用不動産担保債権(住宅ローン含む)
がリテール・
ポートフォリオとして扱われる。そのうち、個人向け債権については、100 万ユーロ
(約 1.3 億円)という上限がない。
これらの債権は、①居住用不動産担保債権、②一定の要件を満たすリボルビング消
費者信用債権、③その他のリテール債権の3分類に分けられた上で、各金融機関内部
で推計されたPD、LGD、EADを用いて信用リスク・アセット額が算出される。
使用するデフォルト関連データは、原則、5年分のデータに基づいて計算されなけ
ればならないが、2006 年末からの3年間の経過措置(脚注9参照)がある。
なお、リテール・ポートフォリオとして扱える要件として、前掲の「各債務者に対
する債権残高が 100 万ユーロ(約 1.3 億円)未満」であることに加えて、各国監督当
局は自らの判断で次の要件を設けることができる。
l
標準的手法:ポートフォリオ全体に 占める一債務者向け債権のウェイトの上限
(例えば 0.2%)
l IRB:ポートフォリオに最低限含まれなければならない債務者数など
ホ.リテール以外の中小企業の小口リスク分散効果への配慮
また、IRBでは、前掲の「リテール・ポートフォリオ」の範疇に入らない中小企
業についても、その小口リスク分散効果が配慮されることとなっている。具体的には
売上高(各国監督当局の裁量により、売上高が適当でない場合は総資産でも可)5,000
万ユーロ(約 65 億円)未満の中小企業を、それ以上の大企業とは区別し、バーゼル
委員会が用意した別のリスク・ウエイト計算式を適用することも認められている。リ
スク・ウェイト計算式は、売上高が小さくなるほど、その分、大企業向けの計算式に
よる場合よりも、リスク・ウェイトが小さくなるものとなっている。
(2)オペレーショナル ・リスクの導入
今回、新BIS規制で導入される「オペレーショナル・リスク」とは、現行BIS
規制で導入済みの信用リスク、市場リスクでは捕らえられない事務事故や組織内外の
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犯罪等によって損失を被るリスクのことである。そこには法的リスク15は含まれるが、
経営戦略のリスクと風評リスクは含まれていない。
金融技術がITと金融工学の高度化によって、これまで以上にシステム依存度を高
める一方、ひとたびシステム故障などが起こった場合の潜在損失額が大きくなってい
ることも事実である。そこで、新BIS規制では、オペレーショナル・リスクに対し
ても、それに備えた自己資本の確保が必要だと考えられたものである。
オペレーショナル・リスクの計測手法には、イ.基礎的指標手法、ロ.標準的手法、
ハ.先進的計測手法の3種がある。ここで計測されたリスク額と等しい額が自己資本
として要求される。具体的にはそのリスク額が8%で割られ(=12.5倍され)、自己
資本比率の計算の際の分母であるリスク・アセットに加算されることになる。
イ . 基 礎 的 指 標 手 法 (The Basic Indicator Approach )
この手法ではオペレーショナル・リスクによるリスク額を、3年間の平均粗利益
(G
I:Gross Income)の15%であるとしている。15%はバーゼル委員会が設定したリ
スク係数である。ここで粗利益(GI)とは純金利収入+純非金利収入のことで、未
払利息のような準備金は除かず、銀行勘定の有価証券の実現損益は含まず、保険金収
入のような例外的、偶発的な勘定項目も含まない。詳細は各国監督当局により定義さ
れる。
この手法は、オペレーショナル・リスクはその銀行の業務量に比例しており、その
業務量に比例して粗利益が生まれるという考え方に立っている。この手法は単純であ
り準拠しやすいが、一方で、個々の銀行ごとに異なる業務手続の質の問題を考慮して
いないとの批判がある16。すなわち、システムの頑健性や行員の訓練度合い、組織内
でミスをチェックする管理体制の充実度など、業務面での内部統制の違いが反映され
ていない点に問題点が残る。
また、粗利益が業務量に比例しているとは限らないし、同じ業務量であっても、業
務内容によってリスクの発生度合いは異なる。さらに、粗利益が大きい金融機関は、
より高い信用リスクを取って厚い利ざやを稼いでいると考えた場合、この手法では信
用リスク度合いに応じた所要自己資本が2重に賦課されるという問題も、バーゼル委
員会自ら調査結果をふまえて指摘している。
15
契約上の解釈相違や契約書の不備などによるリスクや顧客・取引先から民事訴訟を起こされるリスクなど
このような批判も踏まえ、日本の金融当局は、「邦銀の事務の正確性が十分に反映されるようなオペレーショナ
ル・リスク計測手法を選択肢の1つとして盛り込むこと」を委員会に対して主張してきた。
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ロ . 標 準 的 手 法 (The Standardized Approach )
① ( 狭 義 の ) 標 準 的 手 法 (The Standardized Approach )
この手法は、バーゼル委員会が決めた分類にしたがって、業務ラインごとに粗利益
を計算し、その業務ラインごとにバーゼル委員会が決めた比率(図表5)でリスク額
を計算し、それを集計して銀行全体のリスク額を求めるという方法である。
リスク額が粗利益に比例するという点はイ.と同じ考え方であるが、業務ラインご
とにその性質を反映して異なる比率を設定した点で、イ.よりも精緻な方法である。
(図表5)業務ライン別リスク係数
業務ライン
リスク係数
コーポレート・ファイナンス(M&Aや引受、IPO、民営化、証券化など)
18%
トレーディング&セールス(債券、株式、外国為替、商品、レポなど)
18%
リテール・バンキング(リテール預貸金、信託、遺産相続関連、投資助言、カード・サー
12%
ビスなど)
コマーシャル・バンキング(プロジェクト・ファイナンス、ファクタリング、リース、貿易金融など)
15%
支払い・決済(他に回収、送金、決済・清算)
18%
代理人サービス(カストディ(含む預託証書、証券貸借取引、事務管理)など)
15%
資産運用(投資一任、投資助言)
12%
リテール・ブローカレッジ
12%
(備考)バーゼル委員会第3次市中協議案より信金中金総合研究所作成
② 代 替 的 標 準 手 法 (The Alternative Standardised Approach )
標準的手法の業務ラインのうち、リテール・バンキングとコマーシャル・バンキン
グについては、粗利益でなく貸出残高を用いてリスク額を計測するという代替的標準
手法の使用について、各国監督当局の裁量で認めることができる。この方法は、前掲
の信用リスクの度合いに応じた2重の自己資本負担の問題を避けることのできる方
法であると考えられている。
具体的には、過去3年のリテール・バンキングとコマーシャル・バンキングそれぞ
れの貸出平残に0.035を掛けた上で、それぞれのラインの標準的手法で用いるのと同
じリスク係数を掛けて計算する。また、計算を簡素化するために、リテール・バンキ
ングとコマーシャル・バンキングの貸出平残を合計して0.035を掛け、それに対する
リスク係数として15%を掛けて計測することもできる。
同様に、リテール・バンキングとコマーシャル・バンキングを除く、残り6ビジネ
ス・ラインについて、ラインごとの粗利益を求めることができない場合は、6部門合
計の粗利益に、リスク係数として18%を掛けて計算することもできる。
バーゼル委員会は、上記の基礎的指標手法、標準的手法を利用するのは、比較的小
さいオペレーショナル・リスクに晒されている銀行であることを想定しているが、標
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準的手法を用いる場合は、金融機関は一定の資格要件を満たさなければならない。
まず、最低要件として以下の3つがあげられている。
l 取締役会と幹部社員は適宜、すすんでオペレーショナル・リスク管理の枠組みの監
督に携わろうとする。
l 当該金融機関は理論的に正しく、網羅的に適用されているリスク管理システムを持
っている。
l 管理部門や監査部門ばかりでなく、おもな業務ラインごとに当該手法を利用するに
十分な社内資源を持っている。
このほか、標準的手法を用いる国際業務を行う銀行には、多くの要件が列挙されてい
る。
また、監督当局には、標準的手法を用いる場合には、一定の事前監視期間を各金融機
関に求める権利が付与される予定である。
ハ . 先 進 的 計 測 手 法 (The Advanced Measurement Approach )
バーゼル委員会は、オペレーショナル・リスクの管理実務は今後、急速に発展して
いくと考えていることから、先進的計測手法の利用を認める際の基準や要件を厳格に
決めておらず、第3次市中協議案には、先進的計測手法については具体的な計測方法
についての記載は見られない。個々の銀行が金融工学の成果をもとに、それぞれ独自
に開発した方法を審査し、問題がなければそれぞれに認めていくというのが監督当局
の考え方のようである。
先進的手法の場合は信用リスクのIRBの場合と同様に、新BIS規制導入の
2006年末の1年前の2005年末から、現行BIS規制と並行して最低所要自己資本を
試行計算しなければならない。
先進的手法を利用する際にも、標準的手法と共通の最低要件と、先進的手法独自の
資格要件が課されており、監督当局による事前監視期間についても標準的手法と同様
である。
この先進的計測手法に限り、銀行がオペレーショナル・リスクに備えて損害保険を
掛けている場合に、オペレーショナル・リスクにかかる分の所要自己資本の20%を限
度として、リスク削減効果を反映できることになっている。この場合、リスクを引き
受けている保険会社の外部格付がA以上であることなどの要件がある。
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3.自己資本規制1 7 、監督上の検証プロセス、市場規律の3つの柱
(1)3つの柱の必要性
先に述べたように、金融機関の業務の複雑化、高度化やITの発達などから、金融
機関自身によるリスク管理手法やリスク管理体制の高度化を促すため、新BIS規制
は金融機関自身のリスク管理情報を利用したリスクの計測手法を、現行の市場リスク
に加えて信用リスクやオペレーショナル・リスクについても認めており、銀行は複数
の選択肢から選べるようになっている。
一方で、BISの認識によると、新BIS規制による所要自己資本は、あくまで金
融機関が最低限確保すべき自己資本額であって、これに達しているからといっても、
3.(2)で述べるように、個別金融機関の具体的状況を踏まえて確保されるべき適
正な自己資本水準が確保されている保証はない。そこで、新BIS規制では、自己資
本規制に加えて、新たに「監督上の検証プロセス」と「市場規律」の3つの柱を立て
ることで、より効果的に金融システムの健全性の維持、向上を図ろうとしている。
(2)監督上の検証プロセス
新BIS規制上の所要自己資本は、必要であっても十分という位置付けではないた
め、規制ではまず、個々の金融機関が現状、自己資本比率規制を満たしているかどう
かを監視し、検証できる業務プロセスを確立することを求めている。さらに、金融機
関に自らの抱えるリスク特性に照らして適正な自己資本水準を評価できること、そし
て、その上で適正自己資本水準を維持する戦略を立てることを求めている。
監督当局はこの内部プロセスを検証し、個々の金融機関によるリスク認識やそれに
応じて適正と考える自己資本水準の妥当性をチェックすることになる。検証の結果が
満足のいかないものになれば、監督当局は当該機関に対し、リスク削減や自己資本の
積増しを求めることになる。
なお、この検証プロセスには監督当局の裁量の余地があるため、当局には、その検
証上の判断基準の公開によって、監督上の透明性を確保することが求められる。
規制上の所要自己資本額では長期的に十分ではないという問題意識の背景として
は、2.(1)で述べたように信用リスクの計測方法のリスク感応度がより高まった
ことによって、新BIS規制上の最低所要自己資本額の景気循環への連動性が高まり、
それが極端な場合、景気変動の振幅を激しくするのではないかという点への懸念があ
る。すなわち、景気の拡大期には資産の外部・内部の格付が高まり自己資本比率も上
昇して貸出余力が高まる反面、景気後退期には逆に作用して銀行の貸出態度を硬化さ
せてしまう結果、景気変動がより激しくなるのではないかといった点である。
17
BISでは、新BIS規制による所要自己資本は、あくまで金融機関画が最低限確保すべき自己資本額であると
の認識から「最低所要自己資本規制」と呼んでいる。
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このため、新BIS規制はこの「監督上の検証プロセス」を通じて、銀行がストレ
ス・テストを行い、平時の最低所要自己資本に限らず通常から景気後退時にも対応で
きる自己資本額を適正水準として把握し、それに備える資本戦略を立てておくべきこ
とを強調している。
(3)市場規律
新BIS規制では、リスク計測手法に外部格付情報や金融機関独自の内部格付など
のリスク管理情報を利用できるなど、金融機関による裁量の余地が大きくなっている。
そこで、上記の監督上のプロセスに加えて、金融機関にリスク計測手法などに関する
定量的・定性的情報の開示を義務付けることによって、市場からのチェック機能も働
くようになっている。
外部格付会社や市場参加者は、開示情報を分析することで金融機関が開示する自己
資本比率の信頼性や、金融機関のリスク管理体制の質を判断するうえでの参考とする
ことができる。それが金融機関に対する投資家や預金者の行動に反映されることで、
金融機関に対し、市場による規律が働くことになる。
4.新BIS規制の導入が中小企業金融に与える影響
(1)国内基準にも反映される公算が高い新BIS規制
これまでみてきたように、新BIS規制は現行よりも内容が複雑で、難解なものと
なっており、その導入にあたっても、各国から寄せられた意見の調整に手間取ってい
る。このため、新BIS規制内容の決定時期は本年 10 月には3度目の延期となり、
2003 年末に予定されていた最終案決定のタイミングは、「遅くとも 2004 年半ば」
に延期された。
「BIS規制」のみを考えるなら、信用金庫業界は信金中央金庫を除いては国際業
務を展開していないことから、規制そのものに準拠する必要はない。しかし現実には、
現在国内金融機関に課されている自己資本比率(国内基準)算出方法は、分母となる
リスク・アセットの計算については、市場リスクを加えない点を除いて、現行BIS
規制と同じとなっている。そのため、新BIS規制の導入にあたっては、現行国内基
準の分母の計算方法にも変更が加わる可能性は高い。
(2)全体として厳しくはならないといわれる新BIS規制
今回の新BIS規制は、信用リスクの計測を精緻化することで、新規のオペレーシ
ョナル・リスク分の所要最低自己資本を吸収できるように設計されており、各国とも
金融業界全体では所要自己資本は現行とほぼ変わらないといわれている。
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しかし、よりリスク感応度の高いリスク・アセットの計算方法を導入したことから、
新制度導入の影響は個別金融機関の事情によって異なってくると考えられる。
例えば、不良債権比率や、それに対する引当率など貸出ポートフォリオの状況、担
保や信用保証の状況によって、新BIS規制導入の影響は金融機関によって大きく異
なる。特に、不良債権処理が遅れている金融機関については、自己資本比率が現行よ
りも低くなる可能性もありえよう。
(3)中小企業向け、リテール向け市場への影響
今回の新BIS規制の導入にあたって、中小企業向け貸出に関連して最も注目すべ
き点は、「リテール・ポートフォリオ」をはじめとする中小企業・個人向け債権のリ
スク・ウェイトへの影響である。
前掲のとおり、リテール・ポートフォリオのリスク・ウェイトは、標準的手法を用
いた場合で 75%とされ、現行の 100%よりも軽減される見通しとなっているが、I
RBによった場合のリスク・ウェイトはさらに軽減され、自己資本比率規制からみた
貸出余力は大きくなると見られている。
日本銀行の試算(図表6)によると、IRBを導入した場合のリテール融資のリス
ク・ウェイトは 53%となっており、標準的手法(75%)とは 22%もの差が生じる見
通しとなっている。従って、日本銀行の試算の仮定が、仮に日本の全金融機関にあて
はまるのだとすれば、リテール向け融資の推進上はもちろん、自己資本規制への準拠
全体でみても、IRBは標準的手法よりも有利となるといえる。一方で、IRBを利
(図表6)事業法人・個人向け債権のリスク・ウェイト比較
大企業向け債権
中堅企業向け債権
中小企業向け債権
個人向け
住宅ローン
企業向け不良債権
現行
新BIS規制:標準的手法
100% 外 部 格 付 に 応 じ て 20 ∼
150%、または一律 100%
100% 同上
100% 75%
100% 75%
50% 35%
100% 90 日以上延滞債権の場合
引当率
リスク・ウェイト
20%未満
20%以上
50%未満
50%以上
新BIS規制:基礎的IRB
97%(日銀試算)
87%(日銀試算)
53%(日銀試算)
53%(日銀試算)
34%(日銀試算)
要管理先以下向け(日銀資産)
引当率
リスク・ウェイト
無担保
不動産担保
150%
0% 562.5%
437.5%
100%
20% 312.5%
187.5%
35%
125%
0%
100%ま た は 各 国
45%
0%
0%
裁量により 50%
(備考)1.内部格付手法はPD=1%を想定
2.出所は日本銀行資料
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用するには監督当局の承認も得なければならないうえ、IRBを十分理解し、運用で
きるシステムや人員も整えねばならないなど、費用面での規模の経済も働くであろう。
したがって、個別の金融機関によっては、単独でIRBを導入するのは大きな負担に
なる場合があると考えられる。
(4)海外のコミュニティ銀行の新BIS規制に対する反応
上で述べたようなリテール融資分野における内部格付手法の内容を受けて、米国
コミュニティ銀行協会(ACB)や世界クレジットユニオン協会は、それがリテー
ル融資分野における業態間の公平な競争条件をゆがめるのではないかという懸念を、
BISに対して表明している。
この点の議論について米国では、新BIS規制の国内への一律適用は中小金融機
関にとって負担となるため、同規制の適用は 10 行ほどの海外業務展開する大手行と、
国内基準行ではあるが任意に適用しようという 10 行程度のみに限定しようとする
意見がFRB(米国連邦準備理事会)から出されている。その場合、新BIS規制
を導入する銀行に対しては、信用リスクとオペレーショナル・リスクの計測につい
ては、最も先進的な手法の利用が義務づけられると見られている。それに対し、新
BIS規制を適用しない金融機関については、現行BIS規制による計算方法が適
用されることとなると見られている(参考文献、吉永氏論文参照)。新BIS規制
を適用する一部大手行にとっては、現行 100%のリテール・ポートフォリオのリス
ク・ウェイトが大きく下がることとなるため、リテール融資分野で大手行に有利に
なるという問題に変わりはないが、米国独立コミュニティ銀行協会(ICBA)は、
新BIS規制導入コストの高さを重く見て、このFRBの限定適用案に賛成してい
る。
一方ドイツでは、信用リスクの計測にあたっては、中小金融機関も含めて内部格
付手法を利用させるとの意向を監督当局が示している(参考文献、石村氏論文参照)。
新BIS規制の信用金庫業界への影響如何については、最終的には、2004年半ば
に決定すると見込まれている新BIS規制最終案が、国内基準にどのように反映さ
れてくるかによるため、議論の動向については引続き注視していきたい。
以 上
(間下 聡)
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<参考文献>
国際決済銀行 「自己資本に関する新しいバーゼル合意」第3次市中協議案
日本銀行 「バーゼル銀行監督委員会によるプレスリリース『バーゼルⅡ:主要事項に
関する大幅な進展について』(日本銀行仮訳)」
日本銀行 「自己資本に関する新しいバーゼル合意」の概論(仮訳)
日本銀行 「バーゼル銀行監督委員会『自己資本に関する新しいバーゼル合意(新BI
S規制』第3次市中協議案の概要」
日本銀行 「BIS規制」見直し第3次市中協議案:Q&A
石村 幸三 「『BIS規制』見直しに関する第三次市中協議案公表について」(全国
銀行協会「金融」2003.6)
藤江 康弘 「リスク管理の『進化』反映、市場規律生かす」(時事通信社「金融財政」
2003 年9月4日)
白川 俊介 「最終段階に入ったBIS規制見直し協議 国内での実施に向けた準備作
業も本格化へ」(「金融財政事情」2003.11.17)
菊池 英博 「新BIS規制の荒波をいかに克服するか(東洋経済新報社「金融ビジネ
ス」AUG.2003)
吉永 高士 「新BIS規制適用を巡り紛糾する米国内議論」(「金融財政事情」
2003.9.8)
飯村 真一 「米国における新BIS規制の適用を巡る議論について」(野村総合研究
所「資本市場クォータリー」2003 年夏号)
森 俊彦 「当局管理型から自己管理・市場規律を中心としたリスク感応的枠組みへ」
(「金融財政事情」2001.2.26)
など
本レポートは、情報提供のみを目的とした標記時点における当研究所の意見です。施策実施等に関する最終決
定は、ご自身の判断でなさるようにお願いします。また当研究所が信頼できると考える情報源から得た各種デ
ータなどに基づいてこの資料は作成されておりますが、その情報の正確性および完全性について当研究所が保
証するものではありません。
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2004.1.7
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【バックナンバーのご案内:金融調査情報(旧信金統計レポート)】
号 数
題 名
発行年月
No.14−4
ペイオフ全面解禁延期決定後、落ち着きを取り戻した預金動向
−信用金庫預金は、早ければ 3 月末にも前年同月比プラスに−
No.14−5 地方銀行の「地元回帰現象」と、信用金庫への影響
−各地の主要都市に展開する金庫が、厳しい競争にさらされている可
能性も−
No.14−6 最近の信用金庫の合併効果
No.14−7 不良債権の動向とその処理について
−信用金庫を中心とした業態間比較より−
2003 年2月
2003 年3月
2003 年3月
2003 年3月
【バックナンバーのご案内:金融調査情報(旧金融制度情報)】
号 数
No.4
No.5
No.6
No.7
題 名
発行年月
「売掛債権担保融資保証制度の利用状況」
2002 年 10 月
−制度変更と債権譲渡禁止特約解除の動きにより利用が増加−
米国におけるディスカウント・キャッシュフロー(DCF)方式に 2002 年 12 月
よる貸付査定手法の実務について
「家計の金融資産選択をめぐる最近の動き」
2003 年1月
−決済性預金への傾斜が強まるなか、外貨資産への投資も増加−
「政府による資産査定の厳格化の動向」
2003 年3月
−主要行に要請される要管理先大口債務者へのDCF法適用−
【バックナンバーのご案内:金融調査情報】
号 数
15−1
15−2
題 名
発行年月
2002 年度中の全国信用金庫主要勘定増減状況 (速報)
2003 年5月
− 預金は微増、貸出の減少幅は縮小 −
リレーションシップバンキングの機能強化に関するアクションプロ 2003 年6月
グラムにおける専門用語集
15−3
中小企業金融とリレーションシップバンキング
−欧米主要国の事例との比較−
2003 年7月
15−4
固定資産の減損会計
−減損会計の概要と信用金庫における減損対応準備のポイント−
2003 年9月
15−5
「平成不況」の間に業態別貸出構成はどう変化してきたか
‐どのような業種向け貸出が相対的ながらも堅調だったか‐
2003 年 10 月
15−6
2003 年度仮決算 全国信用金庫主要勘定増減状況 (速報)
‐預金は堅調に増加、貸出金の減少幅は縮小‐
2003 年 11 月
15−7
「経済のサービス化」を踏まえた創業・新事業支援を
−「伸びる産業」であるサービス業を、ひとつの重点分野に−
2003 年 11 月
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