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電子情報通信学会ワードテンプレート \(タイトル\)
貴金属微粒子の磁性
縄手 雅彦 1
1,2
田中 宏志 2
本多 茂男 2
島根大学総合理工学部 〒690-8504 松江市西川津町 1060
E-mail:
1
[email protected]
1. はじめに
数原子層の厚さの超薄膜や金属表面などの低次元構造において,通常は常磁性や反磁性を示す
物質が強磁性化する可能性があると言う理論的な指摘がかなり前からなされていた[1-4].薄膜作
製法の進展により積層膜厚をナノメートルオーダーで制御することが可能となり,実験的にこれ
らの強磁性化現象を研究する試みもいくつか行われた.しかし,理想的な超薄膜や二次元平面の
表面を形成することが難しく,薄膜表面における非磁性金属の強磁性化は困難なテーマとなって
いた.近年,ナノメートルオーダーのサイズを持つ金属微粒子の製造法の発展により,微粒子表
面を利用した非磁性金属の強磁性化が報告されるようになって来た[5-10].Shinohara ら[5]はガス
中蒸発法により作製した粒径が 5-15 nm の Pd 微粒子において,飽和磁化や保磁力を観測し,微粒
子が強磁性を示すことを報告した.この中で,粒子の表面構造および粒径と磁化の大きさを比較
して,磁気モーメントは fcc 構造を持つ Pd 微粒子の(100)表面およびその内側数原子層の領域から
発生していると推測している.一方,表面をポリアリルアミン塩酸塩のような高分子で被覆した
Pd,Pt および Au 微粒子においても強磁性が観測されることも報告されている[7,8].
ところで,Pd という金属は以前から,常磁性体でありながらも強磁性に非常に近い金属として
知られていた.元素が強磁性となるかどうかの基準はバンド構造的にはフェルミエネルギーEF に
おける状態密度 N(EF)が大きく,Stoner の基準[11]を満足することであり,Pd はその N(EF)の大き
な材料であることが知られている.また,Au や Pt なども含め貴金属はその中に微量の強磁性金
属を合金化した場合に,強磁性金属の磁気モーメントを増大させることも知られており,磁性と
言う観点から見ても興味ある材料である.
本研究では,Pd のバンド構造を第一原理計算を用いて求め,その磁性および磁気モーメントに
ついて議論する.
2. 計算モデル
以下の計算においては Pd 微粒子はバルク状態と同じ結晶構造(fcc)と格子定数 0.3889 nm を持つ
としている.Shinohara ら[5]の報告から(100)表面および(111)表面の磁性への寄与の違いが推測さ
れているため,モデルとして図 1(a)-(d)に示すようにいくつかのパターンの微粒子を用意した.こ
こで,(a)は単位胞そのものであり,(b)では(100)面と(110)面により表面が形成されている.(c)およ
び(d)はそれぞれ(100)および(111)のみで表面が形成されている.これら(a)∼(d)以外に(c)と(d)の頂
点の原子を除去したものを構造モデルとして用いている.バンド計算を行う上でポテンシャルが
周期的な構造をしていることが必要であるため,これらの微粒子が 3 次元的に周期的に分布する
ように配置した.粒子の間隔は 0.6 nm とした.
電子構造の計算には LAPW 法(Linearized Augmented Plane WaveMethod)を用いた.使用したも
のは局所一電子近似を取り込んだ Wien2k プログラム[12,13]である.また,ポテンシャルとして
GGA (Generalized Gradient Approximation)[14]を用いた.
3. 結果と考察
微粒子の磁性が常磁性であるか強磁性になるかは,スピンの分極を考慮しないで求めた粒子内
の全原子のバンドのエネルギーとスピン分極を認めて計算したエネルギーの大小で決定される.
微粒子全体のエネルギーを常磁性として求めた Epara から強磁性(スピン分極あり)として求めた
Eferro を引いた値を粒子に含まれる原子数 natom に対して示したものが図 2 である.この定義では,
差が正になると強磁性の方がエネルギーが低いことになるので,強磁性の基底状態が実現される
こととなる.なお,この図において横軸の原点 0 はバルクに対して計算したものである.図から
分かるように微粒子における計算では,どのモデル構造でもエネルギー差は正であり,微粒子で
は強磁性状態が実現されることが分かる.このことをより詳しく見るために,常磁性として求め
た状態密度のフェルミエネルギーにおける値 N(EF)の natom 依存性を調べた結果を図 3(a)に示す.
natom が 0 は以前から知られているバルクの値[11]を示している.また,Pd の交換相関積分 I(EF)は
0.025 と求められている[10]ので,Stoner の基準 N(EF) I(EF)>1 を満足する条件は N(EF)が 40 以上と
なる.
図1 微粒子モデル
図2 強磁性状態と常磁性状態のエネルギー差の原子数依存性
図から,微粒子形状においては Pd 原子の状態密度はこの Stoner の基準を越えていることが分か
る.特に,粒子数の少ないところで大きな値となっているのは,それらの領域ではほとんどの原
子が表面に位置することから,配位数の減少によりバンドの幅が非常に狭くなり,フェルミ面で
の状態密度が増加することを示している.natom が多くなると,表面と内部の原子の平均である
N(EF) は徐々に減少する.
図 3(b)にはスピン分極を考慮した強磁性状態における N(EF)の natom に対する変化を示す.常磁性
状態で大きな値となった N(EF) が分極により低減されていることが分かるが,粒子数が 55 個の
場合,上向き(アップ)スピンと下向き(ダウン)スピンの状態密度に大きな差が無くなっている.こ
の原因については現在のところまだ分かっていない.
図3 フェルミ面における状態密度.(a)常磁性状態,(b)強磁性状態で計算したもの.
図 4(a)-(c)に,強磁性状態で計算した微粒子の状態密度図の代表的なものを示す.原子数の少な
い微粒子であることから,状態密度はかなり先鋭化しており,通常のバルクのものと大きく異な
っていることが分かる.状態密度から求めた磁気モーメントの大きさの natom に対する変化を図 5
に示す.ここでも,natom = 0 はバルクのものである.図には,粒子に含まれる全原子の平均磁気モ
ーメント,表面の原子の磁気モーメント,および,最も内側の原子の磁気モーメント
をの 3 種類が示してある.粒子に含まれる原子数が増加するとともに磁気モーメントの大きさも
増加する傾向にはあるが,粒子数が 55 と 63 のところでは,平均と表面の原子の磁気モーメント
は減少している.これは,図 3(b)に示した状態密度の変化と対応している.しかし,その微粒子
においても内部の原子の磁気モーメントは減少していない.また,実験[5]から推測されている磁
気モーメントの大きさはおおよそ 0.8μB 程度であり,85 個の原子を含む微粒子でだいたいその程
度の大きさと計算された.
図4 強磁性状態で計算した微粒子の状態密度.
磁気モーメントの大きさが図 5 のような変化を示す原因を考察するために,磁気モーメントの
大きさと配位数の関係を調べた.図 6 に配位数に対する磁気モーメントの変化を結果を示す.こ
こで配位数が 7 と 8 のプロット点は表面の原子,それ以上のものは内部の原子の磁気モーメント
である.値にはバラツキがあるものの,大体内部の原子の方が大きな磁気モーメントとなってい
る.これは実験から考察されている表面による磁気モーメントの誘起とは異なる結果となってい
る.理由としては,強磁性を発現させるだけの十分な数の原子がまだこの微粒子モデルには無い
ことが推測される.そのため,配位数の少ない表面原子よりも,回りにある程度の数の原子があ
る内部の方が強い磁性を示すことが考えられる.
図 5 磁気モーメントの微粒子原子数依存性
図 6 磁気モーメントと配位数の関係.
また,図 5 から分かるように原子数 85 個の微粒子においては表面と内部の原子の磁気モーメン
トにあまり差が無かった.このモデルでさえ,最表面から粒子の中心まで 3 原子層程度の格子面
しか存在せず,基本的には全ての原子が表面にあると言える程度の大きさしかないことが原因と
思われる.表面の原子と内部の原子の磁性への寄与の違いを調べるためには,微粒子に含まれる
原子の数をもっと多くしなければならないが,現状の計算資源ではこの大きさの微粒子の計算が
ほぼ上限であり,より高性能の環境で今後の計算を実施する必要がある.
4. まとめ
14 個から 85 個の Pd 原子から構成される微粒子モデルにおいてバンド構造と磁性の関係を第一
原理計算により求めた.微粒子化によりバンドの幅が極度に狭まりフェルミ面近傍の状態密度が
増加するため,Stoner の基準を満足して強磁性状態が実現できることが計算により得られた.
磁気モーメントの大きさは,原子 14 個からなる微粒子における 0.28μB から 85 個の原子を含
む微粒子の 0.8μB までほぼ原子数とともに増加した.強磁性は多くの電子による協力現象である
ため,しっかりとした磁気モーメントを誘起するためにはある程度の原子数が必要となるために,
原子数とともに磁気モーメントが増加したものと推測される.表面の原子と内部の原子では,内
部の原子の方が大きな磁気モーメントを示したことも,この推測と関連している.表面の原子の
磁性への寄与を内部の原子と比較するためには,より多くの原子を含む微粒子モデルの計算が必
要である.
文
献
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[13] http://www.wien2k.at/
[14] J. P. Perdew, S. Burke and M. Ernzerhof, “Generalized Gradient Approximation Made Simple”, Phys.
Rev. Lett. 77, 3865 (1996).
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