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環境汚染物規制手段の比較: スタンダード、課徴金、排出権取引システム
環境汚染物規制手段の比較: スタンダード、課徴金、排出権取引システム 薫 祥哲 近年、私たちの生活は、技術発展や経済成長のお蔭で一昔前とは比較にならないほど便利に なりました。その反面、ゴミ問題や大気汚染などのさまざまな環境問題が発生し、何の規制も なしに経済活動を続けることに疑問を持つ声も聞かれます。ここでは、生産活動に伴なって発 生する汚染物を規制するための政策手段として、①排出量基準の設定(スタンダード)、②課徴金、 ③排出権取引システムの3つを紹介し、どのように規制すれば効率良く汚染物を削減できるの かを考えます。 まず、削減目標を決める必要があります。汚染物はゼロにすべきだという議論もありますが、 それには非常に大きな費用がかかります。コストの上昇は最終的に価格の高騰という形で消費 者に跳ね返って来るので、汚染物が環境に与える悪影響とその削減コストを比較した上で、社 会的に合意が得られる目標を立てます。たとえば、藤前干潟のゴミ埋め立てを断念したことに よって 1999 年に出された名古屋市「ゴミ非常事態宣言」では、2 年間で 20 万トン(約 20%) のゴミを減らすという目標が設定されました。また、1997 年の地球温暖化京都会議では、先 進 38 ヶ国間で二酸化炭素などの温暖化ガスを 1990 年と比較して 2012 年までに 5.2%削減す る目標を定めました。 それでは、これらの削減目標を達成するために、生産者(汚染者)に対して削減量基準、ある いは排出量基準(スタンダード)を設定する場合を考えます。たとえば、京都議定書による温暖化 ガス削減割当ては、1990 年度比で日本が 6%(基準年の 94%排出)、米国は 7%(基準年の 93% 排出)、そして欧州は 8%(基準年の 92%排出)でした。ここで、2つの工場しか存在しない場合 を考えます。以下の図では、2工場間で達成すべき削減目標を横軸の幅(OAOB)とし、工場A の削減量を左側OAから、そして工場Bの削減量を右側OBから測ります。単位は重さのトンで あるとします。横軸のどの点をとっても、そこから左側を工場Aへの削減割当て、右側を工場 Bに対する削減割当てとすることによって目標が達成されます。汚染物を減らす時、最初は単 純な工夫や努力で済むためコストは小さいですが、削減量を増やすに従ってコストは増加して 行きます。図に書かれたMCの線は、それぞれの工場がOAあるいはOBの点から1トンづつ削 減量を増やして行く時にかかる追加コスト(限界削減コスト)を表しています。工場Bの限界削減 コストは、工場Aと比較してその上昇が急であることが解ります。 ここで、2つの工場に均等に汚染物削減負担を割当てるようなスタンダードを決めたとしま す。図では、工場Aの削減負担はOAcトンで、工場Bの負担はOBcトンということになりま す(OAc = OBc)。この時、工場Bの限界削減コストが工場Aより大きいので(ck > ch)、も し工場Bの削減負担を軽減し、その分を工場Aに肩代わりしてもらうことが出来れば全体とし て削減目標は守られます。さらに、負担を肩代わりした工場Aが支払うことになる追加削減コ ストは、負担の軽減によって節約できた工場Bの削減コストを下回ります。これは、全体とし て総コストが減ることになり、より効率が良いことを意味します。工場間で限界削減コストに 違いがある限り、コストの高い工場から低い工場へ負担を振り替えることによって、目標を達 成しつつ総コストをより低く抑えることができる訳です。図から、均等な削減負担割合の点c から右へ進み、工場AとBの削減量がそれぞれOAdとOBdとなるまで負担を振り替えて行く と、2工場の限界削減コストがEの点で一致します。各工場の総コストは、MCの線に沿って、 1トンづつ削減を進める時にかかる限界削減コストを足し合わせることによって得られます。 したがって、点Eでは、工場AがOAEdそして工場BがOBEdの面積分の削減コストを負担し ていることになります。両工場の削減コストの合計は、他のどのような削減負担割合を採用し た場合よりも小さくなることが読み取れるはずです。均等な削減負担の割当てと比較して、両 工場の合計コストがkEhの面積分だけ減少したことになります。 私たちの周りでは環境基準という言葉を良く耳にします。スタンダードを設定することによ って目標の汚染物削減は達成されますが、それを最小コストで達成できることは稀です。それ は、ほとんどの場合スタンダードで決められた基準では生産者の限界削減コストに不一致が起 こるからです。最小コストを達成するためには、限界削減コストが同じになるように削減負担 を割当てる必要があります。しかし、スタンダードを設定する行政側がすべての生産者の限界 削減コストを知ることは不可能です。 次に、汚染物に対して税金を徴収する課徴金システムを使う場合を考えます。欧州では、地 球温暖化の原因となる二酸化炭素に対して炭素税が使われています。生産者にとって、1トン の汚染物排出に対して支払う税金が、それを自主的に削減するのにかかるコストより高いので あれば削減した方が得です。従って、税額と限界削減コストが一致する点まで削減を進めます。 下の図において、1トンあたりの税額がOAtの幅で設定されたとすると、工場Aは点fまで汚 染物を削減し、工場Bは点gまで削減すると考えられます。しかし、点fとgでは両工場の削 減量を合わせても目標のOAOBに達しません。したがって、両方の削減量を合わせて目標に達 するまで、税率を引き上げれば良いことが解ります。これは、MCAとMCBが交わる点Eの所 まで税率を上げることになり、上記のスタンダード設定で最適な削減負担割合を行った場合と 同じ結果となります。目標削減量が達成されるまで税率を上げ下げする事になりますが、各生 産者の限界削減コストが税率と一致するため(税率=MCA=MCB)、行政側が限界削減コストを まったく知らなくても、最小コストによる目標達成が可能です。 最後に、排出権取引システムを利用する場合を考えます。目標削減量から許容できる排出量 が判明するので、この分だけ排出許可証を発行し、生産者間で許可証の売買を行えるシステム です。米国では、大気汚染の原因となる二酸化硫黄の排出権が取引されており、発電所などの 電力会社間で売買される場合が多いようです。最初、工場Bにすべての許可証を与える場合を 考えます。これは、工場Aがすべての削減を担い、削減負担割合が点OBの位置にあることを 意味します。この状態ではコスト的に工場Aが苦しいのですが、削減負担を軽減するためには、 排出許可証を工場Bから購入する必要があります。工場Bは許可証を手放すと、その分だけ自 前で汚染物を削減しなくてはなりません。しかし、工場Bが1トンの削減にかかるコストは、 工場Aが削減量を 1 トン減らす事によって節約できるコストを下回っています(MCA > MCB)。従って、工場Bが1トンの許可証を手放す代わりに最低限必要とする金額は、工場A がそれに対して支払っても良いと考える買値より小さくなるため取引が成立します。生産者間 で限界削減コストに差異がある限り、コストの高い生産者が低い生産者から許可証を買う取引 が進みます。その結果、点Eのように限界削減コストが一致するまで、生産者間の汚染物削減 負担割合が変わります。これも、前述のスタンダード設定によって2工場間で最適な削減負担 を決めた場合と同じ結果です。許容できる排出量の許可証を発行するだけで、許可証の初期配 分とは関係なく、目標とする汚染物削減を最小コストで達成できる訳です。 以上の議論から、行政側が一方的に定める環境基準(スタンダード)設定は、あまり効率が良い とは言えません。国、産業、あるいは生産技術が異なれば、汚染物削減コストに違いが出てき ます。目標を最小コストで達成するためには、コストの高い主体からコストの低い主体へ、そ の負担を振り替える方が良いわけです。課徴金や排出権取引のように経済的誘因を伴なったシ ステムでは、実際の削減コストが解らなくても、最適な削減負担の割振りが出来るのです。 MCB k MCA E h t f g OB OA c 工場Aの削減量 d 工場Bの削減量 図: 汚染物の削減限界コスト(2工場の場合)