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『天理大学おやさと研究所年報』 第 21 号 2015 年 3 月 26 日発行 論文 台湾の“無縁社会”における宗教者の開拓伝道と支援活動 ―台北神愛教会 / 台北市先住民ケア協会の挑戦― 金 子 昭 要旨 シングルマザーとして台北市内で風俗営業に従事する台湾先住民女性が置かれた 生活状況は劣悪なものがあり、大都会の中で孤立無援の状態にある。それは一種の“無 縁社会”の有様を呈している。本稿では、そうした女性たちやその子弟のケアに携 わる台北市先住民ケア協会[社團法人台北市原住民關懷協會 ](1999 年設立)、そし てその母体となっている台北神愛教会(1995 年設立)の成り立ちと活動について取 り上げる。 この両組織の中心的な担い手は顔金龍・丸山陽子の牧師夫妻である。台北神愛教会 は日本のアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団による海外伝道上にある教会である が、台湾先住民社会に定着して大きな地歩を築きつつある。とりわけ大都市にあって、 寄る辺なき先住民女性たちをたすけるためには、信仰による心魂の救済のみならず、 生活面での支援が欠かせない。神愛教会が前者を担うとすれば、先住民ケア協会は 後者を引き受け、このように両者が相まって全人的な救いとエンパワーメントを提 供するのである。 台北神愛教会は、附設する先住民ケア協会という別組織を通じて、政府機関や各種 社会福祉法制度を社会資源として用い、自らも社会関係資本としての役割を積極的に 果たしている。どちらもキリスト教の隣人愛に根ざした宗教的 = 社会的な活動である。 こうした活動姿勢からは、 “無縁社会”の諸問題に取り組む日本の宗教関係者もまた、 多くの示唆を得ることができるだろう。 【キーワード】“無縁社会”、先住民女性、シングルマザー、全人的な救い、 神召会(アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団)、台北神愛教会、 台北市先住民ケア協会 はじめに “無縁社会”とは、とくに都市部において人と人との関係が断ち切られ、お互いに 孤立して生きている社会病理現象を指す言葉である。台湾では、“無縁社会”という 言葉は一般化してはいないが、日本で問題になっているような現象は同様に存在する。 台湾の“無縁社会”で顕著な事象として、エスニックグループに関連する問題がある。 そして日本と同様、台湾においても宗教者が社会から疎外され孤立している人々に寄 り添い支援を行っている。 ─ 15 ─ 本稿で取り上げるのは、シングルマザーとして台北市内で風俗営業に従事する台湾 先住民の女性たちやその子弟のケアに携わるキリスト教系の先住民支援団体の台北市 (1) 先住民ケア協会[社團法人台北市原住民關懷協會](1999 年設立) 、そしてその母体 となっている台北神愛教会(1995 年設立)の成り立ちと活動についてである。そこ には、先住民(タイヤル族)牧師に嫁ぎ、自らも宣教師(副牧師)として活動する日 本人女性・丸山陽子氏の存在がある。私は、台北神愛教会 / 台北市先住民ケア協会を 訪問する中で、師母として信徒たちから慕われる丸山氏や顔牧師に話を伺うことがで きた。本稿では、この訪問取材を踏まえつつ、牧師夫妻による大都市・台北での開拓 伝道と支援活動について報告し、その現状と課題について考察を行うことにする。 1.台湾のプロテスタント教会と台北神愛教会 藤野陽平によれば、台湾のプロテスタント教会の諸教派は 1989 年から 2005 年にか (2) けて教会数も信者数も礼拝数も増加しているという。信者数が1万人以上の教会は、 台湾基督長老教会(長老派)を筆頭として、7教派ある。最も信者数が多いのが台湾 基督長老教会(長老派)22 万 2381 人、次いで召会 99,937 人、以下、独立教会 70,246 人、 真耶穌教会 70,618 人、台北霊糧会 33,132 人、中華基督教浸信教会(バプテスト) 26,205 人、台湾信義会(ルター派)13,732 人、台湾聖教会(ホーリネス)11,582 人 と続く。 これらキリスト教各教派の信者数は、私の経験的な印象からすれば、かなり少なく 見積もっているように見える。新宗教教団が信者数を水増しして報告する傾向にある のに対して、キリスト教の場合、洗礼を受けて熱心に教会に通う者を信者とするなど、 信者の定義を厳密に捉えているからだろう(これは日本のキリスト教の場合も同様で ある)。 台北神愛教会は教派的には神召会 Assemblies of God に所属する。台湾では、1948 年に宣教を開始した中国神召会 China Assemblies of God があるが、台北神愛教会が所 属するのは、日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団 Japan Assemblies of God であ (3) る。この教団は、アメリカの福音派に属する会派である。20 世紀初めにアメリカで 起ったペンテコステ派(聖霊派)の運動を発祥とし、1914 年に正式にアッセンブリー ズ・オブ・ゴッド教団が結成された。アッセンブリーズ・オブ・ゴッドとは「神に召 しだされたものの集まり」という意味である。異言のしるしを伴う聖霊体験を強調し、 心魂のみならず身体の癒しも行うところに特徴がある。日本では 1921 年に弓山喜代 馬が伝道を開始した。日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団は現在、信者数約 16,000 人、教会・伝道所数 214 を擁する。教団本部は東京都豊島区駒込にあり、教 団立の神学校として中央聖書神学校が敷地内に置かれている。1988 年より日本福音 ─ 16 ─ 金子昭 台湾の“無縁社会”における宗教者の開拓伝道と支援活動 同盟に加入している。 台北神愛教会は、タイヤル族の顔金龍牧師と日本出身の丸山陽子副牧師の夫妻によ り、台湾での開拓伝道のために設けられた。つまり、日本のアッセンブリーズ・オブ・ ゴッド教団による海外伝道上にある教会であり、現在に至るまで日本との繋がりが強 い。その一方で、台北の先住民社会に着実に根を下ろしており、台湾における神召会 全体では最も教勢があり、しかも若者が多く、非常に活気にあふれた雰囲気である。 中国神召会それ自体は全体で信者数 2,568 人、教会数は 20、主日礼拝出席者数 1,555 (4) 人であり、信者数でいえば長老派の約百分の一で、プロテスタント各教派の中では弱 小の教派である。そのことを思えば、台北神愛教会の隆盛はきわめて対照的なものが ある。顔金龍牧師は、現在では台湾での献身的な宣教活動が評価され、台湾の神召会 の理事長(2014 年現在は二期目)を務めている。 台湾先住民に占めるキリスト教信者の割合はきわめて高い。台湾では一般的にプロ テスタントは基督教、カトリックは天主教と呼び、別個な宗教のように見做す傾向が ある(両者を総称して基督宗教と称するが、これは主として学術用語として用いら れる)。黄約伯によれば、タイヤル族の場合、カトリックとプロテスタントあわせて (5) 約 84%がキリスト教を信仰しているという。台湾のキリスト教の歴史は古く、17 世 紀の初頭に南部はオランダ人によりプロテスタントが、北部ではスペイン人によりカ トリックがもたらされた。しかし、その後、鄭成功による禁教令の影響もあって、初 期のキリスト教は一時期途絶えてしまった。清朝時代、日本統治時代になって再び布 教伝道が活発になり、伝道活動とともに医療面でも台湾社会に大きな貢献をなした (最も有名なのが 1872 年に来台したマカイ G.L. Mackay (18441901) による医療伝道 であり、この活動を礎 として今日の馬偕記念 病 院 が 建 て ら れ た )。 第二次世界大戦後は、 アメリカ経由でキリス ト教が盛んな布教活動 を展開し、この時期に 多くの先住民が入信し た。 台北神愛教会は 1995 写真1:台北神愛教会 / 台北市先住民ケア協会 ─ 17 ─ 年、台北市内の顔金龍・丸山陽子夫妻の家庭教会(10 畳ほどの客間)から出発した。 1997 年には礼拝所は公民館に移るなどして転々と変わり、時には公園で礼拝するこ ともあったという(教会の名称を正式に用いる前は台北神愛福音中心とも称してい た)。この開拓伝道は、当初から大都市台北に出てきた先住民女性の心霊的救済を目 指していた。 そうした女性たちはしばしば林森北路及びその周辺の繁華街で、ナイトクラブやス ナックなどの飲食店や各種の風俗営業に従事しているので、そうした店に彼女たちを たずねる顔牧師は「酒店牧師」というニックネームをつけられたほどであった。 牧師夫妻は開拓伝道の過程の中で、彼ら女性たちの多くがシングルマザーであり、 不安定な生活の中での子育てなど、数多くの諸困難を解決していかなければ本当の意 味での救済にならないということに気が付き、教会とは別個に 1999 年に「先住民ケ ア協会」(社團法人台北市原住民關懷協會:原住民救済センター)を設立し、彼らと その子供たちのケアと教化育成に当たることになった。 その後 2003 年に、現教会である中山北路の 100 坪の会堂(地階にあり、その1階 部分は先住民ケア協会の事務所となっている)を得て、落ち着いて集会を開けるよう になったのである。 2.台北市ケア協会の設立―牧師夫人への訪問取材より 台北市先住民ケア協会については、2012 年8月 31 日に慈済大学(台湾・花蓮市) で開催された日台学術交流集会での曾麗娟による発表論文「都市での風俗営業に従事 (6) する先住民女性及びその家族の生活再建支援」に記されている。私が同協会に初めて 知ったのも曾氏の論文発表を通じてであり、本発表もこの論文に多くのものを得てい る。その後、私自身も合計5度にわたり台北市先住民ケア協会を訪問して、丸山陽子 (7) 氏、顔金龍氏に直接お話を伺う機会を得た。以下はそうした訪問取材をも踏まえての 報告である。 台湾で圧倒的多数を占める漢民族の中にあって、現在 14 族が公認されている先住 民族は人口の2%に過ぎないマイノリティである。生活習慣や文化も漢民族とは異な り、偏見と差別にさらされることも多く、その多くは貧困に苦しみ、若者は多くが台 北のような大都会に働きに出てきているが、生活上の多くの困難を抱えている。また 社会的に孤立の傾向にあり、無縁状態に陥っていることもしばしばである。 牧師夫人(中国語で師母と呼ばれる)の丸山陽子氏は、1966 年に山梨県甲府市に 生まれた。富裕な名家で、父親は甲府市助役を務めたこともある。若い頃にクリスチャ ンとしての献身的生活を送ることを決意し、1988 年に甲府キリスト教会にて洗礼を 受ける。甲府養護学校小学部に教員として勤務の後、日本アッセンブリーズ・オブ・ ─ 18 ─ 金子昭 台湾の“無縁社会”における宗教者の開拓伝道と支援活動 ゴッド教団の中央聖書学校に入学し、1995 年に卒業した。同じ神学校に通っていた タイヤル族の顔金龍氏と出会い、結婚して台湾に渡り、台北市内で開拓伝道を開始し た(丸山氏は 2000 年に同教団より宣教師の資格を得ている)。 夫である牧師の顔金龍氏は台湾の宜蘭出身で、父親がやはり神召会の牧師であった。 父親の勧めで渡日して、中央聖書学校に入学し、将来牧師となるべく研鑽を積んだ。 丸山氏は、当初は台湾の先住民文化になじめず、精神的に追い詰められていた一時期 もあった。その時は、地面や床に引かれた線や模様を、どういうわけか越えることが できなかったという。それが、偶然、台北に暮らす先住民女性の困窮した姿を放映し たテレビ番組を自宅で見て、自分はまさに彼らのために何かしなければならないのだ と決意をした。これが大きな転機になった。 最初の頃は、先住民の女性たちが好きで風俗関係の仕事についているという偏見が 丸山氏にもあり、また彼女たちが明るくふるまっているように見えた。しかし、実際 には笑顔の下に大きな苦悩や悲しみが込められていることに気が付いた。丸山氏自身 は、日本人としてのアイデンティティは失っていないが、台湾では先住民族と同様に 見なされることもあり、先住民に対する偏見と差別を、自らも肌身で感じる場面もい くたびもあった。先住民の牧師との結婚生活の中でやはり精神的な格闘があったが、 この信仰を通じて自分が自分自身に矛盾していないことを最終的に確信し、現在では (8) このことを自らのモットーとしている。キリスト教の教えに生きるためには、なによ りもその教えを通して生きることが何より大切だと、丸山氏は語ってくれた。 先住民の女性たちは、大都市に出てきて風俗営業に従事しているケースが多く、ま たシングルマザーの割合も高く、その子供を含めた彼女たちへのケアが急務となって いる。彼女たちは仕事の関係上、日中は寝て夕方以降に身支度をして出勤に備える。 彼女たちにコンタクトを取るのは、直接、夜の 勤務の時間帯にクラブやスナックに行かなけれ ばならない。丸山氏は夫の顔牧師とともに、そ うした店を一軒一軒廻って訪ね歩いた。これら の店は多くは夜9時になって営業を始めるので、 彼女たちが出勤して客が来るまでの短い待機時 間をねらって訪問するのである。 当初、この訪問はかなり難しいものがあった。 当然のことながら、彼女たちはこの種の仕事に従 事していることは人に知られたくない。その上、 牧師は男性であり、牧師夫人は外国人(日本人) 写真2:顔金龍・丸山陽子牧師夫妻 である。それでも牧師夫妻が熱心に通うにつれ ─ 19 ─ て、彼女たちもしだいに心を開くようになった。その突破口になったのが、彼女たち が夜の勤務の間、一人で留守番している子供へのケアであった。牧師夫妻は、女性の 支援を行う前に、子供たちを対象としたケアを始めることにしたのである。 ところが、先住民女性やその子供たちへの支援を続ける内に、教会としてはどうし ても限界があり、宗教活動の範疇では対応できないレベルのものだということが次第 に分かり、そのために教会とは別の独立した支援組織が必要になった。そこで 1999 年 11 月に設立したのが、社団法人・台北市先住民ケア協会である。 先住民ケア協会の初期の活動は、シングルマザーの女性たちには休息の場と時間を 提供し、子供たちにはその間、食事したり、宿題をしたり、遊んだりさせるという私 設の学童保育的なレベルのものであった。しかし、子供たちに接しているうちに、彼 らがいずれも学業不振に陥り、クラスの中でもレッテルを貼られ、排斥されたりして いることだった。そこで始めたのが補習指導である。この授業が評判を呼び、協会に 来る子供たちの数も増えていった。 この補習指導が皮切りになって、母語教育、先住民文化教育、音楽やダンスなど、 支援項目が多様化し、また小学生から大学生まで成長に応じての活動が行われるよう になった。そうした支援の過程の中で、彼らの母親への支援もあわせて充実させていっ たのである。 先住民家庭への支援は、必要に応じて行政の専門的な関係機関とも連絡を取り合い ながら、対処を進めている。そうした機関の代表的なものが台北市社会局であるが、 そこでは単親家庭に対して各種サービスを行っている。このサービスには、(1) 就職 指導及び職業訓練、(2) 法律相談及び住宅サービス、(3) 子供の養育ケアの三本柱が ある。経済面での公的扶助としては、特殊境遇家庭、先住民女性、児童、低収入家庭 を対象とした各種扶助、また医療費や教育の公的負担のほか、緊急時の救助、生徒・ (9) 学生の通学手当、奨学金の貸与、老人特別手当などがある。また、このような家庭に しばしば発生しがちな虐待、性的被害等の家庭内暴力等の問題については、台北市家 庭内暴力・性被害防止センター(台北市家庭暴力暨性侵害防止中心)などの専門的な 関係機関もある。さらには、先住民の法的権益を守るため、台湾政府(行政院)には「原 住民族委員会」が置かれ、その実務を財団法人法律扶助基金会が担当している。こう した社会資源を活用しながら、台北市先住民ケア協会の活動を軌道に乗せて行ったの である。 3.台北神愛教会のビジョンと展開 一般的に福音主義の教派は、社会貢献活動よりも直接的な伝道活動に力を入れる傾 向があると言われている。しかし台北神愛教会はそうではない。大都市にあって、風 ─ 20 ─ 金子昭 台湾の“無縁社会”における宗教者の開拓伝道と支援活動 俗営業で働く寄る辺なき女性たちをたすけるためには、信仰による心魂の救済のみな らず、生活面での支援が欠かせない。神愛教会が前者を担うとすれば、先住民ケア協 会が後者を引き受ける。このように両者が相まって全人的な救いをもたらすのである。 とくに神愛教会の所属するアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団(神召会)の場合は、 聖霊による病気の癒しの業も行うので、救いはより全体的な性質を帯びてくる。この ような神愛教会 / 先住民ケア協会による重層的な救援方法が功を奏して、今では台湾 の神召会としては最も盛んな教会となり、また布教伝道と社会活動を有機的に連動さ せた宗教の事例としても注目すべき事例になっているのである。 2006 年の時点で台北神愛教会では4つのビジョンを掲げ、その現状を表1のよう (10) に示していた。 表1 台北神愛教会のビジョンとその 2006 年現在の状況 ビジョン1 台北の先住民を中心に教会を開 2006 年現在:130 人ほどの定期礼拝出席者が 拓、献身者を育成。 あり、基礎が固まりつつある。 ビジョン2 山地神召会の復興。 2006 年現在:山地の教会を巡回し、聖会を開催。 ビジョン3 山地の若い牧師、伝道者を教育 2006 年現在:台北教会で聖書学校を開催。 訓練。( 聖書学校建設 ) ビジョン4 日本のリバイバルのために祈り 2006 年現在:宣教報告、牧師・信徒の交わり 貢献する。 を通して国際的な恵みの分かち合いを実施。 このビジョン提唱から8年後の現在 (2014 年 ) の状況を見ると、各ビジョンはその 後相当進展している。それは以下の通りである。 ①ビジョン1:2014 年の状況 午前の礼拝は、150 人前後で定着している(200 人近くになる時もあるという)。午 後の礼拝は平均して 300 人~ 400 人である。2006 年時点では、まだ台北在住の先住 民だけであったが、2014 年現在では、台湾全土の先住民に拡大している。 2013 年からは年2回、先住民の部族ごとのキリスト教各教派を問わず、牧師や宣 教師など指導者階層の人々に集まってもらい、一致して先住民アイデンティティを持 つクリスチャンの集会を行うようになった。この集会は1日あたりの参加者は 1,000 人を超えるほどであった。これはエキュメニカルな催しというよりも、聖霊派として の神召会の存在をよりアピールしたいという狙いもあるという。台湾先住民には祖霊 信仰の伝統があり、その意味でスピリチュアルな感性を有しているので、とかく倫理 道徳的な傾向になりがちな伝統的なプロテスタント各会派よりも、聖霊派の信仰形態 のほうが先住民により適合しているのではないかというのが、丸山氏の見方である。 ─ 21 ─ ②ビジョン2:2014 年の状況 台湾のプロテスタント各会派は、戦後アメリカの宣教師により積極的に伝道がなさ れ、山地神召会もそれに伴い、台北(2010 年末以降の行政区分では新北市)、桃園、新竹、 宜蘭、苗栗、台中、南投、花蓮の各県市に 18 カ所存在している。ただ、時間が経過 (11) するにつれて、教会指導者が高齢化し、教会が運営に困難をきたす状況にある。山地 の神召会では、牧師が高齢化し、またその数が不足するために、長老派の牧師が代わ りに司牧することもあるという。そこで始まった山地の教会の巡回であるが、2006 年当時はまだ台北近郊の桃園、宜蘭などのタイヤル族の村落だけだった。現在ではこ れも台湾全土の各先住民教会の巡回に拡大している。 ③ビジョン3:2014 年の状況 聖書学校の構想は、2014 年現在では午前・午後の説教の内容を調整することなどで、 より現実に即した形で行っている。午前の説教は聖書の講解説教で、聖書の文章を丁 寧に読み解いていくものである。分かりやすさに工夫をこらすものの、基本的には信 仰を深める内容となっている。他方、午後の説教は1週間の元気をそこで得てもらう ことを主眼とする。内容的にも親しみやすい説教として、バンド演奏や歌なども積極 的に取り入れたものである。神愛教会の信徒になることを希望する人に対しては、最 初は午後の説教への参加から勧めている。説教は主として顔牧師が行うが、丸山氏及 び他の1名の宣教師(先住民女性)も担当する。 最近始めたのは、ソーシャルメディアの LINE を使用した聖書の学習メソッドであ る。これは定期的に聖書のメッセージを教会側が発信し、これを受け取った信者から 読後感を返してもらい、さらにスタッフからもその感想に応答していくというもので ある。若い世代は活字メディアになじんでいないが、電子メディアは積極的に使って いるので、このメソッドは好評だとのことである。 洗礼を受けたメンバーが教会の信者である。午前の礼拝に出席しているのは、そう した中心的なメンバーである。洗礼の希望者が 20 人ほど集まってきた時点で、洗礼 (12) 式を行う。以前は年に2~3回だったのが、現在では2カ月に1回のペースで増加し ている。 ④ビジョン4:2014 年の状況 神愛教会による国際的な恵みの分かち合いは、2014 年現在では、一層拡大している。 それは従来からの日本の教団との関係にも変化が生じてきたためでもある。かつて日 本の教団関係者は、台湾の先住民は生活水準が低いから助けてあげるというイメージ があった。それが今や、日本から見学にきた人々がその規模や活動の活発さに驚嘆す ─ 22 ─ 金子昭 台湾の“無縁社会”における宗教者の開拓伝道と支援活動 るまでに至っている。日本における同教団の教会の多くが規模は小さく、またそれほ ど活動的な状況でもない。そのため、以前は神愛教会からの申し出を受けて日本側か らの寄付を仰ぐという形だったが、最近では逆にどうしたらそのように教会活動が活 発になり、また人々も集まるようになるか、教えてほしいという要望が出てきて、牧 師夫妻は講演の講師として呼ばれるようになってきているという。今後は、日本から の支援に頼らない分、自分たちの力をつけていって、将来的にはアメリカをはじめ諸 外国に発展できるように考えており、最近では国際的ネットワークのある教団の強み を活かし、香港やシンガポール、マレーシアのアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団 とも国際交流をはかりつつある。 台北神愛教会は現在、神愛教会本体と万民礼拝祈禱センター(萬民敬拜祈禱中心) という2つの教会の会堂を有している。礼拝は毎週日曜日の午前(神愛教会)、午後(万 民礼拝祈禱センター)で行う。前者は 150 ~ 200 人は入り、後者は 500 人近く入るホー ルである。2014 年5月 11 日、私が訪問した礼拝日はちょうど台湾の「母の日」にあ たり、この日にちなんだ演目(母への感謝の贈り物など)がなされ、どちらもほぼ満 員の盛況であった。また午後の礼拝後には多くの信者たちが顔牧師を取り囲み、顔牧 師も彼らに祝福と癒しを与えていた。 毎日曜日の午前・午後の礼拝が神愛教会の中心行事であるが、年齢別交流会(フェ ローシップ)や昼食会も随時行っている。キリスト教は世界宗教として伝道活動も万 人に向けて行われるものだが、台北神愛教会ではとくに先住民へのキリスト教伝道を 梃子にして台北在住の万民に向けてなされるという姿勢で、宣教を進めている。毎日 曜午前の神愛教会の礼拝はほとんどが先住民の信者であるが、午後の万民礼拝祈禱セ ンターでは先住民ばかりでなく、漢民族や外国籍の人々も次第に参加するようになった。 ここに至るためには、牧師夫妻の並々 ならぬ苦心と努力があった。また、主な 伝道対象を台北に出てきた先住民の若い 世代、とくに風俗営業に従事している女 性たちにしぼり、彼女たちの心魂及び生 活両面のニーズに徹底して対応できたこ とも大きい。彼女たちはいずれも、社会 や制度の谷間で苦境にあえいでいる。そ うした人々に寄り添ってきたことは、社 写真3:万民礼拝祈禱センターの入り口 ビルの地下を降りたところにある 会救済という意味でも意義深いものがあ る。事実、台北市先住民ケア協会は 2001 ─ 23 ─ 年には台北市功労団体として表彰され、また 2010 年には顔牧師がその功績が認めら れ「台北市模範市民」に選ばれるなど、社会的な評価も近年ますます高くなっている。 4.台北市先住民ケア協会の活動 現在、台北市先住民ケア協会には8人の職員がおり、二組に分かれて女性支援と児 童支援とをそれぞれ担当している。職員は全員、教会活動に参加して教会のメンバー である。神愛教会と先住民ケア協会は同じ建物内の地階と1階に同居しているが、将 来的には分離することも考えていかなければならないと、顔牧師は述べた。それは、 場所が手狭になってきたばかりではなく、両者の職掌分担をより分明なものにしてい く必要性があるからである。 そのほか、ボランティアグループが、先住民家庭の訪問及び学校の生徒の授業補習 などの仕事を担当している。現在、同協会では「濱咖啡」(カフェ・アガペー)での 職業訓練、学童保育や青少年育成、シェルター施設「神愛之家」運営などを行っている。 丸山氏によれば、先住民子弟を年齢別(中・高校生 / 社会人)に対象としてグループ ワークの活動に力を入れているという。「霊修会」という名称でお泊り会を開催して 指導している(これもシェルターの位置づけになる)。丸山氏自身の指導の下で、ロー ルプレイを通じて、虐待体験から立ち直ってもらうことを目指す。また、こうしたソー シャルワーク的活動に先住民の人を雇用して、社会的自立を共に促していこうとして いる。将来的には、有機農法経営など先住民族ならではのビジネスモデルづくりも考 えているとのことである。 上記お泊り会は今では“里親”活動にまで拡大してきている。牧師夫妻の家庭だけ で中高生の男女8人、全体で台北在住の5軒の先住民家庭で 40 名の若者(うち中高 生が約半数)を預かり、拡大家族の一員として生活面から育成に努めている。正式な 養護施設の形式にしてしまうと、政府からの補助が出るが、そうなると行政の委託事 業ということで、受け入れ側の選択権に制限が入り、また宗教的な養育にも制約が生 じてくる。それで、この“里親”活動は、親の了解を得た上で扶養権は移さずに子供 たちを預かり、家庭的な寄宿舎のような形式にし、諸経費も基本的には自弁としてい る。こうした青少年の中でも、虐待等のため、とりわけ困難な問題を抱える子供たち を、教会家族全体の中で最も健全な家族である牧師家庭が預かっている。 家庭生活をやり直すため、健全な家族モデルの再構築として行っているこの活動は 「神愛之家」の一連の活動とも位置づけられ、2011 年から始めて現在に至っている。 諸経費が自弁であるとはいえ、例えば学費は子供たちの通う学校から補助をもらった り、生活費は各種の基金会から支弁したり、食費については米や野菜などの現物支給 をしてもらうこともある。 ─ 24 ─ 金子昭 台湾の“無縁社会”における宗教者の開拓伝道と支援活動 丸山氏は日本のアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団派遣の宣教師という身分なので、 同教団から生活や活動の資金を得ている。そのほか、運営資金については、教会の献 金、寄付、公的活動に関わる部分では、台湾政府及び台北市政府からの公的資金を得 ている。例えば、週2回の学童保育は台北市内の全 12 区の公民館等の公共施設で行 われているが、先住民子弟がこのサービスを無料で受けられることになっている。先 住民ケア協会の担当ケースワーカーが、この学童保育に有給の専門職員やボランティ アを派遣している。 このうち、2002 年から中華社会福祉連合募金協会(中華社會福利聯合勸募協會) (13) の基金提供により行っているプログラムは、表2の通りである。この一連のプログラ ムは、1999 年の先住民ケア協会設立から3年後には基金を得て開始された。その変 遷を見れば、先住民ケア協会の活動が当初の子供へのケアから次第にその親(シング ルマザー)や家庭全体への支援へと重点を拡大していることが分かる。 故郷の土地から離れて大都会に来た先住民は、自らの生活基盤のみならず、自らの 先住民アイデンティティもまたたえず脅かされることにもなる。ここ数年来、先住 民族と漢族の結婚がしだいに広まり、女性と子供たちが直面する問題は以前にもま して複雑になってきている。これに対して有効なのが母語の勉強である。これによ り故郷に住む老人との交流も出来、出身村落の文化や自らの帰属意識を養うのに役 立つものとなった。そして何より重要なのは、その母語の講師が子供たちの母親で あるということだ。これにより、ともすれば劣等意識に陥りがちな女性たちに自分 に対する自信と先住民文化への自覚と誇りを回復させることができ、大きなエンパ ワーメントになるのである。 表2 中華社会福祉連合募金協会による先住民ケア協会のプログラム 年度 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2011 2012 2013 2014 プログラムの名称 先住民児童放課後及び夜間時喘息の支援ケア 先住民児童放課後及び夜間時喘息の支援ケア 先住民児童少年放課後及び夜間時喘息の支援ケア 大都市の「森の小勇士」―台北市先住民児童少年向上支援 大都市の「森の小勇士」―台北市先住民児童少年支援 大都市の「森の小勇士」―台北市先住民児童少年放課後支援 大都市における「村の情」―台北市先住民家庭支援 「人生の希望再建計画」―先住民家庭訪問ケア 台北市で風俗営業に従事する先住民女性及び家庭再建支援 * 台北市で風俗営業に従事する先住民女性及び家庭再建支援 * 台北市で風俗営業に従事する先住民女性及び家庭再建支援 * 台北市で風俗営業に従事する先住民女性及び家庭再建支援 経費(元) 391,500 404,300 404,300 481,900 456,100 1,015,200 1,066,000 949,500 405,000 448,200 564,200 701,200 支援対象 先住民 先住民 先住民 児童 先住民 先住民 児童 先住民 先住民 女性 女性 家庭 *2011 年~ 2013 年の3年間のプログラムには簡単な成果報告が付されており、いずれもシングルマ ザーとその家庭 15 件を対象としたものであることが分かる。 ─ 25 ─ もちろんこれはスムーズに進んだわけではなく、飲酒のために遅刻や欠勤して、子供 たちの学習に支障をきたすことも少なからずあり、また効果的な教授方法についての 模索もあった。丸山氏はじめ協会の職員や支援者たちは、多少のトラブルがあっても 暖かく受け止め、励ますなど、細やかな配慮を続けていった。現在では協会の母語講 座(日曜午前に開催)もタイヤル語、タロコ語、アミ語の 3 クラスがあり、数多くの 生徒たちがこれを受講している(現在の法制度では、それぞれの先住民語が話せるこ とが先住民の子弟にとっての身分取得の条件となっている)。やがてこの活動の延長 線上に、小学校での母語課程が開講するに至るのである。学校教育局の郷土教学の新 規程では、数名の生徒だけでも、保護者が母語課程の開講を学校に要求することがで (14) きることになったという。 丸山氏はまた、女性たちが皮細工に興味を持っている人たちが多いことに気がつい て、専門家を招いて皮細工クラスを開講した。この講座には一般の女性たちも参加し、 その中からは指導の先生と共同作業に従事する者も出てきたという。ただ、皮細工は 非常に洗練されたもので、値段が引き合わないほど力の入ったものになってしまい、 結局それは現在、活動としては一時停止中とのことである。 さらに政府の就業対策資源を活用して、女性たちに転職を勧めたりもしている。そ して同時に、台北市先住民ケア協会の仕事を請け負ってもらってもいる。その仕事と しては、(1) 協会が積極的に進める支援対象の家庭の訪問ケア、(2) 協会の活動及び その活動に必要な食事類の準備である。とくに後者のためには、先述の「濱咖啡」(カ フェ・アガペー)が設けられた。彼女たちはその過程で、生活習慣を改善し、飲食業 の技能を学んで飲食業方面で再就職の道を見いだすことができるようになった。「濱 咖啡」は、女性たちが休憩して、仲間たちと親密な話し合いができるようにという狙 いもあった。この店は、日中は通常の営業を行い、夕方には同協会の活動のための集 会場所になり、夜間は補習授業の児童や先生たちが食事をする場所になり、同協会の シェルターともなる。調理を担当する主任コックたちも、以前は風俗営業などで働い ていた。彼らはこのシェルターに住み込んで、仕事で得たお金で自らの生活費用をま かなうこともできるのである。 この店は先住民ケア協会から歩いて 10 分程度の距離にあり、シェルターとしては 4部屋ある。先住民の子供たちの多くは幼少時に性的虐待を受け、自らも性的な問題 を抱えたりしている場合が多い。そのため社会局の指導の下で、シェルターに住み込 むようにさせている。それと同時に、また一人で留守番をして、親密な触れ合いを得 られないために、情緒面でも不安定になっている。そこで性教育の講座も設け、指導 を行っている。 先住民ケア協会では、水曜日と土曜日にグループ集会を開き、それ以外の曜日には ─ 26 ─ 金子昭 台湾の“無縁社会”における宗教者の開拓伝道と支援活動 不定期に種々の活動が行われている。水曜日の活動は一般にも開放されたもので、聖 書を読む会、手工芸・日曜大工、料理作り、映画鑑賞、交流懇親会、宣教講座など、 多岐にわたっている。土曜日の活動は、教会メンバーが主な対象であるが、地域住民 の参加も受け入れている。その内容は、食事会、バザー、誕生会、ダンス、親子活動 や宣教講座などである。不定期活動としては、協会のボランティアグループの集会、 食事会、また教会の男性メンバーの集会などもある。 同協会のホームページ上では、活動内容として原住民母語教室 、原住民孤児・D V児童宿泊施設「神愛之家」、原住民 シングルマザーケースワーク、職業斡旋、原住 民学童保育、青少年カウンセリング、単身家庭家族グループワークが挙げられている。 以上の活動内容を見て分かるのは、先住民女性のケアを進めながら、同時に一般の人々 との交流も図り、そして社会的支援の中にキリスト教の宣教活動も組み込まれ、神愛 教会とケア協会の活動が有機的に成立しているということである。 子供たちへの指導も細やかなものがある。丸山氏は、子供たちが高校に進学後、先 住民のクラブを結成するように促し、その結果、「先住民情熱ダンス部」(原住民熱舞 社)の設立に至った。また、ある家庭では父親と祖父がかつて北投温泉歓楽街で「流し」 のバンドのメンバーだったというので、さっそくその祖父を呼んでドラム指導を担当 してもらった。これがやがて発展した結果、バンド部の結成に至ることになる。子供 たちは演奏体験を通じて、自分たちの自信と誇りを回復していった。バンド演奏の活 動は対外的にも評判を呼び、種々の公益活動の場面でも活躍するようになった。さら に若い世代がバンド活動に参入するようになり、高校生で組織される第二バンド部、 中学生で組織される第三バンド部が結成された。最初に結成されたバンドは両者の教 師役として、後輩たちを指導するまでになったのである。 また優秀な子供の中には、大学の英語専攻に進む者も出てきた。実際、その他の 教科ではついて行けなくても、英語の勉 強なら同級生と同じレベルからスター トできるし、人間同士の交流を通じて学 ぶことができる。同協会は 2011 年の夏 休みに高校生、大学生各1人を夏休みに フィリピンに送ったのを皮切りに、英語 圏の近隣国に海外派遣を行った。そこで 役立ったのは、アッセンブリーズ・オブ・ ゴッド教団の国際ネットワークである。 写真4:万民礼拝祈禱センターでの礼拝 バンド部の活動が生かされている 彼らは教会の信者宅にホームステイして 教会活動にも参加している。帰国後はグ ─ 27 ─ ループの中で報告会を開いて中学校や小学校のクラスの英語の先生にもなっている。 海外体験は、子供たちにとって大きなエンパワーメントの契機である。 先住民の多くは、家庭環境や教育環境に恵まれず、そのためにしばしば小学校のレ ベルで出遅れてしまう傾向がある。とくに単純な計算ができないまま成長して社会人 になってしまうと、商売や事業を行うにも、また毎日の家計をやりくりするのにも困 難をきたすことになる。先住民の成功例がなかなか見られないのも、そうしたところ に原因の一端がある。そこで、将来的な方向性や活動可能性を考えたとき、これから のグローバル社会に必要な能力として、丸山氏は英語に着目したのである。その最初 のメンバーが 2014 年現在ではすでに大学4年生になっている。来年には留学組も出 てくることが予想される。そして、そういう教育の積み重ねが、将来的に先住民が成 功するモデルを作り出していくと、丸山氏は期待している。 5.エンパワーメントを目指した活動と信仰の目標 曾麗娟は、慈済大学で発表した上記論文(2012 年8月)の結語として、台北市先 住民ケア協会における支援について、(1) 支援の対象者を中心としたデザインと企画、 (2) 実際の活動を進める中での方向調整と重点の洗い出し、(3) 長期的かつ全面的な 寄り添い、(4) エンパワーによる生命力の引き出し、(5) 単に問題の直接的解決にせ ず、問題の中から成長の道が開けてくること、(6) 学習と支援の結びつき、(7) 自分 が参加を選ぶことで、学習や参加意欲の向上に役立つこと、(8)活動の正常化と自然 化という8点にわたって集約している。 こうした活動の特性は、いずれも牧師及び牧師夫人がカウンセリングの技能を習得 していると同時に、臨機応変にその場面で何が最も必要なことかを経験的に割り出し て対応を行ってきたものである。その際の細やかな気配りも大切な要素であろう。先 住民女性ばかりが集まり、その職業身分も特別なものであると、かえって逆に偏見を 助長してしまいかねない。それで、一般の女性たちも参加できる活動にはできるだけ 一緒に参加してもらい、それによりお互いに心理的な障壁を取り除くことができる。 先住民ケア協会は、そのような開かれた方向性をも目指して活動を進めているのであ る。 上述の活動内容からも見て取れるが、これらはただ単に先住民女性やその子弟の単 なる生活改善にとどまらず、彼女たちのエンパワーメントを目指したものとなってい る。(彼女たちは、夫がいる場合でも、その家庭内暴力やカード債務問題を抱えてい ることがしばしばある。そのため、弁護士を招いて法律講座を開いている。)曾麗娟は、 こうした点について、「支援対象者が貢献者の姿に変わり、先住民ケア協会の活動に 参加する。この参加の過程において自信と達成感を持ち、あわせて自分を向上させる ─ 28 ─ 金子昭 台湾の“無縁社会”における宗教者の開拓伝道と支援活動 (15) エネルギーを得ていく。それは単に消極的で受け身的な支援なのではない」と指摘し ている。 先住民ケア協会の活動は生活面でのエンパワーメントに力点があるが、その活動は キリスト教に根ざしており、両者が相まって全人的なエンパワーメントとなる。(バ ンド部の演奏が教会の礼拝に組み込まれるなど、活動は神愛教会の活動とも有機的に 連動している)。心魂面でのエンパワーメントの姿勢は、神愛教会の活動や礼拝にも 顕著に現われている。 私が参加した前述の午前礼拝では、『旧約聖書』の「サムエル記下」の「ダビデ、 ペリシテ人を破る」と題された部分(5:17-25)が取り上げられていた。「神を求め れば必ず勝利する」というテーマで、 「神に求めることで、自らを神にゆだねる」、 「自 分の経験や力に頼らず、神をひたすら頼む」、「どんなことでも神に求めれば必ず勝利 を得る」というのが、その狙いであった。その際、伝統的礼拝説教には無い要素も取 り入れている。この時には、壇上の椅子の上に1人の青年信者を後ろ向きに立たせ (彼は一時暴力団に所属し、身体に入れ墨を彫っているが、現在は立ち直ったという)、 そのまま後ろ向きに倒れるところを、屈強な信者たち6名がそれを支えるというパ フォーマンスを行った。 ただ単に言葉だけによる説教ではなく、視覚的にも訴え、信者にも参加してもらう この方式は、伝統的な礼拝には見られないものだが、「神に身をゆだねる」という聖 書のメッセージを信者たちに力強く印象づけていたように思う。神の力、聖霊の力に よるエンパワーメントだからこそ、人々の心魂のエンパワーメントになるのである。 6.宗教社会福祉論的な考察 宗教施設としての台北市神愛教会と社団法人・台北市先住民ケア協会は形の上では 別組織であるが、実質的には一体のものである。どちらもキリスト教の隣人愛の精神 の発露の現われである。そもそも、全人的な救いのためには信仰による心魂の救いと 福祉サービスによる生活支援とが共に必要となる。とりわけ「良きサマリア人の喩え」 (ルカ福音書 10:25-37)が示唆するように、窮地に陥った人々に必要な助けを施す際 に、何よりまず必要なのはその肉体的生命を救い、生活上の諸困難を取り除くことで あろう。それゆえキリスト教系の病院や社会福祉施設、またキリスト教信仰に基づく 事業・活動が古今様々な形で展開してきたのである。 今日の日本のように明確な政教分離型の社会では、宗教法人が運営する社会福祉法 人でも、公的支援を受ける以上は、宗教的独自性を打ち出しにくい状況がある。政教 分離それ自体は近代国家の基本的枠組みであり、その点は台湾においても同様の体制 であるが、台湾の場合は宗教に理解のある社会風土がある。9割近くがキリスト教の ─ 29 ─ 信仰を有する台湾先住民の人々が台北で困窮した暮らしを余儀なくされているとすれ ば、信仰と生活の両面で全人的救済を提供する神愛教会 / 先住民ケア協会はまさしく そのニーズに噛み合った活動を行っていると言えるだろう。これは、仏教信仰の厚い 層が底流として存在する台湾の漢民族社会で、仏教ヒューマニズムに基づく社会活動 ツーチー を大規模かつ多岐にわたって展開する財団法人・仏教慈済基金会(慈済)が多くの人々 に受け入れられていった現象とよく似ているものである。 宗教が人々の間に深く浸透し、信仰者の層も厚い社会風土においては、どこまでが 社会福祉的な救援で、どこからが宗教的な救済が始まるのか、両者は現実には地続き に連動する傾向があるように思う。こうした社会では、宗教による社会活動への期待 も高く、どんな教派・宗派であっても何らかの社会活動を実際行い、宗教的社会福祉 は民間社会福祉として大きな一翼を担うものとなっている。台湾では、そうした宗教 の社会活動の種々の事例を見出すことができるのである。 このように見たとき、台北神愛教会は、先住民ケア協会という別組織を通じて、政 府機関や各種社会福祉法制度を社会資源として用い、自らも社会関係資本としての役 割を積極的に果たしていることが分かる。この活動姿勢は、日本の宗教関係者も学ぶ べきところが数多くあるように思う。全人的な救いこそ真の宗教的救済であるが、そ の際に宗教が忘れがちになるのが生活面での支援・救援だからである。 ただし日本の場合、神愛教会 / 先住民ケア協会において行われたような、宗教者に よる直球的正攻法そのままの形では、なかなか通じにくい社会的土壌があることも指 摘しておく必要があるだろう。宗教に対して決して好意的ではない見方が広範に存在 する中では、宗教がもつ明確な価値観の伝達は拒否されるだろうし、宗教者の側もま た布教的なアプローチを自己規制する傾向にある。白波瀬達也は、必ずしも宗教を前 面に押し出さない宗教の社会活動形態を「宗教団体・宗教者と結びつきのある組織」 Faith-Related Organization と定義し、宗教活動への関与と公的機関との協働との関わ (16) りを論じているが、そこでは宗教者としての振る舞いを自己規制することで、活動に 従事する宗教者がアイデンティティの危機を経験することもあると指摘されている。 その意味では、たしかに神愛教会 / 先住民ケア協会は宗教に寛容な台湾社会の土壌 の上に成立した成功事例には違いない。しかし、神愛教会 / 先住民ケア協会が社会の 底辺で苦しむ人々に対して、真正面から正攻法で挑んだ全人的な救いの方向性は、日 かなめ 本の宗教者が社会活動を行う際にとっても肝心要のものであるはずである。宗教とは 本来、人間をまるごと「たすける」ものであり、全人的な救いにおいては救援も救済 も地続きの関係にあるからである。これはまさに稲場圭信のいう宗教的利他主義の表 (17) れに他ならないものである。稲場によれば、どの宗教にもこの思想が見出されると同 時に、無宗教的と言われる人々においても、「おかげさま」の念や「思いやり」、「つ ─ 30 ─ 金子昭 台湾の“無縁社会”における宗教者の開拓伝道と支援活動 ながり」の感覚など、利他主義への契機を含む無自覚の宗教性があるという。日本社 会における宗教的社会福祉、社会支援の事業や活動は、むしろそうした無自覚の宗教 性に訴える独自の形を見出していくべきではないかとも考えられるのである。 その上で、あえて台湾社会における宗教の問題を述べるとすれば、それは先住民族 と漢民族とが文化や言語、生活習慣、社会階層などの違いのために、お互いになじみ にくいという現実である。台湾では、同じキリスト教の同じ教派であるにもかかわら ず、何となくよそよそしい間柄になって民族別の教会に分かれてしまう。同様の事態 はキリスト教の他教派や、他の宗教教団でも多かれ少なかれ見られる。まして先住民 の信仰がキリスト教、漢民族の信仰が仏教や道教ということにより、両者の心魂レベ ルでの交流もより難しくなっているのではないかというのも、私自身が台湾の宗教界 に感じる偽らざる印象である。むしろ、こういう現実に対しては、宗教間対話の交流 や協働を行っている日本の宗教界に「一日の長」があると言ってよいかもしれない。 また、こうした問題状況については、異文化伝道を志す日本の宗教関係者が他山の石 となすべきものであろう。 おわりに 台北のような大都市に住む先住民は、住み慣れた山地の村や家から切り離され、と もすると孤立無援になりがちである。十分な学歴や経験も積むことができず、男性は 肉体労働に、女性は風俗営業に従事している。とりわけ女性の場合、しばしばシング ルマザーとして心も体も疲弊し、生活苦にあえいでいる。 そんな中にあって、台北神愛教会及び台北市先住民ケア協会は、それぞれ心魂と生 活の両面において台北在住の先住民の人々のニーズを的確に捉え、全人的なエンパ ワーメントを行ってきた。このようにして、神愛教会 / 先住民ケア協会は、キリスト 教的隣人愛の発露を通じて彼らを新たな縁で結び合わせるとともに、苦の世界からの 脱却を図ろうとしている。そこに際立って見えるのが、人々の苦に寄り添う宗教的行 動から生まれる縁の宗教的な性格であろう。宮本要太郎は、“無縁社会”では人間関 係が希薄で、他者との信頼関係が築きにくいものの、逆にだからこそ、既存の縁を越 (18) 境することによって、新たな縁を生みだす可能性が秘められていると指摘している。 この新たな縁が宗教的な縁である以上、それはともすれば閉鎖的な血縁や地縁と異な り、自らを積極的に開き、人間を人間本来のあり方へと解放していく性質を有するも のである。 台北神愛教会では、先住民族を主とした教会の礼拝に加え、万民礼拝祈禱センター を設けて、お互いの差異を認め合いながら、同じ教えを信じる者の共同体という形を 一歩一歩目指している。ここでは万人礼拝の名称に相応しく、漢民族や外国籍の信者 ─ 31 ─ も現われてきているし、また先住民のキリスト教各教派が集う集会も行われてもいる。 神愛教会 / 先住民ケア協会の今後の発展を蔭ながら見守り、応援していきたいと思う。 註 (1) 台北市原住民關懷協會では、日本語訳を「台北市原住民救済センター」としているが、 本発表では原語(中国語)に即した形の「台北市先住民ケア協会」と訳している。同協会 及び神愛教会の活動については日本語ホームページ「やまの詩(Mission in Taiwan)」http:// www.geocities.co.jp/HeartLand/5712/ に詳しい。またこれとは別に、不定期刊の日本語ニュー ズレター『台湾原住民伝道』(台北神愛教会[台北原住民救済センター])を刊行している。 (2)藤野陽平『台湾における民衆キリスト教の人類学―社会的文脈と癒しの実践』風響社、 2013 年、63-65 頁を参照(信者数は 1994 年時点での『台湾基督教会教勢報告』及び各教派のウェ ブサイトから藤野が集約した数値である)。 (3)日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団についての以下の記述は、同教団のホームペー ジ http://www.ag-j.org/main/index.html を参照。 (4)藤野陽平、前掲書、64 頁の表を参照。この数字は、上記と同じく、1994 年時点の『台湾 基督教会教勢報告』及び各教派のウェブサイトによるものである。 (5)黄約伯の研究発表「台湾原住民とキリスト教の沿革」(2013 年 1 月 25 日)による(天理 大学おやさと研究所『グローカル天理』2013 年 3 月号、金子昭「第 245 回研究報告会」報告 記事より)。 (6)この発表は、中央研究院民族学研究所、慈済大学、日本の関西大学が主催して開催され た「日台學術交流研究會 : 人文臨床與無緣社會」(2012 年 8 月 31 日 ) の席上、曾麗娟により 行われたものである。中国語タイトルは「都會區特殊性服務業原住民婦女及家庭之重建服務」 ( 曾麗娟・国防大学心理社会工作学系兼任副教授 / 丸山陽子・台北市原住民關懷協會副理事 長 )。中国語原文及び日本語訳(金子昭)が同研究会の予稿集に掲載されている。この交流 研究会開催後に、日本側参加者で台北神愛教会を初めて訪問した。 (7)丸山陽子牧師夫人 / 副代表には 2012 年 9 月 1 日、12 月 28 日、2013 年 12 月 17 日、2014 年 11 月 9 日に訪問取材を行い、また顔金龍牧師 / 代表には 2014 年 5 月 11 日に訪問取材を行っ た。 (8)丸山氏のライフストーリーについては YouTube「酒店牧師―顏金龍 丸山陽子」(GOOD TV 好消息電視台)http://www.youtube.com/watch?v=FVkBKPr_MjY に詳しい。 (9)臺北市政府社會局「單親不擔心-臺北市單親家庭服務簡介」小冊子を参照。 (10)神愛教会ホームページ http://www.geocities.co.jp/HeartLand/5712/church.html による。 (11) これは台北神愛教会が中山北路の現在地に移る前の「台北神愛福音中心」の段階のホー ムページ(最終更新 2004 年 2 月)http://www.hfj.com/tsc/ による。 (12) プロテスタントの多くの会派は頭部に手で水滴をつける滴礼方式を採用しているが、アッ センブリーズ・オブ・ゴッド教団では全身をすべて水中に浸す浸礼方式である。洗礼を施す 側も、水に入らなければいけない。神愛教会ではそのため、自前で全身洗礼が可能な水槽を つくり、洗礼式のときにその模様を会衆にも見せることになっている。 ─ 32 ─ 金子昭 台湾の“無縁社会”における宗教者の開拓伝道と支援活動 (13) 中華社会福祉連合募金協会ホームページ http://www.unitedway.org.tw/ より「服務成果:社 團法人台北市原住民關懷協會」のページを参照(年度は民国暦から西暦にし、時代順を古い 順からに変えた)。中華社会福祉連合募金協会は、台湾全土で広範かつ多岐にわたる社会福 祉の事業や活動に基金を拠出している大規模な民間基金会で、先住民関係だけで 21 の団体 に拠出している。 (14) 曾麗娟、前掲発表予稿集による。 (15) 曾麗娟、前掲発表予稿集による。 (16) 白波瀬達也「第4章:生きづらさと宗教―宗教の新しい社会参加のかたち」、高橋典史・ 塚田穂高・岡本亮輔編著『宗教と社会のフロンティア』勁草書房、2012 年、73-89 頁を参照。 (17) 稲場圭信『利他主義と宗教』弘文堂、2011 年、46-49 頁を参照。また「無自覚の宗教性」 については同書、128-131 頁を参照。 (18) 宮本要太郎「第5章:支縁のまちネットワーク」、大谷栄一・藤本頼生編著『地域社会を つくる宗教』明石書店、2012 年、173 頁。 *台北神愛教会 / 台北市先住民ケア協会の一連の訪問取材にあたり、丸山陽子氏、顔金龍氏の ご厚意とご協力を得ることができ、心より感謝申し上げる次第である。また、国防大学兼任 副教授の曾麗娟氏、政治大学博士後研究員の黄約伯氏にも大変お世話になった。あわせて深 く感謝したい。 **本稿は、2014 年度天理台湾学会第 24 回研究大会(2014 年6月 28 日、於天理大学)で発 表した同題の原稿(予稿集 114-122 頁)に追加取材の内容を加えて、大幅に増補改訂を行っ たものである。なお、この一連の研究調査は、平成 23 ~ 25 年度科学研究費助成(B)「環太 平洋における宗教 NGO の国際ネットワークに関する研究」(研究代表:稲場圭信・大阪大 学大学院准教授)、及び同年度科学研究費助成(C)「無縁社会における宗教の可能性に関す る調査研究」(研究代表 : 宮本要太郎・関西大学教授)による成果の一部をふまえている。 ─ 33 ─ Pioneering Evangelism and Support Activities by Religious Practitioners in the "Society of Isolated Individuals" in Taiwan: Challenges for Taipei Shen-ai Church / Taipei Aboriginal Care Association KANEKO Akira Taiwanese aboriginal women working in the sex industry in Taipei as a single mother live in dire conditions and in isolation with no help in a big city. They comprise a kind of the "society of isolated individuals." This paper discusses the formation and activities of Taipei Aboriginal Care Association (est. 1999) and its parent organization, Taipei Shen-ai Church (est. 1995), that engage in providing care to those women and their children. Both organizations are led by two main figures, Pastor Yan Jinlong and his wife, Yoko Maruyama. An overseas arm of the Assemblies of God of Japan, Taipei Shen-ai Church has established its presence in the Taiwanese aboriginal community and is gaining a significant footing there. In order to support particularly those helpless aboriginal women living in a big city, it is essential not only to see to their spiritual salvation through faith but also to provide them with support for their livelihood. The Shen-ai Church takes care of the former need while the Aboriginal Care Association the latter, thereby both working together to provide holistic salvation and empowerment to the women. Through the Aboriginal Care Association, a separate organization affiliated to the church, Taipei Shen-ai Church uses governmental agencies and various social welfare legal systems as social resources to play an active role as a social capital. Both groups conduct religioussocial activities that are rooted in the Christian neighborly love. Their approach can also offer a number of hints to religious practitioners in Japan who work on the issues of the "society of isolated individuals." Keywords: "Society of Isolated Individuals," aboriginal women, single mothers, holistic salvation, Shen-zhao hui (Church of the Assemblies of God), Taipei Shen-ai Church, Taipei Aboriginal Care Association ─ 34 ─