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アートの視点からの可能性/artport

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アートの視点からの可能性/artport
再生活用事例の紹介
「アートの視点からの可能性/artport」
名古屋大学大学院情報科学研究科 助教授 茂登山清文
こんにちは茂登山です。
今日のお話は、artport(アートポート)の舞台となっている名古屋港の倉庫、それに関連した色々な話を
していきたいと思います。
ここには愛知県の方が多いと思いますが、とりわけ近隣で同じように、私達アートに関係する人達が、
どのようにアートスペースを使っているのかということを、少しお話しできるのかなと思っています。
自己紹介を少し
○ 空間の軸:建築→景観(世界都市景観会議)→パブリックアート→
○ メディアの軸:実験的デザイン→情報デザイン→メディアアート(ISEA)→
少し自己紹介をさせて頂きますと、先程、建築家と紹介されたのですが、今、私は情報科学研究科と
いうところに所属しておりまして、いったい何をしているのかとすぐ聞かれます。
いまいち、ちゃんとした答えを用意していないのですが、具体的には、例えば皆さんおなじみのウェブ
のデザインとか、メディアアートとかいわれている、アートに関する制作や研究の指導などをしています。
もう少し広い範囲でいいますと、ものを見ること、視覚というのが、今の時代どのように変わってきてい
るのかというような話をしたりしています。
そのようにお話してもちょっと解りにくいと思いますが、今日はあまりそのことには関係なく、むしろ以前
にやってきた建築とか都市、まちづくりの話のほうが中心かなと思っています。
artport の5年間
○ 1999 年、市制 110 周年「交流年」事業
○ 市民芸術村の構想
○ @port
○ KIGUTSU
○ ISEA 電子芸術国際会議2002名古屋
artport についてですが、始まったのは1999年です。
これは名古屋市が中心となって行っている事業で、実行委員会をつくって単年度で毎年やっている事
業です。
私も実行委員をしております。
一番最初に始まったのは、市制100周年の「交流年」、デザイン博の10年後に行われた「交流年」と
いう事業のなかで行われました。
それとこの倉庫群を活用して、同時に市民芸術村をつくっていこうという計画が名古屋市で決定されま
した。
さらに関連して、色々な話がでてくるのですが、写真をみていただきたいのですが、これはこの倉庫群
の中の一つで20号倉庫という倉庫です。
写真ではわかりにくいかと思うのですが、これは、1階の建築面積が1700㎡くらいで3階建てです。
合わせると5000㎡になります。
現在、倉庫は3棟残っています。
3棟のうち一番大きいのがその倍ぐらいの大きさですので、都合約2万㎡くらいの大きさ、それが名古
屋港のガーデン埠頭の東地区、水族館とは反対の地区、つまり皆さんおなじみの水族館の海に向かっ
て左側に位置しています。
この3つの倉庫を使う時に、非常に短絡的なのですが、アートなら赤だろうということで扉を赤く塗りまし
た。
そして少し内部を整えて使っています。残念ながら1階しか使われておりません。2、3階は色々な法的
な問題があって使っておりません。
倉庫のことはまた徐々にお話をしていきますが、その中でどのようなことをしたのかといいますと、4つ
くらいのことを行いました。
1つはオープンスタジオといいまして、つまりアトリエとして、作り手の方たちに利用していただこうという
ことです。
その段階で色々とニーズを調べたのですが、名古屋は芸術と無関係、文化が弱いといわれるケースが
多いですし、また、そのように思われる方も多いと思いますが、実はそうでもなくて、とりわけ新しい芸
術、現代美術と呼ばれるような新しい芸術であったり、それから例えば私たちがやっている、メディアア
ートと呼ばれるコンピュータとか映像を使ったアートに関して言うと、世界でも知られているといっても良
いくらいの歴史をもっています。
デザイン博の時にアーテックと呼ばれるメディアアートの展覧会が行われました。
これは隔年で世界的な規模で行われていますが、それで名古屋の名前が、世界中というと少し語弊が
あるかもしれませんが、メディアアートの比較的先進国といわれる国においては、名古屋はメディアア
ートの日本における一大拠点としてすごく浸透しています。
その影響もあるし、実際にアートに関して、「名古屋は日本の中でみても盛んだね」と普通いわれるよう
な土地柄です。
そのため、これからより若いアーティストを育てていくためにスタジオを作ろうということです。
2つめは、作品の発表の場として芸術倉庫をつくりました。
3つめはフォーラムといいまして、これは倉庫の活用のこと、市民芸術村のことなどを私たちの側から
発信していこうということでフォーラムを開きました。
また、メディアアートの大きな展覧会を開きました。
この4つくらいを中心に最初は活動していました。
それ以外にも、色々なことをやりましたが、先程の先生のお話のなかで、カフェの話があったのですが、
こられた方にアンケートをとりますと、食べるところが欲しいという意見が多くて、確かにその通りで、し
ばらくその場にいてもらうためには、そういう場所が必要だと思いましたのでカフェをつくったり、ショップ
をつくったりといった試みもしました。
次の写真は、これはただ単に餃子を食べているだけに見えるかもしれませんが、これはアーティスト達
が餃子をふるまっているところで、これはどのような時に行われたかといいますと、2000年に新川が
洪水になった時に、その近くにあったアートスペースに対する支援活動の一環として行ったものです。
このような写真ばかりご覧になると、どこがアートなのかとおっしゃるかもしれませんが。
今日のお話は倉庫を活用した artport というプロジェクトのお話が主なのですが、先程のレジュメの中
にも出てくるのですけれども、artport とやや遅れながら並行して、@port(アットポート)というイベントを
2回ほど開いています。
これはガーデン埠頭から築地口までのまちを舞台に、芸術の発表活動をおこなうというイベントなので
すが、地域の方も参加して、お茶を振舞っていただいたり、フリーマーケットを開いたりしました。
地下鉄の新しい出入口がオープンした時に、そこにきたお客さんに、写真機と同時に風船を渡して、そ
の人達が、風船と一緒に町を歩いているところを視覚的にも見せていこうという試みもしました。
そして、単純なのですが、アーティスト達は色を作るのが非常にうまいものですから、来た人に言われ
たとおりにイメージにあう水を作ってあげ、そして色のついた水をペットボトルに入れ、その水をまちの
あちこちに吊るしたり、飾ったりそんなプロジェクトも行いました。
また、artport というプロジェクトだけではなく、まちを連合するような出来事もありました。
去年の10月に電子芸術国際会議、これは、世界的規模で開かれている国際会議ですが、これをこの
倉庫群で開催しました。それまでアジアで開かれたことがなく、主に欧州で開催されていましたが、第1
1回目を初めてアジアで開催しました。
その時は、今まで使われていなかった4号倉庫、大きな倉庫なのですが、その中を会場として使いまし
た。参加者は世界30ケ国くらいから、延べ1万人あまりの人が4日間参加して、展覧会など色々なイベ
ントが町中で開かれました。
このような会議の舞台としてもこの倉庫が活用されました。
海外からお見えになった方は、ここの魅力というものを感じて、熱く思いを語ってくれたりしました。
なぜ港の倉庫なのか?
なぜ、倉庫なんだということなのですが、まとめてみるとこんなことになるのかなということです。
○ 異文化と出会う、文化のフロンティアとしての港
○ 倉庫の内部空間、スケールアウトの魅力
○ 都市の近代産業を語り継ぐ資産
○ 港の景観を構成する倉庫群
倉庫の裏側。
まちからアプローチすると裏側になるのですが、すぐに海と接している倉庫。
港というと海と接している立地のイメージがすごく強いのですが、日本は城砦都市というわけではあり
ませんので、まちの境界というのが海であったり川であったり、あるいは山で区切られているわけです。
そうすると、いわゆる町化しているあたりの外側には、町とは違う価値観といいますか、世界に広がっ
ているイメージ、それが異国からくるものであったり、古来であると紙であったりということになるのです
が、そういうものと接しているのが海とか海辺とかいうものになるのではないかと思います。
そのこととまちの最先端、最前列としての港というのがイメージとして連合してくる。
そこを芸術活動の場としていくことが、少し連想しやすい説得力のあることではないのか、ということで
始めました。
内部の柱の高さは大体6メートルくらいあります。
かなり高い空間で、この写真は目線で撮っていますが、何の愛想もない空間ですが、実際に入ってみ
るとびっくりするような空間です。
圧倒的な存在感、このような空間というのは、私たちは普段なかなか目にすることがなく、あるいは体
験することができないものです。
ここで、どのようなインスピレーションを受けるのか、あるいはどのように自分を表現することができるの
かといったことはすごく大きな課題であると同時に、空間の魅力であると考えることができます。
倉庫の周りは単純ではなく、かなり凹凸があったり、それから機能的なもの、色々なものが意味を持っ
て作られています。
こうしたものもちゃんと見ていくと、一つ一つ私たちに考える機会を与えてくれるものだという気がしま
す。
この倉庫にあるコンテナなどは、ものづくり都市名古屋の、ある時代の産業のありようを、今に伝える
非常に重要な建築物、産業遺産だと思います。
倉庫といった時に、皆さんがよく思い浮かべられるのは横浜とか大阪とかで、釧路でもNPOが運営し
て芸術活動に使ったりしている倉庫があるのですが、そういった倉庫というのは、ほとんどレンガ造りな
のですが、ここはコンクリート造りです。できたのは大体1950年代ごろです。
このような倉庫は保護していく手段がなかなかなく、日本でも数少ないコンクリート造りで、活用されて
いる倉庫の例としては稀有なものです。
ここは空間的な活用というだけではなく、同時にまちから見てどうなんだということが、一つの大きな問
題です。
倉庫は、やはり港を構成する一つの重要な景観要素であると考えます。
この倉庫の左手前には公園などが整備されているのですが、残念ながらその公園自体ここにしかない
ものではなく、それが港の風物をかもし出しているのかといったらそうでもありません。
これが山の中の広いところにある公園だといわれてもさほど違和感のないものです。
そうすると、港とか港らしさというものの要素というのは、一つにはこのような倉庫、味気のない倉庫が
背景にあることなのかなと思います。
倉庫を活用するには意味があるのだということを、少しおわかりいただけたのではないかと思います。
なぜアートなのか?
では何故そこでアートなのかということですが、これは、ますますかわりにくいことになるのかもしれま
せんが、これについては、3つくらいに整理してみました。
○ アートが発する問い、アートのもうひとつの知・技術
○ 空間に対するアーティストの想像力
○ 街のジェントリフィケーション、ソーホーやベルリン
私は授業などですこし強引にアートのことを持ち込んだりしますけれども、意外にもアートはおもしろ
いと学生はいいますが、一般の人にはよくわからないといわれます。
ということは、どういうことかといいますと、わからないということが、問いのきっかけだと私は思います。
つまり、世の中答えがあるものばかりではありません。答えが本当にないということなのか、一見ないと
いうことなのかで違ってくるかも知れませんが、答えがないことに対して迫っていくようなことは、生産的
な技術としてすごく必要なことではないかと考えます。
ここでは、ワークショップや子供たちのためプログラムを毎年やっています。コンピュータを使って、それ
を子供たちが触っていくきっかけにしようということをもやっています。
このように、問いを発すると同時に、問いへのきっかけとなるものが、アートの1つのはたらきではない
でしょうか。
それから2つ目にあげたのは、空間に対してアーティスト達は、私達が普通に感じる以上の想像力をも
ってたりします。
それは、空間的なものに対する感性であったり、あるいは色彩に対する感性を、勉強するかわりといっ
ては語弊がありますが、身につけていたりするわけですし、そのことは見るに値するなと思います。そ
れからちょっと違う視点に立ってみますと、例えば皆さんよくご存知かもしれませんが、1980年代にニ
ューヨークが変身を遂げている、いわゆるジェントリフィケーションといわれるようなかたちで、街がきれ
いになりました。
そのようになっていったきっかけ、また、どうしてできたのかといいますと、どうしようもない汚れた危険
な街の中に、アーティスト達が家賃が安いというだけの理由で住み始めた。
そしてそこを発表活動の場所にしていったというところから、街が変り始めたと言われています。
まず、アーティスト達が住み始め、作品を発表する場としてギャラリーができ、そこにくる人のために食
事をふるまうお店ができたということです。
今はニューヨークのソーホーには活気のあるギャラリーはありませんが、そんな形で街がきれいになっ
ていく、リニューアルしていくといったことは、アーティストが求めているわけではないのですが、アーテ
ィストがそこに来た結果生まれてくる出来事だなと思います。
アートと空きスペースの事例
・E.D.LABO、西春
・N−mark、KIGITSU、春日井→名古屋市港区→MEETING CARAVAN
・art space dot、小田井
・きわまり荘、犬山
・七福邸→+ギャラリー、江南
・PINE FACTORY、美浜町
・赤レンガ建物、半田
それから、いくつかの空きスペースの事例があります。
この近くでまだ抜けているところがあるかもしれませんが少し紹介させていただきます。
まず、私たちが1988年に活動を始めた場所、旧稲沢銀行、東海銀行に吸収されたらしいのですが、
昭和初期に作られた木造の2階建ての洋式建築で、ここを発表、デザインする場所として使っていまし
た。
今は残念ながら、壊されて駐車場になっています。
N-markというグループ、先程の@port を中心に担っているグループですが、そのグループが
KIGUTSU といって、これは空き家になっていた喫茶店を空きや対策とは関係なく、地元の人の協力
で紹介していただいて、ここで2年間スペースをもちました。
最初、中は非常に荒らされていて、人が死んでいるのではないかというのは、ちょっと大袈裟なんです
が、本当にひどい状態でした。
時間をかけ、ミーティングをしながら改装し、地域の一つの拠点としてついこの間まで動いていました。
最近できたものですが、美浜町にある PINE FACTORY です。
そこは、織物工場跡地、その工場跡地は膨大ですごく使いでがありそうなのですが、そこの宿舎を使っ
て、内部を改装して、今らしく一部をカフェとして、そして2階は何人かがスタジオとして、制作の場とし
て使っています。
わりと最近の公開、公開は2回目になりますが、半田市にある旧カブトビール工場跡の赤レンガの建
物、これは建物としては非常にりっぱです。
やはり、このような魅力的な建物は随分壊されてしまいました。
先程のお話にもありましたように、バブルの時、好景気に沸いているような時は、このような使いにくい
ものを使うとか、リニューアルして使えるようにするには膨大なお金がかかるため、そうであれば更地
にして新しいものを建ててしまうといった方が、機能的に便利だということでしたが、それが今の時代は、
そうじゃないのではないかという、そのようなことに対して疑問符が付いてくる。
そしてそれをどのように活かしていくのか、ということが随分と問われているのではないかと思っていま
す。
この中でも力のあるアーティストの展覧会が行われました。
それから、「えっ」と思うかもしれませんが2、3海外の例を紹介させていただきますと、リヨンというフラ
ンスの南東部にある都市で隔年で行われているリヨンビエンナーレという非常な大きな展覧会がありま
す。
街のなかの数箇所で行われているのですが、そのなかで美術館に次いでまとまって展示されている場
所に、サイロとその奥にある白っぽい建物が使われています。
名古屋港にもサイロが実はありまして、水族館の南側ですが、これは初期の計画ではなくなるというも
のだったのですが、私も参加していた活動の中で、少しといいますか半分くらい残していただきました。
このリヨンにあるサイロは工法が違うかもしれませんが、名古屋港のサイロはすごく、あれこそ貴重な
サイロだと思いますが、スライド工法という工法によって造られたものです。
今ではもう2度と建てることのできないサイロです。
リヨンにもサイロがあり、そして会場になっています。
サイロが倉庫へのアプローチになっています。
この倉庫は砂糖関係の施設だと思いますが、建物が丸いのでそのサイロが入り口のエントランスにな
っていています。
その横に切符売り場があって、サイロを通り過ぎて大きな倉庫に入っていくという形になっています。
とてもうまく利用できているなと思います。
ベネチアでも隔年で、もう100年にもなるのですが、大きな展覧会が開かれています。
その展覧会の会場の一部が、アルセナーレという造船場の跡地が使われています。
重い迫力のあるクレーンのようなものがまだ残っていたりします。展覧会の会場から疲れたりして外へ
でると、気持ちの良い水平線が広がっているという場所です。
色々な活用のパターンがあるのですが、これは比較的重厚なほうの建物で、少しおもむきが違います
けれど、これもうまく活用されている例です。
イギリスの例です。窓ガラスが割れているような写真ですが、あそこは多分使われていなかったところ
だと思いますが、その右がギャラリーとして使われています。
中に入ると、すごくうまくリニューアルしてあり、緊張感があり気持ちの良い空間となっています。
最後に一つ宣伝をさせていただきますが、最初にでてきました名古屋港の20番倉庫の事務室を使っ
てバーを開きます。
グランドオープンのお知らせをお配りさせていただきます。
今日聞き足りないことがあれば、是非お越しいただいていろいろとお話しができればと思います。
これで、話を終わらせていただきます。
どうもありがとうございました。
※なお 「artport」は、平成17年4月から「名古屋港イタリア村」として生まれかわりました(編集部
注)
もとやまきよふみ
1951 年神奈川県生まれ/京都大学大学院修了・建築学専攻/専門は都市造形論・メディア表現論/1991 年から
3年間名古屋市都市景観アドバイザーをつとめ、以後アートとデザインの立場から情報社会における街づくりにか
かわる/名古屋市今池の「リフレッシュ事業」、岩倉の「音のアート」などパブリックアートの設置にかかわる/現在
は、1999 年よりおこなわれている名古屋港ガーデンふ頭東部にある空き倉庫群を一般に開放して広く活用するア
ートプロジェクト「アートポート」で中心的な役割を果たしている/また、同地区で開催された「電子芸術国際会議2
002名古屋」の実行委員長をつとめる
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