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ポーラス ス Cd (カド ミウム) め めっき

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ポーラス ス Cd (カド ミウム) め めっき
食センターニ
ニュース
腐食
N 062
No.
2012 年 11 月
ポーラス
ス Cd (カドミウム) めっき
め
海塩環境で耐食性を備
備え、かつめ
めっき時に下
下地に吸蔵さ
される水素を
をベーキング
グ処理によって放出するた
めの poroous (多孔質) 性をめっき層に与えるめっき法である。
マルテンサイト系の下
下地鋼におい
いては引っ張
張り強さ TS で 180ksi=1241MPa、硬
硬さ HRC=4
40 を超える強
強
めっきの適用
用が望ましい
い (表 1)。Cd
d 系めっきの
の中でのこの
のめっきの位
位置づけは表
表2
度鋼にあってはこのめ
っき条件・め
めっき後のベ
ベーキング条
条件は表 3 に示される。
に
に示され、具体的めっ
表 193) 高力ス
ステンレス鋼の
の耐 SCC 性(Staanley)
耐 SCC 性 良好
注意して
て使用すれば耐
耐 SCC 性 良好
好
耐 SCC 性 不良
不
( マ ル テ ン サ イ ト )
低合金鋼
鋼(4130、4140、4340、874
40)
(焼
焼入焼戻、160
0Ksi 以下)*
鋼(4130、4140
0、4340、87400、 低合金鋼((4130、4140、4340、8740、
低合金鋼
D6AC、HY--TUF)
D
D6AC、HY-TU
UF)
(焼
焼入焼戻、160~
~180Ksi)*
(焼入
入焼戻、180Ksi 以上)*
*160ksi=1103MPa、 180ksi=1241MPaa(~HRC=40)
93) J.Stannley :13th Structtures, Structural Dynamics, and Materials
M
Confereence (AIAA/ASM
ME,SAE),San Anntonio, (Apr. 1972), AIAA Paper
No.772-385
出典 遅沢
沢浩一郎:鉄鋼材料の環境脆化
化、第 20-21 回西
西山記念技術講座
座、日本鉄鋼協会
会、p.145-152 (11973)
表2
表3
カドミウム
ムめっきの種類
類とその特徴
出典
典 田尻圭介、神
神畠尚文:材料と
と環境、49、5799 (2000)
多孔質
質カドミウムめ
めっき浴
2
* 1 A/dm
A
= 10 mA/ccm2
出典 西秋 明:実務
務表面技術-71-2、54~64 (19711)
示される。下
下地に達する
る穴孔あり、その
断面写真は写真 1 に示
高いのが特徴
徴である。
他断面でも空隙率が高
出を抑制でき
きる。
非多孔質の緻密なめっき層によって水素放出
すると、めっ
っきで表面を
を覆われた下
下地鋼
この性質を逆に利用す
一にできる。
。
内での水素濃度を均一
写真
真1
1
Cross-sectional view of porous
p
cadmium
m plate.
DAN ALT
TURA and FLO
ORIAN MANSFELD:
Corrosionn,31,6,214-218 (1975)
腐食センターニュース
No. 062
2012 年 11 月
電気 Zn めっきボルトへの水素侵入
表 1 の化学組成の鋼を 800℃でオーステナイト化して水冷、400℃で焼戻して引っ張強さ (TS) 117 kg/mm2
=1147 MPa の強度とした。この鋼を図 1 の順に処理してめっきによる水素の侵入,室温放置またはベー
キングによる放出を調べた。
表1
供試高強度鋼の化学組成(%)
C
Si
Mn
P
S
Cr
Al
B
0.19
0.17
0.81
0.020
0.005
0.71
0.058
0.0026
Acid pickling
Electrogalvanizing
Nitric acid dipping
図1
Baking 200℃×4h
Chromat
電解、ベーキングの工程
a) 8 μm めっき
昇温しつつ水素の放出速度を測った (図 2)。200℃と 350℃とに頂点をもつ二つの山型の曲線が現われて
いる。前者は低温から動けるもので diffusible (拡散性)水素〔H〕d とよばれ、めっきままでこの測定に
かけられたものの 0.23 ppm が最も多く、ベーキング (200℃‐4h) をかけた後にこの測定にかけられた
ものの 0.03 ppm が最も少ない。差の 0.20 ppm 分の水素はベーキング中に放出されたとみなされている。
めっき層を旋盤 (lathe)で除去してからこの測定にかけられたもの (「●」印)では〔H〕d は 0.13 ppm と
上記二者の中間値をとり、350℃ピークは例外的に山をなしていない。この分の水素は除去しためっき
層内に在ったものと考えられる。
記号
図2
処理方法
拡散性水素量
○
めっきまま
0.23 ppm
●
めっき後めっき層を除去して
0.13 ppm
△
ベーキングして
0.02 ppm
昇温による〔H〕d 量の測定
b) 大気中 5 ケ月放置
めっきままと、めっき後ベーキング処理したものとを大気中に 5 ケ月(3600 h) 放置した。これらを昇温
試験にかけた結果を図 3 に示す。
〔H〕d はめっきままで漸減する傾向にあるが依然として 0.09 ppm が残
存している。これに対してベーキング処理品では 0.02 ppm で a) の 0.03 ppm とほとんど等しい。結論的
に 5 ケ月放置の前後で〔H〕d の増減はほとんどないことがわかったとしている。
ところでめっきはしないで 20%HCl 中に 20 min 浸した後は〔H〕d は 0.22 ppm で a)の 0.23 ppm とほぼ等
しいが、これを大気中に 92 h 放置すると 0.03 ppm になった。4 日弱でのこの低下はめっきなし時の比較
2
腐食センターニュース No. 062
2012 年 11 月
的速い大気中への放出を物語るもので、めっき処理した b) のように初期 0.23 ppm を大気中 5 ヶ月放置
で 0.09 ppm を保つのと比較すると、めっき層が水素の大気中への放出を抑制することは明らかであると
している。
記号
図3
大気中放置時間
拡散性水素量
○
めっきまま 5 ヶ月
0.09 ppm
●
ベーキング後 5 ヶ月
0.02 ppm
昇温による〔H〕d の測定
c) めっき厚さ
a) b)でのめっき厚さは 8 μm であった。図 4 では厚さ 15 μm との比較をしている。8 μm と 15 μm とにお
いて、めっきままでは〔H〕d 0.21 と 0.26 ppm、めっき後 200℃‐4h のベーキング処理を加えたもので
は 0.03 と 0.03 ppm であった。この範囲でめっき厚さの差は認めないとしている。
記号
図4
1)
昇温による〔H〕d の測定
鈴木信一、石井伸幸、宮川敏夫:鉄と鋼、82、72-77 (1996).
3
処理方法
拡散性水素量
○
15μm めっきまま
0.26 ppm
●
8μm めっきまま
0.21 ppm
△
15μm ベーキングして
0.03 ppm
▲
8μm ベーキング
0.03 ppm
腐食センターニュース
No. 062
2012 年 11 月
焼戻温度の低下に伴う遅れ破壊強度比の低下
一般的なマルテンサイト系高強度鋼では、まず 800℃超温度でオーステナイト化をはかる―この熱処理
では表層部 (深さ 0.25 mm まで-ケース 2) の炭素濃度が増える浸炭がおこることがある (図 1)。
たとえば 816℃において、C=0.30%を与える露点は 25℃、これより低い露点 15℃ではC=0.55%、すな
わち露点の 25℃から 15℃への低下によりC濃度の 0.30 から 0.55%への増加 (浸炭) がおこる。
次の焼戻熱処理では焼戻温度を下げるほど鋼強度は高くなるが、それに伴って遅れ破壊強度比が大きく
低下することがある。
以下のケース 1~4 を紹介し、焼戻温度と遅れ破壊強度比・鋼強度との関係を図 2 にまとめた。
1
遅れ破壊強度比
0.8
a
0.6
0.4
R
0.2
C
0
200
400
600
400
600
2000
図1
吸熱形ガス (原料ガスはメタン) の露点と平衡炭素濃度
1800
第3版
Ⅵ
p.565 (1982)
1600
/
日本鉄鋼協会:鉄鋼便覧
強度 出典
b
1400
1
2
1200
3
3
4
1000
200
図2
燃戻温度と遅れ破壊強度比(a)・
鋼強度(b)との関係
4
腐食センターニュース
ケース
No. 062
2012 年 11 月
11)
TS 1200 MPa 級のボルトに適用されている SCM435 鋼 (0.37%C) の耐遅れ破壊性に及ぼす焼戻し温度の
影響を調べた。850℃-30min、油冷の焼き入れ後、350℃以上の各温度に 60 min 保持してから空冷した。
0.1NHCl を滴下する遅れ破壊試験において、400℃以下では数時間以内で破断し (図 1‐1)、350℃と 400℃
での遅れ破壊強度比は 0.2 に低下し、HRC はそれぞれ 47.5 と 45.5 (TS は 1600 と 1510 MPa) となった (図
1‐2)。破面の起点近傍には粒界破面が認められ、これは 450℃未満での低温焼戻しでは粒界強度が低下
するためとしている (図 1‐3)。
図 1‐2
図 1‐1
遅れ破壊試験結果
図 1‐3
Tempering temperature
1) 木村利光、中村貞行:遅れ破壊解明の新展開(日本鉄鋼協会)、p.115~120 (1997).
5
遅れ破壊強度比と焼戻温度との関係
腐食センターニュース
No. 062
2012 年 11 月
ケース 22)
TS 190 kg/mm2(1863 MPa)の 4340 鋼 (0.41%C) のオース
テナイト化熱処理 (815℃-1h、油冷) を無酸化で実施し
たいとの目的で浸炭・脱炭の影響を調べた (図 2‐1)。オ
ーステナイト化につづく 204℃-4h の焼戻しの後、Cd
めっき→190℃でのベーキングを経て、遅れ破壊試験に
かけた。ベーキング時間が 0、3、8 と 23h 後の負荷応力
(破断応力比) を表 2‐1 に、ベーキング時間なし (0h) で
の負荷応力-破断時間曲線を図 2‐2 に示す。
図 2‐2 によれば、露点 15℃では浸炭がおこり、影響範
囲は深さ約 0.25 mm までの表層部にわたる。浸炭・脱炭
のいずれも起こらない標準露点は 18℃であった。表 2‐
1 によると、露点 15℃の浸炭材と標準材との破断応力比
はそれぞれ 0.18 と 0.25 である。破面が旧オーステナイ
ト粒界であるのもケース 1 と同じで、単なる浸炭にとど
まらない-マルテンサイト相の破壊靭性の低下による
としている。
図 2-2
Table 2-3
図 2‐2
図 2‐1 硬さ分布に及ぼすオーステナイト化処理時の
吸熱ガスの露点の影響
オーステナイト化時の吸熱ガスの露点の違いによる
切り欠き試験片の静的疲労試験
表 2‐1 静的疲労限界に及ぼす露点の影響 (kg/mm2)
2) 岩田祐治、浅山行昭、坂本 昭:日本金属学会誌、30、169-175 (1966).
6
腐食センターニュース
No. 062
2012 年 11 月
ケース 33)
表 3‐1 に示す化学組成の高強度鋼を用いて図 3‐
表 3‐1 ボルトに使用される高強度 carburized 鋼の化学組成
1 に示す工程により製造した長さ 20 mm の M8 ボ
ルトを供試材とした。“carburizing”はオーステナイ
ト化熱処理の過程で浸炭を行うもので、その後の
“tempering” (焼き戻し) 温度を 380~440℃の間で
変えた。この結果としての表層部、中心部の硬さ
は表 3‐2 に示され、これら硬さを強度 (TS) に換
算した値は図 2 に示す。さらに 4 条件のベーキングを施したボルト 50 本を 1 セットとして締付を加え
室温に 4 日間放置する遅れ破壊試験にかけ、破断の有無を調べた結果を表 3‐3 に示した。
焼き戻し温度 400℃のボルトで測定した〔H〕d は電気 Zn めっきままでは 0.69 ppm と高いが、190℃で
ベーキングが 1、3、5h と長くなると、それぞれ 0.22、0.14、0.10 ppm へ低下した (表 3‐3)。この結果
を表 3‐3 の 400℃での結果に照合すると 0h の 0.69 ppm と 1h の 0.22 ppm との〔H〕d 下には破断する
が、3 h の 0.14 ppm と 5 h の 0.10 ppm との〔H〕d下には破断しないことになる。
図 3‐1 ボルトの製造工程
表 3‐2 焼戻し温度の違いによる carburized ボルトの硬さの変化
表 3‐3 ボルトの遅れ破壊および 400℃焼戻し材のベーキング後の〔H〕dに及ぼす焼戻し条件の影響
400℃焼戻し材の
ベーキング後
〔H〕d / ppm
0.69
0.22
0.14
0.10
3) 鈴木信一、石井伸幸、宮川敏夫:鉄と鋼、82、72-77 (1996).
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腐食センターニュース
No. 062
2012 年 11 月
ケース 44)
SCM440 鋼 (0.40%C) に表 4‐1 の熱処理を施した。焼戻し温度は 480℃である。遅れ破壊破断応力比は
0.25 をえた (図 4‐1) が前処理 15%HCl- 30 min による侵入〔H〕d は 0.34 ppm と見積られる。
Table 表 4‐1 試験材の熱処理および機械的性質
図 4-1図 4‐1 SCM440 の遅れ破壊試験結果
4) 並村祐一、長谷川豊文、勝亦正昭:遅れ破壊解明の新展開(日本鉄鋼協会)、p.134-137 (1997).
事例解析 1999
泥まじりの海水に半浸漬した 316 鋼壁水線上方気相部でのすきま腐食
実地で経験した腐食を再現した試験方法とその結果はすでに報告した 1) 。
1.経緯
JIS G 3468 316TPY 600A・厚さ 6 mm の鋼管は沈埋トンネル
内の避難用通路の床を構成するコンクリート内に埋設され
ていたが、工事開始後の半年後トンネル内に海水が浸入す
る事故があり、この配管内にも付近の土をまき込んだ海水
が流入した。2 週間後管内のドレン抜きより海水を排出し
たが一部の海水は管内に滞留した可能性があり、この状況
は上水により管内の洗浄を実施した 6 カ月後まで続いた。
本管の孔あきを意味する漏水はさらに 2 カ月後に発見され
た。平均の穿孔速度は板厚の 6 ㎜を上記の 6 カ月で除した
12mm/y とされた。
現場で撮影された写真 1 によると、配管底部 (時計針の 6
8
写真1
泥まじり海水に半浸漬した 316 鋼管底部
腐食センターニュース No. 062
2012 年 11 月
時とする) 付近に赤茶色に見える泥付着帯が長さ方向にあり、左右の 4~5 時と 7~8 時とに球形の発銹
部が点状に長さ方向に分布している―発銹部の管長方向の間隔は約 6 mm で、水線より 150~200 mm 上
方の気相部の上端付近にあることが後に確認される。
2.再現試験
再現試験に供する試験片は SUS 316 鋼の市販材料で、50×75 mm、厚さ 3 mm のショットダル仕上げを
施したものである。
図 1 に示すように被覆導線を半田付けし、半田部はシリコーン樹脂を被覆した。アルコールで脱脂後 試
験片下部より 15 mm 高さまで泥を浸漬法にて塗布した。塗布量は乾燥重量で 40~50 g/m2 である。試験
片は自然乾燥後下部より 15 mm まで試験溶液に浸漬した。試験溶液は千葉港で採水した実海水である。
以上の装置を恒温恒湿装置内に収容して試験を実施した。
関連の電気化学特性値の測定に際して用いた試験片の設置方法を図 2 に示す。自然電位ESP およびすき
ま再不動態化電位ER.CREV の測定には (a)~(d) を、孔食電位Vc’,10 の測定には (a) を用いた。
再現試験での腐食の発生状況の一例を写真 2 に示した。千葉港実海水は 25℃で雰囲気の相対湿度は 60%
である。上段の「表」、次段の「裏」はそれぞれ試験片の表、裏面を示し、下部は負荷した電位 (mV vs.
SCE)である。腐食は半球状の侵食の形からはじまり、その位置は水線 (図 1 のWL―試験片下端から 15
mm 以上) から上方の気相に面する含泥水膜部にある。
(a)
(b)
air
air
被覆銅線
60
60
試験片
10
10
付着泥
40
sea water
80
50
sea water
50
soil
10
40
10
(a)海水中に全浸漬
(c)
(b)海水+土砂環境の液相に全浸漬
air
(d)
air
水線
図1
試験片の形状と設置状況
sea water
soil
40
soil
40
10
10
(c)海水+土砂環境の液相+土砂に半浸漬
図2
sea water
(d)海水+土砂環境の液相+土砂に全浸漬
自然電位 ESP の経時変化測定、ほかに用いた試験片設置方法
9
腐食センターニュース
No. 062
2012 年 11 月
表
WL
裏
WL
-150
-100
0
-50
負荷電位
写真 2
50
100
applied potential (mV vs.SCE)
腐食の発生形態
(60% RH)
表1に示す相対湿度 (RH) の影響は RH が低いほど低電位まで発生するという依存性を示している。
付加的説明を以下に示す。
鋼管の内壁があるとする。鋼管内壁に付着物がないときここに気相部の水蒸気が液体の水になって水膜
をつくるのは RH が 100%になるときだけである。ところが管壁に NaCl が付着している場合は RH76%
以上で NaCl が潮解し NaCl 水溶液の水膜が形成される。水溶液中の NaCl 濃度は RH76% (25℃) のとき
最濃で高 RH ほど薄くなる。このことは、NaCl が飽和した水溶液と平衡する気相の RH は 76%であると
いいかえられる。
海水中に含まれるにがり成分である MgCl2 が付着している場合、RH33%以上で潮解するので、金属の腐
食により強く影響するのはこちらの MgCl2 の方である。また RH が低いほど水膜中の Cl-濃度は高いとい
う特徴があるのでステンレス鋼の発銹は低 RH 条件下ほど起こりやすい。表 1 での腐食が低 RH ほど低
電位まで発生するのは Cl-による局部腐食として共通の依存性が現れているわけである。ただし、図 4
に示した実測値は、水膜中にかなりの泥分が含まれている分、上記の単純水膜とは異なり、Cl-はより大
きく濃縮されている。
また実海水 (希釈度 1/1) にかえて希釈度を上げる (Cl-濃度を下げる) ほど発生の下限界電位は高くな
る(表 2)。
ESP の経時変化の測定結果を図 3 に示した。Vc’,10、ER.CREV のそれらを表 4 にまとめた。海水のみの a
ではESP は 0.13 V vs. SHE (-0.12 V vs. SCE) とかなり低いが、泥を加えた b、c、d では 0.47~0.53 V vs. SHE
(0.23~0.29 V vs. SCE) と高いESP が示されている。
ER.CREV は金属/ポリサルフォン樹脂‐すきまでの測定値であるが、実際腐食の発生電位 (表 1、表 2) の
下限ともかなり近いので再現試験でのER.CREV ともみなせる。
これらER.CREV の値 0.12 V vs. SHE (-0.12 V vs. SCE) は、孔食電位Vc’,10 0.67 V vs. SHE (0.43 V vs. SCE) よ
り十分低いので現場のあるいは再現された腐食はすきま腐食であるといえる。またER.CREV <ESP から
すきま腐食は起こりうるが、ESP <Vc’,10 から孔食は起こりえない、という判断からも上の結論は裏づけ
られる。
上記の「すきま」腐食の呼称について以下に説明する。
10
腐食センターニュース No. 062
2012 年 11 月
孔食を進めている局部アノードとしての食孔内には脱不動態化 pH、pHd、以下の pH の液性 (304 では
約 2、316 では約 1.5) が維持されている。これは他の局部腐食 (たとえばすきま腐食) でも同じである。
この液性の維持は内壁の溶解電流密度 ia が内表面積の幾何学的形状と相まって貯める溶出 Cr(Ⅲ)イオン
濃度(とこれの電気的中和を満たすため泳動してきた Cl-と) がつくる。上記のすきま腐食ではその閉塞
性によってより小さな ia で足りるとき、ia に対応するより低い電極電位ですきま腐食を進めうることに
なる。本件の実測において臨界電位ER.CREV は通常の値と同レベルであることが判明したのでそれもす
きま腐食と呼び、起こった場所水線より上方の気相に面する含泥水膜部をすきまということにした。従
来の「奥まって隠れた場所」「酸素が来にくい場所」といったイメージとは異なるかもしれないが、上
記の原則に十分に合致するものとみなせる。
表1
(25℃)
湿度の影響
負荷電位 ( mV vs.SCE )
-100
-50
0
湿度
(%RH)
-200
-150
45
○
×
×
×
×
×
60
○
○
×
×
×
×
70
○
○
○
×
×
×
80
○
○
○
○
○
×
○
○
○
○
○
90
○
×;腐食発生
(25℃、60% RH)
( mV vs.SCE )
負荷電位
希釈度 ( Cl-濃度)
100
○;腐食発生なし
液希釈度( Cl-イオン濃度)の影響
表2
50
-150
-100
-50
0
50
100
1/1
(12460 ppm)
○
○
×
×
×
×
1/3
(4153 ppm)
○
×
×
×
×
×
1/10
(1240 ppm)
○
○
×
×
×
×
1/25
(498 ppm)
○
○
○
×
×
×
1/50
(249 ppm)
○
○
○
○
○
×
1/100
(125 ppm)
○
○
○
○
○
○
×;腐食発生
○;腐食発生なし
Tim e, t (h )
0
100
200 300
500
1000
1500
50
E ( V vs. SHE )・
0.6
塩化物イ オン 含有率 (% )
0.8
d -1
c-1
0.4
c-2
b -2
E SP at p H = 8.2
0.2
b -1
a-2
a-1
0
気相部
液相部
30
20
10
d -2
0
-0.2
0
500
1000
Tim e, t
1500
1/2
2000
50
2500
60
70
80
90
相対湿度 ( % RH )
(h )
E SPEの経時変化
図 3自然電位
自然電位
SP の経時変化
図4
引用文献
1)
40
上杉康治 ほか 3 名:第 47 回材料と環境討論会 講演集、p.393 (2000).
11
泥中の塩化物イオン濃度におよぼす湿度の影響
腐食センターニュース
Ni–resist 鋳鉄の SCC
No. 062
2012 年 11 月
Q2000:サウジアラビアで海水-ブラインを扱う海水淡水化用立軸ポンプの吸込ベルマウス、ベーンケ
ーシング、揚水管、など、いずれも Ni-resist D2W 製、に SCC (応力腐食割れ) が出ているとの報告があ
りました。この対策として犠牲陽極は有効でしょうか? 寿命を伸ばすことは可能でしょうか。
A:ニレジスト鋳鉄は 19% Ni を含むオーステナイト系鋳鉄で、表 1 の No.1 に示す片状黒鉛タイプ (T2)
と No.2 に示す球状黒鉛タイプ (D2) とが代表的で、これらを用いた SCC 試験結果が公表されている 1)2)。
表1
化学組成と機械的性質
(HB)
ご質問の「犠牲陽極」は、表 21) の Anode Material
に相当します。
たとえば上方の 1~3 行に在る普通鋼を電気的に
ニレジスト鋳鉄に接続すれば、図 2 の下限界電位
約-600 mV より低い-707~-721 mV の電位に
ニレジスト鋳鉄のそれを持ち来たして no SCC に
できる、ということになります。下方にあるアル
ミニウム (金属顔料を含む) 塗料を塗りつけても
よいでしょう。
この他にも負荷応力の低減、鋳鉄中 Ni 量の増加、
環境液の温度低下・溶存酸素の低減が対策になる
と述べられています 1)。
Applied stress
(MPa)
Type D2
Type 2
Time to Filure
(h)
図1 SCC 破断寿命に及ぼす負荷応力の影響
(大気開放 7% NaCl 水溶液、33℃、試験片直径:12.5mm)
Potential ( mV vs.SCE )
文献 2) によると 1970 年代から海水用に広く採用
され、当初は T2 が中東地域の海水淡水化プラント
で次いで日本国内の自然海水中で破損したという。
図 11) によれば破断までの時間は同一の負荷応力
下では T2 で短く D2 でかなり長い、この特徴は実
地での経験にも合っているようだ。
図 22) は負荷電位の影響をみたもので、電位を高く
(貴に)するほど短時間で破断し、低い(卑な)電位で
は破断しなくなるような特性を示している。この
図では SCC の下限界電位は約-600 mV vs. SCE で
ある。
12
Time to Failure
(h)
図 2 SCC 破断寿命に及ぼす負荷電位の影響
(試験片直径:3mm)
腐食センターニュース
表2
No. 062
犠牲アノード材料による Type
1)
M. MIYASAKA, N. OGURE:Corrosion、43、582-588 (1987).
2)
宮坂松甫:エバラ時報、No.223、39~48 (2009).
2012 年 11 月
D2 の SCC 破断寿命の延長
1)
事例解析 2002
冷温水配管での漏洩
冷温水配管で約 10 年後に漏水がおこった。漏水した鋼管の公称肉厚 4.2 mm を 10 年で除してうる 0.42
mm/y は実機での穿孔速度とみなせる。
本件に関する調査・分析結果は添付資料として、A1:冷温水系の構成と侵食深さ-腐食速度の関係、か
ら A5:さび層断面の元素分布・性状、までを後半に配置した。
A1~A5 の要点を表 1 にまとめた。冷温水系配管は図 A1 に模式的に示すように蓄熱槽への往管 1‐1
と還管 1‐2 との一次系および、蓄熱槽から冷暖房機器への二次系配管 2 とから成る。
漏水した管 1‐1、と管 1‐2 とは同程度の損傷をうけており、これら一次系配管に比べて二次系管 2
の侵食ははるかに軽微に止まり、両者の差は内表面観察 (A2) においても明瞭である。
一次系配管損傷への具体的手がかりは A4 にてえられた。すなわち鋼管内表面からさび層を少しずつ
除去しては腐食電位と pH とを測定してゆくという方法で、結果を電位-pH 図中に記入した図 A4 をえ
た。これによれば、二次系配管 2 において、内表面ままの位置 2a では Zn めっきが残存し局部腐食はう
けている状態にあり、さび層を除去して地肌近くまで進んだ位置 2d では Zn 層が「健全な」―下地の
CS を十分に被覆して小さな欠陥があっても下地鋼を電気化学的に防食できる―状態にある。この間の
pH は 7.6 以上を維持した。
一次系管の電位は 0.06~0.07 V vs. SHE で Zn めっき層は残存しない状態にあり、pH は約 3 まで低下
した。
コンクリート模擬液中のすきまで 7 まで (第
局部腐食箇所における pH の低下データ*1 を表 2 に示す。
2 段)、3.5% NaCl 液中の割れ先端で 3.7、3.8 まで (第 5、6 段)で、大気中糸状腐食成長部先端で 1.0 まで
(第 17 段) のようにさらに低下するのは少なくかつ特殊的場合に属する。
本件の pH 低下の原因は微生物の活動に求めざるをえない、水源の霞ヶ浦取水には鉄酸化細菌 (IOB、
至適 pH 2.0~2.5) を検出した経験をもつからである。
pH 3 においては Zn の腐食速度は 2 mm/y (ハンドブック*1、p.165)、また CS のそれは 0.4 mm/y (ハンド
ブック*1、p.279) というデータがあり、最大孔食速度/平均腐食速度の比が 2.90 (管 1‐1、A‐1)という
係数をもち出すことなく、0.42mm/y という穿孔速度を説明するのに十分である。
A4 で採用されたさび層を除去しての電位・pH の測定法は川鉄テクノリサーチ㈱の栗栖孝雄氏の創意
による。
13
腐食センターニュース
No. 062
表1
添付資料
2012 年 11 月
調査・分析結果の要点
管 1‐1
分析項目
管 1‐2
管2
実機穿孔速度
mm/y
0.42
A1
回収管での実機穿孔速度
mm/y
≦0.200
≦0.254
≦0.046
A2
鋼管の内表面観察、さび層の性状
粗大凹凸
粗大凹凸
浅く均一
A3
水質
pH
8.1
8.2
ランゲリヤ指数(25℃)
-0.2
0.0
11.4
4.5
CODKMnO4
mg/L
A4
A5
鋼管内表面から地肌
へのさび層を除去し
ての電位・pH の測定
pH
電位
V vs. SHE
内表面
5.6
7.4
7.6
地肌近く
3.2
2.9
7.6
内表面
0.02
0.06
-0.32
地肌近く
-0.07
-0.04
-0.64
さび層断面の元素分布・性状
表2
空洞あり
局部腐食箇所における pH の低下
*1) (社)腐食防食協会:腐食・防食ハンドブック、丸善、(2000)、p.66
14
*1)
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No. 062
2012 年 11 月
資料 A1:冷温水系の構成と侵食深さ-腐食速度の関係
1‐2
蓄 熱 槽
加熱器など
1‐1
2
冷暖房機器
夏 10℃
冬 40‐45℃
図 A 冷温水系の構成。亜鉛めっき鋼管 1‐1 と 1‐2 とは 80A-4.2t 、同 2 は 50A-3.8t、と推定。
管厚は円周方向に 8 等分位置、管長方向に管 1-1、1-2 は 20mm ピッチ、管 2 は 50mm ピッチ、で 6
等分位置でけがいた定点にポイントマイクロメータをあてて測定した。孔食部の侵食深さは管 1‐1 と 1
‐2 では、それぞれ 41 点、管 2 では 12 点に、おいて残厚を測り公称管厚との差として算出した。結果
を表 A1 に示す。
表 A1
鋼
(1)
2
3.41
3.46
公称管厚
(b)
4.2
4.2
3.8
(b~a)
0.69
0.79
0.34
0.069
0.079
0.034
1.28
1.46
0.36
(41 点)
(41 点)
(12 点)
mm/y
0.128
0.146
0.036
最大孔食部深さ
mm
2.00
2.54
0.46
最大孔食速度
mm/y
0.200
0.254
0.046
0.18
0.15
0.14
(1.28/8.83)
(1.46/11.05)
(0.36/3.04)
0.46
0.33
0.33
1.28/2.00
1.46/2.54
0.36/0.46
1.86
1.85
1.06
平均腐食深さ
mm/y
孔食部平均深さ
(d)
mm/y
食孔深さ/口径
(d/口径)
0.42
最大?
深さ d の平均/最大
平均孔食速度/平均腐食速度
(5)
1-2
3.51
穿孔部
(4)
1-1
(a)
平均孔食速度
(3)
管
使用期間は約 10 年
平均管厚
同上/10 年
(2)
鋼管での腐食速度測定結果
最大孔食速度/平均腐食速度
2.90
3.21
1.35
(0.200/0.069)
(0.254/0.079)
(0.046/0.034)
腐食速度の測定結果 (表 A1) によると、二次系鋼管 2 の平均腐食速度 0.034 mm/y、孔食部の腐食速度―
平均 0.036、最大 0.046 mm/y―はともに低い。しかし一次系往管 1‐1 と還管 1‐2 とで実測できた最大
孔食速度はそれぞれ 0.200 と 0.254 mm/y で、実機での穿孔速度の約 1/2 にとどまる。これら一次系鋼管
での腐食速度は、国内各地で調べられた溶融亜鉛めっき鋼管の腐食速度 0.12~0.14 mm/y1) の約 2 倍、穿
孔部のそれ 0.42 mm/y は 3 倍以上と高い。
1)
藤井哲雄、小玉俊明、馬場晴雄:防食技術、30、627(1981)
15
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No. 062
2012 年 11 月
資料 A2:鋼管内表面の観察
一次側鋼管 1‐1 (写真 A2‐1)・1‐2 (写真 A2‐2) の内面は厚い凹凸のある茶褐色のさびで覆われて
いる。二次側鋼管 2 (写真 A2‐3) の内面は薄い均一なさびで覆われ、ただしねじ部管内には大きなさび
こぶが見られた (写真 A2‐4)。
写真
A2‐1 (一次側
1‐1)
写真
A2‐2 (一次側
1‐2)
写真
A2‐3 (ニ次側
2)
写真
A2‐4 (ニ次側
2)
鋼管 1‐1・1‐2 の管断面の地鉄の腐食状況は不均等凹凸状であり、閉塞的な局部腐食は見られなかっ
た。鋼管 2 のそれは管断面全周にわたって凹凸はほとんどなく、さび層下の侵食は浅く均一的であった。
鋼管 1‐1・1‐2 の管内面全体および鋼管 2 の最大腐食部内面では溶融亜鉛めっき層は消失していた
が、鋼管 2 内面のほとんどの部位には溶融亜鉛めっきのうち Γ 層は残存している(写真 A2‐5)。
写真
A2‐5
(二次側
16
2)
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No. 062
2012 年 11 月
資料 A3:水質
水質分析結果を表 A3‐1 に、ランゲリア指数の対温度関係を図 A3‐1 に示した。取水源の霞ヶ浦取
水、都水の一例も併せ示した。
pH (8.1~8.2)、M アルカリ(46~54) は亜鉛めっきにとって腐食速度を低く保つによい条件である 3)。
ランゲリア指数は全般に二次系が高く、とくに暖房温度 40~45℃においては二次系での+0.30~0.35
は一次系 (鋼管 1-1) での+0.10~0.15 より高く、事実として鋼管 2 では地鉄に接して CaCO3 の析出が観
察されている。
本事例の水質 (表 A3‐1) のうち一次系鋼管の腐食速度を高くするおそれのある項目は、SiO2 8.85
mg/L と CODKMnO 11.4 mg/L であろう。これをスプリンクラー配管の漏水事例 4)での水質 (表 A3‐2)でみ
ると、
4
・全珪酸が 11 mg/L で、補給水 (17 mg/L) より低下していること、
・過マンガンカリウム消費量が 59 mg/L とかなり高いこと、
が注目され、CODKMnO の増大の一因を微生物の活動と推量している。
4
表 A3‐1
水質分析結果(1-1,2)*1
(特に述べない場合の単位は mg/L)
一次系往管
1-1
蓄熱槽
二次系管
2
霞ヶ浦取水
12.10.’97
都水
朝霞浄水場
pH
8.1
8.0
8.2
7.87
7.1
導電率(ms/m)
分析項目
31.6
-
-
41
24.8
Ca 硬度
54
56
56
60
57.3
アルカリ度
46
55
54
60
37.5
蒸発残留物
2.0
8.4
3.2
SiO2
8.85
-
-0.2
0.0
0.0
-0.46
0.021
*2
ランゲリヤ指数 25℃
全鉄
(-)
170
67*3
18
<0.1
-
-
硫化物
1.3
-
-
Cl-
45.1
43.6
44.6
57
23.9
NO3-
1.6
-
-
3.1
2.3
SO42-
29.6
30.5
27.7
35
31
Na
+
NH4+
K
+
25.7
-
-
39
14
<0.1
-
-
ND
0
5.1
-
-
6.7
Mg
6.8
-
-
7.2
Ca2+
21.8
22.5
22.5
23
97
2+
HCO
3-
CODKMnO4
*1
56
-
66
11.4
2.9
4.5
9 月下旬冷房を停止したのち、蓄熱槽の清掃にともない同槽内の水(全系の 1/2 の水量)を排水し、
その分の水量を新たに取水して、11 月下旬に暖房運転を開始後の 12 月上旬に分析
60(SiO2 分子量)
*2
SiO2:8.85mg/L は水中全 Si 4.13 mg/L ×
*3
理科年表、地 25(605)、2002 年、によれば霞ヶ浦 13.8 mg/L
28(Si 原子量)
17
として算出。
腐食センターニュース
No. 062
2012 年 11 月
冷房温度
暖房温度
2
0.5
1-1
ランゲリア指数
蓄熱層
0
-0.5
0
10
20
図 A3‐1
表 A3‐2
30
40
温度 (℃ )
60
ランゲリア指数の温度との関係
ランゲリア指数の温度との関係
スプリンクラー配管内滞留水、補給水および印西市水の水質分析結果
分析項目
補給水(原水)
管内滞留水
印西市水(千葉県)
123
<1
濁度
度
<1
色度
度
<2
15
<2
7.2
8.5
7.0
pH
3)
4)
50
電気伝導度
μS/cm
770
682
279
Mアルカリ度
mg/L
300
280
43
カルシウム硬度
mg/L
228
10
57
全硬度
mg/L
394
32
81
塩化物イオン
mg/L
47.3
37.7
25.8
硫酸イオン
mg/L
45.1
36.3
47.2
アンモニウムイオン
mg/L
0.01
1.71
0.02
亜硝酸イオン
mg/L
<0.01
0.12
<0.01
硝酸イオン
mg/L
29.2
0.62
13.1
溶解性蒸発残留物
mg/L
508
491
199
蒸発残留物
mg/L
535
688
204
溶性珪酸
mg/L
17
6
21
全珪酸
mg/L
17
11
21
過マンガン酸カリウム消費量
mg/L
2
59
2
全鉄
mg/L
<0.1
53.3
<0.1
亜鉛
mg/L
0.05
22.7
<0.05
銅
mg/L
<0.05
<0.05
<0.05
マンガン
mg/L
<0.01
0.21
<0.01
クロム
mg/L
<0.05
<0.05
<0.05
飽和指数(25℃)
mg/L
+0.2
+0.1
-1.4
小玉俊明、藤井哲雄、馬場晴雄:防食技術、29、551(1980).
山手利博:材料と環境 2002 講演集、p.225(2002).
18
腐食センターニュース
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2012 年 11 月
資料 A4:腐食電位と pH
さびをテフロン製のスパチュラで削りながら管内表面微小部の自然電極電位および pH を測定した。
自然電極電位は 0.01NKCl の液滴と塩橋を使
表 A4 腐食電位・pH 測定結果
管内面
い、飽和カロメル電極を照合電極として北斗
自然腐食電位
pH
電工 POTENTIOSTAT/GALVANOSTAT HA‐
測定部位
(V vs.SHE)
151 によって測定した。pH は純水 (pH6.20)
2
2
1‐1
1‐2
1‐1
1‐2
の液滴を用い微小部 pH メータ (TOA pH
さび表面
-0.13
-0.18
-0.51
5.65
7.4
7.6
METER HM-30G (センサー GST-5726S))
浅く除錆
-0.27
―
―
4.12
3.6
8.28
によって測定した。
深く除錆
-0.31
-0.33
-0.89
3.26
2.63
8.14
その結果を表 A4 に示す。
5
地肌
―
―
同水系で過去に 2.9×10 cells/mL の IOB (鉄酸
-0.41
-0.38
-0.88
7.64
化細菌、至適 pH 2.0~2.5) を検出しており 5)、
白錆
―
―
―
-0.78
-0.78
―
この IOB の増殖が上記の pH 低下をもたらし
赤錆
―
―
―
―
―
-0.80
た可能性が高い。
赤錆削錆
―
―
―
―
―
-0.92
管内面での電位・pH 測定結果を Fe・Zn-
Zn 光沢面
―
―
―
―
-0.93
-0.93
H2O 系電位-pH 図に記入した (図 A4)。
一次系の往管 1‐1・還管 1‐2 ではさび内面 (a) から浅く除錆 (b)、深く除錆 (c)、になるにつれ pH
が約 3 まで低下している。中性水中の CS においてこのような pH 低下は一般には認められず、微生物
の活動に原因を求めざるをえない。
これに対して二次系鋼管 2 では内面 (a) から
深く除錆 (c)・地肌 (d)まで pH は約 7.6 と変わ
らない、
しかし電位は-0.32 V vs. SHE (a)と-0.65 V
(c,d)で明瞭な差がある。この (c)・(d)は、藤井ら
1)
によると、
「健全な」Zn 層が示す電位域-0.725
~-0.56 V vs. SHE に属し、(a) は Zn 層は残存
するが局部腐食を起こしている電位域-0.39~
-0.24 V vs. SHE に属する。
同じ図中には Zn の電位が CS のそれより貴に
なる電位逆転を起こしている事例の値、Y‐1、
Y‐2 と Y‐34)および T‐2 と T‐36)、を併せ示
した。同じ文献 1) によると、-0.39 V は炭素鋼
が水道水中で示す腐食初期の電位に等しく、こ
れより貴電位で電位逆転が始まると推測してい
る。電位逆転を示した Zn の電位 Y‐2 と T‐2
はこの推測に合っており、Y‐3 と T‐3 は CS
の電位、ただし Y‐1 はより高くまで貴化した
Zn の電位である。
ここで二次側鋼管の内面の電位 2a が Y‐2・T
‐2 と同レベルの電位を示すことから電位逆転
の傾向があるともみなしうる。
管外面
5)
6)
辻川茂男:災害の研究、32、243(2001).
辻川茂男、佐々木英次:第 50 回材料と環境討論会講演集、
p.279(2003).
19
a
b
c
d
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No. 062
2012 年 11 月
A5:さび層断面の元素分布・性状
鋼管 1-1 と鋼管 2 において、管内面さびこぶ表面および地鉄固着さび近傍の位置で、エネルギー分
散型 X 線装置 (EXD,JEOL,JED-2140) により組成元素のカラーマッピングを行った。
写真 A5-1 (鋼管 1-1 の 1)
左上の SE1 には 1000~2000 μm 厚さのさび層が見える。全体の組成は Fe と O とから成り、さび層内に
Cl (左下部)・S (右上部) の薄い集積がある。Zn と Si とはさび層の上端部に集まっている。中央部から
右方・下方へかけて空洞のようなものがある。
写真 A5-2 (鋼管 1-1 の 2)
地鉄近くの約 600 μm 厚のさび層をみたもので、地鉄に接して Zn と Si (左下方の一部) の集積があり、
さび中央部は Fe、O と S とで構成されている。
写真 A5-3 (鋼管 1-1 の 2)
さび層の厚さは 100 μm 弱。地鉄に接して Zn の集積が強く、ここではめっき Zn が残存しているのであ
ろう。これに接して Cl、O、S がさび層を構成し、Fe はごく少ない。さび層の上方に斑点状に Zn-Si の
集積がある。
写真 A5-1
さび層組成元素の EDX カラーマッピング
冷温水 一次側 往路 1-1-1
20
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2012 年 11 月
写真 A5-2
さび層組成元素の EDX カラーマッピング
冷温水 一次側 往路 1-1-2
写真 A5-3
さび層組成元素の EDX カラーマッピング
冷温水 ニ次側 2-1
21
腐食センターニュース No. 062
錯形成反応の電気化学反応への影響
2012 年 11 月
Q2008:Cu + NaCl より Cu + NH4Cl のほうが Cu (銅) が腐食しやすいのはなぜか。
A:銅はアンモニアが存在すると空気中で酸化され、この酸化は第二銅錯イオン Cu (NH3)m2+ が生成さ
れる限り進行する 1)。Cu+ の不均一化反応も含めて腐食反応は (弱酸性域の) 以下の式 (1) で表すと、
その平衡電位は (2) である。
(1)
Cu ⇆ Cu2+ + 2e
(2)
Eeq = E0 + 0.0295log a Cu2+ = Eɵ + 0.0295log CCu2+
(標準電極電位)
ここに E0 = 0.337 V vs. SHE
ɵ
E = E0 + 0.0295log yCu2+ (式量電極電位)
CCu2+ (=a Cu2+/yCu2+)について C∞Cu2+ は沖合い溶液中、C0Cu2+は Cu 金属表面に接する液中、の
濃度であるが、平衡時は相等しい。
図1は分極曲線による説明で、右上がりの直線は (1) 式の右方向反応 (アノード分極曲線)、右下がりの
直線群は (1) 式の左方向反応 (カソード分極曲線)である。錯形成により Cu2+濃度が C0ox,1 → C0ox,2 のよ
うに減少するとカソード分極曲線は左下方に移動し平衡電位は E1eq → E2eq のように低下する。Eapp は Cu
を水溶液に浸しただけで液中溶存酸素濃度に応じて負荷される電位で、過電圧 η=Eapp – Eeq は 1→ 2 ほど
大きい 2)。
( A)
EΘ
( C)
Eap p
E1 eq
η
E2 eq
C0 ox,1
( C)
= 1(m ol/L)
( C)
C0 ox,1
C0ox,2
i 2o
i1o
i co rr
i
Θ
図 1(A)アノード・(C)カソード 分極曲線、錯体形成により C0ox の低減/η の増大を図る
Cu の自然浸漬電位 (Eapp) はたとえば 88 mV vs. sat. KCl-Ag/AgCl (0.284 V vs. SHE)である。また、活量
係数 yCu2+ = 1 を仮定すると、(2)式の平衡電位 Eeq は、Cu2+(mol/L):10-6,10-4,10-2 のとき、それぞれ 0.160, 0.219,
0.278 V vs. SHE である。卑な平衡電位ほど溶出 Cu2+ の水酸化物化を抑制し、絶えない錯体化は Cu2+ 濃
度の増加を防いで腐食速度を維持すると期待できる。
上記の錯体形成は電気めっき分野で積極的に応用されてきた 3)4)。電析核の発生密度は exp η に、発生後
の成長速度は η に、比例するという特性によって、微細で緻密なめっき組織をうるのに大きな過電圧 η
は欠かせないからである。
1)
G.シャルロー著、曽根興三・田中元治 訳:定性分析化学
2)
腐食防食協会編:金属の腐食・防食 Q&A、電気化学入門編、丸善、p.232、249(2002).
3)
春山志郎:「電気化学」
、丸善、p.70(2001).
4)
ref 2)、p.211.
(共立化学全書 513)、共立出版、p.305(1963).
22
腐食センターニュース
42 合金のすきま腐食
No. 062
2012 年 11 月
Q2008:42 合金のシート材をつかって製品に組み立てている。材料の受入れ試験において一枚板を浸漬
するのであれば受入メーカによらず腐食が見られないのが、二枚合わせて浸漬すると合わせ面に腐食が
見られることがあり、メーカ間の違いが出ているようです。この限られた情報だけで受入試験の改良や
腐食対策につながる提案を頂けないでしょうか。
A:42 合金 (42%Ni、残り Fe) 1) だけでなく、純ニッケル 2)3) も、ステンレス (316 鋼 2) )と同様のすきま
腐食をおこすことが報告されています。これらの報告では、42 合金より 50 合金、さらには 1% Cu 添加
材、2% Cu 添加材がすきま腐食を起こしにくいこと、またインヒビタ (腐食抑制剤) の液中への添加が
大きな効果を発揮すること (表 1 2) ) を明らかにしています。
表 1 の Er は通常は ER.CREV と書くすきま腐食再不動態化電位で発生の臨界電位とも一致する電気化学
的特性値で、その測定法は JIS G 0592 に規格化されています。これら特性値の使い方は、たとえばセン
ターニュース No.060, p.21 を見て下さい。
表1
ニッケルの再不動態化電位Er に及ぼすインヒビタの影響 2)
インヒビタ
Er (V vs.Ag/AgCl)
なし
NaNO2
Na2WO4
Na2MoO4
Na2CrO4
Na2HPO4
Na2B4O7
-0.301
-0.170
-0.177
-0.181
-0.185
-0.265
-0.290
[Cl-]=10-2 (mol/L)、[インヒビタ]=10-3 (mol/L)、60℃
1)小林史郎、ほか 4 名:塩化ナトリウム水溶液中における Fe-Ni 系合金の隙間腐食挙動、腐食防食‘90 講演集、p.289 (1990).
2)小林史郎、ほか 3 名:塩化物水溶液中における ニッケル-鉄系材料のすきま腐食挙動、第 36 回腐食防食討論会予稿集、p.505 (1989).
3)伊藤和利、ほか 3 名:塩化物水溶液中におけるニッケルの隙間腐食挙動、腐食防食‘90 講演集、p.233 (1990).
めっきのピンホール
Q2010:わが社で作っているニッケルめっき品について、めっき厚さとピンホール数との関係を取引先
より聞かれました。
A:めっき素地が鋼 (普通鋼)であればフェロキシル試験 1) が使えます。この方法は JIS 8617 「ニッケル
めっき及びニッケル-クロムめっき」の附属書 3 (規定)「フェロキシル試験方法」に規定されています。こ
の試験は、試験液をしみこませたろ紙をめっき面 (面積 10 cm2 以上) にはり付け、5 分後にはがしたろ
紙に現れた鉄錯イオンの青色はん点を調べるものです。
試験液はフェロシアン化カリウム 10 g、フェリシアン化カリウム 10 g と塩化ナトリウム 60 g を順次溶
解させた後、全量を純水で 1000 ml として作ります。
フェロシアン化イオンは Fe3+ (第二鉄イオン) と反応して
(濃青色)
FeⅡ(CN)64- + Fe3+ → FeⅢ〔FeⅡ(CN)6〕同様にフェリシアン化イオンは Fe2+ (第一鉄イオン) と反応して
(青色)
FeⅢ(CN)63- + Fe2+ → FeⅡ〔FeⅢ(CN)6〕同様の沈殿をつくる 2)。すなわち、鋼素地の腐食生成物である Fe2+、Fe3+のいずれをも青色の沈殿とし
て検出します。
23
腐食センターニュース No. 062
図 1 において、ピンホール部は
Fe
→
Fe2+
+ 2e-
2012 年 11 月
(A)
という酸化反応が進むアノード (A) になり、ろ紙に接するニッケルめっき表面は
0.5O2 + 2H+
+ 2e-
→
H2O (C)
という酸素 O2 の還元反応が進むカソード (C) になる。
ろ紙にしみ込んだ NaCl 水溶液はかなり高い導電率をもつので全めっき表面 (10cm2 以上) で反応 (C)
が進み、(A) の放出する電子 2e-が過不足なく (そっくり) 反応 (C) に使われるので、それぞれの反応量
は相等しい、
iA・SA = iC・SC、
→
iA = (SC/SA)・iC
という関係におちつきます。すなわち iC が小さくとも SC/SA の比に応じて 100 倍、1000 倍の iA ができる
ことになります。このようなケースは 小面積アノード/大面積カソードの組合せとして危険な防食に分
類されます。試験時間の 5 分が決して短かすぎないわけの一つがここにあります。
全体の反応量が iC SC であるからピンホールが数ケでもふきでる青色腐食生成物量は少なくなく、ピンホ
ールが多すぎても生成物の総量は変わらない。
評価は青色はん点数によるのがよいことになります。
ピンホールのでき方と厚さとの関係の一例を図 2 に示した。素地からめっき表面まで貫いてできるピン
ホール (open pore) は塗装では重ね塗りに分けることで減らせるとされている。めっきが薄いとピンホ
ール数が増えることは金めっきにおいてもよく知られている。取引先が気にされるめっき厚さとの関係
も自社データとしてよく把握しておくことは大切です。
カソード(C)
ろ紙
Ni
Fe
図1
アノード
(A)
アノード反応量 iA・SA = カソード反応量 iC・SCi:
電流密度、S: 面積
一回塗り
図2
二回塗り
塗装における塗り回数による open pore の
でき方のちがい
1)(社)表面技術協会:表面技術便覧、日刊工業新聞社、p.450 (1998).
2)曽根興三、田中元治 共訳:シャルロー著 定性分析化学Ⅱ、共立出版、p.251 (1963)
24
腐食センターニュース
事例解析 2011
No. 062
2012 年 11 月
永年の実績―突然の不具合
特定の用途において 316 鋼に接する水溶液がある。この液は多くのメーカーにより製造され 永年腐
食損傷を 316 鋼に与えることなく使用されてきた。
ところが最近になっていくつかのメーカーによる製品が 316 鋼のすきま腐食を起こす事例が発見され
た。
1.ER.CREV の Cl- 濃度依存性
すきま腐食臨界電位ER.CREV の Cl-濃度依存性を図 1 に示す。事例液 R1 (Cl-濃度 1.2 mass%)と R2 (同 0.48
mass%)の 25℃液中の 316 鋼のナット/ナット-すきまのER.CREV はそれぞれ 0.053V vs. SHE と 0.060V vs.
SHE である。また、NaCl 液中で測定された 316 鋼のER.CREV の文献値 (△25℃、▲80℃) を併せて記入
した。1.8% Cl-において文献値のばらつきがやや大きいが、これにはすきまの幾何学的寸法のちがいも
含んでいる。文献値の 80℃データは 1.8×10-2~1.8% Cl-というやや広い範囲で測られているが、その Cl濃度依存性はむしろ小さい。本件での R1、R2 液は文献値の NaCl 液と同じではないが、同等の値を示
しているものとみなせる。
1.5
T
: 文献値、 80℃
316 鋼ER.CREV(対 Cl-濃度)の
測定値(R1、R2)と文献値との比較
: 文献値、 25℃
ESP = 0.308V (pH 7.2)
0.3
0.2
R.CREV
図1
/ V vs. SHE
0.4
0.1
R2
0.0
R1
-0.1
-0.2
0.01
0.10
1.00
10.00
[Cl ] / %
-
これらとは異なり、永年問題なく使用されてきた液 T (Cl-濃度 0.13 mass%) 中では電位を 1.5V vs. SHE
まで上げてもすきま腐食は発生しなかった、この意味で T 液中でのER.CREV は 1.5V 超という結論になる。
2.ER.CREV とESP との比較によるすきま腐食発生有無の判定
ER.CREV と比較してすきま腐食の発生有・無を判定するために必要なのは不動態化鋼の自然電位ESP
である。それぞれの液中に浸漬して 10 日間経過後のESP は、R1、R2 と T で それぞれ 0.132、0.069 と
0.055 V vs.SHE であったが、より長期間後に達成される値ESP∞ = 0.733-0.059pH の pH 7.2 での値 0.308 V
vs. SHE を採用する。このためESP 値は R1 と R2 とのいずれの液中でのER.CREV より高いので両液中で
316 鋼はすきま腐食を避けえない。ただし液 T 中ではER.CREV (>1.5V) はESP よりはるかに高いのです
きま腐食は起こらないとの結論は変わらない。
以上をまとめると、液 R1、R2 中ですきま腐食はおこるという結論は図 1 の Cl- 依存性によって十分
理解できるが、液 T 中でのER.CREV の異常な高さは説明できないということである。
25
腐食センターニュース No. 062
2012 年 11 月
3.その他のアニオンの効果
本用途の液 R1, R2, T には SO42-が含まれるとの情報をえたのでその分析を実施した結果は、それぞれ
0.30 (0.03)、0.08 (0.01)、1.1 (0.11) mass% (mM) であり、
〔SO42-〕/〔Cl-〕のモル比はそれぞれ 0.09, 0.06, 3.1
である (図 2)。新たなすきま腐食の発生は Cl- に対してモル比 1 以上の SO42- 1)を加えることにより抑制
される (図 3)ことが知られており、液 T の永い実績はこれによるものとみなせる。
1.00
100
Cre v ice Co rr. Re g io n fo r Fla t h e a ld , 5 7 0 m V v s. SH E, 3 0 ℃
1
1
:局部腐食なし
:すきま腐食発生
10
[ SO4 2- ] / m M
[ SO4 2- ] / m M
T
0.10
すきま腐食発生せず
R1
R2
0 .1
0 .0 1
すきま腐食発生
0.01
1
0 .0 0 1
0.01
0.10
1.00
[ Cl - ] / m M
Cl-- ]‐モル比の対1大小による
図 2 [ SO42-[ SO] 4/2- ][/ [Cl
] モル比の対1大小による
すきま腐食の発生の有無の解釈
すきま腐食の発生の有無の解釈
1
0 .1
水道水領域
10
[ Cl - ] / m M
2図
3 溶液中の[
] / [ Cl- ]組成とすきま腐食
溶液中の
[ SO 4 2 - ] / SO
[ Cl -4] 組成とすきま腐食発生有無との関係
発生有無との関係(13Cr 鋼)
1)中津美智代、辻川茂男:第 54 回材料と環境討論会講演集、p.215 (2007).
オゾンによる Cl-の ClO3― への酸化?
Q2012:オゾンの注入により、Cl-濃度が 60 mg/L から 2 mg/L に減少し、ClO3-濃度が 0 から 160 mg/L に
増加し、pHは 5 から 3 へと低下した。このような現象は事実としてよろしいでしょうか。
A
であるから(4)、(5)式はいずれもが成り立つとしてよい。すなわち平衡論的にはオゾンによって Cl-を
ClO3-または ClO4-へ酸化することができる。
58 mg/L (1.64 mmol/L) の Cl-が 160 mg/L の ClO3- (式量 83.45 g/mol) または ClO4- (式量 99.45 g/mol)
26
腐食センターニュース No. 062
2012 年 11 月
に酸化されたときそれぞれのモル数は 1.92 または 1.61 であるから,約 1.6 mmol/L の Cl-が約 1.6 mmol/L
の ClO4-に酸化されたとするほうが明解にみえる。
工業的食塩電解では隔膜で仕切られた酸性のアノード室側で Cl2 がえられるが、中性またはアルカリ
性の液中の電解では Cl2 はえられず、ClO-、Cl2O、ClO3-または ClO4-がえられる 1)。
ClO3-がえられるのは、50℃のアルカリ性灰汁上での Cl2 の作用によって、あるいは約 50℃の Cl-溶液
中での電解によってである 1)。
ClO4-は ClO3-を経てえられるが 350℃という高温を要する、また電解によるときは高濃度 ClO3-、低
温、高電流密度などのそれなりの条件を要する。
HClO3、HClO4 は強酸で溶液中では ClO3-、ClO4-の形でのみ存在する。これらイオンは安定であって、
非常に強い酸液中を除いて酸化性能をもたない 1)。
当該の実験は数カ月の期間実施された可能性があり、オゾン注入のほか、ステンレス・チタンなどの
電極を入れてポテンショスタットによる電位負荷も加えられている。進行が遅いとされている ClO3-、
ClO4-の過程も含めて Cl- → ClO4- までの反応が実際に起こったのかもしれない。
1)M.Pourbaix
: Atlas of Electrochemical Equilibria in Aqueous Solutions, NACE, Cebelcor, p.590 (1974)
Aerial Oxidation (Rusting) ― 1911 1)
20 世紀はじめの腐食分野で すでにこんな仮説が論争にあがっていた。炭酸・過酸化水素がそれぞれ鉄
の腐食に必要である,純水中での鉄は水素イオンと置換されて溶出してはじめて発錆がおこる、
・・・。
これらを実験事実によって反駁するのに「inhibitor」が使われた。
鉄の不動態化を験すのに次の三つの方法が採られた。実験結果を表 11)に示す。
(1) 比重 1.2 の HNO3 水溶液*。(active な) 鉄はこの液に泡を立てながら溶け褐色になる。(passive に不動
態化した) 鉄はそうは溶けず輝く表面を保って数秒から数時間の間耐える。
(2) 0.5% CuSO4 水溶液。(active な) 鉄上には Cu の皮膜が析出する。不動態化した鉄上には Cu 皮膜は析
出せず輝く表面を時間オーダの間保つ。
(3) 大気開放の蒸留水。(active な) 鉄は通例 8~10 分で錆色を発現しはじめる。不動態化鉄は 1~2 時間
輝く表面を保つこともあるが その後はかなり局所的に発錆が進む。最も均一な形態は (1) の HNO3
中でエッチングしたものでえられる。
*化学便覧によれば比重 1.2 の HNO3 水溶液 HNO3 濃度は 32.36% 。炭素鋼は 40%以上の HNO3 水溶液中で
不動態化する 2)。
1)
W.R.DUSTAN,J.R.HILL:J.Chem.Soc.,99,1835~1866 (1911).
2)
(社)腐食防食協会:金属の腐食防食 Q & A、電気化学入門編.丸善、p.26 (2002).
27
腐食センターニュース
No. 062
表1
溶液(S)
Chromium(Ⅲ) oxide
Cr2O3
濃度
(%)
2012 年 11 月
Inhibitor 溶液による前処理の効果
(1)HNO3 (比重1.2)
*2
5 d ~18
0.01 -1
h
1
Potassium dichromate
K2Cr2O7
Potassium chromate
K2CrO4
(2)0.5% CuSO4
(3)蒸留水
判定
結果*1
結果*3
*2
結果*3
*2
結果*3
*4
P
5 d ~18 h
P
5 d ~18 h
P
I
P/sv- h
0.5 d
P/ 5h
1d
P/ 1 ~2 h
1
sv- d
P/sv- h
2d
P/ 12 min
1d
P/ 1.5 h
I
1
sv- d
P/1 min
sv- d
P/ 5h
1d
P/ 1 h
I
A
A
Potassium chlorate
1
R
KClO3
4
no-R
2d
P
2d
P
2d
A
I
1
no-R
1d
P
2d
P/ 5 min
1d
P/ 4 h
P
1
no-R
1 ~ 2d
P
1 ~ 2d
P/ 3 min
1 ~ 2d
P/ 50 min
I
0.5
no-R/ sv- w
P/sv- h
I
1
no-R
P
I
1
no-R
2h
P
I
12h
P
Potassium bromate
KBrO3
Potassium iodate
KIO3
Potassium permanganate
KMnO4
Sodium arsenate
Na3AsO4
Hydrogen peroxide
H2O2
Potassium hydroxide
KOH
Sodium carbonate
Na2CO3
0.13
1
Potassium carbonate
K2CO3
Borax
1
*5
0.14
1
A
4
month
18h
4
month
0.5 d
A
12h
P/ 5h
1 ~ 2d
P/ 0.5 ~ 1 h
P
P
I
18h
P/ 5h
3d
P/ 30 min
P
P/ 1 min
I
I
I
2d
P/ 5 min
3d
P/ 1.5 h
I
*1 R:発錆、no-R:発錆せず
*2 (S)中での前処理時間、sv-:数-、d:日、h:時、min:分、s:秒
*3 P:不動態化 、A:不動態化せず、P/ の後の時間は P を保つ時間。
*4 I: inhibitor 、P:不動態化 、A:不動態化せず
*5 ほう砂、理想的組成は NaB4O7
Al 腐食のインヒビター*)
Al が広く使われている理由の一つはその耐食性にある。その腐食生成物の性質と無色性(鉄のように
赤錆びない)も重要である。このすぐれた耐性は 淡水・中性および多くの酸性溶液でできる表面酸化
物の安定性に由来する。しかしながら、すべての普通金属と同様、Al と腐食との出合いには 溶液環
境によって緩急の開きがある。それゆえ、抑制剤による防食作用をどの方向に展開するかは興味深い。
この論文では Al の抑制剤について公刊された情報を展望し、また筆者の試験データで補完する。すで
に二つの総説が Rohrig (42)と Lichtenberg (27) によって出されている。
局所における腐食を増強しない “safe” な抑制剤と増強する “dangerous” な抑制剤とに分級する考え
は、はじめ Evans (19) によって提案され、ここでもひき継いでゆく。
*) 出典: G.G.Eldredge and R.B.Mears: Inhibition of Corrosion of Aluminum, IND.ENG.CHEM.,37,736~741 (1945)
28
腐食センターニュース No. 062
2012 年 11 月
酸性溶液
酸性溶液による Al 腐食の抑制剤についてはかなり多くの公刊情報がある。効率の高い抑制剤が知ら
れている酸性溶液もあるが、それらの抑制剤の市販品はほとんどない。Al はほとんどの有機酸、濃厚 (約
70 %) 硝酸、およびある種の無機酸に対して高い耐食性をもっている。そのような製品の扱いには Al
製容器類が広く使われ、腐食抑制剤は必要なく使われてもいない。
塩酸、硫酸およびりん酸中における抑制剤の挙動は、鋼と Al とで異なっている。鋼ではこれら 3 種
類の酸においては一般に同じ抑制剤が共通して有効である。ところが、Al では酸溶液が異なると異なっ
た挙動を示す抑制剤が少なくない。
酸性溶液中の Al 腐食の抑制メカニズムは鋼ほどには調べられていない。少なくも低濃度酸性溶液中
の Al 腐食は電気化学的現象であると一般に想われているが確証されているわけではない。もしこれが
正しいとすると、抑制剤は次の効果の一つまたはすべてに帰結しよう:(a) 局所アノードと局所カソー
ド間の回路電位差を小さくする、(b) 酸性溶液の電気抵抗を大きくする、あるいは (c) 局所アノード、
局所カソード、あるいは両者の分極を大きくする。
Al 以外の金属の酸性溶液中での抑制剤作用について 多くの公開議論が支持しているのは、抑制剤の
分子またはイオンがカソードに付着してカソード防食を強化するというものである(10、33、38)。この
主張を支持する実験データが説得性を欠くのは局所アノード・カソードの電極電位および両者間の電流
を実際に測る上での技術的困難にある。
Jenckel と Woltmann (22) は外部電源から電流を流したときの Al 腐食の抑制を調べて、抑制剤はカソ
ードの分極を大きくすることを見出した。
酸腐食の抑制調査では 抑制が単なる酸の中和による場合を区別する必要がある。この理由から酸の
量に対比しての抑制剤量を求める試験は重視しないことにした。
塩酸溶液:
これらは室温以上で Al に対して腐食性が
強く、多数の研究がある。Table I は Al 腐食
の抑制剤として少なくともこれまでの研究
者によりいくつかの条件下で有効性が見出
された化学品のリストである。
我々も Table I にあげられている多くの抑制
剤と追加した物質の挙動を調べた。低濃度塩
酸溶液中で最も有効だった抑制剤は soluble
oil、ぬれ性向上剤、およびアミンと他の窒素
化合物であった。クロメート類は塩酸溶液中
ですぐれた抑制剤であるという結果は一切
見い出していない。
一般には、酸中での鋼に有効な抑制剤は
塩酸中の Al に対しても同様に有効とみなさ
れているようだ。しかしこの類似性は塩酸以
外の酸中の Al には大部分は当てはまらない。
Table I Al の塩酸中の腐食の抑制剤として効果があった化学品
化学品
29
備考
文献
腐食センターニュース No. 062
2012 年 11 月
りん酸溶液:
りん酸は Al 製品の洗浄またはエッチング剤としてある程度使われている。低濃度溶液は室温の Al を
ゆっくり均一に溶解させる作用をもっている。りん酸中の抑制剤についての公開情報が塩酸中のそれよ
り少ないのは りん酸の作用が遅いこと、この酸中ではクロメート類がすぐれた有効性をもっているこ
と、によるのであろう。
我々の試験では、濃度約 40‐60%の酸中で 1%Cr2O3 は非常に有効である。しかし、Table Ⅱでは約 40
‐60%濃度では上記の 1%は十分ではない。
Table Ⅱ
りん酸中 Al 腐食に対するクロム酸の有用性 a)
Rohrig and Geier (45) が見出したのは、0.5% Na2CrO4 は 20%までのりん酸に有効で、1% Na2CrO4 は 22‐
88%まで有効である。我々は市販 soluble oil、ぬれ性向上剤、とアミンがよい抑制剤であるが、クロメー
トほどではないことを見出した。
鋼用に作られた窒素化合物と酸洗抑制剤とはりん酸中の Al には有効でなく塩酸の中の Al にはさらに
有効でない。たとえば Lichtenberg (27、29) によれば、高分子量の phenol-formaldehyde 縮合製品はりん酸
中で有効だが、塩酸中ではそうでない。
Roch と Rohrig (40) によれば、hexamethylene tetramine は、塩酸中では有効であるが、りん酸中ではほ
とんど有効でない。
硝酸溶液:
濃度 70%以上では Al の腐食速度は非常に遅いので硝酸に抑制剤は要らない。このことから硝酸につ
いてはほとんど研究されていない。低濃度 (20%未満) 溶液ではクロメートが非常に低い濃度で有効で
あることを見つけている (Table Ⅲ)。我々は有機の抑制剤は試みていないが、これはそれらの多くは硝
酸によってこわされてしまうと想っているからである。Lauer (26) は硝酸中の鋼用抑制剤として窒素化
合物は有効でないことを見つけている。ヘキサメチレン テトラミンは酸の量と同程度まで加えなけれ
ばほとんど効果がない (40)。
Table Ⅲ
硝酸中での商用純 (2S-1/2H) Ala)の腐食へのクロメート抑制剤の有効性
30
腐食センターニュース
No. 062
2012 年 11 月
硫酸:
我々は低濃度硫酸中で有効な抑制剤を見つけていない。低濃度での我々の試験で 50%の効果を出した
化合物はない。このような硫酸中抑制剤のむつかしさは Lichtenberg (29) のデータで確認されている。
しかしながら彼はフェノールフォルムアルデヒド縮合生成物の一つで 75%という高い抑制効果を報告
している。
Benson と Mears (3) の報告によれば Na2Cr2O7 は 意外なことに促進剤として働き、腐食速度を 3 倍に
する。Cl-を加えた硫酸中では Na2Cr2O7 の添加は腐食速度を 25~30 倍にする。この加速現象は Evans
他 (18) が見出した鋼での同様の結果と同列のものである。しかしながら、濃厚硫酸 (約 80%) 中では
クロメートは有効な抑制剤であった (Lichtenberg、28)。
アルカリ性溶液
ほとんどの Al 合金はアルカリ性溶液に耐えない。4%以上の Mg を含む合金は炭酸塩・アルカリ水酸化
物にある程度の耐性を示す (3,35)。適切な抑制剤が必要とされる事情から多くの研究がなされてきた。
アルカリ性洗浄溶液に接して Al 製品が使われる分野では商用抑制剤が幅広く出ている。
アルカリ性水酸化物:
NaOH あるいは KOH の水溶液に対する十分な抑制剤はない (27、39、43)。Na2SiO3 をかなり多量に
(NaOH のそれよりもっと多く) 添加すれば抑制効果を出すことはある(40)。Glucose (4% NaOH に 18%)
はほとんど十分に抑制し、gelatin を 4% NaOH に 4~6% 加えると 80%の抑制を与える(39)。KMnO4 を
KOH の 3 倍にすると十分ではないがすぐれた抑制を示す(38)。Rohrig (44) が見つけたのは、二種類のコ
ロイド (agar-agar と gum arabic) を 0.75%加えると、かなりの濃度範囲の NaOH 中で 80%抑制を示した
ことである。
炭酸塩とりん酸塩:
アルカリ性炭酸塩 (47,49) またはりん酸塩溶液は Na2SiO3 の適量添加によりほとんど十分に抑制でき
る。試験 (34) によれば、一般に対 Na 比率の高いケイ酸塩は最も効果的な抑制剤である。そのような液
中での抑制効果を沸点近くまで高めるにはかなりのケイ酸塩濃度が要求される。こうして 180°F (82℃)
の Na2CO3 溶液中での Al の腐食をほぼ止めるには約 22%の Na2SiO3 が要る。同様の条件下の Na3PO4 溶
液に対しては 30%の Na2SiO3 を加える。
炭酸塩あるいはりん酸塩に加えるケイ酸塩が不十分な場合、抑制は添加濃度の中間 (0.5~4%) でおこ
り、より低いまたはより高い濃度ではおこらない。最も低いおよび最も高い溶液中では抑制が最も困難
になる。ケイ酸塩濃度が増加したときは実際に抑制効果が発揮される濃度範囲もまた高濃度域へ移る。
ケイ酸塩は商用洗浄液として広く使われており、その液は大抵炭酸塩とりん酸塩で構成されているこ
とが多い。ケイ酸塩はアルカリ性石鹸液、歯磨剤、ひげそり乳液などにも有効な抑制剤である。
ケイ沸化物は炭酸塩溶液中で非常に効果的であり、その程度はケイ酸塩と同程度である(52)。クロメ
ートもまた炭酸塩およびりん酸塩溶液中で効果的な抑制剤である。しかし、その毒性、やや低い効率お
よび高コストのゆえに広くは使われなくなった。過マンガン酸塩も同等の有効性をもっている。Benson
(2) によれば、Na2SiO3 は Cl2 の 5~50 倍濃度の NaClO 溶液中で非常に有効である。
ある種の有機基が Al に強い孔食を誘発することがある。この孔食は一般に (Na2SiO3)n によって抑制
される。たとえば、われわれの試験で、沸騰 10%トリエタノールアミン溶液は Al に対してほとんど効
果をもたず、沸騰 20%溶液は孔食を起こす。1% (Na2SiO3)n か 1% sesqui-silicate (Na+-3/2SiO3-) はこの孔
食を抑制する。添加量がたったの 0.1%では効かない。ジエタノールアミンは抑制剤を必要としなかった
が、sodium phenoxide は (Na2SiO3)n の添加により抑制された。
Rohrig (42,43) によれば、(Na2SiO3)n は アルカリ硫化物染液から Al を保護した。
31
腐食センターニュース No. 062
2012 年 11 月
中性溶液
淡水や中性の塩溶液中の Al では腐食速度が小さいので抑制剤効果の判定がむつかしい。実際におこ
る腐食の形態は局部腐食であるから、重量変化は役立たないことが多い。Darrin (12) は金属・溶液にお
こる事象を多面から観察した。Cl-量・重金属量あるいは温度上昇は一般に腐食を激しくし抑制剤の有
効性を減殺する。
淡水・低濃度塩溶液:
淡水が含む塩類が少なく(100 ppm どまりで) 特に Cl-を含むとき、最も有用な抑制剤は次の三種類 ―
クロメート (36)、ケイ酸塩 (36)、と soluble oil (24)である。
クロメート (15) と亜硝酸塩 (9) が水中の Al の腐食防止に使えることは以前から知られている。亜硝
酸塩は Al の酸化被膜を作り、クロメートは Al 酸化物に加えて Cr (Ⅲ) 酸化物を共析させ酸化被膜を強
化する、と理解されている。
クロメートは他タイプの多くの抑制剤と同様に ”dangerous” になる傾向をもつ。十分な抑制を与えら
れないとき残存腐食部での pitting や blistering が抑制剤を使わない場合よりかえって深くなってしまう傾
向がある。
SrCrO4 は概して 80%まで有効で、これは我々が 1 年間実施した室温の合成水道水中試験 (後述) およ
び同じ系での 10 倍濃縮水でそうであった。また 200 ppm の NaCl 溶液中でも有効であった。3.5% NaCl
(0.4 % H2O2 添加) 溶液中では SrCrO4 の抑制作用はわずかなものになった。十分な抑制作用をうるのにさ
らに可溶性の高いクロメートが必要である。弱可溶性抑制剤については 後半の ”絶縁性材料” と ”ガソ
リンタンク” の項に取り上げる。
K2CrO7 (0.01 と 0.1%濃度) は低濃度 (50,100 ppm) NaCl 溶液で 5~50 ppm の CuCl を含む試験で着色を
防ぐのに有効であったが、Al の blistering- ”dangerous” の兆候 ― をおこす傾向があった。クロメート
濃度を上げると着色は少なくなったが、blistering は強くなった。
合成水道水は、Al に攻撃的な典型的水道水として、次の組成 (pH4.3、単位 ppm) にした:
Cl
SO4
Fe
Al
Cu
4.4
61.0
0.07
1.5
0.1
Ca
Mg
Na
Co
Ni
14.2
4.2
2.8
0.08
0.03
Ba
Sr
SiO2
Mg
0.05
0.05
4.7
1.4
この組成は、その金属重量によって、とくに沸点で Al を腐食させる市水を再現するために選定した。
もう一つの溶液は 200 ppm NaCl と 5 ppm CuCl を含む。この組成は通常の自然水より Al への防食性が強
いものとして選定した。
上記二組成の溶液および 3.5% NaCl 溶液において、0.5 と 1% Na2CrO4 はほぼ十分な抑制作用を示した
が、同濃度の市販 soluble oil は概してそれほどは有効ではなかった。しかしながら、我々の試験の中で い
くつかの soluble oil は、200 ppm NaCl-5 ppm CuCl 溶液 (室温) で有効であり、また 180°F (82℃) で 50%
の抑制率を示した。soluble oil もまた有用な抑制剤であることは多所でも見出されている(41)。
我々は多種類の有機および無機物質を同様の中性溶液中での抑制剤とし試している。0.1 または 1%濃
クロメート類のほかに、
ZnNO2
度の抑制剤を、200 ppm NaCl-200 ppm Na2SO4-1 ppm CuCl の溶液に加える。
(KNO3 ではない)、メルカプトベンゾチアゾール、agar-agar、dextrin、と gum arabic は抑制兆候を示した。
尿素は明確な (腐食) 促進作用を示した。
我々は、いくつかのポリリン酸 (ピロリン酸 4 ナトリウムと 6 メタリン酸ナトリウム) が Al の着色を
抑制することを見出した。ポリリン酸の合成と実使用については Schwartz と Munter (46) によって検討
されている。
自動車用エンジンブロックの試験および走行条件において soluble oil は冷却水による Al シリンダー
ヘッドの腐食防止に有用であることが見出されている。
32
腐食センターニュース No. 062
2012 年 11 月
塩水と濃厚塩類溶液:
Cl-ブラインでは、温度が高くならないこと、Al より貴な Cu などの金属との接触をさけることが重
要である。NaCl と CaCl2 の両ブラインは適切な抑制下に冷凍または空調系システムでの Al 内冷却液と
して広く使われている。Na2CrO4 は NaCl ブライン中の抑制剤として広く採用され、Na2Cr2O7 は通例弱ア
ルカリ性の CaCl2 ブライン中で使われている。
我々は NaCl 溶液に加える Cr2O72-または CrO42-について常温と沸点とでの試験を実施してきた。沸点
では塩・K2Cr2O7 いずれの濃度が増加しても腐食程度は激しくなった。すなわち K2Cr2O7 は抑制剤では
ない。Na2CrO4 の場合には上記の現象は認められず、この抑制剤は Al 試片の外観を室温・沸点のいずれ
においても保った。K2Cr2O7 の試験でも常温では、局部腐食をおこすことなく Al の外観を保つのにごく
少量の抑制剤が最も有効であった。Lichtenberg (27)と Rohrg (42) は Bohner (5)を引用して、ケイ酸塩が
CaCl2 溶液および CH3COONa 溶液中での有効な抑制剤としている。
メカニズム:
10% NaCl ブライン中の Al のケースにおいてクロメ
ートの抑制機構を調べた。Al の腐食は電気化学的作用
の結果であり、腐食箇所 (A) から非腐食箇所 (C) へ流
れる電流を測ることができる。A と C とは電気的に分
離されるが、それぞれは元の位置におかれる。
Fig.1 に示すように、クロメートの添加により電流は
大きく減少する。この減少はアノード A とカソード C
との開路電位の増大にかかわらずおこっている。A と C
との短絡時電位は当初ほとんど等しいが、クロメート
の添加以後急速に低下し、やがてはカソード C のそれ
とほぼ一致した。
実験結果 Fig.1 からクロメートの主作用がアノードの
分極を大きくすることはわかるが、クロメートが
“dangerous”であること (19) はわからない。
Galvanic Attack:
抑制すべき Al の腐食で最もむつかしいものの一つは Cl-を含む液中で Al が Cu あるいは他のカソーデ
ィックな(Al より貴な)金属と接触しているときである。この理由はおそらく Cu/Al-間の電位差が Al
自身の局部的電極間の差より大きいためである。
研究室実験で Al/Cu-対を 10、50、または 100 ppm の NaCl を含む溶液中に浸した。soluble oil、ケイ酸
塩、とクロメートが抑制剤になるか調べた。0.5×0.5 inch の寸法の Cu 板を 1×4 inch の Al 試片にボルト
留めした。概して抑制が効くのは、抑制剤が 1%、Cl-濃度が 10 ppm と低いときである。Na2CrO4 に少
量(40 ppm) の Na2SiO3 を加えるのがよく、これは Darrin (12) の以前からのノートどおりである。もっと
アルカリ性のケイ酸塩の方がよく、おそらくケイ酸塩以外のアルカリ性化合物もよいのだろう。
アルコール、多価アルコール:
K2Cr2O7 は高温エタノール溶液中の抑制剤として使われてきた (36)。抑制剤がいくぶん減るものの成
功例とみなせる。
ほう酸塩とりん酸塩とは通例エチレングリコール不凍液や航空機用冷却系の抑制剤として採用され
てきた。この種の冷却液用の抑制剤は系内に入るすべての金属 (Al のみならず Cu 合金・鋼を含む) に
対する挙動を勘案して選ばれていた。亜硝酸塩はエチレングリコール不凍液に使われてきた (7)。塩素
33
腐食センターニュース No. 062
2012 年 11 月
-
酸(ClO3 ) 塩と亜硝酸塩とはメタノール不凍液向けに提案されてきた (25)。
炭酸塩、乳酸塩、酢酸塩、あるいはほう酸塩を 0.03%レベルで使って Al 製容器内に貯蔵されている商
用アルコール類による腐食を抑える提案もある(31)。
絶縁材:
絶縁材あるいは他の多孔性材が Al と接触する水、とくに塩化物や重金属塩を含む水を保持するなら
ば、腐食は通気差による溶液内電位差腐食の形をとろう。この形の腐食は通例 系の設計によって制御
するのがよいがクロメート系の抑制剤によって制御されることも多い。水溶液がたえず系から排出され
るケースでは、少しずつ溶けてゆくクロメート系抑制剤の使用が有利なこともある。SrCrO4 あるいは
ZnCrO4 はすぐには洗い出されることなく、しかし連続して一定量のクロメートイオン抑制剤を供給する。
この原理は Seligman と Williams によって 1920 年に考え出された (48)。SrCrO4 の飽和溶液は約 0.21%
SrCrO4 を含み、200 ppm までの NaCl を含む溶液に通常有効な抑制剤量である。我々の試験において
SrCrO4 は上記の腐食性の合成水道水を容れた Al 容器の腐食を一年間抑制するのに十分であった、ただ
し 3.5% 塩溶液には不十分だった。
ガソリンタンク
適量の抑制剤をゆっくりと供給する方法は Al 製ガソリンタンクを底に溜った水による腐食から守る
観点からも調査された。これには水溜まりを防ぐタンクの設計が最適であったかもしれないが、クロメ
ート型の抑制剤をカプセルに容れて供給する方法 (13,14) あるいは Alrok プロセス (14) によって作ら
れる、抑制剤をしみ込ませた酸化物皮膜による方法も使われた。ガソリン中に溶ける抑制剤も研究され
た。これらの物質のうち、tricresyl phosphates や市販品が研究室試験でもっとも有効なことが判った、ガ
ソリン、合成溜り水や塩類水溶液を容れた小さな Al 缶の孔あき防止においてである。
有機物による腐食の抑制剤としての水
Al の高い耐食性をになう酸化皮膜は必ず存在し (通常は目に見えないが) 新たに作ったばかりの表面
上にも生成する。この皮膜は酸素または水によってすばやく作られる。通常の腐食性環境での腐食はこ
の酸化皮膜を貫通あるいは溶解することにより進行するが、それでも絶えず再成される。しかしながら
非水系の有機薬品の状態によっては水または酸素がいったん破壊された酸化皮膜の再成に十分でなく
なることがある。こうして Seligman と Williams (50) が観察したのは、有機酸 (酢酸、プロピオン酸、
ステアリン酸など)、アルコール類 (エタノール、メタノール)、フェノール、フェノール置換体、が、
非水状態に近づいたとき、いくらかの水が存在するときには見られない Al の腐食をひきおこすことで
ある。
フェノールは通常温度ではさほど Al を腐食させないが、130-150℃になると長びいた加熱後に急激
な反応がはじまる。この反応の成立にはすべての水分を排出する必要があるようである。Seligman ら(50)
によれば、この反応はいったんはじまると非水状態では低温でも続くとみられる。
ステアリン酸は工業的に Al 製蒸留器で製造されており、その温度は水分の存在に依存している。蒸
気蒸留でのように、蒸気があれば、非水酸を使う場合より高い温度が使える。
CH3Cl (16) は少量の水があれば Al と直接反応することはない。(CH3Cl は、加水分解により HCl を出
していれば、水の存在下に間接的に反応する。) しかしながら、乾燥した CH3Cl は反応し、非水の AlCl3
または AlI3 が触媒として存在するときはなおさらである。
その他の有機化合物
chrolinated 溶媒はほとんど常に安定化されていて (または抑制されていて)、Al または他金属への侵食
は防止されている。トリクロロエチレンを用いる蒸気脱脂タンクの小さなデモンストレーションモデル
は Al 製である。
Lichtenberg (27) によると bromoform CHBr3 による Al の腐食は少量のアミンで防止できる。
34
腐食センターニュース No. 062
2012 年 11 月
その他の用途
過酸化水素 H2O2 はしばしば抑制され安定化されている。Al がかなり一般的に H2O2 といっしょに使わ
れるのは金属による H2O2 の触媒的分解作用がないからであるが、注意しないと腐食を受けることがあ
る。Rohrig (42) によると、H2O2 による漂白はメタケイ酸ナトリウム Na2Si2O3 により抑制されることが
ある。またドイツ特許 (17) はアルカリ性環境ならアルカリ性ケイ酸塩の使用を請求している。亜硝酸
塩は抑制剤として特許化されている(37)。
Lichtenberg と Geier (30) は、Na2S 溶液に添加される S は Al 用抑制剤として有効であることを見出し
ている。これに関連して McNutt (32) は、この腐食に係わる polysulfide/sulfide-比は 1 前後にすべきとい
っている。pH制御が重要なのであろう。
Bohner (6) によると、塩素水または臭素水中の約 5% Na2SiO3 はすぐれた抑制作用をもっている。
本文中の引用文献番号は、出典 *)中の下記文献番号である。
Al の腐食試験、Part 1 -高流速下試験方法*)
水溶液中で Al 円盤を高速回転する試験方法を用いて Al 腐食に及ぼす各種自然水および不凍液の影響を
調べた。使用した Al は No.100 Al brazing sheet で、2.5% Zn-Al クラッド層を一面に、7.5% Si-Al クラッ
ド層を他面にもち、中心は 3003 合金より成る。水平面内での回転速度を最大周速 4700 feet/minute
(120,000 rpm) まで上げると、これに伴って非常に速い腐食速度がえられた。高流速下での腐食形態は低
流速下および自動車用ラジエータでえられるものと同様であった。腐食性の強い水溶液は高濃度の Cl-
と高アルカリ性とを与えた Michigan 州の Royal Oak 水道水であった。高アルカリ性 (pH 11 までの) は、
Cl-の共存しない場合においても、Al の激しい腐食を引き起こすようである。
不凍液や Royal Oak 水道水-エチレングリコール (1:1) において、流速の増大は急速な腐食がはじまる
前の潜伏期間を短縮するようであった。Royal Oak 水道水-イソプロピルアルコール溶液では流速は影響
せず、腐食速度は 200 h の間どの流速下にも低いままであった。試験したすべての水溶液中でエチレン
グリコールは腐食を促進するが、アルコール類は腐食速度を抑制するようであった。
*) S.B. TWISS and J.D. GUTTENPLAN : Corrosion,12,263t-270t (1956).
35
腐食センターニュース No. 062
この試験に用いた自然水の分析結果を Table 1 に示す。
2012 年 11 月
Table 1 試験に用いた自然水の分析値
WEIGHT
CHANGE
回転速度の影響
静止から 1,000 rpm では回転速度が重量減に及ぼす
12,000 rpm
影響はほとんどない、例外は高いアルカリ性と高濃
度 Cl‐とを与えられた場合である。しかし、12,000 rpm
11,000
の高速回転条件はすべての水溶液中で腐食速度を大
きくした。
10,000
Royal Oak 水道水中での結果を Fig. 5 に示す。1,000
から 10,000 rpm への上昇に伴う重量減の増加はおそ
7,500
い。目視によれば局所的な孔食が激しくなり、とく
に円盤試料の縁近くに多発する。10,000 rpm を超え
ると重量減は急速に増加する。すべての回転速度に
5,000
おいて腐食は孔食の形をとって始まっているようで
1,000
static
ある。さらに高い回転速度下では 孔食は拡がって
Zn-Al クラッド層に入り、尽きれば 3003 合金に入
ってゆく。
TIME (HOURS)
Fig.6 は回転速度 12,000 rpm の意義 ― ずばぬけた加
Figure 5 No.100 Al brazing sheet の回転速度の違いによる
速作用 ― を受けて、この条件下に各種自然水+α
腐食の加速;Royal Oak 水道水中
の諸条件環境でのちがいを調べた結果である。
この中では
× ― Royal Oak 水道水のまま、▽ ― Royal Oak 水道水(522 ppm Cl-) が最大の加速効果を示し、
△ ― Highland Park 水道水 (218.5ppm Na2CO3) がやや遅れ、□ ― Highland Park 水道水 (218.5ppm
Na2CO3) がかなり遅れ、その他は蒸留水と同程度に加速効果がない。
▽はあとでも検討するので、Royal Oak 水道水 (×) ベースで以降の検討を進める。
36
No. 062
CHANGE
腐食センターニュース
2012 年 11 月
×
Royal Oak 水道水と
▽
Highland Park 水道水(522ppm Cl- と 218.5ppm Na2CO3)
□
Highland Park 水道水(218.5ppm Na2CO3)
WEIGHT
Highland Park 水道水
❂
Highland Park 水 道 水 ( 522ppmCl- 、 168ppm
12ppmNa2CO3)
Highland Park 水 道 水 ( 522ppmCl- 、 168ppm
12ppmNa2CO3)
NaHCO3 と
NaHCO3 と
TIME (HOURS)
Figure 6
No.100 Al brazing sheet の自然水と合成水に
おける腐食試験;回転速度 12,000rpm;
(MG)
WEIGHT CHANGE
pHの影響
米国の各所で 自然水の組成と性質を調べた結果によると、pH値は 5.9~10.4 の範囲内にある。そこで
試験水では pH 6 を下限、
pH 11 を上限とすることにした。高濃度 Cl-を含む Royal Oak 水道水の pHは、
通常 8.0 のところ、NaOH を加えて 11.0 へ上げ、HCl を加えて 6.0 に下げた。試験結果を Fig.8 に示した。
12,000 rpm の回転速度下に高濃度の Cl-を含み pHを 11 に上げた Royal Oak 水道水は最も高い加速作用
をもつことがわかり、この水を抑制剤のスクリーニング試験液とした。
Figure 8 No.100 brazing sheet Al の腐食と pHの関係;
(Royal Oak 水道水+522 ppm Cl-)中での 200 h 試験
不凍液溶液による腐食
この方法で選択されるどの抑制剤も一般的なラジエータ用不凍液において有効であり、かつ両立性をも
っていなければならない。このためにクラッド Al の腐食特性を、永続的と非永続的不凍液とを代表す
る、それぞれ水-エチレングリコール溶液と水-アルコール溶液、とにおいて調査した。
水-エチレングリコール溶液 (1:1) は 12,000 rpm 下にクラッド Al を非常に早く腐食させる(Fig.9). こ
の腐食は強腐食性水 (たとえば Royal Oak 水道水)・弱腐食性水 (たとえば Highland Park 水道水+522 ppm
37
腐食センターニュース No. 062
2012 年 11 月
Cl ) のいずれを使ってもおこる。この腐食に pH 低下が伴うのは、酸性生成物の形成を示しており、ま
ちがいなくエチレングリコールの酸化にもとづく。(1:1) Royal Oak 水道水 (522ppm Cl-と調整された pH
11.0) プラス エチレングリコールにおいて、この腐食の前には約 150h の潜伏期がある。この潜伏期は
高 pH 水の中性化に必要な時間である。すべての試験においてこの腐食は試験片全表面にわたる均一腐
食の形をとる。
イソプロピルアルコールは、これに反して、(1:1) アルコール水溶液中において抑制剤として作用する
ようだ。これら溶液中では腐食はほとんどおこらず、また水の種類によらない (Fig.9) 。メチルアルコ
ールおよびメチルアルコールとイソプロピルアルコールとの混合物も同様にふるまう。
-
Royal Oak 水道水とエチレングリコール (1:1)
□
WEIGHT
CHANGE
▲
×
Highland Park 水道水(522ppm Cl-)と
エチレングリコール (1:1)
Royal Oak 水道水 522ppm Cl-
pH 11)と
エチレングリコール (1:1)
Highland Park 水道水(522ppm Cl-)と
イソプロピルアルコール (1:1)
○
Highland Park 水道水とメチルアルコール (2:1)
△
Royal Oak 水道水とイソプロプロピルアルコール(1:1)
Highland Park 水道水、イソプロピルアルコールと
メチルアルコール (5:3:2)
Figure 9
No.100 Al brazing sheet の腐食;12000rpm、様々な不凍液中の混合液中
12,000 rpm
WEIGHT CHANGE
(MG)
10,000
8,500
WEIGHT CHANGE
(MG)
不凍液溶液における回転速度の影響
Royal Oak 水道水-エチレングリコール溶液 (1:1) 中でのクラッド Al の重量減は 8,500 rpm の回転速度
に達するまでは低くとどまる(Fig.10)。8,500 rpm 以降での回転速度の上昇は潜伏期間を短縮するが腐
食速度は回転速度によらずほとんど一定のようである。
回転速度が低いときにも腐食の急激な増加に先立つ潜伏期が存在するのは不自然におもわれる。この潜
伏期の長さは回転速度に反比例するか、あるいは乱流程度とその結果としての溶液の通気に応じてエチ
レングリコールから酸性生成物を形成する速度が決まるのであろうか。
Royal Oak 水道水-イソプロピルアルコール溶液 (1:1) において、回転速度は明瞭な影響をもたない。こ
のような溶液中ではどの回転速度においても腐食速度は低速のままである (Fig.11) 。
Royal Oak 水道水とイソプロピルアルコール 中
12000rpm
5000rpm
○ 1000rpm
7,500
5,000
static
TIME (HOURS)
TIME
Figure 10
(HOURS)
No.100 Al brazing sheet の
腐食に及ぼす回転速度の影響
Figure11
38
No.100 Al brazing sheet の腐食に及ぼす
回転速度の影響
腐食センターニュース
No. 062
2012 年 11 月
Al の腐食試験 ― Part 2 : インヒビターの評価
*)
Part 1 で指摘したように、自動車用ラジエータへの適用が想定されている No.100 Al brazing 板は中性
付近の水溶液では非常に低い速度の腐食しかおこさないが、条件によっては重大な腐食をうける恐
れがあるので、腐食抑制剤の研究は重要である。Part1で確認した高速試験を用いてのインヒビター
を評価した結果を以下に報告する。
*) 出典 S.B. TWISS and J.D. GUTTENPLAN : Corrosion Testing of Aluminium – Development of a Corrosion Inhibitor, Corrosion,12, 311t-316t
(1956).
抑制剤濃度は 3.0 と 0.03% を選んだ。ただし市販品は推奨濃度のみを用いた。No.100 Al brazing 板は
これら抑制剤を加えた液中で 12,000 rpm (周速 23.9 m/s)で回転させ、温度は 180°F (82.2℃) に保った。有
効な抑制剤としての失格の判定は円板での激しい孔食または 50mg (総重量の約 1%) の重量減とした。
有望な抑制剤は 500h 試験後の重量減を相対的有効性の尺度とした。
スクリーニング試験
抑制剤を加えない Royal Oak 水道水中では No.100 Al 円盤は 93h で 1618 mg 減のエロージョン(上記の
50 mg 減に達するのは 35h) をうけた。この値を超すものは腐食促進剤である。結果を Table 1 に示す。
Table 1 インヒビターのスクリーニング試験1
1
2
3
試験液―Royal Oak 水道水;12000rpm;180 F
黄銅製ラジエター用市販抑制剤(推奨濃度)
孔食により破損
3.0% disodium hydrogen phosphate (Na2HPO3) と 0.03% の sodium silicate (Na2SiO3) とは、失格した、前者
は 105 h 後に重量減で、後者は 240 h 後に局所的孔食で。しかしながら、0.03% の前者と 3.0% の後者
との試験では両者とも合格した。前者は非常に均一な暗黒色皮膜、後者はやや粗い白色皮膜をもってい
た。もう二つの合格者は soluble oil (Na3PO4 の有・無いずれも) と Na2Cr2O7 (インヒビターA を含む) で
ある。両者とも薄い玉虫色の皮膜を形成していた。
有効剤の次の試験
俎上した質問は、これらの有効剤は次の二つを満たすかどうかである。
1.実際のラジエータの類似の流速下でも有効か?
39
腐食センターニュース No. 062
2012 年 11 月
2.他の冷却媒や不凍液中でも有効か?
質問1に答えるために、回転速度を 1000 rpm (周速度として 392 feet/minute = 2.0 m/s) に下げた試験を実
施した。この速度は Plymouth ラジエータの 3300 rpm エンジン速度での管内最大線流速に相当する。結
果を Table 2 に示す。いずれのケースの抑制剤も低速と静止とのいずれの条件下にも高速時と同様に有
効であるとみなされた。
Table 2 選択された抑制剤の有効性に及ぼす回転速度の影響
1
試験液―Royal Oak 水道水;試験時間―500 h;180 F
質問2に答えるために、回転速度 12,000 rpm 下に、Royal Oak 水道水と、isopropyl alcohol または ethylene
glycol との組合せ媒体中での試験を実施した。結果を Table 3 に示す。
Table 3 不凍液中での抑制剤による保護性
1
2
試験液―Royal Oak 水道水;試験時間―500 h;12000rpm;180 F
抑制剤はアルコール溶液との互換性はない
Part 1 でのべたように、No.100 Al brazing 板は Royal Oak 水道水 isopropyl alcohol 溶液中では 12,000 rpm
までの流速下に腐食しない。この結果からこの型の不凍液には抑制剤は不要とされよう。試験の意義は
抑制剤との両立性や表面化していない欠点をみるのにあるのだろう。果たしてか、isopropyl alcohol と共
存して促進剤となるものが見つかった。disodium hydrogen phosphate は孔食を促進するようであり、
sodium silicate は羊毛状の析出物を出して両立性を欠く。
Royal Oak 水道水-ethylene glycol 溶液では、soluble oil-TSP、sodium silicate、と disodium dichromate
(Na2Cr2O7) は孔食を防げない。sodium silicate は 3 溶液のすべてで過剰な泡立ちを起こしている。
4 つの試験剤のうち、soluble oil-TSP 抑
Table 4 不凍液中における抑制剤保護に及ぼす水の組成の影響
制剤だけは両立性に欠けるか標準不凍
液中で有害性である (Table 4)。この試
験剤は 522 ppm
(通常 63 ppm より多い)
-
Cl を含む Royal Oak 水道水中ではさら
なる腐食はおこさないが、二種のアルコ
ール (抑制剤つき) と Cl-を加えない場
合より少し大きな重量減や孔食をおこ
す。また Royal Oak 水道水に、Cl-は 522
ppm のままで、500 ppm の NaHCO3 を加 1 12000rpm;180 F;試験時間―500 h、 抑制剤は 3 % のソルブル油および TSP
えると、有効性を限界に達してしまった。
40
腐食センターニュース No. 062
2012 年 11 月
soluble oil-緩衝剤の組合せ抑制剤
選択と試験
これまでのデータによると soluble oil の有効性が高 Cl- 濃度・高アルカリ性の条件下に滅殺されてき
たようだ。この点をさらに検討するため Royal Oak 水道水の pH を 6.0、11.0 に、Cl- 濃度は一定の 522 ppm
(Part 1、Fig.7 )に保った。Table 5 に示すように、soluble oil 1.0 % (alone) は pH 6.0 では有効、pH 8.0
ではまあよい、であるが、pH 11.0 では有効ではなくなる。
この実験結果の結論として次の緩衝剤を加えて pH を中性に近づけることにした。すなわち 55% - 2 モル/L
KH2PO3 + 45 % - 2 モル/L NaOH 溶液を選んだ。こうして、組合せ抑制剤-調合液中で 0.8 % の緩衝固体 (pH
を 7.5 に保てる) プラス 1.0 % の soluble oil-ができ上がった。この実験的抑制剤は pH 11.0 でも有効で
あることが判った (Table 5)。元のデータより重量減が下がり、孔食もおこさなくなった。酸性のりん酸
塩 (以前に Na2HPO3 で見た) による特徴的黒色皮膜がこの試験にも現れた。
Table
5
高濃度塩化物水での抑制剤保護に及ぼす pH の影響
試験液―Royal Oak 水道水(522ppm Cl- );12000rpm;試験時間―500 h;180 F
122 h
、3 22.5 h
1
2
緩衝剤の最適濃度を決める試験結果を Table 6 に示した。元々選んでいた濃度 0.8% が、新しく選んだ
0.4% と 3.2% とのいずれよりも有効であるようだ。この緩衝剤は濃度を下げても Al 腐食の抑制剤であ
ることが注目される。
Table 6 最適緩衝剤濃度の決定
1
試験液―Royal Oak 水道水(522ppm Cl-,pH 11);12000rpm;180 F
;試験時間―500 h;抑制剤―緩衝剤(単独)
実際のラジエータに近い流速条件での有効性を調べるため 522 ppm Cl-、pH 11.0 の Royal Oak 水道水中
で 1000 rpm と静止条件下の試験を実施した。Table 7 に示すように全条件で有効であった。
Table 7 不凍液中 ソルブル油-緩衝剤抑制剤の有効性
試験液―Royal Oak 水道水(522ppm Cl-,pH 11);試験時間―500 h;180 F
;抑制剤―1 % ソルブル油、0.8 % 緩衝剤
2 22.5 h 、3 290 h 、4 483 h
1
ここで興味ある指摘事項は、インヒビターの効いた高アルカリ性水中というはじめての条件下に Al 腐
食への流速の影響において明瞭な逆転がおこっていることである。すなわち静止および 1000 rpm 条件が
高速の 12,000 rpm 条件より若干ではあるが大きい腐食性 (重量減) を示している、ただし三条件のいず
41
腐食センターニュース No. 062
2012 年 11 月
れでも露出された表面には腐食はみられない。円盤をくわしく観察すると 低流速下の腐食は絶縁のた
めのワッシャー下のすきま部に集中している。
ラジエータでおこる正確な作用像は on-off のくり返し試験によって測れるかもしれない。そこで 16h 静
止 (室温)→ 7 h 1000 rpm 運転 (180°F) をくり返した。この試験において、実験に用いたインヒビター
は 500 h の重量減を 66% 以上低減した (Table 8)。
異種金属の影響
黄銅製の出口コックとフィラーキャップが Al 製ラジエータに使われる可能性があるので No.100 Al
brazing 板-黄銅対を調べた。直径 1.5 インチのクラッド Al (1.5% Zn) 円盤の上に直径 1 インチの 70-30
黄銅円盤をのせた。冷却液は Royal Oak 水道水に 522 ppm Cl- を加え、pH 11.0 に調整した。結果は soluble
oil-緩衝性実験抑制剤は Al 製円盤の腐食を抑制して有効性範囲内にとどまった。Al 合金の孔食は二金属
の接触する円周上におこり、回転速度 12,000 rpm 下 500 h の重量減は 45 mg であった。
パイプライン内面の防食 ― ガソリンラインの亜硝酸ナトリウム処理
*
岡山
伸
亜硝酸ナトリウムは石油精製品を送る鋼管内の
水・酸素による腐食の防止に最適である。ミルスケ
ール・錆が付着している敷設ガソリンパイプライン
内面の防食に低濃度で効果を発揮する。既存の付着
錆層やブリスターを除去する作用もあり、精製品の
輸送後の品質にも影響を与えない。
こうして亜硝酸ナトリウムは 800 マイル (1200km)
以上のパイプラインに良好に使用されている。パイ
プラインに亜硝酸ナトリウムを注入しながら、古い
錆層を機械的に研削除去することで、新設管に適用
される設計数値よりも十分に高いフロー係数を備え
た平滑で錆のないパイプラインを実現した。
パイプラインの中継ポンプ基地に設置された
インヒビター添加用タンク
*出典 A.WACHTER and S.S. SMITH:Preventing Internal Corrosion of Pipe Lines, IND. ENG. CHEM.,Vol.35,No.3 p.358-367 (1943).
長距離パイプラインにおいてはその総延長距離に応じて激しさを増す内面腐食生成物 ― スケール・ブ
リスター ― との格闘を余儀なくされる。重要な課題は輸送処理性能とライン操作費用である(11)。そ
のほかに、精製品の劣化・汚染、管壁肉厚減少がある。これらには対症療法的な問題解決策が採られて
きた。また、いくつか予防的対策もなされてきた (16) ものの、そうした予防措置では解決に結びつい
てこなかった。
この問題に、Emeryville Laboratories of Shell Development Company は Products Pipe Line Department of Shell
Oil Company,Inc. と協力して取り組んだ。そこで亜硝酸ナトリウムを腐食インヒビターに使用する提案
がなされ、強い関心が寄せられた。Shell の生産ラインで一部行われた実験結果は満足のいくものであっ
た。この対策はさらに進められて、最終的に Shell Oil Company の全生産ラインに導入されることになっ
た。以降 2 年間の実績を経て、インヒビターとその応用方法は、生産パイプラインの内面腐食問題に対
して技術的・経済的に完結した解決策を与えることとなった (21)。
42
腐食センターニュース No. 062
2012 年 11 月
腐食問題
鋼は水と酸素に触れると錆びる性質がある。精製されたガソリンは、大気より高温下の精製化学装置か
ら出てくる水に満たされたラインに送られる。これが地面温度になると水の一部は分離水となる。ガソ
リンはタンクに長期貯留されない場合、最終的な洗浄水や化学処理液がライン内にもち込まれる。その
ときの水の量はガソリンに比べると少量であるが、ライン全域の管内面に錆を生じうる。
水のガソリン中への溶解度はガソリンの成分によって異なる。レギュラーガソリンの例を次に示す:
100°F (38℃) の 20,000 バレルのガソリンを 60°F(16℃)の敷設パイプで送る場合、24 ガロン (91ℓ) の
分離水相が含まれる。混入水量は多めに見積もられているようであるが、実際の場合とよく合う。ライ
ンの先頭数マイルで温度は大きく落ちて、水分量もこの第一区間で低下する。
さらに、新規敷設のラインは安全性と溶接部からの漏れの検査とのために、水を注入し加圧したままで
数日間保持される。このとき海水を使用することもある。また、ある種の保守目的、設計変更の際にな
ど水を注入する必要もある。
酸素を十分に含んだ 1 ガロン (3.8ℓ) の水は次式によって 26 ポンド (11.8kg) の鉄と反応する。
2Fe + 2H2O + O2 = 2Fe(OH)2
1 日あたり 24 ガロンの水は 8 インチ径の長さ 100 マイルのパイプを、5 mils/year (0.127mm/year) の速度
で腐食させることになる。また、鉄が錆になるとその体積は 20~30 倍になると見積もられる (6,10) た
め、この腐食速度であれば年間に管内面に 1/8 インチ (3.17mm) 厚みの錆層を形成することになる。
中性の水は酸素がない状態では比較的非腐食性である。鋼の腐食速度は 1 気圧下空気が飽和するまで水
中酸素濃度にほぼ比例する (4)。通常、大量の酸素がガソリンによってライン内にもち込まれてくる。
酸素はガソリン中に水よりも 6 倍も溶けやすいためである。しかもガソリンの容積は水よりもはるかに
大量である。ガソリンへの酸素のとり込みは、精製分離集積装置、処理装置、貯蔵タンク内に存在する
空気との接触による。とり込まれる空気は長距離パイプライン上の中間地点でのタンク積付け時に(ポ
ンプパッキング材からリークする空気により)供給される傾向がある。
ガソリンパイプラインへの錆層・ブリスターの急速生成の例が約 4 カ月間運転の新しい 8 インチ管から
採取した短管に生じた。この管はポンプ基地から 300 フィートの位置のパイプから採取された。内面は
ひどく錆が生じていた。約 1/8 インチおきに 1/64~1/32 インチ高さのさび瘤で覆われていた。その下に
は狭い食孔 (pits) が見られ、ブリスターの間はミルスケールが覆っていた。
さび層 (採取後、何日間も空気中に置かれた) の分析結果は以下のとおりであった。
さび層は水和した鉄酸化物が主体であることがわかる。鉛と硫黄は精製プラントからの鉛酸塩を由来と
するものであろう。Si はライン敷設時あるいはサンプル移動時に混入したものである。その後、運搬時
に空気接触させないサンプルの分析によると、始点から 115 マイル、223 マイル、410 マイルにおいて、
それぞれ 3.9%、9.7%、6%の 2 価の鉄酸化物が見出された。
43
腐食センターニュース No. 062
さらに、機械的な清掃をしないで 1 年間運転後
の輸送処理性能の減少が約 11%という報告
(19) があり、除去処理をたまに実施することは
長期的な腐食防止にわずかに有効であるもの
の、最初の 2.5 年間での輸送処理性能の低下は、
本来のそれの 23% に上っている。
2012 年 11 月
Table Ⅰ
パイプラインから採取した水の組成
ガソリンラインにおける腐食因子
ガソリンラインにおける 2 つの重要な因子 ―
分離水相と酸素 ― について述べてきた。以下
では、ほかの因子も交えて考察を行い、腐食に
少なからぬ影響を与えてくる複雑さについて
述べていく。
水の存在が錆にはとにかく欠かせない。さらに、平滑な鋼において顕著な発錆をおこすには、鋼と分離
水相が接触しなければならない。これは簡単な実験で示すことができる;水を含むガソリン溶液中にお
いて、鋼表面に水分の凝縮が生じないような高い温度では数週間経っても目に見える腐食は生じない。
錆びた鋼の表面は吸湿性があり、湿潤環境 (相対湿度約 65%) から水分をとり込むことが報告されてい
る(20)。これは大気下での錆の場合、微量な無機塩類 (23) の存在によるものであるが、この作用は錆び
たガソリンパイプラインにも生じるであろう。しかしながら、液体水がある場合よりもその速度はかな
り小さいようであり、研究時の確定的ではない実験からするとおそらく1/10 程度の大きさである。
液体の形で水が存在すれば、腐食に対する影響は大きい。管底の水の層は、懸濁液内にすべての水を保
持する必要上 その流速は非常に遅いために、スケール形成が主に管の底部に局在化する傾向がある。
このような条件下で初期に形成されるさび瘤はかなりブロードとなりやがては個々に識別できるよう
なブリスターというよりは、分厚いスケールのように見える傾向がある。
ガソリンに取り囲まれた鋼の水滴は急速な腐食とブリスター形成をいっそう誘起させる (5)。一度形成
されたさび瘤は多孔質性で水の保持機能をもつようになり、ガソリンの流動によって水滴が取りさられ
るのを防ぐ。また、水滴の辺縁部でガソリンが運んでくる酸素との接触機会を増大させることにより、
腐食を生じさせる通気差状態を生みやすくする。
パイプライン中の水の量は主に錆の分布と全錆
量に影響し、腐食の速度への影響は小さい。既
に示したように、より多くの水が パイプライン
の始点区間において見出される。これに対応し
てより多くの全錆量がラインの始点付近に見ら
れる (14)。
Table Ⅱ
水の組成は腐食の激しさに大きく影響するので
あろうか。これは Shell のパイプラインから別々
に採取された異なる水に対して、同一の研究所
での試験条件で得られた腐食速度の値 (Table
Ⅵ)から調べることができる。パイプラインの水
に関して得られている組成は Table Ⅰに示され
たような範囲にある;パイプラインの水質は一
44
腐食に及ぼす水とガソリンの成分の影響
腐食センターニュース No. 062
2012 年 11 月
定したものではないので、腐食速度と組成との間での相関性は求めていない。水相 (Table Ⅱ) として蒸
留水を用いた実験によれば、おおよそではあるがパイプラインの水を用いた場合と同程度である。
一般的には、ほかの条件が等しければパイプライン中のガソリンの流動速度が速いほど 腐食速度は大
きい。これは次の理由による。もし錆があればその鋼表面はガソリンが運んでくる酸素から遮断される。
そして、錆のない鋼表面へは酸素が供給されることにより、通気差原理 (15) に従って侵食が促進され
る。
精製された炭化水素化合物が、水の発錆速度の増加にすくなからぬ影響を与えるのではなかろうか。こ
れは Table ⅡとⅩの腐食実験結果により確認できる。通常のレギュラー型ガソリンの腐食速度は、水で
洗浄した同じガソリンのそれと有意な差はなかった;燃料油の場合、いくぶん小さい腐食速度が得られ
た。精製石油製品によっては物理特性・界面特性の違いにわずかな影響があるのは確かである。
温度は腐食の重要な因子である。パイプラインの運転温度の範囲において、発錆速度は温度の上昇にほ
ぼ比例して増加する (17)。ラインの始点付近ではガソリンの温度は通常いくぶん高いため、離れた場所
よりも腐食速度が大きいことが予想される。この場合の腐食速度の増加は 50%を超えるものではない。
新しい管はミルスケールで覆われており、これはお
そらく腐食の加速因子として作用している (9)。侵食
の程度はスケールの裂け目で大きい傾向を示す。こ
れはミルスケールが鋼に対してカソードとして働く
ためである。またラインの寿命の初期においては、
カソード的なスケールに覆われた領域は、アノード
的なスケールフリーの領域に比して広い。
Table Ⅲ
腐食因子としての酸素
(研磨した鋼製丸棒の回転容器試験;
20ml 水と 70ml ガソリンの混合溶液中にて 14 日間)
鋼製パイプラインの発錆における因子としての酸素
の重要性についての簡単な実験結果を Table Ⅲに示
した。
パイプラインの機械的な除去清掃
輸送処理性能の定常的な減少に対処するため、ほとんどのパイプラインにおいて過剰な錆を清掃除去す
るための定期的な除去作業が行われる (15)。これは錆層によって管が完全に詰まってしまうのを防ぐ対
症療法である。研削機の使用はコストがかかり、難しくもあり、また錆の除去にのみ有効である。
錆びた鋼の機械的な清掃は腐食反応が進行している部位の速度増大につながることがわかっている。錆
を除去すると酸素が鋼と接しやすくなる。さらに水中で平滑で輝く鋼の腐食速度は最も速く、その後錆
層で覆われるにつれて遅くなってくることが知られている (1)。錆びた鋼の清掃が部分的であっても腐
食速度の程度は初期の速度になることが予測される;おそらく既に侵食を起こしている食孔 (pits) の孔
食速度を上げる。
いくつかの実験結果によれば、すでに錆びている場合、完全な清掃を施した方が、不完全な場合よ
りも錆びのでき方は速い。
ガソリンラインで運転使用されていた長さ 8 インチの管から 4 枚の 3/4×6
2
インチ の試験片を切り出した。錆の清掃を、2 枚は小さい荒毛ブラシで軽く、2 枚は鉄ブラシで行い、
ガソリンと水道水とを混ぜた液に曝した。10 日後取り出し、アセトン洗浄、乾燥の後、管内面側の
錆を除去しその重量を測った。試験前の試験片についても同様に行った。試験片は元に戻されて再
び 10 日間曝された。これを 5 回繰り返して次の結果が得られた。
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腐食センターニュース
No. 062
2012 年 11 月
鉄ブラシの結果は荒毛ブラシの場合の数倍大きい。また、鉄ブラシの場合には清掃処理の中間に大きな
無数のさび瘤ができた。
ガソリンパイプラインを観察(14)した結果、研削処理は腐食の平均速度を上げるという結論になった。
さらに次の結論も導かれた。機械的清掃をした水管には、清掃をしない場合よりも、非常に速く輸送処
理性能を減少させる錆ができる。ガソリンラインのような流れのある湿潤環境下において清掃された鋼
に生成する錆の増加速度の検証は、腐食抑制を加えない水に関する実験結果 (Table ⅩⅡ) にみられる。
防食方法
水の除去 :水は腐食を左右する要因であるから、最初の段階でラインに水が混入するのを防止するの
がよい。蒸留、冷蔵、吸着、化学吸着などによる精製物からの水の除去は可能であろう。化学吸着の場
合を除いて、それらの方法では設備投資・運転費用負担を余儀なくされる。短いラインを流れるガソリ
ンの脱水 (16) を数年間行ったところ、満足のいく運転ができた。吸着材に蛍石、商用ボーキサイトを
用い、可能な限りガソリン内への水の入り込みを防いだ場合に、水分含有量を 40~50% に低減したと
報告されている。ここで基本的なフロー係数を一定に維持できたことは評価されるが、この方法は根本
的な不都合につながった。すなわち、ライン内に偶発的に浸入する水に対して効力がないのである。こ
のような水は蓄積されていく。運転当初の数年間は顕著にはならないものの、時間とともにその割合は
重大なものになっていく。さらに脱水装置の一時的な故障、ある種の保守運転の際に水を流す必要性、
また建造物の変更などがありうる。これらは経年的にその頻度は増えていく。また、長距離ラインでは
ガソリンは中間貯蔵の時に水分を吸収してしまう。
酸素の除去
ガソリンラインに酸素が入り込まなければ腐食は防止できる。いわゆる機械的な手段である “脱気”(抽
出、排気、不活性ガスの吹き込み)は現実上の多くの理由から適当ではない。酸素と反応する化学薬品
を使用する方法が 2 通りあり、それぞれ実施された:一つは別途設置されたプラントで、ラインに流す
ガソリンに薬品を注入する、また一つはラインに流すガソリン溶液に直接注入する。前者の方法は不測
の事態により入り込む酸素に対して処置できないという欠点がある。後者の方法に、亜硫酸ナトリウム
がただ一種提案され、2 つのパイプラインで試験された (16) が、その化学種の有益性についての確認
は得られなかった。この処理薬剤については後に述べる。
腐食抑制剤
ガソリンパイプラインでは、この内面腐食防止法は非常に魅力がある。なぜならば腐食媒 (水) の容積
は小さく、設備投資を必要としない、また通常、抑制作業を操業の都合に合わせられるからである。
すべての抑制剤をガソリンパイプラインの内面腐食の問題に適用できるかどうかは、いくつかの重要な
要求事項を満たさなければならない。
1. 管清浄面・ミルスケール付着面・ガソリンパイプラインの条件下で既に錆びている面、これらの面に
対して発錆腐食を防止する効果があること。
2. 管壁に一たび形成された錆層・ブリスターを硬化したり固着化したりしないこと。
3. ラインを通して輸送される精製物の品質に為害作用を生じないこと。
4. 抑制剤の利用費用が安いこと。
46
腐食センターニュース No. 062
2012 年 11 月
これらの要求を満たすものは、数ある抑制剤の中で亜硝酸ナトリウムだけであり、これについて以下に
述べていく。
各抑制剤の適用性
水に可溶で費用の安い腐食抑制剤はいくつかあり、それらのガソリンパイプラインへの適用性について
試験を行った。
Na2CrO4 は強力な錆抑制剤である。多くの水溶液系、特に冷却用ブライン、空調用水に、良好に使
用されている。腐食試験 (Table Ⅳ) によれば、パイプライン試水による清浄な管表面の錆止めにお
いて、亜硝酸ナトリウムと同程度の効果を示している;しかしながら、その特性にはガソリンライ
ンで使用するには大きな障壁があった。
Na2CrO4 はアルカリ溶液中であっても酸化剤として作用する。多くの有機化合物、たとえばアルコール、
アルデヒド、不飽和炭化水素、と反応し、腐食抑制作用をもたない Cr(Ⅲ)イオンに還元される。このた
めガソリンのガム化抑制剤を消費したり、着色あるいは非着色ガソリンを変色させる傾向がある。パイ
プライン内部に抑制剤を投入する前には通常腐食生成物が存在しているが、この場合クロメートの効果
は大きく減少する (2)。この影響については Tabel ⅩⅠに実験結果が整理されている。使用に対してのさ
らなる注意点は、入り込んでくる鉛を含む溶液と反応して鉛クロメートを析出することである。
Na2HPO4 とケイ酸ナトリウム(Na2O・3SiO2)の 0.1% 濃度における試験は簡単な回転容器試験において
部分的に抑制効果を示し(Table Ⅳ)、鋼表面は部分的に発錆がなかった。しかしながら、侵食された部
分は硬い、突き出したさび瘤で覆われていた。これらの薬剤は 0.1% 以上の高濃度で使用すると研磨し
た鋼表面で完全な防食性を示すが、通常の研削清掃作業によって除去できないような硬いスケールを生
じさせる危険性が大きな障壁になった。既に十分な錆を伴っている鋼表面に関しては、これらの薬剤は
引き続いての防錆には効果はなく,既に形成されている食孔の成長速度を加速し、不溶性リン酸鉄やケ
イ酸鉄の形成により既に存在している錆層を硬化させてしまう。
パイプライン中に 0.1%の水酸化ナトリウムを含ませた場合、研磨した鋼の試験片の防食にかなり有効で
あるが、ミルスケールが覆った鋼の場合、がさ高いさび瘤が急激に形成される。またガソリンに安定し
た水のエマルジョンを形成し、1h 経っても完全に消失しなかった。さらに、pH を制御する抑制剤 (炭
酸ナトリウム、リン酸塩、ケイ酸塩を含む) は有効でなく、腐食生成物が既に存在する場合には逆効果
であることが知られている (7)。
亜硫酸ナトリウムのタイプの抑制剤は存在する酸素との反応・その除去に効果を担っている。1 ポンド
の酸素と反応するのに約 9 ポンドの亜硫酸ナトリウムが必要である。通常のパイプラインを操業する場
合、ガソリン 1 バレルに必要な亜硫酸ナトリウムは最低約 0.2 ポンドとなる。ガソリンは空気飽和の 42
ガロンあたり 0.02 ポンドの酸素を含むからである。このような量の抑制剤は費用と操業上の観点から現
実的なものではない。実用的に許容できる量では、たとえば 1% の水が含まれる場合、実験室試験では
その効果は確認できなかった (Table Ⅳ)。
最終的にいくつかの特性をもった化合物に対して、ガソリンパイプライン用の抑制剤として実用的であ
るかどうか絞込みがなされた。ナトリウムクロムグルコセートは等量のクロム酸ナトリウムに比べ、実
験室試験において腐食抑制の効果はなかった、また後述する全ての不都合事項に該当し、ガソリンに安
定した水のエマルジョンをつくる傾向があった。ガソリンに可溶性の抑制剤であるメルカプトベンゾチ
アゾールが提案され (12)、試験をいくつかのガソリンパイプラインで行った (16) が、その長所にいく
ばくかの問題事項が残されたため一般的に許容されるものではなかった。議論された抑制剤に関する腐
47
腐食センターニュース No. 062
食試験の代表的な結果を Table Ⅳに示す。
2012 年 11 月
Table Ⅳ 抑制剤の腐食試験
(研磨した鋼製丸棒の回転容器試験;20ml 水と 70ml ガソリンの混合溶液中にて 14 日間)
実験室腐食試験方法
パイプライン水と多くの異なる抑制剤に関連する数多くの腐食試験が実施された。調査と比較試験には
簡単な装置と方法が採用された。試験の方法は腐食が生じたときの条件を正確に再現できるものではな
いが、ガソリンラインにおいての腐食発生を左右する本質的な要因をすべて含んでいると考えられる。
4 オンスの油サンプル瓶に 20 ml の水と 70 ml のガソリンを詰めた。6 インチの低炭素鋼 (SAE 1015) の
丸棒を No. 0 のエメリー布で研磨し、コルク栓に開けた穴に一端を挿して固定し、瓶内に浸漬した。瓶
を回転装置に取り付け 60 r.p.m.で回転させた。瓶内には約 30 ml の空間が残され、そこに 2 日毎に空気
を補給した。通常、室温 (75~85°F) で 14 日間を実験期間とした。ガソリンと水の混合物は回転により
粗いエマルジョンを形成した。ガソリン-水の界面は絶えず鋼製丸棒の表面にかかっている。腐食の結
果は目視観察ならびに丸棒を電解洗浄後、軟質消しゴムで払拭した後の重量減少によって決定した。
瓶 (容器) と回転装置を Figure 1 に示す。Figure 2 に抑制剤の有/無における腐食試験後の丸棒の代表的
な様相を示す。これらの実験結果は瓶内のガソリンと水の相対的な比率にあまり敏感ではない、このこ
とは、パイプライン水 20 ml とガソリン 70 ml の混合と、同 1 ml と同 90 ml の混合との結果により確認
できる (Table Ⅴ)。
Figure 1 回転容器試験装置
48
Figure 2 パイプライン採取水中腐食試験後の
鋼丸棒の写真
腐食センターニュース
No. 062
Table Ⅵ
2012 年 11 月
抑制剤を含まないパイプライン採取水の腐食試験
研磨した鋼製丸棒の回転容器試験;
20ml 水と 70ml レギュラー級ガソリンの混合溶液中にて、75-85°F、14 日間実施
Table Ⅴ
腐食試験における水-ガソリン比の影響
回転容器試験;水とガソリンの混合液中で 14 日間
亜硝酸ナトリウムの腐食実験
回転容器法による腐食試験は 450 マイル長のガソリンラインに沿った異なる場所において、ほぼ 1 年に
かけてその時期を変えて採取した水を使ったものである。その結果を Table Ⅵ に示した。同一条件とな
るよう、それぞれの水試料に対して 0.1%の亜硝酸ナトリウムを添加した。実験終了時に鋼製試験片には
錆や錆こぶの兆候は見られず、それぞれの鋼製丸棒は光沢を残した変わりのない様相を示していた。
水が採取された地点のパイプラインの始点からの距離と鋼に与える腐食度合いとの間に相関はみられ
なかった。ライン始点、55 あるいは 115 マイルの地点で採取したサンプルは、中継地点 450 マイルで採
取したサンプルよりも全体的に腐食性はよわいものであった。
腐食速度の数値は 2 つのグループに分かれた。0.5 mils/y および 5 mils/y である。これは水の組成に起因
するものであろうが、そこに関連している本質的要因については検討しなかった。おそらく、ライン水
の精製処理溶液中のある種の濃度が変動する物質が含まれていたためであろう。ここで得られた腐食速
度の程度は、稼動中のいくつかのパイプラインの平均侵食速度に関する Pearson (14) の推定値と実質的
に合っている。彼の計算によれば 0.3~6 mils/y である。
Table Ⅶ パイプライン水による鋼の発錆に及ぼす
亜硝酸ナトリウムの効果
混合されたパイプライン水中の濃度 0.1% 未満の
亜硝酸ナトリウムの濃度の影響は Table Ⅶ に示
されている。
回転容器腐食試験;pH 9.0、パイプライン及びレギュラー級
ガソリンより採取された 4 種混合水中で 14 日間実施
抑制剤としての亜硝酸ナトリウムの有効性に関
する水素イオン濃度の影響は Table Ⅷ の腐食試
験結果に示されている。ここでの条件においては、
腐食を完全に防止するには初期に 6 以上の pH が
必要である。亜硝酸ナトリウムがミルスケールで
覆われた鋼の腐食を抑制する効果は Table Ⅸ の
49
腐食センターニュース No. 062
2012 年 11 月
実験結果に示されている。
パイプラインで輸送される主なものは (様々な等級の) ガソリンであるが、灯油、様々な等級の燃料油、
さらにディーゼル燃料もラインの操業時間を使って運ばれている。通常高濃度の硫黄を含んでいるこう
いった製品が存在する場合にも、亜硝酸ナトリウムに防錆効果があることは、Table Ⅹ の腐食試験結果
に示されている。抑制剤がない場合に錆びた鋼の領域はガソリンに関する比較しうる場合におけるより
小さい。これはおそらく重油は軽油よりも水による鋼のぬれをかなりな程度まで防いでいるためであろ
う。
Table Ⅹ
Table Ⅷ
錆抑制剤としての亜硝酸ナトリウムの挙動に及ぼす
pH の効果
燃料油がある場合の抑制剤としての亜硝酸ナトリウム
の反応
回転容器腐食試験;70ml の油試料と 20ml の 0.05%NaCl 含蒸留水中;
回転容器腐食試験;パイプライン及びレギュラー級ガソリンより採取され 7 日間
た 4 種混合水中;各試験において 0.06 % 亜硝酸ナトリウムを添加した;
H2SO4 あるいは NaOH で pH を調整;14 日間実施
Table Ⅸ
Table XI 錆びた鋼に対する抑制剤の有効性
ミルスケール付鋼での亜硝酸ナトリウムの有効性
回転容器腐食試験;パイプライン及びレギュラー級ガソリンより採
取された 4 種混合水中;pH 9.0;18 日間実施
回転容器腐食試験と同条件;レギュラー級ガソリンと水道水;鋼製丸棒
は試験前に水中で全面に大量の錆付与された;28 日間
錆びた鋼のさらなる発錆の防止
パイプライン用の腐食抑制剤が既に錆びている鋼表面がさらに錆びることを防止することは重要であ
る。亜硝酸ナトリウムにこの作用があることは Table ⅩⅠの実験室での実験が示している。重量減少は錆
の進行を示す。亜硝酸ナトリウムに曝された錆びた丸棒にはわずかな重量減少のみがみられた。
ガソリンに対する水の体積比が大きい場合の亜硝酸ナトリウムの有用性
一日あたり 20,000 バレル (840,000 ガロン) の輸送処理性能
で操業するガソリンパイプラインでは、たとえば一日 5 ガロ
ンの亜硝酸ナトリウムの場合、168,000 体積ガソリンに対し
て 1 体積抑制剤となる (ライン内に自由水はないものとして
いる)。簡便な回転法では 70 ml のガソリンと 20 ml の水の混
合物を攪拌しながら鋼製丸棒が浸されている。亜硝酸ナトリ
ウム溶液に対するガソリンの比をパイプライン中での状態
と比較可能にした溶液の流動する条件下での有用性をパイ
プラインにおける場合になるべく近くなる条件で試験した。 Figure 3 ガソリン流動と溶液添加のための
実験装置
装置の様子を Figure 3 に示す。
50
腐食センターニュース No. 062
2012 年 11 月
レギュラー級ガソリン 15 リットルを遠心ポンプで循環させる。一端を溶接封じした長さ 14 インチの 1/4
インチ鋼管が 1/2 インチ直径のガラス管内に支持されている。鋼管は腐食試験用試験片であり、実験中
に内部を冷却できる (約 60°F)。ガソリンは 70~80°F で 4.3~4.9 フィート/秒の一定速度で鋼周囲を流れ
る。水あるいは抑制剤添加溶液ポンプの吸引側から導入し、ガラス管で液滴をガソリンに分散する。ガ
ラス管を通過後、一端に細かいグラスウールを詰めた分離装置によってガソリン中の懸濁液から水を分
離した。分離機は効果的に作動し、再循環させるに十分に透明で清浄なガソリンが得られた。水相が細
い毛細管を通じて導入された。ポンプに導入時の速度は水圧を一定に保つための供給用コンテナの高さ
を調節して一定に保った。
この実験装置から得られた結果は Table ⅩⅡ にまとめられている。0.1% の亜硝酸ナトリウムは、ガソ
リン:水-比が全パイプラインのうちのいくつかを模擬した条件である少なくとも 200,000:1 において
発錆を防止した、また鋼に対する保護性は亜硝酸注入を停止した後も一定時間維持された。さらに、水
中の亜硝酸濃度が高いほど、注入する溶液の量は少なくてすむこともわかった。
これらの結果より、亜硝酸ナトリウムは鋼に保護皮膜を形成すると考えられる。この皮膜は制限時間内
において抑制剤を添加されていない穏やかな腐食性の少量の水に対して耐性をもっている。亜硝酸ナト
リウム溶液に短時間浸漬して後、抑制剤のない湿った空気中に置いて、その様子を観察した例がいくつ
かある。
Table ⅩⅡ 水に対するガソリンの容積比が大きい場合の亜硝酸ナトリウムの有用性
試験液:研磨された鋼製管 (1/4 インチ) の周りを約 4.5 フィート/秒で流れている 分散水滴を含むレギュラー級
ガソリン;約 70°F
亜硝酸ナトリウムの作用機構
亜硝酸ナトリウムの防錆機構を述べるのに十分な確証が得られているわけではないが、既に述べたよう
に、亜硝酸ナトリウムは、薄いものの保護性の高い皮膜を鋼表面に形成するようである。この皮膜は視
認できないが、亜硝酸ナトリウム溶液に長く浸漬したあとであってもその輝きを維持して変わらないの
である。亜硝酸ナトリウムは発錆の過程においてアノード支配型として作用し、カソード反応への影響
はほとんどないようである。これについては Chyzewsky and Evans (3) により記述されている支配型に関
する電気化学的実験結果が示している。鉄の亜硝酸塩は水に可溶性のため、アノード領域に形成される
保護皮膜は酸化第二鉄ではないだろう、ことに溶液はアルカリ性であり亜硝酸は第一鉄化合物を第二鉄
化合物に酸化するためである。亜硝酸ナトリウムのアルカリ性溶液は室温下での酸素でもそうであるが、
反応はきわめて遅いために、酸素が亜硝酸ナトリウムの反応の機構に関与することはないであろう。
精製石油製品に与える亜硝酸ナトリウムの影響
製品パイプライン用の抑制剤に課せられる重要な要求項目を既に述べてきた:抑制剤はラインをポンプ
輸送される精製石油製品の品質に影響を及ぼしてはならない。実験室での実験 (Table ⅩⅢ) では通常の
51
腐食センターニュース No. 062
2012 年 11 月
精製石油製品は、パイプラインの操業中に起こるであろうよりも過酷な条件下で亜硝酸ナトリウムに接
した場合でも変化を生じていない。また、数多くの試験による水相の分析において亜硝酸濃度の変化は
見られない。おそらく 450 マイル製品ラインに亜硝酸ナトリウムを添加して 2 年間操業して、抑制剤の
使用に起因するような製品への為害作用の報告がないことの方がより納得のいく事実であろう。
Table ⅩⅢ 実験グループの一つに示されたガソリンに対する亜硝酸
ナトリウムの影響
1pt(0.47ℓ)中に約 2ml の PbEt4/ガロンを含むプレミアム級ガソリン 400ml を
室温で 60rpm で 11 日間回転後
ガソリンへの亜硝酸ナトリウムの溶解度
亜硝酸ナトリウムは事実上ガソリンには不溶であることが知られているが、微量な溶解度について実験
した。無水亜硝酸ならびに亜硝酸水溶液と一緒に振とうしたガソリンのガム物質の含有量のデータ
(Tables. ⅩⅢ、ⅩⅣ) から、ガソリンへの塩の溶解度は 0.002%であり、これは検出限界である。
ガソリンの一定容積を熱対流により循環させる蓄積実験を行った。
まず亜硝酸ナトリウムの溶液に対して、次に蒸留水に対して行った。
装置を Figure 4 に示す。全てのガソリンを処理するのにこの装置で
約 5 分間かかる。下部バルブには 3% の亜硝酸ナトリウム溶液が
100 ml、上部には蒸留水が 100 ml、そして他の器具には 560 ml の
レギュラー級ガソリンが充填される。7 日後上部バルブの水を排出
し、亜硝酸濃度を分析した。検出限界値以上の亜硝酸は測定されな
かった。無水結晶亜硝酸ナトリウムを下部バルブに入れて繰り返し
実験を行ったが、同じ結果となった。これらの結果より、亜硝酸ナ
トリウムのガソリンへの溶解度は 0.00001 以下と見積もられる。
したがって、パイプラインを通してガソリン内の溶液に抑制剤が実
質的な濃度をもって、もちこまれることはないと考えられる。
Figure
4
微量溶解度検出用熱
サイホン装置
亜硝酸ナトリウムの消費
長距離パイプライン系統にはポンプ基地間が 100 マイル以上の区間がある。この長さのラインの全管内
表面積はかなり大きく、一端にて注入される少量の亜硝酸ナトリウムがこの表面と実質的に接触するこ
とになる。したがって、抑制剤が管壁あるいは錆に吸着するかどうかが重要になってくる。
亜硝酸ナトリウムの清浄な鋼表面への吸着能を調べるため、約 14.2 平方フィート表面積の清浄なスチー
ルウール 100 g を 0.1% 亜硝酸ナトリウム水溶液 100 ml と 2 日間接触させたところ、溶液の亜硝酸ナト
リウム濃度に、実験誤差範囲内での変化はみられなかった。推測される実験誤差に基づいて亜硝酸ナト
リウム 0.003 g 未満が吸着したと計算され、これは清浄鋼の最大吸着量 210 g/1,000,000 平方フィートと
一致する。明らかに清浄鋼への抑制剤の吸着が何らかの影響を及ぼすものではない。水溶液中の亜硝酸
ナトリウムは、空気中に 14 日間振盪した 0.1% (pH 9.1) のサンプルが示すように、空気によって酸化さ
れず、亜硝酸濃度に変化はみられなかった。
52
腐食センターニュース No. 062
2012 年 11 月
新しくできた錆は亜硝酸ナトリウムと反応することがわかった。第一鉄酸化物は酸化されて第二鉄酸化
物となり、亜硝酸は還元されてアンモニアになる。その全体反応は次のとおりである。
NO2- + 6Fe(OH)2 + 5H2O = NH3 + 6Fe(OH)3 + OHこの反応は素早いものではない;亜硝酸と第一鉄酸化物あるいは水酸化物との間で錯体を形成し、それ
が比較的ゆっくりと分解し、示された最終物質にかわる。定常状態においては明らかにこの反応に達す
る。亜硝酸の濃度が高く第一鉄酸化物の相対量が多いほど、初期速度はより速く、定常状態の値に達し
た場合の亜硝酸の濃度の低下割合はより大きくなる。
第一鉄酸化物による亜硝酸との反応あるいは吸着は検知されなかった。
したがって、第一鉄錆が管内壁に沿って分布していれば、始点で亜硝酸ナトリウムを連続注入しても、
ただちにその効果がライン全長域に及ぶことは期待できない。完全な抑制が実現するのはパイプに沿っ
て第一鉄錆が酸化されたときである。比較的大量の第一鉄錆 (1 ポンド亜硝酸ナトリウムあたり 7.8 ポン
ドの第一鉄水酸化物) のために、各ラインの注入区間 (通常 50~100 マイル) の末端で抑制が達成され
るのに、古いラインに抑制剤を注入してから 1‐2 カ月以上かかることはないだろう。
製品用パイプラインにおける亜硝酸ナトリウム
亜硝酸ナトリウムは 3 か所の製品輸送用パイプラインで内部腐食防止に良好な状態で使用されている。
450 マイル長ラインで 2 年間の使用実績がある。約 11 年間操業の 266 マイル長の天然油ラインの場合、
亜硝酸ナトリウムが使用されたのは約 2 年前にガソリン輸送に転換されて 8 カ月後のことであった。90
マイルラインの場合、亜硝酸ナトリウムは 1941 年初頭に建造後、操業開始から使用された。抑制剤は
さらに最近完成した 1200 マイル長パイプラインに使用されることになっており、また 370 マイル長の
古いガソリンラインにも最近使用されはじめた。さらに他での応用も期待される。
実際にガソリンパイプラインに抑制剤を使用する際には、5~30% の亜硝酸ナトリウム水溶液を 5 ガロ
ン/日の速度で、各基地間の長さのラインの始点から連続注入する。長いライン上の各基地での注入が必
要であるのは、沈殿物と水の分離装置が基地内にガソリンを運ぶラインの区間端末に設置されているた
めである。パイプラインの全地点の水は抑制剤の効果を出すためにアルカリ性でなければならないため、
流れている水の pH が 8 以下に下がるときには抑制剤溶液に水酸化ナトリウムが添加される。
抑制剤は管壁から錆層を剥がす傾向にあるとの観察がいくつかあるが、亜硝酸ナトリウムによる抑制処
理の間に集積した錆を除去するには、機械的な研削の方が速く行うことができる。鋼の防錆において抑
制剤はパイプラインの状態によっては錆の除去に間接的に寄与する。なぜなら、いくぶん loose になっ
たスケール粒子上へのさらなる発錆の付着が研削作業期間の間阻止されるからである。
亜硝酸ナトリウムによる抑制を始めてから、沈殿物に係る困難な問題がかなり緩和されることが経験さ
れている。研削作業期間の間に基地内に持ち込まれる沈殿物量は抑制しない場合に比べてはるかに多い
のであるが、沈殿物は水絡みであるため、ガソリン内の微粒子懸濁物に比べると、どちらかというと基
地の分離装置で容易に除去できる。抑制剤導入の初期段階では、管壁に蓄積していた古いスケールを機
械的に除去する研削作業にできるだけ集中した。古いスケールを除去するのに要する時間はラインごと
で異なる。おそらく数カ月から一年かかるが、最終的には研削作業を行った後、微量のスケールを認め
る程度になり、偶に事前の処置としてのみ研削作業が求められるくらいになる。
53
腐食センターニュース No. 062
1938 年 4 月以来操業されている 450 マイル長のパ
イプラインに亜硝酸ナトリウムを使用したときの
結果を、最初の 55 マイル区間について Figure 5 に
示す。そこではラインの中で好成績をあげている
区間のそれと類似した結果であった。フロー係数
C はパイプラインの創業時のデータから、
Hazen-Williams の修正式により計算した。式は以
下のとおりである。
C は輸送処理量の係数であるため、通常パイプラ
インの流動効率を表す指標として使われる。設計
の観点からガソリンが流れている 8 インチ直径の
パイプは通常フロー係数は
2012 年 11 月
Figure 5
450 マイル長パイプライン(8 インチ管)の 55 マイ
ル初期区間の抑制成績
約 140 となるように考慮される。このためほとんどの 8 インチラインの場合、フロー性能に関するこの
値を超えない。既に述べた理由のために、数週間から数カ月操業した新しいラインのフロー係数を測定
すると発銹がすでに良好な過程に入っていることを知ることになる。
Figure 5 のフロー係数曲線は抑制前の 137 から抑制後には 155 への改善を示し、これは輸送処理性能の
増加に対応している。
研削作業によって除去されたスケールの量は大量の抑制剤を注入している間は顕著に増加し、それから
非常に少ない量へと減少し、ラインの古いスケールがかなり除去されたと想えるようになる。
流出水中への抑制剤注入が遅れるとラインの第一鉄錆により亜硝酸が消費される。この場合および同一
ラインで処理に成功した区間において消費された抑制剤の総量は 8 インチパイプのマイルあたり約 18
ポンドである。
操業中のガソリンラインの内部表面を観察する
機会はめったにないが、観察できたときの結果で
は亜硝酸ナトリウムでかつて処理をしたパイプ
の中は錆層やブリスターの無い実用上清浄な鋼
表面をしていた。
Table ⅩⅣ
抑制開始後の流出パイプライン水試料の
腐食試験
回転容器腐食試験;20ml のパイプライン水と 70ml の
レギュラー級ガソリン中;14 日間
パイプライン内の水による鋼の防錆における亜
硝酸ナトリウムの効果のさらなる確認は(Table
ⅩⅣ)に示されている。これは抑制剤で処理した
ラインの様々な区間 (40~100 マイル長) の流出
水での腐食試験の結果である。亜硝酸を含む水は
分析のように、これらの試験において鋼に発錆が
生じていない。
54
腐食センターニュース
No. 062
2012 年 11 月
結 論
製品輸送用パイプラインの亜硝酸ナトリウムによる腐食抑制において、その実用上の利点は次のように
要約される;管の最大フロー性能が実現し、より大量のガソリンを既存の設備と電力によりラインを通
じてポンプ輸送できる;言い換えれば、輸送処理量改善に必要な電力量はラインが錆びている場合に比
べて、より少なくて済む;一度機械的な研削作業で既存の錆をラインから除去すれば、研削作業の頻度
は非常に少なくなる。各施設でガソリンと触れて稼働している機械類の保守作業がかなり軽減される、
これはガソリンに混じって流れる研削微粉の量が減少するためである。同じ理由により、中間取出点を
もつ長大な製品ラインにおいて重大な考慮を要する科量精度も同様に改善される。輸送する製品の色、
ガム物質、酸化安定性に対する大量の錆の影響を受けなくなる。ガソリンの沈殿物の問題がなくなる。
内部腐食による管壁厚の減少がなくなる。
出典文献*)に掲載の引用文献
55
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解説
スルホネートをインヒビターに用いる腐食と吸着の研究
Corrosion and Adsorption Studies Uising Sulfonate Inhibitors
By A.H. ROEBUK, P.L. GANT, O.L. RIGGS and J.D. SUDBURY
Continental Oil Company, Ponca City, Oklahoma
CORROSION,Vol.13,733t-737t (November,1957)
腐食センター
金森
英夫
1.序章
スルホネートの利用範囲は広く,家庭用から工業用の洗剤用途,各種設備用潤滑油,防錆油,金属加
工油,防錆スプレーの錆止め添加剤として,また圧延や金属加工用エマルションの乳化剤や自動車,建
設機械,農機具そして発電機などを始めとするガソリン,ジーゼル,ガスエンジンなどエンジン油の清
浄分散剤など多岐にわたっている.1),2),3)、4)
1910年ころから使用され始め,さまざまに求められる実用性能を得るために多くのフォーミュレ
ーションが確立されている.1957 年当時,インヒビターとして最も多く使用されていたという.しか
しインヒビターとしてのスルホネートの作用メカニズムについての発表はほとんどなされていなかっ
た.ほかの極性基を持つ酸やアミンなどの有機物については,鋼表面のアノード領域であるいはカソー
ド領域で吸着によって腐食抑制作用を示すという見解が多く出され,やがて両領域で吸着が起きるとみ
なされるようになっている.さらに,こうしたインヒビターの効果は,単なる吸着ではなく簡単に吸着
脱離できない化学吸着であるということが示されるようになった5),6).
吸着力の強さは,それはとりもなおさずインヒビターとしての効果を意味するもので,吸着グループ
(集合体)の電子的構造に基づくもので説明できるという理論が登場する7).
このような高電子密度を伴う集合体形成が最も効果的であることが示された.この理論は,各種アミン,
酸,メルカプタン,アルコール,フェノール,エステルなどの関係する挙動によく当てはまる.しかし
ながらこの理論ではスルホネートは抑制性能を持ち得ないという結論になった.Hackerman の見解は,
スルホネートのインヒビターとしてのよく知られる効果は,不純物の存在によると仮定するものであっ
た.
こうしたなかで,放射線による(ラジオメトリック)吸着の研究8)で,オイル中のカルシウムスルホ
ネートは少量の水の添加によって吸着量が大きく増大することが示された.これらデータに基づいて,
Van Hong とそのグループは,カルシウムスルホネートの吸着は物理吸着よりも化学吸着によってその
効果を示すとしている.
Powers と Cessna9)は極性基型のオイルインヒビターは,酸化しやすい環境が提供される金属/オイ
ル間の界面において,酸素の溶解量が濃縮することで鉄や鋼の不動態化を促進する作用があると述べて
56
腐食センターニュース
No. 062
2012 年 11 月
いる.
スルホネートの存在下で腐食性酸をミセルで除去するという腐食抑制メカニズムが,Baker,
Singleterry と Solomon によって発表10)された.
著者曰く,その後スルホネートのコロージョンインヒビターに関する報告はないということである.
ここでは,オイルに溶解させたスルホネートのインヒビター効果について,次の研究をおこなってい
るので紹介する.
なお,本文の Introduction にある文献 1)~15)については直接関係しないものは省略し,本訳文に
関係するものを参考文献に記載した.
2.実験方法
2.1
試料スルホネート
試験に用いるスルホネートは,分子量の異なるスルホン酸に,各種のアルカリ金属水酸化物②やアミ
ン③を反応させて作成している.化学構造を Figure 1 に示す.
57
腐食センターニュース
2.1.1
No. 062
2012 年 11 月
分子量の異なるスルホン酸
室温~70℃の温度を正確にコントロールし一定の収率で合成した.
・ドデシルベンゼンスルホン酸(分子量=326)
・ポリドデシルベンゼンスルホン酸(分子量=470±20)
2.1.2
スルホン酸の中性化(Neutralization)
次に示すアルカリの水酸化物水溶液を 50℃またはそれ以下で上述のスルホン酸にナトリウム,カル
シウム,カリウム,リチウムの水酸化物を加え,pH が 7-8 になるよう反応させた.未反応物を除
去するためのろ過を行って最終反応物を得ている.
また,アミン塩については,75℃に加熱した芳香族(aromatic)アミン,複素環式(heterocyclic)
アミン,脂肪族(aliphatic)アミンを上述のスルホン酸に加え 85℃で 30-40 分攪拌して反応させた.
反応させるアミンの量に応じた(アミン:スルホン酸比を変えた)化合物を得ることができた.
2.2
腐食試験
,②CO2-オイル-ブライン,③H2S-
Figure 2 に示す装置で①H2S-オイル-ブライン(塩水)
CO2-オイル-ブライン系で実験を行った.ブラインは 5%食塩水である.オイル中のインヒビター
濃度は 5~500ppm で行った.この系は機械的に攪拌し,また試験中は腐食性ガスのバブリングで攪
拌し,24 ℃に保たれる部屋で実験をおこなっている.試験片(COUPON)は#80 研摩紙で研摩した
1020 冷延鋼板を用いた.インヒビター効果は試験片重量減速度,μg/min を次の式で算出し求めた.
58
腐食センターニュース
No. 062
2012 年 11 月
インヒビター効果%=
W1 − W2
×100
W1
W1 =ブランク試片の重量減
W2 = インヒビター試片の重量減
2.3
吸着 (adsorption) の研究
Sulfur-35 をラジオトレーサーに用いる Radio-Tag 法でスルホネートの吸着量を測定している.約
30 ミリキューリーの放射能の Sulfur が使われた.Tag スルホン酸の放射能は,107崩壊/秒/gであ
る(因みにラジウムは 3.7×1010崩壊/秒/g).スルホン酸は適切な反応で目的とするスルホネート
にした.
測定は
S#120
のベルトグラインダーで表面を研摩した直径1in. 厚さ1/16in. で平らな円盤の
1020 鋼を,イソ-プロピルアルコール,アセトン,そして無極性のイソ-オクタンで洗浄後,デシケー
ターに保管して乾燥後,取り出し,50mℓの試料スルホネートの乾燥イソ-オクタン溶液に浸漬後,イ
ソ-オクタンで乾かないよう続けて4回洗浄後,赤外線ランプで乾燥させる.乾燥操作による(吸着量
の)カウントには影響がない.
試片はフローカウンターでカウントされる.ステンレス容器中でそれぞれの試片の先端から底部ま
で,全 Sulfur-35 の放射線量をカウントする.同じ形状の状態(同じタイプの試片)で 100 ppm 溶液
での重量測定が行われ,μグラム/分の重量比を決定する.この放射線トレーサーテクニックの操作
で吸着したインヒビターの重量が正確にμグラムの 1/10 以内の精度で決定される.
吸着量の検定は,表面積が既知の 1020 鋼パウダーで行った.起こした吸着は,放射線トレーサー
テクニックで測られる溶液濃度の変化によって決定された.
また,試片からの脱離は清浄なイソ-オクタン(24F)中に浸漬し脱離するまでの時間を測定した.
吸着したインヒビターの腐食防止効果は,H2S-ブライン系に試片を浸漬し,黒色の硫化鉄被膜が
形成されるまでの時間を測定する方法によった,この試験は「黒色化時間試験(time to blackening
test)」とよばれる.
3.実験結果
3.1
腐食実験結果
分子量 326 のドデシルベンゼンスルホン酸(C12H15-C6H4-SO3H)の Na 塩は,やや油に溶解
する程度で,インヒビター効果は認められない.H2S ガス環境中で分子量 470 のポリドデシルベンゼ
ンスルホン酸((C12H15)X-C6H4-SO3H)の Na 塩は,95 ppm の濃度で 80%のインヒビター効
果が認められた.その他,CO2ガス中の Ca 塩は 10 ppm で 95%,アミン塩も表1に示すようにインヒ
ビター効果が認められた.いずれもこれらの塩は油溶性であった.
59
腐食センターニュース
No. 062
2012 年 11 月
表1 実験結果の一部
結果
スルホン酸
分子量
アルカリ 濃度,ppm 腐食性 インヒビター 観察結果
ガス
効果%
ドデシルベンゼン
やや
C12H15-C6H4-SO3H
ポリドデシルベンゼン
(C12H15)X-C6H4-SO3H
326
470±20
Na
Na
Li
K
Ca
アミン1
アミン2
アミン3
アミン1
アミン2
アミン3
Ref(市販イミダゾリンタイプ)
95
95
95
H2S
H2S
H2S
×
80
80
80
10
CO2
H2S
H2S
H2S
H2S
H2S
H2S
H2S
H2S
95
93
80
72
99
82
75
67
73
50
95
50
95
アミン1 : アロマティック(芳香族)アミン
アミン2 : ヘテロサイクリック(複素環状)アミン
アミン3 : アリファティック(脂肪族)アミン
アミンの分子量はそれぞれ170~400である
上述三種類のアミンのポリドデシ
60
油溶性
油溶性
油溶性
油溶性
腐食センターニュース
No. 062
2012 年 11 月
上述三種類のアミンのポリドデシ
ルルベンゼン(PDB)スルホン酸ア
aromatic amine / Sulfonic Acid
ミン塩スルホネートと市販のイミダ
100
ゾリンタイプのそれぞれ濃度におけ
す.
アミンスルホネートは低い濃度か
ら高い抑制効果を発揮した.また,
添加量の増加とともにインヒビター
効果は増加した.
芳香族アミンスルホネートのアミ
ンと PDP の反応モル重量比を変え
Effective Inhibition
Per Cent Protection
るインヒビター効果を Figure3に示
たときの結果を Figure4に示す.ア
80
60
40
20
0
ミンと PDB のモル比が 49/51 でイ
0
ンヒビター効果の最大値を示した.
そのプロットのピークは狭いが,イ
ンヒビター効果を示す範囲は広いと
いえる.
20
40
60
80
Per Cent Mole Weight
100
Figue 4
Improved inhibition due to aromatic amine sulfonic acid reaction products
ヘテロサイクリック(複素環)ア
ミンスルホネートのアミンと PDP
の反応モル重量比を変えたときの結
hetrocyclic amine / Sulfonic Acid
果を Figure 5 に示す.インヒビター
100
分広い.PDP が 70 %の比率の場合
にも高いインヒビター効果を示して
いる.このことは,高い経済性パフ
ォーマンスを示しているといえる.
PDP はヘテロサイクリック(複素
環)アミンより安価なためである.
その他のグラフでは表せない PDB
Effective Inhibition
Per Cent Protection
効果を示す重量モル比の範囲では十
スルホン酸のアミンについての魅力
量比を変えたときの結果を Figure
40
20
0
同じタイプのデータで,アリファ
ートのアミンと PDP の反応モル重
60
0
ある性能を次に示す.
ティック(脂肪族)アミンスルホネ
80
20
40
60
80
Per Cent Mole Weight
100
Figue 5
Improved inhibition due to hetrocyclic aminesulfonic acid reaction products
6 に示す.
61
腐食センターニュース
No. 062
2012 年 11 月
aliphatic amine / Sulfonic Acid
最大の効果を示したモル重量
100
比が得られた.そしてプロットは
と 35/65 の間にきわめて効果的
なインヒビター組成を見出すこ
とができた.
その他のグラフでは表せない
PDB スルホン酸のアミンについ
ての魅力ある性能を次に示す.
1.アミンのオイル溶解性は,
Effective Inhibition
Per Cent Protection
極めて狭い.モル重量比 51/49
80
60
40
20
ブレンディング性能を向
0
上させた.
0
2.水への分散性向上はより
高いインヒビター効果を
生んだ.
3.2
20
40
60
80
Per Cent Mole Weight
100
Figue 6
Improved inhibition due to aliphatic amine sulfonic acid reaction products
吸着実験結果
スルホネートがインヒビター効果を持つメカニズムの理解のためにさまざまな吸着テストを腐食試験
に対応させ同時に実施している.腐食テストは吸着とインヒビター効果を関連づけるために吸着テスト
に用いる試験片でテストが行われた.Figure7は代表的なナトリウムスルホネートとあるアミンスルホ
ネートの等温吸着曲線である.
62
腐食センターニュース
No. 062
2012 年 11 月
ブレークオーバーする点は 3.3×10 μMol/cm である.分子占有面積を 50Å で表面粗さファク
4
2
2
ター2と仮定すると,濃度 10 ppm で表面の約半分を単分子膜で覆うことになる.
同じ分子占有面積と粗さファクターを仮定すると 100 ppm ではアミンスルホネートとナトリウムス
ルホネートに対してそれぞれ 0.84 と 0.64 単分子膜ということになる.
これらの吸着測定結果を検証するために,複製実験,即ち鋼試験片に替わって表面積既知の鋼パウダ
ーを使って実験が行われた.鋼パウダーは平衡吸着になるまで保たれ,そして濃度の変化が測定され,
その結果,吸着相当分が決定される.吸着した量は,すばやく洗浄したあとトレーサーカウンターテク
ニックによって測定され,鋼パウダー上で起きたものの 80 %の値として決定された.
吸着操作のあとに鋼試験片を洗浄することが必要であるのは,それらの表面に残っている溶剤を除く
ためである.前述のように,イソ-オクタンによるすばやい洗浄によってこれが達成される.
Figure 8 にアミンスルホネートとナトリウムスルホネートに対する等温吸着量を示す.これらは 25
ppm で測定されている.また,ナトリウムスルホネートの全吸着量はアミンスルホネートのそれとして
示された高さに到達していない.アミンは吸着速度が速いためである.
Figure 9 にはアミンスルホネートとナトリウムスルホネートの吸着離脱量を測定した結果を示す.こ
れらは,同じく 25 ppm で測定されている.ナトリウムスルホネートは,アミンスルホネートよりも強
固に固定されており,離脱量も小さい.
Figure 10 に,さまざまな濃度の吸着テストに使用した試験片に対するインヒビター効果測定曲線を
示す. 腐食がある決められた範囲に至るまでの時間に対して,試験片が浸漬された液中の溶質の濃度
の関係をプロットしている.これらの曲線は二つのインヒビターに関する吸着曲線の形によく似ている.
それらはまたさまざまなインヒビターの濃度のもとで腐食系に置かれた試験片の腐食速度の曲線にも
類似である.
吸着とインヒビター効果の間に存在する明確な量的関係が見て取れる.
これらの試験結果は,残念ながら Figure 9 やその他全ての腐食試験データに示されたようなアミンス
ルホネートの金属スルホネートを大きく越える優位性は予測していなかった.
63
腐食センターニュース
3.3
No. 062
2012 年 11 月
スルホネートによるインヒビター効果発生のメカニズム考察
さまざまな実験室手法を用いてスルホネートの表面活性を示した.これらの手法は界面測定,液滴寸
法の比率測定と吸着測定を含んだものである.スルホネートが強い界面活性性能を持つことがわかった.
このスルホネートは約 50 %オイルを含むものとして製造された.さまざまな実験が行われその初期段
階からスルホネート中のオイルの存在がそれらスルホネートの有効性をになう役割をしていることが
示されていた.過剰のオイルの存在下で,優れた腐食防止性能が観察された.オイルが少ない状態では
効果が少ない.
このことを検証するために,ナトリウムポリドデシルベンゼンスルホネート試料「水―イソプロピル
アルコールーペンタン抽出系」を用いて脱油された.そのスルホネートは,水-アルコール相中に抽出
された.無視できるほどの量のスルホネートが炭化水素相に残ったことがラジオトレーサーテクニック
で測定された.この相は分離用漏斗を用いて取り出され低温のホットプレートで濃縮された.脱油留分
のインヒビターは,腐食試験による結果では効果ゼロであった.ここで,脱油留分は腐食速度を加速し
た.淡色の粘度指数(VI)170 のオイルがこの脱油留分に加えられた.腐食試験の結果において良好
なインヒビター効果を示した.オイルの存在は明らかに効果的な腐食抑制系に必要であった.スルホネ
ートの腐食抑制メカニズムには,“オイル効果”を加えなければならない.スルホネートが金属表面に
オイルを吸収するか引っ張るという原理を仮定して絵を描くと Figure 11 のようになる.このことは表
面を優先的にオイルでぬれた状態にする.オイルのバリヤー層が吸着されるスルホネートの場所を確保
し,腐食を最少にする.
64
腐食センターニュース
No. 062
2012 年 11 月
4.結論
(1)腐食を防止するインヒビターとして効果のあるスルホネートの分子量の領域は 300~470 である.
(2)アミンスルホネートでの効果的腐食抑制は最低 5 ppm で与えられる.
(3)オイルへの溶解性と水への分散性はスルホン酸とアミンのモル重量比の選択によって制御できる.
(4)アミンと PDB スルホン酸の反応生成物は,インヒビターとして酸やアミン単体よりもなお優れ
て効果的である.
(5)ラジオメトリック手法は,スルホネートの吸着―離脱特性の研究に有用であった.
(6)スルホネートインヒビターは,鋼表面に強固に吸着されることを示した.この吸着層のほとんど
は,容易に吸着からの離脱は起こし得なかった.
(7)スルホネートインヒビターは金属表面に吸着しそして優先的にその表面をオイルぬれの状態にす
る.オイルの存在が効果的な腐食抑制に本質的に必要であることを示した.
編者所見
今日スルホネートはオイル系の添加剤としてまさに本文にあるように油中で金属に吸着することによ
って有効に作用するインヒビターとして広く用いられている.たとえば水中油(W/O)型や油中水(O/W)
型のミセルを形成して乳化や可溶化,またエンジン油中の燃料残渣物(すす)などを取り囲み微細構造
で油中に分散させるなど多くの機能を持ち石油化学製品に重要な役割を担って使われている.この論文
ではその基礎を成す特性が多くの実験で明らかにされ,特に 100%に近い優れたインヒビター効果を示
すアミンスルホネートについて有用な知見が提示されている.ただしそのアミンの化学構造について,
文中には,These amine types included (1)aromatic (2)heterocyclic and (3)heterocyclic. The molecular
weight range of the amines was from 170-400.という表現で詳細化学構造の記述はなく Figure 1 に
アミンの例が図示される程度にとどまっている.1957 年 11 月に発表され,この後きわめて多くの特許
が出願されていることを考えると,この論文もそのための準備の一貫であったかもしれない.
本論文中で吸着実験が多く行われている.S-35 という S-32 の放射性同位元素でスルホン酸の極性基
の根幹を成す部分を合成し,金属に吸着しているところからの放射線を捉えて吸着量に換算するラジオ
トレーサーテクニックを使って測定し腐食実結果と一致するところは圧巻である.
65
腐食センターニュース
No. 062
2012 年 11 月
5.6μmol/(cm2×104)
4.3μmol/(cm2×104)
3.3μmol/(cm2×104)
ここで,Figure7を今一度みると Figure3の腐食実験結果によく対応したカーブが確認できる.スル
ホネートの添加量に対して吸着量が 3.3μmol/(cm2×104)まで立ち上がりそれ以降リニアに緩やかな
傾向で増加する結果が示されている.本文中では立ち上がりを原文のままブレークオーバーと訳させて
いただいたが,まさに何かがブレークする臨界点と捕えることができる.吸着量が 3.3μmol/(cm2×
104)で何が起きたか,本文では分子占有面積を 50Å2として最後の Figure 11 に示す配向が始まった
ことを示唆している.この論理を計算してみると表 2 のようになる.
50Å2
66
腐食センターニュース
No. 062
2012 年 11 月
表2 計算結果
仮定
分子占有面積
表面粗さファクター
MS
F
Å2
倍
50
2
設定・既定値
試験片のサイズ
0.1875 厚さ3/16in
2.540 直径1inφ
470.0
400.0
870.0
cm
cm
ポリドデシルベンゼンスルホン酸の分子量
アミンの分子量
スルホネート分子量
MolN
その他
π
アボガドロ数
avog.
3.142
6.022E+23
同上,試験片への全吸着量
Ad(10), μmol/(cm2×104)
Ad(10), mol/cm2
Ad(10), mol/cm2 ×SL, cm2
3.3
3.3E-10
3.381E-09
μmol/(cm2×104)
mol/cm2
mol/試験片の全表面
2.036E+15
1.018E+17
0.4968 ~0.5
分子個数/試験片の全表面
Å2
スルホネート濃度10ppmのときの被覆率
Ad(10)×S1×Avog.
Ad(10)×S1×Avog.×MS
αAmine(10)=Ad(10)/SL
測定結果
Amineスルホネート濃度10ppmのときの吸着量
Amineスルホネート濃度100ppmのときの吸着量
同上被覆率
Naスルホネート濃度100ppmのときの吸着量
同上被覆率
αAmine(100)=Ad(100)/SL
αNa(100)=Ad(100)/SL
試験片の表面積の計算
2平面の面積
円周
側面の面積
試験片の全表面積
S1
粗さを考慮した試験片の全表面積
S2=S1×1016
SL=S2×F
Amineスルホネート溶液量
Amineスルホネート溶液濃度
Amineスルホネート溶液mol濃度
溶解している分子個数
50mL中に溶解しているAmineスルホネート分子数
全ての溶解分子が金属に吸着したときの占有面積
同上被覆率
被覆率最大(βアミン(MaX)=1)となる濃度
1mol/Lの濃度
Sol,ppm
Sol,g/L
Sol,mol/L
Nsol = (Sol,mol/L) × Avog.
Nsol50m = (Nsol)/1000*50
A50mMS = Nsol50m×MS
βAmine(10) = (A50mMS)/SL
1/0.0845×10
6.022
1E+23 分子個数/mol
5.550
0.8356 ~0.84
4.250
0.6398 ~0.64
10.13
0.5890
0.1104
10.244596
1.024E+17
2.049E+17
cm2
cm
cm2
cm2
Å2
Å2
50
10
0.00001
1.149E-08
1.149E-05
6.922E+15
3.461E+14
1.73E+16
mL
ppm
g/L
mol/L
μmol/L
溶解分子個数/L
溶解分子個数/50mL
Å2
0.08446
118.4
870
ppm
g/L
アミンスルホネートが 10ppm 濃度のときに Radio-Tag 法で求めた吸着量は 3.3μmol/(cm2×104)
である.吸着分子の数は単位面積当たりの放射線量に相当するため試験片の表面積当たりに換算した量
にアボガドロ数を掛けて 2.035×1015個と求められる.スルホネートが,Figure 11 のように金属面に
垂直に配向するときの1分子占有面積を本文と同じく 50Å2と仮定すると,2.035×1015個に 50 Å2
を掛けて全占有面積,Ad(10) は 1.017×1017 Å2 となる.
一方直径 1in.厚さ 3/16 in.円盤状試験片の表面粗さを考慮した表面積,SL は,2.047×1017 Å2
と計算される.分子の全占有面積 Ad(10)S を試験片の全表面積 S1で除すと被覆率,αamine(10)=0.498
が得られる.すなわち本論文中の,表面の約半分が単分子に覆われるという記述に一致するのである.
ただし計算では吸着量を分子数に計算するときに試験片の表面積を掛け,被覆率を算出する際にまた表
67
腐食センターニュース
No. 062
2012 年 11 月
面積から除しているわけで物理的には恒等的で意味はない.また前者は粗さファクターを考慮せず後者
は考慮していることから,被覆率 0.5 は粗さファクターそのものの値といえるのである.しかしこの計
算が分子専有面積の大きさや吸着量の測定結果の相対的関係を否定するものではない.10 ppm 濃度の
ときに Radio-Tag 法で求めた吸着量,3.3μmol/(cm2×104)の点は,油相の導きによって極性基であ
るスルホン酸塩の部分を金属側に向けた配向(orientation)が始まる瞬間である.そして 10 ppm から
濃度の増加にしたがって同じ形のミセルが図 11 のように詰まっていき(packing),リニアな傾きで密
度を増していく状態を figure 7は見事に捉えている.また Figure 7 より,アミンスルホネート 100ppm
溶液における吸着量は 5.55μmol/(cm2×104),Na スルホネートのそれは 4.25μmol/(cm2×104)
であるので,それぞれ単分子膜での被覆率,0.84,0.64 で覆われていると計算される.そしてアミンス
ルホネートと Na スルホネートの吸着特性の差は Figure 7 の両直線の傾きの差に明確に表われている.
なお,スルホネートの溶解状態を計算した結果を表 2 下段に示す.先ほどと同様に 10 ppm 溶解して
いる分子の個数を計算し,その結果吸着実験の溶液量 50 mℓ中の分子個数と計算した.すると 3.46×
1014個の分子占有面積は 1.73×1016Å2となった.極性基を持つスルホネートが溶液中を漂うよりエ
ネルギー的に低い金属表面吸着状態に全ての分子が移行したとしても単分子で被覆される割合は
0.0845 となり,ラジオトレーサーテクニックを使って測定した値よりはかなり小さい値となった.
Radio-Tag 法で吸着重量計測と放射線量から作成する検量線作成や吸着実験の操作過程に原因すると思
われやや気にかかる点ではあるが論文の趣旨と値とを相対比較で見る限り全体を否定するものでは全
くない.
現在では S の吸着量の測定に電子線プローブマイクロアナライザー(EPMA)や走査電子顕微鏡にエ
ネルギー分散型 X 線検出器(EDS);SEM-EDS 装置で正確に測定できる.さらに 2010 年以降は
TOF-SIMS(飛行時間型2次イオン質量分析装置)などを用い,超高感度な測定も可能になっている.
先人の切り開いた道を活用しつつ,想像力とオリジナリティーを十二分に発揮し新境地に挑戦しても
らいたいと願うものである.
参考文献
1)桜井敏男著:潤滑の物理化学,幸書房,244-248(1974)
2)桜井敏男著:石油製品添加剤,幸書房,227,289(1979)
3) 伊藤健司,出光トライボレビュー,T-32-2:ガスエンジンオイルの実用性能(2009)
4) 渡辺治道,Vol.50,No.4,277:潤滑油基油・添加剤
5) H.H.Uhlg.Cem.Eng.News,24,3154(1946)
6) N.Hackerman and J.D.Sudbury. J.Electrochem.Soc.,97,109(1950)
7) N.Hackerman and A.C.Makrides.Ind.& Eng.Chem.,46,523(1954)
8) Van Hong,S.L.Kisler,DBootzin,& Alex Harrison.Corrosion,10,343(1954)
9) R.A.Powers,& J.C.Cessna.Role of Porlar-Type OilInhibitors in Promoting and Maintaining Passivity of Metal
Surface. A paper presented at the 129th meeting of the ACS,Dallas,Texas,April,1956
10) H.R.Baker,C.R.Singleterry and E.M.Solomon.Ind.&Eng.chem.,46,1035,1954
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腐食センターニュース
No. 062
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解説q.
かなり多くの実験を行っているようです.
解説a.
そうですね,中心となる腐食実験のほかにこれに連動した吸着実験だけでも放射性同位元素S-35
の放射線量から吸着量を求める実験とそれに付随して吸着量に換算するための吸着量を重量測定する
実験,1020 鋼のパウダーによる検定実験,そして吸着脱離(desorption)の実験と「黒色化時間測定
試験(time to blackening test)」まで行われています.これに先立つドデシルベンゼンスルホン酸と
ポリドデシルベンゼンスルホン酸の合成,さらに放射線量から吸着量を求めるためのスルホン酸はS
-35 を使って合成しています.それに加え,Na,アミンをはじめとしてカルシウム,カリウム,リチ
ウムの水酸化物でスルホネートにして腐食実験を行っています.勿論全てのデータは示されていませ
んが,見解はきちんと示されています.
解説q.
多くの結果の要約といえる内容ですね.
ところで,腐食実験に用いたスルホネート溶液と吸着実験に用いた溶液はどのように調合され実験
されたのでしょうか.
解説a.
そうですね,そのあたり,普通の論文とやや違った書き方というかユニークなところがあると思い
ます.腐食液は Figure2の KEROSENE というのが油相でこれにそれぞれのスルホネートがそれぞ
れの添加量で添加された溶液であると思われます.Figure3をみると,油相:水相=1:3で,
H
S ガスは 0.8 ℓ/min 流していた実験であることがわかります.書かれていませんが,さまざまな条件
2
で行ったうちの一部を示しているものと思われます.
文章で書かれた結果については,この訳では,表1をつくり整理し示しています.
解説q.
訳も大変ご苦労されていますね.
解説a.
はい.
(笑い)
でも,内容が新鮮で楽しく仕事を進めることができました.
解説q.
腐食実験に連動した吸着実験の吸着方法はどうしたのでしょうか.
解説a.
それは書いてありますが,ややわかりにくいですかね.50 mℓの溶液で行っています
溶液は水分をよく除去したイソオクタンにそれぞれのスルホネートをそれぞれの量添加してそこに
良く乾燥した試験片を一定時間浸漬してそれぞれの溶液での吸着を起こさせています.
解説q.
試験片,溶液ともかなり,水分を除去する注意が払われていますが.
解説a.
はい,その通りですね.水分で吸着の計測を妨害されたくなかったための操作であると推察します.
69
腐食センターニュース
No. 062
2012 年 11 月
解説q.
吸着させてから,イソオクタンで乾燥しないように続けて4回洗浄して油相を落とし吸着測定に入
りますが,本当にスルホネートは除去されないものなのですか.
解説a.
一旦化学吸着したスルホネートはそう簡単には落ちません.逆にしっかり吸着していた証拠と考え
ても良いかもしれませんね.
解説q.
表2で計算されていますが,
解説 a.
これは単に私の遊び心でやりました.許してください.ただし,配向吸着の始まる臨界点を捉えて
いる実験なので,本文のようにさらっと流してはもったいない気がしまして実際に計算し正しい結果
であることを確認してみたわけです.
解説q.
粘着気質というか.スルホネートのような性格ですね.
解説a.
すみません.
ただ,本文の最後の実験にもあるように,このような配向吸着は,オイルの存在なしには起こりえ
ないのです.Figure11のようにマッチ棒の丸いところに当たる極性基(スルホン酸塩)をすべて金
属に向けて配列(orientation)するには,油相が回転スペースを確保し,さらに油相中からはじき出
そうとする正の吸着を起こさせなければなりません.計算でこれを体感できたことに非常に満足して
いる次第です.
解説q.
スルホネート様,恐れ入りました.ありがとうございました.
以上
70
腐食センターニュース
No. 062
2012 年 11 月
有機インヒビター
Organic Inhibitors of Corrosion
・Aliphatic Amines・
CHARLRS
A. MANN,BYRON
E. LAUER AND CLIFFORD
T. HULTIN
University of Minnesota, Minneapolis, Minn
INDUSTRIAL AND ENGINEERING CHEMISTRY,Vol.28,No.2,
159-163 (1936)
腐食センター
金森
英夫
1.序章
ふるくは Speller(28)が水輸送管のスケール洗浄に塩酸が有機インヒビター添加のもとに使われる
ことを報告して以降,腐食を抑制する有機インヒビターの研究が盛んに行われるようになった.1872
年のはじめ Marangoni と Stephanelli (21) は植物から抽出精製されたエッセンシャルオイルは鉄の酸
腐食速度を抑える効果があることを発表した.ある特許(7A)は 1919 年に原油中の芳香族成分である
アントラセンや蒸留残渣を用いることをカバーし,また 1920 年(17)に漬物樽用に使うウルシの抽出
物がインヒビターに適用される.またアルデヒド(6,7,13,16,18),有機物主体の(10,19,22,23,26,27,32),
あるいは有機化合物含有の窒素,りん,砒素,イオウ,セレンなどその他合成化合物,天然有機物質と
バイプロと呼ばれる化学製品製造時の副生成物質(2,5,8,11,12,25,29,30,31,そしておよそ 70 に及ぶ米,
英,独の特許)がインヒビターとして上市・提案され,また発表された.
そして有機インヒビターによる鉄の酸腐食抑制に対するメカニズムが数多く解説されるようになる.
当時,インヒビターは鉄のカソード領域における水素の放電反応を防止し腐食をなくすとの認識は一致
していた.Speller(27),Rhodes と Kuhn(23),その他の人たち(3,9,14,32)はそれが保護層や皮膜
を作り,それが放電による水素の発生を防止すると主張した.このような保護層はインヒビターが適切
にコロイドを荷電することによって形成される(19,4,9,32),または大きなオイル粒子の帯電により形
成されると考えられた.Rhodes と Kuhn(23)は,インヒビターの分子量が大きいほど皮膜が厚くな
り効果があると考えた.
金属はインヒビター分子のつくる連続的で永続的な表層で保護されるというかなりの証拠があり;こ
の層は水素の放電反応を低下させ,同様に電極電位とみかけの水素過電圧を変える.さらに電流の通過
に対する電気抵抗値を上げ,鉄の溶解速度を下げる,不活性・不浸透性の皮膜がなせるかのように.
Warner(32)とその他のひとたち(4,9,19)は連携し,被覆層はコロイドの吸着によって形成される
ことを示した.これは正に帯電させなくてはならないということで,このようになればインヒビターは
コロイドになり大きな被覆力をもつことになる.
Warner(32)はまた同じ論文の中で,大きく正に帯電したオイル性のイオンが必要と述べている.
71
腐食センターニュース
No. 062
2012 年 11 月
窒素含有有機インヒビターである限り,それは可溶性ソルブルが酸の中にあって塩を形成するのは事実
である.これらはイオン化してカチオンを形成し占有面積が許される限り大きくなる.しかしそれらは
必ずしもオイル性の必要はない.アンモニアでさえ,後から示すように腐食抑制力がある.これらイン
ヒビターが真性コロイドである根拠などないのである.
2.理論
Nernst によれば,金属が電解質溶液に浸漬されたとき,金属はカチオンとして水溶液中に出て行き,
その結果電子を金属に残して金属自身は負に帯電する電気二重層を形成する.鉄については事実,溶液
中の別のカチオンに置き換わらない限り鉄イオンは鉄からはなれない.金属中の電子は自由に動ける結
果さまざまな濃度でカソード領域を形成する(1).これらは,プライマリー,セカンダリー,ターシャ
リー(24)と呼ばれる分子形態のそれぞれの強さに応じた結合で吸着する.もしこれが酸溶液中の鉄な
ら水素イオンが鉄イオンに置き換わることができて,その鉄イオン溶液中で金属塩を形成し,一方水素
イオンはカソード表面で放電し中性になり,そのあと水素分子を形成するか酸化または金属に吸着され
る.このようにして金属はふたたび鉄のカチオンを放出し腐食はこの様相で継続することになる.塩化
アンモニウム溶液中では,アンモニウムカチオンは
鉄のカチオンに置き替わる.
鉄イオンは電荷を失い,一方のアンモニウムイオ
ンの鉄表面からの移動速度は低下し,そのことは
Figure 1 に示すような硫酸中のアンモニアのイン
ヒビター効果となって現れる.
その他の窒素含有の有機化合物も,水溶性ならば,
酸溶液中でイオン化しうる塩を形成する.
もしカチオンが大きい場合には,カソード表面に
おいてさえも電荷を失うことはなく,鉄のカチオン
に置き換わる.
そしてカソード部分であるために金属によって
引き付けられ,再び電気二重層を形成する.これらのイオンのいくつかは平衡に達するまで表面から離
れるかまたは蒸発する(20).窒素含有カチオンが被覆層を形成するとき,これを水素イオンが透過す
るかどうかはイオンの大きさばかりか,後に述べる立体構造に特に依存するのである.Langmuir(20)
によれば,表面上に分子が凝縮し表面から蒸発するまでの経過時間は表面張力の強さに依存するという.
吸着はこのタイムラグの直接の結果である.この発見は大きなイオンが電気間力によって強固に保持
されるという事実を支持する.このことは酸溶液中の窒素含有有機インヒビターを用いるときの被覆層
の形の説明になる.このタイプのインヒビターイ
オンはカチオンであるために,それは図に示すよ
うに N 原子を介して金属表面を覆い, そして効
果的な被覆層を形成しているかどうか,インヒビ
ターイオン構造の有効性を比較する根拠を与える.
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腐食センターニュース
No. 062
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この手段はたったイオン1分子の単分子膜が何故そのように少量で有効にインヒビター効果を示すか
を説明するために必要である.イオンの大きさと特にその構造とは,効果的な被覆を達成するためのユ
ニット面積ごとのイオンの数を決定する.高分子量のより少量のインヒビターは最も効果的な結果を生
みだすが,金属表面におけるこれらのイオンの詰め込み状態(packing)に依存し,さらに構造によっ
ても変わる.
アンモニウムイオンはイオンの表面に平行な大きな断面積を持たないので,大きなインヒビター効果
がないことが容易にわかる.
もし水素原子のひとつが長い直鎖炭化水素に置き換わり,それが 16 個の炭素原子を含む鎖なら,そ
の鎖は金属表面に垂直に立ち上がるなら(それはちょうど Langmuir が脂肪酸の一分子層が水の上に広
がったときの状態を示したような),このアミンの金属表面に平行な断面の面積(=占有面積)は決し
て大きくはならない.実際 20.5Å2である.このようなアミンの多くの分子は,完璧な単分子層を金属
表面に作ることを要求され,互いに近接して詰め込まれなければならず,あたかも沢山のマッチ棒が丸
い端で金属の全表面を覆うように,連続的な被覆層を形成する.
別の言い方をすると,優れた被覆膜形成のためには大量のインヒビター投入が必要とされる.とは言
っても,要求される大きさの吸着量を得ることは恐らくは難しい.それほど十分に表面張力が強くない
ためである.
もしも長い炭化水素鎖であった場合,金属表面に斜めに向き,金属表面上に作られる鎖の領域は鎖が
垂直であるときよりも大きくなる.もし鎖が金属表面で横たわると,非常に大きくなり,√20.5×24.2
Å2となる.なぜなら,たとえば炭素数 16 の鎖長は 24.2Åあるからである.
2級,3級の脂肪族基がアンモニアの水素原子と置き換わったときには,その結果として作られるア
ミンは,その鎖が金属表面に対して角度を持ち大きな領域がカバーされる.特に鎖長が大きい場合には
カバーされる領域が大きくなる.
重要なことは,脆弱なイオン(即ち弱いインヒビター)ほど効果的な皮膜形状を要求する.これら炭
素鎖の立体構造の選定は,いかにイオンを表面に平行に詰め込めるかを決定し,かつ水素イオンの膜へ
の浸透性を変更することになる.
アルキル鎖長の増加は,
(炭素鎖側の電気陰性度を高める結果)アミンの塩基性を増加させる.イオン
化エネルギーが大きくなるために,カソード領域でのカチオンの密着性を高めることになる.
3.実験方法
腐食試験は,n-硫酸中で 1.87cm 四方,厚さ 3.2mm*脚注1)の試験片を用いて行なわれた.試験片角部
にガラスのフックを接続するための 3.2mm*)の穴があけられてある.鋼の成分は C=0.08-0.12,P=
0.07,S=0.06,Mn=0.40%である.それぞれの試験片は軽くカーボランダム砥石で研摩し,次に研摩
布でこすって表面を平滑にしたが高光沢面までには仕上げていない.水とアルコールで洗ったあと,注
意深く乾燥後,表面積計算のために正確にノギスで長さを測定し,次に重量を測定した.
試験が完了したあとは Bon Ami(クレンザー)を使いやわらかいブラシで試験片をこすり,熱湯で洗
い,乾燥し再び重量を測定した.腐食速度は,g/cm2/hの単位で報告した.
インヒビターを添加した酸中の腐食速度を比較する場合,調査試験片(ベアメタル)の腐食速度と各
種インヒビターシリーズの腐食速度との差を調査試験片の腐食速度の値で割りそれに 100 をかけた%
表示で腐食速度低減率を表した.そして窒素分で表されるインヒビター濃度に対するグラフ上のさまざ
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まなカーブとカーブ上の点について検討を行
った.
右の表は調査試験片の腐食速度の値である.
原文では 32mmとあるが,恐らく 3.2
*脚注1)
mmの誤りと考える.
試験は 25±0.2℃で行い,またインヒビタ
ー作用の温度の影響をみるために他の温度
での実験も行った.それぞれの腐食試験は 46
h 行われた.これは十分に長い期間と考えて
いる.平衡状態に到達し,最小の誤差で測定
し得る十分大きな減少量を与える時間であり,そして大きすぎる表面の変化を避け得る時間である.
4.腐食溶液の調整
インヒビターが分子のなかの N 原子を通して金属に保持されるのであれば,インヒビター効果の比較
をするために望ましいのは分子固有の構造をとくに考慮せず N 分量を基に溶液を作ることである.
したがって,どのようなインヒビターについても 100cc の n-硫酸水溶液に 1gの N 分が含有されるよ
うに1%N 含有液を定めた. 実際,インヒビターの添加量は簡単に決定された.それは,インヒビタ
ーの分子量を窒素の分子量の 14 で割った値になる.それぞれの溶液は,都度新しく調合,当初の温度
に調整された.それぞれのインヒビター単体に対する一連の濃度の溶液で,ブランクについては無添加
の酸の結果が使用され,
(そのデータは)各濃度シリーズで共通とした.
清浄で秤量された試験片をガラスフックで角部の穴から吊り下げ,225cc の n-硫酸溶液中にビーカーの
中央部の位置から浸漬し,ガラスに蓋をして所定の温度に 46 h 保持する.そのあと洗浄,乾燥し再度秤
量し腐食速度を記録した.-これが腐食減量速度,/g/cm2/h である.インヒビターが使用されたときの
減量速度とブランクのそれとの違いを腐食抑制として%表記できる.即ち,インヒビター無添加のときの
ブランクの重量減との比を%表示し,“腐食速度低下率,%”として表した.この腐食速度低下率%は,
酸水溶液中の N 分%に対して図示され,種々のアルキルアミンに対して異なった曲線に表され,それら
に固有の特性として示される.
モノアルキルアミンの鎖長の違いが Figure1に明確に示されている.長い鎖長ほどよりインヒビター
効果が大きい.鎖長ごとに異なる傾きを持ちそれはスパイラル状に4つの炭素ごとの繰り返しでインヒ
ビター効果を増加させている.
アミンに結合するアルキル基の数を増加させたときのインヒビター効果の増加について,Figure2か
ら Figure6に示す.ただし,ジメチルアミンとテトラメチル水酸化アンモニウムについては特異である.
ジメチルアミンについては,他に明確な問題はないものの唯一他の化合物と比べた物理性状の特異性が
あった.その 1 つが沸点で,我々が異常と考えたのは,アルキルアミンとしてメチルアミンとトリメチ
ルアミンとの間に位置すべき特性である.それぞれの沸点が,メチルアミンが-6.7℃,ジメチルアミン
が 7.2℃,そしてトリメチルアミンが 3.5℃であった.テトラメチル水酸化アンモニウムについてはメチ
ル基が対称に配向し,そして4番目のメチル基が N 原子の金属表面への吸着を妨害した可能性がある.
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Frumkin(15)はテトラエチル水酸化アンモニウムの特異性
の背景について同様の解釈を彼のガス-溶液界面における表面
張力の研究論文中に述べている.
アルキル側鎖アルキルの影響を Figure7から Figure9に示す.
n-プロピルアミンと iso-プロピルアミン,n-ブチルアミンと
iso-ブチルアミンの結果から,直鎖から側鎖になることでインヒ
ビター効果は減少することがわかる.
また,アルキル基が 1 個のn-プロピルアミンや iso-プロピル
アミンより,小さなアルキルを2個持つエチルメチルアミンや,
メチル基を3個持つトリメチルアミンのほうがインヒビター効
果は高い.
また,モノブチルアミンはアルキル鎖長は倍にもかかわらずジ
エチルアミンと同等レベルのインヒビター効果しか持たない.
しかしいずれにしても,ここに示した化合物は,濃度に対する
傾向はインヒビター効果が 50%レベルですでに水平な傾きに近
く 100%のインヒビター効果を示した前出のものとは異なって
いる.
この背景には,吸着層の連続性欠如がある.不連続である場合
には水素イオンが浸透し腐食の原因となる.
もしインヒビターイオンが吸着層中に詰め込まれて(Packing
状態で)いるならば,水素イオンの浸透できない(impenetrable)
状態になり腐食抑制効果は絶大といえるものになる.
もしも Packing が緩かったり間があいてしまったときにはそ
こから水素イオンが入り込み,金属に到達して腐食を起こす.わ
るくすればインヒビターなしと同じになってしまう.
このインヒビターが吸着によって形成する被覆層の形態は,イ
ンヒビター効果%の Log スケールとインヒビターN 分%の Log
スケール(これは使いやすいように 103を掛けたもの)にプロッ
トすることにより簡単に示すことができる.
もしデータが等温吸着を起こすのであれば,Log プロットは直
線を示す.
物理的に熟慮された見解によれば希薄溶液ではこのようにな
るはずである.確認のための試験を行うための試薬は入手できな
かったため次の実験を試みた.
新たにインヒビター効果を測定する試験片をそれぞれ4枚,ブ
ランク用を5枚用意した.
25℃で 46 h 後の n-ジメチルアミンのインヒビター効果は
99.26%と測定され,これをインヒビター無添加の硫酸溶液中に
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浸漬し,4時間後には 99.21%,8h 後は 99.19%,
そして 16 h 後は 76.72%を示した.
同じくジブチルアミンでは,98.4%が4h 後には
96.9%,8h 後は 92.7%,そして 16 h 後は 74.8%.
n-トリアミルアミンでは, 99.31%が4 h 後には
99.24%,8h 後は 99.2%,そして 16 h 後は 99.09%
を示した.
さらに Bon Ami(クレンザー)でこすり,その後
再び洗浄し,上述のように硫酸中に放置する実験を
n-トリアミルアミンについて行ったところ,99.31%
が4h 後には 98.72%,8h 後は 79.24%,そして 16
h 後は 59.67%を示したのである.
モノアルキルアミンについての Log スケールの等
温試験については Figure 10 に,ジアルキルアミン
は Figure 11 に,Figure 12 にはトリアルキルアミン
の結果を示した.
それぞれの場合で直線関係が現れているが,それら
は log スケール濃度のある一点で交差するようにみ
える.その点はそれぞれのインヒビターに固有に決
定される log 濃度であり,
それは平衡状態に達して N
原子としての単分子膜を築き上げるときの濃度である.
金属表面に形成されるインヒビターイオンの断面部分
はその被覆力の尺度になる.
この面は立体構造に依存するため,ある特定のアルキ
ルアミンで十分低濃度(で効果を示す)ものが実際必要
で,このことは N 原子の単分子層形成能より重要であ
る. それが図中の曲線に示されている.即ち,インヒ
ビター効果のカーブが水平になる濃度,N分値は,その
インヒビターに固有の単分子層を完成させるために必
要な濃度である.その濃度で腐食の効果的インヒビター
であるか否かは被覆層の構造に依存するということを
これらグラフは示している.
ジアルキルアミンの Log 等温曲線には鋭くはないが
変曲点(Break)が現れている.
そのように見ると,トリアルキルアミンの Log 等温曲
線(Figure 12)は二つの Break を持っている.
同様に,n-モノブチルアミンと n-モノアミルアミンと
は一つづつの Break を持つといえる.
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すでに述べたように,負電荷のカソードではさまざまな強さのプライマリー,セカンダリー,ターシ
ャリーというカソード領域がある.インヒビター濃度の低いところでは平衡状態に達したときプライマ
リーカソード領域が覆われ,この平衡状態は Log 等温曲線上に最初の Break までの直線を描く.表面
に平行なインヒビターイオンの断面が増加しても,溶液中のごくごく低い濃度のインヒビターは広いプ
ライマリーカソード領域を覆う必要がある.より多くのインヒビターが酸溶液に加えられ,平衡状態に
達するとセカンダリーカソード領域が覆われ,そしてそれは Log 等温曲線上に第一の Break から第二
の Break に向う直線を描く.もし同じインヒビターがさらに加えられるなら,ターシャリー領域が覆わ
れて,それは第二 Break を越えて Log 等温曲線上に描かれる.
モノブチルアミンとモノアミルアミンの Log 等温曲線における Break は,炭素鎖長が4より小さいモ
ノアミンより,金属表面上により大きな断面積を持つ(4以上の)炭素鎖のスパイラル構造の有効性が
明らかになった.このことはこれらアミンは低濃度でもプライマリーカソードの全領域を十分覆うとい
うことである.
ジメチルアミンの特異な特性は Log 等温曲線に明確に現われた.
脂肪族の炭素鎖を持つアミンでインヒビターになるものはわずかしかない.しかしながら,n-トリブ
チルアミン,n-ジアミルアミンそして n-トリアミルアミンは,酸に対しすばらしい絶大な効果を示すイ
ンヒビターである.
n-硫酸に 0.66N%というわずかな n-トリブチルアミンは 97%,0.34N%の n-ジアリルアミンは 98%,
0.13N%の n-トリアミルアミンは 99%のインヒビター効果を示している.
どのような有機インヒビターの物理的性質が保護的被覆層や皮膜を形成するための役割を担うかとい
う検討を試みた.それは酸に対する腐食から金属を守る特性のことである.しかしながら,完全なある
いは満足できる脂肪族アミンのすべてを入手し実験することはできず,比重,蒸気圧,イオン化の度合
い,双極子モーメント,あるいは分子の体積など入手し得たデータでは,関係する変化の普遍性を見出
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すことはできなかった.また後にインヒビターイオンの
被覆力を求めるものの規則性は見出せなかった.
しかしながら立体構造については,断面が金属表面に対
して平行な形状を明らかにし,それがインヒビターとし
て有効なファクターであることを見出した.
5.解説結言
1936年1月の論文である.一連の脂肪族アミンの酸
水溶液中でのインヒビター効果を,ある定められた方法
の浸漬腐食試験をおこない,その重量減からインヒビタ
ー効果を測定し作用メカニズムを推定している.モノア
ルキルアミン,ジアルキルアミン,トリアルキルアミン
のそれぞれにアルキル基をメチル,エチル,プロピル,
ブチル,アミルとしたシリーズが一連のデータとして揃
い,後世に役立つ尺度を残す貴重な文献といえる.この
なかで,トリ-N-アシルアミン,ジ-n-アシルアミン
のように 0.05N 分%の添加で酸水溶液中の鉄で 99%以上
の腐食抑制効果を示す一方,0.25N 分%添加でも 2~3%
の抑制効果しか示さないメチルアミンとの違いはあらた
めて驚かされる.
実験に用いたアミン系インヒビターはカチオンと考え,
金属表面への吸着場はカソードを想定している.分子の
吸着は脂肪酸の単分子膜が水面をおおう Langmuir 吸着
を考え,1 分子の極性基が金属表面に占める占有面積とア
ルキル基の長さや配向するときの密度を掛けて得られる
断面積の概念をもって表面の被覆層を構想している.マッチ棒の丸い部分をアミンの極性基ととらえ,
アルキル基は垂直に立ち上がる形を考え希薄溶液中のジアルキルアミンやトリアルキルアミンではN
原子の吸着点を中心にアルキル基が垂直でなく傾きをもって並ぶことにも言及し興味深く読むことが
できた.
一旦吸着して保護層が出来上がっている試験片を再び酸溶液中に浸漬して時間経過ごとに腐食発生
率を測定しインヒビター効果が減少する脱離実験を行うことで,逆に吸着を確認する試みも行われてい
る.さらに,99%を越えるインヒビター効果を示すアミンがモノアルキルアミンではなく複数の鎖を持
つジアルキルアミンやトリアルキルアミンであることに注目し,界面にインヒビターが配列されその密
度を高める行為として詰める,“Packing“という表現が出てくる.アルキル基の部分に注目しその密
度が高まることを,ザックに荷物を詰め込むようなイメージと捉え“Packing“という表現を使って表
現している.“Packing“がゆるいと吸着層の連続性がなくなり,ある場合には水素イオンが浸透して
腐食の原因となるという記述も興味深い.
また“Packing“のきいた状態にするためには,プライマリー,セカンダリー,ターシャリーの段階
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のあることを log 等温曲線の傾きに見出しているところは圧巻である.99%以上のインヒビター効果を
もつインヒビターには2つ以上の傾きが明確に現れ,そのために変曲点(原文では”Break“)が存在
する.ジアミルアミンでは1つ,トリアミルアミンでは2つの Break があり,その Break を迎えた後
は 100%に近いインヒビター効果を示すことを Figure11 と Figure12 は示している.またこの段階が進
むほど吸着は飽和に近づき濃度勾配は緩やかになる.
なお,論文ではプライマリー,セカンダリー,ターシャリーの3段階が存在する原因は立体構造とと
もにカソードの電子密度に起因するとの立場を取っている.電子密度が高いとイオン化エネルギーが増
大し強い吸着を起こすと考察している.
現代に引き継がれる重要なテーマと考える.なお,イメージを造成できるよう次の補)では,実験に
用いたアミンの分子構造の説明をおこなったので活用頂ければ幸いである.
補)分子式と分子構造について
立体構造の理解のために,実験に用いられたアミン分子をイメージできる分子式と分子構造を解説図
1.1 から解説図 1.5 に示した.
解説図 1.1 実験に用いられたア
ンモニウムサルフェートとモノ
アミンシリーズの分子式と構造
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アルキル基が 1 つのモノアミンに対して2つあるジアミンは,当然のことながら,アルキル基の体積
は2倍になることがイメージできる.また,ジアミンのアルキル基は N 原子に対して反対向きに伸び
ている様子が分子イメージに示されている.水溶液中で特に吸着などを起こさない場合はこのような姿
で漂っているものと考えられる.しかし,N 原子が金属面などに吸着する場合には必要があれば折れ曲
がることができる構造になっている.
さらにアミン基に対してアルキル基が3つあるトリアルキルアミンの場合にはアルキル基の体積が
同じ長さの鎖で比較するとモノアミンの3倍の体積になることが解説図 1.1 と解説図 1.3 及び解説図
1.4.からわかる.
解説図 1.2 実験に用いられたジアミンシリーズの分子式と構造
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解説図 1.3 実験に用いられたトリミンシリーズ(1)
,
トリメチルアミンとトリエチルアミンの分子式と構造
解説図 1.4 実験に用いられたトリミンシリーズ(2),
トリプロピルアミンとトブチルアミンおよびトリアミ
ルアミンの分子式と構造
トリアミンについてもジアミン同様 N 原子のところで折れ曲がれる構造になっていることがわかる.
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解説図 1.5 実験に用いられたテトラメチルアンモニウムハイドロオキサイドとモノアミンのイソプロピル
アミン,イソブチルアミンおよびジアミンのエチルメチルアミンの分子式と構造
本文では,側鎖アルキル基の影響を見るために解説図 1.5 の下三段に示すアミン化合物を用いて実験
を行っている.
解説q.
とても読みにくそうでしたが.
解説a.
型破りというか,背景の記述のあと Theory(理論)というのがあってそのあとが Experimental
Procedure(実験手順)で,そこに方法から結果と考察,解析,まとめまで一気に書き進んでいます.
丹念な実験と徹底した考察,実験量には驚きます.
Evans さんも引用され,前回のスルホネートの文献にも引用されています.
インヒビターのルーツを探るために非常に貴重な資料であると思われます.
解説q.
前回はスルホネートが油中から金属表面に吸着する話でした.
解説 a.
そうですね,今回は連続相が油でなく水です.水に溶けやすいようにスルホネートより遥かに小さい
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炭素数の親油基が付いているインヒビターの話です.
解説 q.
硫酸中にアミンを入れるとどうなりますか.
解説 a.
いい質問です.論文中には Warner(32)氏のコロイド説の説明で少し出てきますが,直ちに硫酸塩
を作って溶解します.この硫酸アミン塩は強力な極性基ですから炭素数9くらいまではいけそうです.
解説 q.
論文ではすべてアミンとして扱っていますが.
解説 a.
論旨上の問題はないと思います.アミンのカチオンにしておかないとカソードの前提が崩れてしまい
ますから.しかし実際この後,カソードだけなくアノードにも効果を示すように考えが変わっていくこ
とがスルホネートの文献のイントロ部分に書かれていました.
解説 q.
もともと何故酸溶液中のインヒビターなのでしょうか.
解説 a.
冒頭に記述があるように,水輸送管のスケール洗浄にインヒビター入りの塩酸を使っていたようです.
鉄鋼の熱間工程の後の酸洗工程でもこの工程はありますね.ただし実験はなぜか硫酸で行われています.
解説 q.
硫酸の濃度はどこかに書いてありましたか.
解説 a.
n-sulfuric acid とあります.1N 硫酸と思われます.
解説 q.
どういう興味からこの論文を?
解説 a.
前回のスルホネートの論文の最後にマッチ棒の絵がありました.
解説 q.
はい,スルホネートが金属表面に垂直に吸着している絵ですね.
解説 a.
丸いところが極性基でマッチの軸は油に溶けるアルキル基といわれる炭化水素鎖ですね.
いまでも便利に使っていますが,どのくらい前から使われていたか知りたくなりました.
原文の p.160 (2ページ目,)に ”like so many matches on end to cover the whole surface of metal”
(本文 p.3)という表現を見つけ興味を惹かれたわけです.
解説 q.
マッチ棒のルーツを訪ねてみたくなり温故知新の旅に出られたわけですね.
ところで,Log 等温曲線で直線になるインヒビター効果というものはなぜマッチ棒でイメージするよ
うな分子の吸着により発現するものなのでしょうか.
解説 a.
鋭い質問ですね.p.6 に「もしデータが等温吸着を起こすのであれば,Log プロットは直線を示す.
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物理的に熟慮された見解によれば希薄溶液ではこのようになるはずである.」
とあります.これは次の(1)式に示す Gibbs の吸着式にも関係すると考えます.
Γ = -
1
d γ
2 .3 R T d l o g C
(1)
γは溶液の表面張力,Cは溶質のモル濃度,Rは気体定数,Tは絶対温度,Γは1cm2の表面に対す
る溶質の吸着量をモル数で表したものです.
アミンのような有機化合物の場合,水溶液の表面張力は濃度とともに減少します脚注3).グラフで示す
と脚注3の第 13 図のⅡ,Ⅲ型になります.もし吸着とするとこの型の場合(1)式の右辺の‘対数濃
度の変化に対する表面張力の変化の割合’は負になります. 従って左辺の吸着量ΓはΓ>0となり,
溶液の濃度よりも表面の溶質(マッチ棒)の濃度の方が大きくなる(正の吸着)ということになります.
そしてⅡ, Ⅲ型は,濃度が大きいほど変化率の小さい値になる頭打ちの変化になります.一方 Figure
1~Figure9に示されたインヒビター効果に対するインヒビター濃度の関係は濃度が増加するほど頭
打ちの傾向を示す単調増加の曲線となっています.吸着量とインヒビター効果の濃度に対する傾向が同
様であることから著者らは吸着説を唱える自信を得たのではないでしょうか.さらに Figure 10~
Figure 12 の両対数グラフは直線性を示し,上述の吸着の基礎研究の結果と一致し吸着説をより確信し,
さらに吸着後の脱離を実験で確認し吸着説を確定していきます.
脚注3)
近藤保著「界面化学」p.19;溶液の表面張力と溶質の吸着,三共出版(1968)
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解説 q.
“Pacing“という表現が頻繁に登場します.
解説 a.
“Pacing“の概念をもちだしているところにまず功績があり,その違いを Log 等温曲線の傾きに結び
つけ,ジアミンでは2つ,トリアミンでは3つの傾きがあり,その変曲点,Break,に注目しながらそ
れぞれに対応する“Pacing“状態のあることを述べている点がさらに大きい功績といえます.Break
して直線の傾きが水平に近くなるほどマッチ棒は密に吸着しそれ以上入らない,直線は水平になります.
ちょうど最後はそれ以上詰まらないリュックックの Packing と同じですね.
・・・つまらない話ですい
ません!
解説 q.
冗談はともかく,マッチ棒でここまで考えたのですね.
解説 a.
分析したのではなく,実験結果からそうした仮説を導いているところに科学を感じます.
解説 q.
やはりマッチ棒のルーツに近づいたことは間違いなさそうです.
ここまで言っておいて論文にはマッチ棒が 1 本も出てこないのですが.
解説 a.
ではここで書いてみましょうか.
解説 q.
是非お願い致します.
解説 a.
ではまず,N 原子1個の表面に占める占有面積=20.5Å2
という記載から一辺は4~5Åと算出し,また,極性基でな
い側の端は炭素数16の鎖長=24.2Åという記載から炭素 1
つ分を割り出して約 1.5,水素と曲がりを考慮して2~3Å
と推定しました.これを解説図1に示します.
解説 q
平面に並んだ様子はどうなりますか.
解説 a.
え!そこまでいきますか.いいでしょう.分子が金属表
面上に配向している様子をイメージしました.平面への最
密充填ではありませんが今回はこれで勘弁願います.
解説 q.
仕方がない.簡便にしましょう.
解説 a.
モノアルキルアミンですと解説図2のようになります.
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解説 q.
アルキル基のところがすいていますね.モノアルキ
ルアミンよりインヒビター効果の大きかったジアルキ
ルやトリアルキルアミンではどのような形になります
か.
解説 a.
モノアルキルアミンでは一本のマッチの軸がジア
ミンでは2本,トリアルキルアミンでは3本というこ
とになり,折れ曲がって“Pacing“された様子として
解説図3と解説図4が描けます.
解説 q.
混雑していますね,アルキル基が.
“Pacing“されているということですか.ジブチ
ルアミン,トリブチルアミン,トリアミルアミンが
絶大な効果を示した理由がここに見て取れます.
ところで,もう 1 つ吸着ということでわからなかっ
たのですが,
解説 a.
なんでしょうか.
ようやくおわりと思いほっとしていたのですが.
解説q.
p.3 で「Langmuir(20)によれば,表面上に分子が凝縮し,表面から蒸発するまでの経過時間は表
面張力の強さに依存するという.吸着はこのタイムラグの直接の結果である.」さらに表現の後半では,
「この発見は大きなイオンが電気間力によって強固に保持されるという事実を支持する.」とあります.
解説 a.
そうですね.わかりにくいと思いますね.しかし吸着とマッチ棒のルーツを知る上で重要であると思
われます.
実はなくてはならない人がいるのです.
解説q.
ひょっとしてこの Langmuir 博士ですか.
解説 a.
その通りです.そしてさらにその先人から話ははじまります.
解説q.
Langmuir 先生のそのまた先生でしょうか.
解説 a.
さかのぼることさらに3代ほど前の話のようです.
海面に油をまいて波を静めることにヒントを得たフランクリンの最初の実験は 1769 年のイギリスで
行われます.茶さじ一杯のオリーブオイルが 2000m2の池の波を急速に静め,油の薄膜(10Å)が威
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腐食センターニュース
No. 062
2012 年 11 月
力を示すことを証明したのはまだ分子の概念の生まれていないときでした.それから 150 年,幾多の先
駆者を経て Langmuir の画期的な仕事に引き継がれたのです脚注4).
彼は一定温度において圧力を変えて表面に対する気体の吸着実験を行い,吸着が平衡に達したときの
圧力と吸着量の関係を示す Langmuir の吸着式(2)を導きました.
v=
vm + Kp
1 + Kp
(2)
ここに v は吸着量(mℓ/g吸着媒),そのときの平衡圧力を p (mmHg),飽和吸着量を
vm (mℓ/g吸着媒), K は定数で温度一定のときは一定です脚注5).圧力が大きくなると吸着量は大き
くなりやがてそれは飽和して一定になることを(2)式は示しています脚注5).
脚注4)
鈴木洋著「界面と界面活性剤物質」,p.54;分子選手団の整列(不溶性単分子膜),産業
図書株式会社(1990)
脚注5)
近藤保著「界面化学」p.4-6;固体表面への気体の吸着と吸着等温式,三共出版(1968)
その平衡状態に至る過程を想像してみましょう.
圧力が大きくなると気体は凝縮して液体になり表面への吸着を開始する.やがて吸着量は飽和して一
定になりそれ以上は凝縮しないで気体のままでいることを(2)式は想像させます. また,平衡に達
する前の過程では,一旦液体になったものも行き場をなくし蒸発して気体に戻るものもあるでしょう.
正確には表面張力(表面エネルギー)の作用で沸騰圧力以下でも気体は表面からエネルギーを得て液化
し密な吸着を開始する.やがて吸着分子全体の面積nσ(分子占有面積σ×分子数n=全分子占有面積
nσ)は固体の表面積 A に達し,即ち全ての表面を液体吸着分子が覆い尽くしnσ=A に至ると吸着は
飽和に達し液化は起きなくなる,非平衡で液化し過ぎたものは平衡に達する過程で蒸発するものもあり,
吸着はこのタイムラグの直接の結果である・・・・,表面張力や分子のもつ吸着力,沸点などのせめぎ
あいによって平衡に達する時間依存の変化と考えれば,これは質問の前半部分の答えになります.
また,圧力の高いことは凝縮しやすい状態ということですから分子量の大きい即ち沸点の高い物質ほ
ど大きい吸着量を示すことを(2)式は意味しており,これは後半の表現に繋がると考えます.ただし
あくまで単分子膜の場合の実験と考えてください.
解説q.
Langmuir 博士からさらにさかのぼり,フランクリンですか.その前にオリーブオイルをまいて海の
波を静めた歴史もあるわけですね.最初に気付いて実行したのは誰なのでしょうか.漁師ですか.王様
ですか.
解説 a.
わかりません.
解説 a.
私も大変勉強になりましたが,行き過ぎの解釈はご容赦願います.
解説q.
ここでの吸着力というのはどのくらいの大きさなのでしょうか.
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腐食センターニュース
No. 062
2012 年 11 月
解説 a.
文中にあるように,Bon Ami でこすっておこなう脱離実験でもインヒビター効果は残っていたという
実験結果から想像できる強さということですね.
解説q.
Bon Ami とはなんでしょうか.
解説 a.
クレンザーの商品名のようです.
解説q.
クレンザーでこすっても吸着膜は落ちないで残っているのですか.すごいですね.
今回はあらためてマッチ棒のルーツとその威力に驚かされました.ありがとうございました.
おわり.
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2012 年 11 月
目 次
ポーラス Cd(カドミウム)めっき・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1
電気 Zn めっきボルトへの水素侵入・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2
焼戻温度の低下に伴う遅れ破壊強度比の低下・・・・・・・・・ 4
腐食センターニュース No.062
事例解析 1999 泥まじりの海水に半浸漬した
316 鋼壁水線上方気相部でのすきま腐食・・・・・・・・・・・・・・ 8
Ni–resist 鋳鉄の SCC・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
12
事例解析 2002 冷温水配管での漏洩・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13
錯形成反応の電気化学反応への影響・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22
42 合金のすきま腐食・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 23
めっきのピンホール・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
23
( 2 0 12年 11月 )
発行者:(公社)腐食防食学会 腐食センター
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Tel:03-3815-1302,Fax:03-3815-1303
E-mail : [email protected]
事例解析 2011 永年の実績―突然の不具合・・・・・・・・・・・ 25
URL
オゾンによる Cl-の ClO3― への酸化?・・・・・・・・・・・・・・・ 26
「腐食センターニュース」の 創刊号以来の
バ ッ ク ナ ン バ ー は 腐食センターの
上記ホームページで閲覧できます
Aerial Oxidation (Rusting) ― 1911・・・・・・・・・・・・・
27
: http://www.corrosion-center.jp/
Al 腐食のインヒビター・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 28
Al の腐食試験、Part 1 -高流速下試験方法・・・・・・・・・・・ 35
Al の腐食試験 ― Part 2 : インヒビターの評価・・・・・・・ 39
パイプライン内面の防食 ― ガソリンラインの
亜硝酸ナトリウム処理・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
42
スルホネートをインヒビターに用いる
腐食と吸着の研究・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
56
有機インヒビター・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
71
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