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9 原子核の物理̶̶核融合と核分裂の果て
平成 27 年 (2015 年) 度「宮水学園」マスター講座【日常は物理で満ちている】真貝 babababababababababababababababababab 9 原子核の物理̶̶核融合と核分裂の果て ある時期まで,原子力発電は「人類の夢の産物」とも言われていた.放射線対策は必要になるが, 莫大なエネルギーを手中にすることができるからである. 9.1 原子核と放射線 — 放射性崩壊と半減期 9.1.1 原子核の構造 ■元素記号 すべての物質は,100 種類ほどの元素から成り立っている.元素は原子 の構造で区別されていて,原子は原子核と電子からできている.そして,原 電気の正体 =⇒§8.1.2 原子番号 子核は陽子と中性子から構成されている.電子は負の,陽子は正の電荷を (atomic number) 持っていて,中性子は電荷ゼロである.元素は陽子の数で区別されていて, 核子 陽子の数を原子番号という. 質量数 原子は電気的に中性になっているので,電子の数=陽子の数である.電子 (nucleon) (mass number) の質量は,陽子・中性子(2 者を合わせて核子という)と比べて格段に小さ い.そのため,元素の質量は陽子と中性子の数の和として質量数で表す. 定義 元素記号 単位 元素記号 X は,左上側に質量数(=陽子数 + 中性子数),左下側に原 子番号(=陽子数)を記入して,次のように表す. A ZX = 質量数 元素記号 原子番号 (1) 水素は 1 1 4 1 H,ヘリウムは 2 He,中性子は 0 n となる.水素の原子核は陽子そ のものである.ヘリウムの原子核は α 粒子とも呼ばれる. 図 1: 原子の構成と元素記号の表し方. 123 核子は小さいので, 質量は原子質量単位 [u] を用いて表すこ とも多い.1u は,炭 素 12 6 C 原子 1 個の 質量の 1/12 で, 1 u = 1.66 ×10−24 kg である. 6s 7s 7 4s 4 6 3s 3 5s 2s 2 5 1s Period 1 H 124 226 223 +2 +2 actinides (rare earth metals) lanthanides Ra 6/#$ radium 88 Fr +1 137.3 132.9 562+#$ francium 87 Ba 4!#$ barium Cs 3+#$ cesium 56 87.62 +1 85.47 55 Sr 0'12"#$ strontium Rb +2 -./#$ rubidium 38 40.08 +1 39.10 37 Ca ,-+#$ calcium K ,!#$ potassium +2 24.31 22.99 20 ()*+#$ magnesium &'!#$ sodium +1 Mg +2 +2 Na 12 9.012 Be 6.941 4 2 II A %!!#$ beryllium +1 +1 ±1 !"#$ lithium Li 1.008 78 hydrogen 19 11 3 1 1 IA ‡ 5f † 4f ‡ 6d † 5d 4d 3d Sc +3 Y 44.96 +3 Rf +4 140.1 Th '!#$ thorium 232.0 Ac €y"•#$ actinium 227 90 +4 +3,4 138.9 58 261 Ce 89 +4 6©{x/#$ rutherfordium 104 178.5 3!#$ cerium +3 Hf 91.22 Ž5•#$ hafnium 72 La +3 Zr 47.87 "•2 titanium Ti +4,3,2 /-‡•#$ zirconium 40 22 4 IV B 62•2 lanthanum 57 actinides €y"‰BŠ 89 x103 lanthanides 62•‰BŠ 57 x71 88.91 B•'!#$ yttrium 39 0,2/#$ scandium 21 3 III B ]^_`G8 c_`G8 V +5,2,3,4 5 VB Pr +3,4 Pa 140.9 +5,4 231.0 z1'€y"•#$ protactinium 91 z63C/$ praseodymium 59 262 Š‹•#$ dubnium Db 180.9 •2•tantalum Ta 92.91 +5 +5,3 •C‹ niobium Nb 50.94 105 73 41 Cr +3,2,6 6 VI B Mo +6,3,5 52.00 W 95.94 +6,4 Sg Nd 92 +3 238.0 #62 uranium U +6,3,4,5 144.2 *C/$ neodymium 60 266 +xŒx•#$ seaborgium 106 183.8 •2)0—2 tungsten 74 “!‹„2 molybdenum 42 y1$ chromium 24 >d?jf >d?ef G8VWXYZ[I→ G8VW\Z[I→ 4&/#$ vanadium 23 Mn +2,3,4,6,7 7 VII B Tc +7,4,6 54.94 Pm +5,3,4,6 145 Np 237 *z~•#$ neptunium 93 z1ƒ"#$ promethium 61 264 Œx!#$ bohrium Bh 186.2 +3 +7,4,6 Re 98 …•#$ rhenium 107 75 Ru +4,3,6,8 55.85 ª iron Fe +3,2 Os +4,6,8 101.1 Hs Sm +3,2 Pu +4,3,5,6 150.4 239 z-'•#$ plutonium 94 ¦(!#$ samarium 62 277 Ž•+#$ hassium 108 190.2 C0|#$ osmium 76 -—•#$ ruthenium 44 26 8 VIII B gfNklmf —y*"#$ technetium 43 ← 9:a Co Ir +4,3,6 102.9 1/#$ rhodium Rh +3,4,6 58.93 ‡4-' cobalt +2,3 Mt Eu +3,2 +3,4,5,6 152.0 Am 243 €ƒ!+#$ americium 95 §#1¨#$ europium 63 268 (B'*!#$ meitnerium 109 192.2 B!/#$ iridium 77 45 27 9 VIII B Ni Pd 58.69 +2,4 ••šnickel +2,3 Pt 106.4 +4,2 Gd +3 157.3 Cm 247 vw!#$ curium 96 +3 œŠ!•#$ gadolinium 64 281 •x$0•"#$ darmstadtium Ds 195.1 ‘_ platinum 110 78 £6/#$ palladium 46 28 10 VIII B Cu +3,1 +1 +2,1 Tb +3,4 Bk 158.9 +3,4 247 4xy!#$ berkelium 97 —-.#$ terbium 65 272 …2'†•#$ roentgentium Rg 197.0 _ gold Au 107.9 ¡ silver Ag 63.55 ¢ copper 111 79 47 29 11 IB nompqfDrstuAG8 ← G8H<JKLDMDNOPQRSTUG8 +2,1 ← =>?@ABC2DEF gfNhif 63.55 ¢ copper Cu (2œ2 manganese 25 9:;< → 29 G8H<I→ Cd 65.41 «¥ zinc Zn Dy +3 Cf 162.5 +3 99 Es Tl 114.8 251 252 +3 +3 +3 Er 257 5‚-|#$ fermium Fm +4,2 −4 −4 Fl 207.2 ¥ lead Pb 118.7 0¤ tin Sn 72.64 +2,4 +4,2 +3 +3 258 Bi 121.8 +3,5 Uup 209.0 −3 +3,2 +3,2 Yb +3,2 +2,3 259 ‰x%!#$ nobelium No +4,2 Lv 209 −2 −2 −2 −2 262 −1 −1 −1 −1 +3 +3 293 ununseptium 1x…2+#$ lawrencium Lr 175.0 103 210 Uus 117 Lu At 126.9 #8 iodine I 79.90 Ÿ8 bromine Br 35.45 •8 chlorine Cl 19.00 5•8 fluorine F 17 VII A €0•"2 astatine 85 53 35 17 9 -—"#$ lutetium 71 292 !4“!#$ livermorium 116 173.0 102 Po 127.6 —-tellurium Te 78.96 3…2 selenium Se 32.07 ˜™ sulfur S 16.00 –8 oxygen O 16 VI A ’1•#$ polonium 84 52 34 16 8 B•—-.#$ ytterbium 70 288 ununpentium ƒ2„….#$ mendelevium Md −3 −3 +3,5 .0(0 bismuth 115 83 168.9 Sb 74.92 ›8 arsenic As 30.97 €2"“2 antimony 51 33 Tm P 14.01 •8 nitrogen N 15 VA !2 phosphorus 15 7 ~!#$ thulium 101 69 289 5…1.#$ flerovium 114 82 50 167.3 100 Ge 28.09 šB8 silicon Si 12.01 ”8 carbon C 14 IV A †-(•#$ germanium 32 14 6 }-.#$ erbium 68 284 +3 +3 +1,3 ununtrium Uut 204.4 •!#$ thallium 113 81 164.9 In 69.72 œ!#$ gallium Ga 26.98 B2/#$ indium 49 31 Ho Al 10.81 +3 €-|•#$ aluminum {-|#$ holmium 67 7p 6p 5p 4p 3p 13 B {#8 boron ,!{-•#$ €B20•B•#$ californium einsteinium 98 /0z1+#$ dysprosium 66 285 ‡ˆ-•+#$ copernicum Cn 200.6 +2 +2 +2,1 7¡ mercury Hg 112.4 ,Š|#$ cadmium 112 80 48 30 12 II B 2p b^_`G8 c_`G8 5 13 III A He 294 ununoctium Uuo 222 6Š2 radon Rn 131.3 v3‰2 xenon Xe 83.80 y!z'2 krypton Kr 39.95 €-ž2 argon Ar 20.18 *C2 neon Ne 4.003 ¬!#$ helium 118 86 54 36 18 10 2 18 VIII A ]^_`G8 c_`G8 ■周期表 原子番号の順に,性質が似ている元素を縦になるように並べたものが周 期表である.現在は原子番号 118 番まで知られている. 表 1: 周期表 周期表 (periodic table) 表 2: 電子,陽子,中性子のデータ. 記号 e 電子 p 陽子 n 中性子 電気量 質量 [kg] −e 9.10938188 ×10−31 kg electron proton neutron 1/1823 u 1 kg 1.00728 u 1836.15 −27 kg 1.00866 u 1838.68 1.67492735 ×10 0 質量比 −27 1.67262158 ×10 +e 質量 [u] ■同位体 原子番号が同じでも,中性子数が違う原子が存在する.それらを同位体 という.同位体には,安定なものと不安定で他のものに崩壊していくものが ある.例えば,炭素は,ほとんどが中性子が 6 個の炭素 12 (12 6 C) であるが, 同位体 (isotope) 14 微量ながら中性子が 7 個の炭素 13 (13 6 C) や 中性子が 8 個の炭素 14 ( 6 C) が存在する. 表 3: 同位体の例. !" #$ %&' )*&' ( ( Q8 456 9>==?@ =>AAA@@B 9 C>=9E9 =>===99B 78F:GD78< C F>=9H= Q89C H 9C =>A@AF ? 9F>==FE =>=9=? @ 9E>==FC 9EC CFE>=E=A =>====BE CBUBVJKWMNOCF=X 9EF CFB>=EFA =>==?C=E ?YF@=UJKWMNOCF9X 9EH CF@>=B=@ =>AAC?EC EEYH@==UJKWMNOCFEX 78C:D78< Q89F 9 H Q89E NSTCFE NST 123 = 789:;78< 78 +,-./0 NSTCFB NSTCF@ AC I, 9C>FCJKLMNOFP I, B?F=JKR89EP 同位体を含めると,安定な核と不安定な核をあわせて,現在では,約 3000 種類の原子核が確認されている.図 2 は,それらを示した「核図表」であ る.縦軸に陽子数,横軸に中性子数をとって原子核を並べたものだ. 核図表 図 2: 核図表 縦軸が陽子数, 横軸が中性子数.下の段から, H, He, Li, Be, · · · と周期表 の順に元素が対応する.安定 な原子核が中央付近の黒い箇 所で示されている.不安定な 原子核が多数存在することが わかる. 125 9.1.2 放射性崩壊 ■放射線・放射能 自然界には,ウラン 92 U や ラジウム 88 Ra のように,不安定な原子核が 放射線 あり,放置しておくと粒子や電磁波などの放射線を出して,別の原子核に変 (radiation) 化する.この現象を放射性崩壊という. (radioactive decay) 定義 放射線・放射能 放射性崩壊 放射性同位体 (radioisotope) 放射線は物質を透過する力を持った粒子の光線である.放射線は発 α 線 (α-rays) β 線 (β-rays) γ 線 (γ-rays) 見順に,α 線(正体は He 原子核) ,β 線(電子) ,γ 線(波長の短い電 磁波,光)や X 線(波長の短い不可視な電磁波)などと呼ばれ,それ ぞれ透過力や磁場中での進み方が異なる. 放射線を出す性質のことを放射能といい,この能力をもった物質の ことを放射性物質という.放射能をもつ同位体を放射性同位体という. 原子核から 42 He 原子核を分離して α 線として放出する現象を α 崩壊とい う.原子核の中の 1 つの中性子が陽子に変化し,電子が飛び出す現象が β 線の正体である.この過程を β 崩壊という. α 崩壊 (α-decay) β 崩壊 (β-decay) 表 4: 放射線の種類. 正体 α線 4 2 He 原子核 電気量 質量 [kg] 透過力 電離作用 +2e 6.65 ×10−27 kg 弱 強 β線 電子 −e 9.11 ×10−31 kg 中 中 γ線 電磁波 0 0 強 弱 図 3: 放射線の透過力の違い 図 4: ウランから始まる崩壊系列.ウラン 238 (238 92 U) は,α 崩壊し て トリウム 234 (234 90 T) に変化する.その後,β 崩壊して プロトア クチニウム 234 (234 91 Pa) に変化する.その後も放射性崩壊を続け, 長い年月の後,安定な鉛 206 (206 82 Pb) に至る. 126 ! はじめの量 表 5: 主な放射性物質の半減期.(中性子は原子核 内にあるものは安定だが,単独に取り出すと不安 定で β 崩壊して陽子に変化する. ) ! $ 原子核 n ! # ! " ! 半減期 " 半減期 # 半減期 $ 時間 図 5: 同じ時間ごとに半分の量になる様子.半減期 の倍でゼロになるわけではなく,元の量の半分にな りながら,次第にゼロに近づいていくことに注意. 14 6C 32 15 P 60 27 Co 90 38 Sr 131 53 I 137 35 Cs 235 92 U 238 92 U 崩壊の型 半減期 β β β β β β β α α 10.4 分 5.73 × 103 年 14.26 日 5.271 年 28.78 年 8.1 日 30.07 年 7.04 × 108 年 4.47 × 109 年 単体の中性子 自然 人工 人工 人工 人工 人工 自然 自然 ■半減期 原子核の崩壊は確率的におきる.もとの原子核のうち,半数が崩壊して 別の原子核になるまでの時間は原子核ごとに決まっている(表 5).この時 間を半減期という.たとえば,ヨウ素 131 半減期 (half-decay time) I の半減期は 8.1 日である.1 日 後に最初の量の 90 % になり,8 日後に 50 %,30 日後で 1/13,60 日後で 1/170 になる. Topic 放射性炭素年代測定法 炭素 12 C には,安定な同位体 13 C と不安定な同位体 14 C が存在す る.両者は空気中に一定の割合で含まれていて,生物,例えば樹木が 呼吸していれば樹木中にもその割合で取り込まれる.樹木が切られ木 材となると,木材は新たに内部に炭素を取り入れなくなる. 14 C は 5730 年の半減期で放射線を放出しながら 14 N に壊変するの で,後年,木材からどれだけの量の放射線が放出されているかを計測 図 6: 放射性炭素年代 14 C/ C の存在比がわかり,樹木が 測定法.呼吸していた 切り倒された年代が測定できることになる.この方法により,生物遺 樹木が材木になると, することにより,内部に含まれる 12 骸があれば,数万年前までの年代測定が可能になるという. 14 C が閉じ込められ, 放射性壊変で徐々に 日本で 2000 年にスクープされた旧石器発掘に関する捏造事件は, 減ってゆく.14 C の含 出土した石器に対して有効な年代測定法がないために第三者の検証が 有量で材木の年代がわ できなかったことが,事件を大きくさせた. かる. 127 9.2 核反応 — 核分裂と核融合 原子核反応は,日常の生活範囲で見られるような化学反応(分子どうしが組み替えを起こす反応)と違い, 元素が他の元素に変化する高エネルギー反応である. ■質量とエネルギーの等価性 1905 年,アインシュタインは,光の速度に近いときの物理法則を考える ことによって,特殊相対性理論を構築した.この理論で得られた結論は,質 量そのものがエネルギーである,という事実だった.おそらく,世界で最も 有名な数式は,次のものである. 法則 質量とエネルギーの等価性 質量はエネルギーと同義であり,転化できる. E = mc2 (2) 質量エネルギー [J] = 質量 [kg] × (光速 [m/s]) 2 図 7: アインシュタ これは,世の中から質量が m 減るならば,それに相当する mc2 のエネル ギーが運動あるいは熱エネルギーに転化することを意味する.化学反応で は,反応の前後の質量差は無視できるほど小さい(全質量の 10−8 %程度) が,原子核反応ではその効果が顕著に現れる(全質量の 0.1 ∼ 1 %程度). イン Albert Einstein (1879–1955) 特殊相対性理論 (special theory of relativity) 質量とエネルギーの等価 性 (Equivalence of energy and mass) 図 8: 化学反応と核反応 化学反応は分子の組み替えで,実験室レベル.核反応は 原子核の組み替えで,原子爆弾や水素爆弾,原子力発電や太陽の中心.エネルギー レベルがまったく異なる. 日常生活では,質量保存則が成立していると考えて差し支えないが,原子 爆弾・水素爆弾・原子力発電などの原子核反応では,わずかな量の物質がエ ネルギーに転化することで莫大なエネルギーが発生する. 128 ■原子核反応 原子核反応には,次の 2 種類がある. 定義 核融合・核分裂 核反応 (nuclear reaction) • 核融合:軽い原子核どうしが合体して重い原子核になる核反応 (太陽の輝く原理,水素爆弾) • 核分裂:重い原子核が軽い原子核に分裂する核反応 (原子爆弾,原子力発電) このような核反応が生じる原因は,原子核の結合エネルギーの差にある. 山の上から川が流れていくように,自然界は,なるべくエネルギーを放出 し,合計が小さいエネルギー状態にある方を好む.原子核は,陽子と中性子 結合エネルギー (binding energy) 質量欠損 (mass defect) が結合することによって,それぞれがばらばらに存在するよりも質量エネル ギー(E = mc2 )の和が小さくて済む.これを質量欠損とよぶ.エネルギー 的に得するわけだ. 例 42 He は,中性子が 2 個,陽子が 2 個から成り立っているが,それぞれ 個々の粒子の質量の和は, (2 × 1.67262158 + 2 × 1.67492735) × 10−27 = 6.6950 × 10−27 kg である.しかし,42 He の質量は,6.6447 × 10−27 kg であり,質量欠 損 の大きさは,∆m = 5.03 × 10−29 kg である. 核反応が生じるのは,反応の前後で全体のエネルギーが小さくなるからだ. 例 核反応 7 3 Li + 11 H −→ 42 He + 42 He (3) が発生するのは,73 Li + 11 H でいるよりも,42 He + 42 He となる方が全 体のエネルギーが低くなるからである(図 9). 図 9: 核反応で発生する核エネルギーと結合エネルギーの関係. 129 核反応では物質がなくな るわけではないので,反応 の前後で質量数や原子番 号の和は等しい.(3) で確 かめてみよう. ■核分裂 核分裂が人工的に初めて実現したのは,不幸なことに原子爆弾であった. 第二次世界大戦中,枢軸国側の原子爆弾開発計画に焦りを感じたアメリカ は,マンハッタン計画の名のもとに,科学者・技術者を密かに総動員して原 子爆弾の製造を行った.1945 年 7 月 16 日に実験を成功させ,広島と長崎 に投下した. 原子爆弾で起こされる核分裂は,ウラン 235 がバリウムとクリプトンに 分裂する反応で,反応式は 235 92 U 144 89 1 + 10 n → 236 92 U → 56 Ba + 36 Kr + 3 0 n (4) 図 10: 核分裂 (nuclear fission) マンハッタン計画 (Manhattan Project) である.式の両辺で質量数は保存していても,それぞれの原子核を作る結合 エネルギーの総和の差が,アインシュタインの質量公式 (2) にしたがって放 出されることになる. 反応式からは,中性子を介して連鎖反応が起きることがわかる.ひとたび 連鎖反応 (radical reaction) 反応がおきて中性子が発生すれば,その中性子が次のウランと結合して核分 裂を引き起こす.つまり,反応を途中で止めることは難しい. 広島に投下された原子爆弾で核分裂を起こしたのは,爆弾に詰められてい たウラン 235(10∼35 kg)のうち,わずか 1 kg 弱だったそうだ.それだけ でも,広島市を壊滅させ,当時の人口 35 万人の半数が被爆から 4 ヶ月以内 に亡くなった. 現代の原子力発電では,上記の反応を利用して,発生する熱エネルギーで 蒸気を作り,タービンを回して発電する.人工的に核反応を制御するため に,ウラン 235 を 3% から 5%(残りはウラン 238)に濃縮したものを用い ている. ■核融合 核融合は,太陽など,恒星の光るエネルギー源である.星は,星間ガス が収縮してできた水素分子の分子雲が種となって誕生すると考えられてい る.分子雲が重力の作用によってさらに高密度に収縮し,温度上昇により核 融合反応に点火する.星の内部で起こされる水素の燃焼過程には主経路が いくつかあるが,結果的に 4p → 4 He + 2e+ + 2νe + 2γ (5) という形にまとめられる.e+ , νe , γ は,それぞれ陽電子,電子ニュートリ ノ,光子である. 陽子 p は,反応の途中でも生成されるので,これも連鎖 反応になる.核融合反応は,水素爆弾の原理でもある.平和利用として,核 融合炉による発電も研究されているが,反応が開始するのに必要なエネル ギー(しきい値)が高く制御技術も難しいため,実用化されるまでにはまだ 遠いようだ. 130 図 11: 核融合 (nuclear fusion) ■核分裂と核融合はどこまで進むか 核分裂・核融合のどちらでも原子核反応が進行する理由は,鉄 56 Fe が, もっとも安定な原子核だからだ. 図 12 は,横軸に質量数(おおよそ原子番号順) ,縦軸に結合エネルギーを とって,主な元素の結合の強さを表したものだ.縦軸の上の方ほど結合力が 強い.つまり,H, He, Li, · · · と進む核融合は,鉄まで合成されるとそれ以 上核融合は進まずに終了する.核分裂も鉄まで分裂すると終了することに なる. 図 12: 核子 1 個あたりの結合エネルギーと質量数. コラム コラム 26 (酸素がない宇宙で太陽が燃えているのは何故?) 太陽系の起源は約 50 億年前と考えられている.物理学がそろい始めた 19 世紀末,太陽 のエネルギー源は何か,という大問題が解けずにいた.(当時,太陽の年齢は 3 億年以上と いうことしかわかっていなかったが)単純に化学反応で説明するには寿命が長すぎていたの だ.ケルビンとヘルムホルツ (von Helmholtz, H.L.F. 1821–94) は「太陽は大きな重力で 収縮しているため,周囲に熱を放出する」という説を考えたが,それでも太陽年齢は 2000 万年以上にはならなかった. 決定的な理論となったのは,アインシュタインが 1905 年に提出した相対性理論による, E = mc2 という式である.この式から,1920 年,天文学者エディントン (Eddington, A.S. 1882–1944) は,太陽内部での水素からヘリウムへの核融合の可能性を指摘している.太陽 が水素でみたされていることが 1925 年にわかり,1930 年代に物理学者チャンドラセカー ル (Chandrasekhar, S. 1910–95) とベーテ (Bethe, H. 1906–2005) によって核融合の理論 が進むと,太陽のエネルギー源が核融合反応であることがようやく明らかになる. このコラムのタイトルにした疑問はよく科学館に寄せられる質問だそうだ.核融合反応は 物理的な結合エネルギーの組み替えで発生している反応であり,化学的燃焼とは違うので酸 素は不要なのである. 131 9.3 人体に対する放射線の影響 — 未知な要素の多い現実 自然界には,放射線がある程度存在しており,皆無ではない.どれだけ人体が被曝すると危険なのか,とい う明確な数字がわかっているわけでもない. ■放射能と放射線の測定単位 §9.1.2 で述べたように,放射線を出す性質のことを放射能という.この能 力をもった物質のことを放射性物質という.これらの違いは,よく電球で例 えられる. 「電球(放射性物質)は,光を出す能力(放射能)を持っており, 実際に光(放射線)を出す」(図 13). 放射能と放射線量の測定には次の単位が使われる. • ベクレル [Bq] は放射能の強さの単位.1 秒間に 1 個の原子核が崩壊 するとき,1 Bq. • グレイ [Gy] は放射線が物質に与えるエネルギー(吸収線量)の単 位.物質 1 kg あたり,1 J のエネルギーを吸収するとき,1 Gy. ■被曝量の測定単位 図 13: 放射能と放射 人体が放射線を受けることを被曝という.人体への影響は,被曝した吸収 線. 線量が同じでも放射線の種類やエネルギーによって,また被曝する器官や臓 Antoine Becquerel (1852–1908) Louis H. Gray (1905–65) Rolf M. Sievert (1896–1966) 器によっても異なる.そこで,表 6 の係数で補正した 等価線量 [Sv] = 吸収線量 × 放射線の種類やエネルギーに応じた係数 (6) および 実行線量 [Sv] = ∑( ) 等価線量 × 臓器ごとの係数 (7) 全身 等価線量を計算する際 の係数 を用いる.シーベルト (Sv) は,これらの線量の単位である. 1 Gy α 線: 1 Sv = 20 β 線: 1 Sv = 1 Gy γ 線: 1 Sv = 1 Gy 表 6: 測定された Bq から,µSv に変換する係数. 134 Cs 由来の放射能 1000 Bq を 含む食品を食べた場合,1000 × 0.019 = 19µSv の 例えば,成人が 放射線量を受け取ったことになる. 131 I 図 14: 放射能と放射線量の単位. 132 ヨウ素 ヨウ素 133 I セシウム 134 Cs セシウム 137 Cs 幼児 少年 青年 成人 0.075 0.017 0.013 0.0097 0.038 0.0072 0.014 0.01 0.025 0.0049 0.019 0.013 0.016 0.0031 0.019 0.013 ■人体に対する影響 皮膚に近いところや細胞分裂のさかんなところほど(骨髄・リンパ節な mSv = 10−3 Sv どの造血器官や生殖腺など)放射線の影響が大きいとされている.しかし, (ミリ) 被曝の危険性について,明確な数字がわかっているわけでもない. (マイクロ) µSv = 10−6 Sv 図 15: 人体に対する被曝の影響.図の左側は致死量に至るスケール,図の右側は日常生活で存在するス ケールを拡大したもの.自然界に存在する放射線と人工的な放射線がある. ■食品中の放射性物質 放射性物質が体内に入ると一定期間体内に残るので,内部被曝になる. 2012 年 4 月から厚生労働省は,「長期的な観点から,より一層、食品の安 全と安心を確保するために」食品に対する安全基準を変更した(図 16).上 限を下げて厳しくしたもので,内部被曝が,年間を通じて 1 mSv を超えな い値になるように設定されている.この基準値を上回ったものは出荷でき ない. 図 16: 食品に対する厚生労働省の新基準(2012 年 4 月から) .[厚生労働省 web ページ] 133 ■福島第一原子力発電所からの放射線 2011 年 3 月 11 日,東日本大震災の津波で被災した福島第一原子力発電 所から,大量の放射性物質が大気中に放出された.その量はヨウ素 セシウム 137 131 Iと Cs に換算した合計値として,63 京 Bq (*1) とも 90 京 Bq (*2) とも言われている(京 = 1016 ) .原発から半径 20km 以内は,警戒区域とさ れ 2 年後の現在でも立ち入りが制限されている.事故発生後 1 年の推定積 算放射線量 20 mSv(3.2 µSv/h)を目安に特定避難勧奨がされている.事 故後 1 年間の積算放射線量の推計は最高で 508.1 mSv(大熊町小入野)だっ た.原子炉建屋の間にある排気筒では,10 Sv (1 時間浴び続けると,高い 確率で死亡する線量)も記録されている. ■原子力エネルギーの長所と短所 原子力を利用した発電には良い面も悪い面もある.簡単にまとめると,次 のようになる. 長所 (a) 火力発電よりもコストの安い電力が得られる. (b) 硫化物などの大気汚染の原因となる物質を出さない. (c) 原料の調達できる場所が世界に広く分布している. 短所 (a) 原子炉から出る灰や廃棄物は放射能を帯びていて,処理が難しい. (b) 兵器に転用される危険性がある. (c) プロトニウムは化学的にも毒性がある. (d) ひとたび事故が起こると何世代にもわたる負の遺産になる. Topic 放射性廃棄物の問題 原子力発電所や核燃料製造施設などからは,利用後の放射性同位体 が廃棄物として発生する.また,病院の検査部門からはガンマ線源の 廃棄物が発生する.このような放射性物質を含む廃棄物を放射性廃棄 物という. 多量の放射線被曝は人体にとって害になる.原子力発電では,燃焼 されずに残るウラン 238/235 の他,ストロンチウムやセシウムなどが 発生する.これらは表 5 に示したように,いずれも半減期が長く,中 には半減期数万年の原子核も存在する.後世の人類の負担にならない ように処理する必要があるが,結局は隔離・保管するしか方法がない. 日本の方針では,放射性廃棄物を再処理してウラン 238/235 とプル トニウムを取り出した後,残った高レベル放射性廃棄物をガラス固化 して地上管理施設で冷却・保管し(30 年 ∼50 年),その後は地層処分 して数万年以上に渡り隔離・保管することにしている. 134 (*1) 原子力安全・保安院, (2011 年 4 月 12 日) (*2) 東 京 電 力 福 島 原 子 力発電所事故調査委員会. (2012 年 7 月 5 日) コラム コラム 27 (鉄より原子番号の大きな元素はどこでできた?) 核融合も核分裂も,エネルギー的に一番安定な鉄 56 Fe まで反応が進むことを説明した. 宇宙の歴史は,ビッグバンと呼ばれる大爆発で 1 つの点から始まったことが分かっている. 137 億年前の誕生直後の宇宙は,高温の素粒子が飛び回る空間で満たされていたが,宇宙の 膨張と共に温度が冷え,素粒子が徐々に結合して元素になっていった. 宇宙を満たしている元素の大部分は,水素とヘリウムである.これらのガスが重力によっ て集まると核融合で点火して燃える星となる.こうして太陽は 50 億年間,輝いている.だ が,水素がヘリウムに,ヘリウムがリチウムに,といった核融合サイクルは鉄までいくと終 了する.星は鉄のコアを中心に残して冷却してゆくはずだ.鉄以上の原子番号をもつ元素 は,宇宙のどこで作られたのだろうか. この答えは,超新星爆発と呼ばれる星の一生の最後の大爆発である,と考えられている. ここでは,星(恒星;燃えて輝く星)の行く末について説明しよう. 恒星はガスの塊である.星の大きさを決めるのは,星の質量による重力(引力)と,核融 合燃焼によるガスの膨張する力(斥力)のつりあいである(正確にはガスの圧力勾配であ る).核融合でエネルギーを放出していく星は,質量をエネルギーに転換していくので,次 第に軽くなる.したがって,重力が弱くなり,星は徐々に大きく膨らむことになる. 燃料がなくなった星は冷却を始める.そうすると,外向きの力がなくなるので星は縮み始 めることになる(重力崩壊).どこまで収縮するのかは,はじめの星の大きさによって違う 運命になる. • 星の質量が太陽程度であれば,星はゆっくりと冷却し,自身の重力を電子の縮退圧 (電子の取りうる最小エネルギー)で支えられる高密度な星,白色矮星 (white dwarf) になる.およそ地球の大きさに太陽質量の 1/4 程度が凝縮する星である. • 星の質量が太陽の 1.4 倍以上あると,電子では支えられない.星は重力崩壊を起こ し,急激につぶれてゆき,中心部の鉄の原子は押しつぶされて電子と陽子が合体して 電気的に中性になる.中性子だけの塊になり,中性子星 (neutron star) になる.半 径 10km ほどに太陽程度の質量が詰め込まれた非常に高密度な星である. • もっとたくさんの物質が中心部の中性子コアに重力崩壊してきたらどうなるだろう か.ものすごい速度で落下してきた物質は突然硬い中性子のコアにぶつかるとはねか えされることになる.これが超新星爆発だ.多量の物質が高密度の小さな領域に集 まって一度に大きなエネルギーが解放されることになり,この瞬間に鉄以上の原子が 形成されることになる. • 超新星爆発の後は,中心部には中性子星が残されるか,あるいは中性子も潰されてブ ラックホール (black-hole) と呼ばれる光さえも脱出できない強い重力の塊になると 考えられている.ブラックホールになり得るのは,星の質量が太陽の 25 倍以上のと きだと計算されている. 我々の地球や体内で,鉄よりも重い元素が存在しているのは,かつて宇宙のどこかで超新星 爆発で合成された物質が,拡散されたあと再び重力で集まって地球を形成したからなのだ. 135 コラム コラム 28 (フェルメールの贋作事件) オランダの画家フェルメール (Johannes Vermeer, 1632–75) は寡作で,現存する作品は 30 数点と少ない.歴史的に贋作事件が続いている. 19 世紀,絵画研究家 Thoré Bürger(トレ・ビュルガー)が Vermeer の作品として認定 した絵画は 70 点以上にのぼる.しかし,これらの作品の多くは,その後の研究によって別 人の作であることが明らかになり,次々と作品リストから取り除かれていった.20 世紀に 入ると,このような動きと逆行するように Vermeer の贋作が現れてくる.中でも最大のス キャンダルといわれるのが Han van Meegeren (ハン・ファン・メーヘレン)による一連 の贋作事件である. この事件は 1945 年ナチス・ドイツの国家元帥 Hermann W. Göring(ヘルマン・ゲーリ ング)の妻の居城から Vermeer の贋作『キリストと悔恨の女』が押収されたことに端を発 する.売却経路の追及によって,Meegeren が逮捕された.オランダの至宝を敵国に売り渡 した売国奴としてである.ところが,Meegeren はこの作品は自らが描いた贋作であると告 白した.そしてさらに多数の Vermeer の贋作を世に送り出しており,その中には『エマオ のキリスト』も含まれていると述べた.『エマオのキリスト』は 1938 年にロッテルダムのボ イマンス美術館が購入したものであり,購入額の 54 万ギルダーはオランダ絵画としては過 去最高額であった. 絵画の絵の具から放出される放射線測定の結果は,これらの作品が 200 年以上も前のも のではないことを示していた.しかし,当初 Meegeren の告白が受け入れられなかったた め,彼は法廷で衆人環視の中,贋作を作ってみせたという.『エマオのキリスト』は,現在 でもボイマンス美術館の一画に展示されている. 参考 『謎解きフェルメール』(小林頼子・朽木ゆり子著,新潮社,2003 年) 書名と発売日決定のお知らせ 本講座のプリントの内容を含んだ書籍が,ようやく完成しました. 真貝寿明著 日常の「なぜ」に答える物理学 森北出版,2200 円(税別), 2015 年 10 月 1 日発売 ISBN 978-4-627-15611-1 菊版 280 ページ,図版 400 点以上 136