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(インタビュー・訳:アルモーメン・アブドーラ(大東文化大学国際関係学部

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(インタビュー・訳:アルモーメン・アブドーラ(大東文化大学国際関係学部
2006.10.20
2003年に誕生した「サキア アブデルモネイム エッサーウィ」(通称エッ
サーウィ文化センター)は、100%民間が運営する本格的な総合文化施設。
エジプトでは類を見ないこの施設は、芸術・文化・思想の発信を通して、エ
ムハンマド・アブデルモネイム・エッサー
ジプト社会の問題解決を図るための多彩な活動に取り組んでいる。2006年9
ウィ氏
月、来日したムハンマド・エッサーウィ館長に、その熱意あふれる取り組み
(Mohamed Abdel Monem EL SAWY)
エジプト、カイロ・サキア アブデルモネイ
について話を聞いた。
ム エッサーウィ(通称:エッサーウィ文
(インタビュー・訳:アルモーメン・アブドーラ(大東文化大学国際関係学部講
化センター)館長。エッサーウィ文化セン
師))
ターはエジプト初の民営文化センター。カ
イロの若者の間で親しまれている。2006年
■
9月に、日本の文化複合施設の訪問、特に企
画運営面で関係者との意見交換を通じ、
エッサーウィ文化センターの今後の運営の
参考とするため来日した。
──エジプトに民間の文化センターを設立するというのは極めて珍しい例だと思い
ます。概要を教えてください。
エッサーウィ文化センター
「サキア アブデルモネイム エッサーウィ」(通称エッサーウィ文化センター)
http://www.culturewheel.com
は、2003年に開館しました。カイロ中心部の現在この施設がある橋の周辺は、以前
まではホームレスやチンピラたちの溜まり場で、悪臭漂うゴミ捨て場のようなとこ
ろでした。そんな近寄りがたい場所が、現在のように「文化と思想」を発信する場
へと変貌を遂げるとは、誰も思いもよらないことだったと思います。
施設名の「サキア アブデルモネイム エッサーウィ」とは、「サーウィの水車」と
いう意味です。人が生きるためには水が必要であるのと同様、思想や文化も人々に
とって重要なものです。水車が畑に水を運ぶように、「サーウィの水車」も、思想
と文化を人々に運び伝えたいという願いをこめています。さらに、「サーウィの水
車」は、文化と芸術を紹介するだけでなく、社会の宿弊の一掃や大衆の啓蒙、コ
ミュニティへのアウトリーチ、人々の自己啓発などにも積極的に取り組んでいま
す。人々が「水」を求めて「サーウィの水車」を訪れ、思想や教養を高めてくれる
ことを心から望んでいます。
エッサーウィ文化センターは、「文化と思想との巡り会い」というコンセプトのも
と、芸術ジャンルのほか、詩の朗読や小説コンテストなどの文学、スポーツ、就職
活動に役立つ能力開発セミナーや女性対象の料理教室・アラビア書道教室といった
教育プログラムなど、多岐にわたる事業を展開しています。
芸術ジャンルでは、若手演奏家や歌手のコンサート、演劇などの舞台芸術をはじ
め、写真や絵画の展覧会、映画の上映会などを行っています。毎年、演劇コンテス
トや短編映画・ドキュメンターリ映画祭も主催しています。とりわけアラブ文化の
なかでも重要なアラブ音楽などの無形文化財の活性化に力を入れていて、日本の
「琴」に似た伝統楽器「カーヌーン」のリサイタルやワークショップに取り組んで
います。ほかに、消滅の危機に瀕しているエジプト独特の民謡「マウワール」の復
興にも努めています。先日公演を行ったところ、観客のなかには若い学生やサラ
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リーマンなどもいて、少し手ごたえを感じました。
文学では毎年、小説のコンテストを行っています。このコンテストには、他のアラ
ブ諸国からも多数の応募があります。今年度のコンテストで最優秀賞を受賞した作
品は、モロッコの男性のものでした。エジプト文学といえば「詩」というほど昔は
詩作が盛んでしたが、最近は若者の関心が薄れつつあるため、伝統文化の再生をす
べく詩の朗読と舞台芸術を組み合わせたイベントを企画したり、ジャンルを超えた
芸術活動にも取り組んでいます。そうしたイベントは入場料を無料にするなど金銭
面での便宜を図り、人々の関心を高めています。
私は、スポーツも文化の一種として捉えています。勝ち負けが問題なのではなく、
国民が互いに尊重し、交流する場を提供するものだからです。イスラムやアラブ文
化に根づく武道や弓道の子ども向けの教室も開いており、今後は、竹刀を使う日本
の剣道のような「タハティーブ」という武道の普及にも取り組んでいきたいと考え
ています。
──センターの利用者はどういった人たちですか。
私立学校や大学と共同でイベントなどを主催することもありますので学生の来場も
多く、ほかにもさまざまな世代の人たちが利用しています。地元の演劇グループや
プロデューサー、アーティストたち向けに劇場スペースのレンタルも行っており、
イベントの演目も多彩です。無料プログラムもたくさんあり、とにかく誰もが楽し
く鑑賞できるようチケットはできるだけ安価で提供しています。
幅広い利用者を対象にしている最大の目的は、一般の人たちと文化の距離を縮めた
いと考えているからです。いちおう会員システムもありますが、会員も一般参加者
も分け隔てなく、多くの人たちの意見やアイデアに耳を傾けます。実際に市民のア
イデアによる新たな企画が生まれていますし、彼らの声を常にプログラミングの参
考にしています。ある日、市民の一人が、「切手収集コンテストをつくってくれ」
と言ってきたことがあります。私は彼に「そうですね、作りましょう。ただそれに
は、あなたが企画担当をしてくれることが条件です。センターは全面的に支援しま
すので、自ら参加してください」と言いました。
このように、システムやルールというのは自分たちの必要に応じて考え、自分たち
で築いていくものだと思います。強制されるものではなく、自分たちで自由にでき
るはずなのです。大切なのは、常により良いものへの変革を求める高い志をもっ
て、人間の自己啓発や、世論の問題意識と理解度を高めるという目的を達成するこ
となのです。
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──運営方法については、どのような特徴がありますか。
エッサーウィ文化センターは100%民間の組織で、政府からの援助や助成金などは
まったく受けていません。逆に私たちは、建物の借地料などを毎月政府に支払って
います。施設運営と事業のための資金のほとんどは民間スポンサーからの援助で
す。年間を通じてセンターの活動を支援してくれるスポンサーと事業ごとのスポン
サーをそれぞれ募り、その提供資金だけでカバーできない場合は、私と兄が所有す
る広告&PR会社 アル・アーラミーヤ株式会社が負担しています。
また、在エジプトの各国大使館との共催のかたちで、さまざまな芸術作品を紹介す
る事業を行うことがありますが、これはある意味、彼らからの間接的な財政支援で
あると思っています。直接資金は得ていませんが、大使館側は招聘団体の渡航や滞
在の費用を負担し、私たちは招聘団体がパフォーマンスの上演に必要な劇場スペー
ス、舞台製作費、PRなどを提供し、チケット収入はセンターの売り上げに計上して
います。大使館との共催事業はあくまで役割分担という意識で協力体制を敷いてい
ます。今年の12月に初めて日本関連のイベントを国際
交流基金と行う予定です(*)。このような各国大使館との芸術交流を通じて、世界
のさまざまな作品を提供できるようになりました。
*基金本部主催巡回公演事業 太鼓グループ「は・や・と」公演
12月11日:エッサーウィ文化センターにて開催予定
──演劇コンテストとはどういったものでしょう。
近年エジプトの演劇界をとりまく環境は危機的な状態です。まるで節操のないナイ
トクラブのようになっています。それで少しでも演劇の活性化のためになればと思
い、3年前に演劇コンテスト「水車の演劇祭」を立ち上げ、毎年7月下旬から8月初
旬に実施しています。コンテストには才能の発掘、アーティストの養成といった側
面もありますから、舞台芸術のアーティストやグループを広く公募し、審査してい
ます。1次審査では、脚本、演出、技術面などの審査を行い、2次審査では、応募者
が審査員の前で実際に作品を上演し、そこで選ばれた個人もしくは団体がこの演劇
祭での上演を認められます。2週間で50以上の作品が上演されます。一本あたりの
上演時間は原則1時間で、演劇祭の最後に最優秀作品を選び、閉幕式を兼ねた受賞
セレモニーを行います。作品のみならず、演出家、俳優、舞台美術などにも賞が与
えられます。現段階ではまだアラブ圏以外からの応募はありませんが、将来的に
は、海外からの参加が可能となるように、スポンサーを募るなど経済的な問題を解
決していきたいと思っています。
──文化センターは国内の社会問題にも取り組んでいるそうですね。
エジプト社会では、文化や芸術を語る前に、「物乞い」など人々の生活習慣の改善
や啓蒙にかかわる取り組みが不可欠です。観光客目当てに貧しさを装い、物乞いを
する人が後を絶ちません。だからといって法律で規制することはあまり効果的な方
法だとは思いません。ごく単純なことですが、こうした状況を改善するには、自ら
を変えよう、悪習慣を正そうという人々の意識を高め、どんな難しい問題でも短期
間で解消できるのだ、という強い意志をもつことが重要だと私は思います。エッ
サーウィ文化センターでは、世論の啓発や人々の教養を高めることを通じて、社会
の宿弊の一掃や、難問とされている社会問題の解決を図ろうとしているのです。
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その一環として、イスラム教の理念をもとにした「チャリティー(寄付)」に対す
る考え方をより多くの人々に伝えるためのキャンペーン、また、「アラビア語の
年」という正則アラビア語(フスハ)を身につけることの意義を教えるプロジェク
トを立ち上げました。アラビア語は、人々の活字離れなどが原因で弱体化する傾向
にあります。大人でも正しく正則アラビア語を使える人は少なくなってきました。
コーランを何度も読破したという人はたくさんいるのですが、実際に意味を理解し
ているかどうかは疑問です。読むといった行為よりも「理解する」ということが肝
心なのですが、正則アラビア語の弱体化は「アラブ人のアイデンティティ」の欠如
にもつながります。より美しく正しく使えて理解できるよう、アラビア語教室を開
いて識字率の向上を図っています。
──エジプトの文化行政について教えていただけますか。
文化と芸術に関わる活動の推進と責任を担うのはエジプト文化省です。エジプト文
化省は、あらゆる文化芸術活動の発展のためにいくつかの支援ファンドを設置して
います。「文化パレス」という地域型の文化施設など、文化省の管轄に置かれてい
る組織もあります。
彼らを含め文化を促進する組織には、柔軟性が一番必要なものだと思いますが、政
府系の文化組織には行政機関としての官僚的な体制という難点があります。そのた
め、芸術文化を推進するにあたっては、規制緩和が重要な課題の一つとなっていま
す。その上で、下部組織の実行力につながるような権限の委譲が必要だと思いま
す。
一方、カイロにはフランス政府の「フランス文化センター」や、ドイツ政府の
「ゲーテ・インスティトゥート」などのような外国政府の文化芸術支援機関もあ
り、彼らは自国の文化を発信すると同時に、エジプトのアーティストたちを支援
し、エジプトの芸術文化の発展に貢献しています。民間では、アメリカの「フォー
ド財団」もエジプトの若手アーティストたちに対して活発な財政支援を行っていま
す。大学などにも、わずかですが、学生の自主企画に対し、支援金を給付するとこ
ろがあります。ただ、全体的に見て、エジプトの芸術支援、とくに舞台芸術に関し
ては、そういった支援状況はまだ十分ではありません。
──上演許可を得るために当局の検閲委員会の対応で、苦労することはあります
か? エジプトの検閲について教えてください。
正直、私にもよく分かりませんが、なぜか、今のところ検閲局と私たちの関係はた
いへん良好です。検閲局が私たちに絶大な信頼を寄せてくれているからなのか、私
たちの活動内容に対しては、まったく干渉しません。おそらく、人間の尊重と社会
の平和と安定を根本とする私たちの倫理基準は、検閲ポリシーを超えるものがある
のではないかと思います。もちろん、人を中傷する内容、または過激的な表現が含
まれる作品は、基本的には受け付けていません。
──エッサーウィ文化センターは2007年2月で創立4周年を迎えますが、この4年で
エジプトの舞台芸術を取り巻く状況はどのように変わりましたか。
エジプトでは毎年、「カイロ国際実験演劇祭」というユニークなフェスティバルが
開催されています。近年、エジプト政府の努力もあって、こうしたフェスティバル
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も質の高いものになってきているようです。日本含め世界各国からの多くのアー
ティストが参加し、今やアラブ圏の演劇界において新しい発想や技術を競い合う場
として重要な位置を占めるようになりました。
一方、私たちの活動はまだ始まったばかりですが、カイロを拠点にして新たな挑戦
をはじめました。2006年9月にエッサーウィ文化センターの支部となる新施設を開
設したのです。そこはカイロ郊外にある学校の付属劇場なのですが、学校側から私
たちに管理運営を委託されました。学校の施設というとイメージが沸きにくいかも
しれませんが、独立した劇場のような建物で、舞台設備などが完備されています。
この取り組みによって、生徒たちや地元の子どもたちとの交流が身近なものとな
り、文化芸術の伝達がよりスムーズになるという大きなメリットがあります。今後
もこのような外部との連携を活発に進め、将来エジプトのいたるところに、「サー
ウィの水車」のメッセージが届くよう、活動の拠点を増やしていきたいと考えてい
ます。
そのために、現在、株式会社として登録されている私たちの組織を、将来的には民
間非営利団体(NPO)に変えていきたいと考えています。実はエジプトではまだ、
NPOに対する規制が厳しいので、企業としての運営形態のほうが動きやすい状況に
あります。今後さまざまなスポンサーを募り、支援を受け、コラボレーションを行
うためにも、NPOとしての運営形態を整備する必要があると思います。
──エジプトにおける芸術環境に対し、今後どのような変化を期待していますか。
今回の日本での視察で非常に印象的だったのは、能や歌舞伎の劇場で多くの若者の
姿を目にしたことです。すばらしい光景でした。こうした若者の伝統文化への強い
関心と深い繋がりが具現化したかたちをエジプトでも見たい、それが私の願いで
す。
文化省の大臣だった私の父親はよく口癖で「真の国際化に達するには、<国内化>
を極めることだ」と言っていました。つまり、一国の発展において私たちがなすべ
きことは、自国の文化に対する認識を深めることなのではないでしょうか。そのた
めには、精神の土壌となる文化の源に立ち戻り、伝統文化の再生と同時に、次の世
代の若者たちの教養を高めていくこと、そして、それを達成するには、あらゆる芸
術活動を活性化していくことだと思います。こうした文化の再生は決して容易なこ
とではありませんが、努力を重ねることによって、「今」と「昔」、「伝統」と
「若者」をつなぐ架け橋を築くことが可能になると思います。
──日本のアーティストたちへメッセージを。
日本のアーティストたちには、ぜひ一度エジプトに足を運んでもらいたい。そし
て、エジプトとアラブ諸国のありとあらゆる文化に触れ、肌で感じてもらいたいと
思います。芸術文化が形成される土壌は風土にあるといわれるように、エジプト独
特の風土のなかに生まれた芸術を現地で体験してほしいのです。伝統楽器や民謡、
泥の彫刻、芸術作品ともいえる手づくりの絨毯やパピルスを使った絵画など、さま
ざまなアートは、長い歳月をかけて育まれ、エジプト人の暮らしを支えてきまし
た。エジプトの伝統芸術はエジプト人の感性と魅力にあふれています。きっと皆さ
んの心に刻む何かに出会えると思います。
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