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パテント情報 - 理化学研究所

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パテント情報 - 理化学研究所
理研
パテント情報
RIKE PATENTINFORMATION
July 1998 No.7
ウシの白血病の発症を遺伝子レベルで予知する
●発明者:分子細胞生物学研究室
先任研究員 間 陽子
ウシ白血病ウイルス(BLV)は世界中に蔓延しており、日本でも20%のウシが感染していると言われる。
BLVは感染してから発症までが5~10年以上と 長く、また、治療法が確立されていないことから発症す
るとせっかく育てたウシを失うことになり、農家の経済的な打撃は大きい。この白血病に対する個々のウ
シの抵抗性が、主要組織適合複合体(MHC)にあることを突き止めた間先任研究員は、さらに遺伝子レ
ベルで発症の可能性を予知する方法を考案した。
(表紙は、BLV感染牛のMHC遺伝子のアミノ酸配列とリンパ肉腫病変のHE染色像)
■ウシ白血病に対する抵抗性を判定する
―ウシの白血病への抵抗性はMHCのどこにどのように存在しているのですか。
間:MHCは自己と非自己を認識し、非自己の排除を司令する免疫システムの要です。ウシのMHCは
BoLAと呼ばれ、ヒトのMHCであるHLAとよく似て います。BoLAもHLAと同様にクラスIとクラスII遺伝
子群からなっていますが、クラスII遺伝子群の中のDRB3と呼ばれる遺伝子は最も機能的で現 在まで
に74個余りの対立遺伝子の報告があり、多型に富んでいます。この遺伝子の第二エクソンはDRβ1と呼
ばれる超可変領域をコードしていて、家系に よって様々な型があり、ここにウシ白血病抵抗性の基があ
ったのです。
BLVはエイズと同じレトロウイルスで、血液等を通して感染リンパ球が移入することによって感染しま
す。感染したウシには、発症せずに健康な状態を保つも の、免疫担当細胞の1つであるB細胞が異常
増殖し前ガン状態になるもの、発症するものの3つの病態があります。BLVはどのようにして3つの病態
を引き起 こすのだろうか…。私が興味を持ったのはまさにここなのです。そこで、各病態のウシのDNA
を片端から集めて、第二エクソンの全塩基配列を明らかにして いったところ、78位のアミノ酸がバリンの
対立遺伝子を有するウシは抵抗性で、発症しない確率が高いことに気がつきました。バリンは父方由来
か母方由来の どちらかにあれば(ヘテロ接合体)よく、2つ持っている(ホモ接合体)必要はありません。
一方78位がチロシンのホモ接合体である場合は、発症の危険率が 非常に高くなります。ですから78位
にバリンを有するDRB3遺伝子を持っているかどうかで、個々のウシの白血病への抵抗性が判定できる
わけです。
■判定システムの原理
―具体的にはどのように判定するのですか。
間:まずPCR法で第二エクソン(268塩基)を何回も増幅します。この増幅開始に必要なプライマーとして
数種類ほど考えましたが、実際にはDRB40とERB3、DRB100とERB3の2組が使えることがわかりまし
た。
次にPst1という制限酵素を、増幅したものに加えます。制限酵素は、DNAの特定の塩基配列を認識し
てこれを切断します。Pst1は78位がチロシンで ある対立遺伝子の場合、つまり塩基配列が…
CTGCAG…となっている時には最後のAGの間でDNAを切ってしまいます。バリンの対立遺伝子では
塩基配列 が…GTGCAG…なので全く作用しません。Pst1を作用させた後に電気泳動にかけると、2本
のDNA断片に切れたチロシンの場合と切断されなかったバ リンの場合とでは、得られるパターンが違う
ので、その個体が78位にバリンを持っているかどうかを直ちに判定することができます。これが判定シス
テムの原 理です。
■さらなる利便性をめざして
―システム全体として、手軽なものと考えてよいのです
か。
間:実際には、各農家が血液を採取して、これを家畜保
健所や衛生保健所に送って判定してもらうということに
なるのではないかと思います。検査自体は1日も かか
りません。実はもっと簡便な方法、獣医のレベルで判定
できる方法も開発しようとしています。つまり、ウシ白血
病に対して抵抗性を示すいろいろな家系の 対立遺伝
子が作るタンパク質に対する抗体を作成して、これを使
って容易に判定できるシステムを作ろうというわけで
す。例えば、抗体と血液を混合すると、色 の変化で抵
抗性があるかどうかわかるとか…。ウシ白血病のように
感染から発症までに時間がかかり、しかも発症率の低
いものは、投資効果という面でもワクチ ン開発が難し
い。ですから発症する前に将来を予知できることが重
要だと思います。
いずれにしろ、この予知という考え方自体が獣医学にと
っても育種にとっても画期的なことだと自負しています。
発症することがわかっていれば、その前に商品 として
処分することが可能になりますし、そういう家系(チロシ
ンをホモ接合体で持つ)の継続を阻止することもできま
す。そういう家系のメスには必ずバリン をホモ接合体で
持つオスの精液で授精するとか…。もちろん抵抗性の
対立遺伝子を持つウシの開発も充分考えられます。結
果的には健康なウシが増えるというこ とです。現実に
は家畜の場合、あまりにも乳や肉の生産性の向上とい
った経済的な要素が重視されてきたために、不健康な
因子がプールされてしまったという面 が確かにあります
からね。問題は、健康をもたらす因子と、肉や乳の質と
間先任研究員
ウシ白血病ウイルス(BLV)は、ウシに抗体陽
性の未発症健康、持続性リンパ球 増多症、さ
らに長い潜伏期間の後、Bリンパ腫である地
方病性ウシ白血病の3つ の病態を引き起こ
す。一方ヒツジに実験感染させた場合、健康
量を保証する因子が互いに優生を保ちながらリンクす
るかどうか、ということです。こ れが上手くいけば普及
に障害はないでしょう。
および白血病発症 の2つの病態のみを示し、
ウシに比較して短期間で発症する。
■地道な研究で社会に窓を開く
―いつ頃からこのような研究を始められたのですか。
間:大学院時代からです。当時の指導教官から「獣医
学の研究では、社会に窓を開き、農家の人たちの困っ
ている問題を考えることが大事だ」と教えを受け、ウ シ
白血病細胞に発現する腫瘍関連抗原を探す仕事をし
ました。これが腫瘍マーカーになるのではないかと…。
毎日毎日ウシのガン細胞をマウスに打ち込んで、そ の
脾臓をもとにモノクローナル抗体を作っていました。そし
てある時、ガン細胞の出現に一致して非常に反応性が
高くなる抗体を見つけることができ、これで学 位をとり
ました。理研に入ってしばらくして、またこの方面の研究
に取り組む機会を得、自分の作製したモノクローナル抗
体の認識する抗原が、BoLAのクラ スIIのDRB3とDRA
の組み合わせで発現するDR分子であることを突き止
めました。そしてウシ白血病の疾患感受性を担っている
DRB3とその近辺領域 を研究してみようということにな
り、バリンの存在に行き着いたわけです。
■新たな仮説と広がる研究テーマ
―今後はどのように研究を展開される予定ですか。
間:3つの側面を考えています。1つは、先程話したよう
にウシの白血病抵抗性をより簡便により正確に判定で ウシ白血病の発症可能性と抵抗性を判定す
るためのPCR-RFLP法の確立とその応用
きるシステムの早期確立です。
2つ目は、やはりヒトレトロウイルス(HTLV-1)で起こる
人類の悪性疾患である成人T細胞白血病にウシでの判
定法を活かせないかということです。成人 T細胞白血
病も感染から発病までに約50年かかり、殆どの感染者
は発症しません。HTLV-1はヒトに感染して3種類の異
なる疾患を引き起こします。眼科 疾患であるブドウ膜
炎、脊髄疾患、それと白血病です。白血病と脊髄疾患
の発症は、HLAのハプロタイプ(半数体に見出される連
鎖した遺伝子の1セット)の 遺伝系統で振り分けられる
ことがはっきりしています。しかし、白血病患者と無症候
キャリアーのHLAハプロタイプを従来の方法で比較し
ても、両者に明確な 差が認められず、白血病発症に
HLAハプロタイプが影響するか否かは明らかになって
いません。そこで、私たちはウシと同様にHLAのある領
域のアミノ酸解 析によって抵抗性の謎を解こうとしてい
ます。あと半年もすればアミノ酸解析も終わり、答えが
でるのではないかと楽しみにしています。
HLA-DR1分子のX線結晶解析の結果を参考
にすると(Sternら、1994)、78番目 のアミノ酸
残基はβ1ドメインのα-ヘリックス上に相当
し、ペプチド収容溝 のポケット4を構成するア
ミノ酸残基である。従って、抵抗性と易病性の
アリル では、結合しやすいペプチドが異なる
結果として、T細胞応答に質的、量的変化 を
与え、Tyr-β78をホモで有する個体では白血
病発症を、一方、少なくとも1つ はVal-β78を
3つ目は個人的に最も魅力を感じているテーマで、「な 有する個体では高い免疫誘導の結果として、
ぜガンになるのか」です。実はある仮説を立てているの 非発症の病態が 引き起こされると想像され
です。
る。
まずBoLA遺伝子群の発現するタンパクの機能と構造について考えてみましょう。BoLAのクラスII遺伝
子群がコードするクラスII分子というのは、α 鎖とβ鎖からなり、抗原提示細胞やB細胞などに発現しま
す。そしてDRB3遺伝子の第二エクソンは最も外に突き出たβ鎖の遺伝情報をコードしている部分で す。
さて、細菌などの異物は飲食作用によって免疫担当細胞内に取り込まれ、断片化されペプチドになりま
す。細胞内の粗面小胞体内で新たに合成されたクラス II分子は、細胞内を移動して断片化されたペプ
チドをα鎖とβ鎖でできる隙間に噛み込み、やがて細胞表面に移動して異物の存在を他の免疫担当細胞
に提示 し、免疫応答を促します。先のバリンが位置する78位というのは、噛み込んだペプチドと直接結
合するという重要な場所です。ここがバリンかチロシンかに よって結合しやすい抗原ペプチドが異なる
ため、あるいは結合できる抗原ペプチドは同じでも結合する強さが異なるために、他の免疫担当細胞へ
の活動の働きか けに差が生じ、免疫応答の質的・量的な違いが出て、抵抗性の有無につながることは
充分考えられます。
平たく言えば、ウイルス感染した瞬間に、その個体のもつBoLA遺伝子群のタイプによって発症するかど
うかが決まってしまったと…。こういう仮説がウシだ けでなく人間のウイルス性のガンにも成り立つので
はないかとも考えを巡らせているのですが、ともかく仮説の証明には実験が必要です。実を言うと、ウシ
白血 病には非常に良いモデル動物が存在します。ヒツジです。ヒツジは感染すると健康体のままか、発
症するかの2種の病態をとり、しかも感染後2年で発症しま す。ヒツジについてはクラスIIのDRB1遺伝
子がコードするβ鎖の71位にリジンをホモ接合体で持てば抵抗性のあることが明らかになっています。今
後は ヒツジを使った仮説証明のプロトコルを確立したいと思っています。
●主な関連特許
国際公開番号WO98/03680
ウシ白血病の発症可能性及び抵抗性の判定方法
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