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国のかたち、人のありよう、文学の未来

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国のかたち、人のありよう、文学の未来
岡山大学大学 院社会文化科 学研究科妃要 軒2
8号 (
2
09l
l
)
国のかたち、人のあ りよう、文学の未来
- グ ロ ー カ ル 時 代 に ア メ リ カ 文 学 を ど う生 か す か -
中
谷
ひ とみ
1 物語が捻 り妨 げない
叔近、ある種 の高齢者 たちを若者 は 「カワイイ」 と言 う。l年配の人 々は尊敬 こそ され 「カワイイ」
と言われるのは .と思 って しまうのだが、これを若者の教特の感性や新 しい言語使用 として評価すべ
きなのだろうか。言葉 は時代 と共に変化 してい くものだか ら、 この言説がその うち市民権 を得てい く、
いや現在の主要な意味や使 い方 に取 って代わるか もしれない。 しか し言葉の基本的横能 とい うものが.
いつの世で も変わ らずにあるはずだ。若者 に限 らず、人は他者 との繋が りを通 して、多 くの人間関係
の中で. 自己 を確立 してい く。言葉 を通 して、それが綴 り紡 ぐ物語 を通 して、世界や人間とい うもの、
自分 自身を理解 してい く。 このことを考えれば青紫や物語の重要性 は明 らかだが、その吉葉が今、危
うい。膏薬の貧困か ら物語が語れないのだ.本能的な自己防衛 とも考 えられるが、若者たちはクール
なファッシ ョンで もあるかの ように 「ムカック」 とい う音楽 を身に繕い、手当た り次第、他者や大人
社会、既成の制度や価値椀 に牙 を向ける. しか し 「ムカック」 とは言 って も、 もっと具体的な気持 ち
が,その背i
T
(としての文脈
物語があるはずであるO この個別の感情 を表現する具体的な言葉 を、多
くの若者は持 たない。あるいは表現 しようとす らしない。物語が綴 り紡げない とはこうい うことだ.冒
薬 と物語 を過 して 自分の具体的な気持 ちや考 えや価値観 を明確 にで きないか ら、それ らを見据えた上
で物辞 に対処する能力 も、
社会の中で生 きてい く術 も身につかない。「ウザイ」にせ よ 「ダサイ」にせ
よ、同様のこ とが言える。 また.何 に対 して もどんな事態に遭遇 して も、一棟 に 「ウッソー」 と反応
して、具体 的な言及が続かないことが多いの も、貧 しい言説の例 と言 ってよかろ う。 これ らの言葉で
思考は停止 し、会話は途切れ、人間関係の進展 も、その中での 自己の成長 ・発展 も四枚 となる。言葉
にも、それ を使 う人間の方に も何 らかの問題があ ると考 えざるをえない昨今である。
.r
これ らの若者 はゆとり教育 で育った世代 である。その功罪が謙論 され、賛否両論あったが 「過皮
の受験競争J のため, どの子 どもに もゆ と りが奪 われているとの誤認の もとで、ゆと りが必要な生徒
にはゆ とりが与 え られず、すでに学習焦れ を起 こ している生徒 たちを一層学習か ら遠 ざける結果を生
んでいることが明 らか とな」 (
苅谷
86) った。学習達成度の二塩化が ます ます進み,ゆとり教育は見
直 される。基礎的な知識 もな く、考 える習慣や方法 も身についていなければ、のびのび自由に発想す
ることなど、とだい並理 なのだ.「ゆ と り」 と 「生 きる力」 と 「
監合的な学習」の三者 をつな ぐ 「
子と
も中心主我」あるいは 「
子 どもが主人公」の教育 とい う高退 な 目的 を掲 げで も、その達成など望める
わけがない。論理的思考力や判断力、 自分の考 えや思い を的確 に表現する力、問趨発見 解決能力は、
2
7
国のかたち,人のありよう、文学の未来・グローカル時代にアメリカ文学をどう生かすか
中谷ひ とみ
基礎的な事が らの暗記や厳密 な言葉 を使 って具体的に考 えられるか否かにかかっている。言葉による、
直感 を論理的に分節 ・
展 開す る論理的思考 と、逆 に論理 を修正 もする直観的 思考の協同作業 (
棚次
L
V
参考)で、人は成長 してい く。 この意味で も、若者 たちが厳密 な言語使用がで きず、物語か ら遠 ざけ
られた り遮断 されていることは致命的である。
今 までにない現象や行動や価値観が見 られるようにな り、若者 に今何が起 こっているのかが分析 さ
れ,多 くの若者論が沓 かれているOその多 きは問題の深刻 さの証左で もあろう0人は死 んで も生 き返
るなどと、多 くの若者が本気で信 じているとい う。中西によれば、彼 らの転生の感覚 に反映 されてい
るのは既存の もの とは異 なる生命観である。近代 の人間中心主我の前任である、人間 と非人間や、生
と死の境界が揺 らぎ、
生命校は動揺 し、
取替可能な身体像が形成 されている。現代の子 どもたちは 「
身
体 も感覚 もで きるだけ水棲的なかたちに変容 させ」
、今の 自分 を 「
受動性の棲敦 にお くことで どんな抑
32
93
0)しようとする。 さらに中西は彼 らの心の情景 として 「
平気
圧 にも無感党でい られ るように」(
感党」 に言及す る。
子 どもたちが平気でい ようとする場面 は多様 だ。だれかが教師にひどく叱 られているとき、 自分
はその件には閲係 ない と知 らせ る平気.お しゃべ りのなかでひそかに気に していることを言い当て
られ知 らんぶ りで きる平気,他者 と比較 され慶劣 をつけ られて も一緒にい られる平気.それ らすべ
てを大丈夫気 に してない と自分・
に言い聞かせる平気O要す るに自分が問題のある人間、 とるに足 り
ない人間、劣 った人r
削 こ分類 されて しまいそうな状況にさい して、その状況 は変えずに (
変え られ
ずに)分類 を免れ ようとす る振 る舞いが平気感光である.「
状況は変えられず に」とい う点に注意 し
よう。 いまここで本気 に怒 ったところで 目の前 の事態が決 して変わるわけ じゃない、 とい う確信が
2
9
0I
)
一人ひと りに平気 を強いるのである。(
自分 だけその場両か ら脱けていることがで きないか ら、平気感覚は自身の感情が もたらす粕神的危横
を回避する手段 であ り.傍観者 として現実 をや りす ごす術である。外か ら.大人か らは子 どもたちが
平気 なように、あるいは淡 々としているように見 えで も.彼 らの心理的負荷が小 さいわけでは決 して
2
91
1
92) この相和的危積か ら逃げ
ない し、そのア ンバ ランスに本 人が気3
'
かないことも珍 しくない。 (
おおせ ることはで きず、子 どもたちの内面や相互の関係 はいずれ困難に直面することとなる。感情が
抑圧 されて内向するほ ど、心 は停滞 し、出口を求め るその心理的エ ネルギーの もた らす危険に曝 らさ
■
1
1
r
e
'
■(
生命、
生活、人生)をめ ぐる様 々な物語だと言 っ
れることになる。彼 らに今必要 なものの一つが■
て よいO
門脇の推測 によれば.心の荒廃 一 他 人へ の愛着 と信頼感の欠如、その共析 と しての社会への絶望、
そ してその中で何 もで きぬ 自分に対する無力感 - が若者 の間に革延 し、それが 日常的には、ばかば
か
しく空 しい と知 りつつ も無益 な行動 にエ ネルギー を注 ぐことで時間をや り過 ご しつつ、置かれた状
況 ときっかけ次第では、殺 人. 自殺、新興宗教-の入信、引 きこもり. シ ミュ レーシ ョン世界へのの
め り込み となる
2
8
(
5
9
・
6
0)
。彼 はさらに、子 どもや若者 に見 られ る新奇な現象や行動か ら浮かび上が る
岡L
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大学 大学 院社 会文化科学研究科紀要 ?,
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,
i(
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91
1
)
彼 らの非社会的行動の特性 として、以下の 5点 を挙げている。大人への不信に根 ざす、社会への不信 .
今ある社会 との関わ りを避 け、逃げ出そ うとする ,自分の可能性や 自信. 自分への信頼の喪失 .そん
な自分 を相対化す る視線あるいは自省能力の欠如 ,無意味 な行動 に熱中することで、あ り余る時間と
エネルギーを消焚する しか、 自虐的で 自暴 自棄な行為 に熱中する しかないOその結果 としての行動の
8
7
1
8
8)することである。社会や、反抗
中で も最 も顕著 な特徴が 「
生 きた生身の人間を排 除 し排斥」(
/挑戦する生 き方か らの逃避は孤立やモノへの耽溺 を生み、
「オタク」文化 の誕生 ともなる。若者の言
葉 は磨 り減 ってい き.彼 らと大人たちとが浩志疎通で きる共通の言葉 はます ます減少 し、価値税の違
いは深刻な事態 をもた らすO
「
oTAKUJと表記す ることで門脇 は. 自分が興味 を持つ ことには膨大 なエネルギ- ・時間 ・金 を野
'
r
n嫌いで、人付 き合いを避 け、 自分の殻 に閉
やすが、それ以外 のことにはほ とん ど関心 を示 さず、人1
じこ もるいわゆるーおた く"のみな らず、次の ような人 々をも射程 に入れて議論 している。追 っかけ,
実戦 さなが らの戦争ゲームに生 きがいを感 じる人、ーやおい本 ,
ト説/漫画の製作 に熱中する人、援助
交際す る少女 たち、TVゲームや ビデオや コスプ レや シ ミュ レー シ ョンゲームなどの愛好家、怪獣お
」r
もちゃの収娘家、 ミュー ジシャン志願者 などである。 このように 「
世捨て ・ 我捨て」する若者たち
に対 して.今の 日本社会や大人たちは生 きていることの充実感 と将来の希望や展望を提供 した り示唆
で きないか ら、彼 らは危 うい宗教 に塀例することに もなるのである。(
3
7
、8
8参考)
もうーっ、キャラクター とキャラにr
Wする興味掻い議論 を取 り上げようO荷宮 は団塊 ジュニアたち
の娯楽 を 「
役割分担型娯楽」 と呼び、漫画や宝塚 を初 め とする 「
大衆娯楽」を取 り巻 く二つの逆風 一
受 け手側か らの物語への欲求の消失 と恋愛感情の消失 一 に言及する。「
役割分担型娯楽」 とは年齢 ・
性別 ・趣味 ・学校等 々が細 か く設定 された複数のキャラクターが登場する話で、それ以前の 「
大衆娯
楽作品」 とは異 な り、羅列 されたエ ピソ- ドの順序 を入れ替 えて も作品 自体 に影響が ない。 キャラク
ターに成長が無い とも言 えると説明する。人物 の複雑な性格や発展が鼓密 な構成の中でていねいに描
I
・
かれる とい うよ り、切 り取 られた様 々な像 ・姿が点滅する光の ように発作的に提示 されると考えれば
良いのか もしれない。これ までの ような重野 な人物- キャラクタ--や韮屑な物語 を読み解 くには、
共
通 の文化基盤 に立つ 「
知紙 数巷 知性 ・人間への洞察力 ・経験等」が必要だc Lか し 「キャラ萌 え」
我」「役割分担型娯楽」にはそこまでの ものは必要 とされない.団塊 ジュニアは、物語
「ス ター原理主
を理解 しようと思 って も理解す るだけの能力 をもたないため、物語に興味がない と言い張 っている誰
たちであ り.ス トI T
J-を読み解 く能力の欠如 によってこの娯楽の隆盛 ももた らされた。(
1
6
3
64)紘
女の言 うように、恋愛感情 に限 らず感情一般が希薄 とな り,読者は 「
物語」 を欲求 しない し、与え ら
れて も読みこなせ ない とい う大 きな間越に直面 しているのだ。
若者分析 の視点や言説 に多少違いはあって も、あ くまで一般論 としてであるが、前述の論者たちの
議論 を参考 に若者 たちの特徴 を抽出することは困難ではなかろう。あ らゆる人に もモ ノに も物語があ
る。小説では.物語の要熱 土釜落 人嵐 h
寄憲
炭 だ と言 われ る。 キャラクターは物語 に初めか ら内在
29
L
I
J
のかたち.人のありよう、文学の未来-グローカル時代にアメリカ丈と
芦をとう生かすか 中谷ひとみ
的に存在す るのではな く.あ くまで物語の受容者 ・読者の中に存在す るが、人格 を持 った身体の表象
J
f
e- 生命
として読むことがで き、テクス トの背後にそのL
人生
生活 - を想像 させ るものである。
一方、キャラは 「人格 ・の ようなもの」 としての存在感 しか感 じさせ ない。 (
伊藤 9
5、97参考) また、
キャラを 「アイデ ンテ ィティとい う言葉で表わ されるような一貫 した もの としてではな く 断片的な
要菜 を寄せ典めたもの」 と説明可能であ り.その ようなもの として若者たちは自らをもイメー ジして
3
2
4
)物語の登場 人物 と してのキャラクター も、物語の受容者 ・読者 自身のキ ャラク
いる。 (
土井 2
ター も変化 している。断片的 イメ- ジの累横である 「キャラ」に変容 .変質 しているのだ。
現代 の若者たちに語 るべ き物語はあって も、断片的 な要素 をつな ぐはた らさをするものがな く一つ
にまとまらない。十分 な言葉 を持たないか ら、物語は綴 り紡がれないのだ。世界や困難 と闘争せず逃
走するばか りの若者たちの生 は濃厚 とは言 えないか ら、 リア リテ ィも希薄である。生命感党や身体感
覚や感情 は薄 まり、鈍化 し、同 じように生 きて悩み、悲 しみ、苦 しみ.怒 り、喜ぶ他者への まなざし
も欠如 してお り、 自身の物語 自体か らも他者の物語か らも疎外 されている。 む しろ. 自ら拒絶 してい
ると言 って もよい。他者の物語に対 して共感で きるわけがないのだ。それでは、いかに してこの難超
を乗 り越 えることがで きようか。物語 とはまった く追 った ものに頼 るべ きだとは思わない。
物語のキャ
ラクターやス ト- 1
)-はすでに我 々の 目の前にあ り、それを通 して我 々読者 は自分 を相対化する視線
や 自己内省力 を培 うことがで きるOすでにあるものを利用 しないのは勿体無いo物語の典型的なもの
としての良 き文学作品を本当の意味で 「
読める」内なる読者 を鍛 えることで、物語 を、言葉 を、生 き
ている実感 を回復すれば よいのである。 そのために身近 なテーマの一つである国や 自己のアイデ ン
テ ィテ ィ、あるいは社会 と人間について何 らかの示唆 を与 えて くれる小説 を読 むことが有効であるo
このことに与
等孟
熊はあるまいC
2 国のかたち
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本 と炎 な り.アメリカは建 国の初めか ら移民の国である。経済をは じめ グロー′,
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)
レ化が進んだ現
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荏.
世界中の区々にはグローカルな- グローバルかつ ローカルな二重の-視点が必要 となっている。こ
のような申態の下では新 しい国のかたちや国民意識、国家 と個人の関係 を模索することとなろう。新
しい国家税や国民国家論 も期待 され る。 そ うであれば、 さまざまな物語か らその ヒン トを得ることが
で きる。例えば、初期 7メT
)カの移民者たちが.国民 国家 と してのアメリカのアイデ ンテ ィティや国
のかたちについて、どの ようなイメ-ジ 物語 をいかに して形成 していったのかを語る物語 と比較す
るのである。
2
1
5歳の時迫害 を逃れ家族 と共に7メリカに渡 った ロシア系ユ ダヤ人移民 Anz
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0)の Ho、
vTFoundAmer
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a-は、彼女の最初の短編躯 Ht
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s(
1
92
0)に収録 された.自
伝的だがエ ッセイ風 な要素 もあ る短編′
ト説であ る。小説の没頭 - 「息 をする度に私 は恐怖 にうち震
え、影が見えれば恐怖で息が詰 まり、足音がすれば身近に迫 る梓猛 なコサ ック兵の重いI
TL
靴の ように
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大学大学 院社会文化科学 研究科紀要 那2
8ぢ(
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)
思 えて心は繋いだ.
」(
2
5
0
)- が示唆するように、主人公少女 たち一家はロシアでのユ ダヤ人迫害か ら
逃れて理想の国 と信 じるアメリカへやって来る。彼女 たちと同 じ船に乗っていた移民たちは 「
黄金の
国」アメリカの最初の光景 を見 ようと.先 を争 って船のデ ッキに殺到する。男たちはひざまず き祈 り
を捧げ.女 たちは胸に しっか り赤ん坊 を抱 き締め、涙 を流 している。小 さい子たちはアメリカがよ く
略しさの余 り跳ね回る子 どももいる。見知 らぬ者同志が抱 きあって、喜
見えるように大 人に肩車 され、
び合 う。 この時 「長い鼓月を経 た多 くの夢が 〔
主人公】の中で歌 っていた 一 虐げ られた民族の自由
」(
262)
の歌 を- r
アメ リカ、ア メリカ、アメ リカJ
主人公が思い描 き理想の国 と信 じたアメ リカでは、稲 白バ ンと肉が毎 日食べ られ, 自分の考えをそ
の まま、 自由な街中で話せ るはずであった. もちろん コサ ック兵 に捕 まる心配 もない。誰で も自分の
家が持て、昔が同 じように一緒 に暮 らせる。キ リス ト教徒 もユ ダヤ教徒 も一つ屋根の下に暮 らす兄弟
であ り、上下紫随の別はない。豊かな土地で、何で もたっぷ りある。知識が どこまで も自由に淀れ、学
校や大学や図秒俺 は無料であ り、思いっきり勉強で きる場所 であった。 しか し現実のアメ リカは彼女
の理想 とは程遠い。滋室 も、食事 をする部屋 も、料理 を作 る部屋 もあるにはあるが、すべて隈が当た
らない暗い陰砺 な部屋 ばか りである。掃 き溜めのような貧 しい街の悪臭があ まりに もひどく、枚郁た
る木の香 を放つ森林が静かに広がるロシアの大地が懐 か しい。成功者 も多い ドイツ系移民 などとの民
族ゆえの差別、先行者 と遅れて きた移民 との格差 もある。
主人公の性格 ・キャラクターには他の少年少女たちにはない美点があるO向学心 に燃 え、アメ リカ
とい う国や社会状況について克則に考え, 自分の考えを的確 に表現 し発信する言葉 を常 に模索 してい
る。 とはいって も、一家 の生活費の稼 ぎ手の一人 として生活 に追われ、勉強する余裕 などな く、耶故
などにあって医者 にかかれば即座に一家の生活は窮することになる。移民学校では、少女 な らミシン
sOl
n
eyに対 して主人公は言 う 「私がアメリ
かけや家串 などを数 えて 自活 を促すC学校 の後援者 Mr
カに来たのは縫製工鳩で鰍 くためで も、裕福 な家で料理女 と して肋 くためで もあ りません。私はアメ
リカを改沓する方法 を色 々考 え ました。で もその考えをどう言葉 にすればいいのか、わか りません。そ
れをで きる場所 はあ りませ んか
?
」「アメリカの役に立 ちたい とい う気持 ちは とて も大切 だが.その叔
良の方法は職業訓練 を受 けて実社会の役に立つ ことを党えることです」 と俸 しい敵笑みを浮かべ なが
ら諭す ように言 う女史に対 して. さらに主人公は言 う 「
考 えることはアメ リカの役に立たないんです
か 77メ1
)カが欲 しいのは私の肉体労働.私の手仕群 だけで、世界が較 るようなすぼ らしい考 えは必
要 ないんですか ?生計 を立 てるためではな く、すぼ らしいすべ てのことを言葉にするために私はアメ
リカに来たんです。 ロシアでは言いた くて も言 えなかったことです。 7メリカを新世界にするために
来たんです。私の中にはすて きな夢がいっぱい詰 まってい ます。で も、アメ リカは私 に何 もさせて く
」(
2
8卜8
2
)
れ ません。
女 史に 「
世 界をひっ くり返す ような大 きなことを したいな ら, ここ以外の他の場所へ行 くことね」
(
2
8
2
)と言われた主人公に とって、妹の学校の MI
S
SLa
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ha
m との出会いは大 きな転様 となる。妹が言
3
1
国のかたち.人のありよう、文学の未来-グE
)-カル時代にアメリカ文学をどう生かすか
中谷 ひとみ
うには.先生 は他の先生 とは全然違い、授業 を中断 してお もしろい話 をいろいろ して くれる。先生 ら
しくな くで友達みたいで、嘘のない人である。 ラサム先生が作文の授業で妹たちに教えたこと- 「た
だ心に思 ったことをその まま沓 けば よい」- とい う一言で、 自分の思いを表現する言葉 を探 していた
291
) この数 日後、妹が先生か ら授業
主人公の胸 中に激 しくうず巻いていた思いが一気 に E
l
覚め る。(
で教わったとい うJ
os
ephRudya
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dKl
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l
ng (
1
86
5-1
93
6) の詩の一節を彼女 も見ることになる。
しか らば主のみぞ我 らを称 え
そ して主のみぞ我 らを容 める
金主
隻を求めて働 くものは一人 もな く
名声 を求めて働 くものは一人 もな く
各 々はただ労働の音 びを求めるものな り
各 々はそれぞれの星の もとにあ り
その 日に映 るままにその物 を描 く
2
91
)
万物 を創 りたる神の名代 なれば (
キプ リングの詩は、雷や名声 を追い求めて働 くことは虚 しいが,飽 くことの喜 びは純粋なものである
こと、そ して我 々一人ひと りがそれぞれの仕部 を神の名代 と して行い、沓 め られるとして も他の人間
か らではな く、ただ神か らだけであると主張する。 この詩 に感銘 を受けた主人公の頭の中では,「ただ
心 に思 ったことをその ままむ けば よい」 とい うラサム先生の言柴が こだまするようになる。彼女 は 自
分の悩 みを素直 に打 ち明け られると思い、直接先生に会い、「
何 もか も話 してごらんなさい」 と言われ
るままに心情 を吐露す る。恵外 に も、大人であ りしか も子 どもたちの先生で もあるラサム先生は、主
人公の少女に 「あなた と話がで きて嬉 しいわ。あなたの話はためになった。私の祖先は二百年前 に同
じように移民 としてアメリカにやって来た ビルグ リム ・フ ァーザーズだけれ ど、今のいつ も不忠謙 な
活気 に満 ちた移民の人達のことをもっとよ く知 りたいと思 っていたか ら。あなたが私 に教 えて くれた
の よ。」 と語 る。 アメリカ人か ら 「ためになった」などと言われたことは、
少女にはこれ まで一度た り
ともなかったが、先生の謙虚 さは本物であろう.
主人公は先生 に苦 しい E
I
常 を自分の言葉で語 る 毎 E
l
考 え、考 え、考え抜 くが、 自分の思い .考 え
を誰 に も話せ ないこと、人生 をどうにか したい と思 うが どうにもで きないこと、アメリカに来て以来
ず っ と 「アメ リカ」 を探 し続 けていること、人生が大 きす ぎて持てあましていること、 自分のことし
か考 えない人達の中で 自分が迷子 になっていること、現実か ら締 め出 されている気がすること,人を
愛 したいのに憎 んで しまい、みんなか ら愛 されたいのに憎 まれていること。 これ らのことを夢中で包
み隠 さず話 し「こんな激 しい 自分が嫌いだが、 どうしようもない。 自分の鮫 を突 き破 って 自由な外の
」 とい う少女の問いに、先生は静かに伝える ・自分 自
大気-出るにはどうした らいいので しょうか ?
I′I
l
、
身 と闘わないこと、 自分の生命の炎 を燃や し過 ぎないこと、今あなたを苦 しめている利己主義 と自己
本位 は抑圧 された感情の煙 にす ぎないこと、あなたには 自分の思いを語れる話 し相手が必要であるこ
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岡山大学大学院社会文化科学研究科紀貿?,
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911)
と、そ してその話 し相手 に自分が なれること. (
2
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6)最後に先生 は主人公に Wa
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doFr
ankの OI
L
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Ame
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aとい う本の一節 を読み聞かせ るO
私たちは誰 もがアメ リカを探 し求めて旅立つ。そ して、その探究において、私たちはアメリカを創
りあげるO私たちが どのような探究 をす るのか一 それによって、私たちが創 りあげるアメリカの本
2
9
7)
質が決定す るのだ。 (
この文章が教 えるのは、 アメリカのかたちとい うよ りそれを探究すること自体、そ して探究の仕方が
問題であることだO真撃に探究すれば、真勢 なかたちと出会 うOいいかげんに探究すれば、いいかげ
んなアメリカ像に到達す る。主人公はこれまで一人で 悩み、怒 り、アメリカについて も自分について
も考 えに考 えて きた歳 月が無駄ではなかったことを知 り、
幸福感 に包 まれるO よい稼 ぎになる仕事 、
物
質的に豊かで楽な生活 に満足する誘惑 とは無禄 に、闘い続 けて きたか らだOそ してこれが、このこと
こそがアメ リカの魂、梢神であること、 自分の探究 し続けて きた心その ものが 「アメリカ」であるこ
とを知 るD国のかたちは探究の結果 とい うよ りは探究者が探究 し続 けること自体 に内在するのだO
謙虚で人間に対する理解 と洞察力に富 むラサム先生 と主人公 は出会い、 自分を正 しく理解 して もら
い、適切 なア ドバ イスを得た。 同 じ女性 で も、文学 ・物語が常 に身近 にあることや ジェンダー的価値
観 な どの点で大 きな差異が見 られる、職業訓練学校のオルネー女史 と対比で きたことは、少女が女性
の生 き方 を考 える上で も有益であったろう。 また、少女 は撃沓 のみな らず文学作品 一 キプリングや
フランクの文章 - か ら、生 き方 を学 んだO今の若者 たちは便利 な屯気製品に閉 まれ、家事労働 も仕
事 もはるかに省力化が進 んで余暇が生 まれ、独 自の文化 を大人社 会にむけて発信 しているO昔は想像
もつかなかったネ ッ トのお陰で世界は狭 くな り、かつて困錐であった経験が容易に、そ して迅速 にで
きるようになったOある悪味では恵 まれた飽食 と技術革新の時代 に彼 らは生 き、ほ とんどが昔の人達
の苦労 とは無禄 であるOハ ング リー粕神が希薄 になった とも言 われるが、この小説の ような艶難辛苦
や青春 らしい悩 みや 「キャラクター」の相神的成長物語 をダサい と考 え. シニカルに時代後れである
と一笑 に付すだろうか。確かにそのような反応 も多いであろう。 しか し重厚 な文学作品はそれを読め
る能力のある読者 を得れば、まだまだ未来があるのではなかろうか。 この′
ト説 などのように、正 しく
理解 され、あるいは、再評価 されるべ き文学作品が まだまだあろう0
3 人の ありよう
2
0
0
9
年の今、
当然なが らイー ジアス カのユ ダヤ系移民の世界 とは様変わ りした時代 となった。グロー
バ ル化 が進み,世界はネッ トでつ なが り、若者文化が主流文化 として時代や経済の牽引役 ともなって
いる。 しか し冷戦時代が終結 して一見平穏 に見 えて も、現代社 会は核 とその廃棄物 - いや.それの
みな らず廃棄物一般- の、そ してネ ノトの見えざる脅威 と陰謀 に支配 されている。人間の愚か しさい
かんでは人類 は滅亡の危機 に蕨する。
ネ yト社会 と心の悩み を論 じる心療内科医、今はネ yト社会の特質 として以下のような点 をあげて
3
3
川のかたち,人のあ りよう、文乍の未来-グロ-カル,
時代 にアメリカ文′
芦をどう生かすか
中谷ひとみ
いる 匿名性 .孤独 .ひきこも り .陰湿ない じめ ・性的暴力的情報 ・犯罪-の人口 ・現実の生活では
知 り合 うことので きない ような人と出会えた り、仲間になれること ,人の欲望 も表現 も激 しさを増 し、
極端 になる傾向があること 同質性集団特有の集団心理に とらわれやすいこと.
幼児的 自己愛 と 一 背
景に鮭病 さがあるに して も - 倣漫 さを培養することなどであるO ネッ トは簡単 ・確実 ・迅速だが非
共感的で もあるように、両刃の刀なのだO より具体的で本論の談論 と関係す るネ ノトの特質が、子 ど
もの発育に関する悪影響 とゲーム依存
ネ ノト依存である。感情応答性が うま く育たないこと、ゲー
ムに熱中すると共感性や社会性 を発達 させ る機会が失われることだ。 また、人間の炎団構成の原理は
垂直的 ヒエ ラルキー型であるが、 ネッ ト社会は原則的に水平的平等の原理であるため、このずれか ら
生 じる違和感が ヒステ リックな言葉や非常識 な行動、 さらには思考の極端 さや単純 さにつ ながる恐 れ
81
83参考)この ようなネ ッ ト社会に育 ち、悪影響 を被 った若者が学ぶべ き生 き方、人のあ
がある。(
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136
- )の U7
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1
9
97) だ。共感や社 会
りようを示唆 している′
ト説の一つが DonDeLI
9
性 を発達 させ る方法の一つは.人と人 との繋が りを回復することの悲並 を示唆する物語 を読むことで
ある。
1
9
50年代初頭 (
1
951)か ら90年代 にかけてのアメリカ社会の
r
ア ンダー ワール ド」 の小説世界では、
写実的描写が展 開するO核や ネ ノトの悪の脅威 を描いたスケールの大 きい小説であるが、 この車では
不 ノト社会における人のあ りように焦 点を絞 って、 この小説 を読 んでみ よう。3冷戟時代 が終息す る
1
99
0年代 になると、世界は東側 も西側 も違 いがな くなっているO小説の語 り手 NI
C
kによj
tば、現代の
特徴 は 「幣本が文化 内の微妙 な差異 を焼 きつ くし、海外投資、世界市場、企業買収、超国家的メデ ィ
アが運ぶ情報の流れ、電子マ ネー とサ イバーセ yクス- 人の手が触れることのない通姥 とコンピュー
78
5)である.「まがい
ターによる安全 なセ ックス一 による希薄化の効果、
消苧
空者の欲望の一点集中」 (
7
86) のが現代社会なのだ。独 自性が希滞 となった可
ものの画一性があ らゆる ものに浸透 している」(
under
wor
l
d) に存在す るのは、コンピューターに
視世界の 「
現実」に対 してその下の不可視の世界 (
よって繋が るネ ノトワ- クと、世界に一様 に網の 目の ように広がっている、核による見えざる死の脅
威 と陰謀である.核廃棄物そ して広 く廃棄物全般の処理 とい う厄介 な問題 も、核の後産や文明の副産
物 として現代 のf
i
J
威 となっているo人間関係 にせ よ、ネ yトの接続 にせ よ、世界の悪の見えない陰謀
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)」や 「関係 (
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」などの言説が小説中には頻出する。′
ト
にせ よ、
「
繋が り (
説の重要 なテーマは 「
繋が り」 なのだO
小説 のエ ピローグが主要人物の再/7
F
I
"
i柊的焦点化 による強調であると考 えれば、そこに描写 される
二人の人生物語 を考察することは悪衣があろう。一人は、傍 目には一見成功者の ように思える廃棄物
アナ リス トのニ ックである。彼の人生は劇的だO過失致死の利で1
8歳未満非行少年のための璃正院に
送 られる。社会に対 して反抗的だった彼はそこで体制側 に改宗 し.従順、正 しい言動、整合性、親純
的体系、規則性 を身につける。 しか し体制側 こそ組紙的体系や規則性の欠如で脱走 を許 した りポヤを
出 した り綻 びを見せ るので、彼は大いに落胆 し,憤慨 もす るO早期釈放後はイエズス会の神父の感化
3
4
岡山大学大学抗社会文化科学研究科紀 安和2
8号 (
2
03
9I
I
)
を受 け、彼の言 う見慣れない単語 ve
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徽 かな意欲、行動 に現れない単なる願望) とー
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(
凡f
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)を 「
記録 し、昏 き、学習 し、音節 ごとにはっき り発音 し」その言葉の意味 と価値 を自分の内に
5
43)と信 じたか らである。 イー
走着 させ る。「自分 を造 り上げたものか ら逃れる唯一の方法である」(
ジアス カの主人公少女 と同様に.彼 も言葉 を非常 に強 く意詩す る。 自分の考 えや真実を表す吉葉 を模
索 している。 この ことか ら言語 と自己形成には深い関係があることがわかる。 かつて自分の居場所 を
0歳の頃 もニ ックは、黒死病が流行 った1
4世紀頃の無名の神秘家の作 らしい Th
e
必死 で捜 していた2
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Mgを読み、知性 を通 して神 を知 ることは不可能だと判る。神 に近づ くことがで きる
言葉であ り、
神 とい う観念 に自分 を縛 りつ けるためにその本が探す ように勧める、その吉葉 を探す。言
葉探究は強迫的 とも言 えるほど執劫である。 しか し彼がわか ったことは 「間接は言語その ものにあ り,
言語 を変 えなければな らない.暗示や陰影のない純粋 な青紫 を見つけ出 さねばならない」 とい うこと
doyl
L
Oda(
全 と無)であった。
である。英語 を見限って彼が見つけたのはスペ イ ン人神秘家の言葉 To
そ もそ も 「
純粋 な青葉」 など存在するのだろうか と考 えられるが、彼の模索は続 く。
間道が言語 にあるとして も、
そ して神 に近づ くことに効果的な、で きれば-音節 の純粋 な言葉 をニ ッ
クが見つけ られるか否かにかかわ らず、意欲、願望、指向性が′
トさければ浅い レベルの生 き様 ・
人生・
命で しかあるまいO体制に敵対 しぎこちな く自己主張 していた彼 は、今ではそれに完全 に順応 ・同化
している。妾 と親友の不倫 を知って も怒 りも憎 しみ も感 じず、む しろほっとする彼が心か ら希求する
l
々」(
8
0
6
)- かつての自分 に戻 ることで
のは 「
乱雑 な E
l
々。乱雑 な ど屈 とも思 っていなかったあの E
ある。織 は 「
撫秩序の E
l々を取 り戻 したい と思 う。 この世に生 きていると言い切 ることがで き、生身
の皮膚が波打 ち、
傍若無人で本物だった E
l々。平穏 とは撫緑 の乱雑 なE
l
々。本物の路地 を歩 き回 り、
邸
にはいつ も乱暴 にあた り、怒 りに燃 えいつで も准備万端 だった 日々。他人か ら見れば脅威であ り、 自
81
0)の 自分である。 その頃は本当に 「
生 きて
分で もわけが分か らな く謎で しかなかったあの 日々」(
いる」 と断言で きた。現代社会は.今の社 会的成功や物質的出か さは、人を骨抜 きに して しまう。不
倫の串実で人間 どうしの繋が りに対する信頼 も失い、その欺噺に直面 したニ ックは、無鉄砲で他人に
とって も自分 に とって も危険だが、がむ しゃらに生 きていたかつての 自分に林慾 をおぼえる。
2歳の浮浪児で身寄 りもまった くない少女 Es
mer
a
J
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彼が希求 しているとお りに生 きているのが、1
である。明確 な蘭有性が失われ生が取 り返 しのつかないほど希薄にな りつつあ る現代社会にあって,
紘
女 は一秒一秒 を本当に生 きていると言 える。 ほ とん どの現代 人が失って しまった本当の意味での生が
あるのだ。子 どもか ら大 人 まで、披女 たちホーム レスが住み.廃品回収菜者 の廃品置 き場 で もある
「
壁」地域 には、テ レビが見 られない とい う他所 にはない恵みがあった。文明か ら隔絶 されていたとい
える。 しか しここです ら、おんぼろ自転車 をこいで発電 し廃 品のテ レビが見えるようにな り、文明.資
本主我経済、消野社会の暴力がひたひた と迫 って きている。廃品回収業社長はかつてはグラフィティ
アー トの達人で、
近所で子 どもが死ぬたびに仲 間たち と記念 に壁 に天使 を描いていたが.
今はインター
ネ ッ トで 自分が扱 う廃車 を宣伝 し、世界的な事井展l
対を図ろ うと野心 に燃 えているQは どな くここも
3
5
国のかたち、人のあ L
Jよう、文学の未来 -グローカル時代 に7メリカ文学 をt'
う生かすか
中谷ひとみ
高度資本主義経済 に侵食 され、 コンビユー タ一によって繋がるネ ットワーク世界 に取 り込 まれ、 どこ
にで もある場所 になって しまうだろう。そ して、現代社会は彼女があるが ままに生 き続けることを許
さないD彼女 を殺 したのはおそ らくそれを造 って きた大人であ り、その欲望である。
rである。多 くの現代人にとって 「
美
毛念
エ ピロー グに登場 するもう一人の重要人物 は、老尼僧 Edga
と非現実の信仰、神 を放射能で置 き換 えて しまう信仰 [
が世界 を席巻 し] アル フ ァ粒子 とそれ らを形
2
5
1)って も.宗教者 に
成する全知全能の システム、果 て しな く繋がる環が神 の信仰 に取 って代 わ」(
とって人間社会はキ リス ト教 の全知全能の神の愛 の下で至福 に繋が り、輩職者は神の愛の担い手であ
るはず だ。エ ドガ-はキ リス ト教の権威 と力の象徴であ り続けたが、
虫近 は自分の無力 を感 じ始め、
神
不在の世界の 「
現実」 を憂 えている。悩める彼女 をます ます絶望的にするのがエスメラルダ強姦 ・遺
体投棄事件 であ り、神-の不信 とい うよりは悪の力、何か別の巨大なエネルギーの塊のようなちのの
存在 を彼女 は確信 している。
着寮による事件の文相解明は功 を奏 さず.エスメラルダの亡霊が出るとい う噂だけがひとり歩 きし
始める。亡霊 などではな く消 された看板の文字が少女の ように見えるだけだと一見合理的な解釈 を下
す若 い尼僧 と共 に、エ ドガ-は現場 に確かめに行 く。精霊 の気配 を感 じなが ら少女の出現 を待つ群衆
の中で、彼女 は 「
何 もか もが間近に感 じられ、 自分 にぶつかって くるような気がす る - 悲 しみ、喪
失感、栄光、年老 いた母の悲 しい憐偶、そ して どこか深い ところにある哀悼 の力。 その力が彼女 に、体
を震わせ嘆 き悲 しむ人々と自分が不可分であると感 じさせ
彼女は束の間自分の名前 を失い、個人史
」(
823
)光線 を受けた広告板にエ
の細部 を忘 れ、肉体 のない液状化 した事実 となって群集 に溶け込む。
スメラルダの姿 を確かに見た瞬間、エ ドガ-は飛行棲燃料の匂 いを思い出す。経験が香 りで認知 され
る一種 の共感覚であ る。「
飛行横燃料の匂 いは経験 の香 りであ り、
焦げたヒマ ラヤ杉 や樹脂の匂いであ
り,その瞭間を全体 と して保つ媒体である。 この一瞬 にあ らゆる瞭間.魂の伐惚 とした喝采.吉葉 に
82
4)人々のさまざ
されない親密 さ、
深 い信仰を共有 しているとい う連帯感の全体が収 まっている。」(
まな思いや心的エネルギーの rことば」がエ ドガーの皮f
rを刺す ように語 りかけ、そのことばの力が
彼女の身体 に自分が群衆一人ひとりと確実に繋がっていることを数 える。彼女が到達 したことばは所
与の言語 とは全 く異 なるものである。今、彼女 は自分の身体すべて を揺 さぶるそのことばに身をゆだ
ねて、それ を聴 く。堅固な肉体 の実体性 などとは無縁 な液状化 した身体 と感覚認識 を持 ち、「身体の
知」 によって世界のすがた と人のあ りようを直北す る。一瞬 と時間全体、 白と他、- と全が相互に内
蔵 ・内屈 し一つ になっている、所与の もの とは異 なる時空間で,人 と人 との繋が りを身体に感 じて慌
惚 とな りなが ら、彼女 は世界 と存在 の秘密 に遺 したのだ。
自分が世界の中で分節 され他 とは独立 した実体 と して存在 していると思 っていたエ ドガ-は今、名
前や個人的生活史で象徴 される個別性 も実体性 も持 たず、群衆そ して さらに全世界 と一体 になってい
る。 これ まで 自分が信 じて きた世界 の直中で彼女 は.そこに密かに しか し厳然 と存在す る名状 Lがた
い別の領域 に入 り込 む。 これ も一つのア ンダー ワール ドだが可視 ・不可視、表 ・妾、光 ・陰のような
3
6
岡 山大学 大学 院社会文化科学研究和紀 妥約2
8}
・
;
-(
2
0
09I
I
)
二元論言説 における後者の世界 とは異 なる世界であ り. ロゴスの二元論の知では到達で きない。彼女
はエスメラルダの奇跡 と群衆の中で.身体の直接体験 を通 して、 自 ・他の不可分、不二の直接的 ・身
体的繋が りのネッ トワー クを体験 したのだO小説では、 この瞬間エ ドガーは もう 「この世」に生 きて
はいないC彼女が言 うように、固有性 や実体性 のない生の事実その ものとなった彼女 に残 されたこと
は 「この世での死」である。 しか し彼女が行 き着 いたのは天国の至福 ではな く、 コンピュー ターの電
脳空間である。ニ ックの息子 J
e
f
‖ま1
3
歳の頃、 自分が世界の事象に影響 を与 えることが可能だと信 じ
た。空飛ぶ飛行機 は念 じれば爆破可能であ り、 自分 と世界の境界 は薄 く行 き来が 自由だと考 えた。今
はネ ットの万能性 の神話 を信 じ、 ウェブを神聖視 し、そこに世界の真実あ りと信 じて疑わない。 ネ ッ
ト上で 「
奇跡」 を検索 している彼 に言及 しなが ら、語 り手ニ ックは 「
真の奇跡 とはウェブであ りネッ
トであ り,そ こでは誰 もが同時にどこにで も存在す るO誰に見 られることもな く息子は今その空間に
8
08) と語 る。 しか し、はた して電脳空間は真 に幸福 な場所であろうか。エ ピローグに挿
いるのだ」(
衣装 を脱 ぎ捨て
入 されたキース トローク 2では、奄脳空間でのエ ドガ-の死後が語 られる。彼女 は 「
裸 同然で、 ワール ド・ワイ ト ウェブのあ らゆる接続 に身 を晒 しているO」(
82
4) ここは所与の概念 と
c
onnec
t
l
OnS)のみ」のア ンダー ワール ドで 「人類の
しての 「
時間 も空間 もな く、あるのはただ接続 (
すべての知識が鵜稀 され、 リンクされ、ハ イパー リンクされ、サ イ トが別のサ イ トに、事実が別の事
」(
82
5)しか し彼女がエスメラルタの再来 を人々と共に待 った時
実 に繋が る 際限のない世界であるO
に感 じた、 自分 と他の人 々との繋が りや魂の底か ら沸 き上がるような高揚感や可能性 の新 しい信仰 と
は全 く異 なるものが、ここにはある。通常の意味での時空間ではない屯脳空間での舞阪の繋が りは、ロ
ゴスあるいはコンビュ- タ一による合理的知の網の 目であ り、パ ラノイアの用意周到 な民 だ。彼女 は
諸 システムの呪縛 とウェブやネ ットの狂気 を身に感 じ、 また常 にハ yカーの脅威 にさらされて居心地
悪いO一方、生身の人間 どうしのつ なが りは心地 よ く、安楽であったO不可視ではあるが呪輔か ら逃
れ られず、なすが位にな らざるを得ないネ ノトの繋が りではな く、 このような人間どうしのつなが り
が、 この′
ト説が示唆す る人のあ りようであると考 えて よい。
4 今 ここにある危機 - クローカル時代 と文学の未来
2
00
8年の金融危機 な どでグローバル経済の綻 び も露 にな りは じめ、今は世界 と地域的生活世界の両
方の視点 ・立場 か らの思考 と行動が求め られている。 グローカル時代の今、国のかたちも人のあ りよ
うも、 これ まで とは異 なる様相 を呈するであろうことが予想 される し、それに伴ってラデ ィカルな意
識変革が必要 になって くるだろ う。具体的にどんなふ うに我 々が変われば よいかを、誰が、何が示唆
して くれるのだろうか。以前であれば、親や共同体 の教育力 も期待で きた。そ して人は文学作品に親
しんだo Lか し今は、友達関係の ような親子関係 の中で,親 に社会の規範や生 き方指南 を求めるのは
田杜であ り、共同体の人間関係 も疎遠 になっているD文学 を読 む能力 も怪 しくなった し、そ もそ も人
は文学 か ら粧れて しまっている。今 日本人に求め られているのが、社会性 とい うよ りは 「
社会力」3
7
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のかたち、人のありよう、 文学の未来-グローカル時代に7メリカ文学をどう牡かすか I
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■
谷ひとみ
門脇 によれは 「
社会の道営 に稀極的にかかわろうとす る意思であ り、それがで きる能力」 (
1
6
0)- で
あ り、携帯電話で友達 を多数作 ることではな く相手の ことを深 く理解 しなが ら共にひとつの世界で生
きてい くことが可能になることである とすれば、共通の ことばを持 ち 一 言架の意味 を共有で き 一 互
いに共感で きるとい う意味での コミュニケーション能力の滴発が必要であろうOそのためには本論で
例示 したような小説 ・物語が資するのである0
0
0
8
年に行われた全国 9都道府県、
2
0
時あたか も、
政権交代 をかけた衆議院選挙の兵 っ虫中である.2
校9
6
3人の高校生 の意識調査で、政治恵誠について二段 階で聞いた結果、「あなたは E
l
本の政治 につい
て興味関心があ りますか」 とい う質問に対 して3
6%が関心あ りと答え、「E
l
本社会の様 々な動 きや事件
に興味関心があ りますか」 とい う質問に対 しては54%が関心あ りと答 えているという。後者の質問に
関 しては犯罪率件や くだ らない事件 を含めての数字であろうか ら、純粋 な政治意識 を持つ高校生が ど
れだけいるかは帆単には言 えないに して も、関心がない.およびあま り関心が ない と返答 したのが合
9%だったことか ら、 8割が何 らかの社会的関心 を持 っていると推定で きるoただ社会的関心
わせて1
が政治につ なが らず、政党や政治家に対 してだらしなさや胡散臭 さを感 じていて、何かを、社会 を変
えようとい う悪意 にはな らないO大人の二種類の撫党派屑 - まった く無関心/無気力 な大人たちと、
関心 は持っていて も普通の時には行動 を起 こさないが世論が動いて何か変わ りそ うだ と思 えば行動す
る大人たち - が、高校生 にも反映 しているようだと推測 される。極端 に言 えばと断った上で、座談
会のある参加者 は 「
政治に関心がある生徒 も, まわ りの生徒 には無関心。 自分は政治に参加忠欲 もあ
る し、関心 もあるけれ ど自分の周 りのやつはダメだ と、政治的談論が行われる雰閉気がないので、 ま
わ りのやつはバ カぽっか りだと思っている」 と分析 している。別の参加者 は 「
′〈力ぽっか りとい うよ
り、そのことを話す と浮いて しまうし.話題が とぎれて しまうとい う不安感がある」 と補足説明 して
8嵐選挙権 については、 自分たちはまだ判断能力がないとい う答が一番多いとい う結果
いる。 また,1
だそ うだ。 (
全 国民主主我教育研究全 編 3
0
0
1
2
参考)
これ らの調査結果か ら推定で きる現代の高枚生像 は、いつの世 にも見 られるであろう大人たちに対
8歳の今の 自分の判断力不足 を知 っていることに加 え、社会的関心があって も強い
する反感 ・反発や1
政治的な誰 にはな らないこと、同世代の他の人間の幼 さを意識 していて も、彼 ら ・彼女たち とある程
度調子 を合わせてい く世渡 りの巧み さなどであろう。 コ ミュニケー ションの方法がかつて とは様変わ
りし、携帯鑑話や メールなとのお陰で、その能力や友達 を作 る力 などはむ しろかつての若者 より優れ
ているとい う意見 もある。 しか し様 々な世代の人々との関係が うまく結べないこと、人間関係の希薄
化、思春期 に特有の危 うさなどを考 えれば、まだまだ若者たちに 「
物語」は必要である.
E
l
本では今、政権交代の期待が膨 らんでいる。国のかたちや人 ・社会のあ りようや 自分 とい うもの
の探究 に関 して、文学の様 々な物語 は多 くの示唆 を提供 して くれ よう。本論ではアメリカ建 国初期の
移民の少女が国のかたちを作 ってい く物語 と.現代の ネ ッ ト社会における人間 どうしの繋が りや人の
あ りようについての物語 を紹介 したO今 ここにある危横 の回避 には文学 をいかに教育に生かすかが重
3
8
岡山大学大学 院社会文化科草 研究科紀要 第2
8ぢ (
2
C
K
)
91
1
)
要であろうD実学志向の E
]
本で、 しか も英語教育 カ リキュラムの改悪で学生の英語力が嘆かわ しいほ
と落ち込み、アメリカ文学 を勉強 しようとうい う学生 も年 々減 りつつある現在の 日本では、凋落 しつ
つあるアメ リカ文学の未来 もこれにかかっている と言 えるO
註
1 「かわいい」 とい う言説 については、小原一馬の 「かわいいおばあちゃん」 (
稲垣 編 1
5
491)が
参考 になる0
2 例えば Kat
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Oはこの時代が背景 となっている Ra
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kaに も言及 しているが、国家 (
忠言
故)や国民 として生 きることについての示唆 を与えて
くれる′
ト説 を読 む とい う本論 の主 旨か らは、YezL
er
S
kaの′
ト説が最適 なものの一つ と考えるO また、
彼女の小説 を論ずるに際 しては、東雄一郎氏による邦訳 と解説 を参考にさせていただいた0
3 この小説 については拙暫 r
現代 アメリカ文学 と仏教 一 西洋 と東洋.宗教 と文学 を越境するj (
岡
8の第 8章 「身体の知/テクノロジーの痴」で詳細に論 じたO参考 にされた
山大学文学部研究社杏2
い。
一部重複する ところがあ ることを断ってお くO
引証文献
Yez
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伊藤刷. r
テヅカ ・イズ ・デ ノドー ひらかれたマ ンガ表現論へjo東京
NTT出版、2
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子 ども 学校 ・社会 一 教育 と文化の社会学」D京都
世臥思想社 、2
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門脇厨司o r
親 と子の社会力 - 非社会化時代の子育て と教育」O東京
朝 日出版社 、2
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稲垣恭子
苅谷剛啓. r
教育改革の幻想J。東京 筑摩沓房、2
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高校生意識調査
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民主主義教育
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キャラ化す る/ される子 どもたち 一 排除型社会 における新たな人間像」o東京
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東雄一郎。「私のアメ リカ発見- ア ンジア ・イー ジアスカ」
。駒沢大学文学部英米文学科。 r
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