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「ものづくり活動による価値創造能力」評価の研究

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「ものづくり活動による価値創造能力」評価の研究
「ものづくり活動による価値創造能力」評価の研究
-能力の枠組とその評価手法の考察西田陽介****、森和男*、今村聡**、中山圭右****、富澤拓志***
1.
概要
グローバル競争の加速や系列の崩壊など製造業を取り巻く事業環境が変化するなか、大
手製造業を支えてきた中堅中小企業の事業リスクは高まっており、中堅中小企業にとって、
これまで以上に自社の競争力の源泉、強み、弱みを認識、活用した経営が必要とされてき
ている。そしてこのような環境下では、より効果的な企業支援を行う立場から、製造業の
みならず資金を提供する金融機関や技術開発支援を行う公設試験場・大学等研究機関など
の支援機関双方にとって、企業が保有する価値を生み出す能力をどのように捉えるかが一
つの課題となっている。昨今の事業環境の変化に伴い、新規市場の開拓や生産技術の開発・
改良を通じ、事業再構築やいわゆる第二創業 1 を試みている中堅中小企業も多い。しかし、
従来の融資基準では、こうした変革能力があると見込まれる企業に対する資金提供を十分
できず、本来ならば事業再構築によって企業の存続発展が期待できたにも関わらず、改革
を断念せざるを得なかったという事例が存在している。また、公的支援機関にあっても、
企業側の要望は、従来の個別技術課題の解決という段階から、企業組織全体の技術開発力
や品質管理水準の向上へと移行しつつあり、個別中堅中小企業が保有する技術的特徴を何
らかの指標で評価する必要が高まっている。このような見地から、本研究では、製造業、
特に大手製造業を支える中堅中小企業が企業価値、社会的価値を創出するために保有する
能力の枠組み及びその評価手法を提案し、適用を試みる。
2.
問題意識
バブル崩壊後の産業構造調整が進むなか、製造業を取り巻く環境も変化している。例え
ば、1999 年の日産リバイバルプランを契機とした従来の系列関係の変化や、大手製造業に
よる海外への生産拠点シフトなどが挙げられよう。事業環境が変化するなか、生き残りの
ために経営戦略の変化が求められている。
製造業、特に中堅中小企業を訪問して経営者と話をすると、自社の強みとして「技術力」
*
栃木県産業技術センター
**
(独)産業技術総合研究所
***
鹿児島国際大学
**** 日本政策投資銀行
1 大西「中小企業を救う第二創業」
『エコノミスト』毎日新聞社、2001 年 6 月 5 日号、98
頁、では「日本では既存企業が新技術や新市場に挑戦することで、産業を高度化してきた。
企業のこのような挑戦は、時にまったく新しい企業の誕生に匹敵する業態の変化をもたら
す。それを「第二創業」と呼ぶこととしたい。
」としている。
を挙げる経営者が多い。ただ、この「技術力」の定義は企業により異なっており、客観的
な指標を持たない。したがって、「技術力」の相対的な評価が困難ともいえる。評価指標を
持つことは、企業の強み、弱みを理解することとも言え、将来の経営戦略策定、企業の発
展にも寄与できる。
中小企業庁「中小企業白書 2005 年版」では、中小企業向けの貸出の審査項目として 3 年
前より特に重視するようになった点の中に「業界での評判」51.3%、
「技術力」40.7%、
「代
表者の資質」39.3%といった点を挙げている 2 ことからも、非財務情報の重視が進行してい
ることがわかる。一方で、地域金融機関担当者に尋ねると「技術力」の評価は難しく、外
部の専門家、研究機関を活用することもあるという。ただし、当該技術の専門家や研究機
関では技術の独自性や科学的価値に着目する事例が多く、キャッシュフロー、企業価値を
重視する金融機関との視点のずれも指摘できる。
平成 11 年に施行された「ものづくり基盤技術振興基本法」を始めとして、中堅中小企業
に対する様々な支援取組がみられるが、「企業が保有する能力と企業価値の関係を(客観
的・相対的に)評価する」といった取組は製造業の発展を支える一手法となりうるのでは
ないだろうか。またこの取組は同時に、資金を提供する金融機関にとっても企業審査手法
の深化、他金融機関との差別化にも資するものと考えられる。
3.
ものづくり活動による価値創造
(1)
対象企業
本研究では「ものづくり事業者」である中堅中小企業を対象とする。「ものづくり」の定
義は様々あるが、
「ものづくり基盤技術振興基本法」によると、
「ものづくり基盤技術とは、
工業製品の設計、製造又は修理に係る技術のうち汎用性を有し、製造業の発展を支えるも
の」、「ものづくり基盤産業とは、ものづくり基盤技術を主として利用して行う事業が属す
る業種であって、製造業又は機械修理業、ソフトウェア業、デザイン業機械設計業その他
の工業製品の設計、製造もしくは修理と密接に関連する事業活動を行う業種」、さらに「も
のづくり事業者はものづくり基盤産業に属する事業を行う者」としている。
本研究ではこれを踏まえつつ、上記ものづくり事業者のなかでも、
「設計に係る技術」、
「圧
縮成形、押出成形、空気の噴射による加工、射出成形、鍛造、鋳造及びプレス加工に係る
技術」、
「研磨、裁断、切削及び表面処理に係る技術」3 を保有する所謂素形材加工 4 技術を有
する企業を対象とする。
中小企業庁『中小企業白書 2005 年版』ぎょうせい、2005 年、91 頁。
「ものづくり基盤技術振興基本法施行令」平成 11 年
4 素材に形を与える 3 手法として、切削などの除去加工、めっきなどの付加加工、鋳造など
の変形加工が定義される。(素形材センター『ものづくりの原点 素形材技術』日刊工業新
聞、2005 年、1 頁)
2
3
(2)
評価のアプローチ
経営者や金融機関が重視する「技術力」を評価する「技術評価」には大きく交換価値評
価、交換価値以外の価値に関する評価に分けられる。前者は技術がどの程度で売れるかに
ついての評価であり、主にインカムアプローチ、コストアプローチ、マーケットアプロー
チの 3 種類がある。5 後者は主に当該技術が既存のものと比べてどの程度の革新性を有して
いるかを見る新規性評価や、社会に与える有益な効果がどの程度あるかについての評価を
見る社会性評価などがある。 6 また、一部の研究開発プロジェクトには財務分析アプローチ
では評価できない将来の収益機会があり、リアルオプションによる評価の活用なども見ら
れる。 7
このような経済的価値の評価や社会への影響度の測定も重要な評価手法ではあるが、中
小企業基盤整備機構「中小企業知的資産経営研究会中間報告書」によると「中小企業会計
の整備に伴い、財務的な側面からの透明性が高まる一方で、本来の中小企業の持ち味は財
務情報に表現されていない部分に存在することが多い。」 8 と指摘する。
また、「中小企業では、会社の経営方針が社員や外部の関係者に充分に示されず、経営者
の頭の中にだけでイメージ化されることが多いが、不確実性の増す中、経営者自身の能力
だけでは対応不可能な事案も出てくることが想定されるため、その経営方針を社員と共有
し、金融機関や取引先と対話を図る経営姿勢が必要である。
」9 とも述べており、同機構は中
小企業による知的資産経営の自主開示について取り組んでいる。同様の取組として日本会
計士協会近畿会では、金融機関の中小企業への融資円滑化、財務諸表の補完材料として「非
財務情報(知的資産経営)の評価チェックリスト」として 46 の質問項目を公開している。
同チェックリストは非財務情報を「経営スタンス・リーダーシップ」、「チームワーク・組
織知・リスク管理・ガバナンス」、
「選択と集中」「知識・イノベーション・スピード」、「交
渉力・リレーション」といった 5 つの項目に分類し、各質問項目に対して 3~4 段階で評価
するものとなっている。10 中堅中小企業の場合は経営資源の偏在化が指摘でき、このような
評価手法は企業をより深く理解する取組ともいえる。
このような取組は自社経営資源の棚卸しともいえ、経営陣の組織統率、経営管理に焦点
が当てられている。しかし、企業価値、社会的価値の創出能力の評価に当たっては、技術
的な課題解決の能力や顧客が要求する品質や仕様をどのくらい満足できる組織かを判断す
る必要がある。中堅中小企業の技術は、工場施設や人材、組織管理法に非線形的に暗黙知
5日本政策投資銀行技術経営研究チーム
『モノづくり経営の勘どころ』金融財政事情研究会、
2006 年、41 頁
日本政策投資銀行技術経営研究チーム『モノづくり経営の勘どころ』金融財政事情研究会、
2006 年、31~32 頁
7 寺元義也他『最新 技術評価法』日経BP社、2003 年、134 頁
8 中小企業基盤整備機構『中小企業知的資産経営研究会中間報告書』
、2006 年、9 頁
9中小企業基盤整備機構『中小企業知的資産経営研究会中間報告書』
、2006 年、9 頁
10 http://www.osaka.cci.or.jp/Jigyou/hizaimujouhou/index.html
6
として体化されており、個別の技術要素に切り出してそれを総和するという手法では推定
しづらい。そのためには組織管理的な取組を超え、価値創出の構成要素を網羅的に把握す
る必要があろう。例えば自社開発の製造設備など有形資産にノウハウが蓄積している事例
も多く、組織、人材以外にも設備等を包括した評価手法が期待されるところといえる。
また、既述の通り中小企業基盤整備機構により知的資産経営の自主開示について取り組
まれている一方で、非上場が圧倒的である中堅中小企業が自らの情報を積極的に開示する
ことはハードルが高く、評価の客観性の観点からも、金融機関や第三者による評価が求め
られる場合も多い。
このような視点から、本研究では中堅中小企業が企業価値、社会的価値を生み出すため
に保有する資産、能力を外部の視点から評価することを目的とし、これを「ものづくり活
動による価値創造能力」評価とする。概念図を図 1 に示す。
社会的価値創出
顧客
製品
サービス
対価
企業価値創出
「評価基準」
の必要性
中堅中小企業
ものづくり活動による
価値創造能力
企業価値向上
←資金提供
金融機関
与信・審査
【リスク評価】
社会的価値向上
←技術支援
支援機関
地域活性化
イノベーション創出
【技術力評価】
図 1 「ものづくり活動による価値創造能力」評価の概念図
(3)
評価の視点
本研究では企業がストックとして持つ人材や有形、無形の資産をフローである付加価値
や利益に結びつけていく点に着目する。ここでは、基礎研究による最先端技術の科学的価
値など、財務分析アプローチでは価値評価できないものは除くこととする。ものづくり事
業者は人材や工場などの設備、ノウハウなどの無形の資産を組み合わせることにより付加
価値、利益を生み出す能力を獲得する。本研究ではこれを「ものづくり活動による価値創
造能力」と定義する。本研究ではこの能力の評価を試みる。評価にあたり、ものづくり活
動による価値創造の枠組みを考える。このような価値分析の枠組みとしてバランス・スコ
アカード(BSC)があるが、本研究ではBSCにおける顧客の視点 11 を活用する。ここでは、
顧客の価値向上を実現し、結果として自社企業価値の向上に結びつけることを「ものづく
り活動による価値創造」と定義し、その枠組みを検討する。
ものづくり事業者の顧客、主に大企業の視点で語られる顧客ニーズはQCD(Q:品質、C:
コスト、D:納期)であろう。実際に顧客である大企業にインタビューを行ったところ、外
注を依頼するときの中堅中小企業の評価基準として真っ先に挙げられるのはQCDである。
自動車産業においては、QCDD(最後のDは開発)が求められる事例もある。12 なお、本研
究における顧客の視点としてQCDに並んで、
「技術対応力」を加えることにした。ものづく
り事業においても、絶えず技術革新が要求される。例えば、コストダウンを目的にして、
部品が(切削加工からプレス加工)<要検討>に置き換わる事例がある。このように加工
技術が置き換わってしまう場合や、最先端の加工技術の導入が要求される事例など、中堅
中小企業では新たな加工技術の革新に対応していくことが必要とされる。新製品、技術の
研究開発を含めたこれらの顧客ニーズを技術対応力と呼ぶこととする。
(4)
ものづくり活動による価値創造の枠組み
顧客の視点である QCD 及び技術対応力を実現するために保有する「ものづくり活動によ
る価値創造能力」について検討する。ここでは以下の仮説を置いて、枠組みを策定する。
①
中堅中小企業は、ものづくり活動による価値創造能力を活用して顧客ニーズを実現、
キャッシュフローを生み出し、企業価値を創出する。また、イノベーション創出、
新技術、新製品の開発を通じて、地域活性化を始めとする社会的価値の創出にも貢
献する。
②
ものづくり活動による価値創造能力は多層構造であり、構成する個別能力が複合
的・複層的に顧客ニーズを充足する。
③
ものづくり活動による価値創造能力の個別能力はそれぞれ非分離であり、ホリステ
ィック性を持つ。
④
ものづくり活動による価値創造能力を構成する個別能力の保有度合いは企業により
異なり、これがものづくり事業者の独自性、他社との差別化の要因となっている。
ものづくり活動による価値創造能力は、その性格に応じて大きく二層構造として捉えら
れる。すなわち、ものづくり企業全般に共通してその活動のための基礎を構成する「基盤
能力」、そして多様な顧客ニーズ(QCD 及び技術対応力)を実現していくために各社各様
の特徴を有する「革新能力」、この両能力を通じてものづくり企業は企業価値を創造するも
のとする。
Robert S. Kaplan『バランス・スコアカード 新しい経営指標による企業変革』生産性出
版、1997 年など
12 本田技研工業㈱青木副社長講演、OECD国際カンファレンス「グローバル・バリュー・
チェーンにおける中小企業の役割強化」、2007 年 5 月 31 日
11
なお、ものづくり活動による価値創造能力を構成する各要素は次項に定義するが、これ
らは顧客の視点であるQCD及び技術対応力に基づき、顧客である大企業が外注を依頼する
上での評価基準、及び、ものづくり事業者を訪問、経営者へのインタビューを基に構築し
た。 13
(5)
ものづくり活動による価値創造能力の構成要素
まず、基盤能力として以下の 4 つの要素能力を定義する。経営を考える上で、当たり前
のことが評価基準として採用されているが、中堅中小企業を訪問すると、意外に当たり前
でないことも多い。大企業へのヒアリング、及び中堅中小企業を訪問したときに感じた問
題意識を基に、各能力を以下のように考える。
①
人材育成力
ものづくり事業を支える人材教育の手法。人材採用や従業員年齢構成を含む能力。
企業の経営資源としてヒト・モノ・カネ・情報がいわれる。「ものづくりは者(ヒト)
づくり」といわれるくらい、ものづくり事業者の人材育成は課題となっている。中心と
なる人材育成手法はOJT(On the Job Training)であるが、OJTでも各社によりその中
味は異なる。全く人材教育を行っていない企業でもOJTを行っているという一方で、ジ
ョブローテーションや勉強会などシステマティックな取組を行っている企業もあり千差
万別である。また、OJT以外の外部講習への取組を行っている企業もあり、人材育成の
手法でも多種多様となっている。これは企業の基盤を構築する重要な能力といえる。な
お、ここでは人材育成のみならず、人材採用や、企業の年齢構成を含む。若年層の製造
業離れや大企業の採用増大に伴いものづくり事業者の採用は困難になってきている。14 こ
のような環境の下、どのように人材を確保しているかは企業の能力となっている。また、
人材育成力の評価にあたり、一人一人の従業員を調査することは極めて困難であるため、
従業員の年齢が熟練度にある程度比例するものと前提をおき、従業員の年齢構成も評価
対象としている。
②
知識共有力
従業員間での工程、不良、新開発の知識の共有化が図るための能力。共有化のためのイ
ンフラ整備を含む。
中堅中小企業を訪問すると、熟練技能者のカン・コツを頼りにしている企業は多い。熟
練技術者の多くが定年となる昨今では若い技術者へのノウハウ伝承が社会問題の一つとな
13
本研究に携わる研究者は全てものづくり事業者を対象とした業務経験を有しており、技
術、経営の視点からものづくり事業者との意見交換を行ってきた。
14 関満博「ものづくりと中小企業の未来」
『一橋ビジネスレビュー 2007 年 SUM.』、東
洋経済新報社、52-53 頁
っている。企業にとっても死活問題といえ、定年退職者の再雇用への取組も増えてきてい
る。このような取組も評価できるが、ノウハウを企業が保有、すなわちノウハウの共有化
が必要であろう。カン・コツ作業のマニュアル化、標準化がなければ、カイゼンによる価
値創出もできない。工場を歩くと、作業標準のある、なしで現場の取組や不良率も異なっ
てくる。
また、メッキや熱処理などメッキ液の情報や処理温度のコンピュータ管理や、切削条件
のデータベース化に取り組む企業もある。このような取組もノウハウの共有化として重要
な能力といえる。
③
ネットワーク力
社内、社外を含めて情報伝達、収集能力。そのためのインフラ整備を含む。
中堅中小企業の特徴の一つとして経営資源が限られることが指摘できる。外部資源の活
用は中堅中小企業にとって企業価値の重要な要素といえる。人材、資金、設備などが限ら
れることから自社のみでの研究開発の取組には困難な面も多い。例えば SEM(電子顕微鏡)
などの装置一つを取ってみても、中堅中小企業が自社で購入するにはハードルが高い。大
学や公設試験場の活用も一案であろう。大学との産学連携による共同研究を進める企業も
多い。大学とは時間軸が異なるという経営者もあるが、人材、ノウハウの面でのメリット
も大きい。
研究開発のみならず、中堅中小企業間の協業も事業のやり方である。関(1993)では東京都
大田区の中小零細企業間のネットワークを活用したビジネスモデルについて述べている。15
「大田区の工業集積は中小零細工場によるヨコのつながりに特色を示している。仮に、特
定企業への依存の度合いが表面上大きい場合でも、それは、生産能力が小さいためなどの
事情によることが多い。特定得意先からの仕事が途絶えた際などでも、仲間仕事を通じて
生き延びるというのが大田区の中小零細工場の一つの強さであった。
」組織上の営業部門を
持たない中堅中小企業も多いなか、このようなヨコのネットワークは企業存続における重
要な意味合いを持つ。
本研究におけるネットワーク力では上記の企業、研究機関のみならず、物理的なインフ
ラとしてのネットワークも含むこととする。顧客企業とのデータのやり取り、社内におけ
る設計から加工、品質管理に渡り、システムとしてのネットワークを構築することは、顧
客ニーズである QCD 実現のためのインフラとなっている。
④
組織力
各能力を支えるための組織構造、組織間の牽制関係の構築能力。
経営者を中心としてトップの経営目標が部門、個人へブレイクダウンされて、全社一丸
15
関満博『フルセット型産業構造を超えて』中央公論社、1993 年、81 頁。
となって経営目標に取り組む姿勢が企業としては必要であろう。企業を訪問すると、四字
熟語の社訓があるだけで、具体的な経営目標、部門目標、さらには個人目標を持たない中
堅中小企業は多い。このような組織体制のなかで企業価値を維持、向上させていくのは極
めて困難ではなかろうか。
また、切削加工を行う企業を訪問すると、設計から品質管理まですべて一人で担当する
企業もある。経営者に尋ねると「ものづくりの楽しさを理解するためには一貫して担当す
べきである。
」というコメントもあった。ただし、顧客の立場から考えると、作業者のカン・
コツ作業で企業として QCD を実現できるのか不安視されるのではないだろうか。部門毎の
牽制関係が必要といえる。
次に、革新能力として以下の 6 つの要素能力を定義する。
⑤
新技術導入力
新しい技術の導入、開発、対応能力。
最終製品の複雑高度化に伴い、顧客ニーズに日々変化・進化が見られる中、それらに対
応していくためには既存取組の延長線上のみでなく、そのブレイクスルーに向けて新しい
技術を開発・導入していくことが必要となる。
研究開発は一義的には社内での取組がベースとなり、そのための組織・設備・人員の整
備により取組状況が把握される。一方で中堅中小企業においては研究開発費を多額にかけ
たり開発人員を大量に抱えたりすることは容易ではなく、その代替手段として、上述ネッ
トワークを有効活用しながら、産学連携・産産連携、公的な助成事業の活用などにより新
技術の導入を取り組んでいる。そして、これらへの取組姿勢により各社の新しい研究開発
にかかる問題意識が見えてくる。
なお、開発型メーカーにおいては、徹底した新技術の開発・導入や設備投資を通じて他
社との差別化を図り、付加価値の高いビジネス展開を行っているケースが見られる。
⑥
現場改善力
生産現場を常に改善していく能力。PDCA サイクル(Plan-Do-Check-Action)を回す能
力を含む。
トヨタを中心とした大手自動車関連メーカーの競争力の大きな要因の一つに、日々の現
場でのカイゼン活動があることは誰しも知るところである。例えば自動車業界では年々の
コストダウン要求は平均でも 5%、ライフサイクルの短い電機関連事業ではより大きな単価
下落が見られるケースも存在する。よって、たとえ既存部品の継続生産であっても、生産
現場における飽くなきカイゼン活動があって初めて、顧客ニーズを満たしつつ継続的に利
益を計上することが可能となる。また、筋肉質な生産現場作りは、原材料高騰その他経営
環境の変化への対応力強化に繋がる。
現場改善力の実力の証は、正に生産現場に溢れている。まず工場に足を一歩踏み入れた
時の印象から伝わる 5Sへの取組や従業員の活力でもその実力は伝わってくる。また標準類
の整備や掲示板への張り紙一つを見ても、各種の生産管理ツールなどが単なる事実の記録
に留まるのか、改善ツールとして活用されてそこからPDCAサイクルが回っているのかで、
大きな差が見られる。また、QCサークル 16 活動の運用状況もポイントと言えよう。
⑦
生産技術力
工程設計、工程進捗管理から自社開発設備、検査体制まで一貫して生産ラインを構築す
る能力。
生産ライン構築力は、二つの側面からものづくり事業者における企業活動の大きな要素
となる。
第一に、その保有する加工技術や生産・検査設備も、工程設計が上手くなされなければ、
利益を生み出す製品には結びつかない。ここでは、工程設計にかかるノウハウ蓄積、また
工程進捗状況の管理方法とその現場へのフィードバック体制などが大きな論点となる。
第二に、その保有する加工技術や生産・検査設備により、構築可能な生産ライン、すな
わち加工間口の幅が決まってくる。ユーザーにとっては一括発注が可能、また自社にとっ
てはそれだけ収益基盤を拡大することが可能となる。ここでは、自社で生産設備や治工具
を開発・改良できるかどうかもプラス要因として働く。
⑧
高度加工力
高精度な機械加工を行う能力。従業員の熟練度、最新設備、検査設備を含む。
中堅中小企業の経営者がよく口にする「うちの会社は技術力がありますよ」の「技術力」
は、よくよく話を聞いてみると、加工精度の高さや他社ではできないような難削材加工な
ど、対象物に対する加工力の高低を指していることが多く、これは他社との大きな差別化
要因になりうる。
加工精度の高さは保有設備の能力にも依拠するところが大きいが、一方ではそのオペレ
ーションを行う作業者の熟練ノウハウも加工力の大きな源泉となっている。工場見学をし
た際に内部に技能検定の表彰状が飾られている企業も多く見られるが、そうした企業では
熟練技能の伝承に向けた人材育成も活発であるケースが多い。
そしてここで忘れてはならないのが、検査設備の有無およびその運用状況である。せっ
かく施した高度加工も、その性能を適切に評価・保証できなければ顧客の信頼を得ること
はできない。多くの企業を訪問していると、検査への取組で大きな差があるように感じる。
16
同じ職場内で品質管理活動を自主的に行う小グループ。現場からのボトムアップ的な改
善活動の中心となる。QC手法といわれる定型的な問題解決手順を使って、全員参加で継続
的な改善活動を行う。(東京大学ものづくり経営研究センター『ものづくり経営講義』、日
経BP社、2005 年、55 頁)
⑨
環境対応力
環境問題への対応、対策を行う能力。
グローバルに環境への関心が高まる中、社会の一員たる中堅中小企業においても環境へ
の意識向上は必須となっている。ISO14001 は中堅中小企業にも浸透しつつあるが、ユーザ
ーによっては ISO14001 の取得を取引の必須条件とするケースも見られるなど、ユーザー
の環境配慮、発注先への環境対応強化の姿勢は日増しに強まってきている。家電メーカー
によるグリーン調達などが代表的な取組といえる。
環境問題により市場からの退却を命じられる可能性も否定できないが、一方では環境配
慮に対する高い取組をアピールすることで企業価値向上を果たしている企業も存在する。
また、ものづくり現場における環境への対応は従業員の働きやすさにも繋がる。
⑩
技術提案力
VA/VE(Value Analysis/Value Engineering)提案を始めとする、付加価値の高い技術提
案ができる能力。
これまでの各要素はどちらかというと顧客ニーズを比較的受身に充足するためのであっ
たが、これらも顧客への VA/VE 提案に繋がって初めて付加価値を最大化することが可能と
なる。また、顧客は日々新たな提案を求めているが、その中でも彼らは特に、「何でもでき
ます」ではなく「自社にとっての喜びは何か」についての提案を期待している。
技術提案力のベースには当然のごとく(ネットワークを含む)保有技術・設備があるが、
一方で新素材や新部品、新加工方法の採用にあたっては、その性能評価が容易ではなく、
早期ライン立上の意味合いも込めて、設計・シミュレーションのノウハウが重要となる。
なお、顧客サイドでも、海外展開などに人手を取られる中、開発から設計・シミュレー
ションまで任せられるところは任せたいとのニーズが一部で見られている。
また、コスト競争の厳しい加工事業からの脱却手段として、自社技術を活用した独自製
品開発に取り組む企業も増えてきている。自社の加工技術を工作機械として製品化し、外
販する企業なども見られる。独自製品開発のためには設計力・シミュレーション能力が重
要であり、このような独自製品開発の能力も技術提案力に含むこととする。
4.
評価・測定手法
(1) 測定手法
ものづくり事業者である中堅中小企業を見る上で、企業の強さが生産現場に反映されて
いることから、生産現場の実査及び経営者へのインタビューでものづくり活動による価値
創造能力の評価を行った。
①
大企業での生産現場経験者や、過去の中堅中小企業への訪問経験を踏まえて、「ものづ
くり活動による価値創造能力」の評価項目を策定した。評価項目例を図 2 に示す。評
価項目は全部で 76 項目となった。
評価ポイント
評価内容
工程設計のレベル
3点: 加工工程ごとの簡易図面が作成され、加工手順、加工条件な
どの詳細情報が与えられている。
2点: 1つの図面に加工手順、加工条件などの情報が簡易的に記
載されている
1点:工程設計は行うが、定型的な文書は作成していない。
0点:加工手順は加工担当者任せである。
会社中長期方針
3点 会社の中長期方針が明確かつ適切であり、根拠も明確。
2点 会社の中長期方針は明確だが、根拠が不十分
1点 会社の中長期方針はあるが抽象的で理解しにくい。
0点 会社の中長期方針が不明確、またはない。
図 2 評価項目例
②
6 名の企業訪問の経験を有する評価者により上記項目に基づく評価を実施。経営者への
インタビューと工場の実査を行う。
③
訪問者の平均点を企業の得点とする。
ものづくり活動による価値創造能力
知識共有力
ネットワーク力
組織力
技術提案力
基盤能力 4要素
人材育成力
環境対応力
高度加工力
生産技術力
現場改善力
新技術導入
力
革新能力 6要素
質問項目と各要素との
対応関係(イメージ)
【質問項目:76項目】
・
・
・
・
・
・研究開発
・工程設計
・保有設備
・材料調達
・加工内容
・生産管理
・外注管理
・組織運営
図 3 「ものづくり活動による価値創造能力」評価
など
(2)
訪問企業概要
自動車部品加工に携わる二社を訪問し、比較することとした。17 訪問した企業の概要は以
下の通り。両社とも切削加工を中心とした自動車部品製造企業であり、似たもの同士の企
業による比較を行った。
①
A社
従業員約 100 名の企業で、自動車部品向け精密切削加工を行うが、熱処理などの設備も
有し、加工領域を広げている。自社の加工ノウハウを展開した製造設備の開発も行う。大
手自動車メーカーを顧客の核として海外進出も果たしている。
所在地は産業集積地、工業団地ではなく、周囲には企業が少ない。
B社
②
従業員約 50 名の企業で、自動車部品向け精密切削加工が強み。大手自動車メーカー直接
ではなく、自動車メーカーに納める企業向けの業務が多い。顧客数の多さも強み。
産業集積地に立地し、同業、異業種とのネットワーク構築も積極的。
(3)
測定結果
二社の測定結果を図 3 及び図 4 に示す。いずれも左図が A 社で右図が B 社。得点はすべ
ての項目で最高得点を取った場合が 100%となる。
人材育成力
100
人材育成力
100
80
80
60
53
62
60
40
40
20
20
81
組織力
62
0
51
知識共有力組織力
63
A社
0
63
53
ネットワーク力
ネットワーク力
図 4 基盤能力の測定結果
17
研究者の一部が所属する金融機関と調査企業との間に取引関係はない。
B社
知識共有力
現場改善力
100
現場改善力
100
80 6 9
80
60 4 6
新技術導入力
生産技術力
40
39
60
新技術導入力
生産技術力
40
57
27
20
54
20
0
0
37
44
52
55
技術提案力
高度加工力
技術提案力
64
高度加工力
70
B社
A社
環境対応力
環境対応力
図 5 革新能力の測定結果
同じ自動車部品製造で切削加工を中心とした業態であるが、保有する能力には企業とし
ての特徴が出ている結果となった。A 社が部門毎の組織体制を確立し、自社での製造設備の
開発に熱心、B 社が現場改革、QC サークルを始めとする取組に熱心な結果が表れたものと
なっている。
基盤能力の視点では B 社は人材育成に熱心であり、単なる OJT に留まらず、外部講習を
始めとして多様な人材プログラムを構成している。また、産業集積地として地元企業との
ネットワークも強い。他方、A 社では従業員が多いこともあり、設計から現場、品質管理と
いった組織体制の確立、及び組織間での牽制関係が B 社に比べて優れていた。ネットワー
クに関しては、B 社と比較して地元企業とのネットワークは薄いものの、大学を始めとする
外部研究機関との取組が多かった。
革新能力の視点では、A 社が自社での製造設備開発や外部研究機関を通じての新技術、加
工技術導入に向けた取組成果が表れた結果となっている。他方 B 社の現場を見ると、経営
目標、部門毎の目標に加え、カイゼン提案など現場での掲示物が多く、改善力に優れてい
る結果が表れている。
今後、得点の差異の有意性につきデータ数を積み上げていくことで検証が必要であるが、
測定結果であるグラフの歪さが企業固有の能力を表現し、中堅中小企業が経営計画を立案
する上での診断データや金融機関の審査におけるベンチマークとしての指標作りが課題で
ある。
5.
まとめと今後の課題
本研究では、中堅中小企業、特にものづくり事業者が企業価値、社会的価値を創出する
ための能力を「ものづくり活動による価値創造」能力として定義付けを行い、実際に同業
者による評価付けを行なった。同業者とはいえ、企業毎の特色が見られる結果が得られた。
今後は調査企業の拡大、データベースの構築を進めることにより、各能力の相関性やベン
チマークとしての標準化を試みることとしたい。
金融機関が重視する所謂「技術力」では技術の科学的価値よりも企業価値への結びつき
が重視される。そのような観点からも企業価値と本評価結果の検証についても今後の課題
といえる。また、メッキ、熱処理などの加工技術が異なった場合の評価への応用につき、
同じ評価手法で良いかということも検討していく必要がある。
中堅中小企業は経営資源が限られるなか、企業価値、社会的価値を創出するために、個
性、特色を有している。このような個性、特色を評価する本研究手法は、単に金融機関の
審査のみならず、中堅中小企業が今後の経営戦略を立案する上での診断ツール、もしくは
経営の「見える化」ツールとしての活用も可能であろう。今後のものづくり事業の活性化
に向けた取組として本研究を進めていきたい。
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