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要約 化学物質が漁場環境に与える影響を総合的に評価するための手法

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要約 化学物質が漁場環境に与える影響を総合的に評価するための手法
要約
化学物質が漁場環境に与える影響を総合的に評価するための手法を開発すること
を目的として「モニタリング手法の開発」および「暴露試験の実施による海産生物へ
の影響評価」を実施した。各調査の実施状況と得られた結果の概要は以下のとおりで
ある。
第1部
モニタリング手法の開発
1.沖合域モニタリング手法の開発
異なる系群(秋季発生系群と冬季発生系群)のスルメイカを採取して,それらの肝臓中
化学物質を分析することにより,日本海沖合域,日本海沿岸域および太平洋沿岸域の
水域に区分した化学物質のモニタリングを行うことができるか検討を行った。調査は
スルメイカ秋季発生系群を平成 24 年 5 月から 7 月の間に日本海沖合と日本海沿岸でそ
れぞれ 3 回計 6 回(日本海沖合水域 1,2,3 および日本海沿岸水域 1,2,3),スルメイカ冬
季発生系群を平成 24 年 8 月から 10 月の間に太平洋沿岸で 3 回(太平洋沿岸水域 1,2,3),
採 取 し て 肝 臓 中 の ポ リ 塩 化 ビ フ ェ ニ ル (PCBs), 有 機 ス ズ 化 合 物 (OTs) , ク ロ ル デ ン
(CHLs) , ポ リ 臭 化 ジ フ ェ ニ ル エ ー テ ル (PBDEs) , パ ー フ ル オ ロ オ ク タ ン ス ル ホ ン 酸
(PFOS),パーフルオロオクタン酸(PFOA)の測定を行った。
それらの結果は,以下のとおりである。
①試料としたスルメイカは,外套背長 20cm 前後,体重 200g から 400g の範囲内で,日
本海沖合水域 3 を除いて水域による差はみられなかった。日本海沖合水域 3 のスル
メイカは他の水域よりも大きい傾向がみられた。
②各水域で採取したスルメイカの肝臓重量指数(HSI;肝臓重量×100/体重)は 5~15%,
肝臓の脂質含量は 10~40%の範囲にあった。日本海沿岸水域 3 で採取したスルメイカ
は他の水域に比べ HSI と脂質含量が低い傾向がみられた。
③日本海沖合と沿岸で採取した雌の成熟度は,日本海沿岸水域 3 を除いてすべて未熟
期にあった。日本海沖合と沿岸で採取した雌の成熟度は,季節が進むにつれて成熟
i
開始期の個体の割合が増した。日本海沿岸水域 3 では成熟期の雌が 3 割,放精期の
雄が 7 割を占め,他の日本海沖合および沿岸水域のスルメイカの成熟度よりかなり
進んでいることから,北海道から東北の日本海側を産卵場とする夏季発生系群と考
えられた。太平洋沿岸で採取した雌はすべて未熟期,雄の多くが成熟開始期にあっ
た。
④日本海沖合と沿岸および太平洋沿岸で採取されたスルメイカの肝臓中 PCB 濃度は,
30~42ng/g-wet の範囲にあり,日本海の沖合と沿岸,あるいは日本海と太平洋の各
水域間で差は認められなかった。また,いずれの水域の PCB 同族体組成も主に 5,6
塩化物が占め,PCB 製剤 KC500 の組成と類似していた。日本周辺の海水の PCB 組成は
KC500 の組成に類似しているとの報告があることから(Kannan, 1998),スルメイカの
肝臓中 PCB 濃度は海水中 PCB を反映すると考えられた。
⑤クロルデン(CHLs)は7~11ng/g-wet, TBT は日本海沖合の水域 1(約 10ng/g-wet)を除
いて 3~6ng/g-wet, PFOS は 0.05~0.29ng/g-wet,PFOA は 0.11~0.44ng/g-wet で,
これらの化学物質も,日本海の沖合と沿岸,あるいは日本海と太平洋の各水域間で
差は認められなかった。
⑥日本海沖合および沿岸で採取されたスルメイカの TPT 濃度は 25~33ng/g-wet, 太平
洋沿岸で採取されたスルメイカの TPT 濃度は 8~22ng/g-wet で日本海と太平洋で差
がみられた。海水中 TPT 濃度を調べた報告によると太平洋で 1pg/L 未満,日本海で 5
~23pg/L と太平洋と日本海で濃度に差がみられることから(高久ら, 2011),スルメ
イカ肝臓中化学濃度は海水中濃度を反映していると考えられた。
⑦日本海沖合および沿岸で採取されたスルメイカのΣPBDEs 濃度は 5.4~8.4ng/g-wet,
太平洋沿岸で採取されたスルメイカの値は 2.3~2.7ng/g-wet で日本海と太平洋で差
がみられた。カツオやイルカの調査から PBDE の汚染源が日本海から東シナ海に存在
することが推測されおり(Ueno ら, 2004; Kajiwara ら,2006),日本海と太平洋のス
ルメイカ肝臓中ΣPBDEs 濃度が海水中濃度を反映する可能性を示唆した。
⑧以上の結果より,スルメイカ肝臓中の化学物質が日本海と太平洋の海水中濃度を反
映することを示唆する一連の結果から,スルメイカ肝臓中化学物質濃度を分析する
ことにより,日本周辺水域のモニタリングが可能と考えられた。
ii
⑨日本海の沿岸と沖合域で採取した秋季発生系群の化学物質濃度には差はみられなか
ったことから,秋季発生系群の採取は日本海の沿岸域,沖合域の区別をする必要が
ないと考えられた。
⑩本事業で平成 20 年から平成 24 年の間の日本各地のイカ類の肝臓中化学物質(PCB,
CHLs, TBT)を総括した結果,化学物質の使用実態によって日本沿岸の汚染状況が異
なることが明らかになったことから,調査水域を設定する際には調査対象の化学物
質の使用実態を考慮することも重要と考えられた。
2.干潟環境モニタリング手法の開発
2ヶ所の干潟(A 干潟,B 干潟)において,夏季(平成 24 年 6~7 月)と秋季(平成 24 年
9~10 月)の異なる時期に浄化飼育を行った後アサリを干潟に移植し,移植後 14 日と
28 日にアサリを取上げて化学物質(PCBs,有機スズ化合物)の蓄積濃度を測定するとと
もに,A 干潟および B 干潟の水質中および底質中の化学物質濃度および B 干潟の自生ア
サリの蓄積濃度を調べ,移植したアサリの蓄積濃度とそれらの濃度との関連を調べた。
はじめに干潟に自生したアサリを採取し,海生研実証試験場(新潟県柏崎市)で活性炭
濾過した清浄海水により無給餌で 14 日間飼育した(浄化飼育)。その後,A 干潟と B 干
潟に移植し,移植開始時と移植後 14 日および 28 日にアサリを取り上げて,ポリ塩化
ビフェニル(PCBs)と有機スズ化合物(OTs)の分析を行った。また,A 干潟と B 干潟の海
水と底質も採取して当該物質の分析を行うとともに底質について粒度組成,全炭素量
(TOC),強熱減量の分析を行った。さらに,アサリの生理状態の把握を目的としてアサ
リの成熟度や閉殻筋を用いた核酸比(RNA/DAN)の分析を行った。移植実験は夏季(6~7
月)と秋季(9~10 月)の 2 回行った。それらの結果は,以下のとおりである。
①移植に用いたアサリの殻長は夏季移植開始時で 35mm 前後,秋季移植開始時で約 30mm
であった。夏季の B 干潟移植アサリの肥満度は,A 干潟移植アサリや B 干潟自生アサ
リに比べると,低い傾向がみられたが統計的に有意な差ではなかった。
②夏季移植では浄化飼育中に産卵がみられ成熟個体が減少したが,その後 A 干潟移植
アサリは成熟が回復した。しかし,B 干潟移植アサリは成熟が退行し,B 干潟自生ア
サリよりも成熟度は低かった。秋季移植では,A 干潟移植アサリは成熟が進んだが,
iii
B 干潟移植アサリでは夏季移植と同様に成熟は退行し,B 干潟自生アサリよりも成熟
度は低かった。
③核酸比は蛋白質合成能の指標となり成長期には値が上昇することが報告されている
(宮園・中野,2000)。夏季移植開始時の核酸比は 2~6,秋季移植開始時の核酸比は
2 前後で夏季の方が高い値を示した。夏季の B 干潟移植アサリの核酸比は,A 干潟移
植アサリや B 干潟自生アサリの核酸比よりも低い傾向を示したが,統計的に有意な
差ではなかった。
④A 干潟移植アサリに蓄積したΣPCBs 濃度は B 干潟移植アサリのΣPCBs 濃度より高値
を示した。
⑤アサリ蓄積有機スズ化合物は主に TBT と TPT で,その他の OTs は定量下限前後の低
いレベルだった。夏季も秋季も A 干潟移植アサリの軟体部中 TBT および TPT 濃度は B
干潟移植アサリのそれらの濃度よりも高値を示した。
⑥底質の分析は,底質はそのままを検体としたもの(以後,全粒子,と表記)と篩でふ
るってシルト以下の細かい粒径(≦75μm)の粒子のみとしたもの(以後,粘土+シルト,
と表記)の 2 種類の検体を用意した。粒度組成を調べた結果,A 干潟はシルト以下の
細かい粒子の割合が 24%で B 干潟(8%)より多いことが明らかとなった。また,A 干潟
の TOC と強熱減量は B 干潟のそれらの値より約 2 倍高く,A 干潟は B 干潟より有機物
が多いことを示していた。
⑦A 干潟と B 干潟の海水中 PCB 濃度には差はなかった。底質中ΣPCBs 濃度は A 干潟の
方が B 干潟より高い値を示した(特に粘土+シルト)。
⑧A 干潟,B 干潟の海水中から,主に MBT,TBT, TPT が検出された。海水中 MBT は A 干
潟が B 干潟より高く,海水中 TBT と TPT は B 干潟の方が A 干潟より高かった。A 干潟
の底質(粘土+シルト)中から TBT と TPT が 6~8ng/g-dry 検出され,MBT, DBT, MPT
も検出された。一方, B 干潟の底質中(粘土+シルト)には DBT が検出下限値に近い
レベルで検出されたのみで TBT と TPT は検出下限値未満となり,底質中 TBT および
TPT 濃度は A 干潟の方が B 干潟より高いことを示した。したがって,TBT および TPT
はΣPCBs と同じく,アサリの蓄積濃度は現場底質中の TBT および TPT 濃度を反映す
ることが明らかとなった。
iv
⑨PCBs 同族体組成を用いて A 干潟移植アサリ,B 干潟移植アサリ,B 干潟自生アサリ,
A 干潟海水,B 干潟海水,A 干潟底質および B 干潟底質のクラスター分析を行った結
果,A 干潟移植アサリ(移植後 28 日)と A 干潟底質(粘土+シルト)は同一グループに,
B 干潟移植アサリ(移植後 28 日)と B 干潟自生アサリと B 干潟底質(粘土+シルト)は同
一グループに,A 干潟海水と B 干潟海水は同一グループに,それぞれ分類された。し
たがって,移植後 28 日のアサリに蓄積した PCBs は現場底質(粘土+シルト)の PCBs
を反映していると考えられた。
⑩ 以 上 よ り , 干 潟 に ア サ リ を 移 植 し 28 日 後 に 取 上 げ て ア サ リ に 蓄 積 し た 化 学 物 質
(PCBs,OTs)を分析することにより,干潟底質中の化学物質のモニタリングを行うこ
とができると考えられた。
v
第2部
暴露試験の実施による海産生物への影響評価
1.影響評価モデル海産生物および毒性試験法開発
1)魚類初期生活段階毒性試験法の提案と試験の実施
化学物質の海産魚への慢性的な毒性を評価するデータを得るための実用的な試験法
を提案することを目的として,仔稚魚の飼育が容易なインドネシア原産のスズキ目の
狭塩性魚類
プテラポゴン Pterapogon kauderni を用いた初期生活段階毒性試験法を
検討した。
それらの結果は,以下のとおりである。
①受精7~8日後のプテラポゴンの胚を用いた場合には,半止水式の44日間初期生活段
階毒性試験が実施可能であることがわかった。
② TBTを 用 い た 試 験 か ら 得 ら れ た 成 長 ( 体 長 お よ び 体 重 ) を 指 標 と し た 場 合 の NOECは
0.15μg/L,LOECは0.49μg/Lであった。
③マミチョグの孵化仔魚を用いたTBT暴露試験では,暴露4週間後の成長(全長)を指標
とした場合のNOECは0.09μg/Lと報告されており(角埜・清水,2002),上述したプテ
ラポゴンを用いた場合のTBTのNOECはこれに近い値であった。
④初期生活段階毒性試験法で用いることのできる海産魚が少ないため,プテラポゴン
を用いる方法は有用である。しかし,本試験では受精7~8日後の発眼後のプテラポ
ゴン胚から試験を開始したため,淡水魚の試験で規定されている発育段階,すなわ
ち発眼前の発生段階を含めた初期生活段階に及ぼす化学物質の影響を把握すること
ができなかった。この対策として,除菌方法などの検討を行うことにより暴露を開
始する発生段階をさらに早めることが必要である。また,除菌のために使用する薬
品の影響も把握する必要がある。その他,生活段階初期の プテラポゴンの 分散助剤と
して使用する 有機溶媒に対する感受性についても確認する必要がある。
2)餌生物の検討
試験モデル生物としてのプテラポゴンの飼育をより容易にするために,L 型ワムシよ
り培養が容易なアルテミアの餌としての適正を把握することを目的としてプテラポゴ
vi
ン稚魚を用いた成長試験を実施した。
それらの結果は,以下のとおりである。
①受精 30 日後のプテラポゴン稚魚を供試材料とし,流水式水槽を用いて 28 日間の餌
生物別成長試験を実施し,L 型ワムシ給餌区とアルテミア給餌区の成長の差の有無を
把握した。
②体 長 , 体 重 と も に 2 区 間 に 有 意 な 差 は み ら れ な か っ た ( p >0.05)。
③この結果からプテラポゴン稚魚の飼育には,L 型ワムシより培養が容易なアルテ
ミアを餌料として使用することができると考えられた。
3)親魚飼育法の検討
本調査では,これまでプテラポゴン親魚を集団で飼育している。しかし,毒性試験
に用いるプテラポゴン受精卵および稚魚の必要個体数を安定して得るには,親魚を雌
雄 1 個体ずつ水槽に収容し,産卵周期や抱卵された卵の受精率を個体別に把握する必
要がある。そこで,ペアで飼育することによる産卵への影響を把握することを目的と
して親魚ペア飼育の検討を行った。
それらの結果は,以下のとおりである。
①プテラポゴン成魚を供試材料として 20 組のペアをそれぞれ流水式水槽に収容し,最
長 6 ヶ月間観察を行った。観察期間中は抱卵の有無,抱卵期間中に雄が口腔から吐
き出した卵の数を 1 日 2 回観察した。また,受精 24 日後に雄の口腔から取り出した
稚魚の数,稚魚の形態異常等を随時観察した。
②この検討結果よりプテラポゴン成魚は水温 26℃,日長 12 時間明期の条件下において
1~2 カ月の間隔で周年産卵するため,周年実験が可能であることが明らかとなった。
③ペア飼育をすることにより,各個体の産卵および抱卵能力を把握することが可能と
なり,それらの能力の高い親魚を選別して飼育することにより,より安定して試験
に用いる卵仔稚魚を得られることが明らかとなった。
2.実用的な海産魚類および海産藻類毒性試験法(案)
本調査は海域生態系への影響が懸念される化学物質の有害性を評価し,かつ実用
vii
的な海産生物毒性試験法を提案することを目指し,平成 20 年度から調査を進めてき
た。本年度は最終年度となることから,第2部の最後の章に,本調査のとりまとめ
として「実用的な海産魚類および海産藻類毒性試験法(案)」を記した。
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