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リスク予算による運用リスク管理
論文 リスク予算による運用リスク管理* 住友信託銀行 年金研究センター 研究員 矢野 学※ 目 次 1. はじめに 2. リスク予算 3. リスク予算によるポートフォリオ構築の問題点 4. 数値例 5. まとめ 6. 補論 7. 参考文献 年金プラン・スポンサーが政策アセット・アロケーションやマネージャー・ストラクチャーを策 定する際,通常は平均-分散アプローチが用いられる.この両者の意思決定では,スポンサ ーのリスク許容度は一定でマネージャーはそれを前提として行動する,との暗黙の仮定が存 在するが,現実にはマネージャーのリスクテイクが必ずしもスポンサーのリスク許容度に一 致しないという問題が存在する. この問題に対して,各マネージャーに一定のリスク量を配分・管理すると言う「リスク予算」 のフレームワークを導入することによって,スポンサーのリスク許容度に整合的なマネージャ ー選択・リスク管理が可能となる. 本稿では,このリスク予算の理論的整合性を議論すると共に,このフレームワークを用いた リスク管理手法を例示し,年金プラン・スポンサーにとってのより汎用的なリスク管理手法を 展望する. * 本稿は,(社)日本証券アナリスト協会発行の『証券アナリストジャーナル』誌(2001 年 4 月号)に掲載された論 文を,同協会の許可を得て再掲載するものである. ※ 本稿の執筆にあたり,浅野幸弘氏(横浜国立大学)に非常に多くの有益なコメントを頂いたことに感謝する.尚, 本稿の内容は,筆者の所属する組織を代表するものではなく,個人的見解である.また,本稿に残された誤りの全て は,筆者の責に帰するものである. 1 1. はじめに わが国の企業年金をめぐっては,運用に関する諸規制が年々緩和されてきたことに伴い,年金プ ラン・スポンサーや運用受託機関にとっては自由度が拡大する一方で,運用基本方針や運用指針の 策定等,受託者として果たすべき責務が益々高っている.その責務に対する年金資産運用における リスクは,明文化されているか否かに関わらず,極めて多岐にわたってきている. 中でも資産運用における政策アセット・ミックスは,リターン変動の約 90%を説明するとも言わ れている1.年金プラン・スポンサーにとっての資産運用上の最も大きなリスクを,ある運用目標収 益率に到達しない事態と捉えるのであれば2,政策アセット・ミックスの決定がそのリスクの大半を 占めていると言っても過言ではないであろう.またさらに,資産内でのスタイル・ミックスやマネ ージャー・ストラクチャーの決定は,アロケーションと同様に運用成果に与える影響が極めて大き い問題である. 通常政策アセット・アロケーションの策定には,年金 ALM 等の資産・負債分析を元に運用目標 となる収益率(固定の予定利率)を設定し,平均−分散アプローチを根拠に策定されるケースが多 く,同時にそのリスク管理には VaR(Value at Risk)やショートフォール確率によるリスク管理手 法が「リスク管理ガイドライン3」でも推奨されている. 平均−分散アプローチによると,投資家にとって最適なポートフォリオは,資産収益率と投資家 のリスク許容度によって規定される効用関数を最大化する問題として扱うことができる.VaR やシ ョートフォール確率によるリスク管理も,投資家のリスク許容度を所与とすれば,この理論と整合 的なリスク管理手法として扱うことが可能である.本来であれば投資家のリスク許容度はアセッ ト・アロケーションからマネージャー・セレクションに至るまで全て同一であるべきだが,浅野 [1999]では一般的な効用関数を用いた場合に,マネージャー選択において,投資家のリスク許容度 とマネージャーのリスクテイクとの間には不整合を生じさせる誘因が存在することを指摘しており, その結果投資家の選択したマネージャー・ストラクチャーは,投資家にとっての最適なポートフォ リオとはならない可能性のあることが示されている. 本稿ではこの問題に対して,まず政策アセット・アロケーションを決定する際に用いるリスク許 容度と,マネージャーがアクティブな運用を行う時のリスク許容度の違いに焦点を当てて議論を整 1 詳細は Brinson et al.[1986] を参照のこと. 2 ここでは,年金債務の時価変動や母体企業の倒産,企業収益の変動等の資産運用以外の外部要因は考慮せず,資産運 用面のみに着目した議論を行っている. 3 リスク管理フォーラム(年金基金や運用機関等による年金資産運用のためのリスク管理基準の策定と在り方を検討す ることを目的とした研究会)により 2000 年 5 月に発表された標準的なリスク管理ガイドライン. 2 理する.さらに最近話題となりつつある「リスク予算」の概念を導入することによって,投資家の リスク許容度と整合的なアセット・アロケーション策定からアクティブ・マネージャー・セレクシ ョンまでの一連のプロセスとその管理手法を提案する.そこでは資産配分問題よりも寧ろ「リスク 量をどのように配分するか」という問題が重要であることが示される. 2. リスク予算 2. 1. リスク許容度 一般に,ポートフォリオの期待リターンを µ P ,分散をσ P2 ,投資家のリスク許容度をτ とすると, 効用関数は, U = µP − 1 2 σP 2τ (1) と表され,投資家が選択するポートフォリオはこの効用関数最大化問題の解として得られる. いま,ベンチマークのパッシブなリターンとマネージャーのアクティブなリターンの間,および 各マネージャーのアクティブ・リターン同士には相関がないと仮定しよう.ここで,安全資産利子 率を rF ,パッシブ資産(ベンチマーク)による期待超過リターンを µ B ,分散をσ B ,アクティブ 2 運用による期待アクティブ・リターンをα ,アクティブ分散をω とする.またそれぞれへの投資 2 比率を,安全資産は x F ,パッシブ資産は x B ,アクティブ資産は x A と仮定する.したがって,こ のときの予算制約は, xF + xB + x A = 1 (2) と表されることになる.一方,このポートフォリオの期待リターン µ P は, µ P = x F rF + x B ⋅ (rF + µ B ) + x A ⋅ (rF + µ B + α ) = rF + ( x B + x A ) ⋅ µ B + x A ⋅ α となり,また,分散σ P は, 2 σ P2 = ( x B + x A )2 ⋅ σ B2 + x A2 ⋅ ω 2 で表される. この時,(1)式の効用関数は, U = rF + {( x B + x A ) ⋅ µ B + x A ⋅ α } − { 1 (x B + x A )2 ⋅ σ B2 + x A2 ⋅ ω 2 2τ } (3) と表され,投資家の選択するポートフォリオは,この効用最大化問題を解くことによって得られる. 浅野ら[2001]では,投資家はそのリスク許容度τ に整合的なアセット・アロケーションとマネージ ャー・セレクションを(3)式を解くことによって同時に実現可能であることが示されている. 実際に,(3)式を予算制約(2)式の元でベンチマーク部分の比率である ( x B + x A ) について解 いてみよう.効用関数U を最大化するための 1 階の条件, 3 1 ∂U = µ B − ( x B + x A ) ⋅ σ B2 = 0 ∂(x B + x A ) τ (4) より, xB + x A = τ ⋅ µB σ B2 (5) となる.また同様にアクティブ部分の比率である x A について解くと, ∂U ì 1 1 ü = í µ B − ( x B + x A ) ⋅ σ B2 ý + α − x A ⋅ ω 2 = 0 ∂x A î τ τ þ となるが,第 1 項目は(4)式より 0 となるので, α− 1 xA ⋅ω 2 = 0 τ より, xA = τ ⋅α ω2 (6) と求まる. したがって,(3)式を, 1 ì (x B + x A )2 ⋅ σ B2 üý + æç x A ⋅ α − 1 x A2 ⋅ ω 2 ö÷ U = rF + í( x B + x A ) ⋅ µ B − 2τ 2τ î þ è ø = rF + U B + U A (7) と変形すると,2 項目のポリシー・アセットミックスによる部分(U B )と 3 項目のアクティブ・マ ネージャー・セレクションによる部分(U A )をそれぞれ独立して考えることができることが判る. これを図示すると,2 項目の効用U B の最大化問題では,ポリシー・アセットミックスは,ポート フォリオの期待超過リターンを縦軸,期待リターンの標準偏差を横軸とした図 1 (a)において,リス ク資産による効率的フロンティアと原点を結ぶ直線と,曲率が1 2τ である放物線との接点ポートフ ォリオとして求められることが示される. また 3 項目の効用U A の最大化問題では,縦軸にポートフォリオの期待アクティブ・リターン, 横軸に期待アクティブ・リターンの標準偏差をとった図 1 (b)において,マネージャーの運用能力で あるインフォメーション・レシオ(IR)を表す直線と,曲率が1 2τ である放物線との接点ポートフ ォリオとして各マネージャーへの配分が決定出来ることが示される. ここで,ポリシー・アセットミックスとアクティブ運用,あるいはマネージャー・セレクション 策定の 2 つの意思決定におけるリスク許容度(同じ期待リターンを得るために負担するリスク)は 同一と考えて良いだろうか。以下のような問題を考えてみよう. ①スポンサーは自らが保有する資金のリターンを高めることを目的としているが,スポンサーの運 4 図 1 投資家の効用最大化問題 ここで,図 1(a)において, E[rp − rF ] はポートフォリオの期待超過リターン, Std [rP ] はポートフォリオ期待リター ンの標準偏差,SR はポートフォリオのシャープ・レシオである.点線はリスク資産の組合せによる効率的フロンティ アを示している. また,図 1(b)において,E[rp − rB ] はポートフォリオの期待アクティブ・リターン, Std [ rp − rB ] はポートフォリオの期待アクティブ・リターンの標準偏差, IR はポートフォリオのインフォメーション・レシオで ある. (a) (b) 用責任者は同業者の年金基金との比較でパフォーマンスが劣後すると責任を問われたりするため, ベンチマークから乖離するリスクをあまりとりたがらない. ②マネージャー(受託者)は運用報酬を得る事を目的として運用を受託することから,競合相手に 対して大幅に劣後し受託から外れるビジネス・リスクを回避するため,ベンチマークに対しては 大きくリスクをとらない. ③この一方,スポンサーの運用責任者やマネージャーは,パフォーマンスに応じた報酬(収入や昇 進)が得られるのため,アクティブ・リスクを過大にとるインセンティブも存在する. 以上のように,アセット・アロケーションとアクティブ運用を決定する際のリスク許容度は,そ の一義的なリスク負担主体が異なることや,スポンサーとマネージャーの目的の不整合から,一般 的には①,②の要因の方が大きく働くため,前者の方が大きくなっていると考えられる.以下では, これら 2 つのリスク許容度について考えてみよう. 2. 2. 政策アセット・アロケーション策定におけるリスク許容度 政策アセット・アロケーションの策定段階では,投資家は自らの負債構造や運用目標に応じたリ スク許容度τ を設定し,最適なアセット・ミックスを決定できる.この時投資家の最適なリスクテ 5 イクを考えてみよう. (5)式を, xB + x A = τ µB ⋅ σB σB と変形すると, µ B σ B はベンチマーク・ポートフォリオのシャープ・レシオなので, SR = µB σB と表すとすると,最適なリスク量は, (x B + x A ) ⋅ σ B = τ ⋅ SR (8) となる.これは投資家のリスク許容度τ とベンチマーク・ポートフォリオのシャープ・レシオ SR の 積で表されている.ここでは,投資家は自身のリスク許容度に整合的なアセット・ミックスを選択 できることが示されている. 2. 3. マネージャー・セレクション策定におけるリスク許容度 次に,アクティブ運用(マネージャー・セレクション)段階でのリスク許容度を,マネージャー と投資家の両側面から考えてみよう. マネージャーの運用能力は IR(情報比:Information Ratio)によって把握される.いま,アクテ ィブ・マネージャー i の期待アクティブ・リターンをα i ,アクティブ・リスク(トラッキング・エ ラー,以下 T.E.と略す)をω i とすると,マネージャー i の IR は, IRi = αi ωi で表される.この時,マネージャーのリスク許容度をτ Mi ,マネージャーの投資ウェイトを xi とす ると,マネージャーの効用関数U Mi は, U Mi = x i ⋅ α i − 1 x i2 ⋅ ω i2 2τ Mi = x i ⋅ IRi ⋅ ω i − 1 x i2 ⋅ ω i2 2τ Mi と表され,マネージャーはこれを最大化する行動を採ると考えられる.この時のマネージャー i の 最適なリスクテイクω i は, * ∂U Mi 1 2 = x i ⋅ IRi − xi ⋅ ω i = 0 ∂ω i τ Mi より, 6 τ Mi ⋅ IRi xi ω i* = (9) となる. 一方,スポンサーの最適化行動では,(7)式第 2 項(U B )と第 3 項(U A )はそれぞれ独立し て考えることができるが,第 3 項(アクティブ部分)の効用は,何人かのアクティブ・マネージャ ーに資金を配分して得られる効用の合計として次のように表される. U A = xA ⋅α − 1 2 xA ⋅ω 2 2τ 1 2 æ ö = å ç xi ⋅ α i − x i ⋅ ω i2 ÷ 2τ ø i è 従って,この最大化の 1 階の条件, ∂U A 1 = α i − x i ⋅ ω i2 = 0 ∂x i τ * より,スポンサーとっての最適なマネージャー i への資産配分 x i は, τ ⋅α i ω i2 x i* = = τ ⋅ IRi ωi (10) と表され,アクティブ・マネージャーへの資産配分比率は,その運用能力である IR に比例し,また リスクテイクの度合いであるω に反比例する,ことになる. この時,マネージャーの最適化行動によるリスクテイクである(9)式を前提にスポンサーがマネ ージャー・セレクションを行うものとすると,マネージャー i への資産配分比率 x i は(9)式のω i * を(10)式のω i に代入し, x i* = τi ⋅ xi τ Mi (11) となり,スポンサーの最適化行動がマネージャーのリスク許容度τ Mi に影響を受けることになって しまう. 以上の定式化から,マネージャーがとる行動に起因する現実の幾つかの問題について考えて見よ う. ①アクティブ運用の希薄化の問題 (10)式からも判るように,仮に運用報酬がファンド規模に応じて決められているような場合, 一般に IR はリスクテイクによって変わらないので, マネージャーはアクティブ度ω を小さくする ことによって配分比率 x を高めようとするインセンティブを持つ. 7 ②アクティブ度の調整の問題 運用期間中に競合他社に対して大幅にアウトパフォームしたマネージャーは,その比較優位のポ ジションを確定するために他社に比べてアクティブ度を小さくするであろうし,逆に負け越して いるような場合にはそのままでは受託から外れるか若しくはシェアの削減は避けられないのでそ の後の挽回に賭けて他社比のアクティブ度を高める,というようなリスク調整を行うインセンテ ィブを持つ4. このようなリスク調整行動が採られる結果,①では投資家は希薄化されたアクティブ資産へしか 投資できないことになり,②では投資家のリスク許容度τ に対する最適なポートフォリオとはかけ 離れたものとなってしまうのである.このマネージャーのリスク調整行動を規定するには,マネー ジャーのリスクテイクをスポンサーのリスク許容度と整合的に保つ必要がある. 2. 4. リスク予算 (9)式は,資産配分が得られた時のマネージャーのリスクテイクを,また(10)式はマネージャ ーのリスクテイクが与えられた時のスポンサーの資産配分を示しているが,この 2 つの式から得ら れた(11)式は,いわばマネージャーの行動を前提にしたスポンサーの資産配分調整式とみること ができる.この調整が均衡に達する,すなわちマネージャーの行動を考慮に入れて最適な資産配分 におさまるのは,(11)式において x i = x i になる時であるが,それは式から明らかなように, * τ = τ Mi のときのみ可能である.通常はスポンサーとマネージャーのリスク許容度が等しいという関 係は成立していないため,最適な資産配分は得られないことになる. ところが,資産配分が決まらなくても,次に示すように IR に応じた最適なリスク量は一定であり, これを配分するという方法が考えられる. スポンサーのリスク許容度に応じた適切なマネージャーi への資産配分である(10)式を変形する と, x i* ⋅ ω i = τ ⋅ IRi (12) と表すことができるが,これはマネージャーi に対して配分したリスク量にほかならない.(12)式 はそのリスク量がスポンサーのリスク許容度に応じて,マネージャのアクティブ運用能力のみに依 存していることを示している. 従って,各マネージャーへは資産を配分するのではなく,このリスク量を配分することで,スポ ンサーのリスク許容度と整合的なマネージャーのリスクテイクを実現できるのである.これがリス ク予算の概念の理論的な根拠となっている. リスク予算のフレームワークに従えば,スポンサーのリスク許容度とマネージャーのリスクテイ 4 詳細は,Brown, Harlow, and Starks[1996], Chevalier and Ellison[1997]を参照のこと. 8 クの不整合を排除できるため, ①アセット・アロケーションによるリスク配分 ②マネージャー・セレクションによるリスク配分 ③各アクティブ・マネージャー間のリスク配分 をそれぞれ同一のリスク量として相互に議論できることが保証されており5,配分されたリスク量に 対するリターンとして,マネージャーの運用成果を適正に評価できるようになる. このフレームワークのインプリケーションとして,アクティブ資産とパッシブ資産の配分問題に ついても触れておきたい.アクティブ・パッシブ比率は,従来のフレームワークではマネージャー・ ストラクチャー問題の一部として取り扱われてきたが,リスク予算の概念を用いると,ベンチマー ク部分でとるリスク量 ( x B + x A ) ⋅ σ B とアクティブ部分でとるリスク量 x A ⋅ ω の比率の問題とし て扱うことができる. スポンサーのポリシー・アセットミックスでの最適なリスク配分量 ( x B + x A ) ⋅ σ B は,(8)式 より,投資家のリスク許容度τ とベンチマーク・ポートフォリオのシャープ・レシオ SR の積となっ ている.一方,スポンサーのアクティブ・リスクの最適なリスク配分量ω は,(7)式第 3 項を独 立と考えることができるので, ∂U A 1 = x A ⋅ IR − x A2 ⋅ ω = 0 τ ∂ω より, x A ⋅ ω = τ ⋅ IR (13) で表される.これは投資家のリスク許容度τ とアクティブ・ポートフォリオの「アクティブなシャ ープ・レシオ」とも言える IR の積の形で表現されている.ベンチマーク部分でとるリスク量 (x B + x A ) ⋅ σ B とアクティブ部分でとるリスク量 x A ⋅ ω の最適な比率は,(8)式および(13)式 より, xA IR ω ⋅ = (x B + x A ) σ B SR (14) で表される.これは即ちベンチマーク・ポートフォリオとアクティブ・ポートフォリオのシャープ・ レシオの比の形で表わす事ができることを示している. 3. リスク予算によるポートフォリオ構築の問題点 マネージャー・ストラクチャーを策定する際に問題となるのは,マネージャーの IR の推定精度で 5 その他にも,マネージャーの能力を,あるベンチマークに対するアクティブ期待リターンα とそのアクティブ分散 ω 2 で計測が可能であれば,従来のアセットクラスではないオルタナティブな資産配分問題にも適応が可能である. 9 ある.IR は実際には過去のトラッキング・レコードに定性的な評価を加えて推定することになるが, ①一般にはアセット・クラスによって IR 水準や分布が異っていること,②各アセットクラスによっ てマネージャー間の相関関係が大きく異なること,が想定される. ①IR 水準や分布の違い 例えば株式と債券を比較した場合,推定 T.E.で 2∼3%というリスク・テイクは,債券では極めて アグレッシブな水準である一方,株式では比較的低リスク水準であると言える.従ってその結果と してのアクティブ・リターンや IR 水準にも大きな格差が出てくるため,一般には債券マネージャー に比べて株式マネージャーの方が IR の分布の散らばりが大きくなっているものと想定される. このことを実際のデータによって検証するために,図 2 では実績 T.E.,図 3 では実績 IR をそれぞ れ算出し,そのヒストグラム(度数分布)を図示してある. ここで用いたデータは,格付投資情報センター発行の「年金情報」に掲載されている信託銀行 年 金運用合同口 四半期運用実績データから,1990 年 3 月末∼2000 年 6 月末までの間に 3 年以上継続 してデータが存在する国内株式 114 ファンドと国内債券 29 ファンドを対象としている.それぞれ のベンチマークには,国内株式ファンドは TOPIX(1999 年度以降は配当込み TOPIX),国内債券 ファンドは NOMURA-BPI(総合)を用いている.尚,国内債券ファンドの内,ファンドの運用方 針から明らかにマーケットポートフォリオをベンチマークとしていないと思われるファンドは対象 外とした. 図 2 信託銀行合同口(国内株式ファンドと債券ファンド)の実績 T.E.の比較 データ期間は 1990 年 3 月末∼2000 年 6 月末.この期間中に 3 年以上継続してデータが存在するファンド(一部の国 内債券ファンドは除く)を対象としている.ベンチマークには,国内株式ファンドは TOPIX(1999 年度以降は配当 込み TOPIX),国内債券ファンドは NOMURA-BPI(総合)を採用した. T.E.は年率値である. 30.0% 国内債券 25.0% 国内株式 20.0% 15.0% 10.0% 5.0% 0.0% 0.00% 2.50% 5.00% 10 7.50% 10.00% 図 3 信託銀行合同口(国内株式ファンドと債券ファンド)の実績 IR の比較 対象ファンドは図 2 のものと同様,IR は年率値である. 20.00% 国内債券 18.00% 国内株式 16.00% 14.00% 12.00% 10.00% 8.00% 6.00% 4.00% 2.00% 0.00% -1.00 -0.60 -0.20 0.20 0.60 1.00 1.40 図 2 の実績 T.E.を見ると,国内株式ファンドは年率 0.3∼18.8%まで幅広く分布している一方で, 国内債券ファンドでは,同 0.2∼3.3%とかなり狭い範囲に分布していることが判る.ファンド数の 違いが大きいものの,これらの分布の平均と標準偏差が同一であると言う仮説は 5%水準でも棄却さ れる. 図 3 の実績 IR でもほぼ同様の傾向で,国内株式ファンドは平均 0.21,標準偏差 0.54 と 0.1∼0.2 付近を中心に−0.9∼1.5 まで幅広く分布している一方で,国内債券ファンドでは平均−0.42,標準 偏差 0.30 と−0.5∼−0.4 付近を中心にして−0.9∼0.3 の狭い範囲に分布していることが判る.ここ でも分布の平均と標準偏差が同一であると言う仮説は 5%水準で棄却される. 国内債券ファンドについては,果たしてベンチマーク対比で運用実績を測定することが適切であ るか否かの議論はあろうが,利用可能な実績データを用いた場合には,資産による IR 水準や分布の 違いは明白なようである. 以上の事例を模式的に表現したものが図 4 である.この図からも判る通り,同じ IR 水準における 累積確率が異なることから,散らばりの大きい株式マネージャーの方が IR 格差を特定し易い(IR の 高いマネージャーと低いマネージャーの特定が容易)と考えられる. いま,株式アクティブ・マネージャーの IR 平均水準及び標準偏差がそれぞれ m S ,v S であり,各 マネージャーの分布は正規分布に従うものとする.この時,株式マネージャーの IR 上位θ %に入る ためには, ò IRS −∞ ìï 1 æ (t − m S ) 2 ç− exp í ç 2v S2 ïî 2π v S è ö üï ÷ ýdt = 1 − θ % ÷ï øþ を満たす IR S 以上の IR が必要となる.ここで,各マネージャーへの最適なリスク配分量は,資産配 11 図 4 異なる分布における同じ累積確率に対する IR 水準の違い どちらの分布でも累積確率は 1−θ %である 分比率を x S とすると,(12)式より株式マネージャー上位θ %を満たす IR 水準である IR S によっ て, x S ⋅ ω S = τ ⋅ IR S と表すことができる.このことは即ち,リスク量が IR の分布に応じて与えられる獲得可能な IR 水 準に比例的に配分されることを示している. ②マネージャー間の相関の違い 同様に株式と債券を比較した場合,債券は株式に比べてリターンを説明するファクター数が少な く,アクティブ運用スタイルも限られている.このため債券マネージャー間のリターンの相関は高 いが,株式マネージャーは異なるスタイル間では相関は低いと考えられる.ここで,IR 水準によっ てマネージャーをグルーピングすることを考えると,同一グループ内に異なったスタイルのマネー ジャーが含まれていた場合にはグループとしての IR 水準はより高まる効果が期待できる. 従来のフレームワークでは,パッシブ資産やアクティブ・マネージャーにどのように資産を配分 していくのかを問題としていたが,リスク予算のフレームワークではこれをリスク量の配分問題に 置換しているため,資金の配分に関わらず資産間のリスク配分を考えることができる.上記問題に 対しては, ①IR の散らばりが小さくマネージャーのスキルの格差が特定しにくい資産のアクティブ・リスク 配分を抑制する反面,散らばりが大きくスキル格差の特定し易い資産のアクティブ・リスク配 分を高める ②相関の低いマネージャー同士を選択することで,リスク量を節約することができる 等の調整を行うことで,より効率的なリスク配分が可能になる. 12 4. 数値例 ここでは,以上までの議論を具体的な数値によって,政策アセット・ミックスからマネージャー・ ストラクチャーの決定までの一連のプロセスとして例示してみよう. リスク予算は,投資家が取り得るリスク総量を,政策アセット・ミックスによって消費するリス クとマネージャー・セレクションによるリスクに分け,さらに各マネージャーにリスクを配分して いくという考え方である.ここではある運用目標に対する政策アセット・ミックスが予め与えられ ているものとして,マネージャー・セレクションのプロセスに着目して以下の 2 ステップで考えて みたい. ①ある運用目標に対して与えられた政策アセット・ミックスからリスク量及び投資家のリスク許 容度τ を算出する. ②各マネージャーの運用能力を示すパラメータを元に,その推定精度に応じて①で算出された投 資家のリスク許容度τ に対する各アクティブ・マネージャーへの適切なリスク配分を決定する. ①リスク許容度の算出 いま投資資産を,パッシブ株式,アクティブ株式,パッシブ債券,アクティブ債券,リスクフリ ー資産の 5 資産に投資するものとする.各ベンチマーク資産の期待リターン,リスクは表 1 の通り で,パッシブ株式とパッシブ債券の相関は 0.10 と仮定する.このパラメータを元にした政策アセッ ト・ミックスが, パッシブ株式:26.09%, パッシブ債券:67.17%, リスクフリー資産:6.73% で与えられていたものとする. この時,期待リターンは 5.397%,期待超過リターン( µ B )は 3.897%(5.397−1.500=3.897%), リスク量(σ B )は 5.406%である.リスク許容度は(3)式を変形し, τ= σ B2 µB 表 1 各ベンチマーク資産の期待リターン,リスク及び政策アセット・ミックス 期待リターン リスク 政策 AA パッシブ株式 10.0% 15.0% 26.09% パッシブ債券 4.0% 5.0% 67.17% リスクフリー資産 1.5% 0.0% 6.73% ここで,期待リターン及びリスクは年率値である. 13 より,τ =0.075 と算出される. ②各アクティブ・マネージャーへの配分 次にアクティブ・マネージャーへのリスク配分を考えてみよう.共に IR の上位同水準(θ %)以 上のマネージャーを採用しようとした時,株式マネージャーでは IR が 0.10 以上のバリュー・マネ ージャーとグロース・マネージャーが各 1 人,債券マネージャーでは IR が 0.05 以上のデュレーシ ョン・マネージャーとクレジット・マネージャーが各 1 人選択されたものとする.それぞれの期待 アクティブ・リターン,T.E.は表 2 の通りである.ここで,株式マネージャーの期待アクティブ・ リターンには相関がなく,債券マネージャーの期待アクティブ・リターンの相関は 0.2 であると仮 定する. この時,株式マネージャーへの資産配分( xi )は(10)式より, バリュー・マネージャー:15.00%, グロース・マネージャー:9.38% リスク配分(ω i )は, バリュー・マネージャー:0.750%, グロース・マネージャー:0.938% となる.株式マネージャーのグループとしての期待アクティブ・リターン(α i )は 0.192%,リス ク配分(ω i )は相関がないため 1.201%となり,この時の IR は 0.160 と算出される. 一方,債券マネージャーの資産配分比率は,相関を考慮すると, デュレーション・マネージャー:31.25%, クレジット・マネージャー:14.84% 表 2 各アクティブ・マネージャーの期待アクティブ・リターン,T.E. T.E. IR 0.500% 5.00% 0.100 1.250% 10.00% 0.125 0.075% 1.25% 0.060 0.100% 2.00% 0.050 期待アクティブ リターン 株式バリュー マネージャー 株式グロース マネージャー 債券デュレーション マネージャー 債券クレジット マネージャー 期待アクティブ・リターン,T.E.,IR は共に年率値である. 14 と算出される6.この時のリスク配分は,債券マネージャーのグループとして 0.536%となり,期待 アクティブ・リターンは 0.038%, IR は 0.071 となる. ここで以上のリスク配分計画についてまとめてみよう. ①政策アセット・ミックスにおける配分 政策アセット・ミックス策定段階におけるリスク消費は 5.406%である.すなわち,τ =0.075 の 投資家にとってパッシブ運用(ベンチマーク)としては,5.406%のリスクを許容し,3.897%の超過 リターンを期待することが効用を最大にする.このとき,ベンチマーク資産によるシャープ・レシ オは,0.721(3.897/5.406=0.721)と算出される. ②アクティブ・マネージャーへの配分 マネージャー・ストラクチャー構築段階におけるリスク消費量は 1.315%である.このリスク量は, 上記マネージャーの存在を所与とした場合の政策アセット・ミックス策定段階におけるリスク許容 度τ =0.075 に整合的に配分されたリスク量である. 各マネージャーのパラメータが所与のものとして与えられれば上述のように最適なリスク配分は 解析的に容易に導出が可能である.実際にはマネージャーの IR 等のパラメータは推定が非常に困難 であるが,資産によって IR や T.E.水準の分布に差があるので,それに応じて実現可能な IR や T.E. にも格差が出てくる. そこで各マネージャのリスク量をパラメータに応じて調整することとなるが,マネージャーのス キルの格差が特定しにくい債券から,スキルの格差が特定し易い株式のマネージャーにリスク量を シフトしている.さらに,資産内のマネージャー相関の高い債券から株式へのシフトも行われてい 6 各マネージャーの期待アクティブ・リターンをα 1 , α 2 ,T.E.を ω1 , ω 2 ,アクティブ・リターンの相関を ρ12 とする と,債券アティブ・マネージャーの最適な資産配分比率 x1 , x 2 は, x1 = τ (α 1ω 2 − ρ12α 2ω1 ) ω12ω 2 2 ⋅ (1 − ρ12 ) , x2 = τ (α 2ω1 − ρ12α 1ω 2 ) 2 ω 22ω1 ⋅ (1 − ρ12 ) で得られる.相関を考慮した場合の資産配分比率導出の詳細は浅野ら[2001]を参照のこと. また,相関を考慮しない場合には,株式マネージャーと同様の方法で,それぞれの資産配分比率は, デュレーション・マネージャー:36.00%, クレジット・マネージャー:18.75% リスク配分は, デュレーション・マネージャー:0.450%, クレジット・マネージャー:0.375% と算出される. 15 表 3 リスク予算によるリスク配分計画例 パッシブ資産 資産配分 リスク配分 期待超過リターン リターン/リスク比 29.531% 5.406% 3.897% 0.721 1.315% 0.230% 0.175 4.128% 0.742 株式 1.719% 債券 21.078% リスクフリー資産 6.734% アクティブ資産 70.469% バリュー・マネージャー 15.000% 0.750% グロース・マネージャー 9.375% 0.938% デュレーション・マネージャー 31.250% クレジット・マネージャー 14.844% 資産合計 100.00% 0.536% 5.564% ここで,リスク配分は年率の標準偏差,期待超過リターンも年率値である.尚,アクティブ資産のリスク配分はパッ シブ資産によるものが含まれておらず,アクティブ部分のみを示している.またアクティブ資産の期待超過リターン は期待アクティブ・リターンを表している.リターン/リスク比は,パッシブ資産と資産合計は SR,アクティブ資産は IR を表している. ることがわかる7.これは,図 2 や図 3 からもわかるように,実際の現象とも整合的で,且つ現実的 な対応として,実務面でも利用可能ではないかと考えられる. その結果 ,アクテ ィブ株 式 で 1.201% ,ア クティブ 債 券で 0.536% , 合計で 1.315% ( 1.2012 + 0.5362 = 1.315 %)のアクティブ・リスクを許容し,0.230%のアクティブ・リターン を期待していることになる.従ってこの時の IR は,0.175 となる. ③ 資 産 全 体 で は , 5.564% ( 5.4062 + 1.3152 = 5.564 % ) の リ ス ク を 消 費 し , 4.128% (3.897+0.230=4.128%)の超過リターンを期待していることになっている.ここで,アクティブ・ パッシブ比率について考えてみよう.(14)式より左辺のリスク量のアクティブ/パッシブ比は, xA ω 1.315 ⋅ = (x B + x A ) σ B 5.406 = 0.243 となる.一方,(14)式右辺は, IR 0.175 = SR 0.721 7 債券マネージャーに相関がない場合の,債券マネージャーのグループとしてのリスク量は 0.586%と算出される. 16 = 0.243 と算出され,投資家のリスク許容度に応じたリターン/リスク比と整合的に,リスク量が配分されて いることが確認できる. 5. まとめ 本稿では,まず年金プラン・スポンサーが行う政策アセット・アロケーションとマネージャー・ ストラクチャーの策定という 2 つの意思決定において,前提となるスポンサーのリスク許容度と運 用マネージャーのリスクテイクの間には不整合を生じさせる誘因が存在することを指摘した.さら にこの問題に対して,各マネージャーに一定のリスク量を配分・管理する「リスク予算」のフレー ムワークを導入することによって,スポンサーのリスク許容度に整合的なマネージャー選択・リス ク管理が可能となることの理論的整合性を示すと共に,このフレームワークを用いた政策アセッ ト・アロケーションとマネージャー・ストラクチャー決定手法を簡単に例示した. 以上は運用資産の期待収益率やリスクのみに着目した議論であり,年金債務に関する幾つかの問 題については触れていない.それらの一つには年金債務の時価評価の問題がある.年金プラン・ス ポンサーにとっての最終的な目的が現在及び将来の年金受給者に対する安定的な支給の確保であれ ば,年金 ALM 分析においては,資産だけでなく負債に関してもその時価変動を考慮した上で,資 産の時価評価額から負債の時価評価額を差し引いたサープラスを明示的に取り扱うサープラス・フ レームワークが有効であると考えられる.ここでは年金債務のリターンに対する資産リターンの乖 離がリスクの対象となるため,市場リスク管理のみでは不十分であると言わざるを得ないことは容 易に理解できよう. またさらには年金プランのリスクテイクの問題がある.仮にプランが積立不足に陥った場合でも, 母体企業の業績が良く積立不足の償却が可能であれば年金プランにとって問題は生じない.しかし 企業が償却の余力に乏しく倒産の危機に陥るような場合には年金の支給に支障を生ずる恐れが出て くる.従って年金プランは,基金の資産・負債だけを考慮したリスクテイクでは不十分で,母体企 業の業績変動も考慮した上での意思決定を行う必要が出てくるのである. 本稿ではこれらを問題は明示的に取り扱わなかったが,実際にはサープラス・リスクの配分によ ってリスク管理を行っている先進的なスポンサーも存在するようである.リスク予算フレームワー ク自体は容易に拡張可能であるため,年金プラン・スポンサーにおける,より汎用的なリスク管理 の手法については,今後の検討課題としたい. 6. 補論 本稿では,パッシブ資産別のウェイトを明示的に取り扱ってこなかったが,行列表記を用いる事 で,本論と同様にして,容易に記述が可能である. 17 ここでは,m 種の資産クラスと,それぞれの資産クラスにおいて n 人のアクティブ・マネージャ ーへの投資が可能である状況を考えてみよう.さらに本論と同様に,各資産クラスのパッシブなリ ターンとマネージャーのアクティブなリターンの間,及び各マネージャー同士には相関がないと仮 定する. 安全資産利子率を rF ,m 種のベンチマークによる期待超過収益率ベクトルを, r T = [µ 1 K µ m ]∈ R m , 各マネージャーの期待アクティブ・リターン・ベクトルを, a T = [α 1 K α m⋅n ]∈ R m⋅n , T で表すものとする(但し,ここで は転置を表す).また,ベンチマーク資産の期待収益率の分 散共分散行列を, é σ 12 L σ 1m ù ê ú V = ê M O M ú ∈ R m×m , êσ m1 L σ m2 ú ë û 各マネージャーの期待アクティブ・リターンの分散共分散行列を, éω 12 ê Ω=ê ê0 ë 0 ù ú m ⋅ n× m⋅ n O ú∈R ω m2 ⋅n úû と仮定する.但し,V , Ω 共に正定値で逆行列を持つものとする.さらに,各資産の保有ウェイトを, 安全資産は z F ,ベンチマーク資産は, X T = [x1 K x m ]∈ R m , 各マネージャーは, Y T = [ y1 K y m ⋅ n ] ∈ R m ⋅ n , であるとする.全ての要素が 1 である m 次元ベクトルを, e mT = [1 K 1]∈ R m , 同様に, 全ての要素が 1 である m ⋅ n 次元ベクトルを, e mT ⋅n = [α 1 K α m⋅n ]∈ R m⋅n , で定義するとき,ポートフォリオの予算制約は, z F + e mT ⋅ X + e mT ⋅n ⋅ Y = 1 補(1) で表されることになる.最後に,1 行のうちで n 個の要素だけが 1 で,各列毎にそれが重ならない ように並んだ演算行列 Q を, 0 é1 L 1 0 L 0 ù ê0 L 0 1 L 1 ú M ú ∈ R m× m ⋅ n Q=ê ê M M O 0 L 0ú ê ú 0 0 1 L 1û ë 18 と定義する8. ポートフォリオのベンチマーク部分のみによる期待超過収益率 µ B は, µ B = ( X + Q ⋅ Y )T ⋅ (r + e mT ⋅ rF ), となり,同様に分散σ B2 は, σ B2 = ( X + QY )T ⋅ V ⋅ ( X + QY ) で表される.一方,ポートフォリオのアクティブ部分による期待アクティブ・リターン α は, α =YT ⋅a, アクティブ分散ω は, 2 ω 2 = Y T ⋅ Ω ⋅Y と表される。したがって,本論(3)式の投資家の効用関数 U は, { ( } ) U = z F rF + ( X + QY ) r + e mT rF + Y T a − { T } = rF + ( X + QY ) r + Y T a − T 1 2τ {( X + QY ) V ( X + QY ) + Y 1 2τ T {( X + QY ) V ( X + QY ) + Y T T ΩY T ΩY } } 補(2) と表されることになる. 実際に,この効用関数,補(2)式の最大化問題を,ベンチマーク部分のウェイトである X + QY について,予算制約,補(1)式の元で解いてみよう.効用最大化の 1 階の条件, 1 ∂U = r − V ( X + QY ) = 0 τ ∂ ( X + QY ) より, X + QY = τ ⋅ V −1 ⋅ r 補(3) となる.アクティブ部分のウェイトである Y について解くと同様に,効用最大化の 1 階の条件, 1 ∂U = a − ΩY = 0 τ ∂Y より, Y = τ ⋅ Ω −1 ⋅ a 補(4) が得られる. また,それぞれのリスクテイクについても考えてみよう.ベンチマーク部分でのリスクテイク(リ 8 ここでは,m 資産に対し n 人のマネージャーの存在を仮定しているため,このような形となるが,この行列形を適宜 変更することによって,一般的にも利用が可能である. 19 { } スク量)は,補(3)式の両辺に左側から( X + QY )T V をかけ,さらに ( X + QY )T V ( X + QY ) − 1 2 をか けることにより, {( X + QY ) V ( X + QY )} 1 2 T { { } = τ ⋅ ( X + QY ) ⋅ r ⋅ ( X + QY ) V ( X + QY ) T T − 1 2 補(5) } 1 を得る.ここで ( X + QY )T V ( X + QY ) 2 はベンチマーク部分によるリスクテイクを表し, ( X + QY )T ⋅ r はベンチマーク部分による期待超過リターンであるから, ( X + QY )T ⋅ r ⋅ {( X + QY )T V ( X + QY )} 2 − 1 = SR とおくと,補(5)式のリスク量は, {( X + QY ) V ( X + QY )} 1 2 T = τ ⋅ SR と示すことができる. 同様にして, アクティブ部分でのリスクテイクは,補(4)式より, (Y と表される.ここで,Y T T ΩY ) 1 2 ( = τ ⋅ Y T ⋅ a ⋅ Y T ΩY ) − 1 2 補(6) ( ⋅ a はアクティブ部分による期待アクティブ・リターン, Y T ΩY クティブ・リスクであるから, ( Y T ⋅ a ⋅ Y T ΩY ) − 1 2 = IR とおくと,補(6)式のリスク量は, (Y T ΩY ) 1 2 = τ ⋅ IR と示すことができる. したがって,ベンチマーク部分でとるリスク量とアクティブ部分でとるリスク量の比は, (Y ΩY ) 2 1 T {( X + QY ) V ( X + QY )} 1 2 T = となり,本論(14)式と整合的な結果が得られることが判る. 20 IR SR ) 1 2 はア 7. 参考文献 l Brinson, G. 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